翌朝……。
鍾乳洞に造られた港の中、“ニューカッスル”から疎開する人々に混じって、才人は“イーグル号”に乗り込む為に列に並んでいた。先日拿捕した“マリー・ガラント号”にも、脱出する人々が乗り込んでいる。
「“愛しているからこそ、引かねばならない時もある”、か……」
背負ったデルフリンガーが、コソッと呟いた。喋れるように、鞘は払って紐で背中に吊るしているのである。
「言うな」
「どうしてだね?」
「お前に言われるとムカつく」
「“愛するがゆえに、知らぬふリをしなくてはならない時がある”……ねえ」
「だから言うなっつってんだろ?」
「わかったよ。相棒が言うな言うならもう言わねえ。でも、これからどーすんだね? あの娘っ子に暇を貰たのは良いが、行く宛があるのかね?」
デルフリンガーが、惚けた声で尋ねる。
「行く宛なんかあるかっつの」
「じゃあ、相棒の元いた世界に戻る方法とやらを、探すかね?」
「探して、見付かるかよ。俺はこっちの世界に知り合い1人いないんだぜ?」
才人は憮然として言った。
「ならば傭兵でもやるかね?」
「傭兵?」
「そうさ。剣1本、肩に担いで今日はこっちの戦場、明日はあっちの戦場と諸国を渡り歩くのさ。実入りは悪くねえし、暴れるのは愉しいぜ?」
才人は呟いた。
「それも悪くねえかもな」
「なあに、俺と相棒なら、並大抵の奴には遅れを取るめえよ」
「錆び錆びのくせに、威勢だけは良いだからよ」
「ひでえ。でも許す。お前は相棒だかんね。ところで相棒、この前、ちょっと思い出したことなんだが……」
「なんだよ?」
「相棒、“ガンダールヴ”とか呼ばれてたよな?」
「ああ、“伝説の使い魔”だってよ。ま、伝説が聞いて呆れる弱さだけどな。俺ってば」
「んなことねえよ。この前は相手が悪かっただけさ。して、その名前なんだが……」
「どうした?」
「いやぁ、随分昔のことでな……なんかこう、頭の隅に引っかかってるんだが……」
デルフリンガーは、ふむ、とか、ああ、とか、何度も呟いた。
「どうせなにかの勘違いだろ? つうかお前、剣じゃねえか。どの部分が頭なんだよ?」
デルフリンガーはしばらく考え込んだ後、「たぶん、柄」と言って、才人を笑わせた。
艦に乗り込む順番が、やっと才人に回って来た。
タラップを登ると、そこは流石難民船といったふうであり、ギュウギュウにヒトが詰め込まれている鮨詰め状態といえ、甲板に座り込むこともできない。
才人は舷縁に乗り出し、鍾乳洞を眺めた。
次々に乗り込んで来る人々で、船上は込み始め、才人はグイグイと押される格好になった。
その頃、“始祖ブリミル”の像が置かれた礼拝堂で、ウェールズは司祭として新郎と新婦の登場を待っている。
周りには俺とシオンの2人が席に座って彼同様に待っているだけで、他の人間はいない。皆、戦の準備で忙しいのだ。ウェールズもまた、式が終了すると、直ぐに戦の準備に駆け付けるつもりをしている。
そんなウェールズだが、今は礼装に身を包んでいる。明るい紫のマントは“王族”の象徴、そして冠った帽子には“アルビオン王家”の象徴である7色の羽が付いている。
扉が開き、ルイズとジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが現れた。
ルイズは戸惑いや自暴自棄などからか呆然と立っており、ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄った。
ワルドは、そんなルイズに今朝方「今から結婚式をするんだ」と言って、“アルビオン王家”から借り受けた新婦の冠を彼女の頭に冠せた。その新婦の冠は、“魔法”の力で半永久的に枯れることがない花が配われ、なんとも美しく、清楚な造りをしている。彼女の黒いマントを外し、“アルビオン王家”から借り受けた純白のマントを纏わせた。新婦しか身に着けることを許されぬ、乙女のマントだ。ワルドの手によって着飾られても無反応を示すルイズに、彼は肯定の意思表示として受け取り、今こうしてここにいるのである。
“始祖ブリミル”の像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並び、ワルドは一礼した。彼の格好は、いつもの“魔法衛士隊”の制服だ。
「では、式を始める」
ウェールズの声が、ルイズの耳に届く。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は“始祖ブリミル”の名に於いて、この者を敬い、“愛”し、そして妻とすることを誓いますか?」
ワルドは重々しく頷いて、“杖”を握った左手を胸の前に置いた。
「誓います」
ウェールズはニコリと笑って首肯き、今度はルイズに視線を移した。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
朗々と、ウェールズが誓いの為の詔を読み上げる。
だが、ルイズは自身の結婚式だというのに、それに相応しくない表情を浮かべていた。
同時刻……“イーグル号”の艦上。
