“トリステイン”の“王宮”は、“ブルドンネ街”の突き当りにあった。“王宮”の門の前には、当直の“魔法衛士隊”の隊員たちが、“幻獣”に跨り闊歩、警備している。戦争が近いという噂が、ここ2~3日前から街に流れ始めているのである。隣国“アルビオン”を制圧した“貴族派”――“レコン・キスタ”が、“トリステイン”に侵攻して来るという噂であった。
従って、周りを守る“衛士隊”の空気は、自然ピリピリとしたモノになっている。“王宮”の上空は、“幻獣”、“フネ”を問わず飛行禁止令が出され、門を潜る人物のチェックも激しく厳しいモノになる。
いつもであればなんなく通される仕立て屋や、出入りの菓子屋の主人までもが門の前で呼び止められ、身体検査を受け、“ディテクトマジック”で“メイジ”が化けていないか、“魅了”の“魔法”などで何者かに操られていないか、などの検査を厳重に受けるのである。
そんな時だったから、“王宮”の上に1匹の“ウィンドドラゴン”(化)が現れた時、当然警備の“魔法衛士隊”の隊員たちは色めき立った。
“魔法衛士隊”は三隊からなっている。三隊はローテーションを組んで、王宮の警護を司るのである。一隊が詰めている日は、他の隊は非番か訓練を行っているという風である。
今日の警備は“マンティコア隊”であった。“マンティコア”に騎乗した“メイジ”達は、“王宮”の上空に現れた“ウィンドドラゴン”(化)目がけて一斉に飛び上がる。“ウィンドドラゴン”(化)の上には7人の人影がある。しかも、“ウィンドドラゴン”(化)は“ジャイアントモール”を咥えている。
“魔法衛士隊”は、ここが現在飛行禁止であるということを大声で告げたが、警告を無視して“ウィンドドラゴン”(化)は“王宮”の中庭へと着陸した。
黄金の長髪を持つ美少女、桃色がかったブロンドの美少女、燃える赤毛の長身の美少女、眼鏡をかけた碧い髪の美少女、金髪の青年、金髪の少年、そして黒髪の少年が“ウィンドドラゴン”(化)に跨っている。さらに、黒髪の少年は、身長ほどもある長剣を背負っている。
“マンティコア”に跨った隊員たちは、着陸した“ウィンドドラゴン”(化)、そして彼女たちを取り囲んだ。腰からレイピアのような形状をした“杖”を引き抜き、一斉に掲げる。いつでも“呪文”が“詠唱”できるような態勢を取ると、ゴツい身体に厳しい髭面の隊長が、大声で侵入者たちに勧告と命令をした。
「“杖”と剣を捨てろ!」
一瞬、侵入者たちのほぼ全員はムッとした表情を浮かべたが、彼らに対して、眼鏡をかけた青い髪の小柄な美少女が首を振って言った。
「宮廷」
一行は仕方ないとばかりにその言葉に首肯き、命令された通りに、“杖”と剣を地面に置く。
「今現在、“王宮”の上空は飛行禁止だ。触れを知らんのか?」
1人の、桃色がかったブロンドの髪の少女が、トンッと“ウィンドドラゴン”(化)から飛び降りて、毅然とした声で名乗った。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです、怪しい者じゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
ルイズの名乗りに、“マンティコア隊”の隊長は口髭を捻って、彼女を見つめる。ラ・ヴァリエール公爵夫妻は有名かつ高名なこともあり、彼は掲げた“杖”を下ろした。それに倣うように、隊の面々も“杖”を下ろす。
「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな?」
「いかにも」
ルイズは、胸を張って隊長の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。して、要件を伺おうか?」
「それは言えません。密命なのです」
「では殿下に取り次ぐ訳にはいかぬ。要件も尋ねずに取り付いた日にはこちらの首が飛ぶからな」
困った声で、隊長が言った。
「密命だもの。言えないのは仕方がないでしょう」
“ウィンドドラゴン”(化)の上から、才人は飛び降り、そう言った。
隊長は、口を挟んで来た才人の容姿を見て、苦い顔付きになった。それから、(見たこともない服装、鼻は低く、肌も黄色い、そして背中には大きな剣を背負っている、か……どこの国の者かはわからないが、少なくとも“貴族”でないことは確かだな)と考えた。
「無礼な“平民”だな。従者風情が“貴族”に話しかけるという法はない。黙っていろ」
才人は目を細めて、ルイズに向き直る。どうやら、いかにも見下した態度で従者と言われたことに腹を立てたらしい、
才人は地面に置いたデルフリンガーをいつでも掴み、取り抜いて構えることができる態勢を取りながら、ルイズに訊いた。
「なあルイズ、こいつ、やっちゃって良い?」
「なに強がってるのよ。ワルドに勝ったくらいで良い気にならないで」
才人とルイズのやりとりを聞いて、隊長は目を丸くした。彼が知っているワルドという人物は、“グリフォン隊”の隊長のワルド子爵しかいないのである。
そのようなこともあって、隊長は再び“杖”を構え直した。
「貴様ら、何者だ!? とにかく、殿下に取り次ぐ訳にはいかぬ」
硬い調子で隊長は言った。
そんな彼の様子を前に、ルイズは才人を睨んだ。
「な、なんだよ?」
「あんたが余計なことを言うから疑われたじゃないの!」
「だって、あの髭親父が生意気なんだもの」
「良いから、あんたは黙ってなさいよね!」
