ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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決闘

 ルイズの“魔法”によって滅茶苦茶になってしまった教室内の片付けが終了したのは、昼休みになる前である。

 罰としてなのだろう、“魔法”を使用しての修理や修繕を禁じられてしまったため、それなりの時間がかかってしまったのである。とは言っても、ルイズはほとんど“魔法”を使用することができないことからも、その罰もあまり意味をなしていないのだが。

 そんな罰を与えたミセス・シュヴルーズはというと、あの爆発に巻き込まれ爆風に吹き飛ばされたその2時間程度後に目を覚まし、授業に復帰し事態の収束を図っただけで、その日1日の間“錬金”に関する講義は行われなかった。いや、行うことができなかったのである。

「…………」

「…………」

 片付けを終了させたルイズと才人、そしてその手伝いを自主的に買って出たシオンと俺は、掃除道具の片付けも終了した後に、食堂へと向かっている。もちろんそれは昼食を摂るためだ。

 みちすがらではあるが、才人は何度もルイズをからかった。

 ルイズの失敗が原因で、授業中でのパニックや先ほどの重労働だったのだから仕方がないといえば仕方がないであろう。新しい窓ガラスや重たい机などを運んだのはもちろん俺と才人である。煤だらけになってしまっていた教室を、雑巾で磨いたのもまた才人と俺である。シオンも手伝いはしてくれていたが、当のルイズは渋々と机などを拭いている様子であった。

 おそらくではあるが、才人はそういったことや寝床、食事などについての不遇な扱い(他の待遇)などからの不満を打つけているのだろう。失敗してしまったというルイズの弱点を目にし、ここぞとばかりにからかいに出てしまっているのだろう。

 そのたびに、シオンはハラハラとしながらも仲介に入り、俺もまたたしなめなだめを繰り返していた。

「“ゼロのルイズ”、なるほどねえ。言い得て妙ですねえ。成功の可能性“ゼロ”。そんでも“貴族”。素晴らしい」

 それであっても、才人はからかうということをやめずにはいられないでいた。本当は、駄目だと理解しているにも関わらず、このままでは目も当てられない結果になってしまうと予想も予測もできているというのに。

 だが、ルイズの方はというと無言を貫いている。どうにか堪えているのが傍目から見ても簡単に理解できる様子である。

「“錬金”! あ! ボカーン!  “錬金”! あ! ボカーン! 失敗です! “ゼロ”だけに失敗であります!」

 ルイズの周りを、そんな風におどけながらグルグルと回る才人。ボカーンと言う時には両腕を上げて、爆発を表現している。

「そ、その辺にしておい――」

「――ルイズお嬢様。この“使い魔”、唄を作りました」

 シオンからの制止の言葉をスルーして、才人は恭しく頭を下げて言った。だがそれは明らかに相手を馬鹿にした言動であるモノだということは明白である。

「歌ってごらんなさい?」

 ルイズの眉が、ヒクヒクと動いている。

 彼女は爆発寸前であるが、対して才人はもう止まることはできない様子だ。

 ルイズの身体も眉と同様に小さく震えている。

「ルイズルイズルイズは駄目ルイズ。“魔法”ができない“魔法使い”。でも平気! 女の子だもん……」

 

 

 

 食堂へと到着すると、才人はルイズが座る椅子を引く。

「はいお嬢様。料理に“魔法”をかけてはいけませんよ。爆発したら、大変ですからね」

 そんな才人からの言葉に対し、ルイズはまだどうにか我慢を続けることができているのだろう。無言で席へと着く。

「さてと、始祖ナントカ。女王さま。ホントに細やかで粗末な食事を今畜生。頂きます」

 そんな才人の食事の際の挨拶が終わり、彼が手を伸ばした瞬間、その皿がヒョイッと取り上げられた。

「なにすんだよ!?」

「こここ……」

「こここ?」

 ルイズの肩も声もが怒りで大きく震え始める。

「こここ、この“使い魔”ったら、ごごご、ご主人さまに、ななな、なんてこと言うのかしら?」

 とうとう爆発をしようとするルイズを前に、才人は申し訳なさそうな様子であり、シオンはというと駄目だったかと天を仰ぎ見ている。

「ごめん。もう言わないから、俺の餌返して」

「駄目! ぜぇーったい! 駄目!」

 かなりの勢いで謝罪の言葉を口にし平身低頭といった様子を見せる才人だが、対するルイズは可愛らしい顔を怒りで歪ませて大きく叫ぶだけである。

「“ゼロ”って言った数だけ、ご飯抜き! これ絶対! 例外なし!」

 

 

 

