ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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チップレースと魅惑の妖精のビスチェ

「妖精さんたち! いよいよ、お待ちかねのこの週がやって来たわ!」

「はい! ミ・マドモワゼル!」

「張り切りチップレースの始まりよ!」

 拍手と歓声が、店内に響き渡る。

「さて、皆さんも知っての通り……この“魅惑の妖精亭”が創立したのは去ること400年前、“トリステインの魅了王”と呼ばれた、“アンリ3世陛下”の治世の折、絶世の美男子と謳われた“アンリ3世”陛下は、妖精さんの生まれ変わりと呼ばれたわ」

 スカロンは、うっとりとした口調で語り始めた。

「その王さまは、ある日お忍びで街にやって来たの。そして、恐れ多くも、開店間もないこの酒場に足をお運びになったわ。その頃このお店は“鰻の寝床亭”という、色気もへったくれもない名前でした。そこで王さまはなんと! 出逢った給仕の娘に恋をしてしまいました!」

 それから悲しげに、スカロンは首を振った。

「しかし……王さまが酒場の娘に恋など、あってはならぬ事……結局、王さまは恋を諦めたの、そして……王さまはビスチェを1つお仕立てになってその娘に贈り、せめてもの恋のよすがとしたのよ。私のご先祖さまはその恋に激しく感じ入り、そのビスチェにちなんでこのお店の名前を変えたの。美しい話ね……」

「美しい話ね! ミ・マドモワゼル!」

「それがこの“魅惑の妖精のビスチェ”!」

 ガバッとスカロンは上着とズボンを脱ぎ捨てた。

 遠目に見ていた才人は、今度ばかりは、おぅえ、と流し台に胃液を吐いた。

 俺もまた、スカロンに対して失礼なことではあるだろうが、喉元近くまで胃液のようなモノが込み上げる感覚を覚えた。

 スカロンは身体にピッタリとフィットする、丈の短い色っぽい、黒く染められたビスチェを着用に及んでいたからだ。

「今を去ること400年前、王さまが恋した娘に贈ったこの“魅惑の妖精のビスチェ”は我が家の家宝! このビスチェには着用者の体格に合わせて大きさを変えピッタリフィットする“魔法”と、“魅了”の“魔法”がかけられているわ!」

「素敵ね! ミ・マドモワゼル!」

「んんんん~~~~~! トレビアン!」

 感極まった声で、スカロンがポージングを取る。

 その時……驚いたことに、才人の表情が(まあまあじゃねえの? スカロンさんに対する好意と言うかそんな気持ち、あんなに気持ち悪い姿なのに、あれはあれで、ありなんでは?)といったモノになった。そしてその直後に、「ハッ!?」と表情を変え、(これが“魅了”の“魔法”の正体なのか!?)といった風に考え始める。

 スカロンの姿はやはり、どうにもマイナスなので、目を背けてしまうほどではない程度の評価だ。だが、相手がスカロンだからそういった評価になる可能性は十分にあり得る。例えば平均的容姿の少女が着たら……絶世の美女に見えるだろうことは確かである。

 スカロンはポージングを取ったまま、演説を続ける。

「今週から始まるチップレースに優勝した妖精さんには、この“魅惑の妖精のビスチェ”を1日着用する権利が与えられちゃいまーす! もう! これ着た日にゃ、チップいくら貰えちゃうのかしら!? 想像するだけでドキドキね! そんな訳だからみんな頑張るのよ!」

「はい! ミ・マドモワゼル!」

「宜しい! では皆さん! グラスを持って!」

 女の子たちが一斉にグラスを掲げる。

「チップレースの成功と商売繁盛と……」

 スカロンはそこで言葉を切り、コホンと咳をすると真顔になって直立する。いつものオネエ言葉ではなく、そこだけまともな中年男性の声で口を開いた。

「女王陛下の健康を祈って、乾杯」

 そう言って、杯を開けた。

 さて、こうして始まったチップレースだったが……。

 流石に今のままではチップを貰うことができないと思ったのだろう、ルイズはまず、喋るのを止めた。口を開くと、お客さまを怒らせてしまうということにルイズは気付いたのである。そこでなるべく黙っていることにしたらしい。

 そう決心してとある客にワインを注いでいると、ルイズは話しかけられた。

「なあ君、ちょっと良いかな? 手を見せてくれ」

 ルイズは手を差し出した。

「僕は占いに凝っていてね、君を占って上げよう」

 客はルイズの掌を見詰め、こう切り出した。

「占いによると、君は……粉挽き屋の生まれだ。そうだろう?」

 客からのその言葉に、ルイズは(“貴族”の自分を捕まえて、粉挽風情とはどういうことかしら? なんてことかしら?)と顔を引き攣らせる。

 さらに男は占いを続けた。

「む!? 君はあれだな!? 好きな異性がいるね?」

 ルイズの頭に、“使い魔”である才人の顔が浮かび上がる。そして、浮かび上がらせた自分が赦せないのか、(いないわ。そんなもんいないわ)といった風に首を横に振った。

「いや! いるだろう! じゃあ彼との相性を占おう……わ!? 驚いた!」

 男は悲しげに首を振った。

「最悪」

 とにかくムッとして、つい、ルイズは足で占いのお礼を申し上げてしまった。ルイズにとって、1番身近な異性は才人である。つい、その才人を扱う癖が出てしまったのだ。癖というモノはとても怖いモノである。

「な、なんだお前は!? このガキ!」

 言い返そうとして、ルイズは、グッと黙る。

「なんとか言え! このチビ!」

 成長が遅いだけであり、非道い言われようだといえるだろう。

 キチンとお客様に年齢を告げねばと思い、ルイズは客の顔を16回蹴り上げてしまう。そして、客は伸びてしまった。

 まあ、ずっとこういった風であったこともあり、その日ルイズは当然チップを貰えなかった。

 黙っていようと決めた結果、悪態の言葉の代わりに足の裏が飛ぶ回数が増えたことに、ルイズは戦慄した。口で発散できない分、足の裏がモノを言いたがるようであるのだった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 ルイズは才人にどうすれば良いのかを相談した。

 才人はルイズに、足の裏が飛ばないようにパンツを脱いで仕事をしてみたらどうかと進言し、殴られた。

 

 

 

 

 

 2日目。

 ルイズは足の裏が飛ばないように注意をした。

 何を言われても笑っていられるように、針金を口の中に入れ、笑顔の形に固定したのである。準備万端給仕に務めたルイズは笑顔を絶やすことはなかった。がしかし……チップを貰うことはできなかった。

 足の裏も我慢して飛ばさなかった。笑顔は固定されている。そうであるにも関わらず、である。

 その理由はなんと、手だ。問題は手から発生してしまったのだ。

 給仕に向かったルイズは、客に気に入られた。どうやら顔が好みだったらしい。

「おや、お前……ちょっと可愛いじゃねえか、酌しろ」

 男はルイズの顔に満足したのだろうが、直ぐにとある箇所に気付いた。胸である。そして、つい、からかいの言葉を口にしてしまった。

「なんだお前? もしかして男なんじぇねえのか? ま、顔はまあまあだが……良いかお前、俺がコツを教えてやる。せめてそこに布を丸めて放り込んどきな。そうすりゃ、お前さんここで1番になれるぜ! がっはっは! じゃあ注いでくれ!」

