ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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愉快なへび君

 “アルビオン”から帰って来た翌日。

 教室に入ると、直ぐにシオン達のクラスメイト達が俺たちを取り囲んだ。そして、俺たちへと矢継ぎ早に質問をして来るのだ。

 どうやら、俺たちが“学院”を数日空けていた――欠席をしていた間に、“なにやら危険な冒険をして、とんでもない手柄を立てらしい”などといった噂があるらしい。

 事実、“魔法衛士隊” の隊長であるワルドと出発するところを何人かの生徒たちに目撃されている。見られないように準備をして出かけるなんていうことは、あの状況などでは不可能に近かったのだから。

 キュルケとタバサとギーシュは、既に席に着いている様子である。その周りにも、やはり何人かのクラスメイト達一団が取り囲んでいた。

「ねえシオン、授業を休んでいったいどこに行ってたの?」

 1人の女生徒が質問を投げかける。それに対し、シオンはやはり困った様子を見せるばかりである。答えるに答えられないのだ。密命、特命……。他言無用の任務の為に出かけていたのだから。

 チラリと既に席に着いている3人へと目を向ける。

 キュルケは優雅に化粧を直している。タバサはジッと本を読んでいる。何も知らないクラスメイト達に話すような性格ではないし、お調子者でもない。口は軽くないのだ。

 クラスメイト達は、そんな押しても引いても自分のペースを崩さずなかなか口を割らない2人に業を煮やしたのだろう。ギーシュ、シオンと俺、そして今仕方入って来たルイズと才人へと矛先を変えたて来た。

 ギーシュは、取り囲まれてチヤホヤされるのが大好きだということもあって、少しばかり調子に乗ってしまっている様子である。「君たち、僕に訊きたいかね? 僕が経験した秘密を知りたいかね? 困った兎ちゃんだな! あっはっは!」と呟くなり脚を組み、人差し指を立てたため、彼は人壁を掻き分けて近付いたルイズに頭を引っ叩かれてしまう。

「なにをするんだね!?」

「口が軽いと、姫さまに嫌われるわよ。ギーシュ」

 アンリエッタを引き合いに出されたこともあり、ギーシュは黙ってしまう。

 2人のそんな様子を目にし、クラスメイト達はますます「なにかある」と勘繰った様子である。

 再び、ルイズとシオンを取り囲み、やいのやいのとやり始めた。

 俺たちを囲んでいたクラスメイト達もまた、同様に質問などを再開して来る。

「シオン、ねえ?」

「ルイズ! ルイズ! いったい何があったんだよ!?」

 口々飛んでくる質問に、ルイズは目を逸しながら返答する。

「なんでもないわ。ちょっとオスマン氏に頼まれて、“王宮”までお遣いに行ってただけよ。ねえギーシュ、キュルケ、タバサ、シオン、そうよね?」

 キュルケは意味深な微笑を浮かべて、磨いた爪のカスをフッと吹き飛ばした。

 ギーシュは首肯いた。

 タバサはジッと本を読んでいる。

 シオンもまた、首肯く。

 隠し事をしているということもあり、皆頭にきたのだろう、口々にルイズに対して負け惜しみを並べ始めた。

「どうせ、大したことじゃないよ」

「そうよね、“ゼロのルイズ”だもんね、“魔法”のできないあの娘になにか大きな手柄が立てられるなんて思えないわ! フーケを捕まえたのだって、きっと偶然なんでしょう? あの“使い魔”が、たまたま“破壊の杖”の力を引き出して……」

 見事な巻き毛を揺らして、モンモランシーが厭味ったらしく口にする。

 ルイズは悔しそうに唇をぎゅっと噛み締めたが、なにも言わない。

 澄ました顔で去って行くモンモランシーの足に向かって、才人はさり気なく自身の足を差し出した。彼女はツンと済まして上を向いていたこともあって、足元に気付かず、彼の足に引っかかり転んでしまう。

