ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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虚無の神話

 “ロマリア”艦隊の旗艦“聖マルコー号”の中に用意された貴賓室で、ティファニアは深く落ち込んでいた。

 負傷中のファーティマを見舞うため、“ロマリア”の“フネ”に戻った頃、“聖堂騎士”達に取り囲まれて半ば無理矢理ここへと連れて来られたのである。

 もっとも、ティファニアが“オストラント号”に残っていたとしても、ファーティマを人質に取られてしまっているような状態では、ずれ従う他はなかったであろうが。

 ティファニアに宛行われた部屋は、家具も調度品も揃った、立派な部屋である。だが、“魔法”は使えないようにと“杖”と“礼装”は取り上げられてしまい、許可がなければ外に出ることもできない。実質的な軟禁状態であるといえるだろう。

(どうなっちゃうのかな? これから)

 ベッドに座るティファニアは、右手に嵌めた母の形見である指輪を見詰めた。

 指輪には以前、“水の精霊石”が嵌っていたのだが、今は台座しかない。その“精霊石”は、死に掛けた才人の傷を癒やすために使ってしまったのであった。

 ティファニアの胸のうちに、(サイトの世界(地球)と戦争になるかもしれない……そして、“虚無の担い手”である私は、その手助けをすることになるかもしれない)という言いようもない不安がわだかまっていた。

(私、そんな恐ろしい事を……)

 ティファニアは、ギュッと両手を握り締めた。

 “4の4”を共鳴させて唱える“始祖の虚無”。

 ルイズがそれを唱えれば、“地球”の人々が大勢死ぬことになるのは明白である。だが、そうしなければ、今度は“風石”の暴走で、多くの“ハルケギニア”の人々が犠牲になり、ヴィットーリオの言うように、残ったわずかな土地を巡ってヒトも“エルフ”も巻き込んだ血で血を洗う戦争が始まる可能性があるのもまた事実であった。

 そう成なった時、真っ先に犠牲になるのは、ティファニアが面倒を見て来た孤児達のような、力の弱い人々であることは言うまでもないであろう。

「サイト、セイヴァーさん。私……どうすれば善いの?」

 目を瞑り、ティファニアは祈るように呟いた。

 その名前を、才人の名前を口にするだけで、ティファニアは胸が締め付けられるように苦しくなった。

(いつだって、自分の命を危険に晒してまで、私のことを救けてくれた人達。どこにも居場所がなくて、いっそ死んだ方が善いと想った時も、“俺達が居場所になる”と言ってくた人……もう、諦めたつもりだった。だって、サイトには“愛”する恋人がいるもの。その恋人は、私の大切な親友で、2人は誰も入り込めない、とても強い絆で結ばれている……)

 ティファニアは、恋をして、初めて母の気持ちが理解できた。

(母だって、理解っていたはずよ。“エルフ”がヒトと恋に落ちることが、どれほど罪深いことか……それでも、母はヒトを、人間を“愛”してしまった。サイトに逢いたい。でも、サイトは今、“ロマリア”軍に捕らえられ、遠い場所にある“エルフ”の監獄に囚われてしまった……)

「サイト……」

 ティファニアは窓の外を見詰め、不安そうに呟いた。

 その時……扉を叩く音がした。

「……誰?」

「私よ、テファ」

「ルイズ?」

 ティファニアは直ぐに立ち上がり、扉の方へ向かった。

 開けると、沈んだ顔をしたルイズが立って居た。

「嗚呼、ルイズ……心配したのよ」

「私は大丈夫。テファの方こそ、乱暴にされなかった?」

「ええ」

 ティファニアとルイズは肩を抱き締め合った。

「ルイズ、私達、これからどうなっちゃうのかしら? 皆の所へは帰してくれないし、それに、サイト達も捕まったって……」

 ティファニアがそう言うと、「……心配ないわ」とルイズは小さく首を横に振り、ハッキリとした口調で言った。

「直ぐに、全部終わるもの」

「え?」

 ティファニアは、ルイズの口にした言葉に妙な違和感を覚えた。

 ティファニアが、(……終わる? 一体、なにが終わると言うの?)と訝しんでいると、ルイズはなにか決心したような表情で口を開いた。

「あのね、テファ……私、テファにお願いがあって来たの」

「……お願い?」

「ええ」

 と、ルイズは首肯いた。

「もう1度、テファの“魔法”で、私の中から、サイトに関する記憶を消して欲しいの」

「……なんですって?」

 ティファニアは唖然とした。

「ルイズ、どういうこと? どうして、そんなこと言うの!?」

 ティファニアは、珍しく激しい感情を露にして、ルイズの肩を掴んだ。ルイズが言ったことが信じられないのである。

「……良いのよ」

「え?」

「サイトのこと全部、忘れてしまいたいの。だって……だって、私、もう2度とサイトに合わせる顔がないわ。だから……」

 ルイズは、瞳一杯に涙を浮かべ、声を震わせた。

「ルイズ、お願いだから落ち着いて。一体どういうことなの?」

 ティファニアは以前にも、ルイズに頼まれて、已むなく才人に関する記憶を消したことがあった。あの時は、才人と離別した悲しみから逃れるためであった。だが、才人に関する記憶を失ったルイズは、まるで別人のようになってしまったのだが……。

 ティファニアは、(それなのに、また記憶を消してと言って来るだなんて……きっと、なにか余程悲しいことがあったのね。そうでなくちゃ、ルイズがこんなこと、言うはずないもの……)と想った。

 ルイズは、瞳に溜まった涙を拭き、告げた。

「決めたのよ。私、この”ハルケギニア”を救うために、“聖女”になるわ」

 ティファニアの顔が、蒼白になった。

「ルイズ、其れは……サイトの世界を、滅ぼすということ?」

「ええ。皆を……この世界を救うには、それしかないわ」

 ルイズは首肯いた。悲壮な決意の込もった声で。

「……そんな!」

 ティファニアは絶句した。同時に、ルイズが本気であることもまた理解した。散々悩み、苦しみ抜いた末に、その答えを出したのであろう……ということも。

「ルイズ、本当にそれで良いの? そんなことをしたら、サイトは……」

 例え“愛”し合っているとしても……いや、“愛”し合っているからこそ、自分の故郷を滅ぼした恋人を、決して赦すことはできないであろう。

「そうね。私は、もう2度と、笑顔でサイトに逢うことはできないわ。でも、そんなことには堪えられそうにない。今だって、ずっと、決意が揺らぎそうになってるの……だから消して欲しいの。サイトに関する記憶を。この世界を救うために……」

