シオンが寝息を立てぐっすりと睡眠を始めて少し。
彼女へと目を向け、少しばかり思考の海を泳ぐ。
(彼女は“原作”である“ゼロの使い魔”には出て来なかった、いや、いたのかもしれないが、それでも表には出て来なかったのは確かだ。これは、やはり俺がこの世界に“転生”したことによる影響か……)
“神様転生”をしたことによる影響やバタフライエフェクトなどが原因と否定することはできないだろう。俺が原因となって彼女が生まれたか、それとも表舞台に出ることはなかったはずが出る羽目になってしまったのか。
だが、前世での知識では、そういったキャラクターの設定すらなかった。
いや、そもそもの話、ここは“ゼロの使い魔”がベースとなっているだけの別の世界であるのだ。
そうすると、|過去や未来の出来事で変化が起きているモノがあるかもしれない《俺の知らない展開があるかもしれない》、と考えることができるだろう。
目を閉じ、意識を遠くへと飛ばす。
今この時間の世界全体を、そして時間を超え過去や未来へと。
目を閉じているにも関わらず、開いているのと同じように景色らしきモノが次々と目粉るしく変化して行く。ビデオなどを早送りをしているように、だ。
(まあ、今のところは特にこれといった変化はなし、か……)
少しばかり安堵し、息を吐き出す。
未来とは不安定なモノであり、いつどんな理由や要因、原因などで分岐し変化してもなにも可怪しくはない……ただそれでも、この世界は
気持ちを切り替え、俺は身体を“霊体化”させた後、シオンの部屋から出て周囲を散策する。
「……月が2つ。本当に“転生”することに成功したようだな……そして、“地球”とは違う星、世界……ありえないコト、ではないな……」
先ほどからずっと“神様転生”をしたということを理解はしてはいたが、それでも実感を覚えてはいなかった。
“魔法”で生徒たちが浮かび上がり飛んでいたのを目にしてもまだ、だ。
だが、眼の前――真っ黒な空に浮かぶ2つの月を目にして……流れる風や空気、“魔力”などを感じ取ることでようやく実感を抱く。
(これでは、才人を笑えないな。にしても、あいつもかなり動揺しているだろうな……)
あらかじめ知識として知っており覚悟をしていた自分とは違い、彼はいきなり拉致同然に連れ出され異世界――“ハルケギニア”へと“召喚”されてしまったのだから。
「さて――」
“霊体化”を解き、実体へと変化させる。
大地に脚を着け、踏み締める。
土の柔らかな感触、草木の青々とした匂いなどを感じ取ることができる。
気持ちを切り替え、先にするべきことを熟すために周囲へと感覚を広げて行く。
流れる"魔力"の奔流、とまでは行かなくとも流出している箇所を探し出す。
目で見ることは難しいそれを感じ取り、俺はそのいくつかある場所の1つへとユックリとした足取りで向かう。
そんな場所や“魔力”へと少しばかり干渉――自身の“魔力”を注ぎ込み方向性や指向性などを与える。
「まあ、こんなところか……――!」
後ろから近付いて来る“魔力”を感じ取る。
その“魔力”はここに存在する他の“魔力”のうち、その上位に喰い込むほどに澄み強いモノだと感じられる。
だが俺は後を振り返ることはせず、静かに接近して来る存在へと意識を向け、言葉をかける。
「“韻竜”……イルククゥ、か……」
「どうして貴方のような方が人間の側に……力を貸しているのね?」
「なぜ、と問いますか。そうですね……元々ヒトだったから。そしてなにより頑張っている誰かの応援や後押しをしてやりたい、と思っているからといった理由かな」
「…………」
「不服、不満かな?」
「…………」
“韻竜”は高い知性を持っている“ドラゴン”とされている。人語を操るといったところから見ても、それを理解することは簡単であろう。
そして、“韻竜”に関して、人間たちの間では、彼女ら“韻竜”は絶滅した、と思われている。
先の、高い知性を持つといったところからだろうか。ヒトを見下している“韻竜”が多いと感じられる。
ゆえに、だろうか。“なぜヒトに力を貸すのか”という質問、俺の返答に対するその様子からもあまり好ましい感情を抱いてはいない様子に見えた。
「そのうち、お前もまた理解できるだろう……自身を“召喚”した者がどういった存在かを……そして――」
“原作”である“ゼロの使い魔”のいくつかのシーンを思い出す。
そして、そこで笑顔を見せる彼と彼女、そして彼女たち。
「ではな、イルククゥ。また朝にでも」
俺はそう言葉を口にして、自身の身体を"霊体化"させる。
「お早うマスター、実によい朝だぞ」
窓のカーテンを開き、朝の陽の光を部屋の中へと招き入れ、シオンへと言葉をかける。
「ううん……お早う、セイヴァー……」
寝惚け眼をこすり、ユックリと身を起こすシオン。
寝起きということもあって、今の彼女はとても無防備な状態であると言えるだろう。
そう。今彼女は、薄い寝間着を着用し、そしてその服も纏っているだけと言ってもいい状態である。
鎖骨をはじめ色々と見え、一定層のニッチな人物たちの目を釘付けにするであろう状態の彼女に対して、俺は後を向きながら口を開く。
「まずは着替えると良い。だが、すまないが自分の力で着替えて欲しい」
「……どうして?」
「そうだな。下僕や“使い魔”という点を差し引いてもだが、男性が女性の身体に触れるということには少し敏感になるべきだと思うが、どうだろうか?」
「そう……かもしれないわね。でもそれって、貴男がいた世界での常識的なモノ?」
「そうだ。いえ、そうです」
「言葉遣いなんてそんなに気にしなくても良いよ、セイヴァー」
自身が生きていた前世での世界。そこで中途半端に植え付けられた――学んだ良識や常識といったモノからの自身の考えを簡単に述べて行く。
