ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ゼロの使い魔

 朝陽が昇り始めた海の上を、“オストラント号”は飛翔した。

 “フネ”の“水蒸気機関”は黒煙を吐き、速度はほとんど出ていない。コルベールとキュルケが交代で火種を入れることで、なんとか飛行することができている状態である。

 俺が、“宝具”でどうにか問題を解決させる――“水蒸気機関”を修理することも可能であり、それを口にしたが、コルベールがそれを断ったために、俺は彼等2人を見守るだけにしていた。

 半壊した“フネ”の甲板の上で、才人はギーシュ達の話を聴いた。“水精霊騎士隊”の仲間達、それにコルベールと キュルケとシオンは、アンリエッタの命を受けて、才人達の救出に来てくれたということを。フーケまでいたことに、才人は驚きを隠せずにいたが、彼女はティファニアにお願いされたと聞き、納得した様子を見せた。「別にあんたのためじゃないよ」と何度も念を押されはしていたが、才人はフーケにもしっかりと感謝の意を示した。

 その後……才人は、「少し1人で休ませてくれ」と言って、皆の輪を離れた。

 機関室の扉の影で、才人はグッタリと横になった。デルフリンガーを手放して、床に置いた途端、急激な脱力感が襲って来たのである。

(デルフを握ってなきゃ、もう動くこともできねえのか……)

 燃えるような胸の痛みは、もう感じない様子である。だが、痛みを感じていた頃の方が、恐らくマシであるといえるだろう。自分の存在そのものが、徐々に失われて行くかのような感覚があったためである。表現として適切ではないだろが、その感覚こそが生きている証でもあるのだから。

「ちくしょう……さっきまで、あんなに動けてたのになあ」

「なあ、相棒」

 床に転がったデルフリンガーが喋った。

「うん?」

「その、さっきは黙ってたんだがよ」

「なんだよ、水臭え」

「実はな、さっき、おまえさんがあんなに動けたのは、“ガンダールヴ”の力って訳じゃねぇのよ」

「どういうことだ?」

「おまえさんも知っての通り、“ガンダールヴ”の能力ってのは、身軽になって、“武器”の扱いに関する達人になるってことだけだ。相棒の、失われちまった生命力を回復させる、なんてことはできねえーのよ」

「うん、そうだな」

 才人は、牢の中で“地下水”を握った時に、体が軽くなる感じは覚えたものの、体力そのものの回復がなかったことを想い出した。

「さっきはよ、俺が相棒に、ずっと生命力を送り込んでたんだ」

「なんだって?」

 才人は訊き返した。

「それって、“アルビオン”で俺を救けた時の……」

「ああ、サーシャの奴が、俺に授けた能力さ」

 この伝説の剣には、“吸い込んだ魔法の分だけガンダールヴを動かすことができる”能力が組み込まれているのである。“アルビオン”で110,000の軍勢を相手に戦いに挑み、瀕死の重症を負った才人は、デルフリンガーのその能力に命を救われたのであった。

