ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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敗走

 10日程続く“降臨祭”の最終日とは、何時もと変わらぬ朝に見えた。

 降り続けた雪の御蔭で、街は銀色の世界に変わって居る。

 2人1組で街を巡回して居た“トリステイン”軍の警邏兵の片方が、もう片方に声を掛けた。

「おい、彼処に居るのは、“ロッシャ連隊”の奴等じゃ成いのか?」

「そうだ。何をして居るんだ?」

 1個小隊程の連中は、宿屋の前に集まってコソコソと何かをして居るのだった。

 警邏兵の片方が「おい」と声を掛けるのだが、返事が無い。

 彼等は黙々と動いて居る。

「あれって、火薬の袋じゃ成えか?」

 片方の警邏兵が少しばかり焦った口調で呟いた。

 如何にも火薬が詰まった麻袋で在った。

 “ロッシャ連隊”の兵隊達は其れを宿屋に運び込もうとして居るので在った。

「おいおい、其の宿は倉庫じゃ無えぞ。“ナヴァール連隊”の士官が借り上げてる宿だ。そんな物騒なもん運び込んだら、どやされるぞ」

 警邏兵の片方が近寄って、“ロッシャ連隊”に所属して居る兵隊の1人の肩を叩いた。

 此方を振り向いた顔に、肩を叩いた警邏兵は驚いた。

 “ロッシャ連隊”の連中は皆魂を抜かれでもしたかの様な無表情を浮かべて居るのだ。

 其の顔に何か不吉なモノを感じた警邏兵は、担いた槍を構えた。

「おい! 袋を置け! 置くんだ!」

 次の瞬間、“ロッシャ連隊”所属の別の兵隊がベルトに差した拳銃を無造作に抜き、槍を構えた警邏兵に向けて撃っ放した。

 もう片方の警邏兵は、悲鳴を上げて逃げ出した。

 其の背に向かって、“ロッシャ連隊”所属の兵隊の1人が、短剣を投げ付けた。

 ドウッ、と警邏兵は斃れて仕舞う。

 無言の儘、“ロッシャ連隊”は宿に麻袋を運び入れる。

 其処に火縄を挿し込み、火打ち石で点火した。

 数秒後、巨大な爆発音が起こり、着火した兵隊達毎宿屋は吹き飛んだ。

 

 

 

 街の一等地に位置した宿屋の2回のホールを丸々司令部とした連合軍首脳部は、今後の侵攻作戦について話し合って居た。

「明日で休戦は終了ですな。補給物資の搬入は、今日の夜迄に全て終わりそうです」

 と参謀総長のウィンプフェンが羊皮紙の目録を見乍ら報告をした。

「間に合ったな。然し休戦期間中、“アルビオン”の騙し討が在ると想ったが……」

「向こうも余裕が無いのと違いますかな? 敵は準備が整わず、自家を稼ぐ必要が有ったのですよ。だからこそ、早期に決着をと……」

 不満気な顔でハルデンベルグ侯爵がそう言った。

 ウィンプフェンがジロリと睨んで文句を言いた気な様子を見せるので、ド・ボワチェは2人の間を執り為した。最高指揮官の仕事とは、配下の将軍達の軋轢の緩衝に成る事だと彼は理解して居たのだ。

 其の時……ドアがノックされた。

「誰だ? 軍儀中だぞ」

 ウィンプフェンがそう問えば、「“王室”拠り御届け物です。今朝の便で届きました」、と答えが返された。

 届いた品は、“王室”の紋章が彫られた豪華な木箱で在った。手紙も付いて居る。財務卿の押印が付いて居る。

 其れを見た瞬間、ド・ボワチェの顔色が変わった。手紙を貪るかの様子に読み耽る。読み終わった後、晴れ晴れとした顔でド・ボワチェは呟いた。

「財務卿閣下は豪気な御方だ!」

 ド・ボワチェは急々と箱の蓋を開けた。

 ウィンプフェンとハルデンベルグも覗き込む。

 箱の中から現れたモノを見て、2人の目が真ん丸に見開かれた。

「おおおおお!? 元帥杖では在りませんか!」

 如何にも、其れは黒檀に“王家”の紋章が金色で彫り込まれた見事な元帥杖で在った。

 顔が映る位にピカピカに磨き上げられた其れを見詰め、ド・ボワチェは歓喜の声を漏らした。

「先日、私の正式な元帥昇進が決まったらしい。“此の杖で残りの連勝街道を指揮為されよ”と追って書きが付いて居るわ。財務卿も憎い事を為る」

 戦争は未だ終わっては居無いが、連合軍は現在連戦連勝で在ると言えるだろう。敵軍は首都に閉じ籠もり、出て来無いのだ。包囲して勝利を収めるのは時間の問題と、本国で在る“トリステイン”の方も此処現場指揮官達も判断して居たのだ。「最後の決戦を、元帥杖で指揮させて遣ろう」、と云う、財務卿の粋な計らいで在ろう。

