ここは“トリステイン魔法学院”。
夏季休暇が始まったばかりの寮塔では、2人の“貴族”が退屈を持て余していた。“微熱のキュルケ”と、“雪風のタバサ”である。
キュルケはあられもない格好をしており、タバサの部屋のベッドを占領してグッタリと横たわっている。シャツのボタンを全て外し、手で凸凹のハッキリした身体を扇いでいる。キュルケは熱さを好んではいるが、暑さは苦手としているのである。夏の容赦のない陽射しに熱せられた部屋の中で、自分を茹で上げようとするその暑さを扱いかねているのだ。
「ねえタバサ。お願いよ。さっきみたいに風を吹かせてちょうだい」
タバサは本から目を離さずに、“杖”を振る。
「冷たいのが好いわ。キンキンに冷えたのが。貴女の渾名みたいに」
そんなことは百も承知であったのだろう、タバサが唱えた“風”の“呪文”は氷の粒が混じっている。そんな雪風が、キュルケの身体を冷やして行く。
「あー、気持ち好い……」
キュルケはついにシャツを脱ぎ捨ててしまう。1ダースもある、キュルケを女神と崇める男友達には決して見せられないような仕草で胡座を掻き、タバサの風に酔う。そして、ジッと本を読み耽るタバサを見つめる。
タバサはこの暑さにも汗1つ掻かずに、本に夢中な様子を見せている。“雪風”の“二つ名”は、心だけでなく身体も冷やすのだろうか? などと疑問を抱かせるほどである。
キュルケは呟く。
「ねえ“雪風”。貴女ってば、まるで“新教徒”みたいに本が好きなのね、。それってもしかして“新教徒”の連中が夢中になって唱えてる“実践教義”ってやつ?」
“実践教義”とは――“始祖ブリミル”の偉業とその教えを記したとされる書物である“始祖の祈祷書”の解釈を忠実に行うべしと唱える一派が行っている一連の行動を指す。
しかし、“始祖の祈祷書”は各所にオリジナルが存在し、書かれている内容も微妙に違う。そればかりか、それらの“始祖の祈祷書”の本文は、“始祖ブリミル”が没してから何百年も後に書かれたモノであるとの説もあるのだ。“トリステイン王家”に伝わる“始祖の祈祷書”には見た限りでは文字すらも記載されもいない。従って今までの神学者たちは様々に大雑把な解釈を導き、それを“ハルケギニア”の寺院や“貴族”は己の都合の良いように捉えて、治世に利用するのだ。
“宗教国家ロマリア”の一司教から始まった“実践教義”運動は、“平民”たちから搾取するばかりの、腐敗した寺院の改革を目指している。それは国境を超えたうねりへと発展した。市民や農村部に広まり、特権を振りかざす坊さんたちからその権力や荘園を取り上げつつあるのだ。しかし、その解釈が妥当であり、的確であるかは誰にも理解らないとされている。おそらくではあるが、“始祖ブリミル”やその関係者、そして文字通りの神などの極一部の存在にしかその答えは出せないであろう。
タバサは本を閉じた。そして、タイトルをキュルケへと見せる。それは宗教書などではなく、古代の“魔法”の研究書であった。
「読んでるだけ」
タバサは言った。
「そうよね。貴女が、“新教徒”の訳ないわよね。ところで今日は暑いわね。ほんとに暑いわ。だから言ったじゃない、あたしと一緒に“ゲルマニア”へ行きましょうって。ここよりは涼しいはずだわ」
タバサは再び本を読み始める。
タバサの家の事情を知ったキュルケは、「今年の夏、ツェルプストーの領地へ一緒に帰郷しましょう」とタバサを誘ったのだった。しかし、タバサは首肯かない。仕方なくキュルケもタバサに付き合って、“魔法学院”に残っているのである。タバサを1人切りにするのは、どうしても彼女の気を咎めたのであった。
「ホントにもう、こんな蒸し風呂みたいな寮に残ってるのなんて、あたし達くらいね」
キュルケは、(中庭で水でも浴びようかしら?)と思った。教師も、生徒たちも、そのほとんども既に実家に帰えっているはずなのだ。誰にも覗かれる心配はないといって良いだろう。
しかしその時……。
階下から悲鳴が聞こえて来た。
一瞬、キュルケとタバサは顔を見合わせた。キュルケはガバッとシャツを羽織ると、“杖”を握って部屋から飛び出した。タバサもその後を追う。
階下の部屋では、もう一組の居残り組が諍いの真っ最中であった。
「なに考えてんの!? よ!?」
「いや、僕は……暑いだろうと思ったんだ! 君が暑いといけないなーと思って!」
騒いでいるのはどうやらギーシュとモンモランシーのようである。
「そうだったのね。結局それが目的だったのね! なにが “一緒にポーションを造ろう”よ! “夏季休暇の間は学院に誰もいないから禁断でもなんでも造り放題だよ”、なんて口車に乗るじゃなかった! 貴男なにを造る気なのよ!?」
「元よりそのつもりだ! 嘘じゃないよ!」
「誰もいないからって、変なことばっかり考えてたんでしょ。ごめんあそばせ! 結婚するまでは指1本、許しませんからね!」
ギーシュは首を振る。
「近寄らないで!」
「誓う。誓うから」
ギーシュは胸の前に手を置いた。
「“始祖”と神御前に、僕、ギーシュ・ド・グラモンは誓う。疲れて寝てしまったモンモランシーのシャツのボタンを外したのは、疚しい気持ちからではないと。ホントに暑そうに見えたからだと。酷い汗を掻いていたから、蒸されて死んでしまうと心配になったからだと」
「ほんと?」
疑わし気な表情を浮かべ、モンモランシーがギーシュへと詰め寄る。
「神賭けて」
ギーシュが真剣な様子で答える。
「……変なことしない?」
「しない。考えたことすらない」
モンモランシーはしばらく考えた後、ピラッとスカートを持ち上げ、下着をチラッと見せた。
瞬間ギーシュがモンモランシーへと跳び掛かり、彼女は悲鳴を上げた。
「神さま! 嘘吐き! 嘘吐きがいます!」
「白! 白かった! 白かったであります!」
「嫌! 嫌だ! やめて! やめてってばぁ!」
そんな風に2人が暴れていると……ドアが、バターン! と開かれ、キュルケとタバサが顔を見せた。
そして、ベッドに押し倒されてしまっているモンモランシーと、ドアから顔を見せた2人との3人の目が合う。
「……なんだ。取り込み中だったの」
溜息混じりにキュルケが言う。
真顔になったギーシュが立ち上がり、優雅な仕草で取り繕う。
「いや、モンモランシーのシャツの乱れを……直しておりまして」
「押し倒して?」
呆れた表情を浮かべ、キュルケが問う。
「直しておりまして」
ギーシュは繰り返し言う。
モンモランシーが冷たい声で言った。
「もう! いい加減にしてよ! 頭の中はそればっかりじゃない!」
ギーシュの顔が赤らむ。
やれやれといった調子でキュルケが口を開く。
「貴方たち、随分とやっすい恋人ね……なにもこんな暑っ苦しい寮なんかでしなくても」
「なにもしてないわよ! って言うかあんたたちこそなにしてんのよ? 今は夏季休暇よ」
「あたし達は、帰るの面倒だからいただけよ。休暇だからってわざわざ国境越えるの大変だしね。貴方たちは、じゃあなにしてたの?」
「わたし達は、その……」
言い難そうにモンモランシーはモジモジとする。少し前の問題のこともある為、“禁断のポーション”をこっそり造ってましたなどとは言えるはずもないのである。
「ま、“魔法”の研究よ」
「ったく。なんの研究してんだか。ねえ?」
「変な研究したがったのはギーシュよ! まったく、暑さで頭がやられちゃったの? 少しは冷やしてよね!」
そう言われて、ギーシュはショボンと項垂れる。
キュルケが、「そうね」と短く呟く。
「なにが、そうね、なのよ?」
「出かけましょ。こんな暑い所にいたら、頭が可怪しくなっちゃうのも無理ないわ」
「へ? どこに?」
「街にでも出かけましょ。居残り同士、ま、仲良くやりましょ。休暇は長いんだし」
「言われてみれば、冷たいモノが飲みたいな……」
ギーシュも首肯く。
モンモランシーも、ギーシュと2人っ切りで寮にいたら何をされるかわかったものではない為、出かけることに同意の意思を示す。
「呑んだら頭、たっぷり冷やしてよね」
「冷やす。神賭けて」
「で、そこのおチビさんはどうするの?」
モンモランシーが、本を読んでいるタバサを指さした。
キュルケが首肯く。
「行くって」
「……そんなチラッと見ただけで、わかるの?」
「わかるわよ」
キュルケは、当然でしょ、と言わんばかりの顔で言った。
タバサはそれから本を閉じると、ツカツカと窓から口笛を吹いた。
すると、バッサバッサと羽音がし、あっと言う間もなく、タバサは窓から飛び降り、キュルケが続く。
モンモランシーが窓の外を覗くと、下にタバサの“使い魔”であるシルフィードが浮遊しているのが見える。
キュルケがその背中に乗って、手を振っている。
「早く入らっしゃいよ! 置いて行くわよ!」
ギーシュとモンモランシーも、後に続いて飛び降りる。先に乗ったギーシュがモンモランシーを受け止める。
するとモンモランシーは、「触らないで!」、とか、「厭らしい目で見ないで!」、などと言って、せっかく受け止めてくれたギーシュを苛めるのであった。
「そんな……受け止めたじゃないか」
「どこ触ってんのよ!?」
