ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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買い物

 ワルドが目を覚ました。起き上がろうとして、顔を顰める。身体に巻かれた包帯を見詰めて、訝しんだ。(ここは一体どこだ? 俺は確か……“ガンダールヴ”の操る飛行機械が繰り出した“魔法”によって傷を受け、意識を失ったはずだ)と思い、辺りを見回した。

 板張りの壁の、粗末な部屋である。ベッドと机が1個。机の上には、自分が首から提げていたペンダントが置いてあることに、ワルドは気付いた。

 ワルドは水差しを見付け、手を伸ばしたが……やはり身体が痛み、手が届かない。そうしていると、扉が開いて見知った顔が姿を見せた。

「おや、意識が戻ったみたいじゃないか」

「“土くれ”? 貴様か」

 フーケは机の上にスープの入った皿を置いた。

 ワルドは再び起き上がろうとして、顔を顰めた。

「つッ……」

「まだ、動いちゃいけないよ。弾に何箇所も身体を射抜かれてたのさ。“水系統”の“メイジ”を何人も集めて、三日三晩“治癒”の“呪文”を唱えさせたんだ」

「弾?」

 ワルドは怪訝な表情を浮かべた。

「俺は銃で撃たれたのか? あんな強力な銃があるのか?」

 この世界――“ハルケギニア”における銃といえば、“平民”が使う“武器”である。火打ち石の火花で点火した火薬の圧力で、丸い弾を撃ち出す“武器”。弓より近距離の威力は勝るが、いちいち弾と火薬を込めねばならないため、速射性に劣る。弓に比べると命中精度も良くない。弓より大きな利点があるとすれば、使用に際し、弓ほどの訓練を必要としないということくらいであろうか。“メイジ”にとっては大した“武器”ではないといえるだろう。

「そうだよ? 自分を倒した“武器”も知らないで戦ってたのかい? 暢気な男だね」

 フーケはそう言うと、スープをスプーンですくって、ワルドの口元に運んでやった。

 ワルドは、(あの“ガンダールヴ”が操っていた奇妙な飛行機……あのように機敏に素早く飛び回れるだけでなく、連発式の銃も装備しているとは。そして、意識が途切れる瞬間に見た光の渦……見る間に“アルビオン”の艦隊を炎上させた、あの光……俺が見たモノは一体何だったんだ? やはり、この“ハルケギニア”には、“聖杯戦争”はもちろんだが、何かが起こっている。俺を変えるきっかけになった、あの事件と繋がりがある何か……手に入れたいと願ったルイズの才能。そして、クロムウェルが操る、奇妙な“魔法”……“聖地”に行けば、なにか手掛かりがあるやもしれぬ、とクロムウェルに着いて来たが、奴の計画は初手から躓いたようだな)と考え、燃え上がる戦艦を思い出して独り言ちた。

「ほら、スープが冷めちまうよ」

 フーケはジッと考え事をしているワルドに業を煮やしたような声で言った。

「ここはどこだ?」

 スープに目もくれず、ワルドは尋ねる。

「“アルビオン”さ。“ロンディニウム”郊外の寺院だよ。昔世話になったことがある所でね。無事に帰れて良かったね。わたしにせいぜい感謝するんだね」

「“アルビオン”? 侵攻作戦はどうなった?」

「ああ、あんたは気を失っていたから知らないだろうけど、大失敗だよ。艦隊全滅で“アルビオン”軍は総崩れ。まったく、なにが“勝利はこれ疑いなし”だよ。数で劣る“トリステイン”軍に負けてちゃ、“聖地”の奪回なんて覚束ないんじゃないの?」

「お前も、侵攻軍に加わっていたとはな。俺に報せておけ」

 フーケは呆れたといった表情を浮かべる。

「しっかりあんたに伝えたじゃない? 異国の地理に不案内な“アルビオン”軍のために、斥候隊に派遣されるって! あんたはどうやら自分の興味のないことは直ぐに忘れる(たち)なのね!」

「そうか? ああ、そうかもしれん。すまんな」

 ワルドはそう呟くと、「スープをくれ。腹が減った」とフーケを促した。

 フーケが苦しげに顔を歪めたが、それでもワルドの口にスープを運んでやった。

「あんたが空から落ちて来るのが見えたからね。急いで駆け付けて介抱してやったんだよ。とりあえずわたしの“水”で応急処置してさ。それから盗賊時代の闇ルートを使って、“アルビオン”行きの“フネ”をなんとか手配して、必死に落ち延びたんだ。まったくこんな恩知らずを救けるんじゃなかったよ!」

 ワルドはテーブルの上を指さした。

「そこのペンダントを取ってくれ」

 銀で出来たロケットが付いたペンダント。

 フーケがそれを取ってやると、ワルドは首に付けた。

「1番大事な宝物って訳?」

「ただ、ないと落ち着かぬだけだ」

「随分と綺麗な人ね」

 フーケが、ニヤッと笑みを浮かべてワルドを見詰めると、ワルドの顔に赤みが差した。

「見たのか?」

「つい、ね。だってあんたってば、意識がなくてもギュッとそれを握り締めてるんだもの。気になるじゃない」

「流石は盗賊だな」

「ねえ、それ、誰? 恋人?」

 フーケが身を乗り出して、ワルドに尋ねる。

 苦々しい声で、ワルドは答えた。

「母だ」

「母親ぁ? あんた、そんな顔して乳離れをしてなかったの?」

「今はもういない。どちらにしろ、貴様に関係あるまい」

「あのさ、貴様貴様って、何様よ?」

 その時、部屋の扉がガチャリと開いた。

 シェフィールドを従えたクロムウェルであった。

 彼はワルドを見ると、ニコッと笑った。いつもと変わらぬ笑みである。

 そんなクロムウェルを見てワルドは、(まるで人形のようだな)と思った。

 あれだけの敗戦である。“アルビオン”の野望は初手からつまずいたのである。それなのに、クロムウェルには動揺したところは見受けられない。

 ホントの大物なのか、それともただの楽天家なのか、ワルドは判断が付きかねた。

「意識が戻ったようだな、子爵」

「申し訳ありません、閣下。1度ならず、2度までも失敗いたしました」

「君の失敗が原因ではないだろう」

 かたわらに控えたシェフィールドが首肯いた。報告書らしき羊皮紙の巻物を見つめ、呟く。

「なにやら空に現れた光の玉が膨れ上がり、我が艦隊を吹き飛ばしたとか」

「つまり、敵に未知の“魔法”を使われたのだ。これは計算違いだ。誰の責任でもない。しいて挙げるなら……敵の戦力の分析を行った我ら指導部の問題だ。一兵士の君たちの責任を問うつもりはない。ユックリと傷を癒やしたまえ、子爵」

