ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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休戦

 “トリステイン”の首都“トリスタニア”では、17歳の女王が執務室で目を瞑り、祈りを捧げて居た。無駄な装飾が排された執務室の中は、空気が、シンッと冷えて居る様に感じさせる。

 初めて入室した者に、まるで霊廟の様だと云ったイメージを抱かせて仕舞うだろう。

 其の部屋の真ん中で、黒いドレスに身を包み、深いベールを冠ったアンリエッタが膝を突いて居る。眼の前には、小さな祭壇が在り、中には小さな“始祖ブリミル”の像が飾られて居た。

 “始祖像”。“始祖ブリミル”が“ハルケギニア” に降臨した際の様子が象られて居る像で在る。“始祖”を正確に象る事は不敬とされて居る為だ。かと云って、“始祖”の正確な容姿など、知る者など今では“先住”の者達や、“始祖”に依り生み出された者達を始め、極少数に限られて居る。

 静かに祈りを捧げるアンリエッタの耳に、此の部屋と外との境界線で在るドアをノック為る音が届く。

「陛下、私です」

 枢機卿で在るマザリーニの声で在った。

 傍らに置かれた“杖”を握って、“アンロック”を唱えようとしたが……首を横に振り、手に取った“杖”をテーブルの上に置き、アンリエッタは立ち上がり、“魔法”では無く自らの手でドアの鍵を外した。

 アンリエッタの執務室に入って来たマザリーニは、眉を顰めて謝罪をした。

「之は之は、御勤めの最中で御座いましたか。失礼を致しました」

 アンリエッタは短く、「良いのです」、と答えた。

「何れ道私は、明けから宵迄、祈りを捧げて居ります。何時何時(いつなんどき)居らしても、同じ事」

 マザリーニは、冷えた目で主君を見詰めた。

 “アルビオン”への侵攻以来、アンリエッタが1日中御祈りをして居ると云う噂が流れて居り、其れは本当だったのだから。

 言い訳でも為るかの様に、アンリエッタは告げた。

「此の無能な女王は、祈りを捧げる事しか出来無いのです」

「黒に身を包まれて、ですか。陛下は白が御似合いですのに」

「戦です。斃れる将兵は少なく在りません。喪に服して居るのです」

 マザリーニは、困った様に視線をズラした後、アンリエッタに報告をした。

「昨日、我が連合軍は“シティオブサウスゴータ”を完全占領致しました。“ロンディニウム”への足掛かりが、之で確保されました」

「良い報せですね。ド・ボワチェ将軍には、私の名前で祝辞を贈って下さい」

「畏まりました。そして、もう1つ……」

「悪い報せですね」

「其の通りです。連合軍は、兵糧の補給を要求して居ります。直ぐに送る必要が在ります」

「計算では、後3週間は保つ筈です」

 マザリーニは、手元の報告書を見詰め乍ら言った。

「“シティオブサウスゴータ”の食料庫は空っぽでした。恐らく、革命派の“アルビオン”軍が残らず掻っ攫って行ったかと、想われます。住民達に施しを為る必要が在ります故」

「敵は、食料に困って居るのですか?」

「いええ。我が軍を困らせる為で在りましょう。我々が兵糧を供出すると言う事を見越して、住人達から食料を徴り上げたのだと想われます。要は足止め、ですな」

「非道い事を」

「戦ですから」

 アンリエッタは首肯いた。

「手配を御願いします」

「畏まりました。然し乍ら……そろそろ国庫の心配を為されませんと」

「財務卿は?」

「“ガリア”の大使と会議中です」

「“ガリア”?」

「借金の申し込みです。戦争には金が掛かるのですよ」

 アンリエッタは、己の手を見詰めた。其れから、苦しそうな声で自分にも言い聞かせるかの様に言った。

「勝てば良いのです。そう、勝てば良いの。“アルビオン”の財布から……此の戦が終わればシオンと相談して、返す事に致しましょう」

 アンリエッタは、自身の故人と成った恋人、そして其の恋人の妹で在り自身の友人且つ幼馴染の故郷を想い乍ら、苦し気に言った。

「其の財布が手に入る日成のですが、少し遠退かる事に成りそうです」

「どう云う事?」

 マザリーニの其の言葉に、アンリエッタの顔が曇った。彼の声色などから、此方の方が、悪い報せの本命の様で在る事が判ったのだ。

「敵は休戦を申し込んで参りました」

「休戦ですって? 期間は?」

「明後日拠り、“降臨祭”の終了迄の期間です。“降臨祭”の間は、戦も休むのが慣例ですからな」

 “降臨祭”は10日程続く、“ハルケギニア”の伝統的且つ最大級の御祭りだ。“降臨祭”は新年の第1日から始まると云った事から……其の期間が後1週間で始まって仕舞う事に、アンリエッタは気付く。

「2週間も休戦為るですって? 良けません! 慣例だろうが、そんな事は認められませんわ! 其れに、条約破りの恥知らずとの休戦何て、信用出来ません! あの恥知らず共は、“魔法学院”を襲って子弟を人質に取ろうとしたのよ!? そんな卑劣な連中と……」

 アンリエッタの声が目に見えて大きく、荒立ったモノに成る。其れだけ、彼女の内心は穏やかでは無く、他を想っての事だと云う事を理解させる。

 “魔法学院”が襲われたのは、侵攻艦隊が出発した翌日の事で在った。幸いにも生徒達は無事に事が済んだのだが、鎮圧為る為に何人かの犠牲者が発生して仕舞ったのだ。

「信用は為りませぬが、選択の余地は無いかと。何の道、兵糧を運ばねば為りませぬ。其の間は動けませぬからな」

「成らば後1週間で“ロンディニウム”を落とし為さい! 何の為にあれだけの艦隊を! あれだけの軍勢を! 何の為に“虚無(ルイズとシオン達)”を! 切り札を付けたと想って居るのですか!?」

