ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

153 / 163
監獄島からの脱出

「ブリミルさん!」

 と叫んで、才人は目を覚ました。

 荒く息を吐き、才人は辺りを見回した。

 そこは石壁に囲まれた“監獄島(シャトー・ディフ)”の牢の中である。

 才人は、自分の胸元を見下ろした。パーカーは汗でグッショリと濡れている。“リーヴスラシル”の“ルーン”が反応していないことが判る。

 そのまま、才人はしばらく呆然としていると……膝の上に、ポタッと水滴が落ちた。

「……?」

 と、才人は首を傾げた。

 水滴はポタポタと、止めどなく落ちて、ズボンの染みを広げる。

「あれ……? 俺、泣いてるのか?」

 才人は、(俺、なんで泣いてるんだろう……?)とゴシゴシと目を擦った。

 それでも、涙は止まらない。拭っても拭っても、溢れって来る。

「……あれ? あれ?」

 目を閉じれば、瞼に浮かぶのは、悲嘆に暮れるブリミルの顔であり、「ただな。ボンヤリとな……とても悲しいことがあったのは覚えてる」とデルフリンガーが言っていた言葉が、ふと、才人の頭を過った。余りに悲しくて、デルフリンガーが記憶を閉ざしてしまうような、そんな悲劇が、6,000年前にあったということを……。

(ブリミルさんとサーシャさん、あの2人は、“愛”し合ってたんだ……なのに、あんな最期になっちまった……)

 ブリミルは、自分の一族を救おうとしていただけである。そして、サーシャは……一族を滅ぼされた復讐をなす必要があった……それだけの激情に突き動かされる理由があった。

 才人は、パーカーの袖で目の下を擦った。

(そうだ、こうしてる場合じゃねえ……)

 先程“レイシフト”したことの意味を、才人は一生懸命に考えた。

 “使い魔”の“ルーン”が、才人を6,000年前に“レイシフト”させた事の意味を……。

 6,000年前、“エルフ”の半数を死に至らしめた“大災厄”。その正体は、“始祖ブリミル”の放った“虚無”の“魔法”1つ、“生命(ライフ)”である。ブリミルは、“風石”の暴走の原因である、巨大な“精霊石”の塊を消滅させるために、“エルフ”の都ごと“聖地”を吹き飛ばそうと試みたのである。

 でも……と、そこで才人の頭に疑問が浮かぶ。

(でも、それって、可怪しくねえか? だって、“聖地”は6,000根な目に消し飛んだはずじゃねえか、だったら、どうして今、また“風石”の暴走なんてもんが起きてるんだ……?)

 才人は考え込む様に、首を捻った。

(判んねえ……でも、きっと、なにか意味があるはずなんだ。どうして、消滅したはずの“聖地”が、また……いや、待てよ……)

 頭を抱えた才人は、ふと想い出した。

 砂漠に出来たクレーターと、大きく抉り取られた“聖地”の山脈。

 それが、才人の頭の中で、あの奇妙な岩に囲まれた“竜の巣”の景色と重なった。

(……そうだ。“聖地”は、完全に消滅していなかったのかも……詰まり、ブリミルさんの放った“生命”は、“聖地”を完全に吹き飛ばすことができなかったんじゃないのか……? だとすると、辻褄が合う。数万年に1度であるはずの“風石”の暴走が、何故、今起きようとしているのか……今の“風石”の暴走は、ブリミルさんが、6,000年前に消し切ることのできなかった、“聖地”の片割れが引き起こしてるんじゃないのか……? そうだよ、きっとそうだ……)

 才人は確信した。

 ブリミルは、“風石”の暴走の原因を消し去ることができなかったのである。ただ、“聖地”の半分を消し飛ばすことで、“ハルケギニア”が破滅するまでの時間を引き延ばすことに成功しただけなのであった。

(待てよ、だとすると……)

 才人は腕組みをして、更に考え込む……。

 海の底に沈んだ、“聖地”。

 ルイズの覚醒めた“始祖の虚無”。

「そうか……!」

 才人は小声で叫んだ。

(海の底に眠る、あの“聖地”を、ルイズの“虚無”でもう1度吹き飛ばせば、“風石”の暴走を止め、“ハルケギニア”を救うことができるんじゃねえか? そうすれば、“地球”と戦争して、土地を奪うなんてことは、しなくても済むんじゃねえか……?)

「行ける……行けるぞ、これ」

 才人の胸に、にわかに希望が湧いて来た。

(早く、ルイズに此の事を伝えないと……)

 と、そこまで考えたところで……才人はウッと唸った。

(この監獄の中から、どうやってルイズにそれを伝えるんだ……? “聖地回復連合軍”が合流して、“地球”への侵攻作戦が始まっちまったら、なにもかも手遅れじゃねえか……)

 その時、牢屋の隅で、パタンと本を閉じる音がした。

 見ると、タバサが怪訝そうな表情で、才人を見詰めていた。

「タバサ、起きてたのか」

 才人は慌てて言った。

 考え事に夢中で、才人は、タバサが起きていることに気付か無かったのである。

「貴男、魘されてた。夢を見ていたの?」

「うん、ちょっとな。もしかして、さっき泣いてるとこ、見られてた?」

 才人が尋ねると、タバサは少し迷うように口を噤んでから、コクッと首肯いた。

「そっか、恥ずかしいとこ見られちまったな」

「そんなことはない。誰でも、泣くことは、ある」

 タバサは首を横に振った。

 才人は立ち上がると、タバサの横に腰を下ろした。

「なあ、タバサ、セイヴァー。なんとか、ここ出る方法はないかな?」

「無理。今のところは」

「う……まあ、そうだよな」

 “霊体化”している俺とイーヴァルディへ目を向けながら、才人は溜息を吐いた。

 だが、ふと、才人はタバサの言葉が引っ掛かった。

「……今のところは、って言った?」

 タバサは首肯き、眼鏡をわずかに押し上げた。

「時が来れば、脱走の機会は来る。だから、それを待つ」

「あんまり時間はないんだけどなあ……」

 才人はボヤいた。

 才人は、自分の胸元を見下ろし、(“聖地回復連合軍”が“地球”侵攻を始める前に、ルイズにさっきの“レイシフト”で気付いたことを伝えなくちゃいけない。それに……たぶん、残された時間はそんなに多くねえ……)、と考えた。

