ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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アンドバリの指輪と偽りの再逢

 モンモランシーの“水”の“魔法”で目の怪我を治した才人は、キュルケ達に事情を訊くことにした。

 キュルケとタバサは、焚き火の周りで肉を焼いている。

 ワイン片手のギーシュが、その隣で楽しそうに騒いでいる。彼はまだ旅行気分らしい。

 時刻は深夜の1時くらいだろう。湖面に2つの月が映り、美しい光景が広がっている。

 近付く才人にキュルケが「怪我治った?」と聞いて来た。

 才人は負けた事が少しばかり口惜しかっただろう。だが、そんな感情よりも素直に2人のコンビネーションに感嘆して、褒めた。

「お前ら、強いかったんだな! 殺られるかと思った」

「まあね。そりゃ弱くないわ。でも、勝負は時の運。セイヴァーが加わったり、貴男たちの息が合ってたら逃げ出すしかなかったかもね。だって戦ってたのは貴男だけ。ギーシュはオロオロしてただけのようだし、セイヴァーとシオン、モンモランシーは静観していただけみたいだし。ルイズは最後の一撃だけじゃない」

 キュルケは得意げに言って髪を掻き上げた。

「しっかし、なんでお前らは“水の精霊”を襲ってたんだよ?」

 才人が焚き火の側に腰かけて尋ねると、「なんで貴方たちは“水の精霊”を守っていたの?」とキュルケが逆に尋ねる。

 才人の背中に、ずっとぴったりくっ付いていたルイズが悲しそうに、才人のパーカーの袖を引っ張る。

「キュルケが好いの?」

「えー! もう! 違うよ! 事情を訊くだけ! お前はとりあえず寝てろ! な?」

「やだ。寝ない。今日、サイトまだわたしとあんまり口利いてくれてないもん。32回しか、言葉のやりとりしてくれないもん」

 ルイズはどうやら、言葉のキャッチボールを数えていたらしい。

 才人は、優しく肩に手を置いて、子供をあやすような口調で言った。

「後でもっと話すから、今は寝ててくれ。さっき“魔法”を使って疲れただろう?」

 才人がそう言うと、ルイズはモジモジと才人の胸を立てた指で捏ね回した。

「じゃあ……キスして」

「え?」

「一杯して。じゃないと寝ない」

 キュルケがポカンと口を開けて、2人を見つめている。

 事情を知っているギーシュとモンモランシー、そしてシオンは顔を見合わせてクスクスと笑っている。

 才人は仕方なくといった風に、ルイズの頬にキスをしてやった。

「ほっぺじゃやだ」

 ルイズは頬を膨らませて、ブスッと呟いた。

 才人は困ってしまった。皆がニヤニヤしながら見ていることもあって、恥ずかしくて唇にキスなんかにできやしないとった様子だ。

 悩んだ挙句に、才人はルイズの額にキスをした。

 ルイズはそれでなんとか満足したのだろう、あぐらを描いている才人の膝の間にちょこんと座り込み、胸に身体を預けて目を瞑った。そして、しばらくするとピンクの唇の隙間から寝息が漏れ出す。

 キュルケが感心した声で言った。

「貴男って実はとんでもなく女の扱いが上手かったのね。いつの間にルイズを手懐けたの? この娘、メロメロじゃないの」

「いや、そうじゃねえから。モンモランシーが“惚れ薬”造って、それを間違ってルイズが呑んじゃったんだよ。で、1番初めに視界に飛び込んで来たのが俺って訳。“惚れ薬”で惚れてるだけだから」

「“惚れ薬”? なんでそんなの造ったの?」

 キュルケは、肉を齧っていたモンモランシーに尋ねた。

「つ、造ってみたくなっただけよ」

 つまらなさそうにモンモランシーは答える。

「まったく、自分の魅力に自信のない女って、最悪ね」

「うっさいわね! 仕方ないじゃない! このギーシュったら浮気ばっかりするんだから! “惚れ薬”でも呑まなきゃ病気が治んないの!」

「元を辿れば、僕の所為なのか? うーむ」

 才人はキュルケに事の次第を説明した。

 “惚れ薬”の解除薬を造るためには、“水の精霊の涙”が必要な事。それを貰う代わりに、襲撃者退治を頼まれた事……。

「なるほど。そういう訳で貴方たちは“水の精霊”を守ってたって訳なのね!」

 キュルケは困ったように、隣のタバサを見つめる。

 彼女は無表情に、焚き火の炎をジッと見つめていた。

「参っちゃったわねー。貴男たちとやり合う訳にもいかないし、“水の精霊”を退治しないとタバサの立つ瀬がないし……」

「どうして退治しなきゃならないんだ?」

 才人にそう尋ねられて、キュルケは困ってしまった。まさか、正直にタバサの家の事情を話す訳にもいかない為である。

「そ、その、タバサの御実家に頼まれたのよ。ほら、“水の精霊”のせいで、水嵩が上がってるじゃない? おかげでタバサの実家の領地が被害に合っているらしいの。それであたし達が退治を頼まれたって訳」