 才人がどう嘆願しても、やはりルイズはそれを赦さず、「駄目」の一点張りであった。

 シオンの提案も跳ね除けるルイズを前に、才人は結局昼食抜きのままに食堂を出ざるをえないことになった。

「はぁ、腹が減った……くそ……」

「これでも食うか?」

「あんだ、それ?」

 才人と共に、俺は食堂から外へと出てブラリと気の向くままに歩いている。

 が、横の方から腹の虫の鳴き声から聞こえて来て、俺は思わずそちらの方へと目を向けた。

「ヨモギだ」

「なんだよそれ……食えんのかよ……?」

「もちろんだ……天ぷらにするのも良いし、ご飯に混ぜるのも味噌汁の具にするのも良い……常食すると貧血が起き難いようになるぞ」

「ホントかよ……」

 そんな話をしながらも、それでも「そんなモノで腹は膨れねえ」と拒否し、歩き続ける才人。

 グゥグゥと腹の虫が強く主張を始め、少しして誰かがこちらへと近付いて来ることに気付く。

 身長や体重、歩き方や歩行時の空気などの流れからすると、恐らくではあるが接近して来ているのは少女だろうと推測できる。

「どうなさいました?」

 対象は接近して来て、俺と才人の後ろへと着くのと同時に声をかけて来た。

 声などから判断すると、予想通り少女だろう。

 振り向いて見ると、メイドの格好をした素朴な感じの少女がそこにはいた。

 カチューシャで纏めた黒髪とソバカスが可愛らしいと思える。大きい銀のトレイを持ちながら、才人の方と俺とを見比べる。そして、心配そうに見つめて来ている。

(ふむ……シエスタかな……?)

 その特徴と合致するだろう“原作”に出て来たキャラクターを想い浮かべる。身体的特徴、服装、シチュエーション……大体は合っているだろう。

「し、失礼しました! “貴族”の方ですよね?」

 俺の着ている服や容姿、雰囲気などから判断したのだろう、メイド服を着た少女は慌てて姿勢を正し、言葉遣いなどを改めようとする。

「ああ、いや。気にする必要はない。俺は“貴族”じゃないから、楽にすると良い」

 が、そこで俺は、シオンやコルベールと始めて逢った時のことを思い出し、否定した。

 対する才人はというと、一連のやりとりの意味に気付かず頭の上に?マークを浮かべた様子を見せながら、少女へと「なんでもないよ……」と左手を振るいながら応えた。

「貴男は、もしかしてミス・ヴァリエールの“使い魔”になったっていう……」

 そんな才人が振り上げた左手を目にし、彼女は彼の左手甲にある“ルーン”に気付いたのか問いかける。

「知ってるの?」

「ええ。なんでも、“召喚”の“魔法”で“平民”を喚んでしまったって。噂になってますわ」

 才人の質問に、少女はニッコリと笑って答えた。屈託など一切ない純真かつ純粋なモノだ。

 噂になっているというのは本当だろう。これほど話題性のあるモノは他にはないほどである。他に候補を上げるとすれば、俺のことも含むだろう……。そして何より、女性というのは噂など影での言葉に敏感なところがあるらしい。才人のことを間接的に知っているのはそういう理由などからだろうか。

 そんな彼女に対して、特に話題というモノが思い付かないからか「君も“魔法使い”?」と才人は質問をした。

「いえ、わたしは違います。貴男と同じ“平民”です。“貴族”の方々をお世話するために、ここでご奉公させて頂いているんです」

 この世界の住人ではない才人からすると「“平民”じゃなくて“地球人”なんだけど」と訂正を入れたいところであろう。

 が、いざ説明をするとなるとかなり面倒なことになるだろうことと、信じて貰うことが難しいだろうということは明白である。

 こことは違う世界――異世界という概念がこちらの住人たちは持っているのか、“魔法”のない世界などをイメージすることができるかなど。決してできない訳でもなく、話してみると簡単なことだろうが、それでも色々と面倒な部分や箇所が多すぎるのもまた事実であろう。

「そっか……俺は平賀才人。よろしく」

「変わったお名前ですね……わたしはシエスタって言います」

 説明することを諦めたのか、才人は大人しく挨拶をする。

 対するシエスタもまた、挨拶を返す。

「俺のことは、セイヴァー、とでも呼んで貰えると助かる。君のことはすまないが、シエスタと呼び捨てにさせて貰うが構わないかな?」

「セイヴァー、さん……ですか……2人共変わったお名前をしているんですね……呼び捨ての方は構いませんよ」

 この世界の住人からすると、やはり平賀才人もセイヴァーもどちらも聞き慣れないイントネーションや発音、言葉といった理由から変わった名前と思ってしまうのも仕方がないだろう。そも、セイヴァーなどという名前をした人間などそうそういるはずもないのだが。

 また、“日本”人であった俺からすると、平賀才人という名前は全く違和感を覚えないのだが。

 そんな自己紹介などをしたその時、才人のお腹が鳴り、限界を報せて来た。

「お腹が空いているんですね」

「うん……」

 その音は周囲に居るとハッキリ聞こえる程度の大きさであり、否定すると逆に上塗りしてしまうだろう。そういったこともあってか、才人は顔を紅くしながらも首肯いた。

「こちらに入らしてください」

 そう言って、シエスタは歩き出した。

 

 

 

