「旅ってワクワクしますわね!」
シエスタは、そう叫んで才人の腕に大きめの胸を押し付けた。
「ワクワクと言うより、ムニムニ、ですね」
激しく湯だった頭で、才人が相槌を打った。
さて、ここは馬車の中である。小さな座席に才人とシエスタは並んで座っていた。
シエスタの格好は草色のワンピースに編み上げのブーツ。そして小さな麦藁帽子といった、ちょっとしたよそ行きの格好である。黒髪清楚のシエスタがそういった格好でいると、正味の話可愛らしいという印象を覚える。
それは当然、才人も感じており、(て、てめこの)、とそんな具合な様子を見せている。
更にシエスタは、清楚な雰囲気を撒き散らしている上に大胆であるのだ。才人と並んで座れば、腕を絡ませて激しく胸を彼へと押し付けていくのである。
才人が「シシシ、シエスタ、そんなに引っ付いたら、たら、腕に胸とか、とか、当たってるんですけど、むにって、当たって、るんですけど」と半泣きになって言えば、「あ、わざとですから」とまったく屈託のない笑顔でシエスタは答えるのである。
「そ、そんな、わざとって、その……人がいる所でそんな、ねえ、君……」
止めてとは言えない才人は、自分の良心を宥める為に、形ばかりの抗議をした。
「御者さんなら大丈夫です。あれ“ゴーレム”ですって」
御者台に腰掛けている若い男は、“魔法”の力で動く“
言われて見れば目がガラス玉のような光を放っているのだ。従ってシエスタは更に大胆さを加速させた。
才人の肩に頬を乗せて耳を口に近付け、吐息混じりに声を送った。
「……こうやって2人っ切りになるのなんて、久し振りですね」
「そ、そうだね」
「いつか訊こうと思ってたんですけど、夏休みの間、ミス・ヴァリエールさんとミス・エルディさん、セイヴァーさんと何をしていたの?」
シエスタからのその質問に、才人は答える事ができなかった。アンリエッタに頼まれら御忍びの任務であるだなどとは、当然言える筈もない。ほとんど皿洗いをしていただけではあるのだが、秘密であるのだから。
「え、えっと、その……俺とセイヴァーは酒場で働いてた。ルイズとシオンは、御城に務めてたから……何をしてたかはわかんないけど」
と、才人はルイズとシオンに関しては嘘を吐いた。いや、誤魔化しが入ってはいるが嘘ではない為、言っても大丈夫だと判断したのだ。
「まあ! 酒場で! 才人さんとセイヴァーさんが! また、どうして?」
「い、いやその、お金がなくって……」
「そんな、お金のことならわたしに言って下されば良かったのに!」
「シエスタが?」
「はい、そんなには有りませんけど、コツコツとお金を貯めてますから」
流石は堅実な村娘だといえるだろう。無駄遣いなどをせずに、キッチリと倹約をしているようである。
才人はそんなシエスタの嬉しい申し出に嬉しくなった様子を見せた。
「大丈夫だよ! なんとかなったから!」
「ホントですか? でも、入用な時には遠慮なさらずに言って下さいね」
これほどまでに健気な少女が、爪に火を灯すようにして貯めたわずかなお金を借りる事ができるはずもない。
「シエスタからお金なんか借りられねえよ!」
「まあどうして!? わたし、サイトさんの為なら、お金なんか全然平気ですわ!」
シエスタは、ガックリと肩を落とした。
「あ、そっか。わたしのお金なんか使う気になれないと仰るんですね……」
「なんでそうなんだよ!?」
「きっと、わたしのこと嫌いなんだわ」
「そ、そんなことないよ!」
「ほんと? だってサイトさん冷たいんですもの」
「俺が? どうして?」
「だって、隣にいるのに、何もしてこないんだもの」
「えっと、お金の事だけど、やっぱり俺は男だし、自分でしっかり稼いで貯めたいって言うか」
才人がそういった風にあたふたとする内に、シエスタは、ん……と呟き彼の首筋に唇を押し付けた。
柔らかい蕩けてしまいそうな感触に、才人は驚愕した。
シエスタの唇は項を伝い、耳朶を噛む。
脳髄がチリチリに焼き付くかのような感覚を味わい、空気が固く冷えていくように感じ、席図に焼け火箸を突っ込まれたようにして、びん! と背筋を伸ばし、震える声で、「シ、シ、シエスタ……」、と才人が呟いたその瞬間―――――。
