ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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聖女

 “トリステイン王国”と“ガリア王国”に挟まれた内陸部に位置する“ラグドリアン湖”は、“ハルケギニア”随一の名勝である。その広さは、おおよそ600平方キロ“メイル”。差し渡しは、“トリステイン”の首都“トリスタニア”から“魔法学院”までの距離にも匹敵する大きな湖である。

 比較的高地に位置したその湖は、まるで絵画のように美しい。緑鮮やかな森と、澄んだ湖水が織りなすコントラストは、神がザックリと斧を振るって世界を形創ったとは思えないほどの芸術品といえるほどである。

 しかし、この湖は人間たちのモノではない。

 ヒトならざる“ハルケギニア”の先住民……“水の精霊”が棲まう場所。

 “水の精霊”たちは湖の底に城と街を造り、独自の文化と王国を築いているのである。

 その姿を見た者は、その美しさに心打たれ、どのような悪人でも心を入れ替えるといわれている。

 そんな“水の精霊”は“誓約の精霊”とも呼ばれ、その御許においてなされた誓約は、決して破られることがないと伝えられている。

 しかしながら……森と空と湖面の蒼が織りなす美しさにも勝るといわれる“水の精霊”たちは、その姿をほとんど人前には見せない。数十年に1度、“トリステイン王家”との盟約の更新を行う以外、湖底より出でることはないのであった。

 そういったこともあって、“誓いが破れることはない”といわれても、それを確かめるのは極めて困難なことであった。

 

 

 

 アンリエッタとウェールズが初めて出逢ったのは、その“ラグドリアン”の湖畔である。

 今を去ること、3年前……“トリステイン王国”は“ラグドリアン湖”で太后マリアンヌの誕生日を祝う、各国から客を招いての大規模な園遊会を開催していた。

 “アルビオン王国”、“ガリア王国”、そして“帝政ゲルマニア”……“ハルケギニア”中より招かれた“貴族”や“王族”たちは挙って着飾り、湖畔に設けられた会場で社交と贅の限りを尽くしたのであった。

 湖面には“魔法”の花火が打ち上がり、星空と大きな天幕の下、夜通し舞踏会が催された。階上には世界中の美味珍味が並べられ、ワインと共に“貴族”たちの胃袋へと消えて行ったのである。

 2週間にも及ぶ、大園遊会も半ばが過ぎた頃のとある夜、14才のアンリエッタは自分の天幕を抜け出し、伴や護衛の者も連れずに1人で湖畔を歩いていた。

 アンリエッタは何日も続くお祭騒ぎにホトホト嫌気が差していたのであった。

 一昨日も昨日も今日も、そして明日も次から次へと、行事は目白押しであった。晩餐会、舞踏会、詩吟の調べの会……挨拶や追従やオベッカに、少女のアンリエッタはうんざりしていたのである。1人になって、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んで見たくなったのである。

 アンリエッタは天幕や建物が並んだ一角を、深くフードで顔を隠して通り抜け、静かな岸辺までやって来た。そこは月が照らして幻想的な雰囲気を作り上げている。キラキラと月明かりが湖面に反射して、アンリエッタはうっとりとその光景に見惚れてしまった。

 見惚れるだけでは飽きたらなくなっってしまったアンリエッタは辺りをキョロキョロと見回し始めた。

 誰もいないということを確かめると、思い切って、彼女はスルリとドレスを脱ぎ捨てる。少女の悪戯っぽい笑みを、眩い美貌を主張し始めた顔に浮かべ、静々と水に入って行った。

 ヒンヤリとした冷たい水の感触が、彼女の身体を包んで行く。しかし季節は初夏であり、その冷たさが生温い夜に温められた身体に心地好さを与えてくれた。

 こんな所を侍従のラ・ボルトに見付かってしまえば怒られてしまうだろうが、アンリエッタは、「ずっと窮屈な園遊会を過ごして来たのだから、これくらいの愉しみ、赦されるはずですわ」と呟いて泳ぎ始めた。

 しばらく泳いでいると、不意に岸辺に人の気配をアンリエッタは感じた。

 アンリエッタは顔を赤らめ、両手で身体を隠す。

「誰?」

 しかし、人影は答えない。

 アンリエッタは、(誰かしら? 口煩い侍従のラ・ボルトかしら? 学友兼お遊び相手としてアンリエッタに着けられた、1つ下のルイズ・フランソワーズ? それとも、“アルビオン”から来たシオン?)と疑問を抱きながらも、その人影の様子を伺う。

 しかし、それらの誰にも見付からぬよう、アンリエッタはコッソリと、細心の注意を払いながら己の天幕を抜け出して来たのである。不安になって、アンリエッタは更に誰何した。

「無礼者。名乗りなさい」

 慌てたような声が、岸辺から届いた。

「怪しい者じゃない。散歩をしているだけだ。君こそこんな夜更けにどうして水遊びなんかをしているんだ?」

 チッとも悪びれた様子のない物言いに、アンリエッタは(なによ、ジッと私が水浴びをしているのを覗いていたくせに)といった風にカチンと頭に来た。

「だから、名乗りなさいと申しているではありませんか。私はこれでも然る国の王女です。面倒なことになる前に、名乗って立ち去りなさい」

 アンリエッタがそう言うと、人影は呆気に取られた声を上げた。

「王女? まさか、アンリエッタ?」

 呼び捨てにされて。アンリエッタは驚いた。

 彼女を呼び捨てすることができる人間は、この“ラグドリアン湖”に集まった人間の中、5人とはいない。そうじゃなければとんでもない無礼者であろう。

「誰?」

 アンリエッタは王女の仮面を脱ぎ捨て、少女らしい怯えた声で問うた。

 あっはっは、と高笑いが彼女に届く。

 笑われて、アンリエッタは更に顔を赤らめてしまった。

「僕だよアンリエッタ! ウェールズだ。“アルビオン”のウェールズだ。君の従兄だよ!」

「ウェールズ? もしや、ウェールズ様?」

 プリンス・オブ・ウェールズ。“アルビオン”の皇太子ではないか。逢ったことはなかったが、アンリエッタは当然名前は知っていた。今は亡き父王の兄君“アルビオン”王の長男。つまり、彼女とは従兄妹の関係にあたる。

 アンリエッタの顔の赤みが更に激しくなる。

「今日の夜、父上と一緒に到着したんだ。音に聞こえた“ラグドリアン湖”を一目見ようと、散歩していたんだ。驚かせてすまない」

「嫌ですわ。もう……」

 

 