「御目出度う御座います、閣下」

 ハルデンベルグとウィンプフェンが、手を叩いた。

「何……之で気を引き締めよ、との事だろう。油断は為らぬぞ。油断は」

 と、溢れ出る笑みを抑え切れずに、ド・ボワチェが言った。

 其の瞬間――。

 ドォーーーンッ! ドンッ! などと窓の外から断続的な爆発音が聞こ得て来た。

「何の騒ぎだ?」

 怪訝な表情を浮かべて、ド・ボワチェは元帥杖を握った儘、窓に近付いた。

 窓の外は、広場に面して居る。

 一方から兵隊が疾走って来て、ド・ボワチェ達が居る方を指指して居る。

 羽織った上着に大きく描かれた紋章から、何処所属の連中かは直ぐに判った。

「彼奴等は、“ラ・シェーヌ連隊”の兵では成いか」

 此処から離れた、街の西側に駐屯して居た連隊で在る。

 ド・ボワチェは、(其の一部隊が、どうしてこんな所に居るんだろう? 而もキッチリ武装して……)、と疑問を抱く。

 ハルデンベルグ侯爵も、ド・ボワチェの隣に近付いた。

「我が軍の兵隊も居ますな。移動命令など出して居無いのだが……」

 2人して、顔を見合わせた其の次の瞬間……。

 兵隊達は、持った銃を2人が居る窓に向けた。

 伏せる選りも、一斉射撃の方が早かった。

 ド・ボワチェが最期に見たモノは、自分の握った元帥杖が縦断を喰らい、粉々に成る瞬間で在った。

 

 

 

 窓の側に立ったド・ボワチェとハルデンベルグ侯爵が、蜂の巣に成って斃れるのを見たウィンプフェンは、呆然と立ち尽くして仕舞った。何が起こったのか理解出来無かった、否、したく無かったのだ。

 次の瞬間、部屋に1人の士官が飛び込んで来た。

「反乱です! 反乱が起こりました!」

「反乱だと?」

「“ロッシャ連隊”、“ラ・シェーヌ連隊”など、街の西区に駐屯して居た連隊及び一部“ゲルマニア”軍が反乱を起こしました! 現在街の各地で我が軍と交戦中です! 此処も危険です!」

 士官は、割れた窓と斃れたド・ボワチェとハルデンベルグ侯爵に気付き、ウィンプフェンに向かって直立をした。

「ご、御命令を! 総司令閣下!」

 

 

 

 

 

 “シティオブサウスゴータ”に駐屯して居た連合軍の崩壊は早かった。

 全く予想すらして居無かった反乱で、指揮系統は混乱をして仕舞ったのだ。と云うか原因すらも理解らぬ反乱で在った。特に兵から不満の声が上がって居ると云う報告も無ければ、内通者を臭わせる動きも無かったからだ。

 当に反乱は突然に始まったのだ。

 兵隊も対応に窮して仕舞った。何せ、相手は、先日迄一緒に戦い、勝利を祝った戦友達で在る。其れがまるで腑抜けたかの様な無表情で、自分達に武器を向けて来るのだから。

「撃てぇ!」

 指揮官がそう叫んでも、“王軍”の銃兵達は引き金を引く事に躊躇いを覚え、動けずに居る。弓兵は番えた矢を放て無いで居る。槍兵は槍で突く事が出来無い。

「……う、撃てません。隊長殿」

「ええい! 馬鹿者共が! “王軍”に叛旗を翻した奴等だぞ!」

 指揮官は静々と無表情に迫って来る反乱兵に向けて“魔法”を唱えようとしたのだが……先頭に立つ指揮官に気付き、首を横に振った。

「マルコ! 俺だ! モーリスだ! 一体何が在った!? 何で俺達に“杖”を向ける!?」

 返事は言葉では無く、銃弾で在った。

 足元に着弾した弾に身を竦め、隊長で在るモーリスは後退を命じざるを得無く成って仕舞った。

「くそ! 退け! 退却だ!」

「ど、何処迄退却すれば宜しいんで……?」

「知るか! 兎に角退け!」

 昼前には、市内の防衛戦は崩壊し、至る所で“王軍”は壊走を開始する羽目に陥って仕舞った。

 そして……彼等にとって遂に恐る可き報せが、偵察の“竜騎士”から齎されたので在る。

 “ロンディニウム”の“アルビオン”軍主力が、動き出したと云うので在る。真っ直ぐに

 此の“シティオブサウスゴータ”を目指して、進軍中だと云うのだ。

 街の外れに臨時の司令部を置いたウィンプフェンは決断を迫られ、決めざるを得無く成った。元拠り勇猛さとは程遠い、作戦肌の参謀長だった男で在る。

「“ロサイス”迄退却する。此処はもう駄目だ」

 指揮下の全軍に退却命令が出された。

 

