ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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エピローグ

 才人達が目を開くと、そこは“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”に取り込まれる前にいた空間であった。

 ゴゴゴゴゴゴと背後から音が聞こえて来ることに気付き、才人達は後ろを振り返る。

 そこでは、“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”が崩壊を始めており、少しでも触れば簡単に瓦解してしまいそうである。

 だがそれでも、“光輝の大複合神殿《ラムセウム・テンティリス》”からはかなりの威容さと神秘性を感じさせるなにかがあり、才人達は崩れ行く“光輝の大複合神殿《ラムセウム・テンティリス》”に圧倒されていた。

 そして、同時に才人達は周囲の異常に気付いた。

 大地に疾走っていた亀裂がなくなっているのである。

「どういう、ことだ……?」

 才人達は呆然として呟いた。

「なに、実に簡単なことだ。俺が周囲の状態を巻き戻しただけに過ぎん」

 俺の其の言葉に、才人達は驚いて振り向く。

「セイ、ヴァー……!? おまえ、あの“”の中に」

「あれは、“ビースト”の俺だろ? “オルタネーター”である俺は“ビースト”である俺に殺され、“ビースト”である俺はおまえ達に斃された。そして、ここにいる俺はまた別の側面を持つ」

「別の、側面……?」

「ああ。簡単に言えばだが……“英霊”にはその逸話などからいくつもの性格や側面を持つ者がいる。そして、“サーヴァント”は基本、“英霊”が持つ一側面を分霊として降ろし、そこから更に“クラス”を与えて能力に制限をかけられたモノだ。故に」

「貴男には、“代替者(オルタネーター)”と“7つの災害の獣(ビースト)”……そして、今の貴男である3つの側面がある、と」

「その通りだ、シオン」

 シオンのその言葉に、俺は優しく首肯いた。

「では自己紹介と行こうか。俺はご存知の通り、セイヴァーだ。フール・ホフナング・ダム・セイヴァー。“救世主(セイヴァー)”の“クラス”をもって“単独顕現”した」

「“救世主(セイヴァー)”……」

「恐らく、おまえ達が俺を認めてくれたこと、そして“剪定”されるまでの間語り継がれることになったことによるモノだろうな……おまえ達の闘い、実に見事、だと言いたい。良くやってくれた」

「おまえ……」

 才人達が、静かに俺を見詰める。

 その目には、色々と複雑なモノが含まれていることが簡単に判る。

「色々と訊きたい事や言いたいことはあるだろう。だが、先ずは休息を取ることを勧める」

 俺はそう言って、“トリステイン魔法学院”を指した。

「勝手ながら、少しばかり中の空間を弄らせて貰った。ここにいる全員がリラックスできるほどの広さはあるし、設備も揃えている」

 俺はそう言って、先を歩く。

 皆もまだなにかを言いたそうにはしているものの、静かに着いて来た。

 

 

 

 “学院”の窓を始め塔などは完全に修復されている。

 そのことに、兵達は驚いてはいたが、才人達はもう驚かない様子であった。

「もうなんでもありだな。君は」

 と、ギーシュは言った。

「なんでも、とまではいかないさ。これでも“サーヴァント”だからな。制限はある」

 俺はそう苦笑しながら言った。

「さて諸君。戦いの疲れを取るが良い。食事も、このように一級品のモノばかりを揃えてある」

 俺はそう言って、食堂へと案内した。

 かつて“アルヴィ-ズの食堂”と呼ばれていたその食堂は、かなりの広さを誇り、机には“ハルケギニア”を始め“砂漠(サハラ)”などの名産物などを調理したモノが並べられている。

 そのどれもが食欲を唆り、この場にいる皆の口内を唾液で一杯にした。

 兵士達は、指揮を執っているアンリエッタとシオンや代表者であるビダーシャル達へと目を向ける。

 アンリエッタとビダーシャルはなんとも言えない様子であり、どうすれば良いのか判断しかねているようである。

 皆、当然警戒しているのであった。

「頂きましょう」

 そんな中、シオンが静かに言った。

 そのシオンの言葉に、兵達は枷が外れたかのように食事へと手を伸ばす。だがそれでも、彼等には最低限のマナーを守る程度の理性はあった。

 “ブリミル教徒”である者達は、ブリミルへの感謝の言葉を口にし、そして“エルフ”達は“大いなる意志”への感謝を示す。そして、それから食事を摂るのである。

「これは……! これほどの美味しいモノを食べたのは初めてですわ」

 アンリエッタを始め、頬張るほどに皆食事に勤しんでいる。

 美味しそうに食べる様を見、出した甲斐があったと想わせるほどである。

「なあ、セイヴァー。これほどの食べ物、どうやって用意したんだ?」

「おまえ達が“ビースト”である俺と戦っている間に、少しばかり、な。先ずは周囲の大地と“学院”を元に戻し、それから食料を出して簡単にではあるが調理した。まあ、その食料も調理道具も無断での使用なんだが……彼に知られるとどうなってしまうことか……」

 俺はそう言って、“汎ゆる原典を所有する王”と相対した時を想像する。すると、背筋にゾワッとした寒気が奔った。

「儂は別に構わんが」

「いや、とある国の王様の所有物を少しばかり拝借したものだからな……知られると首が飛ぶ、か……まあ、全力で対抗するが、いやまあ……盗人なのだから裁かれて当然、だがな」

 此処に並べられて居る食料の一部は、“ギルガメッシュ”の“宝具”で在る“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”で“バビロニアの宝物庫”から取り出した食料で在る。

 そして、それ等をまた、“バビロニアの宝物庫”から取り出した“全自動調理器”で料理したのだが。

「そんな物騒な……いや、その様子からすると本気でありえそうだから怖いな」

 才人は食べながら、俺の言動から一瞬で死んだ魚のような目をして言った。

「まあ、その時はその時だ」

 俺はできる限りそんな考えを追い出すように笑いながら言った。

「因みに、どんな調理器具なの?」

「“全自動調理器”だ。“シュメール”が誇る超古代テクノロジーで作られた、全自動お料理マシーン。“ヒュドラ”肉のような危険な食材でも問題なく調理し、至高の料理を作り出す高性能機械」

 シオンの問いに俺が答えると、才人を除いた皆が目を見開き驚いた様子を見せる。

「“ヒュドラ”って、あの“ヒュドラ”かい!? あんなのどうやって斃すのさ!?」

 ギーシュが驚愕の余り、声を荒げて問うた。

「なに、やり方なんていくらでもある。因みにだが、その“ヒュドラ”肉の調理には免許が要るぞ。なにせ、毒性が強いからな。念入りに血抜きをして内蔵を取り除けばなんの問題もないが、そこまでするのにもある程度は必要だしな」

 俺はそう言いながら、“黄金の杯”に“神代の酒”を注いでそれを呑み干し、“黄金の林檎”を生でそのまま齧る。

「さて、本題に入るか……」

 俺はそう言って、周囲に座っている皆を見回した。

 俺の周囲には、シオンやルイズと才人、デルフリンガー、タバサやティファニア、キュルケとコルベール、ギーシュとマリコルヌやレイナールとギムリを始め“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の面々、モンモランシー、シエスタ、アンリエッタ、オスマン、ビダーシャル、アリィーとルクシャナがいる。そして、タバサの側にはイルククゥとイーヴァルディ、アンリエッタの側にはアニエスが待機している。

「僕達も、良いかな?」

 そう言って、ジュリオと彼に連れられてジョゼットも来た。

「構わないとも。いや、むしろ歓迎だ。呼ぶ手間が省けたと言うものだ」

 俺は首肯いて、そう言った。

「さて、面倒な前置きなどは省いて……“聖杯戦争”に関する知識は既にあるな?」

 俺はそう言って、周囲を見渡す。

 皆、当然とばかりに首肯く。

 ジョゼットは、ジュリオからある程度は聴いていたのだろう。皆と同様に首肯いた。

「よろしい、結構だ。“この世界”に於ける“聖杯戦争”についての知識があることで説明は不要だろが、まあ復習と行こうか」

 俺はそう言って、“神代の酒”を一口呑む。そして、一泊置いた後、口を開く。

「ブリミルが遺した“秘宝”の1つ、“聖杯”……それは、“地球”で語られる“聖杯”を元にして生み出された“聖杯”を元に生み出した、レプリカの中のレプリカ……まあ、贋作だな」

「贋作、ですか……」

 俺の言葉に、皆予想も理解もできてはいるが、それでも贋作であると言われたことに、才人を除いた皆は少なからず肩を落とした。

「そうだ。“イエス・キリスト”という男が、“最後の晩餐”の際に、弟子達に“私の血である”としてワインを注ぎ、振る舞った時に使われた杯……それを参考にして、“冬木”と呼ばれる土地で生み出された“汎ゆる願いを叶える器”……その“冬木”での“聖杯”を参考にして生み出したのが、“ハルケギニアの聖杯”だ。まあ、その“最後の晩餐”にして使用されたそれも、別の“願いを叶える大釜”を元にしたとされているがな」