「きゃあ!?」

 ビターンと床に真正面から転んだ彼女は、鼻を真っ赤にして怒り狂った。

「なにをするのよ! “平民”のくせに“貴族”を転ばせるなんてどういうこと!?」

 ルイズが横から口を出した。

「あんたがよそ見をしてるのが悪いんでしょう?」

「なによ! “平民”の肩を持つ訳? ルイズ! “ゼロのルイズ”!」

 モンモランシーがそう騒ぐと、ルイズは言い放った。

「サイトは“平民”かもしれないけど、わたしの“使い魔”よ。洪水のモンモランシー。彼を侮辱するのは、わたしを侮辱することと同じよ。文句があるならわたしに言いなさい」

 ルイズがそう言うと、モンモランシーはフンッ! とつまらなさそうに唸り、去って行った。

 才人は、思わず目を細め、うっとりとルイズを生暖かく見つめている。

「で、シオン。ホントのところはどうなのよ?」

 それでもまだ、シオンと俺の周りには人集りがあり、矢継ぎ早に質問を投げかけて来る。

「ええっと、ルイズが言った通り、オスマン学院長からの頼みで“王宮”に行ったのは本当だよ? それで、その内容の方だけど……」

 そんなシオンの言葉に、ルイズ達は一斉に俺たち2人へと振り向く。

 一拍ほど置いた後、シオンは口を再び開く。

「在学中はまだ大丈夫だけど、卒業後どうするのかって話をね……ルイズ達はお伴みたいなもの、かな……」

 その言葉に、皆は「そういうことか」とそれぞれ首肯いた。

 シオンが“アルビオン”の“王族”ということは秘密ではあるが、そこから留学して来ているということは周知の事実なのである。

 “アルビオン”で内乱が起こり、そこで新政府が樹立し、戦争になる可能性があるというのは皆知っており、予想もしている。そういったことからの話なのだろうということを皆理解した。

「でも、シオン達が出た後に新政府ができたんだろ? なら」

「内乱はその前から起きてたの。だから」

 一生徒からの質問に、シオンは苦い笑みを浮かべながら答える。

 そうしていると、教室にミスタ・コルベールが入って来た。

 

 

 

「さてと、皆さん」

 コルベールは淋しげな頭を、ポンッと叩いた。

 彼は昨日まで、“土くれのフーケ”が脱獄した一件で、「城下に裏切り者が! すわ“トリステイン”の一大事!」と怯えていた。が、今朝になってオスマンに呼び出され、「とにかくもう大丈夫じゃ」と言われたので安心して、いつもの暢気な彼に戻っていた。もともと彼は政治や事件にはあまり興味がないのである。

 彼が興味があるのは、学問と歴史と……研究だ。だから彼は授業が好きだった。自分の研究の成果を、存分に開陳できるのだから。

 そして本日、彼は嬉しそうに、デンッ! と机の上に妙なモノを置いた。

「それはなんですか? ミスタ・コルベール」

 生徒の1人が質問した。

 それは、妙としか表現ができない物体であった。長い円筒状の金属の筒に、これまた金属のパイプが延びている。パイプには鞴らしきモノに繋がり、円筒の頂上にはクランクが付いている。そしてクランクは円筒の脇に立てられた車輪に繋がっている。さらに、車輪は、扉の付いた箱に、ギアを介してくっ付いている。

 それらの構造を一目見ただけで、俺はそれがいったいなんなのか、どういったモノで、どういった風に使用するのか理解することができた。

 生徒たちは「いったいなんの授業を始める気だろう?」と興味深そうにその装置を見守っている。

 コルベールはおほん、ともったいぶった咳をすると、語り始めた。

「えー、“火系統”の特徴を、誰かこの私に開帳してくれないかね?」

 そう言うと、教室を見回す。

 教室中の視線が集まった。“ハルケギニア”で“火系統”と言えば、“ゲルマニア貴族”である。その中でもツェルプストー家は名門だ。そして彼女、“二つ名”の“微熱”の通り、その例に漏れず、“火”の“系統”が得意なのである。

 キュルケは授業中であるのにも関わらず、爪の手入れを続けていた。鑢で磨く爪から視線を外さず、気怠げに答えた。

「情熱と破壊が“火”の本領ですわ」

「そうとも!」

 自身も“炎蛇”の“二つ名”を持つ、“火”の“トライアングルメイジ”であるコルベールは、ニッコリと笑って言った。

「だがしかし、情熱はともかく、“火”が司るモノが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、“火”は使いようですぞ。使いようによっては、色んな楽しいことができるのです。良いかねミス・ツェルプストー。破壊するだけじゃない。“戦いだけが火の見せ場ではない”」

