ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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監獄島(シャトー・ディフ)

 アンリエッタが乗艦する“トリステイン王国”艦隊の旗艦は、“アルビオン”攻略のために建造された“竜母艦ヴュセンタール号”である。多量の“竜騎士”を離発着させるために、長大な平甲板を備えた、この特殊な新鋭艦は、“アルビオン戦役”の後には、王家の専用艦として運用されていた。

 夜も更けた頃……海上に停泊したその“ヴュセンタール号”の執務室で、アンリエッタは1人、苦悩の溜息を漏らしていた。

(まさか、こんなことになるなんて……)

 教皇ヴィットーリオが語った“聖地”についての真実と、“地球”への侵略計画。それは、戦争の回避を望んで来たアンリエッタにとって、到底、受け入れられるモノではなかった。

 “地球”との戦争は、血で血を洗う凄惨なモノになる……いや、それ以上に悲惨なことになる、もしくは、“ハルケギニア”の完敗であることは、アンリエッタも直ぐに理解できた。

 “ハルケギニア”の歴史上、類を見ないほどの、恐ろしい地獄が生まれることになるであろう。

 そして、その戦争の旗印として立たせられることになるのは、アンリエッタの大切な親友である。

「嗚呼、ルイズ……」

 アンリエッタは目を瞑ると、両手を組んで、祈るように呟いた。

 数ヶ月前……彼女は、ほんの小石ほどの大きさをした“火石”が、“ガリア”の“両用艦隊”を灼き尽くしたのを、眼の前で目にしたのである。たった一瞬で、数万もの命を奪おうとしたのである。

 だが、ヴィットーリオは、覚悟の上で、その惨劇を上回るほどの恐ろしい殺戮を、ルイズにさせようとしている……。

(そのようなことは、させないわ。絶対に。ルイズだけではないわ。“トリステイン”と“アルビオン”の兵達にも、そして、“ハルケギニア”の全ての民のためにも、なんとしても、“ロマリア”の、彼の狂気を止めなくては……でも、どうすれば善いのでしょう? 私の力は、余りに無力だわ)

 アンリエッタは、誰か相談できる相手が欲しかった。

 敬愛する母后マリアンヌは、遥か遠い“トリスタニア”の地である。

 口は辛辣ではあるが、いつも陰でアンリエッタを支えてきてくれたマザリーニは、“聖地回復連合軍”に編入された“トリステイン”軍の本隊と共にいる。そのために、合流には時間が掛かるであろう。

 其の時、執務室の扉を静かに叩く音がした。大きく3回、次に小さく2回……その叩き方を許された者は、王宮内でもただ1人だけである。

「どうぞ、お入りなさい」

「は、失礼致します。陛下」

 息を切らして執務室に入って来たのは、“銃士隊”隊長のアニエスであった。

 普段は冷静な“銃士隊”隊長の、ただならぬその様子を見て、アンリエッタは怪訝そうに声を掛ける。

「どうしたのです? アニエス。こんな夜更けに。」

「は、申し訳ありません。何分、緊急の事態でありまして……」

「何事です?」

 アンリエッタの表情が険しくなった。

「陛下の騎士(シュヴァリエ)、サイトの身柄が、“ロマリア”の手に拘束されました」

「なんですって!?」

 アンリエッタは目を見開き、悲鳴のような声を上げた。

 

 

 

 アニエスは事の次第を報告した。

 “ロマリア”側の通達ではあるが……才人は“ロマリア”の軍艦に乗り込んで、乱闘騒ぎを起こし、数人の“聖堂騎士”を負傷させた、という。

 他国の軍艦に許可なく乗り込み、況して暴れるなど、言語道断である。それが“王家”直属の騎士となれば、“ロマリア”との重大な外交問題に発展してもなんら可怪しくはないといるだろう。