 浜に上がったアンリエッタは、服を身に着けるとウェールズに向き直った。

「こっちを向いても構いませんわ」

 アンリエッタが服を身に着けている間中、当然ウェールズは後ろを向いていたのである。

 長身の影が振り返る。

 その瞬間、アンリエッタの背筋に生まれて初めて感じる何かが流れた。一瞬で、冷たい水で冷やされた身体がまるで炎に炙られたかのように熱くなったのである。

 凛々しい顔立ちに、はにかんだ笑顔。

 そんな風にアンリエッタが感じたなにかは、ウェールズも等しく感じたようであった。

 飄々と掴み所のない王子の口から、「驚いた。綺麗になったね、アンリエッタ……」と動揺させるような台詞が引き出された。

「そ、そんなことはありませんわ」

 アンリエッタは顔を上げることができなくなってしまい、俯いた。

「驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、散歩をしていたら、水音がして……行って見れば、誰かが水浴をしているじゃないか。ごめん。ジッと魅入ってしまった」

「どうして、魅入ってしまったの?」

「いや……この“ラグドリアン湖”に棲む“水の精霊”が、月明かりに惹かれて湖面に姿を現したんじゃないかって思ったんだ。1度見てみたいと願ってた。なんでも、“水の精霊”の美しさは、2つの月も恥じ入るほどだ、なんて言われているくらいだから」

 アンリエッタは微笑んだ。

「私で、残念でしたわね」

 ウェールズは頬を気恥ずかしげに掻きながら、真摯な声で言った。

「そんなことはないよ。“水の精霊”を見たことはないけれど……」

「ないけれど?」

「君は、もっと美しい。“水の精霊”より美しい」

 はにかんで、アンリエッタは顔を伏せた。

「“アルビオン”の御方は、冗談がお上手ですわね」

「じょ、冗談なんかじゃない! 君、僕は王子だよ。嘘を吐いたことは、1度もない! ホントにそう思ったんだ!」

 ウェールズは慌てて言った。

 アンリエッタの胸の鼓動が、魔法をかけられたみたいに速くなる。眼の前の従兄……名前しか知らなかった異国の皇太子。

 アンリエッタは、退屈だった園遊会が、急にこのキラキラ光る“ラグドリアン”の湖面のように、美しく彩られて行くように感じた。

 

 

 恋に堕ちた2人が親密になって行くのに、さほど時間はかからなかった。お互いの気持ちは目を見れば直ぐにわかったし、ここにいられる時間が限られているということの意味を2人とも良く理解していた。

 ウェールズとアンリエッタは園遊会の間中、夜になると湖畔に出て密会を繰り返した。

 アンリエッタは深くフードを冠って顔を隠し、ウェールズは仮面舞踏会で使うファントムマスクを着けて水辺へと急ぐのである。

 待ち合わせの合図は、湖水に投げ込んだ小石の音。

 その音で、先に着いている隠れた片方は茂みから姿を現し、周りに誰もいないことを確かめた後、恋人に合言葉を投げかけるのであった。

「“風吹く夜に”」

 そうウェールズが口にすれば、「“水の誓いを”」と、アンリエッタが答えるのであった。

「遅かったね、アンリエッタ。待ちくたびれたよ」

「ごめんなさい。晩餐会が長引いたの。もう、酔っ払いの長話にはウンザリ」

「でも……こんな風に毎夜抜け出して大丈夫なのかい?」

 ウェールズが心配そうに尋ねると、アンリエッタは悪戯っぽく笑って言った。

「平気です。影武者を使っておりますもの」

「影武者とは! 穏やかじゃないね」

「確かに、そんな大層なモノじゃありませんわね。ウェールズ様も、先日の昼食会の折、御覧になった私のお友達……」

「あの、長い髪の痩せっぽちの女の子かい?」

 ウェールズは首を傾げた。

 チョコチョコとアンリエッタの後ろを付いて回っていたお遊び相手の少女。

 ウェールズは、アンリエッタと彼の妹とその少女が一緒にいるところを見ていたのである。

 ウェールズは、アンリエッタに夢中になっていたこととシオンのことを気にかけていたとうこともあり、その少女の顔や格好が良く思い出せないのである。ただ、ボンヤリと髪の色だけは覚えていた。

「そうですわ。彼女が、私の格好をして、私のベッドに入ってくれてますの。布団をスッポリ被っておりますので、誰かがベッドの側に立っても、顔は見えませんわ」

「でも、彼女と君じゃ髪の色が全然違うじゃないか! 確か彼女は桃色がかったブロンドだし、君はこの通り……」

 ウェールズは、アンリエッタの髪を弄りながら言った。

「綺麗な栗色だ。とんだ影武者だね!」

「髪を染める、特殊な“魔法”染料を調合いたしましたの。でも、ちょっと良心が痛みますわ。彼女には……その、ウェールズ様にはお逢いするとは申してません。てっきり、私が気晴らしに1人で散歩しているものと思っていますわ」

「随分と悪知恵が働くじゃないか!」

 ウェールズが大声で笑った。

「しっ! そのような大声で笑ってはいけません。どこに耳があるかわかりませんわ」

「なあに、こんな夜更けに水辺で聞き耳を立てているのは、“水の精霊”くらいなモノだよ。ああ、1度で良いから見て見たいモノだね。月が嫉妬する美しさと言うのは、どのようなモノなんだろう?」

 アンリエッタは唇を尖らせて、恋人を困らせるような口調で言った。

「なぁんだ。そうでしたのね。私に逢いたい訳じゃありませんのね。“水の精霊を”見たくって、私を付き合わせているだけですのね」

 不意に、ウェールズは立ち止まる。そして、アンリエッタの顔を両手で優しく挟むと、唇を近付けた。

 アンリエッタは少し戸惑うような素振りを見せたが、直ぐに目を瞑った。

 ウェールズとアンリエッタは、唇を重ねた。

 しばらくしてウェールズは、顔を離した。

「君が好きだ。アンリエッタ」

 アンリエッタは、顔を真っ赤にしながら……それでも勇気を振り絞って、“愛”の言葉を呟いた。

「私だって、御慕いしております」

 それからウェールズは、少し淋しげに目を瞑った。

 恋の熱に浮かされながらも、どこか冷静な頭の一部で、この恋の結末を想像していたのである。

 2人共、好きな相手と結ばれることが許される身分ではない。2人のことを誰かが知ってしまえば……2人は公式の場でも顔を合わすことは不可能になるであろう。王子と王女とは、そうしたモノなのだから。

 無理して作った明るい声で、ウェールズは言った。

「ははは……お互い面倒な星の下に生まれたモノだね。こうやって……ただしばしの時間を共に過ごす時ですら、夜を選び、変装せねばならないとは! 1度で良いから……たった1度で良いから、アンリエッタ、君と太陽の下…… 誰の目もはばからずに、この湖畔を歩いてみたいモノだ」

