「どうだい? 之が杖付剛毛精霊勲章さ」
ギーシュは得意気に鼻を蠢かして、クラスメイト達に白い毛の縁飾りが付いた勲章を見せびらかして居た。クラスメイト達は、皆一様に「ほぉ~~~っ」、と溜息を漏らす。
「剛毛じゃ無くて、白毛じゃ成いのか?」
誰かにそう突っ込まれ、ギーシュは顔を赤らめた。
「ああ! そうとも言うな! 白毛勲章!」
ギーシュは教室の隅っこを、チラッと見た。
其処にはモンモランシーが居る。
クラスメイト達はギーシュの周りに集まって居ると云うのに、彼にとって肝心で在るモンモランシーと来たら、机に肘を突いて、詰まら無さそうな様子で窓の外などを見詰めて居るのだ。
ギーシュは、(此方に来て、自分の話を聞いて欲しいのに……)、と切無く成った。
「凄いな……ギーシュ、おまえが指揮した中隊が、“シティオブサウスゴータ”への一番槍を果たしたんだろ?」
「まあね」
と鼻高々にギーシュは、首肯いた。
皆して口々に、偉大な戦果を上げたクラスメイトを褒めそやす。
「いやぁ、ギーシュ。正直俺達、おまえの事を単なる口だけ野郎と想って居たけど、認識を改め為くちゃ行け成い様だな!」
「凄いわ! ギーシュ! 見直しちゃったわ!」
ギーシュは、之でもかと言わんばかりに仰け反った。其れから足を組み、得意気に指を立てた。
「僕と、其の勇敢な部隊が“オーク鬼”の一部隊を殺っ付けた時の話をして上げよう」
おお~~~っ、とどよめきが起こる。
またもギーシュはモンモランシーの方を見た。
すると彼女は、切無気に溜息などを吐いた。
ギーシュは、(何で溜息何かを吐くんだ、モンモランシー……)、と増々哀しい気持ちに成った。そして、そんな彼女の気を引く為に、ギーシュは殊更大きな声を上げるのだ。
「崩れた壁に取り着いた時、中から“オーク鬼”が次から次へと出て来た! 其の時僕は、配下の鉄砲隊に向かって冷静に指揮を下した! 第一小隊! 前へ! 構え! テーッ!」
テーッ!、と言う時、ギーシュは薔薇の“杖”を振り下ろした。
「其れでも敵は怯ま無い! 此処で“魔法”だ! 僕はこう薔薇を振り上げて、“魔法”を唱えたね! “アース・ハンド”!」
土が手の形に変化し、地面から伸びて、対象の足を掴む足止めや妨害の為の“呪文”だ。
然し、教室の中成ので土は無い。何も起こら無かった。暫し、妙な沈黙が流れる。
「ドッカーン! 其処で“ワルキューレ”の登場だ!」
気を取り直すかの様にしてギーシュは再び“杖”を振る。
舞い散る造花の薔薇の花弁が、7体の“ワルキューレ”へと変化した。
「倒れた“オーク鬼”達に、果敢に飛び掛かる僕の勇敢な“ゴーレム”達!」
7体の“ワルキューレ”は、戦いの演舞を踊り始める。
そんなギーシュの“ゴーレム”に、誰かが“風”の“呪文”を唱えた。
ボンッ! と“ワルキューレ”は7体全て吹っ飛ばされて仕舞い、床に転がる。
「誰だ!?」
厭味っ足らしい笑みを浮かべた、ド・ロレーヌがギーシュを見詰めて居る。嘗て、成績の良いタバサを妬んで、決闘を吹っ掛けた少年で在った。
「此の位の“風”の“魔法”で吹っ飛んで仕舞う君の“ゴーレム”が、良く“オーク鬼”の1撃に耐えらえたな?」
「う……」
ギーシュは、冷や汗を垂らした。調子に乗ってつい、話を大きくして仕舞ったのだが、実際に此の様にして吹き飛ばされて仕舞うとは想像して居無かったのだから。
「否其の……囮だよ囮! 僕の“ゴーレム”を囮にして、敵を引き付けた所で一斉射撃!」
「おいおい、先刻から聞いてれば、活躍したのは銃兵みたいだな。おまえの“魔法”は転ばせただけ? 大した活躍だな! ギーシュ!」
「は、配下の兵の手柄は指揮官の手柄じゃ成いか!」