「それは、本当なのですか?」

 アンリエッタは、ショックを受けた表情で尋ねた。

「事の真偽は兎も角、問題が起きてしまったのは事実です。彼が、なにかの理由で無断で“ロマリア”の“フネ”に乗り込んだのは確か、かと……」

「そうですか……」

「また、“アルビオン”客将、セイヴァーも、捕縛された、と」

「…………」

 だが、アンリエッタは、その話になにか不審なモノを感じ取っていた。

 才人達が理由もなくそのようなことをする人間ではないということを、アンリエッタも良く知っているのである。

 アニエスの言葉からも、彼女がそれを良く理解していることが判る。

 才人は決して血気盛んな少年ではない。

(2人が、そんな行動に出たと言うことは、なにか、きっと抜き差しならぬ理由があったに違いないわ)

 話を聞き終え、ようやく冷静さを取り戻したアンリエッタは、アニエスに尋ねた。

「それで、サイト殿とセイヴァー殿達は、今どこに?」

 拘束されたのであれば、“ロマリア”の艦内にいるのが普通であろうか。

 アンリエッタの脳裏に、(まさか、あの悪名高い、“ロマリア”の“宗教裁判”に掛けられているのでは……)とそのような心配が過った。

「部下の報告によれば、“シャトー・ディフ”なる場所に移送されたと」

「“シャトー・ディフ”? なんですか、それは?」

「は。私も詳しくは存じませんが、あんでも、“エウネメス”の沖合に浮かぶ孤島に造られた、“エルフ”の監獄だとか」

「“エルフ”の? 何故、そんな場所に彼等を?」

「“ロマリア”の船に拘束したのでは、脱走される恐れがありますからな。“エルフ”の“評議会(カウンシル)”と交渉し、身柄を引き渡したのでしょう。罪状は、“アディール”からの脱走と“悪魔(シャイターン)の門”への侵入……と言ったところでしょうか。なにより、“エルフ”の虜囚となれば、こちらは外交的に手を出し難い」

「聖下は、仇敵であった“エルフ”と、随分と仲良くなったものですわね」

 アンリエッタは唇を噛み、そんな皮肉を口にした。

「至急、“ロマリア”に抗議をいたしますわ」

 アンリエッタは言った。

「“ロマリア”が話を利くでしょうか?」

「いえ、聞く耳を持たぬでしょうね」

 “ロマリア”への抗議は、あくまで表向きのモノである。

 アンリエッタには考えがあった。

(サイト殿達を、“ロマリア”の手から取り戻さなくては……)

 ヴィットーリオが身柄を押さえたのにはなにか目的がある、ということをアンリエッタは理解していた。そして、才人に関しては、彼の“使い魔”としての力が“虚無”の発動に関わって来るのであろう、とも予想を着けていた。

(ルイズに対しての人質の意味もあるのかもしれないわね。そして、わざわざ“エルフ”の監獄に移送したのは、2人を引き離す目的もあるのかしら……? 詰まり、サイト殿の身柄をこちらが押さえれば、教皇も交渉のテーブルに着かせることは、可能かもしれないわね……)

 敢えて言えば、才人よりも、“虚無の担い手”である、ルイズやティファニアの身柄をこそ確保すべきである状況だといえるだろう。だが、2人は“ロマリア”の“フネ”に行った切り、もう何時間も戻って来る気配がないのである。

 当然、アンリエッタは2人を帰すよう、“ロマリア”側に働き掛けているのだが、それは拒否されてしまっていた。

(既に、2人は教皇聖下の手中にあると見るべきでしょうね……)

 アンリエッタは、先立ってのヴィットーリオとの会談を想い出し、身震いした。

 “トリステイン”女王であるアンリエッタが、ルイズ達を救出するために動けば、間違いなく、“ロマリア”との全面戦争になるであろう。そして、“トリステイン王国”は、“神聖アルビオン共和国”と同じ道を辿ることになってしまう。