「おまえなら、本当かどうか、真実かどうか判るんじゃないのか?」

「当然、識っているとも。が、口にはしない。さて、話を戻そう。その“冬木の聖杯”だが……先ず、“サーヴァント”は“位が高過ぎて人間が使役するには不可能な存在”だ。故に、その“サーヴァント”を“召喚”と使役と言う奇跡の一旦を可能にしているのだから、規格外の“魔術礼装”とでも言え、それ故に“聖杯”として成り立っている」

「それをどう、模倣した?」

「簡単に言えば、ブリミルや俺は観たんだよ。その製造工程を、造りを」

 ビダーシャルの問いに俺は答えたが、やはり皆理解らないようであり、首を傾げる者もいる。

「観た?」

「そうだ。“千里眼”と言ってな、“ランク”にもよるが、ある程度の過去や未来、平行世界を観測することなどができるのさ。まあ、それでも、どれができるのか、どの程度できるのかは個人差はありはするが」

「あんたはどうなのよ?」

 ルイズが訊いて来た。

「俺か? 俺は、“根源”とも繋がっているからな……故に、そのどれもが可能だ。意識さえ向ければ、完璧に熟すことができる」

「反則じゃない」

 そんな俺の言葉に、キュルケは唇を尖らせて言った。

「そうだな。故に、俺は自身にルールを課した。“召喚及び顕現した際のみ、未来を観測する”、“それ以外で使用する場合、一定の期間内での確認のみとする”と。そして、その見る範囲は“自身と周囲の関係者が死亡するまで、または、聖杯戦争などが終決して問題が解決するまでの間”だけだとな。ああ、因みにだが、ブリミルも俺と同じ“接続者”だ」

「そうなのかい?」

 ジュリオが訊いて来た。

 彼の口調や表情はいつもと変わらないように見えるが、慣れ親しんだ者や観察眼に優れた者からすると周囲の皆と変わらずかなり驚いていることが判るだろう。

「そうだ。だがまあ、俺ほど“ランク”は高くないがな。また脱線してしまったな。その“聖杯”についてだが、造られた理由は、“虚無”の代替用品みたいなもんだ」

「それって……」

「もし、“虚無”による解決が為されず、“大隆起”が起こってしまうとすれば……“聖地”にある“精霊石”の塊をどうにもできなかったのであればどうするか……」

「それをどうにかするために、“聖杯”を。ということか」

 コルベールの言葉に、俺は首肯く。

「“聖杯”は言ってみれば“万能の願望機”だ。“サーヴァント”の“魂”がある程度貯めることで“願望機”と為し、それを使用してどうにかしようとしたのさ」

「なあセイヴァー。なら、どうしてブリミルさんは、それを使わなかったんだ? どうして、“生命(ライフ)”で吹き飛ばすなんて強硬手段に出たのさ?」

「造ったばかりだったということもあるな。“聖杯”を起動するだけの“魔力”がなかったのさ」

 俺はそう言って、“黄金の林檎”を齧る。

 他の皆も、食事を摂りながら話を聴いたり、質問をして来たりしていた。

「で、だ……その“聖杯”がどうしたんだ?」

「ああ、その話をしたかったがために復習していたんだったな。さて、“召喚”される“サーヴァント”は“願い”を持っており、“聖杯”でどれを叶えるために喚び出されるのだが……イーヴァルディ、おまえの願いはなんだ?」

「そうだね。僕の願いは既に叶っているよ。怯えている人の中の勇者(勇気)を振り起す。勇気ある者達の後押しをする。それだけだよ」

 俺の言葉に、イーヴァルディは好い笑顔で答えた。

「流石は“イーヴァルディの勇者”、だな……真っ直ぐ過ぎるよ」

 俺はそう言って、“神代の酒”を口に含む。

 周囲からは、ワイワイとした声が響いており、兵達が種族差を超えて笑い合うことができていることが判る。

 彼等はつい少し前までは憎み合うことや恐れ合っていた仲である。が、こうして少しでも協力し合う必要がある状況に陥り、実行に移したことで、互いのことを少しではあるが理解することができた。結果、こうして手を取り合い、笑い合い、談笑することができているのである。

 そもそもの話、誰も憎み合うことや恐れ合うこと、殺し合うことなど皆最初から望んでなどいないのである。そうしたことをせざるをえないのは、それだけの理由や原因などがあるだけである。

 こうして互いのことを少しでも理解り合うことができた今、誤解や齟齬などはあろうとも、それでも共存への一歩を踏み出すことができることだけは確かである。

「何故、イーヴァルディの願いを?」

 それまで黙っていたタバサが口を開き、問うた。

「簡単なことだ。本来の“聖杯戦争”では願いを叶えるために7人の“魔術師”は殺し合う。そして、“サーヴァント”もまた願いを持ち、それを叶えるために“召喚”に応じるのだからな」

「なら、おまえの願いはなんだよ?」

 説明をする俺に、才人は問うて来た。

「俺の願いか? そうだな……」

 

 

 

 

 

 世界が滅びかねないほどの戦いが終局し、1日が経った。

 “トリステイン魔法学院”と呼ばれていた建物の中は、戦に勝利したと戦後の雰囲気そのものであり、そこかしこで呑んでは食っての騒ぎである。

 だがそんな中、女王であるアンリエッタやシオンは当然浮かない顔をしていた。

 先日の戦いで世界中で異常気象が起きたのである。

 国民が不安を抱えていることや諸国への対応などを始め、色々とするべきことが多過ぎるのであった。

「さて、シオン、アンリエッタ。少しばかり付き合ってくれ。行きたい場所がある」

 顔を見合わせて悩んでいる2人に、俺は声を掛ける。

「行きたい場所、ですか?」

 アンリエッタの問いに、俺は首肯く。

「そうだ。“世界樹”に、な」

「どうしてそのような場所に?」

 アンリエッタは訳が理解らないといった様子で言った。

 だが、シオンの方は俺の目的に気付いた様子であり、アンリエッタに対して意地の悪い笑みを浮かべて黙っている。

「おまえにも、シオンにも、そしてこの世界に関係のあるモノがそこにはある」

「そのようなモノが!? 一体、それは……」

 アンリエッタはそこまで言うと、気付き、ハッとした。

「なるほど、そういうことですか。理解りました。ですが、移動手段はどのように? 我々の“フネ”はいずれもあの迷宮などに潰されてしまったので」

「その心配はない。こちらで用意するからな」

 アンリエッタの疑問に、俺は笑顔で答えた。

 

 

 

 かつて“アウストリの広場”と呼ばれた場所は、色取り取りの花々が咲き誇っている。

 その中央に大きな艦が鎮座している。

 その艦の全体は、太陽と見紛うほどの輝きを発している。

 そして、その甲板ではいつものメンバー……才人とルイズ、ティファニア、シエスタ、タバサ、キュルケ、ギーシュ、マリコルヌ、レイナール、ギムリ、コルベール、シルフィード、イーヴァルディ、他“水精霊騎士隊”の面々が待機していた。

 そして、ジュリオとジョゼットもまたい。彼等も関係者であるため、誘ったのである。

「お待たせ」

「それでこれに乗って今から行くのよね?」

 ルイズの問いに、俺は首肯く。

「そうだ。この“闇夜の太陽船(メセケテット)”に乗って行く」

「凄いな……凄い。最早、言葉が出て来ないよ、セイヴァー君!」

 コルベールはかなり興奮した様子で、俺へと詰め寄り、言った。

「それはそうでしょう。この“宝具”は、あの“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”を所有する“オジマンディアス”のもう1つの“宝具”……“太陽神ラーが復活する王を運ぶ船”……“王が空を翔ける時に使った船”だからな」

 アンリエッタとシオン、そしてアンリエッタの護衛として“銃士隊”隊長であるアニエスの3人が乗ったことを確認すると、俺は“闇夜の太陽船(メセケテット)”を浮遊させる。

 “闇夜の太陽船(メセケテット)”はその船体の輝きをより増し、太陽と同等の灼熱を周囲に発しながら移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリステイン”が軍の“フネ”を利用する時に使用している“世界樹”へと到着し、“闇夜の太陽船(メセケテット)”は静かに着陸をした。

「さて、着いて来ると良い」

 俺はそう言って、先に進む。

 皆が着いて来たのを確認すると、“世界樹”の地面と接して居る部分に大きな穴が空いた。

「――こ、これは……!?」

「驚くのはまだ早い。さあ、中に入るぞ」

 中に入ると、そこは大きな空洞であった。

 “世界樹”の中を刳り貫いて使用しているのだから当然であろう。

 そして地面には、皆を驚愕させるモノが在った。

「こ、こんなモノが、ここに……」

 皆空いた口が閉じないでいた。

 そこには、大きな“魔法陣が”あった。

 “ハルケギニア”全土を“聖杯降臨に適した霊地に整えていく機能を持つ、超抜級の魔術炉心”。

 それは、この“ハルケギニア”はもちろん、“地球”でもそう簡単には造り出すことなど、再現することなどできるはずもない代物である。

「これが……」

 イーヴァルディは圧倒され、呟いた。

 今のイーヴァルディは、厳密にいえば“サーヴァント”ではない。確かに、“サーヴァント”として喚び出され、それに応え、“エーテル”で編まれた身体を持っていた。が、今の身体は物質化している。

