ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

20 / 163
三つ巴の探り合いと碌で無し共

 “魔法学院”の東の広場、通称“アウストリの広場”のベンチに腰かけ、ルイズは一生懸命な様子で何かを編んでいる。春の陽気が、いつしか初夏の陽射しに変わりつつある今日だが、ルイズの格好は春の装いとあまり変わらない。この辺は夏でも乾燥しているのである。

 “アルビオン”から帰って来て、10日ばかりが過ぎていた。

 今はちょうど昼休みであり、食事を終えたルイズは、デザートも食べずに広場にやって来て、こうやって編み物をしているのであった。時折、手を休めては“始祖の祈祷書”を手に取り、白紙のページを眺めて、姫の式に相応しい詔を考えるのである。友人であり幼馴染であるシオンには相談することはしないようで、(姫さまがわたしを指名したんだもの)といった様子で、だ。

 周りでは、他の生徒が明々に楽しんでいる。ボールで遊んでいる一団がいる。“魔法”を使い、ボールに手を触れずに気に吊り下げた籠に入れて、得点を競う遊びである。“地球”で言うところの、バスケットボールに近い遊びだといえるだろうか。

 ルイズは、その一団をチラッと眺めた後、切なげな溜息を吐き、作りかけの自分の作品を見詰めた。

 傍から見るとその様は、一幅の絵画のようであると言えるだろう。

 ルイズの趣味は編み物である。小さい頃、「“魔法”が駄目ならせめて器用になるように」と母親に仕込まれたのであった。

 しかし、天はルイズに編み物の才能は与えなかったようである。

 ルイズは一応、セーターを編んでいるつもりであるのだが、出来上がりつつあるのはどう贔屓目に見ても捻じれたマフラーであった。というか複雑に毛糸が絡まりあったオブジェにしか見えないであろう。

 ルイズはそのオブジェとしか言いようのないモノを眺めて、再び溜息を吐いた。

 あの、厨房で働くメイド――シエスタの顔が、ルイズの頭に浮かび上がる。彼女が、才人にご飯を食べさせていることをルイズは知っているのだ。厨房でその施しを、才人はルイズに知られていないと思っているようではあったが、ルイズの目だって節穴ではないのである。

 ルイズは(あの娘はご飯が作れる。キュルケには美貌がある。じゃあ、わたしにはなにがあるのかしら?)と思って、趣味の編み物に手を出して見たのであるのだが……あまり良い選択ではなかった様子であった。

 そんな風に作品を眺めて軽い鬱に入っているルイズだが、彼女の肩を誰かが叩いた。

 ルイズが振り向くと、そこにはキュルケがいた。

 ルイズは慌てて、傍らに置いた“始祖の祈祷書”で作品を隠した。

「ルイズ、なにをしてるの?」

 キュルケはいつもの小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ルイズの隣に座った。

「み、見れば理解るでしょ。読書よ、読書」

「でも、その本真っ白じゃないの」

「これは“始祖の祈祷書”っていう国宝の本なのよ」

 ルイズは説明した。

「なんでそんな国宝を貴女が持ってるの?」

 ルイズはキュルケに説明した。アンリエッタの結婚式で、自分が詔を読み上げること。その際、この“始祖の祈祷書”を用いること……などなどを。

「なるほど。その王女の結婚式と、この前の“アルビオン”行きって関係しているんでしょ?」

 ルイズは少しばかり考えたが。キュルケが一応、自分たちを先に行かせるために囮になってくれたことを思い出し、首肯いた。

「あたし達は、王女の結婚が無事行われる為に、危険を冒したって訳なのねぇ。名誉な任務じゃないの。詰まり、それってこないだ発表された“トリステイン”と“ゲルマニア”の同盟が絡んでいるんでしょ?」

 中々鋭いキュルケである。

 ルイズは、憮然とした表情で言った。

「誰にも言っちゃ駄目なんだからね」

「言う訳ないじゃない。あたしはギーシュみたいにお喋りじゃないもの。ところで、2人の祖国は同盟国になったのよ? あたし達もこれからは仲良くしなくっちゃ。ねえ、ラ・ヴァリエール」

 キュルケは、ルイズの肩に手を回した。そして、わざとらしい微笑を浮かべてみせるのである。

「聞いた? “アルビオン”の新政府は、不可侵条約を持ちかけて来たそうよ? あたし達がもたらした、平和に乾杯」

 ルイズは気のない様子で相槌を打った。

 その平和のために、アンリエッタは好きでもない皇帝の元へ嫁ぐのである。仕方のないこととは言え、やはりルイズは明るい気分にはなることはできなかった。

「ところで、さっきまで何を編んでいたの?」

 ルイズは、頬を薔薇色に染めた。

「な、なにも編んでなんかないわ」

「編んでた。ほら、ここでしょ?」

 キュルケは、サッと“始祖の祈祷書”の下から、ルイズの作品を取り上げた。

「か、返しなさいよ!」

 ルイズは取り返そうともがいたが、キュルケに身体を押さえられてしまった。

「こ、これなに?」

 キュルケはポカンと口を開けて、ルイズの編んだオブジェを見つめた。

「セ、セーターよ?」

「ヒトデの縫い包みにしか見えないわ。それも新種の」

「そんなの編む訳ないじゃないの!」

 ルイズはキュルケの手から、やっとの思いで編み物を取り返すと、恥ずかしそうにうつむいた。

「貴女、セーターなんか編んでどうする気?」

「あんたに関係ないじゃない」

「いいのよルイズ。あたしはわかってるわ」

 キュルケは、再びルイズの肩に手を回すと、顔を近付けた。

「“使い魔”さんのためになにか編んでいるんでしょう?」

 ルイズは、「あ、編んでないわよ! 馬鹿ね!」と顔を真赤にして怒鳴った。

「貴女ってホントにわかりやすいのね。好きになっちゃったの? どうして?」

 ルイズの目を覗き込むようにして、キュルケは尋ねた。

「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはあんたでしょ。あんな馬鹿のどこが良いのか知んないけど」

「あのねルイズ。貴女って嘘吐く時、耳たぶが震えるの。知ってた?」

 ルイズは、ハッとして自身の耳たぶを摘んだ。直ぐに、キュルケの嘘に気付き、慌てて手を膝の上に戻す。

「と、とにかく、あんたなんかに上げないんだから。サイトはわたしの“使い魔”なんだからね」

 キュルケはニヤッと笑って言った。

「独占欲が強いのは良いけれど、貴女が心配するのは、あたしじゃなくってよ?」

「どういう意味よ?」

「ほら……なんだっけ? あの、厨房のメイド」

 キュルケの言葉に、ルイズの目が吊り上がった。

「あら? 心当たりがあるの?」

「べ、別に……」

「今、部屋に行ったら、面白いモノが見られるかもよ?」

 ルイズはすっくと立ち上がった。

「好きでもなんでもないんじゃないの?」

 楽しげな声で、キュルケが言うとルイズは、「忘れ物取りに行くだけよ!」と怒鳴って駆け出した。

 