 そんな男の言葉にルイズの顔の筋肉が引き攣ったが、無事に笑顔は針金で固定された。針金のおかげで、このまま上手に行くはずであった。だがしかし、そうは行かなかった。

 ルイズは男の頭に、ドボドボとワインを注いでしまったのである。

 顔の筋肉は上手いこと言う事を利かせたが……手の筋肉が言うことを利かなかったのであった。

「なにすんでぇ!?」

 男は立ち上がった。

 ルイズは身の危険を感じ、ワインの瓶で頭を殴り付けた。

 バッタリと男は倒れたので、これ以上酌をしなくても良くなったのだが、チップは当然貰うことができなかった。

 こういった風に、ルイズは胸の大きさをからかわれる度に、手が勝手に動いてお客様の頭にワインを呑ませてしまうことに驚愕した。

 ルイズは女性だ。男性のそういった言葉はセクハラであり、もしこれが“地球”であれば、男性側が罪に問われることだろう。だが、ここは“ハルケギニア”であり、客である男性は“貴族”だ。そして、今のルイズは“平民”を演じている、そういったこともあり、対処の仕様がないのが現状であり、現実であった。ルイズはとてもプライドが高い。他の“貴族”に負けず劣らず、いや、それ以上だといえるほどに、だ。そんな彼女が、手や足を出すだけでどうにかなっているのは、アンリエッタからの頼みであるということ、負けず嫌いであることなどからによるモノだろう。

 

 

 

 

 

 翌日の朝、詰まり3日目だ。

 ルイズは才人に相談した。

 才人はルイズに、ワインを客の頭に呑ませないよう、胸の谷間にワインの瓶を挟んで注いでみてはどうかと進言した。

 注ぎ手の胸の位置からお客様の頭には、物理的にワインの瓶は届かない。しかもお客さまとしては、そんなポーズ、喜ばしいはずである、と。

 しかしルイズは、胸の大きさに対し厭味を言われたと思い、才人を殴った。

 そして、ルイズは手が動かないように、注意した。ワインをテーブルの上置いて後手に手を組み、ニコニコと笑っているのである。「注げ」と言われても、ルイズは微笑むばかりである。

「注げよ」

 ルイズは、ニコニコと笑っている。

「注げったら」

 だが、ルイズはニコニコと笑っている。

「注げって言ってんだろ!」

 それでも、ルイズはニコニコと笑っている。

「なんだお前!?」

 チップが貰えるはずもなく、才人に相談をすると、口で咥えて注いではどうか? と提案を受ける。

 ルイズの口は小さい。ワインの瓶など入らない。

 見ると才人は眠たそうな顔をしている。

 眠いからってテキトウなことを言うんじゃないの、とルイズは才人を殴った。

 

 

 

 

 

 4日目。

 いよいよ勝負も中盤といえるだろ。これまでチップはゼロだという事もあり、流石のルイズも必死になった。足の裏と、ワインを注ぐ位置と、言葉に注意し、ルイズは給仕に務めたのだ。

「君は不器用そうだが、物腰が妙に上品だね。これを取っておきなさい」

 その甲斐あってか、ルイズは初めて“貴族”と思しきお客様に、金貨のチップを貰うことができた。

「ほ、ホントですか? 貰って良いんですか?」

「ああ。取っておきたまえ」

「わあい!」

 ルイズは、嬉しくて跳び上がり、その拍子に皿を引っ繰り返し、料理をお客さまのシャツに溢してしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 ルイズは謝ったが、“貴族”というのはプライドが高いこともあり、そのお客さまは赦さないといった様子を見せる。

「君……このシャツは、君の給金なんかじゃとても賄えない、シルクの逸品だよ? どうしてくくれるんだね?」

「ほんとにすいません……あう……」

「さて、どうしてくれるんだね?」

「べ、弁償します……」

「ふむ、ならこうしよう。君にできることで弁償して貰おう」

「どうするんですか?」

「なに、夜中に私の部屋に来ればそれで良い」

「それで?」

「後はわかるだろう? 君も子供じゃないんだろ? 子供じゃ」

「ど、どういう意味?」

「たっぷりと、身体で弁償して貰おうかと。そういうことだよ。むっほっほ!」

 ルイズの頭に血が上った。

 公爵家の3女は、(き、きき、“貴族”の癖になんたること)と激昂した。

 ルイズの眼の前のお客様は、“貴族”の風上にも置けない、好色ぶりである。

 こんな“貴族”の面汚しは陛下の名代として断固、成敗しなくてはいけないだろう。

「面汚しが! あんたみたいなのがいるからぁ! “王国”の権威が!  権威が! ついでにわたしの権威が!ッ!」

「な、なにをする!? うわ!? やめろ! やめたまえ!」

 足の裏と、ワインと、言葉が一遍に飛んだ。

「お返しするわ!」

 ルイズは、せっかく貰ったチップもその顔に叩き付けた。

 ルイズはスカロンに呼び出され、「明日は謹慎してずっと皿を洗いなさい」、と申し付けられてしまった。

 ルイズはムシャクシャしたので、取り敢えずといった風に才人を殴った。

 

 

 

 

 

 5日目……才人と俺と並んで、ルイズは皿洗いをしている。そこへ、ジェシカがやって来た。

「調子はどう? お嬢さま。あったしー、120“エキュー”もチップ貯まっちゃった」

「凄いじゃない」

 ムッとした顔で、ルイズは答える。

「皿洗ってちゃ、チップは貯まらないわよ?」

「知ってるわ」

 ルイズは慣れない手付きで、皿を洗いながら言った。

「まったく。皿1つ満足に洗えないの?」

 ジェシカは、ルイズが洗った皿を見詰めて文句を付けた。

「……ちゃんと洗ってるじゃない」

「ほら、油がまだ残ってるじゃないの。これね、洗ったって言わないの」

 ジェシカはルイズの手から皿を取り上げると、素早い手付きで片付けをして行く。

 ルイズはムスッとして、その様子を見詰めていた。

「ねえ?」

 ジェシカがルイズを睨む。

「あによ?」

「人が教えてるのに、その態度はないでしょ?」

「……う」

 才人が驚いた顔で、ルイズとジェシカのやりとりを見守っている。

 俺はそんな3人を横目に、自身に宛行われている皿を次々とピカピカに洗って行く。

「人に教えて貰ったら、ありがとう、でしょ? 基本よ基本」

「……あ、ありがとう」

「まったく、そんな顔してるからチップ1枚貰えないのよ。明日で最後だからね。しっかりしてよね、お嬢さま」

 そう言い残すと、ジェシカはフロアへと消えて行く。

 ルイズはショボンとして、項垂れた。

 何か想うところがあったのだろう、ルイズは黙々と教えて貰った手順通りに皿洗いを開始した。なんだかんだで、ルイズは認めるところは認めることができるのである。指摘されたことに対して、納得をしたのだろう。

