ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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使い魔としての1日

 俺が“神様転生”をして“サーヴァント”としての能力を獲得し、“トリステイン魔法学院”でシオンに“使い魔”として“召喚”されてから既に1週間が経過している。

 そんな俺の1日はというと、基本的な流れはなにも変わることはない一律としたモノと言えるだろうか。

 

 まず、“サーヴァント”という存在の身体は基本的には“エーテル”で構成されている。“エーテル”とは、本来“地”、“水”、“火”、“風”の“四大要素”に溶け合いどれかになるモノであり、“形をなすために必要な媒介”であり、“天体を構成する第五の元素”であり、“人工的に作られたマナ(魔力)”である。そんな“エーテル”による仮初の肉体を得し、受肉じみたことをしている幽霊に似ながらもまったく別の存在。そういったこともあり、朝も昼も夜もまったく関係がなく、常に目が覚めている状態である。睡眠など必要ない。いや、他の“サーヴァント”は違うかもしれないが、俺はそういった“サーヴァント(サーヴァント)”である。

 

 

 

 太陽が昇ることで朝が来ると、ベッドで無防備に寝ているシオンに言葉をかけて優しく起床を促す。

 彼女は、寝惚けることもなく、常にスッキリとした風に起床をしてくれる。

 

 そして、目覚めた後、彼女は着替えに入る。当然、俺は“霊体化”し、部屋の外へと出る。

 生前であれば、サービスシーンなどと考えただろうが、決して覗き見ることはない。見てなにか問題を起こしてしまう訳ではないのだが、そういったことをしようという考えがなかなか起きないのである。

 そして、もう1つ。周囲への警戒だ。今この時期にはないだろうが、無防備な状態の彼女に対してなにかを仕掛けて来る存在がいるかもしれないのだから。

 

 黒いマントと白のブラウス、グレーのプリーツスカートといった制服に身を包んだ彼女は洗顔をし、歯を磨く。

 当然この世界、この時代には水道だのという便利かつ気の利いたモノは個室に引かれているはずもない。そのため、本来であれば水汲み場までわざわざ行って、バケツに汲んで持って戻って来なければならない。が、俺は自身の“魔力”を使用し、この世界――“ハルケギニア”で使われている“水系統”の“魔法”と“地球”で秘匿されながらも使用されている“水属性”の“魔術”を組み合わせ、バケツの中に洗顔用の水を生成するのだ。いやまあ、“錬金”で水蒸気を水へと変化させるだけで良いのだが。

 

 そして、朝食だ。

 食堂で、「頂きます」といった食事の際の言葉に当たる「“偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝も細やかな糧を我に与え給うたことを感謝いたします”」を皆で斉唱し、食事を摂るのだ。

 

 朝食の後、彼女が講義を受けている間だが、掃除洗濯をする。

 “使い魔”であり、“サーヴァント”である自分だが、決して下僕という訳ではない。のだが、別段文句が出て来ることなどはない。むしろ、前世での母親に対しての感謝が湧き出て来るほどであった。

 掃き掃除、拭き掃除……洗濯機という便利な道具はありはしたが、それでもかなりの苦労をしただろう掃除洗濯などなど……“風系統”と“風属性”を組み合わせ、“水系統”のと “水属性”を組み合わせ、それぞれ掃除洗濯をする。

 

 そしてその後、“アルヴィーズの食堂”の裏にある厨房へと赴くのだ。“サーヴァント”であることから食事は一切必要とはしないが、娯楽として愉しむのという点では大いに意味があるといえるだろう。

 厨房へと赴き顔を覗かせるとシエスタを始め、厨房で仕事をしている皆がシチューや骨付きの肉などを寄越してくれるのである。

 

 

 

 

 

 そして、今日もまた一連のするべきことを済ませた後に、俺は才人と共に厨房へと向かう。

「“我らの剣”と“救世主”殿が来たぞ!」

 そう叫んで、俺たちを歓迎したのは、コック長であるマルトーという男性だ。40過ぎの太った男性である。もちろん、“貴族”ではなく、“平民”であるのだが、“魔法学院”のコック長ともなれば、収入は身分の低い“貴族”なんかは及びも着かなく、羽振りは良いだろう。

 そんな彼だが、丸々としたその身体に、立派な誂えの服を着込み、常に厨房を一手に切り盛りしている。

 マルトーは、羽振りの良い“平民”の例に漏れず、“魔法学院”のコック長であり、一部の例外はありはするが“貴族”と“魔法”というモノを基本的に毛嫌いしている。

 彼は“メイジ”のギーシュを剣で倒した才人を“我らの剣”、“セイヴァー”と名乗ったことからか俺を“救世主”殿と呼び、まるで王様でも扱うかのようにして俺たちを饗してくれるのだ。

 そういったことからも、専用の椅子というモノを用意してくれており、俺たちがそこへと座ると、シエスタがサッと寄って来てニッコリと笑いかけ、温かいシチューの入った皿とフカフカの白パンを出してくれるのである。

「ありがとう」

「今日のシチューは特別ですわ」

「それは愉しみだな」

 用意してくらたことに対し、才人は礼の言葉を口にする。

 シエスタは嬉しそうに微笑み、促す。

 俺は反応を返し、俺と才人はほぼ同時のタイミングで一口シチューを口に含み、顔を輝かせる。

「美味い、美味いよ! あのスープとは大違いだ!」

「ああ、確かに美味い。甘く蕩ける……素晴らしいぞ、マルトー」

「そりゃそうだ。そのシチューは、“貴族”連中に出しているモノと同じもんさ」

 才人と俺が感激し、感想を述べると、包丁を持ったマルトーがやって来る。

「こんな美味いモノ、毎日食いやがって……」

「お前も自宅ではそれ以上のモノを食べていただろうに……」

 才人が愚痴り、俺がたしなめると、マルトーは得意げに鼻を鳴らす。

「ふん! あいつらは、なに、確かに“魔法”はできる。土から鍋や城を造ったり、とんでもない炎の玉を吐き出したり、果ては“ドラゴン”を操ったり、大したもんだ! でも、こうやって絶妙の味に料理を仕立て上げるのだって、言うなら1つの魔法さ。そう想うだろ、2人とも?」

