ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

23 / 163
虚無

 “ゲルマニア”皇帝、アルブレヒト3世と、“トリステイン”王女アンリエッタの結婚式は、“ゲルマニア”の首都、“ヴィンドボナ”で行われる運びであった。式の日取りは、来月……詰まり、3日後の“ニューイ(6)の月”の1日に行われる。

 そして本日、“トリステイン”艦隊旗艦の“メルカトール号”は“新生アルビオ政府”の客を迎えるために、艦隊を率いて“ラ・ロシェール”の上空に停泊していた。

 後甲板では、艦隊司令官のラ・ラメー伯爵が、国賓を迎える為に正装して居住まいを正している。その隣には、艦長のフェヴィスが口髭をいじっていた。

 “アルビオン艦隊”は、約束の刻限をとうに過ぎている。

「奴らは遅いではないか、艦長」

 イライラとしたような口調で、ラ・ラメーは呟いた。

「自らの王を手に掛けた“アルビオン”の狗どもは、狗共なりに着飾っているのでしょうな」

 そう“アルビオン”嫌いの艦長が呟くと、檣楼に登った見張りの水兵が、大声で艦隊の接近を告げた。

「左前方より、艦隊!」

 なるほどそちらを見やると、雲と見紛うばかりの巨艦を先頭に、“アルビオン”艦隊が静々と降下して来るところであった。

「ふむ、あれが“アルビオン”の“ロイヤル・ソヴリン級”か……」

 感極まった声で、ラ・ラメーが呟いた。

 あの艦隊が、姫と皇帝の結婚式に出席する大使を乗せているはずである。

「しかし……あの先頭艦は巨大ですな。後続の戦列艦が、まるで小さなスループ船のように見えますぞ」

 艦長が鼻を鳴らしつつ、巨大な艦を見つめて言った。

 降下して来た“アルビオン”艦隊は、“トリステイン”艦隊に併走するかたちになると、旗旒信号をマストに掲げた。

「“貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦レキシントン号、艦長”」

 艦長は“トリステイン”艦隊の貧弱な陣容を見守りつつ自虐的に、「こちらは提督を乗せているのだぞ。艦長名義での発信とは、これまた虚仮にされたモノですな」に呟いた。

「あのような艦を与えられたら、世界を我が手にしたなどと勘違いしてしまうのであろう。良い。返信だ。“貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス”。“トリステイン”艦隊司令長官」

 ラ・ラメーの言葉を控えた士官が復唱し、それをさらにマストに張り付いた水兵が復唱する。

 スルスルとマストに、命令通りの旗艦信号が昇る。

 どん! どん! どん! と、礼砲だろう“アルビオン”艦隊の大砲から放たれた。弾は込められていない。大砲に詰められた火薬を爆発させるだけの空砲である。

 しかし、巨艦“レキシントン号”が空砲を撃っただけで、辺りの空気が震える。その迫力、ラ・ラメーは一瞬後退ってしまった。

 よしんば砲弾が込めてあったとしても、この距離まで届くことはないだろう。それを理解していながらも、実戦経験もある提督すらをも後退らせるほど、禍々しい迫力を秘めた“レキシントン号”の射撃であった。

「良し、答砲だ」

「何発撃ちますか? 最上級の“貴族”なら、11発と決められております」

 礼砲の数は、相手の格式と位で決まる。艦長はそれをラ・ラメーに尋ねているのであった。

 ラ・ラメー伯爵は、「7発で良い」と応える。

 艦長は、子供のような意地を張るラ・ラメーをニヤリと笑って見つめ、部下へと命令した。

「答砲準備! 順に7発! 準備でき次第撃ち方始め!」

 

 

 “アルビオン”艦隊旗艦“レキシントン号”の後甲板で、艦長のボーウッドは、左舷の向こうの“トリステイン”艦隊を見つめていた。

 隣では、艦隊司令長官及び、“トリステイン侵攻軍”の全般指揮を執り行う、サー・ジョンストンの姿が見える。記憶議会議員でもある彼は、クロムウェルの信任厚いことで知られている。しかし、実戦の指揮は執ったことがない。サー・ジョンストンは政治家なのである。

「艦長……」

 心配そうな声で、ジョンストンは傍らのボーウッドに話しかけた。

「サー?」

「こんなに近付いて、大丈夫かね? 長射程の新型の大砲を積んでいるんだろう? もっと離れたまえ。私は、閣下より大事な兵を預かっているのだ」

 ボーウッドは、「クロムウェルの腰巾着め」と口の中だけで呟き、冷たい声で言った。

「サー、新型の大砲と言えど、射程一杯で撃ったのでは当たるモノではありません」

「しかしだな、なにせ、私は閣下から預かった兵を、無事に“トリステイン”に下ろす任務を担っている。兵が怖がってはいかん。士気が下がる」

 ボーウッドは、(怖がっているのは兵ではないだろう)と思いながらジョンストンの言葉を無視して命令を下した。空では彼が法律なのである。

「左砲準備! アイ・サー!」

 砲甲板の水兵たちによって大砲に装薬が詰められ、砲弾が押し込まれる。

 空の向こうの“トリステイン”艦隊から、轟音が轟いて来た。“トリステイン”艦隊旗艦が、答砲を発射したのだ。

 作戦開始となる。

 その瞬間、ボーウッドは軍人へと変化した。政治上の経緯も、人間らしい情も、卑怯な騙し討ちであるこの作戦への批評も、全て吹き飛ばす。

 “神聖アルビオン共和国艦隊旗艦レキシントン号”艦長、サー・ヘンリー・ボーウッドは矢継ぎ早に命令を下しはじめた。

 艦隊の最後尾の旧型艦“ホバート号”の乗組員たちが準備を終え、“フライ”の“呪文”で浮かんだビートで脱出するのがボーウッドの視界の端に映った。

 

 

 答砲を発射し続ける“メルカトール”艦上のラ・ラメーは、驚くべき光景を目の当たりにした。

 “アルビオン”艦隊最後尾の……1番旧型らしい小さな艦から、火炎が発生したのである。

「なんだ? 火事か? 事故か?」

 フェヴィスが呟く。

 次の瞬間、さらに驚くべきことが起こった。火災を発生させた艦に見る間に炎が回り、空中爆発を起こしたのである。

 残骸となったその“アルビオン”の艦は、燃え盛る炎と共に、ユルユルと地面に向かって墜落して行く。

「な、何事だ? 火災が火薬庫に回ったのか?」

 “メルカトール号”の艦上が、騒然となる。

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 艦長のフェヴィスが水兵たちを叱咤する。

 “レキシントン号”の艦上から、朱旗手が、信号を送って寄越す。それを望遠鏡で見守る水兵が、困惑した様子で信号の内容を読み上げた。

「“レキシントン号艦長ヨリ、トリステイン艦隊旗艦”。“ホバート号ヲを撃沈セシ、貴艦上の砲撃ノ意図を説明セヨ”」

「撃沈? なにを言ってるんだ! 勝手に爆発したんじゃないか!」

 ラ・ラメーは慌てた。

「返信しろ! “本艦ノ射撃ハ答砲ナリ。実弾ニアラズ”」

 直ぐに“レキシントン号”から返信が届く。

「“タダイマノ貴艦ノ砲撃ハ空砲ニアラズ。我ハ、貴艦ノ攻撃ニ対シ応戦セントス”」

「馬鹿な!? ふざけたことを!」

 しかし、ラ・ラメーの絶叫は、“レキシントン号”の一斉射撃の轟音で掻き消されてしまう。

 着弾。

 “メルカトール号”のマストが折れ、甲板に幾つもの大穴が開いてしまった。

「この距離で大砲が届くのか!?」

 揺れる甲板の上で、フェヴィスが驚愕の声を上げる。

 ラ・ラメーは怒鳴った。

「送れ! “砲撃ヲ中止セヨ。我ニ交戦ノ意思アラズ”」

 しかし、“レキシントン号”はさらなる砲撃で、返事を寄越して来るだけである。

 着弾。

 艦が震え、あちこちから火災が発生する。

 “メルカトール号”から、悲鳴のような信号が何度も送られる。

「繰り返す! “砲撃ヲ中止セヨ! 我ニ交戦ノ意思アラズ!”」

 しかし、“レキシントン号”の砲弾は一向にやむ気配がない。

 着弾。

 砲弾の破片で、ラ・ラメーの身体が吹っ飛び、フェヴィスの視界から消える。同時に、着弾の食でフェヴィスは甲板に叩き付けられてしまった。

 フェヴィスは悟った。(これは計画された攻撃行動だ! 奴らは初めから、親善訪問のつもりなどないんだ)、(我々は“アルビオン”に嵌められたのだ……)ということを。

 艦上では火災が発生している。

 周りでは負傷した水兵たちが、苦痛の呻きを上げている。

 頭を振りながら立ち上がり、フェヴィスは叫んだ。

「艦隊司令長官戦死! これより旗艦艦長が指揮を執る! 各部被害状況報せ! 艦隊全速! 右砲戦用意!」

 

 

「奴らは、やっと気付いたようですな」

 ゆるゆると動き出した“トリステイン”艦隊を眺めつつ、ボーウッドのかたわらでワルドが呟いた。

 ワルドも、名ばかりの司令長官であるジョンストンに如何ほどのことができるとも思ってもいない。上陸作戦全般の実際の指揮は、ワルドが行うことになっていた。

「の、ようだな、子爵。しかし、既に勝敗は決した」

 行き足の付いていた“アルビオン”艦隊は、全速で動き出した“トリステイン”艦隊の頭を抑えるような機動で、既に動いていた。

 “アルビオン”艦隊は一定の距離を取りつつ、冷静に射撃を加えて行く。総数で2倍、それに加え、こちらには新型の大砲を装備した巨艦“レキシントン号”がいる。砲力は比べモノにならないのは明白だろう。

 “トリステイン”艦隊をいたぶるように、砲撃は続けられた。十数分後、火災を発生させていた“メルカトール号”の甲板が捲れ上がる。瞬間、轟音と共に“メルカトール号”は空中から消えた。爆沈である。

