ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ロマリアの神官

 “トリステイン”と“ゲルマニア”連合軍が上陸して布陣した港町“ロサイス”は、“アルビオン”の首都“ロンディニウム”の南方300“リーグ”に位置して居り、“地球”で換算すると1“リーグ”は1kmで在り、詰まりは3kmの距離が在る。

 上陸直後、連合軍は敵の反撃を予想した。軍を揚陸させて直ぐに、先ずは“ロサイス”を中心とした円陣を築いたのだ。

 が……“アルビオン”軍の反撃は行われ無かった。

 連合総司令官のド・ボワチェ将軍等は、侵攻軍首脳部は拍子抜けしてしまった。

 彼等は上陸早々の敵の工芸を予想して作戦を立てたのだったのだから。“ロサイス”周辺で決戦を行い、敵の大軍を1撃で撃滅して、一気に“ロンディニウム”に進撃する積りで在ったのだ。略3週間後に控えた年が明ける“ヤラ(1)”の月、其の初日……詰まりは元旦で在る“始祖ブリミルの降臨祭”迄に、“ロンディニウム”を落とす計画で在った。詰まりは短期決戦で在る。60,000もの大軍を維持為る為には大量の兵糧が必要と成る。強力な“魔法”を唱える為の“秘薬”(特に治療に際しての“水系統”は“秘薬”を必要とする)、そして火薬や大砲の弾と云った軍需物資も要るのだ。其れを本国から前線の部隊に運ばねば為ら成い。

 敵地で長期戦を行うなど、悪夢以外の何物でも無いので在った。また“トリステイン”の国力では、長期戦を行う事などは不可能に近い。

 まんまと吸引されて仕舞った“ダータルネス”から引き返した“アルビオン”軍主力は、現在首都“ロンディニウム”に立て籠もって居るのだ。

 敵軍で在る彼等は、どう遣ら決戦を回避為る心積もりの様で在った、詰まりは“アルビオン”空軍に与えた損害が、想像以上だったのだ。空を制されて居ては、戦の主導権は握れ無い為に、“アルビオン”軍は反撃を断念したので在ろう。

 連合軍はそんな“アルビオン”軍に対し、攻撃の準備を行って居た。

 予想が外れて具体的な損害が発生したと云う訳では無いのだが、決戦に備えて無駄な陣地を構築して仕舞った為に、其の分の時間が取られて仕舞ったので在る。1週間半分の兵糧を、連合軍は無駄にして仕舞ったので在る。

 短期決戦を意図せざる得無い連合軍は、6週間分の補給物資しか用意して居無い。其れ等が尽きたら、本国から食料や火薬などを“フネ”で運ば為くては成ら成い。ギリギリの財産で遠征軍を編成した両国にとっては、余り考えたくは無い事態で在った。

 そんな緊張の中、連合軍が“アルビオン大陸”に上陸してから8日後の今日……今後の侵攻作戦を巡って、軍儀が開かれて居た。

 “ロサイス”の空軍基地、“王立アルビオン軍総司令部”、そして“神聖アルビオン共和国空軍本部”、そして現在は“トリステイン・ゲルマニア連合軍総司令部”、と1年で3度も主を変えた建物の中、赤煉瓦造りの由緒有る其の建物の2階の大ホール。

 円形のテーブル、窓を背にした上座に腰掛けて居るのは、連合軍首脳部で在るド・ボワチェ将軍。彼は、美髯を右手で扱き乍ら、2つに分かれた意見に耳を傾けて居た。

 当初の予定通り、短期決戦を主張して居るのは“ゲルマニア”の将軍、ハルデンベルグ侯爵。彼はガッチリした身体と見事な白いカイゼル髭を揺らし乍ら、「進軍です。進軍! 進軍! 我等には残り4週間半分の兵糧しか無いのですぞ! 途中の砦や城などを迂回して、兎に角“ロンディニウム”を目指すのです。幸いな事に、我等は空を制して居る。“始祖ブリミルの降臨祭迄に戦は終わる”、と言って兵を連れて来た以上、“降臨祭”を過ぎてしまったら士気が下がりますぞ!」、と“ゲルマニア”の将軍らしい、炎の様な進撃を主張した。

「“降臨祭迄に終わる”、と言って終わった戦が“ハルケギニア”の歴史に在りましたかな?」

 そう言って、冷ややかに眼鏡の奥の眼球を光らせて反論をしたのは参謀総長のウィンプフェンだ。冷たい雰囲気の、40代の男で在る。

「だったら、我等が先例に成れば良い」

 ハルデンベルグ侯爵は、ジロリとウィンプフェンを睨んで言った。

「“ロンディニウム”を包囲したは良いが、途中の砦や城に後ろを曝すのは……上策とは想えませぬ。其の上進軍すれば補給路も伸びる。横から補給路を突かれては、御手上げです。面倒ですが、此処は飛び石を慎重に踏んで行く様に、途中の城や要塞を1つ1つ攻略し乍ら進軍す可きです」

「街1つ、城1つ攻略為るのに何れだけの損害が出ると想って居るのだ!? 補給路? “降臨祭”迄に“ロンディニウム”を落とせば良い!」

「侯爵が仰る通り、我等は空を制して居るでは有りませんか。攻略時の損害は最低限に抑えられます。“降臨祭”迄に“ロンディニウムを落とす”? また其の様な寝言を!」

 ハルデンベルグ侯爵は軽蔑を浮かべた顔で言った。

「……憖“系統”が“風”だと、直ぐに臆病風が吹く様だの」

「威勢ばっかり良くって、あっと言う間に燃え尽きる“火”の数倍マシかと」

 2人は睨み合った。

「臆病者の“トリステイン”人に勇気を教えて遣る」

「野蛮人から教わる作法など在りませぬ」

 同時に“杖”を抜き合う。

 間に、総司令官で在るド・ボワチェが割って入った。

「我等が争って何とする!? 侯爵! 侯爵! “ゲルマニア”の勇気は戦場で示されい! ウィンプフェン! 私に恥を掻かせる気か!?」

 其の言葉に、2人は漸く治まった。

「取り敢えず当初の計画は崩れた事を認める必要が有る様だ。“アルビオン”軍主力を決戦で打ち破り、余波を買って“ロンディニム”に進撃。クロムウェルの首を上げ、ホワイトホールに百合の旗を掲げる……やはり計画通りに進む戦など在り得んな」

 “トリステイン”側の思惑としては――“アルビオン革命政府”打倒後は、アンリエッタの名の下に親政を行う手筈で有った。勿論、“ゲルマニア”にも領土は割譲される。其の後は、“アルビオン王族”の生き残りを捜し出し、“トリステイン”統治領の玉座に据え、“王制”を復活させる計画で有った。否、寄り正確に言えば極一部の者達以外がそう考えて居るので在る。彼等は勿論、シオンが“王族”の生き残りで在る事など知りもし無い。故、“王族”を捜すと云っても、殆ど革命時のゴタゴタで処刑されて仕舞って居る為、テキトウな貴族を“王族”に仕立て上げ、玉座に据えようとして居るのだ。

 ド・ボワチェは首を横に振り、其の想像を頭から払った。

 其れは今考える事では無い。今、考える可きは、“ロンディニウム”に立て籠もった敵軍をどう遣ったら壊滅させる事が出来るのか、だ。

 ド・ボワチェは、兎に角自分の出世が懸かって居る為、唇を噛んだ。此の戦に勝たねば、彼は元帥には成れ無いのだ。(決戦1つで片付けば楽だったのに……)、とド・ボワチェは“アルビオン”軍を恨んだ。そして、(どうしてクロムウェルは“ロンディニウム”に立て籠もり、打って出ぬ? 国土を敵に蹂躙されて居るのだぞ? 閣僚に対する見栄も、“貴族”に対する示しも、民意も在るだろうに。一体何の様な心積もりだ?)、とそんな風に考え込んで居る姿を、同盟国の将軍と参謀総長が心配そうな顔で見て居る事に気付き、ド・ボワチェは己の作戦計画を披露した。

