ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ダーダネルスの幻影

 朝直の八点鐘が戦列艦である“レドウタブール号”の艦内に鳴り響いた。

 2国と、1国の運命を決する朝であった。

 鐘楼に登ったマリコルヌは、大きな欠伸をした。そして、すぐに辺りを見回す。欠伸をした士官候補生を見付けた甲板士官が、どれだけ残酷な罰を与えてくるのかを、この2日間でマリコルヌは身体で覚えていたのである。

 マリコルヌは見張り当直であった。

 朝の八点鐘……ただ今の時刻は午前8時。マリコルヌ当直として働く時間はこれで終了である。次直の士官候補生に引き継ぎを行えば、ハンモックに入って8時間眠ることができる。

 早朝の鐘楼はいってしまえば地獄の寒さだ。

 マリコルヌは震えながら、鐘楼に登って来る候補生を待ち受けた。

 トップマストを攀じ登って来るのは“魔法学院”の先輩でもあるスティックスであった。

 マリコルヌは、彼が遠回しではあったが「ボーウッドを殺す」と言っていた事を思い出した。だが、今はそんな事よりも暖かい部屋で、御湯で割ったブランデーを呑んで身体を温めたい欲求に駆られていた。

 2人は顔を見合わせると、敬礼して微笑み合った。

「これから僕が極寒に耐えなきゃならんという訳だな。太っちょ」

「でも、なんとも羨ましいことに先輩には太陽が着いてますよ」

「覚えているかい? マリコルヌ君」

「なんですか?」

「僕が、あの“アルビオン”野郎を殺っ付けると言った事を」

「覚えてますよ」

「戦闘行動中が望ましい」

「でしょうね」

 マリコルヌは、スティックスの言葉に、複雑な心境を悟られることがないようにと気をつけながら答えた。

「いつになったら、戦闘は始まるのかな?」

 スティックスは、勇気のあるところを後輩に見せつけたいのだろうか、待ち侘びて堪らぬ、といった具合に呟いた。

 マリコルヌはなにげなく空を見つめ……息を呑んだ。

「どうしたね? マリコルヌ君」

「……待つ必要はないみたいですよ」

「え?」

 マリコルヌが指さす一点を見つめ、スティックスは顔色を変えた。

 

 

 

 

 

――“敵艦見ユ”。

 

 朝の8時を5分ほど過ぎた頃、俺たちが乗り込んでいる“ヴュセンタール号”の総司令部に敵艦隊発見の報告が届いた。

 ド・ボワチェ将軍が、「予想より早いな」、と呟いた。

 彼は“アルビオン”艦隊との接触を10時頃と見ていたのである。

 参謀の1人が、「生真面目な連中ですからな」、と相槌を打った。

「“虚無”殿たちは?」

「昨晩の内に、使用する“呪文”を決定しました。受けて、参謀本部で作戦を立案しました」

「どんな“呪文”だ?」

 手渡された作戦計画書を眺めながら、ド・ボワチェが呟く。

 参謀は将軍の耳に口を寄せ、ルイズが報告した“呪文”の内容を呟いた。

「面白い。上手く行けば吸引できるな。伝令」

 伝令兵が、駆け寄って来る。

「“虚無”たちを出撃させる。作戦目標は“ダータルネス”。仔細は任す。“第二竜騎士中隊”は全騎を以てこれを護衛。復唱」

「“虚無”出撃! 作戦目標“ダータルネス”! 仔細自由! “第二竜騎士中隊”はこれを護衛!」

「宜しい。駆け足」

 伝令はルイズを始め俺たちが待機する上甲板にすっ飛ぶ。

「これで我々は心置きなく“ロサイス”を目指せますな」

「そうだな」

 次にド・ボワチェは敵艦隊を迎え撃つべく、戦艦隊に命令を発した。

「戦列艦の艦長たちに伝えろ。体当たりしてでも、上陸部隊を満載した輸送船団に敵艦を近付けるな、とな」

 

 

 