「ルイズ……」

 ティファニアは、ルイズの悲痛な決意に胸を打たれた。だが、(サイトと、2度と逢うことができなくても……それでも、“ハルケギニア”を救うと言うの?)と疑問を抱いた。

「駄目。そんなの駄目よ、ルイズ! 其れじゃ、貴女が救われないじゃない!」

 ティファニアは必死に首を横に振った。

「優しいのね、テファ。でも、私は良いの。もう……」

「ルイズ、お願い。考え直して! なにか、なにか別の方法があるはずよ!」

「ないわ。ないのよ……私、一生懸命考えたわ。でも、なにも犠牲にせずに1番大切なモノを救う方法なんて、なかったの!」

 溢れ出した涙が、ルイズの顎を伝って零れ落ちた。

 ティファニアは途方に暮れてしまった。

 ルイズはもう、心を決めてしまったらしい、と気付いたためである。

 悩んだ末に……ティファニアはユックリと、顔を上げた。

「ごめんなさい、ルイズ。貴女のお願いを利くことはできないわ」

 毅然として、ティファニアは首を横に振る。

「どうして……?」

「私はもう、ルイズがルイズでなくなってしまうような、あんな悲しい想いは2度としたくないの。それに……」

 と、ティファニアはルイズの肩を優しく抱いた。

「“虚無”の“魔法”でも、貴女のサイトへの想いを消すことはできなかったじゃない」

 ティファニアのその言葉に、ルイズはハッとしたように、目を見開く。

「そう……そう、ね……」

 と、ルイズは唇を噛み締めた。

「無理言って、ごめんね。テファ」

 ルイズはゴシゴシと涙を拭くと、頭を下げ、足早に立ち去る。

「ルイズ、待って……」

 ティファニアがその背中を追おうとすると、「これよろい先は、どうかご遠慮ください」と通路に立つ衛士に止められてしまった。

 ティファニアは、遠ざかるルイズの背中を、ただ見詰めることしかできなかった。

 

 

 

 ルイズが去ったその後……ティファニアはしばら、呆然としていた。

 色々なことが脳裏を過り、ティファニアの頭は混乱しているのである。

(まさか、ルイズが、サイトの故郷を滅ぼそうとしてるなんて……確かに、危機に瀕した“ハルケギニア”を救う方法は、それしかないのかもしれないわ。でも、ルイズは元々、“ハルケギニア”のために“エルフ”の土地を奪うことにも、反対していたはずよ。ルイズは一体、どうしてしまったの……? まさか、なにか“魔法”か薬のようなモノを使われて、“ロマリア”に都合の良いように洗脳されてしまったの? でも、さっきの様子を見る限り、そうは想えないわ。もし洗脳されているんだとすれば、私に、“サイトの記憶を消して”なんて言うはずないもの。ルイズ、とても苦しんでいたわ)

 ルイズの悲壮な表情を想い出して、ティファニアは胸が苦しくなった。

 静かに目を瞑り、(私、ルイズのためになにができるんだろう……? サイトなら、セイヴァーさんなら、シオンなら……もしかすると、ルイズを説得できるかもしれないわ。いいえ、今のルイズを説得できるのは、その3人しかいないはず。でも……サイト達は今、遠い“エルフ”の監獄に囚われてしまっているわ。きっと、教皇は、2人を引き離しておきたかったのね……今はサイトに頼ることはできないわ……シオンは、女王としての仕事で忙しいだろうし)、とティファニアは考える。

 ティファニアの長い耳が、消沈したようにペタリと垂れた。

「ミス・ウエストウッド、新しいシーツとお召物をお持ちしました」

 扉の外で女官の声が聞こえ、ティファニアの思考は断ち切れた。

 開けると、ベッドのシーツを抱えた年配の女官が、部屋に入って来る。

「ありがとう。大丈夫よ、そん成に気を遣わなくても」

「そうはいきません、貴女様は教皇聖下の大事な賓客なので」

 女官はティファニアに顔を近付けた。

「……?」

 ティファニアが怪訝そうに眉を顰めると、「私だよ、ティファニア」と女官の顔がツルンと溶けるように消え、そのから別の顔が現れた。

「マチルダ姉さん?」

 ティファニアは驚きの声を上げた。

 女官に変装していたのは、彼女が姉のように慕っているマチルダ――フーケであったのである。

「どうして、ここに?」

 ティファニアは目を丸くして訊ねた。

「あら、ご挨拶だね。あんたが“ロマリア”の“フネ”に閉じ込められてるって聞いて、心配して様子を見に来てやったんじゃないのさ」

 と、マチルダ……“土くれのフーケ”は、肩を竦めて言った。

「嗚呼、マチルダ姉さん……」

 ティファニアはフーケを抱き締め、思わず、涙ぐんだ。

 これまで、ずっと気を張った状態であったために、心から頼ることのできる彼女に逢ったことで、緊張の糸が切れて一気に緩んだのである。

 そんなティファニアの頭を優しく撫でながら、フーケは言った。

「今直ぐ、あんたをここから連れ出してやりたいんだけど、なにせ海の上だからね。おまけに周囲を“ロマリア”の艦隊が囲んでる……流石の私でも、ちょっと準備が必要なのさ。もう少し辛抱しておくれよ」

「ええ、私は大丈夫……」

 言い掛けて……ティファニアの脳裏に、ふと閃くモノがあった。

「どうしたんだい?」

「あの、マチルダ姉さん……お願いがあるの」

 フーケは怪訝そうに眉を顰めた。

「なんだい? あんたが、お願いするなんて、随分珍しいじゃないか」

 

 

 

 用意された部屋に戻ったルイズは、そのままベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋めて、ぎゅっと抱き締める。

 ルイズは、羞恥と自分の愚かさに、顔が熱くなるのを感じた。

 ルイズは、(テファの言う通りだわ。“虚無”の“魔法”を使ったって、私がサイトのことを、忘れられるはずなんてないのに……結局、逃げようとしていただけね。サイトの世界を滅ぼすこと……その罪悪感を少しでも軽くするために、私は“魔法”に頼ろうとした。卑怯者ね、私……)と心の中で自嘲し、(私は、この罪を一生、背負うべきなんだわ……)と想った。

 ルイズは指に嵌まった”水のルビー”を見詰めた。

 そして、これから自分がすることを想うことで、絶望に胸が張り裂けそうになった。

(サイト、私、どうすれば善いの……?)

 本当は、今直ぐにでも、“愛”する恋人の胸に飛び込みたかった。全部、なにもかも打ち明けて、才人に全てを委ねてしまいたかった。

 だが、其れは、出来無い、とルイズは想った。もし、ルイズが真実を打ち明ければ、才人は真っ先に、自分を犠牲にする道を選ぶことを理解しているのだから……。

「どうして……? どうして、私なの?」

 ルイズは、枕に突っ伏したまま嗚咽した。

(どうして、“虚無の担い手”なんかに選ばれてしまったのかしら……? 伝説の力なんて、要らなかった。普通の“4系統”に覚醒めたかった。母様と同じ“風”の“系統”か、父様の“水”の“系統”……ううん、いっそ“魔法”なんて使えなくたって良かった。どんなに馬鹿にされたって良いわ、私、“ゼロのルイズ”のままで良かった……“始祖”よ、貴男はどうして、私にこんな力をお授けになったのですか?)

