夜空に満開の花火が打ち上がったのが見える。
“シティオブサウスゴータ”の広場に沢山の張られた天幕の下人々は歓声を上げた。
連合軍が駐屯した御蔭で、一気に倍近く膨れ上がった街には至る所兵隊が寝泊まりをするテントや、仮設の天幕で溢れて居る。宿舎として借り上げた建物、の数にも当然限界が在るからだ。兵隊達にモノを売る為に色々な所から商人が遣って来て、“シティオブサウスゴータ”は嘗て無い程の活気に包まれて居る。
そして、1年の始まりを告げる“
“ハルケギニア”最大の御祭りで在る“降臨祭”が始まったので在る。今日から10日程は、連日呑め歌えやの大騒ぎが続くので在る。
ルイズと才人、シオンと俺の4人は、広場に設けられた“魅惑の妖精亭”の天幕で酒を呑んで居た。周りにはルネを始めとした“第二竜騎士中隊”の面々が居る。ギーシュを始め、“王軍”士官の面々も見える。軍上層部は所属の士官達に、“シティオブサウスゴータ”の店での呑み食いを禁じたので在る。
酔って住人達と揉め事を起こしでもされたら面倒で在るだろうし、纏めて置けば監視もし易いと云う訳だ。そんな訳で、“トリステイン”から出張して来た居酒屋は何処も満員で在った。
黒猫衣装を見られて以来、ルイズは必要以外、口を利か無く成って仕舞った。余程恥ずかしかったのだろう。1人で黙々と、舐める様にして酒を呑んで居るのだ。
ルイズは兎に角酒に弱いので、ワインをコップの中に少しばかり垂らし、果汁遣ら蜂蜜遣らを入れて徹底的に薄めてチビチビと遣るので在る。其れでも既に顔は真っ赤で在った。
ルイズは、横目で才人の方を見る。
才人は、ルネ達や先程再逢したギーシュとマリコルヌ達と酒を呑んで居るのだ。同性且つ顔見知りと過ごす事が出来る為か、ルイズと一緒に居る時とは違って、割と楽しそうにして居る。
そんな姿を見て居ると、更にルイズは酒の量が進んで行くので在った。
ルイズは蕩んとした目で、コップを振り上げた。
「おかわりー。りー」
ととと、駆け寄って来た給仕の姿を見詰め、ルイズは顔を背けた。そして、別の給仕を呼ぼうとした。
「誰か来て頂戴。誰か」
澄ました顔のシエスタが、「御注文、承りますけど」、とそんなルイズに声を掛けた。
「あんた何か呼んで無いわよ」
ルイズはジロッとシエスタを睨み付けた。そして、トロンとした目で呟いた。
「こんなとこ迄追い掛けて来ちゃってさ……馬鹿みたい」
シエスタは、明るい表情の儘で言った。
「黒猫の格好で気を惹こうと為る選り、マシですわ」
ルイズは顔を真っ赤にした。
シエスタはそっとルイズに顔を寄せて、ニコニコと笑い乍らボソッと呟いた。
「“今日から貴男が御主人様にゃん”」
ルイズはガバッと立ち上がり、プルプルと震えた。其れから想い直す。(メイドと張り合って居る場合では無い。其れに自分には戦果が有るじゃ成いか。其れを報告して上げるわ)、と心の中で北叟笑んだ。そして、平静を装い、呟いた。
「わ、私何か告白されたんだから」
シエスタの眉がピクッと動いた。
ルイズはそんな恋敵の反応を見逃さ無い。其れは勿論ルイズだて、女の子成ので在る。(此の娘何もされて無いわね。やっぱり勝ってる!)、とルイズは嬉しく成って、更に戦果を拡大す可くシエスタに詰め寄った。
「そう成の。“好き”って言われちゃった。同仕様かなぁ、私あん成の何とも想ってませんけど、言われちゃった。全く“使い魔”の癖に生意気よね」
シエスタはニコニコと笑って聞いて居る。
「へええ。良かったですね」
と言いつつ、シエスタの目は全然笑って居無い。
ルイズの隣に腰掛けて居るシオンは、何処吹く風と云った様子を見せて居る。
「おまけに、押し倒されちゃった。勿論許さ無かったわ! だって、あん成の好きじゃ無いもの。当たり前じゃ成い!」
「どうせ厭らしく媚でも御売りに成ったんじゃ在りません事?」
とシエスタが挑発気味に言った。
ルイズは真っ向から視線を受け止めて言い返した。
「あんたじゃ無いのよ」
2人はジリジリと睨み合った。
其の時……パラパラと、何かが天幕に当たる音がした。
「ん?」
「雪だ! 雪!」
と外から声が聞こ得て来た。
天幕の隙間から、雪が降って来るのが見える。
ルイズが「雪の“降臨祭”かぁ……」と呟くと、シエスタが「私、雪の“降臨祭”って夢だったんです……」とうっとりとした顔で呟いた。
「そう成の?」
「ええ。ほら、“タルブ”の辺りでは冬でも暖かいものですから。あんまり雪何か降ら無くって……」
幼子の様に目をキラキラとさせて、シエスタは天幕の外の雪を見詰めて居る。呆けた様にそんな自分を見て居るルイズとシオンに、シエスタは気付いた。
3人は顔を見合わせて、頬を染めた。ルイズとシエスタの2人は雪を見て我に返り、シオンは2人に連られて笑ったので在る。
ルイズは照れを隠すかの様な口調で、「……何だか気が抜けちゃった。此方も、休戦にしましょうか。“降臨祭”だし」、と言った。
「そうですね」
「あんたも呑み為さいよ」
ルイズはシエスタに座る様に促した。
シエスタは素直に、はい、と首肯いたチョコンとルイズの横に腰掛ける。
ルイズは、シオンとシエスタに挟まれる形に成った。
ルイズに酒を注いで貰い、ペコリとシエスタは頭を下げた。
「私は、久し振りだな、雪の“降臨祭”……」
シオンがボソッと呟く。
「そうね。シオンは、此処出身だものね」
「乾杯」
と妙な気分で、3人は杯を触れ合わせた。
シエスタは、「美味しい」、と酒で頬を染め、呟く。
「“貴族”の方に御注いで頂く何て、感激ですわ」
天幕の隙間からヒラヒラと雪が舞い散って居るのが良く見えた。
シエスタはポツリと、「綺麗……雪が建物に掛かって……まるで砂糖菓子みたいですわ」、と呟いた。
