ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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諸国会議

 終戦から粗一月が経った第2の月……“ハガル”の月の第1週、“フレイヤ(第一)”の週、“アルビオン”の首都“ロンディニウム”に続々と各国から貴人達が集まって来て居た。

 “ロンディニウム”。

 由緒有る“ハルケギニア”の各都市と比べると、比較的新しい雰囲気を持って居る街で在ると云えるだろう。中心部には、石造りの整然とした街並みが、一定の規則を持って続いて居るのだ。

 100年程前に、“ロンディニウム”を大火が襲い、“オーク材”と塗土で造られた建物が立ち並ぶ街は、粗全焼して仕舞ったのだ。時の“アルビオン”王の令に従り、“ロンディニウム”では以後、建物の建築には木材を使う事が禁じられて居る。

 “アルビオン”空軍が、“ハルケギニア”に轟いた空軍力を編成出来たのは、此の様な理由で森林資源が保護された事にも拠ると云えるだろう。豊富な木材で造られた強大な艦隊でもって、雲の上から“ハルケギニア”を見下ろして居る“白の国(アルビオン)”は、強国と恐れられたので在った……。

 然し、其れは今や、過去の御伽噺で在ると云える。

 現在の“アルビオン”は、テーブルに載せられた1羽の鳥と云える状態と状況に置かれて居る。(艦隊)をもがれ、()を取られ、皿の上でバラバラにされて仕舞うのを待つ、焼かれた鳥だと云えるだろう。“ハルケギニア”の列国は、其の肉を狙う、飢えた狼と云う事が出来るだろう。

 “ロンディニウム”の“ハヴィランド宮殿”は、そんなパーティーへの出席者で溢れて居た。

 “ガリア”、“ゲルマニア”、“ロマリア”……各国の王や皇帝が自ら腰を上げ、大勢の臣下を給仕として、“鳥肉(アルビオン)”の分前を之から争うのだ。

 “トリステイン王国”王女アンリエッタも、諸国会議と云う名の、2週間にも及ぶ其のパーティーに出席する1人で在った。

 ホワイトホールの円卓に、アンリエッタは腰掛けて居る。

 隣には、枢機卿で在るマザリーニの姿も見える。

 更に其の隣には、嘗てアンリエッタが嫁ぐ筈で在った“ゲルマニア”の皇帝、アルブレヒト3世の姿も見える。勢力争いの果てに、皇帝の座を勝ち取った野心の塊の様な40代の男は、自分のモノに成る筈で在ったアンリエッタを、先程から好色そうな様子で眺め回して居るのだった。

 アンリエッタが気丈に睨み付けると、彼はニヤリと笑みを浮かべるのだ。

「御機嫌よう。アンリエッタ姫殿下」

「恐れ乍ら、今では女王で御座いますわ。閣下」

 アルブレヒト3世は鼻白んだ。

 アンリエッタの前には、“ロマリア”から遣って来た大使が恐縮した面持ちで、腰掛けて居る。僅かな義勇軍を参加させたのみで在る“ロマリア”は、此の会議での発言権が殆ど無いと云えるからだ。従って、大使のみが参加して居る。所謂スケープゴートと似たモノだろうか。

 其の隣には、“アルビオン”全権大使の任を担う事に成った、ホーキンス将軍の顔が在る。精悍な顔立ちの、壮年の男性で在る。居並ぶ王達の面前では在るのだが、少しも臆した所を見せ無いで居る。堂々と胸を張り、敗軍の将で在る悲愴さなどは見受けられ無い。アンリエッタの隣に座って居る“ゲルマニア”皇帝選り、余程好感が抱ける態度で在ると云えるだろう。

「然し……奴は遅いですな」

 と、アルブレヒト3世がアンリエッタへと呟く。

「ジョゼフ王ですか?」

 “ガリア”王ジョゼフは、未だ参列して居無いのだ。

「ええ。無能な色男。“ガリア”も其の国の格に似合わぬ王を戴いたものですな。御存知ですかな? 彼奴は優秀な弟を殺して、玉座を奪ったのです。恥知らず、とは或の様な輩を指して言うのでしょうなあ」

 其の噂に引かれたのだろう……。

 ドカドカドカ、と大きな足音が響き、ドアが、バンッ! と開いた。

 見ると、青い髪の美丈夫が其処には立って居る。

 呼び出しの衛士が、慌てた口調で主役だろう男の登場を告げた。

「“ガリア国”王陛下!」

 噂をすれば影が差すとは此の事だろう。

 “ガリア”の国王で在る彼――ジョゼフは、見れば見る程、惚れ惚れする様な容姿をして居る。筋肉が足っ振りと着いた上背は、宛ら古代の剣闘士の様で在ると云えるだろう。キリッと引き締まった顔に、蒼く色付いた髭が戦ぐ。