 この世界に於ける“ドラゴン”は基本的に、“地球”に於ける“ワイバーン”に相当する存在だ。

 だが、一々そういったことに反応を返すことはせず、俺は才人と共にマルトーの言葉に対して首肯いた。

「まったくその通りだ」

「良い奴だな! お前たちは全く好い奴だ!」

 そう言いながらマルトーは、才人の首根っこに、少し太い腕を巻き付ける。

「なあ、“我らの剣”! “救世主”殿! 俺はお前たちの額に接吻するぞ! こら! 良いな!?」

「その呼び方と接吻はやめてくれ」

「右に同じくだ」

「どうしてだ?」

「どっちもむず痒い」

「……」

 マルトーからの言葉に、才人と俺は拒否する。

 そしてマルトーは、才人から身体を離すと、両腕を広げて見せた。

「お前は“メイジ”の“ゴーレム”を斬り裂いたんだぞ! そして、お前は“貴族”へと注言し、素っ裸にしてみせた! 理解ってるのか!?」

「ああ」

「十分に理解しているとも」

「なあ、お前はどこで剣を習った? どこで剣を習ったら、あんな風に振れるのか、俺にも教えてくれよ」

 マルトーは、才人の顔を覗き込んだ。

 マルトーは、目覚めた翌日から毎日飯を食いに来た才人に、毎回こうやって尋ねるのであった。そのたびに才人もまた同じ答を繰り返す。

「知らないよ。剣なんか握ったことがないもん。知らずに身体が動いてた」

 そう。彼はまだ自分がどういった存在になってしまったのかを知らない。どうして“武器を自在に扱える”のかを知らないのである。

「お前たち! 聞いたか!?」

 マルトーは、厨房全体に響くように大声で言う。

 若いコックや見習いたちが、返事を寄越す。

「聞いてますよ! 親方!」

「本当の達人というのは、こういうモノだ! 決して己の腕前を誇ったりはしないモノだ! 見習えよ! 達人は誇らない!」

 コックたちが嬉しげに唱和する。

「達人は誇らない!」

 そんなマルトーやコックたち、見習いたちの反応に対し、俺は「なるほど」と感想を抱く。才人のことを謙虚な人物だと受け取ったようである。いや、これもまた、いつものことなのだが。

「で、次はお前についてだ“救世主”殿。お前さん、元“貴族”か、その血を引いているのか?」

「そんな大したモノじゃないさ……」

 俺は小さく否定する。だが、実際には“貴族”どころではないのだが。

 すると、マルトーはもう1度俺たちを見つめる。

「やい、“我らの剣”、“救世主”殿。俺はそんなお前たちがますます好きになったぞ。どうしてくれる?」

「どうしてくれると言われても……」

 マルトーからの言葉に対し、反応に困りながら自身の左手の甲にある“ルーン”を見つめる才人。

「では、嫌われないように気を付け、その好意に応えるだけだ」

「言うじゃないか、“救世主”殿!」

 俺の言葉に、より一層気でも良くしたのか大きく笑うマルトー。

 そして、彼はシエスタの方へと顔を向ける。

「シエスタ!」

「はい!」

 そんな俺たちの様子を、ニコニコとした微笑みを浮かべながら見守っていた気の良いシエスタが、元気良く返す。

「我らの勇者たちに、“アルビオン”の古いのを注いでやれ」

 シエスタは満面の笑みになると、ぶどう酒の棚から言われた通りのヴィンテージモノを取り出して来て、才人と俺のグラスへとなみなみに注いでくれた。

 真っ赤な顔をしてぶどう酒を呑み干す才人、そして顔色1つ変えることも酔うこともなく呑み干す俺。そんな俺たちを、シエスタはうっとりとした面持ちで見つめるのだ。

 こんなことが毎回繰り返されている。

 俺たちが厨房を訪れるたびに、マルトーはますます俺たちへの好感度を上昇させ、シエスタは更に俺たちのことを尊敬してくれるのであった。

 

 

 

 そして、厨房での食事と談話を終了した後は、主であるシオンが参加している講義の御伴を務める。

 俺は、教室の後ろの方で、講義内容へと耳を傾け、傾聴している生徒たちの様子を見ている。

 対して才人は、最初こそ床に座らされていたのだが、彼が他の女子生徒のスカートの中を熱心に見学でもしていたのだろう。そのことに気付いたルイズの渋々といった風の言葉で、彼は椅子に座ることができるようになった。が、まあ、黒板以外の場所を見学した場合は昼ご飯抜きといった注意点があるらしいのだが。

 そんな講義だが、中々に興味深いモノから欠伸が出るほどにつまらないモノまで幅広い。水からワインを精造する。秘薬を調合して特殊な“ポーション”を作り出す。眼の前に現れる火球。空中に箱や棒やボールを自在に浮かべ、窓の外へと飛ばし、それを“使い魔”に取りに行かせる。そういった内容などなど……。

 そんな講義の内容だが、“原作”である“ゼロの使い魔”の内容にあったモノとほとんど変化はない。講義内で説明があった“系統”などについても同様だ。この世界の“地球”にある“魔術”や“魔法”とは違うくらいである。

 そして、つまらないとでも感じたのだろう。いくつかの講義を経験した後に、才人は講義最中に居眠りを始めてしまった。

 教師とルイズは、ぐーすかと寝ている才人を睨むのだが、講義中における“使い魔”の居眠りを禁じる校則などはあるはずもない。起こすということは、彼を“使い魔”ではなく、1人の人間として、一生徒として認めることになるのだ。そういったこともあって、ルイズは彼を起こすことができずにいた。唇をギリギリと噛むほどに文句を言いたいだろうが、自分が決めた彼の立場を否定することになるために、ルイズは言えず、我慢していた。