「……決戦は無く成ったが、計画は実行されねば為らん。兎に角“ロンディニウム”の“ハヴィランド宮殿”に、女王陛下と皇帝陛下の旗を翻さねば為らんからな。さて、一気呵成に“ロンディニウム”を攻めるのは危険が過ぎる。かと云って1つずつ城を落として行ったら此の戦、10年は掛かるぞ」

 侯爵と参謀総長を始めとした皆は苦い顔で首肯いた。

 ド・ボワチェはテーブルに広げられた地図を示した。そして、“ロサイス”と、“ロンディニウム”を結ぶ、線上の一点を叩く。

「“シティオブサウスゴータ”。観光名所の古都だな。此処を取って“ロンディニウム”攻略の足掛かりとする。5,000を此処“ロサイス”に残して補給路と退路を確保。残りは攻略に参加為る。空軍は全力を以て之を支援。勿論敵の主力が出て呉れば、決戦に持ち込む」

 ふむ、と云った顔で、侯爵と参謀総長達が首肯く。

 折衷案の様な、何方付かずの作戦計画で在ったのだが、否、悪くは無いと云えるだろう。

 “サウスゴータ”は大きな街だ。街道の集結点でも在る。此処を占れば他の城や街にも睨みを利かす事が可能に成るのだ。若し“降臨祭”を過ぎても決着が着かず持久の態勢を取るにしても、大都市成らば其れが遣り易いだろう。

 作戦が決定された其の時に、扉がノックされる。

「誰だ?」

 衛兵が問うた。

「私です。女王陛下の女官、ラ・ヴァリエールです」

 ド・ボワチェは衛兵に顎を杓り、入室の許可を促した。彼に軍儀に少女を参加させる趣味は無いが、女王陛下の女官で伝説の“虚無”の担い手とも成れば邪見に扱う訳にも行かず、機嫌を損ねられると困る為だ。

 ド・ボワチェは母艦での一件が在ったにも関わらず未だ、其れでも、ルイズを駒処か、道具としてしか見て居無いのだ。

「おお、ミス“虚無(ゼロ)”。君には豪華な天幕を用意した筈だ。面倒事は我等軍人に任せて、其処で休養を撮って居為さい。必要が有れば呼ぶ」

 ルイズは周りの連中が立場が高い者達で在る為に気後れをした。然し、モジモジとして居ては御役目は果たせ無い為、勇気を出して口を開いた。

「あ、あの……」

「何だね? ああ、“ダータルネス”での君達の働きは叙勲に値為る。流石は“虚無”。良く遣って呉れた。諸君! 拍手!」

 パチパチパチ、と気の無い拍手が会議室に響く。

「“王室”に叙勲申請を出して置こう」

「い、いえ其の……」

「何だね? 未だ何か有るのかね?」

 ド・ボワチェの口調に、(勲章だけでは足りぬと言うのか? 小娘が欲張り居って!)、と云った不機嫌なモノが混じる。強欲な人間と云うモノは、自分の基準として人間を捉えて仕舞う癖が有る。ド・ボワチェは、ルイズが之以上の賞賛を欲しがって居ると感じ、気分を害して仕舞ったのだ。

「違います。あの、勲章を頂きに来たんじゃ無いんです。其の、生還した“竜騎士”達について……」

 将軍達は一瞬、(何の事だか理解ら無い)と云った様子を見せるが……3日程前に生還した“竜騎士中隊”の事だと気付き、首肯いた。

「ああ、其れがどうした?」

「其の……喜ばしいけど、可怪しいと想いませんか? 墜落から1週間も経って、無傷で生還する何て……而も其の間の記憶が無いんですよ?」

「そうだな」

 煩そうに、(そんな事で軍儀を邪魔しに来たのか?)と言わんばかりの態度で、将軍達は相槌を打った。

「場所は“サウスゴータ”の辺りです。調査の必要が在ると想いますけど」

 ルイズがそう言うと、将軍の1人が手を振り、「ああ、理解った理解った。進軍路の近くだな。捜索小隊を編成して、謎の究明に当たろう」、と言ったが、本気で捜索為る気など無い口調で在る。

「大方頭でも打つけたか、妖魔の類に誑かされたので在ろうよ」

「……妖精を見たとの報告も上がって居ます」

「親切な妖精だな!」

 誰かがそう言って、会議室は笑いに包まれた。軍儀に参加して居る誰もが気に留めて居無いのだ。10騎ばかりの騎士が経験したで在ろう不思議な事柄など、意に介して無いのは明らかで在った。

「そんな!? 若し、重大な秘密が隠されて居たらどう為るんですか!? 戦局にも影響するかも知れません!」

「ミス、確かに不思議な出来事では在るが、大局に影響が在るとは考え難い。我等は其の様な些事に構って居る暇は無いのだ」

「でも……」

 其れからド・ボワチェは、気付いた様な口調で付け加えた。

「丁度良い。調べて欲しい事が在る。遣って呉れるな?」

 

 

 

 赤煉瓦の司令部から、追い出される形で出て来たルイズを見て、建物の入り口に待って居た俺達は駆け寄った。

「どうだった?」

 ふんと、ルイズは外方を向き、ツカツカと歩いて行く。

 才人は、鼻を鳴らした。

 2人は、昨日から殆ど口を利いて居無いのだ。昨日の昼、“竜騎士大隊”の天幕前にルイズとシオンと俺を置き去りにしてから、ルイズと才人の2人は険悪な雰囲気を漂わせて居る。

 そんなルイズの後ろを、才人達は少し離れて歩き、シオンは彼女へと駆け寄り横を歩く。

 ルネが、「はあ、まるで姫様と其の奉仕者だね」、と皮肉を込めて言った。其れから、少し小声にして、才人の耳元で囁く。

「ちょっと小耳に挟んだが……君達は、“アカデミー”の研究員何だろう?」

 才人は「アカデミー?」とキョトンして、ルネの顔を見詰めた。

 興味深そうな顔で、次々と少年騎士達が俺と才人へと詰め寄って来る。

「あの飛行機械も、“アカデミー”で造ったモノ何だろ?」

「此の前の説明で何と無くの理解だけど、凄い新型“魔法”兵器を積んでるだろう?」

「こないだの任務は、其奴を“ダータルネス”に炸裂させて、敵を引き付ける陽動作戦だったんだって?」

 目をキラキラと輝かせて、少年騎士達は俺達に話し掛けて来る。

 彼等は、俺達の事を“魔法研究所(アカデミー)”の研究員だと想って居る様だ。ルイズの“虚無(ゼロ)”を知る者は一部の将官のみで在る為、情報が操作されて居るのだ。

 城下では“奇跡の光”で通って居るのだが、“貴族”相手に其の様な言い訳が通用する筈も無く、公式の其の効果と存在は尤もらしく“魔法研究所(アカデミー)”と云う事に成って居るのだ。

 俺達の会話に聞き耳を立てて居たのだろう、ルイズがピタリと立ち止まる。

 才人達も、ギクッ! と緊張して立ち止まって仕舞う。何故か、俺を除いた全員が直立だ。ルイズから発せられて居る、ピリピリとした雰囲気に、彼等は呑まれてしまって居るのだ。

 ルイズは振り返らずに、澄ました声で、「違うわ。私は“魔法研究所(アカデミー)”所属の研究員何かじゃ無いわ。女王陛下直属の女官よ」と答えて仕舞う。

 其れに対して、才人は(おい! 馬鹿ルイズ! “虚無”は秘密何だろ!? 噂が広まって敵に知られたら大変だろ!? 狙われちゃうよ!)とあたふたとした様子を見せる。

 そんな才人の様子を他所に、ルイズは言葉を続けた。

「私達は“王室”直属の“新型兵器開発部門”、通称“ゼロ機関”の一員成の」

 才人は、へ? と拍子抜けをした様子を見せる。

 ルイズの隣に居るシオンは、笑いを堪えて居る。

「そ、そうだったのか! 凄い!」

「何だか良く理解ら無いけど、凄く強そうな機関だな!」

「良い事? 秘密の機関成のよ? 誰にも言っちゃ駄目よ? 其処で開発されて居る“魔法” 兵器は、“魔法研究所(アカデミー)”で開発されてる其れとは比べモノに成ら無い程に凄いんだから! 言ったら死刑よ、貴男達」