「“トリステイン”の“貴族”に、“火”の講釈を承る道理がございませんわ」

 キュルケは自信たっぷりに言い放つ。

 コルベールは、彼女の厭味にも動じず、ニコニコとしている。

「でも、その妙な絡繰りはなんですの?」

 キュルケは、キョトンとした顔で、机の上の装置を指さす。

「うふ、うふふ。よくぞ訊いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と、“火”の“魔法”を使って、動力を得る装置です」

 ルイズやシオン、キュルケを始め生徒達はポカンと口を開けて、その妙な装置に見入っている。才人もまた、ジッと見入っている。

 コルベールは続けた。

「まず、この鞴で油を気化させる」

 コルベールはシュコッ、と足で鞴を踏んだ。

「すると、この円筒の中に、気化した油が放り込まれるのですぞ」

 慎重な顔で、コルベールは円筒の横に開いた小さな穴に、“杖”の先端を差し込んだ。彼は、“呪文”を唱える。すると、断続的な発火音が聞こえ、発火音は続いて気化した油に引火し、爆発音に変わった。

「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いている!」

 すると円筒の上にくっ付いたクランクが動き出し。車輪を回転させた。回転した車輪は箱に付いた扉を開く。するとギアを介して、ピョコッピョコッと中から蛇の人形が顔を出した。

「動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! するとヘビくんが! 顔を出してピョコピョコご挨拶! 面白いですぞ!」

 “ヘビくん”というのは、彼の“二つ名”である“炎蛇”から取って来たのであろう。

 生徒たちは、ボケッと反応薄気にその様子を見守っている。熱心にその様子を見ているのはシオンと、才人、そして俺だけだった。

 誰かが恍けた声で感想を述べた。

「で? それがどうしたっていうんですか?」

 コルベールは自慢の発明品が、ほとんど無視されているので悲しくなった様子を見せる。彼は、おほんと咳をすると、説明を始めた。

「えー、今は“愉快なヘビくん”が顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷物に載せて車輪を回せる。すると馬がいなくても荷車は動くのですぞ! 例えば海に浮かんだ“船”の脇に大きな水車を付けて、この装置を使って回す! すると帆が要りませんぞ!」

「そんなの、“魔法”で動かせば良いじゃないですか。なにもそんな妙ちくりんな装置を使わなくても」

 生徒の1人がそう言うと、ほとんどの生徒たちが「そうだそうだ」と言わんばかりに首肯き合った。

「諸君! 良く見てみなさい! もっともっと改良すれば、なんとこの装置は“魔法”がなくても動かすことが可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を“火”の“魔法”に頼っているが、例えば火打ち石を利用して、断続的に点火できる方法が見付かれば……」

 コルベールは興奮した調子で捲し立てるたが、生徒たちのほとんどは「いったいそれがどうしたって言うんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべている。コルベールの発明の凄さに気付いているのはやはり、俺とシオン、そして才人の3人だけである。

「先生! それ、素晴らしいですよ! それは“エンジン”です!」

 才人は思わず立ち上がって、叫んだ。

 教室中の視線が彼へと一斉に注がれ、シオンと俺はうんうんと首肯いている。

「えんじん?」

 コルベールはキョトンとして、才人を見つめた。

「そうです。俺たちの世界じゃ、それを使って、さっき先生が言った通りのことをしてるんです」

「なんと! やはり、気付く人は気付いている! おお、君はミス・ヴァリエールの“使い魔”の少年だったな」

 コルベールが開発したのは、“エンジン”の雛形、原型と言えるモノだろう。これを改良し発展させることで、彼が言った通り、「馬を必要としないで済む」ようになるだろう。そして、その技術などの進歩次第では、馬以上の速度を出すモノ、果てには“ウィンドドラゴン”すらをも超越する速度を出すモノを生み出すことすらできるだろう。実際に、今この時代の“地球”では出来ているのだから。