 ルイズが枕を抱き締めた儘嗚咽して居ると……部屋の扉の開く音がした。

「ミス・ヴァリエール、お着替えをお持ちしました」

 勝手に扉を開け、入って来たのはシエスタであった。

 シエスタは荷物を抱えて、小さなボートに乗り、“ロマリア”の船団にまでやって来たのである。そして、「自分はミス・ヴァリエールのメイドである」と言い張り、“ロマリア”と押し問答をしていたところを、通り掛かったルイズに発見され、仕方なしに保護した次第であったのである。

 シエスタの時折見せる謎の行動力に、ルイズは呆れながらも、押し切られてしまったのである。

「ちょ、ちょっと、あんた、なに勝手に入って来てるのよ?」

 ルイズはベッドから起き上がって文句を言うが、シエスタは遠慮なく入って来て、ルイズに寝巻きを押し付けた。

「酷いお顔ですね、ミス・ヴァリエール。愛らしいお顔が台なしですわ」

「う、煩いわね」

 ルイズは目をゴシゴシと擦った。

「あんた、いつまでここにいるつもりなの? いい加減、コルベール先生達の所に戻りなさいよね」

「嫌です。私、ミス・ヴァリエールのお傍にいます」

 シエスタはキッパリと言った。

「戻りなさいってば」

「い・や・で・す!」

「もう、なんでよ!?」

 こうなると、シエスタは梃子でも動かない。

 そのことを知っているルイズは、はあ、と諦めの溜息を吐いた。

 シエスタはニコッと笑うと、ルイズに寄り添うように、ベッドに腰を下ろした。

「ミス・ヴァリエール、どうして泣いてらしたんですか?」

「な、泣いてないわよ、別に……」

「それ、無理がありますって。ほら、サイトさんにも笑われますよ」

 シエスタが取り出したナプキンで、ルイズの顔を拭こうとすると、突然、ルイズの目から涙が溢れた。

「う、うううう……」

「わ、ど、どうしたんですか? ミス・ヴァリエール!」

 シエスタはオロオロと慌てた。

 才人の名前を聞いた途端、ルイズの中で抑えていたモノが、また溢れてしまったようである。

 ルイズはしゃくり上げるように泣き出した。

「う……うう……うううう……」

「な、泣かないでください、ほら」

 シエスタは、ルイズの背中を優しくさすった。

 だが、ルイズが泣きやむ様子はない。それどころか、増々泣き始めてしまうのであった。

 シエスタは途方に暮れてしまった。

「ど、どうしましょう……ミス・ヴァリエールは泣いていると、なんだか、私迄悲しくなっちゃうじゃないですか」

 何故か、シエスタまで泣き始めてしまった。

 疲れて声が出なくなるまで、2人は泣き続けた。

 ルイズが、ようやく泣きやんだ後……。

 シエスタはなにも訊かずに、「また来ますね」と言って部屋を出て行った。ルイズが自分から話すのを待つのである。

 ルイズにとって、シエスタのその気遣いはありがたかった。

 だがそれでも、今、ルイズは誰にも話すつもりはなかった。シエスタにも、ティファニアにも、アンリエッタにも、シオンにも……。

(この苦しみは、私1人が背負うべきモノなんだわ……)

 ルイズはノロノロと起き上がると、マントの懐から“始祖の祈祷書”を取り出した。

 それから、震える手で、ページを開く。

 指に嵌めた“水のルビー”が反応し、あるページがボンヤリと光った。

 其れは、ヴィットーリオの手によって、新たに読むことができるようになったページであった。

 何度も、何度も、確認するように、読み返した、そのページ……。

 

――“記すことさえ憚られる……最後の使い魔”。

――“リーヴスラシル”。

 

――“定めし運命故に、その命をもって、最後の虚無、を完成させん”。

 

――“定めし運命を断ちたくば、使徒よ、異教に奪われし、聖地、を取り戻すべく努力せよ”。

 

――“志半ばで斃れし我とその同胞のため、神の敵対者たる、ヴァリヤーグ、を討ち滅ぼせ”。

 

――“さすれば、虚無の力は、失われ、使い魔はその運命より解き放たれん……”。

 

 このままでは、“リーヴスラシル”の力が、才人の命を奪う。

 ルイズが、“虚無”を唱えなかったとしても、才人は衰弱死してしまうであろう。

 だが、“始祖”であるブリミルの悲願である、“聖地”の奪還を果たせば……“虚無”はその力を失い、“使い魔”の”ルーン”もまた消滅する。

 “聖地”の奪還。

 それこそが、才人を死から救うことができる、方法である。

 “ハルケギニア”を救うなどと、それは嘘であった。

 本当は、才人の命を救うために、“虚無”を放とうとしているのである。

 これが、ヴィットーリオが余裕であるという素振りを見せていた理由であった。ヴィットーリオは、このことを知っていたのである。

 ルイズが才人を見殺しにすることなどできるはずもないことを。

 そして、才人の命を救うために、“聖地”の奪還に協力する、ということを……。

 

 

 

 

 

 俺達が、“監獄島(シャトー・ディフ)”に移送された、その翌日。

 “ラド(9)”の“第三(エオロー)”の週、“第三曜日(エオー)”。

 “ゲルマニア”皇帝アルビレヒト3世が率いる“聖地回復連合軍”の地上軍本隊は、“ロマリア”艦隊と合流した後、“エルフ”の国の首都である“アディール”郊外に広がる砂漠を野営地にして展開した。

 総勢300,000を超える大軍である。これは、かつて“エルフ”の国に遠征した“聖地回復連合軍”の中では、最も規模の大きいモノである。

 だが、ここに来て、“ロマリア”以外の兵達の士気は低下していた。仇敵である“エルフ”との和睦、更には、“宗教庁”を通じて発布された新たな教皇の勅が、兵や諸侯を大いに戸惑わせているのである。

 “始祖”より賜りし、虚無の力により、この世界の外にある真の聖地を奪還する”……突然、そのようなことを言われたところで、“ハルケギニア”の人間には、ほとんど理解することなどできるはずもないのである。自分達の戦う敵とは、果たして何者なのか……それがハッキリとしないために、不安と戸惑いが全軍に広がっているのであった。

 さて、その地上軍300,000の全権を預かる男、アルビレヒト3世の天幕に、1人の若者が入って来た。左右で色の違う“月目”の美少年。ジュリオである。

「ジュリオ・チェザーレです。教皇聖下の代理で参りました」

 天幕に入るなり、ジュリオは優雅な礼をした。

「ふん、喰わせ者の神官め。ここは暑くて適わぬ」

 アルビレヒト3世は不機嫌そうにジュリオを睨んだ。

「“エルフ”共の首都を目前にして、兵達は浮足立っている。このままでは、いずれ抑え切れなくなるぞ」

 和平が締結されたとはいえ、やはり“ハルケギニア”の人間の、“エルフ”への憎悪と恐怖は根深いモノがある。和平其の物に反対する諸侯も、まだに多い。特に、“新教徒”が多く、“宗教庁”への恭順意識が低い、新興国家である“ゲルマニア”では尚更であるといえるだろう。