 アンリエッタも目を瞑った。目を瞑って、ゆっくりとウェールズの胸に寄り添う。

「ならば、誓ってくださいまし」

「誓い?」

「そうですわ。この“ラグドリアン湖”に棲む“水の精霊”のまたの名は“誓約の精霊”。その姿の前でなされた誓約は、違えられることがないとか」

「迷信だよ。ただの言い伝えさ」

「迷信でも、私は信じます。信じて、それが叶うのなら、いつまでも信じますわ。そう、いつまでも……」

 14歳のアンリエッタは、そう呟くと顔を伏せた。睫毛の先から涙が1滴垂れて、頬を伝う。

 ウェールズは優しくアンリエッタの顔を撫でた。

「僕は君が大好きだ。アンリエッタ。だって、こんなにも僕のことを好いていてくれるのだから。だから、そんな風に泣くのはおやめ。湖が君の涙で溢れてしまうよ。そうしたら、ここに集まった皆が溺れてしまうじゃないか」

「私がどれだけ貴男のことを好いているのか、貴男には理解らないのでしょうね。いっつも冗談めかして……私が本気になればなるほど、意地悪なことを言うんですから」

 ウェールズは悲しそうな声で呟いた。

「機嫌直してくれよアンリエッタ」

 アンリエッタはドレスの裾を摘むと、ジャブジャブと水の中に入って行った。

「“トリステイン王国”王女アンリエッタは“水の精霊”の御許で誓約いたします。ウェールズ様を、永久に“愛”することを」

 それからアンリエッタはウェールズを呼んだ。

「次はウェールズ様の番ですわ。さあ、私と同じように誓ってくださいまし」

 ウェールズは水の中へと入って行った。そして、アンリエッタを抱き抱える。

 アンリエッタはウェールズの肩にしがみ付いた。

「ウェールズ様?」

「足が冷えてしまうよ」

「構いませんわ。それより、ほら、私は永久に変わらぬ“愛”を誓いました。ウェールズ様も誓ってくださいまし」

「誓約が違えられることはないなんて、ただの迷信だよ」

「心変わりをすると仰るの?」

 ウェールズはしばし黙祷するように考え込んだ後、神妙な面持ちになって、湖の沖へと、「“アルビオン王国”皇太子ウェールズは、“水の精霊”の御許で誓う。いつしか、“トリステイン王国”王女アンリエッタと、この“ラグドリアン湖”の湖畔で太陽の下、誰の目もはばかることなく、手を取り歩くことを」といった誓約の言葉を投げかけた。

「誓ったよ」

 アンリエッタはウェールズの胸に顔を埋めた。そして、ウェールズに聞こ得ぬように呟く。

「……“愛”を誓ってはくださらないの?」

 湖面は光で瞬いた。

 しばし瞬いて、再び度静寂が湖面を包む。

 2人は顔を見合わせる。

 月の光なのか、それとも“水の精霊”がその誓約を受け入れた印であるのか、2人には理解らなかったが……ウェールズとアンリエッタはいつまでも寄り添って、“ラグドリアン”の美しい湖面を見詰め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリステイン”の城下町、“ブルドンネ街”では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。

 “聖獣ユニコーン”に引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な“貴族”たちの馬車が後に続く。その周りを“魔法衛士隊”が警護を務めている。

 狭い街路には一杯の観衆が詰めかけており、通り沿いの建物の窓や、屋上や、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げかけた。

「アンリエッタ王女万歳!」

「“トリステイン”万歳!」

 観衆たちの熱狂も、もっともであるといえるだろう。なにせ、王女アンリエッタが率いた“トリステイン”軍は先日、不可侵条約を無視して侵攻して来た“アルビオン”軍を“タルブ”の草原で打ち破ったばかり。数で勝る敵軍を破った王女アンリエッタは、聖女と崇められ、今やその人気は絶頂であった。

 この戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びとなっている。これには枢機卿マザリーニを筆頭に、ほとんどの宮廷“貴族”や大臣たちが賛同していた。

 隣国の“ゲルマニア”は渋い顔をしたが、皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。一国にて“アルビオン”の侵攻軍を打ち破った“トリステイン”に、強硬な態度が示せるはずもないのである。

 ましてや同盟の解消などは論外であった。“アルビオン”の脅威に怯える“ゲルマニア”にとって、“トリステイン”は今やなくてはならぬ強国であるといえるのだから。

 つまり、アンリエッタは己の手で自由を掴んだのであった。

 

 

 賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅でボンヤリと見つめる敗軍の1団がいた。

 捕虜となった“アルビオン”軍の“貴族”たちであった。捕虜といえど、“貴族”にはそれなりの待遇が与えられる。“杖”こそ取り上げられたモノの、縛られることもなく、思い思いに突っ立っている。周りには見張りの兵が置かれたが、逃げ出そうなどと考える者は誰一人としていなかった。

 “貴族”は捕虜となる際に、捕虜宣誓を行うのである。その宣誓を破って逃げ出そうモノなら、名誉と家名は地に墜ちる。何より名誉を重んずる“貴族”たちにとって、それは死に等しい行為なのであった。

 その一団の中、日焼けした浅黒い肌が目立つ精悍な顔立ちの男の姿があった。

 ルイズの“虚無”で炎上沈没した巨艦“レキシントン号”の艦長、サー・ヘンリー・ボーウッドである。彼はやはり同じく捕虜となった傍らの“貴族”たちを突いて言った。

「見ろよホレイショ。僕たちを負かした聖女のお通りだぜ」

 ホレイショと呼ばれた“貴族”は、でっぷりと肥えた身体を揺らしながら答えた。

「ふむ……女王の即位は“ハルケギニア”では例がない。いくら我々に勝利したとは言え、まだ戦争が終わった訳ではない。大丈夫なのかね? しかも年若いという話ではないか」

「ホレイショ、君は歴史を勉強すべきだよ。かつて“ガリア”で一例、“トリステイン”では二例、女王の即位があったはずだ」

 ボーウッドにそう言われて、ホレイショは頭を掻いた。

「歴史か。して見ると、我々はあの聖女アンリエッタの輝かしい歴史の1ページを飾るに過ぎない、リボンの1つと言うべきかな? あの光! 僕の艦だけじゃなく、君が率いた我々の艦隊を殲滅したあの光! 驚いたね!」

 ボーウッドは首肯いた。

 “レキシントン号”の上空に輝いた光の玉は、見る間に巨大に膨れ上がり……艦隊を炎上させたのみならず、積んでいた“風石”を消滅させ、進路を地面へと向けさせたのである。

 そしてなにより驚くべきことは……その光は誰1人として殺さなかったということである。光は艦を破壊したものの、人体にはなんの影響も与えなかったのであった。

 そういったこともあり、なんとか操艦の自由が残った艦隊は地面に滑り落ちることができたのである。火災で怪我人は何人も出はしたものの、不時着での死者は発生していないのである。まったく、1人も。