2人が乗っている馬車の屋根が吹き飛んだ。
吹き飛んだ、というより、中に爆薬を仕込まれでもしていたかのようにして粉々に爆発をした、といった感じであった。とにかく、才人とシエスタの2人が乗る馬車は屋根付きから、オープントップへと変貌してしまったのである。
才人はガタガタと震えながら、後ろを振り返える。
そこには、才人たちが乗ったモノより一回り大きい、2頭立ての立派なブルームスタイルの馬車が疾走っていた。
その馬車から、なにやらドス黒いオーラが立ち上っているかのように感じ、才人は怯えた。激しく怯えた。(たぶん目的地に到着したら、俺は死んでしまうんじゃないか)、と死の恐怖を覚えさせるほどのオーラを立派な馬車は発しているのだ。
シエスタは、「わあわあ!? 天井がぁ~~~~~~~~!?」、と絶叫しながら才人へと抱き着く。
「シ、シエスタ……」
「なな、なんでしょう!?」
「死にたくなかったら、離れた方が良い」
才人がそう言ったら、シエスタは妙な覚悟を決めた様子を見せた。そして、ガバッと才人へと抱き着いて「事情は良くわかりませんけど! 本望です!」、と喚いて彼を押し倒す。
そんな熱情に感動する一方で、(ああ、これで人生終わった。想えば短かった。最期にせめて日本の土を踏みたかった)、などと才人の脳裏に走馬灯のように色々な想いが渦巻いた。
さて、才人たちの後ろを疾走する、そんな立派な馬車の窓からは……。
ルイズが首を突き出して茶色の年代モノの“杖”を構え、呼吸を荒くしてワナワナと震えていた。
才人たちが乗っている馬車の屋根は、ルイズが“虚無”の“魔法”の1つである“エクスプロージョン”で吹き飛ばしたのであった。
後ろの窓から、中の様子は丸見えであったのだ。
シエスタと才人が馬車の中で抱き合ったり、顔を近付け合ったり、首筋にキスしたりなどをしている間、ルイズは馬車の中で震えながら見守っていたのである。だがやはりと言うか、遂にと言うか、“使い魔”である才人の耳朶にメイドであるシエスタの唇が及ぶに当たって、怒りが爆発してしまったのであった。自分の“使い魔”であり、無自覚ではあるが想い人である才人に、他の女の子とキスをするという事がどうしても許せないのだ。やはり、彼女は独占欲が強かった。
屋根を吹き飛ばしてなお、シエスタが抱き着いている事に気付き、ルイズの目が吊り上がる。ルイズは更に“呪文”を“詠唱”しようとすると、足を引っ張られた。
「きゃん!?」
と叫んだ次に、ルイズは頬を抓り上げられてしまった。
「いだい! やん! あう! ふにゃ! じゃ! ふぁいだっ!」
あの高慢の塊のようであるといえるルイズが、文句の1つすらも言う事ができずに、頬を抓り上げられてしまっている光景を才人やシエスタが見たら、目を丸くしたに違いないだろう。
そんな風にルイズの頬を抓り上げたのは……見事なブロンドの髪をした女性であった。歳の頃は20代後半だろうか。どことなく、顔立ちがルイズに似ていた。ルイズの気の強い部分を煮詰めて、成長させたらこんな顔になるのではないか? といったような割とキツめの美女であった。
「チビルイズ。私の話は、終わってなくってよ?」
「あびぃ~~~~~ずいばぜん~~~~~あでざばずいばぜん~~~~~~」
頬を抓られたまま、半泣きでルイズが喚く。
ルイズには絶対に頭の上がらない存在が4人いたのだ。アンリエッタと、両親と、この長姉であるエレオノールであった。
ルイズより11歳年上の、このラ・ヴァリエール家の長女は、男勝りの気性と“王立魔法研究所アカデミー”の優秀な研究員として知られているのだ。
「せっかく私が話をしているというのに、キョロキョロと余所見をするのはどういう訳? あまつさえ、従者の馬車の屋根を吹き飛ばすし……」
「そ、それはその……“使い魔”がメイドと、その、くっ付いたり離れたりしてたから……」
とすごく言い難そうにモジモジとしながら、ルイズは姉に告げた。
エレオノールは髪をブワッと逆巻かせると、ルイズを睨み付ける。
蛇に睨まれた蛙のようにして、ルイズは縮こまってしまった。