 集まった面々を見詰め、ジョゼフは満面の笑みを浮かべた。

「之は之は! 御揃いでは成いか! 此の様に“ハルケギニア”の王達が一同に会するなど、絶えて無い事では成いか! 目出度い日だ! 目出度い日で在る!」

 ジョゼフはアルブレヒト3世に気付き、其の肩を叩いた。

「親愛成る皇帝閣下! 戴冠式には出席出来ずに失礼した! 御親族共々、健康かね? そうだ、君が其の冠を抱く為に、城を与えて遣った親族達だよ!」

 アルブレヒト3世の顔は見る間も無く、蒼白に成った。

 ジョゼフの「城を与えて遣った」と云う言葉は痛烈な皮肉で在ると云える。ジョゼフは政敵を塔に幽閉したアルブレヒト3世を、誂って居るので在る。

「彼等は、立派な鎖の付いた頑丈な扉で守られて居るらしいな! 其の上貴男は食事にも気を遣って居る。パン1枚、水1杯、身体を温める暖炉の薪さえ、週に2本と言う話じゃ成いか! 健康の為だね! 贅沢は身体に悪いからな。優しい皇帝だな、貴男は! 私も見習いたいものだ」

 アルブレヒト3世は、「うむ、御蔭様で」、と明らかに気後れした様子でどうにか呟いた。

 ジョゼフは直ぐに顔を背け、今度はアンリエッタの手を取った。

「おお! アンリエッタ姫! 大きく成られた! 覚えて居いでかな? 最後に逢ったのは、確か“ラグドリアン”で催された園遊会で在ったな! あの時も何、美しかったが、今では“ハルケギニア”中の花と云う花が、頭を垂れるで在ろうよ! 此の様に美しい女王を抱いて、“トリステイン”は安泰だ。うむ! 安泰だ!」

 ホーキンスと“ロマリア”の大使には目を呉れずに、ジョゼフは玉座に着いた。其れが当たり前だと言わんばかりの態度で在る。

 だが――。

「失礼乍ら、ジョゼフ王。貴男が治める“ガリア”が大いに貢献したのは確かですが、其処に座るのは貴男では在りません」

 ホワイトホールの中に、突如其処には存在為無い女性の声が響き渡る。

「誰かね?」

「――何者だ!? 止まれ! 此処から先は――」

 ジョゼフが疑問の言葉を口にするのと同時に、ホワイトホールの外で在る廊下側が騒がしく成る。そして、廊下で待機して居る衛士達が警戒した声を張り上げる。

 が、其れを無視して数人がホワイトホールのドアを開き、中へと入る。

「――貴女様は!?」

 ホーキンスは目を丸くして驚愕し、勢い良く立ち上がった。

 他の皆、唯一部の人物――アンリエッタとマザリーニの2人を除いた者だけは冷静だが、皆は驚愕を隠せ無いで居る。

「御久し振りです皆様。シオン・エルディ・アフェット・アルビオンで御座います」

 シオンは軽く一礼をして入室する。

 其の後ろには当然俺が居る訳で在り、また俺の隣には商人風の格好をした“貴族”が1人居る。彼は、嘗てアンリエッタが鼠もとい狐狩りを行う際に、アニエスに捕らえられ、“チェルノボーグの監獄”へと投獄された筈の男性“貴族”で在る。