 だが、ここ“ハルケギニア”が“地球”と同等のレベルの技術や技能を持っていたとしても、ほとんどの技術などは“魔法”に取って代わることはできないと言えるだろう。それほどに、この世界の“魔法”は利便性が高いのである。例えばそう、“錬金”や“固定化”だ。もし、“地球”にここ“ハルケギニア”の“魔法”が存在し使用できるのであれば、レアアースを始め金属資源問題は簡単に解決され、ウランと非ウランなどを“錬金”しエネルギー問題を解決、気体を“錬金”することでCO2を始め大気汚染問題すらも解決、資源遺産の修繕を必要としなくなるなどといった芸当が可能になるのだから。

 そういった理由を理解してはいないだろう生徒たちをよそにして、才人は自身の知識内にある“エンジン”についてを思い出しながら言った。

 コルベールは、彼が“伝説の使い魔”――“ガンダールヴ”の“ルーン”を手の甲に浮かび上がらせた少年であることを思い出した。あの件はオスマンが「儂に任せなさい」と言ったこともあってしばらく忘れていたが……先ほどの発言と合わせ、才人に改めて興味を抱いた様子を見せる。

「君はいったい、どこの国の生まれだね?」

 身を乗り出して、コルベールは才人に訊ねる。

 ルイズがそんな才人の裾を引っ張り、軽く睨んで見せた。

「……余計なこと言うんじゃないの。怪しまれるわよ」

 才人は「それもそうだ」と思ったのだろう、再び席に着いた。

「君は、いったい、どこの生まれなのだね? うん?」

 だが、コルベールは目を輝かせて才人に近付いた。彼も彼で、気になったことに対して一直線という質である。

 そんな目を輝かせて乗り出してくるコルベールに対し、才人とルイズは慌ててしまう。

「失礼、ミスタ・コルベール。俺たちは、ここから東方にある……貴方方が言うところの、“ロバ・アル・カリイエ”の方から来たのです」

 “召喚”時に“聖杯”から与えられたこの世界――“ハルケギニア”の“知識”から単語を引き出し、2人の代わりに俺がそう答える。

 それを聞いて、コルベールや他の生徒たちは驚いた表情を浮かべた。

「なんと! あの恐るべき“エルフ”の住まう地を通って! いや、“召喚”されたのだから、通らなくても“ハルケギニア”へはやって来れるか。なるほど……“エルフ”達の治める東方の地では、学問、研究が盛んだと聞く。君たちはそこの生まれだったのか。なるほど」

 コルベールは納得したように頷いた。

 才人は「なにそれ?」といった顔でルイズの方を向き、彼女は「彼に合わせなさい」と言うように、才人の足を踏ん付けた。

「そ、そうです。俺たちはその、ロバなんとかからやって来たんです」

 コルベールはうんうんと頷くと、装置の方へと戻った。そして、再び教壇に立ち、教室を見回す。

「さて! では皆さん! 誰かこの装置を動かしてみないかね? なあに! 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴に、“杖”を差し込んで“発火”の“呪文”を断続的に唱えるだけですぞ! ただ、ちょっとタイミングにコツが要るが、慣れればこのように、ほれ」

 コルベールは鞴を足で踏み、再び装置を動かした。

 爆発音が響き、クランクと歯車が動き出す。そして蛇の人形がピョコピョコと顔を出す。

「“愉快なヘビくん”がご挨拶! このように! ご挨拶!」

 しかし、誰も手を挙げようとしない。

 シオンは行きたそうにしているが、周りの皆がそうではないこともあって、下手に空気を読んでしまい、挙手できないでいる様子だ。いや、より正確に言えば、ただ、“愉快なヘビくん”の構造を知りたい、といった様子である。