「安心しろ、才人。間に合いはする。確実にな」

「…………」

 俺がそう言った後、タバサは無言でマントの懐からなにかを取り出した。

「なんだそりゃ?」

「今朝の食事に入ってたモノ。“北部花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノール・バルテル)”の暗号文」

「暗ご……」

 思わず声を上げそうになり、才人は慌てて口を押さえた。

「“北花壇騎士団”ってことは、イザベラか?」

 才人が声を潜めて尋ねると、タバサは無言で首肯いた。

「私が捕まったことを知って、独自に動いてくれている。暗号は、“聖エイジスの書”と対応させることで、解読できる」

 タバサは、手にした“ブリミル教”の聖典に目を落とした。

「なるほどなあ……」

 才人は、(道理で余裕があると想ったら、そういうことか。従姉のイザベラが直ぐに動くことを、あらかじめ判ってたからなんだな)と感心した。

「脱出のタイミングは?」

「次の食事が差し入れられる、その時」

 タバサが答えた、その瞬間である。

 ドオオオオオオオオンッ!

 耳を劈くような轟音が、“監獄島”を揺るがした。

「な、なんだ?」

「来たか……」

 

 

 

 

 

 凄まじい衝撃が、“フネ”の甲板を揺らした。

 コルベールの“オストラント号”が、“監獄島”の建物目掛けて特攻したのである。

「――うわあああああああ!?」

 ギーシュが情けない悲鳴を上げた。

「――ぎああああああああ!」

 “水精霊騎士隊”の少年達は、必死になって舷側に掴まり、“フネ”の外に放り出されないように踏ん張った。

 マリコルヌは舷側に打つかって跳ね返り、ゴロゴロと甲板を転がった。

 頑丈な石壁が崩れ、大量の土煙が立ち昇る。

 衝撃が収まると、辺りに一瞬の静寂が訪れた。

「全く、情けないわね。あんた達、女王陛下の近衛でしょうが!」

 操舵輪を握るエレオノールが怒鳴った。

 だが、そんな彼女の手も、僅かに震えている。

 “監獄島”の建物は背が低いため、“エルフ”の塔に特攻した時と違い、地面すれずれを飛んで突っ込むという、とんでもなく高度な操縦をする必要があったのである。

 もっとも、流石に、すれすれという訳には行かず、船底で地面を削りながら突っ込むことになってしまったのだが。

「仕方ないですよ、エレオノールさん」

 怒鳴るエレオノールに、シオンは苦笑を浮かべて言った。

「……一応、“フネ”は無事みたいね」

 キュルケが土煙に咳き込みながら言った。

「うむ、こんなこともあろうかと、船首を補強しておいて良かったよ」

 “フネ”の前甲板に立つコルベールは、自慢げに首肯いた。

 出発前、コルベールは“オストラント号”の尖端部分に“錬金”で加工した、あの“タイガー戦車”の装甲を貼り付けていたのである。“タイガー戦車”の鋼鉄の装甲は、“ハルケギニア”で造み出される金属よりも頑強であるためである。

 直径2“リーグ”ほどの“監獄島”に、低いサイレンの音が鳴り響く。

 コルベールは、崩れた石壁に向かって“杖”を向けると、“ファイアー・ボール”を撃ち込み、全員が侵入するための大穴を空けた。

「さて、諸君。準備は良いかね?」

 コルベールは後ろを振り向くと、真剣な表情で最後の確認をした。

 “水精霊騎士隊”の少年達は立ち上がり、無言で“杖”を抜き放った。怯え混じりの顔、痩せ我慢の顔なども幾つかありはするが、ここに来て、泣き言を言う者は誰1人としていなかった。彼等には“貴族”としてのプライド、そして、大切な友人への想いがあるのだから。

「ここからは時間との勝負だ。“エルフ”共が混乱しているうちに、サイト君とミス・タバサ、セイヴァー君を捜し出さなくてはならん。作戦通り、私とミス・サウスゴータとハサン殿が、“エルフ”共を撹乱して時間を稼ぐ。君達は可能な限り早く、3人を確保してくれたまえ」

「“サーヴァント”がいるとはいえ、こっちも、そう長くは保ち堪えられないよ。助かりたきゃ、急ぐことさね」

 フーケはニヤリと笑うと、たなびく土煙の中に飛び込んだ。

「あたし達も、行くよ」

 キュルケが言った。

 才人達を確保する――保護する部隊は、作戦通り、3つの班に分けられた。

 ギーシュ、マリコルヌ、キュルケ、シオン、其れに、シルフィードを加えた4人の班。そして残りは、レイナールの指揮する班と、ギムリの指揮する班である。シオン達の班は、人数こそ少ないものの、“トライアングル・メイジ”であるシオンとキュルケ、“韻竜”であるシルフィードがいるために、戦力的には十分……十分過ぎるであろうとコルベールは判断したのである。

 各班のリーダーは、それぞれ、才人に渡すための“聖地”に流れ着いた“武器”を分け合った。デルフリンガーは、キュルケが“魔法”の袋に入れて持つことになった。

「お姉様……きっと、救け出すのね、きゅい!」

 少女の姿に変身したシルフィードが、タバサの“杖”を振り上げた。

「おおい、ちょっと、待ってくれたまえ」

 と、ギーシュが、一抱えほどもある、大きなモグラを抱き抱えて来る。

 ギーシュの“使い魔”である“ジャイアント・モール”である。

「ギーシュ、そのモグラを連れて行くのかい?」

 マリコルヌが問うた。

「ああ。僕のヴェルダンデは鼻が利くからね。なにかの役に立つかもしれんだろ?」

「足手纏いになるんじゃない?」

 キュルケが眉を顰めた。

「なんの、これでも、足は結構速いんだぜ」

 ギーシュがヴェルダンデをソッと足元に下ろすと、ヴェルダンデは、モグモグモグモグ、と鼻を引く付かせた。

「3人を保護した班は、直ぐに“ヘビくん”を使って合図をするように。撹拌は、合図と共に速やかに撤退すること。また、“エルフ”に発見された場合は、交戦せずに逃げること。くれぐれも戦うな。逃げ切れない時は、投降したまえ」