 2人、そして或る1人を除いた皆が、驚愕と警戒を此方へと向け、近衛だろう者や護衛の者達が一斉に武器を向ける。

「“武を捨てよ。人の対話は其処から始まる”」

 俺の言葉に、皆一斉に武器を手落とす。

 カランカランと、軽い音を立て、手にした武器は床へと落ちた。

「之は之は! シオン王女では在りませんか! 一体、何の様にして!? 御無事で何選りですな!」

 そんな中で、ジョゼフは直ぐに気持ちを切り替え、気にした風も無く、玉座から離れ、両手を広げてシオンへと歩み寄る。

「ええ。少しばかり身を隠す、いえ、学生生活を送って居りましたの」

「学生生活? すると……」

 皆がシオン、そしてアンリエッタとを交互に見遣る。

「国が大変な事に成って居たのは重々に理解はして居ました。然し、王家の血を絶やす訳には行かず身を隠し、こうして終戦に成った事で戻って来たのです」

 ホーキンスは、シオンへと深く礼をする。

「御無事で何選りです、姫殿下」

「有り難う。ええっと……ホーキンス将軍」

「――!? 私の事を御覚えで? 光栄で有ります」

 其処で、シオンへと近寄る年若い女王陛下が居た。

「シオン……本当に大丈夫成の?」

 アンリエッタの表情はとても暗いモノだと云えるだろう。だが、其の心の中に有る感情が考えは……。

「有り難う、アン。やっぱり貴女は優しいわね」

「私が優しい?」

「ええ。だって、案じて呉れて居るのでしょう? 自分と同じ立場に成り、似た様な苦悩を抱く事に成る私の事を想って呉れて居るのでしょう?」

「…………」

 シオンの言葉に、アンリエッタは俯く。

「だから有り難う。そして、大丈夫だよ。私は」

 シオンの登場で、諸会議は略意味の無いモノと成って仕舞った。

 其の為、皆動揺を隠せ無いで居る。

 だが、1人だけが、“無能王”と呼ばれる男だけは、大して気にして居る様子を見せる事は無い。

「……感動の再逢だ! 素晴らしいな!」

 ジョゼフはそう言って、玉座から移動し、空いて居る席へと腰を下ろす。そして、自身の王宮と同様の動作と様子で、指を鳴らした。

 するとドヤドヤと召使や給仕遣らが、料理の盛られた盆を持って、ホワイトホール(会議室)に雪崩れ込んで来た。

「感動の再逢序に食事など如何ですうかな? シオン女王陛下?」

「御気遣い、恐れ入ります。ジョゼフ王」

 ジョゼフの言葉を受け、シオンは礼の言葉を口にして、玉座へと向かい座る。

 俺と商人風の“貴族”も続いて、シオンの両脇へと移動し控える。

 そして、アンリエッタや、アルブレヒト3世、そしてシオンの前に、次々と大量の料理が並べられて行く。

 アンリエッタ達は、呆気に取られた様子で、眼前の料理を見詰めた。

 惜し気も無く、ふんだんに豪華だろう食材が使われて居る事は一目で判る。皿1枚の料理の値段だけで、庶民が1年は贅沢を為乍らでも暮らせるで在ろう程のモノだ。

「“ガリア”から取り寄せた料理とワインだ! 見窄らしいモノで恐縮だ。御国の御馳走とは比べる可くも無いが、精々愉しんで呉れ給え!」

 給仕の1人がジョゼフ王の掲げた杯に、ワインを注いた。

 シオンやアンリエッタ達の前にも杯が置かれ、血の様子に赤いワインで満たされて行く。

『セイヴァー……』

『問題無い』

 シオンは念話で俺へと確認をするが、俺は首肯き同じく念話で返す。

 此処には、各国の首脳達が居座って居るのだ。で在る為に、何かを仕組む輩が居る可能性が多いに在り得ると云えるのだ。

 そう。食事に毒が混ぜられて居る可能性だって十分に在り得る。

 其れを警戒しての念話だが、そう云った類のモノは一切混入しては居らず、唯の豪華な食事が広げられて居るだけだ。

「“ハルケギニア”の指導者諸君! 細やかだが、先ずは祝の宴を開こうでは成いか! 戦争は終わったのだ! そして、“アルビオン”の“王族”は滅びては居らず、シオン王女が生きて居られた! 平和と、彼女の存命、そして我等の健康に乾杯!」

 ジョゼフが指揮を執り、宴が始まった。

 

 

 

 

 

 宴は3時間程も続き……“ガリア”王ジョゼフの突然退席で御開と成った。

 彼は呑んで喰って騒だけ騒いだ後、欠伸を1つ噛まし、「眠い」、と言って立ち上がり、挨拶もそこそこに退出をしたので在る。

 有益な会談など当然何1つ行われ無かったのだ。

 “ガリア”王は居並んだ王達に唯々料理を勧め、二言目には「乾杯!」を繰り返しただけだ。

 何が何遣ら理解らぬ儘に、会談は御流れに成ったと云えるだろう。

「我等を懐柔して、本番は明日から、と言う事成のでしょうかな?」

 と“ゲルマニア”皇帝は呟き、豪華な料理でくちく成った腹を揺すった後に、シオンとアンリエッタを一瞥し、軽く礼をして出て行った。

 本番と云うのは勿論、戦後処理……敗戦国から土地や金を手に入れる事で在ろう。

 アンリエッタは物憂気に肘を突いて居たのだが、立ち上がり、シオンが居る此方側へと向かって来る。

 其の時……アンリエッタの正面に座って居たホーキンス将軍が俺達の方へと遣って来た。そして、深く、頭を垂れる。

「恐れ乍ら、アンリエッタ女王陛下に奏上仕ります」

 アンリエッタの側に控えたマザリーニが窘めようとしたが、アンリエッタは其れを制する。

 そして、シオンもまた別段気にする事は無い。

「先ずは“アルビオン”の民への、寛大成る御処置を賜りとう存じます。彼等は長い戦に因って疲弊して居ります。陛下、何とぞ、“杖”で無くパンを。御美しい陛下の遍く照らす御威光に依って、民は正しく導かれる事で在りましょう。何とぞ、寛大成る御処置を……其れが頂ければ、我等はどう成ろうとも構いませぬ」

「大丈夫だよ、ホーキンス将軍。民に戦の是非を問える訳が無い。だから安心して。ね?」

 シオンの言葉に、アンリエッタも首肯く。

 深々とホーキンスは頭を下げた。続いて、また口を開こうとする。

「未だ、何か?」

「アンリエッタ女王陛下……陛下の軍は、たった2人の“英雄”に依って救われたのです。シオン女王陛下……我々の愚行は其の2人に依って止められ正されたのです。御存知ですか?」

