ジリジリジリジリ、と目覚ましが鳴って才人は目覚めた。
才人はムクリと、ベッドから起き上がる。
其処は“地球”、其処は“日本”、“東京”に在る彼の自宅2階の6畳間……詰まりは才人の自室で在る。
一瞬、才人は違和感を覚えた。どうにも説明をし難い、違和感で在る。
自分の部屋で在るのにも関わらず、何処か違うと云った感覚。
半分寝惚た顔の儘、ロボット猫で在るかの様に才人は時計を取るのだが、時刻は午前8時30分。
先程迄感じて居た些細と云えるだろう違和感も頭の中から吹っ飛び、「良け無え!」、と叫んでベッドから跳び起きた。
階段を2段飛ばしで1階に下り、キッチンで洗い物をして居た母親に文句を言った。
「母ちゃん、何で起こしてくん無いのよ!」
「自分で起きろっていっつも言ってるじゃ成いの」
其の瞬間、才人の胸を突如センチメンタルと云える感情が襲い掛かる。
髪を引っ詰めて居る母親の後ろ姿を見て居たら、不意に才人はジンワリとして仕舞ったので在る。(何時も見て居る筈の母さんの背中成のに、どうしてそんな風に感じるんだ?)と考える。
だが、今は其れ処では無いだろう。何せ、学校に遅刻して仕舞いそう成のだ。テレビが置いて在る今に飛びみ、脱ぎっ放なしの制服を着込み、再びキッチンに戻って「間に合わ無いから行くよ」と母親に告げ、皿の上に在ったトーストを丸めて、ハムスターの様に口一杯に頬張り、才人は玄関から飛び出して行く。
玄関を出ると、其処は勿論住宅街だ。
ふと、才人は立ち止まった。
母親がいっつも趣味が悪いと零して居る、向かいの家の赤い塀。
偶に才人が実を失敬する、隣家の柿の木。電柱の脇には、ブロックの上に置かれたジュースの自動販売機。
何時もの風景。
見慣れた筈の光景で在るにも関わらず、才人は、何処と無く懐かしく、“愛”しく感じるので在った。
之で3度目の違和感で在る。
其の理由が理解らずに、呆けっと突っ立って居ると……「サイトさん」と、後ろから呼び掛けられる。
才人が振り返ると、其処には黒髪の少女が学校の制服を着て立って居た。
「シエスタ!」
そう、シエスタで在る。
異世界“ハルケギニア”の“トリステイン”、“魔法学院”でメイドとして働くシエスタが、才人が通う学校の制服を着て立って居るので在る。
見慣れたブレザーを着込むんで居るシエスタは、妙に新鮮で可愛らしいと云う印象を才人に抱かせた。皆がそうして居た様に、丈を詰めて短くしたチェックのスカート。ブルーの上着に、白いブラウス。そして、清楚な紺色の靴下。
才人の中で、(何故“東京”にシエスタが居るんだろう?)、(どうして俺の通う学校の制服を着て居るんだ?)、などと云う疑問が湧いて出て来、他にもっと不思議に想う事が有る可き様な気がしたのだが、取り敢えずの疑問が口を吐く。
「何でそんな格好してるんだよ!?」
シエスタは、(何を言ってるのかしら?)、と云った表情を浮かべる。
「だって、私サイトさんと同じ学校通ってるんですよ。制服着てるの、当ったり前じゃ成いですか」
そうだったのか、と才人は首肯いた。そして、(そう言われて見ればそうかも知れ無い)と考えた。と云う選りも、何処か夢見心地で在り、頭がボーッとして居て上手く考える事が出来無い状態で在る。
シエスタは駆け寄って来て、才人の腕を掴んだ。
「ま、まま、ま、ま……」
顔を真っ赤にして、シエスタは口篭って仕舞う。
「どうしたの?」
「ま、待ってたんです……一緒に学校行きたいなって、其れで……」
「そ、そっか……じゃあ一緒に行こう」
まぁ、可愛いから良っか、と才人は浮かんだ疑問を打ち消した。
シエスタは、「わぁい」、と微笑み、先に立って歩き出した。
そんな彼女に、春の風が襲い掛かった。
「――きゃ!?」
強い春風が黒髪の少女のスカートを持ち上げた。
其の下から現れた、白い、滑らかな皮膚に、思わず才人は鼻を押さえて仕舞う。
「な、何でシエスタってば……パンツ穿いて無いの?」
スカートの裾を押さえ、恥ずかしそうにシエスタは答えた。
「だ、だって……私“貴族”の方と違って、レースの下着何か持ってませんし……」
「“貴族”何か、此の“日本”には居無いよ」
「そうでしたね」
変な会話だ、と才人は想い、またもや違和感を覚えた。
噛み合って居るかの様で、何かが噛み合って居無いのだ。
そんな風にボーッとして居ると……。
「遅刻遅刻!」
後ろからドンッ! と突き飛ばされて仕舞い、才人は受け身も取れず、地面に転がって仕舞う。
才人を突き飛ばしたのは、桃色の髪の少女で在った。パンを咥えた儘器用に唇を動かして、「遅刻遅刻! 遅刻しちゃう!」、などと叫び乍ら引き返して来て、地面に転がって居る才人を態々踏み付けて行くのだった。
「こ、此の……」
と才人が立ち上がろうとすると、「ああ、遅刻! 遅刻だわ!」、と今度は顔を蹴っ飛ばされてしまう。才人はクリーンヒットを貰う羽目に成り、グッタリと地面に横たわって仕舞う。
「ミス・ヴァリエール!」
シエスタが怒鳴る。
「もぉ~~~~、遅刻! 遅刻だってば遅刻!」
ミス・ヴァリエールと呼ばれた少女は、「遅刻遅刻ちーこーく」、と騒ぎ乍ら、才人の上でダンス迄踊り始めた。
其の様子は、まるで“インド神話”に於ける、怒り狂った“カーリー神”と、其の怒りに依り世界が壊され無い様にと一身で身に受ける“シヴァ神”を、俺には連想させた。
そんなミス・ヴァリエールと才人の隣で、金髪の少女が立ち、才人を心配そうに見詰めて居る。
「遅刻が気に成るん成ら、人の上で踊るな!」
すると桃髪の小柄な少女は、腕を組んで才人を見下ろし、「あんた誰の何処見てデレデレしてんの」、とプルプル震える声で、そう呟いた。
桃髪の小柄な少女はシエスタと同じデザインの、才人が通う学校の制服を着て居る。ブラウスのボタンを外し、ネクタイを緩めたラフな着熟しで在る。校則違反のブカブカのルーズソックス。だが、桃色の髪と其の鳶色の瞳は、紛れも無くルイズで在った。
其の隣に居る、金髪の少女もまた、同じ制服を着て居る。ブラウスのボタンを確り全部閉め、校則を遵守して居る。が、堅物などと云う訳でも無い雰囲気を漂わせて居る。
「誰の何処見ての? 仰い」
才人が「御前に関係無いだろ?」と返すのだが、顔を踏み付けられて仕舞う。
「関係在るわよ。あんたはね、私の“使い魔”成の。だから、いっつも私の事を見て為きゃ駄目成の。余所見したら御仕置き成の」
ルイズは、シエスタを忌々し気に見詰めた。
「で、でで、で以て、胸が大きいメイドの方を見たら、拷問何だからね。理解ってんの?」
才人は「巫っ山戯な!」と怒鳴って立ち上がって、ルイズに掴み掛かろうとする。
ルイズは、「あ……」、と小さな呻きを漏らし、アスファルトの上に倒れて仕舞う。
才人は其の上から伸し掛かる形に成り、ルイズの顔を覗き込む。
