ルイズが部屋を出て行った後……才人はベッドの上で1人、頭の中を整理しながら、これからどうするべきなのかを、マンジリともせずに考えていた。
明かされた“聖地”の正体。“マギ族”と“ヴァリヤーグ”の対立……。
(セイヴァーと教皇の話が本当なんだとすれば、“マギ族”は、ルイズ達“ハルケギニア”の“貴族”の先祖で、俺達“地球人”は“ヴァリヤーグ”の子孫ってことになる。でも、それってちょっと可怪しくないか? “ヴァリヤーグ”の軍隊は、“古代ギリシャ”の重装歩兵みたいな兜鎧を身に着けてたし……6,000年前の“地球”って、まだ石器時代とかその辺りだったはず……あんな装備の軍隊がいるはずないよな。ひょっとすると、“ヴァリヤーグ”ってのは、“マギ族”と同じような、かつて“地球”に存在した、超古代文明の民族なのかもしれないな……いや、確かセイヴァーが神様から力とかを貰った、って言ってったっけ?)
と、才人は、自身の中で浮かび上がった疑問に対し、直ぐにそれに対する答えを見付け出してみせた。
(まあ、そんなことはどうでも良い。今の“地球”人が“ヴァリヤーグ”の直接の先祖であろうがなかろうが、教皇にとって、そんなことは関係ないだろうしな。ルイズはああ言ったけれど、あの教皇が、説得に応じるとは到底想えねえ。どんな手段を使ってでも、ルイズが“地球”に“虚無”を放つように仕向けようとするだろうな。つうか、“地球”にこの危機を伝えることはできねえかな?)
と、先ず才人が想い付いたのは、そんなことであった。
前に一度、“ノートパソコン”の電波が繋がって、“日本”にいる母親からの“メール”が送られて来たことがあった。“聖地”の“ゲート”が開けば、こちらから“メール”を送ることができる可能性があるということである。
(でも、異世界の連中が“地球”を侵略しようとしているなんて……そんな荒唐無稽な話を、誰が信じてくれるかな? いっそ、ルイズを連れてここから逃げるか? いあ、それにしたって、いつ倒れるかも判らないこの身体で、“ロマリア”の追手をどこまで振り切れる? テファやシエスタ、“学院”の仲間を人質にされたら?)
と、才人は必死に頭を働かせる。
「ああ、駄目だ……何も想い付かねえ。いっそ、セイヴァーやシオンにでも頼るか?」
才人は、ベッドの上でうずくまるようにして頭を抱えた。
デルフリンガーに相談しようにも、相棒は相変わらず眠ったままで、なんの反応もない。
その時、誰かが部屋の扉をノックした。
「サイトさん、お目覚めになったと、ミス・ヴァリエールに聞きました」
替えのシーツを抱えたシエスタと、ティファニアで在る。
ティファニアは才人の姿を見ると、紺碧の瞳に涙を浮かべて才人に抱き着いた。
「嗚呼、サイト……良かった……」
「テ、テファ……もが!?」
ハーフ“エルフ”の少女の、メロンのような大きさと質量を持ち、マシュマロの柔らかさを兼ね備えた奇跡とでもいえる物体が、フヨンッ、フヨヨンッ、と才人に押し付けられる。
真っ赤になった才人を見て、シエスタがニッコリと笑った。
「まあ、サイトさん、すっかり元気になられたようですね。ミス・ヴァリエールに言い付けますわ」
「それはやめて!」
才人が悲鳴を上げると、ティファニアはハッと我に返り、身体を離した。
「ごめんなさい。私、サイトが無事だったのが嬉しくて、つい……」
「いや、うん、大丈夫……」
才人が、こほん、と咳払いをすると、ティファニアはシュンとした様子で言った。
「サイト、本当にごめんなさい……」
「いや、良いって、ホント、眼福だったし……」
才人がそう呟くと、シエスタがジロッと睨んだ。
才人は慌てて口を押さえた。
「ううん、違うの……だって、サイトが倒れたのは、私の所為だもの」
ティファニアの長耳が、悲し気にペタリと垂れる。
そこで才人はようやく気付いた。
ティファニアは、才人を“リーヴスラシル”にしてしまったことに対し、まだ責任を感じているのである。
「テファの所為じゃないよ。おそれに、テファが俺を“使い魔”にしてくれたおかげで、テファやルイズのことを守れたんだしさ」
「サイト……」
「それに、責任を感じるべきなのは、セイヴァーの方だろ。なんたって、こうなることは既に知ってただろうしさ」
ティファニアの紺碧の目に大粒の涙が溢れた。
と、その時である。
「やあ、サイト。目覚めたのかね? 大層心配したんだよ」
「目を覚まして早々にイチャイチャするんて、流石だね」
開きっ放しの扉から、ギーシュとマリコルヌの2人が顔を覗かせた。その後ろには、コルベールとキュルケ、それにタバサの姿もある。
「ちょっと、皆さん、大勢で入って来無いで下さい。サイトさんは、未だ目を覚ましたばかり何ですよ!」
シエスタが腰に手を当てて、皆に注意した。
「すまないね、サイト君に少し訊きたいことがあってね」
コルベールが言った。
「俺は大丈夫ですよ。もう起きれますし」
「いや、そのままで結構だ。楽にしてくれたまえ」
起き上がろうとする才人を手で制し、コルベールはベッド脇の椅子に腰掛けた。
「サイト君、“聖地”でなにがあったのか、良ければ話してくれないか?」
才人はハッとした。
ティファニアと目が合い、彼女は首を横に振った。そのことから、まだ詳しいことを話していないことが理解る。
「理解りました。ちょっと、信じられないと想うんですけど……その前に……セイヴァー、いるんだろ?」
「もちろん、ここにいるとも」
才人の呼び掛けに答え、俺は“実体化”する。
才人の説明に、俺はほんの少しばかり補足を入れることにした。
才人は、“聖地”でヴィットーリオが明かした真実の全てを皆に話した。
あの場所には、“風石”の暴走を止める“魔法装置”などなかったということ。“聖地”の正体は、才人の故郷である“地球”であるということ。“マギ族”と“ヴァリヤーグ”のこと。そして、“始祖ブリミル”について……。
「…………」
才人が話し終え、俺が補足を入れ終えると、部屋には重い沈黙が訪れた。
「そう言えば、そうだったね。君は異世界、ちきゅう出身だったっけ?」
ギーシュの言葉に、才人は恐る恐る首肯いた。
「ああ」
「で、君の世界に、可愛い娘はいるのかね?」
「おまえなあ」
即座に普段と変わらぬ調子で、真顔で尋ねて来るギーシュに、才人は呆れて言った。
「だって、気になるじゃないかね?」
「ぽ、ぽっちゃりが好みだって言う女の子はいるのかい?」
「あんた達ね、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ? そのサイトの世界と“ハルケギニア”が、戦争になるかもしれないって言うのよ」
キュルケが鋭く睨むと、2人はシュンと大人しくなった。
才人の話を聞いたコルベールは、ずっと真剣な顔で考え込んでいた。普段の授業などでは見せたことのない、鋭い表情である。
「コルベール先生?」
才人が声を掛けると、コルベールは絞り出すように、ポツリと呟いた。
「勝てる訳がない」
「え?」
「サイト君の世界と戦争になれば、“ハルケギニア”は間違いなく、敗北するだろう」