「いやいや、今のはルイズが……」
と、シオンは皆に聞こえない程度に小さな声で呟いた。
その妙なやりとりを見て、隊長が目配せをする。それに従い、一行を取り囲んだ“魔法衛士隊”の面々は、再び“杖”を構えた。
「連中を捕縛せよ!」
隊長の命令で、隊員たちが一斉に“呪文”を唱えようとした時……。
宮殿の入口から、鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物が、ヒョッコリと顔を出した。その人物は、中庭の真ん中で“魔法衛士隊”に囲まれたルイズとシオン達の姿を見て、慌てて駆け寄って来る。
「ルイズ! シオン!」
駆け寄るアンリエッタの姿を見て、ルイズとシオンの顔が、薔薇を撒き散らしたようにパアッと輝いた。
「姫さま!」
「アンリエッタ!」
3人は、一行と“魔法衛士隊”が見守る中、ひっしと抱き合った。
「ああ、無事に帰って来たのね。嬉しいわ。ルイズ・フランソワーズ。シオン・エルディ……」
「姫さま……」
そう言いながら、ルイズの目からポロリと涙が溢れる。シオンも同様だ。
「件の手紙は、無事、この通りでございます」
ルイズはシャツの胸ポケットから、ソッと手紙を見せた。
アンリエッタは大きく首肯いて、ルイズとシオンの手を硬く握り締めた。
「やはり、貴女たちは私の1番のお友達ですわ」
「もったいないお言葉です。姫さま」
「わたしも同じ気持ちよ、アン、ルイズ」
しかし、一行の中にウェールズとワルドの姿がないことに気付いたアンリエッタは、顔を曇らせる。
「……ウェールズ様は、やはり父王に殉じたのですね」
ルイズは目を瞑って神妙に首肯き、シオンが答える、
「はい。お兄さまは……」
「……して、ワルド子爵は? 姿が見えませんが、別行動を取っているのかしら? それとも……まさか、敵の手にかかって? そんな、あの子爵に限って、そんなはずは……」
シオンとルイズの表情が曇る。
そして、才人が、とても言い難そうにアンリエッタに告げた。
「ワルドは裏切り者だったんです。お姫さま」
「裏切り者?」
アンリエッタの顔に、影が差した。そして、興味深そうにそんな彼女たちのやりとりを、“魔法衛士隊”の面々が見つめていることに気付き、アンリエッタは簡単にだが説明した。
「彼らは私の客人ですわ。隊長殿」
「然様ですか」
アンリエッタの言葉で隊長は納得すると呆気なく“杖”を収め、隊員たちを促し、再び持ち場へと去って行く。
アンリエッタは、俺たち全員に向き直る。
「道中、なにがあったのですか? ……ルイズ、シオン。とにかく、私の部屋でお話しましょう。他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」
キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはルイズとシオン、才人と俺とを自分の居室に招き入れる。才人と俺は“使い魔”ということもあって、特例なのであろう。
小さいながらも、精巧なレリーフが象られた椅子に座り、アンリエッタは机に肘を突いた。
シオンとルイズは、アンリエッタにことの次第を説明した。道中、キュルケ達が合流したこと。“アルビオン”へ向かう“フネ”に乗ったら、空賊に襲われたこと。その空賊が、ウェールズであったこと。ウェールズに亡命を勧めたが、断られたこと。そして……ルイズはワルドと結婚式を挙げる為に、“フネ”に乗らなかったこと。結婚式の最中、ワルドが豹変し……ウェールズを殺害し、ルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたこと……しかし、このように手紙は取り戻した。“レコン・キスタ”の野望――“ハルケギニア”を統一し、“エルフ”から“聖地”を取り戻そうと大した野望を抱いているが、つまずいたこと。そういったことを、才人と俺も補足などを加えながら説明した。
しかし……無事、“トリステイン”の命綱である“ゲルマニア”との同盟が守られたというのに、アンリエッタは悲嘆に暮れた。
「あお……子爵が裏切り者だったなんて……まさか、“魔法衛士隊”に裏切り者がいるなんて……」
アンリエッタは、かつて自分がウェールズに認めた手紙を見つめながら、ハラハラと涙を零した。
「姫さま……」
ルイズが、ソッとアンリエッタの手を握った。
「私が、ウェールズ様のお命を奪ったようなモノだわ。裏切り者を、使者に選ぶなんて、私はなんということを……」
才人は首を横に振り、アンリエッタの言葉を否定する。
「王子さまは、元よりあの国に残るつもりでした。お姫さまの所為じゃないよ」
「あの方は、私の手紙をキチンと最後まで読んでくれましたか? ねえ、ルイズ? シオン?」
ルイズとシオンは首肯いた。
「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」
「ならば、ウェールズ様は私を“愛”しておられなかったのね」
「そんなことはない!」
哀しげに首を振ったアンリエッタに、シオンは珍しく大きな声で否定の言葉を口にした。
そんな彼女を前に、ルイズとアンリエッタ、才人は大きく目を見開き驚く。
「お兄さまは……」
だが、それ以上シオンの口から言葉が出ることはない。
「やはり……皇太子に亡命をお勧めになったのですね?」
ルイズは確認の質問をし、アンリエッタは手紙を見つめたまま首肯いた。