 

 

 才人は部屋の掃除をしていた。箒で床を掃き、机を雑巾で磨く。最近、ルイズが洗濯や身の回りの世話を自分でやるようになったので、仕事と言えば掃除くらいであるといった状況になっていた。

 掃除はあっと言う間に終わってしまった。元々ルイズの部屋にはあまり物がないのである。クローゼットの隣には引き出しの付いた小机があるのみといった具合だ。

 水差しの載った丸い小さな木のテーブルに椅子が二脚、そしてベッド、本棚くらいなモノだ。

 ルイズは勉強家なので、本棚にはズッシリと分厚い本が並んでいる。

 才人は、そのうちの1冊を手に取った。

 そこには、才人が見たことのない文字が並んでいる。

 だがそこで、才人の頭に疑問が過ぎった。(使ってる言葉が違うのに、言葉が通じてるよな。どうして、俺とルイズ達は会話を交わせるんだ?)といった疑問である。

 部屋の壁に立てかけられたデルフリンガーが、呆然と立ちすくむ才人に尋ねた。

「どうしたね、相棒?」

「デルフ! どうしてお前の言葉が俺たちに理解るんだ?」

 才人はデルフリンガーに駆け寄った。

「そりゃ、通じなかったら、困るだろうが」

「俺とセイヴァーは異世界から来たんだぜ? それなのに、お前たちの言葉がわかるんだよ! 意味わかんねえよ!」

 才人は、30年ほど前にオスマンを救けたという人物のことを思い出す。“地球”の人間である彼もまた、オスマンと言葉を交していたのである。

「相棒は、どこを通ってこの“ハルケギニア”にやって来たね?」

「どこって、変な光の“ゲート”を潜って……」

「だとしたら、その“ゲート”とやらにその答が隠されてるんだろうさ」

 デルフリンガーは事も無げに言った。

「じゃあ、あの“ゲート”なんなの?」

「知らね」

 才人は呆れて言った。

「お前って、伝説のくせになにも知らないんだからよ。伝説ならちょっとは知ってても良さそうなもんだ。俺たちが帰れる方法とか……」

 恨めしげに才人は言った。

「おりゃあ、忘れっぽいし、どうでも良いことには興味がねえんだ。ま、伝説にあんまり期待しちゃいけねえよ」

 デルフリンガーがそう言った時、扉がノックされた。

 ルイズであればノックせずに入って来るということもあって、才人は「誰だろう?」と思い、キュルケやギーシュだろうかと予想した。

 才人が「開いてるよ」と言うと、扉がガチャリと開いて、シエスタがひょっこり顔を見せた。

「シ、シエスタ?」

「あ、あの……」

 才人は、(いつものメイド服ではあるけど、どこか違う点があるな)と感じた。

 カチューシャで纏めた黒髪が、サラサラと額の上を泳いでいる。そばかすの浮いた頬が、親しみのある魅力を放っている。

 シエスタは大きな銀のお盆を持っており、その上に料理が沢山載せられ並んでいる。

「あのですね、その、セイヴァーさんは来てくれるんですが、最近サイトさんは厨房に来ないじゃないですか」

 才人は首肯いた。

 ルイズが、好きなだけ食べさせてくれるようになったということもあり、自然と厨房への足が遠退いてしまっているのである。

「だから、お腹が空いてないかなって、ちょっと、心配になって、それで……」

 シエスタはお盆を持ったままモジモジとする。

「あ、ありがとう。でも、最近は食糧事情が改善されて、そんなにお腹が空かなくなったんだよ。ルイズが“席で食べて良い”って言うから」

「そうだったんですか? 最近わたし、先生方のテーブルの給仕ばっかりしてたから、気付きませんでした。じゃあ、余計なお世話だったかしら……?」

 シエスタは、シュンとうなだれた。

「そ、そんなことないよ! 持って来てくれたの、とても嬉しいよ! それに、ちょうどお腹が空いてたし!」

 先ほど、“アルヴィーズの食堂”で、お腹一杯食べたばかりではあったのだが、才人はそう口にした。

「ホントですか?」

 シエスタの顔が輝く。

「じゃあ、お腹一杯食べてくださいな」

 

 

 

 小さなテーブルの上に、所狭しと料理が並べられている。

 シエスタが、ニコニコしながら隣に座っている。

 才人はお腹を撫で、覚悟を決め、料理の1つへと手を付け、口に運び始めた。

 シエスタが「美味しいですか?」と尋ね、「美味しいよ。うん、すごく美味い」と正直に才人は答える。

「えへへ、たくさん食べてくださいね」

 シエスタはガツガツと食べる才人を、うっとりとした目で見つめている。

「く、食い方汚いかな?」

 才人は、心配になって尋ねた。

「そ、そんなことないです! 逆です。好いなあって思って! そんな風に、一生懸命に食べて貰ったら、お料理も、作った人も幸せだなぁって……」

 シエスタは顔を真っ赤にしながら、目を大きく見開いて手を振った。

「そ、そっか……」

「それ、わたしが作ったんです……」

 シエスタは、はにかんだ表情で言った。

「そ、そうなの?」

「ええ。無理言って、厨房に立たせて貰ったんです。でも、こうやってサイトさんが食べてくれるから、お願いした甲斐がありました」

 才人はグッと胸に詰まった。

 微妙な空気が、2人の間に流れた。

 シエスタが、慌てた調子で言った。

「サ、サイトさんっ!」

「は、はいっ!」

「あ、あのっ!」

 それからシエスタは、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「この前の、その、お話とっても楽しかったです! 特にあれ! なんでしたっけ! ひこうき!」

 才人は首肯いた。

 お風呂の中で、才人は“地球”の、“日本”のは話をシエスタにしたのであった。シエスタはあまり世間に詳しくない村娘だということもあって、才人の話を異国の話として捉えているのである。だからこそ、異世界の話だと断りを入れなくとも、信じているのであった。

「ああ、“飛行機”、ね」

「そうです! “魔法”ができなくても空が飛べるって素晴らしいわ! 詰まり、わたし達“平民”でも、鳥みたいに自由に空を飛べるってことでしょう?」

「空飛ぶ“フネ”があるじゃん」

「あれは浮いているだけです」

 キッパリと言い切った後に、シエスタは身を乗り出した。

「あのね? わたしの故郷も素晴らしいんです。“タルブ”の村って言うんです。ここから、そうね、馬で3日くらいかな……“ラ・ロシェール”の向こうです」

 才人は料理を口に運びながら、相槌を打った。

「へえ」

「なにもない、辺鄙な村ですけど……とっても広い、綺麗な草原があるんです。春になると、春の花が咲くの。夏は、夏のお花が咲くんです。ずっとね、遠くまで、地平線の向こうまでお花の海が続くの。今頃、とても綺麗だろうな……」