「そう。これが“聖杯”……いや、“大聖杯”だ。まあ、脱落した“サーヴァント”の“魂”を貯めておく“少聖杯”の機能もあるんだがな。嗚呼、本当に久しぶりだな、2人共……」

 俺はそう言って、“大聖杯”である“魔法陣”の真ん中へとユックリと歩んだ。

「そうだ。この“魔法陣”はな、ある2人の“魔術回路()”を拡張と増幅させたモノなんだ……」

「その2人って……?」

 シオンが疑問を口にしたのを聞き、一泊置いて俺は口を開く。

「初代“ヴィンダールヴ”と初代“ミョズニトニルン”……」

 俺のその言葉に、ジュリオは息を呑んだ。

「そう。おまえの大先輩だよ、ジュリオ」

 俺は柔らかな笑みを浮かべ、ジュリオに言った。

「ど、どうしてそんな偉大な方達が、こんな姿に……?」

 ギーシュは声を震わせて言った。

「なに、簡単だ。“聖杯”を組むため、だ」

「どんな人だったんだ?」

 デルフリンガーは、懐かしむように震えており、黙り込んでいる。

 才人の問いに、俺は静かに答える。

「初代“ヴィンダールヴ”はとても優しい奴だったよ。初代“ミョズニトニルン”は頭が良い、聡い奴だった……ああ、本当に、久しぶりだ……」

「セイヴァー、貴男、泣いてるの……?」

「ああ、そう、だな……」

 シオンの言葉で、俺はようやく自分が泣いているということに気付いた。

 胸が熱い。

 2人と久しぶりに逢うことができたということだけではない。

 自身の“聖杯”に賭ける願い、それにようやく気付いたのだから。

(なるほど、な……俺の願い……望み……既に叶っていたんだな……)

 実に簡単で、シンプルな願いであった。

 別に、これほどまでに強い力などは必要なかったのである。

 ただ、自分が見聞きしたことや体験した事で感じたことなどを、悩んでいる者や苦しんでいる者達に伝え、そして踏み出す勇気などを与えたい。

 たた、それだけのことであったのだから。

「ああ、感謝するよ。2人共……おまえ達のおかげで気付くことができた」

 俺は初代“ヴィンダールヴ”と初代“ミョズニトニルン”の2人に、誰にも聞こえぬほどの小さな声で言った。

「この2人……初代“ヴィンダールヴ”と初代“ミョズニトニルン”は自ら志願したんだ。“聖杯”の“魔法陣”となることを……この未来のために」

 誰にも訊かれてなどいないが、俺は自然と口を開いて説明を始めていた。

「“ミョズニトニルン”は“英霊の座”と繋がる方法を探し、それを実行。そして、“マスター”に相応しい者達を“マギ族”の血を引く者達の中から選抜し、“聖遺物”などの“触媒”がない場合は相性の良い“英霊”を“サーヴァント”とする。そして “ヴィンダールヴ”は、“マスター”候補達に“令呪”を与え、“マスター”だけでは補えない分の“サーヴァント”が“現界”し続けるための“魔力”を用意し与える」

「詰まり、2人だからこそ“聖杯”として機能しているのね」

「ああ。まあ、参考にした“冬木の聖杯”はたった1人の“魔術回路”を拡張及び増幅させて完成したがな。さて、解体しようか」

 俺は、ルイズの問いに答える。

 そして、次に俺の口から出た言葉に、皆は驚いた。

「どうして、そんなことを?」

「当然、だろう。もう必要がないからだ」

「いや、必要ないからって……初代“ヴィンダールヴ”と初代“ミョズニトニルン”の2人がそこにいるんだろう?」

「ああ、そうだな」

「なら……」

 俺の代わりに取り乱したかのように言って来る皆に、俺は努めて平静に、言葉を選び、口を開く。

「なにか勘違いしているようだがな……2人は、このことを了承済みなんだ。“大隆起”を防ぐことができた後、2度と起きないとうにできた後に解体――楽にしてくれ、と」

「そんな……」

「本当だ。なあ、デルフ」

「ああ、そうさな」

 俺の確認に、デルフリンガーは力なく答えた。

「嘘、だろ……」

「嘘なモノか……命を奪うことに近い行為ではあるが、これは介錯のようなモノだ。それにな……これがあり続けると、2人はただ機械的にこれからも働き続けることになる。そしてまた“聖杯戦争”が起きてしまう。そうすると、どうなる? 今ここにいる俺達のように話でどうにかできるのであればなんら問題はないが、アヴェンジャーみたいな奴が“召喚”されたら……」

「…………」

 俺のその言葉に、皆は黙り込んだ。黙り込まざるをえなかったのである。

 俺は皆が黙ったのを確認すると、“魔法陣”の中心へと目を向ける。

「これまでご苦労だった。少しばかりだが、労いの言葉を贈らせて貰う。お疲れ様、そしてありがとう……」

 俺はそう言って、皆が反対する言葉を出せないでいる間に、強制的に“聖杯”の解体を開始した。

 “聖杯”として成り立たせている“魔法陣”から光が失せる際、ふと、2人から俺達へと向けられた感謝と労いの言葉が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ラド(9)”の月の“第四(テイワズ)”の週、“第六曜日(イング)”。

 “聖地”の消滅と“エンシェント・ドラゴン”と“アヴェンジャー”、そして“災害の獣(ビースト)”の討滅、そして“聖杯”の解体から9日後のことである。

 “トリステイン魔法研究所(アカデミー)”と“アルビオン魔法研究所(アカデミー)”による共同調査の結果、“風石”の異様な成長が止まり、“大隆起”が起こることはないということが正式に確認された。エレオノールの話では、少なくとも、今後、数万年は“風石”が暴走する心配はないだろう、ということである。

 事実、“大隆起”はこの世界に於いてはもう二度と起きない。

 だが、それは世界の延命が成功しただけである。

 目指すべき目的地を失ってしまった“聖地回復連合軍”は、結果急速に結束力を失い、失意のうちに帰路に着いた。

 一方、“エンシェント・ドラゴン”を討伐した連合軍に参加した者達は、活き活きとしていた。同時に、何故生きているのだろう、という疑問もまた覚えていた。

 連日の強行軍と、慣れぬ異国の地への遠征、そして世界の滅亡の危機などにより、“ハルケギニア”の兵士達は激しく疲弊していた。無益な戦争に駆り出された諸侯の中には不満を抱く者も多くいたが、特に新興国“ゲルマニア”では、本国での大規模な反乱が勃発してしまい、アルブレヒト3世はその鎮圧に追われることになってしまった。

 “ロマリア”の権威は失墜し、ヴィットーリオが戦死したこともあり、“宗教庁”は早急に新教皇を決定する“教皇選挙(コンクラーヴェ)”の開催を決定した。

 ここに“聖戦”は集結し、一時的にとはいえ、世界の滅亡から救われたのである。

 国が乱れ、“宗教庁”の権威が失墜したさなか、混迷に陥る“ハルケギニア”の民の心に希望を齎もたらしたのは“聖女”と3人の女王の存在であった。“始祖”の“虚無”により、世界を救った“聖女”とその“使い魔”、そして2人を支援した3人の若き女王は、今や“ハルケギニア”の民全てにとっての希望であるといえるだろう。

 それから、7日後……“ケン(10)”の月の“第一週(フレイヤ)”、“第5曜日(ラーグ)”。

 才人とルイズの婚礼は、俺が知る“原作”通りに、本人達立っての希望で、ルイズが最初に才人を“召喚”した“トリステイン魔法学院”の“アウストリの広場”で開かれることになった。