 シエスタの後に着いて行き、才人と俺が連れて行かれたのは、食堂の裏にある厨房であった。

 大きな鍋やオーブンらしきモノがいくつも並んでいるのが見える。コックや、シエスタのようなメイドたちが忙しげに料理を作っているのもまた見える。

「ちょっと待っててくださいね」

 そう言って、シエスタは小走りで厨房の奥の方へと向かい、姿が消える。

 厨房の片隅にあった椅子へ才人は座り、俺はその側で待機する。

 そして直ぐに彼女は2枚の皿を持ち、戻って来た。

 彼女が持っている皿からは湯気が昇っており、匂いから予想するにシチューだろう。

「“貴族”の方々にお出しする料理のあまりモノで作ったシチューです。良かったら食べてください」

「良いの?」

「ええ。賄い食ですけど……」

 差し出された皿は2枚であり、それぞれ才人と俺へと手渡され、彼女はその料理についての簡単な説明をしてくれた。

 その料理や彼女に対して、才人は再度確認の質問をするが、シエスタはニコリと微笑み促した。

 とても優しい娘だ。

 才人はシエスタからの言葉を受けた直後、スプーンで一口掬い上げ、口へと運ぶ。

「ありがとう、シエスタ。頂くよ」

「ええ。どうぞ」

 俺もまた、才人同様に一口ずつ味わって行く。

 “サーヴァント”であるこの身に食事は必要ないとはいえ、それでも娯楽として摂ること自体はなにも問題はない。むしろ、良いことであると言えるだろう。

 一口一口が温かく、それを呑み込むのと同時に身体がポカポカとして来るのがわかる。

「美味しいよ、これ」

「良かった。お代りもありますから。ごゆっくり」

 簡素ながらも心からの感想だろう言葉を述べる才人。

 俺もまた同様の感想の言葉しか述べることはできない。食レポのように色々と表現することはできるだろうが、今はただ「美味しい」の言葉だけで十分だろう。

 感想を述べて直ぐに才人は夢中にでもなったかのようにシチューを食べる。

 シエスタはニコニコとしながら、そんな才人と俺の様子を見詰めて来ている。

「ご飯、貰えなかったんですか?」

「“ゼロのルイズ”って言ったら、怒って皿を取り上げやがった」

「まあ! “貴族”にそんなこと言ったら大変ですわ!」

「あれは、お前が悪い。それは理解してるだろう?」

「なーにが“貴族”だよ。たかが“魔法”が使えるくらいで威張りやがって」

「勇気がありますわね……」

 シエスタからの質問に対して、才人は少しばかりはしょって一部始終を説明した。その説明をする才人を、俺は軽くたしなめる。

 才人のその言動に対して、シエスタは唖然とした表情を浮かべ、彼を見つめている。

 そんな話をしながら食事をしていると、皿の中身はあっという間に空になってしまった。

 俺と才人は空になった皿をシエスタへと手渡し、返した。

「美味しかったよ。ありがとう」

「ご馳走様でした。ありがとうシエスタ」

「良かった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいな。わたし達が食べているモノで良かったら、お出ししますから」

 才人と俺は、思ったそのままの感想と感謝の言葉を口にする。そして、そんな俺たちに対して、シエスタもまた微笑みを浮かべ返してくれた。

「ありがと……」

 そして、そんなシエスタを前にして、才人は思わずホロホロと泣き出してしまい、彼女は驚き声を上げた。

「ど、どうしたんですか?」

「いや……俺、こっちに来てから優しくされたの初めてで……思わず感極まりました……」

 涙を流しながら今の心境を口にする才人からは、やはり不安や不満といった負の感情などが感じられる。

 “見知らぬ世界(ハルケギニア)”へと拉致紛いのそれで強制的に喚び出され、“召喚”主であるルイズからは“使い魔”や下僕として対応されているのだから。

「そ、そんな、大袈裟な……」

「大袈裟じゃないよ。俺に何かできることがあったら言ってくれ。手伝うよ」

 感謝の気持ちを表すには、行動からが一番であろう。

 そういった理由などからか、自ら手伝いを買って出る才人。

「私もなにか、手伝おう」

 こうなっては、俺も手伝いをするべきだろう。いや、元からするつもりではあったのだが……。

「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」

 シエスタは微笑んでそう言った。

「うん」

「了解した」

 才人は大きく頷き、俺もまた首肯いた。

 

 

 

 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並んでいる。

 少しばかり離れた場所で、才人がそのトレイを持ち、シエスタが鋏でケーキを摘み、1つずつ生徒たちに配っているのが見える。

 俺はというと、1人でそれを行っている。片手でトレイを支え、片手でハサミを使い、生徒たちへと配っているのだ。

「食後のデザートなどはいかがですかな、お嬢様方?」

 俺が着用している服は“魔力”で編まれている。そういったこともあり、少しばかり弄ることで変化させることは簡単にできる。

 そして、少し弄ったことで、今俺が着用しているのは黒い燕尾服。いわゆる執事服といえるモノだ。

 言葉遣いや動きを始め言動はできる限り気を遣い、生徒たちへとケーキを配って行く。

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!?」

 遠くから生徒たちが話をしているのが聞こえて来る。

 その声、内容、人物名など聞き覚えのあるモノだ。

 そんな会話が聞こえて来る方向へチラリと目を向けると、そこの中心には予想した通りの少年がいた。

 その少年は金色の巻き髪に、フリルの付いたシャツを着ている、少しばかり気障ったらしい印象を受ける。更には、薔薇をシャツのポケットに挿しているのが見える。

 どうやら彼は、友人間で冷やかされている様子だ。

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 友人から呼ばれた少年の名前はギーシュ。

 当然記憶の中にある原作の“ゼロの使い魔”に出て来る人物だ。

 ギーシュ・ド・グラモン(以降ギーシュと呼称)。彼もまた、マリコルヌと同様に物語の中で成長を続けた登場人物。才人とは良き友人となる人物である。

 彼は、スッと唇の前に指を立てて口を開く。

「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだよ君たち。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 自身を薔薇に例えた表現だろう。