 ジェシカもジェシカで、ああいった言動を取ってはいたが、ルイズのことを想ってのことであろうということは傍目からでも簡単にわかった。

 

 

 

 その日の朝方……。

 一晩中皿を洗い続けたルイズは己の手を見詰めて、溜息を吐いた。今まで洗い物などした事のないルイズの指は、慣れない水仕事で荒れて真っ赤になってしまっている。冷たい水と石鹸のお蔭でヒリヒリとした痛みを発している。

 ルイズは、(なんでわたしがこんなことしなくちゃいけないのよ。“貴族”のわたしが、皿洗いまでさせられて……“平民”どもに酌などさせられて……おまけに、酒場の娘にまで生意気な口を利かれて……)と思った。そして、「もうやだ」と呟いた。(情報収取だかなんだか知んないけど、こんなのわたしの仕事じゃないわ。わたしは伝説よ。“虚無の担い手”なのよ? それがどうして、酒場で給仕なんかしなきゃいけないのよ? もっと、こう、派手な任務が待っているはずじゃないの?)とも思った。

 そんな風にしていると、我慢の限界が近いからだろうか、ルイズは悲しくて涙が溢れそうになった。

 床の板が開いて、才人が階下から顔を見せたこともあり、ルイズはベッドに潜り込んだ。泣きそうな顔を見られたくなかったからだ。

「ほら、飯だぞ」

 才人はシチューの入った皿を、テーブルの上に置いてルイズを呼んだ。

 しかし、ルイズはベッドの中から疲れたような返事を寄越すばかりである。

「要らない」

「要らないじゃねえだろ。食べなきゃ保たねえぞ」

「美味しくないんだもん」

「美味しくなくたって、他に食うもんないんだからしょうがないだろうが」

 それでもルイズは毛布を引っ被り、ベッドから出て来ない。

 才人はベッドに近付き、毛布を剥いだ。

 寝間着姿のルイズが布団の中にうずくまっている。

「食べろよ。身体壊すぞ」

「手が痛いの。スプーン持てない」

 幼子のように、ルイズは駄々を捏ねる。

 仕方なく才人は、ルイズの口元にスプーンで掬ったシチューを運んでやった。

「だったら、ほら、食わせてやるから。食べろ。な?」

 ルイズはやっと、一口啜った。そして、その目から、ポロッと涙が溢れた。

「もうやだ。“学院”に帰る」

「任務どーすんだよ?」

「知らない。こんなの、わたしの任務じゃないもん。シオンがやってくれるもん」

 才人はスプーンを引っ込めて、ルイズを見詰めた。

「あのな」

「なによ?」

「お前、やる気あんのか?」

「あるわよ」

「姫さまは、お前を信用して、このお仕事を任せたんだろ? “平民”に交じって情報収集。宮廷の連中を使ったら、たぶん面が割れてるから……誰にも頼めなくってお前たちに頼んだんだろ?」

「そうよ」

「それなのに、お前なによ? 賭博場じゃムキになって金全部擦っちまうし、ここじゃ“貴族”のプライド振り回してチップ1つ貰えない。おまけに客は怒らせまくり。情報収集どころじゃないだろが」

「うっさいわね。でも、その任務と、くだらない皿洗いや酌になんの関係があるのよ? わたしはもっと大きな仕事がしたいの。もう嫌だ。なんで“貴族”のわたしが……」

 才人はルイズの肩を掴んで、自身へと振り向かせた。

「なによ!?」

「あのねお嬢さま。皆ね、働いてるの。一生懸命、お前の言うくだらない仕事しておまんま食べてるの。お前ら“貴族”くらいなの。遊んで誰かが飯を食わせてくれるのは」

 真面目な声で才人は言った。

 ルイズは、その目の冷えた怒りに怯え、そしてギーシュとの決闘後のシオンの“使い魔”である俺ととある男子生徒とのやり取りを想い出し、思わず俯いてしまった。

「俺だって、お前みたいにして育って来たんだから偉そうなこと言えないけどな、こっち来て色々苦労して理解ったよ。生きるって、結構それだけで大変なの」

 ルイズはなんだか言い返せなくて、黙ってしまった。

 俺もまた、才人の言い分に返す言葉などあるはずもなく、聴き入る。それから、やはり、この前にやらかしてしまった件の決闘騒ぎでのことを恥じた。

 才人は言葉を続ける。

「良く理解んないけど、くだらないプライドに拘る奴には、大きな仕事はできないんじゃないの? 俺はそう想うけどね。ま、お前がもう止めるって言うんなら、止めるさ。シオンとセイヴァーには悪いけど、俺はどっちでも良いよ。別に俺の仕事じゃないからな」