 他の“トリステイン”艦も、無傷のモノは1艦たりともない。旗艦を失った艦隊は混乱し、バラバラの機動で動き始めた。

 全滅は時間の問題であった。既に白旗を揚げている艦も見える。

 “レキシントン号”の艦上のあちこちから、「“アルビオン”万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」の叫びが届く。

 ボーウッドは眉をひそめた。かつて空軍が王立だった頃は、戦闘行動中に「万歳」を唱える輩などいなかったのだから。見ると、司令長官のジョンストンまでもが「万歳」の連呼に加わっているのである。

 ワルドが言った。

「艦長、新たな歴史の1ページが始まりましたな」

 苦痛の叫びを上げる間もなく潰えた敵を悼むような声で、ボーウッドは呟いた。

「なに、戦争が始まっただけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリステイン”の王宮に、国賓歓迎のため、“ラ・ロシェール”上空に平宅していた艦隊全滅の報がもたらされたのは、それから直ぐのことであった。ほぼ同時に、“アルビオン”政府から宣戦布告分が急便によって届いたのである。不可侵条約を無視するような、親善艦隊への理由なき攻撃に対する非難がそこには記かれ、最後に「“自衛ノ為神聖アルビオン共和国”ハ、トリステイン国政府に対シ宣戦ヲ布告ス”」と締められていた。

 “ゲルマニア”へのアンリエッタの出発で大わらわであった“王宮”は、突然のことに騒然となった。

 直ぐに将軍や大臣たちが集められ、会議が開かれた。しかし、会議は紛糾するばかりである。「まずは“アルビオン”へ事の次第を問い合わせるべき」だ、との意見や、「“ゲルマニア”に急便を派遣し、同盟に基づいた軍の派遣を要請すべし」との意見などが飛び交った。

 会議室の上座には、呆然とした表情のアンリエッタの姿も見えた。本縫いが終わったばかりの、眩いウェディングドレスに身を包んでいる。これから馬車に乗り込み、“ゲルマニア”へと向かう予定であったのだ。

 会議室に咲いた、大輪の華のようなその姿ではあったが、今は誰も気に留める者はいない。

「“アルビオン”は“我が艦隊が先に攻撃した”と言い張っている! しかしながら、我が方は礼砲を発射しただけだというではないか!」

「偶然の事故が、誤解を生んだようですな」

「“アルビオン”に会議の開催を打診しましょう! 今ならまだ、誤解は解けるかもしれない!」

 各有力“貴族”たちの意見を聴いていた枢機卿のマザリーニは首肯いた。

「良し、“アルビオン”に特使を派遣する。事は慎重を期する。この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が、全面戦争へと発展しないうちに……」

 その時、急報が届いた。

 伝書フクロウによってもたらされた書筒を手にした伝令が、息せききって会議室に飛び込んで来る。

「急報です! “アルビオン”艦隊は、降下して占領行動に移りました!」

「場所はどこだ!?」

「“ラ・ロシェール”の近郊! “タルブ”の草原のようです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生家の庭で、シエスタは兄弟たちを抱き締め、不安げな表情で空を見つめていた。

 先ほど、“ラ・ロシェール”の方から爆発音が聞こえて来たからである。

 驚いて庭に出て、空を見上げると、恐るべき光景が広がっていた。空から何隻もの燃え上がる“フネ”が墜ちて来て、山肌に打つかり、森の中に落ちて行ったのだ。

 村は騒然とし始めた。

 しばらくすると、空から巨大な“フネ”が降りて来た。雲と見紛うばかりの巨大なその“フネ”は、村人たちが見守る中、草原に鎖の付いた錨を下ろし、上空に停泊したのである。

 その上から、何匹もの“ドラゴン”が飛び上がった。

「なにが起こってるの? お姉ちゃん?」

 幼い弟や妹たちが、シエスタにしがみ付いて尋ねる。

「家に入りましょう」

 シエスタは不安を隠して兄弟たちを促し、家の中に入った。中では両親が、不安げな表情で窓から様子を伺っている。

「あれは、“アルビオン”の艦隊じゃないか」

 父が草原に停泊した“フネ”を見て言った。

「嫌だ……戦争かい?」

 母がそう言うと、父が否定した。

「まさか。“アルビオン”とは不可侵条約を結んでいるはずだ。の前領主さまのお触れがあったばかりじゃないか」

 艦上から飛び上がった“ドラゴン”が、村目がけて飛んで来た。

 父は母を抱えて窓から遠退かる。

 ブオン! と唸りを上げて、騎士を乗せた“ドラゴン”は村の中まで飛んで来て、辺りの家々に火を吐きかけた。

「きゃあ!」

 母が悲鳴を上げた。

 家に炎を吐きかけられ、窓ガラスが割れて室内に飛び散ったのである。

 村が燃える盛る炎と怒号と悲鳴に彩られて行く。

 父は気を失った母を抱いたまま、震えるシエスタに告げた。

「シエスタ! 弟たちを連れて南の森に逃げるんだ!」

 

 

 

 大きな“ウィンドドラゴン”に跨ったワルドは、薄い笑みを浮かべながら、かつての祖国を蹂躙した。

 近くを、直接指揮の“竜騎士隊”の“火竜”が飛び交っている。

 ワルドが跨る“ウィンドドラゴン”は、ブレスの火力では“火竜”に劣るが、スピードでは勝っている。指揮を執るならと敢えて選んだのだ。

 本体部の上陸前の露払いのため、ワルドは容赦なく村に火をかけた。後方を見ると、“レキシントン号”の甲板からロープが吊るされ、兵が次々と草原に降り立つのが見える。

 広いこの草原は、侵攻軍が拠点とするには最適の場所でるといえるだろう。

 草原の向こうから、近在の領主のモノらしい、数十人の軍勢が上陸部隊へと突撃して来る。が、上陸した部隊に突っ込まれたのでは、面倒なことになるだろう。

 ワルドは“竜騎士”たちに合図をし、その小部隊を蹴散らす為に、急行した。

 ワルドの率いる“竜騎士隊”目がけて、炎の“魔法”が飛んで来る。しかし、まったく物怖じせずに、ワルド達とその“騎乗竜”は突っ込む。そして無謀な連中に向けてさんざんに“竜”のブレスの洗礼を浴びせかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼を過ぎた。

 “王宮”の会議室には次々と報告が飛び込んで来る。

「“タルブ領主”、アストン拍戦死!」

「偵察に向かった“竜騎士隊”、帰還せず!」

「未だ“アルビオン”より、問い合わせの返答ありません!」

 それでも会議室では、まだ不毛な議論が繰り返されていた。

「やはり“ゲルマニア”に軍の派遣を要請しましょう!」

「そのように事を荒立てては……」

「“竜騎士隊”全騎をもって、上空から攻撃させては?」

「残りの艦を掻き集めろ! 全部! 全部だ! 小さかろうが古かろうがなんでも良い!」

「特使を派遣しましょう! 攻撃したら、それこそ“アルビオン”に全面戦争の口実を与えるだけですぞ!」

 一向に会議は進まず、纏まらない。

 マザリーニも、結論を出しかねていた。まだ彼は、外交での解決を望んでいるのである。

 怒号飛び交う中、アンリエッタは、薬指に嵌めた“風のルビー”を見詰めた。ウェールズの形見の品である、それを自分に託した少年の顔を思い出した。(あの時、私はこの指輪に誓ったのではないの……“愛”するウェールズ様が、勇敢に死んで行ったと言うなら……自分は、勇敢に生きてみようと)、とそんな決心を思い出す。

「“タルブ”の村、炎上中!」

 その急便の声で、呆然としていたアンリエッタは我に返った。大きく深呼吸をして立ち上がる。

 一斉に視線が王女へと注がれた。

 アンリエッタは、戦慄く声で言い放った。

「貴方方は、恥ずかしくないのですか?」

「姫殿下?」

「国土が敵に侵されているのですよ? 同盟だなんだ、特使がなんだ、と騒ぐ前にすることがあるでしょう?」

「しかし……姫殿下……誤解から発生した小競り合いですぞ」

「誤解? どこに誤解の余地があるというのですか? 礼砲で艦が撃沈されたなど、言いがかりも甚だしいではありませんか」

「我らは、不可侵条約を結んでいたのですぞ。事故です」

「条約は紙より容易く破られたようですわね。元より守るつもりなどなかったのでしょう。時を稼ぎ、虚を突くための口実に過ぎません。“アルビオン”には明確に戦争の意思があって、全てを行っていたのです」

「しかし……」

 アンリエッタはテーブルを叩き、大声で叫んだ。

「私たちがこうしている間に、民の血が流されているのです! 彼らを守るのが“貴族”の務めなのではありませぬか? 我らは、なんの為に“王族”を、“貴族”を名乗っているのですか? このような危急の際に、彼らを守るからこそ、君臨を許されているのではないですか?」

 誰も、何も言わなくなってしまった。

 アンリエッタは冷ややかな声で言った。

「貴方方は、怖いのでしょう。なるほど、“アルビオン”は大国。反撃を加えたとして、勝ち目は薄い。敗戦後、責任を取らされるであろう、反撃の計画者にはなりたくないという訳ですね? ならば、このまま恭順して命を永らえようという訳ですね?」