 

 

 

 

 勝利に沸いて通って来た道を、反乱に因って30,000に数を減らして仕舞った敗軍は引き返した。

 何の顔も疲れ切り、絶望の色が浮いて居るのが見て取れた。

 敗軍の中では、「ド・ボワチェ将軍自身が組織して裏切ったのだ」、とか、「否、将軍は戦死されたのだ」、「未知の“魔法”で彼等は操られて居るのだ」と見事に推測為る者も居れば、「大金を掴まされたのだ」、などなど……真偽入り混じった色々な噂が飛び交った。

 然し、将も士官も兵士も、そんな噂選り、一番関心が有ったのは、生き残る事で在った。他の動物と同じく生存本能だけが、逃げ出す彼等の頭の中に渦巻いて居るのだった。

 反乱勢だけでは無く、“アルビオン”主力も追撃に加わったと云う事で、混乱は頂点を極める事に成った。

 ぞろぞろと連合軍の軍勢は細く長く延び、“ロサイス”へと通じる街道を我先にと敗走した。

 そんな中に、当然俺とシオン、ルイズと才人の姿も在った。

 剣を担ぎ、才人は隣をトボトボと歩くルイズに声を掛けた。

 “降臨祭”の1日目の朝、部屋に帰って来た時からマトモに2人は口を利いて居無いので在った。

 だから之は略10日振りに口を利く瞬間で在ったのだが……出て来た言葉は辛辣なモノで在った。

「何処が名誉の戦だよ」

 ルイズは、才人の言葉に、寄り俯いてしまう。

「周りを見ろよ」

 騎乗した士官の一団が、「退け退け!」、と怒鳴って一目散に駆けて行くのが見える。歩兵の一団が、驚いて道を左右に開けた。もう、銃兵成のか区別は着か無い。皆、重たい武器などは打ち捨てて、逃げ出して来たからで在る。

「どいつも此奴も、自分が生き残る事しか考えて無い。昨日迄、“王軍の勝利万歳”だの、“我等の正義は絶対に勝つ”だの、“名誉の戦死を遂げて遣る!” とか息巻いて居た連中がだぜ?」

 ルイズは答える事が出来ず、唯、トボトボと歩いて居る。

「ギーシュも。ルネ達も無事だと良いんだけどな……」

 遠い目で才人は言った。

 

 

 才人とルイズは、「反乱だ反乱!」などと云う叫びで目を覚ました。

 遣って来た“王軍”の遣いに臨時の司令本部と遣らに案内されたが……其処はもう蛻の殻で在った。全員、真っ先に逃げ出した後で在ったので在る。伝令に依り「総員退却」の命令が下されたのは、其の直後の事で在った。

 

 

 才人は振り返った。

 後ろには、スカロンやジェシカ、そしてシエスタを始め、“魅惑の妖精亭”の女の子達が続いて居る。

 退却命令が出た時に、才人は、シエスタ達が心配に成り、真っ先に“魅惑の妖精亭”の天幕に駆け付けたので在る。案の定彼等は退却命令など露知らず、「一体何事?」、とオロオロして居たのだ。そんなシエスタ達や他の酒場の人達と一緒に才人は逃げ出した。

「ホントに名誉在る“王軍”だよなあ。こう遣って自分達に励ましに来た人達を見捨てて逃げよう何て、最高の名誉だ」

 ルイズは口を開く事も無く、トボトボと歩いて居る。

「理解ったろ? 名誉何て何処にも無えんだよ。先生が言ってた意味、理解ったぜ。人間、何かホントの事が在るとしたら……生きようって気持ちだけ何だ。だからこん何、皆して一生懸命に逃げ出してるんだ」

 才人は理解った様な事を、偉そうに捲し立てた。気が滅入って何か喋らずには居られ無かったので在る。実際、此の戦、此の時点に於いて、才人が学び、感じ取ったモノは其れで在った。

「屈辱だわ」

 とルイズは遣っと口を開いた。

「屈辱? 俺は此方の方が好きだな。“名誉の勝利だ!”、“正義だ!”、何て騒いで居る選り、よっぽど正直で、ホントって感じが為るよ」

 

 

 

 