 それだけは、絶対に避けなければならないことであるといえるだろう。

 そのことを考えれば、才人達が“エルフ”の監獄に移送されたのは、“エルフ”側に引き渡したかたちである。“エルフ”相手では、確かに、外交的、には手を出し難い。が、ただの囚人1人、2人を脱獄させたところで、国家間の対立に発展することは先ずないといっても良いであろう。

 危ない橋であることに変わりはないが、少なくとも、“ロマリア”側に全面戦争の口実を与えないことは、可能である……。

 分の悪い賭けではあるが、現状では、 “聖戦”を止めるために取れる手立てでは、これくらいしかアンリエッタには想い付かなかった。

 だが、それを誰に任せるべきか……それが1番の問題であった。

 ここでは、アンリエッタの指揮権は存在しないも同然なのだから。

 “トリステイン”軍の本隊は“聖地回復連合軍”に編入されており、今のアンリエッタが動かせることができるのは、直属の親衛隊である“銃士隊”のみである。しかし、彼女達はあくまで、“平民”で構成された、身辺警護の部隊。“エルフ”の監獄に向かわせることはできないのである……。

「どうすれば……?」

 アンリエッタは唇を噛み、考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “シャトー・ディフ”とは、“ガリア語”で、“監獄島”を意味する言葉である。

 ヒトと“エルフ”の交流する都市、“エウネメス”の沖合にある、直径2“リーグ”ほどのその島は、まさに海の監獄であるといえるだろう。

 監獄島に送られるのは、“民族反逆罪”など、重大な罪を犯した“エルフ”に限られる。“エスマイール”を始めとする“鉄血団結党”の党員達も、この島に収監されている。

 この島は、“エルフ”の信仰する“大いなる意思”に見放された場所とされており、“精霊の力”は略遮断されている。なにしろ、“エルフ”は“精霊の力”を用いて“魔法”を行使するのである。“杖”を取り上げてしまえばほとんど動けなくなったのと同じ状態になるヒトの“メイジ”とは違うのである。“精霊の力”を行使できるのは、石の牢獄そのものと“契約”した衛士のみである。1度、収監されてしまえば、“エルフ”であろうとも2度と出て来ることはできない鉄壁の監獄。

 “地球”にも、同じ名前の監獄が存在する。

 “フランス”南部の“イフ島”……小説“モンテ・クリスト伯”の舞台であり、“巌窟王”の心象風景とでもいえる場所。

 異世界ではあるが、それでも何かしらの繋がりがあることが理解るこの共通点……。

 そんな、“エウネメス”沖合の“シャトー・ディフ”……才人達は、そこに監禁されていた。

 

 

 

 牢獄の設備そのものは、それほど悪いモノではないといえるだろう。

 ベッドもあるし、椅子と机に、ちゃんとしたトイレもある。窓がなく、殺風景な所を除けば、上等なホテルの個室に近いといえるだろうか。

 だが、扉は頑丈な金属製で、ヒトや“エルフ”、他“亜人種”が叩いてもビクともすることはない。外の光は一切遮断されており、部屋を照らすのは、壁に灯る小さな“魔法装置”の灯りだけである。

「くそっ、こっちも駄目か……」

 どこかに抜け道はないかと、ずっと血眼になって探していた才人は、とうとう諦めて、ドカッとその場に座り込んだ。

 例え、この牢から抜け出すことができたとしても、どのみち“エルフ”の衛士に見付かり、大騒ぎになるだけである。また、デルフリンガーも、タバサの“杖”も取り上げられているのだから……。