 才人はしばらく考え込んで、結論を出した。

「良し。こうしよう。“水の精霊”を襲うのは中止してくれ。その代わり、“水の精霊”に、どうして水嵩を増やすのか理由を訊いてみようじゃねえか。その上で頼んでみよう。水嵩を増やすのは止めてくれって」

「“水の精霊”が、聞く耳なんか持ってるかしら?」

「持ってるよ。俺たちは、昼間ちゃんと交渉したんだぜ? 襲撃者をやっ付けるのと引き換えに、身体の一部を貰うって約束したんだ」

 キュルケは少し考えて、タバサに問うてみた。

「結局は、水浸しになった土地が、元に戻れば良い訳なのでしょ?」

 タバサは首肯いた。

「良し決まり! じゃ、明日になったら交渉してみましょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝……。

 モンモランシーは昨日と同じように、ロビンを水に放して“水の精霊”を呼んだ。

 朝靄の中、水面が盛り上がり“水の精霊”が姿を現した。

「“水の精霊”よ。もう貴方を襲う者はいなくなったわ。約束通り、貴方の一部を頂戴」

 モンモランシーがそう言うと、“水の精霊”は細かく震えた。びっ、と水滴のようにその身体の一部が弾け、俺たちの元へと飛んで来る。

 ギーシュが、うわ! うわ! と叫んで、持っている瓶で“水の精霊の涙”を受け止めた。

 すると“水の精霊”はゴボゴボと再び水底に戻って行きそうになったので、才人が呼び止めた。

「待ってくれ! 1つ訊きたい事があるんだ!」

 すると“水の精霊”は、再び水面に盛り上がり、グネグネと動き始め、昨日と同じようにモンモランシーの姿になった。

 モンモランシーは、「改めて見ると、恥ずかしいわね」と呟く。

「何だ? 単成る者よ」

「どうして水嵩を増やすんだ? 良かったら止めて欲しいんだけど、なにか理由があるなら訊かせてくれ。俺たちにできることなら、なんでもするから」

「“御前達に、任せても良いモノか、我は悩む。然し、“守護者”が居り、御前達は我との約束を守った。成らば信用して話しても良い事と思う」

 才人は、(もったいぶんじゃねえよ)と思った風な様子を見せる。が、黙って“水の精霊”の言葉を待った。

 何度か形を変えた後、再びモンモランシーの似姿に戻り、“水の精霊”は語り始めた。

「数える程も愚かしい程月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、御前達の同胞が盗んだのだ」

「秘宝?」

「そうだ。我が暮らす最も濃き水の底から、其の秘宝が盗まれたのは、月が30程交差する前の晩の事」

 モンモランシーは、「おおよそ2年前ね」と呟く。

「じゃあお前は、人間に復讐するために、水嵩を増やして村々を呑み込んじまったのか?」

「復讐? 我は其の様な目的は持た無い。唯、秘宝を取り返したいと願うだけ。ユックリと水が侵食すれば、何れ秘宝に届くだろう。水が全てを覆い尽くす其の暁には、我が身体が秘宝の在り処を知るだろう」

「な、なんだそりゃ」

 なんとも気が長い話であると言えるだろう。

 “水の精霊”は、その秘宝を取り返すために“ハルケギニア”を水没させるつもりだったのである。この程度の速度であれば、何百年、いや、何千年経かるだろうかわかりづらい、計算が面倒になるほどである。