 コルベールはなんとか自分の装置に対する生徒の興味を惹こうと、“愉快なへび君”を採用したのだが、まったくウケなかった様子である。

 コルベールはがっかりして、肩を落とした。

 すると、モンモランシーが、ルイズを指さした。

「ルイズ、貴女、やってごらんなさいよ」

 コルベールの顔が輝いた。

「なんと! ミス・ヴァリエール! この装置に興味があるのかね?」

 ルイズが困ったように、首を傾げた。

「“土くれのフーケ”を捕まえ、なにか秘密の手柄を立てた貴女なら、あんなこと造作もないはずでしょう?」

 疑うといった非道い考えなのかもしれないが、どうやらモンモランシーはルイズに失敗させて恥を掻かせようとしている、もしくは、確かめようとしているのだろう。

 なおも、モンモランシーは挑発を続ける。

「やってごらんなさい? ほら、ルイズ。“ゼロのルイズ”」

 “ゼロ”と呼ばれ、ルイズは頭に来た様子だ。

 ルイズは立ち上がると、無言でツカツカと教壇に歩み寄った。

 才人はルイズのそんな様子を見て、モンモランシーを睨み付けた。

「おいモンモン」

「モンモンですって!? 私はモンモランシーよ!」

「ルイズを挑発すんなよ! “爆発”すんだろうが!」

 言ってから、才人は「しまった」といった様子を見せる。

 教壇の上からルイズの才人の台詞を聞き付け、目尻を吊り上げた。

 前列の生徒たちが、コソコソと椅子の下に隠れる。

 ただ、シオンは椅子に座り、ルイズを真っ直ぐに見つめている。

 才人の台詞で、ルイズの実力と結果と“二つ名”の由来を思い出したのだろうコルベールは、その決心を翻させようと、オロオロと説得を試みた。

「あ、いや、ミス・ヴァリエール。その、なんだ、うむ。また今度にしないかね?」

 冷たい声で、ルイズは「わたし、洪水のモンモランシーに侮辱されました」と言った。彼女の鳶色の瞳が、怒りで燃えている。

「ミス・モンモランシーには、私からよく注意をしておくよ。だから、その、“杖”を収めてくれんかね? いやなに、君の実力を疑う訳ではないが、“魔法”はいつも成功するという訳ではない。ほら、言うではないか。“ドラゴンも火事で死ぬ”、と」

 だが、その言葉自体が、逆に挑発じみたモノになってしまっている。

 ルイズはキッ! とコルベールを睨んだ。

「やらせてください! わたしだって、いつも失敗している訳ではありません。たまに、成功、します。たまに、成功する時が、あります」

 ルイズは自分に言い聞かせるように、区切って言った。声が震えている。ルイズの怒りが頂点に近くなると、声が震えるのだ。

 こうなっては、誰も彼女を止めることはできない。いや、難しいだろう。例え、シオンであったとしてもだ。

 コルベールは天井を見上げ、嘆息した。

 ルイズはコルベールがしたように、足で鞴を踏んだ。

 気化した油が、円筒の中に送り込まれる。

 それから、目を瞑り、大きく深呼吸をすると、おもむろに円筒に“杖”を差し込んだ。

「ミス・ヴァリエール……おお……」

 コルベールが、祈るように呟いた。

 ルイズは朗々と、可愛らしい鈴の音のような声で、“呪文”を“詠唱”した。

 教室中の俺を除いた全員がピキーンと緊張する。シオンは、友人の“魔法”が成功するように祈っている。

 俺は静かに、“風系統”の“魔法”と“風属性”の“魔術”の使用、そして自身とシオン、そして友人たちの前に“魔力障壁”を展開する。

 期待通りかそうではないのか、順当に円筒の装置ごと爆発を起こし、ルイズとコルベールは黒板へと吹き飛ばされる。が、直撃は回避される。

 生徒たちから悲鳴が上がる。

 爆発は油に引火して、辺りに炎を振り撒いた。

 生徒たちは逃げ惑った。

 椅子や机が燃える中、ルイズはムックリと立ち上がった。見るも無残な格好である。制服は焼け焦げ、可愛らしい清楚な顔は煤だらけ。そして、大騒ぎの教室意に介した風もなく、腕を組んで呟いた。

「ミスタ・コルベール。この装置、壊れやすいです」

 コルベールは気絶していたので、答えることができないでいる。代わりに生徒たちが口々に喚いた。

「お前が壊したんだろ! “ゼロ”! “ゼロのルイズ”! いい加減にしてくれよ!」

「と言うか燃えてるよ! 消せよ!」

 シオンとモンモランシーが立ち上がり、“水系統”の“魔法”の“呪文”の1つである“ウォーター・シールド”を唱えた。俺もまた、彼女たちと同様に “ウォーター・シールド”を使用する。