「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。“愛”していたのよ、私」
「あの王子さまは、姫さまや、この“トリステイン”に迷惑をかけない為に、あの国に残ったんです。俺、そう聞きました」
才人の言葉に、アンリエッタはボンヤリと彼へと顔を向ける。
「私に迷惑をかけない為に?」
「“自分が亡命したら、反乱軍が攻め入る格好の口実を与えるだけだ”って王子さまは言ってました」
「ウェールズ様が亡命しようがしまいが、攻めて来る時は攻め寄せて来るでしょう。攻めぬ時には沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するモノではありませんわ」
「……それでも、迷惑をかけたくなかったんですよ。きっと」
アンリエッタは、深い溜息を吐くと、窓の外を見やった。
才人は、ユックリと思い出すようにして言った。
「“勇敢に戦い、勇敢に死んで逝ったと、それだけ伝えてくれ”って、王子さまは言ってました」
才人の言葉に、アンリエッタは寂しそうに微笑む。そして彼女は、美しい彫刻が施された大理石削り出しのテーブルに肘を突き、悲しげに問うた。
「勇敢に戦い、勇敢に死んで逝く。殿方の特権ですわね。遺された女は、どうすれば良いのでしょうか?」
才人は返す言葉が見付からないのだろう、下を向いて、バツが悪そうに爪先で床を突いた。
「姫さま……シオン……わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば……」
アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうにそう呟くルイズの手を取った。
「良いのよ、ルイズ。貴女は立派にお役目通り、手紙を取り戻して来たのです。貴女が気にする必要はどこにもないのよ。それに私は、亡命を勧めて欲しいなんて、貴女に言った訳ではないのですから」
それからアンリエッタは、ニッコリと笑った。
「私の婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。我が国は“ゲルマニア”と無事同盟を結ぶことができるでしょう。そうすれば、簡単に“アルビオン”も攻めて来る訳にはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」
「そうだよ、ルイズ。お兄さまはきっと、わたしが強く言っても残って戦ったと思うわ。貴女たちが悪い訳でも、“愛”していなかった訳でもない……それだけは確かなの。大切なのは、死者を偲び、前を向き、これからのことに備えることよ」
アンリエッタとシオンは努めて明るい声を出して言った。
「それに、シオンと貴男の言葉で、ウェールズ様が私を思ってくれていたことも十分に理解できました」
アンリエッタは、悲しげに、そして嬉しそうに、複雑な感情を表情に表わして、シオンと才人へと言った。
ルイズはポケットから、アンリエッタに貰った“水のルビー”を取り出した。
「姫さま、これ、お返しします」
アンリエッタは首を横に振った。
「それは貴女が持っていなさいな。せめてもの御礼です」
「こんな高価な品を頂く訳には良きませんわ」
ルイズは、シオンを見て、アンリエッタへと返そうとする。
「忠誠には、報いるところがなければなりません。良いから、取っておきなさいな。シオンにもお礼を――」
「――アン」
アンリエッタの言葉を遮るように、シオンは口を開く。
「私へのお礼は気にしなくて良いよ。でも、“それでも”と言うのなら、代わりに、後で訊きたいことがあるんだけど良いかな?」
「え、ええ。構わないわ。シオン。貴女が、それで良いと言うのなら」
その様子を見て、才人も、王子の指から抜き取った指輪のことを思い出した。彼は、ジーンズの後ろポケットに入ったそれを取り出すと、アンリエッタに手渡した。
「お姫さま、これ、ウェールズ皇太子から預かったモノです」
アンリエッタは、その指輪を受け取ると、目を大きく見開いた。
「これは、“風のルビー”ではありませんか。ウェールズ皇太子から、預かって来たのですか?」
「そうです。王子さまは、最後にこれを託したんです。お姫さまかシオンのどちらかに渡してくれって」
「では、シオン。これはあな――」
「いいえ、アンリエッタ。先ほども言った通り、私には特にこれといったモノは要りません。お兄さまの想い人は貴女です。だから」
「でも、シオン」
「…………」
無言を貫くシオン。
彼女のその様子に、アンリエッタは思うところがあったのか、首肯いた。
「理解りました。ありがとう、シオン」
アンリエッタは“風のルビー”を指に通した。ウェールズが嵌めていたモノということもあり、アンリエッタの指にはユルユルといった状態であったが……小さくアンリエッタが“呪文”を呟くと、指輪のリングの部分がすぼまり、薬指にピタリと収まった。
アンリエッタは、“風のルビー”を“愛”おしそうに撫でた。それから才人の方を向いて、はにかんだような笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。優しい“使い魔”さん」
寂しく、悲しい笑みであった。が、確かな感謝の念が込められたモノでもある。
「あの人は、勇敢に死んで逝ったと、そう言われましたね?」
才人は首肯いた。
「はい。そうです」