「だからよ、相棒は、今、その……」

 デルフリンガーは言葉を濁すように言った。このお喋りな剣が、このように口籠ることは珍しい。

「俺、デルフリンガーの力がねえよ、もう歩くこともままならねえってことか」

「まあ、そう言うこったな」

 デルフリンガーが、気不味そうに言った。

「……そっか」

 才人はグッタリと横になったまま、長い息を吐いた。

「悔しいな。こんなんじゃ、俺、ルイズを守れねえ……」

「けどよ、なんか不思議な部分があるんだ」

「なんだよ?」

「今の相棒には生命力がないに等しい。けど、これ以上減ることがないって言うか、上手く行けば回復に向かうって言うか……」

「歯切れが悪いな……」

「多分だけどよ、セイヴァーの奴がなにかしたんだろうけど……」

 そこへ、“水蒸気機関”の修理をしていたコルベールが戻って来た。

「サイト君、大丈夫かね? 顔色が随分悪いようだが」

「はい、なんとか……」

 才人は曖昧に首肯いた。

 コルベール達は、才人が“リーヴスラシル”の“ルーン”に命を蝕まれていることもまだ知らない。

 才人は、皆に余計な心配を掛けたくないのである。

「コルベール先生、この“フネ”は、今どこに向かってるんですか?」

「うむ、一先ずは“ガリア”を迂回して“トリステイン”に向かう予定だ。もっとも、“水蒸気機関”の調子があれでは辿り着けるか判らんがね」

「あの、コルベール先生、お願いがあるんです」

 才人は、身を起こして言った。

「なんだね、サイト君?」

「俺を、“聖地”に連れて行ってください」

「なんですと?」

 コルベールは眉を顰めた。

「俺、あいつに……ルイズに伝えなくちゃならないことがあるんです。どうしても、伝えなくちゃならないことが。だから、お願いします。俺を、“聖地”に……」

 才人はコルベールの腕を掴み、必死に言った。

 だが、コルベールは戸惑った表情で、首を横に振った。

「残念だが、“聖地”に戻ることはできない。あそこに戻れば、“ロマリア”軍はサイト君とセイヴァー君の身柄を拘束するだろう。それに、女王陛下は、君を安全な場所へ移すようにおっしゃった。“4の4”である君が揃わなければ、教皇聖下の野望も頓挫するだろう、と」

「違うんです、先生。姫様は勘違いしてるんです。俺が、“聖地”にいなくても、教皇の計画は止まらない……でも、俺が行けば……俺がルイズと話すことができれば、“ハルケギニア”も、“地球”も救える……この馬鹿げた“聖戦”を止めることができるんです!」

「サイト君……それは、本当なのかね?」

「その通りだ。才人の言う通り、あそこに向かう必要がある」

「セイヴァー君……」

 才人の鬼気迫るような説得に、コルベールは息を呑んだ。

 そして、後ろから声を掛けた俺に、コルベールは振り向き、目で問うて来た。

 そんなコルベールに、俺は短く答えた。

「はい……まだ、俺に時間があるうちに……」

 才人が呻くように言った、その瞬間である。

 船の前甲板の方で、“水精霊騎士隊”の少年達が騒ぎ始めた。

 

 

 

 最初にその異変に気付いたのは、“遠見”の“魔法”で“聖地”の方を警戒していたマリコルヌであった。“聖地”周辺の空域には、物凄い数の大艦隊が編成されており、(一体、なにをするつもりなんだろう……?)と見張っているうちに、それが起きたのである。

「や、ややや、ま、ままままま……」

「どうしたんだね、マリコルヌ?」

 舷側にもたれ、座り込んでいたギーシュが、怪訝そうに言った。

「や、やや、山が、浮かび上がってる!」

「おいおい、突然なにを言い出すんだね?」

 ギーシュが眉を顰めると、舷側へと身を乗り出した。

「 此の前みたいに山が浮かぶなんて、そうそう、そんなこと……な、なんだね、あれは!?」

 “オストラント号”の甲板は、蜂の巣を突いたかのような騒ぎとなった。“水精霊騎士隊”の少年達は、“聖地”の方角を見て腰を抜かしてしまった。

 なにしろ、巨大な山が海の底から現れ、ユックリと空に浮かび上がって行くのだから。

「一体、なにが起きているんだ?」

 コルベールが、呆然として呟いた。

 才人も、デルフリンガーを“杖”代わりにして、身を起こした。

「な、なんだよ、あれ……」

 遥か遠くに……豆粒のような艦隊と、浮上する真っ黒な山が見える。

 以前、“火竜山脈”が浮かび上がったのを見たことのある才人ではあるが、あの山――“聖地”は、それよりもずっと大きい。

 才人が呆然としていると、「ありゃあ、“聖地”だ」とデルフリンガーが言った。

「なんだって?」

「まあ、これは俺の推測なにがだよ、“聖地”ってのは、要は馬鹿デッカイ“精霊石”の塊だ。教皇の奴は、“虚無”の“魔法”で、“聖地”の中に溜め込まれた“風”の力を反応させたんじゃねえのかな」

「“虚無”って、そんな滅茶苦茶なことができるのかよ……」

 才人は唸った。

「当然だろう。才人、おまえだって良く知ってるだろ?」

 異世界――“地球”と“ハルケギニア”との間に“ゲート”を開いたり、艦隊を消し飛ばすような爆発を起こしてみせたり、“火石”を跡形も無く消滅させる事などが出来るので在る。其れは勿論、山を浮かび上がらせる事など簡単に出来てしまう。

 才人は、“聖地”が浮かび上がる様を、(数十万の“聖地回復連合軍”を、どう遣って海の底に送り込むのかと想ってたけど、まさか、こんな方法だったなんて……)と想いながら見ていた。

 才人が着るパーカーの下で、“リーヴスラシル”の“ルーン”が明滅する。ヴィットーリオが“魔法”を使っていること、そして、浮上した“聖地”に反応しているのである。

 才人は、(急がねえと……)と想い、呆然と立ち尽くすコルベールに言った。

「先生、俺、行かなくちゃ……あそこに行かなくちゃ駄目なんです。そりゃあ、捕まっちまうかもしれない。俺が行ったとこで、なにもできないかもしれない。でも、俺にしかできないことがるなら、それ、やらなくちゃ駄目だと想うんです。俺、“地球”にいた時は、なにもできなかった。なんの力もない、ただの高校生だったら。でも、こっちでは違う。なにかできる力を手に入れちまった。だから……」