 才人は、(……つうか、牢屋に打ち込まれるの、これで3度目なんだよな、俺)と心の中で嘆息した。

 慣れたモノと云えば慣れたモノではあるが、“東京”では補導歴など全くなかった、平凡な高校生であった才人で在る。このような所に慣れてしまうのも、悲しいモノがあった。

「おめでとう、才人。これで3度目だな」

「全然嬉しくねえよ! なあ、どうしよう? なにか、良い方法はないか?」

 俺の茶化す言葉に、軽く怒鳴り、才人は腕組みをしたまま明かりの下に座る。それから、もう1人の囚人へと声を掛けた。

「救けを待つ。それが最善手」

 本を読んでいたタバサが、わずかに顔を上げて、言った。

 そう、タバサも、俺達と一緒にこの監獄島に投獄されてしまったのであった。才人が意識を失った後、捕まった才人を救けようとして、“フネ”の上で“聖堂騎士隊”相手に大暴れしてみせたのである。

「おまえ、凄いな……こんな時でも本を読めるなんて」

「こういう事態には、慣れている」

 才人の言葉に、タバサは淡々と言った。

「それ、なに読んでるんだ?」

「“ブリミル教”の聖典」

「面白いのか?」

 当然、タバサは首を横に振る。

 才人は、(まあ、そりゃそうだろうな)と想った。

 なにしろ、“杖”だけではなく、本も全て取り上げられてしまったのである。もちろん、腕輪型の“礼装”も取り上げられてしまった。そんな中、唯一、持ち込みを許可されたのが、この”ブリミル教”の聖典だけであった。

「悪い、俺の所為で……」

「貴男の所為じゃない」

 タバサは首を横に振った。

「私がそう望んだだけ」

 その言葉を聞いて、才人はふと想った。

「なあ、タバサ……おまえ、ひょっとして、わざと捕まった?」

「…………」

 才人が尋ねると、タバサはコクッと首肯いた。

「いやいやいやいや、なんでだよ!? タバサまで捕まることないだろ?」

「私は貴男の従者。貴男の側で、貴男を守る義務がある」

 タバサが視線を逸らすと、少しばかり早口で言った。

「そして、そんな恋するマスターを守るのが僕の役目だね」

 と、イーヴァルディが“実体化”した。

 イーヴァルディのそんな言葉に、タバサは顔を赤くし、大きく顔を背ける。

「タバサ……」

 才人の胸に、なんだか熱いモノが込み上げた。

「ありがとな」

 そう才人が声を掛けると、タバサは頬を余計に赤らめて、また本に目を落とした。

 才人は腕組みをしたまま、(さてと、なんにしても、これからのことを考えないとな……)と天井を見上げた。そして、(取り敢えず、こんな所に閉じ込めた以上、”ロマリア”の連中は、俺を殺すつもりはないってことだよだな。まあ、そりゃそうか……なにせ、俺はルイズが”最後の虚無”を放つための”魔力供給機”だしな。タバサとセイヴァーと一緒に閉じ込めたのも、万が一、俺が死のうとするのを阻止させるためか? ジュリオのことだ、たぶん、そん位は考える。でも、例え俺が死んだところで、”地球”への侵攻が少し遅れるだけだろうな。教皇は、また新たな”担い手”と”使い魔”を捜し出して、同じことをさせるに決まってる。だとしたら、まだ死ぬ訳にはいかねえよな……)、と考えた。

 それから、才人が考えたのは、ルイズのことである。

 才人は、(あいつ、今頃なにしてるんだろう……? あの時、あいつが見せた涙。あれは、どういう意味なんだ? 教皇の“地球征服計画”に反対してたはずだ。いくら“ハルケギニア”を救うためと言ったって、そんな方法は間違ってる……そう言ってたはずだ。どうして、急にあんなことを言い出したんだ? 教皇に丸め込まれちまったのか? それとも、なにかで脅されているのか……? なんにせよ、あれがルイズの本心だとは想えねえな。きっと、なにか隠してることがあるんだ。前に、俺を“地球”に送り返そうとしてくれた時だって、あいつ、あんな風に泣いてたじゃねえか……ルイズ……ルイズ……)と考え、心の中で“愛”する恋人の名前を繰り返した。