「気が長い奴だな」

「我と御前達では、時に対する概念が違う。我にとって全は個。時も又然り。今も未来も過去も、我に違いは無い。何れも我が存在する時間故」

 その言葉からも、“水の精霊”に死という概念がない、死ぬことがないということ理解できるだろう。気が遠くなるだろうほどの昔から、この湖で暮らして来たのだから。

「待て、“水の精霊”。貴様は見落としている点がある」

「其れは何か?  “抑止拠り外れし者”よ」

「それは、空だ。この“ハルケギニア”には浮遊大陸が存在する。そこに貴様が求めるモノがあればどうしようもあるまいて」

 そんな俺の言葉に、“水の精霊”含め皆が黙り込んでしまう。

「ようし、そんなら俺たちがその秘宝を取り返して来てやる。なんて言う秘宝なんだ?」

 そんな空気を切り裂き、転換させるように、一際大きく元気な声で、才人が言った。

「“アンドバリの指輪”。我が共に、時を過ごした指輪」

「なんか聞いたことがあるわ」

 “水の精霊”の言葉を聞いて、モンモランシーが呟く。

「“水系統”の伝説の“マジックアイテム”。確か、偽りの生命を死者に与えるという……」

「其の通り。誰が造ったモノかは判らぬが、単成る者よ。御前の仲間かも知れぬ。唯御前達が此の地に遣って来た時には、既に存在為た。死は我には無い概念故理解出来ぬが、死を免れぬ御前達には成る程命を与える力は魅力と想えるのかも知れぬ。然し乍ら、“アンドバリの指輪”が齎すのは偽りの命。旧き“水”の力に過ぎぬ。所詮益には成らぬ」

「そんな代物を、誰が盗ったんだ?」

「“風”の力を行使して、我の住処に遣って来たのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去って行った」

「名前とかわからないの?」

「確か個体の1人が、こう呼ばれていた。クロムウェル、と」

 キュルケがポツンと呟いた。

「聞き間違いじゃなければ、“アルビオン”の新皇帝の名前ね」

 そのキュルケの言葉に、シオンの表情が硬くなる。

 才人たちは顔を見合わせた。

「人違いと言う可能性もあるんじゃねえのか? 同じ名前の奴なんか、一杯いるだろう? で、偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだ?」

「指輪を使った者に従う様に成る。個々に意思が有ると言うのは、不便なモノだな」

「とんでもない指輪ね。死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」

 キュルケが呟く。彼女はその瞬間、なにか引っ掛かるモノを感じた。だが、上手く思い出せず、(ま、ここしばらく色んなことがあって忙しかったからねー)と頭を掻きながら独り言ちた。

 才人は決心したように首肯くと、“水の精霊”に向かって大声で言った。

「理解った! 約束する! その指輪をなんとしてでも取り返して来るから、水嵩を増やすのをやめてくれ!」

 “水の精霊”はフルフルと震えた。

「理解った。御前達を信用為よう。指輪が戻るの成ら、水を増やす必要も無い。況してや、空の上では我には同仕様も無いのだから」

「いつまでに取り返して来れば良いんだ?」

 すると“水の精霊”はフルフルと震えた。

「御前達の寿命が尽きる迄で構わぬ」

「そんなに長くて良いのかよ?」

「構わぬ。我にとって、明日も未来も余り変わらぬ」

 そう言って、“水の精霊”がまたフルフルと震える。そしてゴボゴボと姿を消そうとした。

 その瞬間、タバサが呼び止めた。

「待って」

 俺以外の、その場の全員が驚いて、タバサを見詰めた。タバサが他人を……呼び止めるところなど初めて見たからだ。

「“水の精霊”。貴方に1つ訊きたい」

「何だ?」

「貴方はわたし達の間で、“誓約の精霊”と呼ばれている。その理由が訊きたい」

「単成る者よ。我と御前達では存在の根底が違う。故に御前達の考えは我には深く理解出来ぬ。然し察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と想う。我に決まった形は無い。然し、我は変わらぬ。御前達が目粉しく世代を入れ替える間、我はずっと此の水と共に在った」

 “水の精霊”は震えながら、俺たちの耳元で鳴らしているかのようにして言葉を発した。

「変わらぬ我の前故、御前達は変わらぬ何かを祈りたく成るのだろう」

 タバサは首肯いた。それから目を瞑って手を合わせた。

 キュルケがその肩に優しく手を置いた。

「なんだね?」

「あんたも誓約しなさいよ。ほら」

「なにを?」

 ホントに理解らない、といった顔でギーシュが聞き返したので、モンモランシーは思いっ切り殴り付けた。

「なんのためにわたしが“惚れ薬”を調合したと思ってるの!?」

「あ、ああ。ギーシュ・ド・グラモンは誓います。これから先、モンモランシーを1番目に“愛”することを……」

 再びモンモランシーは、ギーシュを小突いた。

「なんだねっ!? もう! ちゃんと誓約したじゃないか!」

「1番じゃないのよ。わたしだけ! わたしだけ“愛”すると誓いなさい。1番じゃ不安だわ。どうせ2番3番が直ぐに出来るに決まってるもの」

 ギーシュは悲しそうに誓約の言葉を口にした。どうにも守られそうにない口調であったが、モンモランシーを1番に“愛”しているということだけは本当の事なのだから。

 ルイズはついついと才人の袖を引っ張り、不安そうな顔で、才人を見つめた。

「誓って」

 才人はルイズの顔を見つめた。

 今日でこんなルイズともお別れである。才人は、なんとなく寂しいと感じているのだろう。そういった表情を浮かべている。いくら薬の所為とはいえ……好きな女の子に「大好き好き好きだぁいすき」と、言われまくっていたのだから。