「うむ……」

 コルベールは、難しい顔で唸った。教師としての立場と、才人の友人としての立場、その両方で揺れ動いているのである。

 今の才人は、俺にとってとても眩しい存在に見えた。少しばかりズレた感想ではあるが……自身が持つ力の重大さや責任などから目を背けることなどをせず、向かい合い、前に進もうとしているのだから。

 だからこそ――。

「良く言った。俺からも頼もうか。おまえが無理だと言えばそれでも構わん。誰も責めることはしない。ただ、俺が才人を連れて行くだけだ」

 背中を押す。

 数秒間の沈黙の後……コルベールは口を開いた。

「サイト君」

「はい」

「正直、私は、君を行かせたくないと想ってる。余りに危険過ぎる」

「先生……」

「だが、どうあっても、君達を止めることはできないのだろうね。必ず無事に帰って来なさい」

 コルベールは肩を竦めると、甲板で騒ぎ立てる少年達に呼び掛けた。

「君達、ちょっと手伝ってくれ。何人か、人手が要る」

 

 

 

 才人と俺が連れて来られたのは、“オストラント号”の格納庫であった。

 タバサ、キュルケ、ギーシュ、マリコルヌ、シオンが、続いて階段を降りて来る。

「先生、これ……」

 格納庫の真ん中に鎮座するモノを見て、才人は思わず、声を上げた。

 翼と胴体に描かれた、大きな“日の丸”。

 艶消しのカウリングに白抜きで書かれた、辰、の文字。

 “ゼロ戦”である。

「これなら、直ぐに、“聖地”に辿り着けるだろう。まあ、セイヴァー君が所有するあれに比べたら、赤子のようなモノだろが」

「俺が所有している訳ではない。勝手に使っているだけだ」

「飛べるんですか?」

「もちろん、整備はしてある。“ガソリン”も満タンだ。“機銃”の弾は空のままだがね」

 才人の質問に、コルベールは首肯いた。

 才人は“ゼロ戦”の翼に触れた。

 左手甲の“ルーン”が光った。“アルビオン”での戦いで破損した機体は、“錬金”と“固定化”の“魔法”で彼方此方補修されている。

「先生、ありがとう……」

「なに、サイト君には、いつか必要になると想ったからね」

 才人は、翼から操縦席に攀じ登った。才人は、計器だらけのコックピットが妙に懐かしく想えた。

「これ、持ってけよ」

 マリコルヌが、座席の後ろに“聖地”で見付かった“武器”を積み込んだ。

「そんなに積んだら重くなるよ。これだけで良い」

 才人は、取り回しの良さそうなオートマチックの“拳銃”を懐に入れた。

「サイト、止めても無駄なんだろうから、言っておく」

 ギーシュが、コホンと咳払いをして、言った。

「死ぬなよ。絶対、死ぬな。名誉のために死ぬなんて、馬鹿らしいぜ、君。これは君が言ったことだからな」

「ああ」

 才人達皆は苦笑した。

 いつだか、“アルビオン戦役”で、“貴族”の名誉に関して、ギーシュと才人が口論になり、その時に才人が言った言葉である。

 次に進み出たのはタバサである。タバサは素早く主翼に攀じ登ると、なんと才人の頬にキスをした。

「え? ええええ?」

 才人が驚いていると、タバサは頬を真っ赤にして床に飛び降りた。

「まあ、やるじゃないの、タバサ!」

 キュルケが口笛を鳴らした。

「…………」

 タバサは無言で、才人から目を逸らしている。

「君、なにか言うことはないのかね?」

 ギーシュが才人を睨んだ。

「あ、ありがとう……」

「…………」

 やっとのことで、才人がそう口にすると、タバサの顔はますます赤くなった。

「かぁ~~~~~~~っ!」

 マリコルヌが奇声を上げた。

「なんだこれ、なんだよこれは!? ふざけんな! おう、サイト、セイヴァー、シオン、死ぬんじゃないぞ! 絶対、帰ってっ来るんだぞ! 帰って来たら、僕の“風魔法”で打っ飛ばしてやるからな。サイト!」