 そして、(ルイズに逢いたい。顔が見たい。触りたい。抱き締めたい。キスしたい。折角再逢できたのに、また離れ離れになるなんて、余りに辛過ぎる……)とルイズのことを考えているうちに、才人は涙が溢れて来たのを感じた。タバサに涙を見られまいと、目をゴシゴシと擦る。

 才人は床に寝転がり、天井を見詰めた。

「諦めねえ、絶対に……」

 諦めた訳ではない。

 いざという時のために、体力を温存しておくためであろう。

 次に目覚めた時に、身体を動かすことができるように。

 ルイズともう1度逢うため、逢うまで、死ぬ訳にはいかない、と。

「そうだ。それで良い。才人。おまえはそれで良いんだ。“待て、しかして希望せよ(アトンドリ・エスペリエ)”だ」

 

――“悪逆と絶望と後悔に満ちた暗黒の中にあって眩く輝く、一条の希望”。

――“人間の知恵は全てこの2つの言葉 待て、しかして希望せよに凝縮される”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “オストラント号”の中にある小さな食堂で、ギーシュ達“水精霊騎士隊”の面々は、激しい議論を交わしていた。

 副隊長である才人が、“エルフ”の監獄に移送されたという話を聞き、皆頭を抱えているのである。

「いやはや、不味いことになったぞ。どうしたものかな?」

「決まってる。俺達で副隊長殿達を救けに行くんだ!」

 ギムリが勇ましく拳を振り上げると、おーっと無責任な掛け声が上がった。

「待った待った、落ち着きたまえよ、君達」

 ギーシュが慌てて言った。

「なんだよ? ギーシュ。君はサイト達を救けたくないのか?」

「そうじゃない。僕達がどうこうできる問題じゃないと言ってるんだよ」

 ギーシュは困ったように肩を竦めた。

「なにか理由があったにせよ、サイト達が“ロマリア”の“フネ”で暴れたのは事実なんだ。詰まり、この投獄は“ロマリア”側に正当性があるってことだ」

「うむむ……そりゃそうだが、サイト達が可哀想じゃないか」

 ギムリが不満そうに言った。

 ギーシュは、バツが悪そうに首を振った。

 それはもちろん、ギーシュだって、才人達を救けたいのは山々である。(サイト達は理由もなしに暴れたりするような奴じゃない。だから、なにかあったんだろう)と想った。

 だが、ギーシュは“エルフ”の恐ろしさを身をもって識っているのである。ここにいるのは皆、威勢ばかり良い、ただの“ドット・メイジ”である。“エルフ”の監獄などに乗り込んで、無事で済む訳もない。