「あんた達、恋人同士なんじゃないの?」
呆れた調子で、キュルケが呟いた。
“トリスタニア”の城下町にやって来たキュルケとタバサとギーシュとモンモランシーの計4人の一行は、“ブルドンネ街”から1本入った通りを歩く。
時刻は夕方に差しかかったばかりだ。
薄っすらと暮れ行く街に、“魔法”による灯りを灯した街灯が彩りを添えて行く。幻想的な――そしてウキウキと楽しくなってくるような、そんな雰囲気と、夏の熱気が通りを包んで行く。
“ブルドンネ街”が“トリスタニア”の表の顔であれば、この“チクトンネ街”は裏の顔である。如何わしい酒場や賭博場などが並んでいる街通りだ。
モンモランシーは眉を顰めたが、キュルケは気にした風もなく歩き続ける。「どの店にしようか?」、などと一行は相談しながら歩く。キュルケが、「知ってる店はないの?」とギーシュに尋ねる。
ギーシュはニヤッと笑って、答える。
「そういや、噂の店があってね。1度、行ってみたいと思ってたんだが……」
「変な店じゃないでしょうね?」
その声の調子に、色っぽい何かを嗅ぎ付けたモンモランシーが釘を刺す。
ギーシュは首を横に振った。
「ぜんぜん変な店じゃないよ!」
「どういう店なの?」
ギーシュは黙ってしまった。
「やっぱり変な店じゃないのよぉ~~~! 言ってごらんなさいよぉ~~~!」
モンモランシーがその首を絞める。
「ち、違うんだ! 女の子が、その、可愛らしい格好でお酒を運んで……ぐえ!」
「変じゃない! どこが違うのよ!?」
「面白そうじゃない。そこ」
キュルケが興味を惹かれたらしく、ギーシュを促した。
「そこに行ってみましょうよ。ありきたりの店じゃつまんないし」
「なんですってぇ!?」
モンモランシーが喚く。
「まったくどうして“トリステイン”の女はこう、揃いも揃って自分に自信がないのかしら? 嫌になっちゃう」
キュルケが小馬鹿にするかの様な声で言った為、モンモランシーは熱り立った。
「ふん! 下々の女に酌なんかれたらお酒が不味くなるじゃないの!」
しかし、キュルケに促されたギーシュが跳ねるような調子で歩き出した為、仕方なくモンモランシーは跡を追いかける。
「ちょっと! 待ちなさいよ! こんなとこに置いて行かないで!」
「入らっしゃいませ~~~!」
キュルケとタバサ、ギーシュとモンモランシーの計4人の一行が店に入ると、背が高くピッタリとした革の胴着を身に着けた男が出迎えた。
「あら!? こちらお初? しかも“貴族”のお嬢さん! まあ綺麗! なんてトレビアン! 店の女の子が霞んじゃうわ! 私は店長のスカロン。今日は是非とも楽しんでってくださいまし!」
そう言ってスカロンは、身をクネラせて一礼をする。
そんな言動を取るスカロンではあるが、取り敢えず「綺麗」だと褒められたということもあってモンモランシーは機嫌を良くした。髪を掻き上げ、「お店で1晩綺麗な席に案内してちょうだい」と澄ましって言った。
「当店はどのお席も、陛下の別荘並みにピカピカにしておりますわ」
スカロンは一行を席へと案内する。
店は繁盛をしている。際どい格好の女の子たちが酒や料理を運んでいる。
ギーシュは既に夢中になってキョロキョロとし始め、モンモランシーに耳を引っ張られてしまう始末だ。
一行が席に着くと、桃色がかったブロンドの少女が注文を取りに行く。が、慌てた調子で、咄嗟にお盆で顔を隠し、全身を小刻みに震わせ始める。
「なんで君は顔を隠すんだね?」
ギーシュが不満げに問いかけた。
その少女はもちろん答えず、身振り手振りで「ご注文をお願いします」と示す。
その少女の髪の色と身長で、キュルケが直ぐに気付いた様子を見せ、この夏初めて見せる特大の笑みを浮かべた。
「このお店のお勧めはなに?」
お盆で顔を隠した少女は、隣のテーブルを指さす。
そこには、蜂蜜を塗って炙った雛鳥をパイ皮に包んだ料理が並んでいる。
「じゃあ、このお店のお勧めのお酒は?」
お盆で顔を隠した少女は、側のテーブルで給仕をしている女の子が持っている“ゴーニュ”の古酒を指さす。
そこでキュルケは、驚いた声で言った。
「あ、“使い魔”さんが女の子口説いてる」
少女は思わずといった様子でお盆から顔を出し、キッ! とした目付きでキョロキョロと辺りを見回す。
キュルケを除く一行は現れた顔を目にし、大声を上げた。
「ルイズ!?」
キュルケがニヤニヤと笑っていることに気付いたルイズは、自分が騙されたことに気付き、再びお盆で顔を隠した。
「手遅れよ。ラ・ヴァリエール」
「わたし、ルイズじゃないわ」
震える声でルイズが言う。
キュルケはその手を引っ張り、テーブルの上にルイズを横たえさせる。キュルケは右手を、ギーシュが左手を掴む。タバサが右足を、モンモランシーが左足を掴んだ。
動くことができないルイズは横を向いて、ワナワナと震えて言った。
「ルイズじゃないわ。離して」
「なにしてるの?」
ルイズは答えない。
パチン! とキュルケが指を弾くと、タバサが“呪文”を唱えた。
風の力で空気がルイズの身体に絡み付き、操った。
ルイズはテーブルの上に、ピョコン! と正座させられた。
「な、なにすんのよ!?」
再びキュルケは指を弾く。
無言でタバサが“杖”を振った。
ルイズを操る空気の塊は、見えない指となってルイズの身体をくすぐり始めた。
「あはははは! やめて! くすぐったい! やめてってば!」
「どんな事情があって、ここで給仕なんかしてるの?」
「言うもんですか! あはははは!」
空気の指が散々にルイズをくすぐりまくる。
それでもルイズは決して口を割らない。そのうちにグッタリとしてしまった。
「どうしたの? ルイズ……って!?」
そこに、シオンが近寄り、キュルケたちを見て驚いた様子を見せた。
「あら? シオンもいるのね。ってことはやっぱり、ダーリンやセイヴァーもいるのかしら?」
「う、うん。まあね」
キュルケの言葉に、シオンは固い動きで首肯く。
「ねえ、シオン?」
「な、なに?」
「ここで、どんな事情があって給仕なんかしてるの?」
「え、えっと……社会勉強?」
シオンは冷や汗を流しながら、それを悟られないように気を配り、言ってみせた。が、視線が明後日の方を向いている為に、隠し事をしていることは簡単にわかってしまう。
「ちぇ、そこの娘は口が堅いし。貴女まで誤魔化すし……最近貴女たちって、隠し事がホントに多いわね」
「わかったら……放って置きなさいよね……」
ルイズは息も絶え絶えにそう言った。
「そうするわ」
キュルケはつまらなそうに、メニューを取り上げた。
「早く注文言いなさいよね」
「これ」
メニューを指さして、キュルケが言った。
「これじゃわかんないわよ」
「ここに書いてあるの、取り敢えず全部」
「は?」
キョトンとして、ルイズはキュルケを見つめる。
「いいから全部持って来なさいな」
「お金持ちね……はぁ、羨ましいわ」
溜息まり時に呟くルイズに、キュルケが言った。
「あら? 貴女のツケに決まってるじゃないの。ご好意はありがたくお受けしますわ。ラ・ヴァリエールさん」
「はぁ? 寝言言わないでよ! なんであんたに奢んなくちゃならないのよ!」
「“学院”の皆に、ここで給仕やってること言うわよ」
ルイズの口が、あんぐりと開いた。
「言ったら……こここ、殺すわよ」
「あら嫌だ。あたし殺されたくないから、早いとこ全部持って来てね」
ルイズはショボンと肩を落とすと、色々なモノに打つかりながらヨタヨタと厨房へと消えて行った。
シオンは、そんなルイズに、「私も払うから」と言って、一緒に厨房へと向かった。
ギーシュが首を振りながら口を開く。
「君はホントに意地の悪い女だな」
すると、キュルケは嬉しそうに応えた。
「勘違いしないで頂きたいわ。あたしあの娘嫌いなの。基本的には敵よ敵」
キュルケはそこで言葉を切ると、タバサのマントが乱れていることに気付き、チョイチョイと直してやった。
「ほら貴女。“呪文”を使うと、髪とマントが乱れる癖をどうにかなさいな。女は見栄え。頭の中身は二の次よ?」
姉が妹を、母が娘を気遣うように、キュルケはタバサの髪などを弄る。
ギーシュはタバサの方を見た。(なんでこんなに底意地の悪い“ゲルアニア”の女が、このタバサにだけは心を許すのだろう?)と疑問に思ったからであった。
夏季休暇であるというにも関わらず、2人とも帰郷などをせずに行動を共にしている。その上、先ほどから見ていれば2人はまさに以心伝心といった様子だ。タバサが無口である為もあるだろうが、目配せ1つで意思を通じ合わせ、まるで姉妹のように仲が良い。
でも……とギーシュは頭を撚った。
入学当初、2人はこれほどまでには仲が良くなかったはずであった。
ギーシュは、他の女の子たちに夢中であまり良く覚えていないのだが、(確か決闘騒ぎまで引き起こさなかったか?)と疑問を覚え、その事を尋ねようとしたその時に、店に新たな客が現れた。
見目麗しい“貴族”たちである。広い鍔の羽根付き帽子を小粋に冠り、マントの裾から剣状の“杖”が顔を覗かせている。どうやら、“王軍”の士官たちであるようだ。