「そうね」
「こんな綺麗な土地成のに、どうして戦争しよう何て想うのかしら?」
そう言ってから、はっ、と、シエスタはルイズとシオンの方を向いた。
「す、すいません……別にミス・ヴァリエールとミス・エルディを責めてる訳じゃ……御国の為に頑張って居る、そうですよね?」
ルイズは下を向いた。
シエスタは、コップの底のワインを見詰めて呟いた。
「……ほんと言うと、私、こんな戦争反対です。って言うか戦争は嫌い。一杯人が死ぬし……どうしてですか?」
「どうしてって?」
「どうして戦争何か為るですか? 父は……結局、御金の為だって言ってました。敵の国を占領して、自分達の言う事を利く王様を据える為何ですって。其れか、自分の出世の為何ですって。そう何ですか? そんな理由で殺し合いを為るんですか?」
「皆、其々が掲げる正義の為に、正義と言う建前の為に戦って居るのかも知れ無いわね」
と、シオンがシエスタの言葉に反応を返した。
ルイズは考えた。そして、(周りの大臣達はそうかも知れ無い。でも、アンリエッタは違う。幼い頃、共に過ごしたルイズには理解る。アンリエッタにとって、此の戦は復讐成のだ。最愛の人を奪った難い仇を斃し、友人の手に国を取り戻させる。アンリエッタには其れしか無いのだろう)、と考えた。
考え込んで居るルイズに、シエスタは尋ねた。
「ミス・ヴァリエールはどうして戦って居るんですか?」
「私?」
「そうです」
アンリエッタの手助けをしたいと云うのも有るだろう。だが、其れだけでは無いのも確かだ。ルイズにとって、此の戦は……。
ルイズが黙って居るのを見て、シエスタは俯いた。
「失礼しました。私が訊いて良い事じゃ在りませんわね。でも……」
其の時……才人達のテーブルから、怒鳴り声が聞こ得て来た。
「全く! 御前等、ばっかじゃ成えの!」
ルイズとシエスタとシオンは、ギョッとして声の方を振り向いた。
「な!? 誰が馬鹿成なだね!? どうして馬鹿何だね!?」
ギーシュが立ち上がって喚いて居る。
才人が立ち上がって、そんなギーシュに指を突き付けた。
「いー加減にしろって言ってんだよ! なーにが、“戦で手柄を立てて、モンモランシーに認めて貰う”だよ。阿呆か!? 死んだらどーすんだよ!? モンモンにしてみりゃ、其方の方が問題だろ」
「ぼ、僕の行いを、ぶ、侮辱為るかぁ!?」
とギーシュが薔薇の造花を振り回して居る。
どう遣ら口喧嘩の様だ。
席を共にして居るルネ達が、執り為す様に言った。
「其りゃあ、君は平民だから、名誉の事何かどうでも良いのかも知れ無いけどな」
才人はそんなルネ達をも、睨んで言った。
「全く何時迄も名誉ってなあ、ばっかじゃ成かろかと。なあ“竜騎士中隊”、御前等一回死にそうに成ってんだぞ? 少しは恐がれよ! 可怪しいよ! 名誉の為成ら死ぬ事も恐く無い? そん成の糞だ。阿呆の考える事。名誉? そんなモノの為に死ねるかっ吐の。俺は全く御前等の遣ってる事を、下ら無い事だと想うね」
「サイト!」
其の時……行き成り才人は怒鳴り付けられた。
其れはギーシュでも、ルネ達でも無かった。
ルイズが立って、怒りで震えて居たのだ。
才人はユックリとルイズに向き直った。
「何だよ?」
「あんた、謝り為さいよ。ギーシュとルネ達に謝り為さい!」
「何でだよ?」
「名誉を侮辱為る事は赦せ無いわ」
ルイズが震え乍ら言った。才人にヤキモキをして居た真の理由に気付いたのだ。(自分の事を理解って呉れ無い)、と感じた理由……(自分が大事に想うモノを、才人がちっとも大事に感じて無いから、あん何ヤキモキをしたのだ)、と気付いたのだ。才人の戦振り……別に調子が悪いから、頭に来たのでは無かったのだ。才人が「任務を失敗したからって何よ?」とばかりに悪怯れ無いから、頭に来たので在った。
才人はムッとした声で言い返して来た。
「守る可きモノは、もっと他に在るんじゃ成えのか?」
「他に何を守るって言うの? 名誉は命選り大切なモノだわ。其れを失ったら、私は“貴族”じゃ無く成る。“貴族”じゃ無く成るって事は、私が私で無く成る事だわ。だから2度と私の前で、“貴族”の名誉を否定為る様な事言わ無いで」
キッパリとルイズは言った。
一方、才人もまた気付いた。才人は其のルイズの顔と目に見覚えが有ったのだ。フーケの“ゴーレム”に潰されそうに成った時、ルイズが見せた顔だ。あの時のルイズは「敵に後ろを見せ無いモノを、“貴族”と言うのよ!」と怒鳴った。そんなルイズを(真っ直ぐだ)と想うと同時に、(何か違う)と感じて居た才人で在ったのだが。ああ、と才人は気付いた。此の前のルイズの「死は哀しいけれど……其の、名誉な戦死よ。名誉の……彼等は偉大な勝利の為に死んだの。だから悲しんだら、彼等が可哀想よ」と云う台詞が蘇る。自分が拗ねた本当の理由に才人は気付いた。別にジュリオにベタベタしたり、冷たくされたからだけが理由では無いのだと。(ルイズは自分選り、任務の方が……詰まりは名誉の方が大事何じゃ成いのか? とそう感じたからこそ、自分はあん成に落ち込んでたのだ)、と気付いたのだ。だから先程のギーシュの発言にも頭に来たのだ。
「じゃあ御前は……」
才人はルイズを睨んだ。
「あによ?」
「“死ね”って命令されたら、死ぬんか? 此奴等がそうしたみたいに?」
ルネ達を指指して才人は言った。
ルイズは唇をキュッと噛んだ。
「無理だろ? だったらもう、そんな生意気は……」
と才人が言おうとしたのだが、ルイズに其の先を遮られてしまう。
「死ぬわ。当ったり前じゃ成い」
フルフルと震える声で、ルイズは言った。
「御前成ぁ……」
才人は呆れた。
ルイズはと云うと、完全な買い言葉の口調で在るのだ。