 コルベールの言葉に、“水精霊騎士隊”の少年達を始め保護隊の面々は、しっかりと首肯いた。

「幸運を祈る」

 と、コルベールは最後に、そう告げた。

 

 

 

 

 

 衝撃が収まった後、才人は恐る恐る天井を見上げて言った。

「な、なんだったんだ今の……? ひょっとして、イザベラか?」

「……判らない」

 タバサは言った。

「少なくとも、“北花壇騎士団(シュヴァリエ・ド・ノール・バルテル)”は、こんなやり方はしない」

 その時である。

 金属の扉の向こうから、こちらに近付いて来る足音があった。

 才人は、“エルフ”の衛士が様子を見に来たと想い、ハッと緊張した。

 しばらくすると……外で鍵の開く音がした。

 才人が、「なんだ?」と、首を傾げていると、牢の扉が開き、通路の光が射し込んだ。

「お待たせしました、シャルロット様」

 “魔法”の灯りを手にした“エルフ”の衛士が、小声でそう言った。

「はい?」

 当然のことながら、才人はキョトンとした。

 どういうこと? と、才人が後ろのタバサへと振り返る。

「“地下水”」

 と、タバサは言った。

「ああ!」

 才人は、ようやくピンと来た様子を見せた。

 見れば、その“エルフ”の手には、見覚えのある1本の短剣が握られている。

 “地下水”とは、“北花壇騎士団”のエージェントの1人である。その正体は、握った者の精神を操ることのできる“インテリジェンス・ナイフ”なのである。

 才人も、初めはただの変装の名人であると想っていたのだが、タバサにその正体を聴いた時は、驚いたものであった。

「“エルフ”は精神支配に対抗する訓練を積んでいるので、流石に難儀しました」

「さっきの轟音は、もしかして、おまえが?」

「いえ、私にも状況は不明です」

 才人が尋ねると、地下水は首を横に振った。

「そちらの御方は既に全てを識っているようですが……どちらにせよ、今が好機であるということに変わりはありません。少し予定が早まりましたが、どうか、この際に脱出を」

 地下水は、俺へと目を向けて言った後、タバサに指揮棒のような小さな“杖”を渡した。

「使い慣れぬでしょうが、今はこれで」

「十分」

 タバサは首肯くと、“杖”をマントの懐に仕舞った。

「良し、行こう……」

 才人が立ち上がろうとした、その時……クラッと目眩がした。

 よろめく才人の身体を、タバサが直ぐに支えた。

「どうしたの?」

「ああ、大丈夫……ちょっと目眩がしただけ……」

 1人で立とうとしたその途端、全身の力が急速に抜けて、才人はその場に倒れ込んでしまった。

「あ、あれ? 足が上手く……動かね、え……」

「なにをしているのですか?」

 地下水が怪訝そうに尋ねる。

「あの、地下水さん……俺にも、なにか、“武器”ないかな?」

「“武器”、ですか」

「ああ、“武器”を握れば、動けるようになると、想うんだけど……そうだよな? セイヴァー」

「ああ。今のところはそれで動くことができるだろうよ。一時的なモノだがな」

「……十分だ」

 才人は真っ直ぐ、強い目で俺へと視線を向けて来た。

「では、私をお使いください」

 地下水は腰の短剣を抜き、才人に手渡した。

 “エルフ”の衛士は、そのまま、気を失い倒れ込む。

 才人が短剣を握ると、左手甲の“ルーン”が光り出した。“ガンダールヴ”の力を使ったところで、失った体力そのものが戻る訳でもない。だが、身体は大分身軽になったことだけは確かである。