 そう口にしたその瞬間、彼のポケットから何かが落ちた。

 それはガラスでできた小瓶であった。中には紫色の液体があり、揺れているのが見える。

 その落とし物を目にしたのか、会話を聞いていたのか、才人はギーシュへと言葉をかけた。

「おい、ポケットから瓶が落ちたぞ」

 しかし、ギーシュは振り向かない。

 才人はトレイをシエスタに預け、しゃがみ込み、その小瓶を拾い上げる。

「落とし物だよ。色男」

 そして、それをテーブルの上に置き、才人はギーシュへともう一度声をかける。

 ギーシュ・ド・グラモは苦々しげに才人を見詰めると、その小瓶を押しやった。

「これは僕のじゃない。君はなにを言っているんだね?」

 そして、一連のやりとりを目にし、その小瓶の出所に気付いたであろうギーシュの友人たちが大声で騒ぎ始める。

「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちて来ったってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」

「違う。良いかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」

 友人たちからの囃し立てる言葉に対してギーシュがなにかを言いかけたその時、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が勢い良く立ち上がり、ギーシュの席に向かって、コツコツと歩いて行った。

「ギーシュさま……」

 そして、茶色のマントを羽織っている少女はボロボロと泣き始めた。

「やはり、ミス・モンモランシーと……」

「彼らは誤解しているんだ。ケティ。良いかい? 僕の心の中に住んでいるのは、君だけ……」

 弁解をしようとするギーシュだが、しかし、悲しいかなケティと呼ばれた少女は、涙を流しながら思いっきり彼の頬を引っ叩いた。

「その香水が貴男のポケットから出て来たのが、何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 そう言って後ろを向き、そそくさと離れて行くケティと呼ばれた少女。

 打たれた頬をこするギーシュ。

 すると、遠くの席で、見事としか言えないほどに綺麗に纏まった巻き髪の少女が立ち上がる。金髪縦ロールと言える髪型であり、後頭部には赤いリボンを着けている。

 彼女の髪型はとても特徴的であり、記憶に印象付いている。

 才人や俺が“召喚”されて直ぐ、ルイズと口論していた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ(以降モンモランシーと呼称)である。

 彼女は厳しい顔付きで、カツカツと音を立てながらギーシュの席の方へと向かって行く。

「モンモランシー。誤解だ。彼女とただ一緒に、“ラ・ロシェールの森”へ遠乗りをしただけで……」

 ギーシュは首を振りながら言う。第三者から見ても聞いても苦しい言い訳であることに変わりはなく、彼自身それを十分に理解しているのだろう。冷静な態度を装ってはいるが、冷や汗が一滴額を伝わっているだろう様子が遠目から見えた。

「やっぱり、あの1年生に、手を出していたのね?」

「お願いだよ。“香水のモンモランシー”。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 モンモランシーは、テーブルに置かれているワインの瓶を掴むと、中身をドボドボとギーシュの頭の上からかけてしまう。

 そして……。

「嘘つき!」

 と怒鳴って、彼女は去って行った。

 彼女の後ろ姿からは、怒りや失望などゴチャ混ぜになっているであろうことがわかる。

 彼女の姿が完全に見えなくなるのと同時に、沈黙がその場を流れた。

 ギーシュはハンカチを取り出すと、ユックリと顔を拭いた。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 取り繕うためか、それとも別の理由があるからか。ギーシュは首を横に振りながら芝居がかった仕草で言った。

 そして、解決したと判断したのだろう。才人はその場から離れようとする。

 が、そこでギーシュが才人を呼び止めた。

 問題はここからであろう。

「待ちたまえ」

「なんだよ?」

 ギーシュは、椅子の上で身体を回転させると、スサッ! と脚を組み、言葉を続ける。

「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、2人のレディの名誉が傷付いた。どうしてくれるんだね?」

 これには、周囲の者たちも呆れ返り、言葉を出せないでいる。

 いや、原因である彼自身が1番それを理解しているだろう。皆呆れ返ってしまうだろう、と。だが、口を開き、他者へ感情を打つけるしか今の彼には術がないもまた事実である。

「二股かけてるお前が悪い」

 才人からの正論を受けて、ギーシュの友人たちがドッと笑い出す。

「その通りだギーシュ! お前が悪い!」

 1番それを理解しているだろう本人――ギーシュの顔に、サッと紅みが刺す。

「良いかい? 給仕君。僕は君が香水の塊をテーブルに置いた時、知らないふりをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転があっても良いだろう?」

「どっちにしろ、二股なんかそのうちバレるっつの。あと、俺は給仕じゃない」

 機転を利かせるというのは、生きて行くために確かに必要なことであろう。だがそれは、先ほどの出来事の間で別に行う必要などはまったくないことだと俺は思った。

「ふん……ああ、君は……」

 少しは冷静さを取り戻したのだろう。ギーシュは、才人の顔を改めて見て、何かを思い出し、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「確か、あの“ゼロのルイズ”が喚び出した、“平民”だったな。“平民”に“貴族”の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」

 だが、その人を小馬鹿にしているかのような態度、言動。

 そんなギーシュの言動を前に、才人は我慢ができず、口を開いてしまった。

「うるせえ気障野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ」

 その言葉に反応して、ギーシュの目が強く光る。

(そろそろ不味いな……)