「……!」
流石、才人の世界の兵器や道具を研究していただけあって、その辺りの理解は誰よりも早く……コルベールが直ぐにその結論を出したことに、才人は驚いた。
「そ、そうなんです! つうか、絶対勝てません。今の“地球”には、“ゼロ戦”も“タイガー戦車”も目じゃないくらいの“武器”が、ゴロゴロしてるんです!」
「なあ、君、流石に冗談だろ?」
ギーシュが言った。
「だって、あの戦車の主砲は“エルフ”の“
才人は、どう説明すれば良いんだろう? と想い、う~んと頭を抱えた。
「えーとな、“タイガー戦車”が、おまえのへっぽこな“ゴーレム”だとするだろ?」
「君、何気に失礼だな。まあ、“ガンダールヴ”かつ“サーヴァント”である君からすると、そう想っても仕方のないことなんだろうが」
「ものの例えだ。まあ、聴けよ。あの“タイガー戦車”が、おまえの“ゴーレム”だとするとだな、今の“地球”の戦車は、あの“ミョズニトニルン”のけしかけて来た“
「なんだって!?」
ギーシュの声が裏返った。
シェフィールドの造り出した“ヨルムンガント”は、ただ“魔法”で造った“ゴーレム”などとはまるで違う。ほとんどヒトと変わらない、同じ様な機動力を誇り、動きが可能であるのだ。
戦車や“戦闘機”だけではなく、“戦闘ヘリ”、“爆撃機”、“空母”に“潜水艦”、“イージス艦”……小型の“機関銃”を始め、“ハルケギニア”の“メイジ”達が悠長に“呪文”を唱えている間に、何百人もの命を奪うことができるモノに溢れている。
そしてなによりも、“弾道ミサイル”を始めとした長距離攻撃が可能な武器などもある。
“聖地回復連合軍”が現れて直ぐは対応できずにいるだろうが、攻撃されたとあれば、直ぐにでも拠点となっている場所に、“弾道ミサイル”を放ち、直ぐに終わらせることだって可能なのだから。
また、この世界の“地球”には、“魔術”が存在している。最悪の場合、“
「サイト、セイヴァー、それは本当なのかね?」
ギーシュは引き攣った顔で言った。
「ああ」
「そうだな。勝ち目は0と言っても良いだろう」
「君達の世界には、そんな恐ろしい“武器”が、幾つもあるのかね?」
「幾つもどころじゃねえ。そんなのが、何千、何万とあるんだ。そに、あの“火石”より、何十倍も強力な兵器もあって……それは、街1つ、いや、国1つを滅ぼすことだってできるかもしれないんだ」
「それだけではない。“ガリア”や“ゲルマニア”やら“トリステイン”に直接攻め込まずとも、攻撃し、滅ぼすこともできる“武器”だってある。そして、“魔術”と“魔法”も存在するからな」
才人と俺の言葉に、皆が一斉に沈黙した。
“ガリア”の“両用艦隊”を一瞬で消滅させた、あの悪夢のような“火石”の威力を想い出したのであろう。
また、その“火石”選りも何十倍も強力な兵器……余りに途方もなさ過ぎるといえ、口にした才人にだって想像することができないでいる様子である。
「それなのに、教皇には勝つ算段があるって……」
「しれって、例のルイズの凄い“魔法”?」
「たぶんな」
才人は首肯いた。
だが当然、ルイズの“虚無”がどれほど凄い威力を誇ろうとも、それだけで“地球”に勝つことはできるはずもないのである。
此方で広く使用されて居る“魔法”は“精神力”を必要とする。故に、ルイズが唱えることができる回数などには当然限りがある。また、才人の命を消費したとしても、だ。
対して、“地球”の方はそういったモノは必要とせず、必要なモノがあるとすれば、トップに立つ人の許可、経費、資源……といったとこでおあろう。
逆立ちしようとも、勝てるヴィジョンなど浮かぶはずもない。
その時、才人の脳裏に、(未知の場所から“虚無”の攻撃を受けた国が、“核兵器”でどこかの国に報復しようとしたら? 報復を受けた国が、また“核兵器”で報復したら? 今の“地球”には、“地球”を数百回壊せる“核兵器”があるって聞いたことがある。もし、そんなことになったら、とんでもない同士討ち合戦になるんじゃ……? ひょっとして、教皇はそこまで考えてんのか?)と恐ろしい考えが過った。
『なったとして、そうなってしまえば“地球”生命の棲める星ではなくなるな。だがまあ、そんなことにはならんさ。もし、なるとすれば“抑止力”が出張ってくる』
そんな不安そうな才人に、俺は“念話”で軽く安心させる。
「うむ、これは、“ハルケギニア”の存亡に関わる問題のようだな」
コルベールが、難しい顔をして唸った。
「でも、“ゲート”は海底にあるのに、どう遣って軍隊を送り込むつもりかしら?」
キュルケがそんな疑問を口にする。
ギーシュは両手を上げて天井を仰いだ。
「はあ、“アルビオン”に“ガリア”、“エルフ”と来て、次はちきゅうと戦争か……なんだかとんでもないことになってしまったなあ……」
さて、その頃……梟を使い、“ロマリア”側の司教を呼び付けたルイズは、“聖堂騎士団”の手配した“ペガサス”で、教皇のお召艦“聖マルコー”へと乗り込んだ。
謁見の希望は、直ぐに受理されたので在る。
ミケラという名の若い修道女に案内され、ルイズはヴィットーリオが待つ執務室へと足を向ける。やはり、教皇の計画にとって、“聖女”であり、大事な駒であるルイズのことは、無碍にはできないようである。
静謐な雰囲気に満ちた通路を歩きながら、ルイズは唇を噛み締めた。
正直、1人で乗り込むことに、ためらいがなかった訳ではないのである。
これまで、“ロマリア”がおこなって来たことを考えれば、限りなく低いが、ここで捕まって“エルフ”の薬などで理性を奪われてしまう可能性だってあったのだから。
ルイズは、(そんなことしようとしたら、“虚無”で“フネ”ごと沈めてやるわ)と心の中で決意を固めた。
これまで、才人は、何度もルイズのことを守って来た。
(我儘で、意地っ張りで、ちっとも可愛くない私を、命懸けで救けてくれたわ。好きだと言ってくれた。ううん、それだけじゃないわ。元の世界に帰るチャンスだってあったのに、私のために、この世界に残ってくれたもの。私、なにか返して上げれたかしら? 自分のことばかり、テファやシエスタや姫様に嫉妬して、我儘ばかりだったじゃない……今度は、私がサイトを守る番よ。約束したんだもの。あんたを、元の世界に帰して上げて……)
「教皇聖下、ラ・ヴァリエール様がおいでになりました」
執務室の前まで来ると、ミケラが静かな口調で言った。
「お通しください」
ミケラが扉を開き、ルイズは執務室の中に通された。
覚悟を決めて、ルイズは足を踏み入れた。ヴィットーリオの考えが変わるまでは、断固として、この部屋を出ないつもりであるのだ。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、教皇聖下への拝謁を賜り、大変光栄に存じます」
ルイズは、完璧な“トリステイン”の“貴族”としての礼をしてみせた。
「お待たせしました、ミス・ヴァリエール。どうぞ、おかけください」
ヴィットーリオは立ち上がり、ルイズに椅子を勧めた。
