才人が目覚めてから、10日が過ぎた。
掛けられたティファニアの指輪に依る“先住魔法”は強力で在り、瀕死の怪我を負って居た才人は、眠って居た2週間も合わせて、3週間で略完全に回復をしたと云えるだろう。だが……。
戻って来無いモノが在った。
肘を突き、才人は寂し気に溜息を吐いた。
何とも、聞く側をも切ない気分にさせて来そうな、とても切ない溜息で在る。
「溜息の数だけ、幸せが逃げて行くぞ」
俺の言葉は、スルーされて仕舞う。
才人はティファニアの家の裏に積まれた、薪の上に腰掛けて居り、後ろには、丸太と漆喰で造られたティファニアの家が在る。
そんな才人の横に、今俺は居る。
眼の前には陽光に照らされて、美しい輝きを放つ木々が生い茂って居る。
此処は“サウスゴータ”地方の“ウエストウッド村”と云う所だ。“シティオブサウスゴータ”と港町“ロサイス”を結ぶ街道から、少しばかり外れた森の中に在る小さな村だ。
ティファニアの話では、才人と俺が“アルビオン”軍を食い止めた丘から、余り離れて居無い場所で在る事が判る。
ホントに世間から忘れ去られた様な村で在り、こう遣って眺め回して見ても、森を切り開いて造った空き地に、小さな藁葺の家が10軒ばかり、寄り添う様にして立って居るのみで在ると云えるだろう。
薪の山に立て掛けられて居るデルフリンガーが、ノンビリとした声で言った。
「いやぁ、“アルビオン”軍は、“ロサイス”の連合軍を取り逃がした様だね。味方が無事撤退する時間は稼げたって訳だ。相棒、命を張って敵を食い止めた甲斐が在るってもんじゃ成えか」
其の事は、先日、村に物売りに来た商人から聞いたので在る。
まるで自分が見て来たかの様に、布や紐を売りに来た商人は“神聖アルビオン共和国”の逆転負けを語って居た。彼は「之で暮らしも少しは楽に成る」と、嬉しそうな様子で在った。やはり、“アルビオン”の“貴族派”は、自国民にも好かれては居無かったので在る。
「御負けに戦争も終わった。言う事無ねえ」
突如参戦した“ガリア”が、“アルビオン”軍を降伏に追い込んだ事もまた、才人は合わせて知った。
「逃げ出したって、勝ちは勝ちさ」
然し、才人はどうにも浮か無い様子で在る。
「……そうだな」
ルイズやシオン達も無事に逃げられたに違い無い。其れはとても喜ばしいのだが……。
ボンヤリと左手を見詰め、「綺麗なまんまだ」、と才人は呟く。
そう、消えた“ルーン”は当然復活し無かった。
完全に“契約”は解除されて仕舞ったのだ。
「俺、ホントに“ガンダールヴ”じゃ無く成っちまったんだな」
「だねえ、否、あれからどうして“使い魔”の“契約”が外れちまったのか、考えたんだけども……」
「どうして何だ?」
デルフリンガーは自身の考えを口にしようとし、才人は其れを促す。
「1回心臓が止まっちまったからだろうなあ。そんな相棒を、“使い魔”の“ルーン”は死んだと判断したのさ。“先住”の“魔法”の事は、“メイジ”の扱う“魔法”じゃ想定外だ。死にそうな犬から蚤が逃げ出すみたいに、“ルーン”に此りゃ行け無え、何て思われちまったんだよ。どうだ、セイヴァー?」
「そうだな、概ね其の通りだ。其の解釈で間違っては居無いだろうよ」
「そっか」
浮か無い才人を慰める様な声で、デルフリンガーは言った。
「おいおい、スッキリしたんじゃ無えのか? 之でも、あの子煩い“貴族”の娘っ子に、文句を言われる事も無い。死ぬ様な目に遭わされる事も無えよ」
「そうだけど、そう何だけどよ」
才人の中では、諦め切れ無い、苦い感情が在った。
そして、才人は顔を上げ、デルフリンガーと俺へと尋ねて来た。
「……もう1度、ルイズと“契約”するって訳には行か無えのか?」
「何で?」
俺の代わりに、デルフリンガーが反応を返す。
「良いから。訊いた事に答えて呉れよ」
「障害は2つ在る」
「うん」
「先ず、“サモン・サーヴァント”で“召喚”されるかどうかってとこだな。あの娘っ子が其奴を唱えた時、相棒の前に“ゲート”が開くかどうか判ら無え」
「…………」
「実際の所、どうして其奴が“使い魔”として選ばれるのか、判っちゃ居無えんだ。“4系統”成ら、使う“系統”を象徴する様な動物や“幻獣”の前に“ゲート”が開くが……何せあの娘っ子はほら、“虚無”だかんね。何な理屈で“使い魔”を選んで居るのか、俺にも理解ら無え。唯……」