アンリエッタは、指に光る“風のルビー”を見つめながら言った。
「ならば、私は……勇敢に生きてみようと思います」
ルイズと才人が退出し、今この部屋には部屋の主であるアンリエッタ、シオン、そして俺の3人だけとなった。
これから、先ほどシオンが要求したお礼――質疑応答が始まるのである。
「訊きたいことがあるのでしたよね?」
「はい、アン……いえ、アンリエッタ。では単刀直入にいきますが、貴女は“聖杯戦争”や“サーヴァント”という言葉を聞いたことはあますか?」
その質問だけで十分だった。
アンリエッタの表情には、驚愕と困惑などが混ざっている。
「どこでその言葉を?」
「私は直接聞いていませんが、セイヴァーが」
「貴男が?」
アンリエッタの視線が俺の方へと向けられれる。
「ワルドが言っていた。どうやら彼は、俺がどういった存在か理解っていたようだしな」
「正体?」
疑問を呈するアンリエッタ。その驚きは、かなりのモノなのだろう。
「では、自己紹介を。此度の“聖杯戦争”で“マスター”シオンに“召喚”され、応えた、“サーヴァント”、セイヴァー。以後御見知り置きを」
「そう、ですか……」
そんな俺の自己紹介に、アンリエッタは驚きはしたが、直ぐに「なるほど」といったように首肯いた。
「で、なにを訊きたいのですか、シオン? セイヴァーさん?」
「この世界――“ハルケギニア”での“聖杯戦争”について。過去に何があったのかなど」
俺の質問に、アンリエッタは「この世界」という単語に引っかかりを覚えた様子を見せ、次に思い出すような仕草を取り、少しばかり黙り込む。
「本来であれば、玉座に就くことで知ることになるものですが、良いでしょう……“始祖ブリミル”が光臨なされた時から、少し経った後のことらしいのですが…………一定の期間ごとに7人の“メイジ”が何者かによって選出され、それぞれ“使い魔”、いえ、“サーヴァント”を“召喚”し、“始祖ブリミル”が遺されし秘宝の1つである“万能の願望器”――“聖杯”を求めて勝利者1人が残るまで殺し合う、そういったことが繰り返されていると……それが“聖杯戦争”だったと記憶していますわ」
おおむね、“地球”での“聖杯戦争”、知識内のそれと大きな違いはないようである。“千里眼”で既に確認済みではありはするが、それでも他人から伝え聞くことで確認することも悪くはないだろう。
“地球”のそれとの違いを1つ挙げるとするのであれば、“魔術師”ではなく“メイジ”が“サーヴァント”を“召喚”して行う、“監督者”などが存在しないといったところだろうか。
「過去何度もおこなわれたのですが、勝利者は出ず、最終的には同士討ちになったそうです……」
「そうか。過去、どのような“サーヴァント”が“召喚”されたかなどはわかるかね?」
「いえ、まったく……“聖杯戦争”がどのようなモノかということくらいしか伝え聞いておりません」
気が付けば、質問をしているのは俺だけで、シオンは静かに耳を傾けているだけだ。いや、俺が一方的に質問をしているだけになっている。
「では最後だ。“聖杯”の場所はわかるか?」
「いえそれも……勝利者の元に現れると聞いていますが」
アンリエッタの言葉に、俺は静かに首肯く。
こちらからすると収穫はないが、それでも互いに、シオンとアンリエッタに“聖杯戦争”がどういったモノか、今まさにおこなわれようとしていることなどを理解させることができた。
「俺が訊きたいことは以上だが、シオン、君はないかね?」
「私も特にないよ」
「では、一応念の為だが……俺が“召喚”されたことからも理解ると思うが、近いうちに“聖杯戦争”が行われるだろう。もしかすると、“レコン・キスタ”との戦争時かもしれない、その後かもしれない。覚悟を決めておいてくれ」
俺のその言葉に、部屋を重い沈黙が支配した。
“王宮”から、“魔法学院”に向かう空の上、シオンとルイズは黙りっぱなしであった。
キュルケが、「いったいウェールズ皇太子から取り返して来ら手紙になにが書いてあったの?」と、シオンとルイズ、そして才人と俺から訊き出そうと、なんやかんや話しかけてきているのだが、俺たちは喋らないようにしているのであった。
「なあに? あれだけ手伝わせて、どんな任務だったか教えてくれないの? おまけにあの子爵は裏切り者だっていうし、訳わかんないわ」
キュルケは才人を、熱っぽい視線で見つめた。
「でも、ダーリン達がやっつけたのよね?」
才人は、ルイズの顔をチラッと見てから、首肯いた。
「う、うん。でも、逃げられたし……」
「それでも凄いわ! ねえ、いったいどんな任務だったの?」
才人は頭を掻いた。ルイズとシオン、そして俺が黙っている以上、話す訳にはいかない、と判断したのであろう。
キュルケは眉を顰め、それからギーシュの方を向いた。
「ねえギーシュ」
「なんだね?」
薔薇の造花を咥えて、ボケッと物思いに耽っていたギーシュが振り向いた。
「貴男、アンリエッタ姫殿下が、あたし達に取り戻せと命じた手紙の内容を知ってるんでしょ?」
ギーシュは目を瞑って言った。
「そこまでは僕も知らないよ。知ってるのはルイズとシオン達だけだ」
「“ゼロのルイズ”! シオン! なんであたしに教えてくれないの!? ねえタバサ! 貴女どう思う? 馬鹿にされてる気がするわ!」
キュルケは、本を読んでいるタバサを揺さぶった。
タバサはされるがままに、ガクガクと首を振った。
そんな風にキュルケが暴れたことが原因か、バランスを崩したシルフィードは、ガクンと高度を落としてしまう。