「姫殿下」

 マザリーニがたしなめた。が、アンリエッタは言葉を続ける。

「ならば私が率いましょう。貴方方は、ここで会議を続けなさい」

 アンリエッタはそのまま会議室を飛び出して行った。

 マザリーニや、何人もの“貴族”が、それを押し留めようとした。

「姫殿下! 御輿入れ前の大事な御身体ですぞ!」

「ええい! 走りにくい!」

 アンリエッタは、ウェデイングドレスのすそを、膝上まで引き千切った。引き千切ったそれを、マザリーニの顔に投げ付ける。

「貴男が結婚なさればよろしいわ!」

 宮廷の中庭に出ると、アンリエッタは大声で叫んだ。

「私の馬車を! 近衛! 参りなさい!」

 “聖獣ユニコーン”が繋がれた、王女の馬車が引かれて来た。

 中庭に控えた近衛の“魔法衛士隊”が、アンリエッタの声に応じて集まって来る。

 アンリエッタは馬車から“ユニコーン”を一頭外すと、ヒラリとその上に跨った。

「これより全軍の指揮を私が執ります! 各連隊を集めなさい!」

 状況を知っていた“魔法衛士隊”の面々が、一斉に敬礼する。

 アンリエッタは、“ユニコーン”の腹を叩いた。

 “ユニコーン”は、額から突き出た角を誇らしげに陽光に煌めかせ、高々と前脚を上げて、疾走り出した。

 その後に、“幻獣”に騎乗した“魔法衛士隊”が口々に叫びながら続く。

「姫殿下に続け!」

「続け! 遅れを取っては家名が泣くぞ!」

 次々に中庭の“貴族”たちは駆け出して行く。

 城下に散らばった各連隊に連絡が飛んだ。

 その様子をぼんやりと見つめていたマザリーニは、天を仰いた。

 彼はどのように努力を払おうとも、いずれ“アルビオン”とは戦になると思ってはいたが……まだ、国内の準備は整っていないのである。彼とて、命を惜しんだ訳ではない。彼なりに国を憂い、民を想ってこその判断であったのである。小を切っても、負ける戦はしたくないのであった。

 しかし、姫の言う通りでもあった。彼が傾注した外交努力は既に泡と消えていた。しがみ付いてなんになろう。騒ぐ前に、なすべきことがあったのだ。

 1人の高級“貴族”が、マザリーニに近付いて耳打ちをした。

「枢機卿、特使の派遣の件ですが……」

 マザリーニは冠った球帽をその“貴族”の顔に叩き付け、アンリエッタが自分に投げ付けたドレスの裾を拾い、頭に巻いた。

「各々方! 馬へ! 姫殿下1人を行かせたとあっては、我ら末代までの恥ですぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリステイン魔法学院”に、“アルビオン”の宣戦布告の報が入ったのは、翌朝のことであった。“王宮”は混乱を極めたということもあって、連絡が遅れたのである。

 ルイズは才人を連れて、シオンは俺を連れて、“魔法学院”の玄関先で、“王宮”からの馬車を待っているところである。

 “ゲルマニア”へ俺たちを運ぶ馬車だ。しかし、朝靄の中、“魔法学院”にやって来たのは息急き切った1人の使者であった。

 彼はオスマンの居室を俺たちへと尋ねると、足早に駆け去って行った。

 ルイズと才人、シオンの3人は、彼が見せたその尋常ならざるを目にして、顔を見合わせた。「いったい、“王宮”でなにがあったのだろう?」と気になった3人は、その使者の後を追うことにし、予想というより既に識ってはいるのだが俺もまた3人の後に続く。

 

 

 オスマンは、式に出席する為の用意で忙しかった。1週間ほど“学院”を留守にする為、様々な書類を片付け、荷物を纏める必要があるからだ。

 そんな中、猛烈な勢いで扉が叩かれた。

「誰じゃね?」

 返事をするよりも早く、“王宮”からの使者は飛び込んで来て、そして大声で口上を述べた。

「“王宮”からです! 申し上げます! “アルビオン”が“トリステイン”に宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! 王軍は、現在“ラ・ロシェール”に展開中! 従って、学院に於かれましては、安全の為、生徒及び職員の禁足令を願います!」

 オスマンは顔色を変えた。

「宣戦布告とな? 戦争かね?」

「如何にも! “タルブ”の草原に、敵軍は陣を張り、“ラ・ロシェール”付近に展開した我軍と睨み合っております!」

「“アルビオン”軍は、強大だろうて」

 使者は、悲しげな声で言った。

「敵軍は、巨艦“レキシントン号”を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし総兵力は9,000と見積もられます。我が軍の艦隊主力は既に全滅、掻き集めた兵力はわずか2,000。未だ国内は戦の準備が整わず、緊急に配備できる兵はそれで精一杯のようです。しかしながらそれより、完全に制空権を奪われたのが致命的です。敵軍は空から砲撃を加え、我が軍を難なく蹴散らすでしょう」

「現在の戦況は?」

「敵の“竜騎兵”によって、“タルブ”の村は炎で焼かれているそうです……同盟に基づき、“ゲルマニア”へ軍の派遣を要請しましたが、先陣が到着するのは3週間後とか……」

 オスマンは溜め息を吐いて言った。

「……見捨てる気じゃな。敵はその間に、“トリステイン”の城下町をアッサリ落とすじゃろうて」

 

 

 “学院長室”の扉に張り付き、聞き耳を立てていた3人は顔を見合わせた。

 戦争と聞いてルイズとシオンの顔が、そして才人の顔は“タルブの村”と聞いて、それぞれ蒼白になった。

 思わず才人は駆け出し、ルイズとシオン、そして俺はその後を追いかける。

 

 

 才人は中庭に向かうと、“ゼロ戦”に取り付いた。

 後ろから、ルイズが才人の腰に抱き着いた、

「どこに行くのよ!?」

「“タルブ”の村だ!」

「な、なにしに行くのよ!?」

「決まってるだろ! シエスタ達を救けに行くんだよ!」

 ルイズは才人の腕にしがみ付いた、

 才人は振り解こうとするのだが、ガッシリしがみ付いているのだろう離れない。

「駄目よ! 戦争してるのよ! あんたが1人行ったって、どうにもならないわ!」

「こいつがある。敵はあの空に浮かんだでっかい戦艦なんだろ? これだって空を飛べる。なんとかなるかもしれない」

「こんなおもちゃでなにしようっていうのよ!?」

「これはおもちゃじゃねえよ」

 才人は、左手で“ゼロ戦”の翼を握った。彼の左手甲の“ルーン”が光る。

「俺の世界の“武器”だ。人殺しの道具だ。おもちゃなんかじゃない」

 ルイズは首を振った。

「いくらこれがあんたの世界の“武器”でも、あんな大きな戦艦相手に勝てる訳ないじゃないの! わかんないの? あんた1人行ったって、どうにもならないの! 王軍に任せておきなさいよ!」

 ルイズは、才人の顔を真っ直ぐ見つめて言った。

 ルイズは、(こいっつてば……サイトは、戦争を知らないのよ)と思った。

 この前の“アルビオン”での冒険とは訳が違うといえるだろう。戦争は冒険とは違うのだ。そこでは死と破壊が常識なのである。素人が行っても、死ぬだけである。

「“トリステイン”の艦隊は全滅だって言ってたじゃねえか」

 才人はゆっくりとルイズの頭を撫でながら、低い声で答えた。

「確かに、どうにもならないかもしれない。あの戦艦をやっ付けられるとは思えない。でも……」

「でも、なによ?」

「俺はなんだか知らねえけど、“伝説の使い魔”なんていう、力を貰っちまった。俺がもし、普通の、なんでもないただの人間だったら、救けに行こうなんて思わなかった。震えて、見てただけさ。でも、今は違う。俺には“ガンダールヴ”の力がある。俺ならできるかもしれない。俺なら、シエスタを……あの村の人たちを救けることができるかもしれない」

「そんな可能性、ほとんどないわよ」

「わかってる。でも、可能性はゼロじゃない。だったら、俺はやる」

 ルイズは呆れた声で言った。

「馬鹿じゃないの? あんた元の世界に帰るんでしょう? こんなとこで死んだらどうすんのよ?」

「シエスタは俺に優しくしてくれた。お前もだ。ルイズ」

 ルイズの頬が、赤く染まった。

「俺はこの世界の人間じゃない。どうなろうと知ったこっちゃない。でも、せめて優しくしてくれた人は守りたい」

 ルイズは才人の手が震えていることに気付き、顔を上げて言い放った。

「怖くないの? 馬鹿。怖いくせに無理して格好つけないで、“しゃい”とか言ってたくせに、格好つけないで!」

「怖いよ。ああ、無理してる。でも、あの王子さまが言ってた。“守るべきモノの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる”って。ホントだと思った。あの時、“アルビオン”で50,000の軍勢が向かって来た時……俺は怖くなかった。お前を守ろうと、そんな風に思ったら、怖くなかったんだ。嘘じゃねえ」

「なに言ってるのよ。あんたはただの“平民”じゃない、勇敢な王子さまでもなんでもないのよ」

「知ってるよ。でも、王子さまも“平民”も、関係ねえ。生まれた国も時代も……“世界”だって関係ねえ。それはきっと……男なら、誰だってそう思うに違いないんだ。そうだよな?」

「然り」

 才人の言葉に俺は強く首肯く。

 過去の、生前――前世の俺にはなかった、持っていなかったそれらを持つ、“この世界”の住人たち、そして眼の前の少年に対し、俺は今憧れと眩しさを同時に感じながら。

 ルイズの顔が、フニャッと崩れた。

「死んだら、どうすんのよ……? 嫌よ、わたし、そんなの……」

 シオンの顔もまた崩れてしまっている。

 才人はルイズを引き寄せ、抱き締めた。

「死なねえよ。絶対帰って来る。死んだらお前を守れないだろ」

「わたしも行く」

「駄目だ、お前は残れ」

「やだ」

「駄目だ」

 才人はそう言って、ルイズから離れ、翼から操縦席によじ登る。そこで、才人は、“ガソリン”が入っていないことに気付いたのだろう、「あっ!」と声を上げた。

 才人はルイズを残して、コルベールの研究室へと駆け出した。

 後に残されたルイズは、拳を握り締めて、唸った。ルイズは泣きそうになったが、唇を噛んで。堪えた。泣いたって始まらないのだから。

 そして、ルイズはそれから、“ゼロ戦”を見つめ、「こんなんで、“アルビオン”軍に勝てる訳ないじゃないの!」と言った。

 

 