 “ロサイス”に真っ先に到着をしたウィンプフェンを始めと為る連合軍は、本国への退却の為の打診を行った。

 事情を呑み込めて無い“王政府”からの返答は「徹底ハ許可セズ。事情ヲ詳シク説明セヨ」と短いモノで在った。連合軍の半数が寝返りド・ボワチェが戦死した、と云う事実をマトモに受け止めて居無い様子だ。「偽報では成いか?」、と疑って居る様で在る。

 ウィンプフェンは本国政府を責める気に成れ無かった。(恐らく自分だって、あんな報告を送られたら信じる気には成れ無いで在ろう)、と理解して居るのだ。

 続々と敗軍は“ロサイス”に集結しつつ在った。

 ウィンプフェンは、本国と折衝を開始した。「此の儘では全滅で在る」、と何度も繰り返し強弁に訴えた。遣っとの事で、退却の許可が出た時には……半日が過ぎて居た。貴重過ぎる半日で在る。連合軍の命取りとも云える半日で在った。

 敗軍が乗船を開始した時……偵察に向かった“竜騎士”から更成る凶報が届いて仕舞った。“ロンディニウム”から発した“アルビオン”軍主力の進撃が、予想選り早いので在る。

 此の儘では……。

「明日の昼には、敵軍の主力は此処“ロサイス”に突っ込んで来るでしょう」

 と、地図を見乍ら部下の参謀達が分析をした。

「全軍が乗船為るには、何れ程の時間が掛かる」

 兵站参謀が答えた。

「凡そ、明後日の朝迄掛かるかと。“ロサイス”の湾岸施設は巨大ですが、何せ軍港です。陸兵を乗せる為の桟橋の数が少ないのです」

 ウィンプフェンは頭を抱えてしまった。

 彼は、許可を得る前から撤退を準備為る可きで在ったのだ。然し、ウィンプフェンは保身に走って仕舞った。抗命罪で吊るされる事を恐れた結果で在る。

「敵軍の足をまる1日止める必要が在ります」

「80,000の……否、我が軍から離反した兵たを合わせて110,000の大軍をか? そんな大軍を足止め出来る部隊が何処に在る?」

 空から砲撃を加えようにも、戦列艦も既に撤退に投入して居る。其れに、散開して進軍する軍勢に、艦砲は余り役に立た無いので在る。

 時間稼ぎに投入しようにも一目散に逃げ出した兵達は重装備を尽く失て居た。

 ウィンプフェンは考えた

 考えに考え抜いて……其の先に閃いた。

「……そうだ。あれを使おう」

「あれとは?」

「切り札が有るじゃ成いか! 我が軍には切り札が! 今、あれを使わずして何と為る! 伝令!」

 

 

 

 

 

