ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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感情の爆発と上から目線の教育

 時間は巻き戻り、場所もまた移る。

 コルベールは“トリステイン魔法学院”に奉職してかれこれ20年くらい、中堅の教師であり、“二つ名”は“炎蛇”。“炎蛇のコルベール”と呼ばれ、“火系統魔法”を得意とする“メイジ”である。

 先日おこなった“春の使い魔召喚”の際に、ルイズが呼び出した“平民”と思しき少年、そしてシオンが呼び出した得体の知れない存在である俺の事が気にかかっていたのである。正確に言うと、“平民”と思しき少年(平賀才人)の左手に現れた“ルーン”、俺、そしてシオンの手に現れた“令呪”と言う“ルーン”に酷似した別のなにか(令呪)が気になって仕方がないのであった。

 それでコルベールは、昨夜から徹夜で図書館に引き篭もり、今の今まで書物を調べている最中なのである。

 “トリステイン魔法学院”の図書館は、食堂のある本塔の中にある。本棚は驚くほどに巨大であり、30“メイル”程度の本棚が壁際に並んでいる様は壮観だろう。それになにより、ここには“始祖ブリミル”が“ハルケギニア”に新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれている。

 彼がいるのは、図書館の中の1区画、教師のみが閲覧を許される“フェニアのライブラリー”の中である。

 生徒たちも自由に閲覧できる一般の本棚には、彼の満足行く回答は見付からなかったのである。

 空中浮遊である“レビテーション”の“呪文”を唱え、手の届かない書棚まで浮かび上がり、彼は夜も縋ら一心不乱に本を探っていたのだ。

 そして、その努力はついに報われた。1冊の本の記述に目を留めたのだ。

 それは“始祖ブリミル”が使用した“使い魔”たちが記述された古書であった。

 その中に記された1節に彼は目を奪われてしまった。じっくりとその部分を読み耽るうちに、彼の目は見開かれる。

 古書の1節と、少年の左手に現れた“ルーン”のスケッチを見比べて見た。

 すると、彼は「あっ」と声にならない呻きを上げ、一瞬ではあるが“レビテーション”のための集中力が途切れ、床へと落ちそうになる。

 彼は本を抱えると、慌てて床へと下りて疾走り出す。

 彼が向かった先は、学院長室であった。

 

 

 

 学院長室は、本塔の最上階に存在している。

 “トリステイン魔法学院”の今代の学院長を務めているオスマン氏(以降オスマンと呼称)は、白い口髭と髪を揺らし、重厚な造りのセコイアのテーブルに肘を突いて、退屈を持てあましていた。ぼんやりと鼻毛を抜いていたのだが、おもむろに「うむ」と呟いて引き出しを引き、中から水煙管を取り出す。

 すると、部屋の端に置かれている机に座って書き物をしている女性秘書ミス・ロングビル(以降ロングビルと呼称)が羽ペンを軽く振った。

 水煙管が宙を飛び、ロングビルの手元までやって来た。

 それに対して、つまらなさそうにオスマンが呟く。

「年寄りの愉しみを取り上げて、愉しいかね? ミス……」

「オールド・オスマン。貴男の健康を管理するのも、私の仕事なのですわ」

 オスマンは椅子から立ち上がると、理知的な顔立ちが凛々しいロングビルに近付いた。そして、椅子に座るロングビルの後ろに立つと、重々しく目を瞑った。

「こう平和な日々が続くとな、時間の過ごし方というモノが、なにより重要な問題になって来るのじゃよ」

 オスマンの顔に刻まれた皺が、彼が過ごして来ただろう歴史を物語っていると言えるだろう。100歳とも300歳とも言われているオスマンだが、本当の年齢がいくつなのかを、ここ“トリステイン魔法学院”にいる俺以外の誰も知らない。当の本人さえも把握できていないかもしれないのだから。