 アンリエッタは、思わずマザリーニに詰め寄ってしまう。

 そんな激昂した女王を、宰相且つ枢機卿で在るマザリーニは培って来た事で得た冷静さなどから、落ち着いた様子で、彼女を諌める。

「陛下。兵も将も人ですぞ。無理をさせると云う事は、何処かに皺寄せが来ると言う事。早く決着を御着けに成りたい気持ちは理解りますが……此処は譲歩為されよ」

 アンリエッタは我に返って、先程の自身の言動に対して恥じ入り、頭を垂れた。

「……口が過ぎました。忘れて下さい。皆、良く遣って呉れて居る、そうよね?」

 マザリーニは、そんなアンリエッタの小さな弱気な言葉に強く首肯き、「其れでは早速休戦条件の草案を作成します」と口にし、立ち上がった。次いで、ドアの前に立って、振り返る。

「陛下。戦が終わりましたら、黒は御脱ぎ為され。似合いませぬ」

 アンリエッタは答え無い。唯、哀し気な笑みを浮かべるだけだ。

 優しい、父親の様な声色と口調で、マザリーニは言葉を続けた。

「忘れ為さい。永久に喪に服されるのは、母君だけで十分です」

 事実、マザリーニはアンリエッタの事を想って居るのだ。父親の様に。

 そんなマザリーニが去って行った後、アンリエッタは顔を押さえた。

「嗚呼。私は何て事を言って仕舞ったのかしら。ルイズの事を、“虚無”ですって?」

 彼女は、押し殺した様な哀し気な声で呟く。

「……強い目的は、大事な人をも道具に変えて仕舞うのね」

 其れは事実で在り、そうで無いとも云えるモノで在った。

 想いとは、そう云うモノ成のだから。

 

 

 

 

 

 “神聖アルビオン共和国”との休戦が発行された日から3日目が過ぎた、“シティオブサウスゴータ”。

 連合軍が接収した宿屋の一室の中、ルイズは暖炉の前で丸く成って居た。

 後4日程で新年に成ると云う時分だ。

 未だ戦争は終わって居無いと云うのにも関わらず、街は妙に浮ついた雰囲気に包まれて居るのが宿の中からでも判るだろう。否、戦時だからこそ派手に騒ぎたいのかも知れ無い。此の街に住む“アルビオン”の民にとって、此の1年は心休まる日が無かったのだろうから。

 “始祖”からのプレゼントの様な休戦期間を、“シティオブサウスゴータ”の市民も、“トリステイン”や“ゲルマニア”の兵士達も、十分に楽しむ積りで在る様子を見せて居る。

 そんな風に浮き浮きと街を行く人々の装いは、随分と厚着に成って居るのが判る。

 高度3,000“メイル”に位置して居る為に、“アルビオン”の冬は早く、また“浮遊大陸”で在るが故に、突然に遣って来るのだ。

 痩せっぽちのルイズは寒がりで在る。初めて体験する“アルビオン”の冬は彼女にとって溜まら無かったので在る。赤々と燃え盛る暖炉の前で毛布を引っ冠り、ブルブルと震えて居るのだ。

 ルイズから離れた所で、才人が正座をして何かをして居る事にルイズは気付き、彼へと声を掛けた。

「其処寒いでしょ。暖炉の前に来たら?」

 ルイズが声を掛けるのだが、才人は返事を為無い。其の為、ルイズはやはり(何よもう!?)と頭に来たと云った様子を見せる。今の彼の様子から、此の前の戦い振りを想い出して仕舞ったのだ。

 其の為、ルイズは才人に文句を言った、

「ねえ、サイト。聞いてるの? そんなとこに居たら風邪引くでしょ!? こないだみたいな遣る気の無いの、私御免だからね! 体調は万全にしと来為さいよ! “使い魔”の義務でしょ!」

 またもや才人からの返事は無い。

 才人はベッドの横で、先程からルイズに対して背を向けて、一生懸命に何かをして居るのだった。

「何遣ってんのよ?」

 ルイズが、毛布を引っ冠った儘、近付く。

 そうして見ると、才人はワインのコルクを使って何かをして居るのだ。

 背を向けて居り、彼の反対側、そしてルイズ自身の背中に暖炉の炎が在る為に、影に成って良く見る事が出来無い。

「ねえってば」

 と背を伸ばして覗き込もうと為ると、才人はサッと其のコルクを隠すのだ。

 ルイズは「見せ為さいよ」と才人を押し退けた。

 そして、割と従順に、才人は押し退けられた。

 紙の上に、コルクが小さく刻まれて居るのだ。

「何之?」

 才人は無言で、コルクを毟り続ける。小さく、細かく爪で割り砕いて居るのだ。どう遣ら手慰みにコルクを刻んで居る様子で在り……暗い、暗過ぎる、見て居る側の気すらをも滅入らせて仕舞うだろう程の、暇潰しで在る。

「止めてよ……もう……暗い成あ……」

 ボソッと、才人は呟いた。

「暗いもん」

「嫌な“使い魔”!」

「土竜だもん」

 ルイズは、男の子には堂々として欲しいと云った願いや欲が有り、眼の前の才人を見て居ると次第に苛々とした感情が沸々と沸き起こって来る事を感じた。

「何が土竜よ。良い加減にしてよね」

 と、ドンッ! とルイズが突き飛ばしたら、呆気無く才人は転がってしまう。本当に力無く、転がって仕舞った。

「何か言い返し為さいよ。ほら。ほらほら。もぐらー。もぐもぐらー」

 ルイズが才人の頬をグリグリと突っ突くと、才人はジロッとルイズを見詰めた。

 ルイズは、才人が怒って跳び掛かって来るんじゃ成いかと想って、ビクッ、と肩を竦めた。そして、(嫌だ、私ってば、こないだみたいに押し倒されちゃうの? “良い加減に為遣がれ! 頭に来たぞ! がおー! 此の野郎!”、何て“使い魔”が襲って来て、私襲われちゃうの? や、嫌だぁ……やーん)、と能天気に近い思考を働かせて身体を震わせた。