その時の揺れでバランスを崩し、ギーシュはシルフィードの背中から落っこちた。「ぎぃやぁああああああああ」と絶叫を残し、彼は落下したが、ギーシュだったということもあるのかシオンを除き誰も気に留めない様子である。途中で“杖”を振って“レピテーション”を唱え、浮かぶことができたのだろう、危うく命を落とすことは免れたようである。
ルイズもバランスを崩したが、才人がソッと手を伸ばして腰を抱き、身体を支えた。ルイズは、腰に回された手を見て、顔を赤らめた。
キュルケとタバサもバランスを崩しはしたが、シルフィードにしっかり掴まっていたことで、落ちることはなかった。
シオンもバランスを崩したが、才人同様に俺は彼女を抱き留める。
「ありがとう、セイヴァー」
「どういたしまして」
シオンが照れながら感謝の念を言葉にし、俺はそれに応える。
対して、ルイズと才人だが。
「き、気安く触ったら、怒るんだから」
「お前、落ちそうだったんだぜ。ギーシュみたいに」
才人も、顔を赤らめて言った。
「良いのよ。ギーシュは落ちたって、ギーシュだし」
ルイズは、戸惑いから何やらとち狂ったかのようなことを言い出した。
「そ、そりゃ、あいつは落ちたって良いけどよ。お前が落ちたら困るだろ。“魔法”が使えないんだから」
「“使い魔”の癖に、ご主人さまを侮辱するの?」
ルイズはフンッと顔を背けた。が、彼女はそれほど怒りを覚えてはいない様子である。
「おまけになんだか馴れ馴れしいし。失礼しちゃうわ。ほんとに、ふんとに」
ルイズはブツブツと文句を言ったが、才人の手を振り解こうとはしない。それどころか、心も身体も預けるようにして、顔を背けたままに彼へと寄り添った。
キュルケが振り向いて、「まぁ」と呟いた。
「いつの間にデキてたの? 貴方たち」
ルイズは、気付いたようにハッ! と顔を赤らめ、思いっ切り才人を突き飛ばした。
「出来てなんかいないわよ! 馬鹿じゃないかしら!」
才人は、絶叫をたなびかせて、地面へと落ちて行く。
本を読んでいたタバサが、面倒臭そうに“杖”を振り、才人に“レビテーション”をかけた。
才人が地面にフンワリと降り立つと、先ほど落下したギーシュが、恨めしげな顔で歩いているのを、才人は見付けた。そこは草原の中を走る、街道であった。
「君も落ちたのかね?」
才人は、疲れた声で答えた。
「落とされた」
「彼女たちは、迎えに来てはくれんのかね?」
才人は空を見上げた。青空の中、シルフィードはグングン遠ざかって行く。
「……そうみたいだな」
「なるほど。では歩こう。まあ、半日も歩けば着くさ」
あまり気にした風もなく、ギーシュは歩き出した。
「やれやれ。シオン。すまないが、私も地上に向かうよ」
「うん。いってらっしゃい」
シルフィードの上で、俺はシオンへと告げ、彼女からの了承を得るのと同時に飛び降りる。
かなりの速度を出して落下するが、もちろん“風系統”の“魔法”などを駆使して速度を調節して緩やかに着地する。
そして、先を歩く才人とギーシュを追い掛けた。
「セイヴァー……お前も落とされたのか?」
「いいや、自分から降りた」
俺のその言葉に、才人とギーシュは目をパチクリとさせる。
「まあ、良い。そうだ。チャリオットに乗らないか? 徒歩より遥かに早く着くぞ」
「そんなモノ、どこにあるっていうんだい?」
俺の提案に、「なにを言ってるんだこいつは」といった視線を向けて来るギーシュと才人。
そこで俺は、“
すると、遥か上空から突然雷が発生し、地面へと堕ちる。そして、“ゴルディアス王がゼウス神に捧げた供物で、その轅の綱を断って征服王イスカンダルが手に入れた
「こ、これは……」
「う、牛が空を飛ぶなんて……」
驚くギーシュと才人に、俺は思わずニヤッとした笑みを浮かべてしまう。自分のモノではないにも関わらず、自分が持っており、自在に扱えるということに対する嬉しさや、皆に対しての自慢や優劣感などといったモノを覚えてしまうのであった。
「“
才人とギーシュは物凄い勢いで、首を縦に振る。
「乗ったな? それじゃ、行くぞ。アララララーイ!」
俺は雄叫びを上げながら、“騎乗スキル”を発揮させて“|神威の車輪《ゴルディアス・ホイール)”を疾走させる。
かなり先を行くシルフィードだが、追い付くのも時間の問題だろう。
「ところで、君たち、その、なんだ、訊きたいことがあるんだ。答えたまえ」
物凄い速度を出す“
「あんだよ?」
「姫殿下、その、僕のことをなにか噂しなかったかね? 頼もしいとか、やるではないですかとか、追って恩賞の沙汰があるとか、その、密会の約束をしたためた手紙を君たちに託したとか……」
残念なことに、アンリエッタはギーシュのギの文字も話題に上がらせなかった。いや、そもそもの話、アンリエッタの心中は深く傷付いており、俺たちを労うだけで精一杯だった為、ギーシュに何も言うことができなかったのである。
「…………」
才人は聞こえなかった振りをした。
「その、なにか噂しなかったかね? なあ君、姫殿下は、僕のことを……」
ポカポカと太陽が照らす中、2頭の“
かつては名城と謳われた“ニューカッスルの城”は、惨状を呈していた。生き残った者には絶望を感じさせ、死者に鞭打つ惨状である。城壁は度重なる砲撃と“魔法”攻撃で、瓦礫の山となり、無残に焼け焦げた死体が転がっている。
攻城に要した時間はわずかであったが、反乱軍……いや、今や“アルビオン”に王さまは存在しないのだから、“
