ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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惚れ薬の力と水の精霊

 朝起きると、才人のかたわらでルイズが寝ている。昨晩、さんざん泣き腫らしたルイズは疲れたらしく、自身の部屋へと移動するやいなや直ぐに寝付いてしまったのである。あどけない顔で、くーくーと寝息を立てている。

 目覚めたらしいルイズは、むっくりと起き上がると、才人の顔を見て唇を噛んだ。それから絞り出すような声で、「お早う」と呟く。

 それからルイズは顔を赤らめた。いつもは顔を赤らめる時でも、ムッとした目付きをしているルイズではあるのだが、今回のそれは違った。才人を見上げると、フニャッと唇を歪めたのだ。それから何か言いたそうにモジモジとし始めた。

「な、なんだよ?」

「あのね」

 泣きそうな声で、ルイズが口を開いた。

「あのねあのねあのね、あのね?」

 やはり今日のルイズは変だと言えるだろう。子犬のような、頼り切った、それでいて様子を伺うかのような目付きで才人をジッと見つめているのである。いつもはこのような目で才人を見ることはない。ルイズの目付きは普段だいたいは見下すか、睨んでいるか、外方を向いているかのどれかが多いのだから。

「見たの」

「え?」

「……昨日、夢見たの」

「な、なんの夢?」

「サイトの夢」

「ど、どんな夢?」

「サイトが夢の中で意地悪するの。わたしが一生懸命に話しかけてるのに、他の女の子と話してる」

 そう言うとルイズは才人の手をガブッと噛んだ。だが痛さはなく、ルイズは甘噛みをしているだけだ。それから上目遣いに才人の顔を見上げる。

「昨日だってそうよ。他の女の子にプレゼントを買わないで。他の女の子見ないで。あんたには、ご主人さまがいるでしょう?」

 才人は唾を呑み込みながら、ルイズを見詰めた。才人は、(そんなに俺のことが好きだったなんて……気付かなかった)と感じた。

 だが、同時に何かが彼の中で引っかかっている。

 そう、まるで別人だと言えるほどの態度なのである。ルイズは自分が蔑ろにされたら、こんな風に汐らしくなったりしないのだから。まず怒る。そして彼女は怒ったら掌を甘噛なんてことはしない。思いっ切り齧り付く。そして殴るのだ。こんな風に媚びを売って来るのはルイズではないと言えるほどの様子だ。

 そう思ったのだが、もともと才人はルイズのことが好きなこともあって、こんな風にラヴ光線じみたものを向けられ当てられると、頭がボーッとしてしまうのであった。

「理解ったら、はいって言って」

「は、はい」

「だ、誰が世界で1番好きなの? ハッキリ言いなさい」

 胸に顔を埋めて、泣きそうな声でルイズが呟く。

 才人も熱に浮かされたような顔で、しどろもどろになりながら答えた。

「ご、ご主人さまです。はい」

「嘘」

 嘘ではないだろう。側にいるだけで、今の才人の胸はとてもドキドキと強く鼓動を打っているのだから。そういった風になるのは、彼にとってルイズだけなのだ。

 だが、今のルイズは……。

「ほんと?」

「うん……」

 するとルイズは立ち上がり、ととと、とベッドの向こうに駆け出した。ベッドの壁の隙間に隠してあったらしい何かを掴むと、それを持って再び才人の側に駆け寄って行く。

「ん。ん、んっ」

 そして才人に持ったモノを突き出した。

「なにこれ?」

「着て」

 それは毛糸が複雑に絡まったオブジェであった。どう見ても、着られるような代物ではない。才人は受け取ると、果て「きて」というのはどういう意味だろうと頭を撚らせた。そして、「着ろ」という意味だろうということを推測し、理解した。が、どこに身体を通せば良いのか、さっぱりわからないのである。

 ルイズは才人をジッと……泣きそうな潤んだ眼で見つめたままである。

 才人は、(嗚呼、そんな目で見ないでくれ。すっごくすまない気分になってくる。ルイズの気持ちに応えなきゃ。一体どうすれば良いのかわからないけど、どうにかしなきゃ!)と思った。そして、(一体これはなんだ? 才人考えろ。考えろ! うーん、贔屓目に見て、クラゲの縫い包みだな。古代の“地球”の海を支配した、バージェス動物群の一種にも思える。そんな不可思議な生き物にしか見えないけど、ルイズがこれを俺に手渡すからにはなにかに使い途があるに違いない。あ! そうだ!)と思い、テンパった才人は、それをおもむろにに頭に冠った。それが、たぶん、1番近い使い途だと思った結果の行動であった。

「良いなあ! これ! 素敵な頭物だな! 気分はクラゲ! 最高!」

 ルイズの顔がフニャッと崩れた。

「違うもん……そうじゃないもん……それはセーターだもん……」

 才人は、慌ててそれを着ようとした。がしかし、どうやったら着られるのだろう? と入り口を探し、見付け、それを頭から通してみた。しかし、腕を通す口がない。顔も半分、埋もれたままである。まるでピッチピチのタコのような格好になって、才人は立ち尽くした。

 ルイズはそんな才人をギュッと抱き締めると、ベッドに押し倒した。

「ル、ルイズ……」

 腕がセーター(?)の外に出ていないので、才人は身動きを取ることができない。

 ルイズは、「ぎゅーってして」と才人にねだる。

 才人は、「堅くきつぅく、ぎゅーってしたい」のだが、だがしかし、腕がセーター(?)の中から出せないので、ぎゅーっとすることができないでいる。

 才人が「できません」と正直に答えると、ルイズは「じゃあ、じっとしてて」と言った。

 ルイズは、お気に入りの縫い包みを抱える少女のように才人を抱きすくめた。

「じゅ、授業に行かなくて良いのか?」

「良いの。サボる。こうしてたいの」

 才人は(むはー!)と思ったのだが、ますます彼の中でルイズに対しての疑惑が大きく、そして高まる。基本的に、真面目なルイズは、簡単に授業をサボったりはしないのだから。

「ずっと今日はこうしてる。だって、あんたを外に出したら他の女の子と仲良くしちゃうもの。それが嫌なの」

 どうやら、才人をこうやって縛っておきたい様子だ。

 プライドの高いルイズが、そんなことを言うとは基本的に、よしんばそう思ったとしても、口に出すなんてことは彼女に限ってありえないといえるだろう。

「なにかお話して」

 甘えた口調でルイズが呟く。

 才人は、(ルイズ、一体どうしたんだろう?)と頭の中を ? と心配で一杯にしながら、当たり障りのない話をし始めた。

 

 

 

 

 昼過ぎになると、ルイズは寝入ってしまった。本当にグーグーと良く寝る娘である。

 才人はそっとベッドから抜け出すと、飯を調達しに食堂へと出かけた。ルイズの分も運ぶつもりであるのだ。

 厨房でいそいそと昼食の準備をしていたシエスタに事の次第を説明すると、彼女はニッコリと微笑んた。

「モテモテですね」

「いや、違うよ。いつものルイズじゃねえんだ。なにか可怪しくなっちゃって。仕方ないからご飯を持って行かなくちゃならないんだけど……」

 才人が困ったようにそう言うと、シエスタは笑みを崩さずに才人の足を踏ん付けた。

「それは大変ですね」

「シ、シエスタ?」

 どうやら怒っている様子だ。笑みを浮かべたままなのが、彼女の冷えた怒りを強調している。

「へええ。いきなりベタベタして来ると。あの“貴族”でプライドの高いミス・ヴァリエールがサイトさんに。いったい、サイトさんはどうやって気を惹いたのかなあ。気になるなあ」