 暴れるマリコルヌを、ギーシュとキュルケが2人で羽交い締めにした。

「“愉快なヘビくん”の使い方は判るかね?」

「あの、悪いんですけど、兵器は外しちゃってください」

「良いのかね?」

「はい。俺、なるべく、誰も殺したくはないんでうす。その方が速度も出るし。それに、最強のボディーガードもいますから」

 “タルブ”でのあれは戦争であったから仕方がないといえば仕方のないことである。だが、これから行うことは戦争ではない。それに、才人は、コルベールの発明品を、人の命を奪うことには使いたくないのである。

「理解った」

 コルベールは首肯くと、主翼の下の兵器を手際良く外して行く。

「ミスタ・グラモン、そこの鎖を“錬金”で外してくれたまえ」

 コルベールの指示を受けて、ギーシュが“杖”を振った。

 “ゼロ戦”を固定していた4本の鎖が外れて、床に落ちる。

「滑走路もカタパルトもなしで、発艦できるんですか?」

「“風”の“魔法”でペラを回し、揚力を生み出す。“メイジ”が6人もいれば十分だろう」

 なるほど、と首肯き、才人は“エンジン”始動前の操作を行った。燃料コックを胴体のメインタンクに切り替え、混合比レバーとプロペラ・ピッチを最適な位置に合わせる。カウル・フラップを開き、潤滑冷却器の蓋を閉じる。

 コルベールが“風”の“魔法”でクランクを回した。

 タイミングを見計らい才人は右手で点火スイッチを押す。スロットルレバーを少し前に倒すと“エンジン”が始動し、ババババババッと、プロペラが回転し始めた。

 才人は計器を確認し、“ルーン”が、各部が正常に作動していることを教えてくれていることを理解する。

「機体に異常はありません」

「よろしい、嘴を開くぞ!」

 コルベールが、“解錠(アンロック)”の“魔法”を唱え、格納庫の扉のロックを外した。

 “オストラント号”の艦首が上下に開き、激しい風が吹き込んで来る。

 才人は、シエスタの曽祖父のゴーグルを装着すると、操縦席の風防を閉じた。

 ギーシュとマリコルヌが、“ゼロ戦”の車輪止めを外した。

 ブレーキをリリースしたことで、ゴトゴトと機体が動き出す。

「相棒、怖くねえのか?」

「怖えよ」

 才人は言った。

「でも、ここで行かなきゃ、たぶん、ルイズに2度と逢えねえ。あいつの笑顔を、2度と見られなくなっちまうかもしれねえ。そっちの方が、よっぽど怖え」

 “全員”が、“杖”を掲げて、“風”の“魔法”を唱えた。

 プロペラが激しく回転する。

 才人は、カウル・フラップを全開にして、プロペラのピッチレバーを離陸上昇に合わせた。ブレーキを弱め、スロットルレバーを開く。

 “ゼロ戦”の機体が、一気に加速する。

 尾輪が床を離れたその瞬間、才人は操縦桿を引いた。

 ブワッと機体が浮き上がる。

 “ゼロ戦”は空を滑空し、風を裂いて一気に大空へと飛翔した。

 才人は、後ろの“オストラント号”を振り向いた。

 甲板の上で、“水精霊騎士隊”の仲間達が、“杖”を真上に掲げているのが見える。

 “ハルケギニア”の“貴族“が、最も名誉ある行為に対して捧げる敬礼である。

 

 

 

 “ゼロ戦”を見送った後、俺とシオンのその後に続くために、“天駆ける王の玉座(ヴィマーナ)”を出す。

「それでは、行って来る」

「行って来るね」

 シオンは皆を安心させる笑みを浮かべ、“天駆ける王の玉座(ヴィマーナ)”へと搭乗する。

「サイト君達の事を頼んだよ、セイヴァー君。必ず、皆で無事に」

「サイトとあの娘のことをお願いね」

「サイト達を頼む」

 皆がそれぞれそう言ったのを確認し、俺とシオンは強く首肯いた。

 それから、音も無く“天駆ける王の玉座(ヴィマーナ)”を浮かび上がらせ、飛び立つ。

 一瞬で、“オストラント号”から離れ、“ゼロ戦”の横に並び飛ぶ。

 

 

 

 地平線の端に、朝日が昇り始めた。

 艦隊に乗り込んだ“聖地回復連合軍”の兵士80,000は、空に浮上した“聖地”に、続々と上陸し始めている。

 軍を指揮するのは、“ガリア”、“ロマリア”、“トリステイン”、“ゲルマニア”、そして“アルビオン”……それぞれの国から集った、領主諸侯達である。

 武器を持った兵隊、“メイジ”、“亜人”の傭兵団。大砲、攻城兵器。“風竜”や“火竜”に跨った“竜騎士”。“ペガサス”や“グリフォン”、“マンティコア”などの“幻獣”の姿もある。少数ながら、“エルフ”の騎士達の姿もある。“ネフテス”の“評議会”が供出した、形ばかりの援軍である。

