ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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コルベールの研究室

 ジャン・コルベールは、当年とって42歳、“トリステイン魔法学院”に奉職して20年、“炎蛇”の“二つ名”を持つ“メイジ”である。彼の趣味……というよりも生き甲斐という方が正しいだろうそれは研究と発明である。

 彼は、“ドラゴン”に吊られて“魔法学院”の広場に現れたモノを、研究室の窓から見付けて慌てて駆け寄ったのである。それは、激しくコルベールの知的好奇心を刺激したのであった。

「君たち! こ、これはなんだね? 良ければ私に説明してくれないかね?」

 地面に下ろす作業を見守っている俺たちは、特に才人が、コルベールを見て輝かせた。

「良かった。先生に相談したことがあるんです」

「私に?」

 才人の言葉に、コルベールはキョトンとした。(この“平民”の少年とミス・エルディに“召喚”されたこの青年は何者なんだろう? あの日、ミス・ヴァリエールに“召喚”された、“伝説の使い魔”――“ガンダールヴ”……2人は、東方の“ロバ・アル・カリイエ”の生まれで私の発明品を素晴らしいと評価してくれた人物たち……)、と常に考えていたのである。

 彼は、謎の多いに俺たちに訊き返した。

「これは“飛行機”って言うんです。俺たちの世界じゃ、普通に飛んでる」

「これが飛ぶのか!? はぁ! 素晴らしい!」

 コルベールは、才人の言葉を耳にすると同時に、“ゼロ戦”のあちこちを興味深そうに見て回った。

「ほう! もしかしてこれが翼かね!? 羽撃くようには出来ておらんな! さて、この風車はなんだね?」

「プロペラです。これを回転させて、前に進むんです」

 いろいろと省いた才人の説明に、コルベールは眼を真ん丸にして、彼へと詰め寄った。

「なるほど! これを回転させて、風の力を発生させる訳か! なるほど良く出来ている! では、早速飛ばせて見せてくれんかね!? ほれ! もう好奇心で手が震えている!」

 そんなコルベールの言葉と様子に、才人と俺は顔を見合わせ、困ってしまった。

 才人は、頭を掻いて説明する。

「えっとですね……そのプロペラを回すためには、“ガソリン”が必要なんです」

「がそりん、とは、なんだね?」

「その、それを今から先生に相談しようと思ってたんです。ほらこの前、先生が授業でやっていた、発明品」

「“愉快なヘビくん”のことかね?」

「そうです! あれを動かすために油を気化させていたでしょう?」

「あの油が必要なのか! なんの! お安い御用だ!」

「いや、あれじゃ、駄目だと思うんです。“ガソリン”じゃなきゃ」

「がそりん? ふむ……油にもいろいろあるからなあ」

 それから才人は、俺たちをニヤニヤと見つめている“竜騎士隊”の連中に気付いた。

 ギーシュが近寄って来て、俺たちへと告げた。

「取り込み中のところ、悪いのだが、あの方たちに運び賃を払わないと……」

「あいつらだって、“貴族”だろうが。金々ってうるせえな」

「君。軍人は、貧乏なんだよ」

 才人はニッコリとコルベールに笑いかけた。

「先生、その前に、運び賃を立て替えてくれませんか?」

 コルベールは人の良いことに、才人の言葉に快く首肯いた。

 

 

 

 コルベールの研究室は、本塔と“火の塔”に挟まれた一画にある。

 他の建物と比べると見劣りする、ハッキリと言ってしまうとボロい掘っ立て小屋だ。

「初めは、自分の居室で研究をしておったのだが、なに、研究に騒音と異臭は付き物でな。直ぐに隣室の連中から苦情が入った」

 コルベールはドアを開けながら、才人と俺に説明をした。

 木で出来た棚に、薬品の瓶やら、試験管やら、秘薬を掻き混ぜる壺やらが雑然と並んでいるのが見える。その隣には壁一面の本棚がある。ギッシリと、書物が詰まっている。羊皮紙を球形のモノに貼り付けた天体儀、地図などもある。檻に入った蛇や蜥蜴、珍しい鳥までもがいる。埃ともかびともわかり辛い、妙な鼻を突く異臭が漂っている。