 ニコニコと笑いながら、シエスタはギリッと力を込めて、才人の足を押し潰そうとする。

 才人は悲鳴を上げた。

「そこまでにしておくと良いシエスタ。才人、確認だが、なにもないんだな?」

 ちょうど、食事を摂る為に厨房へと来ていた俺は、才人へと確認する。

「ど、どうもしてねえよ! ホントにいきなり可怪しくなっちゃたんだ」

「ほんと?」

 悲鳴混じりの言葉に、シエスタは訝しむ。

「うん……まるで人が変わった見たいになっちゃって」

 シエスタは、「そうなんですか」、と真顔になると考え込み始めた。

「恐らくだが、それは惚れ薬的なやつじゃないか?」

「惚れ薬?」

「あ! そうかもしれません! 心をどうにかしてしまう“魔法”の薬があるって聞いたことがあります」

「“魔法”の薬?」

「そうです。わたしは“メイジ”じゃないから良く理解りませんけど、もしかしたらそれなんじゃ……でも、ミス・ヴァリエールがそんなの呑む訳がないし……」

 才人は、俺とシエスタの言葉で、昨晩のことを思い出した。そして、(ルイズの態度がガラッと変わったのは、モンモランシーの部屋に入って……ベッドに隠れた俺から布団を引っ剥がした時だ。あの時、見る見るうちにルイズの態度が変わって……あの前、ルイズはなにかしなかっただろうか?)と考え始める。

 そして、(そう言や、“ぷはー! 走ったら喉が渇いっちゃったわ!”、と一気に何かを呑み干していたな。テーブルの上にあったワインだ! あれか? あれなのか?)と気付いた様子を見せる。

 才人の中で、モンモランシーの部屋にあったワインに対しての疑念が膨れ上がった。

 

 

 

 食堂から出て来たモンモランシーの腕を、待ち構えていた才人はギュッと掴んだ。

 彼女の隣にいたギーシュが喚く。

「な!? 僕のモンモランシーになにをするんだ君は!?」

 しかし、モンモランシーは文句を言うどころか、サッと青ざめた顔になった。普段のモンモランシーであれば、こういった顔にはならないだろう。「なによ!? “貴族”の腕を掴むなんてどういうつもり!?」、とルイズに輪をかけて高慢なモンモランシーは騒ぎわめくだろう。つまり、何か、やましい事――才人に対して負い目があるということだろう。そして、才人はあの豹変したルイズに関係しているに違いないと思った。

「なあモンモン」

 才人はギロッとモンモランシーを睨んだ。

「な、なによ……?」

 モンモランシーは、気まずそうに目を逸らす。“モンモン”と呼ばれて怒らない。そんな彼女の様子からして、ますます怪しさは膨れ上がる。

「お前、ルイズに何を呑ませた?」

 ギーシュが、え? と怪訝な顔になった。

「モンモランシー、ルイズになにかご馳走したのかい?」

「なあギーシュ。ルイズの変わりようを見ただろ? 怒った奴が、あんな風に掌を返した見たいに汐らしくなる訳ねえだろ。足りないお前だって、流石に怪しいと思うだろ」

 ギーシュは腕を組んで考え込む。思い出すのに時間がかかるらしい。やっとのことで昨晩の様子を思い出したギーシュは、「うむ」とうなずいた。

「確かに君の言う通りだ。あんな風にルイズがしおらしくなるなんてありえないな。で?」

「で、じゃねえよ! やいモンモン! ルイズはお前の部屋にあったワインを飲んだらおかしくなったんだ! どーゆーことだ!?」

「あれは僕が持って来たワインだ! 怪しいモノはなんにも入ってないぞ!」

 そこまで言って、ギーシュはモンモランシーの様子が尋常ではないということに気付いた。

 彼女は唇を真っ直ぐに噛み締め、額からたらりと冷や汗を流しているのだ。

「モンモランシー! まさか、あのワインに……」

「あの娘が勝手に呑んだのよ!」

 モンモランシーはいたたまれなくなって、大声で叫んだ。

「だいたいねえ! 貴男が悪いのよ!」

 モンモランシーは、そう言って逆ギレでもしたかのようにギーシュを指さすと、その指をグイグイとギーシュの鼻に押し付ける。

 才人とギーシュは、唖然としてモンモランシーを見詰めた。

「あんたがいっつも浮気するから、しょーがないでしょー!」

「お前! ワインに何を入れた!?」

 才人は、そんな彼女の言動で理解した。

 モンモランシーは、ギーシュに呑ませようとしてワインの中に何かを入れたのである。それを部屋に飛び込んで来たルイズが呑み干しててしまったということだった。

 モンモランシーは、しばらくモジモジと困ったように身体をクネラせていたが、ギーシュと才人の2人に睨まれ、静かに見つめる俺に観念したらしい。それでも彼女は悪怯れないといった風な声音で、つまらなさそうに言った。

「……“惚れ薬”よ」

「ほれぐすりぃ!?」

 ギーシュと才人は、大声で叫んだ。

 その口をモンモランシーが慌てて両手で塞ぐ。

「馬鹿! 大声出さないで! ……禁制の品なんだから」

 才人はモンモランシーの腕を掴み、口から手を離して叫んだ。

「だったらそんなもん入れんな! ルイズをなんとかしろッ!」

 

 

 

 モンモランシーと才人、そしてシオンは、モンモランシーの部屋で頭を悩ませていた。シオンには先ほど、ルイズの様子などを説明し、今モンモランシーの部屋に来たばかりだ。

 モンモランシーは、俺たちにしぶしぶといった様子で説明した。ギーシュに浮気をさせないために“惚れ薬”を造った事。それを呑ませようとギーシュのグラスに入れたら才人とルイズが部屋に飛び込んで来た事……その後は才人の想像の通りであった。ルイズはそれを思いっ切り呑み干してしまったのである。

 才人はそれを聴いて、悲鳴を上げた。

「なんとかしろよぉ!」

「……良いじゃない。惚れられて、困るもんじゃないでしょ?」

 それまで黙っていたギーシュが、頬を染めてモンモランシーの手を握った。

「モンモランシー、そんなに僕のことを……」

「ふんっ! 別に貴男じゃなくっても構わないのよ? お付き合いなんて暇潰しじゃない。ただ浮気されるのが嫌なだけ!」

 モンモランシーは頬を染めて、プイッと横を向いた。流石はプライドの高い“トリステイン”の女“貴族”であると言えるだろう。大した高慢振りである。

「僕が浮気なんかする訳無いじゃないか! 永久の奉仕者なんだから!」

 ギーシュはガバッとモンモランシーを抱き締めた。そして強引に頬を持ち、キスしようとした。

 モンモランシーも満更ではないのだろう、目を瞑る。

 そんな2人を俺とシオン、才人は冷めた目で見つめる。

「後にしろ」

 才人は、そう言ってそんな2人をグイッと引き離した。

「野暮天だな君は!」

「良いから! ルイズをどうにかしろ!」

「そのうち治るわよ」

「そのうちっていつだよ!?」

 モンモランシーは、首を傾げた。

「個人差があるから、そうね、1ヶ月後か、それとも1年後か……」

「君はそんな代物を僕に呑ませようとしたのか」

 流石のギーシュも、それを聞いて青くなった。

「そんなに待てるか。直ぐに! なんとか! しやがれ!」

 才人は、グイッとモンモランシーに顔を近付けた。

「理解ったわよ! 解除薬を調合するから、待っててよ!」

「早く造れ。さあ造れ。今造れ」

「でも、解除薬を造るには、とある高価な秘薬が必要なんだけど、“惚れ薬”を造る時に全部使っちゃったの。買うにしてももうお金がないし。さあどうしましょう」

「それは参ったね。自慢じゃないが、金なら僕もない」

「金がない? お前ら“貴族”だろうか!」

 才人がそう怒鳴ると、ギーシュとモンモランシーは顔を見合わせた。

「“貴族”と言っても、わたし達まだ書生の身分だし」

「領地やお金を持ってるのは実家の両親だしな」

「じゃあ実家に言って金を送ってもらえ」

 才人は2人を睨んで言った。

 するとギーシュがもっともらしく人差し指を立て、語り出した。

「良いかね君。世の中には2種類の“貴族”がいる。お金に縁のない“貴族”と、お金と仲良しの“貴族”だ。例えばモンモランシーのご実家のド・モンモランシ家のように、干拓に失敗して領地の経営が苦しかったり……」