 そして、そんな彼と彼女の様子を見て、シオンはハラハラしながらも楽しそうに見つめる。

 そんな講義の時間であった。

 

 そして、この日の講義中も、才人はポカポカとした陽気に当てられ、ぐっすりと寝ている。今朝方、シエスタに注いで貰ったワインが利いているのだろう。

 才人は、夢を見ていた。

 内容としては、とんでもないモノだといえるだろう。

 “千里眼”を用いて読心をせずとも内容が理解る。それは、彼が寝言を口にしているからであった。

「ルイズ、どうしたんだよ……?」

 ルイズはいきなり自分の名前が飛び出したので、キッと、才人を睨み付ける。

「眠れないだって? 仕方ないなあ……むにゃ……」

 そんな才人の様子を見て、「なんだ、寝言か」と思って再び黒板と教師の方へと顔を向ける。

「……むにゃ、な、なんだよ。抱き着いてくるなよ」

 ルイズの目が再び才人へと注がれる。

 授業を受けている他の生徒たちも、講義から意識が離れ一斉に聞き耳を立て始める。

「……おいおい。昼間は威張ってるくせに、寝床の中じゃ甘えん坊さんだな」

 才人は涎を垂らしながら、うっとりと夢に興じてしまっていた。

 このままでは他の生徒たちに勘違いされてしまう可能性があるだろうこともあり、ルイズは「いい加減にしろ」とばかりに才人を強く揺り動かす。

「ちょっと! なんちゅう夢見てんのよ!?」

 慌てふためき才人を起こすルイズを見て、彼女と彼に対しほとんどのクラスメイトが爆笑する。

 そんな中、マリコルヌが驚いた声を上げた。

「おいおいルイズ! お前、そんなことをしてるのか!? “使い魔”相手に! 驚いた!」

 女生徒たちは、ヒソヒソと囁き合っている。

「待ってよ! この馬鹿の夢の話よ! ああもう! 起きなさいってば!」

「ルイズ、ルイズ、そんなところ猫みたいに舐めるなよ……」

 教室内の爆笑が最高潮にたちする。

 もし、“千里眼”を応用して、才人の夢の中を擬似的に映像化して確認でもしていたらどうなってしまっていただろうか。

 ルイズは、ついに我慢の限界が来たのだろう、才人を蹴飛ばす。

 そうして、ようやく才人は柔らかい夢の世界から叩き起こされ、現実のルイズに出逢うことになった。

「ば、なにすんだよ!」

「いつ、わたしがあんたのわら束に忍び込んだの?」

 可愛らしい顔を怒りで真っ赤にしているルイズは、腕を組み、鬼の形相で才人を見下ろしている。

 才人は首を横に振った。が、クラスメイトたちの爆笑はまだ続いている。

『これで“貴族”というのだから、大したモノだな……』

『ごめんなさい。“貴族”を代表して謝るわ……』

 思わず、シオンに向けて念話で愚痴じみた感想を述べてしまう。

 シオン自身も彼らや彼女らの行動に想うところがあるのだろう。謝罪の言葉を口にした。

「サイト。笑ってる無礼な人たちに説明して。わたしは、夜中自分のベッドから一歩も外に出ないって」

「えっと、皆さん。今のは俺の夢の話です。ルイズは忍び込みません」

 生徒たちは「なあんだ」とつまらなさそうにして見せ、鼻を鳴らした。

「当たり前じゃないの! わたしがねえ、そんなはしたないことするもんですか!  しかもこんな奴の!  しかもこんな奴の! こんな下品な“使い魔”の寝床に潜り込むなんて冗談にしても度が過ぎるわ!」

 ルイズがつんと上を向いて、澄ました顔になる。

「でも、俺の夢は当たります」

 だが、そんなルイズの言動が気に障ったのだろうか、才人は事もあろうか話を膨らませようと言葉を続ける。

 教室の誰かが「確かに! 夢は未来を占うモノだからな!」と首肯いた。

「私めのご主人さまは、あんな性格をしてらっしゃるので、恋人などできようはずもありません」

 教室内のほとんどの生徒たちが首肯く。

 ルイズがカッとして才人を睨むが、そんなモノは今さら意に介さずに言葉を続ける才人。

「可哀想なご主人さまは欲求不満が高じます。そのうち“使い魔”のわら束に忍び込んで来るはずです」

 ルイズは両手に腰を当て、才人に強い口調で命令する。

「良いこと? その汚らわしい口を今すぐ閉じなさい」

「そうだぞ、才人。そろそろやめておくべきだ。ルイズも、そんな口調では逆効果、と言うより、一向に変化しないことになるぞ」

 ルイズと、笑いをこらえている俺の言葉に、才人は気にすることもなく、言葉を続ける。

「そしたら、俺はルイズを叩いて……」

 どうやら才人は調子に乗って来てしまったようである。ルイズの肩が怒りで大きく震え出す。

「お前の寝床はここじゃない、と言ってやります」

 教室内が喝采に包まれてしまう。

 そんな喝采の中、才人は優雅に一礼をして、腰かけようとするのだが。

 そんな彼に対し、ルイズは勢い良く蹴飛ばし、才人は床を転がってしまう。

「蹴るなよ!」

 蹴られた才人は抗議の言葉を彼女へと向ける。

「ルイズ、落ち着いて。ね?」

 そして、シオンがルイズへと言葉をかけるのだが。

 しかし、ルイズはお構いなしである。真っ直ぐ前を見て、相変わらず怒りで肩を震わせている。

 俺とシオンは、そんな2人と教室内の様子を前に、「やれやれ」と天を仰ぐか仲裁をするのであった。

 

 

 

 

 