 シエスタは思い出に浸るように、目を瞑って言った。

「わたし、1度で良いから、そのひこうきとやらで、あのお花の海の上を飛んでみたいな」

「へええ」

「そうだ!」

 シエスタは、胸の前で、手を合わせて叫んだ。

 才人は驚いて後ろに倒れそうになる。

「な、なんだよいきなり?」

「サイトさん、わたしの村に来ませんか?」

「え? ええええ?」

「あのね、今度お姫さまが結婚なさるでしょう? それで、特別にわたし達にお休みが出ることになったんです。でもって、久し振りに帰郷するんですけど……良かったら、遊びに来てください。サイトさん達に見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」

「う、うん」

「あとね? わたしの村にはとっても美味しいシチュー料理があるの。“ヨシェナヴェ”って言うんです! 普通の人が見向きもしない山菜で作るんだけど、とっても美味しいの! ぜひ、サイトさんにも食べて欲しいわ」

「ど、どうして俺に見せたいの? 食べさせたいの?」

 シエスタは、恥ずかしそうに俯いた。

「……サイトさん、わたしに可能性を見せてくれたから」

「可能性?」

「そうです。“平民”でも、“貴族”に勝てるんだって。わたし達、なんのかんの言って、“貴族”の人たちに怯えて暮らしてる。でも、そうじゃない人がいるってこと、なんだか自分のことみたいに嬉しくって。わたしだけじゃなくって、厨房の皆もそう言ってて」

 シエスタは、「そんな人に、わたしの故郷を見て欲しいんです」と言った。

「そ、そっか……」

 才人も照れてしまった。

「もちろん、あの、それだけじゃなくて。ただ、サイトさんに見せたくって……でも、いきなり男の人なんかを連れて行ったら、家族の皆が驚いてしまうわ。どうしよう……」

 シエスタは、ポンと膝を叩いた。それから、激しく顔を赤らめて呟いた。

「そうだ。だ、“旦那さまよ”って、言えば良いんだわ」

「は、はい?」

「け、結婚するからって言えば、喜ぶわ。皆。母さまも、父さまも、妹や弟たちも……皆、きっと、喜ぶわ」

「シエスタ?」

 シエスタは、才人が呆然として自分を見つめているのを見て、ハッと我に返り、首を振った。

「ご、ごめんなさい! そ、そんなの迷惑ですよね! って言うか! サイトさんが遊びに来るって決まった訳じゃないのに! あは!」

 才人も照れて、しどろもどろになりながら言った。

「シ、シエスタって、たまに大胆な時があるよね。お、お風呂の時とか」

 シエスタは再び頬を染めた。

「だ、誰の前でも大胆になる訳じゃありません」

「え?」

「家を出る時、母さまに言われました。”シエスタや、これと決めた男の人以外に、肌を見せてはいけませんよ”って」

 シエスタはソッと手を伸ばして、才人の手を握り締めた。

 才人の心臓が、大きな音を立てて激しく鳴り始めた。

「み、見たいっておっしゃってくだされば、かか、隠さなかったのに」

「じょ、冗談、だよ、ね?」

 才人はやっとの思いで、それだけを口にすることができた。

「冗談なんかじゃありません。今だって……」

 シエスタは、顔を上げると、真っ直ぐに才人を見詰めた。

「わたしって、魅力ないですか?」

「そ、そんなことは、ない」

「ほんと?」

 シエスタは、上目遣いで才人を見つめる。

「じゃあどうして、お風呂の時はなにもしてくださらなかったの?」

 シエスタは、悲しそうに目を伏せた。

「……わたし、魅力ないんだわ。そうよね。貴男の側には、あんなに可愛らしい、ミス・ヴァリエールが……“貴族”の女の子がいるんだもの。わたしなんか所詮、村娘だもの」

 シエスタは自身を失くしたように、溜息を吐いた。

「そ、そんなことない!」

「サイトさん」

「君は十分、魅力的です。保証する。何故って、脱いだら凄いから」

 9割近くの女性であれば殴るであろう煮えた才人の言葉だが、シエスタも十分に煮え切っていたということもあって、感動した様子を見せる。

 シエスタは目を瞑ると、決心したように立ち上がった。そして、大きく深呼吸をすると、エプロンに手をかけ、それをついと肩から外す。

 才人は驚いて、大声を上げた。

 しかし、シエスタは大人しそうに見えて、一旦決めるととことん大胆になる性格をしているのである。

 彼女は、後ろのリボンを解き、エプロンを床に落とした。今度はブラウスのボタンを1個ずつ外して行く。

「シエスタ! まずい! まずいですって!」

 才人は首を振って叫んだ。

「あ、安心してください。責任取れなんて言いませんから」

 ブラウスのボタンが真ん中辺りまで外された。

 シエスタの、白い膨よかな谷間が、才人の目に飛び込んで来る。

 首を振りながら、才人は怒鳴った。

「ま、待った! やっぱりちょっと待った! 考えなきゃ! そーゆーことは!」

「きゃ」

 才人に肩を掴まれたシエスタはバランスを崩した。

 2人の後ろにはルイズのベッドがある。

 シエスタは、才人に押し倒されるような格好で、ベッドに倒れ込んだ。

「ご、ごめん……」

 才人の真下に、ブラウスを開けさせたシエスタがいる。

 シエスタは、胸の前で手を組むと、ユックリと目を瞑った。

 そして――。

 絶妙なタイミングで、ルイズがドアを開けて入って来た。

 

 

 

 それから、10秒の間に、実に様々なことが起こった。

 ルイズは、シエスタをベッドの上に押し倒している才人を発見した。してしまった。これが1秒。

 ルイズは、シエスタのブラウスが開けけているのを確認した。これが2秒。

 シエスタと才人は慌てて立ち上がった。これが3秒。

 シエスタは顔を真っ赤にして、ボタンを付け始めた。シエスタはこれに3秒を費やした。

 そして、ルイズにペコリと頭を下げて部屋を飛び出して行った。ここまでが7秒。

 才人が、「シ、シエスタ、ちょっと待って!」と怒鳴った。これで8秒。

 やっとの思いで、ルイズが硬直から解けた。これで9秒。

 才人が「取り敢えず説明させてくれ」とルイズに言ったのと、ルイズの鋭いハイキックが彼のこめかみに炸裂したのが同時で、10秒。

 という訳で、ルイズがドアを開けた10秒後には、才人は床に転がっていたのである。

 

 

 