「わ、理解った!」

「“始祖”に誓って誰にもバラさ無いよ!」

 酔って気が大きく成った彼等は、「自分達が護衛して居るのは、“ゼロ機関”と遣らの新型“魔法”兵器だ」、と云った風に方法で話す事だろう。其れに依り、敵も味方も、伝説の“虚無”の存在など想像すらし無いだろう。

 才人は(成る程)、と想った。

 誰かがテキトウな噂を流し、そして本人が其の噂を否定。次に尤もらしい真実に近い何かを述べる事で、真実から好奇の目を逸す事が出来るので在る。

 詰まりは、上手い事情報を操作したと云う事だ。

「まあ、そう言う事だ。本来、あの飛行機械、名称“ゼロ戦”、通称“竜の羽衣”の構造は、此の前説明したが、あの中には幾つもの仕掛けが在る。そして、俺とシオンが乗って居るあれは、其の“竜の羽衣”のプロトタイプ且つオリジナル、名称は“天翔ける王の御座(ヴィマーナ)”だ。“竜の羽衣”は其れをダウングレードさせ、量産する為のテスト機体と言う奴だ」

 少年騎士達は、俺の説明に対して目を爛々と輝かせ、聴いて居る。

 才人はルイズに駆け寄り、耳打ちした。

「……何時の間にそんな謀略を覚えてんだよ? 随分と遣るじゃ成えか」

「……姫様から貰い受けた命令書に書いて在った通りの事を言っただけよ。“虚無”は味方だって一部しか知ら無い機密、“聖杯戦争”と“サーヴァント”は更に知られては成ら無いから、此の様に言い訳しろってね」

「おまえ! だったらそう云う事俺にも言っとけよ。俺が上手く言い触らして遣ったのに」

「セイヴァーは大丈夫だろうけど、あんたは演技出来無いから駄目。馬鹿だし」

 其れからルイズは、ふんっ! と顔を背けて歩き去った。

 シオンが其れに続く。

「何か君の女主人は、完全に御機嫌斜めだな」

 と、ルネが、そんなルイズの様子を見て呟いた。

 才人は厭味ったらしい声で、「ふん。いっつもあんな感じだよ」と言うと、ルイズが振り向いた。

「あんた達が生還出来た理由が気に成るから調査を上申したってのに、却下されたから頭に来てるだけよ。何時もって何よ?」

 才人、「いっつも“頭に来てる”状態じゃ成えか」、と言い返した。

 ルイズは少しの間、冷たい目で才人を見詰めた。

「な、何だよ?」

 ふんと、小さく鼻を鳴らし、クルリと背を向け、ルイズは再び黙って歩き始めた。

 才人も無視を決め込んだ事を想い出し、顔を背けた。

 

 

 

 

 

 さてそんなルイズが向かう先は、自分達に与えられた天幕では無かった。

「彼奴、何処に行く積りだろ?」

 そんなルイズに、才人が訝しみ口を開く。

 巨大な鉄塔が並ぶ船着場を過ぎ……工廠らしい溶鉱炉の横を過ぎ……元は教練場だっただろう大きな広場迄遣って来た。

「僕等の隊じゃ成いか?」

 ルネが言った。

 果たして其処は、昨日も遣って来た“竜騎士大隊本部”の天幕で在った。何故他の天幕から離れ、ポツンと寂しく張られて居るのかは、周りを見れば判るだろう。

 周りには20数匹の“ウィンドドラゴン”が杭に繋がれ、ギャアギャアワアワアピィピィと鳴き喚いて居るのだ。五月蝿いし、危ないと云う事も在って、他の隊から離れた場所に設営されて居ると云う訳だ。

 そんな“ウィンドドラゴン”を世話して居る人物が居た。

 長身で美形の“ロマリア”神官……ジュリオ・チェーザレだ。

 まるで恋人でも甘やかすかの様にして、ジュリオは飼葉桶に首を突っ込む“ウィンドドラゴン”の首筋を撫でて居る。そて、何遣らブツブツと“ウィンドドラゴン”に話し掛けて居るのだ。

 ジュリオ・チェーザレは、未だ俺とシオンしか知ら無い事だが、“ヴィンダールヴ”で在り、“ライダー”の“クラス”の“サーヴァント”だ。本来協力為る筈の“ガンダールヴ”と“ヴィンダールヴ”が、何時かは敵対する羽目に成って仕舞うだろう。そして、今の俺は“サーヴァント”で在り、何時敵対しても可怪しい状況では無い。のだが、彼からは敵意も害意も殺意も発せられて居らず、そう云った感情などは抱いて居無い。其の事からも、俺はシオンに、未だ敵対為無い方が良いと言い、彼女は其れを了承したのだ。

 ルイズは、そんなジュリオに真っ直ぐに近付いて行くので、才人は気が気では無い様子を見せる。そして、咄嗟にルイズの後ろに駆け寄った。

 ルネ達も、俺とシオンも、そんな2人の後を追った。

「ミスタ・チェザーレ」

 ルイズがそう呼び掛けると、ジュリオの顔がパァアアアッ! と笑顔に変わり、「之は之は!」、と大仰な身振りでルイズに近付き、其の手を取って其処へと接吻をした。

「梟か鳩で知らせて下さい。そう為れば此方から御迎えに参りましたものを」

 そんなジュリオに、ルイズは「否、貴男と其の“ウィンドドラゴン”に用事が有ったのよ」と言った。

「僕と“風竜”?」

「今から私を乗せて、飛んで欲しいの」

 ジュリオは理由も訊かずに、満面の笑みで一礼した。

「貴女の様な美しい方の御役に立てる好機が巡って来るとは!? 僕も満更捨てたもんじゃ無いな! 全く、之は望外の喜び!」

「何だ彼奴の仕草!? 芝居じゃ無えんだぞ」

 才人が苦々しい口調でそう呟けば、「“ロマリア”人はそう云うモノだ」とやはり苦い顔でルネが言葉を返す。

「何方に飛べば宜しいのですかな?」

 とジュリオが言った時、才人は無視の誓いを忘れてルイズの肩を掴んでしまった。

「おいルイズ」

「何よ? 邪魔よ。彼処に行って為さいよ」

 才人は深く深呼吸をした後、言った。

「飛ぶん成ら、俺の“ゼロ戦”使えば良いじゃ成いかよ。何でこんな気障……否さ、“ロマリア”と遣らの神官様に頼むのよ?」

 ルイズは、「ふん。あんた何か嫌だもん」、と、ツン、と澄まして言った。

「はぁ?」

「間が抜けてるし、優しく無いし、気が利か無いし。其の上、変な事しか考えて無いし。そそ、そう言う事しか考えて無いし。誰でも良いんだろうし」

「間が抜けてる以外は飛行にゃ関係無いだろ?」

「じゃあハッキリ言ったげる。どうせ後ろに乗る成ら、格好良い男の子が良いの」

 ルイズがそう言った瞬間、才人の身体が固まり、シオンと俺は天を仰ぎ見る。

「……なな、な、何だと?」

 思いっ切り冷や汗を垂らし乍ら、才人がそう言うと、ルイズは才人に指を突き付けた。

「あら何? 焼き餅? 馬鹿じゃ成いの? あんた誰と誰を比べて焼き餅妬いてるの? 此処に居る美形が服を着て歩いて居らっしゃる様な“ロマリア”の神官様と、犬と土竜を足して3で割って4を掛けて5を引いたて踏ん付けた様な自分の顔を比べて焼き餅妬いてんの? 可笑しいんじゃ成いの? ばっかじゃ成いの? 死んだ方が良いんじゃ成いの?」