「な、何すんのよ……ご、ごご、御主人様を襲う積り?」
「そうだよ」
「“貴族”の私に何をするのよ!? 平民の癖に!」
「“貴族”が成あ、こんな成あ、ルーズ何か穿くかっ吐の!」
才人はルイズの穿いたルーズソックスを指して怒鳴った。
「い、良いじゃ成い! 私が何穿いたって勝手でしょ! “使い魔”の癖に! 手を離し為さい!」
「“使い魔”とか、御主人様とか、“貴族”とか、此処じゃ通用為無いんだよ。何せ此処は“日本”だからな」
ルイズは「離し為さいよ」と叫んでジタバタと暴れた。
暴れるルイズを押さえ付け、才人は燃えた瞳で覗き込んだ。
「御前……ホントはこうされたかったんだろ?」
そんな台詞が才人の口から出たのだが、(まるで自分の言葉じゃ無いみたいだ)と才人自身驚きで目を見開く。
そう。
今の才人は、例えて云う成ら、自分が主役の映画を見て居る様な……そんな気分を味わって居た。
「……え?」
「俺にこう遣って押し倒されたかった。違うか? だから黒猫衣装何か着たんだ。そうだよな? 此の野郎。どう何だ。言ってみろ。ええおい、言ってみろ!」
才人は、(何時かこんな言葉を口にした事が在ったなあ)、と妙に冷えた部分で想い乍ら、怒鳴った。
すると少女の頬が其の髪と同じ様に桃色に染まって行く。そして、誤魔化すかの様に、外方を向いたのだ。
「ば、ばっかじゃ成いの? 誰が押し倒されたいって? ふ、巫山戯てると、あんたの其の無節操な大事なとこ蹴っっちゃうんだから」
「蹴ってみろ」
と才人が強い口調で言ってみると、ルイズは唇を噛んだ。
そして、「ど、退き為さいよぉ~~~」、と弱々しい声でルイズは呟く。
才人は神妙な顔で首肯き、「じゃあ、頂きます」、と起伏の無い、ペッタンコとでも云える平原を覆って居る上着のボタンを、(何時かこんな事したなあ)と想い乍ら外そうとした。
すると、後ろに立って居たシエスタに、才人は顔を突然フライパンで殴られて仕舞う。
「――痛え!」
「此処は天下の往来ですよ。恥ずかしいから止めて下さい」
「何でフライパン何か……」
「御料理するのに持ち歩いて居るだけです」
ルイズが、「余計な事為無いでよ!」、と悪怯れ無い様子でシエスタを怒鳴り付けた。
シエスタは、ルイズに向き直る。
「助けて上げたのに、余計な事ですって? するとやはり、“退き為さい”って台詞は、嘘何ですね。本音じゃ無いんですね。やっぱり変な事されたかったんですね」
「ち、違うもん! メイドは黙って選択でもして為さいよね!」
「じゃあ洗いますから、其の洗濯板を貸して下さい」
「はぁ? 洗濯板何か持って無いわよ!」
「在るじゃ成いですか。其処に立派成のが」
胸を指され、ルイズは怪鳥の様な雄叫びを上げた。
「――ケーーーーーーーーッ!」
「平らな胸で洗いましょう♪ シャボンを付けて、洗いましょう♫ ごっしごしごしごっしごし♬」
歌い出したシエスタに、ルイズが跳び掛かった。
「何よ!? 胸ばっかり大きく成ってあったま空っぽのメイド風情が! 男に媚び売る事しか考えて無いんでしょう!? 下着位穿き為さいよ!」
「自分だって同じじゃ成いですか! 思いっ切り期待為乍ら添い寝してる癖に! 殆ど素っ裸に近い格好で! “貴族”がチャンチャラ可笑しいわ! サイトさんが襲って来るのを今か今かと待ち構え乍ら目を爛々と光らせてるんでしょう!? 端無いったら在りゃ為無い!」
2人は、「何よ!?」、「ツルペタ!」、「馬鹿メイド」、などと言い合い乍ら、派手に取っ組み合いを開始して仕舞った。否もう、スカートを翻し、爪を立て、髪の毛を掴み、猛り狂う鶏の様に絡み合って居るのだ。
そんな2人を、「また始まって仕舞ったか」、と云った様子で見詰めて居るシオン。
才人は、「や、止めろよ……」、と呟いたが、2人はまるで聞く耳を持た無い。
其処に黒塗りのリムジンが遣って来た。
助手席にドアがバタン! と開いて、顔を出したのは、白い手袋と黒のスーツに身を包んだマザリーニで在った。マザリーニは後部座席のドアを開けると、恭しく一礼をする。
中からは、白いワンピースに身を包んだアンリエッタが現れた。花の飾りが付いた鍔の無い帽子を冠って居る。御姫様と云う選りは、何処ぞの御嬢様と云った出で立ちをして居る。彼女は、高そうなハンドバックを小脇に抱えて居た。
とととと、と才人に駆け寄って来ると、アンリエッタは手を差し出した。
「110,000の大軍を、御止めに為られたとか」
才人はボケーッと成って、「はい」、と答えた。
「正に獅子奮迅の活躍で御座いますわね。嗚呼、貴男は“トリステイン”の救世主。何も出来ぬ無力な女王ですが、忠誠には報いる所が成ければ成りません。さあ、此の手に接吻を下さいまし」
其の手を取って、才人が口付けると、次にアンリエッタは大胆にも腕を才人の首に回して来た。
「ひ、姫様?」
「アン、と呼んで下さいまし。さあ、次は此の唇に、御情けを下さいまし」
オロオロとして居ると、アンリエッタは才人の頭をガバッと抱き締め、唇を重ねた。
やばい、と才人が思った其の瞬間、怒鳴り声が飛んで来る。
「あんた姫様に何してんのよッ!?」
「高貴な方ばっかり! 熟高めが御好き何ですね! 村娘何か相手に出来無いって言うんですかッ!?」
ルイズとシエスタの矛先が、自分に向けられた事を知った才人は、アンリエッタの腕を振り払って逃げ出した。
「御待ちに為って! 此の前の安宿での続きを!」
アンリエッタが叫んだ。
「安宿の続きって何よ!? どう云うよ!?」
「何かしたんですわ! きっと妙な服でも着せたんですわ!」
とルイズとシエスタが叫び乍ら、逃げる才人を追い掛ける。
才人がひぃひぃ走り乍ら逃げて居ると、角からドロロロロロロ、とアメリカンバイクが現れた。タンデムで跨って居るのはスカロンとジェシカの2人だ。御揃いのワイルドな革衣装に身を包んで居る。
才人は2人のバイクに、跳ね飛ばされて仕舞う。
ジェシカが、ヒョイッとバイクから跳び降りて、地面に転がった才人を見下ろした。
「駄目じゃ成い。こんなとこ油売ってちゃ。早く御店手伝ってよ」
「お、御前な……」
「あら? 元気無いじゃ成い。じゃあ元気が出る事、しよっか?」
と、ジェシカは悪戯っぽい視線を才人に投げ掛け、革の上着の隙間に覗く、豊かな胸の谷間に才人の手を導こうとする。
「ちょ、ちょっと待った!」
「何を待つの?」
ジェシカは、男心を擽る色気を振り撒き乍ら、艶めかしい目付きで才人を見詰める。
「あんた、女の子の扱い、知ら無いんでしょ? だから散々な目に遭っちゃうのよ」
其の儘、才人がジェシカの瞳に吸い込まれそうに成った時……。
「また黒髪成のね!」
「私の従妹に! 何て事!?」
才人はジェシカを置いて疾走り出す。
大通りに出て、人波を掻き分け乍ら逃げて居ると、ドンッ! と誰かに打つかって仕舞った。