「だったら、自分の“魔法”の事何か言わ無きゃ良いじゃ成いか。其の式振りで感心させて呉れよ。然しなあ、おまえにまともな指揮何か出来たのか? 大方、副官辺りに任せっ放なしだったんじゃ成いのか?」
図星で在る為に、悔しい気持ちを抱いたが、ギーシュは此処で我慢する事が出来た。ムキに成ったりするのは、ギーシュの美学に反するので在る。
ギーシュが「さて話を続けよう」と余裕を気取って足を組んだ時……モンモランシーが立ち上がり教室を出て行くのが、彼には見えた。
ギーシュは慌てて其の背を追い掛ける。
「モンモランシー!」
石畳の廊下で、ギーシュは叫んだ。
が、モンモランシーは振り返ら無い。スタスタと歩き去って行く。
其の肩と背に怒りの色を感じ取り、ギーシュは更に追い掛けた。
「おいおい、待って呉れよ! 一体全体どうしたって言うんだ? 恋人よ! 君に聞いて欲しかったのに、まるっきり無視じゃ成いか!」
ギーシュは悶々らしーの肩に手を置いて、立ち止まらせた。
「ほら、之見て呉れよ! 勲章だ! 喜んで呉れよ! 君の恋人は、立派な手柄を立てたんだぜ! どうだい? 之で君も、僕の事を……」
「見直す訳何か無いじゃ成いの」
其処で遣っと振り返って、モンモランシーは言い放った。
「ど、どうして?」
「勲章がどうしたって言うのよ? 私に何も相談為無いで勝手に志願した、そっちの方が問題よ!」
予期せぬ攻撃に、ギーシュは躊躇いで仕舞った。褒められこそすれ、こんな風に責められる何て全く、之ポッチも想像などして居無かったのだから。
「ちゃ、ちゃんと知らせたじゃ成いか! “王軍に志願した”って、手紙を書いたじゃ成いか!」
モンモランシーは、ギーシュを冷たい目で睨んだ。
何時もとは違う質の怒りを感じ取り、ギーシュは黙って仕舞った。
「知らせただけじゃ成いの! そう言うのは相談って言わ無いのよ! 勲章選り大事な事在るでしょ!」
暫く考えた後、「例えば?」、と、真顔でギーシュが訊き返したので、モンモランシーは思いっ切り其の頬を張った。
「あいだぁ!? 何で叩くんだね!?」
「私よ。わ・た・し」
「う、ん」
「貴男私の騎士何でしょ? 自分で言ったじゃ成い。だったら戦争がおっ始まったら、側で守るのが仕事でしょう? 理解ってるの?」
「は、はい」
ギーシュは直立姿勢を取り、唯首肯いた。
「男の子が居無い間、学園大変だったんだから! 貴男達が勲章だの手柄だのに夢中に成ってる時に、敵に襲われたんだからね!」
ギーシュは、「そうだな……」、と首肯いた。帰えって来る成り、其の話は聞いたのだ。
「貴男達が居無いから、先生も命を懸けて助けて呉れたんだから。私がもっと、“魔法”が上手に使えてたら……」
モンモランシーは目を瞑って、あの時の事を想い出した。
“魔法”の矢で傷付いたコルベールを治そうとして、“水”の“魔法”を唱えたのだが……力及ばず途中で“精神力”が切れ、気絶して仕舞ったのだ。
ギーシュも同様にシンミリとして、項垂れて仕舞った。
「私、もっとチャント勉強しようと想うの。代々“水の精霊”との交渉役を引き受けて来たモンモランシ家の一員の癖に……救ける事が出来無かった。私がもっと“水”の扱いに長けて居たら……先生を救けられたかも知れ無いのに」
身寄りの無かったコルベールの遺体は、何故かキュルケが引き取る事に成ったのだ。
其のキュルケはと云うと、今は帰省して居る様で在り、姿が見え無い。(同じ“火”の使い手として、“ゲルマニア”の地に葬る積り成のかも知れ無い)、とモンモランシーは想った。
次いでに、あの青髪の小さな娘――タバサも同時期に姿を消して居た。