「唯?」
「“運命”何て言われたりしてるけどね」
「ふむ、俺とルイズが、“運命”と遣らで結び付いてる成ら、再び“ゲート”が開くって事か?」
「さあね。でも、此処で別れる“運命”だって在るからね。そうだったら其れ迄さ」
「む……じゃあ、次の障害は?」
「“コントラクト・サーヴァント”」
才人は、此の世界――“ハルケギニア”に呼び出された時、ルイズとキスをした事を想い出した。
そう。才人やルイズ達からしてみると、あれから始まったので在る。
「ああ、あのキスする奴か」
「そうだね。“召喚”そして“契約”。此の2つを乗り越えて、初めて“使い魔”に成るんだ」
「キスすれば良いだけの話だろ?」
「其りゃあ形だろうが。実際には、身体に“ルーン”を刻む、かなりキツい行為何だぜ?」
才人はあの時、身体が焼け付く様な痛みを感じた事を想い出す。
「……あの位、何でも無えよ」
「御勧めし無えがね」
とデルフリンガーは、言い難そうに呟いた。
「何でだ?」
「うーん、其の、何て言うかだな、“メイジ”は“使い魔”が死ねば、次の“使い魔”を“召喚”出来るが……“使い魔”はそうじゃ無え。“使い魔”にとって、“契約”は一生モンだしな。生きてる状態で“契約”が外れるって事は先ず、在り得無えから」
「むむ……」
「そんな訳で、“メイジ”と2回目の“契約”をした“使い魔”の存在何か聞いた事無えし、遣っちまったら、其奴の身体に何が起こるか判ら無え……」
歯切れの悪い声で、デルフリンガーは言った。
「だからな、悪い事は言わ無え。折角拾った命、むざむざ危険に晒す事は無えよ……其れにな、“契約”が失敗したら、困るのは相棒だけじゃ無え。あの娘っ子も、どう成るか判ら無え。おりゃあ、そん成の見たく無えよ。気が滅入るからね」
才人はデルフリンガーの言葉を、其の言葉の意味を十分に理解出来た。
だが、其れでも才人は諦め切る事が出来無かった。
ポッカリと心に穴が空いて仕舞ったかの様な気分に、才人は成って居るのだ。ルイズとの絆が無く成って仕舞った、とそう感じたので在る。其れは身を裂かれる選り、今の才人にとっては辛い事だった。
「だからよ、そんな浮か無い顔する無よ。之で心置き無く、東に迎えるじゃ成えか。付き合うよ」
「俺が、“ガンダールヴ”じゃ無く成っても、御前は良いのか?」
「良いさ。6,000年も生きて来たんだ。俺にとっちゃあ、相棒との時間何て一瞬みてえなもんさ」
才人は溜息を吐いて、言った。
「でも、ルイズはそうじゃ無えんだよな」
「まあね。あの娘っ子には、大義が有るからね」
屈託の無い声で、デルフリンガーは言った。
才人は自分に言い聞かせる様に首肯いた。
「ああ。彼奴には、自分を認めさせる、って云う目的が有るからな……“魔法”も使え無い、唯の人間に過ぎ無い俺が居たんじゃ、足手纏いだよな……」
「で、御前さんはどう想って居るんだい? セイヴァー」
「ん? 俺の考えか?」
落ち込む才人を他所に、デルフリンガーは俺へと質問をして来る。
「そうだな。先ず御前の考えは正しいモノだろう」
「そうだろうとも」
「だが、既に条件はクリアされて居ると想うがね」
「どう云う意味だ?」
其処で、才人は顔を上げて俺へと目を向けて口を開いた。
「先ず1つ目、御前の眼の前には幾らか前の夜、“サモン・サーヴァント”に依る“ゲート”が開かれた」
「あの光って、其の“ゲート”成のか?」
「そうだろうさ。そして、2つ目、其れも既にクリアされて居ると想える」
「其れはどうしてだね? 其れに、どうにか成って言っても、相棒の身体に何が起こるか」
「何が起こるのかは判ら無いだろうが、其れでもどうにか成るだろうさ」
「何でそんな自信満々何だよ?」
「そうだな。何故? か……其れは、御前や俺が此処――“ハルケギニア”とは違う世界、異世界、そう、“地球”出身だからだ」
「其れがどうして自信の元に成るって訊いてるんだ?」
「遠く離れた場所からでも“ゲート”を繋げ、喚び出す事が出来る。だが其れは基本、此の世界――“ハルケギニア”だけの事だ。だが、此処に例外が在る」
「例外?」