「オールド・オスマン」

 ロングビルは、羊皮紙の上を走らせる羽ペンから目を離さずに言った。

「なんじゃ? ミス……」

「暇だからと言って、私のお尻を撫でるのはやめてください」

 オスマンは口を半開きにすると、ヨチヨチと歩き始める。

「都合が悪くなると、呆けたふりをするのもやめてください」

 どこまでも冷静な声で、ロングビルが言い放った。

 それを受けて、オスマンは深く溜息を吐いた。深く、苦悩が刻まれた溜息である。

「真実はどこにあるんじゃろうか? 考えたことはあるかね? ミス……」

「少なくとも、私のスカートの中にはありませんので、机の下にネズミを忍ばせるのはやめてください」

 オスマンは、顔を伏せた。悲しそうな表情を浮かべ、呟く。

「モートソグニル」

 ロングビルの机の下から、小さなハツカネズミが現れる。そのハツカネズミ、オスマンの足を登り、肩にチョコンと乗っかって、首を可愛らしく傾げる。

 オスマンは、ポケットからナッツを取り出し、自身の“使い魔”であるハツカネズミ――モートソグニルの顔の先で振った。

 それに対し、モートソグニルは、チュウチュウ、と喜び鳴き声を上げる。

「気を許せる友達はお前だけじゃ。モートソグニル」

 モートソグニルはナッツを齧り始めた。齧り終えると同時に、再びチュウチュウと鳴いた。

「そうかそうか。もっと欲しいか。よろしい。くれてやろう。だが、その前に報告じゃ。モートソグニル」

 モートソグニルはオスマンの言葉を受け、チュウチュウと再び鳴く。

「そうか、白か。純白か。うむ。しかし、ミス・ロングビルは黒に限る。そう思わんかね? 可愛いモートソグニルや」

 そんなオスマンの言葉を聞き逃すはずもなく、ロングビルの眉がピクリと動く。

「オールド・オスマン」

「なんじゃね?」

「今度やったら、“王室”に報告します」

「カーッ! “王室”が怖くて“魔法学院”学院長が務まるかーッ!」

 ヨボヨボの年寄りとは思えないほどの迫力を出して、オスマンは目を剥いて怒鳴る。

「下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな! そんな風だから婚期を逃すのじゃ。はぁ~~~~~、若返るのう~~~~~、ミス……」

 オスマンはロングビルのお尻を堂々と撫で回し始めた。

 すると、ロングビルは立ち上がり、しかる後に無言で回し蹴りを実行した。上司を、老人を蹴り回す。

「ごめん、やめて。痛い。もうしない。ホントに」

 オスマンは、頭を抱えて蹲る。

 そんな彼を見て、ロングビルは荒い息になりながらも蹴り続ける。

「あだっ! 年寄りを、君、そんな風に、こら! あいだっ!」

 そんな比較的平和な時間は、突然の闖入者によって破られてしまった。

 ドアがガタン! と勢い良く開けられ、部屋の中へとコルベールが飛び込んで来たのである。

「オールド・オスマン!」

「なんじゃね?」

 ロングビルは何事もなかったかのようにして、既に机に向かい椅子に座っている。

 オスマンは、腕を後ろに組んで、重々しく闖入者を迎え入れた。

 もはや早業を超えて、神業の域にあるだろう身の熟しだといえるだろう。

「たた、大変です!」

「大変なことなど、あるモノか。全は小事じゃ」

「ここ、これを見てください!」

 コルベールは、オスマンに先ほどまで読んでいた書物を手渡す。

「これは“始祖ブリミルの使い魔たち”ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。そんな暇があるのなら、たるんだ“貴族”たちから学費を徴収する上手い手をもっと考えるんじゃよ。ミスター……なんだっけ?」

 そこで、眼の前の人物の名前を想い出せない素振りを見せ、オスマンは首を傾げた。

「コルベールです! お忘れですか!?」

「そうそう。そんな名前だったな。君はどうも早口でいかんよ。で、コルベール君。この書物がどうかしたのかね?」

「これも見てください!」

 コルベールは、才人の左手に現れた“ルーン”のスケッチをオスマンへと手渡す。

 それを見た瞬間、オスマンの目が光り、厳しい色になり、表情は一変した。

「ミス・ロングビル。席を外しなさい」

 オスマンからの指示に対して特になにを言うでもなく、ロングビルは立ち上がる。そして、静かに、一礼をした後に部屋を出て行った。

 彼女の退室を見届け、オスマンはようやく、本題に入るために口を開いた。

「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」

 

 

 

 そして時間は戻り、現在の少し前。

 学園内とは言え、違う場所ではとある問題が起きそうになっている時。

 コルベールは、泡を飛ばすようにしてオスマンへと説明をしていた。

 “春の使い魔召喚”の際の出来事。“ゼロ”と呼ばれている少女ルイズが“平民”と思しき少年を“召喚”し、“契約”した証明として現れた“ルーン文字”が気になること。シオンが得体の知れない存在を“召喚”し、“使い魔”の方ではなく彼女の手に“ルーン”と似て非なる模様を持つ“令呪”と呼ばれるまったく別の何かが刻まれ浮き上がったことを。

 それを調べていたら……。

「“始祖ブリミル”の“使い魔”である“ガンダールヴ”に行き着いた、と言う訳じゃね?」

 オスマンは、コルベールが描いた平賀才人と言う少年の手に現れた“ルーン”文字のスケッチをジッと見つめる。

「そうです! あの少年の左手に刻まれた“ルーン”は、伝説の“使い魔”である“ガンダールヴ”に刻まれていたモノとまったく同じであります!」

「で、君の結論は?」

「あの少年は、“ガンダールヴ”です! これが大事じゃなくて、なんなんですか!? オールド・オスマン!」

 コルベールは、物悲しく光を放ち続けている頭を、ハンカチで拭きながら捲し立てた。

「ふむ……確かに、“ルーン”が同じじゃ。“ルーン”が同じということは、ただの“平民”だったその少年は、“ガンダールヴ”になった、ということになるんじゃろうな」

「どうしましょう?」

「しかし、それだけで、そう決め付けるのは早計かもしれん」

「それもそうですな。では、別の問題を――」

 取り敢えずどうするかを決めるべきということもあって相談に来たコルベールだが、やはり様子見が良いのだろうという結論になり、そうだと判断する。

 そして、別の話題――また別に気になったこと――シオン・エルディと彼女が“召喚”した“使い魔”などについてを話そうとしたその瞬間、ドアがノックされる。

「誰じゃ?」

 扉の向こうから、ロングビルの声が聞こえて来た。

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ?」

「“ヴェストリの広場”で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」

「まったく、暇を持て余した“貴族”ほど、性質(たち)の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

「1人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あの、グラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪を掛けて女好きじゃ。大方女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」