 窓から見える広場には、続々と列席者が集まっているのが見える。

 寮の自室で、ルイズはシエスタに手伝って貰い、ドレスの着付けをしていた。

 婚礼のドレスは、“貴族”の仕来り通り純白である。

「胸に、詰め物をした方が好いかしらね?」

 と、自身の控えめな胸を見下ろして、ルイズは溜め息を吐いた。

「大丈夫です。良くお似合いですよ、ミス・ヴァリエール」

 コルセットの帯を締めながら、シエスタが言った。

「そ、そうかしら?」

「はい、きっと、サイトさんもイチコロです」

 シエスタはニコッと微笑んだ。

「ミス・ヴァリエールのお胸は、まるで、故郷の“タルブ”の大平原のようですわ」

「シエスタ、あんたも、気の利いたお世辞を言えるようになったのね」

 ルイズは上機嫌になった。

 ルイズは“タルブ”の村のことを余り知らないので、(きっと風光明媚な場所なのね)と想った。

「でも、良くお家のお許しが出ましたね」

「まあね。そりゃもう、大変だったわ」

 実家に結婚の報告に行った時の事を想い出し、ルイズは頭を抱えた。

 プロポーズの翌日、才人とルイズは俺とシオンを連れて4人で、ルイズの実家であるヴァリエール公爵領に行ったのである。

 2人の結婚を認めて貰うため、なんとか両親を説得しようとしたルイズ達で在ったが、ラ・ヴァリエール公爵は、頑なとして聴き入れる事は無かった。

 才人は、屋敷の庭で公爵に散々打ちのめされてしまった。“ガンダールヴ”としての力はここ数日で急速に失われつつあり、また、“シールダー”としての力は“聖杯”を解体したことで完全に失われてしまっている、そういったこともあって、才人は、死んでしまうのではと想えるほどにボコボコにされてしまったのであった。

 しかし、意外なことに、2人の結婚に味方をしたのは、エレオノールであった。

 エレオノールは、才人が“平民”ではなく、爵位を持った立派な“貴族”であること、“ハルケギニア”の“英雄”であるということを語り、公爵を見事に説き伏せてみせたのである。

 これには、“聖地”からの帰還後、アンリエッタが才人に正式な子爵の爵位を与えたということも大きく影響しているといえるだろう。“平民”としては異例の大出世であり、というよりも、“トリステイン”史上、そのように出世をした人物は誰1人としていなかったのである。

 そういったこともあり、エレオノールとカトレアの2人が味方をしたおかげで、どうにかこうにか、父である公爵を説き伏せることができるのであった。

「はあ、“貴族”の方も大変ですねえ」

「認めてくれなかったら、駆け落ちするつもりだったわ」

 ルイズは言った。

「その時は、私も連れて行ってくださいね」

「駄目に決まってるでしょ」

「ケチ」

「あんたねえ……」

 ルイズはシエスタを睨んだ。

「でも、約束は守ってくださいね」

「約束?」

「一週間に3日、サイトさんを貸してくださる約束です」

「なに言ってるの、2日よ、2日」

「あ、2日は良いんですね」

「え? だ、駄目よ、駄目!」その時、ヘレンが部屋に入って来た。

「御準備はよろしいですか、皆様お待ちですよ」

 

 

 

 婚礼のスーツを着た才人は、“始祖ブリミル”像の前で、花嫁であるルイズを待っていた。

 “アウストリの広場”には、元々生えていたモノに加え、“土”の“メイジ”達が作り出した美しい花々が咲き乱れ、コルベール特性の“魔法”の花火が打ち上がった。

 婚儀にはアンリエッタ女王やシオンも参列している。女王が婚儀に参列するなど、余程格式の高い“貴族”でなければありあねいことであるために、“学院”の生徒達は大いに賑わった。況してや、“トリステイン”の爵位持ちが結婚するというのに、他国――“アルビオン”女王であるシオンもいるのだから、前代未聞とさえもいえるであろう。

「……で、なんで神父がおまえなんだよ? 不良神官」

 才人は小声で、ブリミル像の前に立つジュリオに話し掛けた。

「まあまあ、僕にも君達の門出を祝わせてくれよ」

 ジュリオは悪怯れもせずに言った。

「ったく、しょうがねえな……」

 ジュリオには助けて貰った借りなどもあるため、才人は強く言えなかった。

「つうか、おまえの方こそ良いのかよ? おまえ達の計画を潰しちまったし、教皇は死んじまったし、ジョゼット……彼女がいるだろ?」

「結果として、“ハルケギニア”は救われたんだから今はそれで良いさ。それに、もう少しすれば、彼女もここに来て、婚儀に参列するよ」

 一瞬、ジュリオは悲しげな顔をしたが、直ぐにいつもの笑顔を浮かべてみせた。

「おまえ、なあ……」

 才人はなにか言い返そうとしたが、(結局、教皇もこいつも、セイヴァーの野郎も、“ハルケギニア”のことを考えてしたことに、変わりはないんだろうな……それに、今日はめでたい席だしな……)と想い、やめた。

「赦した訳じゃねえ。でも、今日は忘れるよ」

 鐘が鳴り響き、ラ・ヴァリエール公爵がルイズの手を引いて、広場に現れた。

 才人は想わず、息を呑んだ。

 純白のドレスで着飾ったルイズは、物凄く綺麗だったためだ。

「ルイズ、凄く綺麗だ」

「ありがとう。サイトも素敵よ」

 ルイズはニコッと、天使の様に微笑んだ。

 2人は誓いの言葉を口にして、口吻を交わし合った。

 祝福の拍手は、いつまでも鳴りやまなかった。

 花吹雪の舞う広場を歩きながら、才人は胸元に手を添えた。

「いやあ、これで相棒も嬢ちゃんも夫婦かあ。ブリミルとサーシャができなかったことをやっちまったんだなあ……長いようで短い時間でこれだけの仲になっちまうとはなあ。おでれえた、いや、めでてえな」

「そうだな。今日はめでたい日だ」

 俺に握られているデルフリンガーはそう言って、オイオイと泣き始めた。

 俺はデルフリンガーの言葉に同意した。

 

 

 

 婚礼の儀が無事に終わると、宴会が始まった。

 オスマンが広場の前に立つと、列席者の間から疎らな拍手が飛んだ。

「あー、このたび、ミス・ヴァリエールとシュヴァリエ・サイトの両人は、めでたく結婚する運びとなった。これはめでた度い、実にめでたいことじゃ」

 オスマンは広場を見回して、うむ、と首肯いた。

「先の“聖戦”の折、2人は共に手を携えて、世界を救った」

 この世界での“聖戦”は、“原作”のモノとは違う意味を含む言葉になってしまった。

 海の底にあった“聖地”での戦い、“エンシェント・ドラゴン”の討伐、アヴェンジャーとの戦闘、“ビースト”との闘争……それ等全てを引っ括め、“聖戦”と呼ばれることになったのである。

「皆と手を取り合い、そして世界を救ったのじゃ。世界を救ったということは、詰まり、遍く女性の臀部を救ったということじゃ。もし2人の活躍がなければ、今頃儂は、女性の臀部を愛でることもできなかったじゃろう……」

「オールド・オスマン、もう、その辺りで……」

 会場の雰囲気を察したコルベールが、小声で言った。

 そんな2人のやりとりに、俺は想わず笑みを零す。

「うむ、そうか?」

 オスマンはコホンと咳払いをして、ワインの杯を掲げた。

「あー、兎も角じゃ、今日は世界を救った“英雄”と“聖女”の、めでたき婚礼。大いに呑み、大いに食べ、2人の門出を祝福しようではないか!」

 最後は、大きな歓声が上がり、宴会が幕を開けた。

 広場の真ん中にはワインの樽が置かれ、参列者の各テーブルには、“学院”のコック長であるマルトーが腕を振るった豪勢な料理が並んでいる。それ等の材料やワインなどは、俺が“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”を用いて、勝手に取り出したモノである。

 また、“学院”の給仕だけでは人手が足りないため、招待客である“魅惑の妖精亭”のジェシカを始め妖精さん達が手伝っている。

 “水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の少年達は、上等のワインでスッカリ酔いつぶれてしまっている様子である。が、それも無理はないことである。なにしろ、彼等は、このたびの働きにより、アンリエッタ女王とシオンより、1人につきそれぞえr5,000“エキュー”の恩賞、そして“トリステイン”と“アルビオン”で最も名誉ある“聖ブリミル大勲章”を賜ったのだから。ギーシュ、マリコルヌ、ギムリ、レイナール、エイドリアン、アルセーヌ、ガストン、ヴィクトル、ポール、エルネスト、オスカル、カジミール……隊士の全員が、一躍時の人になったのである。

 そんな少年達の元に“魅惑の妖精亭”の“妖精”達が群がった。

「あら、可愛い坊や、今日はサービスしちゃうわよ」

 今や“水精霊騎士隊”の少年達は、勇敢な救出作戦に関わり、神話の再現とでもいえる戦いを目の当たりにした“英雄”の一員である。“学院”の女子だけではなく、“トリステイン”中の女の子達の憧れの的であるのだから。

 少年達が良い気分にあんっていると、そこへ、野太い声が掛かった。

「んんん~~~トレビアンな男の子ね、ドンドン食べなさい」

「げっ!」

 店主のスカロンの登場に、ギムリ達は呑んでいた酒を吐き出してしまった。

 そんな仲間達の様子を見ながら、ギーシュはチビチビとワインを呷っていた。

「と、ところで、モンモランシー」

「なによ?」

 先程からも、モンモランシーはずっと不機嫌であった。ギーシュが、女の子にモテているのが気に喰わないのである。

「其の、ぼ、僕達も、もう直ぐだと、想わないかね?」

「……え?」

 ギーシュのその言葉に、モンモランシーはドキッとした。

「ぼ、僕も、もう立派な騎士(シュヴァリエ)だ。だからね、その、君と、け、結婚など……」

「……け、結婚? え? え?」

 モンモランシーは、(どうしよう……私、プロポーズされちゃった?)と口元を押さえた。そして、(ルイズも結婚したんだし、それに、ギーシュはもう、昔のギーシュとは違う。今の彼は、女王陛下の立派な騎士なのよね)と想った。