「す、すいません」
打つかってしまったのは、長い桃髪の女性で在った。
薄い紫のカーディガンを羽織り、何匹もの犬が繋がれた紐を握って居る。
わん。わんわん。わふわふ。わんわん。
犬達はワシワシと、才人に擦り寄って来た。
「犬! 犬が沢山! 犬がッ! うわ!? わわ!?」
「あらあら、此の子達、貴男の事が大好きみたいね」
振り向いた女性に、才人は見覚えが有った。
ルイズの実家で見た顔だ。
桃色の長い髪に優しい大人の女性の雰囲気。
手を顎に添えて、コロコロと笑う。果たして其の女性はルイズの実姉、カトレアで在った。
カトレアが連れた犬達は才人の身体を鼻で散々に弄り始めた。
「あ!? こら! 止めろ! 止めろってば!」
わふわふ、わんわん、わふわふ、わんわん。小姉様! 何よ!? あんたってばやっぱり小姉様が好いのね!?」
追い縋って来たルイズが怒鳴る。
「遂々犬に迄!? 赦せませんわ!」
とシエスタが怒鳴る。
2人共、物凄い形相を浮かべて居る。
あんな2人に捕まって仕舞えば、命が危なく成って仕舞うのは明白だろう。
だが、犬達に伸し掛かられて居る為に、才人は身動きを取る事が出来無い。
「犬塗れにして上げるわッ!」
そう叫んだルイズが跳び掛かって来た瞬間……才人はブワッと空中に持ち上がった。
「と、飛んでる?」
見上げると、才人は“ウィンドドラゴン”に掴まれて居た。
“ウインドドラゴン”の首の上に、青い髪の少女が座って居る。タバサと其の“使い魔”の“ウィンドドラゴン”――シルフィードで在った。
ヒョイッと、シルフィードは背の上に才人を持ち上げる。
何故かタバサはフライトアテンダントの格好をして居た。
子供の様なタバサが、そんな格好をして居ると、才人からしてみると何かの悪い冗談にしか見え無い。
そんなタバサは振り向きもせずに、ジッと本のページを見詰めて居る。
「な、何だ御前か……兎に角救かったよ。有り難う」
ホッとして才人は御礼を言った。
が、タバサは何時もの様に、返事1つ寄越さ無い。
暫く才人も黙って居たのだが……其の内に気不味さを感じてしまう。何か話題を探そうと想い、タバサが読んで居る本に目が留まる。
「気に成ってたけど……御前、いっつも何読んでるんだ?」
タバサは答え無い。
仕方無く才人はタバサが読んで居る本を覗き込んだ。
其処に書かれて居るタイトルを見て、才人は呆れた声を上げた。
「はぁ? “恋愛の方程式~男の子に好かれる為には?” 御前、こん成の読んでるのかよ!? あははは! 御前もちゃんとこう言う事に興味有るんだな!」
タバサは無言でページを捲った。
怒って居るのか、恥ずかしがって居るのか、其の瞳からは読み取る事が難しい。
「そう言うのはな、幾ら本を読んだって駄目何だよ。先ずは、ちゃんと会話の1つ位、交せる様に成ってからだよ。自分の気持ちを、伝えって事が大事何だ。うん」
と、才人は尤もらしく首肯き乍がら呟く。
「兎に角御前みたいに、黙りこくってちゃ、話に成ら無いよ」
才人はタバサの頭をグリグリと撫でた。
されるが儘に、タバサは頭を振る。
「そうだ。じゃあ先ずは俺を相手に、喋る練習してみろ」
タバサは無言で才人の顔を見詰めた
待てど暮せど、タバサの口はピクリとも動か無い。
「おい? 何だよ。其れじゃ恋何か出来無いぞー。ほら。ほらほら。御前、“呪文”以外の言葉を知ら無いんじゃ成いのか? ほら、何か言ってみろ」
誂い半分と云った具合に、才人はタバサの頭を左右に振った。
するとタバサは、ピョコンと立ち上がった。
「理解った」
「え?」
タバサは全く表情を変えずに、マシンガンの様に言葉を吐き出し始めた。
「恋が出来無い? 大きな御世話。何方付かずにメイドと胸無し“魔法”遣いの間でフラフラして居る貴男何かに言われたく在りません。貴男と来たら、ちょっと胸の大きめな御姫様や街娘や御姉さんを見掛けたら、直ぐに鼻の下をでろーりでろりと伸ばしちゃってさあ大変。良け無い良け無い。そんな事は駄目です君の想いを受け止める事は出来無い俺は異世界から来た人間だから……と言いつつ、身体嘘吐いてんのよ」
「な、御前……」
才人は、突然のタバサの変わり様とマシンガントークを前に、彼女の口から出た「異世界」の言葉を気に留める余裕も無く、顔を真っ赤にさせた。
「其りゃあ2人共怒るわ。追い掛けられるわ。散々御仕置きだってされちゃわ」
「子供の癖に生意気言うんじゃ無えよ!」
と、才人はタバサの身長を見て言った。
小さなルイズ選りも頭1つ分低い、タバサの身の丈で在った。
タバサは表情を変える事も無く、言葉を続ける。
「誰が子供? 子供は貴男じゃ成い。貴男みたいな気が利か無い男が二股何て、10年早い」
「ぎゃ」
才人はシルフィードの上に蹲った。
タバサに思いっ切り股間を蹴り上げられて仕舞ったので在る。
タバサは才人の頭の上に、デンッ! と足を置いた。
「私のベッドにする」
「ざっけんな!」
「何言ってるの。嬉しいんでしょ? こう云うの好き何でしょ? 私みたいな小さな女の子に支配されたいんでしょ? 顔に書いて在る」
「こ、此の……」
と、才人は跳ね起きると、タバサの肩を掴んだ。
見詰合う。
するとタバサは、頬を染めて顔を背けた。
そんな仕草に弱い才人は、一瞬、ドキッとして仕舞う。
「行き成りそんな顔するんじゃ無えよ!」
次にタバサが繰り出した攻撃は、才人の予想を超えて居た。
「や……」
「や?」
「優しくして……」
才人は、(や、優しくしてって、おま。おま、御前……)、と酸欠状態の金魚の様に口をパクパクとさせた。
そしてタバサに依る次の攻撃は、才人の中に在る本丸を一撃で陥落させて仕舞った。
「キ、キキ……」
「きき?」
「キスの仕方、教えて……」
才人は、(意味理解ん無え。サッパリ理解んないえ。でも、可愛ええ)、と想って仕舞った。
何時もは無表情なだけに、此の攻撃は才人にとって不意打ちで在ったと云えるだろう。勿論、唯の不意打ちでは無い。所謂彼にとって嬉し不意打ちと云う奴だった。驚きと歓喜と興奮が、コンマ数秒の間に才人を包み、どうにかして仕舞いそうに成って仕舞う。否、どうにか成って仕舞ったのだ。
良く見ると、タバサは、白い雪の様子に綺麗な肌をして居る事が判る。何処迄も碧い瞳は、まるでサファイアの様だと云えるだろう。其の碧い湖は、幼い中に妙な厳しさを湛えて居り、才人をドキドキとさせるには十分で在った。そしてルイズ達に負けず劣らずの、高貴で上品な顔立ち……幼い幼いと思って居た為か才人は気付か無いで居たのだが、とても綺麗だと云った素直な感想を才人に抱かせる。
其処迄想像をして、(こんな子供に何感じてるんだ俺は)、と想い直して、才人は首を横に振った。
「ば、ばっか御前、パパに怒られるぞ。吐うか御前にキス何かしたら、俺普通に捕まるから!」