「いえ、ここで結構ですわ、私が参ったのは、教皇聖下にお願いをするためでございます。聖下、どうか“聖戦”のことをお考え直しください。“虚無”の力で、サイトの故郷を征服するなど、私にはそれが正しいことだとは、とても想えません」
「“使い魔”のことを想う貴女のお気持ちは、良く理解できます」
ヴィットーリオは、穏やかに微笑んだ。
「しかし、その言葉を聞き入れることはできません。確かに、正しい行為ではないのでしょう。ですが、この戦争は善悪の対立ではありません。純然たる生存競争なのです。生きるための新たな土地を手に入れなければ、我々は早晩、滅びることになるでしょう。私はただ選んだのですよ、ミス・ヴァリエール。信仰と慈悲を天秤に掛け、この“ハルケギニア”を救う道を」
ヴィットーリオの瞳に宿る、強烈なまでの意志の光に、ルイズはたじろいだ。
教皇の言葉が正論であるといえるだろう。このままでは“ハルケギニア”は滅びる……それは事実なのだから。そして、ブリミルから“虚無”の力を授かったルイズは、世界を救うためにこそ、その力を使うべきなのだから。
だが、それは、どちらの世界を救うということであろうか。片方だけか、それとも両方か。
ルイズは、退かなかった。
彼女の中にある、曲げてはならぬ1つの信念が、その正しさを拒んだのである。
ルイズは、挑むようにヴィットーリオを睨み、言った。
「私は聖下の野望に協力するつもりはありません。どうしても、“虚無”の力を利用しようと言うのなら、喉を突いて死にますわ」
「貴女に、それはできません」
「本気です。私の覚悟を侮らないでください」
ルイズはキッパリと言った。
「このままでは、貴女の“愛”する“使い魔”が、犠牲になるのだとしても?」
「え?」
ヴィットーリオの口にしたその言葉に、ルイズは目を見開いた。
「聖下、それは、どういう……おっしゃる意味が、良く理解りませんわ」
ルイズは声を震わせた。
なにか、途轍もなく恐ろしい、嫌な予感が、ルイズの全身を駆け巡る……。
ヴィットーリオは言葉を続けた。
「“最後の使い魔”、“リーヴスラシル”の能力が、“虚無の担い手”の“魔力供給機”だということは、既にご存知でしょう。“リーヴスラシル”は生きてる限り、全ての“虚無の担い手”に、その命を供給し続けるのです」
「命を……?」
ルイズは愕然とした。
「聞いていないのですね」
「だって、サイトとセイヴァーは、そんなことは一言も……」
“
(サイトは、気付かなかったのかしら? ううん、そんなはずない。きっと言わなかったんだわ。私を心配させないために……)
「ミス・ヴァリエール、例え、貴女が“虚無”の力を使わなかったとしても、いずれ、彼の命は尽きてしまうのです。“リーヴスラシル”という“使い魔”は、そのように“運命”付けられた存在……そして、貴女やもう1人の“契約”者であるミス・ウエストウッドが命を失ったところで、一度刻まれた“使い魔”の“ルーン”が消えることはありません」
ヴィットーリオの言葉も、最早ルイズの頭の中には入って来なかった。
才人が死ぬ。
ただ、その考えだけが、ルイズの頭の中を激しく駆け巡っていた。
「ミス・ヴァリエールが“虚無”を使わずとも、いずれ彼の命は尽きる。保って、あと数日と言ったところでしょう。貴女は、彼を無駄死にさせたいと言うのですか?」
ルイズは糸の切れた人形のように、その場へとへたり込んでしまう。
このままなにもしなければ、才人は死んでしまう。主人であるルイズが死んだとしても、その“運命”が変わることはない……。
才人が、死ぬ……。
それは、ルイズにとって、世界が消えてなくなることと同じことであった。
そんなルイズに、ヴィットーリオは慈悲に満ちた眼差しを向けて、言った。
「ただし、彼を救う方法が、1つだけあります。そして、この“ハルケギニア”を救い、“虚無”の復活を止める、たった1つの方法が」
話を聞いたギーシュ達は、この件に関しては先ず、アンリエッタの判断を仰ぐべきだという結論に達した。それはまあ、もっともな話しであるといえるだろう。なにしろ、“水精霊騎士隊”は、アンリエッタ直属の近衛隊なのだから。
アンリエッタは、元々“エルフ”との戦争にも反対していたし、この新たな“聖戦”を支持することは、先ずないのである。しかし、ことは“トリステイン”だけではなく、“ハルケギニア”全土の未来に関わることである。政治的な状況を鑑みても、アンリエッタが最終的にどのような判断を下すのかは、まだなんともいえないのが現状である。
そういった訳で、皆が部屋を去った後、才人は1人、ベッドの上でデルフリンガーの刃を手入れしていた。
才人の、お喋りな相棒は、まだ目を様子はない。
「デルフ、おまえに、色々訊きたいことがあるんだけどなあ……」
と、そんな風に、才人が寂しく独り言ちていると……。
おもむろに、部屋のドアがソッと叩かれる。
「サイトさん、夕食を作りました。よろしければ召し上がってください」
入って来たのは、食器を乗せたお盆を手にした、シエスタであった。
焦げ目の付いた焼き立てのパンと、シチューの好い匂いが漂って来る。
「シエスタ、ありがとう。美味そうだな」
才人のお腹がギュルギュルと鳴った、少し休んだとこともあって、食欲も出て来たようである。
「鹿のお肉と煮込んだシチューと、窯焼きのパンです。この“フネ”、凄いんですよ。ミスタ・コルベールが厨房を改造してて、私みたいな“平民”でも、簡単に日が使えるようになってるんです」
シエスタはお盆をベッド脇のテーブルに置いた。パンとシチューだけではなく、チーズの塊が一欠片と、殻を剥いた茹で卵、一口サイズに切った林檎もある。
「頂きます」
才人は両手を合わせると、ベッドから起き上がろうとした。
と、そんな才人を、シエスタが手で押し止める。
「あ、そのままで良いんですよ。私が食べさせて上げますね」
「え?」
ニコッと微笑んだシエスタは、寝かし付けるように才人をベッドに押し戻した。
「い、良いよ、大丈夫だって」
「駄目です。また倒れたらどうするんですか?」
そう言うと、シエスタは人指し指を、ソッと才人の口に当てて来る。
才人は、むぐ……と呻き、大人しく口を噤んだ。こういう時のシエスタは頑なであり、抵抗するだけ無駄だということを理解しているのである。
シエスタは指でパンを千切り、熱々のシチューに浸した。
ルイズ達“貴族”は、このようは食べ方は余りしないのだが、才人はマルトーの賄いで出て来るパンを、よくこうして食べたモノである。
シエスタは、シチューに浸したパンを、才人の口の前まで持って来ると、「サイトさん、あ、あーんをしてください」と少し照れたように頬を赤く染める。
「お、想ったよりも、恥ずかしいですね……これ」
「うん……」
才人もドギマギとしながら、パクっとパンに齧り付いた。
「きゃあきゃあ! サイトさん、私の指まで!」
「ご、ごめん!」
「あ、良いんですよ、サイトさん。ちょっと、驚いただけですから」
シエスタは嬉しそうに、モジモジと指を絡めた。
「えっと……お味は、どうですか?」
「うん、凄く美味い!」