 例によって、ルイズは才人の顔を踏み付けた。

 彼女の身体と声は震えている。

「なにしてんの、あんた?」

「違う。その、違うの。ルイズ、違うんです」

「人のベッドの上で、なにしてたの?」

「話せば長くなって。その、シエスタがお風呂にお茶を持って来てくれて……」

「言い訳は良いのよ。とにかく、“使い魔”のくせに、ご主人さまのベッドの上であんなことをしてたってのが、わたしはどうにも赦せないわ」

「だから、違うんだってばさ。そんなつもりじゃ」

「今度という今度は頭に来たわ」

 ルイズの目から、涙がポロッと落ちた。

 才人は立ち上がると、ルイズの肩を掴んだ。

「俺の話を聴けよ。誤解だっつの」

「もう良い」

 ルイズはキッと才人を睨んだ。

「なにが良いんだよ?」

 才人は、どうしてルイズがこれほどまでに怒るのか理解らなかった。

「出てって」

「あのなあ、さっきのは不可抗力で……」

「良いの! 出てって! あんたなんか首よ!」

「首?」

「そうよ! 首よ! 首よ首! あんたなんかその辺で野垂れ死んじゃえば良いのよ! “貴族”の部屋をなんだと思ってるのよ!?」

「理解ったよ」

 才人は憮然とした声で言った。

「理解ったら早く出てって。あんたの顔なんか見たくもない」

 無言で才人はデルフリンガーを掴むと、部屋から出て行った。

 

 

 

 1人、部屋に残されたルイズはベッドの上に倒れ込んだ。

 毛布を引っ掴み、頭から冠った。

「今日だけじゃないわ。わたしが授業を受けてる間にあの娘を連れ込んで、いっつもあんなことしてたんだわ。知らないのは、わたしだけだったのね。非道い。赦せない」

 ルイズは唇を噛んだ。

 涙がポロッと溢れて、彼女の頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ヴェストリの広場”の片隅に、見慣れないテントのようなモノを見付けたのは、ヴェルダンデを捜していたギーシュだった。

 テントのようなモノの隣には、大きな釜が置かれてある。

 ギーシュは、(このテントと大釜はいったい何だろう?)と思った。

 棒と、ぼろ布で作られている粗末なテントの周りには、食べかすらしい骨や果物の皮が散らっていることから、人が住んでいるということがわかる。

 ギーシュが、「いったい誰が住んでいるんだ?」と首を傾げて見ていると、そのテントの入り口から彼が“愛”する“使い魔”がヒョコヒョコ出て来た。

「ヴェルダンデ! ここにいたのか!」

 ギーシュはスサッ! と立膝になり、ヴェルダンデに頬擦りをした。

 モグモグとヴェルダンデは嬉しそうに鼻を引く付かせる。

「ヴェルダンデ、いったい、こんな所でなにをしているんだね?」

 テントの中から、誰かが這い擦って出て来てヴェルダンデを呼んだ。

「もぐら、おいで。俺とお前はお友達だろう?」

 それはヨレヨレとなった才人であった。彼の手にはワインの瓶が握られており、目は酔で濁っている。

「なにをしているんだね君は?」

 ギーシュは呆れた声で言った。

 才人はワインを一口含むと、ギーシュを無視してヴェルダンデを呼んだ。

「おいで、モグラっち。俺にはお前しか心許せる友達がいないんだよ」

 ヴェルダンデは、困ったように才人とギーシュを見比べた。

「ヴェルダンデ、馬鹿が感染るから、そこに行ってはいけないよ、ところで、なんでヴェルダンデが、君の友達なんだね?」

 ギーシュが尋ねると、才人はグタっと地面に横たわり、死にそうな声で言った。

「俺はもぐらだからだ。情けない、しがない、惨めなモグラだからだ」

 ギーシュはテントの中を覗き込んだ。

 そこにはデルフリンガーと、なぜかキュルケの“サラマンダー”――フレイムがいた。

「キュルキュル」

「なんだよてめえ?」

 フレイムはデルフリンガーが、ギーシュを見て唸った。

 藁束が床に敷き詰められて居る。カップが1個転がっている。それで、テントの中は全てだった。

 ギーシュは入り口の布を無言で戻すと、才人に向き直った。

「ルイズに部屋から追い出されたのかね?」

 才人は地面に横たわったまま、首肯いた。

「それでこのテントを作ったのかね?」

 才人は再び首肯いた。

「寂しくなって、人の“使い魔”を集めて酔っ払っていたのかね?」

 才人は大きく首肯いた。

 ギーシュは目を瞑ると、首肯いた。

「んー、君はあれだな、碌でなしだな」

「じゃあ俺にどうしろと? 出てけと言われても、行くとこねえし。帰る宛もねえし。呑むしかねえし」

 才人は瓶から直接ワインを呷った。

 その場にシエスタが小走りでやって来る。

「わ! 遅くなってすいません! はい、お昼御飯です!」

 どうやら才人の世話は、この厨房のメイドである彼女が焼いている様子だ。

 彼女は、パンやハムの入った籠をテントの前に置いた。そして、才人が握ったワインの瓶を取り上げた。

「まあ! もうこんなに呑んじゃったんですか!? 1日1本って言ってるのに!」

 シエスタは、腕を組んで怒った。

「ご、ごめんなしゃい……」

 才人は、シュンとなって俯いた。

 シエスタは、テントに顔を突っ込むと、中の連中に向かって怒鳴った。

「貴方たち、呑み過ぎないように注意して上げてねって言ったじゃない!」

「キュルキュル」

「すまねえ」

 中から申し訳なさそうな、デルフリンガーとフレイムの鳴き声が聞こえて来る。

 それからシエスタは、ギーシュがポカンと口を開けている前で、そそくさとテントの周りを掃除すると、地面に横たわっている才人を立たせた。

「じゃあ、また夕方になったら来ますからね! 呑み過ぎちゃ駄目ですよ!」

 才人が「ふぁい」と冴えない返事をする。

 そして来た時と同じように、忙しげな小走りでシエスタは去って行った。

 ギーシュはそんな様子を見ていたが、造花の薔薇を咥えたまま、悩ましげで言った。

「そりゃ、二股かけたらルイズも怒るだろうさ」

「二股もなにも! なんにもねえよ! ルイズとも! あのシエスタとも!」

「まあ、どうでも良いが、君はここで暮らすつもりかね?」

「悪いか?」

「“学院”の美観を著しく損ねているのだが」

「うるせえ」

「先生たちに見付かったら、すぐに出て行けと言われてしまうよ」

「ふむ、まだここにいたのか……」

 そこに、俺はシエスタと行き違いでテントへと近付き、才人へと声をかける。

「悪いかよ?」

「いやなに、私は被害を被ってはいないので問題は何もないのだがね。ただ、そろそろ仲直りをしたらどうかと思ってね」

「あいつが話を聞いてくれねえんだ。仕方ねえだろ……」

 才人はそう言った後、でワインを呷ると、ヴェルダンデを抱き捕まえてテントの中に引き返して行った。

 困った目で、ヴェルダンデはギーシュを見詰めた。

「こら、だからヴェルダンデを離したまえ!」

 

 

 

