“魔法学院”を出て2日目の昼―――――――。
ラ・ヴァリエールの領地に、俺たちは到着をした。が、しかし、屋敷に着くのは夜遅くとのことである。
それを聞いた才人の顔は青くなった。
領地ということは庭のようなモノだといえるだろう。だが、その庭に入って、屋敷に着くのが半日後という事、そんな感覚が直ぐには理解できないでいる様子を才人は見せている。
ルイズの家の領地は、日本でいえば大きめの市くらいの大きさをしている。
当然才人は、それほどの土地持ちを聞いたことなどはないだろう。あるとしても、漠然なイメージとしては、“王族”くらいなモノだと考えていたのであろう。才人は、(大“貴族”というモノは恐ろしい)、と思った。
ルイズの“貴族”っ振りは、領地に入ると直ぐ、たっぷりと見せ付けられることになった。
とある旅籠で俺たちは、小休止することになったのであるのだが……。
俺たち一行の馬車が止まったと同時に、先に着いていた才人とシエスタが馬車から降りて、シエスタはたたた、とルイズ達の馬車の方へと駆け寄った。きちんと召使としての教育を受けていたシエスタは、次いでルイズ達の馬車のドアを開けた。
才人は、(うわぁ、シエスタにやらせちゃった。でも、あいつらの馬車のドアなんか開けるの癪だなー)、と思いながらルイズとエレオノールが乗る馬車に駆け寄ろうとしたのだが、どどどどどどどどどどどどどど! と旅籠から飛び出て来た村人たちに突き飛ばされてしまい、地面を転がってしまった。
村人たちは馬車から降りて来たルイズとエレオノールの前で帽子を取ると、「エレオノール様! ルイズ様!」、と口々に喚いてペコペコと頭を下げ始めたのである。
転がった才人も、いずれ名のある御方に違いないと村人たちは考えたらしい。手を取って起こすと、「大変失礼をば致しました」、と頭を下げた。
才人はそれに対して、「いや、俺は“貴族”じゃないんですけど……」、と恐縮した様子を見せる。
「とは言っても、エレオノール様かルイズ様の御家来さまには変わるめえ、どちらにしろ、粗相があってはならぬ」
と言って、素朴な顔をした農民たちは首肯き合った。
そんなこんなで、「背中の剣をお持ちしますだ」、だの、「長旅でお疲れでしょう」、などと騒いで、才人の世話を焼こうとするのである。
「ありがとう」
馬車から降りたシオンと俺もまた、手厚い歓迎を受け、シオンは感謝の言葉を口に述べた。
“貴族”というモノは基本上に立つ存在だ。その為、平民に対して感謝の言葉などはあまり口にすることはない。
そういった事もあって、旅籠たちは、シオンの言動に驚いた様子を見せた。
そこで、エレオノールが口を開いた。
「ここで少し休むわ。父さまに私たちが到着したと報せてちょうだい」
その声で1人の少年が馬に跨り、疾駆けで擦っ飛んで行った。
俺たちは旅籠の中に案内された。
ルイズとエレオノール、そしてシオンがテーブルに近付くと、椅子が引かれる。
ルイズとエレオノールはさも当然のことであるといった様子でそこへと腰かけ、シオンは会釈と感謝を述べた後に腰かけた。
才人もそのテーブルの椅子へと座ろうとするのだが、エレオノールに怪訝な顔で睨み付けられてしまった。
シエスタに、「サイトさんサイトさん」、と呼びかけられ、才人は振り向く。
「……“貴族”の方と同席する訳にはいきませんよ」
シエスタにそう言われた事で、才人は気付き、思い出し、(そういや最近は、ルイズが“一緒の席で良い”とか言うことやシオンを始め他の生徒たちも特に言及する事がなかったから気にせずに座ってたけど。でも、それってやっぱりこの世界では可怪しいことなんだろうな)、と思った。ルイズも初め、そしてしばらくの間は、床に座らせていたのだから。
そんなルイズは、何かを言おうとしたのだが、エレオノールに睨まれて再び小さく縮こまる。
それを目にして、才人は(こんなルイズ初めて見た)といった風に驚いた様子を見せた。
やはりルイズは、この姉にはまったく頭が上がらないらしい。
村人たちは口々に、「いやー、ルイズ様も大きくなられただ」、だの、「お綺麗になられて」、だの褒めそした。「そういや、エレオノール様は御婚約なされたんだっけか?」、と誰かが呟いて、一同に、「しッ! そんだこと言うんじゃねえ!」、と叱咤される。
エレオノールの眉が、ピクン! と動き、旅籠中が緊迫感に包まれてしまった。
どうやら、エレオノールの婚約話はタブーであるらしい。
機嫌を損ねたエレオノールに恐れをなして、誰も、何も喋らなくなってしまった。
才人はシエスタと顔を見合わせた。
するとシエスタは、ソッと才人に寄り添い手を握った。怖がっているのだろう。
ルイズがそんな姉の気をどうにか解そうとしてだろう、口を開いた。
「ね、姉さま。エレオノール姉さま」
「なに?」
「御婚約、おめでとうございますます」
村人たちから、あちゃあ、と溜息が漏れた。
ここでもやはり、空気の読めない娘――ルイズの本領が発揮されることになった。
その瞬間、エレオノールじゃ眉を吊り上げてルイズの頬を抓り上げた。
「あいだ!? ほわだ!? でえざば!? どぼじで!? あいだだだっだ!」
「貴女、知らないの? って言うか知ってて言ってるわね?」
「わだじなんじぼじりばぜん!」
「婚約は解消よ! か・い・し・ょ・う」
「何故にっ!?」
「さあ? バーガンディ伯爵さまに訊いてちょうだい。なんでも“もう限界”だそうよ。どうしてなのかしら!?」
この場の皆は、ただの少ししか見ていない才人とシエスタですらも、件のバーガンディ伯爵の気持ちが手に取るように察することができた。
普段の言動、そして“学院”などでも見せた言動からして、ハッキリと言ってしまえば限界は直ぐにやって来るだろう。エレオノールの性格は、ルイズの拡大発展型であるようだ。
伯爵は身が保たないと考えたのだろう。
とにかく、婚約を解消されてしまった不幸なエレオノールは、八つ当たりの対象をルイズに定めたようである。
とうとうお説教が始まってしまった。
どうやらルイズは馬車の中でも同様だったのだろう。赤く腫れた頬を押さえて、ルイズはしょぼ暮れている。
「お話中に失礼、ミス。発言、宜しいでしょうか?」