舷縁に寄りかかっている才人の視界が一瞬、曇った。
「ん?」
「どうした? 相棒」
才人の視界が、真夏の陽炎のようにボヤけ、左目の視界が揺らぐ。
「目が変だ」
「疲れてんだよ」
デルフリンガーが、惚けた声で言った。
「新婦?」
ウェールズがルイズを見詰め、彼女は慌てて顔を上げた。
彼女は周囲を見回すと、先に座って見守っているシオンと俺とを見付けたのか視線を向けて来た。彼女の瞳は困惑や不安、寂しさなどが混じったモノになっており、そして同時に彼に助けを求めているようにも感じられる。
「緊張しているのかい? 仕方がない。初めての時は、事がなんであれ、緊張するモノだからね」
ニッコリと笑って、ウェールズは続けた。
「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は“始祖ブリミル”の名に於いて、この者を敬い、“愛”し、そして夫と……」
だが、ルイズは深く深呼吸して、ウェールズの言葉の途中、首を横に振った。
「新婦?」
「ルイズ?」
ウェールズとワルドの2人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。
ルイズは、ワルドに向き直る。そして、哀しい表情を浮かべ、再び首を横に振った。
「どうしたね、ルイズ? 気分でも悪いのかい?」
「違うの。ごめんなさい……」
「日が悪いなら、改めて……」
「そうじゃない。そうじゃない。ごめんなさい、ワルド、わたし、貴男とは結婚できない」
いきなりの展開に、ウェールズは首を傾げた。
「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「その通りでございます。御二方、そして参列してくれている2人には、大変失礼をいたすことになりますが、わたしはこの結婚を望みません」
ワルドの顔に、サッと朱が差した。
ウェールズは困ったように、首を傾げ、残念そうにワルドへと告げる。
「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続ける訳には行かぬ」
しかし、ワルドはウェールズを見向きもせず、ルイズの手を取った。
「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。君が、僕との結婚を拒む訳がない」
「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」
するとワルドは、今度はルイズの肩を掴んだ。そして、その目が吊り上がる。その表情は、普段の優しいモノなどではなく、冷たさを感じさせ、爬虫類を思わせるモノに変わった。
そして彼は、熱っぽい口調で叫んだ。
「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる! その為に君が必要なんだ!」
豹変した彼に怯えながら、ルイズは首を横に振る。
「……わたし、世界なんか要らないもの」
ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。
「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」
そのワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。
そして、その言葉が決定的に、ワルドが彼女をどう思っているのかを理解させたのである。
「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか!? 君は“始祖ブリミル”に劣らぬ、優秀な“メイジ”に成長するだろう! 君は自分で気付いていないだけだ! その才能に!」
「ワルド、貴男……」
ルイズの声が、恐怖で震えた。
“イーグル号”の艦上、才人は再び目を擦った。
「なんだよ相棒?」
「ホントに左目が変だ」
「だから疲れてんだよ」
しかし、彼の左目の視界はますます歪んでいく。
そうこうするうちに、左目は像を結んだ。
「――うわ!? なにか見える!」
才人は叫んだ。
果たしてそれは、誰かの視界だったのだから。
左目と右目が別々のモノを見ていると言って良い、異常な状況や状態に置かれているのである。
「見える……」
「なにが見えるんだ? 相棒」
「これは、たぶん、ルイズの視界だ」
才人は、いつかルイズが「“使い魔”は、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」と言っていたことを思い出した。
そして、彼の左手甲に刻まれた“ルーン”が、“武器”を握っている訳ではなにというのに、光り輝いている。
そう、これもまた“伝説の使い魔”である“ガンダールヴ”の能力の1つなのである。
ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、間に入って執りなそうとする。
「子爵……君はふられたのだ。潔く……」