 才人は思わずといった風に鼻を摘んだ。

「なあに、臭いは直ぐに慣れる。しかし、御婦人方には慣れるということはないらしく、この通り私は独身である」

 聞いてもないことをコルベールは呟きながら、椅子に座った。そして、“ゼロ戦”の燃料タンクの底にこびり付いていた“ガソリン”を入れた壺の臭いを嗅いだ。

 “固定化”の“呪文”がかけられた“ゼロ戦”の中にあった“ガソリン”だということもあって、化学変化は起こしていないのである。

「ふむ……嗅いだことのない臭いだ。温めなくてもこのような臭いを発するとは……随分と気化しやすいのだな。これは、爆発した時の力は相当なモノだろう」

 コルベールはそう呟くと、手近な羊皮紙を取り、サラサラとメモを取り始めた。

「これと同じ油を作れば、あのひこうきとやらは飛ぶのだな?」

 才人と俺は首肯いた。

「たぶん……あと、壊れてなければですけど」

「面白い! 調合は大変だが、やってみよう!」

 コルベールはそれから、ブツブツと呟きながら、「ああでもない、こうでもない」と騒ぎながら、秘薬を取り出したり、アルコールランプに火を点けたりし始めた。

「君はサイト君、そしてセイヴァー君と言ったかね?」

 俺たちはおのおの首肯く。

「君たちの故郷では、あれが普通に飛んでいると言ったな? “エルフ”の治める東方の地は、なるほど全ての技術が“ハルケギニア”のそれを上回っているようだな」

 才人は、快くガソリンの調合を引き受け、運賃まで払ってくれたコルベールに嘘を吐くことに罪悪感を覚えている様子を見せる。

「構わないと思うがね」

 俺の言葉の意味を理解したのだろう、才人はユックリと口を開き、身の上話を始めた。

「先生、実は、俺たちは……この世界の人間じゃないんです。俺たちも、その“飛行機”も、いつだかフーケの“ゴーレム”を倒した“破壊の杖”も……ここじゃない、別の世界からやって来たんです」

 コルベールの手が、ピタリと止まった。

「なんと言ったね?」

「別の世界から来たと言ったんです」

 マジマジとコルベールは、俺たちを見つめる。それから、感じ入ったように首肯き、「なるほど」と呟いた。

「驚かないんですか?」

「そりゃあ、驚いたさ。でも、そうかもしれぬ、君たちの言動、行動、総てが“ハルケギニア”の常識とはかけ離れている。ふむ、ますます面白い」

「先生は、変わった人ですね」

 確認をする才人の言葉に、コルベールは落ち着いた風に答え、才人はそれに対する感想を述べた。

「私は、変わり者だ、変人だ、などと呼ばれることが多くてな、未だに嫁さえ来ない、しかし、私には信念があるのだ」

「信念ですか?」

「そうだ。“ハルケギニア”の“貴族”は、“魔法”をただの道具……なにも考えずに使っている箒のような、使い勝手の良い道具くらいにしか捉えておらぬ。私はそうは思わない。“魔法”は使いようで顔色を変える。従って伝統に拘らず、様々な使い方を試みるべきだ」

 コルベールはそう自身の言葉に首肯きながら、言葉を続けた。

「君たちを見ていると、ますますその信念が固く、強くなるぞ。ふむ、異世界とな! “ハルケギニア”の理だけが総てではないのだ! 面白い! なんとも興味深いことではないか! 私はそれを見たい! 新たな発見があるだろう! 私の“魔法”の研究に、新たな1ページを付け加えてくれるだろう! だからサイト君、セイヴァー君。困ったことがあったら、なんでも私に相談したまえ。この“炎蛇のコルベール”、いつでも力になるぞ」

 この世界線での“地球”には“魔術”などが存在し、それらは秘匿されている。もし、彼が“地球”で“ハルケギニア”の“魔法”を使用した場合、命を奪われるか、“封印指定”を受けるかなどと碌なことにはならないだろう。

 だがそれでも、彼の情熱、熱意は本物であり、決して邪なモノではない。

 俺はそんなコルベールの言葉と様子を前に、笑みを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 “アウストリの広場”に置かれた“ゼロ戦”の操縦席に座って、才人は各部を点検している。操縦桿を握ったり、スイッチに触れるたびに左手の甲の“ルーン”が光る。そのたびに、彼の頭の中に流れ込んで来る情報が、各部の状況を教えてくれるのだ。