才人は素直な感想を口にした。料理のことは、余り良く理解らないが、出汁が良く効いており、とても美味しいのである。
「このシチュー、ミス・ヴァリエールの赤ワインを使って煮込んだんです」
「え? 勝手に使っちゃったのか? あいつ、怒らないかな……?」
「大丈夫です。ワインの方は、水で薄めておきましたから」
「それ、流石にバレるんじゃないか……」
しれっとした顔のシエスタに、才人は呆れた声で言った。
「ホットワインはいかがですか? 身体が温まりますよ」
「じゃあ、少しだけ……」
正直なところ、“地球”のことが気になり、ワインを呑む気にはなれなかったが、折角のシエスタの気遣いを無駄にしてしまうことに気が引けたため、才人は首肯いた。
シエスタがワインをグラスに注ぎ、才人に差し出した。
才人がグラスを受け取ろうとすると、急にフラッと目眩がして、ワインを少し零してしまった。
「あ、あれ……? ごめん」
「わ、大丈夫ですか? サイトさん! 今お拭きしますね」
シエスタは慌てて布を取り出すと、才人の胸に溢れたワインを拭き始める。
「シ、シエスタ?」
才人は裏返った声を上げた。前屈みになったシエスタの胸が、才人の腕にグイッと押し付けられたのである。
「わ、うわ……!?」
控えめなルイズの胸とは明らかに違う、フヨン、と沈み込むような感触を才人は味わった。ティファニアのメロンを想起させる胸ほどではないにしろ、シエスタの胸もまた、十分な破壊力を誇っている。
ティファニアの魔法のようなおっぱいも、それはもちろん凄い。だが、ティファニアの胸は……“日本”人である才人からすると、少しばかりファンタジーの部類に入っているというのか、余りに神々し過ぎ、非現実的な感じを覚えてしまうのであった。
その点、シエスタは黒髪であり、8分の1ほどは“日本”人の血が混じっていることもあり、なんとなくではあるが、学校のクラスメイトにいそうな感じである。そういったこともあって、いけない感じというのか……なんというのであろうか、兎に角リアルな感覚を、才人に覚えさせるのであった。
更に不味いことには、シエスタは今、下着を着けていないのである。
こちらの世界の女の子は、皆ノーブラであるのだ。
才人は、鼻の奥がツーンとなった。
「ああ、これは駄目ですね。サイトさん、服を脱いでください」
「だ、大丈夫だよ。このくらい」
「駄目ですよ。風邪を引いたりしたら、どうするんですか? ほら、さあ!」
フヨンフヨンッ、とシエスタは胸を押し付ける。
「う、ぐぐ……」
才人はどうにかなけなしの理性を総動員して、シエスタの波状攻撃に耐えてみせた。ルイズは今頃、才人のために、とヴィットーリオを説得しようとしているのである。それを想うと、ルイズに申し訳が立たないのであった。
才人は、心の中で、(明鏡止水、明鏡止水……)と唱えて、心を落ち着かせようとする……が途中で、(あれ? 明鏡止水で合ってたっけ?)と考えた。
「あの、シエスタさん?」
「な、なんですか?」
「えっと……流石に、無理があると想うんだけど……」
才人が言うと、シエスタは、はあ~~~~っ、と長い溜息を吐いた。
「理解りました。サイトさんには、ミス・ヴァリエールがいますもんね」
「……うん」
「はあ、駄目ですか……こんなにアピールしてるのに」
「ごめん」
「良いですよ。まあ、そんなサイトさんだから、好きなんですし」
シエスタは拗ねたように唇を尖らせると、才人の隣にチョコンと腰掛けた。
ワインをクイッと煽り、そのまま、コテン、と才人の肩に預けて来る。
「……シエスタ?」
「私だって、不安なんですよ」
シエスタは言った。
「このままじゃ、サイトさんの……私の
声を震わせながら、シエスタは不安そうな目で才人を見詰めた。
そこで才人は、ハッとした。
1年前、“神聖アルビオン共和国”の侵攻で、シエスタの故郷である“タルブの村”が灼かれたということを想い出したのである。
「大丈夫、そんなことにはさせないよ。俺とルイズ、そしてセイヴァー達皆で、なんとかするって」
「サイトさん……」
才人は、(教皇の野望を阻止して、“地球”も“ハルケギニア”も、両方救ってみせる……)と震えるシエスタの肩を、安心させるように抱きながら、改めてそう決意した。
そんなこんなで、しばらくすると、ワインに酔ったのであろう、シエスタは才人の胸に頭を預けて、スヤスヤと眠ってしまった。
シエスタは、眠る事に掛けてはほとんどプロ級であるといえるだろう。1度眠ってしまうと、最低でも1時間は目を覚まさないのだから。
才人は、「しょうがないな……」と苦笑して、シエスタを自分のベッドに寝かせてやった。このようなところを見られでもすれば、またルイズに誤解されるかもしれない、という危険性を理解しながら。
(ルイズ、まだ帰って来ないのか……)
ふと、才人の胸のうちに、(ひょっとすると、カッとなって、教皇に“
そこで、(本当に、1人で行かせて大丈夫だったのか?)と心配になった才人は、船室の窓から、“ロマリア”艦隊の集まる場所に目をやった。
と、才人は眉を顰めた。
真っ暗な海上に、なにか巨大な黒い塊のような物体が見えたのである。周囲の“フネ”から投射される、サーチライトのような“魔法”の灯りが、その物体を照らしている。
「……なんだ、あれ?」
なにか嫌な予感がして、才人は丸窓に張り付いた。
良く見れば、空中に浮かぶ4隻の“ロマリア”艦が、大量の鎖かなにかで、その巨大な塊を引き揚げようとしているのである。
全体的に丸みを帯びた、全長100“メイル”以上はあろうかという、円筒形のシルエット。
「お、おい、まさか……!?」
その正体に気付いた才人の顔が、見る見るうちに青褪めた。
それは、海の底に眠っていたはずの、“原子力潜水艦”であった。
「……あいつ等、なに考えてんだ!?」
才人はベッド脇のデルフリンガーを引っ掴むと、直ぐに部屋を飛び出した。まだ起き上がる体力もなかったが、“ガンダールヴ”と“シールダー”の力で、動くことはできる。
“オストラント号”の甲板に出ると、才人は舷側に身を乗り出した。何重もの鎖でぐるぐる巻きにされた、巨大な円筒形の塊――“原子力潜水艦”が、ユックリと海上に引き揚げられて行く……。
才人は、(“原潜”を引き揚げようとしてるんだ! “ロマリア”軍は、なんで、あんなモノを引き揚げようとしてるんだ?)とゾッとした。
と、その時である。
海中から引き揚げられ、宙に吊るされた“潜水艦”の周囲で、小規模な爆発が立て続けに起こった。“フネ”の甲板に整列した、“ロマリア”の“聖堂騎士隊”が、“潜水艦”に向けて一斉に“魔法”の矢を放ったのである。
「おいおい、なにする気なんだよ……!?」
才人は顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
“原子力潜水艦”がそう簡単に壊れるはずもないが、このままでは時間の問題であるかもしれないといえるだろう。いずれは、どこかしらの箇所が脆くなり、そこから罅が入り、壊れてしまう可能性がある。
(あいつ等、あれがどんな恐ろしいモノか、理解してないんだ!)