「ギ、ギーシュ、私も……」

「おい、見たまえギーシュ、“魅惑の妖精亭”に凄い可愛娘ちゃんがいるぞ」

「な、なに、それは本当かね!?」

 ギーシュの首がグルンと回る。

 モンモランシーは、ギーシュの靴を思いっ切り踏み付けた。

 

 

 

「あいつ等、もう酔っ払ってやがる」

「もう、恥ずかしいんだから……」

 才人とルイズは、ルイズの2人の姉達のテーブルへと挨拶に訪れた。

「ふん、馬子にも衣装ね」

 エレオノールは、才人をジロジロ睨み、品評するかのように言った。

「そ、その節はどうも……」

 才人が怯えながら頭を下げると、エレオノールはフンと目を逸らした。

 エレオノールはどうにも不機嫌であった。ルイズがエレオノールに投げたブーケを、よりによって、マリコルヌがキャッチしてしまったのだから。怒り狂ったエレオノールはマリコルヌを罵り、散々に踏み付けた。マリコルヌは幸せそうではあったが……。

 そんなマリコルヌのことを想い出し、(ひょっとしてあいつ、怒らせるためにわざとやったんじゃ)と才人は想った。

「ルイズ、そのドレス姿、とても綺麗よ」

 カトレアがフワリと笑った。

 そんなカトレアを前に、才人は、(相変わらず美人だなあ)と想った。

「ちい姉様、ありがとう」

「貴女も、良く似合っているわ」

 カトレアはニコッと微笑み、才人に言った。

「ど、どうも……」

 才人は照れて頭を掻いた。

「そう言えば、カトレアさん、身体の方は大丈夫なんですか?」

「ええ、セイヴァーさんや貴女達の持って来てくれた、お薬のおかげでね」

 カトレアの身体は、“魔法”でも治すことができない難病に侵されていた。

 俺が治療を行っていたこともあり、良い方向へと向かっていた。そして、それを聞いたルクシャナが、叔父で在るビダーシャルが作った“エルフ”の秘薬を手土産に持たせたため、それを処方した。結果、“エルフ”の薬の効果は絶大であり、治り掛けていたところ、“魔法”を使用しても発作が起きることはなくなり、病状は見る見るうちに良くなったのである。完全に他の人達となんら変わることのない身体になったといえるだろう。

 カトレアは、才人の目を見詰めて言った。

「ねえ貴男、“貴族”の条件、覚えてる?」

「はい」

 才人は首肯いた。

 前に、才人はカトレアと話したことがあったのである。

 “貴族”の条件は、“魔法”を使えるかどうかではない。

 カトレアが「“貴族”の条件はただ1つだけ。御姫様も命懸けで守る、それだけよ」と教えたことを、才人はしっかりと覚えていた。

「貴男は、立派な“貴族”だわ」

 カトレアは優しく微笑んだ。

 才人は思わず、泣きそうになってしまった。

 実の姉のようなカトレアに認められたとことは、才人にとって、なによりも嬉しいことえであったためだ。

「ちびルイズ、私より先に結婚するなんて、生意気よ」

「いだだだだ、姉様、いだいわ……」

 エレオノールは、そんな才人とカトレアの間の雰囲気に耐えられず、ルイズの耳を引っ張った。

 そんな仲の良い姉妹の姿を見て、才人の心にふと言い知れぬ寂しさが生まれた。

「どうしたの? サイト?」

「ん、なんでもないよ」

 尋ねるルイズに、才人は首を横に振った。

「そう言えば、公爵は?」

「お父様なら、あそこにいるわ」

 エレオノールが、広場の隅を指さした。

 そのテーブルでは、3人組の男達が管を巻き、ルイズの母カリーヌはスッカリ泥酔してしまったラ・ヴァリエール公爵を介抱していた。

「昔の、“魔法衛士隊”だそうよ」

 

 

 

 皆がワインや食事を愉しんでいる頃、タバサは木陰で本を読んでいた。

「おちび、ケーキを持って来たのね、きゅいきゅい」

「…………」

 タバサはシルフィードの運んで来たケーキを、パクっと口に放り込む。

 それから、また本に目を落とした。

「なにを読んでるのね、きゅい?」

 シルフィードは、タバサが読んでいる本を覗き込んだ。

 タバサが読んでいるのは、“トリステイン”の城下で話題に上がっている政治学の本であった。

 実は先日、タバサの故郷である“ガリア”で、一悶着があったのである。なんと、女王であるジョゼットが、ジュリオと一緒になるために、王冠を返却してしまったのであった。当然王宮は大混乱に陥り、タバサに救いを求めて来た。最初こそ戸惑ったタバサであったが、旧くから仕える家臣達に懇願され、結局は、折れることになったのである。そんなこんなで、タバサは再び、“ガリア”の王冠を冠ることになったのであった。もっとも、ジョゼットとタバサの入れ替わりは、一部の者しか知らぬことであるために、今のところは余り面倒なことは起きてはいなかったのだが……。

 そんなタバサの元に、キュルケがやって来た。

 キュルケは悪戯っぽく微笑むと、親友の耳元で囁く。

「ねえ、ホントに良いの? 今なら、まだ間に合うかもしれないわよ?」

 タバサは本から顔を上げた。視線の先には、幸せそうな才人とルイズの姿がある。

 そんな2人の姿を見て、タバサは微笑んだ。

「……良いの。あの人が幸せになってくれることが、私は、一番嬉しい」

 まあ、とキュルケは目を丸くした。

 2人を見詰めるタバサの表情は、親友のキュルケがこれまで見た事もないくらい、晴れやかな笑顔であったのである。

 そんな2人と1匹のやりとりを、イーヴァルディはタバサ達とは反対側の木陰でもたれ、微笑みながら聞いていた。

 

 

 

「テファ、楽しんでるか?」

「ええ、とても。サイト、結婚、本当におめでとう」

 広場の隅にいたティファニアに、才人が声を掛けると、彼女は嬉しそうに2人の結婚を祝福した。

 それから、才人とティファニアは、こちらでの生活はどうだとか、ファーティマと連絡は取り合っているのかとか、そんな取り留めもないことを話した。

 ファーティマは“エウネメス”の街に戻り、また一族と一緒に暮らしている。そう簡単にわだかまりが解ける訳もないが、(2人には、いつか本当の姉妹みたいに良くなって欲しい)と才人は想った。

「それにしても、この服、凄く窮屈ね」

 ティファニアはドレスのスカートを摘んで苦笑した。

 確かに、ユッタリとした“エルフ”の服に比べると、靴やコルセットなどと色々と大変である。

 特に……胸の辺りなども、彼女のメロンの如き胸が、今にも喰み出しそうである。

 ティファニアの胸のサイズに合うドレスなど、急には仕立てて貰えなかったため、従姉であるアンリエッタに貸して貰ったのである。アンリエッタの胸も十分な大きさをしているのだが、なにしろ、ティファニアの胸は魔法のバストといえるほどなのだから……。

「サイト、どうしたの?」

 ティファニアが、キョトンとした顔で言った。

「いや、その……」

 と、才人が慌てて目を逸らそうとした、その瞬間、事件は起きた。

 パツンッ、と音がしたかと想うと、ドレスの胸の部分が弾け飛んだのである。

 ティファニアのタワワな胸が、才人の前に惜しげもなく曝け出された。

「きゃああああっ!?」

 ティファニアの悲鳴に、近くにいた“水精霊騎士隊”の少年達が一斉に振り向く。

「わ、テファ、不味いよ!」

 才人はティファニアを庇おうと、咄嗟に肩を抱き寄せた。

 しかし、それが不味かった。

 ティファニアは慣れぬハイヒールの靴を履いているため、バランスを崩し転んでしまった。

 才人はそのまま、ティファニアの胸の質量に圧迫された。

「おぶっ……!?」

「サ、サイト、ごめんなさい!」

 涙目で謝るティファニア。

 ムニムニと粘土のように形を変える胸の中で、才人は昇天しそうになってしまった。

 その時である。

 才人は頭上に、ゴゴゴ……と静かな怒りの波動を感じた。

「あ、ああ、あんた……なな、なにをしているのかしら?」

 恐る恐る見上げると……果たして、鬼のような形相をしたルイズがそこにはいた。

「け、けけ、結婚式なのに、わ、わた、私の、けけけ、結婚式なのに……」

「待て、ルイズ、これは事故……」

「こ、こ、こここ、この馬鹿犬~~~~~~~~ッ!」

 ルイズが“杖”を振った。

 ボンッと、“杖”の先から放たれた衝撃に、才人の身体は吹き飛ばされる。

「え? え?」

 ルイズはポカンと口を開けた。

「今の、もしかして“エア・ハンマー”?」

「ルイズ、“風”の“系統”に覚醒めたのね! 私と同じ“系統”だわ!」

 カリーヌが駆け寄って来て、驚きの声を上げた。

 “虚無”の力は失われつつある中、ルイズは“系統魔法”に覚醒めたのであった。

 