「……それが、“メイジ”ではありません。ミス・ヴァリエールの“使い魔”の少年とミス・エルディの“使い魔”の青年のようです」

 扉を挟んでの、ロングビルからの報告とその確認をするオスマンだが、そこで予想していなかった答が彼女の口から飛び出し、彼とコルベールは驚き、顔を見合わせた。

「教師たちは、決闘を止めるために“眠りの鐘”の使用許可を求めております」

 オスマンの目が、鷹のように鋭くなり、光る。

「阿呆か。たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「理解りました」

 そうして報告と確認は終了し、ロングビルが去って行く足音が聞こえ、遠ざかって行くのがわかる。

 コルベールは、唾を呑み込んで、オスマンを促した。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 オスマンは、“杖”を掴み取り、振った。

 すると、壁にかかっている大きな鏡に、“ヴェストリの広場”の様子が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、“ヴェストリの広場”。

 才人は驚いていた。剣を握ったその瞬間、身体の痛みが消え失せてしまったのだから。

 そして、自身の左手にある痣――“ルーン”が光り輝いていることに、才人は気付いた。

 そして……。

 身体が、あれほど鉛よりも重く感じていたそれが嘘であるかのように、才人には軽く感じられたのである。いや、普段以上であり、羽のように軽い。まるで、飛べそうなほどに、だ。

 その上、左手に握った剣が自身の身体の延長のようにしっくりと馴染んでいるということに気付き、才人はやはり驚きを隠せないでいた。

 剣を握った才人を見て、ギーシュが冷たく微笑んだ。

「まずは、褒めよう。ここまで“メイジ”に楯突く“平民”がいることに、素直に感激しよう」

 その言葉を言い終えるのと同時に、ギーシュは手に持った薔薇を振った。

 自身の身体がボロボロであるのにも関わらず、冷静に状況判断などができることにも才人は驚いた。一体全体自分になにが起きているのか、と。

 だが、そんなことを考えている余裕などありはしない。

 先ほどのギーシュによる薔薇の形をした“杖”の動きに従ったモノだろう、“ゴーレム”が動き、才人へと襲いかかる。

 青銅の塊――戦乙女“ワルキューレ”の姿を模した像が、ユックリとした動きで、才人へと向かう。

 いや、実際は“ワルキューレ”の速度は変わってなどはいない。才人の感覚と身体能力が強化されただけなのである。

 が、それに思い当たるということもなく、才人は“青銅の戦乙女”の攻撃から身を守り迎撃するために跳んだ。

 

 

 

 自分の“ゴーレム”が、粘土のように斬り裂かれるのを目にして、ギーシュは声にならない呻きを上げてしまう。

 グシャリと音を立て、真っ二つになった“ゴーレム”が地面へと落ちる。

 同時に、剣を握った“平民”がギーシュ目掛けて旋風にでもなったかのように突っ込んで来るのだ。

 慌てて応じるように薔薇を振る。それに従い、花弁が舞い、新たな“ゴーレム”を6体ほど生成する。

 合計で7体の“ゴーレム”が、今の彼の武器である。1体しか使わなかったのは、それには及ばないと思っていたためであった。慢心か、それとも油断か。

 そして、生成した7体の“ゴーレム”が“平民”を取り囲み、一斉に躍りかかる。そして、一気に揉み潰す。

 かに見えたその瞬間、7体のうち5体の“ゴーレム”が、バラバラに斬り裂かれてしまう。

 ギーシュには、振るわれているはずの剣を目視で捉えることができなかった。残像すらも視認することができないのである。

 見事な腕前。「あんな風に剣を振れる人間がいるなんて」と信じることが難しいほどのモノである。

 驚きも関心もする余裕もなく、咄嗟に無事な残り1体の“ゴーレム”を、ギーシュは自分の盾として扱うために全面に配置した。

 が、次の瞬間、その“ゴーレム”は難なく斬り裂かれてしまった。

「――ひッ!」

 ギーシュは、顔面に蹴りを喰らって吹き飛び、地面を情けなく転がってしまう。

 “平民”が彼目掛けて跳躍する、跳躍したその瞬間が見えた。

 ギーシュは(殺られる!)と想って、考えるよりも速く頭を抱えてしまった。

 ザシュッと音がして……。

 ギーシュが恐る恐る目を開けると……。

 “平民”が、剣をギーシュの右横の地面に突き立てているのが見えた。

「続けるか?」

 “平民”から、呟くような確認の言葉が聞こえて来る。もはやそれも近くからとは言え、今のギーシュにとって、遠くから聞こえて来ているかのように感じられるほどであった。

 ギーシュは首を横に勢い良く振る。既に、完全に戦意を喪失してしまったと言って良いだろう。

 震えた声で、ギーシュ・ド・グラモンはどうにか言葉を紡ぎ、言った。

「ま、まいった」

 

 

 