 さて一方、こちらはルイズの部屋だ。

 才人を放り出してから、3日が過ぎていた。

 その間ルイズは、「気分が悪い」と言って授業を休んでベッドに潜り込み、悶々としていた。

 考えているのは追い出した“使い魔”――才人のことである。「キスしたくせに、キスしたくせに」と彼女は布団の中で何度も思っているのであった。

 部屋の片隅を見やると、才人が使っていた藁束が散らばっている。それを見ていると、ルイズは悲しくなった。彼女は、それを捨てようかと思いはするのだが、捨てることができないでいるのであった。

 そんな風にしていると、ドアがノックされた。

 ルイズは、(サイトが戻って来た)と思い、悲しみが喜びへと変わるが、その喜びに対して怒りを覚える。(なんで喜んでるのよ、わたし。なに、今更戻って来たって入れて上げないんだから)と。

 了承を得ることもなく、部屋の外の誰かにってドアがガチャリと開けられる。

 ルイズはガバッと跳ね起きて、怒鳴った。

「馬鹿! 今さら……え?」

 入って来たのは、シオンとキュルケだ。

 キュルケは燃えるような赤毛を揺らし、彼女はニヤッと笑った。

 シオンは、黄金色の髪を揺らしながら申し訳なさそうに入室をする。

「あたし達で、ごめんなさいね」

「えっと、ごめん、ね?」

「な、なにしに来たのよ!?」

 ルイズは再びベッドに潜り込んだ。

 キュルケとシオンは、ツカツカとルイズへと近寄り、キュルケはベッドに座り込み、シオンは椅子へと座る。

 キュルケは、ガバッと毛布を剥いだ。

 ルイズは、ネグリジェ姿のまま、拗ねたように丸まっている。

「貴女が3日も休んでいるから、見に来て上げたんじゃないの」

 キュルケは呆れたような、溜息を吐いた。

「で、どーすんの? “使い魔”追い出しちゃって」

「あんた達には関係ないじゃない」

 キュルケは冷たい目で、シオンは優しげな目で、ルイズを見詰めた。

 ルイズの、薔薇のような頬に、涙の筋が残っていることから。何度も泣いていたということがわかる。

「貴女って、馬鹿で嫉妬深くて、高慢ちきなのは知ってたけど、そこまで冷たいとは思わなかったわ。仲良く食事してたくらい、良いじゃないの」

「それだけじゃないもん。よりにもよってって、わたしのベッドで……」

 キュルケの言葉に対し、ルイズはポツリと言った。

「あらま。抱き合ってたの?」

 キュルケの言葉にルイズは首肯く。

 ルイズの返答に、シオンは大きく目を見開き驚く。

「まあ、好きな男が他の女と自分のベッドの上で抱き合ってたら、ショックよねー」

「好きなんかじゃないわ! あんなの! ただ、“貴族”のベッドを……」

「そんなの言い訳でしょ。好きだから、追い出すほど怒ったんでしょ」

 キュルケの言葉は図星なのであろう。だが、それでもルイズは認めずに唇を尖らせた。

「しょうがないじゃないの。貴女、どうせなにもさせて上げなかったんでしょ。そりゃ、他の娘といちゃつきたくもなるってモノよ」

 ルイズは黙ってしまった。

「ラ・ヴァリエール、貴女って、変な娘ね。キスもさせて上げない男のことで、泣いたり怒ったり。そんな相手とじゃ、勝負にもなんにもならないわ」

 つまらなさそうにそう言うと、キュルケは立ち上がった。

「サイトは、あたしがなんとかして上げる。初めは、貴女から取り上げるのが愉しくってちょっかいかけてたけど……殴られたり蹴られたり追い出されたり、なんだか今は彼が可哀想。彼は、貴女の玩具じゃないのよ?」

 ルイズはキュッと唇を噛んだ。

「“使い魔”は“メイジ”にとってパートナーよ。それを大事にできない貴女は、“メイジ”失格ね。まあ、“ゼロ”だし仕方ないかもね」

 そう言った後、キュルケは去って行った。

 ルイズは悔しくて、切なくて、ベッドに潜り込んだ。そして、幼い頃のように、うずくまって泣いた。

 それを目にして、我がことのようにシオンの瞳も潤み出す。

「ねえ、ルイズ。貴女は聡いもの、キュルケが言ったこと理解はできているわよね? 彼女、ああ言った口調だったけど、とても心配してたのよ?」

 それでも。ルイズは泣きじゃくるだけだ。

「貴女は決して“メイジ”失格なんかじゃないわ。ただ、恋心の方が勝っただけ。だから素直になれず、動揺してしまっただけ。そう思うの。だって、この前のサイト君に対しての言動を見ればわかるわ」

 そう言って、シオンはルイズの頭を優しく撫でる。

 そういった風に、彼女は自身の考えや思いをルイズへと伝える。

 そして、ルイズはシオンに抱き着くようにして、彼女の胸の中でさめざめと、わんわんと泣いた。

 シオンは、そんな彼女を抱き締め、なだめるように彼女の背中を擦り、優しく叩いた。

 

 

 

 才人のテントの前に、キュルケがやって来たのは夜も更けた頃であった。

 ぼろテントの中からは、酔っ払いの声が聞こえて来る。キュルキュルと、彼女の“使い魔”である“サラマンダー”のフレイムの鳴き声も混じっているのがわかるだろう。

 キュルケがテントの入口の布をガバッと開けると、中は惨状を呈していた。

 ギーシュはヴェルダンデに突っ伏して泣いている。才人はフレイムの頭を抱き締め、ワインの瓶を片手に管を巻いている。そして、唯一平常なのは、俺とデルフリンガー、ヴェルダンデとフレイムだけであった。

「そうらぁ! おまぇのいうとおりら! おんにゃはばかばっかりら!」

 才人が大声で怒鳴った。しこたま酔っているのだろう、呂律が回っていない。

「ぼくはねー、モンモランシーにはって、あのケティにだってなにもしてないんだ。ケティはてをにぎっただけだし、モンモランシーだってかるくキスしただけさ! それなのに……それなのに……ぼくわねー!」

 ギーシュは泣き上戸なのだろう、さめざめと泣いていた。

 そんな光景を目にし、キュルケは溜息を吐いた。

「おんにゃはばか!」

「ぼくわねー!」

 そしてそんな中、俺は彼らを気にせず、手にしたコップでワインを呑み、その味と香を愉しんでいる。ワインなど生前はあまり呑まなかったことからわかり辛いのだが、どうやら“サーヴァント”になったことで酔いが回るということはない様子である。

