ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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魅惑の妖精亭

「さて、明日から夏季休暇なんだけど」

 ルイズは“使い魔”である才人を見下ろして言った。

「そうですね」

 才人は地面に転がったまま、ご主人さまであるルイズに向かって相槌を打った。

「1週間ほどお暇を頂きたいって、どーゆーこと?」

 ここは“アウストリ広場”。いつも通り……才人はルイズに、踏まれている。

 俺とシオンはそんな2人を生暖かい目で見守っている。当然、普段となんら変わらぬ光景と化してしまっており、感覚が鈍ってしまっているのだろうか。いや、彼女と彼の2人は別段、この前のように大きく強い喧嘩などをしていないのだからこれといった問題はないといえるだろう。

 才人は、ルイズに踏まれることになった理由を、もう1度噛んで含めるようにして説明を開始した。

「いや……シエスタが、“タルブの村”に遊びに来ないかって言うもんだから。しばらく滞在したら……直ぐにお前の領地に行くから良いじゃん。たまにゃ家族と水入らずってのも悪くないんじゃないの?」

 ガシッとルイズの顔に、才人が踏まれる。再度の提案は却下されてしまったのである。

 そして、同時に才人とルイズの2人ははたと気付いたかの様子を見せ、シオンへと申し訳なさそうな表情を見せた。

「大丈夫。気にしないで」

 シオンは柔らかな笑みを浮かべ、2人を見て応える。どうやら、ウェールズとの別れなどから、ある程度の気持ちの整理は着いたようだ。そして、彼女は、それよりも前に話していた事に対する決心を強く抱いている。

 広場から向こうに見える正門には、帰郷する生徒たちで溢れている。久々の帰郷だという事もあって浮かれている生徒たちが、迎えに来た馬車に乗り込んで行くのだ。彼ら彼女らはこれから故郷の領地や、両親が勤務に励んでいる首都“トリスタニア”へと向かうのである。“トリステイン魔法学院”は明日から夏季休暇――いわゆる夏休みなのだ。2ヶ月半にも及ぶ、長い休暇である。

 そんな生徒たちを見て、俺は前世での生活を思い出した。前世――生前の俺は、自堕落だといえる生活を送り、毎日が休みのようだった、と自嘲してしまう。

「あ、あのですね。ミス・ヴァリエール。わたし、サイトさんにもお休みが必要だと思うんです」

 オロオロしたシエスタが、才人を踏み付けているルイズを執り為成すようにして口を開く。シエスタは、帰郷に備え、いつものメイド服ではなく、草色とのシャツにブラウンのスカートといった普段着を着ている。

 ルイズはジロッとシエスタを睨み付けた。しかし……シエスタもさる者である。恋する女の負けん気からだろうか、逆にルイズを睨み返した。

「お、お休みだって必要じゃないですか! い、いつもご自分の好きなように扱き使って……非道いです!」

 実際、“メイジ”にとって“使い魔”は一心一体といえるだろう仲である。そして、基本的に“使い魔”は身体に刻まれた“ルーン”による“主人(メイジ)”との繋がりで、ある程度の意思は尊重されるが、絶対服従じみた状態になる。だが、才人と俺は違った。才人はこれまでブリミルが使役した“使い魔”と似た条件でのそれであり、通来の“使い魔”の法則は適用されない。俺は曲りなりにも、紛い物の“サーヴァント”ではあるが、“サーヴァント”は“英雄”が“英霊”となり、“英霊の座”からその“魂”を分割コピーし、“クラス”という役割(ロール)の中に無理矢理に収め、人間が辛うじて使役することができるようにした存在なのだから。

「良いのよこいつは。わたしの“使い魔”なんだから」

 そして、そんなルイズの態度に、シエスタは何かを勘付いた様子を見せる。

「“使い魔”? へぇ、ホントにそれだけなのかなぁ……?」

 ボロっとシエスタが呟く。その目が、兎を捕まえる罠を仕掛ける時のように、キラッと光ったのだ。恋する女はライバルに敏感なのである。

「え? どーゆー意味よ?」

「べ、べーつーにー?」

 恍けた声で、シエスタはわざわざ間延びさせて呟いた。

「言ってごらんなさいよ」

「最近、ミス・ヴァリエールがサイトさんを見る目、ちょっと怪しいなと。そんな風に思っただけです」

 ツン、と澄ましてシエスタは言った。

 ルイズがギリッと彼女を睨んだ。ルイズは噂を聞いたこともあったので、(わたしってば、メイドにまでナメられてる。サイトの所為ね。サイトが“平民”の癖に妙な活躍ばっかりするから、“学院”の“平民”まで、なんだか調子に乗り始めているんだわ)と思った。そして、(これがそうなのね? “王国”の権威が。“貴族”の権威が。ま、そっちはともかくわたしの権威が!)とも思った。そして、ルイズはピクピクと震えた。

 そんな恋する2人のやりとりを、シオンと俺はまだ優しい目付きで見守る。下手に手を出すと、藪蛇かもしれないのだから。いや、ここにいると何かの拍子で巻き込まれてしまう可能性も多いにありえるのだが。

 サンサンと照り付ける陽射しに目を細めたシエスタは、ふぅ、と溜息を吐く。それから、わざと胸元を開けさせ、ハンカチで汗を拭い始めた。アピールだ。

「ほんと……暑いですわね。夏って」

 野に咲く花のような、健康的な色気がそこから溢れ出している。

 脱いだら凄いだろう、例の2つの丘の谷間が、才人と俺の目に飛び込んで来る。

 ルイズは、ハッ! と気付いたのか、才人の顔を見て睨み付ける。才人はルイズの足の下から、横目でシエスタの開けたシャツの隙間を必死に観察しているのである。キレそうになったが、ルイズはどうにか耐えた。

 俺はというと、既に目を閉じている。別に、シオンは、俺が誰かに目移りをしていようとも怒ることも嫉妬をすることもない。ただ、(最終的に、私を見てくれる、側にい続けてくれる)といった信用と信頼を向けてくれている。それが、俺には“千里眼”などによる読心をせずとも十分に理解することができた。

 ルイズは、(負けて堪るもんですか、ええ、こっちは“貴族”よ。黙ってても、高貴がシャツの隙間から溢れてしまうんですのよ)といった風に、「ふぅ暑い」と呟き、対抗してシャツのボタンを外した。それからハンカチで汗を拭う。しかし……そこにあるのは谷間ではなく、どこまでも広がる爽な平原であった。

 需要は十分にあるだろう。だが、才人はどちらかというと起伏がある地形が好みらしく、視線は動かない。

 そんな様子を見てシエスタが口を抑え、ぷ、とやらかしたのでルイズはついにキレてしまった。

「な、なによ!? 今、笑ったわね!?」

「そんな……笑う訳ないじゃないですか。そんな、ねえ、わたしが“貴族”の方を見て笑うなんて……ねえ?」

 シエスタは顔を輝かせてルイズをなだめる。それから背け、ポロッと呟いた。

「……子供みたいな身体して、“貴族”? ……へぇ?」

 ルイズの口から「かは」と呼吸が漏れた。

「なんつったの!? ねえ!?」

「……さあ、なんにも、なにせ暑いものですから、暑い暑い。ああ暑い」

「2人とも、その辺りで、ね?」

 仲を執り持とうと、見兼ねたシオンが優しく声をかける。

 ワナワナとルイズが震えており、そこへ才人が呟いた。

「なあ、ご主人さまよ?」

「あによ?」

「“タルブ”に、ちょっと行って良い?」

 ルイズは「かうわ」と、切なげに溜息を漏らし、(何回あんたは同じこと聞くのよ)、と全身を撓らせて全力で才人を痛め付け始めた。シエスタが「落ち着いて! ミス・ヴァリエール! 落ち着いてください!」とその背に齧り付く。

 シオンが、「落ち着いて、ルイズ。それじゃあ、提案だけど、先に“タルブの村”へとセイヴァーの“宝具”で行って、その後に“ラ・ヴァリエール”の領地に行きましょう?」と折衷案を口にする。

 そんな風に、いつもと同じような騒ぎやらかし始めた時……。

 バッサバッサと一羽のフクロウが現れた。

「ん?」

 そのフクロウはルイズの肩に止まると、羽でペシペシと彼女の頭を叩いた。

「なによこのフクロウ?」

 フクロウは書簡を咥えている。

 ルイズはそれを取り上げた。それに押された花押に気付き、真顔に戻る。

「なんですか? そのフクロウ?」

 シエスタが覗き込む。

 ルイズは真面目な顔になり、真面目な声で才人に立ち上がるように促した。そして、シオンと俺へと顔を向ける。

「なんだよ?」

 才人の質問に、中を改めて1枚目の紙にルイズは目を通した。

 それからルイズが呟いた。

「帰郷は中止よ」

 

 

 