「奇跡の光だね。まったく……あんな“魔法”は見たことも聞いたこともない。いやはや、我が祖国は恐ろしい敵を相手にしたものだ!」

 ボーウッドは呟いた。

 その後近くに控えた、大きな斧槍(ハルバード)を掲げた“トリステイン”の兵士に声をかける。

「君。そうだ、君」

 兵士は怪訝な表情を浮かべたが、直ぐにボーウッドに近寄る。

「お呼びでしょうか? 閣下」

 敵味方を問わず、“貴族”には礼が尽くされる。至極丁寧な物腰で兵士はボーウッドの言葉を待った。

「僕の部下たちは不自由ししていないかね? 食わせるモノは食わせてくれているかね?」

「兵の捕虜は一箇所に集められ、“トリステイン”軍への志願者を募っている最中です。そうでない者については、強制労働が課されますが……ほとんど、我が軍へと志願するでしょう。あれだけの大勝利ですからな。まあ、胃袋の心配はなされなくても結構です。捕虜に食わせるモノに困るほど、“トリステイン”は貧乏ではありませぬ」

 胸を張って兵士は答えた。

 ボーウッドは苦笑を浮かべるとポケットから金貨を取り出し、兵士に握らせた。

「これで聖女の勝利を祝して、一杯やりたまえ」

 兵士は直立すると、ニヤッと笑った。

「恐れながら閣下のご健康のために、一杯頂くことにいたしましょう」

 立ち去って行く兵士を見詰めながら、オーウッドはどこか晴れ晴れとした気持ちで呟いた。

「もし、この忌々しい戦が終わって、国に帰れたらどうする? ホレイショ」

「もう軍人は廃業するよ。なんなら“杖”を捨てたって構わない。あんな光を見てしまった後ではね」

 ボーウッドは大声で笑った。

「気が合うな! 僕も同じ気持ちだよ!」

 

 

 枢機卿マザリーニはアンリエッタの隣で、にこやかな笑顔を浮かべていた。ここ10年は見せたことのない、屈託のない笑みである。

 馬車の窓を開け放ち、街路を埋め尽くす観衆の声援に、手を振って応えている。彼は自分の左右の肩に乗った2つの重石が、軽くなったことを素直に喜んでいるのである。内政と外交、2つの重石である。その2つをアンリエッタに任せ、自分は相談役として退こうと考えているのである。

 かたわらに腰かけた新たなる自分の主君が沈んだ表情をしていることにマザリーニは気付いた。口髭を弄った後、彼は彼女へと問うた。

「御気分が優れぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとした御顔をこの馬車の中で拝見したことがございませんわい」

「何故、私が即位せねばならぬのですか? 母様がいるではありませぬか」

「あの御方は、我々が女王陛下とお呼びしても御返事をくださいませぬ。“妾は、王ではありませぬ、王の妻、王女の母に過ぎませぬ”、と仰って、決して御自分の即位を御認めになりませぬ」

「何故、母様は女王になるのを拒んだのでしょうか?」

 マザリーニは、珍しくチョコッと淋しげな憂いを浮かべて言った。

「太后陛下は喪に服しているのですよ。亡き陛下を未だに偲んでらっしゃるのです」

 アンリエッタは溜息を吐いた。

「ならば私も、母も見倣うことにいたしましょう。王座は空位のままでよろしいわ。戴冠など、いたしませぬ」

「また我儘を申される! 殿下の戴冠は、御母君も望んだことですぞ。“トリステイン”は今や弱国では許されませぬ。国中の“貴族”や民、そして同盟国も、あの強大な“アルビオン”を破った強い王を……女王の即位を望んでいるのです」

 アンリエッタは溜息を吐いた。それから……左の薬指に嵌めた“風のルビー”を見詰める。才人たちが“アルビオン”から持ち帰った、ウェールズの形見の品である。

 自分を玉座へと持ち上げることになった勝利は……ある意味ウェールズのモノであるといえるだろう。この指輪が、アンリエッタに敵へ立ち向かう勇気を与えてくれたのであった。

 アンリエッタは、(母が、亡き父を偲んで玉座を空位のままにして置いたと言うのなら……私もそれに倣いたい。女王になど、なりたくはないわ)と思っていた。

 しかし窓の外からは歓呼の声が聞こえて来る。

 マザリーニが、諭すように呟いた。

「民が、全てが望んだ戴冠ですぞ。殿下の御身体はもう、殿下御自身のモノではありませぬ」

 こほんと咳をして、マザリーニは言葉を続けた。

「では、戴冠の儀式の手順をおさらいいたしますぞ。御間違えなど、なさらぬように」

「まったく。たかが王冠を冠るのに大層なことね」

「そのようなことを申されてはなりませぬ。神聖なる儀式ですぞ。“始祖”が与えし“王権”を担うことを、世界に向けて表明する儀式なのです。多少の面倒は伝統の彩と申すもの」

 マザリーニは、もったいぶった調子でアンリエッタに儀式の手順を説明した。

「……さて、一通り儀式が進みましたら、殿下は祭壇の元に控えた太后陛下の御前に御進みください。“始祖”と“神”に対する誓約の辞を殿下が述べると、御母君が殿下に王冠を冠せてくださいます。その時よりこの私を含め、“ハルケギニア”中の全ての人間が、殿下を陛下と御呼びすることになるのです」

 誓約……。

 アンリエッタは(心に思っていないことを誓約するのは冒涜ではないのかしら?)、(自分に女王が務まるなどとはとても思えないわ。あの勝利は……私を玉座に押し上げることになった“タルブ”での勝利は己の指導力ではなく、経験豊かな将軍やマザリーニの機知のおかげだもの。私はただ、率いていた、それだけに過ぎないもの)、(ウェールズ様がもし生きていらしたら、今の私を見てなんと言うのかしら? 女王になろうとしている私。権力の高みに昇りつめることを義務付けられてしまった私を見たら……)、(ウェールズ。“愛”しい皇太子。私が“愛”した、 ただ1人の人間……後にも先にも、心よりの想いが溢れ、誓約の言葉を口にしたのは……あの“ラグドリアンの湖畔”で、口にした誓いだけですわ)と思った。

 そんな風に考え始めると……偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしてくれないのであった。

 アンリエッタはぼんやりと手元の羊皮紙を見詰めた。

 先日、アンリエッタの元に届いた報告書である、それを記したのは、捕虜たちの尋問に当たった一衛士である。才人の“ゼロ戦”に撃墜された“竜騎士”の話が書いてあった。

 捕虜となった“竜騎士”は、「2騎の“竜騎兵”は、敏捷に飛び回り強力な“魔法”攻撃を用いて、その“竜騎兵”は味方の“竜騎士”を次々撃墜した」と語ったらしい。しかしながら、そんな“竜騎兵”は“トリステイン”軍には存在しない。