 何と云うか、或る意味其の為に挑発したと云っても過言では無いのだが、本人で在る今のルイズ自身は其れを絶対に認める事は無いだろう。

 然し才人は、ムクリと立ち上がると、ドアに向かって歩き出した。

 ルイズが拍子抜けした調子で「ど、何処行くのよ!?」と訊いたら、才人が「散歩」と短く言葉を返して其の儘部屋を出て行って仕舞った。

 ルイズは再び毛布をズルズル引き摺って、暖炉の前迄戻り、其処で猫の様に丸く成った。

 壁に立て掛けて在ったデルフリンガーが、そんなルイズに声を掛けた。

「冷てえ女」

 そう言われて、ルイズは毛布から顔を出した。

「な、何よ……? 彼奴が悪いんじゃ成いのよ! 何時迄もウジウジしてるから……」

「誰の所為で相棒があんな風に成ったと想ってるんだね?」

「し、知ら無いわよ!?」

 と、ルイズは誤魔化す様に叫んだ。

「じゃあ教えて遣る。相棒は、御前さんに完全に振られたと想い込んでるのさ」

 そうデルフリンガーから言われて、ルイズは唇を噛み、震える声で言い放った。

「あ、当たり前じゃ成いの! 彼奴は“使い魔”で、私は“貴族”成のよ!」

「本音?」

 ルイズの顔が、クニャッと崩れて仕舞った。素の少女の部分を――才人が居無い事も在って出し易く――見せて仕舞い、そうして拗ねた様な表情を浮かべる。

「あ、彼奴が悪いのよ! 何か冷たいし。私の事は放っとくし、他の娘と……」

「何をしたって言うんだね? 何かした所を目撃したっての成ら話は別だが、あのメイドは“ボタンを外して貰った”と言っただけじゃ成えか。其れで浮気を疑うとは、御前さんは我儘過ぎるよ」

「う……」

「はぁ、だから、ハンサムとイチャついてる所見せ付けたってか。まあ、にしても遣り過ぎじゃ成えかね? 見せるだけ成ら兎も角、御前さん非道い事言ったよなあ。“どうせ後ろに乗る成ら格好良い方が好いわ”とか何とか」

 ルイズは、デルフリンガーからの尤もな指摘を受け、下を向いて仕舞う。

「其りゃ、どう贔屓目に見たって、あの“ロマリア”の神官の方が格好良いさ。顔はもう、其りゃ比べモノに成ら無えよ。空飛ぶ生き物のレベルで言えば、蝿と“フェニックス”だよ。地を這う生き物で言えば、螻蛄とライオンだよ、水の生き物で言えば、水蚤と白鳥だよ」

「……言い過ぎじゃ成いの?」

「まあな、兎に角顔じゃ無え。相棒はな、東に行きたいのも我慢して、御前さんに付き合ってるじゃ成えか。御前さんに“好き”って告白したじゃ成えか。其れ成のに、“忠誠の表れね”何て言ったら可哀想だろ。況してや他の男を、絶世のハンサムを選ぶ振り何かしたら可愛そ過ぎるだろ。折角相棒が勇気出して、“好き”だって言ったのに……」

 ルイズはデルフリンガーからの其の言葉を聴いて、足っ振りと5分間、顔を真っ赤にさせて仕舞った。其れから窓に寄って外を眺め、カーテンの裏を確かめ、クローゼットを開き、机の下を覗き込み、本当に部屋で聞き耳立てて居る者が居無いかを確認為ると、デルフリンガーへと向き直る。

「ねえ、其れってほんと成の? 誰にでも言ってるんじゃ為いの? どう成の?」

「相棒はあれで一途だよ。まあ信じる信じ無いは、御前さんの勝手だがね」

 ルイズは頬を染めて黙ってしまった。

「全く、ちょっと調子が悪い位でそんな相棒に目鯨立てる何て、罰が当たるぜ」

 ルイズはブスッと頬を膨らませた。

「わ、理解ったわよ。赦して上げる! 之で良いんでしょ!?」

「だったら謝って、少しは優しい言葉を掛けて遣りな」

「私が? 何でよ!? 彼奴から謝って来るのが……」

「何時も成ら御互い様だが、今回は御前さんが折れる番だよ。あんだけ意地悪したんだから」

 ルイズは暫く悔しそうに、う~~~~~、とか、あう~~~~、とか、い~~~~、だとか唸って心の中で問答を繰り広げて居たのだが、やはり何の様に思考をしても自分に非が有る事には気付いて居る。

「理解ったわよ! 謝れば良いんでしょ!? 謝れば!?」

 認める部分は認める事が出来るルイズでは在るが、欠点の1つで在る、素直に成れ無い、と云った部分が出て来て仕舞い、デルフリンガーから「謝る気有るのか!?」と叫ばれて仕舞う。

 次いで、デルフリンガーは脅す様な事を呟いた。

「でも、流石に今回ばかりは相棒も本格的に拗ねちまってるからな……もうホントに御前さんに愛想を尽かしたかも知れ無えよ。ちょっとやそっとの言葉じゃ、赦して呉れ無えかもな」