 上陸を始めた兵達は、真っ直ぐに“聖地”の中心を目指した。

 ジョゼットが“エクスプロージョン”で吹き飛ばし、平らに均したそこは、あの“地球”の“武器”が流れ着く場所である。

 そこに、全長数百“メイル”もある、途方もなく巨大な楕円形の“ゲート”が出現した。

 “ゲート”の向こう側には、多数の兵器の集まる異世界の光景が、ボンヤリと浮かび上がる。だが、“ゲート”は未だ、完全には開通していない。向こう側の世界からは、ただキラキラ光る鏡のように見えているだけである。

 ルイズ達“虚無の担い手“は”ゲート“の前に集められ、”始祖“の”虚無“を唱えるための準備をしている。

 アルブレヒト3世、テュリュークとビダーシャル、アンリエッタ、シオンの代理である、それに、ルイズにくっ着いて来たシエスタは、少し離れた場所で、それを見守った。

「もう、なにもかも、手遅れなのですね……」

 アンリエッタが絶望した声で言った。

 アンリエッタは、一縷の望みに賭けて才人達の救出を命じたものの、なによりも恐れていた“聖戦”が、遂に始まろうとしているのだから……。

「ああ、サイトさん、ミス・ヴァリエール、ミス・エルディ……セイヴァーさん……」

 アンリエッタの横に立つシエスタが、祈るように目を閉じた。

 

 

 

 水平線の向こうに昇る朝日を横目に、才人の“ゼロ戦”と“天駆ける王の玉座”は風を裂いて飛翔した。

 陽光が金属の翼に反射して光る。

 “ゼロ戦”の計器に表示された巡航速度は180ノット。“ガンダールヴ”の操縦技術をもってすれば、まだ行ける速度である。

 航法など勉強したことなど全くない才人であるが、方角に迷うことなどなかった。視界は一面の海である。遙か先に見える“聖地”を目標に、真っ直ぐ飛べば良いだけなのだから。

「相棒、俺にしっかり掴まってろよ。つうか、絶対、手を離すんじゃねえ」

 左手に握り込まれたデルフリンガーが言った。

「理解ってる」

 “リーヴスラシル”の“ルーン”が激しく輝き、才人の体力が急速に奪われて行く。

 今の才人はもう、デルフリンガーの手助けがなければ、自分の力で動くこともできない状態である。

「そう言や、おまえさん、俺に訊きたいことがあるって言ってったな」

「うん」

 才人は“聖地”を見詰めたまま、言った。

「俺、6,000年前に、“レイシフト”って奴をしたんだ」

「そうか」

 デルフリンガーは、短く相槌を打った。

「悲しい出来事だったな」

「おう」

「でも、デルフには、どう仕様もなかっただろ。デルフの所為じゃねえよ」

「……そうかもな」

 デルフリンガーは、切なそうに言った。

「俺はよ、サーシャが、あの唐変木のブリミルのことを、どんだけ好きで、どんだけ“愛”してたか知ってた。なんたって、俺はあいつの、相棒、だったからな。だから、おまえさんとピンクの嬢ちゃんのことを、無意識に重ねてたのかもしれねえ。そんで、おまえさんが“リーヴスラシル”になっちまった時、またあんなことが繰り返されるのかって、俺は凄くよ、悲しくなっちまったんだ」

 デルフリンガーは、普段よりも饒舌に喋る。

 才人はふと疑問を覚えて、尋ねた。

「デルフ、それ、良いのか?」

「なにが?」

「いや、おまえ、サーシャの“魔法”で、昔のことは喋れないんじゃあ……」

「それ、外して来た」

「は?」

「いや、眠ってる間によ、俺の、意識みたいなもんの中に潜って……サーシャの“魔法”を外して来たのよ。えらく時間が経かっちまったが、まあ、なんとかなった」

「ずっと返事してくれなかったの、そういうことだったのか……」

 才人は、右手で握った操縦桿を倒した。

 遥か遠くに見えた“聖地”はもう、目と鼻の先である。

 あれが、6,000年前に“レイシフト”をして見た、“大いなる意志”の残骸であることを、才人は確信する。

 ブリミルの“生命(ライフ)”で破壊し切れなかった、“精霊石”の塊。もう1度、あれを吹き飛ばすことができれば、“風石”の大隆起を防ぐことができる……。

「デルフ、俺、考えたんだけどさ」

 才人は言った。

「なんだね、相棒?」

「ブリミルさんは、あの“聖地”を壊せなかったんじゃなくて……本当は完全な“生命”を唱えることができたのに、そうしなかったんじゃねえかな?」

 デルフリンガーが返事をするまで、しばらくの間があった。

「どうして、そう想う?」

「ブリミルさん、最期に言ってたんだよ。“自分は罪を犯した。サーシャを愛してしまった”って……それって詰まりさ、本当は“マギ族”を救うために、“聖地”を完全に吹き飛ばさなきゃいけなかったのに、最後の最後でためらっちまった。“生命”を撃つために、サーシャの命を犠牲にすることができなかった、ってことじゃねえの?」