 才人は、剣から手を離すと、歩き出した。

 すると、「あの“平民”、やるじゃないか!」とか、「ギーシュが負けたぞ!」とか、見物をしていた連中からの歓声が届く。

 だが、どのようにして勝ったのか、それを今の才人は想い出すことはできなかった。ただひたすらに無我夢中に、ボロボロにやられ、なりながらも動いていただけなのだから。剣を握ったその瞬間、世界が変わったかのように感じたが、文字通りの一瞬の出来事。気が付けば、“ゴーレム”を全て斬り裂いていたのである。

 そして、ここでようやく才人は自身の身体に起きた不可思議な現象に対する疑問を抱いた。剣など使えるはずのない自分が剣を振るい勝利を掴んだという事に。

 彼の目にはルイズが駆け寄って来るのが見えていた。

 ルイズに対して、「おーい、勝ったぞ」といったことを言おうとしたのだろうが、膝から始まり身体全体から力が抜け始める。身体から先に、次に意識が急速を求めようとしているのである。

 才人の視界は次第に狭くなり、そして重い疲労感が彼の身体を襲う。意識は遠のき、才人は前のめりに倒れた。

『もしかしてこうなることを知ってたの? セイヴァー』

『ああ、まあな。ちょっとしたズルで、あらかじめ、だいたいの展開は識っていたからな……』

 念話でシオンと俺は事の顛末などについてアイコンタクトなどを取りながら会話をする。

 そして、俺は才人たちのいる中央へと向かいながら、この広場へと覗きを行っている人物たちへと目を向ける。

 

 

 

 いきなり倒れ掛けた才人の身体を、ルイズは駆け寄り支えようとしたが、上手くいかなかった。ドタッと、才人は地面に倒れてしまう。

「サイト!」

 ルイズはその身体を揺さぶった。しかし、反応はない。

 だが、意識を失っただけであり、もちろん死んでなどはいない。

「ぐー……」

「寝てるし……」

 いや、いびきが聞こえて来ることから、寝ていることがわかる。相当に疲かれたのであろう。

 ルイズはホッとした表情で、溜息を吐いた。

「ルイズ。彼は何者なんだ? この僕の“ワルキューレ”を倒すなんて!」

「ただの“平民”でしょ」

「ただの“平民”に、僕の“ゴーレム”が負けるなんて想えない」

「ふんだ。あんたが弱かっただけじゃないの?」

 ギーシュからの質問に対し、ルイズは素っ気なく応えた。

「ああもう! 重いのよ! 馬鹿!」

 観戦をしていたであろう生徒の1人が、才人へと“レビテーション”の“魔法”をかけた。今の才人は、“平民”ではなく、決闘に於ける勝者として扱われているのである。

 ルイズは「ありがとう」と礼の言葉を口にして、浮かんだ才人の身体を、自身の部屋へと運び、そこで治療するために押した。

 そして、押しながら、片手でゴシゴシと目を擦った。

 痛そうで、可哀想で、泣けてしまったのだろう。剣を握ることでいきなり強くなりはしたけど、あのままでは死んでしまっていたかもしれないのだから。

 彼が勝ったことよりもそのことの方が、今のルイズにとっては重要であった。

 死んでも良いなんてことを想っていたのか、それとも……“平民”に相当する立場の人間だろうが、妙なプライドを振りかざす。

 ルイズは、(立場は違うけど、どこかわたしと似たところがあるかもしれないわね)と考えた。

「“使い魔”のくせに、勝手なことばっかりして!」

 ルイズは寝ている才人に対し、怒鳴ってしまった。安心したことによるモノか、一連の事が頭に来たのである。

 

 

 

