“魔法学院”にやって来た募兵官に王軍への申込みを行った生徒たちは、それぞれ即席の士官教育を2ヶ月ほど受け、各軍に配属される事になった。
“トリステイン”の軍隊は、大きく3つに分ける事が出来る。
先ず、時の王を直接の最高司令官とする“王軍”である。“王政府”所属の“貴族”の将軍や士官たちが、金で集められた傭兵の隊を指揮するのである。ギーシュ達学生士官が配属されるのは、主にこの“王軍”と後述する空海軍である。
次に、各地の大“貴族”たちが、領地の民を徴兵して編成する、“国軍”、または、“諸侯軍”と呼ばれる組織である。王から領地を賜った“貴族”は盟約に従い軍を組織するのだ。ルイズの父親であるラ・ヴァリエール公爵が枢機卿に編成を依頼されたのもこれであった。その兵は元々農民である為、“国軍”は傭兵で編成された“王軍”に当然練度は劣る。“国軍”はおおよそ遠征に向く軍組織ではないのだが、“王軍”のみでは頭数が足りぬため、此度の“アルビオン”への侵攻作戦――遠征に連れて行く事になったのだ。ルイズの父親、ラ・ヴァリエール公爵のように戦に反対して、兵の拠出を拒んだ“貴族”も多数いた。なお、今回は遠征であるため、“国軍”の半数は輜重……詰まりは補給部隊として動くことになっている。
最後に、“空海軍”である。空や海に浮かんだ軍艦を動かす軍隊の事だ。艦長を頂点とする、当に封建制の縮図とでもいえるだろう軍組織だ。艦の中での絶対権力者、艦長の下に、“貴族”士官が乗り込み、多数の水兵を指揮する仕組みである。水兵といえども、“フネ”を動かす為に皆なんらかの専門家である。陸軍とは違い、頭数を揃えれば良い、という性格の軍ではないため、経験と日頃の訓練などが何より重視される軍だ。
“王軍”に予備士官として配属する事になったギーシュが首都“トリスタニア”の中程にある“シャン・ド・マルス”の練兵場に到着をしたのは、ルイズ達が帰省した日の翌日のことである。
“ロッシャ連隊”、“ラ・ロシェーヌ連隊”、“ナヴァール連隊”……平時には連隊長の町屋敷の庭に翻っているはずの連隊旗は、本日この“シャン・ド・マルス練兵場”に集結をしていた。
教練士官に書いて貰った紹介状を片手にギーシュは、“王軍”12個連隊、20,000の兵でごった返している練兵場を行ったり来たりしていた。
彼が所属することになった隊は、“王軍”所属の“ド・ヴィヌイーユ独立大隊”。聞いたことのない隊ではあったのだが、ギーシュは初陣であるということもあって張り切っていた。
先立って、“王軍”の元帥職にある父親に逢って来ばかりである。元帥は終身戦である為に、軍務を退いてなおギーシュの父親である彼は元帥なのであった。老齢の父親はこの度の戦に参加できない事を大変に悔しがり、生粋の武人である彼は「命を惜しむな、名を惜しめ」と言って、ギーシュを激励し、送り出したのであった。
3人いる兄の全員が、出征している。1番上の兄は、ド・グラモン家の軍を預かっている。2番目の兄は、空軍の艦長である。3番目の兄は、“王軍”士官であった。
そしてギーシュは……“ド・ヴィヌイーユ独立大隊”預かりの士官として、参陣するのであった。
しかし、その肝心の大隊は見付からない。紹介状に描かれたデザインの大隊旗が、どこにも見えないのである。
仕方なくギーシュは、強面で髭面の士官へと尋ねてみた。
「あの、“ド・ヴィヌイーユ独立大隊”はどちらでしょうか?」
その士官は帰り道がわからなくなるとは何事だ、とギーシュに説教を始めた。
ギーシュが「本日配属なのです」と言うと、士官はギーシュの頭から先までギーシュを舐めるように見つめ、「学生士官か?」と尋ねた。
「は、はい! そうであります!」
と、ギーシュは覚えたての軍隊調で敬礼すると、頭を叩かれてしまう。
「良いか学生? 戦場では、自分の隊がわからなくなりました、などと言っても誰も教えてはくれんからな」
そうして、士官は口調こそキツめではあったが、ギーシュへと忠告し、あそこだ、と言って練兵場の隅っこを指さした。
そこは宿舎の直ぐ側で、日当たりの悪い場所であった。
宿舎の壁に兵たちはもたれかかり、やる気なさげに空などを眺めている。酒を呑んでいる者までいる始末であり、ギーシュは呆れてしまった。
注意しようとするが、ギーシュは、そこにいるのが老人兵ややる気の見えない者ばかりであるという事に気付く。なんともはや、出涸らしのような隊であった。
「ま、まさか、ここが……?」
慌てて1人の兵へと、ギーシュは尋ねる。
「お、おい、兵隊」
「なんでございましょう?」
槍を重そうに抱えた老兵が、立ち上がる。
「“ド・ヴィヌイーユ独立大隊”は、ここか?」
「然様で」
ガーン、とギーシュは、頭を何かで打たれたように立ち竦んでしまう。
栄えある初陣であるにも関わらず配属された隊は老人兵や見るからにやる気のない不良兵ばかり。詰まりは数合わせの滓隊なのであった。どこの連隊にも所属せず、“独立”となっているのはその為であろう。詰まるところ、どの連隊長も自分の所で預かるのを嫌がったのである。