 ルイズは、ハッ!? と不安そうな表情を浮かべる。

「心配?」

「ば、馬鹿じゃ成いの!? 良いわよ! 誰も赦して呉れ何て頼んで無いモノ!」

「あっそ」

 デルフリンガーは黙って仕舞った。

 其の儘、うんともすんとも言わ無い為に、ルイズはやきもきし始めて仕舞う。

 其の内に、遂にルイズは落ち着きが失く成ってしまった。暖炉の脇に積まれた薪を取り上げると、びぃ~~~っ、と、皮剥きを始めたのだ。

「暗お手慰みだなあ」

「っさいわね! じゃあ何て言えば良いのよ!? 気取って無いで教え為さいよ!」

「“好き”」

「はぁ?」

「“私もサイトの事好きだよッ!”」

「そんな事言える訳無いじゃ成いの」

「嫌い成の?」

「そ、そうじゃ無いけど……」

 とルイズは、デルフリンガーの揺さ振りを受けて、モジモジとし始める。

「じゃあ好き何じゃ成えか」

「そ、そうじゃ無いの! 兎に角そんな事言え無いし言いたく無いし、言うもんじゃ無いし言え無いし、好きじゃ無いわ! あん成の! 馬鹿! ボロ剣!」

「はぁ、御前さんがそん何じゃ、もう、行き成り押し倒して呉れたり、し無いかもよ?」

「結構です」

「ほんと?」

「結構よ。冗談じゃ無いわ! 全く御主人様を押し倒す何てどう云う了見かしら!? 世が世成ら……」

「押し倒されるの、嫌成のか?」

「嫌に決まってるじゃ成い! 馬鹿!」

「ああ、好きな相手に押し倒されて、ギューって抱き締められたら、気持ち好いだろうなあ」

 ルイズは頬を染めて、俯いて、小さな声で、「……あのさ、も、もっと別の言い方成いの?」と尋ねる。

「押し倒されたいんだ」

「さ、されたく無いわよ! 巫山戯無いで! 元気無いと困るだけよ。活きが悪い“ガンダールヴ”何て、何の役にも立た無いじゃ成いの。ねえ?」

「ねえって言われても」

「兎に角私はラ・ヴァリエールの3女成の。あんな馬鹿“使い魔”に好き何て言え無いの。と言うかね、好きじゃ無いのよ。ほんとよ? 彼奴が私の事を好き成のは、まあ、良いわ。認めて上げる。精々崇めるが良いわ。其れで十分じゃ成いの! 其れで十分じゃ成いの! 理解った!?」

「理解ったよ……ったく面倒臭え意地っ張りだなぁ……やっぱ、シオン嬢ちゃんて凄げえや」

「兎に角別の言葉で彼奴の機嫌を直すから、早く教え為さいよね」

「“抱いて”」

 ルイズはユックリと立ち上がると、朗々と“エクスプロージョン”の“呪文”を唱え始めた。

「溶かさ無いで。吹き飛ばさ無いで」

「巫山戯て無いで早く答え為さい。何て言えば良いの?」

 デルフリンガーはフルフルと震えて居たが、此処で漸く、今のルイズがどうにかこうにか口に出せるだろう言葉を、呟き、提案する。

「“側に居て”」

「何それ?」

「一生懸命考えたんだぜ。俺成りに。剣成りに。伝説成りに」

「伝説成ら、もっと気の利いた事言い為さいよね」

「否々良い言葉だ。微妙に気持ちを伝え、其れで居てどうとでも取れる為のプライトは揺らが無い」

 デルフリンガーの補足に、ルイズはふむ、と考え込んだ後、首肯いた。

「……言われてみれば尤もかも知れ無いわね。あんた、剣の癖に妙に人間の機敏に通じてるわね」

「何百年生きてると想ってんだよ? ま、面白えから協力するよ。どうでも良い時は、知らん振りを為るがね。面倒臭いからよ。其れこそ、シオンの嬢ちゃんやセイヴァーに任せてな。さて、後はあれだ、言い方と状況だな……」

 ルイズはデルフリンガーと、暫く相談を開始して……作戦を決めた。

 

 

 

 

 

 

 才人と俺は、“サウスゴータ”の中央広場でベンチに腰掛け、道行く人々を見詰めて居た。“トリステイン”や“ゲルマニア”の兵隊、そして“サウスゴータ”の市民達が、引切り無しに眼の前を通り過ぎて行くのが見える。此の街を占領した連合軍は、誇らし気に胸を張って歩いて居るのだ。休戦期間で在る事からか、酔っ払って羽目を外して若い娘を追い掛け回し、“貴族”士官に怒鳴られて居る者も居る。

 “サウスゴータ”の市民達の顔にも、敗戦国民としての悲愴さは見られ無い。味方とは云え、“亜人”達に街を闊歩されて居る状態は楽しいモノでは無かったのだろう。其の上、“アルビオン現政権”の“貴族派レコン・キスタ”はやはり余り好かれて居無い様子だ。

 更に、食料を供出したと云う事も在って、解放軍として連合軍は受け入れられて居る様でも在る。

 一部城壁は破壊されはしたものの、極力市街地への攻撃は避けられた為、街や市民の被害は殆ど発生して居らず、皆無に等しいと云えるだろう。彼等彼女等は、自分達の戦争が終わった事と、之から始まる“降臨祭”への期待で、自然と顔を綻ばせて居るのだ。

 そんな街の様子を見て、才人は「はぁ」と溜息を吐いた。(こんな景気の良い街で、暗い顔して居るのは俺だけだ。之から俺、どう成っちゃうんだろう?)、と左手甲に在る“ルーン”を見詰め、(まあ、自分には荷が過ぎた力だったのだ)、と想った。そして、(此の戦が終わったら、今度こそ東へ向かおう。ルイズだって、こんな俺は要らんだろうし……)、とも想って仕舞い、心にポッカリと穴が空いたかの様に寂しく成って仕舞った。そして、其れを埋める様にして其処へ郷愁が入り込んで来るのだ。才人は故郷で在る“日本”を想い出して仕舞った。異世界の……見慣れる異国の街で、不意に郷愁が膨れ上がるのだ。