 才人は、(でも、やっぱり元のルイズの方が好いな)と思った。やはり、ルイズらしいルイズが、才人は好きなのである。殴ったり蹴られたり、果ては犬扱いされようとも、才人は結局のところ、元のルイズの方が好み、好きなのだ。

「祈ってくれないの? わたしに、“愛”を誓ってくれないの?」

 目に涙を湛え、ルイズが尋ねる。

「ごめんな。今のお前には、約束できない」

 才人がそう言うと、ルイズは泣きじゃくった。

 そんなルイズの頭を、才人は優しく撫でた。

 そして――。

「で、あんたはどうなのよ?」

 と、キュルケが俺へと振って来る。

「そうさな。俺、セイヴァーは、第2の生を全力で活き、そしてシオンを“愛”することを誓おう」

 そんな俺の言葉を聞いて、シオンは顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタは裸に近い格好でベッドに横たわっていた。身に着けているのは、薄い肌着のみである。女王になってから使い始めた亡き父王の居室であった。

 巨大な天蓋付きのベッドの隣には、アンリエッタの父が愛用していたテーブルがある。

 彼女は、スッと手を伸ばして、ワインの瓶を取り、杯に注いで、一気に呑み干した。昔は酒など食事の時に軽く呑むくらいではあったのだが……女王になってからは量が増えたといえるだろう。

 政治の飾りの花に過ぎなかったアンリエッタにとって、決断を求められる、ということはかなりの心労であるのだ。決議はほぼ決まった状態で彼女のところに持ち込まれるのだが、それでもそれらに承認を与えるのは彼女である。その上、小康状態を保っているとはいえ、今は戦時であるのだから。

 飾りの王に過ぎぬとはいえ、飾りなりの責任は既に発生しているのであった。

 その重圧をアンリエッタはまだ扱い兼ねているのだ。呑まずには眠れない。今の格好を御付けの女官や侍従に見られる訳にもいかないので、アンリエッタはこっそり隠したワインを、夜中にこうして開けているのであった。

 再びワインを杯に注いだ。呑み過ぎかもと、アンリエッタはトロンと濁った頭で考える。彼女は、小さく“ルーン”を唱え、ワインを注いだ“杖”に振り下ろす。

 “杖”の先から水が溢れ、杯に注がれた。空気中の水蒸気などを、液体に戻す“呪文”だ。“水系統”の初歩の“呪文”である。状態を変えるということなのだから、“土系統”の“錬金”にも通じるところがあるだろう。

 水が溢れ、杯から溢れた。酔いの所為だろうか加減が狂っているのだ。

 アンリエッタはそれを呑み干す。

 頬を桃色に染めたアンリエッタは、再びベッドに倒れ込んだ。

 アンリエッタが酔うと決まって想い出すのは……楽しかった日々だ。輝いていた日々。ほんのわずかの、活きていると実感できていたあの頃。14歳の夏の、短い時間。

 1度で良いから聞きたかった言葉……。

「どうして貴男はあの時仰ってくれなかったの?」

 顔を手で隠し、アンリエッタは問うた。

 しかし、そ答えを言ってくれる人物はもう、いない。この世のどこにもいないのだ。

 アンリエッタは、勝利が悲しみを癒やすかもしれないと思った。

 アンリエッタは、女王の激務が忘れさせてくれるかもと考えた。

 しかし、彼女は忘れられない。華やかな勝利も、賞賛の言葉も聖女と自分を敬愛する民の連呼も……たった1つの言葉には敵わないのである。

 涙がツイッと流れた。アンリエッタは、(いやだわ)と思った。

 明日の朝も早い。“ゲルマニア”の大使との折衝が控えているのだ。一刻も早くこの馬鹿げた戦争を終わらせたい。“トリステイン”とアンリエッタにとって、大事な折衝である。

 涙に濡れた顔を見せる訳にはいかないのである。もう弱いところは誰にも見せることができないのだから。

 アンリエッタは涙を拭う。そして再びワインの杯に手を伸ばしたその時……。

 扉がノックされた。

 アンリエッタは、(こんな夜更けに誰かしら? また面倒な事が持ち上がったのかしら? 億劫だけど、無視する訳にもいかないわね。“アルビオン”が再び艦隊を繰り出して来たのかもしれないし)と思い、物憂げな仕草でガウンを羽織ると、ベッドの上から誰何した。