ギーシュが「だだ、大隊長殿はどこだ?」と尋ねたら、老傭兵は隅の一角を指さした。そこにはヨボヨボの白髪の老人が、杖を支えに立っていた。隣には、参謀記章を肩にくっ付けた、若く太った“貴族”が1人控えている。どうやらあそこが、“大体本部”であるらしかった。
矢玉を喰らわなくても突撃の時の声だけで驚いて心臓を止めてしまいそうな老人である。
ギーシュは、(こりゃ、相当な貧乏籤を引いちゃったぞ)、と切なくなった。
とにかく着任の挨拶をする為に、ギーシュは彼らに近寄った。
「予備士官ギーシュ・ド・グラモン、ただいま着任致しましたぁ!」
「はぁ? なんじゃ!? 何事じゃ!?」
大隊長のド・ヴィヌイーユはプルプルと震えながら、ギーシュに問い返した。耳が遠いらしい。
「ギーシュ・ド・グラモンであります! 当大隊の予備士官として配属されました! 着任許可を頂きたくあります!」
ギーシュは、仕方なく耳元で叫ぶ。
「おおそうか! 食事の時間か! 腹が減っては戦はできんからな! お主もしっかり食うのじゃぞ!」
ギーシュは諦めて、首肯いた。
そこで大隊参謀が、大隊長になにか耳打ちをした。
「な、なんじゃ! 配属か! だったらそう言わんか!」
だからそう言っているのである。ギーシュは憮然とした。
「せ、せ、せいれーつ!」
ヨボヨボの大隊長が声を張り上げた。鈍い、緩慢な動きで兵隊が集まって来る。
「新任の中隊長を! しょ、しょ、紹介する!」
ギーシュが唖然としている隙に、連隊長が続ける。
「えー、我が栄えある“ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊”に配属された……名前!」
「ギーシュ・ド・グラモンであります!」
「えー、そのグランデル君には、第二中隊を任せる! 従って第二中隊はこれより“グランデル中隊”と呼称する! 中隊長にけいれー!」
ノロノロと中隊所属の兵隊達が敬礼をする。
というよりも名前を間違えられている事、そして何よりも自分がいきなり中隊長に任命された事に、ギーシュは驚く。
「ちょ、ちょっと大隊長殿!? 僕は学生士官ですよ。そんないきなり中隊長なんて!?」
中隊長ともなれば100人からの兵隊を指揮するのである。そんな事は、当然戦などに1度も出た事もない者はもちろんだが、数度の出戦でも無理であり、ましてや学生であれば尚更であろう。
然し大隊長は、プルプルと震えながら、ギーシュの肩に手を置いた。
「中隊長が、今朝、脱走しおってな。後任を探しとったのじゃ」
「先任士官がいるでしょうが!?」
「あー、儂と大隊参謀と各中隊長以外、この大隊には“貴族”はおらん。従って余っとる士官は君しかおらん。宜しくな、中隊長」
“王軍”は士官不足と聞いてはいたのだが、これほどとは、とギーシュは青くなった。
“ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊”は鉄砲隊で規模はおおよそ350人。それが3つの中隊に分かれているのだ。鉄砲中隊が2隊。護衛の短槍中隊が1隊。その鉄砲中隊の1つを、ギーシュは着任早々預かる事になったのである。鉄砲隊とはいっても、装備しているのは旧式の火縄銃ばかりであった。新式のマスケット銃などは見当たらない。
ギーシュは頭を抱えた。ギーシュは訓練過程で、まったく鉄砲の教育を受けていないのである。2ヶ月の超即席訓練であった為に贅沢などは言えるはずもないのだが……それにしても所属する隊の兵科くらいは事前に教えてくれても良さそうなモノだ。大量の傭兵を雇い入れ、大変な士官不足を呈している“王軍”は混乱が酷いとは聞いてはいたのだが……これほどとは想像できるはずもなかったのである。
そんな悩めるギーシュの側に、すばしっこそうな中年男が近寄って来た。銃身の切り詰められた火縄銃を背負い、腰には短刀を差している。鉄兜を冠り、厚革に鉄の胸当ての付いた上着を羽織っている。
「宜しくでさ、中隊長殿」
「よ、宜しく。君は?」
「中隊付軍曹のニコラでさ。自分は副官の真似事など、やらして貰っとりました」
真似事というのは謙遜だろう。額の切り傷には日焼けした顔。見るからに歴戦の軍曹である事が一目でわかる。実際には下士官の彼が中隊を仕切っていたに違いない。
「いやぁ、災難ですねえ」
と、下手すると父親ほども歳の離れた傭兵軍曹はギーシュに呟く。
「来て早々、中隊長をやらされるなんてねえ。見たところ、未だ書生さんだ」
「う、うん」
ギーシュは首肯いた。
「まあ、中隊の面倒は自分と仲間が見ますから。隊長殿は、ドッシリと構えとって下せえ」
そんな風に歴戦の傭兵軍曹に言われ、ギーシュは少しばかり気が楽になった。