「なあ、才人。御前の気持ちは痛い程に理解る」

「……御前に、何が理解んだよ?」

「俺の“スキル”……否さ、“宝具”の効果でな、御前の感情が伝わって来るんだ」

「だったら、離れれば良いだろう……其れに、シオンに着いて居無くて大丈夫成のかよ?」

「其れは嫌だね。そして、シオンの事だが問題は無い。借りて居る部屋は“工房化”済みだし、何か在れば“令呪”で呼び出されるだろう……さて、ルイズの事だがな」

「聞きたく無い」

「まあ、聞け。彼奴は素直に成れ無いだけの御嬢ちゃんだよ」

「…………」

「今頃、ルイズはデルフリンガーに説教でもされてるだろうさ……」

「なあ……」

「何だ?」

「御前って、“サーヴァント”に成る前は何な事してたんだ?」

 ふと、才人は俺へと質問を投げ掛けて来た。其れは、ルイズに対する気持ちや郷愁などを誤魔化す為か、単純に疑問に想って居た事成のか。

「此の前も言ったと想うけど、引き篭もりだよ」

「え?」

「だから、引き篭もり。ニートさ。碌で無し。穀潰し」

「御前の様な凄い奴が?」

「俺が凄い訳無いだろう。凄いのは、先を疾走って居た先人達、偉人達さ」

「でも、御前は凄い力を持ってるじゃ成いか」

「其れは俺が“神様転生(ズル)”をして居るからさ」

「俺、今の御前みたいに成れるかな?」

「今の御前で在れば、成る事は簡単かも知れ無いな。何せ、“世界と契約為る”か、人や人外共を殺し続ける、若しくは“神様転生(俺みたいなズル)”を為る位だろうが……何れも碌なモノでは無いのは確かさ」

「御前がしてるズルって何だよ?」

「“神様転生”と言ってな、神様とでも言える存在と“契約”地味た事を為るのさ」

「“神様転生”?」

「そう。で、好きな能力などを貰って、好きな世界へと前世の記憶と感情などを保持した儘“転生”為るってモノだ」

「そんな便利で素敵なモノが、何で碌でも無いモノ何だよ?」

「そうだな……“輪廻転生”ってのは知ってるだろう?」

「ああ」

「其れはな、“魂”に経験を積ませ続け、そして解脱為る為のモノ仕組み何だ。本来、生きると言う事は、“魂”と肉体とを結び付ける“精神”の中に在るエネルギーを消費する事に近い。そうして、其のエネルギーを消費し切る事が出来無かった者に対するチャンスと罰、其の“魂”の経験値を先取り為るのが“神様転生”」

「其れの何が行け無いんだよ?」

「例えばだがな、ゲームでチートをして居る様なもん何だ。チート行為を為ると、何処かに皺寄せが来る。バグが発生為る。アカウントがBANされる。其のバグだがな、常に命を張り続ける必要の在る状況や状態に置かれるってモノが多いんだ。死ぬ様な目に合う事で、エネルギーって言うのは基本的に湧いて出て来るものだからな。家事場の馬鹿力とかも、其れだな」

「今の俺と大して変わら無いじゃ成えか……」

「今はな、ゲームで言うチュートリアルの様なモノだ」

「チュートリアル? 之が?」

「そうだ。此の先、もっと死ぬかも知れ無い状況に追い込まれるだろうな」

「そう成のか……其れって、“聖杯戦争”も関係してるのか?」

「ああそうだ。其れは、俺が此処に“転生”した事が原因だろうな」

 そうして、才人は之迄の此処――“ハルケギニア”での生活と、ルイズやシエスタ達の事を想い出す。

(そんな危険な事に彼奴等を巻き込む事何て出来っこ無い……けど、彼奴には、ルイズには既に“令呪”が……)

「其れで、御前、前世ではニートだったって言うけど、其れで良かったのかよ?」

「良くは無い。良くは無いだろうさ。だがな、“人間とは――奪い、殺し、貪り、そして忘れる存在。正にスーパーニート。嘆かわしい事に、人間とは抑々ニート成のだ。何も悪い事は無い”」

「何でそんな結論に成るんだよ?」

「今の言葉は、1人の坊さんが辿り着いた悟りさ。其の結論に至る迄の過程はどう云ったモノか知ろうと思えば識る事は出来るだろうが、今はどうでも良い。何でそんな結論に成ったかと言ったな?」

「ああ」

「判らん」

「どう云う意味だよ?」

「判らんのだ。彼は存在し得る宗教と言う宗教に手を出し、神様と言う神様が一体何の様なモノかを感じ取った。そして、神様と言うのは、人間が自ら作り上げた罰と言うモノだと悟った。唯其れだけの事。そして、唯、其の言葉に俺は感銘を受けた。そして、俺は未だ何もして居無い、“此の手は未だ1度も、自分の意志で戦ってすら無い”、“今迄生きる事が出来たのは多くの助けが在ったから、自分を支えて呉れる皆が居たから”、“前に進める内は、身体が未だ動く内は、自分から立ち止まる事だけはしたく無い“と想った。”温かいモノを信じて居たい、温かいモノを守って居たい“そう想って、今俺は此処に居る」