 一先ず、動くことだけであればできるだろう……。

「行こう」

 鳴り響く轟音の中、才人とタバサと俺、イーヴァルディは、牢を抜け出した。

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……ま、待ちたまえ、君達」

 サイレンの音が鳴り響く監獄の通路を、ギーシュ達は必死に駆け抜けた。

 コルベールの狙い通り、“エルフ”達は大混乱に陥っているようである。しかし、この混乱もそう長くは続かないことだけは明白である。

 急いで3人を保護し救出しなければ、完全に袋の鼠である。

「いやはや、まさか2度も“エルフ”の居城に乗り込むことになるとはなあ」

 マリコルヌが、額に汗を浮かべて言った。

「でも、この任務を果たせば、僕等全員、勲章ものだぜ。いや、領地だって貰えるんじゃないか? それに、アンリエッタ女王陛下の、キ、キスも……」

「生きて帰って来れたら、だろ? 僕は嫌だよ、棺桶の中で爵位を貰うなんて」

「おちび、どこなのね!? 返事をするのね、きゅい、きゅい!」

「ちょっと、そんな大声で叫んだら、見付かっちゃうでしょ!」

 先頭のキュルケが、振り返ってシルフィードに注意する。

「貴男達も、無駄話してる場合じゃないわよ。ほら」

 キュルケが“杖”の先で前方を指した。

 シルフィードの声を聞き付けた訳でもあるまいが……2人組の“エルフ”達が、“エルフ語”でなにか叫びながら、走って近付いて来る。

「良し、逃げよう!」

「賛成」

 ギーシュとマリコルヌは即座に回れ右をした。

「待って、“魔法”が来るわよ!」

 “エルフ”の衛士が“魔法”を唱える。“精霊の力”を借りた“風魔法”である。

 竜巻のように回転する空気の渦が、“エルフ”の掌から撃ち出される。

「うわああああああ!」

 動揺したマリコルヌが、咄嗟に“エア・ハンマー”の“呪文”を唱えた。

 結果的に、それが皆の命を救った。“精霊の力”による“風魔法”は物凄い轟音を立て、通路の真ん中で爆発した。

 シオン達は吹き飛ばされ、ゴロゴロと床を転がった。

「な、なんて威力だ」

 ギーシュが青褪めた顔で言った。

 まともに喰らってしまえば、木っ端微塵であろう……。

「ま、また来るぞ!」

 マリコルヌが叫んだ。

「皆先に逃げたまえ。ここは僕が足止めする」

 ギーシュは覚悟を決めたように、スッくと立ち上がった。

「貴男の“ゴーレム”なんて、“エルフ”相手じゃ、気休めにしかならないわよ!」

「まあ見ていたまえ、僕だって成長してるんだよ」

 ギーシュは、腕輪である“礼装”で自身に“強化”を掛け、“呪文”を唱え、薔薇の造花の“杖”を振った。

 宙を舞う花弁は、たちまち8体の“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”へと姿を変える。

 それから、ギーシュはもう1度“礼装”を使い、“青銅の戦乙女”を強化する。

 “青銅の戦乙女”は、“エルフ”が放った“魔法”を受けたが、耐えてみせた。

「どうだね? いつもより堅い……ああっ!?」

 だが、続けて放たれた“エルフ”の“魔法”には耐えられず、“青銅の戦乙女”はあっと言う間にバラバラにされてしまった。

「なにやってるのよ、もう!」

 キュルケが“フレイム・ボール”の“魔法”を放った。“火”の3乗。ホーミングする炎球が3発、立て続けに“エルフ”へと襲い掛かる。

 爆発。

 監獄の中に、派手な轟音は連続して響く。

「おお、やったかね?」

「駄目よ。あたし達の“魔法”と、“先住”じゃ、力に差があり過ぎる」

 炎球が命中する直前、石の壁が出現したのを、キュルケは見逃さなかったのである。

 燃え盛る炎の向こうから、“エルフ”達の罵りの声が聞こえて来る。

「シルフィード、君はなにか使えないのかね?」

 ギーシュが焦った声で尋ねると、シルフィードは申し訳なさそうに首を横に振った。

「駄目なのね。“エルフ”に“精霊の力”を抑えられちゃてるのね。“精霊の力”がないと、シルフィードも大したことはできないのね」

「なんてこった……」

 ギーシュは頭を抱えた。

 シルフィードが“韻竜”の姿に戻ったところで、空も飛べないこのような場所では、却って動き辛くなるだけである……。

「…………」

 シオンは短く“詠唱”し、蜃気楼を生み出し時間を稼ぐ。

「兎に角、逃げよう!」

「そうね」

 キュルケが、“ファイアー・ボール”の“魔法”を放った。

 爆発の炎と音、蜃気楼で、目眩まし程度にはなるであろう

 全員で元来た通路を引き返し、十字路の曲がり角へと逃げ込んだ。

「追って来るのね、きゅい!」

 振り向き様、キュルケはまた“ファイアー・ボール”を放つ。

「ああもうっ、こんなことしてたら、直ぐに“精神力”が尽きちゃうわ」

 と、その時である。

 前方に、見覚えの有る3人の姿が見えた。

「おお、あれはサイト、サイトじゃないかね!?」

 ギーシュが叫んだ。

「きゅいきゅい、お姉様もいるのね!」

「待って! それは、違う!」

「おおい、サイト! 救けに来たぞ!」

 シオンの制止が聞こえないのか、マリコルヌが腕を振って声を上げた。

 そこで、ようやく様子が変であることに気付いたギーシュは、(そもそも、どうして3人は牢を抜け出しているんだ……? セイヴァーの力か?)と眉を顰めた。

 才人とタバサ達は、気付いた様子もなく、ギーシュ達と擦れ違った。

「は?」

 立ち止まって、振り返る。

 次の瞬間、3人は、ギーシュ達を追って来た“エルフ”の“魔法”に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 サイレンが鳴り響く通路を、才人とタバサと俺は出口に向かって走った。

 どこかでまた、爆発音が鳴り響く。

 “エルフ”達の足音と怒号が、そこかしこで聞こえて来る。“エルフ”が追っているのは、大量に散蒔かれた、才人とタバサと俺ソックリの“少魔法人形(アルヴィー)”達である。

 “スキルニル”。

 “ミョズニトニルン”であるシェフィールドが所有していた“マジック・アイテム”の一種で、血を吸った人物ソックリに化けることができる“魔法”の人形である。ジョゼフ王が崩御した際に、“北花壇騎士団”が押収した物を、地下水が持ち込んだのであった。

 囮としては十分な働きをしているといえるだろ。

 と、通路の角まで来たところで、タバサが才人を手で制した。

「止まって」

 タバサは“クリエイト・ウォーター”の“呪文”を唱え、足元の地面に小さな水溜りを作り出した。水面を鏡に見立てて、先の通路に“エルフ”の姿がないかを確認するのである。

 “サーヴァント”である俺やイーヴァルディを“霊体化”させて、斥候として放つのもありではあったのだが、身辺警護の方に重きを置くことにしたのである。

「大丈夫」

 タバサは先に進むと、後ろの才人を手招きした。

「衛士の数が少ない」

「うん……なんか、俺達所じゃないって感じだな」

 通路の突き当りに、金属製の扉があった。“アディール”にあったモノと良く似ている。“魔法”で動くエレベーターのような“昇降装置”である。

「タバサ、これ、使い方判るか?」

 タバサは首を横に振った。

「たぶん、“エルフ語”にしか反応しない」

「じゃあ、行き止まりか……セイヴァーは――」

「――装置が動か無くても、飛べば良い」

 才人が、「セイヴァーは判るか?」と言い終える前に、タバサが言った。

 タバサは、エレベーター・シャフトの中を“フライ”で飛んで行くつもりである。

 確かに、地上に出るには一番の近道であるといえるだろ。

 タバサは“呪文”を唱えると、扉に向かって“ジャベリン”を放った。

 鋭く尖った氷の槍が、扉に直撃する。

 しかし、金属製の扉はビクともしなかった。

「“先住”の“魔法”」

「壊すのは……」

「他のルートを探すしかない。それで駄目なら、イーヴァルディとセイヴァー」

「そうだな」

 タバサと才人が俺とイーヴァルディへと目を向けて言った。

 イーヴァルディは強く首肯く。

 そうそうに見切りを着けて、立ち去ろうとした、その時……。

 おもむろに、“昇降装置”の扉が開いた。

「お、タバサ、ラッキーだぞ……」

 才人が喜んだのも束の間で在る。

 開いた扉の中から、“エルフ”の衛士達が現れた。

 