「で、どうする? 続けてやるかい?」

「いや、とんでもない……もう疲れたよ。にしても、君の言葉は正しかった。彼は凄い“平民”だ……名前は……」

「食堂でも言っただろうに……まあ、良いか。あいつの名前は、平賀才人。サイトとでも呼んでやると良いだろう」

「そうか、サイトか……では、君の名前は?」

「俺に名前はない。だから、セイヴァーとでも呼んで欲しい」

「そうか……では、セイヴァー。僕の完p――」

「――なに言っているんだよギーシュ! そんな生意気な奴と握手をしようとするなんて、遂にどうにかなっちまったのか?」

 観戦をしていた野次馬たちの中から、かなり大きな声がギーシュへとかけられ、彼の言葉が遮られる。

「別に良いじゃないかね? これは、僕と彼らの決闘。君が口を挟むことではないよ」

「それでも、だ。1人の“貴族”として放置する訳にはいかないんだよ」

 ギーシュの言葉を真っ向から否定してみせる、男子生徒。

 人混みの中から出て来たのは、膨よかな身体を持った男子生徒であった。

「で、君はどうしたいんだい?」

「そうだな……決闘だ。徹底的な躾けを。貴様も、あの“平民”も、ここで働いている“平民”たちも。どっちが偉いか、上に立つ者がを教えてやる必要があるな」

「……そうか」

 俺の質問に対し、下卑た笑みを浮かべながら応える膨よかな男子生徒。

 どこまでも典型的なタイプなのか、他者を見下しているように見えてしまう。自身の優位性を全く疑っていないように見えるのである。

 他人は鏡……まるで自分の影を見ているようだと感じ、俺はとても気分が悪くなった。

 同時に、ここから先は、自分というモノ――己の醜い我というモノを抑えることに自信がなくなってしまった。

 俺はただ短く、彼の言葉に応えた。

「では、君に質問を……いや、この場にいる皆に、諸君らに問いたい。君たちは“平民”をどう思っているのか? 権力に関してどう考えているのか? “貴族”とは?」

「そんなの決まっている。“平民”は“貴族”に従うモノだ。俺たちがいるからこそ、お前たちは日々を暮らすことができているんだ」

「……愚かな」

 俺の中でなにかがプツンと切れてしまった。

『駄目だよ、セイヴァー。穏便に、言葉も選んでね?』

『重々理解しているよ“マスター”。私は平和主義者だ。出来る限り平和的に物事を解決したい。だが、時には力尽くな方法が必要な事もある……』

 シオンからの制止の念話を振り切り、俺は質問に応えた膨よかな男子生徒を見る。

「権力とは、決して目には見え無い力だ。其れは物理的なモノでは無いからこそ力が在るのと同時に、力の無いモノだ」

「い、いきなりなにを言い出すんだお前は?」

「周囲の者が認めて初めて効力を持ち発揮する特異なモノ。其れこそが権力だ。貴様の其れは唯の横暴で在るだけだ。権力では決して無い。近い内と迄は言わ無いが、其の侭では(いず)れ“平民”達からの反逆を受けるだろう」

「ハッ! そんなことある訳がないだろう。これまでの歴史でそういったこともありはしたが、それでも直ぐに治まった」

「力に依る鎮圧か……? 其れが“貴族”の為る事だと? ノブレス・オブリージュ……財産や権力、地位の保持には責任が伴う。貴様には其れが欠如して居る様だな」

 次々と言葉が俺の口から突いて出て来た。そして、抑え切ることができず、眼の前の膨よかな男子生徒へと打つけてしまう。

 彼はただの被害者だ。この世界の、この時代の、この社会の、教育の。

 だが、俺の口からは次々と現体制などへの批判が、眼の前の彼を否定するという形で出て来てしまう。

「貴様は言ったな? 俺達が居るからこそ“平民”達は暮らす事が出来るのだ、と。否、断じて否だ。“平民”達が居るからこそお前達は日々の暮らしを約束されて居る。して貰って居るんだ。お前達の先祖は、普段楽をして居られる様に、普段の生活を支えてくれて居る“平民”達の為に、戦争の時に最前線に立つ時に備えて頑張って来たからだ。今のお前は、先祖の努力の上で胡座を掻いて居るだけだ。先祖の努力を水泡に帰させて居る。さて、此処で確認だが、“平民”の力無しで生きて行けるか?」

「と、当然だ。生きて行ける!」

 売り言葉に買い言葉ではないが、俺の言葉に眼の前の膨よかな男子生徒は震え声ながらもどうにかして答えた。

 そもそもの話、今の俺の口から出ているのは、前世の俺の言動にまるっきり刺さるモノである。

 俺は、自身に言い聞かせながら、“貴族”たちへと問い掛け、言い放つ。

「そうか……では、試して見よう。悪いが貴様は見せ締めだ。運が悪かったと諦めるんだな」

 俺はそう言って、少しばかり“魔力”を解放する。

 それにより、彼が着ている服は弾け飛んだ。

「――!? な、なにをしたんだ!?」

 当の男子生徒はもちろん、他の生徒たち、俺の横にいたギーシュも驚きを隠せないでいる。シオンは(まさかここまでするとは想わなかった)といった具合な表情を浮かべている。

 この場にいるシオンと俺を除いた生徒たちは、なにが起きたのか理解できないまま、ただ、俺が“魔法”に似たモノを“杖”を使わずに放ったことに驚き、そして恐れている様子を見せる。