 モンモランシーが後を引き取る。

「ギーシュの実家のド・グラモン家みたいに、出征の際に見栄を張りまくってお金を使い果たしたりしちゃうと……」

「このように、お金とは縁のない“貴族”が出来上がるのだ。自慢じゃないが、世の中の半分の“貴族”は屋敷と領地を維持するだけで精一杯なのだ。“平民”の君には理解らん事だろうが、“貴族”の誇りと名誉を守るのも、これでなかなか大変なのだよ」

 才人は、「こいつら使えねえー」とガックリと膝を突いた。

「えっと、その秘薬っていくらほどの値段なの?」

 シオンがモンモランシーへと尋ねる。

「そうね。小遣い程度では買えない代物としか言えないわね」

 実際に、モンモランシーは自身が造った秘薬を長期間の間売買することで貯蓄した金のほとんどをはたいて買ったのである。そうそう簡単に買えるモノではないのは確かだ。

 才人は、仕方なくといった風に、パーカーやジーンズのポケットを探る。中にはアンリエッタから下賜された金貨がジャジャラと入っている。半分はルイズの部屋に置いており、半分は彼自身で持っているのだ。

「これでなんとかなるか?」

 才人は、それをテーブルの上に打ち撒けた。

「うおっ!? なんでこんなに金を持ってるんだね!? 君は!?」

 テーブルの上に山盛りになった金貨を見て、モンモランシーは溜息を吐いた。

「すごい。500“エキュー”はあるじゃないの」

「出所は訊くな。良いか、これで高価な秘薬とやらを買って、明日中になんとかしろ」

 モンモランシーは渋々といった調子で、首肯いた。

 

 

 

 

 才人は軽くなったポケットと共に戻り、シオンと俺はその後に着く。

 だが、入室すると同時に、その部屋の様子とその主の様子が尋常ではないことに才人とシオンは気付いた。

 そして、シオンは直ぐに退出し、俺も彼女に続く。どうやら、部屋の外から様子を伺うつもりらしい。

 煙草でも吸ったかのように、モクモクと煙くて、甘い香りがしている。

 ルイズが部屋の真ん中にペタリと座って、お香を焚いているのだった。

「おい、どうした? なんだこのお香は?」

 才人がそう言うと、ルイズは泣きそうな声で才人を見詰めた。

「どこに行ってたのよ……?」

 才人はルイズの格好に気付いた。スカートを穿いてないのである。

「1人にしちゃやだ……」

 拗ねて、泣きそうな声で才人を見上げる。どうやら寂しくなって、なぜか香を焚いていたらしい。

「ご、ごめん……」

 才人は「なんでスカート穿いてないんですか!?」と訊きたい気持ちを押さえ、思わず目を逸らして、さらにとんでもない事実に気付いた。

 ルイズは、スカートだけではなく、パンツすらも穿いてないのだ。シャツの隙間から覗く、腰のライン。どこにも下着らしき布っぱちが見当たらないのであった。

 才人がガクガクガクと震え出した。

「お、おまえ、パパパパ、パンツ穿けよッ!」

「は、穿かないもんッ」

「なんで!? 良かったら理由を教えてくださいッ!」

「わたし、色気ないんだもん。知ってるもん。だから、横で寝ててもサイトはなにもしないんだもん。そんなの許せないんだもん」

 ルイズは泣きそうな声で捲し立てた。

「そ、それはつまり、俺がその、お前をいきなりガバッと押し倒してあーんな事やこーんな事をしても、いいいいい、良いって、事なのか?」

「そ、それは、駄目……」

「だよね。そうだよね」

「でも、でもちょっとなら目を瞑ってるもん。1時間くらいなら、目を瞑ってて知らないフリするもん」

 こうやって言ってしまったら知らないフリも何もないと思うのだが……ルイズはかなりキテしまっている様子だ。

 ルイズはシャツの裾を引っ張って、前を隠して立ち上がった。

 細いルイズの生足が、才人の目に飛び込んで来る。才人の胸の中で、ベルのような音が鳴り響く。そんな錯覚、感覚を、彼は感じた。

 ルイズは才人の胸の中に飛び込んだ。

 彼女の髪からは部屋に漂う甘い香りがする。いつもは付けない香水まで、身体に振りかけているらしい。

 才人のパーカーに顔を埋めて、ルイズはひくひくと震えた。

「すっごく寂しかったんだから……ばかぁ……」

 才人の両手が、ルイズの身体に伸び、思わず抱き締めてしまいそうになる。

 才人は唇を噛んだ。ギリッと、強く噛み締める。その痛さと、(今のルイズは……俺の知ってるルイズじゃない。“惚れ薬”で、自分を失ってる状態だ。俺はルイズの事を、ずっと守ってやりたいくらいに好きだけど……だからこそ、こんな時のルイズを抱き締めてはいけないよな。そうしたら、歯止めは利かなくなってしまうだろうし。獣みたいに、ルイズを貪ってしまうに違いない。好きだからこそ、赦されないんだ)といった思考で冷静な部分を蘇らせた。

 才人は震える手で、ルイズの肩を掴んだ。そして、ルイズの目を覗き込み、努めて優しい声を絞り出した。

「ルイズ……」

「サイト……」

「あ、あのな? 今のお前は薬で可怪しくなってるんだ」

「くすり……?」

 潤んだ瞳で、ルイズは才人を見上げる。

「そうだよ。だから、今のお前はお前じゃねえんだ。でも、なんとかするから、待ってろ。な?」

「薬の所為なんかじゃないもん」

 ルイズは真っ直ぐに才人を見つめた。

「この気持ち、薬の所為なんかじゃない。だって、サイトをジッと見てると、すっごくドキドキするもん。ドキドキするだけじゃなくて……すっごく息苦しくて、どうしようもなくなっちゃうの。知ってる。これが……」

「ち、違うんだよ。俺もその、そうだったら良いなぁーとか、思うけど、やっぱり、それは違うんだ。“惚れ薬”なんだよ。明日の夜には解除薬が出来るっていうから、それまで待ってろ。とにかく今日はもう寝ろ。な?」