“原潜”そのものは、もう完全に活動を止めており、“放射能”漏れの危険などはない。だが、それはあくまで動力の方の話しである。中にあるアレ……“武器”は、まだ使える状態にあるのだから。
「やめさせねえと……」
才人は焦燥に満ちた顔で、舷側の手摺りを握り締めた。“ロマリア”の船団までは、かなりの距離がある。しかも、“原潜”を釣り上げている“フネ”は、遥か空の上である。
「どうしたの?」
と、背後から声を掛けられた。
振り向くと、本を小脇に挟んだタバサがそこにいた。
「タバサ!」
才人は、渡りに船とばかりに、タバサの肩を掴んだ。
当然タバサは驚いたように目を見開き、頬を赤く染める。
「……なに?」
「あの“ロマリア”の“フネ”まで、俺を“魔法”で運んでくれないか?」
「どうして?」
「あれ、俺の世界の爆弾なんだ。早く止めないと、大変なことになる」
タバサは“ロマリア”の船団に目を向けた。少し考えて……それから、首を横に振った。
「それは無理。許可なく“ロマリア”の“フネ”に着艦すれば、外交問題になる。貴男も私も、捕まってしまう」
「う、そりゃそうか……いや、でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだ!」
才人は必死に言った。
外から壊されたからといって簡単に爆発するようなモノではないことを、才人は理解していた。だが、下手をすると、辺り一帯に“放射能”が散蒔かれてしまう可能性は確かにあり、才人はそれを危惧しているのである。
「……理解った」
そんな才人の必死さが伝わったのであろう……タバサはコクッと首肯くと、海に向かって口笛を吹いた。
すると、ほどなくして、バッサバッサと、羽撃く音がした。
“フネ”の甲板に舞い降りて来たのは、翼を広げたシルフィードである。
「お姉様、どうしたのね? きゅい」
「乗って」
タバサはシルフィードの背に素早く跨った。
才人はタバサの腰に掴まる。
「きゅいきゅい、夜のデートなのね! お姉様、やるのね!」
なにを勘違いしたのか、シルフィードは嬉しそうに鳴いた。
「ああ、シルフィは感動してるのね。やっと、お姉様が卵を産む気になってくれたのね。色惚けメイドと桃髪ぺったら娘なんかに遠慮する必要なんてないのね、きゅい」
「…………」
タバサはシルフィードの頭を、“杖”でポカッと叩いた。
「なにするのね!? お姉様は、早く素直になった方が良いのね」
ポカッ、ポカッ、とタバサは顔を真赤にしてシルフィードを叩く。
だが、“韻竜”の頭部は硬い鱗に守られているため、シルフィードは痛くもなんともないのであった。
「早く、あの“フネ”に接近して」
タバサは“杖”の先で、空に浮かぶ“フネ”を指さした。
「お安いご用なのね、きゅい!」
甲板を飛び立ったシルフィードは、一瞬で200“メイル”も空を駆け上がった。流石に、“フライ”の“魔法”なんかよも、ずっと速い。風を切ってグングンと上昇すると、あっと言う間に、空に浮かぶ“ロマリア”艦の真上へと到達した。
「“風竜”だ!」
「何故、こんな所に!?」
甲板に整列した“ロマリア”の“聖堂騎士”達は、突如、頭上に現れたシルフィードの姿に、何事かとざわめき始める。
と、混乱する集団の中から、1人の“聖堂騎士”が進み出た。長い黒髪を額の左右で分けた、美男子といって良い顔立ちの青年である。
「あいつ……」
才人は、その顔に見覚えがあった。
彼は……以前、“ロマリア”の街で才人達と一悶着を起こした青年である。
「私は、“アリエステ修道会”付きの“聖堂騎士隊”隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティーノ。貴殿等に警告する。貴殿等は一体誰の許可を得て、この神聖なる“ロマリア”艦の頭上を自由に飛んでいるのか!?」
カルロは、頭上の才人達に“聖杖”を向け、大声で怒鳴った。
「待ってくれ、俺は才人……“トリステイン”女王の
「なに? シュヴァリエ・ヒラガだと……? あの“平民”共の“英雄”か!?」
才人が名乗ると、カルロは馬鹿にしたように笑った。
「“トリステイン”の“平民”風情が、なにをしに来た!?」
「今直ぐ、あの鉄屑に“魔法”を撃つのをやめてくれ! 大変なことになっちまうんだ!」
「なんだと?」
カルロは肩を竦め、配下の騎士達の方を振り返った。
「今、あの賊がなんと言ったか、聞こえたか?」
「風の音で聞こえませんでしたな」
カルロはニッと笑みを浮かべた。それから、“聖杖”を指揮棒のように掲げ、配下に号令する。
「神と“始祖ブリミル”の敬虔な下僕たる諸君、撃ち落とせ!」
「んなっ……!?」
“聖堂騎士”の騎士達が、一斉に“呪文”を唱え始めた。
「シルフィード、右に旋回。避けて」
タバサが珍しく、焦った声で言った。
「無茶言わないで、なのね。きゅい!」
「うわ!?」
シルフィードが急角度で旋回した。
才人は想わず、振り落とされそうになる。
「しっかり、掴まって」
タバサが言った。
才人は、タバサの腰に手を回し、身体を密着させる。
その瞬間、タバサの顔がほんのりと赤くなった。
「お姉様、積極的なのね、きゅいきゅい!」
そんなシルフィードに、タバサは顔を赤くして“杖”で叩く。
「きゅい、お姉様照れてるのね、可愛いのね」
“聖堂騎士”隊が一糸乱れる所作で放った、“無数”の“マジック・アロー”が、才人達目掛けてビュンビュンと飛んで来る。
だが、タバサは普段と変わらぬ冷静さで、自分の背丈ほどもある大きな“杖”を構えた。次いで、口の中で素早く“呪文”を唱え、“魔法”を完成させる。
“ウィンディ・アイシクル”。
タバサが得意とする、“風”と“水”の“系統”を合わせた”呪文“である。“スクウェア・クラス“の威力を持った氷の矢が、“聖堂騎士“隊の放つ”マジック・アロー“を次々と撃ち落とす。
「なんだと!?」
「侮るな、あの“メイジ”、かなりの手練だぞ!」
「“風竜”だ、“風竜”の方を狙え!」
強力なタバサの“魔法”を目の当たりにして、“聖堂騎士”隊の間に動揺が広がった。