 ギーシュは、隊長として、仲間を危険な目に遭わせる訳にはいかないのである。

「きゅいきゅい、なに言ってるのね。お姉様を救けて欲しいのね!」

 ヒトの姿になったシルフィードが喚き出した。タバサに命じられ、“オストラント号”に戻ったシルフィードは、“水精霊騎士隊”に救けを求めたのである。

「お姉様を救けてくれたら、シルフィが“韻竜”に伝わる感謝の踊りをしてやるのね」

「わ!? 脱ぐな脱ぐな!」

 少年達は顔を赤らめ、慌ててシルフィードを止めた。

「僕だって、救けてやりたいのは山々だがね、今回は無理だよ」

 ギーシュは言った。

「きゅいきゅい、なんなのね。お前達、いつもは“貴族”なんてえばってる癖に、肝心な時に役に立たないのね、きゅい!」

「なんだと? 君、“貴族”の名誉を侮辱するのかね?」

「喧嘩はやめろよ」

 真面目なレイナールが言った。

「なにも処刑されるって言うんじゃないんだろ? なんと言っても、サイトとセイヴァーは“ハルケギニア”の“英雄”なんだし、なに、数日もすれば釈放されるさ」

「まあね」

 マリコルヌが同調した。

「詰まり、僕達にできるのは……」

「うん」

「サイト達が戻って来た時のために、歓迎パーティーの準備をすることだな」

「おお、それだ!」

「きゅいきゅい、皆馬鹿なのね! 救けを求める相手を間違えたのね! シオンの方に行けば良かったのね!」

 シルフィードは喚くと、食堂を出て行ってしまった。

 そんな中、レイナールが溜息混じりに言った。

「皆暢気だな。サイト達の話が本当なら、もう直ぐ戦争になるんだぜ?」

「…………」

 皆急に黙り込んでしまった。

 そう、ここにいる“水精霊騎士隊”の隊士達は、皆、“タイガー戦車”や“ゼロ戦”など、“地球”の“武器”が活躍するのを間近で見て来たのである。もし戦争になれば、そのようなモノと戦う必要性が出て来る。しかし、最低でも“タイガー戦車”や“ゼロ戦”、もしくは、それよりも高性能な“武器”を相手にすることになるのだから……。

「どうなっちまうんだろうなあ? 僕達」

 マリコルヌが、ポツリと言った。

「ルイズも、帰って来ないしな」

「そう言や、そうだなあ」

「帰って来なと言えば、おっぱいエルフちゃんもだぜ」

 “水精霊騎士隊”の少年達は、なんとなく、不安そうに顔を見合わせた。

 食堂がしんと静まり返った、その時である。

「あの、失礼いたします……」

 と、入り口に、灰色のフードを冠った女性が姿を現した。

 全員が、ハッとして、瞬時に“杖”を抜いた。“ドット・メイジ”とはいえ、そこは流石、実戦経験だけは豊富な少年達であるといえるだろう。

「何者かね?」

 ギーシュが“杖”を向けたまま、鋭く言った。

 “ロマリア”の手の者かもしれない、と警戒しているのである。

「あ、その、私は……」

「なんだ? 怪しい奴だな」

 マリコルヌが“杖”の先をペロッと舐めると、女の側に近寄った。

「スパイかも知れん。調べさせて貰う」

 マリコルヌが、“杖”をスカートに差し込もうとすると、「お、おやめください、無礼な!」と女性はマリコルヌの頬をバシッと叩いた。

「なに、抵抗するとは、ますます怪しいじゃないか!」

 マリコルヌは何故か興奮した様子で、グイグイと顔を寄せた。

「ひっ」

 女性が悲鳴を上げて後退る。

 フードがハラリと落ちた。

「え?」

 その瞬間、食堂にいた全員の顔が青褪めた。

「アンリエッタ女王陛下!!」

 

 

 

「こ、ここ、この度は、女王陛下にたた、大変な、ごご、ご無礼をば……」

 ギーシュが、床に頭を着けたまま、ガタガタと声を震わせた。

 隊長以下、“水精霊騎士隊”の全員が、“日本”の土下座スタイルである。無論、“ハルケギニア”に土下座などという作法はない。才人がルイズに謝る時、いつもこうしていたことを想い出し、皆其れに倣ったのである。いやもう、彼等が知る“貴族”としての作法などでは、女王陛下であるアンリエッタに対して反省の念を表現し切れることはできないだろう、と想ったのである。

 ただし、お約束なのか、マリコルヌだけはロープでぐるぐる巻きに縛られ、床に転がされていた。

「う、打首だけは、どうか、どうかああああ……!」

 ギーシュは額を床に擦り付けながら叫んだ。“貴族”だというのに、それはもう、見事な土下座であり、モンモランシーが見たとすればドン引きするほどであろう。

 ギーシュは、(嗚呼、この僕が、女性の声に気付かなかったなんて……)と己の不覚を恥じた。(どこかで聞いたことのある声だ)、とは想っていたのだが、しかし、まさか女王陛下がこのような時間に、しかも伴を連れずに現れるとは、神ならぬギーシュには想像するだにできなかったのである。

 いやしかし、これはもう、打首では文句は言えまい、という状況である。なにしろ、女王陛下に対する不敬罪であるのだから。打首であればまだマシな方であり、場合によっては、グラモン家のお取り潰しだってありえるのである。