遠くでラッパが鳴った。兵を整列させる為に、中隊長たちが声を上げ始めた。今から“アルビオン”遠征軍総司令官オリビエ・ド・ポワチエ将軍の訓示が始まるのであった。将軍の閲兵を受けた後に、この練兵場に集まった軍は、“ラ・ロシェーヌ”に向けて出発するのである。
そこで“フネ”に乗り込み、空路“アルビオン大陸”を目指すのであった。
さて一方。
こちらは“トリステイン空軍”の主力艦隊が浮かぶ、“ラ・ロシェーヌ”の港。
巨大な樹木……古代の“
“
“王国”の空軍主力、何十隻もの帆走軍艦が、巨大な“
マリコルヌは、「うわぁ……」と口をポカンと開け、空を見上げていると、バンッ! と突き飛ばされてしまう。
見ると、相手はマントも着けていない、ただの平民である。
マリコルヌは平民に突き飛ばされたことがわかると激昂した。
「ぶ、無礼者! “貴族”を突き飛ばすなんて法があるかっ!?」
すると水兵は、ジロッとマリコルヌを睨み付けた。マリコルヌがただの士官候補生と当たりを付けると、ニコッと意味深な笑みを浮かべる。
「おい、坊っちゃん。ここは娑婆とは違うんだ。“空軍”での順番を教えてやるから、耳の穴ぁ、かっぽじて良く聴きな」
「え? ええ?」
“空軍”では、“貴族”だからといって威張れるという訳ではないようである。
“貴族”より偉い平民がいるなんて上手く想像する事ができるはずもないマリコルヌは戸惑うばかりだ。
「先ず艦長! これが“フネ”では一番偉い! 次に副長だ! 最先任の士官が任官する! 航海長、掌帆長、砲術長、甲板長、司厨長……と続いてその次は塀海尉だ! 俺みたいな航海士官が含まれる! “空軍”では平民でも勉強して手柄を上げりゃ士官になれるんだ!」
そうだったのか、とマリコルヌは目を丸くする。
平民の上官が存在する可能性のある軍組織……それがこの“空軍”であるのだ。
「で以て次は下士官! その下がやっとお前たちみたいな士官候補生だッ! お前らは“フネ”じゃあ蛆虫みてえな役立たずの存在なんだ! 覚えとけ!」
マリコルヌは立ち上がり、敬礼した。
「りょ、了解しましたッ!」
「根性をくれてやる! 歯ぁ喰い縛れッ!」
マリコルヌは直立不動のまま、頬にキツいビンタを受けてしまう。
「良し行け! 走れッ! 馬鹿者! 士官候補生が歩いていたら、ドヤされるぞッ!」
這々の体で、マリコルヌは駆け出した。
やっとの想いでマリコルヌが見付けた乗艦“レドウタブール号”は、片舷48門、全長70“メイル”の立派な戦列艦であった。つい1月前に艤装が完了したばかりの新鋭艦である。
マリコルヌはタラップを登り、枝にぶら下がった戦列艦に乗艦しようとすると、乗艦口に立った士官に呼び止められる。
「こら! 貴様! 勝手にどこに行く!?」
マリコルヌは慌てて敬礼をした。
「士官候補生のマリコルヌ・ド・グランドブレです! 本日着任いたしました!」
「当直主任のモランジュ空尉だ」
マントを着けた“貴族”士官である。彼は艦の入り口で、乗艦する将兵のチェックを行っているのであった。
相手が“貴族”だという事にマリコルヌは安心をした。まあ、平民の士官は多くはない。
彼はマリコルヌの太った身体を上から下まで眺め回した後、尋ねた。
「荷物はそれだけかね?」
マリコルヌは、手に提げた鞄を持ち上げた。
マリコルヌが「そうです」と答えると、空尉は眉を顰めた。
マリコルヌは、少しばかり考えた後、自分が間違いを犯した事を悟った。「そうです」などという応え方は軍隊には存在しないのである。特に、“空軍”では。
改めてマリコルヌは、「はい! 空尉殿!」、と敬礼をした。
早速マリコルヌは敬礼の形と、言葉遣いを直された。
「“空軍”では、殿はいらん! ボーイ!」
「彼が君ら候補生の世話をする。理解らん事があったらなんでも訊け。彼を見習い士官室へ」
最後の言葉はその少年兵に向けられたモノだった。
「鞄を御持ちします、候補生。あ、自分はジュリアンと言います」
マリコルヌは鞄を渡した。
マリコルヌより若い少年だ。未だ14~15といった黒髪の少年である。
「候補生はどちらから?」
マリコルヌが「“魔法学院”だ」と言ったら、少年兵は顔を輝かせた。
「どうした?」
「姉が奉公してるんです。シエスタって言うんですが……御存知ですか?」
マリコルヌは首を横に振った。“学院”で働く平民は数が多い。顔なら大体は覚えているのだが、いちいち名前までは覚えていない。だが、マリコルヌは、シエスタという名前に聞き覚えがあった。ただそれだけであり、名前と顔が一致する人物がいる訳でもない為に、横に首を振ったのだ。
「ですよね。“貴族”の方がいちいち奉公人の名前を覚えている訳がありませんよね」
ジュリアンは、マリコルヌを見習い士官室に案内すると、駆け足で去って行った。少年兵は、山のような仕事を抱えているらしい。
見習い士官室には、マリコルヌのような士官候補生が3人ほどいた。なんと、“魔法学院”の生徒も1人いた。上級生であったので、マリコルヌは頭を下げた。