怯んだ様子を見せる事も無く、タバサは唇を突き出した。
「御兄ちゃん……」
反則だと云えるだろう。
シルフィードの上、才人が激しく葛藤で身を悶えさせて居ると、後ろから爆音が轟いた。
振り向くと、“ゼロ戦”が飛んで居たので在る。
「――な!?」
コックピットの中には、ルイズとシエスタの顔が覗いて居る。
「何で操縦出来んだよ!?」
と才人が怒鳴ると、「
何故こんな大きな“エンジン”の爆音の中で在るにも関わらず声が聞こ得るのだろう? と疑問に想う間も無く、ルイズの怒り声が聞こ得て来た。
「今度は私選り小さい娘に迄! あんたってば大きいのと小さいのと何方が好き成のよ!? って言うか何方でも良いのね!? さいってい!」
ドン! ドン! ドド! と“ゼロ戦”の両翼が震えた。
才人が、(“20ミリ機関砲弾”は弾切れの筈じゃ?)、と考えると、其の代わりと云った具合に、飛んで来るのはワインの瓶で在った。
シエスタが、「味わって呑め!」、と酔った様な声で叫ぶ。
才人は、(酔っ払って飛行機運転すん無よなあ)、と切ない気持ちに成った。
「否、飛行機は操縦か」
と呟いたら、顎に瓶が打ち当たる。
才人は焦った声で叫んだ。
「タバサ、飛ばせ! “風竜”の加速成ら“ゼロ戦”から逃げられる!」
「タバサ? あたしはキュルケよ? ダーリン」
何時の間にか、タバサはキュルケへと変わって居た。而も貝殻で洋書を覆うのみの、グラビアから抜け出て来たかの様な格好をして、で在る。
「良いから早く逃げて呉れ! 此の儘じゃ殺される! 速く飛んで呉れ!」
「飛べ無いわよ!」
「“風竜”だろうが!」
「あたしの、火蜥蜴ちゃんだもの」
何時しか才人が跨って居るのは、キュルケの“サラマンダー”のフレイムへと変わって居た。
「何でだよ!?」
フレイムは一気に落下を開始した。
才人は慌ててデルフリンガーを掴もうとした。(こう成ったら“ガンダールヴ”の力で、追い縋る“ゼロ戦”に跳び乗って遣る!)、と想った為だ……。
「――うわ!? 身体が軽く成ら無え!」
左手を見ると、“ルーン”が消えて居た。
「よう才人。随分と楽しそうな夢を見て居るな」
「セイヴァー!? 救けて呉れッ! 頼むッ!」
必死な様子で才人は、俺へと頼み込んで来る。
が――。
「否々、楽しい夢は終わりってだけだから、救けるも何も無いんだわ、之が」
「――わ!? うわ!? わわ!?」
グングンと地面に近付いて行く。
「落ちる! 落ちる! ん? 何だあれ?」
才人の目に、視界に何かが映った。
光だ。
「さて、才人。目覚めの時だ」
「……光ってる。金色?」
激突する瞬間、才人は眩い、金色に光る何かに包まれた。
「落ちたッ!?」
と、目を覚ました才人は思わず絶叫した。
そして、ぜぇぜぇ、と荒い息を吐いて、心底ホッとした声で呟いた。
「夢かぁ……」
ボンヤリとした顔で、先程のドタバタドラマを才人は反芻した。
シエスタとルイズに追い掛けられたり、アンリエッタやジェシカや犬やタバサに迫られたり、のとんでも無い内容のドタバタ騒動で在る。
まあ夢でも無ければ、ルイズやシエスタ達が“地球”の“日本”の才人が通う学校の制服を着て居たり、タバサがフライトアテンダントの格好をして迫って来たり、何て事が在る訳も無いのだが。
才人は、「そん何モテ願望が強いのかな、俺って……」、と恥ずかしく成って、身悶えをした。暫し身悶えをした後、(今の俺、誰にも見られて無いだろうな?)、と心配に成って辺りを見回した。
「う!?」
確りと観客が居た。
才人の目に入って来たのは、自分を見詰める子供達の顔で在る。
大小男女取り混ぜて、色々な顔が在った。金色の髪、赤毛の子……プルネット、髪の色も様々だと云えるだろう。
目を覚ます成りモジモジとしたり、顔を赤らめたり、ホッと溜息を吐いたり、などと挙動不審な才人を心配そうな顔でジッと見詰めて居るのだ。何の子も薄汚れた服を着て居たが、目は活き活きと輝いて居るのが判る。
1人の金髪の男の子が、才人の上に跨って、ジッと顔を覗き込んで居る。
「えっと……今の俺、見てた?」
と才人が尋ねたら、男の子の顔が恐怖に歪んだ。
「変な人だ! 怪しい人だ!」
と叫んで、逃げ出して行く。
「お、おい……誤解だ誤解!」
「変人だ! 近付いちゃ駄目な種類の人だ!」
其の後に残りも続く。
「ちょ、ちょっと待って! 俺は別に変な人じゃ!」
然し、そんな才人の言い訳の言葉も届く筈も無く、子供達は一目散に部屋を飛び出して行って仕舞った。
後に残されたのは――。
「何々だよ……彼奴等。ちょっと夢見て恥ずかしく成ってクネってただけじゃんよ……しっかし、此処何処だ?」
才人は自分が今居る部屋を見回した。
小陳鞠とした部屋で在る。ベッドの脇に窓が1つ、反対側にドアが在る。部屋の真ん中には丸く小さなテーブルが置かれ、木の椅子が2脚添えられて居る。
才人が寝テイルベッドは粗末な造りでは在るが、清潔なモノで在った。白いシーツに、柔らかい毛布が掛けられて居るのだ。
「何処の宿屋成のかな……でも、何でそんなとこに俺ってば居るのよ……って其れ処じゃ無えだろ。俺、大怪我喰らって……」
才人は焦って、自分の身体を見詰めた。包帯が幾重にも身体を覆って居るのが判る。
其の時に成って遣っと、瀕死の淵へと追い込まれた激戦をハッキリと才人は想い出した。
そう。
ルイズ達を逃がす為に、たった2人で110,000の軍勢へと立ち向かって行ったので在った。想い出すだけで、身震いをして仕舞う激戦で在ったのだ。
110,000の軍勢の先鋒に突っ込んだ後は、デルフリンガーのアドバイスに従って、才人は指揮官“メイジ”を狙い捲くった。
相当な数の“メイジ”を遣っ付けた迄は良いのだが、“魔法”を散々に喰らって意識が遠退き始めた。フラフラに成り乍らも騎士に囲まれた偉い将軍っぽい“メイジ”と其の集団を見付け、突っ込んだので在る。
其の差規模の記憶は、才人には無かったのだが……。
「……兎に角救かったみたいだな」
と、ホッとした様な、気が抜けた様な声で才人は呟く。
のだが、其処で想い出した様に口を開く。
「其処に居るのか? セイヴァー」
「ああ。気付いて居たのか?」
駄目で元々、と云った風に、恐る恐る口を開く才人。
俺は“霊体化”を解き、腹を抱えて笑いそうに成るのを堪え、呆けた様に問い返した。
「否、何と無く。勘って奴かな……?」
「ほう。其れで其れで、英雄様は、ギャルゲー地味た夢を見て、目覚めた後、ブツブツと何かを呟き、身悶えして、子供達を恐がらせた、と」
「違う! ってか、何で御前が其れを知ってるんだよ!?」
「其れは御前、俺の“スキル”さ。そして、子供達云々は、此処でずっと“霊体化”した状態で待機して居たからだ」