 ルイズは首を横に振った。

「理解んない。そんなのどうでも良い。とにかくギュッとして。じゃないと寝ない」

「ギュッとしてたら、寝るか?」

 ルイズは首肯いた。

 才人はルイズをベッドに運んでやった。それから、寄り添うように、隣に寝転ぶ。

 ルイズはいつものようにギュッとしがみ付く。

「どこにも行かないで、他の女の子見ないで。わたしだけ見てて」

 呪文のように、ルイズはそう繰り返した。

 才人は首肯いた。

「どこにも行かないよ。ずっとここにいるから」

「ほんと?」

「ああ。だから寝ろ。理解ったか?」

「うん……サイトが寝ろって言うんなら寝る。だって、嫌われたくないもん」

 だがルイズは眠らない。モゾモゾと顔を真っ赤にしながら、才人の首筋に額を近付ける。そして、才人の首筋にキスをし始めた。

 才人の背筋に電流が奔る。

「ほ、ほぁああああああ……!?」

 才人はビクビクと痙攣した。

 そのうちに、ルイズは強く才人の肌を吸い始めた。

「ルイズ! ルイズ!」

 上記した頬で、ルイズは自分が強くキスしたところを見つめる。そして、夢中になって才人の肌の印を付け始めた。

「ルイズ、やめてくれ! 俺はもう! 俺は! 嗚呼!」

 ルイズは唇を離すと、怒ったように呟いた。

「駄目。やめないもん。サイトはわたしのモノだもん。だから、こうやって他の女の子に取られないように、わたしのモノだっていう印をいっぱい付けとくんだもん」

 それから、才人にとってはある意味拷問のような時間が続いた。

 ルイズが付け初めたキスマークは、首筋のみならず胸にまで及んだ。その数、数十個。

 才人が身体をピクピクと痙攣させて、気絶一歩手前で震えていると、ルイズは唇を才人の胸から離し、自分の首筋を才人に見せるようにして、顎を傾けた。

「わたしにも付けて」

「で、でも……」

 ルイズの真っ白で、細い首が才人の目に飛び込む。

「付けてくれないと、眠らない」

 才人は目を瞑ると、ルイズの首筋に唇を近付け、触れた。

 ルイズの唇から溜息が漏れる。

 思いっ切り緊張しながら、青磁のようなルイズの肌を吸い上げた。

「んっ……!」

 ルイズもよほど緊張をしていたのか、そんな一声を上げるとぐったりとし、気絶してしまった。そしてルイズはしばらくすると寝息を立て始めた。

 才人は自分が付けた、ルイズの首筋の赤に眩しさを感じる。白い雪に、苺の欠片を落としたように、そこだけが赤いのだ。

 才人は荒い息を吐きながら、「ルイズは薬で可怪しくなってるだけだ! 解除薬を呑めば、いつもの生意気で可愛くないルイズに戻るさ!」と何度も自分に言い聞かせた。そうしないと、隣で寝ているルイズに襲いかかってしまいそうだったからだ。

 そこで才人はルイズが何かをギュッと握り締めていることに気付いた。才人が街で買ったペンダントだ。大事そうに、ギュッと握り締めているのだ。

 才人は、それを見ていたら、さらに“愛”しさが募ってどうしようもなくなってしまった。

 才人の手が、思わずルイズへと伸びる。が、(今のルイズをどうにかする権利は、俺にはない。ないんだ才人。我慢しろ。なんてったって、シエスタにあのセーラー服を着せたのが原因で、ルイズはこうなっちゃったんだよな……だから俺の所為だ。俺は駄目な奴だなあ。女の子の気を惹くようなことばっかりして……)といった風にその手を自分でバチンと叩く。

 そして才人は、(シエスタ。そうだシエスタ。嗚呼、側にいると安心するシエスタ。彼女も素敵だ。そして、側にいるとドキドキするルイズ。ああ、俺、どっちが好きなんだろ? なんて贅沢な悩みだろう。“地球”にいた時は想像すらできなかった悩みだ)とも思った。

 そんな事を考えながら、こうやってルイズの顔を見ていると……才人の中で、(元の世界に帰らないで、このままここにいても良いか)と気になった考えが浮かび上がる。ルイズがアンリエッタの直属の女官になってしまい、東に飛んで行き辛くなった時……がっかりしたけど、同時に嬉しくもあったのだから。それは、ルイズの側にいることができるからである。“地球”とシエスタとルイズ、その3つが才人の頭の中をグルグルと回り、彼を悩ませた。

 才人は、(俺は一体どうしたいんだろう? いつかは決めなくちゃいけない。たぶん、近い未来に)、とそう感じながら頭を悩ませた。

 

 

 

 ルイズの部屋から退出して直ぐ、彼女と才人のやり取りが聞こえてきた。

 そして、程なくして、彼女の行動が才人の言葉と声のトーン、喋り方などから大体を予想することやイメージすることができた。

 そして、それゆえか、シオンが想像力豊かなためか、彼女は顔を真っ赤にして両手で自身の顔を覆い始め、身体をプルプルと震え出させた。

 シオンの顔は、耳まで真っ赤であり、部屋から声が聞こえる度に彼女はビクンと身体を震わせる。

 そして、彼女はついに我慢ができなくなったのだろう、自身の部屋へと逃げ出すようにして疾走り出した。

 俺もまた、直で聞く必要もない、というよりも彼らの今のやり取りを覗き見するような趣味を持ち合わせていないので、“霊体化”して、この場を離れる。

 ただ、この部屋の周囲に近付いた誰かが、侵入しないように見張りながらだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方、才人とシオンはモンモランシーの部屋で頭を抱えていた。

 才人は、愚図るルイズをなんとか部屋に残し、部屋までやって来たのだが……。

「解除薬が造れないだと?」

 顔を持ち上げ、才人を睨んで言った。

 隣ではギーシュが、顎に手をやって、しかめっ面をしている。

 モンモランシーとギーシュは本日街に出て闇屋に向かい、解除薬の調合に必要な秘薬を探したのだが……。

「しょうがないじゃない! 売り切れだったんだもん!」

「いつになったら手に入るんだよ?」

「それが……どうやらもう、入荷が絶望的なようね」

「なんだよそれ?」

「その秘薬ってのは、“ガリア”との国境にある“ラグドリアン湖”に棲んでる、“水の精霊の涙”なんだけど……その“水の精霊”たちと、最近連絡が取れなくなっちゃったらしいの」

「なんだとぉー」

「つまり、秘薬を手に入れることはできない訳」

「じゃあルイズはどーすんだよ!」

「良いじゃないか。惚れられて困る訳でもあるまいに。君はルイズが好きだったんじゃないのかね?」

 ギーシュがそう言ったが、才人は納得しない。するはずもない。

「あんな薬で好かれても嬉しかねえや。あれはルイズの本当の気持ちじゃねえ。俺は早くルイズを元通りにしたいんだよ」

 モンモランシーは唇を尖らせた。

 ギーシュも仕方ない、とばかりに首を横に振る。

『ねえ、セイヴァー』

『なにかな?』

『セイヴァーなら、どうにかできるんじゃない?』

『できる、だろうな』

『でも、これって、やっぱりその“原作”っていうものの展開と同じなの? だとしたら、傍観するしかないのかな?』

『いいや、別にその必要はないと思うがね。難しい話になるが、大きな変化が起きない限り、世界の歴史はそれほどズレることはまずない。世界の修正力ってやつの1つだ。最終的に、似たような結果に辿り着く。今回のそれは、恐らくだが、それほど世界に影響は与えない。近いうちに、薬の効果は切れるだろうさ』