が、ワルドはその手を撥ね退ける。
「黙っておれ!」
ウェールズは、彼の言葉に驚き、立ち尽くした。
ワルドはルイズの手を握った。
「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」
「わたしは、そんな、才能のある“メイジ”じゃないわ」
「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」
ルイズは彼の手を振り解こうとするが、物凄い力で握っているのだろう、振り解くことができず、彼女は苦痛に顔を歪める。
「そんな結婚、死んでも嫌よ。貴男、わたしをチッとも“愛”していないじゃない。わかったわ、貴男が愛しているのは、貴男がわたしにあると言う、ありもしない“魔法”の才能だけ。ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」
ルイズは暴れた。
ウェールズが、ワルドの肩に手を置いて、引き離そうとする。が、彼に突き飛ばされてしまう。
突き飛ばされたウェールズの顔に、赤みが奔り、立ち上がり“杖”を抜く。
シオンもまた、友人の危機に、そして兄が突き飛ばされたのを目にして、“杖”を引き抜き、ワルドへと向ける。
「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今直ぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が“魔法”の刃が君を切り裂くぞ!」
「ルイズを離して」
ワルドは、そこでやっとルイズから手を離した。そしてどこまでも優しい笑顔を浮かべる。が、その笑みは嘘に塗り固められたモノだ。
「こうまで言っても駄目かい? ルイズ、僕のルイズ」
ルイズは怒りで震えながら言った。
「嫌よ、誰が貴男と結婚なんかするもんですか」
ワルドは天を仰ぐ。
「この旅で、君の気持ちを掴む為に、随分努力したんだが……」
両手を広げて、ワルドは首を振った。
「こうなっては仕方ない。ならば目的の1つは諦めよう」
「目的?」
ルイズは首を傾げた。
ワルドは唇の端を吊り上げ、禍々しい笑みを浮かべる。
「そうだ。この旅に於ける僕の目的は4つあった。その2つは達成できたけどでも、良しとしなければな」
「達成? 2つ? どういうこと?」
ルイズ不安に慄きながら、尋ねた。
そして、シオンは“杖”を構え、彼へと向けながらジリジリと躙り寄る。彼が動いた瞬間に対応できるように。
ワルドは、右手を掲げると、人差し指を立てて見せた。
「まず1つは君だ、ルイズ。君を手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」
「当たり前じゃないの!」
次にワルドは中指を立てる。
「2つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
ルイズとシオンはハッとする。
「ワルド、貴男……」
「そして3つ目……」
ワルドの「アンリエッタの手紙」という言葉で、全てを察したウェールズが、“杖”を構え、シオンもまた同時に2人が“呪文”を“詠唱”する。
が、ワルドは“二つ名”の“閃光”のように素早く“杖”を引き抜き、“呪文”の“詠唱”を完成させた。
俺も3人の動きと同時に、駆け出してワルドから“杖”を奪おうと思った。
が――。
ワルドは、風のように身を翻らせ、ウェールズの胸を青白く光るその“杖”で貫いた。
「き、きさま……“レコン・キスタ”……」
ウェールズの口から、ドッと鮮血が溢れる。ルイズ、そしてシオンは悲鳴を上げた。
ワルドはウェールズの胸を光る“杖”で深々と抉りながら呟いた。
「3つ目……貴様の命だ。ウェールズ」
どう、とウェールズは床に崩れ落ち、シオンはそんな兄の元へと疾走り寄る。
「“貴族派”! 貴男、“アルビオン”の“貴族派”だったのね! ワルド!」
ルイズは、喚きながら怒鳴った。
そう、彼は裏切り者なのである。
「そうとも。いかにも僕は、“アルビオン”の“貴族派”――“レコン・キスタ”の一員さ」
ワルドは冷たい、感情が篭っていない声で応えた。
「どうして!? “トリステイン”の“貴族”である貴男がどうして!?」
「我々は“ハルケギニア”の将来を憂い、国境を超えて繋がった“貴族”の連盟さ。我々に国境はない」
そう言って、ワルドは再び“杖”を掲げる。
「“ハルケギニア”は我々の手で1つになり、“始祖ブリミル”の光臨させし、“聖地”を取り戻すのだ」
「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。なにが貴男を変えたの? ワルド……」
「月日と、数奇な“運命”の巡り合わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今ここで語る気にはならぬ。話せば長くなるからな」
ルイズは思い出したように“杖”を握ると、彼目がけて振ろうとする。
が、ワルドは難なく弾き飛ばし、彼女の“杖”は床を転がる。