 とある教室内で主人と“使い魔”が問題を起こし、それをクラスメイトたちが囃し立てている頃……。

 学院長室で、秘書のロングビルは書き物をしていた。

 ロングビルは手を止めるオスマンの方を見つめる。彼は、セコイアの机に伏せて居眠りをしているのだ。

 ロングビルは薄く笑った。誰にも見せたことがないだろう笑みである。それから、スッと静かに立ち上がる。

 そして、ロングビルは小さく低い声で“サイレント”の“呪文”を唱えた。オスマンを起こさないようにと、自分の足音を消すために使用し、学園長室を出た。

 ロングビルが向かった先は、学院長室の1階下にある、宝物庫がある階である。

 階段を降りて、鉄の巨大な扉を見上げる。扉には、太く頑丈そうな閂がかかってある。そして、閂はこれまた巨大な錠前で守られている。かなり厳重な様子だ。

 それもそのはず。ここには、“魔法学院”成立以来の秘宝が収められているのだから。

 ロングビルは、慎重に辺りを見渡すと、ポケットから“杖”を取り出した。鉛筆くらいの長さだが、クイッとロングビルが持った手首を振ると、スルスルと“杖”は伸びて、オーケストラの指揮者が振っている指揮棒くらいの長さへと変化する。

 ロングビルは、低く小さく“呪文”を唱えた。

 “詠唱”が完成した後、“杖”を錠前に向けて振った。が、錠前からは何の音もしない。

「まあ、ここの錠前に“アン・ロック”が通用するとは思えないけどね」

 クスッと妖艶に笑うと、ロングビルは、得意な“呪文”を唱え始めた。

 それは“錬金”の“呪文”であり、彼女は朗々とそれを唱え、分厚い鉄のドアへと向けて“杖”を振るう。

 “魔法”は扉に届きはするのだが、しばらく待っても変わったところは見受けられない。

「“スクウェアクラス”の“メイジ”が、“固定化”の“呪文”をかけているみたいね」

 この様子から、ロングビルは自身の推測を呟いた。

 “固定化”の“呪文”は、物質の酸化や腐敗を防ぐ“呪文”である。これをかけられた物質は、汎ゆる化学反応から保護され、そのままの姿を半永久的に保ち続ける。詰まりは、“固定化”を掛けられた物質には“錬金”の“呪文”も効力を失うのである。だが、“呪文”をかけた“メイジ”が、“固定化”を掛けた“メイジ”の実力を上回れば、その限りではないのだが。

 しかし、この鉄の扉に“固定化”の呪文を掛けた“メイジ”は、相当の実力者だろうことが判る。何せ、“土系統”のエキスパートである、ロングビルの“錬金”を受け付けないのだから。

 ロングビルは、かけた眼鏡を持ち上げ、扉を見詰めた。その時、階段を上って来る足音に気付く。

 ロングビルは“杖”を折り畳み、ポケットへとしまい込んだ。

「おや、ミス・ロングビル。ここでなにを?」

 現れたのはジャン・コルベールであった。

 彼は、間の抜けた声でロングビルへと尋ねる。それに対し、彼女は愛想の良い笑みを浮かべて返す。

「ミスタ・コルベール。宝物庫の目録を作っているのですが……」

「はぁ。それは大変だ。1つ1つ見て回るだけで、1日がかりですよ。なにせここにはお宝ガラクタ引っくるめて、所狭しと並んでいますからな」

「でしょうね」

「オールド・オスマンに鍵を借りれば良いじゃないですか?」

「それが……ご就寝中なのです。まあ、目録作成は急ぎの仕事ではないし……」

「なるほど。ご就寝中ですか。あの爺、じゃなかったオールド・オスマンは、寝ると起きませんからな。では、僕も後で伺うことにしよう」

 コルベールは歩き出す。が、なにかを思い出したのか、立ち止まり、振り向く。

「その……ミス・ロングビル」

「なんでしょう?」

 照れ臭そうに、コルベールは口を開く。

「もし、よろしかったら、なんですが……昼食をご一緒にいかがですかな?」

 ロングビルは、少し考えた後、ニッコリと微笑みを浮かべ、申し出を受け入れる。

「ええ、喜んで」

 2人は並んで歩き出した。

「ねえ、ミスタ・コルベール」

 ちょっとばかし砕けた風な言葉遣いにして、ロングビルはコルベールへと話しかけた。

「は、はい? なんでしょう?」

 自分の誘いが、アッサリ受け入れられたことに気を良くしたのだろうコルベールは、跳ねるような調子で応えた。

「宝物庫の中に、入ったことはありまして?」

「ありますとも」

「では、“破壊の杖”をご存知?」

「ああ、あれは、奇妙な形をしておりましたなあ」

 想い出すかのようなコルベールの言葉に、ロングビルの目が光る。

「と、申されますと?」

「説明の仕様がありません。奇妙としか。はい。それより、なにをお召し上がりになります? 本日のメニューは、平日の香草包みですが……なに、僕はコック長のマルトー親父に顔が利きましてね。僕が一言言えば、世界の珍味、美味を……」

「ミスタ」

 ロングビルは、コルベールのお喋りを遮る。

「は、はい?」

「しかし、宝物庫は、立派な造りですわね。あれでは、どんな“メイジ”を連れて来ても、開けるのは不可能でしょうね」

「そのようですな。“メイジ”には、開けるのは不可能と思います。なんでも、“スクウェアクラス”の“メイジ”が何人も集まって、汎ゆる“呪文”に対抗できるような設計をしたそうですから」

 あからさまな話題の戻し方に対して気にした素振りを見せないコルベール。

 そんな・コルベールから出た言葉に、ロングビルは自身の推測などが的中していたことを確信した。

「ホントに感心しますわ。ミスタ・コルベールは物知りでいらっしゃる」

 ロングビルは、コルベールを頼もしげに見つめ、おだてた。

「え? いや……はは、暇に飽かせて書物に目を通すことが多いモノで……研究一筋と申しましょうか。はは、おかげでこの年になっても独身でして……はい」

「ミスタ・コルベールのお側にいられる女性は、幸せでしょうね。だって、誰も知らないようなことを、沢山教えてくださるんですから……」

 ロングビルは、うっとりとした目で、コルベールを見詰め、褒めそやす。

「いや! もう! からかってはいけません! はい!」

 コルベールは緊張してカチコチに硬くなりながら、額の汗を拭く。

 それから、ロングビルは真顔になってコルベールの顔を覗き込んだ。

「ミスタ・コルベール。“ユル(第二)”の曜日に開かれる“フリッグの舞踏会”はご存知ですかな?」

「なんですの、それは?」

「ははぁ、貴女は、ここに来てまだ2ヶ月ほどでしたな。その、なんてことはない、ただのパーティです。ただ、ここで一緒に踊ったカップルは、結ばれるとかなんとか! そんな伝説がありましてな! はい!」