 才人は上甲板の“ゼロ戦”の操縦席に座り、“エンジン”始動前の点検を行っていた。

 ルイズは、既に後部座席に座って目を閉じ、精神を集中させている。

 昨晩、ルイズは使用する“呪文”を見つけて、それを参謀本部へと提出していたのだ。

 参謀本部ではそれを受けて作戦が立案され、参謀本部たちによって計画書が作成された。その計画書の写しが、今才人の手元にある。

 本日、早速その作戦は実行されることになったのである。

 “ゼロ戦”に攀じ登った甲板士官が、羊皮紙に地図やら文字やらが書き込まれたそれを指さして、才人に説明を始めた。

「だから、俺はこっちの字が読めないんだよ!」

「この地図の! “ダータルネス”! ここだ! お前はとにかく“虚無(ゼロ)”殿をここまで運ぶんだ! 後は“虚無(ゼロ)”殿がなんとかしてくれるだろう!」

 と、その甲板士官は怒鳴った。

 才人は、(なーにが、“虚無(ゼロ)”殿だ。そんな変な呼び方があるもんか。気持ち悪い)、と想った。

 さてその羊皮紙であるが、ボンヤリとした“アルビオン大陸”の地図が載ってある。

 だが当然、航法など勉強したことなどない才人は、目印のない雲上をどちらへ向かい飛べば良いのかわかるはずもない。目視で地形を確かめることのできた、いつだか“ラ・ロシェール”を目指して飛んだ時とは訳が違うのである。

「“竜騎士”が先導する! 逸れるなよ!」

 甲板士官が才人の不安を見越したのだろう、説明をした。

 才人は、理解った理解った、と首肯いた。

 確かに“ウィンドドラゴン”の瞬間速度は元来のレシプロ機に匹敵するだろう。

 才人は実際に、ワルドに追いかけられた時にそれを確かに実感していた。

 そうこうして考えている時――。

 カンカンカンカン! と激しく鐘が打ち鳴らされる音が響いた。

 才人は、思わず空を見上げた。

 遠くの雲の隙間に、明らかに味方とは違う動きを取っている艦隊が、急速に降下して来てこちらへと向かって来るのが見えるのだ。

 この総旗艦“ヴュセンタール号”を含む輸送船団の左上方を航行していた60隻の戦列艦たちが、現れた敵艦隊と雌雄を決する為に進路を変え上昇して行くのが見える。

 もちろん才人とルイズ、シオンの3人は、その内の1隻にマリコルヌが乗り込んでいるなどとはまったく知る由もない。

 そこに伝令が飛んで来た。

「“虚無”出撃されたし! 目標“ダータルネス”! 仔細自由! “第二竜騎士中隊”は全騎を以てこれを護衛!」

 才人は“エンジン”を掛ける為に、控えている“メイジ”へと指示を送った。

 しかし、彼は勝手がわからないのだろう、もたついている。“エンジン”をかける為には、プロペラを回す必要があるのだが……どのような“魔法”をかければ上手くプロペラが回せるのかわからないでいる様子であった。これがコルベールであれば、以心伝心、とでもいったように直ぐに才人の意を汲んで行動してくれるのだろうが……。

「だから、その、これを回すんですよ」

「え? どれだ? わからん。もっと詳しく頼む」

 そんなやりとりをしている内に、敵艦隊から分派しただろう3隻ほどの“フネ”が、急速にこちらに向かって来るのが見える。

 誰かが、「焼き討ち船だ!」、と怒鳴った。

 見ると、その“フネ”共は真っ赤に燃えているのがわかる。それらは、敵艦隊のど真ん中に無人で突っ込み、仕込まれた火薬を爆発させるという特攻――神風地味たモノだ。

「その飛行機械の先端部にあるモノに“風系統”の“魔法”をかけろ!」

 俺がもたついている士官に怒鳴るのと同時に、才人たちがギョッとする間もなく、落下するような勢いで飛び込んで来た焼き討ち船の1隻が、“ヴュンセンタール号”の近くで爆発をした。

 その爆風で、“ヴュンセンタール号”が大きく傾いてしまう。

 あ!? と思う間もなく、ズルズルと“ゼロ戦”は滑り出し……ボロっと上甲板の端から宙に落っこちてしまった。

 才人とシオンは、当然絶叫を上げる。

 “エンジン”のかかっていない“ゼロ戦”は、機首を下にして真っ逆さまに地面に向けて落下する。

「墜ちる! 墜ちる! 墜ちる!」

 と才人が絶叫していると、デルフリンガーが口を開いた。

「相棒」

「なんだよ!?」

「良いこと教えてやろうか?」

「それどころじゃねえ! 嗚呼、こんな最期だなんて……呆気ねえ」

「ペラが回ってるぜ?」

 才人は、へ? と前を見る。

 なるほど落下する際の風圧によるモノだろう、確かにプロペラがグルグルと回っていた。

 才人は、“ゼロ戦”の脚を収納させて、“エンジン”点火ボタンを押してみた。

 プスプスと音がして、バロロロロロロロッ! とプロペラが本格的に回り始める。

 才人は操縦桿を引いて、機首を引き起こし、水平飛行に移る。

「いやぁ……結果オーライ」

 冷や汗でびっしょりになりながらも、才人はホッとした様子を見せる。

 才人の後ろの座席に座っているルイズは未だ精神集中の真っ最中である。普段は落ち着きのない風ではあるが、“虚無”を唱える前だけは、雑音がまったく届かなくなるほどに集中できる様子だ。詰まり、先ほどの落下にも気づいていない。