浮遊大陸の岬の突端に位置した城は、一方向からしか攻めることができない。密集して押し寄せた“レコン・キスタ”の先陣は、“魔法”と大砲の斉射を何度も喰らい、大損害を受けたという訳である。
しかし、しょせんは多勢に無勢。一端、城壁の内側へと侵入された堅城は、脆かった、王軍は、そのほとんどが“メイジ”で護衛の兵を持たなかった。王軍の“メイジ”達は、群がる蟻のような名もなき“レコン・キスタ”の兵士たちに1人、また1人と討ち取られ、散って逝ったのだ。
敵に与えた損害は大きかったが……その代償として、王軍は全滅した。文字通りの全滅であった。最後の一兵に至るまで、王軍は戦い、斃れたのだ。
詰まり、“アルビオン”の革命戦争の最終決戦、“ニューカッスルの攻城戦”は、100倍以上の敵軍に対して、自軍の10倍にも上る損害を与えた戦い……伝説となったのであった。
戦が終わった2日後、照り付ける太陽の下、死体と瓦礫が入り混じる中、長身の“貴族”が戦跡を検分していた。羽の付いた帽子に、“アルビオン”では珍しい”トリステイン“の”魔法衛士隊“の制服。ワルドだ。
彼の隣には、フードを目深に冠った女の“メイジ”――“土くれのフーケ”がいる。彼女は、“ラ・ロシェール”から“フネ”に乗り、“アルビオン”に渡って来たのである。昨晩、“アルビオン”の首都、“ロンディニウム”の酒場でワルドと合流して、この“ニューカッスル”の戦場跡へとやって来たのだ。
周りでは、“レコン・キスタ”の兵士たちが、財宝漁りに勤しんでいる。宝物庫と思しき辺りでは、金貨探しの一団が歓声を上げていた。
長槍を担いだ傭兵の1団が、元は綺麗な中庭だった瓦礫の山に転がる死体から装飾品や武器を奪い取り、“魔法の杖”を見付けて大声ではしゃいでいる。
フーケは、その様子を苦々しげに見詰めて、舌打ちを鳴らした。
そんなフーケの表情に気付き、ワルドは薄ら笑いを浮かべた。
「どうした? “土くれ”よ。貴様もあの連中のように、宝石を漁らんのか? “貴族”から財宝を奪い取るのは、貴様の仕事じゃなかったのか?」
「私とあんな連中を一緒にしないで欲しいわね。死体から宝石を剥ぎ取るのは、趣味じゃないわ」
「盗賊には、盗賊の美学があるということか」
ワルドは笑った。
「据え膳に興味はないわ。私は、大切なお宝を盗まれて、あたふたする“貴族”の顔を見るのが好きだったのよ。こいつらは……」
フーケは、チラッと王軍の“メイジ”の死体を横目で眺めた。
「もう、慌てることもできないわね」
「“アルビオン”の“王党派”は貴様の仇だろうが。“王家”の名の下に、貴様の家名は辱められたのではなかったか?」
ワルドが嘯くように言うと、フーケは冷たい、感情を抑えた声で首肯いた。
「そうね。そうなんだけどね……」
それから、ワルドの方を向いた。
「あんたも随分と苦戦したようね」
ワルドは、変わらぬ調子の声で答えた。
「まあな」
「大した奴だね。“ガンダールヴ”とあの男」
「油断したよ」
「だから言ったじゃない。あいつらは私の“ゴーレム”だってやっつけたんだ。でもまあ、この城にいたんじゃあ、生き残れなかっただろうけどね」
フーケがそう言うと、ワルドは冷たい微笑を浮かべた。
「“ガンダールヴ”といえど、しょせんはヒトだ。攻城の隊から、それらしき人物に苦戦したという報告は届いていない。奴は俺と戦って、力を消耗していた。おそらく、ただの“平民”に成り果てていただろうな。だが、あいつ、“サーヴァント”がいたということは……」
ワルドはその先の言葉を続けることはせず、口を閉じる。
「で、その手紙とやらはどこにあるんだい?」
「この辺りにあるはずだ」
ワルドは、“杖”で地面を指した。そこは2日前まで礼拝堂であった場所である。ワルドとルイズが結婚式を挙げようとした場所であり、ウェールズが命を失った場所である。
しかし、今ではただの瓦礫の山となっていた。
「ふーん、あのラ・ヴァリエールの小娘……あんたの元婚約者のポケットに、その手紙は入ってるんでしょう?」
「そうだ」
「見殺し? 愛してなかったの?」
「“愛”するとか、“愛”さないとか、そういった感情は忘れたよ」
抑揚の変わらぬ声で、ワルドはそう言った。
それからワルドは“呪文”を“詠唱”し、“杖”を振った。小型の竜巻が発生し、辺りの瓦礫が飛び散る。
徐々に、礼拝堂の床が見えて来た。
“始祖ブリミル”の像と、椅子に挟まれた間に、ウェールズの亡骸があった、椅子と像に挟まれていたおかげだろう、亡骸は潰れていなかった。
「あらら。懐かしのウェールズ様じゃない」
フーケが驚いた声を上げた。元は“アルビオン”の“貴族”だったフーケは、ウェールズの顔を覚えていた。
ワルドは、自分が殺したウェールズの亡骸に目もくれず、ルイズと才人、シオンの死体を探した。
しかし……どこにも死体はなく、見付からない。
「ホントにここで、あいつ等は死んたの?」
ワルドは中々見付からないことに、「もしかすると」といった考えが頭を過ることに気付く。
「ふーん……あら、これって“ジョルジュ・ド・ラ・トゥール”の“始祖ブリミルの光臨”じゃないの」
フーケが。床に転がった絵画を手に取った。
「と、思ったら複製か。ま、そうよね、こんな田舎の城の礼拝堂に……って、ん?」
フーケは、絵画が転がっていた床の上に、ポッコリと空いた直径1“メイル”ほどの穴を見付け、ワルドを呼んだ。
「ねえワルド、この穴、なにかしら?」