 現れた水の壁が、炎を消し止めた。

 それからモンモランシーは勝ち誇ったように、ルイズへと言った。

「あら、もしかして、余計なお世話だったかしら? なにせ貴女は優秀な“メイジ”だもんね。あのくらいの火、どうってことないモノね」

 ルイズは悔しそうに、キッと唇を噛み締めた。

「駄目だよ、モンモランシー。そんなこと言っちゃ。ルイズ、気にしないでね。まだ、貴女だけの“魔法”の使い方がわかっていないだけなんだよ。だから、練習を重ねてそれを知れば良いだけだし。それにね、セイヴァーから聞いたんだけど、“ロバ・アル・カリイエ”には“失敗は成功の母”っていう諺があるらしいわ」

 シオンのそのフォローにならないフォローに、ルイズは小さく首肯いた。

 

 

 

 その夜……。

 教室の後片付けが終わったのは夜だった。

 ルイズと才人はもちろんだろうが、シオンと俺はその手伝いをしていたのだ。

 “魔法”を使用しなかったこともあって、燃えた教室の机を取り替え、水浸しになった床を吹き上げる作業は大変と言えるモノだった、

 3人とも、クタクタになっている様子を見せていた。

 シオンは着替えを済ませ、そして彼女と俺はルイズの部屋を訪れる。ドアをノックすると、ルイズから「どうぞ」といった旨の言葉が返って来る。

 入室をすると、ルイズは着替えを済ませており、彼女はベッドの上に、才人は藁束の上にいるのが見えた。

「ちょうど、サイトが帰る方法のことを話してたの」

「帰る方法?」

 ルイズのその言葉に、シオンはこちらを見遣る。

「でも、どうすれば良いのか、判んないの。異世界なんて、聞いたことないし。あんた達の世界って……“魔法使い”がいないのよね?」

「いない」

「月が1つしかないのよね?」

「ない」

「変なの」

 ルイズの確認に、才人が答え、彼女は小さく呟いた。

「変じゃねえよ。こっちの方が変だ。大体、“魔法使い”って、ナメてる」

「なによそれ。まあ良いわ。で、あんたって向こうでなにしてたの?」

「高校生」

「高校生って、なに?」

「まあ、お前らがやってることとあんまり変わらねえよ。勉強するのが仕事だ。良くわかんねえけど。そんな感じ」

 ルイズの質問に、才人は思い出すように口にする。

 だが、やはりルイズやシオンには理解できないのだろう。 ? を頭に出している。

 補足する才人だが、彼自身も実際には良く理解はできていない様子であった。だが、それも仕方がないだろう。その全てを完全に理解できているのであれば大したモノだ。

「それで、大きくなったらなにになるの?」

「サラリーマンかな? 普通だったら」

「サラリーマンってなに?」

「働いて、給料を貰うんだ」

 面倒臭くなって来たのだろう、才人はテキトウに答えた。

「ここで言う、ギルド、それに似た集団に入り、働き、30日ほどに1回にその働いた分だけ給金を貰う。そんなモノだ」

 そこに、俺は自己解釈し、出来る限り噛み砕いた説明をルイズとシオンへとする。

「ふぅん。良く、理解んないけど。あんたはそれになりたいの?」

 才人はルイズの質問に、黙ってしまっている。

 高校生で将来なにになりたいかなど、明確なそれをイメージし、抱いている者など少ないだろう。

「わかんね。あんまりそういうこと、考えたことなかったし」

「セイヴァーは?」

 そこで、才人が答えた後、シオンは俺へと同様の質問をして来る。

 だが、俺はそこで言葉に窮してしまった。前世での俺は、家に引き篭もっていただけのいわゆるニートというモノであった。していたことと言えば、飯食って寝る、パソコンを触るくらいのモノだったのだから。家事手伝いすらもしていなかったのだから。