「其れだけじゃ無いわ。大事な人を亡くした娘だって居るんだから。少しは気を遣い為さいよ。浮かれてる場合じゃ無いんじゃ成いの? あんただって、仲良かったじゃ成いの」
ギーシュは想い出した。
迫り来る“アルビオン”軍に立ち向かったのは、ルイズの“使い魔”とシオンの“使い魔”の事を。2人が、“ロサイス”から撤退する“フネ”の上で噂に成ったのだ。
ルイズは取り乱し、何度も「降ろして呉れ」と将軍達に掛け合い、騒いだのだが、撤退中の艦隊が、“使い魔”の為に引き返す筈も無いのだ。
其の上、艦を指揮する間諜や、指揮官達は其の噂を一笑に付した。たった2人で止めに行く奴が居るなどと考えられる筈も無いのだ。また、たったの2人で、110,000もの大軍を、止められる訳が無い、と。
上層部は、「“アルビオン”軍の歩みが遅れたのは、何か別の理由が在るのだろう」、と言って取り合わ無かった。恐らく、「其の“使い魔”の少年と青年は逃げ出したんだろう」と言う者迄出る始末。
そして、周りの人間が全てルイズにこう告げたのだ。「若し其の話が本当だとして、110,000の大軍に立ち向かって、生きて居る訳が無い。残念だけど、諦めた方が良い」、と……。
勿論そんな意見に納得をしたルイズでは無かったのだが、其れ処では無く成った。
這々の体で“トリステイン”に帰った艦隊は、“ガリア”の参戦と“アルビオン”軍の降伏を知ったのだ。混乱は頂点に達し、もう、「“アルビオン”軍を止めた」と噂に成った少年と青年の事など、気に留める者など居無く成って仕舞った。
結局の所、2人の件は限り無く戦死に近い、行方不明、と云う扱いで片が付いて仕舞った。
そんなこんなで、“学院”に帰えって来たルイズは激しく落ち込み、喋ら無く成って仕舞ったので在る。まるで何処かに心を置いて来たかの様に、寮の彼女の部屋に閉じ籠もり、出て来無いのだ。
2人のそんな運命は、“学院”でも当然噂に成って居た。何せ“学院”での才人は、「何だか “伝説の使い魔”と遣ららしい」と云う事と、「色々と手柄を立てて居る」と云う2つの事で有名だったからだ。
モンモランシーもそんな噂を聞いて、部屋に閉じ籠もって出て来無いルイズの事が心配に成って仕舞ったらしい。
「だから、せめて慰めて上げたいなって。後で、ちょっと見舞いに行く積り」
「そうだね。モンモランシー、君は優しいんだな」
「別に優しく何か無いわよ。あのね、私だって戦ったのよ。戦争してたんは貴男達だけじゃ無いのよ。戦うって言っても、ホントに戦ってた訳じゃ無いけど……」
「うん」
「私は“水”の使い手。私には私の戦い方が在って……もっと強く成りたいって想っただけ」
窓に覗く空を見上げ、モンモランシーは呟いた。
「私の周りに悲しみが在るのは赦せ無い。在る成ら、癒さ為くっちゃ気が済ま無い」
モンモランシーの言葉に、ギーシュは首肯いた。と、同時に彼は撤退する“フネ”の上での事を想い出し、そして彼の中では1つの疑問が浮かび上がった。(どうしてシオンは、自身の“使い魔”が死地に向い行方不明に成ったと言うのに、取り乱しも為無いのだろう?)、と。
“神聖アルビオン共和国”、そして“トリステイン”と“ゲルマニア”連合の間の戦は、“降臨祭”の終結と共に、終わりを告げる事に成った。
少年と青年の2人の犠牲に依って、連合軍が無事撤退を完了した後、突如連合軍側に立って参戦して来た“ガリア”艦隊は、クロムウェルを“ロサイス”の司令部毎吹き飛ばし、駐屯する“アルビオン”軍に降伏を促したので在る。
圧倒的な兵力差と、一瞬で皇帝を吹き飛ばされた混乱に因って、“アルビオン”軍は戦意を失ってしまったので在る。其の上、連合軍から離反した筈の軍が、夢から覚めたかの様に我に返り、再び“アルビオン”軍に“杖”を向けて来たので在る。そんな混乱の極みの中で、戦わずして“アルビオン”軍は当然の事だが降伏をした。