「“エルフ”共と手を組むのは、まあ、良いだろう。しかし、異世界、への侵攻などと言う荒唐無稽な話は、どうにも信じられん。諸侯の中には、信仰心の篤い教皇聖下の妄言と言う者もいるぞ」

 全“ブリミル教徒”を束ねる長たる教皇に対して、余りにも不敬な発言で在ると云えるだろう。場合に従っては、“王族”でさえも裁かれ兼ね無い。然し、其処は“ゲルマニア”皇帝、流石に肝が据わって居ると云える。

「信じられぬのも無理はありません。ですが、聖下のおっしゃることは事実です」

「そう願いたいものだな。なに、いかに荒唐無稽な話でも、実際に分捕る領地があると言うのであれば、話は別だ。“エルフ”に勝利を収めたところで、手に入れるのは開拓しようのない砂漠と、“始祖ブリミル”の使命を果たしたという、役にも立たぬ名誉のみ。そんなモノは、兵達にとって、なんの腹の足しにもならぬ」

「確かに、閣下のおっしゃる通りです」

 余りに明け透けな物言いに、ジュリオは苦笑した。

「ですが、ご安心ください。我々の征服する約束の地は、“ハルケギニア”よりも遥かに広大で、豊かな土地です。その土地をご覧になれば、皇帝閣下も、“ゲルマニア”諸侯も、ご満足なされることでしょう」

「“聖エイジスの書”にある、“乳と蜜の流れる地”という訳か。確かに、こんな砂漠よりはマシかもしれんな。しかし……」

 と、アルビレヒト3世は言った。

「その“聖地”は、海の底にあるのだろう? 300,000もの大軍を、一体どのような方法でそこへ送り込むつもりなのだ?」

「聖下には、お考えがあります。今しばらく、お待ち頂ければと」

「ふん、その聖下は今、どこにおられるのだ?」

「聖下は“ゲート”を開く“精神力”を溜めるために、不断の祈祷をしておられます。ですが、明朝には、全ての準備が整うでしょう」

「結構。では、そのつもりで諸侯を説得しよう」

 アルビレヒト3世は椅子から立ち上がると、天幕の外に出た。

「大陸が隆起し、“虚無”の“系統”が蘇り、そして、我々は“始祖”の故郷に帰還する……信じ難いことだ。真に、我々は伝説の時代に生きているのだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線の端に陽が沈み、空に双つの月が掛かる頃……。

 アンリエッタの嘆願を受けて結成された、サイト達を救出するための部隊は、“オストラント号”の中で、ヒッソリと準備を進めていた。

「首尾はどうかね? ミス・ツェルプストー」

 “フネ”の旗艦室から出て来たコルベールが、煤だらけの顔で言った。

「大丈夫。まだ勘付かれていないわ。“ロマリア”の連中、まさか、“エルフ”の監獄に乗り込もうとしてるだなんて、考えもしないんでしょうね」

「うむ、それはそうだろうね」

「ねえ、ジャン。顔が煤だらけよ」

 キュルケは苦笑すると、コルベールの額にフッと息を吹き掛ける。

 と、甲板の方で、物凄い怒鳴り声が聞こえて来た。

「ちょっと、邪魔よ子豚! サッサと、退きな為さい! 此のっ、豚っ!」

「ああ、お姉様っ、そんな風にされたら、僕はもう、もう!」

「1度っ、死んどきなさいっ、豚はっ!」

「嗚呼っ、すみません。豚、生まれて来てすみません!」

 ルイズの姉であるエレオノールである。

 彼女は、嬉しそうに悲鳴を上げるマリコルヌを舷側に蹴り転がすと、鬼気迫るような表情でコルベールとキュルケの方へと歩いて来る。

 エレオノールの殺気立ったその様子に、百戦錬磨の部隊長であるコルベールでさえも思わず、息を呑んでしまった。

「あー、ミ、ミス・エレオノール……」

 コルベールは恐る恐る、声を掛けた。

「なによ?」

「その、本当によろしいのですか?」

 コルベールの質問に、エレオノールはフンと視線を逸らした。

「私も“トリステイン”の“貴族”だもの。女王陛下に頼まれてはね。それに、妹を好きに使われるのが、気に入らないわ。このまま戦争の道具にされたんじゃ、お父様達にも、申し訳が立たないもの」

 なんだかんだで、エレオノールはルイズの身を案じているのであった。

 

 

 

 その後、“水精霊騎士隊”を始めとする、救出部隊の面々は、作戦会議のために、“オストラント号”の食堂に集まった。

 指揮を執るの当然、コルベールである。

「作戦と言っても、“エルフ”相手では小細工は効かぬでしょう」

 寂しげな頭をツルリと撫でて、コルベールは言った。

「じゃあ、また無謀な賭けに出る訳ね」

 エレオノールがこめかみを押さえ、溜息を吐く。

「ええ、1度成功した、あの作戦で行く他ありません」

「あの作戦、か……」

 ギーシュは天を仰いだ。

 あの作戦といえば、1つしかないといえるだろう。

 コルベールは、“エルフ”の塔に突入した時と、同じ作戦を使うと言うのである。

「そうは言うけど、現状、これしか有効な手立てはないでしょ」

「まあね」

 キュルケに言われ、ギーシュは諦めたように肩を竦めた。

「突入後は、陽動部隊と捜索部隊に別れて行動する。陽動は私が勤めよう。捜索部隊は、サイト君とミス・タバサ達の発見を最優先に。“エルフ”と出会っても、絶対に交戦はしないように。理解ったかね?」

「先生達だけで、大丈夫なんですか?」

「ああ。君達はなるべく早く、3人を発見してくれ。そうすれば、私も生き延びる目が出て来るかもしれないからね」

 コルベールは、いつになく厳しい口調で言った。

 そんなコルベールの静かな覚悟に、ギーシュ達は居住まいを正す。

「陽動なら、手伝ってやっても良いよ」

 その時、良く通る女の声が食堂に響いた。

 シオン以外の全員がハッと“杖”に手を伸ばし、入り口の方を見た。

「あんたは……」

 キュルケはぽかんと口を開けた。

 そこにいたのは、あの“土くれのフーケ”であったのである。

 コルベールは、(一体、いつからそこにいたのだろう? 生徒達の方に注意を向けていたとはいえ、私にさえ気配を悟らせぬとは、恐るべき盗賊の(わざ)だ)と想い、うむ、と唸った。