「存じません」

 アンリエッタは首を横に振った。

 実の所、俺と才人が“アルビオン”軍を止めた、と云う噂はアンリエッタの元に届けられ無かったので在る。軍上層部は、自分達が、2人の剣士達に依って救われたのだと云う事を、決して認めようとはし無かった。プライドが許せ無いのだろう。結果、アンリエッタの元へ、報告と云う形で届く前に、其の噂は揉み潰されて仕舞って居たのだ。

「そうですか。やはり、そうですか……保身に走る将軍の気質と言うモノは、国を変えても変わる所が在りませんな」

「どう云う事ですか?」

 疑問を抱くアンリエッタに対し、ホーキンスは語った。

 連合軍を追撃する“アルビオン”軍は、2人の剣士に依って止められたと云う事を。

 其れに因り、“アルビオン”軍は、“ロサイス”から逃げ出そうとして居た連合軍を取り逃がして仕舞った事を……。

 アンリエッタは、心の中にさざめくモノを感じた。戦が終わってから、終ぞ震え無かった心が、震え始めたので在る。

「剣士と……申しましたね?」

「ええ、剣士。2人共異国の風貌をして居りました。1人は、黒髪の少年でした。そして」

「ああ、少し振りだな」

 ホーキンスは俺へと一瞥を呉れ、俺もまた其れに応える。

「まさか、貴男がシオン女王陛下の側に居らっしゃるとは……いえ、若しや、我々を止める為に、陛下から命令を受けたとか?」

「ホーキンス将軍。彼は、セイヴァーは、私の“使い魔(サーヴァント)”です」

「――!? “使い魔”が人などと聞いた事が有りませんな……然し、貴女は昔から素直な娘で御座いました。嘘偽りなど一切無いのでしょうな。更にはあれだけの力を持って居る……其の名の通り、正に“救世主”と言った所でしょうか? ……失礼、話を戻します」

 感に堪え無い、と云った面持ちで、気を取り直し、ホーキンスは話題を戻した。

「セイヴァー殿と斯の勇者は暴れに暴れました。勇者は小官の鼻先に剣の切っ先を突き付けた所で、力尽きました。其の後、弾かれた様に動き出し、森へと消えましたが……あの怪我では生きては居無いでしょう。然し、彼とセイヴァー殿の働きに依って、陛下の軍は救われたのです。たった2人の剣士が……十数万の軍勢にも匹敵する戦果を挙げたのです。“英雄”には、其の働きに見合う名誉を与えねば為りません」

「理解りました。有難う御座います」

 アンリエッタは、震える声で礼を述べた。

 黒髪の、異国の風貌をした剣士。

 アンリエッタは、(……其れは、戦死者名簿に書かれて居たルイズの“使い魔”の少年では成いかしら? ヒラガサイト。妙な響きの名前。異世界から来た少年。“虚無”の“使い魔”。伝説の“ガンダールヴ”……何時か、自分が心を乱して、ルイズ達に“杖”を向けた時……私とウェールズ様が放った“魔法”を、止めて呉れた)と云った事などを想い出し、考える。そして、(彼は再び、セイヴァーと一緒に止めて呉れたのだ。1度成らず、2度迄も……2人は止めて呉れたのだ)と想った。

 ホーキンスは、遠い目をして言った。

「2人が居無ければ……小官とアンリエッタ女王陛下は本日、席を入れ替えて居たに相違在りませぬ。何とぞ、勇者に祝福を。陛下の御名に於いて、祝福を御与えて下さいますよう」

 ホーキンスの言葉に、アンリエッタは首肯いた。

「ホーキンス将軍」

「何で御座いましょうか? シオン女王陛下」

「もう1度、“アルビオン”の為に、力を貸して下さいますか?」

「――!? はい! 誠心誠意、尽くさせて頂きます」

 シオンの言葉に、深く一礼をし、ホーキンスは退出をした。

 

 

 

 

 

 其の夜……“ハヴィランド宮殿”の客間の一室で、アンリエッタは物思いに耽って居た。

 外国からの賓客を饗す為に設けられた豪華な部屋で在る。

 ドアがノックされた。大きく3回。小さく2回。其の叩き方を許可したのは、唯の1人で在った。

「御入り為さい」

 扉を開けて、アニエスが現れた。帯剣して居無ければ、唯の平民にしか見え無いだろう、簡素な衣装に身を包んで居る。

「何か、判りましたか?」

 アンリエッタが問うと、アニエスは首を横に振った。

「いえ……何ら手掛かりも得られませんでした」

 アンリエッタは、「そうですか」、と首肯いた。

 アニエスはアンリエッタ達に先行して、此の“アルビオン”へと遣て来て居たので在る。

 “シティオブサウスゴータ”での、突然の“トリステイン”軍の反乱……彼等は“ロサイス”で、夢から覚めたかの様に我に返り、一度は味方に着いた“アルビオン”軍へと攻撃を再開したのだった。