“ガリア”軍は其の儘“ロサイス”に駐屯、そして臨時の調停のテーブルを設け戦争の後始末を開始したのだ……。
こうして、足掛け8ヶ月にも及ぶ戦は、行き成り横槍を入れて来た“ガリア王国”に手動される形で終わる事に成ったのだった。
“神聖アルビオン共和国”の降伏から、2週間後……。
1年の始まりで在る“
意気揚々と帰って来た者も居れば、何の戦果も得られずに帰って来た者も居る。激戦を潜り抜けた者も居れば、何ら戦果に寄付する事の無い任務に就いた者も居た。
“魔法学院”の生徒達は、一部を除いて後方の輜重部隊などに回された為に、当然犠牲も無ければ戦果も無い者が殆どで在った。
そんな訳で、戦果を上げる事に成功したほんの一部の生徒達の威張り用と来たら、其れはもう天にも昇る憩いで在った。
ギーシュも、そんな調子で散々に自分の手柄を自慢して居たので在ったが……モンモランシーからの言葉、そして彼女の言動に、自粛をしたので在った。
夕刻……。
モンモランシーを部屋に送ったギーシュは、少しばかり切無い気持ちに成って散歩をして居た。余り人の来無いだろう、“ヴェストリの広場”を行ったり来たり、などを繰り返すのだ。
ギーシュは、(そう言えば……才人達と出逢った頃、此処で才人と決闘したなあ)、などと想い出す。あの時は、才人は、遣られても遣られても立ち上がったので在る。
そして、其の決闘が終了すると、1人の青年が演説を始め、そして其の力を披露し、少しの間、恐怖からだろう皆から避けられて居た。
次にギーシュの目に入ったのは、“火の塔”の隣に設えられて居る才人の御風呂と、ルイズから追い出された時に、彼が暫く寝泊まりをして居たボロテントで在った。ギーシュは、此処で才人と呑み明かした日が在った事を想い出した。其の隣で、呆れた様子を見せる青年が1人。
そんな風に、ギーシュが2人との想い出に浸って居ると……彼は、何だか目頭がジーン、と云った痺れを感じる。ギーシュだって、其れは勿論哀しいので在る。哀しいから、あん何も教室で騒いで居たのでかも知れ無い。
「サイト、セイヴァー。ルイズとシオン以外、誰も信じて無いが……僕はやっぱり君達が、110,000の“アルビオン”軍を止めたんだと想うよ。君は何せ僕の“ワルキューレ”に殴られても殴られても立ち上がって来た男、そして“先住”かと想える程の“魔法”と“武器”の扱いに長けて居た男だからね。セイヴァー、君は何処からとも無く武器を出したりも為て居たっけ……君達成ら遣っても、可怪しくは無いと想う」
ギーシュはゴシゴシと目の下を擦った。
「君達は平民だが、僕は友情など、抱いて居たんだよ」
そんな風に1人、薄く涙を浮かべて居ると、テントの中がガサゴソと動いた。
「サイト……?」
然し、中か出て来たのは……。
「ヴェルダンデ!?」
ギーシュの“使い魔”の “
「何だ、君は此処に居たのか……」
ギーシュはしゃがみ込み、愛する“使い魔”を撫で始めた。
「君もやっぱり、彼等を懐かしんでたのかい?」
ヴェルダンデはフガフガと、ギーシュに鼻を擦り付けた。其の円な瞳が、何処と無く哀し気で在った。
「そうか、君も哀しいんだね……」
暫くギーシュはそう遣ってヴェルダンデと抱き合って居たが……徐に立ち上がった。
「サイト、セイヴァー、僕は、君達を“英雄”だと想う。だから僕成りに出来る事を考えた。ヴェルダンデ! 土を山の様に集めて呉れ!」
ヴェルダンデは首肯くと、猛烈な勢いで土を掘り返し始めた。
そして、ギーシュの前に、文字通り土の山が出来て行く。