「中止ってどういうことだよ? シエスタがせっかく誘ってくれたのに……すっごくガッカリしてたぞ」

 ルイズの自室に戻り、帰郷の為に一度纏めていただろう荷物を、ルイズが再び改め始めたのを見て、才人が尋ねた。

 ルイズは才人に、先ほどのフクロウが運んで来た手紙を見せた。

「いや、俺、こっちの文字読めないから」

 ピョコンとルイズはベッドに正座すると、語り出した。

「この前の事件の後……姫さまが落ち込んでたの、知ってるわよね?」

 才人は首肯く。

 そして、シオンはまた一瞬だけではあるが沈鬱な表情を浮かべる。どうやらやはり、まだ完全に吹っ切れたという訳ではないらしい。

 悲しい事件であったのだ。なにせ、死んだアンリエッタの恋人――シオンの実の兄が……敵の手によって蘇させられ、人形のように扱われ、アンリエッタを攫おうとし、また、実の妹であるシオンを殺そうと仕向けられたのだから。

 落ち込むどころの話ではないだろう。

「お可哀そうに……でも、いつまでも悲しみの淵には沈んでいられないようだわ」

「ええ」

「で、どういうこと?」

 才人は理解できていないのだろう、ルイズは手紙に記載されている内容を説明した。

 “アルビオン”は艦隊が再建されるまでマトモな侵攻を諦め、不正規な戦闘を仕掛けて来るだろう事……枢機卿であるマザリーニを筆頭にして、大臣たちはそう予想したらしい事。街中の暴動や反乱を扇動するような、卑怯といえるやり方で“トリステイン”を中から攻める……そんなことをされては堪らないという事。そのような敵の陰謀に怯えたアンリエッタたちは治安の維持を強化することにした事……。

「治安の強化は良いけど、で、お前たちになにをしろって?」

「身分を隠しての情報収集よ。“なにか不穏な活動が行われていないか?”、“平民たちの間では、どんな噂が流れているのか?”」

 才人の質問に、ルイズは簡単に説明をした。

「わ、スパイかよ!?」

「スパイって?」

「いや、そういう情報を集める仕事を、俺たちの世界ではそう言うの。な?」

「ふむ。概ね合っている。まあ、いわゆる工作員や諜報員、密偵、間諜とかだな」

「ふーん……そういうモノなのね」

 才人と俺の説明に、ルイズは不満そうな様子を見せる。

「どうした?」

「だって……地味じゃない。こんなの」

「いや、情報は大事なんじゃねえのか? 情報を軽視したバッカリに昔“日本”は戦争に負けたって、爺ちゃんが言ってた」

「はい?」

 才人が、不満げなルイズをなだめるようにして口を開き、“地球”の歴史の一部を口にした。

 だが、やはりルイズは理解はできていない様子を見せている。

 対して、シオンは目を輝かせている、どうやら興味があるらいしい。この点は、コルベールと似通ったところがあるかもしれない。

「そうさな、俺たちの世界、“地球”ではここ“ハルケギニア”と同様に何度も何度も戦争が起きている」

「そりゃそうよね。人と人、国と国だもの」

 俺が始めた補足説明に、ルイズは相槌を打つ。

「だが、こことは違って、“地球”では過去に2度ほど、全世界を巻き込む規模の戦争が行われたんだ」

「全世界を?」

「それって、“第一次世界大戦”と“第二次世界大戦”だろ?」

「そうだ」

「かつての“第一次世界大戦”では、30以上もの国同士が手を取り合う事や殺し合う事なんてしていたな」

「そんな数の!?」

「ああ。“第二次世界大戦”では、例えだが、“ハルケギニア”の首都をまるごと焦土や更地、不毛な大地へと変えてしまうほどの威力を持つ機械兵器なんてモノも使われたくらいだ」

 そんな俺と才人の説明に、シオンとルイズは開けた口が閉じないといった様子を見せる。

「で、でも、そのちきゅうは、今平和なんだよね?」

「ああ。もちろん、と簡単に断言することはできないが、比較的平和な部類だろうさ」

 俺の言葉に、重苦しい雰囲気が場を支配してしまう。

「さて、話題を戻そうか」

 重い空気にした本人である俺が、パンッと手を打ち、3人へと話を促す。

 アンリエッタからの手紙には、“トリスタニアで宿を見付けて下宿し、身分を隠して花売りなどを行い、“平民”たちの間に流れるありとあらゆる情報を集めるよう”、と指示が書かれている。

 任務に必要とされるだろう経費を払い戻す為の手形もまた、一緒に同封されていた。

「そういう訳で、荷物を纏め直してるの。こんなに服持って行けないし。シオンも急いでね」

 ルイズは鞄1個に軽く纏めた荷物を指さした。

「夏休みだってのに働かされるって訳か……」

 切なさそうに、才人は呟いた。

「ボヤいてないで! ほら、シオンが準備できたらさっさと出発するわよ」

 そんなルイズの言葉で、シオンは自分の部屋へと飛んで行き、軽く準備を始める。

 そんなこんなといった様子で、俺たち4人は“トリスタニア”へと出発した。身分を隠す必要がある為に、馬車は使えない。“学院”にある馬は、“学院”のモノなので使えない。そう、結局のところ、徒歩であるのだ。

 ジリジリと太陽が照り付ける街道を、俺たちは“トリスタニア”目指して歩いている。“トリスタニア”まで、徒歩であれば2日は必要だろうか。

 太陽を恨めしげに見上げ、才人は呟いた。

「くそ……今頃はシエスタの家で冷たい水でも飲んでたっていうのに……」

「ボヤかないの! ほら! 歩く!」

 荷物を全部“使い魔”である才人に持たせたルイズが怒鳴る。

「ほら、これでも飲んで、元気出せ」

「これは水か?」

「そう、スポーツドリンクだ」

 俺は、グテリと倒れそうになっている才人へと飲料水の入ったコップを渡す。もちろんこれは、“専科総般”を駆使して手にした“スキル”を使用して作ったモノだ。

「プハーッ! うめぇええええええッ!? なんだよこれ? これまで飲んだことねえ。すげえ爽やかな気分になるぜ!」

「それはそうだろう」

「わたしにもちょうだい」

「もちろんだとも、さあ」

 ルイズとシオンへも手渡し、彼女ら2人はそれをグビグビと飲む。

 体力が全回復しただろう3人は、元気良く歩き出した。

 

 

 

 

 

 街に到着した俺たちは、、まず債務庁を訪ね、手形を金貨へと換えた。“新金貨”で600枚、400“エキュー”である。

 才人はベルトに結わえられた腰鞄(ポーチ)の中に入った、アンリエッタから貰ったお金を思い出した。“新金貨”が400枚ほど残っているのだ。270“エキュー”といったところだろう。

 才人と俺はまず、仕立て屋に入り、ルイズとシオンの為に地味な服を買い求めた。ルイズは嫌がっているのだが……マントに五芒星では“貴族”と触れ回っているのと同じものである。平民“”に交じっての情報収集なんかは無理である。

 しかし、地味な服を着せられたルイズはやはりというか、不満そうな様子を見せる。

 対して、シオンは不満どころかとても満足そうにしている。いや、親友であるアンリエッタからの頼みにしっかりと応えようと想っているのだろう。

「どうした?」

「足りないわ」

「なにが?」

「この頂いた活動費よ。400“エキュー”じゃ、馬を買ったらなくなっちゃうじゃないの」

 不満そうな様子を見せるルイズに、才人が尋ねる。すると、ルイズはその不満を口にした。

「馬なんかいいだろ。身分を隠してって書いてあったんだろ? つまり“平民”のフリしろってことだろ。歩け。足あんだから」

「“平民”のフリしようがしまいが、馬がなくっちゃ満足な御奉公はできないわ」

「安い馬で良いだろ。妥協しろよ」

「そんな馬じゃ、いざって時に役に立たないじゃないの! 馬具だって必要よ。それに……宿だって変な所には泊まれないわ。このお金じゃ、2ヶ月泊まっただけでなくなっちゃうわ!」

 金貨が600枚も吹っ飛ぶ宿とは、相当に待遇や設備の良い宿なのだろう。そしてそれは、“貴族”御用達の宿である事は間違ないだろう。

「安い宿で良いだろ」

「駄目よ! 安物の部屋じゃ良く眠れないじゃない! ねえ? シオン」

 どうやらルイズは、根本から前提を履き違えてしまっている様子だ。“平民”に交じっての情報収集であるにも関わらず、高級な宿に泊まるつもりの様子なのだから。

 話を振られたシオンは、苦笑いする。

「あのね? ルイズ。これは秘密裏に行う事なのよ。だから、馬は必要ないし、“貴族”御用達の宿に泊まっては元も子もないと思うけど?」

「俺も持ってるから、貸しても良いけど」

 そこで、才人はルイズへと言った。

「……そんでも足りないわ。御奉公にはお金がかかるモノよ」

 ルイズは、シオンの言葉が耳に入っていないのか、それとも御奉公のイメージが凝り固まってしまっている所為か、変わらない様子である。

「じゃあどうすんの?」

「なんとか増やす方法はないものかしら?」

 そんなこんなで金を増やすのをどうするのか、やはり安い宿にしようだの、やいのやいの2人が言い合いながら入った居酒屋で、俺たちは店の一角に設えられた賭博場を見付けた。