だがハタと途中で口を閉じ、口調を改める。
すると、シオンはそれに対して小さく、そして可愛らしく笑うのであった。
そう笑いながら彼女は慣れた様子で服を着替えて行くのがわかる。
「準備できたよ。じゃあ行こうか、セイヴァー」
「ああ。ところで、どこに行くんだい?」
今から行く場所なんていうモノは推測や予想、そして理解することなどは簡単にできてしまう。が、敢えて俺は彼女へと質問を投げかける。
「食堂だよ、セイヴァー」
シオンと共に部屋から出ると、まず最初に目に入って来るのは、同種の樹木を加工して作ったモノであろう壁。そして先ほどまでいた部屋の横の方へと目を向けると、同様に壁といくつかのドア。
そしてそんな部屋のドアの1つ、その前で2人の少女が会話をし、その横に1人の少年がいる。
1人は昨日少しばかり会話もした少女。ルイズ。“
1人は、燃えるような赤い長髪を持つ少女。恐らくはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー(以降キュルケと呼称)であろう。彼女は、ルイズよりも背が高く、才人と同じ程度だろうか。褐色の肌、出るところは出ており、健康そうでプリミティブな色気を振り撒いている様子からも、男性の目を強く惹くだろうことは一目でわかる。
「貴女の“使い魔”って、それ?」
「……そうよ」
「あっはっは! ホントに人間なのね! すごいじゃない!」
キュルケからの質問に対し、ルイズはうんざりとした様子で答え、それに対して質問を投げかけた当の彼女はとても愉快そうに笑う。
そして、才人はそんな彼女たちを横で、(人間で悪かったな。そういうお前はなんだ? ただのおっぱい星人じゃないか。おおお、おっぱい星人じゃないか)といった具合にとても切なそうな様子で立っているのが見える。また、一部分を注視していることが遠目でもすぐにわかった。その表情は男性のそれとしては仕方がないモノとはいえ、それでもフォローの仕様のないほどである。
「“サモン・サーヴァント”で“平民”を喚んじゃうなんて、貴女らしいわ。流石は“ゼロのルイズ” 」
ルイズの白い頬に、サッと朱が差した。
「うるさいわね。でも、その考えはどうなのかしら? “平民”ではないけれど、人間を喚んだのはわたしだけじゃないわ。シオンも喚んだのよ」
「そう言えばそう、ね……」
だがそこで直ぐにルイズは反撃といった具合に反論を口にし、キュルケは少し圧倒されたのか、たじろいだ。
「噂をすれば、と言ったところかしら。お早う、シオン」
「ええ。お早う、キュルケ」
キュルケがこちらに気付いたのか、シオンと俺の方へと目を向け、挨拶をして来る。
そんな朝の挨拶に対してシオンはお淑やかに返す。
「お早う、ルイズ」
「お早う、シオン」
少しばかり不機嫌そうだったルイズは、シオンを目にして挨拶を返す。そして、気が紛れたのだろうか、表情が柔らかいモノになる。いや、2人のその様子から
ルイズは、シオンへと挨拶を済ませた後、少しばかり申し訳なさそうな様子を見せた。
「そちらは、シオンが喚んだ“使い魔”?」
「ええ」
キュルケからの確認の質問に、シオンは首肯く。
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、キュルケで良いわ」
「セイヴァー、だ。よろしく頼む。君たちのことはどう呼べば良いのかな?」
「セイヴァー……変わったお名前ですわね。私のことはキュルケで構いませんわ」
「ルイズ、で構いませんわ」
「平賀、才人――ッ痛ぅ~」
俺からの質問に対し、キュルケとルイズはお淑やかに、そして柔らかく返事をする。
そして、才人もまた同様に返事をするのだが、ルイズから小突かれてしまった。
「話を戻すけど、あたしも昨日“使い魔”を“召喚”したのよ。誰かさんと違って、一発で“呪文”成功よ」
「あっそ」
「どうせ“使い魔”にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイム!」
キュルケはルイズに対して挑発するように話すが、ルイズは外方を向く。
それに対して追い打ちをかけ、更に追い込むようにキュルケは自身の“使い魔”を勝ち誇った声で呼んだ。
すると、キュルケの部屋だろう場所のドアからのっそりと、虎程度の大きさをした真っ赤なトカゲが現れた。
この場にいる全員に対し、ムンとした熱気が襲いかかって来る。
「うわぁ! 真っ赤ななにか!」
それに対して、才人は驚いたのだろう大きな声を上げ、慌てて後ずさった。彼にとってここは異世界であり、出て来るモノはゲームのモンスターを始めとしたファンタジー要素の強いモノばかりであろうことからも、仕方がないだろうと思える。
そして、そんな才人を目にしてキュルケは笑う。
「おっほっほ! もしかして、貴男、この“火トカゲ”を見るのは初めて?」
「鎖に繋いどけよ! 危ないじゃなないか! って言うかなにこれ!?」
「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないから。臆病ちゃんね」
キュルケは手を顎に添え、色っぽく首を傾げる。
“火トカゲ”の大きさは“地球”に現存する虎と同程度であり、尻尾が燃え盛る炎でできており、チロチロと口から迸る火炎が見える。
「側にいて、熱くないの?」
才人は、改めて“火トカゲ”を見つめ、キュルケへと尋ね、彼女は事も無げに答える。
「あたしにとっては、涼しいくらいね」
「これって、“サラマンダー”?」
ルイズは、“火トカゲ”を目にして悔しそうにキュルケに尋ねる。