「僕は“土系統”の“メイジ”だ。だから、君達に土で敬意を表する。此処に、君達のでっかい像を造ろうと想う。君達の事を忘れ無い為にね」
ギーシュは土の山に、“魔法”を掛けた。
すると、土は粘土の様に変化を始めた。
両手を其処に突っ込み、ギーシュは捏ね上げるかの様にして像を造り始めた。
「でっかい奴だサイト、セイヴァー。5“メイル”は在ろうかと言う、でっかい像を御っ立てて遣る。サイト、君は“魔法”を使え無かったから……僕は此の両手で像を造る。敬意だサイト。“貴族”の僕が、敬意を表するんだ。喜んで呉れよな!」
学院長室で1人、オスマンは立派な髭を弄り、窓から外を見て居た。
「……ふむ」
2つの月から出て居る月明かりが、ほんのりの優しく学院長室と、オスマンを照らして居る。
其の灯りは、亡く成った戦死者達や、オスマンが知る少年と青年の2人を悼むかの様に、彼には想えた。
(サイト君とセイヴァー君……君達は異世界から遣って来たと言って居たが……セイヴァー君、もう意味の無い事やも知れぬが君に対して疑念を抱いて居た事を謝罪しよう)
ギーシュもモンモランシーも、他の者達も、心を痛めて居たが……やはり一番哀して居たのは、ルイズで在った。
自分の部屋で、ルイズは膝を抱えてベッドに座って居た。何時もの制服姿では在ったのだが、頭に妙な帽子を冠って居る。
何時だか、才人にプレゼントをした自作のセーターで在った。何方かと云うと前衛芸術のオブジェに近い其れは、無理やり袖を通しても顔が出る事は無いだろう事が判る。やはり冠った方がしっくりと来てしまうのだ。
そんなルイズの眼の前には、唯一の才人の持ち物で在るノートパソコンが置かれて居た。電源が入って居無い為に、画面には何も映って居無い。
ルイズは、黒いノートパソコンの画面をジッと見詰めて居た。
才人が初めて遣って来た日、見せて呉れた画面を想い出す。(綺麗だった)、とそう想ったら、ジンワリと瞼の裏が熱く成るのだった。
そして、(想えばサイトは……いっつも自分にそんな景色を見せて呉れて居たわ。訳が理解ら無いけど綺麗で、何だかワクワクして、不思議な気分にさせる景色を)、とも想った。
ルイズ達とは違う考え、容姿、行動……其の1つ1つが彼女の胸に蘇る。
ルイズは、胸に提がるペンタンドを見詰めた。そして、ポロリと、涙が目頭から溢れた。
(サイトは……いっつも自分を守って呉れてた。此の首に掛かるペンダントの様に、何時も側に居て、私の盾と成って呉れた。フーケの“ゴーレム”に潰されそうに成った時。ワルドに殺されそうに成った時。巨大戦艦に対峙した時。敵に騙されて我を忘れた姫様に、“水”の竜巻の“魔法”を掛けられた時。そして……味方を逃がす為に“死ね”と命令された時……サイトは必ず、私の前に立って剣を構えて呉れた。伝説の“ガンダールヴ”、其の名の通り、私の盾に成って呉れた。そんなサイトに、私は優しくした事など在ったかしら? 何時も意地を張って、我儘ばかり押し付けて居た様な気がするわ)。
そう考えて居たルイズの口から、ポツリと言葉が漏れる。
「ばか」
涙が熱く感じられた。
「私の事何か放って置けば良かったのに。こんな恩知らずで我儘な、可愛く無い私の事何か、無視して逃げれば良かったのよ」
ルイズは流れる涙を拭いもせずに、ジッと想いを巡らせた。
「あん何も、“名誉の為に死ぬのは馬鹿らしい”何て言ってた癖に……自分で遣ってちゃ世話無いじゃ成いの」
才人を責める言葉は、其の儘ルイズ自身に返って来る。自身の言葉が、己の心を抉る槍と成って、ルイズを激しく傷付けるのだ。
「“好き”って言った癖に……私を1人にし無いでよ」