 ユックリと、空になったトレイを持ちながら、俺は彼らの方向へと足を向ける。

「どうやら、君は“貴族”に対する礼と云うモノを知らないようだな」

「生憎、“貴族”なんか1人もいない世界から来たんでね」

 才人はギーシュの物腰を真似しているのか、似たように右手を上げ、気障ったらしい仕草で言う。

 だが、それは明らかに挑発めいたモノだ。

「良かろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうど良い腹熟しだ」

 そう言い、ギーシュは立ち上がる。

「おもしれえ」

 才人は歯を剥き出して、唸るように応える。

 挑発に対して挑発を繰り返し、売り言葉に買い言葉だ。

「まあ、待ちたまえ君たち。ケーキでも食べて落ち着くと良い」

「あんたは黙っていてくれ、セイヴァー」

「君は確か……シオンの“使い魔”の……」

「私のことはセイヴァー、とでも呼んで欲しい」

 どうにか辿り着き、仲介に入ろうと2人へと声をかけることに成功する。

「変わった名前だな……そうか、君たちは辺境から喚び出されたといったところか……」

「辺境、か……君たちからすると確かにそうかもしれないな……さて、話を戻すが、考え直してはくれないだろうか。“貴族”であるのなら“貴族”らしい立ち振舞いなどを――」

「――そんなことはどうでも良い。ここでやんのか?」

 名前に対する感想を述べるギーシュに、俺はできる限り交渉をしようと試みる。

 だが、才人は挑発を受け続け、そしてギーシュの一連の言動を受け、また、“召喚”主である少女に対しての一宿一飯などの恩などもあることから、俺の言葉を遮り彼の挑発に応えてしまう。

 それを受けて、ギーシュはクルリと身体を翻した。

「逃げんのかよ!」

「ふざけるな。“貴族”の食卓を“平民”の血で汚せるか。“ヴェストリの広場”で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」

 そう言いながら立ち去ろうとするギーシュだが、途中で立ち止まり、挑発じみた口調でまた言葉を続ける。

「なんなら2人がかりでも構わないよ。ああ、そうだ。2人でも足りないだろうね」

「生憎だが、君の相手は彼1人だ。いや、才人1人で十分と言えるだろうね」

 ギーシュからの言葉に対し、俺は思うままを口にする。

 “原作”通りであるのなら、この先どうなるのか、どう転ぶのかは決まり切っている。俺が介入する必要はないのである。そもそも、仲介に入ろうとしたが失敗してしまった時点でズレは出ているだろう。いや、“原作”とは既に違う世界なのだ。これは現実である。が、それでもきっと大まかな歴史の流れは変わらないだろうが。

「逃げるのかい?」

 そう、ギーシュが言葉をかけて来る。

「そうだろうそうだろう。君は懸命だ。“平民”が“貴族”に敵う訳がないからな。だがきっとこの先、君の主はこう言われ続けるだろう。臆病な“使い魔”の主だと。負け犬の主だと」

 挑発だということは理解している。

 ありきたりな挑発文句だ。

「……良かろう。その決闘受けて立とう」

 だが、それでもやはり、自身の“マスター”(彼女)に対してのその発言を許すことも、赦すことは到底できるはずもなかった。例えそれが、“使い魔契約”の際に刻み込まれた刷り込みなどによるモノだとしても、だ。