 才人は寝ていたコルベールを叩き起こした。

「ふにゃ? なんだね?」

「先生! “ガソリン”は出来てますか!?」

「あん? それなら、君の言った通りの量が出来ているよ。ほれ、そこに」

「じゃあ、それを運んでください! 直ぐに!」

 才人は、コルベールにガソリンを運んで貰った。寝惚けているコルベールは、まだ戦争が始まったことをしらない。

 才人は、面倒だという理由、そして急いでいるという理由から説明をしなかった。

「こんな朝っぱらから、飛ぶのかね? せめて私の目が覚めてからにしてくれんかね?」

「それじゃあ間に合わないんです」

 才人が戻ると、そこにはルイズの姿はなかった。残っているのは俺とシオンの2人だけである。

 才人は、ルイズに「行くな」ともう1度言われると決心が鈍りそうだったのか、ホッとした様子を見せた。やはり、怖くない訳がないのである。「守るべきモノの大きさが恐怖を忘れさせる」とウェールズは言っていたが、それは違うのだろう。実際には、彼もまた恐怖を覚えながらも、それを自分自身に言い聞かせるかのようにして、才人に言っていたのだから。

 才人は操縦席に座ると、“エンジン”始動前の操作を行った。そして、この前のようにコルベールに頼み、“エンジン”を始動させる。

 バルルルルルッ! とエンジンが始動し、プロペラが回り始める。

 才人は、各部計器を確認する。彼の左手甲の“ルーン”が、各部が正常に作動しているということを教える。眼の前の機銃を確認する。弾はしっかり入っており、翼の機関砲にもきっちり弾は入っている。

「セイヴァー、お前はどうするんだ?」

 エンジンが鳴らす爆音の中、才人は俺へと大きな声で尋ねて来る。

「むろん行くさ。それとは別の方法で、シオンと共にな」

 その言葉に、才人は目を大きく見開いてシオンへと目を向ける。

 シオンは彼の視線を受けて、強い意志を見せるように首肯いた。

「ああそれと、お前にプレゼントだ。その“ゼロ戦”に少し細工させて貰ったよ」

 俺は、才人がコルベールの元へと向かった直後、“ゼロ戦”へとある“魔術”を、“エンチャント”と“概念強化”などをかけたのだ。

「今のお前ならわかるだろうが、それはもう既にただの“ゼロ戦”ではない。それ以上のモノ、“地球”の現行機に並ぶだろうさ」

 俺の言葉に、才人は驚き目を大きく見開くが、“ルーン”からの情報を受けて確認したのだろう。首肯く。

 才人は、ブレーキをリリースする。

 ゴトゴトと、“ゼロ戦”が動き出す。最適の離陸点に向かって移動を始めた。

 才人は前を見た。“アウストリの広場”は決して狭くはないのだが、離陸する滑走距離には少しばかり足りないことを、“ガンダールヴ”の印が彼へと教えた。

「相棒、あの“貴族”に頼んで、前から風を吹かせてもらいな」

「風?」

「そうだ。そうすりゃ、こいつはこの距離でも空に浮くだろうさ」

「なんでお前にそんなことがわかんだよ? 飛行機のことなんかなにも知らんくせに」

「こいつは“武器”なんだろ? 引っ付いてりゃ、大概のことはわかるよ。忘れたか? 俺は一応、伝説なんだぜ?」

 才人は風防から顔を出し、コルベールと俺、そしてシオンへと叫んだ。しかし、声が届かない。ジェスチャーで、「“魔法”をかけて前から風をビュービュー吹かせてくれ」と頼んで見た。

 飲み込みの早いコルベールとシオン、そして俺は、彼のジェスチャーを見て状況を理解し、首肯く。

 “呪文”の“詠唱”、完成。そして前から烈風が吹く。

 才人は、シエスタから預かったゴーグルを着ける。才人はブレーキを踏み締める。次いで、来るラップを全開し、プロペラのピッチレバーを離陸上昇に合わせ、ブレーキを弱め、左手で握ったスロットルレバーを開いた。

 弾かれたようにして、“ゼロ戦”は勢い良く加速を開始する。

 才人は、操縦桿を軽く前方に押してやる。

 尾輪が地面から離れ、そのまま滑走し、“魔法学院”の壁が近付く。

 才人は唾を呑み込んだ。

「相棒! 今だ!」

 デルフリンガーの叫びで、才人は壁に打ち当たるギリギリのところで操縦桿を引いた。

 ブワッと、“ゼロ戦”が浮き上がり、壁を掠め、才人を乗せた“ゼロ戦”は空に飛び上がった。脚を収納し、計測器の左下に付いた脚表示灯が青から、赤色へと変わり、そのまま、上昇を続ける。

 才人はホッとした面持ちで、左手甲の“ルーン”を見つめた。

「うおー、飛びやがった! 面白れえな!」

 デルフリンガーが興奮したように騒ぐ。

「飛ぶさ。飛ぶように出来てんだからよ」

 “ゼロ戦”は翼を陽光に煌めかせ、風を裂き、異世界の空を駆け昇った。

 

 

「おおー! 凄い! ホントに飛んだぞ! 流石は異世界の道具だ!」

 興奮した様子を見せるコルベールを横に、俺はシオンへと目を向け、アイコンタクトをし、彼女もまた首肯く。

「では、我々もそろそろ行かせて貰おうと思います」

「どうやって行く気かね? あのぜろせんとやらはないし、“ドラゴン”もいない。“フネ”も当然ないし」

 そう言ったコルベールの言葉に、俺はニヤリとした笑みを浮かべ、“王律鍵バヴ=イル”を“投影”し、“バビロニアの宝物庫”と繋げる。

 そして、そこから“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を取り出した。

 “古代インド”の二大叙事詩である“ラーマーヤナ”や“マハーバーラタ”に登場する、黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ飛行船装置。

 “輝舟”――“黄金帆船からは荘厳さや神秘性、圧倒感、重圧感……そういったモノを感じさせて来るだろう。

 コルベールとシオンはそれを目にし、身体を震わせ、言葉に詰まっている様子を見せている。

「さて、行くぞ、シオン。なに、シートベルトは要らん。搭乗者を磁石のようにくっ付けるからな」

 そう言って俺は“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”へと跳び乗り、シオンもまた戸惑いながらも首肯き乗る。

 そして、コルベールが反応を返す前に、俺は“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “タルブの村”の火災は治まってはいたが、そこは無惨な戦場へと変わり果ててしまっていた。草原には大部隊が集結、“港町ラ・ロシェール”に立て籠もった“トリステイン”軍との決戦の火蓋が切られるのを待ち構えていた。

 その上には、部隊を空から守る為、“レキシントン号”から発艦した“竜騎士隊”が飛び交っている。散発的に“トリステイン”軍の“竜騎士隊”が攻撃を仕かけるのだが、どれも難なく“アルビオン”側の“竜騎士隊”は撃退に成功している。

 決戦に先立ち、“トリステイン”軍に対し、艦砲射撃が実施されることになっていた。そのため、“レキシントン号”を中心とした“アルビオン”艦隊は“タルブ”の草原の上空で、砲撃の準備を進めていた。

 “タルブの村”の上空を警戒していた“竜騎士隊”の1人が、自分の上空、2,500“メイル”ほどの一点に、近付く1騎の“竜騎兵”(?)を見付けた。

 “竜”に跨った騎士は“竜”を鳴かせて、味方に敵の接近を告げた。

 

 

 才人は風防から顔を出して、眼下の“タルブの村”を見つめた。この前見た、素朴で、美しい村は跡形もなかった。家々は黒く焼け焦げ、ドス黒い煙が立ち昇っているのが見える。

 才人は、ギリリ、と奥歯を噛み締めた。

 才人は草原を見る。そこには、“アルビオン”の軍勢が埋まっているのが見える。才人は、この前、シエスタと2人で草原を見詰めていた時のことを思い出す。そして、シエスタの「この草原、とても綺麗でしょう? これをサイトさんに見せたかったんですよ」といった言葉が頭の中に蘇るようにして浮かび上がった。

 美しかった村の外れの森に向かって、1騎の“竜騎兵”が、炎を吐きかけるのが見える。ブワッと、森は燃え上がる。

 才人は、唇を強く噛み、血の味が滲む。

「叩き墜としてやる」

 才人は、低く唸ると同時に操縦桿を左斜め前に倒し、スロットルを絞った。

 機体を捻らせ、“タルブの村”目がけて“ゼロ戦”が急降下を開始した。

 

 

「1騎とは、ナメられたモノだな」

 急降下して来る“竜騎兵”(?)を迎え撃つ為、“竜”を上昇させた騎士が呟く。

 しかし、彼にとって随分と見慣れない姿をしている。真っ直ぐ伸びた翼は、まるで固定されたように羽撃きを見せない。しかも彼にとって随分と聞き慣れない轟音を立てているのだ。

 彼は、(あんな“竜”、“ハルケギニア”に存在していただろうか?)といった疑問を抱いた。(しかし……どんな“竜”だろうが、“アルビオン”に棲息する“火竜”のブレスの一撃を喰らったら、羽を焼かれ、地面に叩き付けられるだろう)とも考えた。

 実際に、彼はそのようして、既に2騎、“トリステイン”の“竜騎兵”を撃墜しているのだから。

「3匹目だ」

 彼は、唇の端を歪めて、急降下して来る“竜騎兵”(?)を待ち受ける。が、そして驚く。

 速い。“竜”とは思えない速度を出しているのである。

 慌てて、ブレスを吐くために“火竜”が口を開けた。

 その瞬間、急降下して来る敵の“竜”(?)の翼が光った。白く光るなにかが、無数に彼らへと目がけて飛んで行く。

 バシッ! バシッ! と、彼が騎乗する“竜”の翼に、胴体に、大穴が開いた。1発が開いた“火竜”の口の中に飛び込む。

 “火竜”の喉にはブレスの為の、燃焼性の高い油が入った袋がある。喉の奥で機関砲弾が炸裂し、その袋に引火し、“火竜”は爆発した。

 