 

 

 

 

「またサイトよ!」

 キュルケが言った。

「こっちにもお姉様がいるのね、きゅい!」

「ああああ、なんだね、これは!? 頭が可怪しくなりそうだ!」

 ギーシュは頭を抱えた。

 其の足元には、“少魔法人形”が転がっている。

「姿を変える“魔法人形”ね。きっと、タバサが散蒔いたんだわ」

「“エルフ”を混乱させるのは良いが、これじゃ、僕達も本物を捜し出せないなあ」

 マリコルヌがボヤくように言った。

 なにしろ、外見だけでは、全く見分けが着かないのだから。

「でも、こん成の散蒔いたってことは、3人が逃げ出してる可能性は高いわよ」

「うむむ、しかしだね、もう時間が……」

「おう、ここはどこだ?」

「なんだね今更、ここは“エルフ”の……ん、今の声は誰だね?」

 ギーシュが振り向く。

 他の3人はキョトンとした顔で首を横に振るが、シオンはデルフリンガーを指さした。

「なに? “エルフ”がどうしたって?」

「貴男、起きたのね!」

 キュルケはハッとして、手にしたデルフリンガーを抜き放った。

「おう、巨乳のねーちゃんじゃねえか。相棒はどこだ? つうか、ここはどこでい?」

「サイトのお喋り剣じゃないか! どうしたんだね、急に?」

「たった今目が覚めたんだよ。一体、何がどうなってやがる?」

「ここは“エルフ”の監獄よ」

「監獄? なんだって、そんなとこにいやがるんでえ?」

「貴男のご主人様を救けに来たのよ」

 キュルケは、才人が捕まって“監獄島”に送られたこと、自分達はそれを救けに来たのだということを、手短に話した。

 デルフリンガーは、しばらく相槌を打ちながら、黙って聞いていたが……。

「……そうか。どうも、相棒が近くにいる気がしたんだがな」

「それは、本当かね? 偽物と見分けが着くのかね?」

「おうよ。俺と相棒の絆を舐めて貰っちゃ困るぜ」

 デルフリンガーは鍔をカタカタと鳴らした。

「それは頼もしいわね」

「おや、ヴェルダンデ、なにをしてるんだね?」

 その時、ギーシュは自分の“使い魔”が床を掘ろうとしていることに気付いた。

「こんなとこに、“どばどばミミズ”はいないぜ」

 マリコルヌが言った。

 ヴェルダンデはモグモグモグモグ……と、一生懸命に穴を掘ろうしている。

 シオンを除いた皆は怪訝そうに、顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 “昇降装置”から出て来た3人組の“エルフ”達は、たちまち俺達を取り囲んだ。

 タバサがサッと“杖”を抜き、“ウィンディ・アイシクル”の“魔法”を唱える。

 不意を打たれた先頭の“エルフ”が、鋭い氷の矢の直撃を受けて吹き飛んだ。“呪文”を唱えていることを悟らせない、“北花壇騎士団”の手練の業である。

 残りの2人が、“エルフ語”で罵りの言葉を叫ぶ。次の瞬間、抜き放ったサーベルをブーメランのように投擲して来る。

「タバサ!」

 才人は素早く動いた。“ガンダールヴ”の“ルーン”が、その反応を可能にした。タバサを守るように身体を滑り込ませ、サーベルを弾く。

 だが、それで終わりではない。

 弾かれたサーベルは宙でヒラリと回転すると、才人目掛けて飛んで来る。アリィーの“意思剣”と同じような“魔法”である。

 が、才人はそれも読んでいた。初見であれば、背中からグッサリと刺されていただろうが、手のうちさえ判っていれば、それほど恐ろしいモノではない。しかも、アリィーは4~5本の剣を同時に操ったが、今回はたった1本だけである。

 返す刀で、才人はサーベルを弾くと、そのまま突進した。驚きの表情を浮かべる“エルフ”に体当たりを打ち噛まし、横転させる。

 それに合わせるように、タバサが氷の矢を放った。

 横転した“エルフ”はたちまち、四肢を氷漬けにされて動けなくなってしまう。

 最後の1人がなにかを叫んだ。

 すると、石の壁がゴゴゴゴゴゴ……と蠢き、ヒト型の石人形が出現した。

 石人形は拳を振り上げ、才人を押し潰そうとする。

「うわっ!?」

 と叫び、才人は地面を転がった。

 石人形の拳がハンマーのように振り下ろされ、床に大穴を空けた。

 タバサが即座に“ジャベリン”を放った。

 巨大な氷の槍が、石人形の頭を吹き飛ばす。

 だが、石人形は頭を失っても問題なく動き続ける。ドスン、ドスン、と才人目掛けて拳を振り下ろす。

「わっ……ちょ、待て……!」

 才人は間一髪で避け続けた。自慢の剣技も、石が相手では歯が立たない。デルフリンガーであれば、打った斬ることもできただろうが、この短剣――“地下水”では無理である。

 才人は、(……くそ、どうする?)と、額に汗が浮かぶのを感じた。

 ここで時間を掛ければ、あの“昇降装置”から、直ぐに増援が来るのは明らかである。

 いつもの才人であれば、敵が何人いようと、“ガンダールヴ”の力で切り抜けることができただろ。がしかし、今の才人は、体力を消耗し過ぎている。それに、ここには、“使い魔”の心を震わせてくれるルイズがいないのである。