 ムスッとして、ルイズは口を閉じた。

「もう要らないのか?」

 スプーンを突き出した才人が問う。

 ルイズはガバッとベッドから跳ね起きると、才人からスプーンを取り上げ、シチューをがっつき始めた。

 才人は両手を広げて首を傾げると、ポケットから小さな陶器のケースを取り出した。

「……なによそれ?」

「水荒れに効くクリームだって。ジェシカがくれた」

 そして、才人は「手を出せ」、とルイズに言った。

 大人しく、ルイズは手を差し出した。

 クリームを塗る才人の顔を、ルイズは拗ねたように見詰めていたが……そのうちに小さく呟いた。

「ねえ?」

「なんだ?」

「酌もするわ。皿も洗う。それで良いんでしょ?」

 才人は、「うん、そだな」、とホッとしたような声で言った。

「でも、あんた良いの?」

「なにが?」

「それで良いの?」

 ルイズは頬染めて、不機嫌な顔で言った。

「酌なら良いわ。お愛想の1つも言ったげる。でも……」

「でも、なんだよ?」

「ご、ご主人さまが、お客にベタベタ触られても良いの?」

 才人は、グッと黙ってしまった。

「ねえ? どうなのよ? 偉そうなことばっか言ってないで、良いのか悪いのか、ちゃんと答えなさいよね」

 黙々と才人はシチューを食べ始める。

「ねえってば。どっちなのよ? 言いなさいよ」

 ルイズはグイグイと才人の耳を引っ張りながら問い詰める。

 シチューの皿を重々しく見詰め、才人はポソリと呟いた。

「……そ、そんな風にお触りを許したら、ひ、引っ叩く」

「誰を?」

「……お前」

 ルイズはグイッと才人の目を覗き込んだ。

「どうして? ご主人さまを“使い魔”が引っ叩くんだから、ちゃんと理由言ってよね」

 沈黙が流れた。

 横を向いて、才人はつまらなさそうに、「手、手を握るくらいなら許す」と言った。

「なによそれ!?」

 ルイズは才人を突き飛ばした。

「手くらいなら許すってなによ!? 引っ叩く理由訊いてんのよ! 馬鹿!」

「だ、だって……」

「大体、許すってどゆこと!? 偉そうに、手を握らせるかどうか決めるのはあんたじゃないわ。わたしよわたし。ふんだ!」

 ルイズは桃色がかったブロンドを掻き上げ、澄まし顔になり、腕を組んだ。

「良いわ。あの“魅惑の妖精のビスチェ”だっけ? あれ着て客全員誘惑するわ。ええ、チップの為ね。わたし、許すわ。手だけじゃなく……」

 才人は跳ね起きて、ルイズを怒鳴り付けた。

「ふざけんな!」

 ルイズはプイッと外方を向いて、ベッドに潜り込んだ。

 才人はそこで我に返り、首を振った。

「ま、“魅惑の妖精のビスチェ”はありえないよな。優勝賞品だっつの。お前、今のとこたぶんチップ額最下位だしな」

 ルイズは答えない。

 心配になって、才人は尋ねた。

「……ホントに許すの? チップレース優勝はともかく、そこまで決心しちゃったの? それはあまりにも極端から極端すぎませんか? ねえ?」

 ルイズの返事はない。

「ねえ、ほんとに?」

 才人は泣きそうな声でしつこくルイズに喰い下がる。

 しかし、「うるさい! 寝るの!」と怒鳴られ……才人はショボンとベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよチップレース最終日の日がやって来た。

 スカロンはその日の夕方、今までの途中経過を発表した。

「それでは現在トップの3人を発表するわ! まず第3位! マレーネちゃん! 84“エキュー”52“スゥ”、6“ドニエ”!」

 拍手が鳴り響く。

 マレーネと呼ばれた金髪の女の子が優雅に一礼する。

「第2位! ジャンヌちゃん! 98“エキュー”65“スゥ”、3“ドニエ”!」

 再び拍手。

 ジャンヌと呼ばれた栗毛の女の子が微笑んで会釈した。

「そして……第1位!」

 スカロンはユックリと女の子たちを見回し、重々しく首肯いた。

「なんと2人いるわ! 不肖、私の娘! ジェシカ! そして、新入りの妖精さん、シオンちゃん! それぞれ、160“エキュー”78“スゥ”、8“ドニエ”!」

 わぁああああっ、と歓声が湧いた。

 この日の為に用意したであろう、深いスリットの入った際どいドレスでジェシカは一礼した。

 同じくシオンもまた一礼をする。

「さあ! 泣いても笑っても、今日で最終日! でも今日は、“ティワズの週”の“ダエグの曜日”! 月末だから、お客様が沢山入らっしゃるわ! 頑張ればチップ沢山貰えちゃうかも! まだまだ上位は射程距離よ!」

「はい! ミ・マドモワゼル!」

 才人は真剣な表情をしているルイズを突いた。

 どうやら、ルイズは何事かを決心した様な、そういった表情を浮かべている。

「お前はいくらなんだ?」

 才人の質問にルイズは答えずに、握り拳を開いて見せる。そこには……銅貨が数枚光っているだけであった。

 才人は胸を撫で下ろした。

 このままの調子で言ってしまえばルイズがどれだけ張り切っても、優勝なんかはありえないだろう。“魅惑の妖精のビスチェを手に入れたら、客を誘惑しまくって全部許す”なんて言ったルイズの言葉を才人はまだ気にしているのであった。

 頑張って欲しいけど、そこまでとは、という都合の良い感情で才人の心はざわめく。

 スカロンは大声で怒鳴った。

「それじゃ張り切って行くわよ!」

 いろいろな想いが渦巻いた歓声が店に響き渡る。

 

 

 

 さて……その日のルイズは、少しばかり様子が違っていた。口の中の笑顔を固定する針金を取り除き、天然の笑みを披露して見せている。

 ニコッと笑って、それから恥ずかしそうにモジモジとするのだ。すると客が尋ねるのであった。

「どうかしたのかね?」

 ルイズは、親指を噛んでさらにモジモジとした動作を続ける。そうして、言い難そうに、「いえ、お客さま、とっても素敵だから……」と頑張って呟くのだ。

 しかし客だって、そのくらいのお世辞には慣れっこだといえるだろう。動じず、杯を差し出す。

 そこでルイズはここぞとばかりに必殺技を繰り出すのであった。

 キャミソールの裾を摘み、優雅に一礼をするのだ。すると流石は公爵家。まるで“王侯”に対するようなその一礼には“貴族”の魂が込もっている。その辺の女の子には真似することなどできやしないだろう、そんな物腰である。

 すると客はルイズの容姿や動作、そういったモノから、素性が気になり出してしまう。

「君は、上流階級の生まれじゃないかね?」

 そこでもルイズははにかみを絶やさない。それから悲しそうに、物憂げに外を見詰めてみせるのだ。

 ルイズのその気品ある仕草に、男は段々と夢中になって行き始める。

 客である男は、身を乗り出して、予想を立てる。

「とある“貴族”のお屋敷にご奉公していたとか? そこで行儀作法を仕込まれたんだろ?」

 ルイズはニッコリと微笑んでみせる。

 そして、勝手に客の中で妄想が膨らんで行く。

「君みたいな可愛くて大人しい娘が奉公していたら、ただじゃ済まんだろ。行儀作法だけでなく、あんなことや、こんなことまで……仕込まれそうになったりしたんじゃないのかね?」

 ルイズは優雅に一礼する。今のルイズの武器は、ニッコリ笑顔、そしてこのお辞儀だけである。

 だが、それだけで十分過ぎた。

「くーっ! 非道い話だね! 君みたいな可愛い娘に……でも、どうして奉公していた君がこんな店で……そうだ! わかったぞ! あんなことやこんなことを仕込もうとする無体な旦那に嫌気がさしてお屋敷を飛び出したんだな? でも、両親が残した借金が残ってる。それを返す為に必死で働いてる。そんなとこだろ!?」

 ルイズはニッコリと微笑んで客を見詰める。

 ルイズの宝石のような鳶色の瞳、そんな風に見詰められると、客は“魔法”にかけられたかのように財布の紐を緩めたくなってしまうのであった。

「なんて可哀想な娘なんだ。ふむ、じゃあこれをその借金の返済に当てなさい。ところで、その、あんなことやこんなことって、どんなことだね? 話してみなさい。良いね?」

 ルイズの物腰から妄想した自分の話を信じ切った客は勝手に同情し、ルイズに金貨や銀貨をチップとして差し出すのだ。

 貰った瞬間ルイズは一目散に厨房に駆け戻り、しゃがんでぷはぁ! と荒い息を吐く。愛想を噛ます自分と、同情を惹くような芝居が癪に障り、ルイズは取り敢えず皿を洗っている才人を殴る。すると、少しばかりスッキリとでもした様子を見せ、そしてまたテーブルへと急ぐのだ。