 疑問に思った衛士は調査を続けたらしい。その後に、“タルブ”の村での報告が記かれてあった。

 その“竜騎兵”が操っていたモノの一方は、“タルブの村”に伝わる“竜の羽衣”と呼ばれる“マジックアイテム”であるということがわかった、と書いてあるのであった。しかし、どうやらそれは“マジックアイテム”ではなく、未知の飛行機械であったこと。

 そしてそれらを操っていたのは……アンリエッタと旧知の間柄であるラ・ヴァリエール嬢の“使い魔”の少年であること。

 そして……あの敵艦隊を吹き飛ばした光との関連も示唆されていた。あの光りは、その飛行機械が飛んでいた辺りで発生した。衛士は大胆な仮説を立てていた。ラ・ヴァリエール嬢か、その“使い魔”の少年が、あの光を発生させたのでは? というモノである。

 しかし、事が事だけに、衛士は直接の接触をその2人にしても良いモノかどうか迷ったらしい。報告書はアンリエッタの裁可を待つかたちで締められている。

 対して、もう1騎の“竜騎兵”の方だが、こちらも旧知の間柄であるシオン・エルディとその“使い魔”である青年が操っていたとうことが記されている。それもまた、未知の飛行機械であるとのこと。

 自分に勝利をもたらした、あの光。まるで太陽が現れたかのような、眩い光。

 あの光を思い出すと、アンリエッタの胸は熱くなるのであった。

「貴女たちなの? ルイズ、シオン」

 アンリエッタは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて一方、こちらは“魔法学院”。戦勝で湧く城下町とは別に、いつもと変わらぬ雰囲京の日常が続いていた。“タルブ”での王軍の勝利を祝う辞が朝食の際に学院長のオスマンの口から出たものの、他に取り立てて特別なことも行われなかった。

 やはり学び舎であるからして、一応政治とは無縁なのであった。戦時中にも関わらず、生徒たちもどこかのんびりとしている。“ハルケギニア”の“貴族”にとって戦争はある意味年中行事であるといえるだろう。いつもどこかとどこかが小競り合いを行っているのである。始まれば騒ぎもするはで、戦況が落ち着いたらいつもの如くである。

 そんな中、あまり人が来ない“ヴェストリの広場”では小さな戦いが行われていた。

 

 

 

 陽光香るベンチに腰かけた才人は手に持った包みを開き、パアッと顔を輝かせる。

「すごい! マフラーだ!」

 隣に座ったシエスタは、ポッと頬を染めた。

「あのね? ほら、あのひこうきでしたっけ? あれに乗る時、寒そうでしょ?」

 時間は午後の3時過ぎ。

 シエスタは渡したいモノがあるから、とこの“ヴェストリの広場”まで才人を呼び出したのである。

 そのプレゼントとはマフラーであった。真っ白なマフラー。シエスタのやんわりとした肌のような、暖かそうなマフラーである。

「うん! 確かに風防を開けていると寒いんだよな」

 才人は試しにそれを首に巻いて見た。

 今は初夏である。しかし、空の上は当然寒い。風防を開けている時は尚更である。離着陸の時は頭を風防から顔を出して下を覗き込む必要があった。現代の飛行機と違って閉めっぱなしという訳には行かないのである。

 白地に、黒い毛糸で大きい文字が編まれている。アルファベットに似ているのだが、大分雰囲気が違う。“ハルケギニア”の文字である。

「これ、なんて書いてあるの?」

「え? ああ、サイトさんは異世界から入らしたから文字が読めないんでしたね。それはですね、ええとですね……サイトさんの名前が書いてあるの」

「へえ」

 才人は感動した。「ああ、自分の名前は、異世界の文字でこう書くのか……」とマジマジと見入ってしまった。4つの文字が組み合わさっている。その字を並べて読むとサイトと発音されるのであろう。

 才人は、その4文字から少し離れた所には6文字書いてあることに気付く。

「これは?」

 そう尋ねると、シエスタははにかんだ笑みを見せた。

「えへ……わたしの名前です。ごめんなさい。書いちゃいました。迷惑だったかしら?」

「そ、そんな迷惑なんかじゃないよ!」

 才人はブンブンと首を横に振った。

「すっごく嬉しいよ! だって、シエスタが俺のためにマフラーを編んでくれたんだぜ?」

 才人にっとって、女の子からプレゼンとを貰うなど生まれて初めての経験であった。彼は、悲惨だった年中行事を思い出した。

 誕生日。祝日だったこともあって、毎年学校が休みであった。届けに来てくれるようなガールフレンドは1人もいなかった。1度だけ、母親が腕時計をプレゼントしてくれた。が、なぜか翌日に壊れてしまった。

 バレンタインデー。いつだか隣の男の子と間違えられて、机の中に1個チョコが入っていた時があった。小躍りして喜び、「誰よ!? 誰!? 俺のこと愛してますかーーーーーーー!? 俺も愛してしまうかもーーーーーーーー!」などと叫んだら、1人の地味めな女子がやって来て、「机間違えた。ごめん」と言ったのである。自分のはしゃぎっぎぷりが呪わしく、才人はトイレで泣いたのであった。

 そんな才人だったからこそ、女の子からのプレゼントを貰っただけで泣きそうになってしまったのであった。また、手作りであったということもあり、彼から見たシエスタの魅力値がグンッと上昇する。

「でも、良いの? ホントに貰っちゃって……大変だったんじゃない? これ編むの」

 才人がそう呟くと、シエスタは頬を染めた。

「良いの。あのね? わたし、“アルビオン”軍が攻めて来た時、すっごく怖かったの。でもね、戦が終わったって聞いて、森から出て来た時……サイトさんがひこうきで降りて来たでしょう?」

 才人は首肯いた。

「あの時、すっごく、すっごく嬉しかったの。ホントよ! だからわたし……いきなりあんなことを……」

 才人も頬を染めた。

 シエスタは、なんと才人に抱き着くと頬にキスをしたのである。

 それから森から村人たちが出て来た。彼らの何人かは、才人が“ゼロ戦”で“竜騎兵”を叩き墜すところをきちんと見ていたのである。

 ルイズと才人たち、そして俺とシオンは“アルビオン”軍をやっ付けた“英雄”として村人たちに崇められ、3日3晩続いた村の祝宴では、まるで“王侯貴族”のような扱いを受けたのであった。事実、シオンは“王族”であり、ルイズは“貴族”なのだが。同時にシエスタの曽祖父の名誉も回復された。なにせ、“ゼロ戦”はきちんと飛んだのであるからして。