 兵も、士官も皆一様に、一時的な反乱について「そう為成ければ行け成い気がした」と答えたのみで在った。

 何らかの“魔法”が原因で在ろうが、全く理由が判ら無いのだ。

 数万の将兵が経験した其の奇妙な事件は突然の勝利に霞んだのだが、其れでも放っては置け無い類の事件で在る事に変わりは無い。

 アニエスは、アンリエッタに命じられ、其れをずっと調査して居たので在る。

「“シティオブサウスゴータ”の水が原因と想い、同行した“メイジ”に調べさせましたが、幾ら調べても、何の変哲も無い唯の水でした。“先住魔法”の可能性を指摘した“貴族”も居りますが……証拠が在りませぬ。御手上げです」

「そうですか……セイヴァーさんに訊ずねてみる可きかしら……いえ、不思議な事件でしたが、真相究明は諦めた方が良さそうね。切りが無いわ」

 アニエスは頭を垂れた。

「陛下の御期待に添えず、申開きの言葉も御座いませぬ」

「頭を上げて頂戴アニエス。私の隊長殿。貴女の責任では在りませんよ。此の世には不思議な事や、解明されている無い出来事は山の様に在ります。“先住”の“魔法”、“聖地”、“亜人”や“エルフ”達、“東の土地(ロバ・アル・カリイエ)”、海の向こう、そして“虚無”。其れ等1つ1つに一々心を惑わせて居たら、大変だわ」

「そうですね」

 疲れた声で在った。最近のアニスは、此の様な調子で在る。何処かに情熱を置き忘れて来たかの様な、そう云った様子を見せて居るのだ。

「隊長殿、貴女に新しい任務を与えたいのですが」

「喜んで」

 アンリエッタは、昼間、ホワイトホールでホーキンス将軍から聞いた事、そしてシオンの事を話した。

「ミス・ヴァリエールの“使い魔”の少年とミス・エルディの“使い魔”が?」

「そうです。彼等は連合軍を……祖国を救って呉れたのです。何としても、其の生死を確かめねば為りません。セイヴァーさんが未だ“現界”して居る事、そして彼の言動からすると、生きて居るのでしょうが……“アルビオン”軍と彼等が交戦した地点は“サウスゴータ地方”……“ロサイス”の北東との事です」

「畏まりました」

 アニエスはそう言って頭を下げると再び部屋を出て行こうとした。

「御待ち下さい」

「何か?」

 怪訝な表情を浮かべたアニエスに、アンリエッタはテーブルの杯を勧めた。

「酒?」

 アニエスは言われる儘に杯を持ち上げはするのだが、口は付け無いで居る。

「貴女に訊きたい事が有るのです。女王としては無く、歳若い女として……年長の女性で在る貴女に質問が有るのです」

「何成りと」

「……復讐が齎すモノは、何成のでしょうか? 虚しさでしょうか? 哀しみでしょうか? 永久に続く、後悔成のでしょうか?」

「復讐ですか?」

 アニエスは目を瞑った。

「私も其れを……扱い兼ねて居るのです」

 

 

 

 “銃士隊”の隊長が退出をした後……。

 アンリエッタは、王軍を、祖国を、そして自分を救った青年、何選り少年の名前に想いを馳せた。

 再び杯にワインを注ぐ。

 中に揺らぐ液体を見詰め乍ら、アンリエッタは指でユックリと唇を(なぞ)った。

 口居るが、炎の“魔法”を掛けられたかの様に熱い事に気付き……アンリエッタは軽く頬を染めた。

 

 

 

 

 

 木の枝からロープで吊るした薪を、才人は睨み付けた。

「きぃいいいいいいえええええええええええッ!」

 絶叫と共に、デルフリンガーを振り下ろす。カツンッ! と音がして、巻藁は斜めに斬られ、ズルッと地面に滑り落ちた。

 周りでそんな様子をジッと見て居た子供達から、拍手が沸いた。

 才人は額の汗を拭った。

 才人は此処暫く、ずっと朝から身体を動かして居るので在る。リハビリも兼ねての事で在った。朝起きると先ず、森を走る。とことん走るので在る。其の後は、デルフリンガーを握って日がな1日、やっとう(剣術)の稽古で在る。デルフリンガーがコーチ役で在る。そして、物珍し気にそんな様子を見詰める子供達が見物客で在った。