「ひ、姫様と祖国に捧げた命だもん。いざ命令と在らば、喜んで捨てるわ」
そんなルイズに、才人は、(軽々しく死ぬとか言うんじゃ無えよ。コルベール先生の手紙にだって書いて在ったじゃ成えか。“戦だからって死に慣れるな”って! 本当に、俺何か選り、名誉の方が大事何だろうか?)、と、カチンと来て仕舞った。
才人はルイズに詰め寄った。
「じゃあ、俺はどー何だ?」
「へ?」
「御前が“死ね”と命令されたら、俺も死ぬのか?」
ルイズは困った様子を見せ、誤魔化すかの様にして呟いた。
「な、何よ……あんた死ぬが恐いの?」
「当ったり前だ」
「臆病者ね! 皆死を覚悟して、遣って来たって云うのに!」
「俺は覚悟何かして無えよ。御前の御伴で無理矢理連れて来られたんだろ?」
「誰も頼んで無いじゃ成い!」
「考える暇も呉れ無かったじゃ成えかよ! “彼処行くわよ、此方行くわよ”って!」
2人は何時しか声を荒らげて、派手に遣り合って居た。
天幕の中で呑み食いをして居た全員が、唖然としてそんな遣り取りを見詰めて居る。
「あの……そろそろ良い加減にし為いかね?」
とルネや、ギーシュに執り為され、遣っとルイズは我に返った様子を見せる。
首を横に振って、冷静さを装おい、才人に告げた。
「そうね……見っとも無いわね。さあ、サイトあんたも部屋帰って休み為さい。
才人は、(何だよ……話は未だ終わって無えだろ? 其れ成のに外面が気に成るのかよ?)、とそう想った瞬間……更に気付いた。ずっと気付きたく無い、と想って居た事。ルイズに感じた距離、違和感の正体に。(一体自分の事を、ルイズはどう想って居るんだろう?)と云った何時か想った其の問と違和感が結び付いたのだ。(将軍達が……ルイズの“虚無”を道具と捉えて居る様に……自分もルイズにとって道具に過ぎ無いのだ。“伝説の使い魔ガンダールヴ”。主人の“呪文詠唱”を守る為だけに、特化した存在……詰まりは自分の行く道と名誉を守る為の、大事な道具……其りゃ御機嫌も取る筈だ。“偶には触って良いわ”、何吐って、御褒美の1つも呉れるんだろう)、と考えた。
「御前もあの将軍達と同じじゃ成えか」
と才人が呟いた。
「な!? 其れ、どう云う意味よ……?」
「俺は道具何だろ? そうだよな。“使い魔”だしな」
才人はルイズを押し退け歩き出し、天幕の外へと出て行った。
ルイズは「待ち為さいよ」と怒鳴るのだが、才人は立ち止まら無い。
隣に座って居たシエスタが立ち上がって、才人を追い掛ける。
ルイズはワインの瓶を取り上げると、波々とコップに注いで、蜂蜜も荷重も込れずに其れを一気に呑み干した。
「何か在ったのかね?」
全てを見て理解をして居たが、敢えて知ら無い振りをして、才人とシエスタの2人と入れ違いと云った風に俺は天幕の中へと入り、中に居る皆へと尋ねる。
「実は……」
近くに居た“貴族”の1人が簡単に説明をして呉れる。
雪が降る街を、才人はトボトボ宛など当然有る筈も無く歩いた。
古都と呼ばれる割には、街を形造る石は綺麗で、罅や欠けて居る部分は見当たら無い。本当かどうか理解る人物は少ないが、何千年も前に造られた当時の姿を保って居る様子だ。大昔に掛けられた“固定化”の“呪文”の御蔭と云う事だった。
雪の様に、白い街だった。街や城壁を形造る壁は、空から舞い散る雪の様な無垢な白さを放って居る。
そんな街を、才人が真っ白に燃え尽きてヨボヨボと歩いて居ると、後ろから声を掛けられる。
「サイトさん」
才人が振り返ると、シエスタが哀しそうな表情を浮かべて居た。
“魔法学院”で見るものとは少し違うデザイの違うエプロンに黒服姿。軽く胸が開いて居るデザイン成のは、“魅惑の妖精亭”の趣味成のだろう。
「シエスタ」
ととと、シエスタは駆け寄って来て、才人の手を握った。
「ゆ、ゆ……」
そして、シエスタは頬を染め、凄く言い難そうに言葉を繋げる。
「ゆ?」
「ゆ、雪降ってて、か、風邪引いちゃいますから……」
そんな風に言ったら、シエスタはポロポロと泣き出してしまった。
「駄目です。風邪、引いたら駄目です……」
道行く人々が、好奇の表情でそんな2人を見詰めて居る。
才人は慌ててた。
「シ、シエスタ……こ、こんなとこで……」
「彼女を泣かす無よ! 色男!」
「何だ、国から女が追い掛けて来たのかぁ?」
そんな風に、道行く兵隊や住民達が野次を飛ばす。
才人は困って仕舞って、「シエスタ、取り敢えず場所変えて……」と言って、グシグシと泣き乍ら目元を擦るシエスタの肩を抱いて歩き出した。
ルイズと共に借りて居る宿屋には行く気がし無いし、“魅惑の妖精亭”には未だ皆が居るだろう、と云う事から、才人は困って仕舞い、結局、シエスタが借りて居る宿屋は相部屋と云う事で、2人は落ち着ける宿屋を探した。兵隊や商売人達で溢れた街で、空いて居る部屋を探すのは大変では在ったが、何とかボロボロの居酒屋の地階に、部屋を見付けて入り込んだ。
「こんな部屋で、“エキュー金貨”1枚も取るのかよ」
と文句を言い乍ら才人はベッドに腰掛けた。
窓が無いので薄暗い。
シエスタは未だシクシクと泣いて居たが、才人が頭を撫でて居る内に遣っとの事で泣き止んだ。
「御免為さい」
とシエスタは唇を噛んで言った。
「どうしたの?」
と才人は訊いてみた。
「サイトさんが可哀想で……一生懸命に働いて居るのに、あんな冷たい事言われて……そしたら、凄く哀しく成っちゃって……」
「大丈夫だよ」
と少しばかり嬉しく成った様子で、才人は言った。
シエスタは其れから、ブルル、と震えた。
火の気の無い部屋は冷えるのだ。
才人は立ち上がると、暖炉に薪を置いた。部屋を借りる時に貰って来た火種を其処に焼べる。マッチなどと云う便利なモノは、此処“ハルケギニア”では未だ発明されて居無いので在る。