やはり、才人もシエスタも、シオンも、旅籠達もそんなルイズのことを不憫に想っているだろう様子を見せる。
そこで、俺は説教中のエレオノールへと言葉をかけた。
「何かしら? えっと、貴男は確か……」
「セイヴァーです。シオンの“使い魔”である、いえ、シオン様の“使い魔”として“召喚”され、“契約”を結ばさせて頂いた者です」
「セイヴァー? それは偽名でしょう? 本名を名乗って下さらないかしら。それに、人が“使い魔”になるだなんて聞いた事がありませんわ」
「失礼。私と、そして先ほど椅子へと腰かけようとしたそこの彼、はここ“トリステイン”の者ではありません」
「では、“ゲルマニア”? “ガリア”? “ロマリア”? それとも、“アルビオン”かしら?」
「いえ、貴方方が言うところの“ロバ・アル・カリイエ”から喚び出されたものでして、我々2人は未だこちらの習慣などに疎いのです。先ほどのご無礼を、どうかお赦し頂きたい」
俺のその言葉に、周りにいる村人たちは騒めき、エレオノールは怪訝な表情を浮かべる。
「あの“聖地”の向こうにあると言われている? 本当かしら?」
「お疑いになるのは当然でしょう。ですが、ご覧になって頂きたい。我々2人が着ている服を」
そう言って、俺は自分と才人が着ている服を指さしなどをして、エレオノールの視線を誘導させる。
「見たことがない服ですわね。それになにやら、材質も……」
「ええ。これらは“ロバ・アル・カリイエ”原産の材料をふんだんに使用して編まれたモノです。そして、先ほどの我々の言動。ご聡明な貴女さまでしたら、もうご理解しておいででしょう?」
「そ、そうですか。理解りました。では、“使い魔”と言うのはどういう意味かしら?」
「言葉通りでございます。ほれ、この通り。我々の手には“使い魔”としての“ルーン”が刻まれております故」
そう言って、俺は先ず自分の両手を見せ、次に才人の左手を無理矢理に出させ、その手甲にある“ガンダールヴ”としての証である“ルーン”を、エレオノールに確かめさせる。
「確かに、“ルーン”ですわね。ですが、このような“ルーン”見たことなどありませんわ。偽物ではないかしら? そもそも人が“使い魔”になるなどと――」
「――ミス、何事にも例外と言うモノは付き物であります。例えば、貴方方の祖先であり、崇拝なされている偉大な“始祖ブリミル”。彼の“使い魔”である“伝説の使い魔”、“勇猛果敢な神の盾、ガンダールヴ”、“心優しき神の笛、ヴィンダールヴ”、“知恵の塊神の本、ミョズニトルン”、“記す事さえ憚れる、リーヴスラシル”。“ガンダールヴ”は“汎ゆる武器を扱う”ことができ、“ヴィンダールヴ”は“汎ゆる動物を操る”ことができたとされております。その事からも、もしかすると、ヒト型であった可能性も。であれば」
「“ロバ・アル・カリイエ”出身と言う割には、豊富な知識をお持ちなのね」
「
そういった問答を繰り返しは、続かなかった。
旅籠のドアがバターン! と開いて、桃色の風が飛び込んで来たからである。
彼女は腰が縊れたドレスを優雅に着込み、羽根の付いた鍔の広い帽子を冠っている。その帽子の隙間から、桃色がかったブロンドが揺れる。ルイズと同じ髪の色だ。
ハッとするような、可愛らしい顔が帽子の下から覗いた。その目の色は、やはりルイズと同じ鳶色に光っている。
彼女はエレオノールに気付き、目を丸くした。
「まあ! 見慣れない馬車を見付けて立ち寄ってみれば嬉しいお客だわ! エレオノール姉さま! 帰ってらしたの?」
エレオノールも、「カトレア」、とそう呟く。
カトレア。それがこの旅籠に入って来た女性の名前だ。
突然の来訪者に気付いたルイズが顔を上げた。
カトレアの顔が、ルイズを認めて輝いた。
ルイズの顔もまた、喜びに輝く。
「ちい姉さま!」
「ルイズ! 嫌だわ! わたしの小さいルイズじゃないの! 貴女も帰って来たのね!」
ルイズは立ち上がると、カトレアの胸へと飛び込んだ。
「お久しぶりですわ! ちい姉さま!」
キャッキャッと辺りを憚らぬ大声などで、2人は抱き合った。
彼女――カトレアは、ルイズの直ぐ上の姉である。多少ルイズと比べると、穏やかな顔立ちをしている。
その穏やかで優しい雰囲気に、才人はグッと胸を詰まらせた様子を見せる。カトレアは、ルイズを大人びさせ、且つ優しい雰囲気をプラスし、おまけに、胸まで結構ある為に、その容姿は才人の好みに直撃したのである。
「お久しぶりです。カトレアさん」
「あら、シオンちゃん。いらっしゃい。お久しぶりね」
3姉妹が揃い、そしてシオンも加わった事で、場は一気に姦しくなった。そしてそれと同時に、先ほどまでの重苦しい雰囲気は既にどこかへと消え去ってしまっている。
ルイズとシオンとの挨拶などを終えたカトレアは口を半開きにして、才人に気付いたのか、彼を見詰めた。
「まあ、まあ、まあ、まあまあ」
才人が、(何が“まあ”なんだろう?)、と思いながら緊張した様子を見せていると、カトレアが彼へと近付く。そして、才人の顔をジッと見詰めた。
「なな、な、なんでしょう?」
ガチガチに緊張をしている才人の顔を、カトレアはペタペタと触り始めた。
才人は緊張のあまり、気絶しそうな様子だ。
「貴男、ルイズの恋人ね?」
「はい?」
そんなカトレアの言葉に、才人の隣にいたシエスタの目や雰囲気が、スッと冷ややかなモノへと目に見えて醒めて行く。
シエスタにギュッと足を踏まれて、才人は飛び上がった。
次いでルイズが、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ただの“使い魔”よ! 恋人なんかじゃないわ!」
「あらそう」
カトレアは、やはりそんなとてもわかりやすいルイズの言動を前に、コロコロと楽しそうに笑った。それから首を傾げて、蕩けそうな微笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね。わたし、直ぐに間違えるのよ。気にしないで」
カトレアの言葉に、才人は戸惑いながらどうにか首肯いた。
「で、そちらの貴男は……シオンちゃんの恋人かしら?」
ルイズにエレオノール、そしてシオン、才人とシエスタ、俺の計6人は、カトレアが乗って来た大きなワゴンタイプの馬車で、屋敷へと向かうことになった。