「そうよー。“サラマンダー”よー。見て? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんか点かないわよ?」
そんな自信満々かつ自慢げなキュルケに対して、ルイズは「そりゃ良かったわね」といった風に苦々しい声で応える。
「素敵でしょ。あたしの“属性”ぴったり」
「あんた“火属性”だもんね」
「ええ。“微熱のキュルケ”ですもの。細やかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。貴女と違ってね?」
挑発じみた、かつ得意げに話をして胸を張るキュルケに対して、ルイズもまた負けじと胸を張り返すのだが、哀しいことにボリュームが違い過ぎる。
それでもと、ルイズはグッとキュルケを睨み付ける。
そんな様子からも、彼女はかなりの負けず嫌いであるということが一目でわかるだろう。
「あんたみたいにいちいち色気振り撒くほど、暇じゃないだけよ」
そんなルイズに対して、キュルケはニッコリと笑顔を浮かべる。
それは余裕を表した態度だろうか。
そんな2人を見ていると、俺の足元へと“サラマンダー”――フレイムが近寄り、身体を擦り付けて来た。
そうして、それに気付いた俺が視線を向けると、フレイムはチロチロと下を出しながら俺へと瞑らな瞳を向けて来る。次いで、フレイムはお腹を見せるように、引っ繰り返った。
そんなフレイムの身体を撫でてやると、フレイムは気持ち好さそうに目を細め、チロチロと舌を出し入れするのである。
「フレイムが、懐いてる……?」
「あははは……」
懐いていると言うより服従した様子であるそれに対してキュルケは驚きを隠せないでいる様子を見せた。それから、自身よりもフレイムにそんな行動を取らせた俺へと興味深そうに視線を向けて来た。
俺は気にせず、フレイムを撫で続ける。
そして、シオンはそれを目にして苦笑いを浮かべる。
「そう言えば、貴男のお名前、ヒラガサイトだったかしら?」
取り敢えずと気持ちを切り替え、話題を変えるようにして才人へと目を向け、キュルケは確認の質問を投げた。
「あ、ええっと。平賀才人だ」
「ヘンな名前」
それに対して才人は戸惑いながら答えるが、質問を投げたキュルケはというとやはり見下した様子を見せる。
この時代の、“平民”に対して見せる“貴族”の態度としてはごく当たり前のモノなのであろうが、俺は少し嫌な感情を抱いた。
だがそれ以上に、この先の出来事で才人へと好感を抱くことになるだろうこと、そしてその更に先のこともあって愉しみでもある。
「やかまし」
「じゃあ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪を掻き上げ、颯爽とキュルケは去って行く。
ちょこちょこと可愛らしい動きをしながら、フレイムはその後を追いかけた。
そうしてキュルケがいなくなると、我慢していたのだろうルイズは強く握り拳を作り、感情を爆発させた。
「くやしー! なんなのあの女! 自分が“火竜山脈”の“サラマンダー”を“召喚”したからって! ああもう!」
「良いじゃねえかよ。“召喚”なんかなんだって」
「良くないわよ! “メイジの実力を測るには使い魔を見ろ”って言われているくらいよ! なんであのバカ女が“サラマンダー”で、わたしがあんたなのよ!」
「悪かったな。人間様で。でも、お前らだって人間じゃないかよ」
「“メイジ”と“平民”じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」
そんなルイズを他所にして、才人はというとやはり良く理解することができていないのだろう、彼女の言葉を軽い口調で否定する。
それに対してルイズは癇癪を起こすかのようにして返答し、才人もまたふてくされたかのような態度を取った。
「まあまあ、落ち着いて2人とも」
「そうだぞ。まずは才人、ここの世界について今はまだ知らないだろうから仕方ないとは言え、それでもその言葉は少しばかり、いや、駄目だな。“メイジ”にとって“使い魔”はとても大事なモノなんだ。そして、ルイズ。君も君だ。昨日の今日で直ぐにというのは難しいだろうけど、まだにここのことや“メイジ”のことなどについて少ししか説明していないんじゃないのか? 才人はまだ知らなことが多い様子だ」
「なんで会って1日ちょっとしか経ってない貴男に説教されなきゃならないのよ!」
「それは申し訳ない。口が過ぎた」
2人を落ち着かせようとするシオンの言葉に次いで、俺もまた自身の意見を忌憚なく口にする。
ルイズは少しばかり不機嫌な様子で返事をする。が、口調がキツいだけであり、彼女自身もまた理解しているのであろう。
「……はいはい。ところで、あいつ、“ゼロのルイズ”って言ってだけど、“ゼロ”ってなに? 苗字?」
「違うわよ! わたしの名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。“ゼロ”はただの渾名よ」
「渾名か。あいつが“微熱”ってのはなんとなく理解ったけど。お前はどうして“ゼロ”なの?」
「知らなくて良いことよ」
才人はと言うと、聞き流しているようでありながらもちゃんと理解はしている様子である。
そして才人は話題を変えるというよりも、思い出したようにしてルイズへと質問を投げかけた。
少しの返事と質問を繰り返すといった風に問答をするのだが、ルイズはしっかりと答えるつもりはないように見える。
この中で、彼女が“ゼロ”と呼ばれる理由を知っているのは、ルイズ本人とシオン、そして俺だけである。
それの由来、原因や理由など、そしてこれからどういった意味で呼ばれるようになるのかを理解しているからこそ、俺は少しばかり笑みを浮かべそうになった。