才人は、ふぅふぅ、と息を吹き掛け、薪に火を移して居ると……後ろからそっとシエスタに抱き竦められ、思わず、息が止まる。
グシグシとシエスタは、涙に塗れた頬を背中に押し付けた。
「うん……」
「……御免為さい。御免為さい。泣いて御免為さい。」
と何度もシエスタは呟いた。
才人はシエスタの手を解いて振り向き、左手で頭を撫で乍ら、右手の指で涙を拭いて遣った。
「サイトさんが可哀想で。違う世界から連れて来られて、其れでも文句言わずに頑張ってるのに。道具だ何て非道い。そん成の非道い。わ、私の大事な人……道具だ何て……」
そう言って泣き乍ら、シエスタは才人の顔を覗いた。シエスタは思わず、すっと、其の儘唇を近付けようとして……自分のしようとして居る事に気付き、直ぐに引っ込めようとした。
才人は思わず、そんなシエスタの頬に添えた手に力を込めて仕舞った。(離したく無い)、とそう想って仕舞ったので在る。
シエスタは才人の手に込められた力に気付き、迷うのを止めた。才人の首に手を回し、素早く唇を合わせた。
初めて合わせるシエスタの唇は、才人に温かさを感じさせた。
シエスタは少し顔を離して、才人の顔を潤んだ目で覗き込んだ。そして再び、激しく唇を押し付けるのだ。其の儘シエスタは体重を掛けて、才人を床に押し倒した。
赤々と燃える暖炉をバックにして、シエスタの黒い髪が動く。パラパラと頬を嬲る。
シエスタは決心した様に目を瞑ると、背中のホックを外し、上着を脱ごうとした。
才人が「ま、待った」と言うのだが、キスで唇を塞がれてしまう。
また其のキスが、才人に甘く激しく感じさせ、取次筋斗に成って居ると、シエスタは顔を赤らめて胸元に手を置いた。
そんな格好でシエスタは身を乗り出し、才人の唇を
「好き」
燃え盛る炎をバックにそう言うシエスタは、才人にとって(激しく愛らしく、また色っぽい)、と云った感想を抱かせた。共に風呂に入った時には感じられ無かった色気で在る。「好き」と云う言葉が、キスが、齎した色気成のかも知れ無い。
女性と云う存在は、まるで炎の様にコロコロと形を変えるのだった。
才人は、シエスタがこんな艶めかしい色気を持って居る事を知ら無かった。
其れでも才人が強張ったかの様に動か無いのを見て、シエスタは唇を尖らせた。
「ジェシカが言ってた。此処迄して何もして来無い男の子何か居る訳無いって。そんで何もして来無かったら、ホントに何とも想われて無いって」
「そ、そ、そうじゃ無いよ……」
と、爆死しそうな勢いで才人は否定の言葉を搾り出した。
「じゃあ、触って下さい」
とシエスタが手を握って、黒服から覗く谷間に導かれそうに成った為、才人は顔を背けた。そんなシエスタを見て居ると、どうにか成って仕舞いそうだったからで在る。
「嫌い?」
とシエスタから尋ねられ、才人は首を横に振った。
「そうじゃ無い。そうじゃ無いんだ」
才人は苦しそうな声で言った。才人も健全な男子の1人で在る。我慢は当然辛い。死にそうだと云える程で在る。こん何可愛らしいシエスタを抱き締めて……自分のモノにしたいと云った感情が押し寄せて来るのを感じて居た。だが同時に、そうして仕舞うと……何かが偽りに成って仕舞う気がしたのだ。何か大事なモノに、嘘を吐くかの様な気がしたのだ。
だから才人は首を横に振った。
「……何て言うか、嘘に成りそうな気がしてさ」
「嘘?」
「うん。シエスタは俺にとって大事な人だから……こんな風に、其の……何て言うか整理が着いて無い状態で、其の……」
と、才人は取次筋斗に成って言った。
そんな態度で伝わったのだろう。
暫くシエスタは考え込み……其れから想い直すかの様にしてニッコリと笑った。
「サイトさん、覚えてます?」
「……え?」
「何時か“タルブ”で……仰いましたよね。“俺達は異世界から来た人間だから、帰ら為くちゃ行け成い”って。“約束は出来無い”って」
「……うん」
「其れでも良いって私言いましたよね。あれ、嘘じゃ無いんですよ。今でもそう想ってますから」
「シエスタ」
「待ってますね。嘘にしても良い位、気持ちが一杯に成ったら……そんな時、来無いかも知れ無いけれど……待ってますね。そしたら……私の事……」
そう云った事を言うシエスタが意地らしく想えたのだろう、才人は思わず彼女を抱き締めて仕舞った。
シエスタは、子犬の様な目で、才人を見詰めて言った。
「今夜だけで良いの。抱き締めて……偶にキスして。其の位でも駄目? 其れでも嘘に成っちゃうの?」
「キ、キスはどうかと……」
脱がれたら我慢出来無いだろうから、と才人は困ってしまった。そして、そんな事を言うシエスタに、断りの言葉を言える筈も無かった。
シエスタはベッドに横に成ると、才人を上目遣いで見詰めた。ケーキやワインを配る時に見せる仕事用の顔では無く、素の表情。漂う、素朴で才人にとって懐かしさを感じさせる雰囲気だ。
才人は、自分の事を「好きだ」と言って呉れる、そんな女の子を抱き締めた。
シエスタは才人に抱き竦められ乍ら、甘えた声で自分の事を話した。
小さい頃、森で迷子になった話。
シロップで塗った、パンケーキが好きな事。
休みの火には、殆ど昼寝をして居る事。
1つの話題が終わる旅に、シエスタは才人と唇を重ねる。
暫く話した後……シエスタは才人に小瓶を渡した。
「何之?」
「“魔法”の御薬です。貯めた御金で買ったの。“眠り薬”」
「“眠り薬”?」
「そうです。ワインや何かに垂らして呑めば、グッスリ」
「こんなモノ無くたって眠れるよ」
と才人が言うと、シエスタは首を横に振った。
「サイトさんに買ったんじゃ無いの」
「どう云う意味?」
シエスタは声を潜めて言った。