「お、おまえ……」

 才人は酸欠に成り、口をパクパクと動かした。才人の中で、嫉妬の炎が激しく燃え上がり、身体を焼き尽くしそうに成って居る。

「ルイズ、其れは流石に……」

「御生憎様。と言う訳で私は美形の神官様と秘密の任務に向かいますから、あんたは天幕の中掃除しと居てね。自分達で汚したんだから、ピカピカにしとき為さいよね。後洗濯」

 シオンの制止すら耳に入って居無い様子で、ルイズは言葉を続け、最後に思いっ切り才人に向かって舌を突き出した。

 “ウィンドドラゴン”に跨ったジュリオが、そんなルイズに声を掛ける。

「準備は完了です。ミス・ヴァリエール」

 ルイズは、「待って! 今行くわ」、と言って、“ウィンドドラゴン”にヒョイッと跳び乗った。

「確り掴まって下さい。貴女は“トリステイン”の宝石だ。落としたらとんでも無い外交問題だ!」

「まあ、御上手ね!」

 “トリステイン”の宝石とは、言い得て妙かも知れ無いいと云えるだろう。

 ルイズは、才人に見せた事の無い特大の笑みを浮かべてジュリオの腰に腕を回した。そして、得意気に髪などを掻き上げてみせる。

 “ウィンドドラゴン”は力強く羽撃いた。地面の砂や埃が舞い上がり、才人達は思わず目を瞑る。

 彼等が目を開いた時には……“ウィンドドラゴン”は高く空に浮かび、次いで鮮やかに飛び去って行く。

 呆けた顔で、才人はそんな“ウィンドドラゴン”を見送った。

「何だ彼奴!? 何だあれ!? 何だあの態度!?」

 才人は背負って居るデルフリンガーを抜いて、怒りに任せてブルンブルンと振り回し始める。

 ルネ達は、そんな才人から離れ、そして呆然としてそんな様子を見詰め、言葉を話す剣に驚いた様子を見せる。

「御久。いやぁ、何だか、相棒も苦労してるねぇ」

「何だよあれ!?」

「しっかし、彼奴、何か引っ掛かるなぁ……」

「どー成ってんのよ!? 何で其処迄意地悪言うのよ!?」

「気の所為かなぁ……? って相棒聞いて無えな。ま、どうでも良いんだけどね」

「どうでも良いか……まあ、気に成るのは仕方在るまい。何せ彼奴はおまえの既知の存在と同じ役割を持って居るのだからな」

 そんなデルフリンガーへと、俺が答えた。

 

 

 

 “ウィンドドラゴン”に跨ったルイズは地面を見下ろした。ドンドンと人や天幕が小さく成って行くのだ。呆然として見上げて居る才人の顔に気付き、(見て! あの間抜けた顔! なぁに? いっちょ前に焼き餅妬いてんの?)、と云った風にニヤ~~~~~~っと、再びルイズは特大の笑みを浮かべた。

 そしてルイズは、地面に向かって、べぇ~~~、と再び舌を突き出した。

「さて、何処に向かって飛べば良いのかな?」

 とルイズの前から声がして、彼女は我に返った。

「え、えっと……」

 ルイズが何から説明しようかと迷い出すと、ジュリオが「何処を偵察すれば良いのかな?」と返された。

「ど、どうして偵察任務って判ったの?」

「子供でも判るよ! 単騎での任務だもの! でも、頂け無いね!」

「何が?」

「“魔法研究所(アカデミー)”の研究員たる貴女の様な重要人物を、偵察任務何かに投入する何で! 考えられ無い! 偵察何て、普通は“使い魔”の仕事じゃ成いか」

 ルイズは左手で、ギュッと“始祖の祈祷書”を握り締める。落とさぬ様に、革の紐で綴じられ、肩から鞄の様にして提げて居るのだ。

「上層部は試して居るのよ。私の持つ……其の、魔法兵器が何の程度の役に立つ代物成のかってね。きっと、汎ゆる任務に投入為る積りだわ」

「便利ってのは、不便な事だね」

 そうね、とルイズは首肯いた。

 ルイズは自分の持つ伝説の力でさえ、国や軍組織と云う大きな装置の中では1個の歯車に過ぎ無い事を肌で悟りつつ在った。(何れだけ使えるのか? 何に使えるのか? どう遣ったら己の役に立つのか?)、と偉い将軍達に、彼女はそんな目で見られて居るのだ。

 当たり前の事では在るが、其処に彼女自身の意志が介在する余地は無いと云えるだろう。彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでは無く、此処では唯の“虚無(ゼロ)”成のだ。

 だが其れは彼女自身とて同じかも知れ無い。散々彼女を馬鹿にして来た家族やクラスメイトを見返す為に、彼女自身だって“虚無(ゼロ)”を利用して居るのだから……。

 其の様に、ルイズが物思いに耽って居ると、ジュリオの笑い声が響いた。

「で、何方かな?」

「あ、御免! “シティオブサウスゴータ”!」

「古都だね。美しい都と聞いて居る。彼処を戦で破壊するのは偲び無いなあ」

 ルイズが答えに困って居ると、ジュリオは振り返り「気に為無いで。今は戦争だ、理解はして居る。唯、僕は神官だからね」とニコッと笑って言った。

 男女共に、ハッ!? とさせる位に魅力的な笑みをジュリオは浮かべる。

 ルイズは思わず頬を染めてしまった。

「そ、そうね」

 ジュリオは振り返った儘、グイグイと顔をルイズに近付ける。

「ホントに君は綺麗だね。ミス・ヴァリエール」

 軽く後退って、ルイズは誤魔化す様に尋ねる。

「ど、どうして“ロマリア”から? 同盟国でも無いのに……」

「義勇軍だよ! 規模は小さいけどね! 今の“アルビオン”は、“ハルケギニア”の国全てにとって目の上の痣瘤さ。“王制”を打倒して、“貴族”達で共和制を敷く? そんな事をされたら大変だ! 共和制ってのは、何処の国にとっても悪夢成のさ。教皇様が治めて居る“ロマリア”だって例外じゃ無い」

「私には政治の事は良く理解ん無いわ」

「気が合うね。僕もあんまり興味が無い。じゃあ、もっと興味の有る話をしよう。そうだな……」

「なぁに?」

「どう遣ったら君の様な、妖精みたいに可愛い女の子が出来るんだい?」

 真顔でそう尋ねられ、ルイズは軽く俯いた。

「馬鹿な事言って無いで、ちゃんと前見て為さいよ。道を間違えたら大変じゃ成いの」

「平気さ。先刻、ちゃんと此のアズーロに指示したんだ。“シティオブサウスゴータ飛んで呉れ”ってね」

 ルイズは怪訝な顔に成った。

 確か此の神官は、“メイジ”では無い筈で在る。詰まり、身分的には兎も角平民と変わら無いのだ。“メイジ”でさえ、“使い魔”と心が通じ合う様に成る迄には、相当の年月を要すると云うのに……。