「どうだ?」

 と才人はデルフリンガーに尋ねた。

「まあまあだね。悪くは無え。ま、あれだけ剣を振って来たんだ。セイヴァーの言って居た通り、其れ成りに体力は付いてるし、コツも身体が覚えてるんだろうよ」

「そっか。でも、傭兵相手じゃ同仕様も無かったな……」

「当ったり前だ。向こうは本職だぜ? ちょっとばっか剣が振れるガキに負けるかよ」

「ハッキリ言う無よ」

 才人はデルフリンガーを睨んだ。

「おまけに相棒はビビってたじゃ成えか。ビビった相手に負ける奴は居無え」

「くそ……」

「悔しかったら、剣を振りな。今の相棒が、“ガンダールヴ”に近付く方法は其れしか無え」

「理解ってるよ」

 再びデルフリンガーを構え、才人は素振りを再開した。

 2時間程振り続け……。

「つ、疲れた……」

 才人は地面に転がる。

「情け無え。もうへばったのか」

「……御前な、朝から遣ってんだぞ」

 其れでも、才人は心地好い疲労を感じて居た。“日本”に居た時は、此処迄身体を動かす事など無かったのだ。

 木々の隙間から覗く太陽が眩しくて、才人は目を細める。

「其れにしても……」

 と才人は自分の手を見詰めた。

「どうした?」

「此処迄身体が動くとは想わ無かった」

 其れは軽い驚きだと云えるだろう。

 “日本”に居た時と比べ、体力が付いて居るのだ。少し前で在ればへばってしまう様な距離を走る事が出来、剣を振る事も出来る。デルフリンガーは決して軽く無い。大剣で在るのだ。前で在れば、振り回してみると、一緒に成って回転して居たで在ろう事が理解る。

「だからよ。御前さんはかなり苦労して来たじゃ成えかっ吐のよ。ハッキリ言うけど、実戦の経験だけ成ら既にベテランだぜ。所詮素人ですからだの言って、あんまし自分を甘やかす無よ」

「甘やかして無えよ」

「と言っても、未だ未だ実践に耐えられるレベルじゃ無えけどな。自惚れる無よ」

「何方何だよ?」

「嗚呼、セイヴァーが早く帰えって来て、剣の稽古が出来りゃあ良いなあ……」

 と、デルフリンガーは切無い声で呟く。

「ま、無えもん強請っても始まら無えだろ。出来る事をコツコツ遣ろうぜ」

 才人は立ち上がった。

「あ、あの……」

 才人が振り向くと、其処にはティファニアは立って恥ずかしそうにモジモジとして居る。

「どうしたの?」

「……御昼御飯に為成い?」

 周りに居た子供達から、歓声が沸いた。

 昼食の席は、ティファニアの家の庭に設けられるのが常だった。庭とは云っても、森との境界が無い為に、何処迄が庭成のか判別を着け難いのだが。

 ティファニアは、テーブルの上に料理を並べ始めた。茸のシチューと、パンだ。

 才人は其処で漸く、激しく御腹が空いて居る事に気付く。

「頂きます!」

 と大きな声で叫んで、ガツガツと食べ始めた。

 ティファニアは、一瞬呆気に取られはしたが、其れから微笑む。

 子供達は面白がって才人の真似をして、ズルズルと音を立ててシチューを啜り始める。

 子供達のそんな様子に気付き、才人は顔を赤らめた。其れから、ユックリと食べ始める。

「美味しいよ。有り難う」

 ティファニアはニッコリと笑った。

 あっと言う間に御飯を平らげた子供達は、ティファニアにじゃれつき始める。

「テファ姉ちゃん! 遊んで!」

「こらこら、未だ食べ終わって無いんだから……」

「うっわ! テファ御姉ちゃん、ママみたいだぁ……」

 10歳位の男の子が、ティファニアの大きな胸に顔を埋めてフガフガと為始めた為に、才人は思わずシチューを噴き出して仕舞う。

「ジム! こらこら、もう大きいんだから、何時迄も、ママ、ママって言ってちゃ駄目でしょ?」

「だって……テファ姉ちゃん、ママみたいにおっきいから……」

 ジムと呼ばれた少年の目に、才人は何か怪しいモノを感じた。

「……おい、御前の目、ママを見る目じゃ無えぞ。あと2~3年後にそんな目をして同じ事遣ってみろ。捕まるぞ」

 そう言ったら、ジムはキッ! と才人を睨んだ。

「テファ御姉ちゃんは、絶対渡さ無いからな!」

「はい?」

 ジムは駆け出して行ってしまう。

「何だ彼奴……誤解も良いとこだ」

 才人は、ティファニアに同意を求めようと顔を向けるのだが、彼女は膝の上で拳をギュッと握り締めて居る所で在った。

「テファ?」

「ち、違うの! 先刻じっと見てたのは、何だか楽しそうに剣の稽古してるから、見てると面白くって、其れだけで、其の……」

 才人は苦笑した。

「理解ってるよ。歳の近い俺の遣ってる事に、興味が有るんだろ?」

 ティファニアはコクリと首肯いた。屋敷に閉じ込められて居たと云っても良い形で育ったティファニアは、同じ位の歳の人と、つい此の前迄話した事が無かったので在った。

「……でも、不思議ね」

「何が?」

「貴男達は何だか、そん何恐く無い。此の前救けた“竜騎士”の男の子達は、何だか恐かったけど……」

「どうしてかな?」

「そうね……きっと、多分、貴男達は私を恐がら無いからだと想う。恐がられるとね、不安に成っちゃう。逆に何かされるんじゃ成いかって……」

 どう遣らルネ達は、ティファニアを恐がったらしい。だが其れは無理も無い事だと云えるだろう。“貴族”を始め、此処“ハルケギニア”の人達は“エルフ”を恐怖の対象として見て居り、また、戦争中でも在ったのだから。