「相棒」

「なんだ?」

 寂しそうな声で、デルフリンガーが呟く。

「もっと褒めてくれても良いんだぜ?」

「おまえは偉い」

「もっと。もっとだ相棒。放ったらかしの分、もっと褒めねえと非道いからな」

「おー、偉い偉い」

 才人は、(なんで俺の周りのほとんどの連中は、皆我儘で寂しがり屋なんだろう)、と己を棚に上げて想った。

 

 

 

 立て直し飛行した“ゼロ戦”を横に、俺はシオンを御姫様抱っこし、“王律鍵バヴ=イル”を“投影”して“バビロニアの宝物庫”と空間を繋げる。それから“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を出し、そこへと着地。そして、玉座の隣に急造の席を設置し、その席にシオンを座らせ、俺もまた座る。

「死ぬかと想った」

「そうか……それはすまない」

 ゼェゼェ、と息を乱しているシオンへと謝罪の言葉を口にする。

 “天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を“ゼロ戦”の横に移動させる。

 “第二竜騎士中隊”も周りを飛んでいる。その数、合計10騎であった。

 

 

 

 才人は、プロペラピッチとスロットルのトリムレバーを調節して、巡航速度を計器で110ノットくらいに絞る。

 速度の出せる“ウィンドドラゴン”は、難なく“ゼロ戦”と、かなりユックリとした速度を出す“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”の飛行に着いて来ている。いや、“ゼロ戦”と“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”は速度を緩めているのだから当然であろう。

 才人は昨日仲良くなった“第二竜騎士中隊”の連中に手を振る。

 向こうも手を振り返す。

 才人の後ろで精神を集中させているルイズは、“始祖の祈祷書”を両手に持ってページを開き、身動ぎ1つもしない。

 こうなれば才人の仕事は、この“虚無の担い手”であるルイズを目的地に運ぶだけである。

 2機と10騎の混成編隊は、“ダータルネス”を目指して飛行した。

 

 

 

 1騎の“竜騎士”が“竜”に尻尾を振らせながら前方に出た。どうやら彼が先導をするらしい。故郷に恋人を残して来たと言う、金髪の17歳。才人と同じ歳の“竜騎士”。

 直ぐ右隣を飛んでいる“竜騎士”は18歳。憧れの“竜騎士”になる事が出来て喜んでいた。彼は貧乏“貴族”の3男坊で、「この戦で手柄を立てて出世するんだ」と張り切っていた。

 左手を飛ぶ2人は、双子の16歳だ。

 皆昨日、呑み明かした連中である。“竜騎士隊”の面々は気の好い連中ばかりだといえるだろう。彼らは全員、当然“貴族”であるのだが、「空を飛ぶ以上、“貴族”も平民もない」と言って友人として才人や俺を扱ってくれたのである。それは、“空軍”の一員である事、そして何よりも彼ら自身の気の良さもあるだろう。

 そんな連中であるのだが、彼らの昨夜のその言動から、どうしても死亡フラグというモノが、俺の頭の中に浮かんでくる。

 上方から艦隊が大砲を撃っ放す音が何発分も聞こえて来る。

 “トリステイン”と“ゲルマニア”の連合艦隊、及び“アルビオン”艦隊の間で、砲撃戦が始まったのだ。敵味方合わせて、100隻は超える艦隊決戦だ。

 火薬の臭いがここまで漂って来るほどの圧倒的な炎の演舞に才人とシオンは魅せられそうになる。しかし……2人は首を横に振り気持ちを切り替えた。

 あの爆発の1つ1つの中で、何人、何十人もの人間が飛び散り命を散らしているのである。それを考えると、やはり背筋が寒くなってしまうのは仕方がないことだろう。

 2人は、(彼らの死を悼む前に、自分がそこにいなくて良かった)、などといった感情が巻き起こった事を自覚した。一瞬、そんな風に想ってしまった自分を恥じ、前を見つめた。

 ここにいる皆が、そうならぬとう保証はどこにもないのである。“サーヴァント”である俺がいたとしても、何かしらの油断や何らかの要因などで何が起こってしまうかわかったモノではないのだから。