 それからは仕事の時間である。

 アンリエッタから頼まれた情報収集。

 ルイズとしては、チップレースに負けたくはないが、こちらの方が大事な仕事である。

 客の隣に腰かけ、尋ねるのだ。

「まったく、戦争だって。嫌になりますわよね……」

「そうだねえ。まったく聖女などと持ち上げられているが、政治の方はどうなのかねえ!?」

「と、申しますと?」

「あんな世間知らずのお姫さまに、国を治めるなんてできっこないって言ってるのさ!」

 アンリエッタへの悪口ではあるが、ルイズはジッと堪える。色々と話を訊かなくてはならないのだから。

「あの“タルブ”の戦だって、たまたま勝てたようなもんだ! 次はどうなることやら!?」

「そうですか……」

 ルイズはそんな風にして、少しずつ街の噂を拾って行った。

 酔っ払いは、天下国家を論じるのが大好きな様子であった。ルイズが水を向けると、まるで待ってましたと言わんばかりに政治批判が始まるのだ。酔っ払いたちは、まるで自分たちが大臣にでもなったかのように、政治の話をするのであった。

「どうせなら“アルビオン”に治めて貰った方が、この国は良くなるんじゃないのかねえ?」といったとんでもない意見が出る事もあれば、「さっさと“アルビオン”へと攻め込めって言うんだ!」と蛮勇じみた勇ましい意見も飛び出る。誰かが「軍隊を強化するって噂だよ! 税金がまた上がる! 冗談じゃない!」と言えば、「今の軍備で国を守れるか? 早いとこ艦隊を整備して欲しいもんだ!」とまったく逆の意見が出る。

 とにかく……纏めてみると、“タルブ”の戦で“アルビオン”を打ち破ったアンリエッタの人気は、陰りが見え始めている様子であるのだった。

 戦争は終わらず……不況は続きそうである。アンリエッタは若い、これからの国の舵取りが上手くできるのか? と一様に皆心配をしている様子であるのだ。

 アンリエッタには耳が痛い話だろうが、キチンと報告しなきゃ……とルイズは想った。

 

 

 

 そんな風にルイズは少しづつチップと情報を集め始めたが……。

 ジェシカのチップの集めっぷりには、当然とてもではないが敵わなかった。

 とにかくジェシカは、客に自分に惚れてると想わせる小芝居が上手いのである。

 ルイズは、ジェシカのやり方を観察し始めた。敵を知らねば、戦いには勝てないのであるからして。

 ジェシカはこれと決めた客にまず、冷たくするのだ。怒ったような顔で溶離を客の前に置き、そんな彼女の態度に客は当然驚く。

「おいおいなんだジェシカ。機嫌が悪いじゃないか!」

 ジェシカは冷たい目で客を睨んだ。

「さっき誰と話してたの?」

 その嫉妬がもう、巧みというか神がかっているといえるだろう。なにしろ、本気で嫉妬しているように見えるのであるのだから。いや、実際に――。

 その瞬間、客はジェシカが自分に惚れていて、今激しく焼き餅を妬いている、と勘違いするようである。

「な、なんだよ……? 機嫌直せよ」

「別に……あの娘のことが好きなんでしょ?」

「馬鹿! 1番好きなのはお前だよ! ほら……」

 と言って、男はチップを渡そうとするのだ。

 がしかし、ジェシカはその金を払った。

「お金じゃないの! 私が欲しいのは、優しい言葉よ。この前言ってくれたこと、あれ嘘なの? 私、すっごく本気にしたんだから! なによ! もう知らない!」

「嘘な訳ないだろ?」

 男は必死になってジェシカをなだめ始めた。

「機嫌直してくれよ……俺はお前だけだて。なあ?」

「皆に言ってるんだわ。ちょっと女にモテるからってなによ?」

 ハッキリといってしまえば、男はどう見てもモテそうな容姿ではないといえるだろう。男はいつもであればそんなお世辞は信じないだろう。

 だがしかし、ジェシカの口からは責める言葉となって飛び出ている。つい、言ってしまったという口調で。

 そして、その言葉に、男はすっかり騙されてしまうのである。

「モテないって! ホントだよ!」

「そうよね。その唇にキスしたいなんて思うの、あたしくらいよね」

「そうだよ! そうだとも!」

「はう……でも疲れちゃったな」

「どうしたんだ?」

「今ね、チップレースだなんて、馬鹿げたレースをやってるの。あたし、チップなんかどうでも良いんだけど……少ないと怒られちゃうのよね」

「チップなら俺がやるって」

「良いの! 貴男は私に優しい言葉くれるから、それで良いの。その代わり、他の娘に同じこと言ったら怒るからね?」

 そして、ジェシカは客に対して上目遣いに見上げる。

 これで男はもうイチコロである。

「はぁ……でも、チップの為にオベッカ言うのも疲れちゃうな……好きな人に、正直に気持ちを打ち明けるのと、オベッカは別だからね……」

「わかった。これやるから、他の客にオベッカなんか使うなよ。良いな?」

「良いって! 要らないわ!」

「気持ちだよ。気持ち」

 拒むジェシカに男はチップを握らせるのだ。

 ありがとう、とはにかんで呟いて、ジェシカは男の手を握る。

 男はそんなジェシカから、デートの約束を取り付けようとする。

「で、今日、店が開けたらなんだけど……」

「あー! いけない! 料理が焦げちゃう!」

 貰うモノを貰ってしまえば、用はない。そういった風に、ジェシカは立ち上がる。

「あ、おい……」

「後でまた話かけてね! 他の女の子に色目使っちゃ駄目だよ!」

 男に背を向けると、ジェシカはベロッと舌を出す。そう。全部演技なのであった。

 ジェシカが去った後、客は仲間に、「いやぁ、焼き餅妬かれちゃって……」などと頭を掻いているのだ。

 ルイズはすっかり感心し切ってしまっていた。

 ジェシカの前では、キュルケのあの態度や言動は子供のそれに思えてしまうだろう。街娘の恐ろしい(わざ)であった。

 ジェシカは嫉妬を見せるパターンを何通り知ってるんだ? と思うような、手練手管っぷりで、チップを箒で掃き掃くように集めって行く。

 ジェシカの容姿は、飛び抜けて綺麗という訳ではないといえるだろう。ただ男に……このくらいなら俺でもなんとかなるかも? と想わせてしまうギリギリのラインを行ったり来たりしているのだ。絶世の美人より、そんなタイプの方が世の中ではモテやすいのである。

 ジッと観察していたルイズは、ジェシカと目が合った。

 ジェシカはニヤッと笑うと、谷間にチップを挟んで見せた。

 ルイズは、(たぶんわたしが博打で擦らなくても、サイトは文無しになったわね。サイトが金を持ってると知ったら、あの街娘はどういった手を使うか知れたモノではないわ。そしてあの馬鹿“使い魔”は……あっと言う間に巻き上げられ、日干しにされるに違いないわね)と思った。

 ルイズの頭の中に、シエスタの顔が浮かぶ、ジェシカの顔が浮かぶ、2人の谷間に視線を伸ばす才人の顔が浮かび上がる。そして、(なによ、負けるもんですか)といった風にグッと拳を握り締め……平べったい胸を張って、昂然と顔を持ち上げるのであった。

 

 