「ラ・ボルト? それとも枢機卿かしら? こんな夜中にどうしたの?」

 しかし、返事はない。代わりに、再びノックがされた。

「誰? 名乗りなさい。夜更けに女王の部屋を尋ねる者が、名乗らないという法はありませんよ。さあ、おっしゃいな。さもなければ人を呼びますよ」

「僕だ」

 その言葉を耳にした瞬間、アンリエッタの顔から表情が消えた。

「呑みすぎた見たいね。嫌だわ、こんなハッキリと幻聴が聞こえるなんて……」

 そう呟いて、アンリエッタは胸に手をやった。しかし、激しい動悸は治まらない。

「僕だよアンリエッタ。この扉を開けておくれ」

 アンリエッタは扉へ駆け寄った。

「ウェールズ様? 嘘。貴男は裏切り者の手にかかったはずじゃ……?」

 アンリエッタが震える声でそう口にすると、「それは間違いだ。こうして僕は、生きている」と声の主が言葉を返した。

「嘘よ。嘘。どうして?」

「僕は落ち延びたんだ。死んたのは……僕の影武者さ」

「そんな……こうして、“風のルビー”だって……」

 アンリエッタは、自分の指に嵌めたウェールズの形見である指輪を確かめた。

「敵を欺くには、まず味方からと言うだろう?」

「シオンが間違うはずないわ……」

「まあ、信じられないのも無理はない。では僕が僕だという証拠を聞かせよう」

 アンリエッタは震えながら、ウェールズの言葉を待った。

「“風吹く夜に”」

 “ラグドリアンの湖畔”で、何度も聞いた合言葉。

 アンリエッタは返事をするのも忘れて、ドアを開け放った。

 何度も夢見た笑顔が、そこに立っていた。

「おお、ウェールズ様……よくぞ御無事で……」

 その先は言葉にならなかった。

 アンリエッタは、しっかりとウェールズの胸を抱き締め、そこに顔を寄せて咽び泣いた。

 ウェールズはその顔を優しく撫でた。

「相変わらずだねアンリエッタ。なんて泣き虫なんだ」

「だって、てっきり貴男は死んだものと……どうしてもっと早くに入らしてくださらなかったの?」

「敗戦の後、巡洋艦に乗って落ち延びたんだ。ずっと“トリステイン”の森に隠れていたんだよ。敵に居場所を知られてはいけないから、何度も場所を変えた。君の住む城下にやって来たのは2日前だが……君が1人でいる時間を調べるために時間が経かかってしまった。まさか昼間に、謁見待合室に並ぶ訳にはいかないだろう?」

 そう言うと、悪戯っぽくウェールズは笑った。

「相変わらず、意地悪ね。どんなに私が悲しんだか……寂しい想いをしたか、貴男には理解らないのでしょうね」

「理解るとも。だからこそこうやって迎えに来たんじゃないか」

 しばらくアンリエッタとウェールズは抱き合った。

「遠慮なさらずに、この城に入らしてくださいな。今の“アルビオン”に、“トリステイン”に攻め込む力はありません。なにせ、頼みの艦隊が失くなってしまったのですから。この城は“ハルケギニア”のどこよりも安全です。敵はウェールズ様に指一本触れることはできませんわ。そうだわ! シオンにも伝えなきゃ! あの娘、きっと――」

「――そういう訳にはいかないんだ」

 アンリエッタの言葉を遮り、ウェールズはニッコリと笑って言った。だが、其の顔は表情こそ笑顔だが、目の方は違った。

「どうなさるつもりなの?」

「僕は、“アルビオン”に帰らなくちゃいけない」

「馬鹿なことを! せっかく拾った御命を、むざむざ捨てに行くようなモノですわ!」

「それでも、僕は戻らなくてはいけない。“アルビオン”を、“レコン・キスタ”の手から解放しなくちゃいけないんだ」

「ご冗談を!」

「冗談なんかじゃない。そのために、今日は意味を迎えに来たんだ」

「私を?」

「そうだ。“アルビオン”を解放する為には君の力が必要なんだ。国内には僕の協力者もいるが……信頼できる人がもっと必要なんだ。一緒に来てくれるね?」

「そんな……お言葉は嬉しいですが、無理ですわ。王女時代ならそのような冒険も出来ましょうが、私はもう女王なのです。好むと好まざるとに関わらず、国と民がこの肩の上に乗っております。無理を仰らないでくださいまし」

 しかし、ウェールズは諦めない。さらに熱心な言葉で、アンリエッタを説き伏せにかかる。

「無理は承知の上だ。でも、勝利には君が必要なんだ、負け戦の中で、僕は気付いた。どれだけ僕が、君を必要としていたかって。“アルビオン”と僕には勝利をもたらしてくれる、聖女が必要なんだ」