「未だ生きてたいとか想わ無かったのか? 心残りは? 周りが悪いとか想わ無かったのか?」

「当然思ったよ。まあ、其れ以上に俺は自分を責め、自分を否定した。だけど、唯其れは、“間が悪かった”だけだ」

「――は?」

「だからな、“間が悪かった”だけ何だ。今の御前が置かれて居る状況や状態、嘗ての俺の状況や状態もそうだ。“自身の選択も―――自身を取り巻く環境も―――自身が良しとして、然し手に入ら無かった細やか未来の夢も。其れ等全てが、偶々其の時だけ、噛み合わ無かっただけ。人生と言うモノは、其れだけの話だ”。“御前も悪い。だが俺を含め周りも悪い。要は、全てが悪かったのだ。人生とは存なモノだ。全てが悪いのだから、悲観するのは馬鹿馬鹿しい”だから、“間が悪かった”、そう想う事で、大抵の事は片が付く。実際に、俺もそうだった。そう想えたからこそ」

「間が悪い……」

「そうだ。まあ、全て受け売りだけどな」

 繰り返し「“間が悪かった”」と云う言葉を呟き続ける才人に、俺は唯笑って言った。

 そんな俺達に向かって、後ろから声を掛ける少女が居た。

「サイトさん! セイヴァーさん!」

 才人は一瞬、誰の声か判ら無いと云った様子を見せる。其の声は、此の街に存在する筈が無い声だったのだから。

 次の瞬間、才人は後ろから猛烈に抱き竦められ、地面に転がって仕舞う。

「やーん、こんな早く逢える何で! 私感激です! か・ん・げ・き!」

 遣っとの想いで才人が振り返ると、満面の笑みを浮かべて喜んで居るシエスタの姿が其処には在った。

「シ、シエスタ? どうして!?」

「ふむ、此処で逢うとはな」

 才人は、(何でシエスタが此処に?)、と慌てた。此処は雲の上“アルビオン大陸”で在り、“魔法学院”でメイドとして働くシエスタが居て良い場所では無いのだから。

「あらん? シエスタちゃん、御知り合い?」

 其の背後から、野太い声が響いた。此の響きにして、可愛らしい口調。

「スカロン店長?」

 ピッタリとした革の衣装に身を包んだ顔見知りの店長が、身をくねらせて居るのだ。彼が経営する“トリスタニア”の“魅惑の妖精亭”で、俺達は1夏働いて居たので在る。

 其の隣には、スカロンの娘で在る、ジェシカも居た。

 才人と俺を見て、2人は目を真ん丸に見開いて居た。

 

 

 

「慰問隊?」

 広間に面したカフェで、才人は素っ頓狂な声を上げた。

 麦酒(エール)を啜って、眉を顰めた後、スカロンは微笑んで言った。

「そうよぉ! “王軍”に兵糧を追加で送る事に成ったんだけど、其の際に慰問隊が組織されたのよ! 何せ“アルビオン”と来たら……」

 スカロンは並んだ料理を見て、首を振った。

「料理は不味い! 酒は麦酒(エール)ばっかり! 女はキツい! で有名何だから! “アルビオン”人はワインをあんまり呑ま無いのよ」

 飲み物に関しては同意出来るのだが、他に関しては否定せざるを得無い。が、俺は静かにスカロンの言葉を聞いた。

 木のジョッキに注がれた酒を一口含んで、スカロンは露骨に眉を顰めた。

「全く! こんな不味い麦酒(エール)ばっかり呑まされたんじゃ、舌の肥えた“トリステイン”人は堪ら無いわ! だから何軒もの“トリスタニア”の居酒屋が出張して来る事に成ったのよ。そんで以て、私の御店にも白羽の矢が立ったと言う訳。何せ“王家”とは縁の深い、“魅惑の妖精亭”で在るからして。嗚呼、名誉な事だわ!」