「……趣味悪いな」
「何、之も俺の仕事の様なモノだ。御前の様子を観察して居た。中々に愉快だったぞ。貴様が見て居た夢は」
「何も言わ無いで、何も……」
そう話をして居て、才人は安心すると同時に疑問が沸々と湧いて来た事を感じた。
“魔法”の矢や火の玉を之でもかと云う程打つけられたと云うのに、其れ程傷が深い様には見え無いのだ。“ファイアーボール”が至近距離で爆発を起こして、左腕が隅みたいな状態に成ってしまった事を、才人は確かに覚えて居た。其れだけでは無い。(身体中がやべえ)、と想う位の血が流れ出たのだ。パックリと開いた腹の傷。俺た骨が内蔵に刺さった感触。詰まり、有り体に云って仕舞うので在れば瀕死の傷だったのだ。
其れで在るのに、今こうして才人は自分の身体を見ると……あれだけ酷かった左腕の火傷は消え、ピンク色の皮膚が包帯の隙間から覗いて居り、身体中の他の傷もまた取り敢えずは塞がって居ると云えるのだ。
才人は、(一体、自分の身体に何が在ったんだろう?)、と首を傾げた。
「まあ、“魔法”遣いがわんさか居る世界だから、何が起こっても不思議は無えか……」
と持ち前の楽天振りを発揮させて、才人は独り言ちた。
次の瞬間、知りたい事は「救かった」、其れだけでは無い事に気付いたので在る、才人は、(そうだ、自分の身体の事もそうだが、大事な事が他にも在ったじゃ成えか。俺ってば、セイヴァーと共に110,000の大軍に突っ込んだは良いけど……きっちり、敵軍を混乱させる事は出来たか? 味方が撤退する為の時間は稼げたのか? ルイズやシオン、皆は、無事に逃げ出す事が出来たのか?)、とホッとしたら、色々と想い出したので在る。
「ううむ……どう何だろ? 気に成るな」
才人はキョロキョロと視線を動かして、デルフリンガーを探した。
然し、部屋の何処にもあの“インテリジェンスソード”の姿は見当たら無い。捜して、(セヴァーに訊いても良いけど、此処の住人にあれからどう成ったのかと尋ね為いと)、と考え、才人は立ち上がろうとしたが……。
「――いだっ!?」
断末魔の蛙の様な声が、才人の喉から漏れた。
引き攣る様な激痛が、才人の脇腹と足と腕と足首と首を同時に襲ったので在る。粗全身を覆い尽くすかの様な痛みを前に、才人は目を白黒させた。
命は助かったのだが、酷い怪我で在る事に変わりは無いので在る。
目を覚めてから今迄の夢の中の様に感じさせて居たあの激戦が、急激にリアルな輪郭を持って、才人を揺さ振る。
ガタガタと才人は震え出した。抑えようとしても止まら無い震えに、才人は戸惑い、恐怖する。
一歩間違えれば、死んで居たのだ。間違い無く、才人は九死に一生を得たので在る。例え其れが、世界からの強制力、修正力に従るモノで在ろうと。
「でも……寝てられ無えな」
才人は、其の儘震えば治まる迄、ベッドに横たわって居たのだが。
「大人しくして居ろ、才人。デルフリンガーの代わりに答えられる範囲の事で在れば答えて遣る」
才人は、(確かめ為ければ成ら成い。命を懸けた自分達の行動が、きちんと報われたかどうか知りたい)、と云った気持ちなどから、何度も起き上がろうとする。
俺は、其れを制止しようと声を掛けるのだが、才人の気持ちは強く、止まる気配は全く無いと云えるだろう。
才人は、「いだ!?」、「あいだだ!?」、などと叫び乍らも、どう遣ったら痛みに襲われずに立ち上がる事が出来るのだろうと、色々と試して居る。
そうして居ると……。
「未だ動いちゃ駄目よ」
子供が逃げて行ったドアの隙間から……清水がサラサラと流れる様な、涼し気な声が響いた。
才人が、ハッ、とした様子でそちらの方を向く。
其処には、ドアを開けて、流れる星の川の様な金髪の娘が居た。
現れた少女の姿を見て、先ず才人の脳裏を過ったモノは……金色の光だった。
先程の夢で、最後に見た金色の光と同じモノだと云えるだろう。
あの輝きが、現実のモノと成って才人の目を焼こうとし、才人は慌てて目を凝らす。当然の事だが、実際に光って居る訳では無く、唯、其の少女が持つ印象が強過ぎる為か、在りもし無い光を感じて居るだけだ。
其れ位、眼の前に現れた少女は、才人に(美しい)と云った感想を抱かせるに十分な魅力を放って居た。否、実際に、美しい、と云った言葉が似合う、其の言葉が陳腐にすら想えて仕舞うだろう程の神々しい美貌を纏って居る。
才人は、取り敢えずと云った具合に、「はた、わだ、ほわだ」、などと声に成ら無い呻きを上げて、口をパクパクとさせた。
「どうしたの?」
キョトンと首を傾げ、少女は問い返す。
「否、あの、別に、其の」
「駄目でしょ、セイヴァーさん。其の人、目覚めた時に無理し無い様に見てて、と言ったじゃ成いですか」
「ああ、すまないな。此奴が余りにも面白い反応をするモノだからな」
言葉を選ぼうとして居る才人を他所に、少女は俺へと話し掛け、俺もまた其れに答える。
そして、少女は少しばかり気後れしたかの様にモジモジとした後、意を決した様に深呼吸をして、才人に近付いた。
少女は、粗末で丈の短い、草色のワンピースに身を包んで居るが、美しさを損ねる処か、逆に清楚さを演出して居ると云えるだろう。短い袖から細く美しい足が伸び、そんな足を可憐に彩る、白いサンダルを履いて居る。そんな少女の素朴な格好が、眩し過ぎる美しさを和らげ、親しみ易い雰囲気と印象を与えて居る。
才人の側に辿り着くと、少女は無理に笑顔を浮かべた。貴男を安心させる為に頑張って作りました、と云う様な笑みだと云える。だが、美しさに支障を来たす事は無く、寧ろ人の良さが滲み出て居るとも云えるだろう。
「良かった。2週間近くも眠ってたから……目覚め無いと想って心配してたの……でも、セイヴァーさんの言った通り、本当に目覚めて呉れて良かったわ」
「そん何寝てたのか……」
2週間近くも寝て居た事に驚く才人だが、彼は、眼の前の少女の美しさを前に更に驚愕した。
陽光を纏って居る様に感じさせたのは、額の真ん中で左右に分けられた長い髪の所為で在る。波打つ金色の海で在るかの様な其のブロンドの髪は窓から漏れる陽光を反射して、首を傾げただけで、シャララと崩れ、彼女の頬の上を泳ぐのだ。
作り込まれたCGの様な、完璧だと云える輪郭とシルエットを持つ顔を見て居ると、美しい、と想うと同時に、見る者を不安にさせるモノが有った。(之だけ綺麗な人間は、何かの間違い……神様の手違いで生まれたんじゃ?)、とも想わせる程で在る。
そして……才人は生まれて此の方見た事が無い、彼女の金色の髪の隙間からツンと尖った耳が覗いて居る事に気付く。
才人は、(随分と珍しい耳の形だな)、と想い乍らまたもや身体を動かそうとした其の刹那、先程のモノとは比べモノに成ら無いだろう程の激痛が、彼の脇腹に奔った。