 クロムウェルはワルドに手を差し出した。

 ワルドはそこに口を吻ける。

「閣下の慈悲の御心に感謝します」

 ワルドは、ルイズの長い桃色がかったブロンドの髪を思い出していた。あの飛行機械にルイズは乗っていた。ワルドは、ルイズに才能があると見抜いていたのである。だからこそ己の片腕に置いておきたいと望んだのであった。

 ……“始祖ブリミル”が用いし、失われし“系統虚無”。

 ワルドは首を横に振った。

 クロムウェルが言うには、「“虚無”は生命を操る系統」である。

 ワルドの中には今、(あのような光を発して、艦隊をやっつけることなどができるのか?)といった疑問が渦巻いている。(それに、あれほど強力な“魔力”……ルイズはおろか、“サーヴァント”レベルでもない限り、個人に操れるとは思えない)とワルドは思った。

「あれは“虚無”の光なのでありましょうか? しかしながら、閣下の仰る“虚無”とあの光はまったく相容れませぬ」

「余とて、“虚無”の総てを理解しているとは言い切れぬ。“虚無”には謎が多すぎるのだ」

 シェフィールドが、後を引き取る。

「長い、歴史の闇の彼方に包まれておりますゆえ」

「歴史。そう、余は歴史に深い興味を抱いている。たまに書を紐解くのだ。“始祖の盾”、と呼ばれた“聖者エイジス”の伝記の一章に、次のような言葉がある。数少ない“虚無”に関する記述だ」

 クロムウェルは詩を吟じるような口調で、次の言葉を口にした。

「“始祖は太陽を創り出し、遍く地を照らした”」

「なるほど。あの光は小型の太陽と言えなくもない」

「謎が謎のままでは、気分が悪い。目覚めも悪い。そうだな、子爵」

「仰る通りです」

「“トリステイン”軍は、アンリエッタが率いていたという話ではないか。ただの世間知らずのお姫さまと思っていたが、どうしてどうして、やるではなか。あの姫君は、“始祖の祈祷書”を用い、“王室”に眠る秘宝を嗅ぎ当てたのかもしれぬ」

「“王室”に眠りし秘宝とは?」

「“アルビオン王家”、“トリステイン王家”、そして“ガリア王家”……元は1本の矢だ。そして、それぞれに“始祖”の秘密は分けられた。そうだな? ミス・シェフィールド」

 クロムウェルはかたわらの女性を促した。

「閣下の仰る通りですわ。“アルビオン王家”の遺した秘宝は“風のルビー”ともう1つ……しかしどこに消えたのか、“風のルビー”は見付からず終い。もう1つはまだ調査が済んでおりません」

 ワルドは、地味な感じのその女性を見詰めた。

 深いローブで顔を隠しているため、表情が伺えない。クロムウェルの秘書だというのは確かだろうが……どうして、ただの秘書ではない様子である。しかし、ここまでクロムウェルに重用されているからには、何かしら特殊な能力や秀でた能力などを持っているのだろう。

「今やアンリエッタは、聖女と崇められ、なんと女王に即位するとか」

 クロムウェルが呟き、シェフィールドが答えた。

「“王国”にとって“王”は“国”。女王を手に入れれば、国も、“王家の秘密”も手に入るでしょう」

 クロムウェルは笑みを浮かべた。

「ウェールズ君」

 廊下から、クロムウェルによって蘇ったウェールズが、部屋に入って来た。

「御呼びですか? 閣下」

「余は君の恋人……聖女殿に戴冠の御祝いを言上したいと思う。我が“ロンディニウム”の城まで御越し願ってな。なに、道中が退屈だろうが、君がいれば退屈も紛れるだろう」

 ウェールズは抑揚のない声で、「畏まりました」とだけ呟いた。

「ではワルド君。ゆっくりと養生したまえ。聖女をこのウェールズ君の手引きで無事晩餐会に招待することができたら、君にも出席願おう」

 ワルドは頭を下げた。

 クロムウェル達は、部屋から退出して行った。

 フーケがぼんやりと呟く。

「いけ好かない男だね。死んだ恋人を餌に遺された恋人を釣り上げるなんて、“貴族”のやり方じゃないよ」

 フーケは、「ま、わたしは“貴族”は嫌いだけどさ」と言い訳をするかのように言葉を加えた。

「あの男は“貴族”ではない、聞いたろう? 元は一介の司教だ」

 それからワルドは忌々しげに鼻を鳴らした。

「どうしたのよ?」

「ジッとしておられん(たち)でね。傷さえ癒えていれば……死人なんぞに仕事を取られずに済んだものを……」

 それからワルドは、口惜しげに腕に顔を埋めた。

「くそ! 俺は……俺は無能なのか? また“聖地”が遠ざかったではないか……」

 フーケはニッコリと笑うと、そんなワルドの肩に手を回した。

「弱い男だね……まあ、初めから知ってたけどさ」

 それからフーケは、ワルドの唇に自分のそれを近付け、重ねた。

 ゆっくりと唇を離し、フーケは呟いた。

「今はゆっくり休むんだね。あんたが抱えたモノがなんなのか、わたしは知らないけれど……たまにゃ休息も必要だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリステイン”の王宮で、アンリエッタは客を待っていた。女王とはいえ、いつも玉座に腰かけている訳ではない。王の仕事は、主に接待である。

 戴冠式を終えて女王となってからは、国内外の客と会うことが格段に増えた。何かしらの訴えや要求、ただの御機嫌伺い、アンリエッタは朝から晩まで、誰かと会わねばならない羽目になったのである。その上戦時だということもあり、普段より客は多い。

 また、それなりに威厳を見せねばならぬのということもあり、大変に気疲れがするのである。マザリーニが補佐してくれているとはいえ、けっして受け答えにも揺るぎがあってはならないのである。既にもうアンリエッタは、何も知らないお姫様でいることを許されないのである。