エレオノールは召使や下僕と同じ馬車に乗る事に不満があるのだろう、顔を曇らせた。が、カトレアの「あら、大勢の方が楽しいじゃない」という一言に押し切られてしまい、エレオノールは渋々といった風に承諾し、乗ったのだ。
そして……馬車の客は俺たちだけではなかった。
前の方の席では虎が寝そべり欠伸を噛ましている。ルイズの隣には熊が座っているのだ。色々な種類の犬や猫があちらこちらで思い思いに過ごしている。
俺やシオンの周りにも当然犬や猫などがおり、膝の上などに座っている。
大きな蛇が天井からぶら下がり、顔の前に現れた為、シエスタは気絶してしまった。
気絶したシエスタを介抱しながら、才人が呟いた。
「しかし、すごい馬車ですね……」
ルイズが、「ちい姉さまは、動物が大好きなのよ」、と答えた。
一目でわかることだが、これはもう好きというレベルを超えており、一種の移動式動物園とでもいえるだろう。
「わたしね、最近鶫を拾ったのよ」
カトレアが楽しそうな声で言った。
ルイズは、「見せて! 見せて!」、と幼子のように燥ぐ。
それを見て、エレオノールは溜息を吐いた。
ラ・ヴァリエールの美人3姉妹が勢揃いしている。
才人は、(これがルイズの姉たちかぁ)、と感慨深げに、首肯いた。
ルイズとカトレア、2人のお喋りは延々と続いた。
どうやらルイズと、この可憐が服を着ているかのような2番目の姉であるカトレアは、相当な仲良しであるようだ。
そんな2人の様子を見ていると、退屈な時間もあまり気にならない。
シエスタはいつの間にか、才人の膝の上で寝息を立てている。
シエスタや前方の席にいる虎の欠伸などに連られたのか、俺とシオンの膝の上にいる犬や猫も大きく欠伸をした。
馬車の左には、緩やかに起伏する丘が広がっている。右はどこまでも続くかのように見える田園だ。秋の刈り取りが終わったばかりなのだろう、あちこちに藁の塊が積み上げられている。
そんな牧歌的な風景を見ていると、今から戦争に赴く許可を貰いに行くなんて事が、信じる事ができないほどである。
窓際に肩肘を突いて、背中のデルフリンガーを確かめた後、才人は大きく欠伸を1つした。
夜も更けて……。
エレオノールが、ポケットから懐中時計を取り出して、時間を確かめる。
丘の向こうに御城が見えて来たのだ。周りにはこれといったモノもないため、“トリステイン”の宮殿よりも大きく見えてしまう。
才人が「もしかして、あれ?」と呟き尋ねると、ルイズが首肯いた。
高い城壁の周りには深い堀が掘られている。城壁の向こうに、高い尖塔が幾つも見えた。立派で、大きくて、重厚で、正に御城! といった風情の建物だ。
眠っていたシエスタが、目を覚まし、御城に気付いて目を丸くした。
「まあ! 凄い!」
その瞬間大きな梟が、バッサバッサと窓から飛び込んで来て、才人の頭の上で止まった。
その梟が、「御帰りなさいませ。エレオノール様、カトレア様、ルイズ様。ようこそおいでくださいました、シオン様」と優雅に一礼をした。
シエスタは驚いて、「フ、フ、梟が喋ってお辞儀!? おーじーぎー!?」、と言った後にまたもや気絶してしまった。
異世界――“地球”出身である才人の方が動じていない。
カトレアが笑みを浮かべた。
「トゥルーカス、母さまは?」
「奥さまは、晩餐の席で皆様をお待ちでございます」
「父さまは?」
不安げな声で、ルイズが尋ねた。
「旦那さまは、未だお帰りになっておりません」
肝心の相手が不在だということもあり、ルイズは不満げな色を浮かべた。戦への参加に対する父の許しを得に来たというのに、その相手が不在ではどうしようもないだろう。
堀の向こう側に、門が見えた。
馬車が停止すると、巨大な門柱の両脇に控えているこれまた巨大な石像が、跳ね橋に取り付けられた鎖を下ろす音がジャラジャラジャラと聞こえて来る。身長10メイルはあろうかという巨大な石像……門専用の“ゴーレム”であろう、それが、跳ね橋を下ろす様は壮観である。
どすん! と跳ね橋が下り切ると、再び馬車は動き出し、跳ね橋を渡って城壁の内側へと進んで行った。
才人はルイズの実家の豪華さを前に、改めて驚いた様子を見せる。
これが大“貴族”の御城というモノである。
豪奢な丁度が惜し気もなく飾られた部屋を幾つも通り、俺たちはダイニングルームへと到着した。シエスタは直ぐに召使たちの控室に向かわされたが、才人はルイズの“使い魔”であり、俺は客人であるシオンの“使い魔”だという事もあって、晩餐会への同伴が許されたのだ。
とはいってもルイズやシオンの椅子の後ろに控えるだけである。俺たちは護衛のように、いや、実際にそうなのだが、それぞれの後ろに立って、30“メイル”ほどもあるだろう長さのテーブルを見詰めた。
この夕食の席に座るのは5人だけであるというにも関わらず、テーブルの周りには、使用人が20人ほども並んでいる。
深夜であるというにも関わらず、ルイズ達の母親――ラ・ヴァリエール公爵夫人は晩餐会のテーブルで娘たちの到着を待っていたのである。
上座に控えた公爵夫人は、到着した娘たちを見回した。
才人は公爵夫人から発せられるその迫力に躊躇いだ様子を見せる。
エレオノールも激しい高飛車オーラを放っており、それが才人を圧迫したのだろうが、ルイズの母親である婦人もまた凄いモノだといえるだろう。この母にしてあの娘あり、といった風情である。
歳の頃は50ほどだろう。だが、それは姉たちの歳から推察できる年齢であって、実際には40過ぎくらいに見える。目付きは鋭く、炯々とした光を湛えているのだ。
カトレアとルイズの桃色がかったブロンドは、どうやら母親譲りのようである。公爵夫人は艶やかな桃色の髪を頭の上で纏めている。人をずっと傅かせて来ただけのことはあるだろうオーラを身に纏い、才人を圧迫している様子である。
ルイズも才人同様なのか、久しぶりに逢う母親であるというのに、カチンコチンに緊張した様子を見せている。どうやらルイズが心を許しているのは、カトレアだけのようであった。
「母さま、ただいま戻りました」
エレオノールがそう挨拶をすると、ラ・ヴァリエール公爵夫人は首肯いた。
「お久しぶりです。カリン叔母さま」