「ふむ、痛いだろうな……瀕、否、かなり重症……だったからな。まあ、“痛みは生命活動の証”だ。無理せずユックリと治癒に専念する事だ」
其の痛みを感じただろう事に依る才人の顔の歪みを見て、俺は才人に出来る限り優しい声色と口調で言葉を掛ける。
そんな痛みと俺の言葉で、才人は急激に生きて居ると云う事――生を実感した。(自分は絶対死ぬ)、と想って居ただろうだけに、其の生の実感は、才人を思い切り揺さ振った。
萎れた花が水を吸う様に、才人の中に安堵の感情などが滑り込んで来たのだ。其れは安心の激流だと云えるだろう。命が救かった、と云う、感情の激流で在る。
「そっか……生きてたんだ、俺……」
「何だ、御前。今此処で話して居る俺達を幻か何かだと想ったのか?」
「そんな訳無いだろう……」
才人は、俺の言葉に軽く返し乍らも、目頭がジンワリと熱く成る事を感じる。
「あは。痛いって事は、生きてるって事だもんな。御前の言う通り、痛みは生命活動の証だな」
目頭に涙を浮かべ、才人は呟いた。
「何、受け売りだよ」
そんな才人の様子を見て、「あ、あの……包帯、キツく成い?」、と澄んた大粒の翠眼をパチクリとさせ、少女は才人に手を伸ばした。
生を実感すると直ぐ、才人の中で、今度は眼の前の少女の美しさが現実の輪郭を作って心を震えさせた。簡単に云えば、(嗚呼、こんな綺麗な人に触ったら罰が当たる)、と想ったのだ。
咄嗟にそんな風な事を感じてしまった才人は、ビクッ! と後ろに仰け反った。
すると、少女の方もまた、ハッ! 、と目を見開いた。そして、髪の隙間から覗いた自身の両耳に気付き、両手で隠した。見る見る内に、其の頬が桃色に染まって行くのが一目で判る。
「ご、御免為さい」
「え?」
「でも、安心して。危害を加えたり、し無いから」
才人は、そんな少女の言葉に、キョトンとした様子を見せる。
少女は、才人が後ろに仰け反った事で怯えて居る、と誤解した様子だ。
「――違う違う! 其の、別に怯えた訳じゃ無いんだ。唯、君があんまり其の、き、き、きき」
「きき?」
「綺麗だから、其の……」
才人は、そんな自身の台詞に、顔を赤くした。単純な事だが、女の子に「綺麗だ」と言う事に慣れて居無い為だろう。
彼女は驚いた表情を浮かべる。
「綺麗?」
「う、うん」
「此の耳を見ても、そう想うの?」
そう言って、少女は自身の耳を隠す手を退けた。
「うん」
怪訝と云った表情で、才人は首肯く。
どう遣ら才人は、此の少女の種族に気付いては居らず、(此の“ハルケギニア”には、“オーク鬼”遣ら“竜”遣ら、生き物とはとても想え無い“水の精霊”遣ら、奇妙な生き物が沢山居る。今更、尖った耳程度で、驚いたりは為無い。ま、そう言う人も居るんだろう)、位にしか想う事が出来て居無いのだ。
「……本当に、驚いて居ないの? 恐く成いの?」
疑わしそうな表情を浮かべ、少女は才人を見詰めた。
「そうだな。綺麗な金髪だ。シオンに勝るとも劣ら無い、並んで居ると言えるだろう」
「そうそう。ホントのホントに驚いて無いし、恐くも無いよ。何で“恐くない?” 何て訊くの? 何吐うか、他に恐いのは沢山居るだろ。“ドラゴン”とか、“トロル鬼”とかさ」
少女は、ホッ、とした表情を浮かべ、其の様な様子を見せる。
「“エルフ”を恐わがら無い人何て、珍しいわ」
「“エルフ”?」
才人も、聞いた事が有る名前だ、と云う事で目を見開いた。才人は、記憶の底を探って、想い出そうとする。
そう。此の世界――“ハルケギニア”に於いて時々、話題に昇る、“東方”に棲む種族の名前で在る。噂に拠ると凶暴で、“聖地”にも関連して居り、人と仲が悪いとも云われて居るのだ。
才人は、(何んな恐ろしい連中何だろう?)、と想って居た様子だが、眼の前の少女は其の様な評判とは程遠く、才人もまた安心した様子を見せる。
「そう、“エルフ”。私は混じり物だけど……」
自嘲気味に少女がそう呟く。すると、青磁の様な顔に、憂いの影が浮かんだのが見えた。
「そうだ。御前にも理解り易い形で説明を簡単にして遣るとだな……“地球”での伝説や伝承、神話などを始めゲームに出て来る種族の1つで在る“エルフ”。其れが此処“ハルケギニア”には実在して、そして彼女は混じり物――“ハーフエルフ”だ」
俺の説明を聞き乍らも、才人は、“日本”で遊んで居たRPGの事などを想い出し、「成る程」と首肯き、そして、(然しまあ、うっとりする様な憂い顔だ)と感じて居るだろう様子を見せる。
暫し、見惚れた様子を見せた後に才人は、(おい才人、美少女鑑賞を楽しんて居る場合じゃ無い。気に成る事が沢山有るじゃ成えか。どう遣って、俺は救かったんだろう? 戦争はどう成ったんだろう? ルイズは? シエスタは? 皆は? でも、先ずは目先の事だ。後で追々訊けば良い)、と想い直し考えた。
「セイヴァーと、君が救けて呉れたのか?」
才人は身体に巻かれて居る包帯を指指して問うた。
少女は、「ええ」、と首肯いた。
「そっか……有り難う。ホントに有り難う」
幾ら礼を言っても足り無い位で在ると云った風に、何度も、才人は御礼を述べた。
少女ははにかんだ様な笑みを浮かべた。どう遣ら、才人と会話を交わすのが照れ臭い様だ。気後れする位の美貌の持ち主で在るのにも関わらず、随分と初心らしい。まあ、才人も俺も初心で在るのだが。
そんな彼女の仕草を見て、つい頬が緩みそうに成って仕舞うのだが、才人は堪えた。そして、(でも……)、と才人の中で何かが引っ掛かった。(ちょとと、可怪しく成えか? 彼女が俺を救けた? おいおい、俺達は110,000の軍勢に突っ込んだんだぜ? 見た所、少女は普通の村娘の様な格好をして居るし、どう遣って大軍の中から、彼女は自分を救ける事が出来たんだろう? セイヴァーはどう遣って、あの大軍から抜け出て、俺を救け、此処に居るのだろう?)、と云った具合な疑問が才人の中で、猜疑心が芽生え、渦巻き始める。すると、才人は、眼の前の少女の美しさが、何か含みを持たモノに感じられ始めた。(若しかしたら、此の“エルフ”女、敵何じゃ成えの? 俺を安心させて、何らかの情報でも引き出そうとしてるんじゃ……)、と云った風に。
そう想い始めると、才人は、眼の前の美しい少女が敵の罠に見え始めた。映画や漫画では、スパイは綺麗な女性と相場が決まって居ると云える傾向が在る。其の上、此方の世界に来てルイズに出逢い、才人は1つの真理地味たモノに到達して居たのだ。可愛いからと云って中身もそうとは限ら無い。そう云う真理で在る。身体を張って得た、実例に満ちた、揺るぎ様の無いだろう真理で在る。そんな真理なども相まって、才人の中で、彼女に対する疑問が膨れ上がる。
「むむむ……」
「どうしたの?」
才人は、えー、こほん、と咳をすると、冷静な声を作り尋ねた。
「救けて呉れた事については、ホントのホントに感謝する。でも1つ訊いても良いかな?」