焦臭い昨今、軍事訓練に明け暮れていたのだろう。陽気に騒ぎながら入店して来ると、席に着いて辺りを眺め始めた。口々に、店の女の子についての品評を始める。色々な女の子たちが入れ替わり立ち代わり酌をしたが、どうにも御気に召さない様子である。
1人の士官がキュルケに気付き、目配せをした。
「あそこに“貴族”の娘がいるじゃないか! 僕たちと釣り合いが取れる女性は、やはり“杖”を提げていないとな!」
「そうとも! 王軍の士官さまがやっと陛下に頂いた非番だぜ? “平民”の酌では慰めにならぬというモノだ。君」
口々にそんなことを言いながら、キュルケたちに聞こえるような声で誰が声を掛けに行くのかを相談し始める。
キュルケはやはりこういうことに慣れっこなのだろう、平然とワインを口にしている。
しかし、ギーシュなどは既に気が気ではない様子を見せる。
ギーシュは、一応彼は男で連れの女性をエスコートする立場なのだが、連隊長か親衛隊の隊員を務めているだろう“貴族”相手に、強くになれようはずもない。叩き退めされてしまうといったオチを彼は幻視した。
そのうちに声をかける人物が決まったらしい。1人の“貴族”が立ち上がる。20歳を少し超えたばかりの、中々の男前である。
その男が自信たっぷりといった風に口髭を弄りながら、キュルケに近付き、典雅な仕草で一礼をする。
「我々は“ナヴァール連隊”所属の士官です。おそれながら美の化身と思しき貴女を我らの食卓へと案内したいのですが」
キュルケはそちらの方を眺めもせずに、答える。
「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですの」
“貴族”の仲間たちから野次が飛ぶ。
ここで断られては面子が保たないと思ったのだろう、熱心な言葉で“貴族”は、キュルケを口説きにかかる。
「そこをなんとか。曲げてお願い申し上げる。いずれは死地へと赴く我ら、一時の幸福を分け与えてくださるまいか?」
しかし、キュルケはにべもなく手を振った。
“貴族”は、残念そうな表情を浮かべ、仲間たちの元へと戻って行った。その“貴族”は、仲間から「お前はモテない」、と言われたが、首を振る。
「あの言葉の訛を聞いたかい? “ゲルマニア”の女だ。“貴族”と言っても、怪しいモノだ!」
「“ゲルマニア”の女は好色と聞いたぞ? 身持ちが固いなんて、珍しいな!」
「おそらく“新教徒”なのであろうよ!」
酔も手伝っているのだろう、悔し紛れに“貴族”たちは聞こえ良がしに悪口を言い始めてしまう。
ギーシュとモンモランシーは顔を見合わせ、「店を出ようか?」とキュルケに訊いた。
「先に来たのはあたしたちじゃない」
そう呟くと、キュルケは立ち上がった。その長い赤髪が燃える炎のように騒めく。
横目で事の成り行きを見守っていた他の客や店の女の子たちが、一斉に静まり返る。
「おや、我らのお相手してくれる気になったのかね?」
「ええ。でも、杯じゃなく……こっちでね?」
スラリとキュルケは“杖”を引き抜いた。
“貴族”の男たちは笑い転げた。
「お止しなさい! お嬢さん! 女相手に“杖”は抜けぬ! 我らは“貴族”ですぞ!」
「怖いの? “ゲルマニア”の女が?」
「まさか!」
カラカラと“貴族”の男たちはカラカラと笑い続ける。
「では、“杖”を抜けるようにして差し上げますわ」
キュルケは“杖”を振った。
人数分の火の玉が“杖”の先端から飛び出し、“貴族”たちが冠った帽子へ飛び、一瞬でその羽飾りを燃やし尽くした。
店内がドッと沸いた。
観客に向かって、キュルケは一礼をした。
笑い者にされてしまった“貴族”たちは、一斉に立ち上がる。
「お嬢さん、冗談にしては過ぎますぞ」
「あら? あたしはいつだって本気よ。それに……最初に誘ったのはそちらじゃございませんこと?」
「我らは、酒を誘ったのです。“杖”ではない」
「フラれたからって負け惜しみを言う殿方とお酒を付き合うだなんて! 侮辱を焼き払う、“杖”なら付き合えますが?」
店内の空気が、ピキーンと固まる。
1人の士官が、決心した様子で口を開く。
「外国のお嬢さん、決闘禁止令はご存知か? 我らは陛下の禁令により、私闘を禁じられている。しかしながら貴女は外国人。ここで煮ようが焼こうが、“貴族”同士の合意なら誰にも裁けぬ。承知の上でのお言葉か?」
「“トリステイン”の“貴族” は口上が長いのね。“ゲルマニア”だったらとっくに勝負が着いてる時間よ」
ここまでナメられたような態度を取られては流石に引き退がることはできないだろう、士官たちは目配せし合った。それから帽子の鍔を掴み、1人の“貴族”が言い放った。
「お相手をお選びください。貴女にはその権利がある」
キュルケはそれでも顔色を変えない。しかし、その中では炎のような怒りが渦巻いている。キュルケは怒れば怒るほど、言葉が余裕を奏で、態度が冷静になって行く
「“ゲルマニア”の女は貴男方が仰る通り、好色ですの。ですから全員一遍に。それでよろしいわ」
キュルケのこの勇ましい言葉で、店内が拍手に沸いた。
士官たちは、この侮辱的な現状などに顔を真っ赤にして怒り狂った。
「我らは“貴族”であるが、軍人でもあるのです。掛かる侮辱、掛かる挑戦、女とて容赦はしませんぞ。参られい」
表へと、士官たちは顎を杓った。
ギーシュは、事の成り行きに震えてしまっている。
モンモランシーは、我関せずといった顔でワインを呑んでいる。
ルイズは、(あの馬鹿女ってばホントに余計な火種ばっか作るんだから)といたった風に厨房で頭を抱えている。
才人は例によって先ほどムシャクシャしたルイズの怒りの捌け口にされてしまい、理不尽にも散々に痛め付けられて気絶してしまっており、介入できずにいる。
シオンは、厨房から事の成り行きを見守り、いつでも出られるように伺っている。
そんな訳で、立ち上がったのはタバサであった。
「貴女は良いのよ。座ってて。直ぐ終わるから」
しかし、タバサは首を横に振る。
「なによ貴女? あたしじゃ無理だって言うの?」
「違う。でも、わたしが行く」
「貴女には関係ないじゃない」
キュルケがそう言うと、タバサは再び首を横に振った。
「借りがある」
「この前の“ラグドリアン”の一件? あれは良いのよ。あたしが好きでしたことなんだから」
「違う」
「え?」
タバサはそれから、ハッキリと呟いた。
「“1個借り”」
キュルケは、その言葉で想い出した。
「また、随分昔の話ね」
キュルケは微笑んだ。それから少しばかり考え込む。そして結局、この親友に任せることにした。
「どうした!? 怖じ気付かれたか!? 今なら謝れば、平に容赦しても構わぬぞ」
「その代わり、たっぷり酌をしてもらうがな!」
「酌で済めば良いが!」
士官たちは笑った。
キュルケは、タバサを指さした。
「ごめんあそばせ。この娘がお相手をして上げますわ」
「子供ではないか!? そこまで我らを愚弄するか!?」
「勘違いしないで頂きたいわ。この娘、あたし以上の使い手なのよ。なにせ彼女、“シュヴァリエ”の称号まで持ってるんだから」
士官たちは、まさか、といった顔付きになった。
タバサは何も喋らる事もなく、店の入り口へと向かった。
「貴男方の中に、“シュヴァリエ”の称号をお持ちになっている方はおられるの?」
士官たちは首を傾げた。
「なら相手にとって不足はないはず」
キュルケは、そう言うと、自分の役目は終わったと言わんばかりに椅子に腰かける。
引っ込みが付かなくなってしまった士官たちは、タバサに続いて表に出る。
「大丈夫なのかい?」
ギーシュが心配そうな表情と声色で、キュルケへと尋ねる。
対して、キュルケは優雅にワインなどを呑んでいる。
「あの娘ってば、つまらない約束を一々覚えてるんだから」
キュルケは、入り口を見遣り、嬉しそうに呟く。
外では、ほぼ10“メイル”の距離を隔て、タバサと士官たちが対峙している。
遠巻きに近所の住民がワクワクした面持ちで眺めている。
実際のところ、決闘禁止令が敷かれたといって、“貴族”たちが“杖”を抜くのを止めた訳ではない。このような決闘騒ぎは日常茶飯事である。
しかし……王軍の士官と思しき3人組の前に立っているのは、年端も行かぬ少女であるということが、そういった組み合わせが野次馬たちの興味を惹いた。
「諸君。相手は子供だ。これでは弱い者虐めと言われてしまうであろうな。勝っても負けても、我らの名誉は消え失せる。なんとしたモノか?」
キュルケに声をかけた“貴族”がそう言えば、「なれば、先に手を出させるが良かろう」と1番年嵩の“貴族”がそう答える。
それまで黙っていた男は、(“シュヴァリエ”? 冗談じゃない。あんな子供が“シュヴァリエ”の称号を得るなどと、そのようなことがある訳がない。子供と言えど“貴族”。詐称は放って置けない。詐称のみならず、王軍の士官に侮辱を加えるなど以ての外だ。沽券に関わるではないか)といった風に楽しげな調子で言った。
「ふん、子供に教育を行うのは、大人の役目であろう」
「お嬢さん、先に“杖”を抜きなさい」
年嵩の“貴族”が言った。
野次馬たちは固唾を呑んで見守る。