「若し、ミス・ヴァリエールが……サイトさんに何か危険な事をさせようとしたら……之を呑ませて寝て居る隙に逃げて下さい」
才人は思わず笑ってしまった。
「もう……笑わ無いで下さい……本気何ですから」
「もう危ない事は無いと想うよ」
と才人は言った。
戦は勝ち戦だ。敵の主力は怖じ気付いたのかどう成のか、首都に篭もって出て来無いし……離反して居る兵も沢山居ると云う。「楽勝だ」、と将軍や士官も兵隊も、殆ど全員が言って居るのだ。
だが、此の先の戦い――“聖杯戦争”については、伏せた。
“令呪”を持って居るのはルイズで在り、自分には関係が無いと、考えた為だ。
「後は“ロンディニウム”を落とすだけだ何だってさ。敵は遣る気が無いし、楽チンだって、皆そう言ってる」
才人は、(ルイズは妙に危ない任務に投入されて居るが……こないだ失敗したし、もう其れも無いだろう。其れに……今はルイズにも期待されて無い俺だ。こんな俺達に、将軍達が重量な任務を与えるとは想え無い)、とも考えた。
「でも、心配何です。弟が……直ぐ下の弟が参戦して“フネ”に乗ってるんです。“御姉ちゃん、何も心配無いよ”って。でも心配で、そう想い始めたら、サイトさんの事も心配に成って来て。心配に成り始めたら居ても立っても居られ無くて……」
シエスタはまた泣きそうな様子を見せる。
「大丈夫だって」
「……嫌な予感が為るんです。サイトさんに、何か良く無い事が起こるんじゃ成いかって。だから、だから私……」
才人はシエスタをギュッと抱き締めた。
「サイトさん……」
「安心してシエスタ。大丈夫。大丈夫だから。“学院”に帰ったら、またシチューを作って呉れよ」
シエスタは、はい、と首肯くと、微笑んだ。
暖炉の炎が優しく揺れる。
窓の外には雪が積もり、月明かりが反射して銀色の世界が広がって居た。
「……銀色の“降臨祭”ですね」
とシエスタが言った。
「皆騒いでるけど、“降臨祭”って何?」
「“始祖ブリミル”が、此の地に降り立った日を祝う御祭りです」
「今日って確か……新年だったよな。“降臨祭”って新年の初っ端から始まるの?」
「そうです。“始祖ブリミル”が此の地に降り立った日が、1年の始まりに成ったんです」
才人はルイズの事を想い出した。
“始祖”の“系統魔法”――“虚無”の担い手……(そんな偉い人物が使ってた“魔法”を担ってるんだから……“名誉名誉”と燃えるのも、しょうが無えな)、と才人は想った。
時間を遡り、才人とシエスタが“魅惑の妖精亭”の天幕から出、入れ違いで俺が入って直ぐの事。
俺は事の経緯を1人の“貴族”から聞き、周囲の皆に対して自身の考えを口にする。
「御前達の言う事も、彼奴の言う事も、何も、何方も間違ってなど居無い。まあ、違う国出身の人間が持つ価値観さ。故に、戯言だと聞き流して呉れて構わ無いし、余計な御世話かも知れ無いがね……其れは君達、名誉と言う言葉の意味を履き違えて居るからでは成いかね?」
「どう云う意味だい?」
そんな俺の言葉に、ギーシュが反応を示した。
「何故、戦争で死ぬ事が名誉に成るのか……其れを考えてみ給え」
「其れは勿論、国や姫様の為さ!」
1人の“貴族”が言った。
俺は其れに首肯く。
「確かにそうだろう。だけど君達、もう少し考えてみ給え。何故、周りの者達が名誉だと言って呉れるのかを……抑々、どうして戦争での死が名誉だと言われる様に成ったのかを」
俺の言葉に、此の場の殆どの者達が首を捻り出す。一部は、どうでも良いと云った様子で酒を呑む事を再開する。
俺の言葉に耳を傾けた者達は、何故か俺の言葉に対して真摯に考えて居る。が、一向に答を出せ無いで居る様子だ。
「之は俺個人の考えだがね、其れは、大事な
「実際に、そうしてるじゃ成いか!」
「もっと身近な存在だよ」
「其れって……」
何人かの“貴族”が俺が言わんとして居る事に気付いたのだろうか、此の場に居る何人かがハッと、気付いた様子を見せる。
「親兄弟、家族……恋人……そう言った
時間は戻り、“魅惑の妖精亭”から皆が出、其々が眠る時間。
自分に与えられた部屋で、毛布を冠って蹲り、ルイズは“使い魔”の帰りを待って居た。
夜も更けて居るにも関わらず、彼は帰って来無いのだ。
窓の外を見ると……何時しか雪は止んで居る。
降り積もった雪が、2つの月に照らされて、街を銀色に染め上げて居る。
ルイズは、(今頃、こんな綺麗な景色を2人で見て居るのかしら?)、と想い、嫉妬で身体が焼けそうに成った。そして、「もう知ら無い」、と呟いて膝を抱えた。(こんな風に自分を傷付ける才人が赦せ無い)とも想った。だが、同時に天幕内での事を想い出し、色々と考え込んで仕舞う。
トントン、と部屋のドアがノックされた。
ルイズは、(帰って来た)、と顔を上げる。其れだけで顔がフニャッと崩れた仕舞った。
然し……扉の向こうから聞こ得て来たのは、才人の声では無かった。
「僕だ。ミス・ヴァリエール。ちょっと良いかな?」
“ロマリア”の神官、ジュリオ・チェザーレの声だった。
「どうしたの? もう夜更けよ」
「ちょっと尋ねたい事が有るんだ」
ルイズが扉を開けると、其処にはハンサムなジュリオが立って居て、彼はニッコリと微笑んだ。
ジュリオは、部屋に入って来ると、優雅に一礼をした。
「尋ねたい事って?」
ジュリオは無言でルイズの手を取った。
ルイズは思わず、ビクッと身を震わせる。
「安心して。変な事をする訳じゃ無い、君が嵌めた指輪に興味が有ってね」
ルイズは警戒をしたが……無下に断るのもまた怪しまれると想い、指を突き出した。
右手の薬指には、アンリエッタから貰い受けた“水のルビー”が光って居る。“始祖の祈祷書”を読む為の、伝説の指輪……。