「どうぞ」
「森に倒れてたから、此処に運び込んだの」
少女の言葉に、才人は(森に倒れてた? 俺は、大軍の中で斃れたんだぞ? 何で森何だよ?)、と目を細め、少女を疑いの眼差しで見詰めた。
「じゃあ次は、セイヴァー」
「何だ?」
「御前はどう遣って、あの大軍の中から抜け出た? そして、俺が倒れてたらしい其の森に来れたんだ?」
「何、実にシンプルな事だよ。大軍から戦意を喪失させたからどうにか成っただけの事だ。森に関しても、其の場所しか無いだろう、と考えて居た。証人も確りと居るから安心しろ」
『本当だろうな?』
『本当だとも』
態々、気取られる事も気付かれる事も無い様に念話で俺へと確認をしに来る才人。
才人の表情は猜疑心などに満ち溢れたモノで在るが、どうにか俺が念話で返答をした為に信じはした様だ。
其れでも、此の場の雰囲気は少しばかり重いと云えるだろうか。
そんな中で、気不味い雰囲気を感じたのだろう……。
「じゃ、じゃあ、食事を持って来るわね」
少女は執り為す様にそう言って立ち去ろうとする。
其の腕を、才人は掴み止めた。
「俺の剣を何処に遣った?」
「ああ、貴男の側に在った剣? あのね、あの剣ね、何だか知ら無いけどね、騒ぐのよ。貴男を起こすと行け無いと想って、向こうの部屋に置いて在るけど……」
ピクン、と才人の眉が跳ねた。
「デルフが騒ぐのは、何か理由が在る筈だ」
「“理由が在る筈だ”、何て言われても……」
困った様な声で、少女はそう言った。
「確かに、デルフリンガーが騒ぐには何かしらの理由が有るだろうな。だがな、其奴の行動もまた気遣いに依るモノだ。責めて遣るな」
「あ、ああ……」
俺からの言葉に、才人は戸惑った様子を見せる。
其れから、少女は、自分の腕を握って居る才人の腕を見て、恥ずかしそうに唇を噛んだ。
「あ、あの……御願い、其の、手……」
少女は、才人の手を振り解こうと藻掻いた。
然し、才人は訊き出したいのだろう離さ無い。痛みに顔を顰めつつ、華奢な少女の腕を引き寄せる。
すると、増々少女の頬が赤みを増して行くのだった。
「あの……離して……御願い」
「ズバリ言いましょう」
然し才人と来ると、既に犯人を追い詰める名探偵気分全開の様子で在り、随分と困った性格をして居ると云えるだろう少年だ。死ぬ様な目に遭ったと云うのに、こう云う切無い部分は治ら無いらしい。馬鹿は死んでも、や、三つ子の魂百迄と遣ら、の様なモノだろう。
「君は“アルビオン”軍だね。言って御覧、“わたし、ア・ル・ビ・オ・ン”」
「ち、違うわ。其りゃ“アルビオン”人だけど、軍とは何の関係も無いわ」
怯えた様子で、少女は首を横に振る。
然し、探偵気分の才人は、すっかり彼女が“アルビオン”軍の手の者だと疑って仕舞って居る。
「貴女は、俺が“森の中で倒れて居た”、そう言いましたね? 所我ですな、俺は、敵軍のど真ん中で意識が失く成ってたんですな! 之が!」
「そ、そん成の私知ら無い……」
「吐き為さい」
「あ……!?」
少女は、才人に腕を引っ張られバランスを崩した。其の儘、才人の太腿の上に倒れ込んで仕舞う。
「吐け! って、え?」
瞬間、才人の顔が蒼白に成った。
何かが、才人の太腿の上で、ぐにょ、と潰れたので在る。
探偵気分と少女や俺への疑問が吹き飛んだのだろう、(おい才人、尋ねるぜ。今、太腿の上で潰れた物体は何だ?)、と云った具合に別の疑問が才人の心の中で膨れ上がって行った。(……胸? 位置的には胸で在る。然し……とてもじゃ無いが、胸とは想え無い。こんなサイズの胸は、在っては成ら無い筈で在る。そう、在っては成ら無いので在る。普通だったら“胸が在る部分に、何かを入れて居る人だろうか?”)、と才人は煮えつつもどうにか想像をした。(大きなふかふかのパンとか。縫い包みとか。ええと、丸めた座布団とか。んな訳無い。と成るとやはり、之は胸だ。自然界の法則を無視した、良け無い胸だ)、とも考えた。
彼女の横顔が、才人の目にチラッと入る。
彼女は真っ赤に成って仕舞って居る。羞恥と緊張からだろう、もう喋る事も出来無いで居る様子だ。腕を才人に握られて居る為に、どうにも立ち上がる事が出来無いでも居る。其れでも健気に、少女は立ち上がろうと藻掻いた。
才人は苦しく成ったと云った様子で、自身の喉を押さえた。(そ、そんな事されたら。俺は。嗚呼、俺は……)、と考えて居るのだろう。
才人の太腿の上に在る、柔らかくズッシリとした物体がウネウネと形を変える。
才人は口を開けて、そんな少女を見詰める。才人は、心臓の弁が突き破れ、勢い余った血液が鼻から吹き出そうな錯覚を覚えた。だが、鼓動のスピードは確かに激しいドラムを叩き出し、才人の中で熱狂のライブを開始した。
細い金色の髪の隙間から覗く尖った耳を見詰め乍ら……才人の頭の中で、(でけえ)と云う感想の3文字がスパークでもする様に浮かび上がる。そして、(そう、之を言う成らば……
「あ、や……は、ん」
と何だか艶めかしい声を上げ乍らも、少女は藻掻いた。
才人は、(此の野郎、身体は細いのに、何で胸だけが可怪しいのだ。きっと胸に栄養が集まったんだろうな、どう言う原理が働いて居るんだろうな? 何時か理科で習った、“メンデル”先生自分に教えて下さい……優性遺伝の法則の見地から、此の奇跡を説明して下さい……)、と煮え切った頭で考えて居る。
「御姉ちゃんが大変だ!」
「テファ御姉ちゃんに何してるんだ!?」
「御姉ちゃんに変な事するな!」
扉の隙間から、ジッと部屋の中の様子を窺って居たのだろう。先程、才人と、“霊体化”して居た俺の側に居た子供達が、ドッと部屋に雪崩れ込んで来た。
「ティファニア御姉ちゃんから手を離せ!」
此処で漸く、才人は、“ハーフエルフ”の少女がティファニアと云う名前で在る事を知る。
子供達は、彼女の腕を握り締めて居る才人を、ポカポカと殴り始める。
「え!? 否! 其の! ちが! 違うんだ子供達!」
才人は返って言い訳をしようと努めたのだが……子供達の勢いは激しかった。
此の少女――ティファニアは、子供達の宝物でも在る様な存在で在る。
才人は、痴漢容疑で取り押さえられる哀れな男性の様に、正義感の強い子供達に攻撃を喰らって仕舞う。
「ちょっとした誤解何だ! 此の人、胸が可怪しいからの其の! 俺、驚いちゃって! だから違うんだ! 驚いただけで、襲うとかそんな事は之っぽっちも!」
「違わ無い! どう見たって変な事しようとしてる!」
尤もな感想を、在りの儘の事を、1人の子供が言った。
「悪者! 退治して遣る!」
「セイヴァーさんもセイヴァーさんだよ。どうして止め無かったの!?」
「否くく、ああ、否すまない。余りにも才人の反応が愉快だったのでな」
「待った! 悪かった! 其の! ぎゃ!?」