上級生である彼は、野性的な顔立ちの、色男であった。眉が太く、唇が厚い顔に笑みを浮かべ、「スティックスだ。君は?」、とマリコルヌへと話しかける。
マリコルヌは自身の名前を言うと、「あのキュルケと同じクラスじゃなかったか?」、と尋ねられる。
先ほどの少年兵の事も想い出し、(こんな艦の中で随分とローカルな話題が続くなあ)、とボヤきながらマリコルヌは首肯いた。
スティックスは、「昔、ちょっと、その、彼女と仲良くしていてね」、と恥ずかしそうに言った。
見ると額には火傷の痕があった。
マリコルヌは(どんな知り合いだったんだろう?)と想ったが、彼が上級生である為に訊く事はできない。恥ずかしい理由や原因などに因るモノであれば逆に怒られてしまうかもしれないからだ。
そんなスティックスは、座っていた椅子にしっかりと腰かけた。
「さて諸君」
マリコルヌが入って行った時、見習い士官室では何やら深刻な会議が行われていたらしい。他の3人は、身を屈めてスティックスに顔を近付けている。ひそひそ話のようである。新入りであるマリコルヌも、椅子を勧められ、腰かけた。
スティックスが、マリコルヌの顔を真剣な目で覗き込んだ。
「新入りの君にも説明しないといけないな。マリコルヌ君、この艦は恐ろしい爆薬を抱えているのだ」
「爆薬、ですか?」
マリコルヌは息を呑んで、先輩候補生を見つめた。
「そうとも」
「新型火薬とかですか? それとも新兵器?」
マリコルヌは、(発火性の強い、新火薬? それとも扱いの難しい新兵器であろうか? どちらにせよ、枕を高くして眠れるモノではなさそうだ)、と震えながら尋ねた。
「そんなモノじゃない」
スティックスは呟く。
「では……なんなんですか?」
「人だよ。君」
「人?」
スティックスは、唇の端を歪めて呟いた。
「そうだよ。この艦には敵が乗り込んでいる」
「って事は裏切り者でもいるんですか?」
マリコルヌは思わず大声を上げた。
「しっ! 未だ裏切った訳じゃないが……その可能性は低くないだろう。僕はそう想うね。先任士官の中にも、そんな風に考えている方が結構おられるようだ」
「いったい、何者がいるんですか?」
スティックスは首肯いた。
「では、新しい我らの仲間に、艦に居着く鼠を見せに行こうじゃないかね?」
「賛成だ」
「うん」
そしてマリコルヌは、その、恐ろしい爆薬、とやらを、見学しに行くことになった。
後甲板に赴くと、そこには艦長がいて、背の高い“貴族”士官と、なにやら相談をしていた。艦長を見てマリコルヌは緊張した。美髯を蓄えた、押し出しの強い初老の男性である。戦列艦の艦長ともなれば、相当なエリートだった。見た目と同じように、中身も相当できるのであろう。そして、士官候補生たちが言う、恐ろしい爆薬、とは、そんな艦長をやり込めることの出来る男であるようだった。
“アルビオン”訛りを強く残す声で、「それでは艦を沈める結果になるでしょうな。雲中航海は、常に危険と隣合わせの博打なのです」、と艦長の隣に立った精悍な壮年の男が口を開いた。
艦長は恐縮して、頭を垂れた。
その声を聞いて、マリコルヌは背筋に火箸を突っ込まれたかのように跳び上がった。
コッソリと、スティックスがマリコルヌの耳に囁いた。
「見たまえ。あいつの名前はヘンリ・ボーウッド。紛れもない、生粋の“アルビオン”人だ」
「なんですって? 敵国人がどうして艦に乗り込んでいるんですか?」
「彼が“タルブ”の戦役で、何をしたか教えてやろう。彼は、あの巨艦……知ってるか? “レキシントン号”」
「我が軍の奇跡の光で沈んだ巨大戦列艦ですね?」
“アルビオン”艦隊が沈んだ件は、“奇跡の光”という事になっていた。むろん、その正体を知る者は少ない。
「その“レキシントン号”の艦長だった男だ」
「な!?」
マリコルヌは舌を噛みそうになった。
「我が軍は、“アルビオン”周辺空域の水先案内人として、捕虜にした元“アルビオン空軍”士官を何人も雇い入れたのだ。“アルビオン”の現政権に不満を持つ人物に限られる。と言うが……なに、そんな連中が信用できるモノか」
「その通りですよ。敵だった奴らなんかと同じ艦に乗り込むなんて」
「しかし、“空軍”は奴らを使う事に決めたらしい。詰まり……僕らじゃ当てにならんということだ」
忌々しげに、スティックスが呟く。
その言葉を受けて、自嘲気味に1人の士官候補生が、「我々は戦力にならん、と言われてしまったようなモノだ」、と言った。
そんな彼らの言葉を聞いて、マリコルヌは敵軍が同じ艦の中にいる事に恐怖を覚えながらも、“アルビオン”出身の同級生の事を想い出していた。(もしかすると、眼の前の彼は、本当にこちら側の戦力となってくれるのかもしれない……だけど……)、などと考える。
その時、艦長がマリコルヌ含む士官候補生たちに気付き、こっちへと来い、と手を振った。