 しかし……今度の客は、そのような作った表情と態度を見せないでも済む相手であった。

 部屋の外に控えた呼び出しの声が、アンリエッタに客の到着を告げる。

 アンリエッタが、「通して」と告げると扉が開いた。

 ルイズとシオンが立って、恭しく頭を下げた。その隣には俺と才人もおり、俺は彼女たちと同じように恭しく頭を下げる。

 才人の身体には未だ、切なく猛獣用の拘束具が取り付けられている。

「ルイズ! シオン! ああ!」

 アンリエッタは駆け寄り、シオンとルイズを抱き締めた。

 顔を上げず、ルイズは呟いた。

「姫さま……いえ、もう陛下と御呼びせねばいけませんね」

「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。貴女は私から、最“愛”のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」

「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」

「そうして頂戴。嗚呼ルイズ、シオン。女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は2倍。窮屈は3倍。そして気苦労は10倍よ」

 アンリエッタはつまらなさそうに呟いた。

 彼女の言葉を聞いて、シオンの表情が硬くなる。この先、待ち受けるだろう出来事、この先自分がするべきことを考えて。

 それからシオンとルイズは、黙ってアンリエッタの言葉を待った。

 アンリエッタからの使者が“魔法学院”にやって来たのは今朝のことである。俺達は授業を休んで、アンリエッタが用意した馬車に乗り込んでここまでやって来たのであった。

 ルイズは、(わざわざわたし達を呼び寄せた理由は何かしら? やっぱり“虚無”のことなのかしら?)と不安そうな表情を浮かべているが、自分から質問することは憚られるのだろう黙っている。

 アンリエッタはシオンとルイズの眼を覗き込んだまま、話さないでいる。

 仕方なくルイズは、「このたびの戦勝の御祝いを、言上させてくださいまし」と言ってみた。当たり障りのない話題のつもりであったのだろうが、アンリエッタは思うところがあったらしく、ルイズの手を握った。

「あの勝利は貴女たちのおかげだモノね。ルイズ、シオン」

 ルイズとシオンは、アンリエッタの顔を、ハッとした表情を浮かべ見詰めた。

「私に隠し事はしなくても結構よ。ルイズ、シオン」

「わたし、なんのことだか……」

 それでもルイズは恍けようとしており、シオンは黙り込んでいる。どちらも、とてもわかりやすいといえるだろう。

 アンリエッタは微笑んで、シオンとルイズに羊皮紙を差し出した。

 それを読んだ後、シオンとルイズは溜息を吐いた。

「そっか」

「ここまで御調べなんですか?」

「あれだけ派手な戦果を上げておいて、隠し通せる訳ないじゃないの」

 それからアンリエッタは今まで蚊帳の外であった俺と才人の方を向いた。

 道中、アンリエッタが女王になったことを彼女達から聞いていたこともあり、才人は緊張からだろうカチコチに固まってしまっている。

「異国の飛行機械を操り、敵の“竜騎士隊”を撃滅したとか。厚く御礼を申し上げますわ」

「いえ……大したことじゃないです」

「なに、“マスター”の指示に従っただけだ。“サーヴァント”としては特別、褒められるべきことではなく、当然のことだろうさ」

「貴男たちは救国の“英雄”ですわ。できたら貴男たちを“貴族”にして差し上げたいくらいだけど……」

「いけませんわ! セイヴァーは問題ありませんが、犬を“貴族”にするなんて!」

「犬?」

 ルイズの喰い気味な言葉に、そこでようやくアンリエッタは、才人の姿と様子に気付いた。

 対してルイズは頬を染めて、「い、いえ……なんでもありませんわ」と呟くように言った。

「貴男たちに、爵位を授ける訳には参りませんわ」

 アンリエッタにそう言われ、才人は「はぁ」と呟いた。

 元より“トリステイン”では、“メイジ”でないモノが“貴族”になることはできないのである。

 どちらにしろ、今現在は爵位など必要ではない。

 もちろん、才人にとっても、そうだろう。“日本”に帰ったら英検や算盤ほどの資格にもならないのだから。

「多大な……本当に大きな戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ、シオン・エルディ。貴女たちと、その“使い魔”が成し遂げた戦果は、この“トリステイン”は疎か、“ハルケギニア”の歴史の中でも類を見ないほどのモノです。本来ならルイズ、シオン、貴女たちには領地どころか小国を与え、大公の位を与えても良いくらい。そして“使い魔”さんにも特例で爵位を授けることくらいできましょう」

 そうなのである。

 今のシオンは、“アルビオン”の人間ではない。“アルビオン王国”の“王権”は斃れ、今の“アルビオン”を支配しているのは“レコン・キスタ”、そしてクロムウェルであり、今現在は“神聖アルビオン共和国”なのであるからして。彼女は、難民扱いとなり、その後に“トリステイン”の保護下にあるのだ。そして、“王族”ということとアンリエッタの従姉妹ということもあってり、VIPと言える立場なのであった。

「わ、わたしはなにも……手柄を立てたのは“使い魔”で……」

 ルイズはボソボソと言い難そうに呟き、シオンはそれに同調するかのように首肯く。

「あの光は貴女たちなのでしょう? ルイズ。城下では“奇跡の光”だ、などと噂されておりますが、私は奇跡など信じませぬ。あの光が膨れ上がった場所に、貴女たちが乗った飛行機械は飛んでいた。あれは貴女たちなのでしょ?」

 ルイズはアンリエッタに見詰められ、それ以上隠し通すことができなくなった様子である。

 才人が「良いのか?」といった風な表情でルイズの服の裾を引っ張ったが、ルイズは「実は……」と切り出すと、“始祖の祈祷書”の事を語り始めた。

 彼女は、そのことを相談できる人物はとても少ない。才人、シオン、オスマン、そして俺といった風にとても限られていたのだから。

 ユックリと……ルイズはアンリエッタに語った。アンリエッタから貰い受けた“水のルビー”を嵌めたら。“始祖の祈祷書”のページに古代文字が浮かび上がったこと。そこに記された“呪文”を詠み上げると……あの光が発生したとうこと。