「そうだな……自宅警備、といったところか……」

 その言葉に、才人は駄目人間を見る目で俺を見てきた。

「あのワルドが言ってたわ。あんたは“伝説の使い魔”だって。あんたの手の甲に現れたのは“ガンダールヴ”の印だって」

「うん。みたいだな。ま、俺には良くわかんないけど。あの剣……デルフリンガーも、その“ガンダールヴ”が持ってた剣らしいぜ」

「それって、ホントなのかしら?」

「まあ、ホントなんだろうな。じゃなけりゃ、あんな風に“武器を使いこなせる”ことなんてできないよ」

「だったら、どうしてわたしは“魔法”ができないの? あんたが“伝説の使い魔”なのに、どうしてわたしは“ゼロのルイズ”なのかしら? 嫌だわ」

「そんなの俺にはわかる訳ないだろ」

 ルイズと才人は会話を続け、そして彼女はしばらく黙っていたが……少しばかり真面目な声で口を開いた。

「あのね、わたしね、立派な“メイジ”になりたいの。別に、そんな強力な“メイジ”になれなくても良い。ただ、“呪文”をきちんと使いこなせるようになりたい。得意な“系統”もわからない。どんな“呪文”を唱えても失敗なんて嫌」

 シオンと俺、才人は黙って彼女の言葉を聞き続ける。

「小さい頃から、わたし、駄目だって言われてた。お父さまも、お母さまも、わたしにはなんにも期待してない。クラスメイトにも馬鹿にされて。“ゼロ”、“ゼロ”って言われて……わたし、ホントに才能ないんだわ。得意な“系統”なんて、存在しないんだわ。“魔法”唱えても、なんだがぎこちないの。自分でも理解ってるの。先生や、お母さまや、お姉さまが言ってた。得意な“系統”の“呪文”を唱えると、身体の中になにかが生まれて、それが身体の中を循環する感じがするんだって、それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時、“呪文”は完成するんだって。そんなこと、1度もないもの」

 ルイズの声が、小さくなる。

「でもわたし、せめて、皆ができることを普通にできるようになりたい。じゃないと、自分が好きになれないような、そんな気がするの」

 ルイズは落ち込んでいるようで、だが、なんと言って慰めれば良いのかわからないのだろう、困っている様子を才人とシオンは見せた。

 しばらく時間が経って、才人はやっとのことで口を開く。

「別に……“魔法”ができなくたって、お前は普通だろ。いや、その……普通どころじゃなくて。可愛いし。それに最近は優しいところもあるし。立派なところだってあるし。別に、“魔法”ができなくたって、大した人物だと……」

 しどろもどろになって才人はそう言った。

 ルイズの表情は少しばかりマシなモノになる。

「口を挟んですまないが、少し良いだろうか?」

 俺の言葉に、ルイズと才人、シオンの3人がこちらへと振り向き、ルイズは「どうぞ」と許可してくれる。

「確認だが、“魔法”は失敗するとどうなる?」

 シオンは「なにも起きないわ」と答える。

「フフッ、なるほどな……」

 そこで俺は思わず嘲笑ってしまう。だが、それは“原作”などの事前知識がある(カンニングをしている)からこそなのだが。

 そして、突然に笑い出した俺に、3人が注目する。

「いや失礼……ルイズ、君は“魔法”が使えない訳ではない。実際に使えているではないか」

「なにを言ってるのよ。今日だって失敗したじゃない!」

 俺の言葉に対し、ルイズは夜であることもあって小さな声で叫ぶという器用な真似をしてみせた。

「先ほど確認した通り、失敗すれば何も起きない。ということは成功しているんだ。詰まり、それら唱えた“呪文”の“魔法”の結果が“爆発”へとすり替わる――変化してしまっているだけだ」

 その俺の言葉――ごく当たり前の指摘に、3人はハッとした表情を浮かべる。

「なら、どうして爆発するの?」

「それは、いずれ理解るだろうさ。いずれ、な……」

 そこで会話は終了し、シオンと俺はしばらくした後に退出する。

 シオンは自身の部屋へと戻ると直ぐに、自身のベッドで眠りに就く。

 静かな空間に、彼女の小さく可愛らしい吐息と寝息が控えめに響く。彼女の華奢な身体は小気味良く呼吸によって上下に動いている。

 俺はそんな彼女へと1度目を向けた後、“霊体化”した。

 

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