 そう言いながら、近場のテーブルの上に置いてある手袋へと手を伸ばす。

「失礼……」

 そう短く呟き、俺は手袋を掴み取り、そして――ギーシュの足元へと投げる。

「拾うと良い。それで正式なモノになるだろう? まあ、命の奪い合いにまではならないから安心すると良い」

「い、良いだろう……臨むところ、だ……」

 そう言って、ギーシュ・ド・グラモンは足元の手袋を拾い上げ、テーブルの上へと戻す。そして、身体を震わせながら食堂から出て行った。

 ギーシュ・ド・グラモンの友人たちは、ワクワクとした表情を浮かべながら立ち上がり、彼の後を追いかける。

 だが、その中で1人は残っている。恐らくだが、俺と才人を逃さないための見張り役だろう。

 シエスタが、ブルブルと震えながら、俺たち2人を見つめていることに気付く。

 俺と才人は、彼女を安心させるために笑顔を浮かべた。

「大丈夫。あんなひょろスケに負けるかっての。なにが“貴族”だっつの」

 才人は自信満々にそう口にするが、やはりどういったモノか、ここがどういった世界なのかをまだ理解し切れていない様子だ。

「あ、貴男たち、殺されちゃう……」

「はぁ?」

 そんな才人や俺に対して、シエスタは自分のことであるかのように怯え、震えてしまっている。

 シエスタは、ダーッと疾走って逃げてしまった。

「あんたたち! なにしてんのよ! 見てたわよ!」

「よおルイズ」

 そうして、シエスタを見送るのと同時に、後ろの方からシオンとルイズが走り寄って来るのを感じ取る。

 そして、ルイズが俺たちへと話しかけて来た。

「よお、じゃないわよ! なに勝手に決闘なんか約束してんのよ! 特にあんた!」

 ルイズは怒り口調で俺と才人へと非難の言葉を口にする。

「だって、あいつが、あんまりにも、ムカつくから……」

 才人はどこかバツが悪そうな様子で、ルイズからの言葉に答えた。

 俺は俺で、どこ吹く風といったとこである。

 そんな俺たちに対し、ルイズは大きく溜息を吐いて、やれやれと肩を竦めた。

「謝っちゃいなさいよ」

「なんで?」

「怪我したくなかったら、謝って来なさい。今なら赦してくれるかもしれないわ」

「ふざけんな! なんで俺たちが謝んなくちゃならないんだよ! 先に馬鹿にして来たのは向こうの方だ。だいたい、俺は親切に……」

 心根は優しい少女である。俺たちを心配してのことであろう。ルイズの言葉からは、そういったモノが紛れているのが感じられる。

 が、それでもやはり謝る気持ちにはなれない。俺も才人もだ。

「良いから」

 ルイズは、強い調子で俺たちを見詰める。

「嫌だね」

「分からず屋ね……あのね? 絶対に勝てないし、あんたたちは怪我するわ。いや、怪我で済んだら運が良いわよ!」

 ルイズからの強い催促と提案を受けてもなお、才人も俺も拒否をする。

「そんなの、やってみなくちゃわかんねえだろ」

「聞いて? “メイジ”に“平民”は絶対に勝てないの!」

 ルイズからの言葉を受けても、強気の姿勢を見せる才人。

 だが、傍から見ると、今の俺と才人は自ら望んで死地へと向かう狂った存在だろう。

 特に、才人だ。この世界のこと、“魔法”のこと、“メイジ”のこと、“貴族”と“平民”のこと……まだまだ知らないことが多すぎる。いや、知識として知っていたとしても、それを理解しているのかどうかはまったくの別物だ。今の彼は、怒りなどから動いてはいるが、“勇気”からのそれでは決してない。無謀、無策、蛮勇といったところであろう。

 だが俺は識っている。彼が、例えそういったモノをちゃんと知っていても、喰ってかかっただろうことを。その性根を。

「シオン、貴女からもなにか言って上げて」

 誰もが先を予想できるだろうモノ。

 心配してくれている生徒たちの視線がある。同情してくれている生徒たちの視線を感じる。中には奇異の眼差しを向けて来ている生徒たちや明らかに見下したようなな視線もまた感じられる。

 だが、そんな中で、絶対の信頼と信用を込めた視線を向けてくれている者もいる。

「やり過ぎないようにね」

「ああ、理解している。了解したよ、“マスター”」

 ルイズからの催促の言葉に、シオンは満面の笑みで、そして俺を窘めるように口にする。

 俺は、恭しく一礼をし、彼女の言葉に首肯く。

「シオン!?」

 シオンのその言動に対し、ルイズは大きく目を見開き、驚愕した。

「“ヴェストリの広場”ってどこだ?」

 目的の場所――決闘の場所である広場へと向かうため、才人と俺は脚を踏み出す。

 そんな俺たちに対し、先ほどまでのやりとりを見て居た見張り役をしているギーシュの友人が顎をしゃくった。

「こっちだ、“平民”」

「あああもう! ホントに! “使い魔”のくせに勝手なことばっかりするんだから!」

 ルイズはそう怒りを爆発させながら、シオンと共に俺と才人の後を追いかけた。

 

 

 

 “ヴェストリの広場”は、“魔法学院”の敷地内の“風”と“火”の塔の真ん中辺りにある、中庭だ。西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり射さないという決闘には打って付けだといえる場所であろう。

 だというのに……噂を聞き付けただろう生徒たちで、広場は溢れ返っているのが見える。

「諸君! 決闘だ!」

 ギーシュ・ド・グラモンが薔薇の造花を掲げた。

 それを合図に、うおーッ! と歓声が巻き起こる。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの“使い魔”、そしてシオンの“使い魔”だ!」

 ギーシュが名前で呼ばれるのに対し、俺と才人は“使い魔”と呼ばれている。

 当然だろう。この場にいる生徒たちは俺たちの名前など知りもしないのだから。いや、そもそも、俺たちは“使い魔”という立場であるため、人としての扱いすら受けていないのである。

 それらを十分に理解しているつもりではあるのだが、やはり良い気分ではないため、俺は苦笑いを浮かべてしまう。

 そんな中、ギーシュ・ド・グラモンは腕を振って歓声に応えている。

 それから、ようやくこちらの存在に気付いたといった風に、俺たちへと目を向けて来る。

 互いに歩み寄り、そして広場の真ん中に立ち、ギーシュは俺と才人の2人を、才人は彼をグッと強く睨んだ。

「取り敢えず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」

 ギーシュは、薔薇の花弁を弄りながら、歌うようにといった表現が合いそうな口調で話す。

「誰が逃げるか」

 そんなギーシュからの挑発に、強気な姿勢で応える才人。

「もう一度だけ言っておく。君相手であればこいつ1人だけで十分だ」

「……ほう?」

「……え?」

 俺からの言葉に、ギーシュはマジマジと観察するように才人へと視線を集中させる。

 対する才人は、俺の言葉に驚き、抗議の視線を向けて来る。

「なに言ってるんですか!? セイヴァーさん! 確かにこんな奴1人で十分ですけど」

「ならば問題あるまい。さて、ギーシュ・ド・グラモンと言ったかな? どうだろう? 彼と1対1でやり合ってみては」

「そう言って逃げるのかい?」

 俺は才人の言葉を確認して首肯き、ギーシュへと提案をしている。

 が、やはり彼はこちらを訝しみ、勘違いをしている様子を見せている。

「ここまで来たんだぞ? 逃げる気があるように見えるか? そうだな……こいつとの決闘の後に余裕があるなら次に私と、ないなら後日。または、代理人を立てるとかはどうだろう?」