 デルフリンガーが、入って来たキュルケに気付き声を上げた。

「ジェントルメン、客だぜ」

「きゃくぅ?」

 才人は酔って濁った目で、キュルケを見つめた。

 キュルケは、微笑を浮かべて言った。

「愉しそうね。あたしも混ぜてくれない?」

 才人はこれ以上ないほど酔っていて、女を見ただけで怒りを覚えてしまった様子をみせる。彼は、すっくと立ち上がると、キュルケに向き直った。

「そのデッカイおっぱい、見せてくれたら、入れて上げても良い」

 ギーシュが立ち上がり、拍手をした。

「断然同意だ! “トリステイン貴族”の名に賭けて! 断然! 同意であります!」

 俺はそんな2人の言葉に、思わず溜息を吐いてしまう。

 キュルケは返事をする代わりに“杖”を抜くと、“呪文”を“詠唱”した。

「酔いは冷めて?」

 キュルケがそう言うと、正座をした才人とギーシュは首肯いた。

「なぜ俺まで……?」

「ごめんなさいね、セイヴァー」

 周りは焼け焦げている。才人とギーシュは焼け焦げていた。才人の髪と、ギーシュの自慢のシャツは、キュルケの炎の“魔法”でボロボロになっている。

 だが、俺は“サーヴァント”だということもあって彼女の“魔法”の影響を受けていない。基本的に、“サーヴァント”は、同じ“サーヴァント”を始め、“神秘性”を持った攻撃や干渉しか受け付けないのである。ただ、巻き込まれたことに納得がいかなかったのである。

「じゃあさっさと出かける用意して」

「出かける用意?」

 ギーシュと才人、そして俺は顔を見合わせた。

「そうよ、ねえサイト」

 キュルケは、ダーリンと呼ばずに、名前を呼んだ。

「な、なに?」

「貴男、一生こんなと所でテントを張ってくすぶる気?」

「だって……追い出されちゃったし、帰る方法も見付からないし……」

 キュルケとギーシュは、「帰る方法?」と顔を見合わせた。

 才人は首を横に振った。

「い、いやその……なんだっけ、その、東方のロバなんとかに」

「ああ、そうよね、貴男たちはそこの生まれなのよね」

 納得した様子でキュルケが首肯いたことで、才人はホッと胸を撫で下ろした。

 キュルケは、才人の頬を撫でながら言った。

「“貴族”になりたくない?」

「きき、“貴族”?」

 ギーシュが、呆れた声で言った。

「キュルケ、彼は“平民”だぞ? “メイジ”じゃない彼が“貴族”になれる訳ないじゃないか」

「“トリステイン”はそうよね。法律で、キッチリ“平民”の領地の購入と公職に就く事の禁止が謳われているわ」

「その通りだ」

「でも、“ゲルマニア”だったら話は別よ? お金さえあれば、“平民”だろうがなんだろうが土地を買って“貴族”の姓を名乗れるし、公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだってできるのよ」

「だから“ゲルマニア”は野蛮だっていうんだ」

 ギーシュが、吐き捨てるように言った。

「あら、“メイジでなければ貴族にあらず”なんつって、伝統や仕来りにこだわって、どんどん国力を弱めているお国の人に言われたくない台詞だわ。おかげで“トリステイン”は、一国じゃまるっきし“アルビオン”に対抗できなくて、“ゲルマニア”に同盟を持ちかけたって話じゃないの」

 才人はポカンと口を開けて、キュルケの話を聞いていたが、やっとのことで口を開いた。

「あー、なんだキュルケ。詰まり、その、俺にお金の力で“貴族”になれ、と。お前の国で」

「その通りよ」

「そんな金、ねえよ、俺は文なしだぜ?」

「だから、探すんじゃないの」

 キュルケは手に持った羊皮紙の束を、才人の顔に叩き付ける。

「なにこれ?」

 ギーシュと才人、そして俺は、その束を見つめる。それには、地図らしきモノが描いてある。

「宝の地図よ」

「宝ぁ?」

 ギーシュと才人のキョトンとした声が重なった。

「そうよ! あたし達は宝探しに行くのよ! そんで見付けた宝を売ってお金にする! サイト、貴男……なんでも好きなことができるわよ?」

 才人はゴクンと唾を呑んだ。

 キュルケは才人を抱き締め、自分の胸に押し付ける。

「ねえ、“貴族”になれたら……きちんと手順を踏んで、あたしにプロポーズしてね? あたし、そういう男の人が好きよ。“平民”でも“貴族”でも、なんだって良いの。困難を乗り越えて、ありえないなんかを手にしちゃう男の人……そういう人が好き」

 キュルケは色っぽく笑った。

 地図を見つめていたギーシュが、胡散臭げに呟いた。

「なあキュルケ、この沢山の地図、どう見ても胡散臭いんだけど……」

「そりゃ、魔法屋、情報屋、雑貨屋、露天商……いろいろ回って掻き集めて来たんだもの」

「どうせ紛い物に決まってるよ。こうやって宝の地図と称して、テキトウな地図を売り付ける商人を何人も知ってるぜ? 騙されて破産した“貴族”だっているんだ」

「そんなんじゃ駄目よ!」

 キュルケは、拳を握り締めて叫んだ。

「そりゃ、ほとんどはクズかもしれないけど、中には本物が混じってるかもしれないじゃないの!」

 ギーシュは顎に手をやって、うむむむと唸った。キュルケの力説に、「言われて見ればそうかもしれない」と思い始めているのである。

「サイト、行きましょ! こんなとこに寝てたって仕方がないでしょ? お宝見付けて、追い出したルイズを見返して……あたしにプロポーズしてね?」

 才人は、「ルイズを見返す」という言葉に、甘い響きを伴ったような感覚や感情を覚えた。

「よし来た。その話、乗った」

「そう来なくっちゃ!」

 キュルケが才人をギュウッと強く抱き締める。

 そこに誰かが飛び込んで来た。

「駄目です駄目です駄目ですッ!」

「シエスタ?」

 メイド服を着たシエスタである。

 彼女が入って来るのを見て、才人は驚き顔を上げる。

「サイトさんが結婚するなんて駄目ですっ!」

 シエスタは、才人を引っ張った。

「貴女、好きな男の幸せを願わないの?」

 キュルケにそう言われ、シエスタは、ハッ! とした表情を浮かべ、才人を見つめ。それから首を振る。

「“貴族”になるだけが幸せじゃないわ。わたしの村にいらして、そのお金で葡萄畑を買いましょう!」

「葡萄畑?」

「わたしの村では、良質の葡萄が沢山採れるんです! 素敵なワインを2人で造りましょう! 銘柄はサイトシエスタ! 2人の名よ!」

 キュルケとシエスタは、グイグイと才人を引っ張る。

 才人は、2人の女子の間でこうやって引っ張られるというのが生まれて初めてだということもあって、うっとりと頬を染めた。

 ギーシュがつまらなさそうに言った。

「ふん、宝なんか見付かるもんか」

「あらギーシュ。素敵なお宝を見付けてプレゼントしたら、姫さまも見直すかもよ?」

 キュルケの言葉に、ギーシュは立ち上がった。

「諸君、行くぞ」

 シエスタは、「自分が着いて行かなかったら、キュルケは才人を派手に誘惑するに違いない」と考えたのだろう、「わ、わたしも連れてってください!」と叫んだ。

「駄目よ、“平民”なんか連れてったら、足手纏じゃない」

「馬鹿にしないでください! わ、わたし、こう見えても……」

 シエスタは、拳を握り締めて、ワナワナと震えた。

「こう見えても?」

 キュルケは、マジマジとシエスタを見詰める。

「料理ができるんです!」

「知ってるよ!」

 俺を除くその場の全員が、シエスタに突っ込んだ。

「でも! でもでも! 食事は大事ですよ? 宝探しって、野宿したりするんでしょう? 保存食料だけじゃ、ものたりないに決まってます。わたしがいれば、どこでもいつでも美味しいお料理が提供できますわ」