「ええ。久しぶりね、シオン。元気そうで良かったわ」
3姉妹、そしてシオンがテーブル席に着くと、給仕たちが前菜を運んで来て晩餐会が始まった。
後ろに控えている才人にとって、息が詰まりそうになる時間だ。なにせ、誰も言葉を発しないのだから。これに比べたら、堅苦しい“魔法学院”の食事でさえも楽しいお遊戯階の時間に想えてしまうだろう。
銀のフォークとナイフが、食器と触れ合う音だけがただっ広いダイニングルームに響いた。
そんな沈黙を破るようにして、ルイズが口を開いた。
「あ、あの……母さま」
公爵夫人は返事をしない。
エレオノールが後を引き取った。
「母さま! ルイズに言って上げて! この娘、戦争に行くだなんて馬鹿げたこと言ってるのよ!」
ばぁーん! とテーブルを叩いてルイズが立ち上がる。
「馬鹿げたことじゃないわ! どうして陛下の軍隊に志願する事が、馬鹿げたことなの?」
「貴女は女の子じゃないの! 戦争は殿方に任せなさいな!」
「それは昔の話だわ! 今は、女の人にも男性と対等の身分が与えられる時代よ! だから“魔法学院”だって男子と一緒に席を並べるのだし、姉さまだって“アカデミー”の主席研究員になれたんじゃない!」
エレオノールが呆れた、というように首を横に振った。
「戦場がどんなところだか知っているの? 少なくとも、貴女みたいな女子供が行くところじゃないのよ」
「でも、陛下にわたし、信頼されているし……」
「どうして貴女なんかを信頼するの? “ゼロ”の貴女を!?」
ルイズは唇を噛んだ。
アンリエッタがルイズを戦場に連れて行くのは、彼女が必要だからである。“虚無”の“魔法”が使える彼女が……しかし、ルイズが“虚無の担い手”であるという事は家族であっても話すことはできない。従ってルイズはそれ以上何も言う事が出来なくなってしまい黙りこくるしかできなかった。
エレオノールは言葉を続けようとして、それまでジッと黙っていた公爵夫人に諌められた。
良く通る、威厳のある声であった。
「食事中よ。エレオノール」
「で、でも、母さま……」
「ルイズの事は、明日お父さまが入らっしゃってから話しましょう」
それで、その話は打ち切りになった。
才人は自分の為に用意された部屋で、ベッドに横たわり天井などを見上げていた。
ここはどうやら納戸のようなスペースであり、壁には箒が立て掛けられ、ベッドには雑巾が掛けられているのがわかる。
改めて、ルイズ達との身分の違いなどを始めとしたモノ、それらの差を才人は想い知った。
最近は一緒のベッドで寝たり、同じ屋根裏部屋に暮らしてみたり、食卓では並んでみたりで、身分の差を感じさせなかったのだが……。
このようにしてルイズの実家に来てみると、それらが幻想であったかのように才人にそう想わせるのだった。
才人は、“学院”を出てからルイズと一言も口を利いていない事を思い出した。あのエレオノールに気後れをしてしまい、ルイズに話しかけることができなかったのである。下僕が主人に話しかけるんじゃありませんといった類の説教を噛まされそうで、なんとなく気が引けてしまったのであった。
才人はその事に対して、(なんだか情けねえなあ)、と思った。そして、(俺は別に、こっちの世界での身分制度なんか関係ないはずだ。でも……あんな晩餐会やこの御城を見てしまった後では、この扱いも仕方がないんじゃ?)、とも想ってしまう自分を認識した。
才人は、ルイズ達との厳然な身分の違いというモノを想い知らされたような、そんな気分になってしまったのである。
そんな風に落ち込んでいると……。
扉がノックされた。
こんな納戸に誰だろう? と思って才人が扉を開けると、そこにはシエスタが立ってはにかんだような笑みを浮かべていた。
「シエスタ?」
「あ、あの……来ちゃいました。その、眠れなくって」
「え? ええ?」
と才人がオロオロしているうち、シエスタは部屋へと入ってしまう。
「来ちゃいましたって……良くここがわかったね」
「召使の人に訊いたんです。“サイトさんはどこにお泊りなんですか?” って」
「そっか……」
シエスタはベッドに座って足をブラブラとさせた。何故かしら、彼女の顔は赤かった。シエスタは才人に向かって、来い来い、といった手招きをする。
才人がシエスタの側に行くと、彼女はグイッと腕を引っ張って隣に座らされた。それからシエスタは、馬車の中でずっとそうしていたように頭を才人の方にもたれれかからせる。
「シエスタ?」
と、才人が問い掛けると、彼女は無邪気な顔で才人の顔を覗き込む。
「わたし、こんな凄い御城に来たのは初めてだわ。迷路みたいねですね。この御城」
「そうだね」
「“学院”の仲間が言ってました。ラ・ヴァリエール家は、“トリステイン”でも5本の指に入る名家なんですって。こんな御城に住むのも、当然ですよね。はぁ、爵位も、財産も、そして美貌もなんでも揃ってて……ミス・ヴァリエールが羨ましいな」
「そうか?」
「そうです。だって、わたしが欲しくても手に入れられないモノを、たくさんお持ちなんですもの」
それからシエスタは、才人の顔を覗き込んだ。
「サイトさんも」
「お、俺は別にあいつの持ち物じゃないよ。“使い魔”だけど……」
「わかるんです」
ポツリと、シエスタは言った。
「え?」
「サイトさんがいっつも誰をどんな目で見てるか、わたし知ってるんです。わたしなんかに勝ち目ありませんよね。その方が御金持ちで、“貴族”で、可愛らしくって……こんな大きな御城が御実家で……ひっく」
寂しそうにシエスタは顔を伏せた。
なんと言えば良いのかわからないのだろう、才人も黙ってしまう。
ヒック、ヒック、とシエスタがしゃくり上げる音が聞こえて来る。
才人は、(泣いてるのか?)と気になり、どうしようかとオロオロしていると、そのシエスタはいきなり立ち上がった。
「シエスタ……」
「かと言って」
「え?」
「わたしも捨てたもんじゃありませんけど」
「シエスタ?」
なんだか雲行きが違うということに才人が気付き始める。
シエスタは「わたし、サイトさんのこと諦めますっ!」とでも叫んで部屋を出て行ってしまうのだろうかと想いきや、シエスタはクルリと才人の方へと振り向いた。