ワルドは眉を顰めると、しゃがんでフーケが指差した穴を覗き込む。彼の頬を、穴の奥から吹く冷たい風が嬲る。
「もしかして、この穴を掘って、ラ・ヴァリエールの娘と“ガンダールヴ”達は逃げたんじゃないの?」
フーケが言った。
そうに違いないと、ワルドの顔が怒りなどで歪む。
「中に入って、追いかけてみる?」
「無駄だろう。風が入って来るということは、空に通じているはずだ」
ワルドは苦々しい声で言った。
そんな様子を見て、フーケがニッコリと微笑んだ。
「あんたも、そんな顔するのね。“ガーゴイル”みたいに感情のない男だと思ったけど……どうしてどうして、気持ちが顔に出るタイプ?」
ワルドは、「からかうな」と言って立ち上がる。
遠くから、そんな2人に声がかけられる。
快活な、澄んだ声だ、
「子爵! ワルド君! 件の手紙は見付かったかね? アンリエッタが、ウェールズにしたためたという、その、なんだ、ラヴレターは……“ゲルマニア”と“トリステイン”の婚姻を阻む救世主は見付かったかね?」
ワルドは首を振って、現れた男に応えた。
やって来た男は、30代の半ばくらいの年齢だろうか。丸い球帽を冠り、緑色のローブとマントを身に着けている。一見すると聖職者のような格好に見える。しかしながら、物腰は軽く、軍人のようである。高い鷲鼻に、理知的な色を湛えた碧眼。帽子の裾から、カールした金髪が覗いている。
「閣下。どうやら、手紙は穴から摺り抜けたようです。私のミスです。申し訳ありません。なんなりと罰を御与えください」
ワルドは、地面に膝を突き、頭を垂れた。
閣下と呼ばれた男は、ニカッと人懐こそうな笑みを浮かべ、ワルドに近寄るとその肩を叩いた。
「なにを言うか! 子爵! 君は目覚ましい働きをしたのだよ。敵軍の勇将を1人で討ち取る働きをして見せたのだ! ほら、そこに眠っているのは、あの親愛なるウェールズ皇太子じゃないかね? 誇りたまえ! 君が斃したのだ! 彼は、随分と余を嫌っていたが……こうして見ると不思議だ、妙な友情さえ感じるよ。ああ、そうだった。死んでしまえば、誰もが友達だったな」
ワルドは、台詞の最後に込められた皮肉に気付き、わずかに頬を歪めた。それから直ぐに真顔に戻り、自分の上官に再び謝罪を繰り返した。
「ですが、閣下が欲しがっておられた、アンリエッタの手紙を手に入れる任務に失敗いたしました。私は閣下のご期待に添うことができませんでした」
「気にするな、同盟阻止より、確実にウェールズを仕留めることの方が大事だ。理想は、1歩ずつ、着実に進むことにより達成される」
それから緑のローブの男は、フーケの方を向いた。
「子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ。まだ僧籍に身を置く余からは、女性に声をかけ辛い」
フーケは、男を見詰めた。
ワルドは立ち上がると、男にフーケを紹介した。
「彼女が、かつて“トリステイン”の“貴族”たちを震え上がらせた“土くれのフーケ”にございます、閣下」
「おお! 噂はかねがね存じているよ! お逢いできて光栄だ。ミス・サウスゴータ」
かつて捨てた“貴族”としての名前を口にされたフーケは微笑んだ。
「ワルドに、私のその名前を教えたのは、貴男なのね?」
「そうとも。余は“アルビオン”の全ての“貴族”を知っている。系図、紋章、土地の所有権……管区を預かる司教時代に全てそらんじた。おお、ご挨拶が遅れたね」
男は、目を丸く見開いて、胸に手を添えた。
「“レコン・キスタ”総司令官を務めさせて戴いている。オリヴァー・クロムウェルだ。元はこの通り、一介の司教に過ぎぬ。しかしながら、“貴族議会”の投票により、総司令官に任じられたからには、微力を尽くさねばならぬ。“始祖ブリミル”に仕える聖職者でありながら、余などという言葉を使うのを許してくれたまえよ? 微力の行使には信用と権威が必要なのだ」
「閣下はすでに、ただの総司令官ではありません。今では“アルビオン”の……」
「皇帝だ、子爵」
クロムウェルは笑った、しかし、目の色は変わらない。
「確かに“トリステイン”と“ゲルマニア”の同盟阻止は、余の願うところだ。しかし、それよりももっと大事なことがある。なんだかわかるかね? 子爵」
「閣下の深いお考えは、凡人の私には測りかねます」
クロムウェルは、カッと目を見開いた。それから、両手を振り上げると、大袈裟な身振りで演説を開始した。
「結束だ! 鉄の結束だ! “ハルケギニア”は我々、選ばれた“貴族”たちによって結束し、“聖地”をあの忌まわしき“エルフ”どもから取り返す! それが“始祖ブリミル”により余に与えられし使命なのだ! 結束には、何より信用が第一だ。だから余は子爵、君を信用する。些細な失敗を責めはしない」
ワルドは深々と頭を下げた。
「その偉大なる使命の為に、“始祖ブリミル”は余に力を授けたのだ」
フーケの眉が、ピクンと撥ねた。
「閣下、“始祖”が閣下に御与えになった力とはなんでございましょう? 良ければ、お聴かせ願えませんか?」
自分の演説に酔うような口調で、クロムウェルは続けた。
「“魔法”の“四大系統”はご存知かね? ミス・サウスゴータ」
フーケは首肯いた。そんなことは、子供でも知っているのだから。
「その“四大系統”に加え、“魔法”にはもう1つの“系統”が存在する。“始祖ブリミル”が用いし、 “零番目の系統”だ、真実、“根源”、万物の祖となる“系統”だ」