 それは当然だろう。

 “杖”を使用せずに“魔法”を行使することができるのは――。

「其の服は誰が作った? 今後食事を摂る際、1から行うのだな。勿論、1と言うのは狩猟や農作業の事だ。まあ、頑張れよ“貴族”さん」

 今の俺は、ルイズを“ゼロ”だと馬鹿にしていた才人よりも性質(たち)の悪い存在になってしまっているだろう。

「ふ、ふざけるな!」

 ここまで来ると、彼らは確かに「ふざけるな」と言いたい、そして言っても良い立場に在るだろう。

 そう叫びながら、膨よかな男子生徒は、自身が持つ“杖”を振るい、“魔法”の行使を行う。

 どうやら彼は優秀な部類であるようで、“ラインメイジ”なのか“火”と“風”の2つの系統を合わせ、それぞれの“ルーン”を唱え、火球を生成してこちらへと飛ばして来る。

 が、今の俺は“サーヴァント”であり、この程度であれば直撃しても少し温かい程度で済むだろう。

「……ヌルい」

 実際に、直撃はしたが、それでもかすり傷1つ、火傷など負うことはない。

「良いか? “魔法”とはこう使うモノだ」

 俺は同様の“魔法”をそっくりそのままおこない、彼へと放つ。

 だが、威力は段違いだ。

 直撃してしまえば、ただでは済まないだろうことは明白である。

「“令呪”をもって命じ――」

「その必要はない、“マスター”。直ぐに消すから」

 俺はそう言って、自身が生成した火球の“魔力”結合などを解除させて消し去る。真っ裸になってしまっている膨よかな男子生徒に火傷を負わしてしまう直前に、だ。

 そしてここでふと、俺は考えた。

 この少年やここにいる皆もまた、“平民”と呼ばれる者たち同様に被害者に過ぎないのだと。“貴族”と呼ばれる者たちの先祖は、統率者の必要性をはじめ資源の不足や教育の未熟さなどが噛み合って自然発生したようなモノであり、彼らは最初こそ守るべき存在を守るために命を懸けていた。が、その必要がなくなる、そこまでする必要がなくなったことで形骸化し、それらが当たり前となってしまった。上に立つことが当たり前だ、と。

 

――“お父さまはなにも言わなかった……! お母さまは初めからいなかった……!”“爺やも執事も、誰も彼も、私に教えてくれなかった!”、“それが悪いことだったなんて、誰も、私に教えてくれなかったくせにぃぃぃぃぃいい……!”。

 

 といったところだろうか。

 そんなとある少女の叫びが、俺の頭の中に響いた。

「すまない。やり過ぎてしまったよ……大丈夫かな?」

 俺はそう謝罪の言葉を口にして、呆然としている少年へと歩みよる。

 だがその少年は、立ったままその意識を手放し、気絶してしまっていた。

「……少し頭を冷やして来るよ、マスター」

 やり過ぎた、というよりも自制が利かせられなかったことを自省するため、俺は自身の身体を“霊体化”させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ戻って、“学院長室”。

 オスマンとコルベールは、“遠見の鏡”で一部始終を見終えると、顔を見合わせてしまう。

 コルベールは震えながらオスマンの名前を呼んだ。

「オールド・オスマン」

「う、うむ……」

「あの“平民”、勝ってしまいましたが……」

「うむ……」

「ギーシュは1番レベルの低い“ドットメイジ”ですが、それでもただの“平民”に遅れを取るとは想えません。そしてあの動き! あんな“平民”見たことがない! やはり彼は“ガンダールヴ”!」

「うむむ……」

「そして、ミス・エルディが喚び出した彼……恐ろしい。ただその言葉しか出て来ません」

「うむ……その通りじゃな」

「ミス・エルディがこちらにいる限りは、我々に直接的な危害はなさそうですが……」

「うむむ……」

 唸るオールド・オスマンに対し、ミスタ・コルベールは促す。

「オールド・オスマン。早速“王室”に報告して、指示を仰がないことには……」

「それには及ばん」

 オールド・オスマンは、重々しく頷いた。それにより、白い髭が激しく揺れる。

「どうしてですか? 現代に蘇った“ガンダールヴ”! そして喚び出された謎の青年! これは世紀の大発見であり、危険に対する対処を未然に行うために必要なことなのですよ!」

「ミスタ・コルベール、“ガンダールヴ”はただの“使い魔”ではない」

「その通りです。“始祖ブリミル”の用いた“ガンダールヴ”。その姿形は記述がありませんが、主人の“呪文詠唱”の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます」

「そうじゃ。“始祖ブリミル”は、“呪文”を唱える時間が長かった……その強力な“呪文”ゆえに知っての通り、“詠唱”時間中の“メイジ”は無力じゃ。そんな無力な間、己の身体を守るためには“始祖ブリミル”が用いた“使い魔”が“ガンダールヴ”じゃ。その強さは……」

 その後を、コルベールが興奮した調子で引き取る。

「1,000人もの軍隊を1人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並の“メイジ”ではまったく歯が立たなかったとか!」

「で、ミスタ・コルベール」

「はい」

「その少年は、本当にただの人間だったのかね?」

「はい、どこからどう見ても、ただの“平民”の少年でした。ミス・ヴァリエールが喚び出した際に、念のため“ディクト・マジック”で確かめたのですが、正真正銘、ただの“平民”の少年でした」

「そんなただの少年を、現代の“ガンダールヴ”にしたのは、誰なんじゃね?」

「ミス・ヴァリエールですが……」

「彼女は、優秀な“メイジ”なのかね?」

「いえ、と言うか、むしろ無能と言うか……」

「さて、その2つが謎じゃ」

「ですね」

「無能な“メイジ”と“契約”したただの少年が、なぜ“ガンダールヴ”になったのか。まったく、謎じゃ。理由が見えん」

「そうですね……」

「とにかく、“王室”のボンクラ共に“ガンダー~ルヴ”とその主人を渡す訳には行くまい。そんな玩具を与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇を持て余している連中はまったく、戦が好きじゃからな」

「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」

「ミス・エルディが“召喚”した青年の方はただの青年だったかの?」

「いえ、それを確認する前に“召喚の儀”は終わりましたのでわかりかねます……」

「ふむ……この件は私が預かる。……他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」

「は、はい! 畏まりました」

 オスマンは“杖”を握り、窓際へと向かった。

 遠い歴史の彼方へと想いを馳せる。

「伝説の“使い魔”である“ガンダールヴ”か……いったい、どのような姿をしておったのだろうなあ?」

 ミスタ・コルベールは夢見るように呟いた。

「“ガンダールヴ”は“汎ゆる武器を使い熟し、敵と対峙した”とありますから……」

「ふむ……」

「取り敢えず、腕と手はあったでしょうなあ」

 “腕、そして手があっただろう”、また、“汎ゆる武器を自在に使用した”ということから、それらはかなり発達したモノだっただろうと推測でき、ヒトや“亜人種”であった可能性があると考えられている。