そうして問答を繰り返している中で、ルイズはバツが悪そうに返事をした。
「胸?」
そうして、才人はルイズの胸を見つめて言った。
どうやってそういった結論へと辿り着いたのかは理解すること自体はできはするるのだが、それでもそれを口にするといったことに対して俺はやはり驚きを隠せない。
経験はもちろんのこと、女性に対してのデリカシーがまだまだ足りていないのだろう。
「かわすな!」
「殴んな!」
そんな才人に対して、ルイズは迷うことはせず平手を飛ばす。
が、才人はそれを躱してみせた。
そうこうしながらも俺たちは一緒に移動し、“トリステイン魔法学院”唯一の食堂へと移動する。
食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にある。
そして、食堂の中にはやたらと長いテーブルが3つほど並んでいるのが見える。100人は優に座れるであろう長さと数であり、食堂に避難をした場合はもっと沢山入ることができるであろう広さを誇っている。
そうして、全てのテーブルには豪華な飾り付けがなされているのがわかる。
2年生であるシオンとルイズたちのテーブルはというと、やはり真ん中であった。
そうして少しばかり観察しているとわかることだが、どうやらマントの色は学年で決まっているようである。
食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んだ、シオンやルイズと比べて少し大人びた感じの“メイジ”たちは、全員紫色のマントを着用している。おそらくは3年生だろう。
右隣のテーブルの“メイジ”たちは、茶色のマントを身に着けており、おそらく1年生だろう。
朝食、昼食、夕食と、生徒も先生も引っくるめた全員――学院の中にいる全ての“メイジ”たちは基本的にここで食事を摂るのである。
1階の上にロフトの中階があり、そこで教師だろう“メイジ”たちが歓談に興じているのが見える。
いくつもの蝋燭が立てられ、花が飾られ、フルーツが盛られた籠が乗っている。
才人が食堂の豪華絢爛さに驚いて口がポカンと開けていることに気付いたのだろう、ルイズは得意げに指を立てながら簡単な説明をしてくれる。
ルイズの鳶色の目が、悪戯っぽく輝いているように見える。
「“トリステイン魔法学院”で教えるのは、“魔法”だけじゃないのよ」
「はぁ……」
「“メイジ”はほぼ全員が“貴族”なの。“貴族は魔法をもってしてその精神と為す”のモットーの元、“貴族”たるべき教育を、存分に受けるのよ。だから食堂も、“貴族”の食卓に相応しいモノでなければならないのよ」
「……はぁ」
「理解った? ホントなら、セイヴァーはともかくとしてあんたみたいな“平民”はこの“アルヴィーズ食堂”には一生入れないのよ。感謝してよね」
そんなルイズの説明に、才人は圧倒されていた様子は消え失せ、うんざりとした様子を見せ始める。「セイヴァーはともかく」という言葉に反応を返すこともできないほどに、だ。
俺もまた、“原作”の知識や“聖杯”から与えられた知識は持ってはいるのだが、それでも少しばかり驚かざるをえないというのが本音である。
昨夜に確認は済ませはしたが、実際に人が沢山入っているのを見るのと見ないのでは印象などはまったく違う。
「はぁ。“アルヴィーズ”ってなに?」
「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」
才人の質問に、悪い気はしていないのであろう返答するルイズ。
ルイズの言葉を聞いて、才人はその件の像に気付き、目を向ける。
それらは壁際に並んでおり、精巧な造りをした彫像と言えるだろう。
「良く出来てるな。あれ、夜中に動いたりしないよな?」
「良く知ってるわね」
「動くのかよ!」
そんな彫像を目にして、ポツリと呟いた才人のその疑問に対し、ルイズは事も無げに答えた。
そして、そんなルイズの言葉に対して才人は驚いた。
そうこう言いながら歩き、2年生のテーブルで空いている場所へと向かう。
「って言うか踊ってるわ。良いから、椅子を引いてちょうだい。気の利かない“使い魔”ね」
到着したのと同時に、ルイズは腕を組みながら才人へと指示を出す。
首をクイッと傾げると、桃色がかったブロンドの長い髪が揺れる。
「ではお嬢様、席へとどうぞ」
「ありがとう。でも、お嬢様はやめて、セイヴァー」
俺はというと、ルイズの言葉を聞くと同時に思い出し、椅子を引いてシオンへと座るように促す。
シオンは笑いながら否定をして来るが、そのまま椅子へと座り、自身の手で調節する。
ルイズは礼を言うことはせずに腰かけ、才人もまた自分が座るための椅子を引き出して腰を下ろす。
「すげえ料理だな!」
才人は大声を上げた。
確かに才人の感想はもっともである。
朝から豪華であり、大きな鳥のロースト、ワイン、マスの形をしたパイなどが並んでいるのだから。
「こんなに食べられないよ。俺! 参ったな! ええおい! お嬢様」
そんな料理の数々を前にして感想を述べながらポンポンとルイズの肩を叩く才人だが、少ししてルイズがジッと睨んでいることに気付いたのだろう。動きが止まる。
「な、なにか?」
ルイズの視線や無言に対し、才人は怪訝に思ったのだろう。質問を投げる。
しかし、ルイズは才人を睨んだままの状態である。
「ああ、はしゃぎ過ぎだな、俺。“貴族”らしくないとな! “貴族”じゃないけどな!」
どうにか反応を返して貰おうとする才人だが、そんな彼に対してルイズは床を指さした。
そこには1枚の皿が置かれてある。
「皿があるね」
「あるわね」
「なにか貧しいモノが入ってるね」
ただただ眼の前のそれに対する感想を述べる才人に対し、ルイズは頬杖を突いて言った。