タバサはまるで、キュルケに身体を冷やす為の風を送るような、取留めもない日常的な動きで……“杖”を振った。
勝負は一瞬で決した。
戻って来たタバサを見て、店の客たちは驚きの呻きを漏らした。
外では大騒ぎになっていた。巨大な空気の槌――“エア・ハンマー”の一撃で、士官達が通り向こうまで吹き飛ばされ、気絶しているのだから。
1人の客が恐る恐るといった風に外を覗く。
1人の士官が息を吹き返し、残りの2人を抱え上げ、這々の体で逃げ出して行くところであった。
「あんた、小さいのに凄いな!」
店内が拍手に包まれたが、タバサは気にした風もなく本のページを捲る。
キュルケは満足そうにタバサの杯に、ワインを注ぐ。
「じゃあ、乾杯しましょ」
ギーシュが首を捻りながら、ギーシュに尋ねる。
「なあ、キュルケ……」
「なあに?」
「君たちは、一体どうしてそんなに仲が良いんだ? まるで姉妹のようじゃないか」
「気が合うのよ」
まるで正反対の2人である。
ギーシュは、(この2人は、入学早々さっきみたいな決闘騒ぎまで起こしたんだぞ?)と先ほど想い出したことを反芻する。
「君らってそんなに仲が良かったけか? いったい何があったんだい? 教えてくれよ」
モンモランシーも興味を惹かれたのだろう、身を乗り出す。
「なにがあったのよ? 教えなさいよ」
キュルケは、タバサの方を見る。
タバサは無言である。
がしかし、キュルケは首肯いた。
「この娘が話して良いって言うから、お話するわ。大した話じゃないけどね」
キュルケはワインが注がれた杯を手に取った。
クイッと呑み干し、トロンとした目でキュルケは語り始めた。
“トリステイン魔法学院”にキュルケが入学して来たのは、春の香りが漂う4番目の月である“フェオ”の月は第2週、“ヘイムダル”の週の半ばであった。
式は“アルヴィーズの食堂”で行われる。そこで、毎年90人ほどの入学者たちは3つのクラスに分けられるのであった。様々な地方から集まった“貴族”の子弟たちは、ちょっとした緊張の色を浮かべ、学院長のオスマンが現れるのを待っていた。
オスマンは教師たちを引き連れて中二階に現れ、生徒たちを睥睨した。
「生徒諸君、諸君らは、“トリステイン”……いやさ!」
オスマンは大仰な身振りで、とう! と中二階の柵から飛び降り、1階のテーブルに降り立とうとした。途中で“杖”を振り、“レビテーション”で華麗に着地しようとしたが思い切り失敗をした。年ゆえか、“詠唱”が間に合わず、見事テーブルに激突してみせたのである。
辺りは騒然となり、教師たちが駆け下り介抱した。
オスマンは、ヤバイと思わせる痙攣を起こしてしまっていたが、誰かが掛けた“水”の“魔法”でどうにかこうにか回復した。
オスマンは、悪怯れた様子も見せず立ち上がり、口を開いた。
「諸君! “ハルケギニア”の将来を担う有望な“貴族”たれ!」
立派な言葉であった。先ほどの出来事がなければ、だが。
その為、平静を装うオスマンを想い、皆拍手をした。
そんな中……居並ぶ“貴族”の中でも一際目立つ容姿を誇る赤髪の女の子がいた。“微熱”、の“二つ名”を持つキュルケである。彼女は大きな欠伸を1つ、噛ました。間抜けな学院長を見て、(留学は間違いだったかしら?)と思い始めていた。
しかし、“ゲルマニア”の首都“ヴィンドボナ”にある“魔法学院”を止めた彼女にとって……外国に留学をするしか、他に選択肢はなかったのである。“ツェルプストー”の領地に住む両親は、学校を辞めて家でブラブラしていたキュルケを、然る老公爵と結婚させようとしたのだ。結婚などはまだしたくなったキュルケは、逃げるようにして祖国を飛び出して来たのである。
彼女は己の情熱が赴くままに行動した。子供の頃から欲しいモノがあれば力尽くで奪って来たし、他人に文句を言われようモノなら、得意の“炎”で黙らせた。退学の原因となった、“ゲルマニア”で起こした事件も、そんな彼女の性格ゆえであったのだが……。持って生まれた性質はそう簡単に変わるモノでは当然なく、“トリステイン”でもその傍若無人さは遺憾なく発揮されているらしい。
さて、そんなキュルケの隣には、碧い髪の小さな女の子が座っていた。まるで美の女神のように完璧なプロポーションを誇るキュルケとは正反対の、子供のような身体付きをしている。というか実際未だ子供である。眼鏡の奥の碧眼にはあどけなさが残っている。その目を光らせて、入学式であるにも関わらず、熱心に本を読んでいる。
キュルケはなんとなく、その態度が癪に障ってしまった。勉強熱心な子供というのは、キュルケにとっては虐めの対象以外の何者でもないのだ。「なに読んでるの?」、と呟いて、ヒョイッと本を取り上げる。
本を取られた少女は感情の込もってない目で、キュルケを見つめた。
書いてある内容は、キュルケには難しくてサッパリのモノであった。
「なにこれ……“風の力が気象に与える影響とその効果”ですって? わっけ理解んない。貴女、こんな高度な“魔法”使えるの?」
青髪の少女は答えずに手を伸ばす。
「ねえ? 人にモノを頼む時は、名乗るのが礼儀よ。ご両親からそんなことも習わなかったの?」
モノを頼むも何も、取られた本を返せと意思表示をしているだけなのだが……その少女はしばし考えた後、「“タバサ”」と名乗った。
「なにそれ? “トリステイン”では変な名前を付けるのね!」
キュルケは笑い転げる。
クラス分けの説明を行っていた教師が、そんなキュルケを睨む。
全然気にした風もなく、キュルケは笑い続ける。
タバサは冷たい目でキュルケを見つめた。両親と……己が自分に課した“運命”の鎖ともいうべき名前を馬鹿にされたのである。
今現ならいざ知らず、その頃のキュルケには、タバサの目の色が変化したことに気付かなかった。
流石に見兼ねたのだろう、1人の桃色がかったブロンドの少女が立ち上がった。
「そこの貴女! 今、先生方が大事なお話されてるのよ! おだまりなさい!」
先ほどから、キュルケの傍若無人な態度に腹を据え兼ねていたのだろう。
「貴女誰?」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! あんたみたいな娘がいるなんて驚いちゃうわ!」
「ラ・ヴァリエール?」
嬉しそうにキュルケは、ルイズの顔を見つめた。
「よろしく。ちなみにあたしはキュルケ・フォン・ツェルプストー。お隣さんとお逢いできるなんて光栄だわ」
ルイズは、その言葉を聞くと震え出した。
「な、な、なんですってぇ?」
「よろしくね」
ニッコリとキュルケは微笑んだ。
そんな様子を震えながら見ていた1人の先生が、ツカツカと寄って来て、3人に怒鳴る。
「静かにしたまえ!」
キュルケは、「理解りました」と言って席に着く。
タバサは、ヒョイ、とキュルケの手から本をもぎ取るように取り返した。それから横目で、キュルケを見据える。そして、唇をギュッと噛み締めた。
1学年のクラスは3つに分かれている。“ソーン”、“イル”、“シゲル”、とそれぞれ伝説の聖者の名が振られた3つのクラスである。
キュルケとタバサは“ソーン”のクラス、ルイズとシオンは“イル”のクラスである。ギーシュとモンモランシーは“シゲル”のクラスに所属することになった。
さて……入学式早々騒いで目立ったキュルケは、クラスの女子から散々に嫌われてしまった。“ゲルマニア”女の特徴である野性的な魅力と、その大きな胸は如何ともしがたいフェロモンを発し、クラスの男の視線を独り占めにしてしまい、嫉妬深いことで有名な“トリステイン”の少女たちを、ヤキモキさせたのだ。
その性格もまた一因であった。“火の国”――“ゲルアニア”でさえ嫌われたキュルケの傍若無人っぷりは、慎み深い事が美徳とされる“トリステイン”人の神経を思いっ切り逆撫でしてしまったのである。
キュルケは入学早々に、3人の男子生徒に色仕掛けを使った。理由は2つあった。まず、その3人の男子生徒たちは、彼女の好み的にクラスの中では比較的マシな方だったこと。そして次の理由は、こちらの方が彼女的には重要だったのだが……そう。暇だったからだ。
1人目は、廊下で擦れ違い様に流し目を送った。
2人目は、転んだフリをして胸を押し付けた。
3人目は、わざと眼の前で足を組んだ。
これだけで3人はキュルケに交際を申し込んで来たのだ。
まるで役所の書記官が、運ばれて来た書類を整理するような感覚でキュルケはその交際の申込みを受けた。キュルケは何のフォローを入れる事もなく三股を掛けたこともあり、直ぐに3人の男子生徒たちの間で決闘騒ぎが持ち上がった。
怪我をしたり、火傷をしたりといった決闘の結果、3人目が勝利をした。
キュルケと付き合う権利を得た! と喜び勇んで勝利の報告を齎しに彼がやって来た時には……キュルケは、既に4人目を作っていた。
それぞれの男子生徒を慕う女子たちは、当然怒り狂った。恋人を奪われた女連合が結成され、キュルケの元に談判を行った。
その時5人目と6人目と、新たな三股を展開していたキュルケは、捨てられた女たちを見て鼻で笑った。
「貴女、いい加減にしなさいよね。何人恋人を作れば気が済む訳?」
「さあ? わからないわ」