「“始祖の祈祷書”には、“虚無の系統”と書かれておりました。姫さま、それは本当なのでしょうか?」

 アンリエッタは目を瞑った後、ルイズの肩に手を置いた。

「ご存知、ルイズ? “始祖ブリミル”は、その3人の子に“王家”を作らせ、それぞれに“指輪”と“秘宝”を遺したのです。“トリステイン”に伝わるのが貴女の嵌めている“水のルビー”と“始祖の祈祷書”」

「そして、我が“王家”に伝わる“風のルビー”と“始祖のオルゴール”」

「ええ……」

「“王家”の間では、このように言い伝えられて来ました。“始祖”の力を受け継ぐ者は、“王家”に現れるのよ」

「わたしは“王族”ではありませんわ」

「ルイズ、なにを仰るの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、“王”の庶子。なればこそ公爵家なのではありませんか」

 ルイズはハッとした表情を浮かべる。

「貴女も、この“トリステイン王家”の血を引いているのですよ。資格は十分にあるのです」

 それからアンリエッタは、才人の手を取り、彼の左手甲の“ルーン”見て首肯いた。

「この印は、“ガンダールヴ”の印ですね? “始祖ブリミル”が用いし、“呪文詠唱の時間を確保するためだけに生まれた使い魔”の印」

 才人は首肯いた。

 オスマンもまた、同様のことを言っていたのを、才人は思い出した。

「では……間違いなくわたしは“虚無の担い手”ですか?」

「そう考えるのが、正しいようね」

「なら、シオンは? シオンも“王家”の人間よね?」

「私にもその資格はあるかもしれない。でも……その力、私はまだ持っていないわ。そもそも、“虚無”は私ではなく……」

 シオンはそう言って、遠い場所を見るかのような様子である。

 ルイズは溜息を吐いた。

「これで貴女たちに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由は理解るわね? ルイズ、シオン」

 才人はどうしてだか理解できていない様子であり、彼は尋ねた。

「どうしてですか?」

 アンリエッタは顔を曇らせて、答えた。

「私が恩賞を与えたら、ルイズとシオンの功績を白日の元に曝してしまうことになるでしょう。それは危険です。2人の持つ力は大き過ぎるのです。一国でさえ、持て余すほどの力なのです。2人の秘密を敵が知ったら……彼らはなんとしてでも貴女たちを手に入れようと躍起になるでしょう。敵の的になるのは私だけで十分」

 それからアンリエッタは、溜息を吐いた。

「敵は空の上だけとは限りません。城の中にも……貴方たちのその力を知ったら、私欲のために利用しようとする者や恐怖などから排斥しようとする者が必ず現れるでしょう」

 ルイズは強張った表情で首肯いた。

「だからルイズ。誰にもその力のことは話してはなりません。これは私と、シオンと、貴女との秘密よ」

 それからルイズはしばらく考え込んでいたが……やおら決心したように、口を開いた。

「恐れながら姫さまに、わたしの“虚無”を捧げたいと思います」

「いえ……良いのです。貴女はその力のことを一刻も早く忘れなさい。2度と使ってはなりませぬ」

「神は……姫さまをお助けするために、わたしにこの力を授けたに違いありません!」

 しかし、アンリエッタは首を横に振る。

「母が申しておりました。“過ぎたる力は人を狂わせる”と。“虚無”の協力を手にした私がそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」

 ルイズは昂然と顔を持ち上げた。自分の使命に気付いたような、そんな表情をしている。しかし、その顔は、様子はやはりどこか危ういと言えるだろう。

「わたしは、姫さまとシオン、祖国のために、この力と身体を捧げたいと常々考えておりました。そう躾られ、そう信じて育って参りました。しかしながら、わたしの“魔法”は常に失敗しておりました。ご存知のように、付いた“二つ名”は“ゼロ”。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに身体を震わせておりました」

 ルイズはキッパリと言い切った。

「しかし、そんなわたしに神は力を与えてくださいました。わたしは自分が信じるモノのために、この力を使いとう存じます。それでも陛下が要らぬと仰るなら、“杖”を陛下に御返しせねばなりません」

 アンリエッタは、ルイズのその口上に心打たれたといった様子を見せる。

「理解ったわルイズ。貴女は今でも……1番の私のお友達。“ラグドリアンの湖畔”でも、貴女は私を助けてくれたわね。私の身代わりに、ベッドに入ってくださって……」

「姫さま」

 ルイズとアンリエッタは、ひし、と抱き合った。シオンは、そんな2人を温かく見守っている。

 才人は相変わらず蚊帳の外で、(ルイズの奴、安請け合いしやがって…姫さまの力になるのは良いけど……俺はどーすんだよ。帰る方法の手がかりを探しに東へと旅してみたいのに……姫さまの手伝いをするんじゃ、そうもいかないだろうが)といった表情を浮かべながらボンヤリと頭を掻いた。

「これからも、私の力になってくれると言うのねルイズ」

「当然ですわ、姫さま」

「ならば、あの“始祖の祈祷書”は貴女に授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して“虚無の使い手”ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」

「畏まりました」

「これから、貴女たちは私直属の女官ということにいたします」

 アンリエッタは羽ペンを取ると、サラサラと羊皮紙になにかをしたためる。それから羽ペンを振ると、書面に花押が付いた。

「これをお持ちなさい。私が発行する正式な許可証です。“王宮”を含む、国外への汎ゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ、仕事もし難いでしょうから」

 シオンとルイズは恭しく礼をすると、その許可証を受け取った。

 アンリエッタのお墨付であり、2人はある意味、女王の権利を行使する許可を与えられたのである。

「貴女たちにしか解決できない事件が持ち上がったら、必ず相談いたします。表向きは、これまで通り“魔法学院”の生徒として振る舞って頂戴。まあ言わずとも貴女たちなら、きっと上手くやってくれるわね」

 それからアンリエッタは、憮然としている才人、そして俺へと向き直る。そして、思い付いたように、身体中のポケットを探り、そこにあった宝石や金貨を取り出すと、それを同じ数に分けて、それぞれ俺と才人に手渡す。