 シエスタは宴会の間中、ジッと才人に寄り添って、片時も離れず甲斐甲斐しく給仕を務めた。そう、今のようにに軽く身体を寄りかからせて……。

 才人はドギマギしながら、首に巻いたマフラーを弄った。そこで、「あれ?」と気付く。

「シエスタ、このマフラー随分と長いんだけど……」

「えへへ。それはね、こうするの」

 シエスタはマフラーの端を取ると、なんと自分の首に巻いた。そうすると、マフラーはちょうど良い長さになるのであった。

「ふ、2人用?」

「そうよ。嫌?」

 そう言ってグッと才人の目を覗き込んで来るシエスタは、なんとも素朴な魅力を放っている。まるで無邪気に懐いて来る子犬のような目である。

 才人の頭の中で、(2人用のマフラーなんて、なんてベタなメイドなんだ。シエスタはなんていけないベタメイドなんだ。“日本”だったら死刑だぞこの野郎、こ、ここ、この野郎)などと頭の中で訳の理解らない思考がグルグルと回った。しかし、ベタということは言い換えてしまうのであれば、王道であるということであり、それだけに才人の脳髄を直撃していた。

 シエスタは更に攻撃を繰り出す。なんと、目を瞑って唇を突き出したのだ。ツイッと、なんの脈絡もなく。

 才人はゴクリと唾を呑んだ。反射的に唇を重ねてしまいそうになる。しかし……宴会での彼女の父親の言葉が、不意に蘇った。

 彼はシエスタが席を外した隙を突いて、才人の元にやって来たのである。そして、“アルビオン”の“竜騎士”をやっ付けた才人の労を労い、村の“英雄”だと褒め称えたのであった。ニコヤカに笑っていたが、急に真顔になると才人の顔を恐ろしい形相で睨み付けたのである。

「君は村を救った“英雄”で、“アルビオン”から“トリステイン”を守った類稀なる勇者だ。わたしはそんな君が大好きだ。でも……娘を泣かせたら殺すよ?」

 事もなげにそう言ったシエスタの父親の顔を、才人は忘れることができなかった。宝探しの時に対峙した“オーク鬼”よりも、“竜騎士”よりも、ルイズの“魔法”で吹き飛んだ巨大戦艦よりも恐怖を感じたのである。

 そして、(軽々しく、シエスタに手を出すことはできない。いずれ俺は帰らなくちゃいけない人間だし……ここでキスなんかしたら、シエスタを悲しませることになってしまう。そんなことになったら、シエスタの父は俺を“地球”まで追いかけて来るかもしれない。そんなことありえねえよな?)と才人は考えたが、笑い飛ばせない迫力があの顔にはあったのであった。

 だが、シエスタが唇を更に近付けて来た時、そういったためらいはどこかへと飛んで行きそうになった。

 シエスタは才人が唇を近付けて来ないので、自分で距離を縮めるつもりになったらしい。才人の頭をグッと掴むと、大胆にも引き寄せた。シエスタは、大胆になる時はトコトン大胆になれる少女なのである。

 才人は抵抗できないでいた。「あ、いけない、でもキスくらいなら……」と身体を硬直させていると……頭にボゴンッ! と大きな石が打つかって、才人は気絶した。

 

 

 

 シエスタと才人が腰かけたベンチの後ろ、15“メイル”ほどの地面に、ポッカリと空いた穴があった。そこの中で、荒い息を吐く少女がいた。ルイズである。

 ルイズは穴の中で地団駄を踏んだ。その隣には、この穴を掘った“ジャイアントモール”であるヴェルダンデと“インテリジェンスソード”のデルフリンガーがいた。

 ルイズはギーシュの“使い魔”であるヴェルダンデに穴を掘らせ、中に潜んでコッソリ顔を出して、ズッと才人とシエスタのやりとりを見張っていたのである。デルフリンガーには色々と訊きたいことがあったので、持って来たのであった。

「なによう! あの“使い魔”!」

 ルイズは穴の壁を拳で叩きながら、う~~~~~~~~~! と唸った。

 穴から離れたベンチでは、シエスタが「サイトさんしっかぃ!」と半泣きで喚きながら才人を介抱している。

 先ほど才人の頭を直撃した石は、(わたしの“使い魔”のくせに、他の女の子とキスするなんて許せない)と思ったルイズが穴の中から打ん投げたモノである。

 デルフリンガー、恍けた声で言った。

「なあ、“貴族”の娘っ子」

「あによ? ところであんた、いい加減わたしの名前覚えなさいよ」

「呼び方なんかどうだって良いじゃねえかよ。さて、最近は穴を掘って“使い魔”を見張るのが流行りかね?」

「流行りな訳ないじゃないの」

「だったら、なぜ穴を掘って隠れて覗くんだね?」

「見付かったら、格好悪いじゃないの」

 ルイズは、デルフリンガーを掴んで言った。

「だったら端っから覗かんきゃ良いじゃねえか。“使い魔”のすることなんか、放っときゃ良いじゃねえか」

「そういう訳にはいかないわ。あいつってば、あの馬鹿“使い魔”、わたしの相談に乗りもしないで1日中イチャイチャイチャイチャ……」

 イチャイチャと言う時、ルイズの声が震える。どうやら、相当に頭にきている様子であった。

「わたしってば伝説の“虚無の系統使い”かもしれないのに、相談できるのは他にシオンとセヴァ―くらいだし、仕方なく無能で気の利かない愚図な“使い魔”相手に相談しようと言うのに、どこぞのメイドといつまでもイチャイチャイチャイチャ……」

「いちゃいちゃいちゃ」

「真似しないでよッ!」

「こわ。でも、石まで投げるなんてやり過ぎとは違うかね? 相棒かわいそうに、死んだかもしらんね」

 ルイズは穴の中、腕を組んだ。

「“使い魔”の義務も果たさずに、イチャイチャなんて10年早いのよ」

「焼き餅」

「違うわ。絶対違うんだから」

 頬を染め、顔を背けてルイズが呟くと、デルフリンガーがルイズの口調を真似て言った。

「どうしてこのご主人さまには、キスしようとしないのよ」

「お黙り」

「寝たふりしてるのに……泣いちゃうかラネ」

「今度それ言ったら、“虚無”で溶かすわ。誓ってあんたを溶かすわよ」

 デルフリンガーはブルブルと震えた。どうやら笑っているらしい。

 ルイズは、(ホントに嫌な剣ね)、と思いながらデルフリンガーへと尋ねた。

「ねえ、あんたに仕方なく尋ねて上げる。由緒正しい“貴族”のわたしが、あんたみたいなボロ剣に尋ねるのよ。感謝してね」

「なんだね?」

 ルイズはコホンと可愛らしく咳をした。それから顔を真っ赤にしながら、精いっぱいに威厳を保とうとする声で、デルフリンガーに尋ねた。

「わたしより、あのメイドが魅力で勝る点を述べなさい。簡潔に、要点を踏まえ、理解りやすく述べなさい」

「聞いてどうするんだね?」

「あんたに関係ないじゃない。良いから尋ねたことに答えなさい」

「焼き餅」

「だから違うって言ってるじゃない」

「いつだか夢中で襲って来たくせに……泣いちゃうからネ」

「やっぱ溶かすわ」

 ルイズが“杖”を構えて“呪文”を“詠唱”し始めたので、デルフリンガーは慌てて答えた。

 この前爆発した“魔法”の光“エクスプロージョン”、“虚無”を使われては溜まらない。デルフリンガー自体ただでは済まないだろうし、最悪“学院”が更地になってしまう可能性だってあるのだから。