 確かにその通りだと言えるだろう。

 ギーシュもキュルケも“貴族”だということもあって、不味い食事には耐えることができないだろうことは簡単に想像できてしまう。才人もまた、自分で料理をするなんてことは、学校の家庭科などの授業でしかやったことがないのだから。

「でも、貴女お仕事があるでしょう? 勝手に休めるの?」

「コック長に“サイトさんとセイヴァーさんのお手伝いをする”って言えば、いつでもお暇は頂けますわ」

 厨房を切り盛りするコック長のマルトーは、俺と才人のことを大層気に入ってくれているのである。

 おそらく、シエスタが言った通りになるだろうと、簡単に想像することができてしまった。

「わかったわ。勝手にしなさい。でも、言っとくけど、今から向かう廃墟や、遺跡や森や洞窟には、危険が一杯よ? 怪物や魔物がわんさかいるのよ?」

「へ、平気です! サイトさんとセイヴァーさんが守ってくれるもの!」

 そう言ってシエスタは、才人と俺の腕を掴む。

 キュルケは首肯くと、一同を見回す。

「じゃあ準備して。そうと決まったら出発よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “アルビオン”空軍工廠の街“ロンディニウム”の郊外に位置している、“革命戦争”(と、“レコン・キスタ”では先ほど終結した内戦のことをそう呼んでいる)の前からここは、“王立空軍”の工廠であった。その為、様々な建物が並んでいる。巨大な煙突が何本も立っている建物は、製鉄所である。その隣には、“フネ”の建造や修理に使う、木材が山と積まれた空き地が続いている。

 赤煉瓦の大きな建物は、空軍の発令所だ。そこには誇らしげに“レコン・キスタ”の3色の旗が翻っている。

 そして、一際目立つのは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。

 雨除けのための布が、巨大なテントのように、停泊した“アルビオン空軍本国艦隊旗艦レキシントン号”の上を覆っている。全長200“メイル”にも及ぶ巨大搬送戦艦がこれまた巨大な盤木に載せられ、突貫工事で改装が行われている最中であった。

 “アルビオン”皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、伴の者を引き連れ、その工事を視察していた。

「なんとも大きく、頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね? 艤装主任?」

「我が身にはあまりある光栄ですな」

 気のない声で、そう答えたのは、“レキシントン号”の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリー・ボーウッドであった。彼は“革命戦争”の折、“レコン・キスタ”側の巡洋艦の艦長であった。その際、敵艦を2隻撃破する功績を認められ、“レキシントン号”の改装艤装主任を任されることになったのである。艤装主任は、艤装終了後、そのまま艦長へと就任する。王立であった頃からの“アルビオン空軍”の伝統であった。

「見たまえ。あの大砲!」

 クロムウェルは、舷側に突き出た大砲を指さした。

「余の君への信頼を象徴する、新兵器だ。“アルビオン”中の“錬金魔術師”を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ! 設計士の計算では……」

 クロムウェルの側に控えた、長髪の女性が答えた。

「“トリステイン”や“ゲルマニア”の戦列艦が装備するカノン砲の射程の、おおよそ1.5倍の射程を有します」

「そうだな、ミス・シェフィールド」

 ボーウッドは、シェフィールドと呼ばれた女性を見詰めた。

 冷たい妙な雰囲気のする、20代半ばくらいの女性である。細い、ピッタリとした黒いコートを身に纏っている。彼が見たことのない、奇妙な成りをしている。マントも着けていない。そのことから、彼女は“メイジ”ではないのかもしれないと予測することができる。

 クロムウェルは満足げに首肯くと、ボーウッドの肩を叩いた。

「彼女は、東方の“ロバ・アル・カリイエ”からやって来たのだ。“エルフ”より学んだ技術で、この大砲を設計した。彼女は、未知の技術を……我々の“魔法”の体系に沿わない、新技術をたくさん知っている。君も友達になるが良い、艤装主任」

 ボーウッドはつまらなさそうに頷く。彼は心情的には、実のところ“王党派”であった。しかし彼は、「軍人は政治に関与すべからず」との意思を強く持つ生粋の武人でもあった。上官であった艦隊司令が反乱軍側に着いたため、仕方なく“レコン・キスタ”側の艦長として“革命戦争”に参加したのであった。“アルビオン”伝統の“ノブレッス・オブリージュ”……高貴な者の義務を体現するべき努力する彼にとって、未だ“アルビオン”は王国であるのだ。彼にとって、クロムウェルは忌むべき王権の簒奪者であるといえるだろう。

「これで、“ロイヤル・ソヴリン号”に敵う艦は、“ハルケギニア”のどこを探しても存在しないでしょうな」

 ボーウッドは、間違えたふりをして、この艦の旧名を口にした。

 その皮肉に気付き、クロムウェルは微笑んだ。

「ミスタ・ボーウッド。“アルビオン”にはもう“王権ロイヤル・ソヴリン”は存在しないのだ」

「そうでしたな。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んで行くとは、下品な恣意行為と取られますぞ」

 “トリステイン”王女と“ゲルマニア”皇帝の結婚式に、国賓として“初代神聖皇帝”兼“貴族議会議長”のクロムウェルや、“神聖アルビオン共和国”(新しい“アルビオン”の国名)の官僚は出席するのである。その際の御召艦が、この“レキシントン号”なのである。

 親善訪問に新型の武器を積んで行くなど、砲艦外交ここに極まれリ、である。

 クロムウェルは、何気ない風を装って、呟いた。

「ああ、君には親善訪問の概要を説明していなかったな」

「概要?」

 また陰謀か? とボーウッドは頭が痛くなるのを感じた。

 クロムウェルは、ソッとボーウッドの耳に口を寄せると、2言、3言口にした。

 ボーウッドの顔色が変わった。目に見えて、彼は青褪めた。そのくらい、クロムウェルが口にした言葉は、ボーウッドにとって常識を逸していたのである。

「馬鹿な!? そのような破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ!」

「軍事行動の一環だ」

 事もなげに、クロムウェルは呟いた。

「“トリステイン”とは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか! この“アルビオン”の長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はない!」