 

 

 そんな賑やかな婚礼の様子を、“魔法学院”の塔の上で眺める者達がいた。

「花嫁さん、とても綺麗ね。ドゥードゥー兄さん」

「まあね」

 “元素の兄弟”で在るドゥードゥーとジャネットである。もちろん、婚礼に呼ばれた訳ではなく、勝手に侵入したのである。

 そんなことは、2人にとって朝飯前であった。

「まあ、あいつに見逃されてるんだろうけどね」

「そうかもしれないわね。まあ、これでしばらくは、人間の世界も見納めからしら……ちょっと寂しいわね」

 ドゥードゥーの言葉に同意し、ジャネットは薄く笑った。その口元に、小さな牙が覗く。

 “元素の兄弟”の正体、それは“魔法研究所(アカデミー)”の“魔法実験”で生み出された、“吸血鬼”とヒトとのハーフであった。彼等は、この“ハルケギニア”に“吸血鬼”の国を作るという夢のために、必死に資金を集めていたのである。先日、“ロマリア”からの報酬を受け取り、ようやく、国造りの目処が立ったところであった。

 ドゥードゥーは、幸せそうな才人を見て、フンと鼻を鳴らした。

「ヒリガル・サイテと決着を着けたかったけど……ま、流石に野暮かな」

「行きましょう、ダミアン兄さんが待ってるわ」

 2人は壁の外へ音も無く飛び降りた。

 来賓の連れて来た馬に勝手に跨ると、東に向かって馬を疾走らせるのであった……。

 

 

 

 ちょうど同じ頃、“魔法学院”から伸びる街道を走る、2頭の馬影があった。

 こちらは、一足早く結婚式を抜け出した、ワルドとフーケである。

 フーケの方は、一応、正式な招待を受けていたのだが、ティファニアの姿を遠目に見ただけで、直ぐに広場を後にした。フーケは、自分のようなこそ泥にはあのような華やかな場所は似合わない、と想ったのである。

「良いのか? あのハーフ“エルフ”の娘のことは」

 馬上のワルドが言った。

「あの娘の独り立ちする時なのさ。もう、私の助けは不要だよ」

 フーケは寂しそうに笑った。

「あんたこそ、あの坊やと、決着を着けなくて良かったのかい?」

「相手が伝説の“ガンダールヴ”でなければ、意味もあるまい」

「ふうん、男ってのは面倒だね、色々と」

 フーケが呆れたように呟くと、“魔法学院”を振り返った。

「強くなるんだよ、ティファニア。私のようには、なるんじゃないよ」

 

 

 

 

 

 婚礼の宴はいつまでも続いた。

 本日最大の出し物は、アンリエッタが2人を祝福するために呼び寄せた、“タニアリージュ”の“ロワイヤル座”の特別講演“英雄ヒリーギル・サイトームと聖女ルイズ”であった。

 それから、ルネ・フランク達“竜騎士”部隊の飛空ショー、コルベールの愉快な発明品のお披露目会と続く……お披露目会では、“ドラゴン”を模した発明品が火を噴いて爆発し、あわや大火事になるところであった。

 その後、ギーシュが土で作った“英雄”と“聖女”の像を披露した。

 これには、ルイズがまっ先にデザイン面での文句を付けた。「私の胸、こんなに小さくないわよ」という訳である。だが、シエスタが「実物通りですよ」と評価し、キュルケが「まさに、“ゼロのルイズ”ね」と呟き、才人が「実にリアルだ」と論評するに辺り、ルイズは等々キレて、ギーシュに作り直しを命じたので在った……。

 さて、そんな広場の様子を、アンリエッタは“学院”の窓から見下ろしていた。

「29勝25敗2分け……ですわね、ルイズ」

 アンリエッタは寂しそうに微笑むと、ソッと胸を押さえた。

 屈託のない才人の顔を見ていると、甘い疼きのような痛みをアンリエッタは覚えた。

 だが同時に、それが許されぬ想いであるということも、アンリエッタは感じていた。

 アンリエッタは、(さよなら、私の騎士(シュヴァリエ)。私の好きな人……)と想い、才人とルイズを見やった。

 そして、「どうか、お幸せに……」とそう呟くと、アンリエッタは、淡い恋心をソッと心の奥にしまった。

 アンリエッタには、女王として立ち向かうべき、様々な問題があった。戦費の浪費に因る国力の疲弊、諸侯の造反など、課題は山積みである。

 その時、部屋の外で、“銃士隊”隊長の声がした。

「陛下、緊急のご要件が」

「アニエス、何事ですか?」

「“ロマリア”から、遣いの者が来られました」

「なんですって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日暮れ頃、才人とルイズはアンリエッタに呼ばれ、“魔法学院”の貴賓室に案内された。

「姫様、内密のお話とは、なんでしょうか?」

 ルイズが尋ねると、アンリエッタは、古めかしい木箱を2人の前に差し出した。

「実は先程、教皇聖下の使者を名乗る方――ジュリオ殿に、あるモノを託されたのです」

「ジュリオ……教皇聖下が?」

 才人とルイズは顔を見合わせた。

 ジュリオと伴にアンリエッタを訪ねたのは、ミケラと名乗る側仕えの修道女であり、この箱を才人に渡すようにと頼まれたのである。

「あいつ、直接渡せば良いのにさ」

 才人はそう言って、箱の蓋を開くと、中には古木瓜た1枚の鏡が入っていた。

「これは、まさか、“始祖の円鏡”!?」

 ルイズが驚きに目を見開いた。

 それはまさしく、ブリミルが“始祖”として遺した“秘宝”の1つ、“始祖の円鏡”であった。

 歴代の教皇に継承されて来た“ロマリア”の国宝が、何故このような所にあるのか。

 それに、これを才人に渡す意味とは……。

「あの……どうして、俺にこれを?」

 と、戸惑いの表情で才人は尋ねた。

 アンリエッタは、少し躊躇うように俯き言った。

「教皇聖下の遺言だそうなのですが、“始祖の円鏡”は“始祖ブリミル”が“虚無”の“魔法”を封じた“魔法の道具(マジック・アイテム)”。その力を使えば、ちょうど1人分の小さな“ゲート”を開くことができるということです」

「なんだって!?」

 才人は想わず、声を上げた。

「どうして、そんなモノを、俺に……」

「聖下の真意は、私にも判りませぬ。ですが、あるいは、これは教皇聖下なりの、サイト殿への筋の通し方なのかもしれません」

「…………」

 才人は、ヴィットーリオのことを想った。

 彼の行動原理は、一貫して“ハルケギニア”を救うためのモノであり、その意味では、彼はどこまでも善意の人間であったといえるだろう。“地球”征服の計画が潰えたことで、そして“エンシェント・ドラゴン”が出現した際に、自身の死期を悟り、償いのために遺品として才人へ渡るように手配をしていたのである。

「えっと……この鏡を使えば、俺は、“地球”に戻れるってことですか?」

「ええ」

「サイト……」

 蒼白になった才人を、ルイズは不安そうに見詰めた。

(……おいおい、なんてことだよ。この世界で生きて行く決心をしたばかりだってのに……ルイズと結婚したのに……)

 と、様々な感情で、才人の心はグチャグチャに掻き乱された。

「あの、俺、今凄く混乱してて……ちょっと、考えさせてください」

 才人は真っ青な顔で言った。

「ええ、もちろん、そうでしょう」

 アンリエッタは静かに首肯いた。

「ですが、“虚無”の力が失われつつある今、“始祖の円鏡”の力も徐々に失われつつあるようです。余り時間はありませぬ。最悪、セイヴァー殿に助力を請うことも」

 才人は、円鏡を手にしたまま、呆然と独り言ちた。

「なんだよ……? どうしろってんだよ……?」

 

 

 

 先にルイズの部屋に戻って来た才人は、ベッドに倒れ込んだ。

 兎に角、1人に成りたかったのである。1人でこれからのことを考えたかったのである。

 ルイズも、そんな才人の気持ちを察した。

 婚礼の日は夜通し騒ぐのが、“トリステイン貴族”の慣わしであるためか、外ではまだ賑やかな宴の声が響いている。

 “水精霊騎士隊”の誰かの音痴な歌声が、夕暮れの空に響いた。

 ルイズの部屋は、才人にとって随分と懐かしさを感じさせた。

(最初に“使い魔”として喚び出された頃は、犬って呼ばれて……藁束のベッドで寝てたんだよな。それに、ルイズを着替えさせたり、下着を洗ったりしたっけ。今じゃ考えられないけど……つうか、そのご主人様と結婚しちゃった訳だけど)