「これからもルイズを、シオンを……私の大事なお友達をよろしく御願いしますわね。優しい“使い魔”さん」

「そ、そんな……こんなに沢山受け取れませんよ」

 才人は手に持った金銀宝石を見て、呆気に取られた。

「是非、受け取ってくださいな。本当なら貴男たちを“シュヴァリエ”に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な女王のせめてもの感謝の気持ちです。貴男たちは私と祖国に忠誠を示してくださいました。報いるところがなければなりませぬ」

 アンリエッタは真摯な眼でそう告げた。

 才人は、(これを受け取ったら、ルイズの手伝いをこれからもしなくちゃいかんだろう……こっちの世界の人間じゃないし、姫様の臣下でもないのだから、そこまで責任を感じなくても良いんだろけど……どうしよう? ああ、これも“運命”なのかもしれないな。いや、“運命”と言うよりは性格だな。俺は姫さまみたいな美人に、お願いしますと言われて断れるような性格じゃない。ウキウキしてしまう俺がいる。はあ……モテなかった“日本”時代が、こんなところで尾を引くとは。帰る手掛かりを探すのはしばらく先になりそうだな)と思っている様子を見せる。

 才人は、金貨と宝石を受け取り、自身のポケットに突っ込んだ。

「ふむ。謝礼を貰うようなことではないが、ありがたく、貰い受けよう。さて……こちらからもいくつか話すべきことがある」

 俺の言葉に、シオンとアンリエッタは首肯き、ルイズと才人の2人は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才人とルイズ、シオンと俺の4人は、並んで“王宮”を出た。

「まったく……お前ってば安請け合いしやがって……」

「どういう意味よ?」

 ルイズは、才人を見上げて睨んだ。

「お前が姫さまの手伝いをするなんて言うから、東に行けなくなったじゃねえか」

 憮然とした声で、才人は言った。

「勝手に行けば良いじゃない。誰も残ってなんて頼んでないわ」

 ルイズはプイッと顔を逸らすと、俺たちを置いて歩き出し、才人とシオンは追いかける。

「そういう言い方はないんじゃねえのか? だったらこんな!」

 才人は自分の身体に付けられた、猛獣用の拘束具を指さした。

「もん付けんじゃねえよッ!」

「“使い魔”が勝手なことしないように、鎖を付けるのは飼い主の義務でしょ。“令呪”と同じように。そうでしょ?」

 澄ました顔して、ルイズは自身が持つ“令呪”を見せながら言った。

 才人は、はたと気付いてルイズの肩を掴んだ。

 そこはもう、“王宮”前の“ブルドンネ街”。大通りである。通行人が「何事?」といった目でジロジロと見詰めて来ているのである。

「もう! 人が見てるじゃない! 離してよ!」

 低い声で才人は言った。

「お前……俺が帰らない方が良いとか、思ってるんだろ?」

 ルイズはその言葉に、うっ! と顔色を変えた。

「やっぱりそうだ。そうなんだな? 俺がいないと困るんだろ? 姫さまの手伝いがし難くなるからな」

 ルイズは、「違うわ」と言いそうになるが口を噤んだ。

 才人を元の世界に返したくない訳ではないのは確かだろう。だが、それを口にしてしまえば、才人に対するもやもやした気持ちを告げることになってしまう。それは、ルイズのプライドが許さないのであろう。

 そんな訳で、ルイズは仕方なく首肯いた。首肯いてしまった。

「そ、そうよっ! あなたみたいなへぼ“使い魔”でも、いなくちゃそれなりに困るからね!」

「可愛くねぇ。なんだよそれ」

 才人はそう呟くと、再び歩き出す。

 才人は、(なんだよ。好きだから、とは言わねえよ。せめて寂しくなるからとか、側にいて欲しいとか、そのくらいのこと言ってくれれば、こっちも気持ち良く手伝うことだってできるのに。宛にならない帰る方法探しは、そしたら後でも構わねえよ。さっき姫さまに頼まれた時だって、面倒臭えなあ、と思う反面、ちょっと嬉しくもあったんだ。“日本”にいた時は、誰も俺を必要としてくれなかった。いてもいなくても、きっと“地球”は回るだろうさ。でも、こっちの世界は違う。シエスタや姫さま……何人かの人たちが俺を必要としてくれてるのは素直に嬉しい。ルイズにもっと俺を必要に感じて欲しい。でも、さっきの言い方はまるで“ガンダールヴ”の力だけに用があるみたいじゃねえか)と思ったのだろう、唇を尖らせ、拗ねた様子を見せる。

 ツカツカと人混みを掻き分け、歩く。

 街は戦勝祝いで未だに賑わっている。酔っ払った一団が、ワインやエールの入った杯を掲げ、口々に「乾杯!」と叫んでは空にしている。

 ルイズは才人に「可愛くねぇ」と言われたショックで、しばし立ち竦んでしまった。下を向いて、下唇を噛んで、しばらくして顔を上げると、シオンと俺はまだ近くにいるが、才人はもう人混みに紛れて姿が見えなかった。

 ルイズは慌てて駆け出した。

「痛ぇな!」

 勢いあまって、ルイズは1人の男に打つかってしまった。

 その男は、その服装などからどうやら傭兵崩れらしいことが判る。手に酒の瓶を持って、それをグビグビ喇叭呑みしている。相当に出来上がっている様子だ。

 ルイズはその男の脇を通り抜けようとしたが、腕を掴まれてしまった。

「待ちなよ、お嬢さん。人に打つかって謝りもしねえで通り抜けるって法はねえ」

 かたわらの傭兵仲間らしき男たちが、ルイズの羽織ったマントに気付き、「“貴族”じゃねえか」と呟いた。

 しかし、ルイズの腕を握った男は、酔いの所為もあるのか動じない。

「今日は“タルブ”の戦勝祝いのお祭りさ。無礼講だ。“貴族”も兵隊も町人もねえよ。ほら、“貴族”のお嬢さん、打つかった詫びに、俺に一杯注いでくれ」

 男はそう言って、ワインの瓶を突き出した。

「離しなさい! 無礼者!」

 ルイズが叫ぶ。

 途端に男の顔が凶悪に歪んだ。

「なんでぇ、俺には注げねえってか。おい! 誰が“タルブ”で“アルビオン”軍を殺っつけたと思ってるんでぇ! 聖女でもてめえら“貴族”でもねえ、俺たち兵隊さ!」

 男はルイズの髪を掴もうとする。

 俺たちが止めようと向かったが、それより速くその手が第三者によって遮られる。

 いつの間にか現れた、戻って来た才人が、男の手をがっしりと掴んでいたのである。

「なんだてめえ。ガキは引っ込んでろ!」

「離せよ」

 才人は、(昔なら……こんな怖い顔をした男にこんな風に凄まれたら、足が震えただろうな。だけど、今では相応の修羅場をくぐって来たんだ。それなりの度胸が付いた。それにいざとなれば背中のデルフを握れば良い。抜かずとも、握るだけでここにいる兵隊全員を、セイヴァーの手を借りずとも叩き退めすことだってできるだろうし)といった表情を浮かべ、静かな声で言った。