「……かもしれねえな」

「なんだよ、歯切れが悪いな。サーシャのロックは外したんだろ?」

「いや、すまねえ。俺にも判んねえのよ。ブリミルがなにを考えてたか、なんてことはな。なんせ俺はほら、ただの剣だからよ」

 デルフリンガーは、冗談っぽく言った。

「それよりも、相棒」

「なんだよ」

「もう気付いてるんだろ?」

「なにが?」

「このままじゃ、おまえさん、死ぬぜ?」

「…………」

 才人は一瞬、黙り込んだ。それから、静かな口調で言った。

「理解ってる。だから、急ぐんじゃねえか」

 自分が死ぬということなど、才人は既に理解していた。

 “リーヴスラシル”の“運命”から解き放たれる時、それは原則、才人が死ぬ時であるといえるだろう。

 この“運命”は、基本的にはなにをしようとも変えることなどできない。

 救る方法は幾つかあるが、その1つは……“ガンダールヴ”が主人を殺すこと、である。

 6,000年前、サーシャの“ルーン”が消えたのは、そういうことである。

 サーシャに殺されること……それは、ブリミルがサーシャの命を救うために導き出した、唯一の方法であったのである。

 だが、才人がその方法を取ることは、絶対にありえない。

 才人は、(俺がルイズを殺すなんて……そんなこと、考えただけでも恐ろしい。だから――この“運命”は変わらない)と既に覚悟を決めていた。

「相棒、俺はよ、何千年も無駄に生きちまって、色んな奴を見て来た。でも、おまえさんみてえのは初めてだ」

「よせやい」

 才人は苦笑した。

「それに、無駄に生きた、なんて言うなよ。だって俺達、6,000年掛けてようやく出逢えたんだ。俺、ルイズに出逢えたのと同じくらい、おまえに出逢えて良かったと想ってるよ。ルイズに“召喚”されたのが“運命”だったんなら、あん時、俺がデルフと武器屋で出逢ったのも、きっと“運命”だろ」

「あ、相棒……お、おおおおおおう、おうおう」

「ど、どうしたんだよ? デルフ!」

 才人は慌てて言った。

「ちきしょう、6,000年も生きてると、涙脆くなって来やがった」

「剣も泣くのかよ……つうか、変な泣き方だな」

「いや、ほんとには泣かねえよ。錆びちまうよ」

「なんだそれ」

 才人は笑った。

「相棒」

「なんだよ?」

「おりゃあ、おめえさんの相棒になれて、良かったよ」

「俺もだよ、デルフ」

 

 

 

「“始祖”よ。尊き神の代弁者たる“始祖”よ。我を導く偉大な“始祖”よ。空に星を与えたまえ。人に恩寵を与えたまえ。そして我には平穏を与えたまえ……」

 空に浮かぶ巨大な“ゲート”の前で、ルイズは祈祷を唱えていた。

 ティファニア、ジョゼット、ヴィットーリオ、他の3人の“担い手”は、少し離れた場所に立ち、それぞれ“始祖の指輪”と“始祖の秘宝”を捧げ持つ。“ミョズニトニルン”であるジュリオは、ルイズと他3人の間に立ち、その能力で“始祖の秘宝”を共鳴させる。

 ジュリオの額の“ルーン”が輝くと、“始祖の香炉”、“始祖のオルゴール”、“始祖の円鏡”……そして、ルイズが手にする“始祖の祈祷書”が、目も眩む様な光を放った。

「今です、ミス・ヴァリエール。“生命(ライフ)”の“呪文”を!」

 ヴィットーリオがルイズに呼び掛ける。

 ルイズは深呼吸をすると、空に“杖”を掲げ、“呪文”を唱え始める。

「待って、ルイズ……!」

 ティファニアが、ルイズを止めようとして、駆け出した。

 その瞬間。

 ティファニアの指に嵌まっている“風のルビー”が、激しく光を放った。

「きゃあっ!?」

 それぞれの“担い手”の指に嵌められた“始祖のルビー”が共鳴する。そして、キーンと耳鳴りのような音が辺りに満ちたかと想うと、4つの“ルビー”が粉々に砕け散った。

 閃光が弾け、虚空の一点に収束し、小さな光球となった。

「嗚呼、ルイズ……」

 地面に倒れ込んだティファニアは、声を震わせた。

 最後の“虚無”が、始まってしまったのである。もう、止めることは、先ずできないといっても良いだろう……。

 ルイズは目を瞑り、“虚無”の調べを唱え始めた。

 