「で?」

 ロングビルは、ニッコリと笑みを浮かべ先を促す。

「その……もしよろしければ、僕と踊りませんかと。そう言う。はい」

「喜んで。舞踏会も素敵ですが、それよりも、もっと宝物庫のことについて知りたいわ。私、“魔法”の品々にとても興味がありますわ」

 コルベールはロングビルの気を引きたい一身で、頭の中を探る。宝物庫のことについて。

 どうにか興味を惹けそうな話題を見付けたコルベールは、もったいぶって話し始めた。

「では、ちょっとご披露いたしましょう。たいした話ではないのですが……」

「是非とも、伺いたいわ」

「宝物庫は確かに“魔法”に関して無敵ですが、1つだけ弱点があると思うのですよ」

「はあ、興味深いお話ですわ」

「それは……物理的な力です」

「物理的な力?」

「そうですとも! 例えば、まあ、そんなことはありえないだろうと思うのですが、巨大な“ゴーレム”が……」

「巨大な“ゴーレム”が?」

 コルベールは、得意げに、ロングビルへと自説を語る。

 聞き終えた後、ロングビルは満足げに微笑んだ。

「大変興味深いお話でしたわ。ミスタ・コルベール」

 この、今のもしもの話である自説が、問題を起こしてしまうとは、コルベールはこの時もその出来事の後も、しばらくの間、気付かないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 講義最中、夢の話で才人が散々ルイズをからかったその日の夜……。

「今日は散々……いや、いつものことだったか」

 就寝前の準備を完了し、少しばかり談話する俺とシオン。

 今日の講義最中の才人の言動を前に、俺は少し「自制しろ」といった感想を抱いた。だが、他人は鏡ということもあり、当然自身にもそれは当て嵌まる。いや、あの時のことのあれこそがそうなのだろうと反省点を省みた。

 あれから少し日数が経過し、最初こそ俺のことを恐れた風だった生徒たちだが、恐れながらの会話や遠目からの観察だけでも人と成りや性格というモノを少しは理解してもらえたのだろう、前ほどあからさまなモノではなくなり、打ち解けるのも後少しといったところだと想われる。

「そうだね。あの娘も、もうちょっと素直になれたら良いんだけどねえ」

 シオンは、今日の出来事を始め普段のルイズの言動を想い出し、笑みを浮かべる。その笑みは、決して馬鹿にしたようなモノではなく、できの悪い妹に対する姉が浮かべるそれに近いモノかもしれない。

「なにすんだよ!?」

「わたしが忍び込んだら、困るでしょう?」

 少し離れた場所――部屋の外から聞き覚えのある少年と少女の声が聞こえて来る。

 どうやら、彼女はまだ講義中のあれを根に持っている――気にしている様子だ。

 対する才人は反省はしているのだろう、何度も謝罪の言葉を口にしているのだが、ルイズの方は意地でも張っているのだろう、一向に扉を開けて部屋へと入れようとしないようである。

 そんなルイズの行動に対し、才人は腹を立てたのか扉や壁を何度か蹴り付けた。

「まったく、どうしてこう……少し様子を見て来るよ」

「うん。お願いね、セイヴァー」

 

 

 

 扉を開き、部屋の外へと出ると、やはりふてくされたかのように毛布に包まり寝ようとしている才人が廊下にいた。

「やあ、才人」

「ああ、セイヴァー。聞いてくれよ、ルイズの奴が……」

 クドクドと彼が彼女に対して抱えている不満などを話し始め、俺は黙ってそれを聞く。誰かに話をするだけ、愚痴るだけでも大分と変わるのである。

 だが、それは関係者がいない離れた場所で行うべきことなのだが。

(これはまた、ルイズの方もケアが必要だな……)

 ケアなどという大それたことはできないが、愚痴を聞く程度のことは今の俺にはできるだろう。

 首肯くべきだろうところは首肯き、「こういった考えや受け止め方はどうだろう?」などと意見を言うべきだと想えるところは言うといった感じだ。

 そうしていると、キュルケの部屋だろうそこの扉がガチャリと音を立て開いた。

 出て来たのは、“サラマンダー”のフレイムだった。燃える尻尾がとても暖かそうで、才人は彼を見て目を丸くする。

 フレイムはチョコチョコと可愛らしく才人と俺の方へと近付いて来る。が、思わず才人は後ずさった。

「な、なんだよお前?」

「そう怖がることはないだろ、才人?」

 後ずさる才人をたしなめ、俺はフレイムの身体を優しく撫でてやる。

 フレイムは、キュルキュルと人懐こい感じで鳴いた。

 害意などは一切ない。いや、あるはずもない。

 フレイムは、才人の上着の袖を咥え、そして次に俺の上着の袖を、といった具合に順番に行い、「着いて来い」というように首を振った。

「おい、よせ。毛布が燃えるだろ」

「そんなことでは燃えないさ」

 才人のその言葉に、俺は思わず苦笑を浮かべ、フレイムの代わりに答える。

 そして、対するフレイムはというと、グイグイと強い力で、才人の服を引っ張るのだ。

 キュルケの部屋の扉は開けっ放しだ。どうやら、本当に「着いて来い」といったことだろう。“動物会話”を使用するまでもないかもしれない。

 が、念のためだ。

「さて、フレイム。一応の確認だが……彼女、君の主は俺たち2人に用がある。“呼んで来い”と言われた。そんなところか?」

 俺の質問に対し、フレイムは相変わらずキュルキュルと鳴くだけだ。が、「あたぼうよ」とでも「そうだよ」とでも言っている様子を見せる。

 俺と才人は互いに頷き合い、キュルケの部屋へと訪れ、入ることにした。

 