「従者のする事なんかは、放って置きなさい! 相変わらず落ち着きのない娘ね! 貴女はラ・ヴァリエール家の娘なのよ! もっと自覚を持ちなさい」
「は、はい……」
ショボンとして、ルイズは項垂れた。
「で、でも……なにも“学院”のメイドまで連れて来なくても……」
「おチビ。良い事? ラ・ヴァリエール家は、“トリステイン”でも名門中の名門の御家よ。貴女だってそれはわかっているでしょう?」
「はい、姉さま」
「従者が貴女の“使い魔”だけでは示しが着かないでしょう? ルイズ、貴婦人というモノはね、どんな時でも身の回りの世話をさせる侍女を最低1人は連れ歩くものよ」
“トリスタニア”の“アカデミー”に勤めているエレオノールが、ルイズを連れて帰省する為に“魔法学院”にまでやって来たのは今朝の事であった。
エレオノールは、洗濯物の籠を抱えて通りがかったシエスタを捕まえ、「道中の侍女はこの娘で良いわ」と呟き、その場にいた“貴族”に有無を言わせずに承諾させ、世話をさせる為に連れて来たのである。
従者用の馬車を、“学院”の者に無理矢理に用意させて、シエスタと才人を乗り込ませた。そして、もう1台馬車を用意させ、シオンと、恐らく格好だけは一丁前な為に“貴族”と判断したのかシオンと共にいる俺を乗せた。最後に、ルイズと共に“学院”まで乗って来た自分の馬車に乗り込んだのである。
侍女とはいえ、道中の世話といってもほとんどさせることはない。飾りのようなモノである。がしかし、“貴族”にとってその飾りというモノは、何より大切なのであった。
さて、そんなルイズの内心は穏やかではなかった。
この帰省が、一筋縄では行かないモノであったからである。
“アルビオン”への侵攻作戦が“魔法学院”に発布されたのは、夏休みが終わって2ヶ月が過ぎた頃……先月は“
何十年か振りに遠征軍が編成される事になった為、王軍は士官不足を喫してしまったのである。その為、“貴族”学生を士官として登用することになった。“地球”の“日本”でいうところの、いわゆる赤紙というモノに似ているだろうか。
もちろん、一部の教師や、学院長のオスマンなどはこれに反対したのだが、アンリエッタに枢機卿、王軍の将軍たちはこの反対を抑えたのだ。勉学は戦争が終わってからだ、とまで言い切ってみせたのであった。
アンリエッタ直属の女官であり、“虚無の担い手”であるルイズには、侵攻作戦に当たり、シオンと共に特別の任務が与えられた。
しかし……ルイズが実感に「祖国の為に、王軍の一員として“アルビオン”侵攻に加わります」と報告した為に大騒ぎになってしまった訳である。
従軍は罷り成らぬ、と手紙が届き、無視したらエレオノールがやってきた、ということである。
当然ルイズは、(従軍罷り成らぬなんて何事かしら?)、と機嫌を損ねた。
今や国中の練兵場や駐屯地では、即席の士官教育を受けている学生たちで一杯である。ほとんどの男子学生は戦争に参加し行くことを選んだのである。
ルイズは女子であるが、女王陛下の名誉である女官でもある。しかも今回の侵攻作戦では、“使い魔”の飛行機械――“ゼロ戦”を提げて任官するのであるのだ。ルイズの“虚無”に賭ける期待が高いことがわかるだろう。アンリエッタと枢機卿は、彼女たちを王軍の切り札として考えているのであろう。
“トリステイン貴族”として、これ以上の名誉はないだろうとさえ想えるほどの事だろう。
ルイズは馬車の中、姉であるエレオノールの隣で、(そりゃあ、戦は確かに好きじゃないわ。でも、わたしは祖国と姫様の為に微力を尽くしたいの。“虚無”の力を与えられたわたしには、祖国に忠勤を励む義務があるもの。祖国への忠義は、名門ラ・ヴァリエール家が誇るべきところではなかったかしら? それなのに実家は自分の従軍に断固反対の様子ね)、とそう考えた。
「まったく貴女は勝手な事をして! 戦争? 貴女が行ってどうするの!? 良い事? しっかりお母様とお父様にも叱って貰いますからね!」
「で、でも……」
ルイズは言い返そうとするのだが、ほっぺたを抓られてしまう。
エレオノールは昔のように、完全にルイズを子供扱いしているのであった。昔そう呼び慣わしたように、おチビ、と連発する。
「でも? はい、でしょ、おチビ! チビルイズ!」