 

 

 “エンジン”の唸りを上げて、才人の“ゼロ戦”と“天駆ける王の玉座”は、大艦隊の犇く空域の突入した。

 展開した戦列艦の数は優に100隻を超える。

 たった2機の突破は、先ず不可能――自殺行為に想えるであろう。

 だが、“聖地”への上陸のため、艦が密集していたのは幸運であるといえるだろう。これでは“フネ”同士の距離が近過ぎて、侵入して来た敵機に対して、大砲を使用することができないのだから。

「相棒、セイヴァー、敵さんがわんさか来るぜ」

「ああ」

「露払いはこっちに任せておけ」

 才人は片手で、複雑な燃料系統を瞬時に切り替えた。“ガンダールヴ”の“ルーン”によって与えられた、ベテラン級の操縦技術が、それを可能にしている。

 現在の速度は240ノット。無数の戦列艦やガレオン船のひしめき合う空を、まるで曲芸飛行のような機動で突っ切る。翼の一部が“フネ”に少しでも接触してしまえば、木っ端微塵である。

 大型の“フネ”から、“風竜”に跨った“竜騎士”の一部隊が発艦した。

 此方の接近は、既に“使い魔”で在る鴉の哨戒網に捕捉されていたのである。

 “竜騎士”の部隊は、一斉に“エア・スピアー”の“魔法”を放った。

 圧縮された空気の塊が、雨霰となり降り注ぐ。

「くそっ!」

 才人はフットバーを踏み込み、機体を回転させ、風の槍を回避する。

 がしかし、いかに“ガンダールヴ”の操縦技術でも、完全に回避することは不可能であった。なにしろ、弾道さえ見えないのである。

 数本の槍が、“ゼロ戦”へと向かう。

「――甘いぞ」

 俺は“ロー・アイアス”を展開し、才人が操る“ゼロ戦”を守る。

「すまない、セイヴァー!」

「おまえは、ルイズの元へと向かうことだけを考えていろ」

 上下逆様の状態で、才人はフットバーを操作し、なんとか態勢を立て直す。左手は常にデルフリンガーを握った状態であるため、片手操縦である。

「相棒、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

 舌を噛み切りそうになりながら、才人はなんとか返事を返す。

 だが、その様子から、意識が朦朧としていることが判る。

 “リーヴスラシル”の“ルーン”が激しく明滅し、才人の体力を容赦なく奪って行く。デルフリンガーを手放してしまえば、才人は一瞬で意識を失うであろう。

「デルフ、あのさ……」

「おう、どうした?」

「このままじゃ、意識が保たねえ……もっと、力を注ぎ込んでくれ」

「相棒の身体が保つか判んねえぞ」

「やってくれ……このままじゃ、どのみち、ルイズのとこに行く前に墜とされてお終いだ」

「理解った」

 デルフリンガーの刀身が青く光る。

 才人の心臓がドクンと跳ね、たちまち、身体に力が流れ込んで来る。

「デルフ、おまえの方は大丈夫か?」

「ああ、まだ行けるぜ。ななって、俺は、伝説、だからな」

 デルフリンガーは軽口を叩いた。

「伝説、と“英雄”、だ。なにも怖いもんはねえ」

「そうだな」

 才人は口元に笑みを浮かべると、機体を更に加速させた。

 高度をグングンと下げた“ゼロ戦”の真上から、“竜騎士”の部隊が急降下して来る。

「4騎、上から来るぞ!」

 デルフリンガーが叫んだ。

「セイヴァーの野郎! なに、遊んでんだよ!」

 左手の“ルーン”が光る。

 才人の“ゼロ戦”は、ベテランパイロットが行う機動で、“風竜”の急降下攻撃を躱してみせた。“風竜”の速度では、レシプロ機の旋回性能に追い付くことはできない。

 戦列艦の甲板に並んだ“メイジ”の集団が、数発の“呪文”を放つ。

 才人は機体を加速させ、其の全てを振り切ろうとする。

 その瞬間、“ファイアー・ボール”が至近距離で炸裂してしまった。

 爆風の衝撃で風防が割れる。“ゼロ戦”の風防は本来、防弾ガラスではあるが、それは“アルビオン”での戦闘時に割れてしまったのである。今取り付けられているモノは、コルベールが“錬金”で造り出した硝子製の風防である。