「わ、理解ったよ! ったく、しょうがねえ娘っ子だな! まず、あの村娘は料理ができる」

「みたいね。でも、それがどうしたっていうのよ? 料理なんか、注文すれば良いじゃない」

「男はそういう女が好きなんだよ。後な、裁縫も得意そうだな」

「わたしだってできるわ。母さまに仕込まれたのよ」

「お前さんとあの村娘で腕前を比べたら、“ドラゴン”とトカゲほども違うよ」

「次」

「顔はまぁ、好み次第だあね。お前さんもまあまあ整っているし、あの村娘には愛嬌がある。しかし、あの村娘はお前さんにない武器がある」

「言ってごらんなさい」

「胸」

「人間は成長するわ」

 ルイズは胸を張って言った。そこは見事にペッタンコであった。

「お前さん、いくつだね?」

「16」

「ありゃあ。もう成長、無理」

 ルイズは“呪文”を唱え始めた。

「待った! やめろ! こら! でも、人間の男は胸の大きい女が好きなんだろ? この前あのメイドと一緒に風呂に入った時なんか、相棒、夢中だったぜ?」

 デルフリンガーがそう言った時、ルイズの目が吊り上がった。

「なんですって? 今、なんて言ったの? あんた」

「え? その、一緒に風呂に入った時……」

 デルフリンガーはこの前才人とシエスタが一緒に五右衛門風呂に入った一件を、ルイズに説明した。

 そこまで聞いたルイズは深く深呼吸をした。彼女の身体はピリピリと危険なくらい、震えている。とにかくもう、怒っているのであった。

 デルフリンガーは、この剣にしては珍しくゾクッと恐怖を感じ、黙ってしまった。

 その時かたわらのヴェルダンデが、ガバッと穴から顔を出した。嬉しい人影を見付けたのである。自分を捜していたギーシュである。

 ギーシュはスサッと地面に立て膝を突くと、“愛”する“使い魔”を抱き締め、頬擦りをした。

「ああ! 捜したよヴェルダンデ! 僕の可愛い毛むくじゃら! こんな所に穴を掘って、一体なにをしているんだい? ん? おや、ルイズ」

 ギーシュは穴の中にルイズの姿を発見して、怪訝な表情を浮かべた。

 ヴェルダンデは困ったような目で、ギーシュとルイズを交互に見比べた。

 ギーシュは「うむ」と首を縦に振って、分別臭い口調で言った。

「わかったぞルイズ。君はヴェルダンデに穴を掘らせて、“どばどばミミズ”を探していたな? なんだ、美容の秘薬でも調合する気だね。なるほど君の“使い魔”は、どうやら食堂のメイドに夢中のようだし……」

 ギーシュはチラッと、ベンチの所で才人を介抱するシエスタを見詰めて言った。

 相変わらず才人は気絶したままである。

 シエスタは才人の胸にすがって、わざわざ騒いでいる。

「あっはっは! せいぜい美容に気を使って取り返さないとな! “平民”の娘に男を取られたとあっては、“貴族”の名誉が、ガタ落ちだからな!」

 デルフリンガーが、「いけね」と呟いた。

 ルイズは“トタテグモ”のように足首を掴んでギーシュを穴の中に引き摺り込むと、2秒でギタギタにした。

 ヴェルダンデが心配そうに、気絶したギーシュの顔を鼻先で突いた。

 ルイズは拳をギュッと握って、低い、唸るような声で呟いた。

「次はあいつだかんね」

 デルフリンガーが、切ない声で呟いた。

「いやぁ、今度の“虚無(ゼロ)”は“ブリミル・ヴェルトリ”の100倍怖ええやね」

 

 

 

 痛む頭を擦って才人が部屋にやって来ると、ルイズはベッドの上に正座して窓の方をジッと見詰めていた。

 部屋の中は薄暗い。

 もう夕方であるというのに、ルイズは灯りも灯けていないのである。

 才人は、本能からか、なにか嫌ぁな空気を感じ取り、ゾクッと震えた。

「どうしたルイズ? 部屋が暗いじゃねえか」

 才人がそう言っても、ルイズは返事をしない。才人に背中を見せたままである。どうやらご機嫌斜めらしい。

 才人は、(いったい、なにを怒ってるんだ?)と訝しんだ。

「遅かったじゃない。今まででなにをしていたの?」

 正座をしたまま、ルイズが尋ねた。

 才人は、(声の調子は冷たいけど、怒ってる訳じゃないようだな)と判断し、ホッと安心して、答えた。

「“ヴェストリの広場”でシエスタと会ってたんだ。プレゼントをくれるって言うから。そしたら頭に石が飛んで来て……痛かったよ。なんなんだあの石?」

「そう。きっと天罰ね。ところで話があるから……ちょっと床に座りなさい」

「え? 床?」

「犬」

 才人は、「久々の犬かぁ~~~」と呟いて、触らぬ神に祟りなしといった風にソッと部屋から抜け出そうとした。というよりも、今のルイズは神よりも恐怖を感じさせて来る怒りっぷりであった。ルイズは、途轍もない“呪文”を唱えて、“トリステイン”に攻めて来た戦艦を吹っ飛ばしたのである。

 才人がドアを開けようとしたら、ルイズが“杖”を振った。

 ガチャガチャ、と音を立てるだけで、ノブは回らない。

 ルイズは背中を見せたまま、「不思議ね……簡単な“コモン・マジック”はキチンと成功するようになったわ」と言った。

「ル、ルイズ?」

 恐怖から、震える声で才人は尋ねた。

 今のルイズの声と言葉の調子が普段通りだということもあって、それが余計に才人の中にある恐怖を駆り立てていた。

「まだ、“四大系統”は失敗するけど……やっぱりわたしは“虚無の使い手”なのかしら。そして日々わたしは成長しているのかしら? ねえ、犬」

 才人は必死になってノブを回そうとする、しかし、やはり回らない。

「無駄よ。“ロック”がかかってるモノ。ところで犬、ご主人さまはね、不安なの。そんな風に“虚無の使い手”かもしれないのに、相談できるのは3人だけだし。今のところ、3人を除いて誰もわたしが“虚無”を使えるようになったなんて知らないわ。わたしが唱えた“エクスプロージョン”は城下や王軍の間では奇跡で片が付いてる見たいだし……でも、そのうちにお城にバレると思うわ。そしたらわたしどうなっちゃうのかなあ? そんな非常時なのに、どこかの恩知らずの馬鹿“使い魔”ときたら、メイドと逢引を重ねているわ」