 

 そんな風に女の子たちがチップの枚数を競い合っているところに……羽扉が開き、新たな客の一群が現れた。先頭は、“貴族”と思しきマントを身に着けた中年の男性。デップリと肥え太り、ノッペリと額には薄くなった髪が張り付いているように生えている。伴の者も下級の“貴族”らしく、腰にレイピアのような“杖”を提げた軍人らしき風体の“貴族” も交じっている。

 その“貴族”が入って来ると、店内は静まり返ってしまった。

 スカロンが揉み手をせんばかりの勢いで、新来の客に駆け寄った。

「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ“魅惑の妖精亭”へ……」

 チュレンヌと呼ばれた“貴族”は、鯰のような口髭を撚り上げると後ろに仰け反った。

 それを見て、俺は直ぐに跳び出ることができるように、フロアへと意識を向ける。

「ふむ。おっほん! 店は流行っているようだな? 店長」

「いえいえ、とんでもない! 今日はたまたまと申すモノで。いつもは閑古鳥が鳴くばかり。明日にでも首を吊る許可を頂きに、寺院へ参ろうかと娘と相談していた次第でして。はい」

「なに、今日は仕事ではない。客で参ったのだ。そのような言い訳などせんでも良い」

 申し訳なそうに、スカロンが言葉を続けた。

「お言葉ですが、チュレンヌ様、本日はほれこのように、満席となっておりまして……」

「私にはそのようには見えないが?」

 チュレンヌがそう嘯くと、取り巻きの“貴族”が“杖”を引き抜いた。ピカピカと光る“貴族”の“杖”に怯えた客たちは酔いが覚めて立ち上がり、一目散に、蜘蛛の子を散らすようにして、入り口から消えて行った。

 店は一気にガランとしてしまった。

「どうやら、閑古鳥というのはホントのようだな」

 ふぉふぉふぉ、と腹を揺らしてチュレンヌの一行は真ん中の席に着いた。

 才人が気付くと、ジェシカが静かに俺たちの隣にやって来て、悔しそうにチュレンヌを見詰めているのが横目でわかる。

「あいつ何者?

 才人が尋ねると、ジェシカが忌々しそうに説明した。

「この辺の徴税官を務めてるチュレンヌよ。ああやって管轄区域のお店にやって来ては、私たちにたかるの。嫌な奴! 銅貨1枚払ったことないんだから!」

「そうなのか……」

「“貴族”だからって威張っちゃって! あいつの機嫌を損ねたら、とんでもない税金かけられてお店が潰れちゃうから、皆言うこと利いてるの」

 どこの世界でも、己の権威を笠に着て庶民にたかる連中はいるようである。

 誰も酌にやって来ないこともあり、チュレンヌはイラついた様子を見せ、そのうちに難癖を付け始めた。

「おや!? 大分この店は儲かっているようだな! このワインは、“ゴーニュ”の古酒じゃないかね? そこの娘の着ている服は、“ガリア”の仕立てだ! どうやら今年の課税率を見直さねばならないようだな!」

 取り巻きの“貴族”たちも、「そうですな!」、とか、「ふむ!」、とか首肯きながら、チュレンヌの言葉に同意した。

「女王陛下の徴税官に酌する娘はおらんのか!? この店はそれが売りなんじゃないのかね!?」

 チュレンヌが喚く。

 しかし、店の女の子は誰も近寄らない。

「触るだけ触ってチップ1枚寄越さないあんたに、誰が酌なんかするもんですか」

 ジェシカが憎々しげに呟いたその時……。

 白いキャミソールに身を包んだ、小さな影がワインが乗ったお盆を掲げて近付いた。

 ルイズである。

 彼女は欠点が多いが……その1つに空気が読めないというモノがあったようである。どうやら今の彼女は、頑張って給仕を務める事で頭が一杯になってしまっているようであり、客と店の雰囲気にまで気が回らない様子だ。

「なんだ? お前は?」

 チュレンヌは胡散臭げにルイズを見詰める。

 ルイズはニッコリと微笑むと、ワインをチュレンヌの前に置いた。

 その様子を心配そうに見詰め、「あ、あの馬鹿……」と才人は呆れ声で呟く。

 シオンもハラハラと、どうなってしまうのか不安であり、心配であるといった様子を見せている。

「お客さまは……素敵ですわね」

 まるでマニュアル通りの動きで、空気を読めないルイズはお愛想を言った。

 しかし、ルイズはチュレンヌの好みではないようだった。

「なんだ!? この店は子供を使ってるのか!?」

 ルイズは動じずに、キャミソールを持って一礼する。ルイズのお愛想はそれしかないのである。

「ほら、行った行った! 子供に用はない! 去ね!」

 ルイズのこめかみがピクつくのを、シオンと才人、俺は見逃さなかった。

 やはり怒っている様子だ。

 才人は、(ルイズ、切れないで! そいつヤバイ人だから!)と祈った。

「なんだ、良く見ると子供ではないな……ただの胸の小さい娘か」

 ルイズの顔が蒼白になる。足が小刻みに震え始めた。

 チュレンヌの顔が、好色そうに歪んだ。それから……ルイズの控えめな胸に手を伸ばす。

「どれ……このチュレンヌさまが大きさを確かめてやろうじゃないか」

 その瞬間……。

 チュレンヌの顔に、足の裏が炸裂した。椅子を引っ繰り返して、チュレンヌは後ろに転がった。

 シオンと才人は、「やってしまった……」といった風に天を仰ぎ見る。

「な、貴様!?」

 一斉に周りの“貴族”が“杖”を引き抜く。

 その前に……怒りで肩を震わせた少年、同様に肩を震わせている幼馴染の少女の姿があった。

「サイト、シオン……」

 ルイズは自分を守るように立っている才人の背を見詰めた。その背を見詰めていると……怒りに震える胸に何か熱いモノが満ちて行くのが、ルイズには理解った。

 才人とシオンは流石に我慢できなくなってしまったのだ。

 才人は、(ルイズ、頑張ってるじゃないか。俺のご主人さま胸はないけど、可愛いじゃないか。そんなルイズが頑張ってお愛想売ってるのに、お前はなんだ? さんざん文句付けやがって! いや文句は良い。俺もたまに言う。相手がルイズじゃしょうがない。でも、でも……1つだけ許せないことがある)といった様子を見せている。

「……おいおっさん、良い加減にしろ」

「き、貴様……よくも“貴族”の顔に……」

 才人は、(“貴族”だろうが、王子さまだろうが、神さまだろうが……他の男にこればっかりは許せない。それは俺だけの特権なんだ)といった様子を見せている。

「“貴族”がどうした!? ルイズに触って良いのは俺だけだ!」

 才人は怒鳴った。

 ルイズの頬が思わず染まる。「使い魔”の癖に生意気言ってんのよ!? あんたにだってそんな権利ないんだから!」と言おうとしたが……なぜか言葉に出なかった。頭が沸騰したかのようにボーッとなって行く。こんな時であるにも関わらず、ルイズはボケーッとふやけてしまったのだ。