「そして、4つ目……」
そう言って、ワルドは青白く光り輝く“杖”をシオンへと向け、振るう。
「流石に、これ以上は見過ごせないな……ワルド」
「君たち、異分子――“サーヴァント”とその“マスター”を殺すことだ……が、これも駄目そうだな」
一瞬で、俺はウェールズの元で泣き崩れているシオンの前へと移動し、間に立ち塞がる。
「救けて……」
ルイズは蒼白な顔になって、後退り、腰を落とす。
ワルドは首を横に振った。
「だから! だから共に、世界を手に入れようと言ったではないか!」
風の“魔法”の1つである“ウィンド・ブレイク”が飛ぶ。
俺は、シオンとルイズ、遺体となったウェールズを“転移”で離れさせる。ただし、短距離転移――少し、場所がズレた、横に移動して回避しただけだ。
「やはり君たちは厄介な存在だ」
「俺たちの事を知っているのか……誰に聞いたのか、それとも調べたのか……」
もう1度、ワルドは“ウィンド・ブレイク”を唱え、俺へと向けて放つ。
「嫌だ……救けて……お願い……」
ルイズは呪文のように、繰り返し言葉を続ける。
シオンの慟哭が礼拝堂に響く。
それに対し、ワルドは俺とシオン、ルイズの3人へと向けて“ライトニング・クラウド”の“呪文”を唱え、放つ。才人の左腕を焦がした、あの電撃の“呪文”である。ヒトがまともに受けてしまうと、無事では済まないだろう威力を持っている。
俺の身体は1つしかなく、思わずシオンに向けられたモノを防ぐ。
ルイズを守ることができず、彼女にそれは直撃してしまった。
痛みと衝撃、痺れなどから、ルイズは一瞬だが息を止めてしまう。彼女は幼子のように怯え、涙を流した。
「サイト! 救けて!」
もう1度ワルドは、同じ“呪文”を“詠唱”する。再び、ターゲットは3つ、いや、4つだ。泣きじゃくるシオン、怯え叫ぶルイズ、息を引き取ったウェールズ、そして俺。
“呪文”が完成し、ワルドが“杖”を振り下ろそうとしたその瞬間……。
礼拝堂の壁が轟音と共に崩れ、外から烈風が飛び込んで来た。
「貴様……」
ワルドが呟く。
壁を打ち破り、間一髪飛び込んで来た才人が、ワルドの“杖”をはっしとデルフリンガーで受け止めた。
才人はデルフリンガーを横殴りに払い、ワルドは飛びすさり回避する。
才人はルイズとシオン、ウェールズ、そして俺をチラッと横目で見た。
ルイズは失神したのか、絶叫と共に床に倒れ、ピクリとも動かない。シオンは未だウェールズに抱き着き、慟哭し、天へ咆哮するかのように泣いている。
それだけで、十分過ぎるくらいに状況などを理解したのだろう。
才人は、火のような怒りを含んだ目をして、眼光だけで殺すことができるような勢いでワルドを睨み付ける。
唇をギリッと強く噛み締め、才人は唸った。
「赦さねえ」
「なぜここがわかった? “ガンダールヴ”」
残忍な笑みを浮かべ、ワルドが嘯く。
才人は答えずに、怒りに任せてデルフリンガーを叩き付ける。が、デルフリンガーは床を砕いただけであり、ワルドは高く跳び上がって難なく回避してみせている。
「そうか、なるほど、主人の危機が眼に映ったか」
ワルドは“始祖ブリミル”の像の横に立つと、余裕の態度を見せるように腕を組んだ。
「よくもルイズを騙しやがって……シオンを……ウェールズさんを……」
才人は叫んで、剣を腰溜めにして突っ込む。が、ワルドはそれを跳んで躱し、優雅に着地した。
「目的の為には、手段を選んでおれぬのでね」
「ルイズはてめえを信じていたんだぞ! 婚約者のてめえを……幼い頃の憧れだったてめえを……」
「信じるのはそちらの勝手だ」
ワルドのその言葉には、気の所為か罪悪感などが紛れているように感じられる。だが、謝罪をすることも必要性も感じていないのか、彼は“杖”を振り、“呪文”を発した。
才人はデルフリンガーで受け止めようとするが、“ウィンド・ブレイク”が彼を吹き飛ばし、壁に打ち当たってしまい、呻きを上げた。
「どうした? “ガンダールヴ”。動きが鈍いではないか。せいぜい、僕を愉しませるんだな」
残忍な笑みを浮かべ、ワルドが嘯く。
そんな彼へと才人がまた突撃しようとする。
「待て才人。闇雲に突っ込むのは自殺行為だ」
「シオンが泣いてるんだぞ! 赦せるのかよ!?」
「当然だがそれはない。が、覚悟も策もなしに自ら死にに行くような奴を放っておくことができる訳もないだろう。まあ、そもそも識っていながらもなにもしなかった俺が悪いのだがな……」
「なら、どうするんだよ!?」
その時、デルフリンガーが叫んだ。
「思い出した!」
「なんだよてめえ、こんな時に!」
「そうか……“ガンダールヴ”か!」
「なんだよ!?」
「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜ。“ガンダールヴ”。でも忘れてた。なんせ、今から6,000年も昔の話だ」
「寝言言ってんじゃねえ!」
デルフリンガーの言葉に、叫び、返す才人。
だが、当然会話終了を待つことはなく、ワルドは“ウィンド・ブレイク”を唱え、放つ。