「そして、あの謎の青年、その主であるシオン、と言った少女の件についても同様じゃ。ミスタ・コルベール。あの青年は、“遠見の鏡”を使用していた我々の存在に気付いていたみたいじゃしのう」

 そして、あの生徒に対して使用した“魔法”。

 警戒して損はないであろう存在だろう、とオスマンは判断した。

「はい、学園長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の陽光で、才人は目を覚ました。と、同時に、自身の身体に包帯が巻かれていることに気付く。そして、ギーシュとの決闘でのことを想い出した。

 そしてここは、彼にとって見覚えがある場所――ルイズの部屋である。

 部屋の主であるルイズはというと、なぜか椅子に座り机に突っ伏して寝ている。

 彼は左手の“ルーン”へと目を向ける。そして、剣を握った際の出来事――身体が軽くなり、自身の手足の延長のようになった剣を自由自在に使用したことを思い出した。

 あの戦闘では、不思議なことがたくさん起きたと考える。

 そんな風に彼が左手を見詰めているとノック音が鳴り、ドアが開いた。

 ドアが開かれ、そこから姿を現したのはシエスタだった。あの、才人たちに対し厨房でシチューを振る舞ってくれた、“平民”の少女だ。相変わらずのメイド姿をしており、カチューシャで髪を纏めている。

 彼女は、銀のトレイを抱えており、その上にパンと水が置かれているのが見える。

「シエスタ……?」

 彼女は才人を見ると微笑んだ。

「お目覚めですか、サイトさん?」

「うん……俺……」

「あれから、ミス・ヴァリエールが、ここまで貴男を運んで寝かせたんだですよ。先生を呼んで“治癒”の“呪文”を掛けて貰いました。大変だったんですよ」

「“治癒呪文”?」

「そうです。怪我や病気を治す“魔法”ですわ。ご存知でしょう?」

「いや……」

 シエスタの言葉に、才人は首を横に振った。ここでの常識が才人に通用すると思われては困るが、言っても始まらない。たがそれは、逆もまた然りだろう。

「治療の“呪文”のための秘薬の代金は、ミス・ヴァリエールが出してました。だから心配しなくても良いですわ」

 黙っているからだろう。どうやらお金の心配をしているのだろうと思われたらしい。

「そんなにかかるの、秘薬のお金って?」

「まあ、“平民”に出せる金額ではありません」

 才人は立ち上がろうするが、呻いてしまう。

「――あいだっ!」

「あ、動いちゃ駄目ですわ! あれだけの大怪我では、“治癒”の“呪文”でも完璧には治せません! ちゃんと寝てなきゃ!」

 シエスタの言葉に、才人は首肯き、ベッドへと身体を戻す。

「お食事をお持ちしました。食べてください」

 シエスタはそう言って、抱えていたトレイを才人の枕元に置いた。

「ありがとう……俺、どのくらい寝続けてたの?」

「三日三晩、ずっと寝続けてました。目が覚めないんじゃないかって、皆で心配してました」

「皆って?」

「厨房の皆、そしてミス・ヴァリエール、ミス・エルディです……セイヴァーさんは“大丈夫だ”って言ってましたけど……」

 シエスタは、それからはにかんだように顔を伏せた。

「どうしたの?」

「あの……すいません。あの時、逃げ出してしまって」

 食堂で、ギーシュ・ド・グラモンを怒らせた時、彼女は逃げ出してしまった。彼女はそれを悔いているのだろうか。

「良いよ。謝ることじゃないよ」

「ホントに、“貴族”は怖いんです。わたしみたいな、“魔法”を使えないただの“平民”にとっては……」

 シエスタはそう言いながら身体を震わせている。

 そして、彼女は顔をグッと上げた。なぜか、その目はキラキラと輝いていた。

「でも、もう、そんなに怖くないです! わたし、サイトさんを見て感激したんです。“平民”でも、“貴族”に勝つことができるんだって……」

「そう……ハハ」

 シエスタからの視線を受けて、才人は笑うことしかできなかった。まだ、自分がどのようにしてギーシュ・ド・グラモンに勝利することができたのか理解らず、不思議に想っているのだから。

 そして、照れ臭さもあって、才人は頭を掻いた。折れていたはずの右腕で掻いたということに気付く。もう、なんともない。動かすと多少の痛みはあるが、骨はしっかりとくっ付いているようである。