流石は姉妹だといえるだろう。
いつもルイズが“使い魔”である才人を調教でもするかのように接している時と同じような口調であった。
ルイズはまったく逆らうことなどできずに、「ふえ、うぇ、あだ、あねさま、ほっぺあいだだ……あう……」、と情けない声を上げることしかできない。
俺とシオンは、そんな2人の様子を更に後ろの馬車から遠巻きに見つつ、苦笑するしかなかった。
いつになっても“呪文”が飛んで来ないこともあって、才人は安堵の溜息を吐いた。
後ろの馬車の中では、何らかの理由によりルイズの“呪文”が発動しなくなったようであることに、才人は気付いた。。
才人にくっ着いている内に、楽しくなって来てしまったらしいシエスタは、屋根がないことも忘れた様子で、再び嬉しそうに才人の腕に身体を擦り寄せた。
「ねえねえサイトさん」
「ん? な、なに?」
「旅行って楽しいですわね!」
「そ、そうだね……」
相槌を打ったが、才人はそこまで能天気になることは出来なかった。これからの事を考えると、問題が山積みなのだから。
アンリエッタ達は戦争を計画している。いや、今正しくその戦争の真っ最中――ただ、冷戦状態なだけなのだが、こちらから行って、攻める戦争が計画されているのである。
ルイズももちろん参加する。流されるままに、才人も参加しなければならない羽目になった。拾った“ゼロ戦”提げての従軍である。おそらく、ではなく、ほぼ確実に危険な事をやらされることになるだろう。
そういった事もあって、才人は明るい気分になることなどできるはずもなかった。
才人は、(ったく、この戦争が終わったら今度こそ元の世界に戻る手掛かりを探しに東に行くぞ)、と改めて決意をした。それまでは、なにがなんでも死ぬ訳にはいかないだろう。
才人がそんな風に想い詰めた顔をしているのを見て、シエスタが曇った顔になった。
「嫌だわ」
「え?」
「サイトさん達も、“アルビオン”に行くんでしょう?」
「う、うん……」
どうやら、今までのシエスタの明るい態度は才人を元気付ける為の演技だったようである。
「わたし、“貴族”の人たちが嫌いです。もちろん、例外はいますけど……」
「シエスタ……」
「自分たちだけで殺し合いをすれば良いのに……わたし達平民も巻き込んで……」
「戦争を終わらせる為だって、言ってたけどな」
アンリエッタの言葉を想い出して、才人は呟いた。
「終わらせる為だろうが、戦は戦です」
シエスタの言葉に、才人は黙り込み、(だけど、今回の“アルビオン”の侵攻には、どんな理由があるんだろう? 俺が戦わなくちゃならない、どんな理由があると言うんだ?)と考え始めた。
この前の“タルブ”での戦では、戦うだけの理由があった。 “シエスタを始め、タルブの村の人たちを救う”という、そんな大義名分だ。
ルイズは張り切っているが……才人は乗り気になることはできなかった。ただ、アンリエッタの脆さに触れた時に感じた、“この可哀想なお姫さまの手助けをしてやりたい”といった気持ちが、そして、女友達であるシオンの故郷に関する事もである、という事が才人を後押ししていた。
「なんでサイトさん達が行かなきゃならないんですか? 関係ないじゃないですか」
「ま、そうなんだけどな……いや、シオン達の為って言うのも勝手が過ぎる、自己満足の為か?」
と、才人は呟きながら、肘を突いた。
シエスタが、才人の胸に顔を埋めた。
「死んじゃ嫌です……絶対に、死んじゃ嫌ですからね……」
そんなシエスタを、才人は愛しく感じた。
こんな可愛いメイドさんに、こんな風に泣かれたら、もうそれだけで生きている意味はある……とまで才人は想ってしまった。
才人は、(しっかし、ルイズの実家かぁ……さっき会ったルイズのお姉さんは美人だけどキッツイ顔してたなー)、などと思った。
エレオノールは見事に、才人たちをチラリとも見なかったのである。出逢った頃のルイズなんか目ではないほどにお高く留まった態度をしていたのである。ルイズも順当に成長をしたらあのような感じになってしまうのであろうか? と想わせた。しかも何か雲行きが怪しい感じを漂わせていたのである。どうやらルイズとその実家の家族を始めとした皆さんには、相当の温度差があるようだと想わせた。