机に腰かけたキュルケは、堂々とした態度で爪を磨きながら言った。
「ふざけないで!」
「だって、あたし何もしてないもの。勝手にあの人たちが、あたしに言いに来るのよ。“キュルケ、部屋でワインを呑まないか?”、“キュルケ、詩を作ったんだ、聞いてくれるかい?”」
キュルケは男の声音を真似して嘯いた。
「その度にあたし面倒だから答えるの。貴男たちのお国の言い方で“ウィ”ってね。綴りは合ってるかしら?」
そんなキュルケの態度に、当然女子生徒たちの嫉妬は最高潮に達してしまう。
「良いこと? ここは慎みと伝統が尊ばれる“トリステイン”よ。蛮族が治める貴女のお国とは違いますの。恋をするにもやり方と言うモノがございますわ。それが理解らぬ田舎者は、直ぐにお国に帰って頂きたいわ」
「そんなに自分の恋人が心配なら、部屋に閉じ込めて置けば良いじゃないの」
「なんですって?」
「あたし、不思議でしょうがないの。そんなに嫉妬の炎を燃やすなら、どうして恋人を引き留める努力をなさらないの? 好きなら褒めて上げなさいな。貴女たちってば、ツンと澄ましてばっかりで、殿方が喜ぶ言葉を1つもかけて上げないらしいじゃない」
「それは殿方のお仕事ですわ!」
「あたしは違うわ。欲しいモノは、キチンと褒めるわ。じゃないと自分が惨めになるモノ」
「馬鹿にしないで!」
「ま、安心して頂戴。あたし、欲しいモノは何だって奪う主義だけど、その人にとって1番大事なモノだけは避けて奪いませんの」
「嘘ばっかり! 私たちの恋人に汚い手を伸ばした癖に!」
キュルケは、ユックリと女たちを見回した
「だって1番じゃないのでしょ?」
「なんですって?」
「1番大事なモノだったら、こんな風に談判に来るなんて考えられませんもの。今頃あたしの首はこの肩の上に乗ってませんわね。違うかしら?」
嫉妬する女子生徒たちは、思わずといった風に黙ってしまう。
「……く」
「あたしもまだ死にたくないから、1番は奪いませんわ」
女子生徒たちはキュルケの迫力に圧され、顔を見合わせ始める。
「1番を奪う時は、こっちも命懸け。あたしの“系統”は“火”。“火”の本領は破壊と情熱。どうせなら命を燃やす情熱で、総てを壊してしまうような恋をしてみたいものね」
さて、そんな風に恋人を量産することはできても、友達1人作ることができないキュルケであったが、タバサの方もまた負けず劣らずであった。
なにせタバサは喋らないのだ。休み時間にも食事の時間にも、授業中も放課後も、寮の社交場でも、誰とも口を利こうとしないのだ。とにかく取り憑かれでもしたかのように黙々と……本を読み続けるのだ。誰かが話しかけても、タバサは基本無視をしてしまうのである。無視というよりかは、存在すら気付いていないんじゃないか? と相手に思わせてしまうほどである。
そんな訳なので、タバサはからかいの対象になった。なぜか本名さえ黙して言わない為に、どこぞの私生児だ、という噂までが流れてしまう始末だ。
そして決定的に反感を買われたのは、授業の時であった。
それまでただの本の虫であると思われていたタバサが、見事な“風”の使い手だという事を、生徒たちが初めて知ったのは、“風”の授業の初回であった。
“風”の講義を務める、教師のギトーは、開口一番、冷たい声でこう言った。
「今年の新入生は、不作だ」
中庭に集まった生徒達は、当然この言葉に不満の色を見せた。
「入学書類を見たら、ほとんどが“ドット・メイジ”ではないか。“ライン”がやっと数名。“トライアングル”に至っては皆無だ。どういうことだね?」
“ドット”や“ライン”というモノは足せる“系統”の数と実力を示す。“ドット”は1つの“系統”、“ライン”は2つの“系統”。同じ“系統”でも複数足せばより強力な“呪文”になる。
ギトーは、「君らにはなにも期待しないがこれも仕事だ」、と呟いて授業を開始した。内容は、“風”の基本といえる、“フライ”と“レビテーション”である。
しかし……ここでタバサが活躍をしてみせた。
タバサは誰よりも早く、高く“フライ”の“呪文”で飛んだのだ。それでも目立たぬようにと、大分と力をセーブしていたのだが、ギトーは首を捻った。
「“ドット”にしては中々やるではないか」
彼はタバサの実力を知らなかったこともあり、この発言も致仕方なかった。
諸事情あって、タバサの本名と実力を知る者は、ここ“トリステイン魔法学院”に於いては学院長のオスマン以外にはいない。その上、ギトーは留学生の書類には目も通していなかったのである。
とにかく、「クラスの1番若い少女に負けて悔しくないのかね?」、とギトーに言われ、生徒たちは憤慨した。
その結果、昼食後の球形の時間、1人の“貴族”の少年がタバサに試合を申し込んだのだ。
この場合の試合というのは、ほぼ決闘と同じモノであるといえるだろう。決闘とはいっても、この時代ほとんど人死などは出ない。止めを刺すのが“貴族”の作法、などと言われた頃もあったが、そのような豪傑英雄の時代は歴史の彼方に消えていたのだ。お互い致死性の低い“呪文”を唱え合い、傷の1つでも付いたらそこで勝負が決する。たまに腕の1本くらいは折れることもあるが、命のやり取りよりはマシである。相手の“杖”を手から落とさせるのが、優雅な勝ち方と言われていた。
タバサに決闘を申し込んだ少年は、ド・ロレーヌと言った。“風系統”の名門の家系である彼はわずか学年数名のエリート、“ライン・メイジ”であった。
そんな彼は、身元不明のタバサに。“フライ”の“呪文”で負けたことがどうにも我慢がならなかったらしい。日頃、“風”で自分の右に出る者はいない、と豪語していた所為もあり、なんとしてでもタバサをやり込めたかったのだ。
そして、ド・ロレーヌは中庭で本を読むタバサに近寄り、「ミス、貴女に“風”をご教授願いたいのだが」と試合を申し込んだ、という訳である。
タバサは、当然答えない。
そんなタバサの態度を前にして、ド・ロレーヌはカチンと来てしまった様子を見せる。
「人がモノを頼んでいるのだ。本を読みながら聞くとは、無礼ではないかね?」
タバサはそれでも答えない。頬に当たる微風のように、ド・ロレーヌの言葉を聞き流している。
「なるほど、やはり試合となるとどうにも勝手が違うようだ! そうだな、試合となれば、これはもう命のやりとりだからな! 授業で飛んだり跳ねたりするのとは訳が違う!」
タバサは本のページを捲った。ド・ロレーヌの侮辱の言葉など、この碧眼の少女には届いていない様子である。
「ふん!」
ド・ロレーヌは鼻を鳴らした。それから、唇の端に酷薄そうな笑みを浮かべ、口を開く。
「なるほど、君がどうやら私生児と言うのは本当のようだ。おそらく母の顔さえ知らんのだろう。そのような家柄の者に嫉妬すれば、僕の家名に傷が付く!」
そう言い残して立ち去ろうとした時、タバサはやっと立ち上がった。
今のキュルケが見れば気付くだろう。その感情の窺い難い碧眼の中……吹き荒ぶ冷たい雪風に。
「やる気になったのかね?」
タバサは本をベンチに置くと、つい、と開けた場所に向かった。
10“メイル”ほどの距離を置いて、タバサとド・ロレーヌは対峙した。
「君のような庶子に名乗る謂れはないのだが、これも作法だ。ヴィリエ・ド・ロレーヌ、謹んでお相手仕る」
しかし、タバサは名らない。
「この期に及んで名乗る名前がないとは憐れだね! 手心は加えんよ! いざ!」
そう怒鳴って、ド・ロレーヌは“ウィンド・ブレイク”の“呪文”を唱えた。一気に向こうまででタバサを吹き飛ばすつもりであろう。
タバサは身構えもせずに、自分を吹き飛ばそうとする烈風を待ち受ける。
ド・ロレーヌは、(なんだあれは?)、と“呪文”を唱える素振りすら見せぬ、タバサを見遣る。
彼が唱えた“ウィンド・ブレイク”は強力な“呪文”であり、対抗する“呪文”を唱える為にはそれなりの時間が必要となる。それであるにも関わらず……タバサは、己の身長より長い“杖”をお右手に握り締め、まるで呆けたように待ち受けるのみである。
ド・ロレーヌが、(試合などしたことがないゆえに戦いの駆け引きを知らぬのか、それとも一瞬で怖気付いたか……どっちにしろもう間に合わない。貰った!)と思い、勝ちを確信したその瞬間……。
タバサが、ツイッ、と、眼の前の蜘蛛の巣でも払うかのような何気ない仕草で“杖”を振る。たったの一言、“呪文”の“ルーン”を唱える。ただそれだけの動きと“ルーン”で、タバサは辺り一帯の空気の流れを支配してみせた。
最小限の空気の流れに従って、ド・ロレーヌの放った“ウィンド・ブレイク”は行き先を変え、その詠唱者を襲う。
ド・ロレーヌは己の放った烈風によって壁に叩き付けられてしまった。間髪入れずに、タバサは“呪文”を唱えた。
空気中の水蒸気が氷結し、無数の氷の矢となり、ド・ロレーヌを襲う。
「ひっ!?」
カンカンカンカンカンカンカンカン! と乾いた音がして、ド・ロレーヌのマントと服が壁に縫い付けられてしまう。
ド・ロレーヌは恐怖した。生まれて初めて圧倒的な“風”の力に恐怖したのだ。(“風”の“系統”は、これほどに強力だったのか!?)といった具合に。