 ギーシュは、(嗚呼、名門グラモン家が僕の所為で滅亡するのか……)と心の中で両親や兄に土下座した。

「女王陛下、悪いのは僕1人です! 僕を罰してください!」

 と、床に転がったマリコルヌが、仲間を庇って必死に叫んだ。

「マリコルヌ……」

「僕は、ど、どんな罰で受け入れる覚悟はできています! 女王陛下、こ、ここ、この疎かな豚めを、厳しくお罰っしてください! ふ、踏んでくださいいいいいい!」

「お前は黙ってろ!」

 レイナールが、マリコルヌに“沈黙(サイレント)”を掛けて黙らせた。

「あの、皆さん、どうか面を上げてくださいまし」

 と、アンリエッタは幾分戸惑った表情で言った。

 少年達は、ほんの少し、顔を上げた。

「突然、訪れた私が悪かったのです。先程のことは、不問にいたします」

 アンリエッタが首を横に振ると、ギーシュ達はポカンとして顔を見合わせた。

「不問、ですか?」

「ええ、2度は言いませぬ」

「は、ははーっ。女王陛下の寛大なるご処置、誠に、誠に……」

 アンリエッタの寛大な沙汰に、少年達は再び床に頭を擦り付けた。

 だが、マリコルヌだけは、残念そうな様子である。

「皆さんを驚かせてしまい、申し訳ありません。“ロマリア”に気取られれぬよう、隠密に行動する必要があったのです」

 アンリエッタは声を潜めて言った。

 ギーシュ達は戸惑ったように、顔を見合わせた。

「と、言いますと?」

「実は、皆さんに、お頼みしたいことがあるのです」

 その瞬間、“水精霊騎士隊”の少年達は全員、目を丸くした。

 アンリエッタが、眼の前で、深々と頭を下げるたのだから。

 

 

 

 アンリエッタは、“水精霊騎士隊”の少年達の前で、自身の考えを打ち明けた。

 ヴィットーリオが唱える“聖戦”が始まれば、多くの血が流れるであろうことは間違いなく、“トリステイン”の女王として、それだけは、絶対に回避したいということ。だが、ヴィットーリオは“始祖ブリミル”の使命に固執しており、説得の目は到底ありえそうにないということ……そして最後に、“4の4”を揃わせぬこと。才人の身柄を押さえることが、ヴィットーリオの計画を止める手立てになるかもしれない……という考えを話した。

「詰まり、陛下は、僕達にサイトの救出に向かえと仰るのですね?」

 ギーシュが確認した。

「はい、その通りです。どうか、力をお貸しください。今、この地で私が頼れるのは、貴男達近衛だけなのです」

 “水精霊騎士隊”の面々は、顔を見合わせた。

 先程まで、才人を救に行くだのと威勢の良かった者達も、いざ“エルフ”の監獄へ乗り込むとなると、やはり足が竦むのである。ティファニアのおかげで、大分慣れては来たものの、“エルフ”という言葉は、まだ拭い切れぬ恐怖の象徴であるのだから。