 

 空中爆発した“竜騎兵”の横をすり抜け、才人は“ゼロ戦”の急降下を続けた。“ドラゴンブレス”より、“ゼロ戦”が装備している機関砲の射程は何十倍も長い。才人は怒りに任せて、正面から“20ミリ機関砲弾”と“7.7ミリ機銃”を、“竜騎兵”目がけて叩き込んだのであった。

 村の上空には、さらに何匹もの“竜騎兵”が舞っているのが見える。

 彼らは味方の“竜騎兵”が、突然現れた敵の攻撃によっていきなり爆発したのを確認した。彼らは(ブレスではない。して見ると、“魔法”攻撃だろうか。どちらにしろ、1騎では如何ほどのこともできまい)と考え、3騎が重なって、迎え討とうと上昇する。

 

 

「続いて3騎、右下から上がって来る」

 デルフリンガーが、いつもと変わらぬ調子で言った。

 デルフリンガーの言葉に、才人は、3騎の“竜騎兵”が横に広がって上がって来るのを確認する。

「あいつらのブレスを浴びるなよ。一瞬だけならセイヴァーのおかげで耐えられるだろうが、すぐに燃えちまうぜ」

 才人は首肯き、3騎の上空で、180度の水平旋回を行った。壜に刺した上戸の縁を回り、壜の中に流れ込むような軌道を描いて、“竜騎兵”たちの背後に回る。そのスピードに、“竜騎兵”たちは追随できない。“竜騎兵”が跨る“火竜”の速度は、才人たちの世界――“地球”の速度に換算して、おおよそ時速150km。“ゼロ戦”は時速400km近い速度で飛行を行っているのだ。才人にとって、止まった的を撃つようなモノである。

 慌てて“火竜”は後ろを向こうとするのだが、その時には既に、ピッタリと狙いを付けられている。

 才人は十字の光像を描いた照準器のガラスから、“火竜”の姿が食み出でるくらいまで機体を近付け、スロットルレバーの発射把柄を握り込んだ。

 ドンドンドンッ! と鈍い音と共に機体が震え、両翼の“20ミリ機関砲”が火を噴いた。命中した機関砲弾で、狙われた“火竜”は翼をもぎ取られ、クルクルと回転しながら落ちて行く、

 才人は間髪入れずに右のフットバーを踏み込み、機体を滑らせ次の“火竜”に狙いを付け、発射する。

 胴体に何発も機関砲弾を喰らった“火竜”は、苦しそうに一声鳴くと、地面目がけて墜ちて行く。

 3匹目は急降下して逃げようとしたところを、機首装備の“7.7ミリ機銃”で穴だらけにされた。“火竜”は絶命し、垂直に墜ちて行った。

 才人は直ぐに機体を上昇に移らせた。速度エネルギーを高度に変換させる。自然と、機体をそんな風に操っていた。

 “幻獣ドラゴン”に対する、レシプロ機“ゼロ戦”の1番の優位はその速度であるといえるだろう。そして機体は、落下することによって加速する。

 まずは敵の上空に占位すること、光った左手甲の“ルーン”によって、才人はベテランパイロットの機動を“ゼロ戦”に行わせていたのである。

 辺りに気を配ったデルフリンガーが、次の目標を教える。

 才人がそっちに機体を向けようとした時、後ろから聞き慣れた声が聞こえて来た。

「すすす、すごいじゃないの! 天下無双と謳われた“アルビオン”の“竜騎兵”が、まるで虫みたいに墜ちて行くわ!」

 才人はギョッとして振り向いた。

 座席と機体の隙間から、ルイズがヒョッコリと顔を出していたのである。

 本来馬鹿デカイ無線機が積んであったのだが、この世界には無線で連絡を取る必要がないため、整備の時に取り外していたのであった。それを取ってしまえば、後は各舵を繋ぐワイヤーしか機体の胴体内には存在しない。

 ルイズはそこに潜り込んでいたのであった。

「お前! 乗ってたのかよ! 降りろよ!」

「今、降りられる訳ないじゃない」

 ルイズの手には“始祖の祈祷書”が握られている。あの後どこにも行かずに機体に潜り込んだのである。

「危ねえだろ! 馬鹿!」

 ルイズは、グッと才人の首を絞めた。

「忘れないで! あんたは! わたしの! “使い魔”なんだからねっ! だから! 勝手なことは! 許さないの! わかった!?」

 “エンジン”音で声が良く聞き取ることができないので、ルイズは才人の耳元で思い切り怒鳴った。

「わたしはあんたのご主人さまよ! ご主人さまが先頭切らなかったら、“使い魔”は言うこと利かないでしょうが! そんなのヤなのーっ!」

 才人はやれやれと、切なくなった。「危ねえから来るな」と言うことは……ルイズに言っても仕方のない言葉であったのだから。

「死んだらどーすんだよッ!」

「だったら頑張りなさぁあああいッ! あんたが死んでも、わたしが死んでも、あんたを殺すからねぇえええッ!」

「相棒、取り込み中のとこ悪いが……」

「あんだよ?」

「右から10ばかり来やがったぜ」

 ブオッッと、“火竜”のブレスが飛んで来た。

 瞬間、才人は操縦桿を左に倒す。機体がクルリと回転して、ブレスを回避する。

 ルイズが「きゃあ!?」と叫んで機体の中を転げ回る。

「もっと丁寧に操りなさいよ!」

 才人は「無茶を言うな!」と叫んで、回転させた機体を急降下させた。それでも、“竜騎兵”は追随できない、その勢いで機体を上昇させ、頂点で失速反転。太陽を背にして降下する。

 追いかけて来た“竜騎兵”たち目がけて、才人は散々に機関砲弾と機銃弾を叩き込んだ。

 そして、それと同時に別方向から、別の“竜騎兵”たちを一方的に攻撃し墜とす存在が接近して来た。

「相棒、また何かが近付いて来るぞ。こいつは……」

「なによ、あれ!?」

「あれは、なんだ!? すげえぇ……ん?」

 才人は、左手甲の“ルーン”の力もあり、今は“ゼロ戦”をベテランパイロット以上の腕で操ることができ。だがそれには、それに応じた動体視力などもまた必要である。そしてそれもまた、“ルーン”の力で上昇しているのであった。

 そういったこともあり、才人は、先ほど自分たちが来た方向――“学院”がある方向から飛んで来た存在に乗っている2人を視認することができたのである。

 

 

 

 

 

「これが、戦場……」

「そうだ。シオン、今から速度を上げる。舌を噛まないように口を閉じていろ」

 眼下の戦場を目の当たりにし、シオンはただただ呆然とし呟く。

 俺も驚き呆然としそうになるが、“サーヴァント”である為か戦場でなお平静さを失うということは余ほどのことがない限り決してないらしい。

 俺は、シオンへと注意を促し、“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”の速度を上昇させる。

 叙事詩に於ける“ヴィマーナ”は“思考と同等の速度で天を駆ける”と謳われている。それはもちろん、“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”も例外ではなく、両翼を展開させ、“ゼロ戦”以上の速度――光の速度に匹敵する速さを出す。

 “天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”は物理法則の範疇外とも言える挙動を取り、レーザー光線などを発射して周囲の“竜騎兵”を次々と墜として行く。

 

 

 

 

 

 機体の中で転がるルイズは、怖くて泣きそうになった。(やっぱり、来なきゃ良かったかしら?)と恐怖が彼女の心を掴もうとする。が、ルイズは唇をぎゅっと噛み、“始祖の祈祷書”を握り締めた。(サイトを1人死なせはしないわ)、とそう思ったからこそ、飛び乗ったのではないか。ルイズは才人の顔を見て、(自分1人が戦ってるような顔しないでよ。わたしだって、戦ってるんだから!)といった心情になる。

 とはいうのだが、今の彼女には全くすることがないのが現実であった。

 いつも大体そうではあるのだが、(なんだか悔しい)とルイズは感じていた。とにかく恐怖に負けては始まらない。

 ルイズはポケットを探り、アンリエッタから貰い受けた“水のルビー”を指輪に嵌め、その指を握り締め、「姫さま、サイトとわたしを、シオンとセイヴァーお守りください……」と呟いた。

 結局、詔は完成しなかった。自分の詩心のなさをルイズは呪った。彼女は、ギリギリまで、馬車の中で詔を考えようと、手に持っていたのであった。アンリエッタの結婚式に出席するために、ルイズ達は“魔法学院”の玄関先で馬車を待っていたのである。それなのに、いつの間にか戦争をしている。

 ルイズは、「“運命”とは皮肉なモノだわ」と呟きながら“始祖の祈祷書”を開いた。(ついでだから、“始祖”にもわたし達の無事をお祈りしておこう)と思ったのである。

 ルイズは何気なくページを開いた。ホントに、他意なく開いた。

 だからその瞬間、“水のルビー”と“始祖の祈祷書”が光り出した時、心底驚いた。

 

 

 

 

 

「全滅……だと? わずか12分の戦闘で全滅だと?」

 艦砲射撃実施のため、“タルブ”の草原の上空3,000メイルに遊弋していた“レキシントン号”の後甲板で、“トリステイン”侵攻軍総司令官サー・ションストンは伝令からの報告を聞いて顔色を変えた。