 アンリエッタは、身体の底から熱いモノが込み上げて来るのを感じた。“愛”しい人に必要とされているということが、酔いと寂しさが、内から込み上げる衝動を加速させるのである。

 しかし、必死にアンリエッタは答えた。

「これ以上、私を困らせないでくださいまし。お待ちくださいな、今、人をやってお部屋を用意いたしますわ。この事は、明日また、シオンを交えてゆっくり……」

 ウェールズは首を横に振る。

「明日じゃ間に合わない」

 それから、ウェールズはアンリエッタがずっと聞きたがっていた言葉をアッサリと口にした。

「“愛”している。アンリエッタ。だから僕と一緒に来てくれ」

 それはウェールズが抱える、まったくの本心であった。

 アンリエッタの心が、“ラグドリアンの湖畔”でウェールズと逢引を重ねた頃と同じ鼓動のリズムを弾き出す。

 ゆっくりと、ウェールズはアンリエッタに唇を近付けた。

 何か言おうとしたアンリエッタの唇が、ウェールズのそれで塞がれた。

 アンリエッタの脳裏に、甘い記憶がいくつも蘇る。

 そのために、アンリエッタは己にかけられた“眠りの魔法”に気付かなかった。

 幸せな気分のまま、アンリエッタは眠りの世界へと堕ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて一方その頃……。

 “トリステイン魔法学院”の女子寮の一室で俺たちが見守る中、モンモランシーが一生懸命に調合に勤しんでいた。

「出来たわ! ふう! しっかし、やたらと苦労したわねー!」

 モンモランシーは額の汗を拭いながら、椅子の背もたれにドッカと身体を預けた。

 テーブルの上のルツボには、調合したばかりの解除薬が入っている。

「これ、そのまま呑めば良いのか?」

「ええ」

 才人はそのルツボを取ると、ルイズの鼻先に近付けた。

 が、当然その臭いでルイズが顔を顰める。

「じゃあルイズ。これ呑め」

「嫌だ。すっごい臭いがする」

 ルイズは首を横に振った。

 才人は、子供に人参を食べさせる時は刻んでハンバーグに混ぜるモノなどといった方法を思い出し、(しまった、なにかに混ぜてこっそり呑ませれば良かった)と思った。

「お願いだ。呑んでくれ」

「呑んだら、キスしてくれる?」

 才人は、仕方なくといった風に首肯いた。

「うん。呑んだら、キスしてやるぞ」

 ルイズは「理解った」と答えると、ルツボを受け取った。

 ルイズは、しばらく中身を苦々しげな表情で見詰めていたが、思い切ったように目を瞑ると、クイッと呑み干した。

 様子を見ていたモンモランシーが才人を突く。

「とりあえず逃げた方が良いんじゃないの?」

「どうして?」

「だって、“惚れ薬”を呑んでメロメロになってた時の記憶は、失くなる訳じゃないのよ。全部覚えてるのよ。あのルイズがあんたにした事、された事、全部覚えてるのよ」

 才人はギクッとして、ルイズを見つめた。

 ぷはー! と飲み干したルイズは、ひっくと1つ、しゃっくりをした。

「ふにゃ」

 それから、憑き物が取れたように、ケロッといつもの表情に戻る。そして、眼の前の才人に気付き、見る間にその顔が赤くなって行く。唇を噛み締め、ワナワナと震え出した。

 才人は、やばい、と呟いて、忍び足でその場から逃げ出そうとした。

「待ちなさい」

「いや、鳩に餌を……」

「あんた、鳩なんか飼ってないでしょうがぁあああああああああああッ!」

 ルイズの絶叫が響き渡った。

 才人はドアをバタンと開けて、階段を転げ落ちるようにして駆け下りる。

 しかし、今のルイズは電光石火と言える速度を出している。彼女は、階段の踊り場からジャンプすると、階下の才人の背中に向かって跳び蹴りを噛ました。

 才人はもんどり打って、一階まで転がり落ち、強かに身体を打ち付けた。

 ちょうど女子寮の玄関である。

 才人は這って逃げようとするのだが、例によって首根っこを足でガッシリと踏まれてしまう。

「お、俺は悪くないって! 仕方ないじゃん! 薬のせいなんだモノ! お互い不幸だったんだよ!」

 ルイズは答えずに、才人のパーカーを託し上げた。Tシャツも捲り上げる。沢山のキスマークを見付けて、さらに顔を赤くした。これは、ルイズ自身が付けたのである。

 ルイズは自分の首筋を指でなぞる。そこには才人に着けられた、同じマークが付いている。

 羞恥と自分に対する怒りが入り交じり、ルイズの中でばっちーんと理性が弾けた。

 結局その理不尽な怒りを受け止めたのは才人の肉体であった。

 才人の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 “アウストリの広場”のベンチに、グッタリと才人は横たわっていた。死にそうなくらいに痛め付けられ、半分死んでいると言っても良い状態になってしまっているのだ。たまにビクンビクンと痙攣するから、死んではいないということだけはかろうじてわかる。