 そうやって俺は、思念通話でもってシオンの問に答える。が、俺自身がそれを1番危惧している為、どうしても自身に言い聞かせるように答えてしまう。

 しばらくジッと考え込んでいた才人が決心したように拳を握り締めた。

「その“水の精霊”とやらは、どこにいんだよ?」

「言ったでしょ。“ラグドリアン湖”よ」

「連絡が取れねえなら、こっちから行けば良いじゃねえか」

「えええええ!? 学校どーすんのよ!? それに、“水の精霊”は滅多に人前に姿を現さないし、ものすご―く強いのよ! 怒らせでもしたら大変よ!」

「知るか。行くぞ」

「わたしは絶対に行きませんからね!」

 才人は腕を組んだ。

「じゃあしょうがねえ。“惚れ薬”の事を姫さまに、いや今は女王さまだっけ? どっちでも良いや、とにかく相談して良い案を出してもらう。確かアレって禁制なんだっけ? 造っちゃいけない代物なんだろ。さて、女王さまにご注進したらどうなるのかな?」

 モンモランシーの顔が見る見るうちに青くなって行く。

「臭い飯食うか? モンモン?」

「理解ったわよ! 行けば良いんでしょ! 行けば! もう!」

「ふーむ、確かにルイズをあのままにしておく訳にも行かないな。あの態度を見たら、“惚れ薬”の事がバレてしまうかもしれん」

 ギーシュが首を大きく振った。

「安心してくれ恋人よ。僕が着いているじゃないか」

 そう言って肩に回したギーシュの手から、モンモランシーはすり抜けた。

「気休めにもならないわ。貴男、弱っちいし」

 それから俺たちは出発の打ち合わせをした。

 早い方が良いということもあり、出発は早速明日の早朝ということになった、独りぼっちにしておくとなにをするかわからないだろうということもあり、ルイズも連れて行くことになった。

 モンモランシーが、「はぁ、サボりなんて初めてだわ」、と溜息を吐く。

 対するギーシュは、「なあに、僕なんか今学年は半分も授業に出てないぞ? サイトとセイヴァーが来てからというモノ、なぜか毎日冒険だ! あっはっは」と満更でもなさそうに大笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丘から見下ろす“ラグドリアン湖”の青は眩しいと言えるだろう。陽光を受けて、湖面がキラキラとガラスの粉を蒔いたように瞬いているのだから。

 俺達は、馬を使ってここまでやって来た。

 ルイズは1人で馬に乗ることを嫌がったため、才人の前に跨っている。才人と一時足りとも離れるのが嫌なようである。

 モンモランシーとギーシュは立派な葦毛の馬に跨っている。

 シオンが跨り、操っている馬も相当なモノだと言えるだろう。

 俺が跨っている馬もまた、他に比べて並ぶほどのモノである。さらには、俺が持つ高ランクの“騎乗スキル”、“魔力放出スキル”などを駆使して、“騎乗兵”を超える腕前で操っていると自負できる。自惚れだろうが、“ヴィンダールヴ”すらをも超えているかもしれない。

「これが音に聞こえた“ラグドリアン湖”か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに“水の精霊”がいるのか! 感激だ! ヤッホー! ホホホホ!」

 1人旅行気分のギーシュが馬に拍車を入れ、喚きながら丘を駆け下りた。

 馬は水を怖がり、波打ち際で急停止した。慣性の法則が働き、ギーシュは場上から投げ出されて湖に頭から飛び込む形で飛んでしまう。

「背が立たない! 背が! 背ぇええええええがぁあああああああッ!」

 バシャバシャとギーシュは必死の形相で助けを求めている。どうやら泳げないらしい。

「やっぱり付き合いを考えた方が良いかしら?」

 モンモランシーが呟く。

「そうした方が良いな」

 才人が相槌を打った。

 なぜかルイズが心配そうな顔で才人を見上げる。

「モンモランシーが好いの?」

「そ、そういう訳じゃねえよ。待ってろ。直ぐに元のお前に戻してやるから」

 俺達も波打ち際まで馬を近付けた。

 必死の犬掻きで、岸辺に辿り着いたギーシュが、恨めしげに俺たちを見つめる。

「おいおい、放っとかないでくれよ! 泳げない僕を見捨てないでくれよ!」

 しかし、モンモランシーはびしょ濡れのギーシュをそっち退けで、ジッと湖面を見つめたまま、首を捻った。

 才人が「どうした?」と尋ね、モンモランシーは「変よ」と答えた。

「どこが変なんだ?」

「水位が上がってるわ。昔、“ラグドリアン湖”の岸辺は、ずっと向こうだったはずよ」

「ほんと?」

「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が呑まれてしまったみたいね」

 モンモランシーが指さした先に、藁葺の屋根が見えた。

 才人とシオンは、澄んだ水面の下に黒々と家が沈んでいることに気付いた。

 モンモランシーは波打ち際に近付くと、水に指を翳して目を瞑った。

 モンモランシーはしばらくしてから立ち上がり、困ったように首を傾げた。

「“水の精霊”はどうやら怒っているようね」

「そんなんでわかるのか?」

「わたしは“水”の使い手。“香水のモンモランシー”よ。この“ラグドリアン湖”に棲む“水の精霊”と、“トリステイン王家”は旧い盟約で結ばれているの。その際の交渉役を、“水”のモンモランシ家は何代も務めてきたわ」

 才人の質問に、胸を張って答えるモンモランシー。

「今は?」

「今は、色々あって、他の“貴族”が務めているわ」

「じゃあお前は、その“水の精霊”とやらに逢ったことはあるのか?」

 才人は好奇心を発揮して、尋ねた。

「小さい頃に1度だけ。領地の干拓を行う時に、“水の精霊”の協力を仰いだのよ。大きなガラスの容器を用意して、その中に入ってもらって領地まで来てもらったわ。“水の精霊”はプライドが高いから、機嫌を損ねたら大変なのよ。実際機嫌を損ねて、実家の干拓は失敗したわ。父上ってば、“水の精霊”に向かって“歩くな。床が濡れる”なんて言ったもんだから……」

「僕も見たことがないぞ」

 シャツを脱いで扇いで乾かしていたギーシュも相槌を打った。

 ルイズは話には興味がないのだろう、才人の後ろに隠れて、パーカーの裾をついついと摘んでいる。

「ものすご―く、綺麗だったわ! まるで、そう……」

 その時、木陰に隠れていたらしい老農夫が1人、俺たちの元へとやって来た。

「もし、旦那さま。“貴族”の旦那さま」

 初老の農夫は、困ったような顔で俺たちを見つめて来ている。

 モンモランシーが、「どうしたの?」と尋ねた。

「旦那さま方は、“水の精霊”との交渉に参られた方々で? でしたら、助かった! 早いとこ、この水をなんとかして欲しいもんで」

 俺とルイズを除いた面々は、顔を見合わせた。

 どうやらこの農夫は、湖に沈んでしまった村の住人らしい。

「わたし達は、ただ、その……湖を見に来ただけよ」

 “水の精霊の涙を”取りに来た、などと言うこともできるはずもなく、モンモランシーは当たり障りのない台詞を口にした。

「然様ですか……全く、領主様も女王様も、今は“アルビオン”との戦争に掛かりっ切りで、こんな辺境の村など相手にもしてくれませんわい。畑を取られた儂らが、どんなに苦しいのか想像も付かんのでしょうな……」

 はぁ、と農夫は深い溜息を漏らした。

 そんな農夫の言葉に、シオンは申し訳なさそうに顔を伏せた。

「一体、“ラグドリアン湖”になにがあったの?」

「増水が始まったのは、2年ほど前でさ。ユックリと水は増え、まずは船着場が沈み、寺院が沈み、畑が沈み……ごらんなせえ。今ではお付き合いに夢中で儂らの頼みなど聞かずじまい」