身動きのできぬド・ロレーヌの前に、一際大きな氷の矢が飛んで行く。
「死ぬ! 救けて!」
ド・ロレーヌは思わず絶叫した。己の腕ほどもあろう太さの氷の矢は、ド・ロレーヌの眼前でピタリと停止した。そしてユックリと溶け出し……彼の眼の前に水溜りを作り上げる。
同時に、身体を壁に縫い付けていた氷の矢も溶け出した。
戒めの解けたド・ロレーヌは、ガタガタと震えた。足元に、氷の矢が作ったものではない別の水溜りが出来上がってしまう。己の股間から溢れた液体が作り上げた生暖かいその水溜りに、ド・ロレーヌは膝を突いてしまった。
“杖”を放り出し、「赦してくれ!」と、ド・ロレーヌは這い蹲って逃げ出した。眼の前に小さな足が見え、ひぃいいい! と喚いて後退る。
表情の変わらぬタバサが立って、ド・ロレーヌを見下ろしている。
「赦してくれ! 命だけは! し、試合なんてただの遊びじゃないか! 命のやり取りなんてそんな、大昔の事じゃないか!」
先ほど自分が言った言葉を否定するような台詞を、ド・ロレーヌは吐き出した。
タバサは、そんな彼に、グッ、と“杖”を突き出した。
「後生だ! なんでも言うことを利くから命だけは!」
タバサは手に持った小さな“杖”を指さして、短く言った。
「忘れ物」
それは、ド・ロレーヌが先ほど放り投げてしまった彼の“杖”であった。
さて、そんな風にクラスメイト達にさんざん恥を掻かせたキュルケとタバサであったが……どうにも収まりの着かなかったのは、キュルケに恋人を奪われた女子たちと、タバサにコテンパンにやられてしまったド・ロレーヌであった。
彼と彼女らは、コッソリと計画を練った。自分たちに恥を掻かせた2人を、赦すことができないのであった。
ド・ロレーヌは、女子生徒たちにとある作戦を提示してみせた。
彼の計画を聞いた女子たちは、「それは好いわ」と首肯いた。
自分たちが犯人であると気付かれずに、憎っくき2人を纏めて掃除できるかもしれないだろう計画であったからだ。
新入生歓迎の舞踏会が行われたのは、“
テーブルの上には新入生たちの胃袋を歓迎する為の美味珍味が並び、着飾った上級生たちが、下級生の誰にタンスの申し込みをするのかを相談し合っている。
この日の人気は、なんといっても“ゲルマニア”からの留学生、キュルケであった。社交に慣れぬ新入生は、ドレスの着熟しもダンスも未だ下手であり、上級生の相手を務めるには問題があったが、“ゲルマニア”の社交界をいろいろな意味で賑わしていたこの新入生は一味違うのである。ふんだんに色気を発し、匂い立つ花のような美貌を誇っている。上級生たちの話題は誰がこの新入生をダンスに誘うのか、それで持ち切りになっていた。
そういった事もあり、キュルケが胸の大きさを殊更に強調する黒の際どいパーティドレスに身に包み、髪を街で流行りの形に結い上げ、情熱の赤いルビーのネックレスを首に巻いて現れた時、会合上の紳士たちから感嘆の溜息が漏れた。溜息はうねりのように響き、一瞬でキュルケは会場の注目を一身に集めたのだ。
会場の女子生徒たちは、そんなキュルケの姿を見て思わずといった風に目を逸らしてしまう。そして、口々にドレスや髪型に難癖を付け始めるのだ。外国の女に注目を奪われたのが、物凄く悔しかったのである。
キュルケの周りには上級生の男子生徒たちが群がり、盛んにダンスを申し込んだ。
キュルケは満足そうに目を細め、まるで女王のように振る舞ってみせた。
キュルケが杯を握れば、誰かが隙かさずワインを注ぎ足す。キュルケがチーズを頬張れば、誰かが肉の乗った皿を運んで来る。キュルケが何か冗談を言えば、隙かさず全員が笑い転げるのだ。キュルケの一挙一投足に、会場は注目した。
音楽が奏でられ始め、キュルケは1人の“貴族”をダンスの相手に選んだ。長身の、美形の2年生である。まるで彫刻のような笑みを浮かべるその美男子は、キュルケの差し出した手の甲に唇を押し付けた。
この2人が本日の主役であることは、誰の目にも明らかであった。
その様子を遠くのテーブルから一段と冷ややかな目付きで眺めるグループがあった。例の復讐グループの少女たちである。その2年生に憧れていた1人の女子が、ハンカチを噛み締めて悔しげに髪を揺らす。
「まぁ~~~なんなのかしら!? ペリッソン様にあんなに近付いちゃって……」
復讐グループのリーダー格、トネー・シャラントが、灰色の髪を掻き上げながら呟く。
「見てらっしゃいな。今、赤っ恥を掻かせて上げるから……」
そして彼女は、カーテンの陰に隠れたド・ロレーヌに合図を送った。
彼はホールの隅っこのカーテンの裏に隠れ、ずっとこの時を待っていたのであった。
打ち合わせ通りに“呪文”を唱え、スッとキュルケに向かって“杖”を突き出した。
美形の2年生に腕を添え、ホールの中心へと向かうキュルケの身体に、小さな旋風が纏わり付いた。
「なにかしら?」
呟く間もなく、旋風は唸りを上げキュルケのドレスに絡み付き始めた。
「ん? ありゃ?」
小さな無数の風の刃、キュルケのドレスも下着も全て一緒くたに切り裂いてみせた。
「きゃあああああ!?」
そう悲鳴を上げたのは、キュルケではなく近くにいた女子生徒であった。
キュルケは靴以外、生まれたままの姿になって、会場のど真ん中に立ち尽くしてしまう。
キュルケをエスコートしていた2年生は鼻血を噴出させて倒れてしまう。
会場にいた紳士たちは、教師も含めてキュルケを喰い入るように見つめた。
キュルケに対して良い印象を持ってなかった淑女たちのほとんどは、この突然めいたハプニングに悲しげな溜息をも漏らしたが、(好い様だわ!)と内心微笑んだ。
しかし……キュルケはこの不幸な出来事に取り乱したところも見せる事なく、大した女王っぷりを発揮して見せた。
浅黒い、野性的な魅力を放つ身体を隠そうともせずに堂々と壁際に向かい、そこに置かれているソファへと腰掛ける。
そして遠巻きに生徒たちが見守る中、脚を組み、「涼しくなったわね」と感想を呟く。
そこに犯人であるド・ロレーヌが悪怯れた様子を見せずに近付き、「災難だったね」と言いながら、自分の上着をキュルケに掛けてやった。
「いったい誰が、こ、こんなことを……?」
キュルケの見事な肢体から顔を逸して、ド・ロレーヌは言った。思わず、彼の頬が染まる。
「だいたい見当は付くわ」
顔を見合わせ、クスクスと嘲笑いながらキュルケを見やる女子の一団を、彼女は見つめた。
ド・ロレーヌはキュルケの耳に口を近付けた。
「あの……カーテンの陰に犯人らしき影を見かけたんだが……」
キュルケは疑わしげにド・ロレーヌを見つめる。
「ふーん。ほんと?」
「ああ。それを言ったら、僕とデートをしてくれるかい?」
ド・ロレーヌは、打ち合わせ通りの言葉を口にした。「そう言えば、キュルケは疑わずに信じるはずだ」、とトネー・シャラントに言い含められていたのだった。
キュルケはド・ロレーヌの顔を見つめた。
ド・ロレーヌの顔は、生真面目そうな顔をしている。勉強や“魔法”には自信があるが、色事にはからっきしといった手合である。さらには、密かにキュルケに憧れている、と彼女に認識させた。キュルケは、ニヤッと笑った。(なぁんだ、こいつもただのあたしの信奉者なのね)、とナメた。自惚れの激しい者は、真実を見る眼が曇ってしまうことが多いのだ。
「良いわ。言ってごらんなさい」
ド・ロレーヌは、小さな声で言った。
「……小さな女の子だった。君の方を見て、“杖”を振ったから間違いないと思う」
「誰だったの?」
「顔が良く見えなかった」
ド・ロレーヌは恥ずかしそうに付け加えた。
「ほら、その後、ドレスが布切れになってしまった君に注意が逸れたもんだから。あいつの仕業か? と思って振り向いたら、もうその場にはいなかった」
「ふーん。なにか証拠でもおありになるの?」
ド・ロレーヌはポケットから1本の髪の毛を取り出した。青みがかった色をしている。
「珍しい髪の色ね」
「こんな色した髪の持ち主、そうそういるって訳じゃないよね?」
ド・ロレーヌは首肯いた。
「ありがとう。なんとなく心当たりがあるわ」
キュルケはそう呟いて、会場を見回す。そして……眼鏡を掛けた小さな少女に目を留め、(あの娘、確か、“タバサ”といったかしら?)と思い出し、同時に(隣に立っているド・ロレーヌは、彼女と決闘騒ぎを起こさなかったか?)と疑問を抱く。だが、そういう事には興味が持てないので、小耳に挟んだだけではあるのだが。
「貴男、あの娘と決闘しなかった?」
ド・ロレーヌは、「ああ」、と首肯く。
「恥ずかしいけど、コテンパンにやられたよ」
「みたいね。決闘の理由は?」
「僕に無礼な態度を取ったもんだから、母親の顔が見たい、言ってやったんだ。ほらあいつ、変な名前をしてるだろ? きっと、卑しい生まれを隠してるのさ」
ド・ロレーヌは、「そう言ったら逆上したよ。不意を突かれてしまってね」と嘘を吐いた。
キュルケは、首を傾げる。そして、(入学式の時散々からかったけど、理由はそれかしらね? 自分もあの娘の名をからかったっけ)と思った。
キュルケは目を細めて冷酷な笑みを浮かべ、タバサを見つめた