 尤も、コルベールは、学院長の秘書として働いていたフーケに、一杯喰わされたことがあるのだが……。

 キュルケは“杖”を向けたまま、鋭く言った。

「なにしに来たの? 盗賊さん」

「そんなに警戒するんじゃないよ。“ロマリア”に雇われちゃいないさ」

 フーケはニヤリと笑った。

「ちょいと、あんた達を手伝ってやろうかと想ってね」

「手伝う? 貴女が?」

「そうさ。ま、シオンのお嬢ちゃんは別として、あんた達は、あたしのこと、言葉じゃ信用できないだろうから、手土産を持って来てやったよ」

 フーケは腰の袋を取り出すと、小さく“呪文”を唱えた。

 すると、袋の口がブワッと開き、中からドサドサと大量の武器がぶちまけられた。

 大きさを好きに変えることができる、“魔法の物入れ袋(バック・オヴ・ホールディング)”である。

 床にぶちまけられたのは、“手榴弾”や“自動小銃”、“ロケット・ランチャー(破壊の杖)”など、“ハルケギニア”では見ることのない武器ばかりである。

 “ロマリア”が“原潜”と一緒に回収していた“地球”の武器である。

 殆どは錆びて居るが、中には防水処理が施され、使えるモノもあるのである。

 と、キュルケはその中に、見覚えのある武器を発見した。

「これ、タバサの“杖”じゃない!」

「おお、サイトの刀もあるじゃないかね」

 ギーシュが、武器の山に埋もれたデルフリンガーを拾い上げた。

「“ロマリア”艦の倉庫に忍び込んで、ちょいと拝借して来てやったのさ。これで信用してくれる気になったかい?」

 キュルケは、胡乱な目でフーケを見詰めた。

「どうして、手伝ってくれる訳?」

「ちょっと、頼まれちまったのさ。あの坊やを連れ出してくれってね」

 フーケは言った。

「サイトを救けろって? 誰に?」

「誰でも良いじゃないか。それより、どうするのさ? あんた等が嫌だってんなら、私は手伝わないよ」

 一同は顔を見合わせた。確かに、戦力は1人でも多く欲しいところではある……が、なにしろあのフーケである。果たして、信用しても良いものかどか……、と。

「信用しても大丈夫だと想うよ。なにしろ、匿名希望の依頼人は私達の友人だからね」

「…………」

 シオンの言葉に、皆は少しばかり考えた。

 そこで、キュルケとコルベールは直ぐに、誰のことを指しているのか理解し、顔を見合わせた。

 それから、キュルケは嘆息し、言った。

「理解ったわよ。今だけ、信用して上げるわ」

「うむ、今は兎に角戦力が必要だ」

 と、コルベールも首肯いた。

 “水精霊騎士隊”の面々も、3人がそう言うのなら、と納得した。

「流石の私も、“エルフ”の監獄に忍び込むのは初めてだけどね」

 

 

 

 そして、真夜中……。

 “オストラント号”は夜闇に紛れて飛び立ち、“エルフ”の“監獄島(シャトー・ディフ)”へと針路を向けた。

 “水精霊騎士隊”の少年達が交代で眠る中、部屋の片隅に立て掛けられたデルフリンガーの刀身が、ボウッと光ったことに、気付く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルイズはベッドの中で夢を見ていた。

 昨晩から、一睡もしていなかったルイズだが、とうとう泣き疲れて、眠ってしまったのである。

 夢に出て来た場所は、才人と剣を買いに行った、“トリステイン”の“ブルドンネ街”で、ルイズは才人と腕を組んで歩いていた。

(……懐かしいわ。もう1年半も前のことなのね)

 ルイズは頭のどこかで、これが夢であることを理解していた。

 だが、わざと気付かないふりをしていた。なにせ、夢の中の才人は、例によって優しくルイズを抱き締めるのである。ルイズだけに、笑顔を向けてくれるのだから……。

「ねえ、サイト」

「なんだよ?」

「私のこと、好き?」

 ルイズが頬を赤く染め、上目遣いに尋ねると、才人はルイズの髪を撫でて言った。

「好きだよ、ルイズ」

「ほ、ホントに?」

 ルイズは嬉しくなって、パッと顔を輝かせる。

「で、でも……」

「うん?」

「私、テファやシエスタみたいに、胸が大きくないわ」

 ルイズは、直ぐにまたシュンとした。

 才人は笑った。

「な、なによ、笑うなんて……」

 ルイズは唇を尖らせて、才人の胸をポカポカと叩いた。

「大丈夫だよ。俺、ルイズの小さな胸が好きなんだ。つうかさ、ホントのことを言うと、あんまり大き過ぎる胸は、ちょっと苦手なんだよな」

「え?」

 才人の想わぬ発言に、ルイズの顔が想わず綻んだ。

「ほ、本当? ホントの、ホントに?」

「本当だよ」

「でも、小さいにも限度があるわ。わ、私の胸なんて、ほ、ホントに、レモンちゃんだし、シエスタなんて、洗濯板って言ったのよ……」

「ああ、俺、おまえのちっちゃいレモンちゃんが好きなんだ。すべすべで可愛くて、メロンちゃんより、断然、レモンちゃん派だ」

「そ、そう?」

 ルイズは一瞬喜ぶが、また不安になって、言った。

「じゃあ、あの娘は……タバサはどうなの? 私より、ちっちゃいわ」

 ルイズは、(テファがメロンちゃんで、私がメロンちゃんなら……タバサは差詰め、オリーブちゃんってとこね)と独り言ちる。

「タバサは大切な友人だよ。でも、まだまだお子様じゃないか。お子様はちょっと、ね」

 肩を竦める才人。

 なおも、ルイズは続けた。

「わ、私、姫様みたいな色香がないわ。私、知ってるもん。男の子って、ああいうのが好いんでしょ?」

「姫様は確かに綺麗だね。でも、俺、グイグイ来るタイプは苦手なんだよな。ルイズみたく、清楚な娘の方が好きだな」

「私、他の女の子に嫉妬するわ。他の女の子と仲良くしちゃ、嫌なのよ」

「理解ってる。ルイズ、今はもう、おまえだけ見てるよ」

 首筋にキスをされ、ルイズはもう天にも昇る心地になった。

「どうして……どうして、サイトはそんなに優しいの?」

「決まってるだろ。おまえのことが、好きだからだよ」

「う、嘘……」

 ルイズの顔は真っ赤になった。

「嘘じゃねえよ」

「だって、私、胸はぺったんだし、嫉妬するし、あ、あんたのこと鞭で叩いたり、犬扱いしたり、散々非道いことしたわ。なのに、す、すす、好きなの?」

「ああ。俺、そんなルイズの全部が好きだ」

 才人は、ルイズをギュッと抱き締めた。

 それだけでもう、ルイズは、はわわわ、となってしまう。

 それから、(な、なんなの、こいつ……ホントもう、なんなのよ……でも、嬉しい)と想い、才人の胸に頬を埋め、物凄い幸せを感じた……。

「ルイズ、おまえは……俺のこと、好き?」

 才人は、ルイズの耳元で囁いた。

 ルイズはハッとした後……勇気を振り絞って、言った。

「うん、好き。好きよ、サイト……大好き」

 ずっと、言おうと想って……言えなかった、大切な言葉。

 夢の中であれば、このように一杯言うことができる。

(でも、もう2度と、その台詞を口にすることはできないわ。私に、自分に、そんな資格はないんだもの……)