今回は、そんなルイズの実家への帰郷である。
才人は空を見上げて、(はぁ、これからどうなるんだろう?)、と微妙に暢気ないつもの態度で、考えるのであった。
“アルビオン”の首都“ロンディニウム”の南側に、“ハヴィランド宮殿”は建っていた。
そこに白ホールまさに、“白の国――アルビオン”の要に相応しい、白一色に塗り潰された荘厳な場所であった。16本の円柱がホールの周りを取り囲み、天井を支えている。白い壁には傷1つなく、光の加減で顔を映し出すほどに輝いて見えるのだ。
そんなホールの中心に設えられた巨大な一枚岩板の“円卓”には、“神聖アルビオン共和国”のか閣僚や将軍たちが集まり、会議の開催を待ちかねていた。
おおよそ2年前には、大臣たちが王を取り囲み国の舵取りを行っていた場所であったが、今では主を替えていた。
“王政府”から国を取り上げた革命者たちは、自分たちが祭り上げた冠の登場を待ちかねていた。
2年前には、地方の一司教に過ぎなかった男を……。
ここに集まった誰よりも……扉に控えた衛士よりも身分の低かった男を……。
ホールの扉が、2人の衛士によって開けられた。
「“神聖アルビオン共和国政府貴族会議長”、サー、オリヴァー……」
呼び出しの声を、クロムウェルは手で遮った。
「サ、サー?」
「無駄な慣習は省こうではないか。ここに集まった諸君で、余のことを知らぬ者居などいないはずなのだから」
クロムウェルの背後には、いつもの通り秘書であるシェフィールドと、傷の療えたワルド子爵、そして“土くれのフーケ”の姿が見える。
クロムウェルは上座へと座り、その背後にはシェフィールドが影のように寄り添った。フーケとワルドは空いている席へと腰かける。
議長剣初代皇帝が席に着いたことにより、会議が始まった。1人の男が挙手をした。ホーキンス将軍である。白髪と白髭が眩い歴戦の将軍は、キツい目で司教だった皇帝を見詰めた。
クロムウェルに促され、彼は立ち上がった。
「閣下に御尋ねしたい」
「何なりと質問したまえ」
「“タルブ”の地で一敗地に塗れた我が軍は、艦隊再編の必要に迫れれました。艦隊がなければ、軍を運ぶことも、国土を守ることもできませんからな」
うむ、とクロムウェルは首肯いた。
「その時間を稼ぐため、と称して行われた隠密裏の女王誘拐作戦も失敗に終わりました」
「そうだ」
「それらが招いた結果を閣下の御耳に入れても宜しいでしょうか?」
「勿論だ。余は全ての出来事を耳に入れねばならぬ」
「敵軍は……ああ。“トリステイン”と“ゲルマニア”の連合軍は、突貫作業で艦隊を整備し終え、2国合わせて60隻もの戦列艦を空に浮かべました。未だ再編にもたつく我軍の保有する戦列艦の数に匹敵する隻数です。しかも向こうは艦齢の新しいモノばかりです」
1人の将軍が、侮蔑を含んだ口調で呟く。
「張りぼての艦隊だ。奴らの練度は、我らに劣る」
「それは昔の話です。閣下。我らも練度の点では褒められたモノではありませぬ。革命時に優秀な将官士官を多数処刑した結果、著しい練度の低下を来しました。残ったベテランは、“タルブ”の敗戦で失いました」
クロムウェルは黙りこくってしまった。
「彼らは現在、“フネ”の徴収を盛んに行っております。なお、諸侯の軍に召集をかけた模様です」
「ふむ、針鼠のようだな。これでは攻め難い」
1人の肥えた将軍が、暢気な声で呟いた。
ホーキンスはその男を睨み付けた。
「攻め難い? これだけの材料が有って、敵軍が企図するところも読めぬのか?」
ホーキンスは、どん! とテーブルを強く叩いた。
「彼らはこの“
「それは敗北主義者の思想だ!」
血走った目の若い将軍が、ホーキンスを非難した。
クロムウェルは片手で制しながら、ニッコリと笑った。
「彼らがこの“アルビオン”を攻める為には、全軍を動員する必要がある」
「然様です。しかし、彼らには国に兵を残す理由がありませぬ」
「何故かな?」
「彼らには、我が国以外の敵がおりませぬ」
「“ガリア”は中立声明を発表しました。それを見越しての侵攻なのでありましょう」
クロムウェルは背後を振り返り、シェフィールドと顔を見合わせた。