「そうだ。俺達、異世界人……異なる世界と世界を結び付けて喚び出す程の“魔法”だ。其れだけの“運命”や縁が御前達には有るって事だ。其れに、“聖杯戦争”も在る」
俺の言葉に、才人もデルフリンガーも、ハッとした様な様子を見せる。
今の彼女は裸も同然だ。唯、“虚無”と“コモン・マジック”を使えるだけの、か弱い女の子で在るのだから。“コモン・マジック”は何かを傷付ける事や守る事が出来る程強力では無い。“虚無”は強力なモノが多いが、膨大な“精神力”を溜めて置く必要が在り、尚且つ使用時には其れが全て一瞬で失って仕舞うだろう程の消耗性が在るのだから。
そんな事を話し考えて居ると、後ろから声が掛けられる。
「あの……」
振り向くと、困った様子のティファニアが立って居た。
「ん?」
「薪を……」
どう遣ら才人が腰掛けて居る薪を取りに来たらしい。
ティファニアは、尖った耳を隠す様に、大きな帽子を冠って居る。
「あ、御免」
と才人は立ち上がる。
ティファニアは、そんな才人と目を合わせ無い様に意識してか俯いて、薪に手を伸ばす。
才人は、(警戒されてるんだ)と想った。
我々は異世界人で在る。
何処の馬の骨とも判ら無い俺達が何時迄も居るんじゃ不安だろう部分も確かに有るのだろう。
才人は、(幾ら命を救けて呉れたとは言え……治ったら出て行か為くては迷惑だ)とも想った。
「御免、随分と世話に成っちゃったな。俺達、そろそろ出て行くから、そん何恐がら無くても良いよ。そうだよな、戦争だって終わったばかりだし、俺達みたいな変な奴が村に居たんじゃ困るよな」
ティファニアは目を見開いた。
「あ、違うの! 違う! そうじゃ無い! 私……其の、同じ年位の男の子と、話した事無くって……ちょっと緊張してるって言うか……警戒してるとか、恐がってるとか、そう云うのじゃ無いの。だから傷がちゃんと治る迄、ずっと居て良いの。私こそ御免為さい」
ティファニアは、モジモジと恥ずかしそうに頭を下げた。
彼女のそんな様子を見て、才人は少し明るい気持ちに成る事が出来た。其れから、(随分と人見知りする子何だろう。其れ成のに、彼女は自分を救けて呉れたのだ)と云った具合に感動もした。
「そっか、君は可愛いだけじゃ無く、優しいんだね」
「か、可愛く無いよ!」
才人の言葉を、ティファニアは驚いた後に否定する。
「可愛いよ。其れにホントに優しいと想う」
「そうだな。確かに、君は優しい娘だ。其の優しさを忘れ無いで居て欲しいモノだな」
と才人が言ったら、ティファニアは帽子を深く冠って仕舞った。恥ずかしがって居るのだろう。
「優しいとか、そう言うんじゃ無くって……唯、母さんが言ってたから」
「御母さんが?」
才人は、其の懐かしい響きを含んだ言葉を聞いて、問い返した。
「そう。“エルフ”の……死んじゃった御母さん。あの指輪を呉れて、私に言ったの。“困って居る人を見付けたら必ず助けて上げ為さい”って。母さんは其の言葉の通りの人だったの。自分を省み無いで、愛する人の為に尽くした人だった。だから私も……」
「其れが君の優しさと強さの元か。母親を愛して居るのと同時に尊敬して居るのだな、君は」
「…………」
ティファニアは、俺の言葉を聞いて恥ずかしそうに俯いた。
デルフリンガーが横から口を出す。
「何だか、込み入った事情が有るみてえだね」
ティファニアは再び俯いた。
「此の“ウエストウッド村”にしてもそうだね。見た所、子供しか居無えじゃ成えか」
才人も「そう言やそうだな」と首肯いた。
3週間近くも滞在をして居るのだが、大人の姿など1度も見て居無いのだ。
「此の村は、孤児院成のよ。親を亡くした子供達を引き取って、皆で暮らしてるの」
「君が、面倒を見て居るのか?」
「私は一応年長だから、御飯を作ったりの世話はしてるけど……」
「金はどうしてるんだ?」
とデルフリンガーが尋ねる。
「昔の知り合いの方が、御金を送って下さるの。其れで生活に必要な御金は賄ってるのよ」
ティファニアは言い難そうに言った。
「“ハーフエルフ”で、“先住”の“魔法”の力を秘めた指輪を持ってる御前さんが、そんな孤児だらけの村に居るのには、何な訳が有るんだい?」
「デルフ」
才人が、デルフリンガーを窘める。
「さて、御前さんの秘密は、そんな境遇と指輪だけじゃ無えね。何か、他のモノも隠してるんじゃ成えのか?」