「お前たち、挨拶しろ。ミスタ・ボーウッドだ。この艦の教導士官として乗り込まれる。ミスタ、我が艦隊のイボ小僧たちだ」
ボーウッドはニッコリと笑って、手を差し出して来た。
マリコルヌは、むむむ、と疑問などが湧き出て来るのを覚えた。
そんな士官候補生たちを前に、艦長の顔色が変わった。
「お前たち、ミスタ・ボーウッドは元敵国人だが、今では我が軍の軍属だぞ。おまけに彼はきちんとした“貴族”の家柄だ。礼を尽くさねば承知しないぞ」
そのように艦長に言われ、マリコルヌ始め士官候補生たちは渋々と敬礼した。
ボーウッドは両手を広げ、中甲板へと消えて行く。
艦長が「教導士官!」と慌てて追いかける。幾ら相手ができる男とはいえ、艦長があれでは他の乗組員に示しが付かないだろう。
スティックスは、マリコルヌ達に小声で呟く。
「僕は、あの男を無力化する計画を持っている」
「どんな計画です?」
「なに、戦闘ともなれば艦上は混乱する」
マリコルヌは自身の思考を悟られる事がないように気を配りながら、「でしょうね」と相槌を打った。
「そして、弾は前から飛んで来るとは限らない」
全員はスティックスのその言葉で緊張した。
彼は、戦闘行動中にボーウッドを撃ち殺すと言っているのであった。
“ダングルテール《アングル地方》|”。
かつて何百年も前、“アルビオン”から移住して来た人々が開いたとされる、その海に面した北西部の村々は、常に歴代“トリステイン王”にとって悩みの種であった。
独立独歩の気風があり、なにかというと中央政府に反発するからである。
100年ほど前、“実践教義運動”が“宗教国家ロマリア”の一司教から沸き起こった時も、進取の稀少に富んだこの地方の民は、逸早く取り入れたのだ。その為に時の王からは恐れられたが……“アルビオン人”独特の飄々とした気風も色濃く残し、呑む所はキッチリと呑んだため、激しく弾圧されるということもなかった。
詰まるところ、“アングル地方”の民は要領良くやっていたのである。
20年前、自治政府を“トリステイン政府”に認めさせ、“新教徒”の寺院を開いた。
それが為に“ロマリア”の“宗教庁”に睨まれ、圧力を受けた“トリステイン”の軍により鎖錠された、と当時の文献には残っている。
20年前のその日、アニエスは未だ3歳であった。残る記憶は断片的で、鮮烈であった。
3歳のアニエスは、浜辺で貝殻を拾っていた。綺麗に削られた貝殻よりも美しいモノをアニエスは見付けた。それは……波打ち際に打ち上げられた若い女性の指に光る……炎のように美しい大粒のルビーの指輪であった。
怯えながら、3歳のアニエスはそのルビーの指輪に触れた。
瞬間、その若い女性は目を開いた。そして震える声で、アニエスに問いかけた。
「……ここは?」
「ダ、“ダングルテール”」
とアニエスが答えると、若い女性は満足そうに首肯いた。
アニエスは大人たちに漂流者がいる事を知らせに走った。
彼女は瀕死の重症であったのだが……村人たちによる手厚い看護によって見事に一命を取り留めたのだ。
彼女はヴィットーリアと名乗った。“貴族”だが新教徒であり、“ロマリア”から弾圧を逃れて逃げて来たと語った。
“トリステイン軍”の一部隊がやって来たのは、それから1ヶ月後の事であった。
彼らは問答無用で村を焼き払ったのだ。
アニエスの、父親が、母親が、生まれ育った家が……一瞬で炎に包まれてしまったのだ。
幼いアニエスは炎の中を逃げ惑い、ヴィットーリアが隠れた家へと逃げ込んだ。
ヴィットーリアは、アニエスを布団の中に隠した。直ぐに兵士だろう男たちが部屋へと飛び込んで来た。
「“ロマリア”の女がいたぞ」
男の野太い声に、アニエスは怯えた。次に“呪文”の“詠唱”が聞こえた。
次の瞬間、アニエスをベッドに隠したヴィットーリアが炎に包まれた。
アニエスが薄れ行く意識の中で見たモノは、燃え尽きようとしながらも、炎に耐える為の“水”の“魔法”を自分にかけていたヴィットーリアの姿であった。
一端記憶はそこで途切れ、アニエスが次に見たモノは―――――。
男の首筋であった。
引き攣れた火傷の痕が目立つ醜い首筋である。
アニエスは、その男に背負われていたのであった。
手に持った“杖”から、その男が“メイジ”である事がわかった。詰まり、その男がアニエスの村を“炎”の“魔法”で焼き尽くした事に、彼女は気付いたのだ。
再びアニエスの記憶は薄れ……気付くと彼女は浜辺で毛布に包まれて寝ていた。
村は炎に焼かれ続けているのが遠くから見えた。
揺らめく炎を、アニエスはジッと見つめ続けた。
生き残ったのは、アニエスただ1人だけであった。
あの日から、20年という歳月が過ぎた。
未だ目を瞑れば、炎が彼女の瞼の裏に炎が浮かび上がる。
其の日、家族と恩人を焼き尽くした炎が浮かぶのだ。
そしてその炎の向こうに、男の背が見えるのだった。