 そこでは酔っ払った男や、如何わしい成りの女たちが、チップを取ったり取られたりの一種の戦いを繰り広げている。

 才人はルイズが眉を顰めるのも気にせず、博打に見入った。

「あんた、なに見てるのよ?」

「いや、これで増やすってのは、どう?」

「博打じゃないの! 呆れた!」

「ま、見てろよ。昔ゲームで散々やったんだ」

 そう言って、呆れているルイズとシオンを背に、才人は金貨30枚――20“エキュー”ばかりをチップに換えると、クルクル回る円盤が付いたテーブルへと向かう。

 円盤の円周部分は、赤と黒に色分けされた37個のポケットに分かれ、それぞれに数字が振られている。

 その円盤の中を小さな鉄球が回る。そして、円盤の周りには目の色を変えた男女がその様子を喰いいるように見詰めている。

 そう。ルーレットだ。

 才人は張っている客たちを眺めた。そして、まずは運試しである、といった風に、勝ってる客と同様に、赤に10“エキュー”ほどのチップを張ってみた。

 球は、見事に赤のポケットに入り込んだ。

「ほら見ろ。増えた! 俺偉い!」

 才人は割とケチな部類に入るのか、慎重なのかチビチビと張り、30“エキュー”ほどチップを増やしてみせた。

「ほら見ろ! 任務遂行の金が増えたぞ! いやぁ、文句ばっかり言ってる誰かさんとは大違いじゃないですか」

 胸を反らして才人はそう言った。

 そして、ルイズの目がキラリと光った。

「わたしに貸してごらんなさい」

「やめとけ。お前じゃ無理だよ」

「なによ。“使い魔”が勝てるなら、主人がやればその10倍勝つわ」

 ルイズは才人が勝った分、そっくり黒に置いた。がしかし……外した。才人が増やした分が一瞬で溶けてしまったのだ。

「なにしてんだよ!? お前は!? せっかく俺が増やしたのに!」

「う、うっさいわね」

「まったく……お前、いっつも威張ってる割には、まともに金増やすこと1つできないんだから。少しはシエスタでも見倣って、料理の1つでも覚えろ。そんでレストランでコックのバイトでもしろ。稼ぐってな、そういう事だ」

 そんな才人の言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。

 そして、“シエスタを見倣って”、というその言葉が、ルイズの何かに火を点けてしまった。

「み、み、見てなさいよ。誰が負けるもんですか」

「ルイズ?」

 その様子に、才人とシオンは震えた。

 

 

 

 30分後……。

 ルイズはガックリと肩を落とし、恨めしげに盤面を見詰めた。彼女が先ほど置いたチップが、バンカーの手でゴッソリと消えて行く。ブロンドの美少女はしばらくシットリと肩を落としていたが、やおら昂然と頭を上げ、眼の前のチップを洗い浚い盤面の一点に置こうとした。

 そんなルイズの肩を後ろから見ていた才人が掴む。

「ルイズ」

「あによ?」

 思いっ切り不機嫌な声で、ルイズが返答する。

 才人はキッパリと言った。

「もうやめろ」

「次は勝つわ。絶対勝つ」

「お前、そのセリフ何回言ったと思ってるんだよ!?」

 才人の絶叫が響き渡る。

 チップを張ろうとしていた客たちが振り向いて苦笑を浮かべる。博打場では日常茶飯事の光景なのだから。

「お前、一片も勝ってねえじゃんかよ!」

 才人はルイズの鼻先に、指を突き立てた。

「そうだよ。ルイズ、ここが退き時だよ?」

 ここまで博打をしてはいけない人を、才人とシオンは初めて見たという様子だ。

 ルイズは既に400“エキュー”……任務に必要な経費をほとんど擦ってしまっているのだ。ルイズに残されたチップは、換金したら、もう30“エキュー”ほどにしかならない。これを失ったら文無しになってしまうのだ。

「だいじょうぶ。次はわたしが編み出した必勝法、炸裂するから」

「言ってみろ」

「今までわたしってば、赤と黒、どっちかに賭けてたわよね?」

「ああ。15回連続で赤黒外すなんて、お前死んだ方が良いぞ」

「っさいわね。いいこと? それじゃ勝っても倍よ。どゆこと?」

「普通そうだろ」

「でね、わたし気付いたの。赤か黒か、当ててもしょせん2倍。でもね……」

「でも、なんだよ?」

 ルイズとのやり取りをしていた才人、それを聞いていたシオンは震え出した。ルイズのその様子は、何かに取り憑かれでもしたかのようだったのだから。

「数字を当てれば、35倍よ。今までの負けを取り返して、お釣りが来るじゃない。なぁんだ、最初からこうすれば良かった!」

 ルイズは大きく首肯いた。

 無言で才人はルイズの腕を掴んで引っ張る。

「なにすんのよ!?」

「当たる確率は37分の1だっつの!」

「それがどうしたのよ!? わたしってば、15回負けたわ。どう考えても次は勝つわ。じゃないと可怪しいモノ。どうせ勝つなら、大きく勝った方が好いじゃないのよ!」

 ルイズの鳶色の瞳がギラギラと光っている。

 才人は、株で失敗して夜逃げした叔父がしていた目を思い出した。そんな才人と、その叔父が最後に出会ったある日、その叔父は「ガチで上がる」と言っていた株が、見事に暴落したのだ。

 そして、俺はソシャゲで借金までしてガチャを回し続ける者たちのことを思い出した。

「落ち着け。そのチップを換金して、その金で泊まれるとこ探そ? な?」

「そうだよ、ルイズ。これ以上は」

「嫌よ。負けたまま引き下がったら、ラ・ヴァリエールの名が泣くわ」

「んなもん泣かせとけ!」

 そう叫んだ瞬間、才人は順当にルイズによって股間を蹴り上げられ、床に転がる。

「ほぁああああああ……お、お前は俺の切ない場所に恨みでもあんのかよ……?」

 邪魔な“使い魔”である才人を排除したルイズは、再びルーレットの盤面に向き直る。折しも、シューターがホイールに球を放り込んだところであった。まだベットは間に合うだろうタイミングだ。ルイズは先ほど頭に浮かんだ数字の場所に、残りのチップを余さず置いた。そして、回転するホイールと球を、これ以上ないほどに真剣な目で睨み付ける。

 カラコロと音を立て、運命の球はポケットに入った。

 ルイズの表情が一瞬希望に輝き、瞬間絶望に取って代わる。そこは、ルイズが賭けた数字の隣であったのだから。

 痛む股間を擦りながら、才人は立ち上がろり、ルイズを引っ張る。

「行くぞ」

「あに言ってるの?」

「へ?」

「お隣さんのポケットよ。次は我が家へご訪問よ」

「もう賭ける金がねえだろが!」

「あんたのポッケに入ってるお金が手付かずじゃない」

「馬鹿! これは俺の金!」

 才人が腰鞄(ポーチ)を押さえた。これを賭けで使う訳にはいかないのである。そうすると、才人まで文無しになってしまうからして。

「あのね? “使い魔”のモノは、主人のモノ。決まってるの」

「ざっけんな!」

 しかし、シエスタと比べられたことで、脳髄の奥まで博打の熱でチリチリに焼かれたルイズの耳には届かない。電光石火の早業で、才人の股間を蹴り上げようとした。

 しかし、才人もさる者。ガッチリ両脚を閉じてガードをしたのだ。そして、振り上げられたルイズの足首を掴む。

「2度も蹴られるかっつの!」

 ルイズが冷たい声で呟く。

「“ヴァスラ”」

 才人の身体を包んでいる“魔法”の拘束具が電流を流す。

 激しく痙攣しながら、才人は再び床に転がった。

「……そっかぁ、これまだ着けられてたんだっけ」

 弱々しく呟きながら、(嗚呼、俺が賭博場なんかに興味を持たなきゃ、こんなことには……)と才人は己の好奇心を恨んだ。

 ルイズは才人の腰鞄(ポーチ)の中を探り、残さず金貨を巻き上げると、そっくりそれをチップに換えた。

 才人は少しホッとした。(いくら博打の才能ゼロのルイズでも、才人の身体の痺れが取れるまでにそれだけのチップを全部擦ってしまうなんてことはないな。痺れが治まったら、ルイズの口を押さえ、有無を言わさずここから出よう)と、そう決心した。

「一点賭けは駄目ね。基本に戻るわ」

「そうだ……赤黒。チマチマと赤黒。せめてそうしてくれ……」

「忠実な“使い魔”に敬意を表して、その髪と目の色に賭けるわ」

「黒?」

 ルイズは「そうよ」と首肯いて、チップを黒に張った。

 全額……270“エキュー”のチップ、全額である。

 才人は漏らしそうになった。

「や! め! て!」

 ルイズは才人にニッコリと微笑んだ。

「馬鹿ねえ。払い戻しが2倍でも金額が金額よ? 勝ったら、今までの負けを取り返してお釣りが来るじゃない。しかも、たった1回。1回勝つだけでよ」

「お! ね! が! い!」

「最初からこうすれば良かったわ」

 嗚呼無情。

 残酷なことに、シューターがルーレットを回転させた。主人と“使い魔”の大きな運命を乗せて、小さな球が回り始めたのだ。

 カララララ……と乾いた音を立てて、球がホイールの上を回る。回転は徐々に勢いを失い、運命を振り分けるべく、入るべきポケットを目指した。

 ルイズが大金を黒に賭けた為、周りの客は赤に張った。黒はルイズだけである。

 赤に入って、跳ねて、今度は黒に入って、跳ねて……ルイズは熱に浮かされたような口調で呟く。

「わたしは伝説よ。こんなとこで、ねえ、負けるもんですか」

 そして球は、1つのポケットに入り……止まった。

 ルイズは思わず目を閉じる。

 辺りから、悲しみの溜息が漏れた。

「……え?」

 ルイズ以外は赤に張っている。その連中の溜息。

「やっぱわたしは“虚無(ゼロ)”の担い手よ!」

 絶叫して、ルイズはパッチリと目を開く。直後、あんぐりと口を開いた。

 球は……黒でも赤でもない、1個だけ設けられた縁のポケットに入っていたのだ。親の総取りのそのポケットには……ルイズを祝福するように“0”の数字が光っていた。

 