 よよよ、老農夫は泣き崩れた。

「長年この土地に住む儂らには理解ります。違えねえ、“水の精霊”が悪さをしよったんですわ。まったく、湖の底に大人しく沈んでいれば良いモノを……どうして今になって陸に興味を示すのか訊いてみたいもんでさ。水辺からこっちは人間様の土地だってのに。しかし、“水の精霊”と話せるのは“貴族”だけ。いった何をそんなに怒っているのか訊きたくても、しがない農民風情にはどうしようもありませんわい」

 才人たちは困ったように頭を掻いた。

 

 

 

 農夫が愚痴を言いたいだけ言って去って行った後、モンモランシーは腰に提げた袋から何かを取り出した。

 それは1匹の小さな蛙だ。鮮やかな黄色に、黒い斑点がいくつも散っている。もし、“地球”にいるとすれば、毒を持っているだろう見た目をした蛙である。

 そんな蛙は、モンモランシーの掌の上にちょこんと乗っかって、忠実な下僕のように、真っ直ぐにモンモランシーを見つめている。

「蛙!?」

 蛙が嫌いなルイズが悲鳴を上げて、才人に寄り添った。

「なんだよその毒々しい色の蛙は?」

「毒々しいなんて言わないで! わたしの大事な“使い魔”なんだから!」

 どうやらその小さな蛙が、モンモランシーの“使い魔”らしい。

 モンモランシーは指を立て、“使い魔”である蛙に命令をした。

「良いこと? ロビン。貴方たちの旧いお友達と、連絡が取りたいの」

 モンモランシーはポケットから針を取り出すと、それで指の先を突いた。赤い血の玉が膨れ上がる。その血を蛙――ロビンに一滴垂らした。

 それから直ぐに、モンモランシーは“魔法”を唱え、指先の傷を治療する。ペロッと舐めると、再びロビンに顔を近付ける。

「これで相手はわたしの事がわかるわ。覚えていればの話だけど。じゃあロビンお願いね。偉い“精霊”、旧き“水の精霊”を見付けて、“盟約の持ち主の1人が話をしたい”と告げてちょうだい。理解った?」

 ロビンはピョコンと首肯いた。それからピョンと跳ねて、水の中へと消えて行く。

「今、ロビンが“水の精霊”を呼びに行ったわ。見付かったら、連れて来くれるでしょう」

 才人は、ふーんと首を傾げた。

「やって来たら、悲しい話でもすれば良いのかな。主人想いの犬の話でもしようかな。かなり古いけど、かけ蕎麦のやつが良いかな……」

「悲しい話? なんでそんなのするのよ?」

「だって、“水の精霊の涙”が必要なんだろ? 泣いてくれなきゃ困るだろうが」

「ホントに無知ね。まあ、“水系統”の“メイジ”でもなきゃ知らないことだから、“平民”の貴男が知らないのも無理はないと思うけど。“水の精霊の涙”ってのは、通称よ。涙そのものの事じゃないわ」

 才人とギーシュは顔を見合わせた。

 ルイズは才人が自分の相手をしてくれないので、寂しそうに顔を才人の背中にスリスリと擦り付けてる。平時であれば、才人はむはー! と死にそうになってしまうだろくらいの可愛らしいルイズの態度であるのだが、今はモンモランシーの話に夢中である。

 ギーシュは、「だったら“水の精霊の涙”ってのはなんなんだい?」と尋ねる。

「“水の精霊”は……わたし達人間より、ずっと、ずっと長く生きている存在よ。6,000年前に“始祖ブリミル”が“ハルケギニア”に光臨した際には、既に存在していたと言うわ。その身体は、まるで水のように自在に形を変え……陽光を受けるとキラキラと7色に……」

 そこまでモンモランシーが口にした瞬間、離れた水面が光り出した。

 “水の精霊”が姿を現したのである。

 

 

 

 俺たちが立っている岸辺から、30“メイル”ほど離れた水面の下が、眩いばかりに輝いた。

 まるでそれ自体が意思を持つかのように、水面がウネウネと蠢いた。それから餅が膨らむようにして、水面が盛り上がる。

 俺とモンモランシー以外の皆は呆気に取られ、その様子を見つめた。

 まるで見えない手に捏ねられるようにして、盛り上がった水が様々に形を変える。巨大なアメーバのようなその姿であった。確かにキラキラと光って綺麗だが……どちらかというと気持ちが悪いと言えるだろう。

 湖からモンモランシーの“使い魔”のロビンが上がって来て、ピョンピョン跳ねながら主人の元に戻って来た。

 モンモランシーはしゃがんで手を翳してロビンを迎えた。指でロビンの頭を撫でる。

「ありがとう。きちんと連れて来てくれたのね」

 モンモランシーは立ち上がると、“水の精霊”に向けて両手を広げ、口を開いた。

「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。“水”の使い手で、旧き盟約の一員の家計よ。蛙に付けた血に覚えはお有りかしら? 覚えていたら、私たちにわかるやり方と言葉で返事をしてちょうだい」

 “水の精霊”……盛り上がった水面が……見えない手によって粘土が捏ねられるようにして、グネグネと形を取り始める。

 その様子をジッと見ていた才人達は、驚きのあまり目を丸くした。

 水の塊が、モンモランシーそっくりと形になって、ニッコリと微笑んだからだ。

 しかしサイズは一回りも大きく、服を身に着けていない。透明な裸のモンモランシーの姿を取ったのだ。水の彫像を想像と理解りやすいかもしれないだろうか。

 “水の精霊”は、表情を様々に変えた。笑顔の次は怒り、その次は泣き顔。まるで表情の1つ1つを試すように、水の塊の顔らしき部分は動く。

 なるほど、その姿は美しいと言えるだろう。まるで宝石の塊が動いているようであった。

 それから無表情になって、“水の精霊”はモンモランシーの問いかけに応えた。

「覚えて居る。単成る者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えて居る。貴様に最後に会ってから、月が52回交差した」

「良かった。“水の精霊”よ、お願いがあるの。厚かましいとは思うけど、貴方の一部を分けて欲しいの」

 才人は、一部? といった風に首を捻った。彼は、どういうこと? とモンモランシーを突くと、彼女は煩そうに振り返った。

「涙と言っても“精霊”が泣く訳ないでしょ。わたし達とは全然違う生き物……と言うか生き物なのかすらわかんないんだから。“水の精霊の涙”ってのは、“精霊”の一部よ」

「身体を切り取るのか!」

 才人は驚いた声を上げた。

「しっ! 大声出さないで! “精霊”が怒るじゃないの! だから滅多なことじゃ手に入らないの! 街の闇屋に仕入れている連中は、どんな手を使って手に入れているのか……まったく想像も付かないわ」