長じてアニエスはあの事件が、“ロマリア”の“新教徒狩り”の一環であった事を知るに至った。“ロマリア”から逃げ出して来たヴィットーリアを匿った事が、その引き金であった事。作戦は“伝染病の壊滅”という名目で行われた事。
“ロマリア”の法王が代わってから“新教徒狩り”は打ち切られたが、アニエスの心の傷は決して療えることなどはなかった。
“ロマリア”から賄賂を貰い作戦を立案した男、リッシュモンをその手で殺しても、復讐は終わらないのだ。
彼女の復讐の炎は、“ダングルテール”を焼き尽くした者全てを討ち滅ぼすまで決して消えるという事はないのである。
“トリスタニア”の宮殿、東の宮の一隅に設けられた“王軍”の資料庫。
ここは“王軍”でも高位の者しか立ち入ることができない場所である。
アニエスの出世は、こういった場所に入る為だけにあったといっても過言ではないだろう。
アニエス率いる“銃士隊”は、今回の“アルビオン”侵攻には参加しない。数少ない本国に残る部隊の1つであった。近衛の隊とはいえ、このような国の総力を傾ける戦には出陣するのが習いであるのだが……要は最高司令長官ド・ボワチエに嫌われてしまっている事が要因であった。
規模は小さいが、近衛の隊長は遠征軍を指揮する将軍か、それ以上の官位である。なんとしてでも元帥になりたい将軍は、己の手柄を横取りしそうな憩いと格を持つ“銃士隊”の参加に反対したのであった。“全ての功は自分の手元に集まらなくてはならぬし、軍議の際に上座に座られたのでは堪らぬ”、という訳である。
それにアニエスは“メイジ”ではない。
ド・ボワチエからすると、「平民風情になにができる」、とアニエス達を軽んじているのであった。
もちろん表向きの理由は違う、もっともらしく「近衛の“銃士隊”に於かれては陛下の護衛に全力を注がれたし」などとでっち上げてあった。
だがそれは、アニエスにとっては好都合であった。
正直彼女にとって、“アルビオン”などはどうでも良いのである。
そんなアニエスが2週間ほども“王軍”の資料室に籠もり、やっとの想いで見付け出したその資料の表紙には、こう記されていた。
“
そのわずか30名ほどの小隊が、アニエスの村を滅ぼした部隊名であった。
アニエスは、ページを捲る。
隊員は全てが“貴族”であった。
そして、(あいつが?)、と驚く名前もそこには記載されていた。
唇をギュッと噛み締めながら、アニエスは1枚1枚慎重にページを捲って行く。
口惜しい事に、既に故人も多い。
アニエスの目が、大きく見開かれた。次の瞬間、表情が悔しさに歪む。
なんと、小隊長のページが破かれてしまっているのである。誰かが破った事は明白であった。
これでは、誰が小隊長だったのかわからない。
1番罪深い男のページが見付からない。
アニエスは身を震わせた。
“アルビオン”の首都“ロンディニウム”から馬で2日の距離にある“ロサイス”の街に、危険な雰囲気を纏った男たちの一団が現れた。
目元に大きな火傷の痕のある男……メンヌヴィルが率いる小隊であった。十数名程の小部隊ではあるが、周りを圧する雰囲気は、重装甲槍兵1個小隊にも匹敵する迫力であった。
革のコートは激しく汚れ、如何にも歴戦の傭兵という雰囲気を纏っていた。コートの下に獲物をそれぞれ隠し持っているのだろうが、その武器の正体までは簡単にはわからない。
一行は町外れにある空軍工廠の溶鉱炉に差しかかった。鉄を溶かし、砲弾を鋳造する溶鉱炉である。そこでは職人が苦心していた。炉の温度が上がらないのだ。鉛はともかくこれでは鉄を溶かす事ができない。
「親方……」
「コークスが足りねえんだ。おまけに風も弱え。参ったな……昼までに100発納入せにゃならねえってのに……」
そんな風に職人たちがボヤく声が届く。
ちょうどその時、メンヌヴィル小隊の進む道の反対側から、“トロール鬼”兵の一団が現れた。“トロール鬼”は“アルビオン”北部の“
数は少ないが、戦意は旺盛であった。人間同士の争いなどどうでも良いのだが、嫌いな人間共を好きなだけ棍棒で押し潰せる為に、彼らは参加しているのであった。
味方としては、なるほど頼もしいのかもしれない。背が高い為に、攻城の際には大変役に立つ存在であった。しかしどこでも我がもの顔で威張る為に、兵からは嫌われていた。命令を利かぬ事も多いので、有力な存在ながらも持て余す指揮官が多いのだ、
さて、そんな“トロール鬼”兵の20人ばかりが歩いて来ると、巨木の森が突き進んで来るような迫力であった。
工廠で働く職人や、水兵達は慌てて左右に避け、“トロール鬼”たちに道を譲る。
“トロール鬼”たちは、太い喉から海鳴りのような声を上げ、自分たちの足元で右往左往するヒトを見つめ、口を大きく開いた。巨大な鞴が上下するかのような呼吸音。小さく非力なヒト共を、嘲笑っているのであろう。
そんな“トロール鬼”たちの歩みが止まった。
立ち塞がるヒトの一団がいたのである。メンヌヴィルの小隊であった。