 才人は肩で荒い息を吐いた。“ガンダールヴ”と“シールダー”の力だけで立ち回るにも限界がある。

 ちら、とタバサの方を見やると、珍しく焦りの表情を浮かべていた。

「セイヴァー、おまえも手伝ってくれよ!」

「いやなに、その必要はないだろう」

 俺がそう答えたその瞬間……才人の頭上にパラ、と小さな石の破片が落ちて来た。

「ん?」

 才人は上を見上げた。

 と、次の瞬間。

 ズゴッと派手な音を立てて、天井が打ち抜かれた。

「は?」

 と、才人が声を上げる間もなく、降り注いだ大量の瓦礫が、石人形ごと、“エルフ”の衛士達を埋め尽くした。

「な、何だ……?」

 才人がポカンと口を開けていると……。

 天井の穴から、丸っこいなにかが落ちて来た。

「はい?」

 才人はキョトン、とした。

 眼の前に落ちて来たのは、円な瞳をした大きなモグラである。

「モグラ?」

 首を傾げたところで……才人は、そのモグラの顔に、見覚えがあることに気が付いた。

「おまえ……ギーシュの“使い魔”のモグラじゃねえか!」

 このモグラ、“アルビオン”で命を救ってくれた上、昔、才人が落ち込んでいた時に一緒にテント暮らしをした仲間である。

 例えモグラであっても、才人は、仲間の顔を見間違えることはしなかった。

「なんでおまえがこんなとこに……」

 才人が眉を顰めていると、天井の穴から聞き慣れた声が聞こえて来た。

「おおい、そこにいるのはサイトかね?」

「ギーシュ!」

 才人は叫んだ。

「今度こそ本物かい?」

「どうも、そうみたいね」

「お姉様、シルフィが救けに来たのね、きゅい」

「マリコルヌ、キュルケ、それにシルフィードも!」

 才人とタバサは顔を見合わせ、それから俺をジト目で見て来た。

 ギーシュ達は“レピュテーション”の“魔法”を唱え、天井の穴から飛び降りて来た。

「お姉様、無事で良かったのね、きゅい!」

 シルフィードが、真っ先にタバサの首に抱き着いた。

 そのままむぎゅーっと抱き締められるが、タバサはされるがままである。

「おまえ等、どうしてここに?」

 と、才人は尋ねた。

「アンリエッタ女王陛下の御下命さ」

 ギーシュは気障ったらしく髪を掻き上げた。

「ま、ちょっと、格好を付けたくなってね……て、うわ、なにをするんだね!?」

「おまえ等ああああああああああ!」

 才人は感動して涙ぐみ、ギーシュとマリコルヌに抱き着いた。

「こら、こら、やめたまえ! 君、鼻水が付くじゃないか!」

 キュルケは苦笑して、マントの下から“魔法”の袋を取り出した。

「ほら、貴男の剣も、持って来て上げたわよ」

 キュルケは、デルフリンガーを取り出すと、才人に手渡した。

「デルフ……」

 才人がデルフリンガーを受け取った、その瞬間。

「おう、相棒、久し振りだな!」

「うわあ!?」

 驚いて、才人は思わず、デルフリンガーを取り落としてしまった。

「デ、デルフ! おまえ、起きたのかよ!?」

「おうおう、そんなびっくりすることねえだろうよ、ちっと傷付くぜ」

 デルフリンガーがいつもの調子で言った。

「なにしてたんだよ!? 話し掛けても、ずっと返事もしなかったじゃねえか!」

 才人は嬉しそうな声で文句を言った。

「悪い。ちょっと、寝てた」

「おまえなあ」

 才人は苦笑した。デルフリンガーの声を聞いただけで、なんだか元気が湧いて来たためである。

「おう、早く俺を握んな、相棒」

「ああ」

 才人はデルフリンガーの柄を握った。左手甲の“ルーン”が光り、全身に力が漲って来るのを、才人は感じた。

「なあ、相棒よお」

 デルフリンガーが、悲しげな声で言った。

「なんだよ?」

「俺、全部想い出しちまったよ。本当に、なにもかもよ」

「そっか……」

 才人は切なくなった。慰めの言葉も上手く出て来ない、といった様子である。

 なにもかもということは……6,000年前の出来事も、ハッキリと想い出したのであろう。

 サーシャが、“愛”するブリミルを刺し貫いた、あの瞬間も……。

「デルフ……俺、おまえに色々訊きたいことがあるんだ」

「ああ、判ってる、全部、話してやるさ」

 デルフリンガーは、覚悟を決めたように言った。

「セイヴァー……」

「ああ、良くやったな、シオン。頑張った。だが、ここから更に気張る時だ。ここから、更に、おまえ達にとって辛い展開になるだろからな……」

「うん……理解ってる」

「ねえ、4人共、積もる話は後にしない? 兎に角、ここを脱出しないと」

 キュルケが、申し訳なさそうに言った。

「“エルフ”の増援が来る」

 シルフィードから“杖”を受け取ったタバサが、上を見上げる。

 “エルフ”達の足音が近付いて来るのが聞こえた。

「ああ、そうだな……」

「皆に撤退の合図を送ろう」

 ギーシュが、コルベールから預かった、小さな筒――“ヘビくん”に“魔力”を点火した。

 

 

 

 

 

 ピイイイイイイイイイッ!

 頭の天辺を劈くかのような甲高い音が、監獄中に鳴り響いた。

 “歌うヘビくん”に手を加え、なん“リーグ”も離れた場所まで聞こえる音を発生させるようにした“魔法兵器”である。コルベールが“ゼロ戦”に積む為に造った兵器の失敗作ではあるが、このような所で役に立つのだから馬鹿にはできない。

「ふむ、やってくれたか」

 コルベールは額の汗を拭った。

 口調にはまだ余裕がありはするが、その表情はやはり重い。派手に立ち回り、大勢の“エルフ”を引き付けることには成功したものの、やはり、強力な“精霊の力”による“魔法”には太刀打ちすることが難しく、たちまち、逃げ場のない行き止まりに追い込まれてしまったのである。

 更には、今のコルベールは1人であり、フーケとハサンとは別行動である。

「どうやら、ここまでのようですな」

 コルベールは諦観の表情を浮かべて、呟いた。

 追って来た“エルフ”の衛士は8人。

 コルベールは唇を酷薄に歪めた。普段の温厚な教師の顔ではなく、かつて“炎蛇”と恐れられた、“魔法研究所(アカデミー)実験小隊”の小隊長であった頃の顔に戻したのである。