 才人は婚礼の服を脱ぐと、いつものパーカーに着替えた。

(やっぱりこっちの方が落ち着くな)

 才人は椅子に座ると、月明かりの照らす部屋の中で、ジッと考えた。

 これからのこと……“地球”に帰えるのか、どうするのか……。

 帰るチャンスは、全開のルイズによる“世界扉(ワールド・ドア)”の件を除くと、才人にとって考えられる中でたった1度切り。それも、余り時間がない。

「どうすりゃ良いんだよ、本当に……」

 “ハルケギニア”に骨を埋めようかと想っていた矢先に、そのような選択肢を与えられて、才人の心は激しく揺れ動いた。

(こっちの世界には、ルイズがいる。それに、気の置けない親友や、仲間達も。ルイズを残して、1人で“地球”に戻る? そんなこと、できる訳ない。だって、結婚したんだ。ずっと、一緒にいるって誓ったんだ……日蝕の時であれば行き来することもできるだろうけど、絶対にできるって訳じゃないしな……)

 才人は顔を上げた。

(残ろう。そうだ。“地球”には戻らねえこの“ハルケギニア”でルイズと一緒に暮らすんだ)

 才人は決心して立ち上がった。

「…………」

 それから才人はそのままベッドに倒れ込んだ。

 窓の外では双月が見下ろしている。

(母さん……父さんも、心配してるだろな……)

 あれから月日が過ぎ、もう1年半以上も顔を見せて居無い。

 だが、才人のことを毎日想っていることだけは確かである。息子が帰って来ることを信じて、毎日、何通もメールを送り続けた母親。

(俺の好きな“ハンバーグ”を作って、待っててくれてる……)

 才人は、「生きていますか? それだけを心配しています。他はなにも要りません。貴男がなにをしていようが、構いません。ただ、顔を見せてください」という何度も読み返して覚えてしまった母親からのメールを想い出した。

 無口なサラリーマンである父親と、「勉強しなさい」と煩かった母親。

 どこにでもあるだろう、極一般的な日本の家庭……。

「……う、うう、う……ううう……」

 才人は、ベッドにうつぶせになって嗚咽した。

 帰れる、ということが現実味を帯びた途端……この前“地球”に少しだけではあるが戻ることができた分、実施に戻ることができるということを知り、強烈なホームシックに襲われたのである。

 “ガンダールヴ”としての力――“ルーン”が失われたことの影響もあるだろう。

 才人はもう“伝説の使い魔”ではなく、ただの高校生に戻ったのだから。

「……う、うう……母、さん、父さん……う、うううう……」

 ルイズのベッドの中で、才人は声を震わせた。

 

 

 

「サイト……」

 ルイズは、部屋の前で足を止めた。

 才人の啜り泣く声が聞こえて来たためだ。

 それだけで、ルイズは全てを察した。

(私は、両親や地位姉さま、エレオノール姉様から愛情を注がれて育って来た。厳しいけれど、大好きな家族……そんな家族と引き離されて、もう2度と逢うことができなくなってしまったら、私はどうなってしまうかしら?)

 想像しただけで、悲しくて、胸が押し潰されそうな感覚にルイズは襲われた。

(もちろん、サイトを帰したくなんてない……でも……)

 ルイズは、部屋の扉をソッと開けると、泣きじゃくる才人に寄り添った。

「ルイズ……」

 才人は慌ててベッドから身を起こし、ゴシゴシと目を擦った。

「良いのよ、サイト。男の子だって、泣くことは、恥ずかしいことじゃないわ」

 ルイズは才人の頭を優しく撫でた。

「ルイズ、俺……俺……」

「私、約束したわよね? あんたを元の世界に帰して上げるって」

 ルイズは言った。

「サイト、何度も言うけど、あんたは家族の元へと帰るべきよ。貴男の、お父様と、お母様の所に」

「でも……でも、俺……」

 才人は激しく肩を震わせた。

「俺、おまえと、ルイズと離れたくねえよ……折角結婚したのに」

「私だってそうよ」

「ルイズ……」

「でも、あんたは帰らなきゃ駄目。私、そのために命を投げ出したんだから」

 ルイズの目からも涙が溢れた。

「私、貴男を“愛”し続けるわ。もう、一生誰のことも好きにならない」

「俺もだ、ルイズ。一生、おまえだけを“愛”するよ」

 ルイズと才人はしっかりと抱き合った。

「あのね、サイト……お願いがあるの」

 ルイズはユックリとベッドから立ち上がった。

「前に、言ってたじゃない? け、結婚するまではって」

「え……?」

「私、サイトとの……お、想い出が欲しいの」

「想い出?」

 才人は訊き返した。

「想い出って言うか、その、絆……よ……」

 その瞬間、才人は息を呑んだ。

 ルイズが純白のドレスを、床に脱ぎ捨てたためである。

 シュルッとドレスがルイズの足元に滑り落ちる。

 月明かりに、下着だけになった、ルイズの裸身が照らされた。

「ル、ルル、ルイズ!?」

 才人は、(な、なな、なにしてんの……!?)と狼狽した。

 わずかに膨らんだ胸を、ルイズは恥ずかしそうに隠した。

「あ、う……」

「な、なにか言ってよね……」

「き、綺麗だ」

「それだけ?」

「だ、だって、俺……その……」

 月明かりに照らされたルイズの裸身は、神々しいほどに綺麗で……。

 才人の喉はカラカラになり、頭の中でしていた色々な妄想などは全部見事に吹き飛んでしまった。

 ルイズは恥ずかしそうに才人の服を摘んだ。

「貴男も」

「う、うん……」

 才人は、パーカーとズボン、下着を脱いだ。

 それから、2人は生まれた儘の姿で抱き合った。

 才人はルイズの控えめな胸に触れた。

「は、恥ずかしい、わ……」

 ルイズは耳まで真っ赤になった。

 ルイズの肌は滑らかで温かく、シットリとしている。

 才人は、“愛”おしいルイズの体温を感じた。そして、(俺はこのために生きて来たんだ)と心からそう想った。

「や、優しく……ね?」

「うん」

 才人は、ルイズをベッドに押し倒すと、唇の形をなぞるようにキスをした。

 

 

 

 才人とルイズは、ベッドの中で、お互いの全てを見せ合った。静かに抱き合って、“愛”する人の体温を感じているだけで、生きていることの幸せを実感することができた。

「ねえ、サイト……」

「うん?」

 才人の腕の中で、ルイズは幸せそうに微笑んだ。

「私、この時のために生きて来たのね」

「ああ、俺もだ……」

 才人は、ルイズの桃色がかったブロンドの髪を優しく撫でた。

 お返しとばかりに、ルイズは才人の首筋にキスをした。

 2人にとっていつまでもそうしていたいと想える時間が過ぎて行く……だが、そういう訳にはいかないと理解していた。

 才人は、双つの月の昇る窓の外を見詰めて、言った。

「皆と、お別れしないと」

「そうね……」

 夜更けを過ぎても、広場での宴会は未だ続いている。

 ほとんどの生徒達は寮に帰ってしまったが、酔い潰れた“水精霊騎士隊”の面々は、広場で自由に寝転がっている。

 才人から大事な発表があると告げられた少年達は、ブリミル像の前に集まった。

 なんだなんだとガヤガヤしていると、才人は息を吸い込み、切り出した。

「俺、明日、元の世界に帰ります!」

「ええええええええええ!?」

 衝撃の発表に、広場にいた全員が酔いも冷めたと言わんばかりに叫んだ。

 

 

 

 

 

 婚礼の披露宴は、そのまま、才人の送迎会となった。

 真夜中。

 既に日付は変わり、食事もワインもほとんど尽きている。

 才人達は、キャンプファイヤーのような“魔法”の火を囲み、シエスタが余りモノで作った“ヨシェナベ”を突きながら、仲間達と呑み明かした。

「サイトぼかぁね、ぼかぁ、最初は君のことを、生意気な“平民”だと思っていたよ。でも……でもな、今は、君を一番の親友だと想ってだなぁ……」

「おいおい、酔っ払い過ぎだぞ、ギーシュ」

 才人は苦笑して、ギーシュの肩を叩いた。

「まあ、呑みたまえ! 最後の夜だ、大いに呑みたまえ!」

「ああ、このワインも、“地球”に帰ったら呑めなくなっちまうしな」

「そりゃまた、どうしてだね?」

「いや、俺、まだ未成年だし」

「ふうむ……なんだか良く理解らんが、兎に角呑みたまえよ、君」

 才人はギーシュ達と肩を組み、大声で歌った。

 “トリステイン万歳”である。

 才人は、こちらの唄をそれしか知らないのである。

 “水精霊騎士隊”の少年達との想い出話は、尽きることなどなかった。“アーハンブラ”のタバサ救出作戦、女子風呂覗きに、“リネン川”での“ガリア騎士(シュヴァリエ)”との一騎打ち……皆で大笑いしていると、ギーシュは感極まったのであろう、オンオンと泣き出した。