 そして、自身のその状態から見て、「これが“魔法”か」と才人は妙に感心をしてしまった。(これだけの力があるんだ、威張るのも仕方がないかもしれないな)と。

「もしかして、ずっと看病してくれてたの?」

 才人は身体に巻かれた包帯を見て、シエスタへと尋ねる。

「違います。わたしじゃなくて、そこのミス・ヴァリエールが……」

「ルイズが?」

「ええ。サイトさんの包帯を取り替えたり、顔を拭いて上げたり……ずっと寝ないでいてたから、お疲れになったみたいですね」

 ルイズは、柔らかい寝息を立てながらグッスリと寝ている。

 そして、よくよく見て見ると、長い睫の下には大きな隈ができているのが判る。

 そう遣って見て居ると、ルイズは目を覚ました。

「ふぁああああああああ」

 大きな欠伸をして、伸びをする。それから、ベッドの上で目をパチクリさせている才人に気が付いた。

「あら。起きたの、あんた」

「う、うん……」

 才人は顔を伏せた。お礼を言おうと思い、意を決する。

「その、ルイズ」

「なによ?」

「ありがとう。あと、心配をかけてごめん」

 ルイズは立ち上がった。

 そして、才人に近寄る。

 その一連の行動に対し、才人はドキドキとする。そして、思春期の男子の性か(“頑張ったね!”、“格好良かったね!”などと言ってキスでもしてくれるのか?)、などと考えてしまった。

 しかし、やはりというかそんなことはなかった。

 ルイズは才人の毛布を引っ剥がすと、首根っこを掴んだ。

「治ったら、さっさとベッドから出なさいよ!」

 首根っこを掴んだまま、ルイズは才人を引っ張り出した。

「は!? あぐ!」

 才人は床に転がってしまう。

「お、お前、怪我人だぞ!」

「それだけ話せりゃ十分よ」

 才人は抗議するために立ち上がった。まだ痛みは感じるが、決して動くことができない訳じゃないのである。

「そ、それじゃ、ごゆっくり……」

 とばっちりを恐れたのだろうシエスタが苦笑いを浮かべて、部屋から出て行く。正しい判断だと言えるだろう。

 ルイズは、才人に服や下着の山を投げ付けた。

「はぐッ!」

「あんたが寝ている間に溜まった洗濯物よ。あと、部屋の掃除。早くして」

「お前なあ……」

 1枚1枚はそれほど重量がないために痛みはないが、それでも才人は防御態勢を取ろうとして、その際に痛みが身体を奔った。

 ルイズはジロッと才人を睨んだ。

「なによ? ギーシュを倒したくらいで待遇が変わると想ったの? おめでたいんじゃないの? 馬鹿じゃないの? 忘れないで! あんたはわたしの“使い魔”なんだからね!」

 素直に感謝や心配の言葉を述べることができないルイズを前に、才人は彼女を恨めしげに見つめた。

 

 

 

「ふむ……」

 “千里眼”を用いて、事の顛末を見届け、息を吐き出す。

 どうやら無事目を覚ましたらしい。

 問題なく目を覚ますということは理解していたが、いざ眼の前で彼が倒れ意識を失ってしまうといった出来事が起きてしまうと、本当に目覚めるか不安になってしまったのである。どこか悪い所でも打つけてしまったのか、なにか小さなことで大きく分岐して直ぐさま“剪定”されてしまうのでは、と。

「どう、セイヴァー?」

「無事目覚めたようだ。彼女とイチャイチャしているよ」

 シオンからの確認の質問に、俺は首肯き答える。

 覗きといったことをしてしまっていることに後ろめたさを感じはするが、それでも心配だったということもあり、見続けていたのである。

 心配は杞憂に終わり、彼は無事に目覚めた。

 なにも可怪しいところはない。なにも問題はないのだ。

「ねえ、セイヴァー。あの時のことだけど……」

「あれか……」

 “あの時のこと”、それは恐らく、などと不確かなモノではなく、これだと断言することができる。

 膨よかな男子生徒に対して行った一連の言動のことだろう。使用した“魔法”は“アーマーパージ”や“ドレスブレイク”に酷似したモノ、この世界の“魔法”である“火”と“風”を組み合わせて生み出した火球。そして――。

 あれから、他の生徒たちからシオンに対しての言動は基本的には変わりはしないが、それでも少しばかり伺いを立てているかのようなモノが多い。そして、俺が近くにいることで彼ら、もしくは彼女らはそそくさと去って行くのだ。

 それは当然のことであろう。あれだけのことをしてしまったのだから。

「何度も言うけど、どうしてあんなことを?」

「すまない。何度も同じ返答になるが、あの時は暴走とでもいったようなモノだ。感情を理性で抑えるのが難しかった。セイヴァーと名乗っているのにあの為体(ていたらく)とは、恥ずかしいし情けないモノだ……」

 自身の感情を制御することができないというのは、未熟さの表れでもあるだろう。

 “救世主(セイヴァー)”を名乗ることに不安や申し訳なさなどを強く感じてしまう。

「このままでは、また同じようなことをしでかしてしまうかもしれないな……」

「そうだね。それじゃあ、こういうのはどうかな?」

 シオンはそう言い悪戯っ娘のような笑みを浮かべなあら、自身の手の甲に刻まれた赤い模様――“令呪”を見せる。

「それもありかもしれないが、それでもそれは3回分しかない。大事な場所や時に使うべきだろう。だから――」

「でも、いざとなれば使うからね」

「理解しているよ、マスター」

 シオンからの言葉に、俺はそう返しながらこの先のことを考える。

 

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