 酔っ払った男は、才人が背負った剣と、その表情を交互に眺めた。長年戦場を生き抜いて来たであろう経験が、才人の態度がただのハッタリではないということを教えてくれている様子である。男はつまらなさそうに唾を吐くと、仲間を促し 去って行った。

 才人は無言でルイズの手を取り、歩き出した。

 ルイズは才人になにかを言おうとした。が、気が動転しているのであろう、上手く言葉にならない様子である。

 才人はズンズンと人混みを掻き分けて歩く。

 シオンと俺は、一瞬互いに笑顔で顔を合わせ、その後を追いかける。

 ルイズは、「怒ってるの?」と小さな声で尋ねた。

 才人は、ぶっきら棒な声で「別に」と答えた。

 手を握られて、ルイズは少しばかりドギマギとした様子を見せている。

 引き摺られるようにして、ルイズは歩く。

 冷たくされた分だけ気持ちは弾んだが、それを悟られたくないと思ってしまうルイズであった。

 

 

 

 ルイズは才人に手を繋がれて歩くうちに、ウキウキし始めた。街はお祭騒ぎで華やかであるし、楽しそうな見世物や、珍しい品々を取り揃えた屋台や露店が通りを埋めているのである。

 地方領主の娘であるルイズは、こんな風に賑やかな街を歩いたことがなかった。そして異性と手を繋いで街を歩くなどということもまた、したことがなかったのである。そういったことから、その両方が、重かったルイズの心を軽くさせた。

 才人が「しっかし、すごい騒ぎだな」と言うと、「ほんとね」とルイズもつい楽しそうに呟く。

「俺たちの世界のお祭りもこんな感じなんだぜ」

「そうなの?」

「うん。こんな風に、派手な露店が並んでさ……金魚すくいや、ヨーヨー釣りや、お好み焼きや、べっこうあめの屋台が並んで……」

 そう言って才人は、遠い目になった。

 ルイズは、才人が急にどこかに行ってしまうような不安な気持ちになったのだろう、キュッとそんな才人の手を強く握る。

 ルイズは、(いつか……サイトが帰る日は確実にやって来るのは理解ってる。でも。こうやって並んで歩いている時くらい、わたしの方を見て欲しいわ)といった風なことを思った。そして同時に、そんな風に思ってしまう自分に腹が立つといった表情を浮かべ始める。「好きだから? 違うもん。なんて言うか、そう、プライドの問題ね」と、自分に言い聞かせた後、ルイズは辺りを見回す。

 そして、わぁっ、と叫んで立ち止まる。

「なんだよ?」

 才人が振り返る。

 ルイズは、宝石商に目を留めたらしい。

 立てられた“ラシャの布”に、指輪やネックレスなんかが並べられている。

 才人が「見たいのか?」と尋ねると、ルイズは頬を染めて首肯いた。

 シオンもまた気になったのか、2人と一緒にそのの露店へと近付く。

 俺たちが近付くと、頭にターバンを巻いた商人が揉み手をした。

「おや!? 入らっしゃい! 見てください“貴族”のお嬢さん方。珍しい石を取り揃えました。“錬金”で造られた紛い物じゃございませんよ」

 並んだ宝石は、“貴族”が身に着けるにしては装飾がゴテゴテしており、お世辞にも趣味が良いとは言い難い代物だと言えるだろう。

 ルイズはペンダントを手に取った。貝殻を彫って造られた、真っ白なペンダント。周りには大きな宝石がたくさん嵌め込まれている。しかし、良く見ると小さな造りであった。宝石にしたって、安い水晶であろう。

 だが、ルイズはそのキラキラと光るペンダントが気に入った様子だ。騒がしいお祭りの雰囲気の中では、高級品よりも、こういった下賤で派手なモノの方が目を引くのであろう。

「欲しいのか?」

 才人の言葉に、ルイズは困ったように首を振った。

「お金がないもの」

「それでしたらお安くしますよ。4“エキュー”にしときます」

 商人はニッコリと微笑んだ。

「高いわ!」

 ルイズは叫んだ。

「お前、そんくらい持ってないのか?」

 才人が呆れたように言うと、ルイズはつまらなさそうに唇を尖らせた。

「この前、生意気に剣を買ったじゃない。あれで今季のお小遣いはなくなっちゃったわ」

 才人は仕方なく、ポケットを探った。ジャラジャラと先ほどアンリエッタに下賜された金貨を掴む。

 掌に、1円玉くらいの大きさの金貨を山盛りにして、才人は尋ねた。

「これで何枚なんだ?」

 商人は、才人がそんなにお金を持っているとは当然思わなかたのであろう、驚いている。

「こ、こんなに要りませんよ! ひい、ふう、みい……これで結構です」

 先々王の肖像が彫られた金貨を4枚取り上げると、商人はルイズへとペンダントを渡す。

 ルイズはしばし呆気に取られた様子を見せるが、思わず頬を緩めてしまう。才人は、アンリエッタに下賜されたお金で、まずルイズのための買い物をしたのである。それが凄く嬉しかったのであろう。手でしばし弄り回した後、ウキウキ気分でペンダントを首に巻いて見る。

 商人が、「お似合いですよ」とお愛想を言った。

 才人に見て欲しいのだろう、ルイズは彼の服の袖を引っ張る。

 しかし才人はジッと隣の露店と一画を見て、動かない。

 才人がジッと見詰めているのは、地面に並べられた“アルビオン”軍からの分捕品であった。おそらく捕虜を管理する兵隊が、商人に流したモノであろう。敵兵から奪った品々……剣や鎧、そして服や時計などがある。