俺はそれを防ぎ、才人は回避しようとするが、彼はそれを喰らって派手に吹き飛んでしまう。
「懐かしいねえ。泣けるねえ。そうかぁ、いやぁ、なんか懐かしい気がしてたが、そうか。相棒、あの“ガンダールヴ”か!」
「いい加減にしろ!」
「嬉しいねえ! そう来なくっちゃいけねえ! 俺もこんな格好してる場合じゃねえ!」
叫ぶ成り、デルフリンガーの刀身が光りだす。
才人は一瞬、呆気に取られてデルフリンガーを見詰めた。
「デルフ? はい?」
再びワルドは“ウィンド・ブレイク”を唱えた。
猛る風が、俺と才人目かけて吹き荒ぶ。
俺はユックリと手を前に向け、“魔力”を放出して防ぐ。
そして、才人は、咄嗟に光り出したデルフリンガーを構えた。
それを見て、ワルドは「無駄だ! 剣では避けられないと理解っただろうが!」と叫ぶ。
が、しかし、才人を吹き飛ばすかのように思えた風が、デルフリンガーの刀身に吸い込まれて行った。
そして……。
デルフリンガーは今まさに研がれたかのように、光り輝いていた。
「デルフ? お前……」
「これがホントの俺の姿さ! 相棒! いやぁ、てんで忘れてた! そういや、飽き飽きしてた時に、てめえの身体を変えたんだった! なにせ、面白いことはありゃしねえし、つまらん連中ばっかりだったからな!」
「早く言いやがれ!」
「仕方ねえだろ。忘れたんだから。でも、安心しな相棒。ちゃちな“魔法”は全部、俺が吸い込んでやるよ! この“ガンダールヴ”の左腕、デルフリンガー様がな!」
興味深そうに、ワルドは才人が握っている剣――デルフリンガーを見詰めた。
「なるほど……やはりただの剣ではなかったようだ。この私の“ライトニング・クラウド”を軽減させた時に、気付くべきだったな」
それでも、ワルドは余裕の態度を失わない。
“杖”を構えると、薄く笑った。
「さて、ではこちらも本気を出そう。なぜ、“風”の“魔法”が最強と呼ばれるのか、その所以を教育いたそう」
俺と才人は互いに見つめ合い、首肯き合った。
そして、才人は飛びかかったが、ワルドは軽業師のように剣戟を躱しながら“呪文”を唱える。
「“ユビキタス・デル”――」
だが、そこに俺は“隕鉄の鞴”――“遥かな過去に地上に落ちた霊石”で生み出された剣――“
が、それをワルドは高く跳躍し、回避してみせ、残りの“詠唱”である「“ウィンデ”」を口にした。
すると、ワルドの身体はいきなり分身した。
1つ……2つ……3つ……4つ……本体と合わせて、5人のワルドが俺たちを取り囲む。
「分身かよ!」
「ただの分身ではない。“風のユビキタス”――“偏在”……風は偏在する。風の吹く所、どことなく彷徨い現れ、その距離は意志の力に比例する」
ワルドの分身の1体が、スッと懐から真っ白の仮面を取り出し、顔に着けた。
才人の身体が、怒りと恐怖で震える。桟橋で、彼に攻撃し、電撃を喰らわせたのは他ならぬワルドであったのだ。
「仮面の男……てめえだったのかよ……じゃあ、あのフーケを脱獄させたのも、てめえだったんだな。分身の術とは、また器用だな。おまけにどこにでも現れるってか?」
「いかにも。しかも1つ1つが意思と力を持っている。言ったろう? “風”は偏在する!」
5人のワルドが、“呪文”を唱えながら俺たちへと躍りかかる。
その“杖”が青白く光り輝く。ウェールズの胸を貫いた“呪文”――“エア・ニードル”だ。
「“杖”自体が“魔法”の渦の中心だ。その剣で吸い込むことはできぬ!」
ワルドが持つ“杖”が細かく震動している。
回転する空気の渦が、鋭利な切っ先となり、俺と才人の身体へと向かって来る。が、俺と才人はそれぞれ“
だが、相手は5人である為、捌き切れなかった才人は、腕に一撃を受け、転んでしまう。
ワルドは愉しそうに嘲笑った。
「“平民”にしてはやるではないか。流石は“伝説の使い魔”といったところか、しかし、やはりただの骨董品であるようだな。“風”の“偏在”に手も足も出ぬようではな!」
そう言って、次に俺へと目を向けるワルド。
「そして、貴様だ。“サーヴァント”……やはり貴様は今後邪魔になるだろう。今のうちに、退場して貰おうか」
「ふむ……先ほどからのその言動、“聖杯戦争”を知っているようだな」
「ふん! もちろん知っている。“始祖ブリミル”が遺されし、“水のルビー”と“炎のルビー”、“土のルビー”、“風のルビー”、“始祖の祈祷書”、“始祖の円鏡”、“始祖の香炉”、“始祖のオルゴール”……そして、万能の、願いを叶えるとされる“聖杯”。その“聖杯”を巡って、過去に何度も殺し合いがあった。“
「ふむ……」
そのワルドの言葉を聞いて、俺は首肯く。
この世界、この世界線においてはそうなっているのである。
「7人の“メイジ”が“使い魔”をそれぞれ“召喚”して殺し合い、生き残った1人が手にすることができると聞いていたが、まさかその“使い魔”がヒトとは思わなかったよ」
「それで? お前も“聖杯”を欲しているのか?」
「まさか、そんな訳ないだろう。だが、そうだな。僕は世界を手に入れる。その為に手にするのも悪くないだろうな」
そう言って笑うワルド。