「あのね? ホントは“使い魔”は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」
才人はボケっと床に座り込み、眼の前に置かれている皿を見詰めた。
そこには申し訳程度に小さな肉の欠片が浮いたスープあり、肉片が揺れている。皿の隅っこに硬そうなパンが2切れ、ポツンと置いてあるだけの質素なモノだ。
そうして、才人はテーブルの上を、首を伸ばして覗き込む。
先ほど眺めただけの豪華な料理が並んでいる。
見比べて見ると、段々と切ない気分になってしまう。
そうして才人は俺へと目を向けて来る。
「この身は“サーヴァント”だ。“使い魔召喚の儀”では原則ヒト以外の動物が喚ばれる。俺たちが例外なだけだ。だから、そう……少しでも貰えるだけ感謝しないとな」
「そんな……」
助け舟が欲しかったのだろうが、手を差し伸べることはできず、俺は彼へと少しばかり残酷な現実を突き付けてしまう。
才人は眼の前が真っ暗にでもなったかのように、ガックリと項垂れた。
「“偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝も細やかな糧を我に与え給うたことを感謝いたします”」
“メイジ”が全員揃ったのだろう。
祈りの声が、唱和され、シオンもルイズもそれに加わる。
才人はテーブルの上に並んだ料理を見て思ったであろう。「どこが“細やかな糧”だ。豪華なくせしやがって、細やかな糧はこっちじゃないか。俺の眼の前に置かれた皿はなんだよ。これではペット以下じゃないか。“日本”のペットは、もう少しマシなモノを食べてますよー」と、今直ぐにでも抗議したいといった視線をルイズへと向けている。
自分への待遇が赦せないのだろう、才人はソッとテーブルの上に手を伸ばす。が、すぐに、ルイズが気付き、叩かれる。
才人は恨めしそうにルイズを見上げる。
「なにしてんのよ」
「鳥よこせ。少しで良いから」
「まったく……」
そんな才人の言葉を聞いて、ルイズはブツクサと言いながら鳥の皮を剥ぐと、床にある彼の皿へと落とす。
「肉は?」
「癖になるから駄目よ」
ルイズは旨そうに豪華な料理を口に運び、頬張りはじめる。
「あの、良ければ、少し」
対する才人があまりにも不憫に感じたのだろう、シオンが言葉をかける。
「甘やかさないで。家は家、他所は他所。わたしにはわたしのやり方があるの」
シオンの提案をバッサリと切り捨て、ルイズはまた料理へと手を伸ばす。
シオンは優しい性格をしているのだろう、心から申し訳なさそうにしながら食事を再開した。
「ああ、美味い。美味い。泣けそうだ」
皮肉だろうか。それとも今の待遇的にそう感じざるをえないのか。
才人は硬いパンを齧りながら呟いた。
“魔法学院”の教室は、大学の講義室のようにとても広いモノだ。
更にはそれが、石でできているとい言えば簡単にイメージできるだろうか。頭に浮かんだのであれば、おそらくそれ正解であり、大体合っているだろう。
講義を行うだろう“メイジ”の教師が1番下の段に位置し、階段のように席が続いている。
俺とシオン、才人とルイズが中に入って行くと、先に教室にやって来ていた生徒たちが一斉に振り向き、視線が集中して向けられる。そしてクスクスと嘲笑い始めるのであった。
その中には、食事前に顔を合わせたキュルケもいる。囲うように幾人かの男子生徒が彼女の周りにいるのが見える。
そうして周囲へと目を向けると、皆様々な“使い魔”を連れているのがわかる。
キュルケのフレイムは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せている生徒がいる。外にいるのだろう、窓から巨大な蛇がこちらを覗き込み様子を伺っている。男子の1人が口笛を吹くと、その蛇は頭を隠した。カラスや猫などもいる。
だが、そんな中でも目を引くのは、キュルケの“サラマンダー”であるフレイム同様、やはり今の“地球”では架空の生物扱いをされている生き物たちだ。
そんな“使い魔”たちを目にして、才人は当然驚きを隠せないでいる様子である。
(流石に“幻想種”はそうそういはしないか……いてもあのイルククゥ、そして準“精霊”とでも言える“サラマンダー”などくらいだな……)
ファンタジーな印象を与える世界とは言え、“神代”ではびこっていた生物ほど強いモノではない。
そうこうして色々と観察していると、横の方から次々と質問をルイズへと投げ掛ける才人の声が聞こえてきた。
「あの目の玉のお化けはなに?」
「“バグベアー”」
「あの、蛸人魚は?」
「“スキュア”」
ルイズは不機嫌そうな声で答えながら、席の1つへと腰かける。
ルイズに次いで、彼女の横である奥側へとシオンが座る。
才人もまた同様に席へと腰を下ろすのだが、やはりルイズが彼を睨む。
「なんだよ?」
「ここはね、“メイジ”の席。“使い魔”は座っちゃ駄目」
ルイズの返答に対し、才人は憮然とした様子を見せながら床に座る。が、やはり不満があるのだろう、床に座り続けることに我慢ができず、立ち上がり、再び椅子に座った。
そんな才人に対して、ルイズはチラッと彼へと視線を向けたが、2度目はなにも言わなかった。
扉が開き、教師だろう“メイジ”が1人入って来る。
中年の女性だろう。彼女は紫色のローブに身を包み、帽子を冠っている。膨よかな頬が、優しく穏和そうな雰囲気を漂わせている。
「皆さん。春の“使い魔召喚”は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な“使い魔”たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