其れでも続けて質問をするデルフリンガーの言葉に、ティファニアは黙って仕舞った。
「御免な、話したく無い事は話さ無くて良いんだよテファ。デルフ、良い加減にしろよ。もう、何成の御前、剣の癖に訊きたがりで……」
才人がそう言った時……シュカッ! と乾いた音がした。
見ると、1本の矢が、腰抜けた薪の1本に刺さって居る。
「危ねえなあ。猟師でも居るのか?」
シュカカ! シュカッ! と再び矢は次々に飛んで来て、俺達の周りの地面に次々と刺さる。
「誰だッ!?」
と才人が怒鳴ると、森の中から傭兵と思しき格好の一団が現れた。
「おい御前等。村長は居るか? 居る成ら呼んで来い」
現れたのは十数人程だ。全員が弓矢や槍などで武装をして居る。
「驚いたな……
“
敵意の有る者が森へと入ると、そんな“
「な、何の用ですか?」
ティファニアが、怯えた声で呟く。
「おや、随分と別嬪だな。こんな森の中に閉じ込めて置くには勿体無えな」
1人がそう言って、近付いて来る。小狡そうな顔をした、額に切り傷が有る男だ。どう遣ら彼が此の集団のボスらしい。
「貴男達は何々ですか? 傭兵?」
「元、傭兵だよ。戦争が終わっちまったから、本業に戻るのさ」
「本業?」
「盗賊だよ」
と1人が言うと、何が可笑しいのか残りが笑った。
「全く、付いて無えや。楽な追撃戦だと思ってたら、行き成りの“ガリア”の参戦で降伏だってよ。意味が理解ら無えや。兎に角報酬はパァ。だからせめて本業で稼が無えと、飯も食え無えって訳だよ」
「其れに、此処に来る迄の間に変な迷路に迷っちまうし、“亜人”か何か見た事が無い魔物共に襲われるし」
そう言って、傭兵基盗賊達はゲラゲラと笑う。
「そうか。其れは災難だったな。まあ、御前達にとっては全てが間が悪かっただけの事だ。気にするな。帰り道には迷路は出て来無い。安心して疾く去ね」
「出てって。貴男方に上げられる様なモノは何も在りません」
俺に続いて、気丈に言い返すティファニアを見て、男達は笑った。
「在るじゃ成えか」
「え?」
「こんな貧乏そうな村に、金目のモノが在る何て想っちゃ居無えよ。俺達が扱ってるのは、御前みたいな別嬪な娘だよ」
「之だけのタマ成ら、金貨にして2,000は行くんじゃ成えのか?」
此の盗賊達は人攫いを生業にして居る様だ。
1人が近付いて来て、ティファニアに触れようとした其の瞬間……。
才人が立ち塞がった。
「止めろ」
「何だ? ガキ。命が惜しかったらすっ込んでろ。売り物に成りそうな奴以外、興味は無え」
「テファに触るな」
「俺達ゃ、真面目な商売人だよ。商品に傷は付け無え。安心しろよ」
盗賊達は、「多少の味見はするがね」、と下品に笑い合う。
そんな盗賊達を前に、才人はデルフリンガーに手を伸ばした。
デルフリンガーが、困った声で囁いた。
「……相棒、止めとけ。今の相棒じゃ、勝ち目は無えよ」
「なあ小僧。俺達はもう人殺しは嫌何だよ。出来る事成ら、平和に稼ぎてえのさ」
槍を構えて、盗賊の1人が言った。
才人は、ぐっ……と拳を握りしめた。そう。今の才人には、“ガンダールヴ”としての力は無い。
「守りたいので在れば、其の
俺は、 “黒い方が陽剣・干将で在り、白い方が陰剣・莫耶と云った陰陽二振りの短剣”――“互いに引き合う性質を持つ夫婦剣”――“
「セイヴァー?」
「今の御前には確かに、伝説の力は無いだろう。其れは事実だ。だが、御前には経験が有る。其の力を振るって来た事で身体は其れを覚えて居る。身体能力は強化され無いだろうがな」
「…………」
「あの時、俺は言った筈だ。“見っとも無いが、誰かを助けたいと言う気持ちが有る成ら、ギリギリ
才人は、決心した様にデルフリンガーを掴んだ。
「命の恩人を見捨てる訳には行か無えだろがよ」
「相棒……」
「なあ坊や達。知ってるか?」
槍を握った男が、俺が“
「な、何だよ?」
才人は震える声で、訊き返す。
「俺達は、“トリステイン”と“ゲルマニア”の連合軍を遣っ付ける為に、“ロサイス”に向かってたんだ。でも、たっだ2人に止められた。後方に居たんで、詳しくは知ら無えが……ま、御前さん達も、勇気だけは其奴等を変わら無え。褒めて遣るよ」
「其れは、俺達だよ」
デルフリンガーを握った才人は、またも震える声で言った。