 

 

 彼女――キュルケの部屋へと入ると、そこは真っ暗であった。灯りというモノはなく、強いて言うのであれば、フレイムの身体から出ている炎による光くらいで、ぼんやりと明るく光っている。

 そして、そんな暗がりから、キュルケの声がした。

「扉を閉めて?」

 才人は、取り敢えず言われた通り、扉を閉めた。

「ようこそ。こちらにいらっしゃい」

「真っ暗だよ」

 キュルケからの誘いの言葉に、才人は想ったことをそのまま口にした。

 そんな彼の言葉に、彼女は指を弾き、それに従うように部屋の中に立てられているロウソクが、1つずつ灯って行く。

 才人の近くに置かれているロウソクから順に火が灯り、キュルケの側のロウソクがゴールだった。道程を照らす街灯のように、ロウソクの灯りが浮かんでいるかのように見える。

 ぼんやりとではあるが、淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けているキュルケの悩ましい姿があった。ベビードールというモノだろう、誘惑でもするための下着、それだけを着けているのである。

「そんなところに突っ立ってないで、いらっしゃいな」

 キュルケは、誘惑するかのように色っぽい声で言った。

 才人はフラフラと、夢遊病者であるかのような足取りで、彼女の元へと向かう。どうやら、この場の空気、灯り、彼女の服、言葉、息遣いなどに当てられたようである。ここは、まるで一種の結界。異性を虜にでもするための場所であるとも言えるだろう。そんな魔力じみたモノが充満しているのが判る。

「貴男も」

(仕方ないか。乗りかかった船だ。“原作”と同じような理由からの行動だろうが、まあ、彼女の真意を確かめようか……)

 彼女の催促の言葉に、俺は静かにしっかりとした足取りで近付いて行く。

「座って」

 言われた通り、キュルケの隣へと、俺と才人で挟むかのように両隣に座る。

「な、何の用?」

 才人は緊張した声で、訊いた。

 燃えるような赤い髪を優雅に掻き上げ、キュルケは彼を見つめる。ぼんやりとしたロウソクの灯りに照らされたキュルケの褐色の肌は、野性的な魅力を放ち、彼女の魅力を一層に掻き立てる。それが、才人をどうにかしそうになる。

 キュルケは大きく溜め息を吐く。そして、悩ましげに首を横に振った。

「貴男たちは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね」

 そんなキュルケの言葉に、俺は思わず肯定しそうになるが、堪える。

「キュルケ?」

「思われても、仕方がないの。理解る? あたしの“二つ名”は“微熱”」

「知ってる。うん」

 キュルケと才人のそのやりとりを聞きながら、どうしたものかと考える。

 受け答えは才人がしてくれていることもあり、思考することに集中することができる。

「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの、だから、いきなりこんな風にお呼び出したりしてしまうの。理解ってる。いけないことよ」

「いけないことだね」

 才人は相槌を打つ。その口調からは、緊張と困惑が感じられる。

「でもね、貴男たちはきっとお許しくださると想うわ」

 キュルケは潤んだ瞳で、才人を見詰める。

 大抵の男であれば、彼女にこのように見つめられでもすれば、原始的本能を呼び起こされてしまうだろう威力に満ちている。

「なな、なにを許すの?」

 キュルケは、すっと才人と俺の手を握って来た。とても温かい、人の温もりだ。そして、1本1本、それぞれの指でも確かめるかのようになぞりはじめる。

「恋してるのよ。あたし。貴男たちに。2人同時になんてはしたない、駄目なことだと理解ってるのに。恋はまったく、突然に、仕方がないモノね」

 才人は混乱しているのだろう、どうにか「まったくだ」と応えるので精一杯な様子だ。そろそろ俺も受け答えなどを行うべきなのだろう。

「貴男がギーシュを倒した時の姿、貴男が自身の意見をハッキリと言って見せた時間の姿……格好良かったわ。まるで伝説の“イーヴァルディの勇者”みたいだったわ! あたしね、それを見て、聞いて、痺れたのよ。信じられる!? 痺れたのよ! 情熱! あああ、情熱だわ!」

「じょ、情熱か、うん」

「なるほど。で? 続けて」

「“二つ名”の“微熱”は詰まり情熱なのよ! その日から、あたしはぼんやりとしてマドリガルを綴ったわ。マドリガル。恋歌よ。貴男たちの所為なのよ。サイト、セイヴァー。貴男たちが毎晩あたしの夢に出て来るものだから、フレイムを使って様子を探らせたり……ホントに、あたしってば、みっともない女だわ。そう思うでしょう? でも、全部貴男たちのせいなのよ」

 俺と才人はなんと応えれば良いのか判らず、ジッと座っている。

 キュルケは、そんな俺たちの沈黙を、Yesとでも受け取ったのか、ユックリと目を瞑り、まず才人へと唇を近付ける。

 良く良く見て見ると、才人はそんなキュルケに対し「どうしよう」と慌てるが、どうにか踏み留まり、彼女の肩を押し戻した。

「とと、とにかく、今までの話を要約すると……」

「ええ」

「君は惚れっぽい」

 才人はキッパリと言った。それは図星だろう、キュルケは顔を赤らめた。

 そんな2人を見て、俺は思わず笑いそうになる。

 自分も“前世”では異性との付き合いなんてことはなかったが、それでもこれはあからさま過ぎることは理解る。2人とも、結局のところ、思春期であり、俺を含め初心なのだろう。

 そして、“宝具”や“千里眼”を使用しての確認ではないが、キュルケのそれはおそらく、恋に恋してるといったところであろうか。などと、そんなズレた印象を個人的に受けてしまう。