「もう、男の子ってば、馬鹿ね」

 モンモランシーは呆れたように言った。

「ルイズ、あんた、ホントにあんなのと結婚して良かったの?」

「うん、良いの。大好きなんだもの」

 ルイズは、ボーッとした顔で才人を見詰めて言った。

 そのルイズの反応を見たマリコルヌが、ムムッと唸り、2人を交互に見交わした。

「サイト、君、まさか……」

「な、なんだよ?」

「まさか、オトナになって、しまったのかい?」

「お、おま、なに言って……」

 才人とルイズはカアッと赤くなった。

 そんな才人の反応に、少年達はざわき始めた。

「かぁ~~~~~~~っ、かぁ~~~~~~~~っ!」

 マリコルヌは2回も叫んだ。

「で、どうなんだね? おい」

「レ、レモンちゃんの、む、胸は、揉んだのかい?」

「や、やめろよ、ルイズが困ってるだろ」

 才人はルイズを庇うように立ち上がった。

 ルイズはキュンと胸を高鳴らせた。

「ふん、見せ付けてくれるじゃないか」

「オトナの証を見せて見ろ」

 少年達は才人に躍り掛り、服を脱がそうとした。

 完全に酔っ払いである。

「あんた達、いい加減にしなさい!」

 怒り狂ったルイズの“風魔法”が、少年達を吹き飛ばす。“風”の“系統”に覚醒めたばかりだというのに、流石“烈風カリン”の娘、大した威力である。

 少年達は震え上がった。(これは、“ゼロのルイズ”だった頃よりも、もっと恐ろしい存在になるんじゃないか)と想ったのである。

「サイトさああああん! 私も、私もサイトさんと一夜の想い出が欲しいです!」

「シエスタ、なに言ってるんだよ!?」

 才人は慌てて言った。

 シエスタも酔うと大概なのである。

「嫌です嫌です、じゃあ、私もサイトさんの世界に連れてってください」

「無理なんだって、1人しか通れないし、シエスタにも、親父さんがいるだろ、な?」

「ううっ……ぐすっ……サイトさん、サイトさんの馬鹿あっ、っひっく、ぐすっ……」

 才人に、いつも優しくしてくれていたシエスタ……。

 時には強く叱ってくれたこともあった。

「ほら、私の胸で泣きなさいよ」

 そんなシエスタの頭をルイズが撫でる。

「ううう……まな板」

「な、なな、なんですって!?」

 ルイズはシエスタを追い掛け回した。

 シエスタがいなくなって空いた場所に、今度はタバサが座った。

 タバサは無言で、才人のパーカーの袖をギュッと掴んだ。

「タバサ?」

「……少しだけ、このままでいさせて欲しい」

「あ、ああ……」

 才人は照れたように頬を掻いた。

 と、そこにコルベールとキュルケがやって来た。キュルケはタバサを見てニヤッと笑うと、親友の肩をツンツンと突く。

「なによ、積極的じゃないの」

 タバサは頬を赤く染めた。

「サイト君、この前のを含めて2度だけしか戻れないと言うのは残念だったな。できることなら、私も、“魔法”が存在しないという、君の世界を見て見たかったよ」

「手紙とか、送ることができれば良いんですけど」

「うむ、君に貰った、あののーとぱそこんとか言う機械を使えれば良いんだが、そのためには、やはり“ゲート”を開かねばならんのだろなあ」

 コルベールは宙を見上げて考え込んだ。

 才人は、(この先生なら、将来、本当に“ゲート”を開くような発明をしちまうかもなあ)と想った。

「サイト……」

 ティファニアも才人の側に座った。

 月の光の下で見るティファニアは、金色の髪がキラキラと輝いて、まるで妖精のように綺麗である。

「私、“エルフ”の国での冒険のこと、ずっと覚えてる。ずっとずっと、覚えてるわ」

「ああ、俺もだ。ずっと……いつまでも覚えてるよ」

 才人達は、“ハルケギニア”での冒険の想い出を、一晩中語り合った。

 こっちの世界に留まる様に引き止める者も当然いたが、最後には皆納得した。

 誰よりも才人を想うルイズが、そう決めたのだから、誰も何も言えなかったのである。

「俺、皆と出逢えて良かった。本当に、ありがとう」

 才人は泣きながら、この世界で出逢った1人1人に、別れを告げた。

 

 

 

 

 

 夜が明けて、日が昇った。

 “アウストリの広場”には、アンリエッタやオスマンを始め、“学院”の先生や生徒達全員が集まっている。

「正真正銘、これが最後の“虚無”ね」

 ルイズが言った。

「うん……」

 才人は皆のことを振り返った。

 あれだけ泣いていたシエスタは、太陽のような笑顔で見送ろうとしている。

 ルイズが、円鏡に浮かび上がった“ルーン”を唱えた。

 すると、眼の前に、最初に才人が“召喚”された時の、人が通り抜けることができるほどの“ゲート”が現れた。

 キラキラと光る“ゲート”の先は、才人が一番帰りたいと願う場所に繋がる。

 記念に色々と持ち帰ろうかと才人は想ったが、止めた。

 “ハルケギニア”での冒険は、いつだって想い出せるのだから。

 ルイズの綺麗な桃色のブロンドの髪だけを、才人は持ち帰ることにした。

「ルイズ、“愛”してる」

「私もよ」

 才人はルイズにキスをした。

 ルイズははにかむように微笑んだ。

「忘れないで……あんたは、私の“使い魔”なんだからね」

「ああ、俺はずっと、おまえの“使い魔”だ」

 想い出すのは、最初のキスから始まった、“ハルケギニア”での恋と冒険の日々である。

 才人は“使い魔”として“召喚”され、色々な経験をして来た。

 才人は、初めてルイズと逢った頃は犬扱いを受けていたし、ルイズに対して(なんてツンケンしてて嫌な奴だ)と想っていた。それに、しょっちゅう喧嘩もしたが、今では最“愛”の存在である。

 ユックリと手を離すと、ルイズは後ろに退がった。

(さよなら、“ハルケギニア”……さよなら、ルイズ……俺の大好きな、女の子)

 才人は光の“ゲート”に足を踏み入れた。

 才人の身体が光に呑み込まれる……。

「待って!」

「はい?」

 半分ほど“ゲート”の中に入った才人は、想わず、声を上げた。

 ルイズの鳶色に瞳に、大粒の涙が溢れ、頬を伝っているのが才人には見えた。

「ルイズ……?」

「やっぱり、私も、連れてって!」

「えええええええええっ!?」

 ルイズは、才人目掛けて駆け出した。

「ちょ、ちょっと、待ってください、ミス・ヴァリエール!」

 シエスタが叫んだ。

 俺とシオンを除いた皆も驚きの表情を浮かべた。

「私、やっぱり、サイトと一緒じゃなきゃ嫌!」

「お、おまえ、この“ゲート”は1人分しか……」

「安心しろ、平賀才人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール」

 俺の呼び掛けに、2人は振り向く。

「“貴方の物語が、幸せな結末を迎えられますように! どれほどの悲劇でも、貴方の歩みが力強くありますように! 喜劇であれば、最後に誰もが拍手喝采できる喜劇でありますように!”」

「また受け売りかよ、セイヴァー」

「当然だ。また逢おう。2人共」

 俺がそう言った直後、才人は首肯き、両手を広げてルイズの身体を抱き寄せた。

「来いよ、ルイズ!」

「サイト!」

「あ、ちょっと、ミス・ヴァリエール、狡いですよ!」

「ルイズ、“聖女”のお役目はどうするつもりなの!? ルイズ!」

「ああ―――――っ!」

 皆が唖然として見守る中、俺とシオンは微笑む。

 そうしていると、2人の姿はアッサリと“ゲート”の向こうに消えてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白の国“アルビオン”。

 才人とルイズが“地球”へと行ってから1週間が過ぎた。

 シオンは女王としての政務を熟し、俺とホーキンスがそれを補助している際に、俺はふと想い出してしまった。いや、ようやく想い出すことができた、というべきだろうか。

「しまったな……」

「どうしたの? セイヴァー」

「いや、な。才人とルイズが“地球(あっち)”に行く際に言っておく必要のあることがあったのだが、それを忘れていたということだよ」

「なにか、重大なことなの?」

「ああ、これはあいつ等の命に関わることかもしれんからな」

「……え?」

「あそこの“魔術師”達についてのことだ。“封印指定”とかされてないだろうな? いや、近いうちに確認するか?」

「それって、もしかして、また逢えるの?」

「ああ、そうだな。皆また逢うことができるだろうさ」

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