盗賊の男達は笑い出した。
「おいおい! 剣を握っただけで震えてる御前が“アルビオン”軍を止めたって言うのか!?」
「嘘を吐く成らもうちょっとマシな嘘を吐けっての! 110,000だぜ! 110,000!」
「煩え!」
「気にする必要は無い。震えるのは当然だ。其れは、御前が
俺の言葉に才人はデルフリンガーを強く握り締める。そして、デルフリンガーを振り上げて、笑った男に跳び掛かった。
相手で在る男は真顔に成ると、才人の剣を槍で受けた。
「うぅ!」
難無くデルフリンガーは弾き返されて仕舞う。
男は巧みに槍を捌くと、才人の足を払う。
呆気無く、才人は地面に転がって仕舞った。
其の顔に槍を突き付け、男は冷酷な声で言った。
「なあ小僧」
「く……」
「次生まれて来る時は、法螺の吹き具合を考えな」
観念して、才人が目を瞑った其の瞬間――。
「“ナウシド・イサ・エイワーズ”……」
才人の後ろから、声が聞こ得た。
緩やかな唄う様な調べだ。
才人が、何時も背中に聞いた、“呪文”の調べ。
「“ハララズ・ユル・ベオグ”……」
そう。ルイズが唱える其れと同じ響きを持ったモノだ。
「“ニード・イス・アルジーズ”……」
才人が立ち上がり振り向くと、ティファニアは取り出した小さな“杖”を握って居る。鉛筆の様子に小さく、細い“杖”だ。
「何だ? 姐ちゃん。“貴族”の真似事か? ったく、張っ足りも良い加減に……」
「“ベルカナ・マン・ラグー”……」
1人の男が近付いた其の瞬間……。
指揮者がタクトを振り下ろすかの様に自身に満ちた態度で、ティファニアは“杖”を振り下ろした。
陽炎の様に、空気が戦いた。
男達を包む空気が歪む。
「ふぇ……?」
霧が晴れるかの様に、空気の歪みは次第に戻って行き、完全に戻った時……男達は呆けたかの様に、宙を見詰めて居た。
「あれ? 俺達、何をしてたんだ?」
「此処何処? 何でこんな所に居るんだ?」
俺は、“投影”した“
ティファニアは、落ち着き払った声で男達に告げる。
「貴男達は、森に偵察に来て、迷ったのよ」
「そ、そうか?」
「隊は彼処。森を抜けると街道に出るから、北に真っ直ぐ行って」
「あ、有り難うよ……」
男達はフラフラと、頼り無気な足取りで去って行く。
呆然として、才人は其の背中を見詰める。
今の彼等には敵意や害意などは全く無く、俺が条件付けして設置して居る改変した“
最後の1人が森に消えた後、ティファニアの方を向いた。
ティファニアは、恥ずかしそうな声で言った。
「……彼等の記憶を奪ったの。森に来た目的の記憶よ。街道に出る頃には、私達の事もすっかり忘れてる筈だわ」
「“魔法”成のか?」
ティファニアは首肯いた。
才人の中で、急速に何かが結び付いた。
「じゃあ、“竜騎士”達を助けて、其の記憶を奪ったのも……」
「そう。あの人達は知り合いだったのね」
才人は首肯いた。
人の記憶を奪う“魔法”……。
“風”、“水”、“火”、“土”……何の“系統”にも、当て嵌まり難いモノだと云えるだろう。強いて可能だろうと想え、挙げる事が出来るのは、“精神”などに干渉する事が出来る“水”だが。
震え乍ら、才人は尋ねた。
「……今のは、何な“魔法”何だ?」
ティファニアの代わりに、デルフリンガーが答えた。
「“虚無”だよ。“虚無”」
「“虚無”?」
ティファニアはキョトンとして、デルフリンガーを見詰めた。
「……何だ、正体も知ら無えで使ってたのかい」
才人は口をあんぐりと開けて、ティファニアを見詰めた。
在り得無いと想わせる程の胸を持つ少女は……在り得無いと想われて居た力をも秘めて居たので在る。
「兎に角……御前さんがどうして其の力を使える様に成ったのか、聴かせて貰おうか」
デルフリンガーの言葉に、才人は首肯く。
「ふむ。“忘却”の“魔法”……対象が持つ記憶から、任意の部分だけを抜き取り消し去る、否、寄り正確に言えば、文字通りに忘れさせる、蓋をする“魔法”……実に効果的だ。だが、欠点を挙げるとすれば、“虚無”故の、其の“呪文”、“詠唱”の長さか……」
俺は誰にも反応され無い事を気にせず、自身の考えを口にした。
其の夜、俺達はティファニアの生い立ちを聞く為に居間に向かった。
ティファニアの家には、3つの部屋が在った。才人が寝かされて居た部屋、彼女の部屋、そして此の居間。