 “竜騎士”を侍らせ、空の青と雲の白の境界線の上を、俺達は“アルビオン”目がけて飛んだ。

 

 

 

 

 

 三叉のような三列縦隊で突っ込んで来た“アルビオン”艦隊を、“トリステイン”と“ゲルマニア”の戦列艦隊は包み込むかのようにして横隊で受けるかたちになった。突破を図る“アルビオン”艦隊を、まさに身体を張って喰い止めているのであった。

 上手に行けば包囲殲滅出来る様に想えるのだが……距離が近過ぎる為に、両艦隊は至近距離で、全艦入り乱れての果てしのない殴り合いを開始する羽目になったのである。

 その内の1隻、“レドウタブール号”甲板上のマリコルヌは、ガタガタと震えてしまっていた。

 見ると側には、同じようにしてスティックスが蹲ってしまっている。

 歯の根が合わない。

 マリコルヌはどうにか立ち上がろうとするのだが、腰が抜けてしまっていることに気づいた。

 周りは、黒色火薬の爆発が生み出すモウモウと立ち籠める煙と、時たま雷鳴のように光る敵艦が放つ大砲の光以外、何も見えないといえるだろう。

 艦体が敵艦と打つかり、軋みを上げて、また離れる音がする。

 一瞬でマリコルヌが入り込むことになってしまった戦場は、彼にとって想像を絶する世界だった。彼には、今何が起こっているのかサッパリ理解できないのである。これでは混乱に乗じてボーウッドを討つどころではないだろう。

 そんな余裕は、マリコルヌにも、スティックスにもなかった。ただ、敵艦隊と自艦隊が入り乱れ、まるで剣士のように至近距離で切り合っているということだけは理解できた。

 モウモウと立ち籠める白煙の中に敵艦が見えた……かと想えば上下2層の中甲板から一斉射撃の命令が聞こえて来る。

 雷鳴のような発射音。

 敵艦にいくつもの大穴が空き、木片や人間が飛び散って行くのが見える。

 だが、それは敵も同様であり、擦れ違い様に味方艦や“レドウタブール号”に向けて大砲を撃ち込んで来る。

 周りの甲板がベキッと圧し折れ、破片が宙を飛ぶ。

 千切れたロープが舞う。

 溢れた油が甲板を流れる。

 誰かが「砂を撒け」と喚く。

 混乱と喧騒と煙と血と、火薬の臭い。

 鉄の砲弾が木板の艦を破壊する音。

 引切りなしに続く大砲の発射音……そして煙。見通すことさえ困難な煙。

 それが、マリコルヌが今認識できる戦であった。

 恐怖に耐え切れなくなったのだろうスティックスが、昇降口に駆け込もうとする。比較的安全だろう下甲板に逃げ出そうというのだろう。

 しかしそこには“杖”を構えた士官が立ち塞がり、持ち場から兵が逃げ出すことを防いでいる。

 スティックスは、すごすごと戻って来て、頭を抱える。

 そこに甲板士官がやって来て、喚く。

「コラァ! 何をしとる!? 立て! 立ち上がらんか! 勇気を見せろ! お前たちは“貴族”だろうが! 立って自分たちの仕事をしろ! 仕事がなければ“魔法”を唱えろ! 周りは全部敵だ! どこに撃っても敵に当たる!」

 マリコルヌはグッと唇を噛み締め、両手を甲板に突いて四つん這いになってどうにか立ち上がった。すると、思いっ切り尻を蹴飛ばされてしまう。(立ったじゃないか! た、立とうとしてるじゃないか!)、と想い、屈辱を感じる間もなく、どやされる。

「貴様! ブクブク見っともなく太った貴様に言ってるぞ! 戦え! 戦争をしない臆病者の士官候補生はいらん!」

 マリコルヌは、(臆病者の太っちょと、罵られるのが嫌で軍に志願したんじゃなかったか? このままじゃいつまで経っても臆病者じゃないか)、と頬を自分で叩いた。

「ほら! 子豚ァ! モタモタするな!」

 そう怒鳴った甲板士官が、シュン! と飛んで来た“魔法”の矢で串刺しにされてしまった。

 煙の向こうには敵艦が見える。敵の顔がわかるほどに近い距離である。あちらの甲板の上に、マリコルヌに似た太っちょの少年が“杖”を構えているのが見える。歳の頃も変わらないだろう。彼も震えて居いるのが見て取れる。青褪め、ガタガタと激しく震えているのがる。