幼い金髪の女の子に「之でも喰らい為さい!」と、強かにフライパンで殴れた。
才人は、(そう言えば、夢でもフライパンで殴られたな)、とどうでも良いだろう感想を抱き乍ら、再び無意識の世界へと旅立って行った。
痛む頭を擦り乍ら、才人は再び目を覚ました。
ティファニアが扉を開けて、部屋へと入る。
彼女は恐縮した様子で、「先刻は、こ、子供達が御免為さい……言い聞かせて置いたから……あの其の、変な事はされて無いよって」
ティファニアの後ろから、俺はデルフリンガーを持ち乍ら、彼女に続いて部屋へと入る。
「否々、子供達の反応は尤もなモノだ。あれは才人が悪いな」
俺はそう言って、デルフリンガーをベッドへと立て掛ける。
「デルフ!」
「いよぉ相棒……遣っと目が覚めたか。良かった良かった」
デルフリンガーは、才人に、気を失ってからの出来事を掻い摘んで説明をした。
将軍を遣っ付ける寸前で斃れた事。
デルフリンガーが、吸い込んだ“魔法”に込められた“精神力”を蓄積して其の分だけ使い手で在る“ガンダールヴ”を動かす事が出来る、能力で、森の中迄逃げた事。
「セイヴァーの御蔭で、どうにか森の中迄逃げる事は出来はしたが、おりゃあ、途方に暮れてたのよ。ぶっちゃけ相棒、死んでたんだよ。心臓も止まってたし。参ったなあ、折角仲良く成れたのに、死んじまい遣がった。嗚呼オイラどうしようデルフどうしよう伝説困ったなあって」
「良く救かったな……」
と才人は、改て己の身体をマジマジと見詰めた。
「相手してよ」
「黙れ。そんな能力が有った癖に黙ってんじゃ無えよ」
「忘れてだんだもん……おりゃあ、忘れっぽいのよ。でも相棒死んじまって哀しかったぜ。やっぱり相棒は相棒だもんよ。否、伝説じゃ無く成っちまったって、相棒は相棒……」
歯切れの悪そうな調子でそう言ったのだが、もう、才人はそんなデルフリンガーの繰り言を聞いて居無い様子だ。
痛む身体を誤魔化すかの様に、俺へと目を向ける。
「って事は……君が、“アルビオン”軍の手先と云うのは……」
震える声で呟く才人に、ティファニアは(もう気にして無いよ)と云った様子で苦笑を浮かべる。
「否、中々に愉快だったぞ才人。貴様の見当違いと鼻の伸ばし様と来ると」
「何だよセイヴァー、言って呉れれば……ああ、ホントに御免っ! 俺……救けて貰った癖に、敵の罠だ何て疑って……」
誂う俺に反応を返して直ぐ、才人は思いっ切りティファニアへと頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
「え? 良いのよ。そんな、あの、気に為無いで」
照れた様な表情などで、ティファニアが呟く。
「でも、あれだけの怪我が良く治ったな……」
一息吐くと、才人は、持ち前の好奇心が頭を持ち上げた様子を見せる。才人は気に成って居ただろう事を、尋ねた。
「良かったら、教えて呉れ成いか? 殆ど死んでた状態の俺を、一体何な“魔法”を使って治したんだ?」
言おうか言うまいか、ティファニアは迷う素振りを見せた後……指輪を見せた。
燻んだ銀の台座のみの、古ぼけた指輪で在った。
以前は石が嵌まって居たのだろうが、銀の台座から爪が4本出て居るのが見える。
「此の指輪で治したの?」
才人の確認に、ティファニアはコクリと硬い表情を浮かべて首肯いた。
「凄え指輪だな! あんな大怪我を治しちまう何て! 之が在ったら、怪我や病気で死ぬ人何か居無く成るな!」
才人の言葉に、ティファニアは首を横に振った。
「其れはもう、無理」
才人が「何て?」と不思議そうな表情を浮かべると、フェルフリンガーが言った。
「“先住の魔法”だ。“エルフ”の宝、そんなとこかい? “ハーフエルフ”の娘さんよ」
ティファニアは、驚いた表情を浮かべる。
「おやおや“何で知ってるんだ?” って顔だねえ。何せ随分長く生きてるもんでね。ちょっとばかり物知り成のさ」
「そう……成ら話しても理解るわね。此の指輪は、剣さんの言う通り、“先住の魔法”の“水”の力が込められた、否込められて居た指輪。名前は判ら無いけど……死んだ母から貰った形見の品よ」
「母親が、“エルフ”だったのかい?」
デルフリンガーの質問に、ティファニアは首肯いた。
「何だ、何遣ら込み入った事情が有りそうだね。まあ、詳しくは訊か無えが……でも、台座しか無いってこたぁ、込められた“魔力”を使い果たしちまったみてえだね」
「其の通りよ。“水”の力が込められた石が此処に待ってたんだけど、
才人は、心底申し訳無いと云った気分に成って仕舞った。
ティファニアは母親の形見の大事な指輪を使用して、才人を治したのだ。
「ティファニアさん……だっけ?」
「ティファニアで良いわ。セイヴァーさんもそう呼んで呉れてるし。呼び難かったら、テファで構わ無いわ」
美の化身かと見紛う様な笑みで、ティファニアが言った。
「じゃあテファ。ホントのホントに、其の……俺、何て御礼を言って良いか……そん成に大事な指輪成のに、俺何かを治す為に……」
「え? 良いの良いの! 道具はね、使う為に在るのよ!」
ティファニアは慌てた口調で言った。
「そっか……」
才人はガバッ! と顔を上げた。
「俺、御礼が出来る様なモノ、何も持って無いけど、ちょっとした力が有るんだ」
「相棒」
困った声と調子で、デルフリンガーが呟く。
が、無視して、才人は続けた。
「詳しくは話せ無いけど、何でも“武器”を操れるんだ! だから、何か困ってる事が在ったら言って呉れ! 例えば、猛獣が村を襲うとか、怪物に夜道を狙われてるとか……」
才人はベッドの上から、ティファニアの手を握った。
「い、今の所は……」
と苦笑を浮かべて、ティファニアが呟く。
「まあ見てろって! こう遣って“武器”をね! 掴むとね! 左手の“ルーン”が光ったりしちゃう訳何だな! 之が!」
才人は、手を伸ばしてベッドに立て掛けられたデルフリンガーを掴んだ。
「あ、相棒……」
デルフリンガーは、やはり困った様な声を出す。
「ほら! こう遣って剣を握ると、左手の“ルーン”が……って、あれ?」
デルフリンガーを握ったと云うのに、何も光ら無い為に、才人はキョトンとした様子を見せる。何時もで在れば、左手の“ルーン”が輝き出し、羽でも生えたかの様に身体が軽く成るのだが……。
「ど、どうしたんだ?」
慌てて左手を見詰め、才人はあんぐりと口を開けた。
「ルルル……」
「否な? 相棒。だから言っただろうが。伝説じゃ無く成っちまっても、相棒は相棒だって。そうゆう関係何吐うの? 友達? だからあんまり気を落とす無よ。ちゃんと相手はして遣るから。舐めるけど……」
執り為す様な、デルフリンガーの声と調子。
「“ルーン”が無えッ!?」
才人は絶叫した。
其処に書かれて居る筈の、“ガンダールヴ”としての印が、跡形も無く消えて居たのだから。