教師は口を開き、話を始める。が、そんな教師の言葉に対してルイズは俯いてしまう。
「おやおや。変わった“使い魔”を“召喚”したものですね。ミス・ヴァリエール、ミス・エルディー」
シュヴルーズ(以降シュヴルーズと呼称)と名乗った教師が、俺と才人を見て惚けた声で言うと、教室中がドッと笑いに包まれた。
「“ゼロのルイズ”! “召喚”できないからって、その辺歩いていた“平民”を連れて来るなよな!」
生徒の1人からの心ない言葉を耳にして、ルイズは勢い良く立ち上がった。長いブロンドの髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴った。
「違うわ! きちんと“召喚”したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! “サモン・サーヴァント”ができなかったんだろう?」
ゲラゲラと下品な、そして彼女と“平民”を見下した嘲笑う声が教室の中で響く。
「ならシオンはどうなのよ!? 彼女だって人間を“召喚”したのよ!」
思わず、といったところであろう。ルイズは、シオンと俺のことを引き合いに出してしまう。
直ぐに罪悪感を覚えたといった具合に表情を浮かべるルイズだが、シオンはというとどこ吹く風といった様子だ。いや、それ以上に、自身の友人が馬鹿にされ、貶されていることに対して、かなりご立腹な様子を見せている。
だがそれでも教室内での笑い声やルイズを嘲笑う声は断える様子はない。
「“サモン・サーヴァント”ができないからって、“平民”を連れて来るなんて」
「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 風邪っ引きのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
膨よかな体型をした男子生徒からの言葉を受けて、ルイズは教師であるシュヴルーズへと抗議する。
そして、そこでハタと思い出した。
マリコルヌ・ド・グランドプレ(以降マリコルヌと呼称)。モブではないがサブじみた立ち位置のキャラクターだったか。最初期の頃は色々といけ好かない、まさしく“貴族”の坊っちゃんといった風だったが、最終的には精神的に成長し、認めるところは認める、そして勝ち組となった少年の1人だ。ただ、特殊な趣味――性癖を持っているのだが。とまあ、俺からの彼に対するイメージは、そんな風である。
「風邪っ引きだと? 俺は“風上のマリコルヌ”だ! 風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声は、まるで風邪を引いているみたいなのよ!」
マリコルヌは立ち上がり、ルイズを睨み付ける。
売り言葉に買い言葉といった具合だろう。互いに挑発し合い、放っておくと引くに引けないところまで行ってしまうだろう。
だがそこで、シュヴルーズが手に持った小振りな“杖”を振るった。
すると、彼女の中の“魔力”の流れは変化し、それに影響を受けたようにして周囲の“魔力”の流れもまた変化する。
そして、先ほどまで熱り立っていたルイズとマリコルヌの2人は糸の切れた操り人形であるかのように、ストンと席にもたれかかるかのように落ちる。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。見っともない口論はおやめなさい」
ルイズはしょぼんと項垂れており、先ほどまで見せていた態度が吹っ飛んでしまっている。
「お友達を“ゼロ”だの風邪っ引きだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕の風邪っ引きはただの中傷ですが、ルイズの“ゼロ”は事実です」
シュヴルーズからの注意を受けてもなお、マリコルヌは毅然とした様子で口を開く。
そして、周囲からはクスクスと嘲笑い声が聞こえてくる。
そういった様子から受ける印象はとても悪いモノであり、“貴族たるべき教育を受けていいる”とはとてもではないが思えない。
そんな中、シュヴルーズは厳しい顔付きで教室内を見回し、“杖”を小さく振るった。
すると、クスクス笑いをする生徒たちの口に、ピタッと赤土の粘土が押し付けられる。
「貴方たちは、その格好で授業を受けなさい」
教室内のクスクス笑いは収まりはしたが、そこには赤土の粘土で口を押さえ付けられた生徒たちの姿があり、とてもシュールな様子を見せている。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは、コホンと空気を換えるように重々しく咳をした。
そして、彼女は小振りの“杖”を振るう。すると、“魔力”を乗せたそれに影響を受けたのか、机の上にいくつかの石ころが現れる。
「私の“二つ名”は“赤土”。“赤土のシュヴルーズ”です。“土系統”の“魔法”を、これから1年、皆さんに講義します。“魔法”の“四大系統”はご存知ですよね? ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。“火”、“水”、“土”、“風”の4つです!」
先ほどのこともあって目を付けられていたのだろう、マリコルヌが指名され、彼は慌てながらも答えてみせた。
基本的なことであるということもあって、問題もなかったのであろう。シュヴルーズは頷いた。
「今は失われた“系統魔法”ではある“虚無”を合わせて、全部で5つの“系統”があることは、皆さんも知っての通りです。その5つの“系統”の中で“土”は最も重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が“土系統”だから、という訳ではありませんよ。私は単なる身贔屓ではありませんよ」