 “水の精霊”は、ニコッと笑った。

「お、笑った! OKみたいだぜ!」

 しかし、その口から……というか、どこから声が出ているのかわかり辛いが、出て来た台詞はまったく逆のモノであった。

「断る。単成る者よ」

「そりゃそうよね。残念でしたー。さ、帰ろ」

 モンモランシーがアッサリと諦めたので、才人とシオンは呆れた。

「おいおい! ちょっと待てよ! ルイズはどーすんだよ! なあ“水の精霊”さん!」

 才人はモンモランシーを押しのけて、“水の精霊”と対峙した。

「ちょっと!? あんた! やめなさいよ! 怒らせたらどーすんのよ!?」

 モンモランシーは才人を押し退けようとしたが、才人は怯まない。

 ギーシュとシオンはどーしたもんか、首を捻っている。

 ルイズは無言で才人に寄り添っていた。今の状態だけを見たら、どちらが“使い魔”なのかわかりにくいほどである。

「“水の精霊”さんよ! お願いだよ! なんでも言うこと利くから、“水の精霊の涙”を分けてくれよ! ちょっとだけ! ほんのちょっとだけ!」

 モンモランシーの姿の“水の精霊”は、何も返事をしなかった。

 才人がガバッと膝を付くと、地面に頭を擦り付けた。いわゆる土下座である。

「お願いです! 俺の大事な人が大変なんです! 貴方にだって、大事なモノがあるでしょう? それと同じくらい俺にとって大事な人が大変なことになってて……貴方の身体の一部が必要なんだ! だからお願い! この通り!」

 才人の剣幕にモンモランシーは止める気が失せたのか、溜息を吐いた。

 何気に涙脆いギーシュはその姿に感動したらしく、うんうんと首肯いている。

 ルイズは不安そうに、才人に抱き着いたままだ。

 シオンは、俺と“水の精霊”とを見比べて来ている。

 “水の精霊”は、フルフルと震えて、姿形を何度も変えている、どうやら考えている様子だ。

「俺からも頼もう。“水の精霊”よ。この少年の望みを聞き届けてやって欲しい」

 俺はそう言って、“水の精霊”がいる“ラグドリアン湖”の中へと足を踏み入れる。

 そんな俺の行動に、シオンとルイズ以外の皆が大きく目を見開き、驚く。

 そして、モンモランシーは、「流石に、それはっ!?」といった風に俺を止めようと手を伸ばす。

 だが、その手は俺には届かず、俺は自身の両脚を湖に浸ける。

 “水の精霊”の身体の震えが大きくなる。

「単成る者よ、貴様は何者か?」

「そうさな、俺は“サーヴァント”だ。特殊な例によって生まれた、特殊な“サーヴァント”だ、“水の精霊”よ。貴様の望みを対価に、貴様の身体の一部を……“水の精霊の涙”を頂戴したい」

 そして、“水の精霊”は自身の身体の形を、再びモンモランシーの姿へと戻す。そして、才人に問うた。

「良かろう」

「ええ!? ホント!?」

「しかし、条件が有る。世の理を知らぬ単成る者、そして“抑止拠り外れし者”よ。貴様等は何でも為ると申したな?」

「はい! 言いました!」

「ああ」

「成らば、我に仇為す貴様等の同胞を、退治して見せよ」

 俺を除いた皆が顔を見合わせた。

「退治?」

「然様。我は今、水を増やす事で精一杯で、襲撃者の対処に迄手が回らぬ。其の者共を退治為れば、望み通り我の一部を進呈為よう」

「いやーよ、わたし、喧嘩なんて」

 才人はそんなモンモランシーの肩を叩いた。

「臭い飯食うか? モンモン?」

 暗に禁断の秘薬を調合した事をバラすと才人は脅しているのである。

 モンモランシーはこの前と同じように、折れざるをえなかった。

「理解ったわよ! もう! 好きにしなさいよ!」

 こうして俺たちは、“水の精霊”を襲う連中をやっ付けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “水の精霊”が棲む場所は、遥か湖底の奥深くである。

 襲撃者は夜になると、“魔法”を使い、水の中に入って来て湖底にいる“水の精霊”を襲うと言う。

 俺たちは、“水の精霊”が示した“ガリア”側の岸辺の木陰に隠れ、ジッと襲撃者の一行が来るのを待ち受けていた。

 ギーシュは、戦いの前の景気付けなのか、才人と俺の隣で持って来たワインを呷っている。そのうちに歌い出しそうなくらいにテンションが上がって来たので、才人に頭を小突かれた。

 ルイズといえば、才人がモンモランシーとばっかり話していることもあり、相当ご機嫌斜めな様子だった。「わたしよりモンモランシーが好いのね、好きなのね、良いわよ勝手にすれば、でも嫌いにならないでうわーん!」、といった風にわあわあ泣いたり怒ったり、喚いたりと忙しく、才人は寝かし就けるためにほっぺに何度もキスしてやらなくてはならなかった。その甲斐あって今はモーフに包まり、くーくーと隣で寝息を立てている。まるで幼子のようである。薬の所為ではあるだろうが、どうやらひどく恋に落ちると誰でもそんな風になってしまうものなのかもしれない。

 俺はまた、この後起こるであろう展開に、思わず笑いそうになる。が、どうにか堪え、皆に悟られないように努める。

「一体どうやって、“水の精霊”を襲ってる連中は湖の底までやって来るんだ? 水の中じゃ息ができねえだろ」

 才人はモンモランシーに尋ねた。

 しばらくモンモランシーは考え込んで、「たぶん、“風”の使い手ね。空気の球を作って、その中に入るって湖底を歩いて来るんじゃないかしら? “水”の使い手だったら水中で呼吸ができる、“魔法”を使うだろうけど、“水の精霊”を相手にするって言うのに、水に触れて行ったら、自殺行為だわ。だから、“風”ね。空気を操り、水に触れずにやって来るに違いないわ」

 “水の精霊”の話では、襲撃は毎夜行われ、その度に“水の精霊”は身体を削られて行くらしい。

「あんなプヨプヨした奴が、どうしたら傷付くんだ?」

「“水の精霊”は、動きが鈍いし……それに“メイジ”だったら、ただの水と“精霊”の見分けが付くわ。“水の精霊”は“魔力”を帯びてるからね。近付いて、強力な炎で身体を炙る、徐々に蒸発して……気体になったら再び液体として繋がることができなくなっちゃうわ」

「繋がることができなくなる?」

「“水の精霊”は、まるで苔のような存在なのよ。千切れても、繋がってても、その意思は1つ。個にして全。全にして個。わたし達とはまったく違う生き物よ」

「ふーん……」

 才人は相槌を打った。

「そして相手が水に触れていなければ、“水の精霊”の攻撃は相手に届かない」

「なんだよ、全然強くねえじゃねえかよ」

「まったく……“水の精霊”の怖さを知らないのね……少しでも精神の集中が乱れて、空気の球が破れ、一瞬でも水に触れたら心を奪われるわよ。他の生物の生命と精神を操ることなんて、あの“水の精霊”にとっちゃ呼吸するのと同じくくらい、なんでもないことなんだから。いくら空気の球に入っているからって、“水の精霊”のテリトリーである水中に入り込むなんて、よっぽどの命知らずじゃんきゃできないことだわ。聴いてる? そこの“使い魔”?」

 才人は溜息を吐いた。

 そして、俺へと話が振られる。どうやら、湖中へと足を入れた事に対して、言って来ているようである。

「ふむ、理解した。どうやら、俺はそのよっぽどの命知らずの馬鹿だった見たいだな。“水の精霊”は優しかったから救かったが、今度からは気を付けよう」

 などと俺はテキトウにモンモランシーの言葉に相槌を打ち、口にする。

 実際、ヒトを始めこの世界や他の世界での生命であれば、この世界の“水の精霊”相手にああいった行動は命取りなのだろう。だが、この身は“サーヴァント”だ。ましてや、俺には“精神干渉系に対する高い耐性を持つスキル”を所持しているのである。まったく影響はないと言えるだろう。