 ルイズとシオンの元に伝令が遣って来たのは撤退の為の乗船を待つ、天幕の中で在った。

 此の天幕の中には、ルイズと才人、そしてシオンと俺が居る。

 時間は夕刻が近付く頃。

「私?」

 伝令の兵士は随分と焦った様子を見せて居る。まるで今現在、連合軍が置かれた苦境を体現でもして居るかの様に、焦って居るのだ。

「ミス・ヴァリエール! ミス・エルディ! ウィンプフェン司令官が御呼びです!」

 其の時に成って初めて、総司令官のド・ボワチェやハルデンベルグ侯爵の戦死を知ったルイズとシオンで在った。

 連合軍の混乱は相当なモノで在る。

 司令部に向かうルイズとシオンに、才人と俺もくっ着いて行った。彼は、何か嫌な予感を感じ取ったので在る。

 其れは、命令を受け取り、司令部から出て来たルイズが蒼白な顔色をし、シオンは沈鬱な表情を浮かべた。

「どうしたんだよ? 何を命令されたんだよ?」

 そう才人が尋ねるのだが、ルイズは答え無い。真っ直ぐに前を見て……ツカツカと“ロサイス”の街外れに向かって歩き出す。

 先程迄居た、乗船を待つ為の天幕が在る方向では無い。

 街外れの寺院の前迄遣って来て……其処に居た馬丁から馬を受け取った。

 馬丁は、ルイズとシオンに頭を下げると直ぐに、逃げる様にして桟橋の方角へと去って行く。

 馬に跨ろうとしたルイズの腕を才人は掴んだ。

「おい! 何処迄行くんだよ!? そっちは街の外じゃ無えか!」

 生気の感じられ無い声で「離して」とルイズが呟いた。

 其の様子に尋常じゃ無いモノを感じて、才人はルイズに怒鳴った。

「言えよ! 先刻司令部で何を命令された!? おい!?」

 ルイズとシオンは答え無い。唯唇を噛むばかりで在る。

 才人はルイズの手から命令書を取り上げた。

 羊皮紙に、彼にとって訳の理解ら無い文字と、地図が載って居る。

「読め無え。何て書いて在るんだ?」

 ルイズとシオンはキュッと唇を噛んだ。

「言えよ! 何て書いて在るんだよ!?」

 背負ったデルフリンガーが、ルイズの代わりに読み上げた。

「おお、殿軍を受け持つのか。名誉じゃ成えか」

「殿軍って何だよ?」

 才人も其れを理解して居る。其の言葉の意味を理解して居るのだが、理解したく無いのだろう震えた声で訊いた。

「ふむふむ、主力が逃げ出す為の時間を稼ぐって訳か。敵軍110,000を2人で足止めしろと。素晴らしい成え」

 才人は色を失い、呆然として呟く。

「何だよ其れ?」

「結構細かく指示して在るなあ。ほうほう、 “此処から50リーグ離れた丘の上で、待ち構えて虚無を撃っ放せ”と。“敵に見付からぬよう、陸路で向かえ”と。で以て“魔法が尽きる迄撃ちま呉れ”ってか。“撤退も降伏も認めず”。ははぁ、詰まりは街道の死守命令かぁ。簡単に言うとだな、“死ぬ迄敵を足止めしろ”と。そう言う命令だよ」

「……おい、何だよ其れ。巫山戯ん無よ」

 才人はそう言って、ルイズの肩を握った。

「誰も巫山戯て何か無いわ。現実よ」

「“現実よ”って御前、馬鹿か? 将軍共、御前達に“死ね”って言ってるんだぞ? 完全に道具扱いだ。否、道具処じゃ無えよ。捨石だよ! 捨石!」

「仕方無いじゃ成い」

 ルイズは力無い声で返した。

 才人は、呆れた様子を見せる。

 ルイズは出逢った頃から何1つ変わって居無いと云えるだろう。そう、今も尚、ルイズは認められたいのだ。実家に反対されても参戦したのは……認められたいからだ。「ゼロ」、「ゼロ」と呼ばれて、馬鹿にされて居たルイズ。其の頃……ルイズの夢は実家の両親やクラスメイトに認めて貰う事だった。だからフーケ捜索に、ルイズは志願したのだ。

 だが、“虚無”……ルイズは、自分が“伝説の系統”に覚醒めてからは、違うと云えるだろう。もっと大きな何かに認めて貰いたがって居るのだ。

 才人は其れが何成のか判ら無かった。

 ルイズ自身もまた判って居無い。だから、自分に言い聞かせる様な口調に成って仕舞うのだ。

「良い加減にしろよ。御前、意地張ってるんだろ? ほら、酒場で死ぬの死な無いの話に成ったから……理解ったよ。良いからもう止めろ。御前は凄いよ。認める。だから逃げよう。な? こんな命令、無視して逃げよう。な? シオン、御前もだ」

「何処に逃げるの? 此処は敵地よ」

「意地張る無よ!」

 ルイズの言葉に、才人は怒鳴る。

 ルイズは真っ直ぐに才人を見詰め、キッパリと言った。

「意地を張ってる訳じゃ無い。私が逃げたらどう成るの? 味方は全滅だわ。あんたのメイドも、“魅惑の妖精亭”の皆も……ルネやギーシュ達もどう成るか判ら無い。殺されるかも知れ無い。辱められるかも知れ無い」

 才人は、其の事実に気付き、ハッとした様子を見せる。

 ルイズが決心した理由……其れは、自分の名誉の為だけでは無いのだ。

 そうしてルイズは、酒場での件を想い出し、言葉を続けた。

「私だって犬死は嫌よ。でも、味方を逃がす為に死ぬのは仕方無いと想う。其れは……本当の意味で名誉な事だわ。ねえサイト、あんたは名誉を下ら無いモノだって馬鹿にしてたけど、こう言う名誉だって在るのよ? 皆の為に死ぬ。立派な名誉じゃ成い。違う?」

 言い包められそうに成った才人だが、どうにか説得を続けようと為る。

「じゃあ俺達も死ぬのか? 俺も一緒成のか? 皆を救う為に、御前は俺達を犠牲に為るのか?」

 ルイズは暫く才人を哀しそうに見詰めて居たが……首を横に振った。

「あんた達は逃げて。私達に付き合う事は無いわ」

「何だって?」

「“ヴュセンタール号”に積みっ放しでしょ、あんたの飛行機械。あれを使ってあのメイドと、シオンとセイヴァーと一緒に“東の世界(ロバ・アル・カリイエ)”に向かえば良いわ」