「“零番目の系統”……“虚無”?」
フーケは青褪めた。
今は失われた“系統”であり、どのような“魔法”であったかすら、伝説の闇の向こうに消えているのだから。
「余はその力を、“始祖ブリミル”より授かったのだ。だからこそ、“貴族議会”の諸君は、余を“ハルケギニア”の皇帝にすることを決めたのだ」
クロムウェルは、ウェールズの死体を指さした。
「ワルド君。ウェールズ皇太子を、ぜひとも余の友人に加えたいのだが、彼はなるほど。余の最大の敵であったが、だからこそ死して後は良き友人になれると思う。異存はあるかね?」
ワルドは首を横に振った。
「閣下の決定に異論が挟めようはずもございません」
クロムウェルは、ニッコリと笑った。
「では、ミス・サウスゴータ。貴女に、“虚無の系統”をお見せしよう」
フーケは、息を呑んでクロムウェルの挙動を見詰めた。
クロムウェルは腰に挿した“杖”を引き抜いた。
低い、小さな“詠唱”がクロムウェルの口から漏れる。フーケがかつて聞いたことのない言葉であった。
“詠唱”が完成すると、クロムウェルは優しくウェールズの死体に、“杖”を振り下ろす。
すると……なんということであろうか、冷たい躯であったウェールズの瞳が、パチリと開いた。
それを目にした、フーケの背筋が凍り付く。
ウェールズは、ユックリと身を起こした。青白かった顔が、見る見るうちに生前の面影を取り戻して行く。まるで萎れた花が水を吸うように、ウェールズの身体に生気が漲っていくのである。
「お早う、皇太子」
クロムウェルが呟く。
蘇ったウェールズは、クロムウェルに微笑み返した。
「久し振りだね、大司教」
「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」
「そうだった。これは失礼した。閣下」
ウェールズは膝を突くと、臣下の礼を取った。
「君を余の親衛隊の1人に加えようと思うのだが。ウェールズ君」
「喜んで」
「なら、友人たちに引き合わせて上げよう」
クロムウェルは歩き出した。その後を、ウェールズが生前と変わらぬ仕草で歩いて行く。
フーケは呆然として、その様子を見つめていた。
クロムウェルが思い出したように立ち止まり、振り向いて言った。
「ワルド君、安心したまえ。同盟は結ばれても構わない。どの道“トリステイン”は裸だ。余の計画に変更はない」
ワルドは会釈した。
「外交には2種類あってな、杖とパンだ。取り敢えず“トリステイン”と“ゲルマニア”には温かいパンをくれてやる」
「御意」
「“トリステイン”は、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの“王室”には“始祖の祈祷書”が眠っているからな。“聖地”に赴く際には、ぜひとも携えたいものだ」
そう言って満足げに頷くと、クロムウェルは去って行った。
クロムウェルとウェールズが視界の外に去った後、フーケはやっとの思ういで口を開いた。
「あれが、“虚無”……? 死者が蘇った。そんな馬鹿な」
ワルドが呟いた。
「“虚無”は“生命を操る系統”……閣下が言うには、そういうことらしい。俺にも信じられんが、目の当たりにすると、信じざるをえまい」
フーケは震える声で、ワルドに尋ねた。
「もしかして、あんたもさっきみたいに、“虚無”の“魔法”で動いてるんじゃないだろうね?」
ワルドは笑った。
「俺か? 俺は違うよ。幸か不幸か、この命は生まれ付きのモノさ」
それからワルドは、空を仰いだ。
「しかしながら……数多の命が“聖地”に光臨せし“始祖”によって与えられたとするならば……全ての人間は“虚無”の“系統”で動いているとは言えないかな?」
フーケはギョッとした顔になって、胸を押さえ、心臓の鼓動を確かめた。
「そんな顔をするな。これは俺の想像だ。妄想と言っても良い」
ホッとフーケは溜息を吐いた。それからワルドを恨めしげに見つめる。
「驚かせないでよ」
ワルドは右手で、左腕を撫でながら言った。
「でもな、俺はそれを確かめたいのだ。妄想に過ぎぬのか、それとも現実なのか、きっと“聖地”のにその答が眠っていると、僕は思うのだよ」
俺たちが、“魔法学院”に帰還してから3日後に、正式に“トリステイン王国”王女アンリエッタと“帝政ゲルマニア”皇帝アルブレヒト3世との婚姻が発表された。式は1ヶ月後に行われる運びとなり、それに先立ち、軍事同盟が締結されることとなった。
同盟の締結式は、“ゲルマニア”の首都“ヴィンドボナ”で行われ、“トリステイン”からは宰相のマザリーニ枢機卿が出席し、条約文に署名した。
“アルビオン”の新政府樹立の公布がなされたのは、同盟締結式の翌日。両国の間には、直ぐに緊張が奔ったが、“アルビオン帝国初代皇帝”クロムウェルは直ぐに特使を“トリステイン”と“ゲルマニア”に派遣し、不可侵条約の締結を打診して来た。
両国は、協議の結果、これを受けた。両国の空軍力を合わせても、“アルビオン”の艦隊には対抗し切ることはできないだろう。喉元に短剣を突き付けられたような状態での不可侵条約であったが、まだ軍備が整わぬ両国にとって、この申し出は願ったりであった。
そして……“ハルケギニア”に表面上は平和が訪れた。政治家たちにとっては、夜も眠れない日々が続くことになったが、他の“貴族”や、“平民”にとってはいつもと変わらぬ日々が待っていた。
それは、“トリステイン”の“魔法学院”でも例外ではなかった。