彼女は小さく首肯いた。
「その中立が、偽りだとしたら?」
ホーキンスの顔色が変わった。
「……真ですか? それは。“ガリア”が我が方に立って参戦すると?」
「そこまでは申しておらぬ。なに、事は高度な外交機密であるのだ」
会議の席がざわついた。
「“ガリア”が参戦とな?」
「いったいどのような条件を取り付けたのだ?」
「“ガリア”さえ味方に付けば、怖いモノなどないぞ」
などと、一斉に喚き始める。
ホーキンスは、未だ信じられぬといった顔で、クロムウェルを見詰める。
しかしクロムウェルは口髭を、物憂げに弄るばかりだ。
「だから、高度な外交機密だと申している」
ホーキンスは考えを巡らせた。
“ガリア”軍は“トリステイン”、“ゲルマニア”連合軍を直接攻めずとも良いのだ。もし、“アルビオン”が艦隊戦で敗北を喫し、連合軍に上陸を許したとしても……“ガリア”が軍を動かして2国の背後を脅かすだけで、彼らは徴兵を余儀なくされるだろう。
だが、そんな沸き立つ会議室の中で、楽観視することなく思考している人物が2人いた。ワルドとフーケだ。2人は、“サーヴァント”という脅威を知っているのだから。
「それが真とすれば、この上もなく明るい報せですな」
「案ずることなく諸君は軍務に励みたまえ。攻めようが、守ろうが、我らの勝利は動かない」
将軍たちは起立すると、一斉に敬礼した。
その後に、己達が指揮する軍や隊の元へと散って行った。
クロムウェルはシェフィールドとワルド達を連れて、執務室に遣って来た。そして、かつて王が腰かけた椅子に座り、部下たちを見回した。
「傷は療えたかな? 子爵」
ワルドは一礼した。
クロムウェルはニッコリと笑って、ワルドに問いかけた。
「さて、どう読むね?」
「あの将軍の見立通り、“トリステイン”と“ゲルマニア”が、確実に攻めて来るでしょうな」
「うむ。では、勝ち目は?」
「5分5分……いや、我らの方が幾分有利ですかな。兵数では劣るが、地の利と……」
「閣下の“虚無”がありますわね」
フーケが、思い付いたかのように告げた。
ワルドとフーケは、敢えて“サーヴァント”については触れない。
そうしてフーケが告げた後、クロムウェルは、コホン、と気不味そうに咳をした。
「如何なさいましたの?」
「いやなに。諸君らも知っての通り、強力な“呪文”はそう何度も使えるという訳ではない。余が与えられる命には限りがある故、な。そう当てにされては困るのだ」
どうやらクロムウェルの口振りだと、彼が使える“呪文”には限りがあるだということが理解できる。
「当てにする訳ではありませぬ。ただ、切り札のありなしは、士気にも関わりますから」
とワルドが言うと、クロムウェルは首肯いた。
「切り札は、余の“虚無”ではない」
「では、やはり“ガリア”が参戦するのですね」
当初の予定では、“ガリア”は“アルビオン”軍の侵攻に呼応して、“トリステイン”、次いで“ゲルマニア”を攻める予定ではあったが……“タルブ”で“アルビオン”軍が敗北した為に計画変更を余儀なくされてしまったのだった。“ガリア”からの次の提案は、“アルビオン大陸に敵を吸引して、その隙にトリステインとゲルマニアの本土を突く”、というモノであった。
その計画を聴いたワルドは、クロムウェルに尋ねた。
「閣下。1つだけ腑に落ちない点が御座います」
「申してみよ」
「“ハルケギニア”の“王制”に反旗を翻した我らに、“ガリア”の“王政府”が味方する。そのような事がありえるのですか? もし、そのような事があるとすれば、如何様な理由で?」
クロムウェルは、冷たい目でワルドを見据えた。
「子爵、それは君の考える事ではない。政治は我らに任せて、君たちは与えられた任務に邁進すれば良いのだ」
ワルドは目を瞑り、頭を下げた。
「御意」
「君に任務を与える。やってくれるな?」
「なんなりと」
「メンヌヴィル君」
クロムウェルがそう呼ぶと、執務室の扉が開き1人の男が現れた。白髪と顔の皺で歳は40の頃に見えたが、鍛え抜かれた肉体が年齢を感じさせない。一瞬、剣士かと想わせる様なラフな出で立ちをしているが、“杖”を提げている事からも、“メイジ”である事が窺えた。