 ルイズの目が潤み出した。そうして、泣きそうな声でルイズは言った。

「あんた……こないだ言ったわよね。“俺は御前の道具成のか?”って。ばっかじゃ無いの。道具ってのはね、もっと便利なモノを言うのよ。あんたみたいに、面倒で言う事利か無い奴の事何か道具だ何て言わ無いわ。あんたはあんた。帰る可き世界が在る、唯の男の子。私の道具何かじゃ無い」

「ルイズ……」

 才人は目を瞑った。其れから決心した様に、言った。

「理解った。もう止め無い。でも、ちょっと待ってろ」

「え?」

「俺達の世界には、こう言う時、乾杯して別れるんだ。未だ時間在るだろ?」

「ええ。ちょっと成ら……」

 才人はキョロキョロと辺りを見回し、寺院の側の空き地に在る、補給物資の山に気付いた。

 “シティオブサウスゴータ”に送る筈が、どさくさで放置された儘成のだろう。見るとワインの箱で在った。

 才人は、「“アルビオン”は麦酒(エール)ばっかり!」と文句を言って居たスカロンの顔を、想い出した。

 才人はワインの瓶を1本、取り出した。

「敵に盗られる位成ら、失敬したって構わ無えだろ」

 ルイズは隣に在る寺院を見詰めた。其れから才人に向き直った。そして、少しばかり頬を染める。

「ねえサイト」

「どうせ乾杯する成ら、1つだけ、御願いが有るの」

「言ってみろ。何でも言う事利いて遣るよ」

 するとルイズの答えは……才人の想像を超えて居た。

「結婚式したいの」

「……はぁ?」

 ルイズは顔を真っ赤にして、怒鳴った。

「勘違い為無いで。あ、あんたの事何か好きじゃ無いわ! 唯……結婚も為無いで死ぬのが嫌なだけよ。結婚式と遣らをしてみたいだけよ!」

 そんなルイズの言葉に、俺とシオンは思わずクスリと来てしまった。

 

 

 

 其の寺院には、誰も居無かった。連合軍が占領した時に、此処に居た神官が逃げ出したのかも知れ無い。

 馬を門に繋ぎ、俺達4人は中へと入る。

 誰が掃除したモノか、とても綺麗に掃き清められて居るのが一目で判る。

 ステンドグラス越しの夕陽が、中を荘厳な雰囲気に仕立て上げて居た。

 静謐な空気の中、ルイズは祭壇の前に立った。

「“アルビオン”って言うと、結婚式だな」

 ルイズは眉を顰め、シオンは俯いた。

「嫌な事想い出させ無いで」

「確かあの時は挙げ損なったんだっけか?」

 ルイズは首肯いた。

「そうよ。誓いの言葉を、私口にし無かったわ」

「そっか……」

 ルイズは“始祖”の像を見上げた。

 ルイズとシオンは、其の荘厳な雰囲気に打たれ、暫く膝を突いて黙祷を為る。

 ルイズは祈り乍ら想った。(どうして結婚式を挙げよう何て想ったんだろう? 形が欲しいのかしらね? 私とサイトの間には、何にも無いから……結局サイトの告白にはちゃんと応えて無かったし、応える暇も無かった。最期だし、自分の気持ちに少し素直に成ってみよう。そんな風に想ったから、結婚式をしたい、何て想ったのかしら……?)、と考える。心は千々に乱れ、答えは出無い。