黒い画面の儘のノートパソコンを見詰め、ルイズは呟いた。
「私ね、あんたが居無いと、眠る事も出来無いのよ」
膝を抱いて、何時迄もと云える位にルイズは泣き続けた。
「……誰?」
泣いて居ると、自身の部屋のドアがノックされた事に気付き、ルイズは肩を震わせ、涙と鼻を啜り乍ら部屋の外の人物へと返事をした。
「私だよ、ルイズ」
「……シオン?」
「入っても?」
「うん……」
ガチャリと、ドアが開けられ、何遣ら身支度を終えたシオンの姿が其処には在った。
「こんな時間に何処に行くの?」
「ちょっとね……私には遣る可き……ううん、遣ら為いと行け成い事が有るから」
「其れって……」
シオンの言葉に、ルイズは想い当たる節が有った。其れを口にしようとするルイズだが、シオンは自身の口元に人差し指を立てた手を持って行き無言で居る事を促す。
ルイズは、自身の大切な人達が次々と何処か遠くに行って仕舞う様な気に成り、不安気にシオンを見上げる。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「何でそんな事言えるの?」
「先刻セイヴァーから連絡が在ったの」
シオンは、彼女の手の甲に在る“令呪”をルイズへと見せ、言った。
「セイヴァーは生きて居る。そしてサイト君も」
「…………」
「だから大丈夫だよ」
“トリステイン”の首都、“トリスタニア”の王宮の執務室で、アンリエッタは気が抜けたかの様な様子で、椅子に腰掛けて居た。
“アルビオン”での一部“王軍”の反乱、ド・ボワチェ将軍と、“ゲルマニア”軍司令官ハルデンベルグ侯爵の戦死、全軍の壊走……そして撤退許可を求める報告。
連合軍参謀長のウィンプフェン依り其れが届いた時、アンリエッタやマザリーニを含む応急の面々は当然混乱をした。「敵が放った偽報では成いか?」、と疑う者も当然居た。
撤退化交戦継続か? 紛糾する会議を纏めて見せたのは枢機卿で在るマザリーニで在った。
彼は、「此処は王宮(後方)で在って戦場では無い」、と撤退を認め無い大臣達を見事押さえ付けたので在る。
然し……結果として撤退は意味の無いモノに成って仕舞った。
突如現れた“ガリア”艦隊が、“アルビオン”軍を降伏に追い込んだので在る。其れから程無くして、“ガリア”は混乱を極める“トリステイン”に特使を派遣。今後の“アルビオン”の処遇について会議を行う旨を報せて来るたのだ……。
読めぬ“ガリア”の動向に“トリステイン”王宮は揺れたが、戦の決着を付けてしまった“ガリア”に逆らう可くも無い。
其れから2週間程が過ぎた今日、アンリエッタは“ロサイス”で行われる予定の其の会議に出席す可く、準備を整えて居る所で在った。
アンリエッタは、机の上の、“ガリア”大使から送られて来た書物を手に取った。
――“ハルケギニアの秩序を乱す、共和制の勃興を封じ込める可く、ガリア王政府は、ハルケギニア各国と更に密成る関係を築き上げる必要を感じ……”
と前文が続いて居る。
然し、目から入った言葉が、アンリエッタの頭の中で意味を為さ無いのだ。
アンリエッタの心の中に在るのは、空洞で在った。深い、冷たい、何処迄も落いて行きそうに成る程に暗く深い穴で在った。覗き込んでも、全く深さなどが判ら無い、(あん何も憎んで居たクロムウェルは死んで仕舞った……“アルビオン”の“貴族派”は壊滅したわ。成のに、どうして気持ちは晴れ無いの?)、と云った考えや感情が渦巻くだけの虚ろな穴で在った。
「どうして?」
誰に言うでも無く、呟く。
「ウェールズ様を殺した“貴族派”が赦せ無かった。其の死を弄んで、私達を騙した彼奴等が赦せ無かった……其れで?」
其れで何が変わったと云うのだろうか?