子供達は3人ずつ1軒を与えられ、其処で暮らして居るのだが、食事はティファニアの家で摂って居るのだ。夕飯を済ませ、子供達を家に帰した後、ティファニアは納戸からワインを取り出して来て、テーブルにグラスと共に並べた。
暖炉には薪が焼べられ、其の上では鳥が炙られて居る。
「待たせてしまって御免ね。夜に成ら成いと、話す気に成れ無いモノだから」
才人は、「良いよ」、と言葉を返す。
「構う必要は無い。話したい時に話せば良いのだから」
俺もまた、別段気にする事も無く、ティファニアへと言葉を掛ける。
ティファニアは、暖炉の中で炙られて居る鳥を見詰め乍ら、ユックリと語り始めた。
「私の母はね、“アルビオン”王の弟の……此の辺りは、“サウスゴータ”って言う土地何だけど、此処を含む更に広い土地を治めて居た大公様の、御妾さんだったの。大公だった父は、“王家”の財宝の管理を負かされる程の偉い地位に居たみたい。母親は財務監督官様って呼んでたわ。詰まり私は、セイヴァーの主人で在るシオン・エルディ様の従姉妹、かな……」
「御妾さん?」
シオンの従姉妹で在る事に驚き乍らも、才人は別の事を尋ねる。
「愛人ってこったよ。奥さんとは別の、女の人って事さ」
「成る程」
デルフリンガーの説明に理解し納得した様子を見せる才人。
「何で“エルフ”が、其の大公の妾何か遣ってたんだ?」
「其の辺りの事は知ら無いわ。“エルフ”の母が、何な理由が有って、此の“
「“エルフ”から“聖地”を取り戻すと言ってる位だからな」
「ええ。そんな訳で、母はホントの意味で日陰者だったの。公の場は勿論、滅多に外に出る事さえ出来無かった。屋敷の中で、ズッと父の帰りを待つ、そんな暮らしを続けてた。今でも想い出すわ。ボンヤリと、ドアを見詰める母の背中……母譲りの耳を持つ私も、外に出しては貰え無かった」
才人はシンミリとして仕舞い、ワインを一口呑んだ。
ティファニアが「年頃の男の子と喋った事が無い」のは、そう云う理由が有ったからだ。男の子は勿論、同い年の女の子の友達も居無かったのだろう。
「でも、母とのそんな生活は、其れ程辛くは無かった。偶に来る父も優しかったし、母は私に色んな話をして呉れたから。母はね、楽器や、本の読み方も教えて呉れたのよ」
「そっか」
「そんな生活が終わる日が遣って来た。4年前よ。父が血相を変えて私達の所に遣って来たの。そして、“此処は危ない”と言って、父の家来だった方の家に、私達を連れて行った」
「どうして?」
「母の存在は、“王家”にも秘密だったらしいの。でも、或る日其れがバレちゃったらしいのね。“王族”でも在り、財務監査官で在る父が“エルフ”を愛人にして居た。何て、之以上無いスキャンダルだわ。其れでも父は、母と私を追放する事を拒んだのよ。厳格な王様は父を投獄して、汎ゆる手を使って私達の行方を調べた。そして
才人は息を呑んだ。
「今でも良く覚えてる。“降臨祭”が始まる日だったわ。私達が隠れた家に、大勢の騎士や兵隊が遣って来た。父の家来だった“貴族”は、必死に抵抗して呉れたけど……王様の軍隊には敵わ無い。直ぐに廊下を、騎士達がドカドカと歩く足音が聞こ得て来た。母は私をクローゼットに隠すと、其の前に立ち塞がった。私は、父から貰った“杖”を握って、ずっと震えてた。部屋に兵隊達が入って来た時、母はこう言ったわ」
才人は目を瞑った。
「“何の抵抗もしません。私達エルフは、争いを望みません”。でも、返事は“魔法”だった。恐ろしい“呪文”が次々母を襲う音が、聞こ得て来た。追っ手達は、次に私の隠れるクローゼットを引き開けた……」
ティファニアは、苦しそうな様子でワインを一口呑んだ。
「其れで、捕まったのか?」
彼女は首を横に振った。
「ううん……」
「じゃあ誰かが救けて呉れたのか?」
「いいえ。先刻の“呪文”。あれが私を救けて呉れたの」
「どうして、あの“魔法”に目醒めたんだ?」
溢れそうな好奇心を抑え切れずに、才人は尋ねてしまう。
ティファニアは、目を瞑ると、話し出した。
「私の家には、財務監査官で在る父が管理して居る財宝が、沢山置いて在った。小さ頃の私は、其れで良く遊んでたの。其の中に、あの古木瓜たオルゴールが在った」
「オルゴール?」