 その事実に気付いた途端、ルイズの意識は、これが夢であることを誤魔化すことができなくなってしまった。

 抱き締めたルイズの腕の中で、才人は砂糖菓子のように儚く溶けてしまう。

「サイト……嫌よ、サイト……いなくならないで!」

 足元の地面がガラガラと崩れ、ルイズの身体は真っ暗な穴に呑み込まれてしまう。

 ルイズは、更に深い夢の中へと堕いて行った……。

 

 

 

 夢の中の底の底……ルイズは、真っ暗な闇の中で、才人の名前を呼んでいた。

「サイト……いなくならないで……サイト……うう……」

「そう泣くな、ルイズ」

「セイ、ヴァー……?」

 泣きながら才人を呼び続けるルイズに、俺はソっと声を掛ける。

 ルイズは、嗚咽を上げながら、顔を上げる。

「どうして、あんたがここに? ここは、私の夢よ……」

「そうだ。ここはおまえの夢の中だ。そして、俺はどの時空にも存在している。本来なら、“サーヴァント”である才人と繋がり、夢の中でも出逢うことができるだろうが、今は無理だしな……だから、俺が来た」

「だから、どういうことよ!?」

「“サーヴァント”とその“マスター”には“魔力”的なパスがある。それを伝って、本来であれば、互いが互いの夢や記憶を見るはずなんだが……今のおまえ達は、これまでと同様に、少しばかり距離ができてしまっている。故に、しっかりと繋がることができていない。で、俺は、おまえに伝えたいことがあるから、わざわざ出向いた、という訳だ」

「意味理解んない」

「まあ、良いさ。夢の中なんだから、目覚めてしまえば、基本的に忘れてしまうモノだ。それでも、失う訳ではないからな」

「で……伝えたいことって、なんなのよ?」

「俺が言えることではないが、自己犠牲は感心できないな」

「あんたになにが理解るって言うのよ!?」

「理解るとも。今の俺は、“根源”と繋がっている。故に、自由自在に世界を変えることも、他人の心にズカズカと踏み入ることだってできる。できてしまう……」

「…………」

「だからこそ、できてしまうからこそ、識ってしまったからこそ、放って置けないんだ。おまえ達のことが……それに、あいつとの約束もあるしな」

「約束? あいつって?」

「今は、関係のないことだ。さて、本題に入ろうか。さっきも言ったが、自己犠牲は余り良くない。が、まあ、今の状況や状態で考え抜いた結果なんだろう? 良くもまあ、想い付いたものだ」

「馬鹿にしてるの?」

「いいや、逆だ。褒めてるつもりだ。1人で抱えている現状、他人を頼ることもできず、考えることだけはやめなかったんだ。これは十分褒めるに値する」

「…………」

「だが、別におまえが、自分を犠牲にする必要なんてないんだよ、ルイズ」

「どういうこと?」

「なるようになる、ということだ。おまえが動く前から、俺が既に動いているからな……いやまあ、“抑止力”が、おまえを生かすだろうな。死を許すことはないだろう」

「他に方法がないのよ! なのに、どうしろってのよ!?」

「任せろ。おまえは、ただ、信じる道を行けば良い。真っ直ぐに、進み、才人に想いを打つければ良い」

「そんなの……」

「さっきできていただろ? なら大丈夫だ」

「……もしかして、ずっと見てた?」

「無論」

 ルイズは無言で“杖”を振り上げる。

「まあ、出歯亀するつもりなどはなかったんだ。赦せ。まあ、俺からの助言はこれくらいだ。助言になってないだろうがな」

「そうね、全くなってないわ」

「そうだな。今のこの状況も、状態も、言ってしまえば“間が悪い”だけのことだ。今できる最大限のことをして、“待て、しかして希望せよ”。そうすれば、“彼方にこそ栄えあり”……まあ、悪いことにはならないさ」

 俺がそう言った直後、ルイズの視界が暗転し、夢の中の世界が変わった。

 

 

 

 

 ルイズが夢を見て居たのと、丁度同じ頃……。

 “監獄島(シャトー・ディフ)”に囚われている才人も、微睡みの中、意識だけで“レイシフト”をしていた。

(……ここは?)

 真っ赤な夕陽の落ちる、どこまでも広がる砂漠の地平線。

 そこは以前、才人が“レイシフト”し、見たモノと同じ場所である。

 才人は直ぐにピンと来た。3度目ともなれば、流石に理解も速いモノである。

 6,000年前の砂漠である。

(俺、また、“ルーン”の力を借りて“レイシフト”してるのか……)

 才人はユックリと起き上がった。

(あれから、どうなっちゃまったんだろう……?)

 前に“レイシフト”した時は、ブリミルが“エルフ”の都に“虚無魔法”を放とうとしていた。

 その時、才人の胸に刻まれた“リーヴスラシル”の“ルーン”が反応し、才人はそこで意識を失ってしまったのである。

(“エルフ”の都があったのは、確か……)

 と、辺りを見回して……才人は絶句した。

 既になにもかもが終わった後であったのだ。

 “聖地”のあった山脈は、まるで隕石が衝突したかのように大きく抉れており、その麓で反映していた“エルフ”の都は、跡形もなく消滅してしまっている。できあがった超巨大なクレーターには、海水が流れ込み、入江のようになっている……。

「嘘、だろ……?」

 才人は呆然と呟き、脱力したように、膝から崩れ落ちた。

(なくなちまった……あんな大きな都市が、全部、消えてしまった)

「なんだよ、これ、こんなのって、ねえよ……!」

 喉の奥から熱いモノが込み上げて来るのを感じ、才人は嘔吐した。

 広大な砂漠にポッカリと空いた、途方もなく大きな穴。

 才人は、(まるで“虚無”そのものだ)と想った。

 ここでなにが起きたのか……混乱した才人の頭でも、直ぐに理解った。

 あの“爆発(エクスプロージョン)”を遥かに上回る破壊力を誇る“虚無”の“魔法”……“生命(ライフ)”。

 ブリミルは、“エルフ”の都市に向かって、それを放ったのである。

(ちくしょう……あいつ、本当にやりやがったんだ)

 これが、“エルフ”の半数が死んだという、6,000年前の“大災厄”の正体であった……。

 その絶望的な光景に、才人の目から涙が溢れた。才人は、かつてないほどの無力感に打ち拉がれた。怒りと、悲しみと、どう仕様もない虚しさで、胸が一杯になったのである。

(これは過去のことだって……理解ってる。でも……止められなかった……俺、あそこにいのに、止められなかった……)