 スカロンは身を震わせた。

 連れて来たで在ろう店の女の子――妖精さん達が、元気な声で唱和した。

「名誉な事ね! ミ・マドモワゼル!」

 スカロンはテーブルの上に立って、プルプルとポージングを取る。

「サイト君とセイヴァー君はあれ? 兵隊さん? 何で“アルビオン”に来たの?」

「否、兵隊じゃ無いんですけど……」

 スカロンからの質問に、才人は答えを窮して仕舞う。

 其処に俺がフォローを入れようとするが、そんな必要も無くスカロンが言葉を続けた。

「まあ言え無い事も有るわよね。ミ・マドモワゼルも男だから、其の辺訊か無いわよ」

 才人は、(マドモワゼル成のか男成のか、ハッキリしろ)、と想い乍ら曖昧な様子で首肯いた。

 そして才人の隣には、ニコニコと笑って居るシエスタが居り、才人は「でも、何でシエスタが一緒何だ?」と訊いた。

「親戚何です」

「ほお、親戚とな?」

「あ、あの店長と?」

 才人はギョッとした様で、スカロンを見詰めた。

「ええ。母方の……」

 と恥ずかしそうに、シエスタが呟いた。

「若しかして、サイトさん達が今年の夏、働いて居た居酒屋って……」

「家だよー。だから知り合い何だよ」

 とジェシカが簡単に説明をした。其れからジェシカは俺と才人の方を向いた。

「シエスタはあたしの従姉だよ。あんた達が知り合いだった何てね!」

 シエスタとジェシカの2人は、見事な黒髪を持って居る。

 才人は、そんな2人を見比べ、(いやはや、世界は妙に狭いなあ)、と独り言ちた。

 シエスタが言い難そうに切り出した。

「サイトさん達が出発して直ぐに、“学院”が“アルビオン”が賊に襲われたんです」

「え? ええー? え?」

 行き成りの話題で才人は驚いた様子を見せる。

 軍の士気を考慮してだろう、戦場に居ると本国のニュースは殆ど入って来無い。

「私達は何が何遣ら判ら無くって宿舎で震えてたんですけど……大変な騒ぎだったみたいんで……何人か人死も出たみたいで」

 とシエスタは哀しそうな表情を浮かべて言った。

 当然、才人は“学院”に残して来た人達が心配に成った。

「一体、誰が犠牲に成ったの?」

「私達平民には、詳しい事を教えて呉れ無かったモノですから……」

 と、すまなさそうにシエスタが言った。

 才人は、(知ってる人だったら嫌だな)、と想った。

 誰が死んでも哀しい事だが、知って居る人で在れば尚更だと云えるだろう。

「其れで、戦争が終わる迄“学院”は閉鎖に成っちゃったんです。で、どうしようかなって想って。伯父さんの御店手伝おうと想って……」

「シエちゃんには昔っから御誘い掛けてたのよ」

「そんな訳で“トリスタニア”の御店に行ったら、スカロン伯父さんやジェシカが荷物を纏めてて……“アルビオンへ行く”って言うもんですから」

「其れでくっ着いて来ちゃったの?」

 と才人が言ったら、シエスタは頬を染めて首肯いた。

「え、ええ……だって……」

「だって?」

「サ、サイトさん達に逢えると想ったらか……」

 2人の様子を見詰め、ジェシカが身を乗り出した。

「え? 何々? どゆ事? シエスタとサイトって出来てたの? あんたって確か、あのルイズと……」

 ジェシカが其処迄言った時、シエスタの目が光った。

「ミス・ヴァリエールは御元気ですか?」

 才人は、「う、うん」、と首肯いた。

「あんたって、割と遣るのね。何だか、見損なってたかも」

 才人は複雑な気分で、「否、別に……」、と呟いた。

「あらまあ、ルイズちゃんも居るの? 其れじゃ御挨拶し為きゃね」

 と、スカロンが爪を弄り乍ら言った。

「シオンの方はどう成の?」

「勿論元気さ。シオンは、故郷を取り戻す為に前へ進んで居るよ」

「へえ、此処ってシオンの故郷何だ」

 ジェシカがシオンの事を気に掛けて呉れて居たのだろう、質問を投げ掛け、そして俺は其れに答える。

「で、其の“学院”での事だけどさ。あんた、シエスタが言ってた時、眉1つ動かさ無かったけど」

「戦争とはそう言うモノだと理解して居るからな。其れに対策はして来た。最低限の犠牲しか出て居無い筈だ」

「あんたって何処か冷えてるよね」

「そうかも知れ無いな。そうだな、そうだろうな」

 そして沈黙が流れた。

 

 

 

 さて、一方ルイズは宿の部屋の中でデルフリンガーの指導のモノ、才人の機嫌を直す大作戦、を展開して居た。

 デルフリンガーの指示通りに、宿屋の召使に命じて買って来させた品々を前に、ルイズは駄々を捏ねて居た。

「ちょっとぉ!? 巫山戯無いでよ!」

 ルイズはデルフリンガーに、散々に怒鳴り付けた。

「巫山戯て無えよ。相棒にきちんと謝るには、之しか無えってのよ」

 何処迄の真面目なデルフリンガーの声で在る。

「何で獣の格好為成きゃ行け成いのよ!? 私“貴族”よ“貴族”! 理解ってんの!?」

「其の高飛車がなあ、良け無えんだ。謝る成ら下手に出るしか無えだろ?」

「そんで私が“使い魔”の振りをするって言うの?」

「そうだよ。良い作戦じゃ成えか。“サイト、意地悪言って御免ね。今日は1日私が使い魔に成って上げる”」

 とデルフリンガーが、ルイズの声と口調を真似て言った。

「そんな状態で“側に置いて下さい”何て言ってみ? 多分相棒は単純だから、全ての罪を赦す気に成っちまうだろうなあ」

 ルイズは首を振って言った。

「まあ、百歩譲って獣の格好で其の台詞を言うとしてもね」

「おう」

「何で黒猫成のよ!? 訳理解ん無いわ!」

「1番ポピュラーな“使い魔”は黒猫じゃ成えか。だから黒猫の格好すんだよ。理解り易いだろ。こう言うのはな、そう言う理解り易さが大事何だよ」

 眼の前に並んだ、黒猫に仮装する為の材料を見詰め、ルイズは頬を赤らめさせた。

「じゃあ其の材料を、俺が言う通りに加工為るんだ」

 ルイズは渋々と、宿屋で借りて来た裁縫道具を取り出し、毛布遣ら革遣ら紐遣らを使って、デルフリンガーの言う黒猫の衣装を作り始めた。

 暫く毛布と格闘をして……黒猫の衣装は出来上がった。ルイズの裁縫の才能はゼロに近いのだが、単純な構造の為に、何とか形に成ったので在る。

 さて、出来上がった衣装を身に着け、鏡に己の姿を映したルイズは、黒猫衣装の破壊力を目の当たりにする事に成った。

「な、何よ此の格好!? こん成の恥ずかしくって誰にも見せられ無いわ!」

 何処迄も涼しい声で、「似合いじゃ成えか」、とデルフリンガーが言った。

「何よ此の耳は!?」

 ルイズは己の頭の上に存在し主張をし続けて居る猫の耳を模した物体を指指し、怒鳴った。黒い毛皮を切って、猫の耳の形に整え、カチューシャにくっ付けた代物で在る。其れを頭に着けるとあら不思議。黒猫の耳がルイズの頭の上に出現するので在った。