「良く言った才人。さて……チュレンヌと言ったな」

「なんだ貴様?」

「お前は“貴族”などではない」

「なんだと!?」

 いきなりの俺の断定する言葉に、激昂した様子を見せるチュレンヌ。

 店内の女の子たちやスカロンは呆然としてしまっている。

「取り巻きのお前たちもだ。貴様らには、責任というモノがまるで見当たらない。感じられない。権利を振り翳すだけ振り翳す“貴族”を名乗っているだけの存在だ。権利とは、それを認める者がいるからこそ成り立つ。大いなる力には、それ相応の責任などが生まれる。ノブレス・オブリージュ」

 俺はまた、自身に対してブーメランのように返って来る言葉を、眼の前の彼らへと打つけてしまった。

「この者たちを捕らえろ! 縛り首にしてやる!」

 チュレンヌは我慢の限界が来た、といった様子で、手下の“貴族”たちへと命令をする。

 命令を受けた“貴族”たちは、俺たちの周りを取り囲む。

 才人はユックリと周りを見回した。

「誰が誰を捕まえるって? あいにく俺は……」

「あいにく、なんだ?」

「幸か不幸か、伝説の力なんていうもんを貰っちまった……」

 才人は、そう嘯き、背中に手を回す。そして……そこにあるはずのデルフリンガーがないことにようやく気が付いた様子を見せる。

「え?」

 才人は困ったように、頭を掻いた。

「そうでした……伝説、屋根裏部屋に置いて来たんだっけ……? なにせ皿洗いすんのに邪魔だから……」

「まったく、締まらんな」

「こいつらと、洗濯板娘を捕まえろ!」

 俺の言葉と同時に、チュレンヌは喚くように命令を下し、取り巻きの“貴族”たちが“杖”を振り被る。

「タ、タンマ!」

 才人は中断するようにと叫ぶが、しかし、タンマなどはない。

 激昂した“貴族”たちは“呪文”を唱え始めた。

 もちろん、“サーヴァント”である俺にとって、その速度はあまりにもゆったりとしたモノだ。一瞬で、黙らせ、気絶させることなど造作もないことだろう。

 小型のロープが竜巻のように現れ、俺たちを包み込もうとした瞬間……。

 真っ白の閃光が、店内に瞬き、“杖”を引き抜いた“貴族”たちを入口付近まで吹き飛ばす。

 ユックリと閃光が途切れた時……テーブルの上に仁王立ちになったルイズが現れた。ルイズの“虚無”の“呪文”、“エクスプロージョン”が炸裂したのである。

 ルイズの全身が怒りに震え、手には先祖伝来だろう愛用の“杖”が光っている。ルイズはそれを万一に備え、太腿に結び付けて隠していたのだった。

 訳が判らないといった様子を見せながらも、“貴族”たちは慌てふためく。

 ルイズは小さな声で、だが確かに聞こえる低い声で呟いた。

「……洗濯板はないんじゃないの?」

 ルイズの中にあった折角の幸せ気分が、その一言で吹き飛んでしまったのだ。今までの黒い過去の数々が、洗濯板、その言葉で蘇ってしまったのである。ジェシカの、そしてシエスタの谷間が、ルイズの脳裏に浮かんだ。

「ひっ! ひぃいいいいっ!」

 伝説の迫力が……“虚無”の迫力がそこには確かに存在し、“貴族”たちをビビらせている。

「なんでそこまで言われなくちゃならないの? このわたしが御酌して上げたのに、洗濯板はあんまりじゃなあいの? 覚悟しなさいよね!」

  “貴族”たちは、我先といった風に逃げ出した。

 ルイズはその場から動かずに“杖”を振る。

 入口前の地面が“エクスプロージョン”で消滅し、大きな穴が出来た。

 “貴族”たちは、仲良くそこに落っこちてしまう。

 穴に落っこちた“貴族”たちは、折り重なって上を見上げた。のそりとルイズが顔を見せたこともあり、さらに震え上がった。

「な、何者? 貴女さまは何者で!? どこの高名な使い手の御武家さまで!?」

 チュレンヌはガタガタと震えながら、ルイズに尋ねた。自分たちを吹き飛ばしたあんな閃光を、見たことも聞いたこともないのだから。

 ルイズは答えずに、ポケットからアンリエッタから貰い受けた許可証を取り出してチュレンヌの顔に突き付けた。

「……へへ、陛下の許可証!?」

「私は女王陛下の女官で、由緒正しい家柄を誇るやんごとない家系の3女よ。あんたみたいなどこぞの木っ端役人に名乗る名前はないわ」

「し、し、失礼しました!」

 チュレンヌは肥え太った身体を器用に折り曲げて、穴の中で無理矢理平伏をした。

 押された他の“貴族”が呻きを上げる。

 ルイズは立ち上がった。

「赦して! 命だけは!」

 それからチュレンヌは慌てたように身体を漁り、財布をそっくりルイズに放って寄越した。彼は周りの“貴族”たちを促し、同じように財布をルイズに差し出させる。

「どうかそれで! お目をお瞑りくださいませ! お願いでございます!」

 ルイズはその財布を見もせずに言い放った。

「今日見たこと、聞いたこと、全部忘れなさい。じゃないと命がいくつあっても足りないわよ」

「はいっ! 誓って! 陛下と“始祖”の御前に誓いまして、今日のことは誰にも口外いたしません!」

 そう喚きながら、穴から転がるようにして抜け出し、チュレンヌたちは夜の闇へと消えて行った。

 颯爽とルイズは店内に戻った。と同時に、割れんばかりの拍手がルイズを始め俺たちを襲った。

「凄いわ! ルイズちゃん!」

「あのチュレンヌの顔ったらなかったわ!」

「胸がスッとしたわ! 最高!」

 スカロンが、ジェシカが、店の女の子たちが……俺たちを一斉に取り巻く。

 ルイズはそこで我に返り、「やっちゃったわ」と恥ずかしげに俯いた。洗濯板と言われて切れてしまったのだ。そして、才人たちが捕まりそうになったこともあり、思わず“呪文”を唱えてしまったのだか。

 才人がルイズへと寄り、呟く。

「……馬鹿! “魔法”使っちゃ駄目だろが!」

「う……だって……」

「もう……はぁ、まったく……1からやり直しじゃねえか……」

 スカロンが、ルイズと才人の肩を叩く。

「良いのよ」

「へ?」

「ルイズちゃんが“貴族”なんて、前からわかってたわ」

 才人はジェシカを睨んだ。

 ジェシカは慌てて、「あたし言ってないよ!」と手を顔の前でブンブンと振る。

「ど、どうして?」

 ルイズが呆然として尋ねる。

 そんなルイズの様子を見て、シオンは生暖かい視線を彼女へと向けた。

「だって、ねえ、そんなの……」

 スカロンの言葉を、店の女の子たちが引き取る。

「態度や仕草を見ればバレバレじゃない!」

 ルイズは、「う、そうだったんだ……」としょぼ暮れる。

 シオンは、うんうん、と首肯く。

「こちとら、何年酒場やってると思ってるの? 人を見る目だけは一流よ。でも、なにか事情があるんでしょ? 安心しなさい。ここには仲間の過去の秘密をバラす娘なんていないんだから」