「“使い魔”の少年、まだここにいたのか」

 才人の背後で、掠れた声が聞こえた。

 才人がハッとして振り向くと、幽霊のように青褪めた顔をしたブリミルがそこにいた。

「ブリミルさん……」

 才人は、押し殺した声で唸った。

「なんで……なんでだよ!? こんなやり方しか、なかったのかよ!?」

「…………」

 短い沈黙の後、ブリミルは口を開いた。

「そうだ。我が氏族が生き残るためには、こうする他なかった」

「そんなことあるかよ! もっと、話し合うことだってできたはずだろ!?」

 才人は拳を握り締め、殴り掛からんばかりの勢いで、ブリミルに詰め寄った。

 ブリミルは静かに首を横に振った。

「無駄だった。話し合いなんて、無意味だったんだ」

「どうして……」

 才人が尋ねると、ブリミルは疲れた表情で語り出した。

「君には以前、話したと想うが……我が氏族と“エルフ”が争うようになった元凶は、“風石”の暴走による大陸の大隆起で、住む場所が失くなることだ」

「ええ……」

 才人は厳しい眼差しを向けたまま、首肯いた。

「では、そもそも、その“風石”の暴走を引き起こしている原因はなんだ? と、僕は考えた。それを突き止めれば、大陸は救われ、“エルフ”と争う必要はなくなると」

「暴走の原因……?」

 才人は、以前ジュリオが話していたことを想い出した。“ハルケギニア”の地下に、“風石”の鉱脈が沢山あり、“精霊の力”を溜め込み過ぎてしまっている。そして、その“風石”が、数万年に1度、地面を持ち上げる、という話である。

 それが原因であるとすれば、人の手ではまだどう仕様もない、といえるだろう。ルイズの“爆発(エクスプロージョン)”やティファニアの“分解(ディスインテグレート)”のような“虚無”で消し飛ばすか分解するにも、“ハルケギニア”中の地下を回る訳にもいかないのである。第一、それだけ“精神力”が保つはずもないのである。

「原因は、なんだったんですか?」

 才人が尋ねると、ブリミルは才人の背後に視線を向けて、言った。

「セイヴァーの協力もあって判ったんだけけど……あの砂漠に横たわる大山脈。“エルフ”が“大いなる意思”と呼ぶ、“大源(マナ)”である“真エーテル”が集合し、滞っている場所だ」

「……え?」

 才人は思わず、声を上げて、後ろを振り返った。

 大きく削り取られた大山脈。

(あの山脈が、大陸の大隆起の原因だって……?)

 才人がぽかんと口を開けていると、ブリミルは続けた。

「あの“大いなる意思”は、それ自体が巨大な“精霊石”の塊なんだ。そして、地下の鉱脈を通じて、大陸中の“精霊石”と繋がっている。数万年に1度、あの山脈に蓄積された“精霊石”が、逃げ場を求めて大陸中に伝播し、“風石”を反応させてしまう……それが世界を破滅させる大隆起の原因だったんだ」

「そんな……」

 ブリミルが語った内容に、才人は頭を殴られたようなショックを受けた。

(それじゃあ、6,000年後の世界では海の底に沈んでる、あの“聖地”こそが、“風石”の暴走の原因だったのかよ……いや、でも、確か……ルクシャナも言ってたはずだ。“悪魔(シャイターン)の門”のある辺りの海は、“精霊の力”がとても強いって。あれは、“聖地”が、“精霊石”の塊だったからなのか? だとすると、ブリミルさんが“エルフ”の都市を滅ぼした、本当の目的は……“エルフ”の土地を奪うことじゃなくて、その“大いなる意思”を消し飛ばすことだった? でも、それなら、なにも“エルフ”を滅ぼす必要はねえじゃねえか!)

 才人は、しばらく考えた後、「“エルフ”を説得して、都市を放棄して貰うことはできなかったんですか?」と問うた。

「ちゃんと、世界の危機だってことを話し合えば、“エルフ”だって……」

「話し合いは何度も試みたよ」

 ブリミルは首を横に振った。

「でも、頑迷な“エルフ”の“評議会(カウンシル)”は、話を聞かなかった。“例え世界が滅亡したとしても、それは大いなる意思の思し召しだ”と。それに、あの大山脈の麓にある“エルフ”の都市は、世界で唯一、“風石”の暴走の影響を受けない場所だからね」

「その通りだ。俺もその話し合いに参加したが、無駄だった……聞く耳を持たない、と言ったところだな。高ランクの“カリスマスキル”を始め“スキル”や“宝具”でも使えば良かったのかもしれんが、相手の意志を捻じ曲げるのは、流石にな……」

「セイヴァー……」

 俺は“実体化”し、ブリミルの言葉を肯定する。

 才人は俺に目を向け、俺達の言葉に、う、と言葉を詰まらせた。

(確かに、それはそうなのかもしれない。ある日、突然、“自分達の住んでた場所を去れ”、と言われたら……俺だって、“ハルケギニア”が滅亡することよりも、自分の故郷を守ることを優先して考えてる。もちろん、“ハルケギニア”がどうなっても良いって訳じゃねえ。でも、そのために“地球”が滅ぼされるのは、絶対に受け入れられねえ……)

「“エルフ”との対話は平行線のまま、時間だけが過ぎ去った。我が氏族の中でも、主戦論を唱える者が多くなり、一触即発の中、それでも、僕は……僕とサーシャとセイヴァーは、最後まで道を探ろうとしていたよ、でも……」

 と、ブリミルは、吐き出すように言った。

「僕が“評議会”との交渉に赴いた、その日。全てが水泡に帰した」

「なにがあったんですか?」

「我が氏族の住む、“ニダベリール”の村が、“エルフ”に攻め滅ぼされたんだ」

 才人は、息を呑んだ。

 “ニダベリール”。

 ブリミルの故郷にして、最初の拠点……子供達が沢山いる、小さな村である。

 才人は、“ロマリア”からの“レイシフト”で1度訪れたことがあった。

「なにが発端だったのか、どっちが先に手を出したのか、今となっては判らない。なんにせよ、強大な“精霊の力”を行使する“エルフ”に対し、我が氏族は余りに非力だった。村は焼かれ、逃げ遅れた子供達も大勢殺された。あれは戦いなんてモノじゃない、一方的な虐殺だった。セイヴァーに言われて、僕が戻って来た時には、なにもかもも手遅れだった」

 ブリミルは虚ろな声で言った。

「その時、僕は決めたんだ。神より授かった、この“虚無”の力を、我が氏族を守るために使うことを……まあ、セイヴァーはそれでも止めようとしてくれたけどね」

「……当たり前だ。まあ、言葉だけだがな……どっちが始めたとしても、おまえまで手を出すようになってしまえば、それこそ収集が着かなくなる。いや、終わりはあるが、6,000年以上も続く戦争への1歩になってしまう。だからといって、無理矢理止めでもすれば、その時点で“剪定”され、詰みだからな。俺はこの世界が、今のこの世界、そしておまえ達が好きなんだ。“愛”してる、“愛”しいんだ、故に……」