 操縦桿を動かすと、ワイヤーで繋がった翼のエルロンや尾翼の昇降舵が、ギッコン、バッタン、と動いた。フットバーを踏むと、垂直尾翼の舵がギコギコと動く。

 計器板の上の照準器のスイッチを入れると、ブンと音がして、ガラス板に円環と従事の光像を描いた。機体の左右に2個付いているらしい発電機に活きているようである。光った“ガンダールヴ”の印が、使い方を、構造を彼へと教える。

 才人は笑顔を浮かべた。

 かたわらに置かれたデルフリンガーが、恍けた声で言った。

「相棒、これは飛ぶんかね?」

「飛ぶ」

「これが飛ぶなんて、相棒たちの元いた世界とやらは、ホントに変わった世界だね」

 周りでは生徒の何人かが、物珍しそうにそんな才人と“ゼロ戦”を見詰めている。しかし、直ぐに興味を失い、去って行く。コルベールみたいに、これを見て興味を惹かれる“貴族”は珍しいのである。

 そこに1人の、長い桃色のブロンドを誇らし気に揺らした少女が現れた。

 ルイズは、才人と乗っているモノを、交互にジロッと見つめた。それから、怒ったように指を突き出して「なにこれ?」と呟いた。

 才人は操縦席から顔を上げ、「“飛行機”」と答えた。

 まだ仲直りをしているという訳ではないこともあって、互いにそっぽを向いて言った。

「じゃあそのひこうきとやらから、あんたは降りて来なさい」

 ルイズは、グッと翼の端を握って、ぶら下がって“ゼロ戦”を振り始めた。

「降りて来なさいって言ってるでしょー!」

 才人は、「理解ったよ」と呟いて、“ゼロ戦”から降りてルイズの前に行った。

「どこ行ってたのよ?」

「宝探し」

「ご主人さまに無断で行くてなんて、どういうつもり?」

 ルイズは腕を組むと、才人を睨み付けた。

 ルイズの目の下には隈が出来ている。

「首じゃなかったのかよ?」

 才人がそう言うと、ルイズは下を向いた。それから、彼女は泣きそうな声で言った。

「べ、弁解する機会を与えないのは、ひ、卑怯よね。だから、言いたいことがあるんなら、今のうちに言いなさい」

「弁解もなにも、だから、あの時は、なにもしてないよ。シエスタのことだろ? あれは、シエスタが倒れそうになったから、支えてやろうとしたら、俺まで転んだんだ。それで、押し倒すように倒れちゃっただけだ」

「じゃあ、なんにもないのね?」

「そうだよ。お前、どうかしてるよ。だいたい、部屋に来たのだってあの時が初めてだったんだ。そのくらいで、その、お前の考えてるようなことになるかよ。でも、なんでそんなに怒るんだよ? シエスタとどうなろうが、お前には関係ないだろ?」

 才人は、(ルイズは俺のことをただの“使い魔”としか思ってないはずだろ? 優しくなったのだって、生類憐れみの令みたいなもんだ)と思い、言った。

「関係ないけど、あるわよ」

「どっちなんだよ?」

 ルイズは、才人を睨んで、う~~~~~~~~~~~と唸った。

 才人の袖をルイズは引っ張る。「謝りなさいよ」とか、「心配かけたくせに」などと呟くのだが、才人はルイズを見ておらず、“ゼロ戦”に夢中になってしまっている。

 ルイズは、自分の早とちりだったことに気付いたのである。そのおかげで、部屋に篭り切り、外にも出ず、いじいじとして、友人たちに心配や迷惑などをかけたことに対して申し訳なさと情けなさを感じた。

 ルイズは、泣き出した。目頭から、真珠の粒のような、大粒の涙がポロッと流れた。それがきっかけて、ルイズはポロポロと涙を流し、泣き始めたのである。

「1週間以上も、どこ行ってたのよ? もう、ばか、きらい」

 ずるっ、えぐっ、ひっぐ、とルイズは、目頭を手の甲でゴシゴシ拭いながら泣いた。

「な、泣くなよ」

 才人は慌てて、ルイズの肩に手を置いた。

 そうすると、ルイズはますます強く泣き始める。

「きらい。だいっきらい」

 そこにキュルケ達が現れた。手にモップや雑巾を持っている。どうやら、サボっていた罰で、“魔法学院”の窓拭きを命じられたらしい。

 才人と俺は“貴族”でも生徒でもないので、関係がない。

 ギーシュは、泣いているルイズと、それを慰めている才人を見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「君、ご主人さまを泣かせたら、いかんのじゃないのかね?」