ド・ロレーヌは、自分の計画が上手く行きそうなのを見て取り、心の中で北叟笑んだ。
名前を馬鹿にされたことでタバサは恨みを抱き、それで自分に復讐したと、キュルケはキッチリ思い込んだのである。
ド・ロレーヌにこの案を授けたトネー・シャラントは、タバサとキュルケの入学式でのやり取りを覚えていて、今回の計画に利用したのであった。
翌日の朝……。
キュルケは教室に入ると、タバサの隣に腰かけた。
タバサはジッと、本を読んでいた。
キュルケはその本を取り上げる。
「貴女……割と粋な復讐を考えるのね」
タバサは答えない。
「そんなに、名前を馬鹿にされたことが赦せなかったの?」
タバサは首を傾げ、キュルケを見つめる。
キュルケはドレスの切れっ端を、タバサに放った。
「高かったのよ」
タバサはその布を指で摘み、見つめる。
「あたし、貴女にも同じように恥を掻いて頂きたいのだけど、よろしくて?」
訳が理解らない、というようにタバサは首を振る。
「恍けないでちょうだい。貴女、“風”が得意なんでしょう? あたし、“風”って嫌いだったけど、ますます嫌いになったわ。貴女みたいに、コッソリ陰から飛ばす旋風の厭らしさったら、ないわね」
「わたしじゃない」
タバサはそこでようやく、口を開いた。
「この期に及んで恍ける気?」
キュルケの赤髪がざわめく。余裕の笑みを浮かべ、落ち着き払った声でキュルケは言った。
「なら覚えてらっしゃい。そのうちキチンと思い出させて上げるから」
そして立ち上がり、キュルケは自分の席へと向かう。
そんな様子を、コッソリと教室の隅で盗み聞きしていたトネー・シャラントとド・ロレーヌは顔を見合わせ、コッソリと微笑んだ。
直ぐに第二次の計画が実行に移された。
その日の放課後、タバサが自室に戻ると、そこは惨状を呈していたのだ。焦げ臭い臭が立ち籠め、タバサの唯一の友といって良い書籍が並んだ本棚が無残に焼け焦げていたのだ。
タバサは焼け残った本を手に取る。パラパラと灰に成ったページが舞い落ちる。
タバサはキュッと唇を噛み締めた。感情の窺い辛い瞳が、辺りを見回す。ベッドの上に落ちている、1本の長い髪の毛に気付く。拾い上げ、部屋に置かれたカンテラの灯りに透かす。
赤く髪の毛は光った。
タバサの紺碧の瞳の中、雪風が、冷たく強く吹き始めた。
夜更けに、キュルケの部屋の扉がノックされた。
“学院”中の生徒や教師にただで肢体の鑑賞を提供した事について、激しい怒りを燃やしていたキュルケはドアの向こうの人物に向かって尋ねた。
「誰?」
「わたし」
タバサの声であった。
キュルケの唇の端っこが、猛烈な勢いで吊り上がった。外では決して見せることのない残酷な笑みを浮かべた後、キュルケはドアを開けた。
大きな“杖”を握ったタバサが立っている。
「やる気になったのかしら?」
自分の胸ほどの高さしかない身長の少女を見下ろして、キュルケは尋ねた。
タバサは答えない。ただ、ジッ、とキュルケを冷たい目で見据えた。その目の光がキュルケの問いを静かに肯定している。
キュルケは再び口を開き、「場所は?」と尋ねる。
「どこでも」
「時間は?」
「今直ぐ」
「大変結構」
キュルケは“杖”を握ると、先に立って歩き出した。
昼間でもあまり人の来ない“ヴェストリの広場”の中、キュルケとタバサは向き直った。
月明かりだけが、2人を見守る観客のようである。
しかし……他にもこっそり茂みや塔の陰に観客が忍んでいた。ド・ロレーヌや、昼間こっそりとタバサの部屋に忍び込み本棚を燃やし尽くしたトネー・シャラントを代表とする復讐グループの女子たちである。
彼と彼女らは、自分たちの計画が成功したことを喜び、最後の詰めを見届けるべく、こっそりとタバサの跡を着けたのであった。
闇がシットリ春の夜気分を包む。
キュルケは“杖”を眼の前に掲げた。
「取り敢えず謝罪を申し上げるわ。貴女の名前をからかったこと……悪気はなかったの。ほらあたし、こんな性格じゃない? ついつい人の神経逆撫でしてしまうようで」
タバサはいつでも“呪文”を“詠唱”できるよう、大きな“杖”をスッと下げた。
「でも、あそこまで恥を掻かされるとは思わなかったわ。だから遠慮はしませんことよ」
しかしキュルケは、タバサの小ささに気付く。(怒りに震えたとはいえ、こんな年端の行かない少女を嬲り者にして良いものだろうか?)といった疑問が少しばかり彼女の中に浮かび上がる。
「貴女、あたしをただの色惚けと思って、腕前を勘違いしてないでしょうね? あたしは“ゲルマニア”のフォン・ツェルプストー。ご存知?」
タバサは首肯いた。
「なら、その戦場での噂を知ってるわね。あたしの家系は炎のように陽気だけど、それだけじゃなくってよ。あたしたち、陽気に焼き尽くすの。敵だけじゃなくって……時には聞き分けの悪い味方もね」
タバサは、ジッ、とキュルケを見つめた。「それがどうした?」、と言わんばかりの態度だ。
「あたしの1番の自慢はこの身体に流れるそのツェルプストーの炎。だから眼の前に立ちはだかるモノはなんでも燃やし尽くすわ。例え王さまだろうが、子供だろうが、ね」
タバサは“呪文”を“詠唱”し始めた。キュルケの脅しの言葉は、何の効果もタバサには与えなかったようである。
「警告したわよ」
キュルケは“杖”を振った。軍人としての教育も存分に受けている。本気になった時の“詠唱”は、誰よりも速いといった自負が彼女にはあった。
“杖”の先端から、遠慮のない大きさと威力の炎の球が現れ、タバサへと向かって飛ぶ。
タバサは咄嗟に“呪文”を変え、氷の壁を眼の前に作り上げた。
分厚い氷の壁は、キュルケの炎球を受け止め……溶け落ちる。しかし、完璧には止められずにタバサの髪を焦がした。
後ろに跳び退り、タバサは攻撃に転じた。空気中の水を氷結させ、四方八方から氷の矢を飛ばす。
ド・ロレーヌを壁に縫い付けた時の3倍にも及ぶ矢数がキュルケを襲う。
キュルケは“杖”を振った。
炎が、キュルケの身体の周りを回転し、氷の刃に巻き付き、溶かし尽くす。しかし、溶かし切れなかった1本が頬を掠めた。
ツイッ、とキュルケの頬に血が流れる。
しかし……攻撃はそこまでであった。キュルケも、タバサも。
2人は“杖”を下ろした。そして、お互いを見つめ合う。
キュルケは頬を垂れる血を、ペロッと舌で舐め上げる。
タバサも、焼け焦げた髪を手で確かめる。
茂みの中に隠れたド・ロレーヌが、隣で息を潜めるトネー・シャラントに尋ねる。
「……どうしたんだ? もう終わりか?」
「……私にわかる訳ないじゃない、ったく、早いとこ再開しなさいよ。勝負はまだ着いてないじゃない」
ド・ロレーヌとトネー・シャラントには、どうして1回ずつ攻撃を繰り出しただけで、タバサとキュルケが戦いを止めたのか、理由が理解らなかった。
キュルケは、唇をへの字に曲げて言った。
「参っちゃったな……勘違いみたいね」
その恍けた台詞に、ド・ロレーヌたちは、(今はそんな暢気な事を言ってる場合じゃないだろう? 命のやり取りをしていたはずじゃないのか?)とますます混乱する
タバサもキュルケと同意見だったらしく、首肯いた。
それからキュルケに近付き、焼け焦げた本を差し出した。
キュルケはそれを確かめ、首を横に振った。
「あたしじゃないわよ」
タバサはキュルケを見上げた。
キュルケはニッコリと笑うと、その肩を叩いた。
「嫌ね、あたしは欲しいモノは奪うけど、その人にとって1番大事なモノは奪わない主義よ」
タバサが口を開いた。
「どうして?」
「だって、命のやり取りになるじゃない。そんなの、面倒じゃない」
陽気にキュルケは笑った。
連られた様子で、タバサも軽く微笑んだ。
気付いたように、キュルケが言った。
「貴女、そうしてた方が可愛いわ」
キュルケは“杖”を掲げる。彼女の“杖”の先端から花火のように小さな炎の球が何個も打ち上がり、辺りを真昼のように照らした。
その明かりの中に、暗がりに潜んでいるド・ロレーヌ達たちの姿が浮かび上がる。
「ひ!? ひぃいいいいいいい!?」
「なにしてんの? あんた達?」
「い、いや! ちょっと散歩などを!」
「散歩は後にして、そうね。恥を掻かせてくれたお礼をさせて頂きたいわ」
逃げ出そうとする女子たちやド・ロレーヌの足に、タバサの風のロープが絡み付く。
倒れたド・ロレーヌに、キュルケは近付いた。
「ど、ど、ど、どど、どうして!?」
「どうしてバレたのかって、仰りたいの?」
ド・ロレーヌは痙攣するようにして首肯いた。
「あのね? “強者は強者を知る”って言葉はご存知? あたしたち“トライアングル・クラス”になれば、自分に掛けられた“呪文”の程度はわかっちゃうの。ホールであたしのドレスを切り裂いてくれた旋風と、さっきのこの娘の氷の矢、同じ“風”でも纏う オーラが違ってよ?」
「ひ! ひ! ひぃいいい!」
“トライアングル”と聞いて、転ばされた全員が震え上がる。
「お互い“トライアングル”ってことにあたしもタバサも気付いたから、“杖”を収めたって訳。あたしの炎で燃やしたら、原型を留めた本なんか残る訳ないじゃないの。覚えて置いてね? あたしの“火”は、全てを燃やし尽くすのよ」