自分たちを前にして、道を譲らぬヒトがいるなどとは考え難いのだろう。鞴のような喉を上下させ、“トロール鬼”たちは喚いた。
「あの木偶の坊共は、なんと言っている?」
つまらなさそうな顔でメンヌヴィルが問うた。
側に控えた目付きの鋭い男が、隊長に告げた。
「“退け”、と言っております」
メンヌヴィルは“トロール”語を解するその部下に、こう言った。
「ここは人間の土地だ、と言ってやれ」
部下は“トロール”語で、二言三言、呟いた。
すると“トロール鬼”たちは、激昂して手に持ったメイスを振り上げた。
先端には、大砲の砲弾よりも大きな鉄の塊が付けられている。頑丈な城壁をも一撃で砕いてしまうような代物だ。
あんなモノをマトモに叩き付けられてしまえば、ヒトなど一溜まりもないだろう。
メンヌヴィルは、「お前、なんと言った?」、と“トロール”語を解し話した男へと尋ねる。
「ええと、ブル・シュブ・トル・ウウル……いけね、間違えた。こいつは最悪の罵りでした。すいやせん」
「なるほど」
メンヌヴィルは首肯いた。
怒り狂った“トロール鬼”は真っ直ぐにメイスを振り下ろした。
メンヌヴィルはコートを左手で跳ね上げ、中の獲物を取り出す。長い、無骨な鉄棒が現れた。右手に持ったそれを軽く振る。
“詠唱”。
鉄の棒から、炎が飛び出てメイスを握った“トロール鬼”の腕を包んだ。
一瞬でその炎は、“トロール鬼”の右腕ごとメイスを溶かし尽くした。真っ赤に灼けた鉄が飛び散ったが、メンヌヴィルの隣に控えた男が次いで“呪文”を“詠唱”し、“風”の“魔法”を放った。
小さな竜巻が灼け溶けた鉄を巻き上げ、“トロール鬼”たちの顔を包む。灼けた鉄に肌を灼かれ、“トロール鬼”たちは悲鳴を上げた。
“杖”の先から湧き出る炎は火勢を増した。
辺りは一面炎の海となった。
巨大な“トロール鬼”達が燃える臭いが、辺りを覆い尽くす。
炎に照らされたメンヌヴィルはほほに酷薄な笑みを浮かべ、炎に灼かれてのた打ち回る巨人たちをジッと見つめていた。
数分後。
炭化した“トロール鬼”たちの上を、メンヌヴィル達は踏み越えて行った。
「いや、耐えられぬ臭いですな」
と隊員の1人が呟き、メンヌヴィルは言った。
「なにを言う。生物が燃え尽きるこの香り……そこらの香水など霞み行く、極上の香りだ」
溶鉱炉の職人たちは震えながら巨大な“トロール鬼”たちが燃え尽きる様を、ジッと見つめていた。
消し炭になった“トロール鬼”たちの身体に、溶解した鉄の塊が混じっている。“トロール鬼”たちが持っていたメイスである。
「どうなってんだあいつ等……こいつは鋼鉄だぞ。鞴も炉も使わずに、それまで溶かしちまうってか?」
そこから然程離れていない、1隻の“フリゲート”の甲板では、ワルドとフーケが積荷の到着を待ち侘びていた。
「約束から15分過ぎたよ。ったく、時間も守れないような奴に、針の穴を通すような緻密な作戦が行えるのかね? 占領任務だ。面倒な仕事だよ」
「“白炎のメンヌヴィル”と言えば、傭兵の世界じゃ知られた男だ。残虐で狡猾……それだけに有能との噂だ」
「なんにせよ遅刻はいただけないね」
そんな話をしていると、メンヌヴィル達が到着したのが見えた。
甲板からタラップが下ろされる。
艦に登って来たメンヌヴィル達には、肉の焼け焦た臭いがこびり付いていた。
「あんた達、いったい何を焼いて来たんだい?」
「“トロール鬼”を20匹ほど」
とメンヌヴィルは淡々と答え、フーケは青くなった。
軍議の為に用意された部屋で、一同は今回の作戦を打ち合わせている。
作戦目的は、かつてフーケが働いていた、“魔法学院”の占領である。
クロムウェルは生徒を人質に取り、攻めて来た連合軍に対する政治のカードの1枚とする心積もりなのであった。
夜陰に乗じて“トリステイン”の哨戒線を潜り、直接“魔法学院”を突くのだ。
「子供とは言え“メイジ”の巣だよ? この数で大丈夫なの?」
いつか巨大な“ゴーレム”で“学院”を襲った事のあるフーケが、作戦に対する不満を述べた。
それに対してワルドが、「なに、教師のほとんどは戦に参戦するだろう。男子生徒もな。残るのは女子生徒ばかりだろう」、と言った。
「本当?」
「子爵の言う通りだ。“貴族”とはそうしたモノだ。面倒な連中よな」
と、メンヌヴィルが自嘲を含んだ言葉で言った。
「あんたも元“貴族”なの?」
「“メイジ”はだいたいが“貴族”だろう? マチルダさんよ」
メンヌヴィルから、“貴族”の頃の名前を告げられ、フーケは顔を赤らめた。
「わりと有名なのかな? あたしってば」
「どうして貴様は“貴族”を辞めた?」
メンヌヴィルの質問に、「忘れたわ」とフーケはつまらなさそうな顔で答える。
メンヌヴィルは笑った。
「俺は良く覚えているぞ」
「へえ……」
フーケは唇の端を持ち上げた。
“貴族”の名を捨て、平民に身を窶す“メイジ”は少なくない。末路はだいたい決まっている。フーケのような犯罪者になるか……メンヌヴィルのように傭兵になるか、基本的にはそのどちらかである。そして大体は己の選択を後悔しながら、果て逝くのだ。