「ミス・ヴァリエールより、むむむ、胸は確実に勝ってますわ。ひっく」
「シシ、シエシエ?」
プルプルと怒りで震える様子を見せながら、シエスタは言葉を続けた。
「なな、な~にが“貴族”ですか。わたしなんてメイドですわ。メイド。ういっく」
「う、うん。知ってる」
シエスタは何度も、ヒック、ウイック、としゃっくりを噛まし繰り返す。
才人はそこで、ようやくシエスタの様子に気付いた。
「シエスタ、もしかして……お酒の、呑んでる?」
顔が赤いのは照れているだけではなく、酒が入っていた所為もあるようだ。
才人はポカンと口を開けた。酔ったシエスタを見るのは初めてなのである。
なるほどここではシエスタも、付き添いのメイドとはいえお客様だ。饗す為に、この白の召使はシエスタにお酒を出したらしい。
酔っ払ったシエスタはガサゴソと、シャツの隙間からワインの瓶を取り出した。
「ど、どこにそんな瓶を……」
シエスタは才人に顔を近付けた。
「貰ったのれす」
「そ、そうか」
シエスタは、コルクを抜くと直接グビッと酒を煽った。
その呑みっぷりに、才人は目を丸くしてしまう。
ぷは、とシエスタは瓶から口を離した。その顔が更に蕩みを増しているのが一目でわかる。
「おいサイト」
シエスタは、酔いの所為だろう、とうとう呼び捨てをしてしまう。
「は、はい」
「お前も呑め」
「いただきます」
逆らったら駄目な雰囲気だと察した才人は、ワインを押し頂いた。グイッと一口呑み込んだ瞬間、才人はブホッと吐き出しそうになってしまう。
そう。それはワインではなく、それよりも度数の高い酒であったのだ。
「シ、シエスタ。これワインじゃ……」
「厨房のテーブルの上にあったのれす」
どうやらシエスタは、1本付けられたワインを呑み干して気分が良くなってしまい、テーブルの上にあった酒をテキトウに失敬して来てしまったらしい。
なんとも酒癖の悪いシエスタであった。とても、意外な一面だといえるだろう。
「それ、貰ったと言わないんじゃ……」
「こらサイト」
「は、はい」
「とにかく呑め」
「い、いただきます」
シエスタは断ったら暴れそうな雰囲気を醸し出している為、仕方なく才人は酒を開け呑んだ。
さてその頃。
ルイズとシオンはカトレアの部屋で、ルイズは姉であるカトレアに髪を梳いて貰っていた。
シオンはその次であり、順番を待っている。
カトレアの部屋は宛ら植物園と動物園が入り交じった、森などを連想させる趣をしている。
鉢植えが置かれ、鳥の入った籠が幾つも天井からぶら下がり、部屋の中を子犬や子猫たちが駆け擦り回っている。
カトレアは、丁寧にルイズの髪を梳いた。
「ルイズ、小さいルイズ。貴女の髪って、ホントに惚れ惚れするくらいに綺麗ね」
「ちい姉さまと同じ髪じゃないの」
コロコロとカトレアは笑い、そしてシオンもまたそんな2人を笑顔を浮かべて見守る。
「そうね。貴女と同じ髪ね。わたし、この髪が大好きだわ」
ルイズは、唇を尖らせて呟いた。
「エレノール姉さまみたいた父さま似の金髪でなくて良かったと、想うわ」
「そんな事、エレオノール姉さまに聞かれたら大変よ。気を悪くするわ」
「良いのよ。わたし、エレオノール姉さまが苦手なんだもの」
「あら、どうして?」
「意地悪なんだもの。ちい姉さまとは大違い。昔から、わたしを苛めるんだもん」
「貴女が可愛いのよルイズ。可愛くて、心配なの。だからついつい構ってしまうのよ」
「そんなことないもん」
ルイズは理解していた。家族からの“愛”情を。だが、やはりそこはルイズだ。正直に、素直に心の中を言葉にする事が苦手であり、カトレアの言葉を否定してしまう。
カトレアは後ろから、そんなルイズを優しく抱き締めた。
「そんな事あるのよ。この家の皆は貴女の事が大好きなのよ。小さいルイズ」
「そんなこと言ってくれるのは、ちい姉さまだけだわ」
しばらくカトレアは、ルイズの髪に顔を埋めるようにしていたが……その内に目を瞑った。
「でも良かった。ルイズ、貴女すっかり落ち込んでると想ったから……」
「どうして?」
「ワルド子爵。裏切り者だったんですってね。半年ほど前に、ワルドの領地に“魔法衛士隊”がやって来て、御屋敷を差し押さえて行ったわ。婚約者がそんな事になって、貴女傷ついたでしょう?」
ルイズは首を振った。
「平気よ。わたし、もう子供じゃないもの。幼い憧れと、“愛”情を取り違えたりはしないわ」
「シオン、貴女も。ウェールズ様が御亡くなりになられたって……」
「もう、平気です。いつまでも下を向いたままじゃ叱られてしまうわ。それに、ルイズやセイヴァー達皆がいるから」
そうキッパリとルイズとシオンが言うと、カトレアは微笑んだ。
「頼もしいわ。貴女は成長したのね、ルイズ。それに、シオン」
ルイズは、「そうよ」、と自分にも言い聞かせるように呟いた。
「わたしはもう、子供じゃないの。だから、自分の事は自分で決めたいの」
「じゃあ父さまに反対されたら、勝手に出征する気なの?」
「できれば賛成はして欲しいわ。皆に、わたしのする事を理解って欲しいの」
「でも、戦争はわたしも感心しないわ」
「祖国の危機なのよ。そして姫様……いえ、陛下にはわたしの力が必要なの。だから……」
「わたしに言っても無駄よ。御城に閉じ籠もっている姉さんには、難しい事は理解らないもの」
カトレアは、ルイズの頭を優しく撫でた。それからゴホゴホと激しく咳き込んだ。
「ちい姉さま! 大丈夫?」
ルイズは心配そうな顔で、カトレアを見つめた。
シオンも急いで駆け寄る。
ルイズのこの2番目の姉は、身体が弱いのだ。彼女はラ・ヴァリエールの領地から一歩も出た事がないのであった。
「お医者さまにはきちんとかかってるの?」
ルイズの質問に、カトレアは首肯く。
「国中からお医者さまを御呼びして、強力な“水”の“魔法”を、何度も試したのだけれど……“魔法”でもどうにもならない病ってあるようね。なんでも、身体の芯から良くないみたい。多少の“水”の流れを弄ったところで、どうにもならないんですって」
カトレアの病気の原因がわからなかった。身体のどこが悪くなり、そこを薬や“魔法”で抑えると、今度は別の部分が悲鳴を上げてしまうのである。結局、それの繰り返しで、医者も直ぐに匙を投げてしまう。今も様々な薬や“魔法”で症状を緩和させているはずであった。