「綺麗な青だ……不思議に想った事は成いかい?」
ルイズは、(何を言う積りだろう?)、と首を傾げた。
「どうしてこん何青いのに、“
「其れは……」
理由など当然理解る事も判る筈も無く、ルイズは口籠ってしまった。
「之が“水のルビー”と呼ばれる宝石だからだ。そうだよね?」
ルイズはハッとして、ジュリオを見詰めた。
「ジュリオ、貴男……」
「“水のルビー”は鮮やかな青、“風のルビー”は透明、“土のルビー”は茶色……」
ルイズは“杖”を構えた。
「貴男、何者?」
「唯の神官だよ。正真正銘、“ロマリア”の神官さ。教皇の任命状を見せたって構わ無い。さて講義を続けるよ。どうして其れ等の伝説の宝玉が“
「随分と詳しいのね」
「ああ。“ロマリア”には研究熱心な科学者多くてね。自然と学問も身に付いた。そう云う事にして置いて呉れよ。で、宝玉は大昔に“ハルケギニア”の各“王家”に伝えられた……“水”は“トリステイン”、“風”は“アルビオン”、“土”は“ガリア”……そして“ロマリア”には“火”と言う訳さ」
「で?」
「“ロマリア”の神官足る僕は“火のルビー”を探してる。其の名の通り、火の様に赤い宝玉だ。変な話だが、一番ルビーらしい、赤石さ。嘗て“ロマリア”から盗まれたが……“トリステイン”に在ると言う専らの噂でね。聞いた事は成いかい?」
ルイズは首を横に振った。
「嘘じゃ無いだろうね?」
「ええ。嘘を吐いたって仕方無いでしょ」
「そうか、成ら良いや」
ジュリオはアッサリ諦めると、ルイズに断りを入れる事も無くベッドに腰掛けた。
「未だ何か話が有るの?」
「君の話をしてよ」
「私の話?」
「興味が有るんだ」
ジュリオはニコッと、蕩けさせるかの様な笑みを浮かべる。女の子で在れば誰でもコロッと参って仕舞う様な笑みだ。
だが、今のルイズはハンサムな笑顔を見て居たい気分では無かった。
「後にして呉れる? 眠いの」
「一緒に寝ても構わ無いよ」
其の自信有り気な態度に、ルイズはカチンと来て仕舞う。
「傲慢成のね」
「ジュリオ・チェザーレってのはホントの名前じゃ無いんだ。大昔、“ロマリア”に王様が居た頃の、偉大な王様の名前さ」
「其れがどうして貴男の名前成の?」
「僕は捨て子だったんだ。孤児院で育ったのさ。其処でガキ大将だったんだよ。だから着いた渾名が大王ジュリオ・チェザーレ。面倒だから、其の儘名乗ってる。傲慢は生まれ付きさ」
「帰って呉れる?」
ジュリオは立ち上がった。
「きっと其の内……僕に興味を持つよ。約束しても良い」
ルイズはドアを開けた。
一礼すると、ジュリオは部屋を出て行った。
「……何で男って、傲慢成人が多いの?」
再びルイズはベッドに潜り込み、“使い魔”の帰りを待った。
だが其の晩、才人は帰って来無かった。
“ガリア王国”は、“ハルケギニア”で最大の人口を誇る大国だ。其の人口は大凡15,000,000人に上る。“魔法”先進国で在る“ガリア”は、“メイジ”……詰まりは“貴族”の数も多い。そして其の都、首都“リュティス”はやはり“ハルケギニア”最大の都市でも在った。
都市は、“シレ川”と呼ばれる、大洋に注ぐ川沿いに、旧市街と呼ばれる大きな中洲を挟む様にして発達して居る。然し、現在“リュティス”の政治的な中心は、其の中洲には存在為無かった。川の左側、何方かと云うと町外れに位置した巨大な宮殿“ヴェルサルテイル”が現在の中心で在った。
宮殿と云う選り、複雑な形の庭園と云った趣をした“ヴェルサルテイル宮殿”には、様々な形の贅を凝らした建物が立ち並んで居る。其の建物や庭園は、世界中から招かれた建築家や園芸師の手に依って日々拡大を続けて居る。汎ゆる文化を糧として成長する生き物の様に、此の“ヴェルサルテイル”は其の姿を変えて行くので在った。
そんな“ヴェルサルテイル宮殿”の中には、一際大きな建物が在った。“ガリア王家”の一族は、珍しい青い髪を持って居る。其の髪の色に因んで、此の“グラン・トロワ”と呼ばれる宮殿は、青い煉瓦で造られて居た。
其の“グラン・トロワ”の一番奥の部屋に、“ガリア王国”15.000,000の頂点に位置する男が暮らして居るのだ。
“ガリア”王ジョゼフで在った。
青味掛かった髪と髭に彩られた顔は、見る者をハッとさせるかの様な美貌に溢れて居る。均整の取れたガッシリとした長身が、そんな彫刻の様な顔の下に付いて居るのだ。今年で45に成る筈で在ったが、どう見ても30過ぎ程度にしか見え無い若々しさを誇って居る。
其の様な美髯の美丈夫が興じて居る遊びは、其の美貌に似つかわしく無いと云えるだろう、異様なモノで在った。
彼は朝から小姓2人を付き合わせ、其の異様な遊びに夢中に成って居た。
緞子の向こうから、貴婦人の声が響いた。
「陛下……陛下! 御探しのモノを見付けて参りましたよ!」
ジョゼフは自ら緞子を掻き分け、部屋の入り口へと向かった。
庭園に咲き乱れる薔薇の様に美しい貴婦人が立って居るのが見える。
ジョゼフの顔が、ぱぁああああッと華やいだ。
「モリエール夫人! 貴女は私の最大の理解者だ!」
モリエール夫人と呼ばれた貴婦人は、ジョセフに箱を差し出した。
「彼を陛下の軍務に加えて下さいまし」
少年の様に目を輝かせ、ジョゼフは箱を開けた。中に入って居るモノを見詰め、更に顔が輝いた。
「之は!? 之は前“カーべ―時代”の“重装魔法騎士”では成いか!? 此の様な逸品を!? 貴女は素晴らしい人だ! モリエール夫人!」
ジョゼフは箱から20“サンチ”程の騎士人形を取り出し、歓喜の声を上げた。其れから今度はモリエール夫人の手を取って、部屋の中心へと案内する。
「さあさあ、之を御覧に為って欲しい! 私の“