「良い具合じゃ成えか」

「で以て此の衣装は何成のよ!? 厭らしい! 厭らしいわ!」

 ルイズは鏡に映った己の姿を指指して、ワナワナと震えた。詰まりは其の、身体の要所要所を、黒毛皮で隠しただけのデザインで在るのだった。

 胸には黒毛皮を布に貼っ付けただけのバンドを巻いた。パンツに毛皮を貼り付けて、其れを穿いた。そして足首に、靴下の様に毛布を巻き付けるのだ。

 余った毛皮で尻尾を造り、御尻から下げたのだ。

「いやぁ、どっからどう見ても立派な黒猫だ」

 と他人事で在るかの様に、否まあ実際に他人事で在るのだが、デルフリンガーが言った。

「何処がよ!? 頭が沸いてる様にしか見え無いんだけど!」

 とルイズは切無い声で言った。そして、(こんな馬鹿ボロ剣の言う事を利いたのが間違いだった)、と後悔して居た。

「否、幼い御前さんの身体が、野性的な魅力を発し始めて居る。相棒、イチコロだろうなあ」

 ルイズの身体が、ピクリと止まった。

「其の格好で、媚の1つでも売ってみ? 相棒、其の瞬間に跳び掛かって来るから」

「そ、そん成の嫌よ。冗談じゃ無いわ」

 とか言い乍ら、ルイズは鏡の前でポーズの研究を始めたのだった。満更でも無い様子を見せて居る。

 指を咥えてモジモジとしてみたり、中腰に成って首を傾げてみたり、両手を床に突いて振り向いたり、親が見たら泣くだろうポーズを色々と試して居るのだった。

「何だ。跳び掛かられたいんじゃ成えか」

「ち、違うわよ! じ、実験よ実験! ホントにイチコロ成のかって! 気に成るだけよ!」

 其の内にルイズはと或るポーズが気に入った様子を見せる。

「あ、之良い。可愛い」

 ルイズは台詞も考え付きい、デルフリンガーに言ったら、「良いんじゃ成えの」、と賛同を得た。

「良し。じゃあ其れで行け」

 然し、冷静に成ってみると恥ずかしさが込み上げて来た様子を見せるルイズ。

「や、やっぱり無理よ! 無理!」

「あんだけノリノリでポーズ取って置いて、其りゃ無えだろ」

「だって、ねえ……幾ら何でも、ねえ……私、公爵家だし……伝説だし……流石に……こう云う事遣る訳には行か無いと想うの。何か踏み外してる気がするわ」

「ったく理解って無えなあ。御前さんがそう言う風だから、相棒が拗ねたんじゃ成えか」

「……う」

「良いから、今日1日だけ馬鹿に成ってみ。女にはな、そう云う愛嬌が大事だよ。うん」

「……でも」

 デルフリンガーは其処で、切り札を出した。

「格好付けたら、メイドに負けちまうぜ?」

 ルイズの眉が、ピクンっ! と跳ね上がった。

「何ですって? 誰が負けるですって?」

「いやぁ、そう来為くっちゃ行け成え! 流石“虚無”!」

「当ったり前じゃ成いの。メ、メイド何かに誰が負けるもんですか」

 其の時で在る。部屋のドアノブが回された。

「おや、相棒が帰って来たみたいだぜ」

 ルイズは深く深呼吸を為ると、ドアの前に立った。

「良いか? “貴族”の娘っ子。プライドと己を捨てて、愛嬌。良いな?」

「わ、理解ってるわよ!」

 次の瞬間、ドアがガチャリと開いた。

 ルイズは顔を真っ赤にして目を瞑り、中腰に成って、限り無く平地に近い胸を無理やり両腕で寄せて、左手の親指を唇の下に置いて、右手を開いて腰に着け、先程デルフリンガーと相談して決めた台詞を絶叫した。

「きょきょきょ、きょ、今日は貴男が御主人様にゃんッ!」

 そして……ルイズは相手の反応を窺った。

 然し、何の返事も無い。

 ルイズは、(何よ!? スルー!? 無視!? どゆ事!?)、と想い、彼女の頭に怒りの炎が沸いた。

「何か言ってよ! 私が此処迄してんのにッ!」

 其処でルイズは目を開いて……眼の前に居るのが才人では無い事に気付いた。

「ミ、ミミ、ミス・ヴァリエール?」

 顔を蒼白にして、ワナワナと震えて居るシエスタが其処には居た。

「あら、ルイズちゃん。何其の格好?」

「ぷ。ぷぷ。あんた何時の間に猫に成ったの?」

 シエスタだけでは無い。

 其処には、スカロンとジェシカも居るのだ。

 其処に才人と俺が遣って来て、そんな連中の後ろから才人が顔を覗かせた。

「御待たせ。酒を持って来たよ。ん? 何で皆部屋に入ら無いの?」

 才人は其処で、黒猫の格好をして居るルイズに気付いた。

「な、何遣ってんた? 御前……」

 ルイズは、文字通り絶叫をした。

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

 

 

「ルイズちゃんも可愛い所有るじゃ成いの」

 と、椅子に腰掛けたスカロンが呟いた。

「ぷ。ぷぷ。ぷぷぷ」

 とジェシカは口を押さえて、必死な様子で笑いを噛み殺して居る。

 シエスタはルイズが使用した毛皮の余りの切れっ端を見詰めて、むむむ、と眉を寄せて居た。

 ルイズは毛布を引っ冠ってベッドから出て来無い。

 宥めてもすかしても、何の返事も無いのだ。

 才人は何が何だか理解ら無い様子で、デルフリンガーに尋ねた。

「一体、何がどう成ってるんだ?」

「いやぁ、其れが傑作でしょ……」

 とデルフリンガーが言ったら、ガバッと毛布が跳ね上がり、着替えるタイミングを完全に逸したルイズが黒猫娘の衣装の儘飛び出してデルフリンガーを引っ掴み、無言でベッドの中へと戻って行った。

 シエスタが、そんなルイズをジロッと睨んだ。

 才人は訳が理解らずに首を傾げた。

 窓の外を見てジェシカが、「何だか雪でも降りそうな位、冷えるわね」、と呟いた。

 スカロンが、「雪の“降臨祭”……いやぁ、ロマンチックだわぁ」、と身を捩らせて言った。

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