 激昂して、ボーウッドは喚いた。

「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君は余と議会の決定に逆らうつもりかな? いつから君は政治家になった?」

 それを言われると、ボーウッドはもう、なにも言えなくなってしまうのであった。彼にとっての軍人とは物言わぬ剣であり、盾であり、祖国の忠実な番犬であるのだから。誇りある番犬であるのだ。それが政府の……指揮系統の上位に存在する存在の決定であるのであれば、黙って従うより他はないだろう。

「……“アルビオン”は、“ハルケギニア”中に恥を晒すことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名を轟かすことになりますぞ」

 ボーウッドは苦しげに、そう言った。

「悪名? “ハルケギニア”は我々“レコン・キスタ”の旗の下で、1つに纏まるのだ。“聖地”を“エルフ”共より取り返した暁には、そんな些細な外交上の経緯など、誰も気に留めまい」

 ボーウッドは、クロムウェルに詰め寄った。

「条約破りが些細な外交上の経緯ですと? 貴男は祖国をも裏切るつもりか?」

 クロムウェルの傍らに控えた1人の男が、スッと杖を突き出して、ボーウッドを制した。フードに隠れたその顔に、ボーウッドは見覚えがあった。

 驚いた声で、ボーウッドは呟いた。

「で、殿下?」

 それは、討ち死にしたと伝えられる、ウェールズ皇太子の顔であった。

「艦長、かつての上官にも、同じ台詞が言えるかな?」

 ボーウッドは咄嗟に膝を突いた。

 ウェールズは、手を差し出した。

 その手に、ボーウッドは接吻した。刹那、青褪める。その手は氷のように冷たいのだから。

 それからクロムウェルは、伴の者達を促し、歩き出した。ウェールズも従順にその後に続く。

 その場に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くした。

 あの戦いで死んだはずのウェールズが、活きて動いている。ボーウッドは、“水系統”の“トライアングルメイジ”であった。“生物の組成を司る”、“水系統”のエキスパートの彼でさえ、死人を蘇らせる“魔法”の存在など、聞いたことがなかった。

 ボーウッドは、「“ゴーレム”だろうか? いや、あの身体には生気が流れていた」などと頭を悩ませる。“水系統”の使い手だからこそ、あのクロムウェルの体内の水の流れがわかるのだ。だが――。

 ウェールズが動いている、蘇ったのは、未知の“魔法”によるモノだとしか考えられない。そして、あのクロムウェルは、それを操ることができるのである。

 彼は、まことしやかに流れている噂を思い出し、身震いした。

 神聖皇帝クロムウェルは、“虚無”を操る。と……。

 ……伝説の零の系統。

 ボーウッドは、震える声で呟いた。

「……あいつは、“ハルケギニア”をどうしようと言うのだ?」

 

 

 

 クロムウェルは、傍らを歩く“貴族”に話しかける。

「子爵、君は“竜騎兵”の隊長として、“レキシントン”に乗り込みたまえ」

 羽帽子の下の、ワルドの目が光った。

「目付け、という訳ですか?」

 首を振って、クロムウェルはワルドの憶測を否定した。

「あの男は、決して裏切ったりはしない。頑固で融通が利かないが、だからこそ信用できる。余は“魔法衛士隊”を率いていた、君の能力を買っているだけだ。“竜”に乗ったことはあるかね?」

「ありませぬ。しかし、私には乗り熟せぬ“幻獣”は“ハルケギニア”には存在しないと存じます」

 クロムウェルは、「だろうな」と言って微笑んだ。

 それから、不意にクロムウェルはワルドの方を向いた。

「子爵、君は何故余に付き従う?」

「私の忠誠をお疑いになりますか?」

「そうではない。ただ、君はあれだけの功績を上げながら、なに1つ余に要求しようとはしない」

 ワルドはニッコリと笑った。そして、自身の左手を振って答える。

「私は、閣下が私に見せて下さるモノを、見たいだけです」

「“聖地”か?」

 ワルドは首肯いた。

「私が探すモノは、そこにあると思います故」

「信仰か? 欲がないのだな」

 元聖職者でありながら、信仰心など欠片も持たぬクロムウェルはそう言った。

 ワルドは、首から提げられたペンダントを弄った。それは古ぼけた銀細工のロケットであり、パチリと開く。

 その中には、綺麗な女性の肖像が描かれている。小さな肖像だ。

 それを見ていると、ワルドの心が……冷え切っていると他人に思わせる胸の奥が、熱く騒いだ。

 しばし極小の肖像を見つめた後、ワルドは呟いた。

「いえ、閣下。私は世界で1番、欲深い男です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、こちらは“トリステイン”の王宮、アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁が纏うドレスの仮縫いでおおわらわであった。大后マリアンヌの姿も見える。彼女は、純白のドレスに身を包んだ娘――アンリエッタを、目を細めて見守っている。

 しかし、当のアンリエッタの表情は、まるで氷のようであった。仮縫いのための縫い子たちが、袖の具合や腰の位置などを尋ねても、曖昧に首肯くばかりである。

 そんな娘の様子を見かねた大后は、縫い子たちを退がらせた。

「“愛”しい娘や、元気がないようね」

「母さま」

 アンリエッタは、母后の膝に頬を埋めた。

「望まぬ結婚なのは、理解っていますよ」

「そのようなことはありません。私は、幸せ者ですわ。生きて、結婚することができます。結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」

 その台詞とは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。

 マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。

「恋人がいるのですね?」

「いた、と申すべきですわ。速い、速い川の流れに、アンリエッタは流されているような気分ですわ。総てが私の横を通り過ぎて行く。“愛”も、優しい言葉も、なにも残りませぬ」

 マリアンヌは首を横に振った。

「恋は麻疹のようなモノ、熱が冷めれば、直ぐに忘れますよ」

「忘れることなど、できましょうか?」

「貴女は王女なのです。忘れねばならぬことは、忘れねばなりませんよ。貴女がそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう?」

 諭すような口調で、マリアンヌは言った。

「私は、なんの為に嫁ぐのですか?」

 苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。

「未来の為ですよ」

「民と国の、未来の為ですか?」

 マリアンヌは首を振った。

「貴女の未来の為でもあるのです。“アルビオン”を支配する、“レコン・キスタ”のクロムウェルは野心豊かな男。聞くところによると、彼の者は“虚無”を操るとか」

「“伝説の系統”ではありませぬか」

「そうです。それが真なら、恐ろしいことですよ。アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空の上から大人しく“ハルケギニア”の大地を見下ろしているとは思えません。軍事 強国の“ゲルマニア”にいた方が、貴女のためなのです」

 アンリエッタは、母を抱き締めた。

「……申し訳ありません。我儘を言いました」

「良いのですよ。年頃の貴女にとって、恋は総てでありましょう。母も知らぬ訳ではありませんよ」

 母娘はしっかりと抱き合った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。