何も変わら無い。
アンリエッタは両手で顔を覆った。堰を切ったかの様に、感情が溢れて来て、どうにも成ら無く成って仕舞ったので在った。
扉がノックされたが……アンリエッタには応える事が出来無かった。
扉が開けられ、枢機卿のマザリーニが入って来た時も、アンリエッタは机に顔を埋めた儘で在った。
「御疲れの様ですな」
とマザリーニは呟く様に言った。
其処で初めて、アンリエッタはユックリと顔を上げて首肯いた。
「はい。でも、大丈夫です」
「目出度いですな。何はとも在れ、戦は終わりました。例え全具が壊走し、予期せぬ援軍を得ての勝利とは言え、勝利は勝利です。何ともはや、“ガリア”には何度礼を述べても足り無いですな」
虚空を見詰め、アンリエッタは「そうですね」と言った。
マザリーニはそんなアンリエッタを気にした風も無く、言葉を続ける。
「然し、油断は為りませんぞ、陛下。あれだけ参戦を促したのにも関わらず、腰上げ無かった“ガリア”が突然参戦したのには、必ずや何らかの理由が有る筈」
アンリエッタは心此処に在らずと云った体で、「そうでしょうね」、と返事をした。
マザリーニはアンリエッタが肘を突いて居る机と、ドサッと紙の束を置いた。
「……書類?」
「はい。是非共、陛下に目を通して頂かねば為ら成い書類です」
「後で宜しいですか? 今、ちょっと……」
「いえ、今、目を通して頂か為ければ困ります」
「決裁成ら、貴男の裁量に御任せします。枢機卿、貴男は良くして下さいますわ。何の心配も……」
「御目を通されよ」
アンリエッタは、首を横に振った。
「申し訳有りません。正直に言うと、疲れて居るのです」
「御目を通されよ!」
強い語調で、有無を言わぬ調子でマザリーニは言葉を繰り返した。
鳥の骨と民に揶揄された、痩せた中年男の剣幕に押され、アンリエッタは上の1枚を手に取った。
上から下迄、名前がギッシリと書かれて居る。
「……之は?」
冷たい声で、マザリーニは告げた。
「此度の戦での、戦死者の名簿です」
アンリエッタは絶句した。
「“貴族”、平民、将軍士官、兵隊……貴賎を問わず、判る限り全ての名前が記されて居ります」
アンリエッタは、「おおお……」、と顔を両手で覆った。
「彼等が何を拠り所にしして、死んで行ったか陛下は御存知か?」
アンリエッタは力無く首を横に振った。
「……理解りませぬ」
「理解りませぬか? いえ、理解って御居ででしょう。彼等は、陛下と祖国の名の元に、死んで行ったのですぞ」
アンリエッタは、深く頭を垂れた。
マザリーニは、冷たい口調で言い放った。
「大臣共の中には、戦も外交などと吐かして、将兵を駒の様に捉え、数字の損得で戦の是非を問う輩も居ります。はは、強ち間違いでは在りませぬ。唯、御忘れ召されるな。其の駒にも、家族が居り、生活が在り、そして“愛”する者が居た事を。信ずるに足る何かを抱いて居た事を」
マザリーニは名簿を叩いた。
「王足る者、戦を決断せねば為ら成い時も在りましょう。将兵を死地に追い遣る事も有りましょう。唯、御忘れ召されるな。此処に書かれた名前の数だけ正と義が在った事を。此処に書かれた名前の数だけ、守られねば為ら成いモノが在った事を」
アンリエッタは泣き出した。
幼子の様に泣いて、跪き、マザリーニの膝に頭を埋めた。
「私は、何度地獄の業火で焼き尽くされれば良いのですか? 申し上げます。神の代弁者の枢機卿足る貴男の足元で、此の罪深い女王は懺悔致します。嗚呼、正直に申し上げます。此度の戦、心に在ったのは、復讐のみでした。此の復讐が為される成らば、悪魔に魂を売り渡しても構わぬと想い詰めて居りました。然し、実際に魂を売り渡して見れば……何も在りませんでした。後悔さえも在りませぬ。唯、空洞が在るのみです。深い、深い穴が広がるばかりです」
「…………」
「私は……そんな事にも気付か無い愚か者でした。“愛”に我を忘れ、“魔法衛士隊”の隊員達を死に追い遣り、友に恐ろしい“魔法”を打つけても、気付きませんでした。必要が在ったかどうか疑わしい戦を続けても、気付きませんでした。大事な人達の力を、己の復讐の為に利用しようしても気付きませんでした。そして、復讐が終わって初めて……気付いたのです。何も変わりはし無い事に、気付いたのです」