 才人は一着の服を手に取った。

 自分を見てくれないので、ルイズはつまらなさそうに唇を尖らせた。

 だが、よくよく考えて見ると、才人は着た切り雀だと言えるだろう。ルイズは、(新しい服が欲しくなるのは無理からぬことね)と思った。

「なによ、服が欲しいの? どうせ着るんならそんな敵が着ていた中古じゃなくて、もっと良いの着なさいよ」

 しかし、才人は答えず、一着の服を手に取り、プルプルと震えている。

「お客さん、お目が高けえ。それは“アルビオン”の水兵服でさ。安い造りだが、便利にできてる。こうやって膝を立てれば、風を見ることだってできる」

 その商人の言葉に、才人は(水兵服? なるほど! で、でもこれは俺たちの国では、水兵が着るモノというより……サイズは大きいけど、例えばシエスタ辺りに仕立て直して貰って……シエスタが、これを着ると? イケる。楽しみが増える。いや、そうじゃない。個人的な楽しみではない。お礼だ。マフラーのお礼ダヨ! やましいことなんか、ここ、これっぽちもないんだからな。そうだ冴えてるぞ。お金は、こういうことに使うべきなのだ)といった表情を浮かべる。

 才人は、「いくら?」と感極まった声で、才人は尋ねた。

「3着で、1“エキュー”で結構でさ」

 ルイズは、中古を貰ったて要らないこともあって呆れた様子を見せた。

 しかし才人はそれを、言い値で買い込んだ。

「店主、これら宝石全てを、これで買えるか?」

 俺は宝石店に並ぶ本物の宝石を見繕い、アンリエッタから下賜された金貨をいくつか出し、宝石店の店主へと見せる。

 選び取り、買ったのは、そのどれもが長い年月をかけて宝石となった確かなものである。

「へ、へえ……十分でさあ」

「感謝する」

「ねえ、これだけの宝石、どうするつもりなの? セイヴァー」

「“宝石魔術”だ。宝石はな、持ち主の念を込めやすく、“魔力”を込めやすい。長い時間が経っていると、それ相応の“魔力”と“神秘”などがあるからな」

 

 

 

 

 

 部屋に帰って来たルイズは、ベッドの上に横たわると、鼻歌交じりで“始祖の祈祷書”を開いた。どうやらご機嫌な様子である。

 才人はコッソリと部屋を抜け出して、今日買った品をシエスタに届けに行こうとしたが、“杖”を振って“ロック”をかけたルイズに鍵を閉められてしまった。

「こんな夜中に、どこに行くのよ?」

「え? いや……」

 今日買って来た水兵服を、シエスタに届けに行くとは言えない才人は言葉を詰まらせるが、どうにか口を開く。

「よ、夜風に当たりたくなって! わは! わっはっは!」

 ルイズはジロッと才人を睨んだ。それからツカツカと才人の所にやって来ると、ガバッと、パーカーを脱がせにかかった。

「な、なにすんだよ!?」

「脱いで」

「脱げねえよ! 猛獣の拘束具とやらが邪魔で!」

 才人がそう怒鳴ると、ルイズは少し俯いて拘束具の鍵を外した。今日、街でペンダントを買って貰ったこともあり、(お風呂の全部という訳ではないけど、ちょっと赦してやろうかしら)と思ったのであろう。

 ルイズは拘束具を外すと才人のパーカーをキュッと抱き締めて、「あっち向いてなさいよ」と言った。

 服を全部脱ぎ捨て、才人のパーカーを羽織っただけの姿になったルイズは唇を尖らせる。

「その格好で散歩に行く気?」

 Tシャツ姿になってしまったった才人は、(とりあえずシエスタに届けに行くのは明日の夜にしよう)と思った。

 初夏とはいえ、“ハルケギニア”の気候は“日本”とは全然違う。この格好だと、少し冷えるだろう。この格好で行ったら、ルイズは訝しむに違いない。

「夜風より、あんたには大事なことがあるでしょー。ご主人さまのお相手を務めなきゃ、駄目でしょー」

 ベッドに寝転がり、足をバタバタさせてルイズは言った。

 仕方なくといった風に、才人はベッドに腰かけた。

「理解ったよ」

 ルイズはベッドに寝そべったまま、“始祖の祈祷書”を読み始めた。

「真っ白じゃねえか」

「わたしには詠めるのよ」

 ルイズは指に嵌めた“水のルビー”を才人に見せ、“始祖の祈祷書”との関係を才人に説明した。

「へえ、“虚無の系統”ねえ……」

 才人は、あの日、艦隊を吹き飛ばした“魔法”の光を思い出した。

 “虚無”。それは“始祖ブリミル”が用いし“伝説の系統”……そしてその“始祖ブリミル”が使ったといわれる“使い魔ガンダールヴ”。“汎ゆる武器を使い熟す能力でもって、始祖の呪文詠唱の時間を守った伝説の使い魔”……それが自分だと才人は思った。