 2つの月が、天の頂点を挟むようにして光っている。詰まり、深夜だ。

 才人を始め皆、口を噤んだ。

 才人は、背中に吊ったデルフリンガーの柄に、手を近付ける。

 モンモランシーは、その緊張が怖くなったのだろうか、震える声で呟いた。

「とにかく、わたしは戦いなんて野蛮なことは大っ嫌いだから、貴男たちに任せたわよ」

「安心してくれモンモランシー。僕がいる。僕の勇敢な“戦乙女(ワルキューレ)”達が、ならず共を成敗してくれる」

 ワインでヘベレケに酔っ払ったギーシュが、モンモランシーにしなだれかかった。

「良いから寝てて。お酒臭いし」

「ギーシュ、お前は陽動を頼む」

 才人の言葉に、ギーシュが赤い顔で首肯く。

 才人は深呼吸をした。それなりに戦いの経験を積んで来た才人の勘が、斬った張ったが近いことを彼へと教える。ジットリと、才人の口の中に唾が溢れる。(敵は何人だろう? でも、なんてことはねえ。俺はなんせ、“伝説のガンダールヴ” だからな。“メイジ”だろうがなんだろうが、遅れを取ることはねえ。なにこないだは、あれだけの数の“竜騎兵”をやっ付けたんだ)と自身の慢心に気付かないでいる様子を見せる。

 才人は、ルイズの寝顔を見つめる。そして、「待ってろ、元に戻してやるからな」と小さく呟いた。

 シオンは、“杖”を握っている。が、臨戦態勢を取っているというよりも、空気を読んで皆に合わせているだけといった様子だ。そして、俺を一瞥する。どうやら、この先の展開を俺の様子を見て、察したらしい。

 

 

 

 

 それから1時間も経った頃だろうか。

 岸辺に人影が現れた。人数は2人だ。漆黒のローブを身に纏い、深くフードを冠っているので男か女かもわかりにくいだろう。

 才人はデルフリンガーの柄を握った。左手甲の“ルーン”が光り始める。しかし、まだ飛び出さない。現れた人物たちが、“水の精霊”を襲っている連中であると、決まった訳ではないのだから。

 しかし、その2人組は、水辺に立つと“杖”を掲げた。

 どうやら“呪文”を唱えたらしい。

 才人は、(間違いねえな)と思ったのだろう、立ち上がると、木陰の間から2人組の背後へと向かった。「2人だけなら楽勝だ。なにせ俺は……ワルドを倒し、十数匹の“オーク鬼”をやっつけたんだ。あんな2人組、なんてことない。ほら、まるでこっちに気付いて無い。楽勝楽勝」と口笛でも吹きかねない勢いである。

 才人は2人組の後ろの木に隠れ、しゃがみ込んだのを確認すると、ギーシュは“呪文”を“詠唱”した。2人組の立った地面が盛り上がり、大きな手のような触手となって、襲撃者(?)の足に絡み付いた。

 才人は、今だ! といった風に、そして弾かれたように木陰から飛び出す。距離は、大凡30“メイル”。“ガンダールヴ”の力を発揮した才人にとっては、3秒足らずの距離だ。

 しかし、2人組の反応は素早かった。背の高い方の襲撃者(?)は、地面が盛り上がると同時に“呪文”を“詠唱”したらしい。“杖”の先から溢れた炎が、2人の足を掴む土の戒めを焼き払う。

 背の低い方の人影は、才人とギーシュの予想外の驚くべき行動に出た。なんと、“呪文”を“詠唱”したギーシュではなく、虚を突いたはずの才人の方へと身体を向けたのである。そして、素早く身体をひねり、“杖”を振った。

 以前、ワルドが使用した“エア・ハンマー”――巨大な空気の塊が、才人の身体を弾き飛ばす。

 まさか自分の奇襲が気付かれるなどと予想していなかった才人は、真正面から喰らい、思いっ切り後ろに吹っ飛んだ。

 間髪入れずに、氷の矢が才人へと向かって飛んで行く。

 才人は身体を撚ってジャンプしてそれを躱す。がしかし、背の高い方の“メイジ”が、才人の着地点目掛けて巨大な炎の球を放った。横に転がって躱そうとする才人だが、それは正確にホーミングする。

 襲撃者(?)はまるで詰将棋の達人であるかのように才人の動きを予想して、攻撃を繰り出しているのである。

「相棒! 俺を構えろ!」

 デルフリンガーが叫ぶ。

 才人は思いっ切ってその炎球をデルフリンガーで受け止めた。なんとか炎の球は、デルフリンガーへと吸込まれたが、爆発して炎の欠片を撒き散らす。

 眩しさで目をやられたのだろう、才人は立ちすくんでしまった。

 必死に目を擦って視界を確保しようとするのだが、火の粉が目に入ったのか、激痛が奔っている様子を見せる才人。才人の焦りが急速に膨れ上がる。

 才人は注意をギーシュに引き付けたと思って油断していたのだ。

 間違いなく襲撃者(?)は戦闘のエキスパートだと言えるだろう。初撃の瞬間、違う方向からの襲撃を難なく予想して、奇襲を迎撃してみせた。その上連携が巧みだった。一方が“呪文”を唱えている間に、もう片方は“呪文”を完成させて放つ。それを単純に繰り返しているだけであったが、結果は強力だ。なにせ、ほぼ隙がないと言えるのだから。

 吹き荒ぶ烈風が、立ち竦む才人の手からデルフリンガーを捥ぎ取った。

 才人の身体が急に重くなり、薄っすらと開いた右目の視界の端に、巨大な火の玉が映った。才人は、それを見て、(ちょっと慢心しただけで、まさか、こんなに呆気なく殺られてしまうなんてな)と観念した。(ああ、やっぱり俺はまだ素人だったんだ。“ガンダールヴ”の力が、自分の実力以上の自信を与えてくれてたんだろうな。真っ直ぐ突っ込むだけじゃ、通用しない敵が沢山いるんだ! 嗚呼ルイズごめん! ルイズ!)、と攻撃を喰らうだろう直前に目を瞑り、思った。

 がしかし、“運命”の女神は、まだ才人を見放してはいなかった。

 才人に打つかる瞬間、才人の眼の前の空間が爆発して、火の玉と才人を吹き飛ばした。

 この“魔法”は……ルイズの“虚無”だ。

「サイトを虐めないでーーーーーーーーーーーッ!」

 ルイズの絶叫が月夜に響く。

 才人は泣きそうになった。間一髪で、ルイズは救けてくれたのだから。寝ていたのだろうが……どうやらこの騒ぎで目を覚ましたのだろう。

 才人は、(待ってろルイズ。もう油断しねえ。あいつらをやっ付けてやる。そしてお前を元に戻してやるからな)といった風に、なんとか右目を抉じ開け、デルフリンガーを拾い上げた。そして、バネが弾けるように跳びかかろうとしたその瞬間……。

「そこまでにしておくんだな。敵対するつもりはない」

 俺が言葉を大きく放ち、2人組はピタリと動きを止めていた。俺の言葉、そしてなによりルイズの絶叫で、気付いたらしい。

 顔を見合わせるように2人組の影が動く。それからガバッと冠ったフードを取り払った。

 月明かりに現れた顔は……。

「キュルケ!? タバサ!?」

 俺同様にほとんど見ていただけのギーシュが叫んだ。

「なんだよ! おまえらだったのかよ!」

 ホッとした感情と、疲労が押し寄せ、才人は地面に膝を着いた。

「貴方たちなの? どうしてこんなとこにいるのよ!?」

 キュルケも驚いたように叫んだ。

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