シュヴルーズは再び、重々しく咳をする。
「“土系統”の“魔法”は、万物の組成を司る、重要な“魔法”であるのです。この“魔法”がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今よりもっと手間取ることでしょう。このように“土系統”の“魔法”は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
なるほどと思い、首肯いた。
どうやら才人もまた、同様に関心しているのだろう様子を見せている。
科学技術などの代わりに存在するそれは、かなり発展している様子である。“魔法使い”である“メイジ”だというだけで大きく威張るという理由や要因、原因などもまたこれが1つだろうことが理解る。それほどに凄いことであるのだから。
だが、関心するのと同時に笑い飛ばしてやりたい気持ちにもなった。
彼らや彼女らはまだ知らないだけなのである。選ばれた者たちだけしか使えない力などではなく、万人がほぼ等しく使用できるようになる力や技術、技能。“平民”ですらも練習などをすることで行使できるようになる力や技術、技能。“魔法”とほぼ同じ、それ以上の力を発揮させることができるそれを。
こちらはこちらで、相当の練習や修練、ある程度の理解などが必要ではあるが、それでもここの“魔法”よりも遥かに優れていると思ってしまうのは、現代から中世を見下しているのと同じモノであるのか、少しばかり不安になる。
(……だが、“四大系統”と“虚無”か……“地球”で秘匿されながらも存続している“魔術”はやはり違うな。あっちでの“系統”は“根源から流れ出た事象の川”であり、種類だしな。こっちの“系統”と意味合いが似ているのは、“属性”か……基本的には同じ、“火”“水”“土”“風”、そして“エーテル”を始めとした“空”、それら全てを併せ持つ“アベレージワン”。合わせて“五大元素”。そして……“虚”と“無”の“架空元素”……)
「今から皆さんには“土系統”の“魔法”の基本である“錬金”の“魔法”を覚えて貰います。1年生の時にできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう1度、おさらいすることにいたします」
そう思考していると、シュヴルーズはどんどんと話を進め、壇上にある石ころに向かって、手に持った小振りの“杖”を振り上げる。そうして彼女が短く“ルーン魔術”だろう“呪文”を呟くと、石ころが光り始めた。
光は一瞬だけのモノであり、収まると、そこにはただの石ころだったそれがピカピカと光り輝く金属へと変化していた。
「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!?」
その石ころの変わりようを目の当たりにして、キュルケが思わず身を乗り出して質問をした。
「違います。ただの真鍮です。ゴールドを“錬金”できるのは“スクウェアクラス”の“メイジ”だけです。私はただの……」
キュルケの質問に答えはするが、コホンともったいぶった咳をして、シュヴルーズは言う。
「“トライアングル”ですから……」
「ルイズ」
シュヴルーズの講義最中だが、才人はルイズを突く。
「なによ? 授業中よ」
「“スクウェア”とか、“トライアングル”とかって、どういうこと?」
「“系統”を足せる数のことよ。それで“メイジ”のレベルが決まるの」
「はい?」
授業中であることもあってルイズの声はとても小さなモノだ。連られて才人の声も小さくなる。
ルイズは簡単な説明をするが、才人は直ぐに理解することはできなかったのだろう、彼は訊き返し、彼女がもう少し、短めに説明を加える。
「例えばね? “土系統”の“魔法”はそれ単体でも使えるけど、“火”の“系統”を足せば、更に強力な“呪文”になるの」
「なるほど」
「“火”と“土”のように、二“系統”を足せるのが“ラインメイジ”。シュヴルーズ先生みたいに、“土”、“土”、“火”といったふうに3つ足せるのが“トライアングルメイジ”」
「同じ2つ足してどうすんの?」
「その“系統”がより強力になるわ」
「なるほど。詰まり、あそこでくっちゃべってる先生“メイジ”は“トライアングル”だから、強力な“メイジ”という訳だね?」
「その通りよ」
先生と生徒といった風に説明や質問を繰り返すルイズと才人の様子はとても微笑ましいモノだ。
だが、授業中だということもあり、当然私語扱いになるだろう。
(今度、念話を教えてやろうかな……)
「ルイズはいくつ足せるの?」
そうして質問と説明を繰り返す中で、才人からのとある質問に、ルイズは黙り込んでしまう。
“ゼロのルイズ”という渾名の理由などを知る者たちからすると、目に見えている地雷だ。
その地雷を才人は触れてしまったのだ。
だが幸い踏み抜くことも爆発させることもしてはいない。
そんな風に喋っていると、2人はシュヴルーズに見咎められてしまった。
「ミス・ヴァリエール!」
「――ッは、はい!」
「授業中の私語は慎みなさい」
「すいません……」
シュヴルーズからの注意を受け、シュンと項垂れるルイズ。
彼女からすると、教養のない“平民”からの質問に答えていただけで怒られてしまったのだから、堪ったものではないだろう。
「お喋りをする暇があるのなら、貴女にやって貰いましょう」
「え? わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