 ルイズが、(“使い魔”では無い“幻獣”と、“メイジ”でも無い神官の心が通じ合う? そんな事って在るの?)、と云った風にキョトンとして居ると、ジュリオは笑った。

「君が“魔法研究所(アカデミー)”の魔法兵器を扱える様に、僕は神の奇跡を使えるのさ」

「冗談言わ無いで」

 現在の此の世界――“ハルケギニア”に於いては、神と云うモノは形而上の存在と云える。“魔法”が世の理を司る現世に力を及ぼす事は無いに等しいのだ。

「何てね! そう、冗談だよ!唯、他人選りちょっと、獣の気持ちが判るだけさ! なぁ、アズーロ!」

 “ウィンドドラゴン”で在るアズーロは、きゅい、と一声鳴くと、グングンと速度を上げた。

 2人は1時間程の飛行で“シティオブサウスゴータ”の上空迄遣って来た。

 円形に配置された城壁の中に、色取り取りの煉瓦で組まれた家々が並んで居る。人口40,000近くの大都市で在る。

「高度下げて」

 ジュリオはルイズの言葉に首肯き、アズーロがジュリオの意思を汲み、高度を下げる。

 街行く人々が手を振って居るのが見える。味方と勘違いでもして居るので在ろう。

 ジュリオが微笑むと、“ウィンドドラゴン”に何かを呟いた。

 アズーロは翼を交互に振り、奇妙な感じに身体を揺すり始めた。

「何してるの?」

「“アルビオン”産の“ウィンドドラゴン”の真似してるのさ。此のダンスで、“アルビオン”の“ウィンドドラゴン”は伴侶を探すんだよ。“アルビオン”の“竜騎士”は其れを利用して、敵味方の識別に使ってる」

「貴男のアズーロは、“アルビオン”産成の?」

「まさか! 僕が仕込んだんだよ!」

「貴男、凄いのね」

 “メイジ”にだって“竜”に芸を仕込むのは並大抵の事では無い為、ルイズは素直に感心した。

「良いから早く敵情を調べ給え」

 ルイズは首肯くと、街の情景を眺めた。報告の際に、“イリュージョン”を用いて、鮮明な映像として上層部に提出する積り成のだ。幻影の“魔法”で在る“イリュージョン”は“詠唱”者が見た光景を、記憶から取り出して正確に再現為る――現実世界に映し出す――“虚像を投影する”事が出来る“呪文”で在るのだ。

 此の“イリュージョン”の使い方は、参謀部の指示で在る。彼等はルイズの“虚無”を、あっと言う間に軍事的に応用してみせたのだ。其れはルイズが、(成る程)と想うと同時に、(自分が道具だ)、と云う事を、犇々と感じる瞬間でも在った。

 街中の広場を、闊歩して居るヒトとは明らかに違う大きな存在に気付く。

「“オーク鬼”だわ」

「そうだね。余り人の兵隊の姿が見当たら無い気がするんだが……気の所為かな?」

 気の所為では無いだろう。

 街を我が物顔で歩いて居るのは、槍や棍棒を担いで居る“オーク鬼”や“トロル鬼”と云った、大柄な“亜人”ばかりで在るのだ。其れを指揮する“メイジ”の姿も見えは為るが……余り兵隊の姿は無く見当たら無いのだ。

「彼奴等は、“亜人”で兵力を水増しにして居るのね。でも……良くあの凶暴な“オーク鬼”達が人間に従って居るわね……」

「何らかの手品が有るんだろうさ。全く君達“メイジ”のする事は神の敬虔成る下僕足る僕には理解出来無いね」

 ルイズは精神を集中させ、眼の前の光景を脳裏に焼き付け始めた。

 “虚無系統”は1回大きく使うと、再び“精神力”が溜まる迄他の“系統”と比べてかなりの時間が必要と成るのだ。先日使ったばかりの為に、余り大きな……詰まり広範囲の風景を切り取る“イリュージョン”は作成出来無いだろう。

「もう1度、街の上を旋回して」

「そろそろ危険かも知れ無い。何時迄も誤魔化しは利か無いよ」

 5分置き程度に、“ウィンドドラゴン”に“アルビオン”でのダンスを躍らせて居るジュリオが呟く。

「正確な情報が必要成の。“呪文”が足り無い分は、紙に書くしか無いわ」

 ルイズは危険を犯して、何度も街の上を往復させ乍ら羊皮紙のノートに街の情報を書き留めて行く。其のノートと“イリュージョン”を使って、出来る限り正確な情報を持ち帰ろうとして居るので在る。

 そんなルイズの様子を見乍ら、ジュリオは笑みを浮かべた。

「焼き餅を妬かせたいだけじゃ無いんだろ?」

「え? ええ? 何言ってるのよ!?」

「“武装”が無いんじゃ危険だからだ。君じゃ無く……あの“使い魔”君がね。危険は仕方が無い。任務だからね。でも、無謀な危険を冒させる訳には行か無い。違う? どうしてどうして、君は怒って居ても冷静な部分を残して居る。女の子だからかな?」

「意味が理解ら無いわ」

 ルイズは、頬を染めて誤魔化す様に言った。

「あの飛行機械は弾切れ何だ。秘密兵器も使っちまった。速く飛べるだけじゃあ、役立たずだ」

「……何で知ってるの?」

「僕も“ヴュンセンタール号”に乗り込んで居た。興味が湧いてね、甲板に繋がれて居るあの飛行機械を調べたんだ。随分と良く出来てるな! 感心したよ!」

「好奇心は身を滅ぼすわよ」

 とルイズが少しばかり凄んで言うと、ジュリオは大声で笑った。

「安心して呉れ! 僕は君の味方だよ! 自分の事しか考えて無い将軍達と違って、利用為たり、陥れよう何て之っっぽっちも考えて無い……さて、時間切れだ」

「未だよ。もうちょっと」

「無理だよ」

「命令よ!」

「敵だよ」

 ジュリオは顎を杓った。

 そちらの方向から、“ウィンドドラゴン”の編隊が、1個中隊9匹、此方に向かって急降下して来るのが見えた。

 ルイズは呆然とした。

「逃げて!」

「……んー、無理っぽいな。ちょっと御喋りに夢中に成っちゃたなぁ」

 と、薄ら笑いを浮かべて、ジュリオが呟く。

 上空に居た分、敵の方が速い。全力で飛んでも逃げ切る事は至難の業だろう。

 勢いを付けて降下して来る“ウインドドラゴン”を見詰め、ルイズは震えた。将軍達に自分の実力を認めさせたくって、少し長居が過ぎた様で在る。ルイズは唇を噛み締め、膨れ上がる死の可能性に恐怖を覚えた。

 ルイズは首を横に振り、其の様な恐怖を振り払う。

 ルイズが(何とか……“虚無”で反撃して遣る。何発“エクスプロージョン”は撃てるかしら? “精神力”は……低い。規模は小さい。上手く当たるかしら?)とそんな風に考えて居ると、ジュリオから指示が飛んだ。

「ルイズ、君は乗馬は得意かい?」

 行き成り呼び捨てにされて仕舞ったが、今は文句を言って居る場合では無い事をルイズは重々理解して居り、怪訝な表情を浮かべ乍らも首肯く。

「え、ええ……下手では無いわ」

「じゃあ確り掴まってて! ギャロップで柵や植え込みを飛び越えるみたいにね! アズーロ!」

 アズーロは、きゅい、と小さく鳴いた。そして、敵に向かって猛烈に加速する。

「ちょっと!? ちょっとぉ!? 突っ込んでどーすんのよ!? あんた“魔法”使え無いんでしょ!」

 真っ直ぐに、ジュリオとアズーロは敵の“竜騎士編隊”に突っ込んで行く。

 ルイズは悲鳴を上げた。

「ちょっと!? あ!? “魔法”撃ったわ!? いやぁあああああ!?」

 9騎の“竜騎士”が、次々と“魔法”を放つ。

 氷の刃が、火の弾が、アズーロに跨るジュリオとルイズへと飛ぶ。

 ルイズが“魔法”を唱えようとした時……ジュリオが怒鳴り制する。

「手を離すな!」

 敵の“魔法”が当たる……思われた瞬間、アズーロはとんでも無い動きをしてみせた。身体を撚り、まるで空中で激しく踊る様子に身をクネラせ、次々と“魔法”を回避したのだった。信じられ無い事だと云えるだろう。“ウィンドドラゴン”とは想えぬ機敏な身の熟しで在る。