「そうね……他人(ひと)より、ちょっと恋っ気は多いのかもしれなわ。でも仕方ないじゃない。恋は突然だし、直ぐにあたしの身体を炎のように燃やしてしまうんだもの」

 キュルケがそう言い出した時、窓の外が叩かれた。

 そこには、恨めしげに部屋の中を覗く、顔立ちの良い1人の男子生徒の姿があった。

「キュルケ……待ち合わせの時間に君が来ないから来て見れば……」

「ペリッソン! ええと、2時間後に」

「話が違う!」

 ここは3階だ。ペリッソンと呼ばれた男子生徒は“レビテーション”でも使っているのだろう。

 キュルケはうるさそうに、胸の谷間に差した派手な!“魔法”の“杖”を取り上げると、彼の方を見向きもしないで“杖”を振った。

 すると、ロウソクの火から、炎が大蛇のように伸び、窓ごと彼を吹き飛ばす。

「まったく、無粋なフクロウね」

 才人は唖然として、その様子を見つめる。

「でね? 聞いてる?」

「今の誰?」

「彼はただのお友達よ。とにかく今、あたしが1番恋してるのは貴男たちよ。サイト、セイヴァー」

 1番と言いながらも2人いることを気にした様子もなく、キュルケは才人に再び唇を近付ける。

 すると……今度は窓枠が叩かれる。

 見ると、悲しそうな顔で部屋の中を覗き込む、精悍な顔立ちの男子生徒が1人。

「キュルケ! その男たちは誰だ! 今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!?」

「スティックス! ええと、4時間後に」

「そいつらは誰だ!? キュルケ!」

 怒り狂いながら、スティックスと呼ばれた男子生徒は部屋に入って来ようとする。が、キュルケは再び、うるさそうに“杖”を振った。

 再びロウソクの火から太い炎が伸び、それが大蛇へと変化してスティックスは炙られた後に地面へと落ちてしまう。

「……今のも友達?」

「彼は、友達と言うよりはただの知り合いね。とにかく時間をあまり無駄にしたくないの。夜が長いなんて誰が言ったのかしら! 瞬きする間に、太陽はやって来るじゃないの!」

 キュルケは、才人へと再び唇を近付ける。

 が、“地球”の“日本”の諺には、“2度あることは3度ある”というモノがある。

 窓だった壁の穴から、悲鳴が聞こえた。そして、才人はうんざりとした様子で振り向く。

 窓際で、3人の男子生徒が押し合い圧し合いしているのが見えるのである。

 そして3人は同時に、同じ台詞を吐いた。

「キュルケ! そいつらは誰なんだ!? 恋人はいないって言ってたじゃないか!」

「マニカン! エイジャックス! ギムリ!」

 今まで出て来た男子生徒が全員違うので、才人は逆に感心したかのような表情を浮かべている。

「ええと……6時間後に」

 キュルケはというと、とても面倒臭そうに対応した。

「朝だよ!」

 そんな彼女の言葉に、仲良く唱和した。

 そんな3人に対し、キュルケはうんざりとした声で、フレイムへと命令を下す。

「フレイム!」

 キュルキュルと部屋の隅で寝ていたフレイムが起き上がり、3人が押し合っている窓だった穴に向かって、炎を吐き出す。そして、3人は仲良く地面へと落下してしまった。

「今のは?」

 才人は、震える声で尋ねた。

 最早、これ以上なにも言えることはないだろう。

「さあ? 知り合いでもなんでもないわ。とにかく! 愛してる!」

 キュルケは才人の顔を両手で挟むと、真っ直ぐに唇を奪った。

「む、むぐ……」

 その時……。

 今度は部屋のドアの方が物凄い勢いで開けられた。

 今度も男、という訳ではなく、そこにいたのはネグリジェ姿をしたルイズであった。

 キュルケはチラリと横目でルイズを見やるが、才人の唇から自身のそれを離そうとはしない。

 艶やかに部屋を照らすロウソクを、ルイズは1本1本忌々しそうに蹴り飛ばしながら、才人とキュルケに近付いた。

 ルイズは起こると口より先に動き、更に怒ると手より足が先に動くのだった。

「キュルケ!」

 ルイズはキュルケの方へと向いて怒鳴った。そこで「やっと気付いた」と言わんばかりの態度でキュルケは才人から身体を離し、振り返った。

「取り込み中よ。ヴァリエール」

「ツェルプストー! 誰の“使い魔”に手を出してんのよ!?」

 才人はオロオロとしている。

 ルイズの鳶色の瞳は爛々と輝き、火のような怒りを表しているのだから。

「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもん」

 キュルケは両手を上げる。

 才人は2人の間に挟まれ、より一層オロオロとしてしまっている様子を見せる。

「恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なのよ。身を焦がす宿命よ。恋の業火で灼かれるなら、あたしの家系は本望なのよ。貴女が1番ご存知でしょう?」

 キュルケは両手を竦めて見せる。

 ルイズの手が、怒りなどからだろうワナワナと震えているのが判る。

「貴男も貴男よ、セイヴァー。シオンがいながら、貴男は」

「ああ、すまない。少しばかり話をするだけのつもりだったのだがね。気が付けば、というやつだ。まったく、女の子というモノは恐ろしいな。後で、ちゃんと謝罪しないとな」

 ルイズからの説教じみた言葉に、俺は素直に謝罪の意を示す。いや、本当であれば、シオンに対して行うべきだろうことだ。

 部屋へと戻った後、彼女へと謝罪をするとしよう。

「来なさい、サイト」

 ルイズは才人をジロリと睨む。

 そこに、キュルケが「ねえルイズ。彼は確かに貴女の“使い魔”かもしれないけど、意思だってあるのよ。そこを尊重して上げないと」と言い、助け船を出した。

「そ、そうだ。誰と付き合おうが俺の勝手だ」

 助け船と言うのか、そんなキュルケの言葉に、才人は乗っかり、ルイズへと抗義する。

 それに対し、ルイズは硬い声で言った。

「あんた、明日になったら10人以上の“貴族”たちに、“魔法”で串刺しにされるわよ。それでも良いの?」

「平気よ。貴女だって“ヴェストリ広場”で、彼の活躍を見たでしょう?」

 ルイズからの質問に、代わりにキュルケが応え、それを呆れたように右手を振りながら言葉を返すルイズ。

「ふん。ちょっとはチャンバラがお上手かもしれないけど。後ろから“ファイアーボール”を撃たれたり、“ウインド・ブレイク”で吹き飛ばされたりしたら、剣の腕前なんて関係ないわね」