 

 

 才人とルイズ、シオン達は、暮れ行く街の中央広場の片隅にぼんやりと座り込み、俺は3人の側で静かに立っていた。

 ごぉんごぉんと、“サン・レミの聖堂”が夕方6時の鐘を打つ。

 シオン、ルイズ、才人の3人はお腹が空いて疲れているのだろうが、俺たちにはどこにも行く宛がない。あるはずもない。。

 ルイズは才人が先ほど買ってやった、地味めな造りのブラウンのワンピースを身に着けている。足には粗末な木の靴。

 シオンも同様に、ルイズとほぼお揃いだといえる服装をしている。

 マントと“杖”は、才人が持っている鞄に入れて貰っている。

 格好だけ見ると、どこぞの田舎娘のようであったが、やたらと高貴な顔の造りと、ルイズの桃色がかったブロンド、シオンの黄金色をしたそれぞれの髪のおかげだろうか、お芝居の中の貧乏っ娘のようにチグハグな印象を与えて来る。

 才人はいつもの格好だったが、街中を抜き身の段平提げて歩く訳にもいかないので、デルフリンガーを布でぐるぐる巻き、背中に背負っている。

 俺はというと、俺が普段着ている服は、“魔力”で編んだモノである為、それを少しばかり弄ることで田舎から上京して来た青年といった風に見えるように変装している。

 ぼそりと、ルイズがやっとのことの大変さに気付いたような口調で呟いた。

「ど、どうしよう?」

 才人はジロッとルイズを睨むと、「もう2度と、お前に金は持たせねえからな」と言った。

「う~~~~」

 膝を抱えて、ルイズが悲しげに唸る。

「で、どーすんだ? 金。宿を借りることもできなきゃ、飯も食えねえ。任務どーすんすか? お偉いお偉い陛下直属の女官さま。しがない“使い魔”にご教授くださいよ、ねえ?」

 厭味たっぷりに才人は言った。自分の金まで使われたのだから、「いつかきっちり弁償して貰う」といった様子を見せている。

「今、考えてる」

 ムッとした顔で、ルイズが言った。

「俺は別に野宿でも構わんよ。俺の“宝具”を使用すれば、解決するだろうし」

「でも、かなりの“魔力”を消費するでしょ?」

「そうだな。まあ、別に問題はないがな」

 俺はこの先の展開のことを識りながら、悲嘆に暮れた様子を見せてみた。それから、才人とルイズに対して、俺は提案をする。が、シオンのその確認の言葉で、やはり却下される形になった。

(こんなことなら、“黄金律”と“コレクター”を獲得しておくべきだったか……? いや、どうせ直ぐに解決するんだから、必要ないか)

「大人しく姫さまに頭下げてまた金貰おうぜ」

「無理よ。姫さまはご自分だけの裁量で、わたし達に秘密の任務をお預けになってるの。お金だって、大臣たちを通さない、姫さまのご事由になる分しか使えないはずだわ。たぶん、あれで精一杯」

「その金を、お前は30分で擦ったんだっての。なに考えてんの?」

「だって、400“エキュー”じゃ満足行く御奉公ができないじゃない!」

「お前が贅沢ばっか言うからだろ!」

「必要なんだもの!」

「とにかく、じゃああれだ。実家に連絡しろ。ええおい、公爵さま」

「無理よ。お忍びの任務なのよ。家族にだって話せないわ」

 ルイズは膝を抱えて、その上に顎を乗せた。

 やはりルイズは、世間知らずのお嬢さまであるといえるだろう。いや、“貴族”の娘であるからこそ、仕方がないといえる。異世界である“地球”から来た才人の方が駆け引きが上手な事に、やはり“原作”を知っていながらも、すこしばかり驚きと称賛を覚えた。

 対するシオンの方が、可怪しいのかもしれない。“王族”であるにも関わらず、まったく文句の1つも言わず、それどころかルイズをたしなめたり、止めようとしたりするのだから。

 ボヤッと広場の噴水なんかを眺めていたが……。

 路行く人々が、ほほう、と感心したようにシオンとルイズを見詰めていることに気付いた。

 どうやら彼女らの可憐さや高貴さなどが目を惹いている様子だ。それが村娘みたいな格好で膝を抱えているのだから尚更であろう。どこぞのお芝居小屋から逃げ出してきたのだろう、といった風な目で人々はチラチラとこちらを盗み見して来ている。

 才人は閃いたのだろう、スッと立ち上がり、両手を広げた。

 シオンとルイズはキョトンとしている。

「どうしたの?」

 ルイズの言葉を無視して、才人は路行く人々に向かって口上を述べた。

「えー、紳士淑女の皆さん」

 なんだなんだ、と路行く人々が立ち止まる。

「えー、ここな娘は、サーカスから逃げ出して来た狼少女」

「はい?」

「なにせ狼に育てられたものですから、吠えるわ鳴くわ、大変です。しかし、1番すごいのは、首まで足で掻くところ! さてお立ち会い! 今から首を足で掻きます!」

 才人はルイズに、小さく呟いた。

「じゃ、足で首掻いて。ほら」

 才人が顎をしゃくった。

 その顔にルイズの足の裏が激突する。

 才人は地面に転がった。

「あに考えてるのよ!? わわ、わたし達に獣の真似しろですっってぇ!?」

 才人も立ち上がるとルイズの腕を引っ掴んで怒鳴り付ける。

「芸でもしなきゃしょうがねえだろ! 他に稼ぐ方法あんのか!? ああん!?」

 ルイズは髪を振り乱し、才人と取っ組み合いを開始してしまった。

 それを見て、シオンはオロオロとし、客たちは「確かに狼少女だ」と妙な納得をした様子を見せる。

 がしかし、ただの取っ組み合いをしているだけであるということもあって直ぐに飽きられ、客たちは去って行き始める。

 一文にもならない結果を迎え、才人はグッタリと力が抜けたかのように地面に横たわり、ルイズも疲れからだろう体力を失ってその背に座り込み、シオンは元いた噴水の近くへと座り込む。

「お腹空いた……」

「俺もだ……」

「そうだね……」

 そんな風に座り込む3人、そして俺へと1人の街人が銅貨を投げ、チャリーンと音が鳴った。

 才人が飛び付いて拾い上げ、ルイズが憤った声で立ち上がる。

「誰!? 出て来なさいよ!」

 すると人混みの中から、奇妙な成りの男が現れた。

「あら……物乞いだと思ったんだけれど……」

 妙な女言葉だった。

 それで俺は、察してしまった。いや、ようやくか、とも思った。

「はぁ? あんたそこに直りなさい! わたしはねえ! 恐れ多くも公爵家――」

 そこまで言おうとした時、才人が立ち上がり、ルイズの口を塞ぎ、事なきを得た。

 だが、しっかりと聞こえていたのだろう、妙な女言葉を口にする男は怪訝そうな表情を浮かべる。

「こーしゃくけ?」

「な、なんでもないです! はい! こいつちょっと脳がアレで、はい」

 ムゴゴゴ、とルイズは暴れたが、才人は構わずに押さえ付ける。これ以上目立つとお忍びどころではないからだ。

 男は興味深そうに、才人とルイズ、そしてシオンと俺を見詰めて来ている。

 男は、随分と派手な格好をしている。ギーシュも格好は派手だが、ベクトルが違うといえるだろう。黒髪をオイルで撫で付け、ピカピカに輝かせ、大きく胸元の開いた紫のサテン地のシャツからモジャモジャした胸毛を覗かせている。鼻の下と見事に割れた顎に、小粋な髭を生やしている。強い香水の香が、俺たちの鼻を突く。