 まるで小鳥の様な其の動きに、敵も度肝を抜かれたらしい、一瞬、速度が鈍る。

「ブレスだ! アズーロ!」

 ブフォッ! とアズーロの口から、まるで火竜が出すモノの様な大きなブレスが飛んだ。1騎の“竜騎士”が正面からマトモに喰らい、地面へと落ちて行く。

 そして擦れ違い様に、アズーロは爪を使い、また1騎の翼を切り裂いた。其の1騎は行き先を地面へと変えた。

 唖然として、(“ウィンドドラゴン”があんなブレス吐く何て!? どー成ってんの!?)、とルイズは其の光景を見詰めた。

 7騎に減った敵の“竜騎士”達は、反転して、再び戻って来る。流石は“アルビオン”の“竜騎士”と云えるだろう。ジュリオの“ウィンドドラゴン”で在るアズーロの動きに、一瞬驚いたが、直ぐに平静さを取り戻したらしい。味方が2騎撃墜された事にも動じた様子を見せず、怯まずに突っ込んで来るのだ。

 広がって包み込む構えの様だ。慎重に逃げ道を塞いで、仕留める様と云うのだろう。

 だが、無造作とも云える様な動きで、ジュリオのアズーロは包囲網の中に入り込んで行く。

 警戒為る様に、一定の距離を取って居た敵の内の1騎が突っ込んで来る。

 其の敵に背を向けた瞬間、後方から別の1騎が飛んで来る。前方の“竜騎士”は囮らしい。

「後ろ!? 後ろ!」

 とルイズが絶叫したが、ジュリオは薄笑いを浮かべた儘、囮を追い掛けて居る。

 後ろに着いた敵は、てっきり囮に注意を引き付ける事に成功したと想ったのだろうか、グングンと距離を詰める。

 真後ろに着いた敵の“魔法”攻撃と同時に、アズーロは身体を撚らせた。後ろに目が付いて居るかの様な動きだ。鮮やかに宙返りをして攻撃を躱すと、アズーロはブレスを吐いた。

 其のブレスを喰らい、攻撃を仕掛けて来た“アルビオン”の“竜騎士”は墜落して行った。

 唖然として、ルイズは事の成り行きを見守って居た。

 信じられ無い位に鮮やかで、無駄の無い“ウィンドドラゴン”の動きだ。

「りゅ、“竜”がこんな動きを為る生き物だ何て!?」

「喋ると舌噛むよ」

 と何処迄も落ち着き払った声を出すジュリオ。

 3騎遣られ、敵の空気が変わった。

 爆ぜる様な怒りを感じたルイズは首を竦める。

 “アルビオン”の“竜騎士”達は、包囲をユルユルと縮め、全騎が一斉に突っ込んで来た。

 瞬間、ルイズの視界が上下に揺れ、左右に回転をした。まるで曲芸師の持ったボールの様に、身体が振り回される。目を瞑る事も忘れ……ルイズはジュリオにしがみ付いて居た。

 アズーロが身を撚る度に、ブレスが爪か牙で、敵の“ウィンドドラゴン”が深刻なダメージを受けるのが見えた。敵の攻撃を避ける動作が、其の儘攻撃の動作に成って居るのだ。

 僅か4秒程の間に、突っ込んで来た6騎は叩き落されて仕舞った。

「終わり。じゃあ戻ろうか」

 まるで道端で子供をあやした後かの様な、何気無い声でジュリオが言った。

「な、何が起こったの?」

 “ウィンドドラゴン”と乗り手が一体化でもしたかの様な、鮮やかな機動。

 否、其れだけでは説明が付か無い様な、信じられ無いアズーロの動き。

「“竜”本来の能力を、引き出して遣っただけだよ。皆、“竜”に無駄な動きをさせ過ぎて居る。そんだけさ」

 事も無気に、ジュリオは言った。

 “メイジ”では無い彼が、どうして第三中隊を預かって居るのか……ルイズは理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “アルビオン”の首都“ロンディニウム”、ホワイトホールでは出撃を巡っての激論が交わされて居た。

 ルイズの“イリュージョン”で“ダータルネス”に吸引されてしまった“アルビオン”軍は、水際で敵軍を叩く好機を逃す事に成ってしまったのだ。キッチリ“ロサイス”で、上陸して来る敵を迎え討つ事が出来れば、“アルビオン大陸”から“ハルケギニア大陸”へ敵を追い落とす事も可能だったのだが……。

「敵が完全に上陸し終わって陣を築いた現在、此方から反撃を試みるのは自殺行為です」

 15人程が腰掛けた円形のテーブル、北側に腰掛けた年若い将軍が、憔悴した顔で言った。

 実際に其の通りで在る。40隻が残って居た“アルビオン”空軍艦隊では在るが、先日の艦隊決戦に依り半数が撃沈されて仕舞い、残りの“フネ”も深刻なダメージを受けて仕舞ったのだ。出撃出来るのは、10隻にも満た無いのが現状だ。

 対して“トリステイン”と“ゲルマニア”の艦隊は、12隻が沈み、8隻が深刻なダメージを受けはしたが、未だ40隻程が戦闘可能で在る。制空権は、連合艦隊が完全に握って居ると云っても過言では無いだろう。

 其の上“アルビオン”軍は、数を減らして居た。“タルブ”での敗戦で3,000を丸々失い、先日の敗北で更に軍全体の士気が下がり、離反する隊迄現れて仕舞う始末だ。現状では4万数千の兵を残すのみ。革命時の勢いは、既に無いと言い切る事が出来る。

 制空権を握った60,000に対し、攻撃を加えらえる訳が無いのだ。

 座の中心に控えた、“神聖アルビオン共和国議会議長”にして、“初代アルビオン皇帝”クロムウェルに、非難の視線が集中して居た。

 数々の謀略も失敗した挙句、敵の上陸を許して仕舞ったからだ。

 然し、クロムウェルはそんな視線を受け流し……涼しい顔の儘だ。

 “アルビオン”軍主力の実質的な指揮を執って居るホーキンス将軍が、口を開いた。

「反転は小官のミスです。初動で敵を殲滅出来る好機を逃しました。詫びの言葉も有りませぬ」

 クロムウェルはニッコリと笑って、「ボロボロだな、我が軍は」、と言った。

「“魔法学院”の子弟を人質に取る作戦も、失敗に終わった」

 失敗したと云うのにも関わらず、クロムウェルは悪怯れた様子を見せ無い。

 ホーキンスは、溜めきを吐く様に言った。疲れた声で在った。

「敵が使用する“魔法”兵器は、此方の想像を超えて居ります」

「ミス・シェフィールド」

 クロムウェルの後ろに控えた黒尽くめの秘書、シェフィールドが首肯いて羊皮紙に書かれた報告書を読み上げる。

「“ダータルネス”付近に突然現れた幻影は、13時間に亘って遊弋し、其の後忽然と姿を消しました」

「たかが幻影を浮かべる姑息な“魔法(わざ)”に過ぎん。何を恐れる事が在る?」

「効果は絶大です」

 ホーキンスは目を瞑って言った。

 幻影で惑わし、軍を引き返させる……詰まりは数万の軍勢と変わらぬ効果を上げて居るのだ。高が幻影と、侮る気持ちには到底成れる筈も無い。

「正直に申し上げて、小官は敵が恐いのです。“ダータルネス”の幻影のみ成らず、敵は未知の“魔法”を多々使用して居ります。“タルブ”で、我が艦隊を吹き飛ばした“魔法”の光……“ダータルネス”付近で敵を迎撃する為に出撃した“竜騎士隊”を襲った突然の弓の豪雨……」

 クロムウェルはシェフィールドに向かって首肯いた。

 シェフィールドが、寺院で賛美歌でも歌う声楽隊の一員で在るかの様な、良く響く声で再び羊皮紙を読み上げた。

「敵軍は……嘗て“タルブ”で我が艦隊を殲滅した、あの様な光……“ダータルネス”付近での突然の矢に依る豪雨は撃て無い状態で在ると判断致します」

「何故か?」

「“タルブ”での光は使用する成ら、先日の上陸前の艦隊決戦の折、使用して居る筈です」

「温存の可能性は?」

「敵軍は、あの艦隊戦で負けたら、後が無い状態でした。使用出来るモノ成らば、確実に“奇跡の光”を投入した筈です。然し、敵は通常の艦隊戦を行いました。衆寡敵せず、其れでも我が艦隊は敗北致しましたが」