 胸に“魔法”の矢を受けた甲板士官がビクンビクンと、マリコルヌの側で断末魔の痙攣を起こしている。

 マリコルヌは、鼻水混じりで絶叫をした。

 だが、マリコルヌ自身が叫んでいるのか、ただ単に口を開けているのか、響く爆発音に掻き消されて良くわからない。

 マリコルヌは“杖”を構えて、敵艦目掛けて闇雲に“呪文”を“詠唱”し始めた。

 

 

 

 

 

 雲の切れ間に“アルビオン大陸”が見えた頃、俺たちは敵軍の哨戒鴉に発見された。

 空を飛べる“使い魔”を利用した、密度の濃い哨戒網の網目の1個を形成しているだろうその鴉は、直ぐに“竜騎士”の駐屯所に待機している、自分の主人に侵入者の存在を報せる。

 多くの場合、“使い魔”の視界は精神を集中させた主人の視界となるのである。

 3つの基地から、俺たちを邀撃する為に“竜騎士”の群れが飛び上がる。

 俺たちに向かって来る危険は、加速度的に上昇して行った。

 

 

 

 先頭を行く“竜騎士”の“竜”が激しく尻尾を振った。

 騎乗した騎士が、前方を指す。

 数十匹もの“竜騎士”が俺たちを見付けて急降下して来るところであった。

 このままでは、真正面から打つかるかたちになってしまうだろう。

「くそ、どうすんだよ!?」

 と、“ゼロ戦”の操縦席で才人が喚く。

 思いっ切り被られているのだ。

 これでは攻撃を受けてしまうだろう。

 しかし、先頭を行く“竜騎士”たちは進路を変えない。攻撃を受けようが、何をされようが、真っ直ぐに突っ切る構えのようである。

「殺られちまうだろ!」

 才人は翼にある機関砲を操作するのだが……弾切れであることを想い出す。

「そうだ、もう弾はねえんだっけ……」

 機首の機銃には、未だ200発ほどの弾が残っている。がしかし、7.7ミリでは威力が弱いだろう。

 才人はコルベールの言葉を思い出した。

「ルイズ! 先生の新兵器だ! 説明書があるだろう!?」

 しかし、ルイズは夢中になって精神を集中させているため、才人の声が届かないでいる様子だ。

 才人はルイズの膝を掴んで、揺すった。

「おい! ルイズ! ルイズ! 集中してる場合じゃねえ! “虚無”を撃っ放なす前に俺たち殺られっちまうぞ!」

「え? な、なによ!? なになに!?」

「とにかく説明書を読んでくれ! 座席の下だ!」

 ルイズは慌てて座席の下を探った。

 そこにはコルベールが書いた、羊皮紙の説明書が置いてあった。

「あったわ!」

「読め!」

「え、えっと……“炎蛇の秘密”。“えー、親愛なるサイト君。これを読んでいるという事は、君は困っているんだろうね。そりゃいかん。是非とも読んで欲しい”」

「前書きはい―んだよッ!」

 前方から“アルビオン”の“竜騎士”がグングン距離を縮めて来る。

 敵も“ウィンドドラゴン”だろう、速い。

「“えー、先ずは心を良く落ち着けて、“エンジン”の開度を司る棒の隣に取り付けられた、レバーを引きたまえ”」

「これかぁ!」

 才人は、スロットルレバーの隣に付いている見慣れないレバーを見付けた。

「“思いっ切り引きたまえ”!」

 照準器一杯に、正面から突っ込んで来る敵“竜騎士”編隊が広がった瞬間、才人はレバーを引いた。

 照準器の下に隠された蓋がガバッと開き、中から蛇の人形が顔を出した。カパカパと口が開いて、言葉を吐き出した。

「サイトガンバレ!  サイトガンバレ!  ミスヴァリエールモガンバレ!」

「なんじゃこりゃあ!?」

 蛇の人形が、“魔法”で録音された声を再生し張り上げる。