「そう。父の話では“王家”に伝わる秘宝とか……でもね、開けても鳴ら無かったの。だけど、私は或る日気付いたの。同じく秘宝と呼ばれて居た指輪を嵌めて、其のオルゴールを聞くと曲が聞こ得る事に。綺麗で、懐かしい感じがする曲だった。不思議な事に、其の曲は私以外の他の誰にも聞こ得無かったんだけど……例え、其の指輪を嵌めてもね」
才人は、似た様な事を想い出し、息を呑んだ。
「其の曲を聞いて居るとね、頭の中にね、歌と……“ルーン”が浮かんだの。秘宝で遊んでた何てバレたら怒られるから、誰にも言わ無かったけど」
「其れが、先刻唱えた“ルーン”?」
「そうよ。クローゼットを兵隊達に開けられた時、頭に浮かんだのは其の“ルーン”だった。気付いたら、父から貰った“杖”を振り乍ら其の“呪文”を口遊んで居た」
ティファニアが唱えた“呪文”の効果は、先程の其れと同じモノだ。
其の場に居た兵隊達は、己が何をしに来たのかと云う目的を忘れ、去って行ったのだ。
「其の“ルーン”が、オルゴールを開いた時に聞こ得た曲と一緒に、何時迄も頭の中に残ってた。其れから何度も、あの“ルーン”は私を救って呉れた……」
ティファニアは語り終えると、ユックリと杯のワインを呑み干した。其れから、独り言の様に呟いた。
「そう、“虚無”って言うのね。不思議な力だと思ってたけど……」
「其の事は、あんまり人に言わ無い方が良い」
「どうして?」
才人の言葉に、ティファニアはやはり其の力の重大さなどに気付いて居無いのだろ、キョトンとした様子を見せる。
「“虚無”は伝説何だ。其の力を利用しようとする奴が居無いとも限ら無い。危険だよ」
「伝説? 大袈裟ね!」
ティファニアは笑った。
「こんな出来損ないの私が、伝説? 可笑しく成っちゃうわ!」
「ホント何だよ」
「そうだな。此処“ハルケギニア”に於ける伝説の人物、“始祖ブリミル”が遺した“伝説の系統”――“虚無”。其れは、“王家”の血を引く者の誰かが覚醒め使える様に成る。御前もまた其れに当て嵌まる」
才人が真顔で言い、俺の言葉も聞いて、ティファニアは俺達2人の言葉を受けて首肯いた。
「理解ったわ。貴男達がそう迄言う成ら、誰にも言わ無い。と言うか話す人何か元から居無いし、バレた所で記憶を奪えば良いだけの話だし……」
どう遣らずっと世間から外れた場所で育って来たティファニアには、事の重大さが良く理解って無い様だ。
才人もワインを呑んだ。
呑む内に、才人は瞼が重く成る事を感じる。
月明かりに照らされて、ティファニアは文字通り輝いて居る。
才人は先程の話を反芻した。
才人は、目を瞑った。酔いが手伝い、直ぐに才人は浅い眠りの世界に落ちて行く。
――“神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守り切る”。
――“神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。汎ゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空”。
――“神の頭脳はミョズニトニルン。知恵の塊神の本。汎ゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す”。
――“そして最後にもう1人……記す事さえ憚れる”……。
――“4人の下僕を従えて、我は此の地上に遣って来た……”。
才人は、歌声で目を覚ました。
夜明は未だで在り、窓の外に月が2つ浮かんで居る。
「……御免為さい。起こしちゃった?」
暖炉の前に、ティファニアがハーブを抱えて座って居る。
「もう1度、歌って呉れ為いか?」
才人の言葉に、ティファニアは首肯き再び歌い始めた。
心に染みる様に、声が響く。
月明かりに光る彼女の髪の様に、其の歌声もまた美しいモノで在った。
「之が、“ルーン”と一緒に聞こ得て来たって唄?」
ティファニアは、才人の確認の言葉に首肯いた。其れから再び、ハーブで曲を弾き始めた。今度は歌わ無い。
才人は其の曲を聞き乍ら、椅子に立て掛けたデルフリンガーに小声で尋ねた。
「……なあデルフ。御前、知ってたんだろ?」
「何をだい?」