 キュルケがつまらなさそうに、「あら、もう仲直り? 面白くないの」と呟く。

 タバサは2人を指さして、「雨降って地固まる」と言った。

 シオンと俺も、ルイズと才人の様子を見て、思わず頬が緩んだ。

 

 

 

 その夜……ルイズは枕をキュッと掴んで、ベッドの上に寝そべっていた。才人がパーカーを脱ぐと、服を脱いでそれを当然とばかりに着込んだ。ルイズは一生懸命に、なにか書物を読んでいる。

 才人は、ほぼ1週間ぶりのルイズの部屋を見回した。

 食器がいくつも転がっている。

「お前、授業休んでたんだってな」

 先ほど、寮の廊下ですれ違ったモンモランシーが言っていたのである。「あんた授業休み過ぎよ」と言ったモンモランシーを無視して、ルイズは歩き去ったのであった。

 才人がそう言うと、ルイズはキッ! と彼を睨み付ける。

「良いじゃないの」

「どこか身体の調子が悪いんか?」

 心配そうに才人は言った。

 いったい誰の所為で授業を休んだと思ってるの? と言おうとしたが、やはりプライドが邪魔して言えないルイズであった。毛布を頭から冠り、ベッドに潜り込む。

 才人は頭を掻いて、藁束を見詰めた。(これを捨てなかったんだな)と思い、そして、ルイズを“愛”しく感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3日が過ぎた。

 鶏の鳴き声で、コルベールは目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたようである。

 この3日間というモノ、授業を休み、研究室に篭もり放しだったのである。

 彼の眼の前には、アルコールランプの上に置かれたフラスコがあった。ガラス管が伸び、左に置かれたビーカーの中に、熱せられた触媒が冷えて凝固している。

 最後の仕上げといった状況と状態だ。

 コルベールは、才人たちから貰った“ガソリン”の臭いを嗅ぎ、慎重に“錬金”の“呪文”を唱えた。臭いを強くイメージし、冷やされたビーカーの中に向かって唱える。

 ボンッ、と煙を上げ、ビーカーの中の平荒れた液体が茶褐色の液体へと変化する。

 コルベールは、その匂いを嗅ぐ。つん、と鼻を突く“ガソリン”の刺激臭が漂う。

 コルベールはバタンとドアを開けると、外に飛び出して行った。

 

 

「サイト君! セイヴァー君! 出来たぞ! 出来た! 調合出来たぞ!」

 コルベールは息急き切って、“ゼロ戦”の点検をしている才人、そしてそれを見守る俺へと近寄った。

 突き出したワインの瓶の中に、茶褐色の液体が入っている。

 才人は風防の前にある、丸い燃料コックの蓋を開こうとした。が、鍵がかかっていることもあり、コルベールに“アンロック”をかけてもらった。そして、開いた燃料弁にワインの瓶2本分のガソリンを入れる。

「まず、私は君たちに貰った油の成分を調べたのだ」

 コルベールが得意げに言った。

「微生物の化石から作られているようだった。それに近いモノを探した。木の化石……石炭だ。それを特別な触媒に浸し、近い成分を抽出し、何日間もかけて“錬金”の“呪文”をかけた。それでできあがったのが……」

「“ガソリン”ですね」

 才人の言葉に、コルベールは首肯いて、彼を促す。

「早く、その風車を回してくれたまえ、ワクワクして、眠気も吹っ飛んだぞ」

 “ガソリン”を入れてしまうと、才人は再び操縦席に座り込む。

 “エンジン”の始動方法、飛ばし方などが、彼の頭に鮮明な情報として流れ込む。“エンジン”をかけるには、プロペラを回す必要がある。

 才人は、風防から顔を出した。

「先生、“魔法”でこのプロペラを回せますか?」

「これかね? これは、あの油が燃える力で回るのとは違うのかね?」

「待て、才人。あれっぽっちの量の“ガソリン”では……」

「始めは……“エンジン”をかけるために、中のクランクを手動で回す必要があるんです。回すための道具がないから、“魔法”でプロペラを直接お願いします」

 俺の言葉が聞こえていないといった風に、才人はコルベールへと頼み込む。コルベールは首肯いて、才人は各部の操作を行った。どうやら、彼らは夢中になって周りが見えていない様子である。

 才人はまず、燃料コックを、今“ガソリン”を入れたばかりの胴体のメインタンクに切り替える。混合比レバー、プロペラピッチ・レバー、それらを最適な位置に合わす。“ガンダールヴ”の力で、手が独りでに動き、それらの操作を行った。