 だが、当然乍ら、才人は“ハルケギニア”で生まれ育った訳では無く、また、今はもう終戦した。

「言ったじゃ為えか、君みたいに可愛い娘を、恐がったりする訳無いだろ?」

 才人がそう言うと、モジモジと居心地が悪そうに、照れた様子でティファニアは身を捩る。自然、胸が腕で挟まれて仕舞い、やはりモジモジと動くのだ。大きな果実地味たモノが自在に形を変えるのだ。男にとっては、目の保養で在ると同時に毒でも在ると云えるだろう。

 ティファニアは、才人が恥ずかしそうに目を逸らせた事に気付き、慌てて胸を押さえた。そして、軽く才人を睨んだのだが……気付いた様に真顔に戻る。

「でも……ホントに報せ無くて良いの?」

 才人も真顔で首肯いた。

 今朝方、ティファニアが「家族に、無事を報せ為くて良いの?」と尋ねたので在る。其れから、「居る場所は伏せて置いて欲しいが、生きて居る事を知らせるのは構わら無い」とも言った。

「“トリステイン”に残して来た御家族、心配してるんじゃ成いの? 多分、セイヴァーさんは、家族に逢いに帰えったんだと想うわ。」

「良いんだよ」

「手紙位は出した方が……」

 才人は、「良いんだよ」、と寂しそうに繰り返す。

「残された家族は、貴男の安否が気に成ってる筈だわ」

「“トリステイン”に家族は居無いよ」

「じゃあ、何処に居るの?」

「手紙の届か無い場所さ」

「……え?」

「何でも無い。忘れて呉れ」

 ティファニアは、其れ以上何も言え無く成ってしまい、黙ってしまった。才人のシチューの皿が空っぽに近い事に気付き、ティファニアは其れを取り上げ、「お、御代り持って来るわね」、と言い残し、家の中へと消えた。

 才人は、(やっぱり、本当の事言った方が良いんだろうか? テファの他にも“虚無の担い手”が居て、自分が其の“使い魔”だった事。セイヴァーが居れば相談出来たんだけどなあ)と想い悩み、唇を軽く噛んだ。

 そんな風に想い悩んで居ると……。

 眼の前に誰かが腰掛ける気配を、才人は感じ取った。そして、(もう戻って来たんだろうか? 随分と早いな。もうちょっと心の準備をする為の時間が欲しかったが、仕方が無い)、と考えた。

 才人は苦しそうな声で、「“トリステイン”に家族は居無いけど……大事な人は居るんだ。でも、もう……俺には其の人の前に姿を現す資格が無いんだ。俺はもう、其の人の“使い魔”じゃ無く成っちまたから。だから……」、とそんな風に言い淀み乍ら説明をして居ると、前からティファニアのモノとは違う低い女の声がした。

「こんな所で、何をして居る?」

 ギョッとした様子で、才人は顔を上げた。

 “銃士隊”の隊長が、其処に居た。

 

 

 

「苦労するかと想ったが、あっさり見付かるとはな。気が抜けた」

 ティファニアの家の居間で、才人はアニエスと向かい合って居た。

 草色のチュニックに黒いマントを身に着けたアニエスは椅子に腰掛け、才人を呆れた様な表情を浮かべ見詰めて居る。

「街道から森に入って、村や集落を軒並み当たる積りだったのだ。見ろ、之だけの用意をして来たのだぞ。広大な森を捜索するのだからと、2週間分の保存食料に……露を凌ぐ夜具。靴の替え迄持って来た。其れが、1番始めに立ち寄った集落の庭先で昼食を摂って居たのだ。全く、拍子抜けだ」

 パンパンに膨らんで居る大きなリュックを指指して、アニエスが言った。

「そっすか。姫様が俺を捜す様に言ったんですか。其れともセイヴァーが……?」

 事情を聞いた才人は恐縮して縮こまってしまった。

 其の隣には、困った表情を浮かべたティファニアが、出逢って直ぐから見せて居る普段と何ら変わら無い様子でモジモジとして居る。行き成りの事で在った為に、帽子を冠る暇も無く、耳が見えて居る。