「じゃあお前は、この世界で最強の“魔法”使いなのか? 良かったな! ビリから一気に1番じゃねえか」

「そうとも言い切れないの。ガッカリさせたくなくて、姫さまとシオンに言わなかったけど……」

 ルイズは溜め息混じりに、“杖”を取り上げた。

「な、なんだよ?」

 それからルイズは、ゆっくりと“呪文”を唱え始めた。

「“エオルー・スーヌ・フィル”……」

「や、やめろ! 馬鹿!」

 こんな所で、あれだけの規模の爆発を起こされては、堪まったモノではない。

 才人はルイズを止めようとするが、彼女は“詠唱”を止めようとしない。

「“ヤルンサクサ”」

 そこまで唱えて、耐え切れなかったようで、ルイズは“杖”を振った。

 才人の藁束が、ボーンと爆発して飛び散った。

 そしてルイズは白目を剥いて、バタッとベッドに崩れ落ちた。

「ルルル、ルイズ? ルイズッ!?」

 才人は慌てて、ルイズを揺さぶった。

 しばらく揺さぶると、ルイズはパッチリと目を開けた。

「あううう……」

「な、なんだよ!? どうした!?」

 頭を振りながら、ルイズはムックリと起き上がった。

「そんな大騒ぎしないでよ。ちょっと気絶しただけよ」

「え? えええ!?」

「最後まで“エクスプロージョン”を唱えれたのは、あの時こっきり……それから何度唱えようとしても、途中で気絶しちゃうの。一応爆発はするんだけど」

「どういうことだよ?」

「たぶん、“精神力”が足りないんだと思うの」

「“精神力”ぅ?」

「そうよ。“魔法”は“精神力”を消費して唱えるのよ。知らなかったの?」

「そんなの、知るかっつの」

 ルイズはチョコンと正座すると、指を立てて得意げに説明を始めた。

「いつかあんたに、“メイジ”にはその足せる“系統”の数で、クラスが決まるって説明したわよね? 1つの“系統”しか使えない“メイジ”は“ドット”。2つ足せるようになると“ライン”。3つ足せるのが“トライアングル”。クラスは“呪文”に適用されるわ。クラスは“呪文”に適用されるわ。3つの“系統”を足した“呪文”は、“トライアングル・スペル”って呼ばれるの。おおよそ“呪文”のクラスが1個あるごとに、“精神力”の消費は倍になるの」

「はぁ」

「例えば、“精神力”8の“ライン・メイジ”がいて、その“メイジ”は“ドット”の“呪文”を使用する時4の“精神力”を消費すると仮定するわね。個人差があるから、一概には言えないけど」

「はぁ」

「その“メイジ”は、まあ大体、1日2回、“ドット”の“呪文”を唱えることができるわ。8割る4は2だからね。だから、2回使ったら打ち止めね。そして“ライン”の“呪文”を唱える時は、倍“精神力”を消費するから、8割る8は1で、1回だけ」

「はぁ」

「この“ライン・メイジ”が“トライアングル・メイジ”に成長すると、“ドット”の“呪文”を使用する際の“精神力”の消費はおおよそ半分になるの。だから8割る2は4で、“ドット”の“呪文”が4回使えるようになるわ。“ライン”の“呪文”は2回使える。“トライアングル”の“呪文”は1回。そんな感じで“メイジ”は成長するの」

「はぁ。詰まり、低いクラスの“呪文”は何度も唱えることができるけど、高いクラスの“呪文”は、そう何度も唱えることができないいって訳か?」

「そうよ。“呪文”と“精神力”の関係は理解した?」

「なんとなく。じゃあ、さっきお前が気絶したのは……」

「そう。“精神力”が切れちゃったの。無理するとさっきみたいに気絶しちゃうわ。“呪文”が強力過ぎて、わたしの“精神力”が足りないんだわ」

「じゃあどうして、この前は唱えられたんだよ?」

「そうね……どうしてなのかしら……それが疑問なのよね……」

「“精神力”とやらは、どうやったら回復するの?」

「大体、睡眠を取れば回復するわ」

 才人は腕を組んで考え込んだ。

「うむむ……えっと、今までお前は、まともに“呪文”を唱えられなかったんだろ?」

「そうね」

「だから“精神力”とやらが溜まりに溜まってたんじゃねえのか? それを、あの1回で使い切ってしまったと」

 ルイズはハッとした顔になった。

「例えば、お前の“精神力”が100だとする。あの“エクスプロージョン”は、1回で100を消費しちまう。普通だったら、1晩寝れば“精神力”は回復するけど、お前の場合は必要な量が多過ぎて……なにせ100だからな……一晩寝たくらいでは中々溜まらない」

 才人は思い付いた仮定を淡々と述べた。

「なんてな! 俺に、お前らの“魔法”のことなんか理解る訳ないけどな」

 しかし、ルイズは真剣な表情を浮かべている。

「そうかもしれないわ……」

「え? ええ?」

「4つの“土”を足して唱えられる“スクウェア・クラス”の“錬金”は、黄金を生み出すことができるわ。でも、どうしてこの世が贋金だらけにならないかわかる?」

「ふぇ?」

「“スクウェア・メイジ”と言えど、“スクウェア・スペル”はそう何度も唱えられない。下手すると、1週間に1度、1月に1度だったりするの。それでも、“錬金”できる黄金はホントに微量。だから黄金はお金として通用するのよ」

「ふむむ……」

「つまり、強力な“呪文”を使うための“精神力”が溜まるのには、時間がかかるってことなの。わたしの場合も、そうなのかもしれないわ」

「とすると……次、最後まで唱えられるようになるのは……」

「わかんないわ。自分でも……1月なのか、もしかしたら、1年なのか……」

 ルイズは考え込んでしまった。

「10年とか」

「怖いこと言わないで」

「でも、成功することは成功するんだよな?」

「そうね。“虚無”はホントにわからないことばかり。なにせ、“呪文詠唱”が途中でも、効力を発揮するんだもの。そんな“呪文”聞いたことがないわ」

「規模は小さいけどな。うう、俺の藁束……」

 才人は粉々に飛び散った藁束を見詰めた。

「良いじゃないのよ。藁束なんかなくたって」

 ルイズは、頬を染めて呟く。

 はぁ、と溜息を吐いて才人は気付いた。説明に夢中になって、ルイズの様子に気付かなかったが、パーカーの裾が捲れて、寝転がったルイズの御尻が、ほんの少し、顔を覗かせているのである。

 才人は気付くと同時に思わず鼻を押さえた。

 才人のその仕草で、ルイズもパーカーが捲れていることに気付いたのであろう。ガバッと跳ね起き、パーカーの裾を押さえて顔を真っ赤にした。

「な!? 見た!? 見た見た!? 見たーーーーーーーーーーッ!」

「お、お前がパンツを履かないのが悪いんだろうが!」

 才人も怒鳴った。

「寝る時は履かないんだもん! 決まってるもん!」

「決まってねえよ!」

 ルイズは唇を噛んだ後、ゴソゴソと布団の中に潜り込んだ。

「寝る」

 才人も仕方なく毛布の端っこに潜り込んだ。

 拗ねたようなルイズの声が、布団の中から聞こえてくる。

「覗きをする“使い魔”は、藁束で寝てなさい」

「お前が爆発させたんだけど」

 しばらくルイズは布団の中で唸っていたが、そのうちに大人しくなった。

 才人も、(ああ、明日の夜こそシエスタに水兵服を届けなくちゃ)と思いながら、眠りに就いた。

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