 女の子たちは一斉に首肯く。

 才人はなるほど、と思ったようを見せる。

「ここにいる娘は、それなりに訳あり。だから安心して……これからもチップ稼いでね?」

 ルイズは首肯く。

 才人もホッとした様子を見せる。

 手をパチンと叩いて、スカロンは楽しげな声で、「はい! お客さんも全員帰っちゃったので、チップレースの結果を発表しまーす!」と言った。

 歓声が沸く。

「ま、数えるまでもないわよね!」

 スカロンは床に転がったチュレンヌたちの財布を見て言った。

 ルイズは、ハッとしたようにその財布を見詰めた。

 中にはずっしりと……金貨が詰まっている。

「え? これ……」

「チップでしょ?」

 スカロン片目を瞑って言った。それからルイズの手を握って掲げる。

「優勝! ルイズちゃん!」

 店内に拍手が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方……。

 ルイズはベッドから出て来なかった。

「おい、仕事行くぞ」

「今日は休む」

「へ?」

 才人はキョトンとした。それから、(ま、昨日は久々に“魔法”を使ったんだから、疲れたんだろう。今日くらいは休んでも良いだろ)といった風に思い直した。

「理解った。気分が悪い時は言えよ」

 壁には、優勝賞品である“魅惑の妖精のビスチェ”がかけられている。賞品とはいっても……これを着ることができるのは家宝だということもあって今日だけだが。

 

 

 

 才人が階下に下りると、スカロンが寄って来た。

「あら? ルイズちゃんはどうしたの?」

「今日は休む、だそうです」

「あらん……そんな、もったいない……」

「だって、“魅惑の妖精のビスチェ”を着れるのは、今日だけよ? 明日には返して貰わよ?」

「そうなんですよね」

「あれ着たら、チップなんか貰い放題なのに……もったいないもったいない」

 そう呟きながらスカロンは喧騒が始まろうとしている店内へと消えて行く。

 才人も、なんだか腑に落ちない気分で皿洗いの仕事に就いた。

 

 

 

 ひーこら苦労して、仕事を終えた才人は屋根裏部屋へと戻った。

 廊下から上を見上げると……部屋の床板から明かりが漏れているのが見える。どうやらルイズは起きているようである

 才人は、(なんだよあいつ……疲れて休むとか言う割に、寝てねえじゃねえかよ。どうせならビスチェ着て稼げっつの)と思いながら屋根裏部屋の床板を跳ね上げ。顔を出した。瞬間、驚く。

 部屋は綺麗に掃き清められ、雑巾までかけたらしく埃1つ舞ってない。積まれていたガラクタどもは一箇所に纏められ、なんとか人が住める体裁を整えていたのだ。

「これ……どうした?」

「わたしがやったのよ。あんな汚いトコでいつまでも暮らすなんてゾッとするわ」

 声の方を見ると、才人は更に驚いた。

 テーブルの上に料理とワインが並んで……それを蝋燭の光が照らしているのだ。

 そしてその灯りは……美しく身成りを整えた才人のご主人さまを照らしているのだった。

 才人は、ごくりと唾を呑み込んだ。中に溜まっていた、1日の疲れが吹き飛んで行くのが理解るだろう。

 ルイズはテーブルの隣の椅子に腰かけていた。足を組み、髪をいつかのようにバレッタで纏めている。そして……その神々しいまでの姿を、“魅惑の妖精のビスチェ”に包んでいるのだ。黒いビスチェが、ルイズの美しさを際立たせている。

 才人はポカンと口を開け、そんなルイズの姿を見守った。

「いつまで馬鹿面下げてんの。ほら、ご飯にしましょ」

 照れた口調で、ルイズが言う。

 テーブルの上にはご馳走が並んでいる。

「なんだこれ!?」

「わたしが作ったのよ」

 才人ははにかんだ顔のルイズを見詰めた。

「マジで?」

「ジェシカに教えて貰ったの」

 そう言って頬を染めるルイズが、才人の動悸を激しくさせる。

 上半身の真ん中のラインは、網の目になって白い肌を覗かせる。黒いビスチェはピッタリと張り付き、身体のラインを露わにしていた。思いっ切り丈の短いバニエの部分は、申し訳程度に腰の回りを覆っているに過ぎない。裸よりも、より色っぽく見えてしまう。

 才人は思わず目を逸らした。見ていると、どうにかなりそうになるからである。元からルイズに惚れているからどうにかなってしまいそうになるのか、それともビスチェにかけられた“魅了”の“魔法”によるモノなのか、才人にはわからなかったが……正しいことが1つだけあった。

 魅力的なのである。

 でもそんなことは当然言えるはずもなく、才人は怒ったような声で言うのであった。

「……それ着て、思いっ切り客にサービスするんじゃなかったのかよ?」

「触らせたら、引っ叩くんでしょ?」

 拗ねた口調でルイズが応える。

「さ、食べましょ」

 才人は首肯いて、ルイズの作った料理を食べ始めた。しかし……頭に血が上っている為か、味がわからない。たぶん不味いのだろう。だが、今の才人にとってはどちらでも良かった。ルイズが作ったのだから。

「味はどう?」

 ルイズが聞く。

「う、美味いんじゃないかな?」

 要領をえない声で、才人が答える。

「部屋を片付けたわ。どう?」

「やあ、大したもんだ」

「でもって、わたしは、どう?」

 肩肘を突いて、コケットにルイズは才人の顔を覗き込んだ。

 朝の明かりが、天窓から飛び込んで来る。爽やかに屋根裏べを、朝の陽光が覆い尽くして行く。

 グッと言葉に詰まったが、才人はやっとのことで言葉を撚り出した。

「トレビアン」

「……せめて他の言葉で褒めてよね」

 ルイズは、(ほんとに“魅了”の“魔法”かかってるのかしら? なによ。せいぜい優しくして貰おうと思ったのに)といった風に溜息を吐いた。

 才人の態度は普段のそれと大して変わらないといえる。怒っているような、困ってしまったかのような、そんな態度である。

 ルイズは、(つまんない。これ着たら馬鹿みたいにわたしに求愛すると思ったわ。そしたら思いっ切り冷たくして上げたのに。今更ご主人さまの魅力に気付いても、遅いんだから! なによ馬鹿。触んないで。でも、そうね、“ルイズに触って良いのは俺だけだ!”なんて言った時、この私ってば何故かちょっと嬉しかったから、少しは許して上げる。でも、少し。ほんの少しだかんね)と思いながら1日かけて用意をしたのに、才人は余所見をするばかりで、ルイズは「つまんないの」と唇を尖らせる。

 結局のところ、ルイズは気付いていなかったのである。

 才人はルイズにとっくに参っていたので……今更“魅了”の“魔法”も意味をなさないのだということを。

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