フーケにしても決して認めようとはしないのだが……たまに夢見ることがあるのだ。あのまま“貴族”の暮らしを続けていたら、と。それが無理とは知りつつ、たまに夢想するのである。不安という言葉さえ知らぬ少女の事を。
メンヌヴィルは、そんな後悔とは無縁のようであった。心から己の選択を祝福しているらしい。
「あんたは自分が好きみたいだね」
フーケがそう言うと、メンヌヴィルは笑った。
「俺には、今の仕事が天職に想えるよ」
「どうして?」
「好きなだけ、人間を焼けるからな」
「人が嫌いなの?」
「真逆、大好きだ。好きだから焼くんだよ。理解らぬか? あの匂い、己の炎が醸し出す匂い……その匂いだけが俺を興奮させる」
フーケは背筋にナメクジでも這っているかのような、生理的な嫌悪を覚えた。
「それに気付いたのは、20歳の時だ、俺は“トリステイン”のとある部隊に所属していた」
集まった隊員たちは、顔を見合わせた。
フーケとワルドも黙った。
メンヌヴィルは語り始めた。
20年前だ。
俺は20歳になったばかりの“貴族”士官でね、“
その小隊は、初めて“貴族”……“メイジ”のみで構成された実験小隊だった。いや、“魔法衛士隊”とはちょっと違う。あそこは戦の花形だろう? ワルド子爵、あんた、そこの隊長だったなら理解るよな? 派手な“幻獣”に跨って……キャアキャア騒がれるのは羨ましいが、立ち小便1つできやしねえ。汚れ仕事はなかなか難しい。まあ、なんであんたが辞めたかは訊かねえがね。
でもって俺たち“
野党退治や、田舎“貴族”の反乱鎮圧なんかの時には、真っ先に投入された。
偉いさんにしてみりゃ、使い勝手良かったんだな。
で、ここの隊長が凄かった。
「隊長?」
フーケの質問に、メンヌヴィルは「そうだ」と首肯き、話を続けた。
さっき言ったように、その隊長殿と来たら20歳を幾ら過ぎてねえ癖に、やたらと肝が据わってた。
なにせ顔色1つ変えずに、敵を焼き殺すんだ。俺は惚れ惚れしたもんだ。
でもって、その隊長に徹底的に惚れ込んだのが、あの作戦だ。
“トリステイン”の北の隅っこの海岸沿いに、“ダングルテール”っていう田舎があった。なんにもねえ、寒村だ。牡蠣を海岸で拾うぐれえしか、金目のモノがねえ、寂れた村だ。
“そこで疫病が流って手が着けられねえから焼き滅ぼせ”、と命令が入った。随分上からの命令だったな……。
で、俺たちゃ急行して仕事をやって退けた。
凄えのは隊長だ
なにせ容赦がねえ。
女も、子供も、キッチリ見境なしに焼き滅ぼした。
まるで竜巻のような炎を操って、村をあっと言う間に炎の海に変えた。
夜でね、海に炎が映って、そりゃあ綺麗だった。
傑作だったのは、その村は疫病でもなんでもなかったって事だ。
「じゃあどうして、村1個滅ぼしたんだい?」
「“新教徒狩り”さ」
「“新教徒狩り”?」
「“ロマリア”から、圧力がかかったんだ。 “1人手前の国から逃げた新教徒の女がその村に匿われている。その地方はけしからん事に新教徒”ばっかりだ。今後もこのような事があっては面倒だ。ついでだから、纏めて全部もやしちまえ”ってね。疫病云々ってのは、口実だったって訳だ」
ワルドは表情を変えずにそこまで聞いた。
フーケは不快を隠しもせずに、メンヌヴィルを睨み付けている。
「さて、そんな“ダングルテール”の鎮圧任務が終わった時……俺はそんな隊長にゾッコン惚れた。あいつみてえになりてえな、と想ったら、その背中目がけて“杖”を振ってた」
「理解できないいね。惚れてて攻撃するなんざ」
「俺にも良く理解らんよ。とにかく、確かめたかったんだろうなぁ。そいつがゾッコン惚れるに足りる器かどうかってよ。俺に斃されるくらいじゃあ、そんな器じゃねえってね」
「で、どうなった?」
メンヌヴィルはニヤッと笑って、火傷に引き攣れた目元を指さした。
「これで済んだ。あいつは本物だった。難なく俺を配いやがった。俺は直ぐに隊を脱走したよ。隊長に“杖”を向けたとあっては、残れる訳もねえからな」
「で?」
「今に至るって訳よ。傭兵をやってりゃ、いずれあの隊長に逢うこともあろうかと想ったが、そうも行かなかった。誰かに殺られたか、引退したか……その日以来、俺の顔に火傷の痕を付けた隊長の噂を聞くことはなかった。残念だよ、俺はあの時の何倍も強くなったって言うのに。あの時より熱く、誰より熱く“炎”を繰り出せるというのに……」
メンヌヴィルは高らかに笑った。ネジが外れたように、笑った。
「嗚呼、もう1度あいつに逢いてえなあ! 逢って礼がしてえ! 俺はなんにも後悔してねえ。“貴族”の名を捨てた事も、人殺しになった事も含めて全部だ。でも、あの隊長に礼を言えねえ。それだけが俺をキリキリさせんのさ。逢いてえ、逢いてえ、ってこの火傷が夜鳴きするんだ」
メンヌヴィルは気が触れたかのように、長く笑い続けた。