「じゃあ、なんで地面に寝てるの?」

「いやぁ、行くとこも食うモノもなくって……」

「でも物乞いじゃないわ」

 ルイズがキッパリと言った。

 男は興味深そうにルイズの顔を見詰めた。

「そう。なら、家に入らっしゃい。わたしの名前はスカロン。宿を営んでいるの。お部屋を提供するわ」

 ニコッと微笑んで、男――スカロンが言った。

 妙な格好をし口調もどこかズレてはいるのだが、とても親切な人物である。それはもちろん、記憶と知識から既に識っているのだが。

 才人の顔が輝いた。

「ほんとですかー?」

「ええ。でも、条件が1つだけ」

「なんなりと」

「1階でお店も経営してるの。そのお店を、そこの娘さんたちが手伝う。これが条件。宜しくて?」

 ルイズが渋った顔をしているが、才人に睨まれ、大人しく首肯く。

 シオンは特にそういった様子を見せることもなく、ただ、スカロンの言葉に了承し、首肯いた。

「トレビアン」

 スカロンは両手を組んで頬に寄せ、唇を細めてニンマリと笑った。いわゆる“地球”でいうところのオカマじみた言動を取っているのだ。

「じゃ決まり。着いてらっしゃい」

 リズムを取るように、クイックイッと腰を動かしながらスカロンは歩き出した。

 才人は気乗りしなさそうなルイズの手を握って、後に続く。シオンと俺もまた、3人の後に続いた。

「なんか嫌だわ。あいつ変」

 才人は怒りに燃えた目で、ルイズの顔を覗き込んだ。

「お前、選り好み出来る立場だと思ってんのか?」

 

 

 

 

 

「良いこと!? 妖精さんたち!」

 スカロンが、腰をキュッとひねって店内を見回した。

「はい! スカロン店長!」

 色取り取りの派手な衣装に身を包んだ女の子たちが、一斉に唱和した。

「違うでしょおおおおお!」

 スカロンは腰を激しく左右に振りながら、女の子たちの唱和を否定した。

「店内では、“ミ・マドモワゼル”と呼びなさいって言ってるでしょお!」

「はい!  ミ・マドモワゼル!」

「トレビアン」

 腰をカクカクと振りながら、スカロンは嬉しそうに身震いをした。

 自分たちを連れて来た中年男性のその様子を目にした才人は、嘔吐感を覚えているような様子を見せる。

 しかし店の女の子たちは慣れっこなのだろう、表情1つ変えないでいる。

「さて、まずはミ・マドモワゼルから悲しいお知らせ。この“魅惑の妖精亭”は、最近売上が落ちてます。ご存知の通り、最近東方から輸入され始めた“御茶”を出す“カッフェ”なる下賤な御店の一群が、わたし達のお客を奪いつつあるの……グスン……」

「泣かないで!  ミ・マドモワゼル!」

「そうね! “御茶”なんぞに負けたら、“魅惑の妖精”の文字が泣いちゃうわ!」

「はい!  ミ・マドモワゼル!」

 スカロンはテーブルの上に飛び乗り、激しくポージングを取った。

「魅惑の妖精たちのお約束! ア~~~ンッ!」

「ニコニコ笑顔のご接待!」

「魅惑の妖精たちのお約束! ドゥア~~~ッ!」

「ピカピカ店内清潔に!」

「魅惑の妖精たちのお約束! トロワア~~~ッ!」

「ドサドサチップをもらうべし!」

「トレビアン」

 満足した様子で、スカロンは微笑んだ。それから、腰をクネラせてポーズを取る。

「さて、妖精さんたちに素敵お知らせ。今日はなんと新しいお仲間が出来ます」

 女の子たちが拍手した。

「じゃ、紹介するわね! ルイズちゃん! シオンちゃん! 入らっしゃい!」

 拍手に包まれ、羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせたルイズ、そして歓迎されていることに対して嬉しいといった様子の笑顔を浮かべるシオンが姿を女の子たちの前へと現した。

 才人は、う! と息を呑んだ。

 ルイズは店の髪結師に、桃色がかったブロンドを結われ、横に髪を小さな三つ編みにしているのだ。そして際どく短い、ホワイトのキャミソールに身を包んでいる。上着はコルセットのように身体に密着をし、その身体のラインを浮かび上がらせている。背中はザックリと開いて、熟し切らない色気を放っている。なんとも可憐な妖精のような、その姿であった。

 シオンも、また文字通り妖精だといえる格好をしている。赤と黒の一風変わったメイド服のようなモノ、それを弄った服を着ており、同色の赤をしたブリムを着けている。他の女の子たちとも違う服であることから、かなり異色を放ち、目立っている。

「ルイズちゃんは、お父さんの博打の借金のかたにサーカスに売り飛ばされそうになったんだけど、間一髪お兄ちゃんと逃げて来たの。シオンちゃんは、ルイズちゃんの従姉妹で、同様に両親にルイズちゃんの叔父さんに預けられていたところを」

 と、スカロンが俺達の事を簡単に説明して行く。

 同情の溜息が漏れる。それはみちすがら、才人と俺がでっち上げた嘘である。苦し紛れに、才人はルイズの兄だと、俺はシオンの兄だと、ルイズとシオン、俺と才人の4人は従兄弟であるという設定にして説明したのだ。

 どう見ても、そうは見えないだろう俺たちの容姿ではあるのだが、スカロンは其辺の事には余り拘らない人物だ。いや、察し、理解してくれているのだろう。

「ルイズちゃん、シオンちゃん。じゃ、お仲間になる妖精さんたちにご挨拶して」

 ワナワナとルイズは震えている。怒っているのだ。激しく。強く。プライドの高い“貴族”のルイズが、あんな格好をさせられて、“平民”に頭を下げろと言われているのだから。

 才人は、(たぶん、今にも暴れ出して、“エクスプロージョン”でも連発するんじゃないだろうな?)と思い、恐怖を覚えている様子を見せている。

 しかし……任務を果たさなくては、という責任感がルイズの怒りを抑えていた。

 考えて見れば、酒場という場所は噂が特に集まりやすい。情報収集には打って付けなのだから。これも任務、と自分に言い聞かせ、引き攣った笑顔を浮かべると、ルイズは一礼した。

「ルルル、ルイズです。よよよ、よろしくおねがいなのです」

「シオンです。よろしくお願いします」

 シオンはニコヤカな笑みを浮かべ、恭しく綺麗な気品ある動作で一礼をした。この少女、意外とノリノリである。

「はい拍手!」

 スカロンが促す。

 一段と大きな拍手が店内に響く。

 スカロンは壁にかけられた大きな時計を見詰めた。どうやら、いよいよ開店の時間らしい。

 スカロンは指をパチンと弾いた。

 その音に反応して、店の隅に設えられた“魔法”細工の印形たちが、派手な音楽を演奏し始めた。行進曲のリズムである。

 スカロンは興奮した声で捲し立てた。

「さあ! 開店よ!」

 バタン! と羽扉が開き、待ち兼ねていた客たちがドッと店内に雪崩れ込んで来た。

 

 

 

 俺たちがやって来たここ“魅惑の妖精亭”は一見ただの居酒屋だが、可愛い女の子たちが際どい格好で飲み物を運んでくれるということもあって人気のお店である。

 スカロンはルイズとシオンの美貌と可憐さに目を付け、給仕として連れ込んで来たのであった。

 店の刺繍の入ったエプロンを手渡された俺と才人は、皿洗いの仕事を与えられた。俺たち2人も宿を提供してもらう以上、働く必要がある。働かざる者食うべからずというやつだ。

 店は繁盛していることもあり、山のように食器が運ばれて来る。

 皿洗いは異世界である“ハルケギニア”であろうがどこだろうが、新入りの仕事であるようだ。誰も手伝ってくれないのだ。

 才人は、コツが掴めていないのだろう必死に皿と格闘している。しかし、物事には限界というモノがある。そのうちに疲れて手が動かなくなった。しかし、グッタリしていても洗うべき皿はなくならない。むしろ、ドンドン積まれて行く。

 俺は、才人が洗うべき分の皿も、少しずつ手に取り、洗う。俺は“サーヴァント”であり、“特典”として所有する“専科総般”のおかげもあって、即座にコツを掴み、流れるように皿洗いを行うことができていた。

 呆けッとそんな皿の山を見詰める才人だが、流し場の前でグッタリとしてしまっている。

 そんな俺たちの元へと、派手な格好の女の子が近付いて来る。長い、ストレートの黒髪の持ち主の可愛らしい女の子である。太い眉が、活発な雰囲気を漂わせ、感じさせて来る。年の頃は才人と余り変わらないように見える。胸元の開いた緑のワンピース、胸の谷間が目に飛び込んで来て才人は急激に目が覚めたような様子を見せる。