ド・ロレーヌたちは立ち上がると逃げ出した。
タバサが“呪文”を唱えようとするのを、キュルケは押し留めた。
「あたしに任せて」
タバサは首を振る。
「本くらいなによ。あたしが本の代わりに友達になったげるわよ。でもあたしが掻いた恥は……代わりになるモノが見付からないわ。貴女の仇も、纏めて討って上げるから、見てなさい」
タバサの心の中に、温かい何かが生まれた。「友達になって上げる」。そんな風に言われたのは……名前を捨ててから、初めてのことであったのだ。その言葉が……“タバサ”の、自分の心に吹き荒ぶ雪風をわずかに溶かしたような、そんな気にさせたのだ。
タバサは首肯いた。
「“1個借り”」
小さくはにかんだ調子で、タバサは呟く。どことなく嬉しい響きが混じる。何かを借りられる関係の人間が出来た、その事が、なぜかとても嬉しかったのである。
「ええ、賃しとくわ。そのうちに返してね」
キュルケは落ち着いた声で、余裕の態度で“呪文”を“詠唱”し始めた。
逃げ惑うド・ロレーヌたちに向かって、炎の球が飛ぶ。
踊るような仕草で、楽しげに歌うような声で、炎の女王は次々と火炎を飛ばす。
キュルケは怒れば怒るほど、声が落ち着き、態度は余裕を奏でるのであった。
話を聞き終わったモンモランシーが呆れたように言った。
「ド・ロレーヌや、トネー・シャラントたちが、髪と服を燃やされて塔から逆さ吊りになってたあの事件はあんたの仕業だったのね」
「そうよ」
キュルケは愉しそうに首肯いた。
翌日の朝、救出された時、ド・ロレーヌたちは、「自分たちが勝手にぶら下がった」と言い張った。そういったこともあり、その事件の真相は誰も知らなかった。余程、キュルケに脅迫でもされたのだろう。
ギーシュは大きく首肯いた。
「つまり、さっきタバサが“1個借り”と言って引き受けたのは……そん時君がタバサの分の仇も、纏めて討ったからなんだな?」
「そうよ」
給仕をしていたルイズとシオンや、眼が覚めた後に皿を洗っていた才人もいつの間にやらテーブルの輪に加わり、話に聞き入っていた。
キャミソール姿のルイズが呆れた声で言った。
「でも、そん時あんたは、自分がド・ロレーヌたちを痛め付けたくって、勝手にタバサの分まで横取りしたんでしょ? そんなの賃しでもなんでもないじゃないの」
「そうとも言うわね」
「君は非道い女だな」
ギーシュがせつない声で言った。
「あたしってばきっと……」
「きっと、なんだね?」
「すっごい我儘なのかも、しれないわね」
首を振って、悩ましげにキュルケが呟く。
一同は、(こいつ、気付いてなかったのか?)と深い溜息を吐いた。
「あんた、こんな女の代わりに決闘なんかする事ないじゃない。話聞くと、それってルイズの言う通り。借りでなんでもないわよ」
モンモランシーが、本を読んでいるタバサに言った。
タバサは、違う、と心の中で首を振る。あの時キュルケが討った自分の分の仇が、キュルケが自分に賃したモノではないのだから。「あたしが友達になったげる」、といったタバサがキュルケに借りたのはその言葉だ。自分が代わりに立ち上がったのである。友情の証明として。借りたモノは、返さなくてはいけないのだから。
だが、タバサはそんな説明を一々しない。ただ、短く首肯いた。
「ふぁあああああああ」
キュルケは大きく欠伸をした。
「呑んで喋ったら、眠くなっちゃったわ」
「そう。なら、帰りなさい」
冷たい声でルイズが言う。
「面倒だから泊まるわ」
「お金は?」
「ご馳走さま」
「ふざけないで! あんたどれだけ飲み食いしたと思ってるのよ!?」
「“学院”の皆にバラすわよ」
そんなキュルケの言葉に、ルイズは黙って俯いてしまう。
「私が、代わりに支払うわ」
シオンの言葉に満足した様子を見せたキュルケは、タバサを促すと、立ち上がり、2階へと消えて行く。
テーブルにはモンモランシーとギーシュと才人とルイズとシオンが残された。
「あああ、あの女。いいい、いつか絶対殺してやるんだから……」
ワナワナとルイズが震えており、それをシオンがなだめようと試みる。
ギーシュはモンモランシーの服の裾を摘んだ。
「なによ?」
「きょ、今日はここに泊まろうか?」
「……良いけど、ベッドは2つよ」
「あんた達は払いなさいよね」
ギロッ、とルイズが睨む。
「いや、金がなくて……ま、あの2人のついでじゃないか」
「ふざけないで!」
そうルイズが怒鳴った時、才人は以前、この2人に金を貸してそれっ切りであったことを思い出した。“惚れ薬”の解除薬を造るのに必要であった為に、確か500“エキュー”ほど渡したはずであった。その金はまだ、返済されていない。
「おいギーシュ」
「なんだね?」
「お前たちに金渡したよな? あれ返せ」
ギーシュとモンモランシーは困ったように顔を見合わせた。
才人の背中に、冷や汗が流れる。
「おい……まさか使ったとか言わないよな?」
「いや……違うんだ。その……」
「なにが違うんだ?」
「あのね? ちょっとね、“ポーション”を造るのに必要に駆られて……」
モンモランシーが、愛想笑いを浮かべた。
「使っちまったのかよ!?」
「そのうち返すわよ!」
「そのうちっていつだよ!? この貧乏“貴族”が!」
「誰が貧乏よ!」
さて、そんな風に醜く掴み合いになろうとした時……。
店の中に、先ほどタバサに吹っ飛ばされた“貴族”たちが顔を見せた。
ギーシュとモンモランシーに気付き、近寄って来る。
「なんだあんたたち?」
才人が言った。
ギーシュとモンモランシーは、ギョッ、として震え始めた。
年嵩の“貴族”が口を開いた。
「先ほどのレディたちはどこに行かれた?」
「う、上で寝てます」
モンモランシーが震えながら答えた。
士官たちは顔を見合わせた。
「逃げられたか」
「そのようだね」
「な、なんの用ですか?」
ギーシュが尋ねる。
ニッコリと“貴族”は笑みを浮かべた。
「いやなに、是非とも我ら、先ほどのお礼を申し上げたいと思ってな。しかし、我らだけでは十分なお礼ができそうにないので、ほら、このように1個中隊引っ張って来た」
ギョッ、として、一同は外を見つめる。何百人もの兵隊が並んでいる為、椅子から転げ落ちそうになる。
「かしらぁ~~~~~~~~! 右!」
先頭に立った士官が大声で号令を掛けると、ガシャン! と響きを立てて武器を持った兵隊たちが整列する。
「ただいま、あいつらを呼んで来ます!」
ギーシュが立ち上がり、2階へと消えようとする。
「いやいや、逃げられては困りますぞ。なに、お礼を述べるのはお仲間でも構いません。仇を討ち、討たれるのはこれ、友人の権利であり、義務ですからな」
シオン達は慌てて逃げ出そうとした。しかし、呆気なく士官たちに捕まり、ズルズルと5人は外にやっぱり出される。
「貴方たちには相当な使い手なのでしょうな! なにせあのレディのご友人なのだから! ご遠慮なさらずに、せいぜい暴れて頂きたい!」
「助けて! 友人じゃないから!」
「お客さま、申し訳ございませんが、これ以上問題を起こすようでありましたら、今後、ご店来の方をお断りさせて頂くことになりますが?」
見兼ねた俺はスカロンに顔を向ける。
「なんだね君は?」
「セイヴァー?」
スカロンが首肯いてくれた為、俺は外へと出て、1個中隊で来た“貴族”たちへと声を掛けた。
地獄に仏といった様子で、5人が俺へと期待の目を向けて来る。
「彼らの様子を見る限り、君もあのレディのご友人かな?」
「ええ、そうなりますかね」
1人の士官の確認に、俺は首肯く。
すると、“貴族”たちは好戦的な視線を向けて来る。
「では、君にも参加して頂こうか」
「それは構いませんが、先ほどの言葉に嘘偽りはございませんよ。それに」
「それに、なんだね?」
「“負けたことが悔しい、貴族としてのプライドが、陛下に申し訳が立たない”などと思っているのでしょうが、それは違うと思いますがね」
「ふむ、それはどういう意味かな? 言ってみたまえ」
「では、僭越ながら……大人気ない、実に大人気ない。この行為自体が陛下の評価を下げる事になぜ気付かない?」
「よろしい、結構だ。では、始めよう」
俺の言葉が、どうやら気に障ったらしく、“ナヴァール連隊”は“魔法”による攻撃を開始して来た。
2時間後……。
結局呑み足りなくて店に下りて来たキュルケは、ボロボロになってテーブルに突っ伏しているルイズとシオンとモンモランシーとギーシュと才人を見付けた。
一同は兵隊にボコられ、半分死んでいるといっても良い状態だ。
ルイズは先日“エクスプロージョン”を使いまくったこともあって、既に“精神力”が切れていた。
才人は例によって、デルフリンガーを屋根裏部屋に置きっ放しにしていた為に、何もできなかった。
ギーシュは何もできず、2秒でやられてしまった。
モンモランシーは戦いが嫌いだったので中立宣言をしたが、認められずにやられてしまった。
キュルケは何があったのか理解らずに、頭を掻いた。
「貴方たち、なにがあったの?」
外からまだ爆音が響き聞こえる中で、テーブルに突っ伏した一同が恨めしげな声で答えた。
「“1個賃し”」