「説得は無駄か。しょうがねえ……」
才人は溜息を吐くと、デルフリンガーの柄を握り締めた。左手甲の“ルーン”が光る。
「タバサ、あいつ等の真ん中に俺を落としてくれ」
「理解った」
タバサは短く首肯いた。
シルフィードは“聖堂騎士”隊の頭上を旋回すると、“フネ”の甲板目掛けて急降下する。同時に、デルフリンガーを握った才人は身軽に飛び降りた。
カルロが顔を真赤にして怒鳴った。
「捕らえろ! これは“ロマリア”への侵犯だ。殺しても構わん!」
カルロの構えた“聖杖”に、刃渡り2“メイル”ほどもある炎の刃が生まれた。“火”の“系統”による“ブレイド”の“魔法”である。
燃え上がる炎が、ブワッと才人の鼻先を掠める。
「このっ、話を聴けっての!」
才人は風のような動きで“ブレイド”の刃先を躱すと、「なにっ!?」と驚くカルロの腹に、デルフリンガーの柄を減り込ませた。
「うぐ……!?」
「隊長殿!」
指揮官をやられた“聖堂騎士”達は、当然混乱した。
その隙に、才人は集団の中に飛び込むと、棒立ちになった連中を次々と叩き退めす。
「囲め! 囲んで押し潰せ!」
誰かが叫んだ。
“聖堂騎士”の構えた“杖”の先から、物凄い数の“マジック・アロー”が飛んで来る。
才人はデルフリンガーを振り抜き、“魔法”の矢を受け止めた。
眠った状態でも、デルフリンガーはちゃんと“魔法”を吸収してみせた。
「なんだと!?」
“ガンダールヴ”とデルフリンガーの力を目の当たりにした“聖堂騎士”達は、想わず、後退った。
「……ったく、頭の固い連中だな」
才人は肩で息をしつつ、周囲を囲む“聖堂騎士”達を見回した。
普段の才人であれば、こらくらいで息が上がることなどなかったであろう。が、やはり、“リーヴスラシル”の“ルーン”による影響を受け、酷く体力を消耗してしまっているのである。
「力を貸そうか? 才人」
「セイヴァー……」
“実体化”した俺に、才人は息を切らしながら驚いた様子で口を開いた。
「また増えたぞ!」
「なあ、聴いてくれ! あれは、絶対触れちゃいけないモノなんだ!」
「黙れ、曲者め!」
才人が怒鳴っても、“聖堂騎士”達はまるで聞く耳を持たない。
動きの止まった才人と俺を狙い、ピタリと揃えた“杖”の先が、赤や青の光を放つ。
「くっ……」
才人が、デルフリンガーを両手で構え直す。
「“天の鎖”よ」
俺は、“ギルガメッシュ”の“宝具”である“
「――なっ!?」
“聖堂騎士”達は、驚き、抜け出そうとするが、やはり無駄に終わる。
「“天の鎖”。この鎖は、神を繋ぎ止めるためのモノだ。“神性スキル”が高ければ高いほどに効力を発揮する。まあ、おまえ達にはそんなモノはないから、ただの頑丈な鎖ではあろうがな」
その時……バッサバッサと翼のはためく音が聞こえた。
才人がハッと上を見上げると、シルフィードではない、大型の“風竜”が頭上を飛んでいた。
「まあまあ、待ちたまえ。少しは彼等の話を聞こうじゃないか」
アズーロの背中に跨った神官の青年が、陽気な声で言った。
「チェザーレ殿……」
誰かが呟く。
俺は“
“聖堂騎士”達は体勢を立て直すのと同時に隙かさず一斉に“聖具”を構え、神官の礼を取った。
「ジュリオ、てめえ……」
才人は、甲板に降りて来たジュリオを睨んだ。が、(いくら憎たらしい相手でも、一応は話の通じる相手だ。少なくとも、この“聖堂騎士”の連中よりはマシだろう)と考えた。
「遅いぞ」
「すまないね」
俺はの言葉に、ジュリオは相変わらず笑みを浮かべて返す。
「にしても、だ。躾がなってなぞ。部下にしっかりと指示を出したり、簡単な説明をしたりはしてないのか? 才人の呼び掛けに対し、聞こえているにも関わらず、“風の音で聞こえなかった”などと言って攻撃するわ、その活躍振りを無視して“平民”と見下すわ、“殺しても構わない”と言うわ……“ヨルムンガント”を前に、少年少女の護衛を放り出して逃げ出しただけのことはあるな」
「それに関しては、こちらに非があるね。素直に謝罪するよ」
俺とジュリオのやりとりに、カルロは顔を青くする。
「サイト、セイヴァー。何だって君達は、僕達の“フネ”の上で暴れてるんだい?」
「おまえ、あんなもん運び出して、どうするつもりだよ……?」
「どうするって、決まってるじゃないか。あの“武器”は、“始祖ブリミル”が僕達に贈ってくださったプレゼントだ。ありがたく使わせて貰うだけさ」
ジュリオは平然として言った。
「使う、だと?」
「当然だろ? “ヴァリヤーグ”と戦うには、強力な“武器”が要る。まあ、仇敵の“武器”を使うことに、全く抵抗がない訳じゃないが……僕達はあくまで、現実主義者だからね。利用できるモノは、なんでも利用させて貰う」
「あれがどんなモノか、理解ってるのか? あれは……」
とんでもんない爆弾なんだぞ、と言い掛けて……才人は口籠った。(“ロマリア”の連中に、あの中にあるモノのことを知られるのは不味い)、と判断したのである。
「ああ、それは心配ない。“魔法”で外の容れ物を壊したくらいじゃ、爆発したりしないさ。あれを使うには、恐らく、もっと大きな力が必要なんだろう」
「なっ……!?」
ジュリオの口にした言葉に、才人は想わず、(こいつ、まさか、中にあるアレのことを知ってるのか……?)と息を呑んだ。
「僕には判るんだよ」
そう言って、ジュリオは自分の額を指さした。
「“ミョズニトニルン”は“神の頭脳”。君の様に“聖地”の“武器”を自在に操ることはできないが、その仕組みを理解することくらいは、まあできる。その“ミョズニトニルン”の知識が教えてくれたんだ。信じ難いことに、あの円筒形の中に眠っているのは、“虚無”の力……少なくとも、それに極めて近い性質のモノだ。もしかすると、“ガリア”王の使った“火石”以上の恐るべき破壊力を秘めているんじゃないかな?」
「まさか、教皇は、アレを“地球”に使うつもりなのか!?」
才人は、(正体を知って引き揚げてるってことは……詰まり、そういうことなんじゃねえか)と想い、叫んだ。