 才人は、カウル・フラップを開いた。滑油冷却器の蓋を閉じる。

 コルベールの“魔法”で、プロペラがゴロゴロと重そうに回り出す。

 才人は、目をしっかり開いてタイミングを見計らい、右手で点火スイッチを押した。左手で握ったスロットルレバーを、心持ち前に倒して開く。

 バスバス、と燻る音が聞こえた後、プラグの点火でエンジンが始動し、バババババッ! とプロペラが回り始め、機体が振動を始めた。車輪ブレーキをかけていなかったら、一瞬だけでも走り出してしまうところであったかもしれない。

 コルベールは、感動した面持ちで、それを見つめている。

 才人は、油圧計を確認する。順調に全ての“エンジン”関係の計器が動いていることを確認し、しばらく“エンジン”を動かした後、点火スイッチをオフにした。

 そして、才人は操縦席から跳び下りて、コルベールと抱き合った。

「やった! 先生! “エンジン”がかかりましたよ!」

「おおお! やったなぁ! しかし、なぜ飛ばんのかね?」

「セイヴァーの言った通り、ガソリンが足りません! 飛ばすなら、せめて、樽で5本分はないと」

 どうやら、俺の言葉をしっかりと聞いて、確認も済ませた様子だ。

「そんなに造らねばならんのかね! まあ乗りかかった船だ! やろうじゃないか!」

 コルベールが研究室に戻った後、才人は付きっ切りで整備を行い始める。俺もまた、それを手伝う。と言っても、工具がないために、各部を磨いたりするだけなのだが。

 そんなことをしていると、シオンとルイズがやって来て、ルイズが才人へと声を掛けた。

「夕飯の時間よ。真っ暗になるまで、なにをやってるの?」

「“エンジン”がかかったんだ!」

 才人は嬉しそうに叫ぶ。

 がしかし、ルイズはつまらなさそうにしている。

「そう。良かったわね。で、そのえんじんがかかったら、どうなるの?」

「飛べるんだ! 飛べるんだよ!」

「飛べたら、どうするの?」

 ルイズは、察しているのか寂しそうに問うた。

 才人は、この2~3日、ずっと考えていたことを彼女へと告げた。

「東に向かって、飛んでみたい」

「東? 呆れた。“ロバ・アル・カリイエ”に向かおうと言うの? 呆れたわ!」

「どうしてだよ? この“飛行機”の持ち主は、そこから飛んで来たんだ。そこに、俺たちが元いた世界に帰える方法の手がかりがあるのかもしれない」

 オ人は熱っぽい口調で言った、

 がしかし、ルイズはあまり興味がなさそうな様子を見せ、そして寂しそうに言った。

「あんたはわたしの“使い魔”でしょ。勝手なことしちゃ駄目。あと5日で姫さまの結婚式が行われるの。わたし、その時にも詔を詠み上げなくちゃいけないの。でもね、良い言葉を思い付かなくて困ってるの」

 才人もまた、彼女の話に興味がないといった風に「ふーん」と首肯いたきり、“ゼロ戦”へと目を向ける。これが飛ぶとわかったことで、彼はもう、それからは離れたくないくらいに夢中になってしまっている様子である。

 ルイズは才人の耳を引っ張った。才人は帰えって来るなり、全く彼女自身の相手をせず、この飛行機に夢中なので、つまらないといった様子だ。

 ルイズもルイズで、才人の境遇についてをしっかりと考えることができず、詔についてしか考えられない、といった様子である。

「わたしの話、ちゃんと聞いて!」

「聞いてるよ」

「聞いてないじゃない。上の空じゃない、主人の話をよそ見しながら聞く“使い魔”なんていないんだからね!」

 それからルイズは、ズルズルと才人を部屋まで引っ張って行った。

 

 

 

 ルイズは、才人を前にして、“始祖の祈祷書”を開けていた。

「じゃあ、取り敢えず考え付いた詔とやらを詠み上げてみろ」

 こほんと可愛らしく咳をして、ルイズは自分の考えた詔を詠み始める。

「“この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、畏れ多くも祝福の勅を詠み上げ奉る”……」

 それからルイズは、黙ってしまう。

「続けろよ」

「これから、“火”に対する感謝、“水”に対する感謝……順に“4大系統”に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠み上げなくちゃいけないんだけど……」