 ルイズは、「キキキ、キスしたくせに逢引」と危うく口に出しそうになってしまい、慌てて唇を閉じた。そして、深呼吸して、次の言葉を選ぶ。

 才人は顔色を変えて、ノブを回そうとする。しかしどんなに力を込めてもノブは回らない。

 “ロック”の“魔法”はどうやら、本当にしっかりと、強力にかかっているようである。

「逢引ならまだ良いわ。でもお風呂。これは良くないわ。不味いなんてもんじゃないわ。ご主人さまを放り出してメイドとお風呂。どういうこと? 世が世ならこりゃ死罪モノだわ。わたしが優しくて、あんたは幸せね」

 ルイズの全身が震え始め、「キキキキキ、キスしたくせに、お風呂。メイドとお風呂」といった言葉などが彼女の頭の中をグルグルとしている。

 その時、窓の外から何かが飛んで来た。それは1羽のペリカンであった。

「あら。早かったじゃないの」

 ルイズはペリカンの足に縛られた包を外すと、ベッドの上に置いた。それから嘴の中に金貨を入れた。

 どうやらこのペリカンは、才人たちの世界――“地球”でいう宅配便かなにからしい。

「な、なにを買ったんだ? お前……」

「わたしね、犬は鞭だけじゃ理解しないことを学んだの」

 才人は顔を強張らせ、狂ったようにノブを回そうとする。

「た、救けてッ! 救けてッ!」

「だから無駄だって言ってるじゃない」

 才人が後ろを振り向くと、いつの間にか近付いて来たルイズが背後に立っていた。才人は、その顔を見て、悲鳴を上げた。

「ひっ」

 ルイズの目は吊り上がり、唇をギュッと強く噛み締めている。シエスタの父親のそれよりも恐怖を覚えさせる表情を浮かべているのである

 取り敢えずルイズは、例によって才人の股間を蹴り上げた。

 才人は床に崩れ落ちる。

「あ、ああああああ……あ、い、お、お前はいっつも俺の切ない部分を邪見に扱いやがって……」

 ガシッとルイズは才人の首根っこを踏ん着けた。

「犬。あんたに足りないのは、どうやら節操みたいね。あっちで尻尾を振り振り、こっちで尻尾を振り振り、種蒔きに余年がないみたい。だからこんなモノを買う羽目になっちゃったわ」

 ルイズは才人の身体に、革で出来た紐のようなモノを取り付けた。パチンと、胸の前の錠前に鍵を掛ける。身体を縛るサスペンダーのような代物であった。

「な、なんすかこれ?」

「猛獣を飼い馴らすための、“魔法”の拘束具よ」

 才人は、「ざっけんな!」と叫んで立ち上がろうとすると、ルイズが短く“呪文”を呟いた。

「“ヴァスラ”」

 すると才人は、「ぎゃっ!」と喚いて床に転んでしまった。

「“水”と“風”の呪文が付与されているわ。主人の合図に応じて、込められた電撃の“魔法”が発動するのよ」

 ルイズが説明したが、才人はショックで気絶してしまっていたので答えることができなかった。

 ルイズはそれから、才人を引き摺って藁束の中に放り込んだ。

「わたしの“使い魔”のくせに、女の子とお風呂なんて100年早いのよッ!」

 

 

 

「……ッ」

 俺は思わず、才人の股間をルイズが蹴り上げた所で“眼”を閉じてしまった。

「どうしたの?」

 椅子に座り、机に向かって日記を付けているシオンが、俺へと問うた。

 どうやら俺は、可怪しな表情を浮かべているのだろう。

「いやなに、いつものことさ」

「あぁ、ルイズとサイト君ね……」

 シオンの目が遠くなる。

 “使い魔”として“召喚”されてから、ずっと見聞きし続けている日常の風景である。

 シオンは、自身の友人であり幼馴染の彼女の言動に苦笑を浮かべる。

「で、どう? 大丈夫そう?」

「そうだな。まだ様子見と言ったところか」

 俺は、シオンに“召喚”されてからすぐ、シオンはもちろん、ルイズにも“令呪”があることに気付いていた。そして、それを“マスター”である彼女に相談し、“召喚”されて少ししてから“千里眼”で常にルイズと才人の様子を観ているのであった。

 覗きが趣味という訳ではなく、これにはしっかりとした理由がある。いや、実際に行っている時点で、言い訳のしようがないのだが。

 それには“聖杯戦争”が大きく関係しているといっても良いであろう。

 “聖杯戦争”では、“聖杯”が“マスター”を選出し、“令呪”を与え、“マスター”となった者が“サーヴァント”を喚び出すことで始まるのが基本である。

 だが、“サーヴァント”を喚び出していない“マスター”がいようと、その者が“令呪”を持っているのであれば、いつなんどき“聖杯戦争”は開始されても可怪しくはないのである。実際に、“原作”の1つである“stay/night”ではそうだったのだから。

 “召喚”された才人は、 “サーヴァント”ではない。そして、“サーヴァント”に対しダメージを与えるには“神秘性”のあるモノであるという条件がある。それ以外では原則、ダメージは与えられないのだ。つまり、今の才人ではルイズを守ることが難しいのが現状であるといえるだろう。

 もし、今“サーヴァント”が彼女を狙って行動に移したとしたならば、彼女と彼はなにもできずに殺されてしまうだろう。実際に、“アサシン”の“クラス”の“サーヴァント”であれば可能であるといえる。彼ら彼女らには、基本的に“気配遮断スキル”があるのだから。

 今現在、“学院”には“サーヴァント”は俺以外はいない。だが、外部から入って来る可能性があるのである。

 だからこそ、俺は“マスター”であるシオンを直接守り、ルイズ達に対してはいつでも救けに行けるようにしているというのが現状、そして理由であった。

 まあ、今のところはそういった心配など要らないということを理解しているが、念のためである。

「いつ話すべききかな?」

「今日はやめておくべきだな、いや、今日も、か……」

 毎夜続く、ルイズと才人の自覚なき嫉妬や焼き餅、天然誑しなどからのやり取りを前に、俺とシオンは深い溜息を吐いた。

(そう言ったことは天地が引っ繰り返ろうとも決してないだろうが、もし、彼女がルイズと同じようなことをして来たら、俺はどうするべきか……? 考えるだけで背筋が……)

 “千里眼”で観たルイズの行動を、シオンに置き換えて想像し、俺は思わず身震いをした。

 眼の前の彼女は決してそういったことをしないが、やはり信頼関係などは大事だということもあって、俺は出来える限りのことをしようと改めて強く思った。

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