だが、ジュリオは残念そうに首を横に振り、「いや、さっきも言った通り、あの恐るべき“武器”の構造は実に複雑だ。悔しいけど、僕達の持つ知識では、起爆することもできないだろうね」と冗談めかした口調で言った。
「でも、サイト、セイヴァー……もしかして、“ガンダールヴ”の君なら、“オルタネーター”の君なら、アレを上手く扱うことができるんじゃないか?」
才人は内心で、ドキッとした。
以前、“竜の巣”で、あの“潜水艦”に触れた時、左手甲の“ルーン”が光った。そして、才人の頭の中に、あの“武器”を扱うイメージが流れ込んで来たのであった。流石に、“弾道ミサイル”を発射することまではできないが、安全装置の問題をクリアすれば、起爆することそのものは可能である、ということを才人は理解してしまっていた。
「できるんだね」
ジュリオの“月目”が鋭く光った。
「どうだ? サイト。良かったら、アレの使い方を僕達に教えてくれないか?」
「ふざけんな! アレはな、一度使ったらお終いなんだよ。そう言う“武器”なんだ。おまえも、あの“火石”の威力を見ただろ? 後にはなにも残らねえ」
「ああ、そうだろうね、でも、そのくらいでないと、意味がない。この“聖戦”は遊びじゃあないんだ。僕達の存亡を懸けた戦いなんだぜ?」
ジュリオは真顔になって言った。いつものおどけたような調子は完全に鳴りを潜め、焦りの表情さえ浮かべている。
「セイヴァー、君はどうだい?」
「そうだな。おまえ達とこの世界がそれだけの危機に迫られているということは痛いほどに理解している。だが、教える訳にはいかないな」
「理由を訊いても?」
「その“武器”の威力と効果を、デメリットを識っているからだ。後にはなにも残らないと言ったが、厳密には違う。理解り易く言うとすれば、使用した後、毒が蔓延するんだ。最悪、向こう50年は、草木すら生えない……その場で生活する者を病気にし、生まれて来る子供達を生まれる前に殺してしまうほどの毒が。そも、才人に、こいつに使い方を訊くのはナンセンスだな。故郷を滅ぼす道具の使い方を教えろと言って、誰が教える?」
「…………」
才人はデルフリンガーの柄を強く握った。(こいつ等も必死なんだ。なんせ、世界が滅び掛かっているんだもんな……)、と才人は理解することができた。同時に、(でも、こっちだって、見過ごす訳にはいかねえ。今はまだでも、いずれ、使い方を知るようになるかもしれない。あんなモノを、“地球”に対して使わせる訳にはいかない……)と考えた。
「ジュリオ、悪いことは言わねえ。アレは海の底に沈めとけ」
「断る、と言ったら?」
「そしたら……力尽くでも、止める」
才人はデルフリンガーの刃をジュリオに向けた。
「説得は無駄みたいだな、兄弟」
ジュリオは、やれやれ、と首を横に振ると、腰に提げた細身のサーベルを抜き放った。
同時に、ジュリオの背後に控えた“聖堂騎士”隊が“聖杖”を構える。
「君達、手出しは不要だぜ。これは男同士の決闘だ」
「タバサ、セイヴァー。助太刀はしなくて良い」
才人も、頭上のタバサを振り返って言った。タバサの周囲には激しい氷風が吹き荒れ、今にも、ジュリオと“聖堂騎士”隊に向けて、強力な“スクウェア・クラス”の“呪文”を撃っ放しそうであったのである。
才人は、ここでタバサを巻き込みたくなかったのである。
「アズーロに乗れよ、ジュリオ。剣を持った“ガンダールヴ”に勝てる訳ないだろ」
「どうかな? 今の君は、相当弱ってるんじゃないか?」
ジュリオに図星を突かれ、才人は沈黙した。
確かに、才人の視界は掠れ、全身の筋肉は悲鳴を上げていた。sもしデルフリンガーを手放して、“ガンダールヴ”の力を失えば、たちまち倒れ込んでしまうであろうほどに。
「それでも、俺が勝つよ」
言うが早いか、風のように才人は斬り込んだ。
ジュリオは見事に反応した。
神官とは想えぬほどの早業で、才人のデルフリンガーを受け止めてみせたのである。だが、その判断は間違いであった。
“ガンダールヴ”が本気で打ち下ろした一撃は、細身のサーベルなど、簡単に圧し折ってしまう。なにしろ、才人が握った刀は、ブリミルから贈られた、無銘なれども本物の打刀である。しかも、“硬化”と“固定化”の“魔法”が掛かっているのだから。
勝負は一瞬で決着した。
才人はデルフリンガーの刃を、ジュリオの首筋に突き付けた。
「流石だね、“ガンダールヴ”」
「今直ぐ、アレを海の底に戻せ」
「悪いが、それはできない」
パンッと乾いた音がした。と同時に、薬莢が排出され甲板に落ちて軽い音が鳴り、少しばかり煙くなる。
瞬間、才人は、膝に焼けるような激痛が奔るのを感じ取った。
「……っ、な、に……?」
才人は思わず、デルフリンガーを取り落としてしまった。その途端、全身の力が一気に抜けて、才人はその場に倒れ込んでしまう。
「油断したな、サイト。“ヴァリヤーグ”の“武器”を扱えるのは、なにも“ガンダールヴ”だけじゃないんだぜ?」
ジュリオの手元で、なにかが光った。
オートマチックの“小型拳銃”である。
「てめえ、銃とか、汚ねえぞ……」
俯せに倒れた才人は、ジュリオを見上げて睨んだ。
「なにを今更。これまで、僕達は散々手を汚して、汎ゆるモノを犠牲にして来たんだ。“聖地”の奪還、その目的のためには、“エルフ”とだって手を結ぶし、仇敵の“武器”だって使う。卑怯も糞もない。これは生存競争なんだぜ?」
「くっ……」
才人は、床に落としたデルフリンガーに手を伸ばした。
だが、ジュリオは即座に、デルフリンガーを舷側の方へと転がした。
その瞬間、ジュリオ目掛けて、氷の矢、が飛んだ。
怒りの燃えたタバサが、“ウィンディ・アイシクル”を放ったのである。
「おっと!」
ジュリオは素早く跳び退った。
「タバサ!」
才人が叫ぶ。
タバサは“ブレイド”の“呪文”を唱え、シルフィードの背から甲板に飛び降りた。
怪我を負った才人を見て、いつもは冷静なタバサは、怒りに我を忘れてしまっていた。
と、ジュリオ目掛けて疾走り込もうとしたタバサの背に、“杖”の先が触れた。
「……!?」
「……動かなないで。姉さんを傷付けたくない」
タバサは動きを止めた。