 隣ではようやく落ち着いたのだろうルイズが端の方に腰かけており、頬を染めて怒ったように唇を突き出して考え事をしているのだ。

 2つの月が昇り、2人を、そしてそんな2人を見守るシオンと俺の4人、そして他にも隠れている人たちを優しく照らしている。

 しかし、ルイズと才人の2人の間に流れる空気は、優しいというにはほど遠い、ぎこちなくって、熱くて、そしてピリピリしたモノである。つまり、いつもの空気に戻っているのであった。

「……気が済んだか?」

 才人が呟く。

「ふ、普通だったら絶対あんなことしないんだから。もう嫌だ! もう!」

「理解ってるよ」

 ぐったりした声で、才人が呟く。

 その時になってやっと、ルイズは才人にまったく非が無かったことに気付いた。それであるのに、さっきはルイズからされるがままに、暴虐を受け止めていたのである。

 才人の頬が腫れ上がて居る。

 ルイズは、「大丈夫?」、と自分でやってしまっておきながらも、介抱して上げたい気持ちに駆られた。だが……恥ずかしさや、“惚れ薬”を呑んだことによってしてしまったことに関する記憶が、才人に近付けさせないのであった。

「あんたもあんたよ。そんなになるまで、大人しくやられることないじゃない。もう! 少しは抵抗しなさいよ! ちょっとやり過ぎちゃったじゃない!」

「……良いよ」

 グッタリした声で、才人が呟く。

「なんでよ?」

「……だって、こうでもしなきゃお前の気が済まないだろ? 気持ちはわかる。好きでもない男に、ベタベタと纏わり付いて、あーんな事や、こーんな事までしちゃったんだもんな。プライドの高いお前に赦せる事じゃねえだろ。それにまあ、元を糾せばお前を 怒らせた俺にもちょっと責任があると思うし……ま、とにかく気にすんな」

 なんと最早、優しい言葉ではないだろうか。

 ルイズは、(わたしってばあんなに痛め付けたのに)と思い、グッと来てしまった様子だ。

 だが、正直になることが困難な彼女の口から出て来る言葉は、そんな気持ちとは裏腹なモノである。

「き、気になんかしないわ。早く忘れたいくらいよっ!」

 ルイズは、(はぁ、なんでわたしってば素直になれないんだろ?)と自嘲した。それから、1つ気になっていたことを尋ねた。

「ねえ、訊いて良い?」

「なんだ?」

「どうして、あんたってば、わたしがその、あの、忌々しい薬のおかげであたしじゃいられなくなってた時……えっと、その、なな、なんにもしなかったの?」

 才人はキッパリと答えた。

「だって、あれはお前じゃないだろ。お前じゃないお前に、そんな事はできない。欲望に任せて、大事な人を汚すなんてことは俺にはできない」

 大事と言われて、ルイズの頬が染まった。だが、そんな顔を見せることができないのだろうルイズは、顔を背けた。

「どど、どうして大事なの?」

 ルイズは、震える声で尋ねた。

「そりゃ、飯と寝るところ用意してもらってるし」

 はぁ、とルイズから気が抜け、彼女は、(ま、そんなとこよね。一瞬でもドキドキした自分が恥ずかしいわ)と思った。

 ルイズは才人から顔を背けていたので、才人が顔を赤らめながら、わざとぶっきら棒にそう言ったことに気が付かなかった。

 ルイズは、あんなに痛め付けられても自分の事を大事と言ってくれた“使い魔”である才人に向かって、少しばかり素直になって、拗ねたように謝った。

「……ごめんなさい。もう、わたし怒んない。そんな資格ないもん。あんたは、あんたで自由にやる権利があるし」

 ルイズは、“惚れ薬”が効いていた頃の事を思い出し、(ホントはこんなこと言いたくないわ。でもあれはもしかしたら、自分の本音だったのかもしれないもの)と少しばかり思った。