彼の顔には随分と目立つ特徴が有った。額の真ん中から、左眼を包み、頬に掛けて火傷の痕があるのだ。
クロムウェルは、彼にワルドを紹介した。
「ワルド子爵だ」
メンヌヴィルと呼ばれた男は鉄のような顔をピクリとも動かさずに、ワルドを見詰めた。
「ワルド君、君も名前くらいは聞いた事があるだろう? 彼が“白炎のメンヌヴィル”だ」
ワルドの目が光った。その“二つ名”には聞き覚えがあったのだ。伝説とさえいわれている“メイジ”の傭兵。白髪の“炎”使い。卑怯な決闘を行い、結果、“貴族”の名を取り上げられてしまい傭兵に身を窶したとか、家族全員を焼き殺して家を捨てて来たとか、彼が焼き殺した人間の数は彼がこれまでの人生の中で焼いて食べた鳥の数より多いとか、様々な噂が流されているのだ。
そんな噂の中で、確かな事が1つだけあった。
戦場ではトコトン冷酷に炎を操るという事である。その炎は相手を選ばない。
彼は老若男女を問わず、平等に燃やし尽くせる男なのであった。放つ炎に人としての温かみを奪われた男……それがこの、“白炎のメンヌヴィル”なのであった。
「どうだね子爵? 伝説を目の当たりにして」
「ここが戦場でなくて、良かったと想いますよ」
ワルドは正直に感想を述べた。
「さてワルド君。君には、彼が率いる小部隊を運んで欲しいのだ」
ワルドの顔に、不満の影が過る。(俺に運び屋をやれと言うのか?)、とその目が語っているのが簡単にわかるだろう。
「そう怖い顔をしないで欲しい。余は万全を尽くしたいのだ。小部隊とは言え、隠密裏に“フネ”で運ぶのには“風”のエキスパートが必要だ。詰まり、君だ」
「……御意」
確かに、クロムウェルの言葉には一理があるだろう。
ワルドは“閃光”の“二つ名”を持つ“風系統”のエキスパート、“スクウェア・クラス”の“メイジ”であるのだ。
そういった事もあり、ワルドは渋々と、不満を抑えた。
「“ガリア”軍が全てを占領したとあっては、何も発言できなくなってしまうから、余はせめてそこを押さえて置きたいのだ。仕事をしたのだという既成事実を多少なりとも作っておかねばならん」
焦りが含まれた声で、クロムウェルが呟く。
「そことは、どこなのでしょうか?」
「先ず、防備が薄く占領し易い場所である事。詰まり、首都“トリスタニア”から近過ぎては良かん。次に、政治的なカードとして、重要な場所である事。という事は、逆に遠過ぎても良かん」
「政治的なカード?」
「“貴族”の子弟を人質に取る事は、政治的なカードとしての効果を高めてくれるだろう」
ワルドとフーケの唇が歪んだ。
クロムウェルは、大仰な身振りで目的地を告げた。
「“魔法学院”だ、子爵。君はメンヌヴィル君を隊長とする一隊を、夜陰に乗じてそこに送り込みたまえ」
そこは、かつてフーケがロングビルとして働いていた場所であった。
その頃、“魔法学院”――――。
キュルケとタバサは、ガランとしてしまっている“アウストリの広場”を歩いていた。
今は休み時間である。いつもであれば生徒たちで賑わっているはずなのだが……。
いるのは女子生徒ばかりであった。下品かつ上品に、ギャアギャアと騒いでいる男子生徒たちの姿は見当らない。
「いやいや、ホントに戦争って感じねえ」
キュルケは両手を広げて首を横に振った。
男子生徒のほとんどは、士官不足に悩む王軍へと志願をしたのである。ギーシュに、あの臆病者の代表格であるマリコルヌも志願をしたというから驚きであった。
彼らは今頃“トリステイン”各地の練兵場で、即席の士官教育を受けている真っ最中であろう。
“学院”が閑散としてしまうのも無理はない。
もちろんタバサも居残り組である。表向きは“ガリア”の叔父王に忠誠を誓ったように振る舞い、密かに復讐を狙うタバサが他所の国の戦争に首を突っ込むという訳にもいかない。
キュルケは祖国の軍に志願をしたのだが、女子であるという事で認められなかったのである。せいぜい暴れようと想っていたキュルケであったが……そう告げられた彼女は、残念だといった様子を見せた。
さて、ほとんどの男性教師もまた出征した為に、授業も半減した。
暇を持て余してしまった女子生徒たちは、淋し気に固まり、恋人や友人たちが無事でやっているのかを噂し合っているのだ。