カトレアは、それでも微笑み続ける。
ルイズは、そしてシオンは、そんな彼女が不憫に想えてならなかった。あれほど“魔法”を上手に使えるのに、カトレアは学校にも行く事ができないでいるのだ。これほど綺麗であるのに、嫁ぐ事さえもできないのだ。
「あらら、そんな顔し無いで。結構楽しい毎日なんだから。ほら」
カトレアは、鳥籠を見せた。
中には1羽の鶫がいた。羽には小さな包帯が巻かれている。
「ほら、さっき馬車の中で言った、最近拾った子」
「わ、可愛い」
「この子、通りかかったわたしに一生懸命に訴えていたの。“羽が痛いよ、痛いよ”って。わたし直ぐにこの子の声に気付いて、馬車を止めて拾って上げたの」
どうやらカトレアは、森に溢れる沢山の鳥の鳴き声の中から、羽が折れた鶫の声を拾って馬車を止め、保護したらしい。“サーヴァント”でいう、“動物会話スキル”を持っているのと同じだろうか。
「ちい姉さま凄いわ! 鳥の喋っていることが理解るなんて!」
「“使い魔”の考えは手に取るようにわかるでしょう? それと似たような事なんじゃないかなって思うの」
カトレアは微笑んだ。
ルイズは頬を染めた。自分は才人が何を考えているのかサッパリわからないのだから。そう。相手はなにせ同じ人間だから、代々受け継がれて来た“使い魔”とその主としての繋がりようとはまったく違うのだから。
「でも、貴女の事もわかるわよ。この子と同じくらいにね」
カトレアは鶫を指さして言った。
「ほんと?」
「ええ。嬉しいわ、貴女もきちんと恋をする年頃になったのね」
ルイズは耳まで真っ赤にした。
「なにを言ってるの!? 恋なんかしてないわ!」
「わたしに隠し事をしても無駄よ。全部わかっちゃうのよ」
「ホントに恋なんかしてないの!」
よほど恥ずかしいのだろう。ルイズは泣きそうな勢いで首を振る。
「わかったからそんなに騒がないで。じゃあ今日は久し振ぶりに一緒に寝ましょうか。シオンちゃんも」
ルイズは頬を染めたまま、唇を噛んで首肯く。
そして、シオンもまた小さく首肯いた。
ふかふかのベッドの中で、ルイズは服を脱いで肌着一枚切りになると姉に寄り添った。
寝間着姿のカトレアは子猫を抱くようにして、ルイズを抱き締める。
そんな横にシオンは、寝転がり、天井を見上げている。
ルイズはカトレアの胸に顔を押し当てた。そして深い溜息を吐いた。
「どうしたの? ルイズ」
「なんでもない」
「仰いな」
カトレアにそう言われて、ルイズは言い難そうに呟いた。
「わたし、ちい姉さまみたいに膨らむかしら?」
カトレアとシオンはプッと、思わず吹き出してしまう。
それからカトレアは、手を伸ばして、ルイズの胸を弄った。
「ひゃん!?」
とルイズは悲鳴を上げた。
気にせずにカトレアは触り続ける。
「大丈夫よ。平気。すぐに大きくなるわ」
「ほんと?」
「ええ。わたしも、貴女くらいの時は、このくらいだったもの」
ルイズは頭の中で想い出した。カトレアは確か、今24歳だから……16歳の時は8年前。ルイズは8歳。(その頃ちい姉さまはどうだったかしら?)、と考える。何分、ルイズは幼かった事もあり、良く想い出せないのだ。
そういえば、ルイズは昔は良くこうしてカトレアに抱かれて眠ったものだ。ルイズは寂しがり屋で、1人では眠れなかった。枕を引っ張って、カトレアのベッドに潜り込み、姉の話を聞きながら、姉の香を嗅いでいると……優しい気持ちや安心感を覚えて眠る事ができたのだった。
カトレアに抱かれて、ルイズは目を瞑る……。
色々な事が、ルイズの頭を過る。
アンリエッタの事。
シオンの事。
“アルビオン”との戦争の事。
もしかしたら死ぬかもしれない。(わたしは、死ぬかもしれない許可を貰いに、実家に帰えって来ているんだわ)と、そういった事がルイズに深く、重くその肩に伸しかかる。
ルイズは、今の1日1日がひどく貴重なモノに想われた。そう想ったら、何故か“使い魔”である少年の事を想い出してしまい、ルイズは頬を染めた。
そういえば今日はほとんど口を利いていない。エレオノールに叱られそうで、話しかけることができなかったとうい事に、ルイズも気付いた。(今頃、何してるのかしら?)、などと想い始めたら眠れなくなった。
そんな風にモゾモゾとしていると……。
「どうしたの? 眠れないの?」
カトレアの言葉に、ルイズは「う、うん……」と恥ずかし気に呟き返す。
「うふふ。もうわたしの隣じゃ、眠れないのね。誰の事を考えていたの? おチビさん」
「だ、誰の事も考えてないわ。ホントよ」
「貴女が連れて来た、さっきの男の子?」
「違うの! ただの“使い魔”だもの! 好きなんかじゃないもの!」
「あら。誰も好きだなんて言ってないわ」
ルイズは布団を引っ冠った。
「ちい姉さまなんか嫌い」
「あら嫌だ。嫌われちゃった」
カトレアは、シオンの方へと顔を向けて楽しそうに笑った。
「でも良いのよ。いつでも姉さんと一緒じゃないと眠れない娘じゃ、逆に困っちゃうわ」
ルイズは、う~~~~~、と唸った。
「行ってらっしゃいな。貴女の今の居場所に」
ルイズが部屋を出て行って、少し静寂が訪れる。
「貴女は、どうするの? シオンちゃん」
「そうですね。少し、確認をしたい事があります」
「確認?」
「ええ。セイヴァー」
「何かな? “マスター”」
シオンの呼び掛けに、俺は“霊体化”を解き、実体化する。
突然現れた俺を目にし、カトレアは当然驚きはするのだが、直ぐに冷静さを取り戻した。
「まあ! 貴男は確か、シオンちゃんの“使い魔”の」
「セイヴァー、申します」
「貴男は、“風系統”のエキスパートさんか何かかしら? 先ほどのそれは“風”の“偏在”を始めとした、“魔法”?」
「いえ、ハッキリと言ってしまえば違いますが。説明が長くなるので、そう解釈して頂ければと」
「では、先ほどまでの一連のやりとりをずっと?」
「はい。覗き見どころか姿を隠し、側にて見続けていた事をどうかお赦し頂きたい」
「いええ良いのよ。貴男は、シオンちゃんとルイズの事を想ってくれて、その為の行動でしょ?」