「諸君に恨みはないが、道連れにさせて貰う」

 コルベールは覚悟を決め、“杖”を真上に掲げた。生徒達の命を守るために、コルベールは今一度、無慈悲な“炎蛇”になるつもりであった。

 “杖”の先に、小さな火炎の球が灯る。

 それは、コルベールの切り札であった。

 “火”、“火”、“土”。“火”が2つに“土”が1つの“トライアングル・スペル”である。“錬金”により、空気中の水蒸気を気化した燃料油に変え、そこに点火するのである。一瞬で膨れ上がる巨大な火球は、辺りの酸素を燃やし尽くし、範囲内の生き物を窒息死させてしまうだろう。

 無差別に命を奪い尽くす、爆炎の“魔法”……。

 それはもちろん、“エルフ”にも通用する。

 しかし、当然ながらこの“魔法”には欠点があった。

 このような閉鎖空間で使えば、コルベール自身もただでは済まないのである。

 と、“魔法”が完成する直前。

 ボゴンッと眼の前の壁が崩れた。

「なぬ?」

 コルベールは想わず、“呪文”を唱え損なってしまった。

 “杖”の先に灯る火球が消滅する。

 監獄の壁を壊したのは、全長20“メイル”ほどもある巨大な岩の“ゴーレム”である。

「ミス・サウスゴータ?」

「なんだ、こんなとこにいたのかい? さっさとずらかるよ」

 “ゴーレム”の肩に乗ったフーケが、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 1度デルフリンガーを手にした才人は、さながら風のような機敏さで、立ち塞がる“エルフ”達の間を駆け抜けた。 ビュンビュンと飛んで来る“魔法”の矢をアッサリと躱し、デルフリンガーの刃で吸収するのである。

 いかに“エルフ”の“精霊の力”による“魔法”が強力であっても、唱えることができなければ意味はないのである。

 “エルフ”が“魔法”を唱えようとするのを見るや、才人は素早く肉薄して昏倒させてみせた。

「調子良いじゃねえか、相棒」

「ああ、やっぱ、おまえが1番だ」

「嬉しいこと言ってくれるねえ」

 デルフリンガーは笑った。

 もちろん、それだけではなかった。“ガンダールヴ”の力は、心の震えから来る。皆が来てくれた……ギーシュにマリコルヌ、キュルケ、シオン、シルフィード、コルベール、“水精霊騎士隊”の仲間達も……そのことが、才人の心を激しく震わせたのである。

 また、“シールダー”としての力も遺憾なく発揮されていた。“シールダー”は“盾の英霊”である。本来、“盾”を持たないと与えられない“クラス”ではあるが、“ガンダールヴ”に関する逸話や唄から獲得したその“クラス”の力により、主人を守る時にだけ力が発揮されていた。だが、今回の“シールダー”――“ガンダールヴ”である才人の性格や守りたいモノなどの影響から、いつしかルイズだけでなく他の仲間達を守る時にも十二分にその力を発揮することができるようになっていた。

 先頭を駆ける才人を援護するように、背後から“魔法”が飛んで来る。キュルケの火球が炸裂し、タバサの氷の矢が“エルフ”の“魔法”を正確に撃ち落とし、マリコルヌが“エア・ハンマー”で邪魔な瓦礫を吹き飛ばし、ギーシュは土の壁で背後の追手を遮る、そしてシオンがそんな皆の“魔法”の威力と才人の身体能力などを強化させる。

「シルフィは応援するのね、きゅい!」

 そのまま、疾走り抜けると、眼の前に壁が立ちはだかった。

「行き止まりだわ!」

「引き返すかね?」

「いや、そりゃ不味いよ。袋叩きにされちまう……」

 才人は、キュルケが持って来た“魔法”の袋に手を突っ込んだ。

「あった、これを使おう」

 取り出したのは、“聖地”に流れ着いた“武器”の1つである。

 “M72対戦車用ロケット・ランチャー”。

 あのフーケの“ゴーレム”を一撃で粉砕した“破壊の杖”と同じタイプである。

 才人は安全ピンを抜き、リアカバーを引き出した。インナーチューブをスライドさせ、肩に掛ける。照準を合わせる必要などはない。安全装置を解きながら、大声で叫ぶ。

「皆、後ろに立つな! あと、耳を塞いでろ!」

 才人はそう言って、トリガーを押した。

 羽根を付けたロケット上の弾頭が発射され、爆発する。

 物凄い轟音を立てて、眼の前の石壁は粉々になった。

 壊れた壁の穴の向こうに、朝日に煌めく海が見えた。

「おお、やったな!」

 ギーシュが快哉の叫びを上げた。

 20“メイル”ほど下には、監獄に突っ込んだ“オストラント号”の甲板が見えた。

 既に、他の“水精霊騎士隊”の少年達は帰還しているようである。

「ほら、飛び降りるわよ」

「え?」

 キュルケが才人の腕を掴み、真下に飛び降りた。

「うわあああああああああ!」

 才人は悲鳴を上げた。

 だが、甲板に頭から突っ込む直前、身体がフワッと持ち上がったことに、才人は気付いた。

 キュルケが“レピュテーション”の“魔法”を掛けたのである。

「おお、サイト、無事だったんだな!」

 甲板に降り立った才人は、たちまち、“水精霊騎士隊”の仲間達に囲まれた。

「ギムリ、レイナール、それに、皆も……うわっ!」

 ズシンっと地響きのような音がして、巨大な“ゴーレム”が降って来た。

「なんだ?」

 才人が見上げると、“ゴーレム”の手には、コルベールが乗っていた。

「コルベール先生!」

「サイト君、無事だったかね?」

 コルベールは甲板の上にサッと降り立つと、後甲板に向けて叫んだ。

「行けるかね? ミス・エレオノール」

「駄目、“水蒸気機関”の調子が悪いわ!」

 操舵輪を握るエレオノールが叫び返す。

 衝突した時の衝撃で、“水蒸気機関”が壊れてしまったのである。

「早く逃げないと、“エルフ”に囲まれるわよ」

 キュルケが言った。

「うむ、任せ給え」

 コルベールが“火”の“魔法”を唱え、火種を放り込んだ。

 その途端、ポンッと音がして、“水蒸気機関”が唸り始める。

「動いた、動いたわ!」

 “オストラント号”は、ユックリと浮上すると、空の大海原へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明け頃……ルイズは、ベッドの中で目を覚ました。