「大丈夫! あたしが守るわ!」

 キュルケは顎の下に手を置くと、才人に対し熱っぽい流し目を送る。

 しかし……ルイズの言葉で、才人は我に返ったのかハッとした表情を浮かべる。

 キュルケは「あたしが守るわ」と言ってくれ、それはとても心強いことではあるだろう。だが、四六時中守ることができる訳ではないのである。そに、これは、先ほどのやりとりから見るとやはりキュルケの気紛れかもしれないのだから。

 そう考えながら、才人は名残惜しそうな風に立ち上がる。

「あら。お戻りになるの?」

 キュルケは悲しそうに才人を見詰める。キラキラとした瞳が、悲しそうに潤む。

 後ろ髪を引かれているかのような表情を、才人は浮かべた。

「いつもの手なのよ! 引っかかっちゃ駄目!」

 ルイズは才人の手を握ると、サッサと歩き出した。

 

 

 

「で、貴男はどうなのかしら、セイヴァー?」

 ルイズが、そして彼女に引っ張られるように出て行った才人。

 後に残ったのは、ベッドに座るキュルケと俺、部屋の隅で睡眠を取っているフレイムだけだ。

 そして、キュルケからの確認の質問に、俺は自身の今の思いをそのまま口にする。

「そうだな。申し訳ないが、君とは友人として接することしかできない」

「ハッキリ言うのね」

 彼女のその様子からは、大体予想はしていたように見える。

「そう、だな……そろそろ戻るとするよ。彼女には才人の様子を見ると言っただけだったからな」

「そう……また朝に、セイヴァー」

「ああ。そうそう、言う機会を逸してしまっていたから今言うが、君は恋をしているのではない、と思う。君は、恋に恋をしている……恋をしているという自分に恋をしていると思うんだ」

「…………」

「まあ、近いうちに君は本当に恋をするようになるだろう。それじゃあ……後味を悪くしてすまなかったな。そして、お休みなさい。よい夢を」

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない。今戻った」

「遅かったね、セイヴァー」

 シオンの部屋の前へと到着し、中の物の動きを確認する。

 シオンはまだ起きている様子であり、どうやら俺が戻って来るのを待ってくれていた様子である。

 そして、意を決して扉を開き、彼女へと言葉をかける。

 シオンは、まったく気にした素振りを見せることなく、俺へと応じてくれた。

「サイト君はどうだった?」

「いつものことだ。ルイズと喧嘩。翌朝になれば、また普段通りになるだろうさ」

 普段通り。

 前日の出来事を忘れたかのように互いに振る舞い、そしてまた別のことで喧嘩をする。そんな日常を。

「そう……で、少し訊きたいことがあるんだけど?」

「ああ、俺からも言わなければと想っていることがあるが、先にどうぞ」

「ありがとう。それじゃあ……香水の匂いがするけど、これってキュルケのだよね? キュルケとなにかったの?」

「俺から言おうとしていたのもそのことだ。才人と一緒に、キュルケから呼び出されてな。誘われた」

「誘われた?」

「そう。少し大人な方で」

「そっか……で、どうしたの?」

「もちろん断った。彼女には悪いけどね」

 シオンからの質問に、俺は自分が報告すべきだと思っていたことと同じことだと知り、安堵する。いや、謝罪するべきなのに、報告だけで済ませてしまった。

 そして、掻い摘んでだが、彼女へとことの顛末を話す。

「……そっか……」

 シオンの態度は、どこか悲しげで、寂しげで、そしてどこか安心しているかのように見受けられる。

「そう、だね。キュルケには悪いけど、私、少し安心してるかも……」

「…………」

「私って、独占欲が強いのかな?」

「強いかどうかは置いておいて、独占欲は持っていて当然のモノだと想う。それをどう御するかどうかなどが大事なだけで」

「ありがとう、セイヴァー」

 少しばかり、沈黙が場を支配する。

 気不味いという訳ではないのだが、ここから先、なにをどう切り出すべきか少しばかり考え込んでしまいそうになる。

「キュルケはね、ここで言う外国の人、隣国“ゲルマニア”の“貴族”なの。そして、彼女の家とルイズの家は」

「国境沿いにあって、なおかつ仲が悪い」

「やっぱり知ってるよね。でね、ツェルプストーは代々、色恋といった感情を大事にしているらしいの。そして、ヴァリエールの一族の1人が“愛”した者を同じように“愛”して、その“愛”された人はツェルプストーの方へと行ったりして」

 寝取られなんて言うモノだろう。

 だが実際には、そんな一言で済ませることができるモノではないだろう。歴代ずっと続く、恋愛などにおいての敵。

「そういったこともあるのか、2人は事あるごとに喧嘩して……」

 今現在、そしてこの世界に於いては仲介役であるシオン、そして他の生徒たちや教師たちからの目などがあるといった理由で大きなモノになってはいないが、いつ大問題に発展しても可怪しくはないかもしれない。

だが――。

(“原作”ではそんなことはなかった。むしろ――)

「でも、2人はね……認めるところはしっかり認めることができるちゃんとした娘たちなの。ああいった言動を取ってるけど、とても強くて優しい」

 シオンの目はとても優しいモノだと言えるだろう。

 人の良い箇所も悪い箇所も両方目を向け、そして……。

「話は変わるけど、私もねキュルケと同じで外国から留学して来たんだ」

「ほう、どこから来たんだ?」

「それはね――」

 

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