会話は終了といった風に、ワルドは“杖”を振り、もう1度“エア・ニードル”を使用し、向かって来る。
「おい、伝説の剣! お前、初代“ガンダールヴ”が使ってた剣なんだろ! デルフ!」
「いかにもその通り。で、なんだね?」
「伝説っぽいこと、もっとやってくれ。このままじゃ殺される」
「光ったし、敵の“魔法”を吸い込んでやったじゃねえか」
「いや、こう、なんて言うの? 必殺技? 相手を一撃で吹っ飛ばすような……」
「んなもんねえよ。おりゃあ、剣だってのよ」
「使えねえ! なにが伝説だよ! セイヴァーが使ってる剣の方が凄いじゃねえか!」
「いやまあ、そんなこと言われてもなあ……伝説つってもその程度だって。セイヴァーのアレが可怪しいだけ」
そう才人とデルフリンガーは会話をしながら、どうにか2人のワルドからの刺突攻撃を往なしている。
ワルドたちは激しく打ち込んで来る。
「このままじゃ負けるよ! 殺されるよ!」
「ったく、情けねえ奴だなぁ!」
「どうにかできないのかよ、セイヴァー!?」
「できることはできるが、ここは狭過ぎる。派手なのは使えないし、殺すことに特化したモノばかりだしな」
そこで俺に振られ、俺は残り3人のワルドからの攻撃を往なす。
(“偏在”――“風のユビキタス”か……それが“魔力”で構成されてるなら、あれが効くか……)
その時……俺たちが戦っている15“メイル”ほど離れた所で、失神していたルイズが目を覚ました。俺たちが剣戟を行っているのを目にすると、ハッとした顔になる。
同時に、シオンは未だ嗚咽混じりではあるが泣き止み、俺たちへと目を向ける。
そして、2人同時に“杖”を掲げた。
「良いから逃げろ! 馬鹿!」
才人が叫ぶが、2人はやめない。
“ファイア・ボール”の“呪文”を“詠唱”し、“杖”を振る。
その“呪文”が、1人のワルドに打つかり、表面が爆発する。ボゴンッ! と激しい音を立て、分身のワルドが1人消滅した。
それを目にして、ルイズとシオンが呆気に取られ見つめる。
「え? 消えた? わたしの“魔法”で?」
だが、残ったワルドの1人が、呆けているルイズ、そしてシオンへと躍りかかろうとする。
才人が「逃げろ!」と叫ぶが、ルイズとシオンは迎撃しようとしているのか再び“呪文”を唱えようとする。
そんな彼女たちを、ワルドの“杖”が吹き飛ばした。
才人の目が広がり、怒りが彼の身体を震わせ、獣のような咆哮を漏らす。
「よくもルイズを……」
「馬鹿、感情に振り回されるな、才人」
シオンとルイズを吹き飛ばしたワルドが再び加わり、剣戟を加えて来る。
しかしながら、才人の動きは次第に速さを増して行く。
そんな才人からの猛烈な攻撃を受け、往なしている2人のワルドだが、彼らは少しばかり息を荒くする。
往なし、剣戟を加えながら、ワルドが才人へと問う。
「どうして死地に帰って来た? お前を蔑むルイズの為、どうして命を捨てる? “平民”の思考は理解できぬな!」
才人はデルフリンガーを振り回しながら、怒鳴った。
「じゃあなんで貴様はルイズを殺そうとした!? 婚約者だろうがよ!」
「ほほう、やはりお前、ルイズに恋していたのか? 適わぬ恋を主人に抱いたか! 滑稽なことだ! あの高慢なルイズが、貴様に振り向くことなどありえまいに! 細やかな同情を恋と勘違いしたか! 愚か者め!」
「恋なんかしてねえよ!」
才人は唇をギリッと噛んで怒鳴った。
「ただ……」
「ただ、なんだね?」
「ドキドキすんだよ!」
「なんだと?」
ワルドが戸惑った表情を浮かべた。
「ああ! 顔見てると、ドキドキすんだよね! 理由なんかどうだって良い! だからルイズは俺が守る!」
才人は絶叫した。
「良く言った才人! それでこそだ!」
俺の口角が自然と吊り上がり、3人のワルドからの剣戟を往なしながら、ニヤリとした表情を浮かべてしまう。
才人の左手甲にある“ルーン”が光る。その輝きを受け、デルフリンガーが光る。
「良いぞ! 良いぞ相棒! そう! その調子だ! 思い出したぜ! 俺の知ってる“ガンダールヴ”もそうやって力を溜めてた! 良いか相棒!」
才人の剣――デルフリンガーが、ついに1人のワルドを斬り裂き、倒す。
「なぬ?」
残ったワルドたちが、顔を歪めて呻いた。
「“ガンダールヴ”の強さは心の震えで決まる! 怒り! 悲しみ! “愛”! 喜び! なんだって良い! とにかく心を震わせな、俺の“ガンダールヴ”!」
才人はデルフリンガーを斬り上げた。
かなりのスピードが出たこともあり、間合いを読み切れなかったワルドが斬り上げられ、消滅する。
「き、貴様……」
「忘れるな! 戦うのは俺じゃねえ! 俺はただの道具に過ぎねえ!」
分身であるワルドが1人、才人へと向かう。
才人は空中高く跳び上がると、デルフリンガーを振り被る。
分身であるワルドもまた跳躍する。
「空は“風”の領域……貰ったぞ! “ガンダールヴ”!」
ワルドの“杖”が、才人の身体に伸びる。が、才人は風車のようにデルフリンガーを振り回す。
デルフリンガーが叫ぶ。
「戦うのはお前だ、“ガンダールヴ”! お前の心の震えが、俺を振る!」