 沈黙が食堂を支配した。

 ややあって……。

「おそれながら、女王陛下……」

 と、ギーシュが真面目臭った調子で、口を開いた。

 仲間達は、お調子者の彼がなにを言い出すのかと、ヒヤヒヤしながら注目した。

「僕達は、“トリステイン”の“貴族”です。陛下のご命令とあらば、命も賭けましょう。ですが、その……不躾ながら、陛下にお請願したいことがあるのです」

「なんでしょう? なんなりと、申してください」

「サイトの救出に向かうのは、志願者だけにして頂きたいのです。そして、ご下命に従わなかった隊士達を、罰することのないように、お願いしたいのです」

 ギーシュのその言葉に、少年達はハッとした。凡そ、先程まで土下座をしていたとは想えぬほど、堂々とした態度であるためであった。

「それはもちろん、私の名に誓って、約束しましょう」

 アンリエッタは言った。

「これは、“トリステイン”女王としての命令ではなく、私、アンリエッタ・ド・トリステイン個人のお願いなのですから」

「請願、お利き頂き、ありがたく存じます」

 ギーシュはサッと一礼すると、薔薇の造花の“杖”を抜き、真上に掲げる。

「“水精霊騎士隊”隊長、ギーシュ・ド・グラモン。謹んで、任務を拝しましょう」

 “王家”への忠誠を示す、見事な“貴族”の礼であった。

 仲間の少年達が、次々と“杖”を抜き、同じように真上に掲げた。

「ま、隊長殿1人で行かせる訳には、いかないよな」

「うん、そうだな」

「参ったね、だって隊長殿が、1番怖がってるんだもんな」

 誰かがそう言うと、少年達の間に笑いが起こった。

 “杖”を掲げたギーシュの膝が、ガタガタと小刻みに震えているのである。

「これは武者震いだぜ? 君達」

 ギーシュは強がった。

「そうだな、武者震いだ」

 ギムリの膝も震えている。

「サイトとセイヴァーは、これまで何度も祖国を救ってくれた。あの時、2人が110,000の軍隊を止めてくれなかったら、僕達も、とっくに死んでたかもしれない」

 レイナールが言った。

「ああ、間違いないな」

 マリコルヌが首肯いた。

「“聖戦”で死ぬのはごめんだが、友を救うためなら、仕方ない」

 全員が“杖”を掲げた。拒む者は、誰もいなかった。

 少年達は、“杖”を合わせ、「“トリステイン”万歳」を唱和する。

 アンリエッタは涙を堪え、この勇敢な少年達に、深く頭を下げた。

「ところで、その“監獄島(シャトー・ディフ)”には、どのように向かえば?」

 と、ギーシュが言った。

「小型で足の速い“フネ”を1隻用意致します。それで向かってください」

 アンリエッタが答えると、「それは、あまりお勧めできませんな」と声が掛けられた。

「先生!」

 ギーシュが声を上げた。

 食堂の入り口に現れたのは、コルベールとキュルケ、それにシルフィードである。

 ギーシュ達に愛想を尽かしたシルフィードは、コルベールを連れて来たのである。

「失礼ながら、話はそこで聴かせて頂きました。“トリステイン”軍の“フネ”を動かせば、“ロマリア”側に動きを察知されてしまいますぞ?」

「コルベール殿、では、どうすれば……?」

「なに、心配はありません、この“オストラント号”の速度なら、例え動きを察知されても、追撃を躱すことができるでしょう」

 コルベールは、少し自慢げに言った。

「おお、では……」

「私とミス・ツェルプストーも同行しましょう。なに、“学院”の教師には、生徒を引率する義務がありますからな」

「あんた達に任せといたら、馬鹿みたいに突っ込んで行きそうなんだもの」

 キュルケが、“水精霊騎士隊”の少年達を見回して、肩を竦めた。

「忝ありません」

 アンリエッタは、コルベール達にも頭を下げる。

「その話、私達も乗らせて貰うわ」

 コルベール達の後ろから、1人の女性が声を上げる。

 その姿を見て、その場の皆が驚いた。

「シオン!?」

「貴女は、一国の女王なのですよ? そのようなことをして――」

「その前に、1人の人間です。そして、友人を救けるのに、大きな理由など要りません」

「“アルビオン”の政治の方は? 立場も危うくなるでしょ?」

「政治の方は、信頼できる方に任せて来ました。立場も悪くなることはありません。大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう、アン」

 シオンは屈託のない笑みで、アンリエッタへと感謝の言葉を口にした。

 この場の皆のそのような態度を前に、アンリエッタは毅然とした態度で言った。

「ありがとう。深く、静かにことを進めてください。どうかご武運を」

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