「では、突然降って出た矢の豪雨は、何と為る?」

「あれは、恐らく“風”に依る隠蔽……相当の実力を持つ多人数の“メイジ”と、多量の矢在ってこそだと想われます」

 クロムウェルは、「陸で勝てば良い」、と言葉を引き取った。

 其の言葉を受けて、参謀本部の将軍が立ち上がり、「閣下、参謀本部は敵の攻略予定地を、“シティオブサウスゴータ”と推定しました。此処は……」、とテーブルの上の地図を、“杖”の先で叩き乍ら説明を加える。

「街道の結束点で在り、重要な大都市です。推定を裏付ける要素として、此の辺りの敵の偵察活動が活発に成って居ります。先日も偵察目的と想われる“竜騎士”が飛来し、我が軍の“竜騎士隊”と交戦致しました。我々は“シティオブサウスゴータ”に主力を配置して陣を構え、敵を迎え討つ可きです」

 尤もな作戦案で在る為、他の将軍達から賛同の声が上がる。

 然し、クロムウェルは首を横に振った。

「未だ、主力は“ロンディニウム”から動かぬ」

「座して敗北を待つ御積りか?」

 玩具を取り上げられるのを拒む子供を窘める様な目で、ホーキンスはクロムウェルを見詰めた。

 クロムウェルは再び首を横に振った。

「将軍、“サウスゴータ”の街は占られても構わぬのだ」

「敵にみすみす策源地を与えると申されるか。敵は大都市で少ない兵糧を補給し、休養も摂るでしょうな」

「兵糧など与えぬ」

「どう遣って?」

「住民達から丸々食料を取り上げる」

 ホーキンス始め将軍達は言葉に詰まってしまった。

 クロムウェルは、“シティオブサウスゴータ”の住民達を、利用しようと云うのだった。

「敵は数少ない食料を、住民達に与えねば成らぬ羽目に成るだろう。良い足止めだ。憖防衛戦を展開して損害を被る選り、賢い方策だ」

「敵が見捨てたらどうします!? 大量の餓死者が出ますぞ!」

「其れは無い。何、敵が見捨てたとて、たかが都市1つでは成いか。国の大事の前には、些細な犠牲だ」

 元司教とは到底想えぬ、冷たい言葉で在った。然し、其の読みは正確とも云えるだろう。

 連合軍はクロムウェルと交渉為る為に侵攻して来た訳では無い。クロムウェルを廃し、此の地を支配する為に遣って来たのだ。十中八九、戦勝後の民意を考え、施しを行うで在ろう。

 然し……クロムウェル達が勝利を収めた場合、どう成るだろうか? 下手すると大都市1つ、反旗を翻すかも知れ無い。其れ程に食い物の恨みは恐ろしいのだから。

「大都市1つを敵に回す御積りか……? 何の道、痼を残しますぞ」

「何の為に、先遣で“亜人”共を配置したと言うのだ。奴等の独断と言う事に為れば良い」

 何の様な手を使ったものか、クロムウェルは“亜人”との交渉術に優れて居るのだ。“亜人先遣”は通常の軍作戦では無く、此の様な謀略に使う為だったと知り、将軍達は唖然とした。

 彼等の指導者は、条約を破り、何度も姑息な手段で謀略を仕掛けたのみ成らず、遂には卑劣な手段で己の国の民をも裏切ろうと云うのだった。

「次いで、“サウスゴータ”の水に罠を仕掛ける」

「水場に毒でも投げ込む御積りか? 毒など、直ぐに流れてしまいますぞ」

「毒では無い。“虚無”だ」

「“虚無”の罠ですと?」

「そうだ。面白い事に成るだろう。但し、効果を発する迄に、時間が掛かる」

 クロムウェルはニッコリと笑い、そして立ち上がると……拳を振り上げた。

「諸君、“降臨祭”だ! 其れ迄敵を足止め為るのだ! “降臨祭”の終了と同時に……余の“虚無”と“交差した2本の杖”が驕り高ぶる敵に鉄槌を下す!」

 “交差した2本の杖”は、“ガリア王家”の紋章で在る。

 其の為、会議場では、「おお! 愈々“ガリア”が!」、と色めき立つ。

「其の時こそ、我が軍は前進する! 奢る敵を粉砕する為に! 約束する!」

 会場の空気が熱せられて居る事を感じ、クロムウェルはツカツカとバルコニーへと向かった。

 居並ぶ将軍や官僚達が立ち上がり、後に続く。

「忠勇成る兵士諸君を、閣僚全員で励まそうでは成いか!」

 バルコニーに出でたクロムウェル達を、歓呼の声が包んだ。

 嘗て王の謁見を待つ為に設けられた広い中庭には、熱狂的な信頼をクロムウェルに捧げる、親衛連隊がズラリと並んで居るので在った。

 数千の歓呼の声が届く。

 クロムウェルは手を振って其の声に応えた。

「敵は我が祖国に上陸した! 諸君! 勇敢成る革命兵士たる諸君に余は問う! 之は敗北か?」

「否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否! 否!」

 歓声の輪がクロムウェルを包む。

「其の通り! 之は敗北では無いッ! 断じて、無いッ! 我は勝利を、諸君等に約束しよう! 無能な王から冠を奪い取った忠勇にして無双の諸君等に余は勝利を約束する! 驕れる敵は“降臨祭”の終了と同時に、壊滅するッ! 奴等は神の怒りに触れたのだッ! 良いかッ! 良いかッ! 迷える“ハルケギニア”を導くのは、神依り選ばれし我等“アルビオン”の民で在るッ! 其の為に“始祖”は我に力を託したのだッ!」

 バルコニーには、戦死してしまった兵隊が幾人が並べられて居る。

 クロムウェルは、高く“アンドバリの指輪”を掲げた。

 すると……死んで居た兵士達が偽りの命を与えられ蘇り、歩き出した。

「諸君! 此の“虚無”在る限り、我等に敗北は無いッ! 余を信じよ! 祖国を信じよ! “始祖”依り選ばれし我等の力、“虚無”を信じよッ!」

「“虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!  “虚無”!」

 クロムウェルは更に拳を振るい、「そう“虚無”だ!」、と叫ぶ。

「“始祖”は我等と伴に在りッ! 恐れるな! “始祖”は我等と共に在りッ!」

 中庭の熱狂は最高潮に達し、クロムウェルは大声で叫んだ。

「革命万歳ッ! 騙敵粉砕ッ!」

 熱気がバルコニー迄届く。

「革命万歳! 騙敵粉砕!  革命万歳! 騙敵粉砕!  革命万歳! 騙敵粉砕!」

「“神聖アルビオン共和国”万歳ッ!」

「“神聖アルビオン共和国”万歳!  “神聖アルビオン共和国”万歳!  “神聖アルビオン共和国”万歳!  “神聖アルビオン共和国”万歳!」

 閣僚の1人が立ち上がり、「“神聖皇帝陛下”万歳ッ!」、と大声で叫ぶ。

「“神聖皇帝陛下”万歳!  “神聖皇帝陛下”万歳!  “神聖皇帝陛下”万歳!  “神聖皇帝陛下”万歳!  “神聖皇帝陛下”万歳!」

 終わる事の無いだろうと想わせる程の連呼が、空へと吸い込まれて行った。

 

 

 