「…………」

 才人はなにか言おうとして……だが、何も言うことができなかった。

 そして、(どんな理由があるにせよ、一瞬で都市を消し飛ばしちまうような“魔法”は、そんなモノは使っちゃ駄目だ……でも、考えてみりゃあ、俺だって、こっちの世界で、そんな力を振るって来たんじゃないのか?)とブリミルが贈り込んで来た、“地球”の“武器”である“ロケット・ランチャー(破壊の杖)”や“ゼロ戦”を始め“タイガー戦車”も、この “ハルケギニア”で使うには強力過ぎる“武器”である、ということを、才人は想い出した。

(俺だって、大切な人を……例えば、ルイズを殺されたりしたら、なにもかも捨てて、それこそ、戦争も辞さずに復讐するかもしれねえ。そしたら、あの“聖地”に眠ってた“核兵器”だって、使っちまうかもしれない……でも……でも、ちくしょう……)

 才人は、砂漠にポッカリと空いた空虚な穴を見詰めた。

(大勢の“エルフ”が犠牲にな成ったんだぞ……これから数千年間、“ハルケギニア”のヒトと“エルフ”は憎しみ合うようになるんだ)

 才人はただ無性に悲しくなり、拳を震わせ、涙を流した。

「才人。その気持ちは、想いは、真っ当なモノだ。抱いて当然のモノだ。大事にしておけ」

 俺が才人にそう言った直後に、地の底から呻くような声がした。

「……“悪魔(シャイターン)”」

 ゾクッとして、才人は声のした方へと振り向く。

 そこに、鬼気迫るような表情でブリミルを睨む、“エルフ”の女がいた。

 ティファニアに似た薄い金髪、長い睫毛に縁取られた透き通るような翠色の瞳。

 ブリミルの“ガンダールヴ”、サーシャである。

「サーシャさん……」

 才人は息を呑んだ。

 だが、サーシャは、俺と才人のことなど全く眼中にない様子を見せている。憎悪の込もった視線で、ブリミルを睨み、叫んだ。

「何故……何故、私の故郷を滅ぼしたの!?」

 サーシャは手にした剣を引き摺りながら、一歩、一歩と近付いて来る。

 才人は、あっ、と声を上げた。

 サーシャが手にしている剣に、才人は見覚えがあったのである。

 “元素の兄弟”の“魔法”によって壊される前の姿のデルフリンガーである。

 デルフリンガーの、「あいつの胸を貫いたのは、他でもねえ。この俺だからな」といった言葉が、才人の頭を過った。

(サーシャさん、駄目だ、それは……!)

 これから、なにが起こるのかを知っている才人は、サーシャを止めようとした。

 だが、才人の身体を俺は止める。

(お、おい!? どうしてだよ!? こんな時に……!)

 才人は愕然とした様子で、俺を見た。

「おまえからすると、これは既に起きたことだ。今ここで邪魔をすれば、未来は変わってしまう。おまえとルイズが出逢わない未来に、なるかもしれない……いいや、未来は変わらないんだ。ただ、違う方法や経緯で死ぬか殺されるかするだけで……大きな変化があったとしても、平行世界が増えるだけだ」

「呪われるが良い! ブリミル、貴男は悪魔そのものよ。私の心を奪い……そして、裏切ったのだから!」

 サーシャはデルフリンガーを、ユックリと構えた。

 彼女の胸には、才人と同じ“リーヴスラシル”の“ルーン”が光っている。

(ブリミルさんは、“リーヴスラシル”の力を使ったんだ……あの“生命(ライフ)”を放つために)

 彼女は、もう直ぐ死んでしまう。

 同じ“使い魔”である才人には、それが理解ってしまった。

「サーシャ、僕は確かに罪を犯した。償い切れぬほどの罪を」

 サーシャの左手甲の“ルーン”が激しく光る。それは最期の命の煌きのようにも見える。

「ブリミルっ!」

 才人は理解しながらも、「やめてくれ!」と叫ぼうとした。だが、理解しているが故に、口を開くことができなかった。だが、事の顛末を、しっかりと両目を開き、見守った。

 サーシャは、まるでスローモーションのような緩慢な動きで、ブリミルに歩み寄る。

 そして、ブリミルは避けようとはしなかった。

 サーシャは、ほとんど満身創痍である。

 避けようと思想えば、簡単に避けることができる。

 だが、ブリミルは、迎え入れるように大きく両手を広げ、サーシャはそのまま、ブリミルの胸にデルフリンガーを突き立てた。

「ぐっ……う……」

 血に染まったデルフリンガーの刃が、ブリミルの背中から突き出した。

「……どうして!?」

 サーシャが、愕然として翠色の目を見開いた。

 ブリミルが刃を受け入れたことに、彼女自身が、1番驚いているのである。

「僕は罪を犯した。“使い魔”である君を、“愛”してしまった」

 ブリミルは、両手を背に回し、サーシャの小柄な体を抱き締めた。

「僕は“愛”のために、自分の氏族を裏切った。僕の子孫と“エルフ”は、きっと、未来の“ガンダールヴ”であるサイト君やセイヴァーの言ったように、こ此の先何千年も憎み合うようになるだろう。僕は、世界の救世主にはなれなかった。なれるはずもなかった」

 その時、眼の前の出来事を呆然と見ていた才人は気付いた。

 サーシャの左手甲の“ルーン”から、ユックリとではあるが、力が消失して行くのである。

「ブリミル……貴男、一体なにを……?」

「でも、これで良い。これで、君を救うことができた」

 眼の前の出来事が、(サーシャを救うことができた? ブリミルさんはなにを言ってるんだ? どうして、サーシャさんに刻まれた“使い魔”の“ルーン”から力が消えて行くんだ? いや、待てよ。“ガンダールヴ”の“ルーン”が消えたってことは、ひょっとして、“リーヴスラシル”の“ルーン”も……)、と才人の頭の中で目粉るしく交錯する……。

(……考えろ、なにか意味があるはずだ。“ルーン”が俺に、この時代に“レイシフト”させた意味が)

「なあ、セイヴァー……僕の氏族の子孫達と、“エルフ”達を、頼めるかい?」

「無論、そのつもりだ。頼まれるまでもない」

 サーシャの腕の中で、ブリミルは子供のように嗚咽した。

「……くしょう、ちくしょう……ちくしょう。なんで僕なんだ……“神”よ、何故、こんな力を僕に授けた!? 教えてくれよ……セイヴァー……」

「ブリミル……」

「僕はこんな力要らなかった……要らなかったんだ!」

 ブリミルの断末魔の叫びが、陽の落ちた砂漠に響き渡った。

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