「ちょっと!お皿がないじゃないのよ!」

 腕を腰にやって、才人と俺を怒鳴り付ける。

「す、すいませんっ! ただいま!」

「申し訳ない。これが先ほど洗い終わった分の皿だ」

 可愛らしい女の子に命令されることに慣れ切ってしまっている才人は、跳び上がって反射的に皿を洗い始めた。

 その慣れない手付きを目にし、黒髪の女の子が首を傾げる。

「貸してごらん」

 そう言って才人の手から皿洗い用の布を取り上げると、ゴシゴシと手慣れた調子で洗い始めた。無駄のない、スムーズな動きで、ドンドン皿を片付けて行く。

 才人は、そんな彼女の様子を驚いた様子で見詰めている。

「片面ずつ磨いていたら時間がかかるでしょ? こうやって布で両面を挟むようにして、グイグイ磨くのよ。あんたもあんたよ。できるんなら、教えてやりなさいよ」

「面目ない」

 才人は素直に賞賛の念を抱いたのだろう、「すごい」と言った。

 いかにも感心した様子を見せたこともあって、女の子は微笑んだ。

「あったしー、ジェシカ。あんたたち、新入りの娘たちのお兄さん達なんでしょ? 名前は?」

「才人。平賀才人」

「セイヴァーだ」

「ヘンな名前」

「ほっとけ」

 才人は黒髪の女の子の反応に、唇を尖らせた。

 才人はジェシカと並んで、俺と彼女を挟むようにして、3人で皿を洗い始めた。

 ジェイカはキョロキョロと辺を見渡すと、小さな声で俺たちへと呟いた。

「ねえねえ、彼女たちと兄妹って嘘でしょ?」

「いや、正真正銘、兄、妹、なんだけど」

 ぎこちない声で才人は言った。

「髪の色も、目の色も、顔の形も、まったく違うじゃない。信じる人なんていないわよ」

 才人は言葉に詰まった。

「なに、義理の兄妹、腹違いというだけだ。いろいろあるからな」

 俺のフォローに、ジェシカは訝しみながらも首肯き、口を開いた。

「そっか。でも、別に良いんだよ。ここにいるる娘は皆訳ありだから。他人の過去を詮索する奴なんかいないよ。安心して」

「そ、そっか……」

 才人はジェシカの言葉に、首肯く。

 ジェシカはグイッと才人と俺の目をそれぞれ見比べるように、覗き込んだ。

「ねえねえ、でもあたしにだけ、コッソリ教えて? ホントはどういう関係なの? どっから来たの?」

 ジェシカは才人やシオンのように好奇心の塊であるらしい。彼女は、ワクワクとした表情を浮かべ、俺たちを見詰めて来る。

 才人は、ジェシカの派手な衣装を眺め、(給仕の妖精さんの1人か……)、と思うと同時に、余計な詮索が煩わしいといった様子で、「あっち行け」というように手を振った。

「こんなとこで油売って良いのかよ? 君には君の仕事があるだろ? ちゃんとワインやらエール酒やら運んで来い。スカロン店長に怒られるぞ」

「良いのよあたしは」

「なんで?」

「スカロンの娘だもん」

 才人は、驚きから皿を落っことしてしまう。ガチャーン、と音を立て、皿は粉々になってしまった。

「あー!? なに割ってるのよ! お給料から差っ引くからね!」

「娘?」

「そうよ」

 スカロンからこんな可愛らしい娘が生まれたということを聞いて、才人は(遺伝子なにやってんの?)と思っているような表情を浮かべる。

「ほら! お喋りだけじゃなくって手を動かす! お店が忙しくなるのはこれからだからね!」

 

 

 

 才人もひーこら苦労していたが、ルイズにはもっと激しい受難が待っていた。

「……ご注文の品、お持ちしました」

 引き攣った笑顔を、必死に浮かべ……ルイズはワインの瓶と陶器のグラスをテーブルに置いた。

 ルイズの目の前では、下卑た笑みを浮かべた男が、ニヤニヤとルイズを見ている。

「姉ちゃん。じゃ、注げよ」

 ルイズの頭の中で、(“平民”に“平民”に“平民”に酌? “貴族”のわたしが? “貴族”のわたしが? “貴族”のわたしが?)といった彼女にとって屈辱的といえる想いがグルグルと回る。

「あん? どうした? 良いから注げって言ってんだろ?」

 ぶは! とルイズは息を吐き、気持ちを落ち着かせた。「これは任務。これは任務。“平民”に化けて情報収集。じょうほうしゅうしゅう……」と呪文のように口の中でブツブツと呟き、なんとかして笑顔を作り浮かべる。

「で、ではお注ぎさせて頂きますわ」

「ふん……」

 ルイズは瓶を持ち、男のグラスにゆっくりと注ぎ始めた。がしかし……怒りで震えていることもあって、狙いが外れ、ワインが溢れて男のシャツにかかってしまう。

「うわ!? 零しやがった!」

「す、すいませ……ん」

「すいませんで済むか!」

 それから男はジロジロとルイズを見詰めた。

「お前……胸はねえけど割りと別嬪だな」

 ルイズの顔から、さあーっと血の気が引いた。

「気に入った。じゃ、ワインを口移しで飲ませて貰おうかな! それで赦してやるよ! がっはっは!」

 ルイズはワインの瓶を持ち上げると、思いっ切り口に含み、中身を男の顔に吹きかける。

「なにすんだ!? このガキ!」

 ドン! とルイズは片足をテーブルの上に乗せ、座った男を見下ろした。

「え?」

 一瞬、ルイズから放たれる迫力に対して男はたじろいだ。

「げげげ、下郎。あああ、あんたわたしを誰だと思ってんの?」

「は、はい?」

「おおお、恐れ多くも、こここ……こうしゃ……」

 公爵家、と言おうとしたその瞬間、ドン! と後ろからルイズは跳ね飛ばされた。

「ご~~~めんなさぁ~~~~~~い!」

 スカロンであった。

 スカロンは、男の隣にドッカと腰かけると、手に持った布巾で男のシャツを拭き始めた。

「な、なんだよオカマ野郎……てめえに用は……」

「いけない! ワインで濡れちゃたわね! ほらルイズちゃん! 新しいワインをお持ちして! その間、ミ・マドモワゼルがお相手を務めちゃいま~~~~~す!」

 スカロンは男にしなだれかかる。

 男は泣きそうな顔になったが、スカロンの怪力に締め付けられて、動けないでいる。

 は、はいっ! と我に返ったルイズは、厨房にすっ飛んで行った。

 

 

 

 一方、こちらはシオン。

 シオンは赤と黒のドレス、いや、ゴシックじみた服を妖精風にアレンジしたモノを着用し、店に来た客の相手をしていた。

「見ない顔だね、お嬢ちゃん。新入りかい?」

「ええ、お客さま。わたし、今日からここで働き始めることになりました、シオンといいます。以後お見知り置き頂ければ、と思いますわ」

「そうかいそうかい。じゃ、早速だけど、注いで貰おうかな」

「畏まりました」

 他の妖精さんたちが媚を売る中、ルイズが怒りに震え客に粗相をしてしまっている中、シオンはできる限り丁寧な言動を選択し、自分に宛行われた客と対峙し、相手をしている。

 ユックリと、テーブルの上に置かれたコップへとワインを注いで行く。

「嬢ちゃん、いや、シオンちゃんも座りなよ。ほら」

 そう言って、客である男は、少しばかり詰め、シオンを席に座るように促した。

「宜しいので?」

「構わんさ。一緒に呑もうじゃないか。いや、口移しでもして貰おうかな?」

 今仕方、別の場所でルイズがやらかしてしまったのを目撃しただろう男は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シオンを挑発する。

「申し訳ございません。口移しの方は少し……」

「そりゃあ、残念」

 そう言って、男は肩を竦めた。

「では、失礼いたします」

 シオンは、ユックリと男の隣へと座る。

 その上品な仕草に、客はシオンの一挙一投足に釘付けになった。

 テーブルの上には、もう1つコップが置かれている。

 それへ、シオンは自分の分のワインを注ぎ、客である男と向き合った。

 そして、互いにコップを軽く打つけ乾杯し、呑み、シオンは情報収集を開始した。

 

 

 

「えー、では、お疲れさま!」

 店が閉店したのは、空が白み始めた朝方であった。

 ルイズと才人の2人はフラフラした様子で立っている。眠くて疲れて死にそうだといった様子である。慣れない仕事だということもあり、2人ともグダグダになってしまっているのだ。

「皆、一生懸命働いてくれたわね。今月は色を着けといたわ」

 歓声が上がり、店で働く女の子や厨房のコックたちに、スカロンは給金を配り始めた。どうやら今日は給金日らしい。

「はい、ルイズちゃん、サイト君」

 わたし達にも貰えるの!? といった風に2人の顔が一瞬輝いた。がしかし……そこに入っていたのは1枚の紙切れだった。

「なんですか、これ?」

 才人が尋ねる。

 スカロンの顔から笑みが消えた

「請求書よ。サイト君、何枚お皿割ったの? ルイズちゃん、何人のお客さんを怒らせたの?」

 ルイズと才人は顔を見合わせ、溜息を吐いた。

「良いのよ。初めては誰でも失敗するわ。これから一生懸命働いて返してね!」

 

 

 

 そして……2人の溜息はそれだけでは収まらなかった。

 ルイズと才人に与えられた部屋は、2階の客室のドアが並んだ廊下の突き当りの……梯を使って登がる屋根裏部屋であった。

 どう見ても人が暮らす為の部屋ではない。埃っぽくて薄暗いそこは物置として使われているようだ。壊れたタンス、椅子、そして酒瓶の入った木製のケース、樽……雑多にモノが積み上げられている。粗末な木のベッドが1個、置いてある。