 俺の提案を耳にして、「なるほど」と首肯いてみせるギーシュ。

「良いだろう! 先にこの礼儀知らずと戦い、その次は君だ。首を洗って待っていると良い」

 そう言って、ギーシュは俺から視線を外した。

 才人は俺の方へと視線を向けているが、俺が立ち去ろうとすることで、諦めたのか下を向く。そして、覚悟を決めたのだろう、ギーシュへと視線を向けた。

 そして――。

「さてと、では始めるか」

 言うが早いか、才人が駆け出す。喧嘩は先手必勝ということであろうか。

 相対するギーシュとグラモンまでの距離は10歩程度といったところである。少し踏み込めば懐へと潜り込むことは簡単だろう。ただし、喧嘩慣れしているのであれば、だが。

 ただ、これは喧嘩などではなく決闘だ。

 ギーシュは、そんな才人を余裕の笑みで見詰め、薔薇の花を振った。

 花弁が1枚、宙に舞ったかと思うと……。

 甲冑を着た女戦士の形をした人形がそこにはいた。いや、造られたのである。

 大きさはヒトと同程度だろうが、硬い金属製の鎧を纏っているように見える。その鎧は、淡い陽光を受けて、その肌――装甲が煌く。

 それが、才人の前に立ち塞がったのだ。

「――な、なんだこりゃ!」

「僕は“メイジ”だ。だから“魔法”で戦う。よもや文句はあるまいね? それと……言い忘れたな。僕の“二つ名”は“青銅”。“青銅のギーシュ”だ。よって、青銅の“ゴーレム”――“ワルキューレ”がお相手するよ」

「――えッ!?」

 女戦士の形をした青銅製の“ゴーレム”が、才人に向かって突進して行く。

 その速度は、喧嘩慣れした程度では追い付けないだろう。

 その右拳が、才人の腹へと減り込む。

「――ゲフッ!」

 才人は呻いて、地面を転がってしまう。

 無理もないことであろう。青銅製の拳が、腹に減り込んだのだから。鍛えた者であれ、あれを耐えることができるのは化け物じみた存在。すぐに浮かぶのは、“英雄”や“英霊”になる素質を持つ者、そして“サーヴァント”くらいであろう。

「卑怯とは言うまい。そこの君、手を貸さなくても良いのかい? 今なら参加することを認めるが」

「その必要はないと言ったはずだが? これは、そいつとお前の決闘だ」

 ギーシュ・ド・グラモンからの提案を、俺は蹴る。

 それを聞いた才人は、絶望的状況だということ、そして“魔法”やそれを使う“メイジ”がどういった存在なのかをここでようやく理解した。実感を抱いたのだ。

「ギーシュ!」

「おおルイズ! シオン! 悪いな。君たちの“使い魔”をちょっとお借りしているよ!」

 人混み、いや、野次馬の中からルイズとシオンが飛び出して来る。

 長いブロンドの髪を揺らし、良く通る声でルイズはギーシュを怒鳴り付けた。

「いい加減にして! だいたいねえ。決闘は禁止じゃない!」

「禁止されているのは、“貴族”同士の決闘のみだよ。“平民”と“貴族”の間での決闘なんか、誰も禁止していない。それに……」

 ルイズの制止に対するギーシュの返答に、彼女は言葉を詰まらせてしまう。

 ギーシュの視線が俺へと向かって来る。

「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」

「ルイズ、君はそこの“平民”が好きなのかい?」

 ギーシュからのその言葉に、ルイズの顔が怒りで真っ赤に染まる。

「誰がよ!? やめてよね! 自分の“使い魔”が、みすみす怪我するのを、黙って見ていられる訳ないじゃない!」

「……だ、誰が怪我するって? 俺はまだ平気だっつの」

 強く否定する彼女の言葉が届いてしまったのか、才人は顔を上げてルイズの存在を確かめる。

 そして、それが原因か理由か。先ほどまで絶望などを知ったとは思えない表情を浮かべ、声を震わせながらも才人は力強く立ち上がった。

「サイト!」

 立ち上がった才人を目にして、ルイズが悲鳴のような声で彼の名前を呼んだ。

「……へへへ、お前、やっと俺を名前で呼んだな」

 そんな才人の様子を目にして、ルイズの身体は震え出す。

「理解ったでしょう? “平民”は、絶対に“メイジ”に勝てないのよ!」

「……ちょ、ちょっと油断した。いいからどいてろ」

 近付いて来て、止めに入ろうとするルイズを押しやる才人。

「おやおや、立ち上がるとは思わなかったな……手加減が過ぎたかな?」

 ギーシュは、才人を強く挑発する。

 才人は、ユックリと、ギーシュへと向かい歩き出す。が、そこに、ルイズがその後を追いかけながら才人の肩を掴んだ。

「寝てなさいよ! 馬鹿! どうして立つのよ!?」

 才人は自身の相手へと視線を向けながら、肩に乗せられたルイズの手を振り払った。

「ムカつくから」

「ムカつく? “メイジ”に負けたって恥でもなんでもないのよ!」

 才人はヨロヨロと歩きながら、呟いた。遠くからでも判るほどに、彼が負っているダメージは相当なモノだ。

 それでも、歩く。大地を踏み締める。

 ルイズの言う通り、この世界では、この世界に於いて、この世界の常識ではただの“平民”は“メイジ”には勝つことなどできるはずもない。

 だが、そうではない、のだ。

「うるせえ」

「え?」

「いい加減、ムカつくんだよね……“メイジ”だか“貴族”だか知んねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。“魔法”がそんなに偉いのかよ。アホが」