 割れたガラスの破片が才人の頬を掠め、一筋後が頬を伝った。

 コックピットに激しい風が吹き込み、才人の顔面を叩く。

 ゴーグルのレンズが割れた。

「相棒、翼に穴が空いてるぞ!」

 デルフリンガーが叫んだ。

「知らねえよ! もう、このまま飛ぶしかねえ!」

 才人は“ゼロ戦”のスロットルを全開にした。

 フルブースト。

 一気に上昇する。

 再び、艦から、“竜騎士”を始め“メイジ”の“魔法”攻撃が“ゼロ戦”へと向かう。

「させぬ」

 俺はそう言って、“ゼロ戦”への攻撃を全て撃ち落とす。

「行け、英雄(才人)。さて……おまえ達が相手をするのは、この俺だ。今のおまえ達は、“地球”の歴史、神話と“英雄”達を相手にしていると知れ」

「く、そおおおおおおおおおお!」

 才人は目を閉じて、叫んだ。

(母さん、ごめんなさい。俺、約束、守れませんでした。母さんの所に、帰れ無く成りました。でも、俺は“地球”を救います。頑張ります、俺。だから、俺は自慢の息子ですって、褒めてください。家の息子は世界を救ったんだって、皆に自慢してください。後、俺、彼女ができました。ルイズって名前の女の子です。滅茶苦茶可愛くて、小さくて、胸も小さくて、そんで俺のことが好き過ぎる、ちょっとアレな娘です。ちょっとアレだけど、大好きな恋人です。母さん、産んでくれてありがとう。父さん、育ててくれてありがとう。さようなら)

 “ゼロ戦”は雲を突き抜けてグングンと上昇し、“聖地”の真上まで飛翔した。

 才人は、割れたゴーグルを外した。

 虚空に浮かぶ巨大な“ゲート”が見える。

 そこに映し出されている光景は、“アメリカ”軍の基地である。

 才人が昔、プラモデルで作ったことのある“F16”や、最新の“F22”などの機体も見える。

 教皇ヴィットーリオは、地上で表向き最大の戦力を保有する場所に、“ゲート”を開いたのであろう。

 そして、その“ゲート”の前に、ルイズの姿がある。

「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”」

 “杖”を真上に掲げて、ルイズは“虚無”の“ルーン”を口遊んでいる。

 その“呪文”の調べは、“爆発(エクスプロージョン)”と良く似ている。

 “生命(ライフ)”とは即ち、“最後の使い魔(リーヴスラシル)”の命を使って放つ、超特大の“爆発”のことである……。

「“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”」

 何度も唱えたその“呪文”は、既にルイズの身体の一部であるといえるだろう。

 寄せては返す波のように、繰り返される“呪文”のリズム。

 大いなる“虚無”の力が、ルイズの小さな身体に満ち溢れる。それは、1人の人間が持つには、余りにも巨大過ぎる力である。

 少しでも気を緩めてしまえば、底なしの奈落に呑み込まれてしまうほどの……。

「“ベローズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」

 空に浮かんだ光球は、徐々にその大きさを増して行く。

 地上を眩く照らすそれは、まるで小さな太陽である。

(もう少し、もう少しよ)

 “呪文”を唱えながら、ルイズは心の中で呟く。

 その鳶色の瞳は、眼の前の“ゲート”ではなく、どこか別の景色を見ていた。

「“ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル”……」

 “ルーン”の調べが完成した。

 だが、これはあくまで“爆発”の“呪文”である。

 “使い魔”の命を奪う“始祖の虚無”は、最後の一小節に、“リーヴスラシル”の命を捧げる“ルーン”を付け加えることで、初めて完成する……。

「…………」

 ルイズは目を閉じて、静かに“杖”を下ろした。

「ミス・ヴァリエール、どうしたのですか?」

 ヴィットーリオが呼び掛ける。

 だが、ルイズはそのまま、なにかを待つように、空を見上げた。

「ミス・ヴァリエール、お急ぎなさい。彼の命を救いたくはないのですか?」

「ええ、救うわ。でも、もう少しお待ちになってください、教皇聖下」

 ルイズは穏やかに微笑んだ。

「待つ? 一体、なにを待つと言うのですか?」

 余裕に満ちたヴィットーリオの表情に、初めて戸惑いの色が浮かんだ。

「私の……“ゼロの使い魔”よ」

 その時、バルルルルルルルッ、と唸るような“エンジン”音が聞こえて来た。

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