赦しを、そして教えを請うかの様な声と調子で、アンリエッタは涙混じりに呟いた。
「教えて下さい。私は……どうすれば善いのですか? せめて己の手で喉でも掻き切れば、此の罪は消えるのですか?」
マザリーニは、そんなアンリエッタの身体を突き放した。
怯えた幼子の目で、アンリエッタはマザリーニを見上げた。
「陛下を裁けるのは、神のみです。陛下自身も、陛下を御裁きには為れ無いのです。“始祖”の御名に於いて神依り与えられし王権とは、そうしたモノ成のですよ。背負い為さい。重くても、辛くても、放り出しては為りませぬ。此の先、何れ程眠れぬ夜が続こうとも、決して忘れては為りませぬ。彼等は、陛下と祖国の名に於いて、死んで行ったのだから。死も、罪も、消える事は在りませぬ。悲しみが癒される事は在りませぬ。其れは何時迄もジッと其処に座って、陛下を見詰めて居ります」
アンリエッタの心は石の様に冷えて仕舞い、固まり、汎ゆる干渉を拒否したがった。
アンリエッタは、呆然と名簿を見詰め……呟いた。
「王に何か……成るんじゃ無かった……」
「そう想わぬ王は居らぬのです」
マザリーニは深く一礼をすると、執務室を出て行った。
後に残されたアンリエッタは、暫くジッとして居た。身動ぎ1つせずに。
窓から夜の帳が訪れ、2つの月が執務室を照らした時……アンリエッタは遣っとの事で頭を上げた。
アンリエッタは窓の外の……月の姉妹を見詰めた。
涙は乾いて、頬に塗り付いて居た。
「そうね……何も無いんだわ。もう、涙が出無いもの」
其れからアンリエッタは小姓を呼び、財務卿を連れて来る様に頼んだ。押っ取り刀で駆け付けた財務卿に、アンリエッタは告げた。
「此処と寝室と……いえ、王宮中の王家の財宝を、全て処分して御金に換えて下さい」
「……は?」
「全てです。良いですか? 衣装も最低限で結構。家具も、全てです。ベッドも、机も、鏡台も……」
混乱した様子で、財務卿は言った。
「ベッドも? で、では陛下は、何処で御休みに為られるのですか?」
「藁の束でも持って来て下さい。其れで十分ですわ」
財務卿は絶句した。
床で寝る女王など、当然聞いた事も無い。
「売り払って得て御金は、戦死者の遺族への弔意に当てて下さい。“貴族”、平民、差が在っては成りません。等しく分配して下さい」
「で、でも……」
「国庫は苦しいのでしょう? 存じては居りますわ」
アンリエッタは、身に着けた宝石を全て外し始めた。驚愕に目を見開いた儘財務卿に、1つ1つ手渡して行く。左手の薬指に嵌めた、ウェールズの形見の“風のルビー”に気付き、一瞬目を瞑り、其れだけは手に残した。
「良いのですか?」
「はい。後之も……」
戦の間中、祈りを捧げて居た“始祖”像をアンリエッタは指差す。
何百天、何千年と“王家”を見守り続けた“始祖”像で在った。
「でも、然し……」
「今、祖国に必要成のは、神への祈りでは在りません。御金です。違いますか?」
財務卿はブルンブルンと激しく首を横に振った。
退出しようとした彼を、アンリエッタは呼び止めた。
「申し訳有りません。其れだけは返して下さい」
「之は之は! 御返しするも何も!」
手を伸ばして、アンリエッタは財務卿の持た盆から其れを取り上げた。
王冠で在った。
2人共心此処に非ずだった為に、気付か無かったので在る。
「せめて之が無ければ、誰もこんな愚かな私を、王とは認めて下さら無いでしょうから」
之以上無い恐縮を見せて財務卿が退出した後、アンリエッタは名簿を捲り始めた。
勿論、覚えられる量では無い。
だが、アンリエッタは己の心に刻み付けて行く。其の名前の裏側に在っただろう生活に、想いを馳せるのだ。赦しを請おうか、と考えたが、止めた。
名簿を読み終える頃には、空が白み始めて居た。
アンリエッタは最後の1枚を手に取った。
末尾に書かれた名前を見付け、彼女は息を呑んだ。
何時か聞いた珍し響きの名前が2つ、其処には書かれて居たのだ。