部屋中に造られた、差し渡し10“メイル”程度は在るだろうかと云える程に巨大な箱庭を見て、モリエール夫人は目を丸くした。
良く見ると、其れは“ハルケギニア”の地図を模した、巨大な模型で在るので在った。
「まあ! 綺麗な箱庭で御座います事! 素晴らしいわ!」
「国中の細工師を呼んで造らせたのだ! 完成に1ヶ月も経かったのだ!」
「今度は模型遊びで御座いますの? 遂々あの1人将棋にも御飽きに成られてのですか?」
「否々否々。飽きては居らぬ!」
「まあ!? 御訊ねしても宜しいですか? 私何時も不思議に想って居りましたの。何処が楽しいのかしら? って」
「どうしてだね?」
「だって、敵の手迄指す事は在りませんわ。敵の駒も味方の駒も御自分で動かして、何が楽しいのですか?」
「哀しい事に、余の相手に成る程の指しては何処にも居らぬのだ」
モリエール夫人は、ジョセフの言葉に対して苦い笑いを浮かべた。此の王は美貌にこそ恵まれて居るが、“魔法”が得意では無い為に蔑まれ事が多かった。暗愚と揶揄される事も在った。其の為……不遇な少年時代を過ごす事に成ってしまった此の王は、
「将棋と言うのは、突き詰めれば定石の応酬でな、或る一定のパターンを
巨大な箱庭を指指して、ジョゼフは言った。
「現実の様な地形を造り、其の上で駒を……“槍兵”、“弓兵”、“銃兵”、“騎士”、“竜騎士”、“砲兵”、“砲亀兵”、“軍艦”……実際の軍種を模した駒を作ってだな、此の様に戦わせる! 駒の勝敗は此の賽子を使って決めるのだ! 之に従り、結果に揺らぎが生じ、実際の戦を指揮して居る様な面白みが生まれるのだ! 更には、此の様な駒も在る」
そう言って、ジョセフはと或る金色に光り輝く7つの駒を取り出し、並べて見せた。
「“剣士(セイバー)”、“弓兵(アーチャー)”、“槍兵(ランサー)”、“騎乗兵(ライダー)”、“魔術師(キャスター)”、“暗殺者(アサシン)”、“狂戦士(バーサーカー)”……之等7つの駒を使用して遊ぶのもまた、余の最近の愉しみの1つでも在るのだ……」
モリエール夫人は、此の愛する王が話して居る戦争ごっこの面白さが、全く理解出来無かった、が……愛人の楽しそうな顔を見て、嬉しく成った。
「では私も、陛下の親衛隊に加えて下さいまし」
「喜んで。貴女を“花壇騎士団”の団長にして上げよう。ほら此の様に、貴女は騎士だってちゃんと持って居るんだから」
「まあ! 栄誉有る“ガリア花壇騎士団”にして下さいますの? 私、皆から妬まれて仕舞うわ!」
「世界一美しい騎士団長の誕生に乾杯!」
ジョセフは傍らの杯を取り上げる。
小姓が駆け寄り、其の杯をワインで満たす。小姓はモリエール夫人にも、ワインの注がれた杯を渡した。
「此の箱庭遊びも、陛下が御独りで敵と味方を兼ねて居られるのですか?」
優雅な仕草で杯に口を着け乍ら夫人が問えば、「当然だよ。言ったでしょう? 此の“ハルケギニア”に、今は未だ余程の指し手は居らぬと。自分で作戦を立て……巧妙で緻密な作戦だよ! 其れをこうして受ける。勝ち誇る己を己の手で粉砕する……余は言う成らば、此の箱庭を舞台に芝居を演出する。創作家と言った所か」とジョセフが答える。
「まあ、此の箱庭は本当に精密で御座いますわね」
モリエール夫人は、マジマジと見詰め乍ら、心の底から感心した。
丘、山、川……地形に起伏が着けられ、都市や村には小さな建物迄配われて居るのだ。其処彼処に兵隊の人形が立って居るのが見える。
「此処で何なドラマが繰り広げられて居りますの? 私に説明して下さいまし」
「現在、青軍が此の都市を占領したばかりだ」
ジョゼフは丸い城壁の都市を指指した。
「そして、此方の都市に篭もった赤軍と睨み合って居る」
其処から離れた場所に在る、大きな建物の模型が立ち並都市をジョセフは指指した。
其処にも大量の兵隊の人形が置いて在るのが見える。見ると、建物や“竜”の姿をした模型が並んで居る。船の形をした模型も在った。
「さて、此処からが面白い。青軍は勝利に酔って居る! 其の隙間に此方の赤軍がとんでも無い切り札を使って逆転為るのだ!」
モリエール夫人は、ジョゼフの様子を前に、(まるで子供ね)、と心の中で呟いた。
ジョゼフは、内政も外交も疎かにして、兵隊ごっこに夢中の王……其の様に城下では噂されて居るのだ。其れは全く、誤りでは無いかも知れ無い。
ジョゼフはニッコリと笑って、箱庭の上から1体の人形を取り上げた。
黒い髪を持つ、痩せた長身の女性の姿をした人形だ。
其の人形に、ジョゼフは耳を寄せる。
まるで其の人形が話して居るかの様に、ジョゼフは何度も首肯いた。
其れからジョゼフは、其の人形に大声で話し掛けた。
「そうか! おおそうか! 計画通りに進行して居るな! 之は之は派手で楽しい出し物が見られそうだ! 嗚呼ミュー―ズ! 余の可愛いミューズ! 褒美を取らす! 然し、そろそろ詰めだ! 欲しい玩具は手に入れたし、余はもう其の人形にも厭いて仕舞った! そろそろ次の遊びを考えようでは為いか!」
モリエール夫人は、人形に話し掛けるジョゼフを哀れみを含んだ目付きで見詰めた。王で成ければ、胸を焦がす美貌の持ち主で成ければ、愛する事も無かった情人の奇行を見詰め、軽く彼女の心が痛んだ。常に優秀な弟と比べられ……玉座を脅かされ……戦争の渦中に晒され……ジョゼフは心を病んで仕舞ったと云える状態成のだ、と。
「陛下、陛下……おお、御可哀そうな陛下……」
モリエール夫人は芝居掛かった仕草で、ジョゼフの顎を撫でる。
そんなモリエール夫人をジョゼフは、優しく抱き締めた。
「おお、陛下……御労しや」
「さて、逆転劇を拝見したら、此の
2つの都市を見詰め乍ら、ジョゼフは呟くと……小姓を呼んだ。
「賽を振り為さい」