「良いよ。怒らないお前はお前じゃない。好きにしろ」

 それから2人は黙ってしまった。

 その空気に耐えられなくなって、結局ルイズは誤魔化すように話題を変えた。

「あはぁ、でも、懐かしかったな……あの“ラグドリアン湖”」

「行ったことあるのか?」

「ええ。13歳の頃。姫さまの御伴で行ったことがあるわ。とっても盛大な園遊会が開かれて……すごく賑やかで、華やかだった。楽しかったな」

 ルイズは記憶の底を手繰るようにして、語り始めた。

「あの“ラグドリアン湖”はね、ウェールズ皇太子と姫さまが出逢った場所なのよ。夜中に“散歩に行きたいからベッドを抜け出したいの。ルイズ、申し訳ないけど私の代わりにベッドに入っていてちょうだい”なんて姫さまに言われて、身代わりを務めていたわ。今考えると、2人はその時、逢引をしてたのかもしれないわね」

 ルイズがそう言った時、ベンチの後ろから大声が響いた。

 いつかルイズが、シエスタと才人を見張るためにヴェルダンデに掘らせた穴から、キュルケの赤髪が覗いている。隣にはタバサの姿もあった。

「そうよ! 思い出したわ! そのウェールズ皇太子よ!」

「な、なんだよ!?」

「なによ!? あんた達、立ち聞きしてたの?」

 えっへっへ、とキュルケはニヤニヤしながら穴から這い出た。

「いやぁ、あんた達が仲直りするところが見たくって……あんなに殴り付けた後でメロドラマ。ウキウキするじゃないの。ねえ、シオン、セイヴァー?」

「シオンとセイヴァーもいるの?」

「ごめん、ね?」

 そう言われて、シオンと俺は渋々、いや、様子を伺うようにして、そして申し訳ない気持ちで姿を彼女たちへと見せる。

 驚くルイズに、シオンは謝罪をした。

 才人とルイズは頬を染めた。

 キュルケは頷きながらベンチに近付く。

「そうそう。どっかで見た顔ねー、なんてお思ってたのよ。いやー、そうだった。あれは“アルビオン”の色男、ウェールズ皇太子さまじゃないの」

 キュルケはその顔を、“ゲルマニア”の皇帝就任式の時に見たことがあったのである。

 彼はその時国賓席に座り、高貴で魅力的な笑みを辺りに振り撒いていたのだった。

 今やっと思い出したこともあり、キュルケは満足した様子を見せる。

「“あれはウェールズ皇太子さまじゃないの”って、どういう事だ?」

 だがそんなキュルケとは相対的に、彼女の言葉を聞いたシオン、ルイズ、才人の表情がガラリと大きく変わる。

 兄の名前が出たこともあり、特に顕著、わかりやすいのがシオンだ。それから、俺を少しばかり睨んで来た。

 キュルケは才人の質問に対して、俺たちへと説明をした。“ラグドリアン湖”に向かう途中、馬に乗った一行と擦れ違った事。その時見た顔になにやら見覚えがあったが、上手く思い出すことができなかった事。

「でも、今思い出したわ。あれはウェールズ皇太子ね。敗戦で死んたって公布があったけど、生きてたのね!」

「そんな馬鹿な! あの王子さまは死んだはずだ! 俺たちはその場を見てたんだ!」

 キュルケはウェールズ皇太子が死ぬところを見てないので、その死が実感できていなかった。そのため、恍けた調子で才人に尋ねた。

「あら? そうだったの? じゃあ、あたしが見たのはなんだったの?」

「人違いじゃねえのか?」

「あんな色男を、あたしが見間違える訳ないじゃないの」

 そんな才人とキュルケのやり取りを聞いているシオンの顔は真っ青になった。もはや土気色、死人のそれに近しいモノになってしまっている。そして小さく、「“アンドバリの指輪”……」と呟いた。

 その瞬間、才人とルイズの頭の中で何かが結び付いたのだろう、2人は顔を見合わせた。

 “水の精霊”が言っていた言葉……そして、今仕方シオンが口にした言葉……“アンドバリの指輪”を盗んだ一味の中に、クロムウェルと呼ばれる男がいた事。

「“アンドバリの指輪”……やっぱり“レコン・キスタ”の連中が……」

「ねえキュルケ、その一行はどっちに向かってたの?」

 才人が呟き、ルイズが息急き切って尋ねる。

 2人の剣幕に押され、また、シオンの尋常ではない様子を目にしたキュルケは、答えた。

「あたし達と擦れ違いだったから、そうね、首都“トリスタニア”の方角よ」

 ルイズとシオンは駆け出した。才人もそ後を追いかける。

「待って! どういう事!?」

 キュルケが慌てて尋ねる。

「姫さまが危ない!」

「なんでよーーーーー!?」

 キュルケはルイズの言葉に? を頭の上に浮かべる。

 キュルケとタバサはアンリエッタとウェールズの秘密の関係を知らなかったこともあり、その言葉が意味するところが理解らなかった。しかし、3人のその尋常ではない様子が気になり、後に続いた。

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