背後に現れたのは、タバサに瓜二つの少女、双子の妹であるジョゼットである。
タバサは、(元“
が、タバサは、ふと、父親に仕えたカステルモールが、「“虚無の担い手”であったジョゼフ王は、空間を一瞬で移動する、奇妙な“魔法”を使った」と言っていたことをの話を想い出したのである。
「お願い、“杖”を収めて。ジュリオを傷付けたら、私は姉さんを赦せなくなる」
ジョゼットは、感情を押し殺した声で言った。もし、タバサが少しでも、“杖”を収める意外の身動きを取れば、彼女はためらうことなく、“虚無”の“呪文”を放つであろう。
「…………」
タバサは、“杖”を落とした。頭の中の冷静な部分が、ここで無謀なことをすれば、才人を救けることができなくなってしまう、と判断したのである。
「ジョゼット、救かったよ」
ジュリオが微笑むと、甲板に倒れ込んだ才人を見下ろした。
「サイト、正直、君は僕達に協力してくれると期待してたんだけどな」
「そんな訳あるか、馬鹿野郎!」
才人は噛み付くように言った。
「でも、君はもう、こっちの世界の人間じゃないか。おまけに“トリステイン”の“英雄”で、沢山の仲間もいる。それに、“愛”する恋人も……その“ハルケギニア”が、滅びの危機に瀕しているっていうのに、それでも君は、故郷の方が大事なのか?」
「…………」
確かに、“地球”を救うということは、“ハルケギニア”を滅びるままに任せるということにも受け取ることができるだろう。“風石”による“大隆起”が起きてしまえば、住む場所の半分が失くなってしまうのだから。
大勢の人達が犠牲になるかもしれない。
その中には親しい人達がいるかもしれない。
才人は、(だが、それでも……俺は“地球”の人間だ。父さんや母さんが、大切に育ててくれた……普通の高校生、平賀才人なんだよ。“ハルケギニア”のために、“地球”を征服させるなんて、できる訳がねえ……)と無言でジュリオを睨み付けた。
「そうか……それなら、仕方ない。君の自由だからな」
ジュリオは、悲しそうに首を横に振った。
そんなジュリオの様子が、才人には、気の所為か、不思議といつものポーズではなく本気で悲しんでいるように感じられた。
「さて、君はどうだい? セイヴァー。“聖地”は君の故郷ではないみたいだし、別に問題はないと想うんだけど」
「確かに、俺の故郷である“地球”とはまた別の“地球”だ。だがな、おまえ達のやり方に賛同し、協力することはできない」
「一応、訊いても?」
「やり方が駄目なんだ。やり方が。そも、おまえ達は決定的な勘違いをしている。ブリミル、あいつの本願を、それに関して、補え違えている、履き違えている」
「……サイト、セイヴァー。君達の身柄を拘束させて貰う。罪状は“ロマリア”艦船への侵犯行為と……まあ、その他諸々だ。“聖堂騎士”に楯突いて、異端審問に掛けられないのは幸運だな」
「ふざ……けんな……!」
才人は、必死に立ち上がろうとした。
だが、もう、身体が想うように動かない……指を動かすのが精々だという様子である。
「ジュリオ、サイトから離れなさい!」
その時、“フネ”の甲板に、聞き慣れた声が響き渡った。
才人は、ハッとして顔を上げた。
視線を向けたそこには、彼女がいた。
風にそよぐ百合紋章のマント。双月の光を浴びて輝く、桃色のブロンドの髪。鳶色の瞳に激しい怒りの感情を湛え、“杖”の先をジュリオに向けている。
まるで、神々しい女神のような、その姿……。
「ルイ……ズ……?」
才人は、床に這いうずくまったまま、“愛”するご主人様の名前を口にした。
今の才人には、(なんでここにいるんだよ……?)、などと、そのようなことはどうでも良かった。彼女の姿を見ただけで、身体の中から力が湧き上がって来るのだから。
ジュリオが両手を上げて後ろに下がると、ルイズは直ぐに才人の側へ駆け寄った。
「サイト、どうしたのよ!? 酷い怪我してるじゃない!」
血を流した才人を見て、ルイズの瞳に大粒の涙が溢れた。
「ルイズ、どうして……?」
「あんたを乗せたシルフィードが、飛んで行くのが見えたのよ。そしたら、あんた、“フネ”の上で戦い始めて……慌てて“
ルイズは、冷たくなった才人の手を握り、ジュリオに向かって叫んだ。
「早く、サイトを治療して!」
「安心しなよ。命に関わるような傷じゃない。僕達だって、彼を殺す訳にはいかないからね」
ジュリオのその言葉に、カルロは赤面し、下を向いた。
「良いから、早く!」
ジュリオは首肯くと、“治療魔法”を使える“メイジ”達を呼びに行かせた。
「サイト、しっかりして……お願い、死なないで……」
才人の手をしっかりと握り締めたまま、ルイズは祈るように呟く。
だが、そんなルイズの態度に、才人は妙な違和感を覚えた。いや、心配してくれているのは素直に嬉しいと感じてはいるが、なにか、なにかが引っ掛かったのである。
才人は、仰向けになって、口を開いた。
「ルイズ……」
「なに?」
「教皇との話は、どうだったんだ?」
途端、ルイズの表情が強張った。
「……ルイズ?」
「あの、サイト……あのね、私……」
ルイズの鳶色の瞳に、大粒の涙が溢れ出し、才人の頬を濡らした。
「え? え? ええ?」
才人は戸惑った。
「ルイズ、おい、どうしたんだよ? ルイズ……」
「ごめん……ごめんなさい、サイト……」
「なんだよ、ルイズ……一体、なにに謝って……」
ルイズは、握った才人の手をソッと離し、言った。
「私、サイトの故郷を征服して、この“ハルケギニア”を救うわ」
「なっ……!?」
才人は、(だって、さっきは……そんなこと……)と絶句した。余りの衝撃に、声も出なかった。
「ルイズ……どう言う、事だよ? なあ、ルイズ……!」
顔を背け、立ち去ろうとするルイズの背中に、才人は懸命に手を伸ばした。
だが、傷を癒やすために呼ばれた“メイジ”達が、直ぐに才人を取り囲み、ルイズの姿は見えなくなってしまう。
「ルイズ……ルイズ……うっ……」
“メイジ”達が、暴れる才人に“
たちまち、眠気が襲い、才人の意識は暗闇の中に落ちて行く……。
「……ごめんなさい」
と、意識が途切れる直前、才人はそんな声が聞こえた気がした。