小姓は首肯くと、2個の賽子を振った。
出た目を覗き込み、ジョセフは首肯いた。
「おお、7か! 微妙な数字だ! ええと……此の場合は……」
暫し黙考した後、ジョセフは大臣を呼んだ。
「大臣。詔勅で在る」
緞子の陰から、小男が現れて頭を下げた。
ジョゼフは、まるで小姓に箱庭の駒を動かす事を命じかの様な気安さで、大臣に告げた。
「艦隊を召集しろ。“アルビオン”に居る敵を吹きとばせ。3日で片を付けろ」
大臣は、「御意」と何の感情も浮かべ無いで居るかの様な様子で、頭を下げて退出をした。
モリエール夫人は呆気に取られて其の様子を見詰め、直後、ガタガタと震え始めた。
今のは箱庭の遊びでは無い。
たった今、本物の戦の命令が下されたので在った。
「どうしたモリエール夫人? 寒いのか? 小姓、暖炉に薪を焚べて呉れ。夫人が震えて居る」
先程と同じ口調で、ジョセフは小姓に命令をした。
「陛下……おお、陛下……」
「どうした夫人? 由緒有る“ガリア花壇騎士団”の団長が、其の様な臆病では困って仕舞うぞ?」
“降臨祭”が始まった日の事……“シティオブサウスゴータ”から30“リーグ”程離れた雪深い山中を、黒い衣装に身を包んだ一行が歩いて居る。
「山歩きか……慣れぬな」
と呟いたのは、長身の男性。深く冠ったフードの隙間から、精悍な顔が覗く。
ワルドで在った。
隣には、フーケの顔も見える。
彼等はシェフィールドの護衛として、就けられたので在った。
然しフーケには、此処に居るもう1つの理由が有った。
「何処かで聞いた地名だと思ったよ。マチルダ・オブ・サウスゴータ」
ワルドがフーケに向かって、嘗ての名で呼び掛けた。
慣れた様子で足を運ばせ乍らフーケが言った。
「懐かしいね。また此の辺の山を歩く事に成るとは想わ無かったよ」
吐く息が白い。
「何の辺り迄の土地を“サウスゴータ”と称するのだ?」
「“シティ”から此の山脈を含む一帯だね」
「御前の家は、相当な土地持ちだったのだな」
「街は議会が治めて居たよ。名ばかりの太守さ」
「其れでも相当なモノだ」
「まさか昔追い出された土地を案内する事に成るとはね。皮肉なもんだね」
「貴様の父が、“アルビオン”の“王家”に辱められたのは知って居るが……どうして奴等は、貴様の父から此の土地と名前を取り上げたのだ?」
「其りゃ、“王室”の言う事を利か無かったからさ」
「言う事を利か無かった?」
「そうだよ。私の父は“アルビオン”王の分家筋に仕えて居てね……“王家”に“差し出せ”と言われたモノを差し出さ無かったのさ」
「ほう、何をだ?」
フーケは悪戯っぽく笑って、眼の前の男で在るワルドの顔を覗き込んだ。
「あんたが母親の話をして呉れたら、代わりに話して遣っても良いよ」
するとワルドは、顔を背けた。
フーケは不満気に鼻を鳴らした。
「ねえジャン・ジャック・ワルド。あんた、母親と私、何方の方が好き成のさ?」
其の時、後ろを歩くシェフィールドが、2人に声を掛けた。
「其の水源は、もう直ぐ成のですか?」
フーケは立ち止まると、しゃがんで雪を掻き分け……。土に触れた。“トライアングル・クラス”の“土系統”の“メイジ”で在るフーケには、土の中で起こって居る事が判るのだ。況してや此処は生まれ育った地。彼女には、まるで自分の机の引き出しの中の様に、事を把握する事が出来た。
「そろそろだね。全部の井戸の水源じゃ無いけどね……でも、“シティ”の3分の1程の井戸は、此の山から水を引いて居る筈さ」
「十分ですわ」
尚も進み、茂みを掻き分け……開けた岩場へと一行は出た。
雪が積もっては居るが、隙間に水が見える。滾々と湧き出す清水の御蔭で、中心部は凍って居無いのだ。
シェフィールドは、ポケットから指輪を取り出した。
ワルドとフーケは、其の指輪に見覚えが有った。
「其れは……クロムウェルの指輪じゃ成いの?」
フーケが呟き、シェフィールドが首を横に振った。
「別にクロムウェルの指輪では無いわ」
秘書で在るのにも関わらず、シェフィールドは皇帝を呼び捨てに為る。
そんな彼女の態度を前に、ワルドとフーケは顔を見合わせた。
「一体、其の指輪を用いて何を為る気成の?」
シェフィールドは微笑んだ。
彼女の笑みを見るのは初めてだった為に、ワルドもフーケも当惑して仕舞う。
「此の“アンドバリの指輪”は“先住”と呼ばれる“水”の力が凝縮して出来たモノ……成分としては、“水の精霊”に似て居るわ。と言うか殆ど同じ」
「ふぅん」
「“水の精霊”の身体は、“秘薬”の原料として高価で取引されて居る。“水”の力は身体の組成を司る……従って心や身体を操るポーションを造る時に欠かせ無いからよ」
「講義は良いわ。さて、貴女は一体何をしようと言うの?」
「“水”の力が凝縮して出来て居る……詰まりは之だけの量で、街1つを操る事も可能……」
シェフィールドの額が光り出した。
其の陽光をワルドとフーケの2人は見た事が有った。
嘗てルイズの“使い魔”で在る少年の左手が、2人の其々の前で其の様な光を帯びた事が在ったのだ。其の光が発光して居る間、彼の身体能力が跳ね上がり、“武器”を其の道のプロ以上に扱って居た。
シェフィールドの額、髪の隙間には光る文字が見えた。古代の“ルーン”だ。
ワルドは目を細めた。
「あんた、何者だ?」
シェフィールドはもう答え無い。精神を集中させて居る様だ。彼女は指輪を握った手を、泉の上に突き出す。
徐々に、指輪は光り出し……次いで、溶け出した。
シェフィールドの身体から発する熱で溶け出した……其の様にも見えただろう。
ポタッ、ポタッ、と溶け出した“アンドバリの指輪”の雫が落ちて……“シティオブサウスゴータ”に流れ込む水源に波紋を描いた。