 ポツポツと心情を吐露し呟く才人を、ギーシュは薄く笑みを浮かべながら見つめている。

「やるだけ無駄だと思うがね」

 才人は、そんなギーシュの言葉に対して、持ち前の負けん気を発揮し、短く唸った。

「全然効いてねえよ。お前の銅像、弱過ぎ」

 ギーシュの表情から笑みが消えた。

 挑発には挑発で返すことで、その効果が発揮されてしまったのである。

 彼の意志が反映されているかのように、“ゴーレム”の右手が飛ぶように動き、才人の顔面を襲う。

 攻撃はモロに入り、頬に直撃を受け、才人は大きく吹っ飛んでしまう。

「……ッ……」

 才人の身体はボロボロだ。

 鼻が折れ、鼻血が吹き出てしまっている。

 それでもなお、意志の力で立ち上がる才人。ここまで来ると、意地を超えたなにか――執念に近いモノかもしれない。

 そんな、ヨロヨロと立ち上がった彼を、ギーシュの“ゴーレム”――“ワルキューレ”は容赦など一切なく殴り飛ばす。

 立ち上がると同時に殴られる。際限などないかのように繰り返される。

 8回目だろうパンチにより、右腕から鈍い音が鳴り渡る。

 左目は腫れ、視界などとっくに塞がって、右目頼りな状態だろう。

 “ワルキューレ”の脚が、立ち上がったばかりの才人を蹴り、顔を踏み付ける。

 満身創痍だと誰もがいえるだろう状態だ。

 そんな才人へと駆け寄るルイズ。

 彼女の鳶色の瞳は潤んでいる。

 才人は声を出そうとしているのだろうが、殴られ蹴られ続けたことにより、上手く発っすることができ来ず、呻き声のそれに近い。

「……泣いてるのか、お前?」

「泣いてないわよ。誰が泣くもんですか。もう良いじゃない。あんたは良くやったわ。こんな“平民”、見たことないわよ」

 瞳を潤わせ、涙を溜めているルイズ。

 それに気付いたのだろう才人は、ポツリと小さな声でルイズへと言葉をかけるが、彼女は否定し気丈に振る舞う。

 強く当たってはいるが、それでも彼女の根幹にはどこか相手を完全に否定することはできないなにかがある。優しい気持ちがあるのだ。いや、“貴族”などとしての常識に囚われ、不器用であるために言動こそキツイモノが多いだけで、本当は優しい少女であるのである。

「いてえ」

「痛いに決まってるじゃないの。当たり前じゃないの。なに考えてるのよ?」

 ついには、ルイズの目から涙が零れ、才人の頬に当たる。

「あんたはわたしの“使い魔”なんだから。これ以上、勝手な真似は許さないからね」

 そんな2人に対し、ギーシュは敢えて空気を読まず、確認の質問を投げかける。

「終わりかい?」

「……ちょっと待ってろ。休憩だ」

「サイト!」

 ギーシュは微笑んだ。才人のその強い意志、覚悟などに対する敬意として。それを表すために。薔薇の花を振った。すると、1枚の花弁が、1本の剣へと変化する。

 ギーシュはそれを掴むと、才人へと向かって投げ、地面を仰向けに横たわっている才人の隣へと突き刺さる。

「君。これ以上続ける気概があるなら、その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言こう言いたまえ。ごめんなさい、とな。それで手打ちにしようじゃないか」

「ふざけないで!」

 ルイズが立ち上がって、怒鳴る。

 然し、ギーシュは気にしたふうもなく、言葉を続ける。

「理解るか? 剣だ。詰まり“武器”だ。“平民”どもが、せめて“メイジ”に一矢報いようと磨いた牙さ。まだ噛み付く気概があるのなら、その剣を取りたまえ」

 答など、眼の前で横たわっている少年がどうするかなど、ギーシュは既にどこかで理解してしまっていた。だからこそ、剣を生み出し、貸すのだ。だからこそ、敢えて挑発をするのだ。

 才人はその剣へと、ソロソロと右手を伸ばす。

 だが、腕が折れてしまっているということもあって、上手く指先に力が入らない様子である。

 そして、その右手が、ルイズによって止められる。

「駄目! ぜったい駄目なんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」

 ルイズの言葉通り、ギーシュは、才人が剣を握ることで容赦というモノを捨て去るだろう。“武器”を握った者がいかに厄介か、強い存在かをどこかで理解しているからこそ。才人の強い意志と覚悟を感じ取っているからこそ。

「俺は元の世界にゃ、帰れねえ。ここで暮らすしかないんだろ」

 そんなルイズの制止の言葉を聞きながらも、才人独り言を呟くように、言った。声は聞こえているだろうが、既にその眼はルイズを見ていない。

「そうよ。それがどうしたの!? 今は関係ないじゃない!」

 ルイズがグッと、才人の右手を握り締める。

 そんなルイズの行動に力を受けたかのように、才人は力強い声で、言い放った。

「“使い魔”で良い。寝るのは床でも良い。飯は不味くたって良い。下着だって、洗ってやるよ。生きるためだ。しょうがねえ」

 才人はそこで言葉を切った後、左の拳を握り締める。

「でも……」

「でも、なによ……?」

「下げたくない頭は、下げられねえ」

 才人は最後の気力までをも振り絞り立ち上がる。制止するルイズを撥ね退け、左手で地面に突き刺さっている剣を握った。

 その時……。

 彼の左手に刻まれた“ルーン文字”が、彼の意志に応えるように強く光り出した。

 

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