「踏みつつ詠み上げれば良いじゃねえか」

 ルイズは拗ねたように唇を尖らせて言った。

「なにも思い付かない。詩的なんて言われても、困っちゃうわ。わたし、詩人なんかじゃないし」

「良いから思い付いたこと、言ってみ」

 ルイズは困ったように、頑張って考えたらしい詩的な文句を呟いた。

「えっと、炎は熱いので、気を付ける事」

「事、は詩的じゃねえだろ。注意だろそれ」

「煩いわね。“風が吹いたら、樽屋が儲かる”」

「諺言ってどうすんだよ」

 まったく詩の才能がないらしいルイズは不貞腐れると、ボテッとベッドに横になって、「今日はもう寝る」と呟いた。ゴソゴソと例によってシーツで身体を隠して着替え、ランプの灯りを消した後、藁束に潜った才人を呼んだ。

「だから、ベッドで寝て良いって言ってるじゃない」

 才人の心臓が、例によって跳ね上がった。「良いの?」と訊いても返事がなかったが、(言った以上、入らないと怒るだろうし)と思った才人は、ベッドの隅っこに潜り込んだ。

「ねえ、ホントに東の地に行くの?」

 ルイズが尋ねる。

「ああ」

「危険なんだから。“エルフ”は、人間を嫌ってるし……」

「でも、その先には人間が住んでる土地もあるんだろ? ほら、ロバ、なんとかって」

「でも、ここの人間とは気性も違うわ。危ないわよ」

 ルイズは、才人を行かせるのが心配なのである。

「それでも行くの?」

 才人はしばらく考えた後、答えた。

「だって……帰れる手がかりがあるかもしれないし」

 ルイズはゴソゴソと動き、才人の胸に頭を乗せた

 才二が「な……!?」と呟いたら、「枕の代わりよ」と怒ったような、拗ねたような声でルイズが答える。

 ルイズは、才人の胸に手を置いた。軽く指が、才人の胸をなぞる。

 才人の背筋に電流が疾走った。

 照れた声で、ルイズが言った。

「勘違いしないで。こ、こんなことしたって、別に好きでもなんでもないんだから」

 それから、ルイズはいつもの怒ったような声で言った。

「わたしが、行っちゃ駄目って命令しても、行くの?」

 才人は黙ってしまう、

 ルイズは、「そうよね」と呟いた。

「ここは……あんたの世界じゃないもんね。そりゃ、帰りたいわよね」

 しばらく、2人は黙っていた。

 ルイズは、ギュッと才人の胸を抱き締めた。抱き締めて、消え入る鈴の音のように呟く。

「嫌ね。あんたが側にいると、わたしってばなんだか安心して眠れるみたい。それって頭に来ちゃう」

 ルイズの目の下の隈は、眠れなかった所為である。

 ルイズはそう呟くと、才人の腕の中で、直ぐに幼子のような寝息を立て始めた。

 ルイズの寝息を耳にしながら、才人は考えた。この異世界で出逢った人たちのこと……たった数ヶ月の滞在に過ぎないが、色々な人たちに出遭った。意地悪だった奴もいた。でも。優しくしてくれた人もいた。

 本当に帰れる時が来た時……笑って別れることができるのかどうかな、と。

 だが、(優しくしてくれた人達に、できる限りのことをして上げたい)と、(嬉しかった分だけ、親切にしてくれた人たちのために……せめてこの世界にいる間は、俺にできることをして上げたい)と、そう才人は思った。思うことができた。

 才人はルイズの顔を抱き締めた。

 寝惚けたルイズは、むぎゅ、と唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タバサの言った通り、まさに“雨降って地固まる”だね」

 そうシオンは、笑顔を浮かべて口にした。

 俺は首肯き、窓から外を見遣る。

 2つの月が、優しく照らしてくれている。

「さて、シオン。君は“聖杯戦争”についてのある程度の知識を得、覚悟を決めた」

「うん」

「それは良いだろう。だが」

「いつ、話すか。だね?」

「そうだ」

 幸い、まだ“聖杯戦争”は本格的には始まってはいない。

 が、最悪の場合、彼女がなにも知らずに巻き込まれ、彼ともども死んでしまう可能性があるのだから。

 もしそうなってしまったら。

 “原作”という大樹の幹から外れ離れた小枝の1つでありながらもしっかりとした世界――“剪定世界”の1つであり、特異な世界である“ここ”はどうなってしまうのであろうか。

 

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