「敵は何騎なんだ? 100騎か? “トリステイン”にはそんなに“竜騎兵”が残っていたのか?」

「サー。そ、それが……報告では、敵は2騎であります」

「2騎、だと……?」

 ジョンストンは、呆然と立ち尽くした。直後、冠った帽子を甲板に叩き付ける。

「ふざけるなッ! 60騎もの“竜騎兵”がたった2騎に全滅!? 冗談も休み休み言えッ!」

 伝令が、総司令官の剣幕に怯えて後ずさる。

「敵の“竜騎兵”は、ありえぬスピードで敏捷に飛び回り、射程の長い強力な“魔法攻撃”で、我が方の“竜騎士”を次々討ち取ったとか……」

 ジョンストンは伝令に掴みかかろうとした。

「ワルドはどうした!? “竜騎士隊”を預けたワルドは!? あの生意気な“トリステイン”人はどうした!? 奴も討ち取られたのか!?」

「損害に子爵殿の“風竜”は含まれておりません。しかし……姿が見えぬとか……」

「裏切りおったな! それとも臆したか! どうにも信用ならぬと……」

 スッと手を出して、ボーウッドが咎める。

「兵の前でそのように取り乱しては、士気に関わりますぞ。司令長官殿」

 激昂したジョンストンは、矛先をボーウッドへと変えた。

「なにを申すか! “竜騎士隊”が全滅したのは、艦長、貴様の所為だぞ! 貴様の稚拙な指揮が貴重な“竜騎士隊”の全滅を招いたのだ! このことはクロムウェル殿下に報告する! 報告するぞ!」

 ジョンストンは喚きながら掴みかかる。

 ボーウッドは“杖”を引き抜き、ジョンストンの腹目がけて叩き込んだ。

 白目を剥いて、ジョンストンが倒れる。

 ボーウッドは、気絶したジョンストンを運ぶように、従兵に命じた。

 ボーウッドは「初めから眠っていてもらえば良かったな」、と思った。

 砲撃と爆発以外の雑音は、神経を逆撫でするのだ。一瞬の判断が明暗を分ける、戦闘行動中は特に、そうだと言えるだろう。

 心配そうに自分を見つめる伝令に向かって、ボーウッドは落ち着き払った声で言った。

「“竜騎士隊”が全滅したとて、本艦“レキシントン号”を筆頭に、艦隊はまだ無傷だ。そして、ワルド子爵には何か策があるのだろう。諸君らは安心して、勤務に励むが良い」

 ボーウッドは、「2騎で60騎を討ち果たして退けたか。ふむ、“英雄”だな」と呟いた。(しかし、たかが“英雄”だ。所詮は、個人に過ぎない。如何ほどの力を持っていようと、個人には、変えられる流れと、変えられぬ流れがある。この艦は後者に当て嵌まる)と、彼は同時に考え、呟き、それから命令を告げた。

「艦隊全速前進。左砲戦準備」

 しばらくすると遥か眼下に、“タルブ”の草原の橋向こう、周りを岩石で囲まれた天然の要塞、“ラ・ロシェール”の港町に布陣した“トリステイン”軍の陣容が浮かび上がった。

「艦隊微速。面舵」

 艦隊は“トリステイン”軍を左下に眺めるかたちで、回頭した。

「左砲戦開始。以後は別名あるまで射撃を続けよ」

 それから付け加えるように、ボーウッドは命令を追加した。

「上方、下方、右砲戦準備。弾種散弾」

 

 

 

 

 

 “ラ・ロシェール”の街に立て籠もった“トリステイン”軍の前方500“メイル”、“タルブ”の草原に敵の軍勢が見える。“アルビオン”軍だ。3色の“レコン・キスタ”の旗を掲げ、静々と行進して来る。

 生まれて初めて見る敵に、“ユニコーン”に跨ったアンリエッタは震えた。その震えを周りに悟られないように、アンリエッタは目を瞑って軽く祈りを捧げた。しかし……当然だが、恐怖はそれだけに留まらない。アンリエッタは敵軍の上空に段艦隊を見付けて、顔色を変えた。

 “アルビオン”艦隊だ。

 その舷側が光る。艦砲射撃だ。重力の後押しを受けた砲弾が、自軍目がけて飛んで来る。

 着弾。

 何百発もの砲弾が、“ラ・ロシェール”に立て籠もった“トリステイン”軍を襲った。

 岩や馬やヒトが一緒くたになって舞い上がる。圧倒的な力を前にして、味方の兵が浮足立つ。

 辺りを轟音が包む。

 恐怖に駆られ、アンリエッタは叫んだ。

「落ち着きなさい! 落ち着いて!」

 近くに寄ったマザリーニが、アンリエッタに耳打ちした。

「まずは殿下が落ち着きなされ。将が取り乱しては、軍は瞬く間に潰走しますぞ」

 マザリーニは近くの将軍たちと素早く打ち合わせた。

 “トリステイン”は小国ながら、歴史ある国である。由緒正しい“貴族”が揃っている。兵力比に於ける“メイジ”の数は、各国の中でも1番多いくらいであった。

 マザリーニの号令で、“貴族”たちは岩山の隙間の空にいくつもの空気の壁を作り上げた。

 砲弾がそこに打ち当たり、砕け散った。しかし、何割かはやはり飛び込んで来る。

 そのたびにあちこちで悲鳴が上がり、砕けた岩と血が舞った。

 マザリーニは呟いた、

「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃して来るでしょう。とにかく迎え討つしかありませんな」

「勝ち目はありますか?」

 マザリーニは、砲撃によって兵の間に動揺が奔りつつあるのを見届けた。

 勢い余って出撃したが……人間の勇気には限界があるのだ。

 しかし、マザリーニは、忘れていたなにかを思い出させてくれた姫に現実を突き付ける気にはなれなかった。

「五分五分、といったところでしょうな」

 着弾。辺りが地震でも起こっているかのように揺れた。

 マザリーニは、痛いくらいに状況を理解していた。

 敵は空からの絶大な支援を受けた6,000。対するこちらの軍は、砲弾で崩壊しつつある2,000。

 当然、奇跡じみたことが起きない限り、勝ち目は、無い。

 

 

 

 

 

 ルイズは光の中に文字を見付けた。

 それは……古代の“ルーン”文字で書かれていた。

 ルイズは真面目に授業を受けていたということもあり、その古代語を読むことができた。

 ルイズは光の中の文字を追った。

 

――“序文”。

 

――“之従り我が識りし真理を此の書に記す。此の世の総ての物質は、小さな粒依り成る。4の系統は其の小さな粒子に干渉し、影響を与え、且つ変化占める呪文也。其の4つの系統は、火、水、風、土と成す”。

 

 こんな時であるのに、ルイズの中で知的好奇心が膨れ上がった。もどかしい気持ちで、ルイズはページを捲った。

 

――“神は我に更なる力を与えられた。4の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒依り成る。神が我に与えし其の系統は、4の何れにも属せず。我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、且つ変化占める呪文なり。4に非ざれば零。零即ち之虚無。我は神が我に与えし零を虚無の系統と名付けん” 。

 

「“虚無の系統”……伝説じゃないの。伝説じゃないの!」

 ルイズは思わず呟いて、ページを捲る。彼女の鼓動が鳴った。

 “竜騎士隊”を全滅させた才人は、空の彼方……草原の遥か上空の雲の隙間に、いつか“アルビオン”へ渡る“フネ”の上で見かけた、巨大戦艦を見付けた。その“フネ”の下には、かつて1泊した“ラ・ロシェール”の港町がある。

 デルフリンガーが呟く。

「相棒、親玉だ。雑魚をいくら殺っても、あいつをやっ付けなきゃ……お話にならねえが……」

「わかってるよ」

「ま、無理だあね」

 才人は無言で、“ゼロ戦”のスロットルを開いた。フルブーストだ。“ゼロ戦”が巨大戦艦目がけて上昇する。

 その一瞬だけではあるもののかなりの速度が出たため、才人とルイズの身体にはそれだけの重力がかかるはずであった。が、特にこれといって影響はない。

「無理だよ相棒。逆立ちしても無理だ。あのセイヴァー達が乗ってるあれならできるかもしれねえが、それでも無理だ」

 “ゼロ戦”は、フルブースト――マッハ2ほどの速度を一瞬だけとはいえ、パイロット達に影響を与えず出して飛行した。

 一瞬で彼我の戦力を分析したデルフリンガーがいつもと変わらぬ調子で告げる。

 しかし、才人は答えない。

「わかっちゃいたけど……相棒は阿呆だね」

 才人は“ゼロ戦”を近付けた。

 艦砲射撃を続ける艦隊の右舷側がピカッと光る。一瞬後、才人の“ゼロ戦”目がけて、何かが飛んで来る。無数の小さな鉛の弾であった。機体のあちこちに小さな穴が穿たれ、震えた。風防が割れ、破片が才人の頬を掠め、血が一筋、彼の頬を伝う。

 デルフリンガーが叫んだ。

「近付くな! 散弾だ!」

 才人は“ゼロ戦”を咄嗟に下降させ、2撃目を逃れた。

「畜生、あいつら小さな弾を大砲に込めて、撃っ放しやがった!」

 才人は唇を噛んだ。

 このままでは、撃沈は疎か、近付くことさえできやしない。

 

 

 

「セイヴァー……」

「いや、俺たちの出番はこれで終了だ。あとは、あいつ等がするだろうさ」

「でも……」

 “レキシントン号”よりも遥か上空に位置する“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”の上で、シオンが俺へと言葉をかけて来る。

 が、それを拒否する。

「まあ、見ていろ。面白いモノ……いや、ついに彼女が自身の力に気付く時だ」

 

 

 

 座席の後ろの隙間で、“始祖の祈祷書”を読み耽るルイズの耳にはもう、辺りの轟音は届かない。ただ、己の鼓動だけがやたらと大きく聞こえるだけである。

 

――“之を読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者也。又其の為の力を担いし者也。虚無を扱う者は心せよ。志半ばで倒れし我と其の同胞の為、異教に奪われし聖地を取り戻す可く努力せよ。虚無は強力也。又、其の詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として虚無は其の強力に因り命を削る。従って我は此の書の詠み手を選ぶ。例え資格無き者が指輪を嵌めても、此の書は開かれぬ、選ばれし詠み手は4の系統の指輪を嵌めよ。然れば、此の書は開かれん” 。

 

――“ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ”。

 

――“以下に、我が扱いし虚無の呪文を記す”。

 

――“初歩の初歩、エクスプロージョン(爆発)”。

 

 