 ルイズが座ると、足が折れて、ドスンと傾いてしまった。

「なによこれ!?」

「ベッドだろ」

 蜘蛛の巣を払いながら、才人は小さな窓を開けた。すると、この屋根裏部屋の先住民らしいコウモリたちがキィキィ鳴きながら飛び込んで来て、梁にぶら下がった。

「なによそれ!?」

「同居人だろ」

 才人は動じてないといった声で言った。

 ルイズは、「“貴族”のわたしをこんなとこに寝させる気!?」と怒鳴った。

 才人は無言でベッドの上の毛布を取り上げ、埃を払う。そして、その毛布を引っ被り、ベッドへと横になった。

「ほら寝るぞ。スカロンさんが言ってたろ。俺は昼には起きて、お店の仕込み。お前は、お店の掃除」

「なんであんたは順応してんのよ!?」

「誰かさんの扱いと大して変わんね」

 才人はそう言うと、疲れていたのだろう直ぐに寝息を立て始めた。

 ルイズは、う~~~~、とか、む~~~~~、など唸っていたが、そのうちに諦めたのか才人の隣に潜り込んだ。ゴソゴソと動いて、才人の腕に頭を乗せる。

 環境は最悪だといえるだろう。

 だが、ルイズにとって、1つだけ嬉しいことがあった。ここにはあのメイド――シエスタがいないということである。

「まったく、この、馬鹿“使い魔”の、どこが好いのか、知んないけど! 才人を好いてるメイドがいないのは素直に喜ばしいわ。わたしはー、別に、こんなのー、好きじゃないんだけど……」

 などと呟きながら、ルイズは少し幸せな気分で才人の腕に頬を擦り寄せて目を瞑った。頬を染め、「どうせならこの夏季休暇の間は優しく扱ってもらうんだから」とも呟いた。ルイズは、(それと……街の噂とやらを逐一拾って姫さまに報告しなきゃね。忙しいことになりそうだわ)と思った。

 隣から、才人の寝息が聞こえて来る。

 ルイズは、それを聞きながら、(それにしても、やっぱりシオンはすごいなぁ。直ぐに順応したし、あんな客たちとも上手くできてるし……あの娘は、昔からそうだったわね……大抵のことは卒なく熟して……)と思い出す。

 そして、そんなことを考えながら、ルイズはユックリと微睡みの中へと落ちて行った。

 

 

 

 同時刻。

 シオンと俺に宛行われた部屋は、客用の部屋であった。

「ホントに良いのですか? ルイズと才人と交代しても良いんだけど……」

「駄目よ。働きに応じた報酬みたいなモノ、と思ってちょうだい」

 そう、シオンの言葉に答えたスカロンは、背を向ける。

「それじゃあ、お昼にね。お休みなさい」

 と、スカロンはそう言って、離れて行った。

 シオンと俺は部屋の中を見渡す。

 そこは、ごく平凡とでもいえるだろう部屋だった。シンプルに、ベッドがあり、テーブルと椅子があり、タンスがあり、といった風に、だ。清潔さが保たれており、いつ、どのような客にでも心地好く使って貰えるようにきちんと掃除がされ行き届いているのが一目で理解できる。

「さて、シオン。早速だが、寝ると良い。スカロンさん、いや、ミ・マドモワゼルが言ってた通り、早く起床して掃除をしなくちゃならないだろう?」

「ええ、そうさせて貰うわね。少し疲れちゃった。お休みなさい、セイヴァー……」

「ああ。お休み、シオン。好い夢を」

 シオンが倒れ込むようにして、ベッドへと横たわり、眠りに就く。

 俺は、彼女にかけ布団らしきモノをかけてやり、“霊体化”した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ルイズの細やかな幸せは、見事に打ち砕かれてしまっていた。それが判明したのは、今日の夜のことである。

 その日も“魅惑の妖精亭”は繁盛していた。ミ・マドモワゼルが言っていた、“客を取られている”、といった様子を見せないほどに。

 ルイズはゲンナリとしながら、先日のようにワインやら料理やらを運んでいた。

 ルイズを見た酔っ払いの男たちの反応は2種類だといえるだろう。

 まず、この店はガキを働かせているのか、と色々な部分が控えめなルイズを見て怒る客たちである。こういうお客様には、ルイズはワインをたっぷりとサービスすることにしたらしい。瓶ごと呑んで頂くのだ。

 もう片方は、特殊な性癖などの持ち主であるお客様だ。ルイズの容姿はとても可愛らしいということもあり、その筋の人たちにとっては逆に喜ばしいことなのだ。そういったお客様たちは、黙っていると大人しそうに見えるルイズをナメ、決まって小さなお尻や太腿を撫でようと手を伸ばす。ルイズはそういうお客様には、平手をサービスする事にしたらしい。両の頬と、時には鼻で受けて頂くのである。

 そんな調子でお愛想の1つを言うことすらできないでいるルイズはチップ1枚すらも貰うことができず、スカロンに呼ばれて「ここで他の女の子のやり方を見学しなさい」と店の端っこに立たされてしまっているのであった。

 そして、実際に見学していると、なるほど、シオンを含め他の女の子たちはとても巧みであるといえるだろう。ニコニコと微笑み、なにを言われても、されても怒らない。スイスイと上手に躱し、会話を進め、男たちを褒め……しかし触ろうとする手を優しく握って触らせないのである。すると男たちは、そんな娘たちの気を惹こうとしてチップを奮発するという具合だ。

 あんな事ができる訳ないじゃない、とルイズは唇を歪めた。

 “メイジ”は“貴族”のこの世界、生まれた御家はヴァリエール。恐れ多くも公爵家! 領地に帰れば御姫(おひい)さま! のルイズである。明日世界が終わると言われても、ああいった、目の前で繰り広げられているお手本じみたお愛想は噛ませないのだ。さらに、格好が格好でもある為に、余計である。

 その時ルイズははたと、気付いた。(わたしは昨日と同じキャミソール姿をしているわ。中身は確かに可愛くないって自覚してるけど、外見はかなりの線、行ってるんじゃないかしら?)、と。

 ルイズは、チラッと店に置かれた鏡に気付き、その前で何度かポーズを取って見る。親指などを咥えて、少し上目遣いにモジモジなど、をして見た。

 ルイズは、(うん。恥ずかしい格好だけど、わたし可愛い。腐っても“貴族”。溢れ出る高貴さには、シオンを除けばここにいる女の子の誰だって敵わない。わよね? きっと。たぶん)と考えた。(サイトは、このわたしの格好に見惚れてるんじゃないかしら?)、とも思い、ルイズは嬉しくなったといった様子を見せる。(なによ馬鹿。今頃わたしの魅力に気付いたって遅いんだから! きっと、“嗚呼、ルイズ可愛いな、凄いな、嗚呼、俺の側にあんな可愛い娘がいたんだ……気付かなかった……それなのに俺ってばメイドなんかに夢中で……水兵服なんか着せてクルクル回らせて……後悔だよ……この馬鹿犬、後悔だよう”なんて思ってるんじゃないかしら? ふん。馬鹿じゃないの。今頃ご主人さまの魅力に気付いたって遅いの。と言うかあんたはただの“使い魔”なんだからほらご主人さまを無礼にジロジロ見てないで、靴でも磨きなさいよね! なによ。駄目よ。ご主人さまに触ったら駄目。犬の癖に、どこ触ってるの? でもー、一生わたしに仕えるって約束するんなら、ちょっとだけ許して上げる。ちょっとだかんね、でもその代わり土下座。ね? 今までご主人さまを蔑ろにして、すいませんって、土下座。ね?)、といった具合に、そこまで想像もとい妄想を巡らせ、ルイズはぷぷ、と口元を押さえた。そして横目で……今頃わたしに夢中なんだからと思いながら厨房を盗み見る。

 そこには当然、才人がいる。馬鹿面を下げて皿を洗っている様子が、ルイズには見えた。

 だが――。

 確かに才人は、ルイズがいるフロアを熱心に見学しながら上の空で皿を洗っている。がしかし……その視線はルイズに向いていない。

 ルイズはツイッと視線の先を追って見た。

 そこには、長い黒髪の女の子が客相手に笑い転げていた。スカロンの娘、ジェシカである。

 ルイズの桃色がかったブロンドが、(また貴様はあれか? 黒髪か?)といった風にザワッと逆巻いた。

 ルイズは、さらにジェシカを観察する。才人の視線が追っている場所を、ミリ単位で追跡する。ジェシカは大きく胸の空いた清楚なワンピースを身に着けている。才人の視線は、ワンピースから覗いているその谷間を正確にホーミングしているのであった。(胸か? 貴様はそんなにリンゴみたいなのが好きか? 犬はどうしてこう、胸が好きなのかしら、ね!?)、と肩を震わせ始める。

 才人はホウ、と切無げに溜息を吐いた。それからうっとりとした顔で、ジェシカの胸の円周を測るように、両手で円を描いた。

 ルイズの頭の中で何かが切れ、取り敢えず手近なグラスを才人へと思いっ切り投げ付けた。

 こめかみの辺りに直撃し、才人は流しの前に崩れ落ちる。

「なにすんでぃ!?」

 自分のグラスを放り投げられた男が立ち上がり、ルイズの肩を掴もうとした。

 ルイズはテーブルを掴んで身体を跳ね上げ、男の顔に両方の靴の裏をサービスした。当社比二倍の特別サービスだ。

 ルイズちゃん! と駆け寄るスカロンを尻目に、ルイズは身震いをしながら拳を握り締めた。

「あんの“使い魔”……見てらっしゃい。キッチリサービスして上げるから!」

 

 

 