 それで終わりのようだった。

 そこで、敵からの攻撃だ。

 “ウィンドドラゴン”である為に、ブレスは飛んで来ない。がしかし、“魔法”の矢である“マジックアロー”が飛んで来て、“ゼロ戦”の翼に打ち当たり、機体を揺らす。

 拳大の穴が翼に空いてしまう。

 しかし、そのくらいでは取り敢えず飛行には被害がないようだ。

 ルイズは、説明書を読み上げる。

「“レバーを引いたかね? えー、愉快なヘビ君が、君たちを勇気付けてくれる! 頑張れ! 辛くても頑張れ! 私はいつでも君たちを見守っている!”」

「あんの小っ禿!」

 才人は照準器の下からピョコピョコ顔を出し、いつか授業で見た“愉快なヘビ君”を見つめながら呪詛の言葉を吐き出した。

 自分が悪口を言われたと思ったのだろう、ルイズが怒鳴る。

「誰が小っ禿よ!? あんたが読めって言うから読んでるんじゃないのッ!」

 敵の“竜騎士隊”は再び上昇をした。

 正面からでは、高速で飛ぶ“竜騎士”同士はあっと言う間に擦れ違ってしまうのである。

 攻撃のチャンスが短いため、あちらは後方から追撃する構えの様子だ。

 そしてこちらは……一刻も早く目的地に到達して、“虚無”を撃っ放つのが任務の為に、真っ直ぐ飛ぶことしかできないのである。

 あの“竜騎士隊”と交戦していたら、直ぐに新手がやって来て全滅してしまうだろう。

 降下して来た敵の“竜騎士隊”が、背後に迫る。

「ルイズ! 他にねえのか!?」

 ルイズは説明書を捲った。

「えっと……“では次に追いかけられた時に使う、秘密兵器を紹介する”」

「それだそれ!」

「“愉快なヘビ君が突き出した舌を引っ張りたまえ。おっと注意! 周りに味方がいる場合は、なるべく近づいて貰いなさい”」

「なんで?」

「私が知る訳ないじゃないのよ!」

 才人は座席の下から黒板を出し、チョークを引っ張り出す。驚くことに、それらは元々“ゼロ戦”に装備されていたのである。当時のパイロットもまた、これで連絡を取り合ったのだろう。

 才人は、それをルイズに放った。

 ルイズはそれに、「チカヨレ」と文字を書くと、風防から突き出して振り回した。

 “竜騎士”たちは首肯いて“ゼロ戦”に近寄り、俺もまた“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を近づけさせる。

 一塊になった俺たちではあるが、ここでマトモに攻撃を喰らってしまえば、一撃で全滅だろう。

 才人は目を瞑って祈った。

「また“愉快なヘビ君”シリーズじゃねえだろうな……?」

 後ろを振り向き、グングンと近づいてくる敵の“竜騎士隊”を見つめて、才人は“愉快なヘビ君”の舌を引っ張った。

 だが、直ぐには何も起こらない。

 才人は、(ちっくしょう、今度コルベールに逢ったら殴る! 先生でも殴る! 生きて帰れりゃの話だけど、殴る!)、と拳をギュッと握り締めた。

 その時である。

 “ゼロ戦”の翼から、シュポッと何かが飛び出した。

 出発する時に見たあの鉄の筒から、円筒状の何か――フレアを始めとしたチャフの類が飛び出る。

 ルイズの説明が、それの点火音に重なる。

「“私は自分の才能が恐ろしい! 前方にディクトマジックを発信する魔法装置を取り付け、燃える火薬で推進する鉄の火矢だ! “空飛ぶヘビ君”と呼んでくれ! 魔法に反応して近寄るため、近くにメイジの味方がいる場合はなるべく近寄って欲しい! 同士撃ちを避けるため、発射位置から半径20メイルの対象には反応しない!”」