 その後に古代語の“呪文”が続いている。

 ルイズは呆然として呟いた。

「ねえ、“始祖ブリミル”。あんた抜けてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ“始祖の祈祷書”は読めないんでしょ? その詠み手とやらも……注意書きの意味がないじゃないの……」

 そして、ルイズははたと気付く。“詠み手を選びし”、と文句にある。ということは……(わたしは詠み手なの?)、(良くわからないけど……文字は読める。読めるなら、ここに記かれた“呪文”も効果を発するかもしれないわ)、と。ルイズは、いつも自分が“呪文”を唱えると、爆発していたこと、そしてそれを、深く考えてこなかったのである。(するとわたしは、やっぱり、詠み手なのかもしれないわ。信じられないけど、そうなのかも。だったら試してみる価値は、あるのかもしれない。だって……今のところ、他に頼れるモノはないんだもの)とルイズは考え、決心した。

 頭の中が、スゥッと冷静に、冷ややかに、冷めて行くのがルイズにはわかった。先ほど眺めた“呪文”の“ルーン”が、まるで何度も交わした挨拶であるかのように、彼女の口に滑らかに吐いた。

 昔、聞いた子守唄のように、その“呪文”の調を、ルイズは妙に懐かしく感じたのである。

 ルイズは腰を上げ、ゴソゴソと座席の後ろから、隙間を潜って前に出た。

「なんだよ!? 大人しくしてろよ! うわ! 前が見えねえ! おいってば!」

 ルイズは蛇のように細い身体を器用にクネらせ、座席と機体の隙間から身を出すと、操縦席に座った才人の前まで移動した。

 開いた才人の足の間に小さなお尻を割り込ませ、チョコンと座り込む。

 ルイズはポツンと言った。

「いや……信じられないんだけど……上手く言えないけど、わたし、選ばれちゃったかもしれない。いや、なにかの間違いかもしれないけど」

「はぁ?」

「良いから、このひこうきとやらを、あの巨大戦艦に近付けて。ペテンかもしれないけど……なにもしないよりは試した方がマシだし、他にあの戦艦をやっ付ける方法はなさそうだし……ま、やるしかないのよね。わかった。取り敢えずやって見るわ。やってみましょう」

 ルイズのその独り言のような言葉に、才人は唖然とした。

「お前、大丈夫か? とうとう怖くて可怪しくなったか?」

 ルイズは才人を怒鳴り付けた。

「近付けなさいって言ってるでしょうが! わたしはあんたのご主人さまよ! “使い魔”は! 黙って! 主人の言うことに従うッ!」

 逆らうだけ無駄ないつものルイズの剣幕だということもあって、才人は仕方なく“ゼロ戦”を巨大戦艦へと向かわせた。

 砲撃。

 散弾が飛んで来る。

 左舷に回っても、結果は同じだろうということは簡単にわかる。

 “フネ”の真下にも砲身は突き出ていた。“レキシントン号”は、まるで針鼠のように大砲を装備している。

「なにしてるのよ!?」

「無理だ! 近付けねえんだよ!」

「それをなんとかするのがあんたの仕事でしょうが!」

 デルフリンガーが、なにかを思い付いたように声を上げた。

「相棒、こいつをあの“フネ”の真上に持ってきな」

「え?」

「そこに死角がある。大砲を向けられねえ、死角がな」

 才人は言われた通りに上昇して、“レキシントン号”の上空に占位した。

 ルイズは才人の方に跨がり、風防を開けた。

 猛烈な風が2人の顔に当たる。

「お、おい!? なにしてんだよ!? 閉めろよ!?」

「わたしが、合図するまで、ここでグルグル回ってて」

 ルイズは息を吸い込み、眼を閉じた。それからカッと見開き、“始祖の祈祷書”に記載されている“ルーン”文字を詠み始める。

 “エンジン”の轟音に、朗々と“呪文”を詠み上げるルイズの声が混じる。

 才人は言われたように、“ゼロ戦”を“レキシントン号”の上空で旋回させた。

 その時である。

「相棒! 後ろだ!」

 才人がハッとして後ろを見ると、1騎の“竜騎士”が烈風のように向かって来るのが見えた。

 ワルドだった。

 

 

 ワルドは“風竜”の上で、ニヤッと嘲笑った。

 彼はこの時を、“レキシントン号”の上空の雲に隠れ、ずっと待っていたのであった。(次々にこちらの“火竜”を撃墜した、謎の2騎の“竜騎兵”。俺の“風竜”がまともに打つかったのでは勝ち目は薄い。ならば虚を突かねばならないな)、(作戦遂行のために何より必要なのは、この巨艦だ。ならば敵が目標とするのも、この巨艦に違いない。そして優秀な敵なら、必ずこの巨艦の死角を探り当ててくるはずだ。よって俺はそこで待ち構えれば良い)と考えた結果であった。

 そして、その読みは当たっていた。

 敵であるワルドの目標は、急降下を開始した。

 ワルドは謎の“竜騎兵”を前に、(なるほど、“火竜”相手にはそれで躱したか。しかし、俺の“風竜”の速度は“火竜”のそれとは違う)と思考し、グングンと謎の“竜騎兵”――“ゼロ戦”との距離を縮めるために、“風竜”へと命じ、実行させる。

 ワルドは興味深そうに、“ゼロ戦”を見詰め、(“竜”じゃない。これは……“ハルケギニア”の倫理で作られたモノではない。やはり……“聖地”か)と考えた。

 そして彼は、風防の中に、見慣れたルイズの桃色がかったブロンドを見付け、(ならばあの妙な“竜”モドキを操っているのは……)と予想する。

 “風竜”のブレスは役に立たぬが、ワルドには強力な“呪文”がある。左手で手綱を握り、ワルドは、固めた空気の槍で目標を串刺しにするために“エア・スピアー”の“呪文”を“詠唱”した。

 そして、それと同時に周囲への警戒を怠ることは決してない。

 そして、(もう1騎の謎の“竜騎兵”、恐らく眼前のそれと同じく“竜”モドキだろうそれの姿がないのだから)ともワルドは考えた。

 

 

 後ろにピッタリと“風竜”は張り付いて、離れない。

 肩にルイズを乗せたまま、才人は焦った。

 しかし……(ここで死んだら、ルイズも、シエスタも守れねえ)とそう思った瞬間、才人の左手甲の“ルーン”が、一段と力強く輝いた。

 スロットル最小。フルラップ。“ゼロ戦”は後ろからなにかに掴まれたように減速した。

 才人は操縦桿を左下に倒す。同時にフットバーを蹴り込んだ。

 そして、鮮やかに天地が回転した。

 

 

 “呪文”を完成させたワルドの視界から、いきなり“ゼロ戦”が消えた。

 彼は辺りをキョロキョロと見回すのだが、どこにもいないといった風に見付からない。

 後ろから殺気を感じ、ワルドは振り返る。

 “ゼロ戦”は滑らかに、壜の内側をなぞるような軌道を描いて、ワルドの“風竜”の背後に躍り出たのである。

 機首に光が奔る。

 機銃弾が“火竜”に比べ薄い“風竜”の身体を切り裂いた。

 ワルドは肩に、背中に弾を喰らい、苦痛に顔を歪めた。

 “風竜”が悲鳴を上げ、ユックリと、滑空するようなかたちで、ワルドを乗せたまま墜落して行った。

 その際、顔を歪めたワルドの視界に、“ゼロ戦”が、そしてそのさらに上に浮かんでいるモノを見た。

「……サー、ヴァント……」

 そう呟き、目を閉じる。

 上空に浮かぶそれは、あまりにも眩しすぎた。ただでさえ眩しいだろうその謎の影は金色に光り輝いており、陽の陽光も浴びていたのだから。

 目を閉じても見えるそれを前に、自身を墜とした“ガンダールヴ(才人)”のこととペンダントの中のモノについてを考えながら、その意識を失い、ブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 才人は再び、“ゼロ戦”を上昇させた。

 あんな機動を行ったというのに、ルイズはしっかりと才人の肩に跨っている。

 ルイズの口からは、低い“詠唱”の声が漏れ続けている。

「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”」

 ルイズの中を、リズムが巡っていた。一種の懐かしさに似た感情を沸き立てるリズムである。“呪文”を“詠唱”するたび、古代の“ルーン”を呟くたびに、彼女の中のリズムは強くうねって行く。彼女の神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音は既に一切耳に入らなかった。

 彼女の身体の中で何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転して行くのを彼女自身が感じ取った。

 誰かが言っていたそんな台詞を、ルイズは思い出した。

 自分の“系統”を唱える者は、そんな感じがするという。

 ルイズの中で、(いつも、“ゼロ”と蔑まれていたわたし……、“魔法”の才能がない、両親に、姉たちに、先生に叱られていたわたし……そんなわたしの、これが本当の姿なのかしら?)といった疑問や不思議な感覚などが奔り抜けて行く。

「“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”」

 彼女の身体の中に、波が生まれ、更に大きく唸って行く。

「“ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」

 彼女の身体の中の波が、行き先を求めて暴れ出す。

 ルイズは足で才人に合図を送った。

 才人は首肯き、操縦桿を倒す。

 “ゼロ戦”が、真下の“レキシントン号”目がけて急降下を開始した。

 しっかりと開いた眼で、ルイズはタイミングを伺い計る。

 “虚無”。

 “伝説の系統”。

 ルイズの中で(どれほどの威力があるというのかしら?)といった当然の疑問が浮かび上がり、過って行く。

 この世界のほとんどが知らない。もちろん彼女自身もまだ知らない。

 それは伝説の彼方のはずであった。

「“ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル”……」

 永い“詠唱”の後、“呪文”が完成した。

 その瞬間、ルイズは己の“呪文”の威力を、理解した。巻き込む。全ての人を。自分の視界に映る、全ての人を、己の“呪文”は巻き込む。

 選択は2つ。殺すか。殺さぬか。

 破壊すべきはなにか。

 烈風が顔嬲る中、真っ逆様に降下する。

 眼の前に広がる光景は巨艦――戦艦“レキシントン号”。

 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点目掛けて、“杖”を振り下ろした。

 