ベンチに座って物憂気に肘を突いていたモンモランシーの姿を見付け、キュルケは近付いた。
「あらら、恋人がいなくって退屈なようね」
モンモランシーは真っ直ぐ前を見たまま、他人事のように呟いた。
「いなくなって清々するわ。やきもきしなくて良いもの」
「でも、寂しそうじゃないの」
「あのお調子者ってば、臆病な癖に無理しちゃってさ。はーあ、あんなのでもいないとちょっとは寂しいモノね」
キュルケはモンモランシーの肩を叩いた。
「ま、“始祖ブリミルの降臨祭”までには帰って来るわよ。親愛なる貴女の御国の女王陛下や偉大なる我が国の皇帝陛下は、簡単な勝ち戦だって言ってたじゃない」
親愛と偉大に皮肉な調子を込めて、キュルケが呟く。元より“ゲルマニア貴族”は、忠誠心に薄いのである。所詮は諸侯が利害で寄り集まって出来た国、というモノだろう。
「だと良いんだけどね」
モンモランシーは、そして溜息を吐いた。
なんだかそんなモンモランシーを見ていると、キュルケまで切ない気分になって来てしまう。「嫌ねぇ、戦争ってほんとに嫌ぁねぇ」、といつも自分が繰り広げている暴れっ振りを棚に上げ、呟いた。
キュルケとタバサはブラブラと歩き、“火の塔”の隣にあるコルベールの研究室の前までやって来た。
そこではコルベールが、一生懸命に“ゼロ戦”に取り付いて整備を行っている。
男の教師のほとんどは出征したというのに……このコルベールを始め幾人かの男性教師はマイペースな様子を見せている。戦争なぞどこ吹く風といった具合に、研究などに没頭しているようであった。
「御忙しそうですわね」
キュルケは、そんなコルベールに厭味の混じった声で言った。
コルベールは、「ん?」、といった風に顔を上げ、ニッコリと笑った。
「おお、ミス。ミス・ツェルプストー。君にいつか、火の使い方について講義を受けた事があったな」
いつかの授業中の事を、コルベールは言った。
「ええ」
キュルケは不快感を顔に浮かべて相槌を打った。
「どうしたね? ミス……」
「ミスタ。貴男は王軍に志願なさいませんでしたのね」
“学院”の男たちのほとんどは、戦に赴くというのに……。
「ん? ああ……戦は嫌いでね」
コルベールはキュルケから顔を背けた。
キュルケは軽蔑の色を顔に浮かべて、鼻を鳴らす。男らしくない、と想ったのである。キュルケからは、コルベールがどうしても眼の前の戦から逃げ出しているようにしか見えないのだ。
どの“系統”よりも戦に向く“火”の使い手でありながら、“炎蛇”という“二つ名”を持ちながら、この教師は戦が嫌いだと言い放ったのだ。
「同じ“火”の使い手として、恥ずかしいですわ」
コルベールはしばらく顔を伏せていたが、その内に持ち上げた。
「ミス……良いかね? 火の見せ場は……」
「戦だけではない、と仰りたいのでしょう? 聞き飽きましたわ」
「そうだ。使い方次第だ。破壊するだけが……」
「臆病者の戯言にしか聞こえませんわ」
プイッと顔を逸し、キュルケはタバサを促すと、歩き去って行く。
コルベールはその背を見守りながら、寂しそうな溜息を漏らした。
コルベールは、研究室に戻り、椅子に座る。
コルベールはしばらく考え事をしていたが……色々なモノが雑多に積み上げられた机の引き出したを、首に提げた鍵を使って開けた。
その引き出しの中には小さな箱があった。それを取り上げ、蓋を開いた。
そこには、炎のように赤く光るルビーの指輪があった。目を凝らすと、揺らめく炎がルビーの中に見えるだろう。
その炎を見ていると、20年前の出来事がありありと、コルベールの中で蘇って来るのだ。脳裏に映る光景は、未だ色褪せるという事なく鮮やかな様子を見せている。その鮮やかに光る炎が……コルベールを責め苛む。
一瞬足りとも、忘れる事のなかった光景……。
それからコルベールは、研究室内を見回した。
外観は見すぼらしい掘っ立て小屋であるが、ここには彼が先祖伝来の屋敷や財産を売り払って手に入れた、様々な道具や“秘薬”で溢れているのが見える。
それらを見詰めながら、コルベールは苦しそうに呟いた。
「破壊だけが……火の見せ場ではないのだ」