 起き上がったルイズは、寝間着の袖で目元を拭った。

 夢の中で、ルイズは泣いていたのである。

 悲しい夢であった。どう仕様もなく、悲しい夢……。

 だが、何故かスッキリとした感覚もまたあった。それと同時に、ルイズの中にあった、覚悟をより一層強いモノにした。

 ルイズは余りのショックとその感覚の差に、しばらく呆然としていると……部屋のドアがノックされた。

「失礼します。ミス・ヴァリエール、起きていらっしゃいますか?」

 シエスタである。

 ルイズはフラフラと立ち上がり、ドアを開けた。

 ルイズの顔を見たシエスタは、驚きの表情を浮かべた。

「ミス・ヴァリエール、どうされたんですか?」

「なんでもないわ」

「なんでもなくないですよ。だって、泣いてるじゃありませんか」

「泣いてないわ」

「泣いてます」

「…………」

 ルイズは、ふいっと視線を逸らした。

「夢を見たのよ」

「夢? 怖い夢ですか?」

「ううん、悲しい夢よ」

 そう言うと、ルイズはシエスタが抱えているモノに目を落とした。

「その服は?」

「その、ミス・ヴァリエールがお召しになるようにと、教皇聖下が……」

 それは、“ブリミル教徒”に巫女が身に着ける、白い神官服であった。以前、“水の都アクイレイア”で、“聖女”になったルイズが身に着けた服と同じモノである。

「そう、準備が整ったのね」

 ルイズは、なにか覚悟を決めた表情で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 “ブリミル教”の神官服に着替えたルイズは、シエスタを伴い、空に浮かんだ“聖マルコー号”の甲板に足を向けた。

 晴れ渡る眼下には、千切れた雲と、“聖地”の眠る青い海が見える。

 教皇ヴィットーリオが乗る“聖マルコー号”を護衛するように、夥しい数の“ロマリア”の戦列艦が、周囲の空城を囲んでいる。

 “トリステイン”艦隊の中央には、一際目立つ“竜母艦”の姿も見える。アンリエッタが乗る旗艦“ヴュセンタール号”である。

 艦隊の総数は700隻以上にも及ぶ、“ハルケギニア史”上類を見ない大艦隊である。そのうち150が戦列艦であり、残りは兵と補給物資を運ぶガレオン船である。

 艦隊には、“聖地回復連合軍”の第一次侵攻軍80,000が乗船している。残りの軍団は、“アディール”郊外の宿営地で待機し、順次、戦線に送り込まれる手筈となっている。

 ルイズは、空を埋め尽くす大艦隊の威容に圧倒された。

「うわあ、凄いですね……」

 シエスタが口をあんぐりと開けた。

「ええ、そうね……」

 でも……とルイズは想った。

 どれだけ軍隊を用意しても、“聖地”は海の底にあるのである。

(これほどの軍隊を、一体どうやって送り込むつもりなの?)

 “フネ”の後甲板では、ルイズと同じく、“ブリミル教”の巫女服に着替えた、ティファニアとジョゼットがいた。

 ティファニアはルイズの姿を見付けると、直ぐに駆け寄って来た。

「ああ、ルイズ……」

 ティファニアは不安そうな表情で、ルイズの手を握った。

「ルイズ、本当に……本当に、貴女の考えは変わらないのね?」

「ええ」

 ルイズは首肯いた。

「“ハルケギニア”を救うには、“聖地”を手に入れるしかないわ」

「ルイズ、私……」

 声を震わせるティファニアの肩に、ルイズはソッと手を乗せた。

「テファ、お願い。私を信じて」

「ルイズ……」

 ティファニアの悲痛の表情に、(“アルビオン”の森――“ウエストウッド村”で静かに暮していたハーフ“エルフ”の少女を、こんな“運命”に巻き込んでしまったのは、私の責任だわ。こんなにも心優しい彼女に、もう悲しい想いはさせたくない……大丈夫よ、テファ。私が、なにもかも終わらせる……セイヴァーからのお墨付もあるもの。大丈夫……)とルイズの胸は痛んだ。

「あ、あのね、ルイズ、サイトが……」

 ティファニアがなにか言い掛けた、その時。

「お待ちしておりましたよ、“ハルケギニア”を救う、“聖女”様」

 微笑を讃えたジュリオがやって来て、2人に一礼した。

「間もなく、教皇聖下が祈祷を終えられます。どうぞこちらへ」

「ええ……」

 ルイズはジュリオに冷たい目を向けると、無言で歩き出した。

 そんなルイズを、ティファニアとシエスタは、不安そうに見送った。

 

 

 

 

 

 

 甲板の舳先で、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレは、祈祷を捧げていた。

 目を閉じてひざまずき、小声で“ルーン”を唱えている。ヴィットーリオは夜通し、水さえも口にすることなく、祈祷を続けていたのである。

 祈りを捧げる教皇の周囲を、“聖堂騎士”達が取り囲んでいる。その近くには、“エルフ”の“評議会(カウンシル)”の代表者である、テュリュークとビダーシャルの姿もある。

「聖下は、なにをしているの?」

 ルイズはジュリオに尋ねた。

「直ぐに判るよ」

 ジュリオは楽しそうに笑うと、眼下の海を見詰めた。

 やがて、ヴィットーリオは静かに立ち上がった。

 舷先から海を見下ろし、両手を広げて、“ルーン”の様な言葉を呟く。

 その直後。

 ブウウウウウウウウンと、耳鳴りのような音が、辺りの空域に響き渡った。

「な、なに?」

 虫の羽音のような不快な音に、ルイズは想わず、両耳を押さえた。

「“虚無”の力……この世の全てを構成する、極小の粒同士が振動する音さ」

「“虚無”ですって?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地割れの様な音が鳴り響く。

「海が、割れる……?」

 その瞬間、ルイズは目を見開いた。

 真下の海が割れ、その下から、巨大な黒い山脈が姿を現したのである。

「あれは……!」

 山脈はユックリと浮かび上がり、大量の海水が滝のように流れ落ちる。

「一体、なにが起こっているの……?」

 ルイズは呆然として呟いた。

「これが、“聖地”の本来の姿だよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。