 

 アンリエッタは、信じられない光景を目の当たりにした。

 今まで散々自分たちに砲撃を浴びせかけていた巨艦の……上空に陽光の球が現れたのである。まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は膨れ上がる。

 そして……包んだ。

 空を遊弋する艦隊を包んだ。

 更に光は膨れ上がり、視界全てを覆い尽くした。

 音はない。

 アンリエッタは咄嗟に目を瞑った。

 目が灼けると、錯覚してしまうほどの光の球であった。

 そして……光が晴れた後、艦隊は炎上していた。巨艦“レキシントン号”を筆頭に、全ての艦の帆が、甲板が燃えていたのである。

 まるで嘘のように、あれだけ“トリステイン”軍を苦しめた艦隊が、ガクリ艦首を落とし、地面に向かって墜落して行く。

 地響きを立てて、艦隊は地面に滑り落ちた。

 アンリエッタは、しばし呆然とした。

 辺りは、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。誰も彼も、己の目にしたモノが信じられなかったのだ。

 1番初めに我に返ったのは、枢機卿のマザリーニであった。彼は、戦艦が遊弋していた空に、煌く銀翼を見付けた。

 才人たちが乗っている“ゼロ戦”である。

 マザリーニは大声で叫んだ。

「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! 伝説の“フェニックス”によって!」

「“フェニックス”? “不死鳥”だって?」

 動揺が奔る。

「然様! あの空飛ぶ翼を見よ! あれは“トリステイン”が危機に陥った時に現れるという、“伝説の不死鳥”、“フェニックス”ですぞ! 各々方! “始祖”の祝福我らにあり!」

 するとあちこちから歓声が漏れ、直ぐに大きなうねりとなった。

「うおおおおおおおぃーッ! “トリステイン”万歳! “フェニックス”万歳!」

 アンリエッタは、マザリーニにソッと尋ねた。

「枢機卿、“フェニックス”とは……真ですか? “伝説のフェニックス”など、私は聞いたことがありませんが」

 マザリーニは、悪戯っぽく笑った。

「真っ赤な嘘ですよ。しかし、今は誰もが判断力失っている。目の当たりにした光景が信じられんのです。この私とて同じです。しかし、現実に敵艦隊は墜落し、あのように見慣れぬ鳳が舞っているではござらぬか。ならばそれを利用せぬという法はない」

「はぁ……」

「なあに、今は私の言葉が嘘か真かなど、誰も気にしませんわい。気にしているのは、生きるか死ぬか、ですぞ。詰まり、勝ち負けですな」

 マザリーニは王女の目を覗き込んだ。

「使えるモノは、なんでも使う。政治と戦の基本ですぞ。覚えておきなさい殿下。今日から貴女はこの“トリステイン”の王なのだから」

 アンリエッタは、(枢機卿の言う通りだわ。考えるのは……後で良い)と思い、首肯いた。

「敵は我々以上に動揺し、浮足立っているに違いありません。なにせ、頼みの艦隊が消えてしまったのだから。今をおいて好機はありませぬ」

「はい」

「殿下。では、勝ちに行きますか」

 マザリーニが言った。

 アンリエッタは再び強く首肯くと、水晶光る“杖”を掲げた。

「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我に続けッ!」

 

 

 

 

 

 

 ルイズはグッタリとして、才人に寄り添っていた。

「なあルイズ」

「ん?」

 ルイズはボンヤリとした様子で返事をした。

 彼女の身体中を、気怠い疲労感が包んでいるのだ。しかし、それは心地好い疲れであった。何事かをやり遂げた後の……満足感が伴う、疲労感であった。

「1つ、訊いて良いか?」

「良いわよ」

「さっきのなに?」

「“伝説”よ」

「“伝説”?」

「説明は後でさせて。疲れたわ」

 才人は首肯いた。それから、微笑み、ルイズの頭を優しく撫でた。

 眼下では、“タルブ”の草原に布陣した“アルビオン”軍に、“トリステイン”軍が突撃を敢行したところである。

 “トリステイン”軍の勢いは、素人目にも明らかであり、数で勝る敵軍を、逆に押し潰してしまいそうな勢いであった。

「そうだな。後で良いよな」

 黒く焼け焦げた村を見て、(シエスタは無事だろうか?)と才人は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方……。

 シエスタは弟たちを連れて、恐る恐る森から出た。

 “トリステイン”軍が、草原に集結した“アルビオン”軍をやっつけたとの噂が、森に避難していた村人の間に伝わったのである。

 “アルビオン”軍は“トリステイン”軍の突撃によって潰走し、多くの兵が投降したらしい。

 確かに、昼間中、村を闊歩していた“アルビオン”兵の姿はない。先ほどまで続いていた怒号や、剣戟や、爆発音は治まっていた。

 草原には、黒煙が立ち昇っていはするが……取り敢えずは本当に戦は終わったのである。

 空から爆音が聞こえ得て来る。

 シエスタは、そして他の村人たちも同時に見上げた。

 彼女ら彼らにとってとても見慣れたモノが空を舞っていた。

 “竜の羽衣”である。

 それを目にしたシエスタの顔が輝いた。

 

 

 “ゼロ戦”を“タルブ”の草原に着陸させた才人は風防を開いた。

 村の南の森の方から、誰かが駆けて来るのが見えた。シエスタだ。

 才人は“ゼロ戦”から飛び出して、駆け出した。

 ルイズは駆け出した才人を見て、溜息を吐いた。そして、(ま、あの娘が生きてて良かったけど。もっとわたしを労ってくれても良いんじゃない?)と思った。

 先ほどの“呪文”……“虚無の系統”、“エクスプロージョン”。(実感はないわね。“虚無”だけに、唱えた実感がないのかもしれないけど……わたしって本当に“虚無の使い手”なのかしら? なにかの間違いなんじゃないの?)といった疑問や猜疑心が過る。「でもサイトが“伝説の使い魔ガンダールヴ”の力を与えられたということも、これで首肯けるわ。“伝説”が沢山ね」とルイズは呟いた。

 これから忙しくなるだろう。

 あまりにも実感がなくって……自分が“伝説の担い手”ということが、信じられないということもあり……ルイズはボンヤリと溜息を吐いた。そして、(これが夢だったらどれだけ楽な気分かわからないわね)などと思いつつ、彼女はあまり深く考えないことにした。

 ルイズは、(サイトは“伝説の使い魔”ではあるのだが、まったく気負ったところがないわね。そのくらいで良いのかもしれないわ。とにかく、わたしには荷が重過ぎるのもの。“伝説”なんてモノは)と考えた。

 操縦席に立て掛けられているデルフリンガーが、そんなルイズに話しかける。

「よう、“伝説の魔法使い”」

「なによ、“伝説の剣”?」

 デルフリンガーは、からかうような調子で、ルイズに言った。

「意地張るのも良いけど……追いかけねえと、あの村娘に取られちまうぜ?」

 ルイズは頬を膨らませた。

「いいわよあんなの」

「本気?」

 デルフリンガーが呟く。

 ルイズは「あーもお!」と叫んで、操縦席から飛び出し、駆け出し、才人の背中を追う。

 デルフリンガーは、そんなルイズの後ろ姿を眺めて、大声で笑った。

「“伝説の担い手”だってことがわかったのに……色恋の方が大事かね。年頃の人間って奴ぁ、どうにもこうにも、救えねぇね」

 

 

 疾走りながら、ルイズは(サイトの背中を見詰めていると、鼓動が速くなるわ。頭の中が白くなるの。変なの。なによ馬鹿。キスした癖に。そんなにあの娘が好い訳? そりゃ可愛いかもしれないわ。お料理も得意だし、男の子はそういう娘が好いんだってことも知ってるわ。でも、わたしだって。わたしだって……)、と思った。

 “始祖の祈祷書”も、“虚無の系統”も……この瞬間はルイズの頭の中から飛んでいた。

 そして、ルイズは(しっかり目を見開いて、駆け出さないと、置いて行かれてしまう。でも、それなら……わたしは追いかけ続けてやるわ。どこまでも追いかけて……振り向いた瞬間、殴ってやるんだから)、と思った。

 

 

 

 音もなく降下する“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”の上で、シオンは既に地上にいるルイズのこと、そして彼女が行った、唱えた“魔法”のことについてを考えていた。

 彼女が知る中で、どの“系統魔法”でも出しえない威力を誇る“魔法”。恐らく、“サーヴァント”の攻撃用の“宝具”に近しいだろう威力を持つ“魔法”を、彼女の友人は唱え、放ったのである。帆と甲板にだけ命中するように。

 シオンは、ワルド同様に、(ルイズにはなにか大きな力があり、それを自覚していないだけ。覚醒めていないだけ)だと考えていた。事実、ルイズは“使い魔召喚”で才人を“ガンダールヴ”としての能力を与えて“召喚”し、彼はギーシュとの戦闘で勝利、ワルドとの戦闘でも死なず、先ほどの“ゼロ戦”での戦闘も見事なモノであった。

 そして、シオンや“レキシントン号”などの故郷である“アルビオン”の、元艦隊――“レコン・キスタ”によって建った“神聖アルビオン共和国”の艦隊の尽くを発火させ、撃墜してみせたのである。

「やっぱり、ルイズは凄いなぁ」

「そうだな。君同様に彼女は、他にはない凄い力を持っている」

「“伝説”が一杯だね」

「ああ、そうだな」

 シオンは、俺の方へと顔を向けて、我がことであるかのように嬉しそうな表情と声色で言った。だが、その直後に、沈鬱な表情と沈んだ声を出す。

「これから本格的な戦争……だよね」

「ああ。君はこの戦争で生き残る必要がある。そして」

「わかってるよ、セイヴァー。わかってる」

 ユックリと降下する“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”だが、夜風が俺たちの肌を刺すように吹く。

 地上に降り立つのと同時に見たモノは、ルイズと才人、シエスタの3人がなにやら色々とまた騒いでいる様子であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。