次の瞬間、跳躍をして“杖”を突き出した分身のワルドが斬り裂かれた。
才人は着地をするが、疲労からだろう、よろけて、膝を突いた。
「ああ、相棒。無茶をすればそれだけ“ガンダールヴ”として動ける時間は減るぜ。なんせ、お前さんは “主人の呪文詠唱を守るだけに生み出された使い魔”だからな」
デルフリンガーが説明した。
「ほう……これは負けていられないな」
そう言って、俺は“
赤い円柱状の石版を3つ組み合わせた刀身と金色の大きな柄を持つ、黒い模様が入った突撃槍や杖に酷似した剣。3つの石版はそれぞれ“天”、“地”、“冥”を表し、それぞれが別方向に回転し、“世界”――“宇宙”を表している。世界を文字通り、斬り裂いた、天と地を分け世界を生み出した剣。
本来“投影”などできるはずもない、剣。
「そ、その、剣は……いや、杖? 剣、なのか、それは……!?」
見た目、発せられている“魔力”などなど……それら総ては場を圧倒し、支配するだけの力がある“乖離剣”を前にして、ワルドは息を呑んだ。
当然、才人とデルフリンガーもだ。
もし、これを目にすることがあれば、どの“英霊”であっても平静さを保つことは難しいだろう。
「お、おでれーた……」
「この剣はな、“世界”を、文字通り“天と地を斬り分けた”剣……かつて、剣という概念が生まれる前に生み出されたモノだ。わかるな? これは、お前たちの言う“
回転をしている刀身、その速度を加速させる。
周囲は吹き荒び、それはワルドが生み出したどの“風”よりも強く、荒々しく、そして威厳と“神秘”に満ちたモノだ。
周りの瓦礫が浮き上がる。
「まあ、目的の1つが果たせただけで良しとしよう。どの道ここには、直ぐに我が“レコン・キスタ”の大群が押し寄せる。ほら! 馬の蹄と竜の羽音が聞こえるだろう!?」
逃げ腰になりながら、ワルドがそう叫ぶ。
確かに、外から大砲の音や、“火”の“魔法”による爆発音などが遠くから聞こえる。そして、戦う“貴族”や兵士の怒号や断末魔の声がそれら轟音に入り混じっているのがわかる。
「愚かな主人共々に灰になるが良い! “ガンダールヴ”! “サーヴァント”!」
そう捨て台詞を残し、ワルドは壁に開いた穴から、飛び去った。
残された才人は、デルフリンガーを杖代わりにヨタヨタと這うように歩き、ルイズに近寄った。
俺もまた、“乖離剣エア”に申し訳無さを覚えながら消し、シオンの元へと向かう。
「ルイズ!」
才人はルイズを抱え起こす。が、彼女は目を覚まさない。
それはシオンも同様だ。
「気を失っているだけだ……」
俺の言葉を聞いて、才人はルイズの胸に耳を押し当て鼓動を確認した後に、首肯く。そして、ホッと胸を撫で下ろした。
ルイズは、シオンも、才人も、3人共ボロボロだった。彼女たち“メイジ”のマントは所々が破れ、膝と頬を擦り剥いている。
ルイズは胸の辺りで、手を硬く握っている。その下の胸ポケットのボタンが外れ、中からアンリエッタ姫殿下の手紙が顔を覗かせている。どうやら彼女は、意識を失ってもなお、この手紙だけは守るつもりでいるようである。
シオンもまた、ボロボロの状態だ。泣き疲れて眠ってしまっているのだろう。
「しかし、相棒、セイヴァー……どうするね? “イーグル号”はとっくに出港しちまったし……」
「ん?」
「ん? じゃねえよ。ほら、外の喚きが聞こえるだろう? 皇太子のいねえ王軍は、あっと言う間に負けちまったみてえだぜ? 直ぐに敵はここまでやって来るだろうよ」
才人にデルフリンガーが言う通り、怒号、爆発音は既に城の内部まで迫っている。ここに敵が押し寄せるのも、時間の問題であると言えるだろう。
才人は、ルイズをソッと椅子の上に寝かせた。
そして、守るように彼女の前に立ち塞がる。
「なにをする気だ?」
「ルイズを守る」
デルフリンガーの質問に、才人は答える。すると、デルフリンガーは、ピクピクと震えた。
「ま、それより他にすることはあるめえな。相棒は“ガンダールヴ”で、この“貴族”の娘っ子は相棒の主人だしたなあ。ま、短い付き合いだったが、楽しかったぜ。相棒」
「ふざけたこと言うんじゃねえ」
「あん?」
「俺も、ルイズも、お前も、シオンもセイヴァーも生き残る」
「王さまの演説を聞いただろうが。敵は50,000だってよ」
「関係ねえ」
才人は力を振り絞って、デルフリンガーを握り締めた。
「ふむ。たかだか50,000……相手がヒトであるのなら、“サーヴァント”である俺にはなんの問題もない。“国を相手取っても恐れはせん”」
才人と俺の言葉に、デルフリンガーの震えがますます酷くなる。
「気に入ったぜ! そうこなくっちゃいけねえ。そうだな、たかが50,000だ。散歩に出かけるみてえなもんだ!」
そうして、才人はデルフリンガーを構え、礼拝堂を睨む。いずれ現れる、敵を待ち構えて……。
だが当然、敵が来ることはなく、その時……。
ポコッと、シオンが横たわっている隣の地面が盛り上がる。
「なんだ?」
才人は地面を見詰めた。
「敵か? 下から来やがったか?」
「いや、待て才人」