カトレアはやはり柔らかな笑みを浮かべ、こちらの、俺が行っていた、“貴族”側からすると無礼な行動を赦してくれる。やはり、彼女は、このラ・ヴァリエール家を始め他の“貴族”とはどこか違うのだ。シオン同様に、この世界のこの時代に於いては、どこかが好い意味でズレている。
「では本題に入りたいのですが、良いですか? カトレアさん」
「ええ。で、その確認とは?」
「貴女の身体、そして病気の事です。セイヴァー、貴男ならどうにかできる?」
「ふむ、そうだな。失礼」
俺はそう言って、カトレアの背中へと手を伸ばし、触れる。
カトレアは、嫌がる素振りをまったく見せず、それどころかこちらへと身体も心も預けるように、落ち着いた様子を見せている。見知らぬという訳ではないが、それでも会って少ししか経っていない男に触られているというにも関わらず。
「ふむ、成る程」
「何かわかったの?」
「そうだな。“魂”レベルでの問題だ。少しばかり専門的な事になるが、“エーテル体”が少し破損しているようだな」
「“エーテル体”? それって、あの“エーテル”?」
「いや、似ているがまた別のモノだ」
疑問符を浮かべるカトレアを他所に、少し話し込んでしまう。
「では、シオン、カトレアさん。少しばかり専門的で、難しい、そして長い話になるが、御教授させて頂きます」
その言葉に、シオンの目が輝き、カトレアは静かに傾聴する姿勢を取る。
「先ず、我々は此の“肉体”、所謂“魂魄――魂”、“精神”と言う3つのモノで構成されていると考えます。そしてその肉体と魂、いわゆる“魂魄”は“精神――魄”によって繋ぎ止められ、それぞれ個としての存在を確立させております」
それら、“精神――魄”が“肉体”と結び付く為の箇所は、脳の松果体と心臓だが、ここでは省いても問題はないだろう。
「“魂”は、“肉体”に引き摺られます。故に、“肉体”が傷付けば“魂”も傷付き、“肉体”が老いれば“魂”も老いてしまう。逆も又然りです」
「まあ! でしたら、わたしの身体と“魂”に傷が?」
「はい。身体の方は目で見る事ができないほど微細に、そして“魂”の方に些か問題があるようです。いえ、失敬。言葉の選択を間違えました。弁解、いえ、その前に“魂”についての話をもう少しばかり詳しくさせて頂きたい」
「ええどうぞ、御続けになって下さいな」
「“魂”は基本的に、4つに分ける事が出来ます。先ず1つ目、“エーテル体”。これは“気”です、生命力であります。“肉体”の成長は、先ずこちらの“エーテル体”が成長する事で、その次に“肉体”が連られて成長するという仕組みです。この“エーテル体”が傷付けば、“肉体”にも影響が来ます。次に2つ目、“アストラル体”です。こちらは感情を表します。欲望や気分、感覚、渇望、食欲、性欲、恐怖などのエネルギーの総称です。3つ目に、“メンタル体”です、これは“アストラル体”による感情などを押さえる事や抑える為の理性、信念、明確な思考をする為の機能と媒介です。最後に4つ目で、“コーザル体”。こちらは、本来の自己という深層心理などを表します。これら4つが合わさる事で“魂”となるのです。まあ、詳しい事は省いての説明であり、妄想の類であると解釈されても構いませんが」
「なるほど、ではわたしのこの病状は、その“エーテル体”? が傷付いているから?」
「はい。その“エーテル体”に不備があるため、こちらの“魔法”や“秘薬”などの効果がないと想われます。まあ、“肉体”の成長の方は問題ないようなので、少し罅が入っているだけだと想われますが」
少しではないだろう。
だが、実際に彼女のその“エーテル体”に問題があるのは確かだ。
簡単に例えるのであれば、いくつもの隙間ができガタが来ているパイプだろうか。そこに水を流すと、その隙間から水が漏れ出てしまう。その隙間を埋めようとするのだが、水の勢いが強くすでにある隙間や埋めた箇所、そして別の場所に新たな隙間ができてしまう。
「で、治せる?」
そこまで静聴していたシオンが、俺へと尋ねて来る。
「ああ、勿論だ。だが、これは“宝具”を使用する必要がある。“マスター”の許可を貰う必要がある」
「なら許可するわ」
「有り難い。だが」
そう言って、俺はカトレアへと目を向ける。
「治せるのであれば……可能性があるのであれば御願いしたいのですが」
「ええ。ですが、今日は無理ですね。明日、御家族全員が揃った時にでも、御話いたしましょうか」
ルイズは毛布を引っ冠って、廊下をペタペタと歩いていた。
通り縋った召使に尋ねると、才人が泊まっているのは奥の納戸であると教えて貰った。そこは客間が続く廊下の突き当りであり、普段は掃除に使う道具が置いてある場所であった。
目当ての納戸を見付け、ルイズは大きく深呼吸をした。(別にね、逢いたいから来た訳じゃないわ)、と自分に言い聞かせる。(わたしは“メイジ”。“使い魔”が側にいないと、不安になってしまうだけなんだもの。ホントにそれだけなの。今日は1日口を利いていないものね。少しは口を利いて上げないと、あの“使い魔”が可哀想だからよ)、と想い、言い聞かせた。
ルイズは、「ほんとそれだけだから」、と呟きながら顔を真っ赤に染め、納戸の扉を開けた。
しかし、そこにいたのはベッドに腰かけたシエスタであった。
「あら。ミス・ヴァリエール」
その頬が酔で赤く染まっている事に、ルイズは気付く。
シエスタは、手に酒瓶を握っていた。
「なな、なんであんたがいるのよ?」
とルイズが慌てて言えば、「遊びに来ただけですけど」とシエスタが答える
ベッドの後ろに才人の姿が見えた。ぐがー、と激しい鼾をかいており、どうやら、酔い潰れて寝てしまったようであることがわかる。
「自分の部屋に帰りなさい」
とルイズがせいいっぱいの威厳を浮かべて言う。
「ここはミス・ヴァリエールのお部屋じゃありませんよ」
とシエスタは言い返した。
「ここはわたしの家よ」
ルイズも、シエスタに負けじと睨み付けた。(いったい2人でなにしてたのかしら?)とそんな想像をしてみると、メラメラと怒りが沸いて来たのである。
シエスタはお酒が入っていることもあって、気が強くなっている様子だ。それでなくても最近はルイズに喰って掛かるシエスタである。怯えず、動じず、ルイズに言い放った。