 暫く祈り……ルイズが目を開けると、才人がワインのグラスを持って居るのが見えた。隣には、グラスを持ったシオンが居る。

「此のグラスどうしたの?」

「其処の祭壇に、飾って在った。神様用のだけと、良いよな? こう云う場合だし」

 ルイズは微笑むと、グラスを受け取った。

「2回目だ」

 と才人が言った。

「何が?」

「御前が俺に笑ったの。あんだけ一緒に居て、2回だぜ? そんな相手と結婚したいだ何て、どうかしてるよ」

 ルイズは、自身が笑顔を浮かべた回数を才人が数えて居た事も在って、嬉しく成った。

「言ったじゃ成い。してみたいだけよって」

 だが言葉はぶっきら棒で在る。やはり中々素直に成り切れは為無い。

 ルイズは、才人は、俺達4人は皆で杯を合わせた。

「あんたが帰える方法。一緒に探して上げられ無くて御免ね」

「気にすんな」

 俺達4人は、ワインの杯を呑み干す。

 照れと酔いの両方からだろう、ルイズは頬を染めた。

「結婚式って、どう遣るんだ?」

「私も詳しくは知ら無いわ」

「俺が執り為そうか?」

「別にし無くても良いわよ」

 いざ結婚式と成って戸惑う才人とルイズに、俺が言葉を掛ける。

 が、ルイズは拒否した。

「良いのかよ? そんなテキトウで」

「良いわよ。どうせあんただし」

 ルイズは才人の手を握った。

「誓いの言葉、言わ為くちゃ」

「でもあれって、神官が居成為くちゃ締まら無えよな」

「文句ばっかり言わ無いで。じゃあどう為るのよ?」

 才人は真っ直ぐにルイズを見詰めて、言った。

「俺は御前が好きだよ。ルイズ」

「な……何よ……馬鹿……誓いの言葉、言わ為きゃ駄目じゃ成いの」

 行き成り「好き」と言われてしまい、ルイズは顔を真っ赤にした。彼女の身体が歓喜で震える。

「嘘じゃ無い。俺は御前に逢えて良かった。そう想う」

 ルイズは軽く俯いた。(言う成ら今しか無い。シオン達も居るけど……)、とそう想った。

「わ、私も……」

 其の先を言おうとした時……不意にルイズは眠気に襲われて仕舞う。

「あ、あれ? 私……」

 突然の其の眠気は強力だった。

 ルイズの眼の前が真っ暗に成って行く。

「あんた、ワインに……」

 其の先は言葉に成ら無かった。

 ルイズの身体から力が抜けて仕舞ったのだ。

 倒れそうに成ったルイズを、才人は支えた。そして、ポケットから小瓶を取り出す。つい此の前、シエスタから貰った“魔法”の“睡眠薬”だ。

「流石“魔法”。強力だな。けど、どうして御前等には利いて無いんだ?」

「理解ら無い」

 此方が何事も無かったかの様にして居る俺とシオンを前に、才人は(予定と違う)と云った風に驚いた様子を見せる。

「俺には、“対毒及び耐毒、そして耐薬”の“スキル”が有る。シオンは其の恩恵、まあ、俺からの加護に因るモノだろうな……」

 

 

 

 才人がルイズを抱えて、俺達は外へと出る。

 夕陽が落ち切って居るのだろう、辺りは薄暗い。

「冷える……」

 才人そう呟くと、側から声がした。

「やあ、“使い魔”君、そしてミス・エルディ」

 寺院の扉の隣に、壁を背にして白に近い金髪の美少年が腕を組んで立って居た。沈んで行く夕陽を受けて、青い方の瞳が輝く。

 “ロマリア”の神官にして“竜騎士”にして、“ヴィンダールヴ”、“ライダー”の“クラス”の“サーヴァント”で在るジュリオで在った。

「何だ御前、覗いてたのかよ。趣味悪いな」

「全く、式を挙げる成ら呼んで呉れよ。之でも神官何だよ」

 笑みを絶やさずに、ジュリオは言った。

 ジュリオ・チェザーレ。

 此度の“聖杯戦争”で“ライダー”の“クラス”の“サーヴァント”としての力を得た青年。

 彼は“サーヴァント”で在り乍らヒトでも在る。

 “時空間から切り離された得意な空間――英雄や反英雄達の魂が在る空間――英霊の座”にアクセスして力の一端で在る“宝具”を召喚し使用為る――“限定展開(インクルード)”、そして自身の肉体を媒介とする事で其の本質を“英霊の座”に居る“英霊”と置換する“夢幻召喚(インストール)”、などが可能な“サーヴァントカード(クラスカード)”に依るモノでは無い。

 “高次元の生命で在る神霊や、霊基が作り辛いまたは霊基数値が足り無い英霊を人の器に入れる事に依って無理矢理召喚したモノ”――“疑似サーヴァント”でも無い。

 “人間がサーヴァントと憑依融合した存在”――“デミ・サーヴァント”でも無い。

 だが、何方かと言って仕舞ので在れば、“疑似サーヴァント”や“デミ・サーヴァント”と似通った存在。

 其れが今の彼だと云えるだろう。

 “伝説の系統”――“虚無”の“使い魔”の1人で在る“ヴィンダールヴ”としてヒトの状態の儘に喚ばれ、尚且つ其の“ヴィンダールヴ”の特性上“ライダー“の”クラス“に割り当てられた特異な存在。“騎乗”や“動物会話”などを、“憑依した英霊が持つスキルを1つだけ継承し、自己流に昇華する特殊スキル”――“憑依継承(サクスィード・ファンタズム)”として保有し、“デミ・サーヴァント”などと同様に、“霊体化”出来ず、食事や睡眠を必要と為る存在。

 “英霊の座”に本体を置き乍らも其処は空っぽで在り、其処に居る“英霊”の分け御霊で在り“役割(クラス)”を割り振られ“サーヴァント”として“召喚”され、直後に“受肉”し、“サーヴァント”で在り乍らもヒトで在る俺とも違った存在。