デルフリンガーを振り下ろそうとする才人を、手と言葉をもって制する。
それと同時に、ボコッと床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。
その茶色の生き物は、隣のシオンと、椅子の上で横たわっているルイズを見付けると、モグモグと嬉しそうな様子を見せる。
「お前……巨大モグラのヴェルダンデじゃねえか! 確かギーシュの“使い魔”の!」
才人がそう怒鳴った時、ヴェルダンデが出て来た穴から、ヒョコッとギーシュが顔を出す。
「こら! ヴェルダンデ! お前はどこまで穴を掘る気なんだね!? 良いけど! って……」
土に塗れたギーシュは、そこで呆けたように佇む才人と、ヴェルダンデを見つめる俺、椅子に横たわったルイズ、地面に横たわっているシオンに気付き、惚けた声で言った。
「おや! 君たち! ここにいたのかね!」
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
才人は怒鳴った。
「いやなに。“土くれのフーケ”との一戦に勝利した僕たちは、寝る間も惜しんで君たちの跡を追いかけたんだ。なにせこの任務には、姫殿下の名誉が賭かっているからね」
「ここは雲の上だぞ! どうやって!?」
そう才人が問いかけた時、ギーシュの傍らから、キュルケが顔を出して答えた。
「タバサのシルフィードよ」
「キュルケ!」
才人が驚いた声を上げる。
「“アルビオン”に着いたは良いが、なにせ勝手がわからぬ異国だからね。このヴェルダンデがいきなり穴を掘り始めたんだよ。後をくっ着いて行ったら、ここに出たって訳」
ヴェルダンデはフガフガとルイズの指に光る“水のルビー”に鼻を押し付けており、ギーシュはうんうんと首肯いた。
「なるほど。“水のルビー”の匂いを追いかけて、ここまで穴を掘ったのか。僕の可愛いヴェルダンデは、なにせ、飛びっ切りの宝石が大好きだからね。“ラ・ロシェール”まで、穴を掘ってやって来たんだよ、彼は」
才人は呆れて口を開けた。
「ほう、それは凄いな。帰ったら、褒美を与えてやると良い」
「もちろんそのつもりだよ」
俺の言葉に、ギーシュは首肯いた。
「ねえ聞いて? あたし、もうちょっとであのフーケを捕まえるとこだったんだけど、逃げられちゃった。あの女ってば、“メイジ”のくせに終いにゃ走って逃げたわ。ところでダーリン、ここでなにをしているの?」
キュルケが顔に付いた土をハンカチで拭いながら、才人へと問いかける。
才人は震える声で言った。
「は、は、はは……」
「葉っぱ? 葉っぱがどうしたの?」
「話は後だ! 敵が直ぐそこまで来てるんだ! 逃げるぞ!」
「逃げるって、任務は? ワルド子爵は?」
「手紙は手に入れた! ワルドは裏切り者だった! 後は帰るだけだ!」
ギーシュの疑問に、才人は叫ぶように答える。
「なぁんだ。良くわかんないけど、もう、終わっちゃったの」
キュルケはつまらなさそうに言った、
才人は、ルイズを抱えて穴に潜ろうとする時、事切れているウェールズに目を向ける。
才人は目を閉じて、軽く黙祷した。
「おーい! なにをしてるんだね!? 早くしたまえ!」
「少しだけ待ってくれ」
ギーシュの呼びかけに、才人の代わりに俺が応える。そして、俺もまた目を閉じて黙祷をする。
「セイヴァー……」
「理解している。さっさと済ませるぞ」
才人は首肯き、アンリエッタに渡すことができそうな形見の品はないかと、ウェールズの身体を探った。
そして、“アルビオン王家”に伝わっている、“始祖ブリミル”が遺したモノの1つ――彼が指に嵌めた大粒のルビー――“風のルビー”に目が止まる。
才人は急いで、それを彼の指から外し、ポケットに収めた。
「勇敢な王子さま……貴男のことは忘れません」
才人は呟いた。
「俺は、俺が信じるモノを守り抜くことを、貴男に誓います」
才人はそう言って一礼し、穴に駆け戻った。
「勇敢な戦士、王子よ。そして、優しく強い王よ。お前たちの家族を守り抜くことを、ここに誓う……だから――」
ギーシュとキュルケに託し、先に穴の中に入ったシオンの事を想う。
俺もまた才人に続き、穴に潜る。
その直後、礼拝堂に王軍を打ち破った“貴族派”の兵士や“メイジ”が飛び込んで来た。
ヴェルダンデが掘った穴は、“アルビオン大陸”の真下に通じていた。
俺たちが穴から出ると、既にそこは雲の中だ。
そこに、落下する俺たち6人とヴェルダンデを、シルフィードが受け止める。が、ヴェルダンデは口に咥えられたので、彼は抗議の鳴き声を上げた。
「我慢しておくれ、可愛いヴェルダンデ。“トリステイン”に降りるまでの辛抱だからね」
シルフィードは、緩やかに降下して雲を抜けると、“魔法学院”を目指し、力強く羽撃いた。
才人はルイズを抱えたまま、“アルビオン大陸”を見上げた。
俺もまた、シオンを抱えたまま、見上げる。
雲と空の青の中、“アルビオン大陸”――“白の国”が遠ざかる。彼女の故郷が遠ざかって行く。
意識を失っているシオンだが、彼女の白い頬は血と土で汚れ、涙の跡が残っている。
俺はそれを拭い、目を閉じた。