「わたしは“学院”に雇われたメイドです。ミス・ヴァリエールに雇われた訳ではありませんわ。とにかく今はわたし達の時間です。その時間をどう使おうがわたし達の勝手ですわ。邪魔しないで下さい」
話にならない。
ルイズはズカズカとベッドに近付き、寝ている才人の足首を掴んで引っ張り出そうとした。
すると、もう片方の足をシエスタが握り締める。
「離しなさい」
「離しませんわ」
「あのね、こいつはわたしの“使い魔”なの、詰まりね、わたしのモノなの」
シエスタは、敵意を含んだ目でルイズを睨み付けた。どうやらルイズの言うことを利くつもりはないようである。
「……貴女、“貴族”に逆らおうというの?」
ピキーンと、部屋の空気が固まった。
シエスタは、グイッと酒瓶から酒を呷った。そして、小さな声で呟いた。
「“貴族”、“貴族”、“貴族”って、うるさいです」
「はぁ? この、ぶぶ、無礼者……」
ルイズが怒鳴り付けようとした瞬間……シエスタがグイッとルイズに顔を近付けた。
「好きなんでしょ? 要は焼き餅じゃないですか。それなのに“貴族”がどーのこーのなんてね、ちゃんちゃら可笑しいですわ」
「な、な……」
一気に本丸を突かれ、ルイズは狼狽えた。
「好きって認めます? わたしに焼き餅を焼いてるって認めますか? そしたら、今日だけ連れてっても良いですわ」
シエスタは、グイグイルイズに迫って行く。
「あ、あう……う……」
ルイズは顔を赤らめて口籠ってしまう。
「なによ。言えないんじゃない。臆病者」
「う……」
酒の所為か、妙な迫力を出すシエスタに、すっかりやり込められてルイズは後退ってしまう。
「だいたいねえ、サイトさんは……」
「な、なによ!? なによなによ!?」
「胸の大きい娘が好きなんです」
完全にルイズは止めを刺され、ぐ……、と言葉に詰まってしまう。
「いっつも思ってましたけど。それ胸じゃありませんよね」
ツンツンとシエスタはルイズの胸を突いた。
「む、胸だもん」
「板じゃないですか。贔屓目に言って、板!」
う……、とルイズは半泣きになってしまい、(いっつもあの馬鹿“使い魔”の視線は、谷間を泳いでいなかったかしら?)、と才人の視線の先を想い出す。
「サイトさんいっつも言ってましたわ。ミス・ヴァリエールはペッタンコだから、女の子には見えないって」
酔った勢いで、シエスタはとんでもない事を言い放ってしまった。
ルイズはギュッと唇を噛み締めると、部屋を飛び出して行った。
それを見届けると、シエスタはコロンと才人の横に転がって、寝息を立て始めた。
半泣きで部屋に戻って来たルイズを見て、カトレアとシオンは驚いた顔になってしまう。
「おや、どうしたのルイズ? なにがあったの?」
ルイズは、「ふえ……」、俺に気付く様子もなくカトレアの胸に飛び込んだ。
「嫌ねえ、なにを泣いてるの?」
カトレアは質問するが、しかしルイズはしゃくり上げるだけで要領を得ない。
察し、理解できているのはシオンと俺だけだ。
ふぅ、とカトレアは溜息を吐いた。
昔良くそうしたように、泣き疲れて眠るまで、カトレアはベッドの中でルイズの頭を撫でてやった。
才人は目を覚まして、驚いた。隣にシエスタが寝ていたからであった。
シエスタは、うーんうーん、と苦しそうな寝息を立てている。
才人は、(なんてシエスタが俺の隣に……?)、と訝しんだが、床に転がった酒の瓶を見て思い出した。
「そう云や、酔っ払っていきなり押しかけて来たんだよな……」
才人は、シエスタに強い蒸留酒を呑まされ、自分は一気に潰れてしまったことを思い出す。
才人は、「シエスタ、シエスタ」、と彼女の頬をぴしゃぴしゃと叩く。
しかし彼女は目を覚まさない。
う、うぐ、むぐ、と胸を押さえて息苦しそうにしている為、才人は慌てた。見るとサイズが合わないシャツを着ているではないか。
城の誰かに借りた肌着であろう。二日酔いでこんなサイズの合わないシャツを着ていれば、それは当然気分も悪くなるだろう。
才人はシエスタのシャツのボタンを緩めてやった。
するとシエスタは、パッチリと目を開けた。
才人は慌てて、シャツから手を離した。
「は、ふにゃ、お早うございます……」
シエスタは寝惚けた顔でそう呟き、それから、はっ!? と自分の置かれた状況に気付き、一気に顔を赤らめた。
「サ、サイトさん、どうして? あのっ! わたし!」
才人は、(おいおいあんだけ酔って人の部屋侵入して来て人潰してそりゃねえだろ)、と思いながら苦笑した。
「いや、シエスタ昨晩酔っ払って……」
才人がそこまで言うと、シエスタは更に顔を赤らめた。
「え? 酔っ払った?」
「うん。ほら」
才人は床に転がっている酒の瓶を指さした。
「あれ持って来て。グビグビやってたよ」
「わたし、お酒呑んじゃったんですかぁ~~~~~~~~~~~!?」
「う、うん……」
「そういえば。夕飯の時、ワインが出たわ。一杯くらいなら、なんて思って呑んでしまったわ。あう、どうしよう……」
シエスタの慌てっぷりに、才人は驚いた。
「シエスタ?」
「わたし……わたしですね。あのですね」
「う、うん」
「あまり、その、お酒の癖が良くないみたいで」
顔を逸して、シエスタは気不味そうに呟く。
才人は、シエスタの「お前も呑め」といった言葉に納得し、対して(なるほど)と思った。
このメイドは酒乱の気があるらしい。
「ワインを呑んでから、記憶がないんです。なにかわたし、サイトさんに失礼なこと……」
「いや、特に……」
と才人は首を横に振った。
その時……廊下からドタバタと誰かが疾走って来る音がした。
ばたん! とドアが開けられる。飛び込んで来たのは、この御城のメイドの1人であった。
才人は、「な、な、なんだっ!?」、と怒鳴った。
メイドは、「どいて! 旦那さまが到着したのよ! ピカピカにしないと……」と叫ぶんで、掃除道具を引っ掴み、駆け出して行った。
次から次へと使用人がやって来て、モップやらポリッシュの入った缶を持って飛び出して行く。
ここは納戸である事を、才人とシエスタは思い出す。
いつもは使わないだろう、掃除道具が置かれてあるのだろう場所だが、この御城の主人である旦那さま――ルイズ達3姉妹の父親が帰えって来るとなれば別なのであろう。
シエスタと才人の2人は、「旦那さま?」、と顔を見合わせた。