 今の、ジュリオ・チェザーレは、ヒトで在り、其処から離れた“ヴィンダールヴ”、更に上位の“サーヴァント”で在る。其の為、ダメージに因る死は免れ無いが、原則として“霊的”及び“魔力的”で成いと干渉出来無い事も在って、此の世界に於いては、誰も敵わ無いだろう存在に近しい。

 彼等は、今の所、ルイズに対してどうこう為る積りなどは一切無い。況してや彼等の目的の為には必要な存在で在り、寧ろ手厚く保護や看護為るだろう程。

 其れを、内では感じ取って居るのか、“ガンダールヴ”としての“ヴィンダールヴ”への信用と信頼からだろうか。

「丁度良い。ルイズ達を頼む」

 壊れ物を扱う様にルイズを両手に抱いて、ジュリオは応えた。

「任せて於いて呉れ。無事に“フネ”に届けるよ」

「シオン、君もだ」

「セイヴァー……」

「君には為る可き事が有る。そうだろ?」

「…………」

「其れに、私は“剣”だ。“盾”だ。君の“サーヴァント”だ。之が本来の運用方法成のだよ。だから――」

 一泊置いて、俺は再び言葉を紡ぐ。

「そんな顔を為無いで呉れ」

「……セイヴァー」

「私と君には繋がり(パス)が在る。だから其れで判る筈だ。問題無い。私は此の世界では、神様すらをも斃して仕舞得る存在だぞ?」

 シオンは俯き、血が出る程に唇を強く噛み締め、首肯いた。

 才人は手を振って馬に跨ろうとし、俺も続く。

「有り難う、“マスター”。大丈夫、行って来るよ」

 そんな才人と俺とを、ジュリオは呼び止める。

「何処に行くんだい?」

 詰まら無さそうな声で、才人は答えた。

「逃げるんだよ」

「方向が逆だな。そっちは“アルビオン”軍が居る方角だよ」

「そうか」

 気にした素振りを見せる事も無く馬に跨った才人、そして其れに続く俺に対し、ジュリオはまたもや呼び止める。

「1つ訊きたいんだが」

 場上から才人は答えた。

「何だよ?」

「どうして行くんだ? ハッキリ言うが、セイヴァー君は兎も角、君は確実に死ぬよ。名誉の為に死ぬ、そん成のは馬鹿らしいんじゃ成かったか?」

 才人は、自身に向けられた質問に少しばかり考え込んだが……やれやれと云った風に眉を顰めて首を横に振り、口を開いた。

「言っちまったからなあ」

「何を?」

「好きだって、言ちまった」

 ジュリオは大声で笑い出した。

「あっはっは! 僕達“ロマリア”人の様な男だね、君は!」

 顰めっ面の儘、才人は腕を組んだ。

「否、好きな女の子の為と言う選りは自分の為の様な気がする」

「良ければ其の意味を教えて呉れ」

 才人は、真っ直ぐ前を見て、言った。

「此処で行か無かったら、好きって言った其の言葉が嘘に成る様な気がするんだよ。自分の言葉が嘘に成るのは赦せ無い。自分の気持ちが、嘘に成るのは堪ら無い」

 ジュリオは額に指を立てて、悩む仕草をした。

「俺、可怪しい事言ってるか?」

「君達は“貴族”では無いし、僕も“貴族”では無いが」

「うん」

「其の考え方はとっても“貴族”らしいと想うよ」

「褒めてんのか? 其れ」

 手綱を握り締め、才人は自身が跨る馬の腹を蹴飛ばした。

 暗く成り始めた道を、才人と彼が跨る馬は真っ直ぐに駆けて行く。

 其の背を見送り乍ら、微笑を浮かべて小さくジュリオは呟いた。

「随分と不器用だねぇ。“ガンダールヴ”」

「全く其の通りだな。皆不器用だ」

「訊く迄も無い事だろうけど、一応、君の考えも聴いて置きたい」

「俺は自己満足の為だ」

「其れは君が嫌うモノだろう?」

「勿論嫌って居るさ。だが、此の世界に於ける殆どの物事は其れに起因する。相手に対して善行を働いたとして、其の後の相手の笑顔を見て、あぁ良かった、と想うだろう? そう言うモノだ。其れに、“サーヴァント”とは、“マスター”の盾でも在る。何選り――」

 其処から先の言葉を、口には出さず俺は噤む。

「そうか、君はそう言う存在(英霊)何だね」

「ああそうだ。なあ、“ロマリアのライダー”、頼みが有る」

「何だい?」

マスター(シオン)達を頼む」

 そう言って、俺も跨る馬の腹を蹴り上げ、シオンとジュリオの視線を背中で感じ乍ら、薄暗い街道を“騎乗スキル”を活用して疾走り抜けて行く。

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