「“虚無”の担い手が他にも居て……“ガンダールヴ”以外の“使い魔”も居るかも知れ無えって」
「ああ」
「言えよ」
「可能性は在った。でも、可能性だ。言う必要も無えだろ」
そんな恍けたデルフリンガーに、才人はムッとした。
「セイヴァーも気付いて居た様だがね」
「そう成のか?」
其処で、俺へと質問が飛び、俺は首肯く。
「ああ、そうだ。つい此の前其の“使い魔”と出逢ったのだがね。まあ、そうだな。之で“虚無の担い手”が3人居る事に成る。そして――」
「教えろよ」
「何をだい?」
才人はやはりムッとした様子で口を開き、デルフリンガーもまた変わらぬ調子で尋ね返す。
「ルイズやテファが“虚無”に目覚めたのは、偶然じゃ無い。何か理由が在るんだろ」
「さあね。おりゃあ所詮、剣に過ぎ無え。深い事迄は判らん。でも、知ってどうするね。相棒はもう、“ガンダールヴ”じゃ無えんだぜ」
「御前等、俺に隠し事をしてるんじゃ成いだろうな?」
するとデルフリンガーは、少しばかり真面目な声で言った。
「相棒、1つだけ言って置く」
「何だよ?」
「俺は御前さんが好きだ。妙に、真っ直ぐだからな。だから、之だけは覚えて置いて呉れ。俺が何を言っても、しても、其れは全部御前さんの為を想っての事だよ。俺が、知る必要は無えと言ったら、無えし……」
「無えし?」
「知ら無えと、言ったら、知ら無えんだ」
才人は何か言い掛けそうに成るが……口を噤んだ。
ティファニアは演奏を続けて居り、才人は再び目を瞑った。
「……ったく。参ったな」
「今度は何だね?」
「此の曲聞いてると、何でか、“地球”を想い出しちまうよ」
「“地球”……其奴は、相棒達の故郷だっけか?」
「ああ」
「懐かしい気分に成るのも無理は無え。此奴は、ブリミルが故郷を想って奏でた曲さ。詰まりだな、望郷って奴が詰まってんのさ」
「ブリミルの故郷って“聖地”?」
「そうだな。多分」
「多分? 覚えてろよ。ちゃんと」
「馬鹿言うな。何千年前だと想って遣がるんだ。一々細かい事迄覚えてるかい」
才人はワインを杯に注いた。呑み干して、呟く。
「ブリミルって神様何だろ? 皆、“始祖ブリミルの御前にて……”とか言い乍ら、御祈りしてるんもんな」
「馬鹿こけ。神様じゃ無えよ。ブリミルは唯の人間だ。否、唯のじゃ無えが……まあ何だ、神の代弁者と言うか……1番近い存在と言うか……俺にも良く理解かんね」
「現人神が近いか……」
「現人神?」
俺の言葉に、才人もデルフリンガーも不思議そうな様子を見せる。
「そうだ。人で在り乍ら神でも在る。人の身から神に成った。神として祭り上げられた存在。そうだな……“日本”で言う成ら、“天皇”とかが近いかも知れ無いな」
「兎に角偉い人か」
「そうだね」
要約し理解した才人の言葉に、デルフリンガーは同意する。
「そんな偉い奴の故郷だから、“エルフ”から取り返すとか何とか、騒いでるのか」
「そうじゃ成えのかね」
ティファニアはハーブを奏で乍ら、涙を流して居た。
彼女も自分のルーツで在る母の故郷を……“エルフ”が住まう土地を想い出して居るのだろう。
才人も俺も、そんなティファニアに親近感を覚えた。
彼女の故郷も、此処では無い。否、彼女にはもう1つの故郷が有ると云う事だ。
ティファニアは、“エルフ”の血を引いて居る為、異邦人で在り、其の分だけ想いは強いので在ろう。
ティファニアの涙は月明かりを受け、キラキラと輝いた。
才人の脳裏に、様々な事が渦巻く。
終わった戦争。
消えて仕舞った“ガンダールヴ”としての証。
出逢った、新たな“虚無”の担い手。
そして……ルイズ。
“ガンダールヴ”で無く成って仕舞った才人は、(もう側に居る資格が無い)、と桃色の髪の少女の事を想い出す。
そして才人は、(もう、“トリステイン”には帰れ無い)、と考えた。(ルイズに逢う事は出来無い。だって……ルイズに必要成のは“ガンダールヴ”で……此の平賀才人じゃ無いから)、と。
そんな想いが溢れて、才人は涙を流した。
故郷を想う調べの中に、望郷の調べの中に其の涙が溶けて行く様に、才人は感じた。
「空気を読めずに申し訳無いのだが、近い内に俺は少しばかり出掛ける」
「え?」
俺の言葉で、演奏が止まる。
そして、望郷の念を抱いて居た才人とティファニアの2人は、呆然とした様子を見せた。