シュヴルーズからの指名を受け、ルイズは驚きを隠せないでいる様子を見せる。
指名を受けはしたが、それでもルイズは立ち上がらない。困ったようにモジモジとしているだけである。
「ご指名だろ? 行って来いよ」
そんなルイズを見て、才人は促す。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
動かないでいるルイズに対し、訝しげにシュヴルーズが再び呼びかけた。
が、そこに、キュルケが困った声で言葉を挟んだ。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方が良いと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
そんなシュヴルーズに対して、キュルケはキッパリと端的に理由を述べ、撤回をして貰うために教室内のほとんど全員が首肯いた。
「危険? どうしてですか?」
キュルケからの言葉に対し、シュヴルーズはやはり理由が理解っていないのだろう、不思議そうな表情を浮かべている。
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」
疑問を覚えながらも、シュヴルーズはルイズへと催促をする。
今の彼女にとってルイズは、ただの一生徒であり、大切な生徒の1人であり、そしてなにより失敗を恐れて踏み出せずにいる少女なのである。
なにも知らないからこそ出る言葉ではありはするだろうが、それでもなにか踏み出させることや行動を促すには良い立場や良い言葉、きっかけでもあるだろう。
だが、今回は――彼女のそれに関しては……。
「ルイズ。やめて」
蒼白な顔で、懇願するように、頼み込むようにして言葉を口にして視線を向けるキュルケ。
だが、それが契機となったのだろう、それともシュヴルーズの言葉のおかげでもあるのか、ルイズは意を決した様子を見せ、立ち上がった。
「やります」
そして、緊張した顔で、ツカツカと教室の前へ、教壇の直ぐ側へと歩いて行った。
安心させる、そして程よく脱力させるためか、隣に立つシュヴルーズはニッコリとルイズに笑いかける。
「ミス・ヴァリエール。“錬金”したい金属を、強く心に想い浮かべるのです」
そう言いながら、シュヴルーズは机の上に石ころを出現させる。
ルイズは緊張をしながらもコクリと可愛らしく首肯いて、手に持った小さな“杖”を振り上げた。
唇を軽くへの字に曲げ、真剣な顔でシュヴルーズと同様の“呪文”を唱えようとするルイズはこの世のモノとは思えないほどに“愛”らしいモノに思わせるだろう。“使い魔”となった才人からすると、なおさらであろう。
窓から射し込む朝の光に、ルイズの桃色がかったブロンドが光っている。宝石のような鳶色の瞳。抜けるような白い肌。高貴さを感じさせる作りの良い鼻……。
それと同じくらい……それ以上だと感じさせる少女が1人俺の隣にいる。
そんなシオンもまた自分のことであるかのように真剣な面持ちであり、祈りを捧げている。友人の“魔法”の成功を祈っているのである。
ルイズは目を瞑り、シュヴルーズのそれと同じ“ルーン魔術”の“呪文”を唱え、“杖”を振り下ろす。
その瞬間、周囲の“魔力”は嵐のように吹き荒れた。
(――! 魔力障壁、その他諸々を展開っと……)
そして、机ごと石ころが爆発をする。
爆風をモロに受け、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩き付けられそうになる。
至る所から悲鳴が上がる。
驚いた“使い魔”たちが暴れ出す。
キュルケのフレイムがいきなり叩き起こされたことに腹を立て、炎を口から吐き出す。“マンティコア”が飛び上がり、窓ガラスを叩き割り、外へと飛び出す。その穴から先ほど顔を覗かせていた大蛇が教室へと侵入し、誰かの“使い魔”である鴉を呑み込む。
地獄絵図とまではいかないだろうが、教室は既に阿鼻叫喚といった大騒ぎを呈してしまっている。
そんな中、逸早く立ち直ったキュルケが立ち上がり、ルイズを指さし強く批判した。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
そうして、他の生徒たちも騒ぎ始める。
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「俺のラッキーが蛇に喰われた! ラッキーが!」
シュヴルーズは倒れたまま動く様子を見せない。爆発の直撃や黒板への強打などは避けることはできはしたが、それでも爆発した石ころの直ぐ側にいたためか、気絶をしてしまっている。たまに痙攣をしていることからも、死んではいないということはわかるだろう。
煤で真っ黒になったルイズが、ムクリと立ち上がる。彼女もまた、爆発の直撃を辛うじて回避、黒板への強打などもどうにか避けることに成功しはしたが、見るも無残な格好であった。ブラウスが破れ、華奢な肩が覗いている。スカートが裂け、パンツが見えてしまっている。
そんな大騒ぎの教室の中、ルイズは意に介した風もなく……顔に付いた煤を、取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗みたいね」
そのルイズの姿を目にして、シオンは安堵の溜息を零す。
が、当然他の生徒たちからは猛然と反撃を喰らう。
「ちょっとじゃないだろ! “ゼロのルイズ”!」
「いつだって成功の確率、ほとんど“ゼロ”じゃないかよ!」
そんなクラスメートからの反論や反撃を喰らいながらもケロッとした様子を見せているルイズだが、彼女の口元からは血が出ており、握られた拳が小さく震えているのが見えた。