 ブバッ! 勢い良く、後ろ向きに飛び出した10本近い火矢が、追いかけて来ている敵“竜騎士”たち目がけて飛んだ。

 何本もの火薬で進む(ロケット推進の)巨大な火矢が、“アルビオン竜騎士”達に激突をする。

 いくつもの爆発音。

 煙が晴れると……追っ手は半減していた。

 残った“竜騎士”の“ウィンドドラゴン”は戦意を喪失したのだろう、追撃を中止した。

 才人とルイズは「やったあ!」と抱き合って叫ぶ。

 固まっていたこちら側の“竜騎士”たちが離れ、前方の視界が確保された。

 才人が視線を前に戻して――。

 才人の笑みが固まってしまった。

 続いて、ルイズの笑みも消える。

「なんてこった」

 ルイズはヒシッと才人に寄り添った。

 前方に見えたのは……200騎を超えようかという、“竜騎士”の群れであった。

 “アルビオン”の“竜騎士隊”は天下無双と誉れ高い。質だけではなく、その数もまた“無双”であるのだ。

 周りの“竜騎士”たちが速度を上昇させる。とにかく一気に突っ切る。そう判断した様子だ。

 しかし……数が数だ。

 敵の“竜騎士隊”が、無数といえる数の“マジックアロー”を発射し、こちらへと向かって来る。

 直撃を受けると、一溜りもないだろうことは明白だ。

 1匹の“竜”――1人の“竜騎士”が前に躍り出て、その“魔法”の矢を自身と騎乗する“竜”で受けようとする。盾になろうというのだろう。

「な、なんだよ!?」

 そんな“竜騎士”の行動に対し怒鳴る才人に、理解をしたデルフリンガーが口を開く。

「盾になろうってんだろ」

「盾?」

「ああ。相棒たちが“ダータルネス”に辿り着けば、作戦は成功。その為には汎ゆる犠牲を払うように命令されてんだろうさ」

「そんな事ってあるかよ!?」

「相棒はこの任務の内容を理解してねえんか? 当たり前の事じゃねえか」

 デルフリンガーは変わらぬ調子でそう呟く。

 だがそこで――。

「まあ、待て。貴様らが今ここで犠牲になる必要はない。今この時ではないのだ。“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”」

 俺はそう言って、前に躍り出た“竜騎士”の前方に“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”を“投影”する。

 “熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”。

 かつて、“地球”でのギリシャ、トロイア戦争で使用された盾だ。1枚1枚が城壁と同等、もしくはそれ以上の硬度を誇っている。そして、何より特筆するべきなのは、“投擲武器や使い手から離れた武器――射撃などに対して無敵”であるという“概念”を持つ“概念武装”であり、“宝具”だという事だ。

 7枚の花弁のように展開された“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”は敵が放った“マジックアロー”を、花弁1枚を減らすこともなく、完全に防ぎ切る。

 そんな摩訶不思議な現象や展開を前に、シオンを除くこの場にいる敵味方全員が驚きなどから動きを止める。

「さて、と……」

 俺は、引き絞れば引き絞るほどにその威力を増す特性を持つ、“天穹の弓(タウロポロス)”を“投影”する。

 そして――。

「“太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の2大神に奉る――訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)”ッ!」

 “真名解放”して、天空へと2本の矢を放つ。

 “弓に矢を番え、放つという術理”その物が具現化した“宝具”であり、射程及び効果範囲に長けたこれにより、広域に展開して待ち受けている“アルビオン”の“竜騎士”たち、そして“ウィンドドラゴン”達に向けて、豪雨の如き矢が降り注ぐ。

 もちろん、致命傷は与えないように、撤退できるように気を配るのだが。

 その数……いや、8割以上を、幾つもの2色の矢が雨霰に降り注ぎ、“アルビオン”の“竜騎士”たちを撃ち堕としていく。

「おでれえた……いや、おい、娘っ子。俺が合図したら、座席の下のレバーを引きな。あのおっさんが取り付けた最後の新兵器だ」

 逸早く平常心を取り戻したデルフリンガーは、ルイズを促す。デルフリンガーは、引っ付いていれば兵器の事であれば、大抵の事は理解るのだ。

 ルイズは、震えながら首肯いた。

 どうにか無事に残っている“アルビオン”の“竜騎士”たちは、やはり上昇をして、勢い付けて追撃する構えを取る。

「後は我々に任せてくれ!」

 こちら側の“竜騎士”の1人、一番気さくに俺たちへと「“ゼロ戦”は“竜”か否か?」という賭けに勝った、太っちょの金髪の少年が怒鳴る。ここまで数が減れば、引きつけるだけであれば自分たちだけでも問題はない、と判断したのだろう。

 そして、彼らは“ゼロ戦”と“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”から離れ、“アルビオン”の“竜騎士”たちへと向けて一斉に反転し、金髪の彼を先頭にして突っ込んで行く。

 そう。俺たちが追っ手から離れる為の時間を稼ぐ為の行動だ。

「戻れ! 戻れよ!」

 その一連の行動の意味を理解してパニックに成った才人が叫ぶ。

「今だ!」

 デルフリンガーが叫ぶ。

 その声でルイズは、座席の下のレバーを引っ張った。

 ドスン! と後部で何かが外れる音がした。

 尾翼下の外板が剥がれて、そこに載まれていたモノが顔を出す。

 先ほどの火矢を、何倍にも膨らませた鉄の筒。

 “炎”の使い手であるコルベールが発明した、ロケット推進機関に火が入る。

 ゴォオオオオオッ! と青白い炎を噴出して、蹴り上げられたかのように“ゼロ戦”が加速を開始した。

 俺もまた才人とルイズが乗る“ゼロ戦”に続き、“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を加速させる。