 才人が目覚めると……そこにはジェシカの大きい目の胸があった。何事!? と思い、取り敢えず口をポカンと開けた。

「わ、やっと気付いた」

 才人は、辺りを見回し、自分がベッドに横になっている事に気付く。

「ここどこ?」

「あたしの部屋」

 背凭れを抱えるようにして椅子に腰かけ、ジェシカは微笑んだ。

「どうして?」

「あんた、グラスを頭に打つけて気絶したのよ」

「そっか……なんなんだあのグラス……?」

 しかし、ジェシカはグラスには興味がない様子だ。

「ねえねえ、あったしー、判っちゃった」

「なにが?」

「ルイズ。そして、シオン。あの娘たち、“貴族”でしょ?」

 才人は激しく咳き込んでしまった。

「恍けなくたって良いの、あたしはね、パパにお店の女の子の管理も任されてるのよ。女の子を見る目は人一倍だと自負してるわ。ルイズ、あの娘ってばお皿の運び方も知らなかったのよ。おまけに妙にプライドが高い。そしてあの物腰……たぶん“貴族”ね」

 才人は頭を抱えた。粗末なワンピースまで着せたのにも関わらず、バレバレであるということに。全く身分を隠すことができていない。

「ハン! あいつが“貴族”? あんな乱暴で、粗野で、淑やかさの欠片もなくって……」

「良いのよ。誰にも言わないから。なにか事情があるんでしょ? それに、ルイズのことは否定するけど、シオンのことは否定しないってことは……」

 才人が黙っているのを見て、ジェシカは微笑んだ。

 やはり、ジェシカは、それが訊きたいが為に、わざわざ才人をここまで連れて来たのだろう。

「首突っ込まない方が良いぞ」

 才人は、低い声で言った。怖がらせて、これ以上詮索されないようにしようと考えたのだ。

 しかし、ジェシカには通用しない。

「えー!? なにそれ!? やっぱり橋渡ってるの? 面白そうじゃない!」

 ジェシカかますます身を乗り出して、才人に顔と……胸を近付ける。

 才人は、(なんでそんなに、谷間強調するかなあ? シエスタに較べて大胆な格好なのは街娘だからなのかなあ?)とボンヤリと考えて、顔を赤らめるていると、ジェシカがニヤッと意味深な笑みを浮かべた。

「ねえ」

「なんだよ?」

「あんた。女の子と付き合ったことないでしょ?」

「は、はい? そんな、お前、ナメてもらっちゃ……」

 図星であり、才人の背中に冷や汗が流れる。

「わっかるの。こちとら鋭い“タニアっ娘”よ。田舎者の頭の中なんて直ぐにわかっちゃうんだから」

 田舎者と言われて才人はカチンと来た。(ったく、お前な、“東京”はな、こんな“トリスタニア”だかなんだか知んねえけど、ちっぽけな石造りじゃねえぞ。“東京タワー”見たら泣くぞ)などと思い、言い返した。

「誰が田舎者だよ。オカマの娘に言われたくない」

「非道いわね。あれで優しいパパなのよ。お母さんが死んじゃった時に、“じゃあパパがママの代わりも務めて上げる”って言い出して……」

「トレビアンか?」

 ジェシカは首肯いた。

「で、パパのことは良いの。ねえ、あんたたち、“貴族”の娘たちと一緒に何を企んでるの? あんたは“貴族”じゃないでしょ? 従者?」

「従者じゃねえ」

 ムッとして才人が言うと、ジェシカはニンマリと笑って、才人の手を握った。

「な、なに?」

「女の子のこと、教えて上げよっか?」

「はい?」

 一瞬で身体が硬直し、才人はマジマジとジェシカを見詰めた。

 自分の魅力の使い方を存分に弁えた酒場の娘は、そんな一瞬の才人の変化を見逃さない。

「でも、そん代わり、ちゃーんと教えてね? 一体、あんた達が何を企んでるのか……」

 ジェシカは握った才人の手を、自分の胸の谷間に運んだ。

 才人は閃いた。(酒場の娘と仲良くなる。これも立派な情報収集の一貫ではないか? 酒場には色んな客がやって来る。噂も集まって来る。なにか良からぬ事を企む連中も、女の子には気を許して秘密を喋ってしまうかもしれない。ここでジェシカを味方に着けることは、これからの活動にプラスになるだろう)と思った。

 そんな風に想いを巡らせ、温かい皮膚の感触が指から伝わったその時……。

 ジェシカの部屋のドアが吹っ飛んだ。

「なにしてんの? あんた」

 才人は自分の手を見詰め、慌てて引っ込めた。

「じょ、情報収集」

「誰の、どこの情報を集めてたの?」

 そのまま慌てていると、ルイズはツカツカと部屋に入り、才人の股間を前蹴りで仕留めた。

 才人が転がる。

 そして、足首を掴まれて、そのまま才人が引き摺られようとした時……。

 ジェシカがルイズを呼び止めた。

「ちょっと、ルイズ」

「あによ?」

「あんた、接客はどーしたのよ? まだ、仕事の途中でしょ?」

 街娘に呼び捨てにされたことに対して、ルイズはワナワナと震えたが、今は仕方がないと怒りを押さえる。

「うっさいわね! こ、この……馬鹿兄を調教したら、直ぐに戻るわよ!」

 ここでの才人はルイズの兄ということになっているのである。

 ルイズは、“使い魔”、という言葉を出さないように努めた。

「そんなことしてる暇あるの? チップ1つ満足に貰えない癖して……」

「か、関係ないでしょ!」

「大ありだわよ。わたし、女の子の管理を任されてるんだから。あんたみたいな娘、迷惑なの。常連のお客さんは怒らせるし、注文は取って来ないし。グラスは投げるし。喧嘩するし」

 ルイズは唇を尖らせた。

「ま、しょうがないか。あんたみたいなガキに酒場の妖精は務まらないわよね?」

 つまらなさそうにジェシカが言った。

「ガキじゃないわ! 16だもん!」

「え? あたしと同い歳だったの?」

 ジェシカはホントに驚いた、といった表情を浮かべてルイズを見詰める。それからルイズの胸を見て、自分の胸を見詰める。そして、ぷ、と口を押さえた。

「ま、頑張って。期待してないけど。でも、これ以上やらかしたら、首だからね?」

 ジェシカのその仕草で、ルイズは切れてしまった。

「な、なによ……馬鹿女ってば揃いも揃って胸が大きいくらいで……人をガキだの子供だのミジンコだの……」

 床に転がった才人が執り為した。

「や、誰もミジンコとまでは……」

 ルイズはその顔をぐしゃっと踏み潰す。

 才人はぐえ、と呻いて大人しくなった。

「チップくらい、城が建つほど集めてやるわよ!」

「え~~~~ほんと? 嬉しいな!」

「わたしが本気出したら、凄いんだから! 男なんか皆んな振り向くんだから!」

「言ったわね?」

「言ったわ。あんたなんかに誰が負けるもんですか」

 ルイズは、(馬鹿犬ここ見てた。馬鹿犬ここに手、突っ込んでた!)といった風に、ジェシカの胸の谷間を憎らしげに見詰めて言い放った。

「ちょうど良いわ。来週、チップレースがあるの」

「チップレース?」

「そうよ。お店の女の子たちが、いくらチップを貰ったか競争するの。優勝者にはキチンと商品も用意されるわ」

「面白そうじゃないの」

「せいぜい、頑張ってね? チップレースであたしに勝ったら、あんたのことガキなんて2度と呼ばないわ」

 

 

 

 

 

 今日の分の仕事が終了し、妖精さんたち――女の子たちは思い思いに身体を休め、それぞれ片付けや帰宅準備を始める。

 そんな中、シオンと俺はジェシカと他愛もない会話をしていた。

「で、貴女たちも“貴族”なんでしょう?」

 皆がフロアから消えていなくなったのを確認したジェシカは、唐突に切り出して来た。

「なんのことかな?」

 当然、直ぐに認める訳にも行かず、シオンはやんわりと否定する。強く否定をすると、逆に怪しまれる、肯定しているのと同じことになってしまうこともあるのだからだ。

 だが、やはりジェシカはそんなこちらの言葉を信じる事はなく、才人やルイズにしたモノと同じように質問などを続けて来る。

「隠さなくても良いんだよ? ここの女の子の管理は任されてるし、女の子を見る目に関してはそれなりだと自負してるわ。だから」

 そう言って、グイグイとシオンに身を寄せ、質問をするジェシカ。

「貴女たちの動きや言葉遣い、あたしたち“平民”のそれとは違うわ。事情があるのは理解ってるけど、別に構わないじゃない。事情は話さなくても良いわ。ただ、“貴族”かどうかを答えてくれたら良いだけよ」

「話は変わるが、君、ルイズを挑発しただろ?」

「もしかして盗み聞き? 駄目だよ、そう言うのは。シオンちゃんに嫌われちゃうよ?」

 俺が話題を変えると同時に、やはりからかうように俺へとそう言った後に、シオンへと顔を向けるジェシカ、

「ルイズにも言ったけど、来週、チップレースがあるの」

「チップレース?」

 シオンがオウム返しのように訊き返す。

「そうよ。お店の女の子たちが、いくらチップを貰ったか競争するの。優勝者にはキチンと商品も用意されるわ」

「面白そうね」

「せいぜい、頑張ってね?」

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