 熱狂の謁見の後……。

 元は王の寝室で在った巨大な個室で、クロムウェルは頭を抱えて椅子に腰掛けて居た。

 其の身体は小刻みに震えて居る。

 シェフィールドは其の前に立って、クロムウェルを見下ろして呟いた。

「見事な演説だわ。司教殿」

 司教殿、と以前の役職で呼ばれた男は、椅子から転げ落ちる様にして、シェフィールドの足下に跪いた。

 先程見せた、威厳の仮面は吹き飛んで仕舞って居る。

 唯恐怖に怯える30前後の男が、唯の司教に過ぎ無い痩男が其処には居た。

「おおおおおおおお! ミス! ミス・シェフィールド! あの御方は!? あの御方は確実に此の忌まわしい国に兵を寄越して下さるのでしょうか? 先程の将軍の言葉では無いが……私は! 私は恐いのです! 此の細い、“魔法”さえ操れぬ唯の男で在る私は恐いのです!」

 そんなクロムウェルに、まるで子供をあやすかの様な口調と声色で、シェフィールドは話し掛ける。

「何を言うの? 今更恐く成ったなど! あの酒場で“王に成ってみたい”とも申したのは貴男じゃ成いの。貴男の其の率直な言葉に感じ入り、私の主人は貴男に此の“白の国(アルビオン)”を与える事にしたのよ」

「一介の司教の身で、夢を見過ぎたので在りましょうか……貴女とあの御方に唆され、“アンドバリの指輪”を手に入れ、“王家”に不満を持つ“貴族”を集め、私に恥を掻かせた“アルビオン王家”に復讐を開始した所迄は楽しい、其れは楽しい、まるで夢を見て居る様な時間でした」

「結構じゃ成い」

「おお、空の上の此の大陸だけで、小物の私には過ぎたるモノで在りましたモノを……何故に、“トリステイン”や“ゲルマニア”へ攻め込む必要が有ったので在りましょうか?」

「何度言ったら理解るの? “ハルケギニア”は1つに纏まる必要が在るの。“聖地”を回復する事が、唯一“始祖”と神の御心に沿う事に成るのよ」

「私とて聖職者の端くれで在ります。“聖地”回復は夢で有る事に間違いは無いのですが……」

「成らば夢を見続け為さい」

「荷が重過ぎるのです! 敵が攻め込みました! 我が国土に敵が! あの無能な王達の様に私を吊るそうと、敵が遣って来たのです! どうすれば善いのでしょうか!? 之は悪夢では無いと、言い切って下さい。ミス……」

 シェフィールドは、笑みを浮かべてクロムウェルの前にしゃがみ込み、涙に塗れた其の顔を覗き込む。

 クロムウェルは、顔を上げた。

 シェフィールドは其の顎を持ち上げると……「甘えるな」、と小さく呟いた。

「ひっ」

 其れ迄の丁寧で柔らかい物腰が掻き消え、シェフィールドは一点して猛禽類の様な顔をしてみせたのだ。

 深い、闇の様なブルネットの長い髪が揺れ、其の下の目が妖しい輝きを放って居る。其の目に呑み込まれ、ガタガタガタとクロムウェルは震え出した。

「並の神官が百度生まれ変わっても見られぬ様な、甘い糖蜜の様な夢を見て置いて、今更悪夢は見たく無い? 我が国土? 貴様の土地など、此の碌でも無い貧乏っ足らしい“白の国(アルビオン)”の上とて、50“サント”も存在為無いわ」

「もッ! 申し訳有りませんッ!」

 クロムウェルはシェフィールドの足下の床に頭を擦り付ける。舌を突き出し、シェフィールドの靴を舐め上げた。

「御赦しを……お、御赦しを……は、ひぎ……御赦しを…」

「“アンドバリの指輪”を」

 クロムウェルは、恐る恐る嵌めて居る指輪をシェフィールドに手渡した。

 “水の精霊”の秘宝、“死者に偽りの生命を与える魔法の指輪”……。

 此の指輪を“水の精霊”から奪いに、此処に居るシェフィールド、及び“ガリア”の“魔法騎士”と一緒に“ラグドリアン湖”へ赴いた日の事をクロムウェルは想い出した。

 始まりは、酒場で放談した事が切っ掛けだった。届け物が有って、“ガリア王国”の首都“リュティス”に赴いた時の事……。

 クロムウェルは、酒場で一杯の酒を物乞いの老人に奢ったのだ。

「司教、酒の御礼に望むモノを1つ、貴男に上げよう。言って御覧為さい」

 物乞いにそう言われ、巫山戯てクロムウェルは言って仕舞ったのだ。

「そうだな、王に成ってみたい」

「王とな?」

 深くローブで顔を隠した物乞いは、ニッコリと笑って言った。

 其れに対して、クロムウェルは「ああ」と首肯いて仕舞った。

 元々、冗談の積りだった。酒の席の戯れだ。本気になど、して居なかった。

 然し翌日の朝……宿泊した宿に此のシェフィールドが遣って来て、彼女は言ったのだ。

「貴男を王にして差し上げるわ。着いてらっしゃい」

 地方司教だったクロムウェルの人生は、其の瞬間別の軌道を描き出したのだ。猛烈な勢いで……。

 シェフィールドは愛し気に、“アンドバリの指輪”を撫でて居る。

 指輪の石は、妖しく、深い水色に輝いた。

「おまえは、此の指輪が蓄えた力を、何だと想う?」

 クロムウェルは首を振った。

 死体が蘇る事は知って居る。其れは事実だ。だが、彼には、“虚無”かどうか、など知り様が無かった。

「“魔法”を扱えぬ私には、判り兼ねます。 “此の力を虚無と称せよ”、と申されたのは貴女様では在りませんか?」

「“風石”は知ってるでしょ?」

 クロムウェルは首肯いた。

 空行く“フネ”を浮かべる為の物資だ。“風”の力が凝縮されて居ると云われる。“魔法”の石。“風石”を掘り出す為の鉱山は、此の“アルビオン”にも無数に損座した。

「其れと似た様な物質よ」

「では、“虚無”では無いのですね?」

「そう、“虚無”じゃ無い。“風石”も、此の“アンドバリの指輪”も、此の世界を司る力の源の雫に過ぎ成いの。之は、“先住の魔法”と呼ばれる“魔法”の源と成る物質よ。色んな呼び名は在るけどね。賢者の石、生命のオーブ……歴史的には何方かと言うと、“虚無”の敵……」

「貴女様の知識の深さには、感じ居るばかりです」

「だから使う度に、“魔力”が削られ少しずつ小さく成って行くのよ。ほら」

 クロムウェルは首肯いた。

 確かに、以前選り縮んで居る様に、彼には見えた。

「要は“先住”の、“水”の力の結晶成の。唯、其の辺に有り触れた“風石”などとは比べモノに成らぬ程、秘めた“魔力”が凝縮されて出来て居る……珍しい石。成ればこそ“水の精霊”が守りし秘宝……“アンドバリの指輪”。詰まりは“先住”の秘宝……」

 シェフィールドは、ジッと指輪を見詰めた。

 すると……其の額が輝き始めた。

 内から溢れる光だった。

 初めて此の光を見た時、クロムウェルは驚いたモノだ。此の“アンドバリの指輪”に触れると、シェフィールドの額は輝き出すのだから。

 クロムウェルが尋ねても、シェフィールドは答え無い。重要な事を、肝心な事を、此の謎めいた女性は何1つ教え無いのだ、唯命令を下ろすだけだ。

 シェフィールドは、其の石でスッとクロムウェルの頬を撫で上げた。

「ほ、ほぉおおおおおおおおおお……」

 ビクッ、とクロムウェルは震えた。“アンドバリの指輪”が、微かに振動して居るのだ。触れただけで、電流でも流れたかの様に感じたのだ。

 シェフィールドの手に触れた途端、“アンドバリの指輪”が目醒めた……其の様な振動で在った。

「知ってる? “水の精霊”の特徴を」

「き、傷を治したり……」

「其れは表面的な事象よ。“水”の力は身体の組成を司る。心もね」

「……は、はぁ」

「死体を動かす事など、此の指輪が持つ能力の1つに過ぎ無いのよ」

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