 味方の“竜騎士”たちは、数が減ったとはいえ未だ未だ多い敵の群れに呑まれ……直ぐに見えなくなる。

 才人が引き返そうとすような動きを見せ、ルイズは慌てる。

 デルフリンガーも気付き、大声を張り上げる。

「相棒! その操り棒を引くんじゃねえ! この速度で引き起こしたら、幾らセイヴァーが強化してくれたとはいえバラバラになっちまうぞ!」

 シートに背中が押し付けられそうな加速感の中、才人は絶叫した。

「昨日逢ったばかりだ! あいつら、昨日逢ったばかりの俺たちの為に死ぬんだぞ! そんなの可怪しいじゃねえか!」

「理解ってるわよ! でも、でも、私たちの任務は“ダータルネス”に“虚無”の“呪文”を炸裂させる事なのよ! 彼らは私たちを無事届ける為の護衛なのよ! ここで引き返して作戦が失敗したら……それこそ彼らは犬死じゃないの!」

 才人は目を拭った。そして前を見て、呟く。

「俺はな、あいつらの名前も知らねえんだぞ」

 名前も知らない奴に生かされて、名前も知らない奴の為に死ぬ。これが戦争なのである。

『お前ならどうにかできるだろ!? セイヴァー!』

「時既に遅し……それに、あいつら自身が決めた事だ」

 念話で、湧き出て当たり前の感情を訴えて来る才人に対して、俺はできる限り平静さを保ち答える。俺もまた才人ほどではないものの、理解はできても納得などできるはずもない。だが、今の才人の気持ちと同様に、彼らの気持ちや想いもまた無駄には、無意味にはしたくないのである。

「冗談じゃねえや。そんな事納得できるか! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」

 才人は叫ぶ。叫んでもどうにもならないとは知りつつも、理解していてもなお、納得できないが為にそれでもと叫んだ。

 俺の隣にいるシオンは叫びはしないが、大粒の涙を流し、尾を引かせている。ただ、キッと強く唇を噛み締めて。

 “ゼロ戦”は計器速度で450ノット近い速度を出しながら飛び続けた。

 機体がバラバラになってしまいそうな振動の中で、才人は別の理由で震え続けた。

 

 

 

 凍り付くかのような時間の中、眼下に港が見えた。

 切り開かれたただっ広い丘の上、空に浮かぶ“フネ”を係留する為の送電線のような鉄塔……何本もの桟橋が見えた。

『“ダータルネス” の港で、合っているよな? シオン』

『ええ。あれが目的地』

 念話で確認をする才人とシオン。

「上昇して」

 ルイズが才人の耳元で呟く。

 才人は“ゼロ戦”を上昇に移し、俺も“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”を上昇させる。

 高度を上げるに連れ、徐々に“ゼロ戦”は減速する。

 風防を開けられる速度になった時、ルイズが立ち上がり、風防を開ける。

 風が“ゼロ戦”のコックピット内に舞い込む。

 才人の肩に跨り、ルイズは“呪文”の“詠唱”を開始した。片手に在る“始祖の祈祷書”が光る。

 

――“初歩の初歩”、“イリュージョン”。

 

――“描きたい光景を強く心に想い描く可し”。

 

――“何と成れば、詠唱者は、空をも創り出で在ろう”。

 

 ルイズが唱えているのは、幻影を作り出す“虚無”の“呪文”である。

 “ダータルネス”上空を“ゼロ戦”は緩やかに旋回し、俺は“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”をそれよりも上空で待機させる。

 じわっと、雲が掻き消えるかの様に、空に幻影が描かれ始める。

 それは巨大な戦列艦の群れ……。

 ここから何百キロ“メイル”も離れた場所にいるはずの、“トリステイン”侵攻艦隊の姿であった。

 “ダータルネス”上空にいきなり現れた幻影の大艦隊は、現実の迫力を伴って、見る者すべてを圧倒した。

 

 

 

 

 

「“ダータルネス”だと?」

 “ロサイス”に向かっていたホーキンス将軍が、“ダータルネス”方面からの急便の報せに驚いて呟く。

 彼は、“アルビオン”軍30,000を率いて、“ロサイス”方面に向かっている最中であった。“トリステイン”軍の上陸地点がそこであると予想された為だ。

 しかし敵が現れたのは、首都“ロンディニウム”の北方、“ダータルネス”。

「全軍反転!」

 全軍に伝わるまでには時間が経かる。

 ホーキンスは、(早いところ布陣したいものだ)、と想いながら空を見上げた。

 空はどこまでも青く澄み切っていた。

 ホーキンスは、「地上の混乱とは無縁の青だ」、と独り言ちる。

 そして、泥沼のような戦になる、とそんな予感を抱いた。

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