 アニエスはそんなティファニアの事を気にした様子も無く、テーブルの上の御茶を飲むと、立ち上がった。

「じゃあ行くか。御嬢さん、連れが世話に成ったな。之は少ないが、礼だ」

 金貨の入った袋を、アニエスはティファニアに放り、家の戸口へと向かう。

 が――。

「どうした?」

 立ち上がら無い才人を見て、アニエスは怪訝と云った表情を浮かべる。

「あの……姫様には、俺が死んだと伝えて呉れませんか?」

「何故だ? 平民の身分で陛下に捜索願を出されるなど、在リ得無い名誉だぞ? 其れに、セイヴァーの存在が、御前の生存の何選りの証拠に」

 才人は言った。

「姫様は、ルイズに報せると想います」

「其りゃそうだろう。貴様はミス・ヴァリエールの“使い魔”何だから」

「もう、違うんです」

「何だと?」

 “ルーン”の消えた左手甲を、才人はアニエスへと見せる。

「私は“メイジ”では無いから理解らぬが……確か此処には、文字が刻まれて居たな」

「1回、死に損なって、“ルーン”が消えてしまったんです。“使い魔”じゃ無い俺は、誰にとっても必要の無い人間です。だから、死んだと伝えて下さい」

 アニエスは才人をじっと見詰めて居たが……ティファニアに視線を移した。

 アニエスに見詰められ、恥ずかしそうにティファニアは耳を隠し、(去り際に、背中から自分に関する記憶を消す積りけど……見抜かれたのかしら?)と考える。

「“エルフ”か?」

「……ハーフです」

 アニエスは、「そうか」、と呟く様に言った。

 全く恐がら無いアニエスを見て、「“エルフ”が恐く成いんですか?」とティファニアは恐る恐る尋ねた。

「敵意を抱かぬ相手を無闇に恐がる習慣は持ち合わせて居無い」

 溜息を吐くと、アニエスは再び椅子に腰を下ろした。

「良いだろう。死んだと伝えて置いて遣る」

「ホントですか?」

「ああ。其の代わり……私も暫く此処に滞在する」

「何ですと?」

 才人とティファニアは、ポカンと口を開けてアニエスを見詰めた。

「期限を指定された訳でも無いしな。其れに……」

 何処と無く疲れた口調で、アニエスは言った。

「少し、休みたいのだ。戦争が始まってから此方、眠る暇も無かったからな」

 

 

 

 

 

 其の夜。

 才人はベッドの上で、まんじりともせずに天井を見上げて居た。そうして居ると、廊下の床板が軋む音が聞こ得て来る。

 其の後、トントン、と扉が叩かれる。

「アニエスさん?」

 居間で寝て居るアニエスかと才人は想ったのだが、違った。

「私」

 と少しばかりはにかんだティファニアの声が、扉の向こうから聞こ得て来る。

「開いてるよ」

 ガチャリと扉が開いて、ティファニアが現れた。薄い、1枚布で作られた夜着を身に纏い、蝋燭の載った燭台を右手に持って居る。淡い蝋燭の光に、ティファニアの金髪が滑らかに溶けて居た。

「どうしたの?」

 緊張した声で、才人は尋ねた。

「ちょっと御話したいなって。良いかしら?」

「良いよ」

 才人が、寝間着に着替えたティファニアを見るのは、初めてだと云える。

 ゆったりとした其の寝間着は、ティファニアの凸凹の激しい身体を、緩やかに包んで居る。幼い顔立ちをして居る為か、身体のラインがか隠れると随分と幼く見えてしまう。

 ティファニアはテーブルに燭台を置くと、椅子に腰掛ける。

 そして、真面目な声で才人に尋ねた。

「ねえサイト。貴男、何者成の? “トリステイン”に家族は居無い、でも、“トリステイン”の女王が捜してる。其れに“俺はもう使い魔じゃ無い”って言ってたわね。人が“使い魔”ってどう云う事? 言いたく無かったら、良いんだけど……でも、気に成って」

 才人は悩んだ。

 其の事を話す――説明すると成ると、話が“虚無”に関する事迄及ぶ為だ。

 ルイズと云う女の子が居て、ティファニアと同じ“虚無の担い手”だと云う事……。

 其の事は、森でヒッソリと暮らして居るティファニアには、話さない方が良いに、才人には想えた。要らぬ危険に巻き込んで仕舞う可能性が在るからだ。

 才人が黙って居ると、ティファニアは言葉を続けた。

「其れに貴男、私がハーブを弾いた時、泣いてた」

「気付いてたの?」

「ええ。あの曲を聴くと、私も涙が出るの。母が生まれた土地の事が気に掛かるのよ。其処に何が在るのか私は知ら無いし……行った事も無いんだけど、きっと其処は私の“故郷”何だわ。貴男も故郷を想い出したんでしょう?」

 才人は首肯いた。

 “虚無”の説明は兎も角として、自分の事で在れば、話しても差し支え無いだろうと判断したのだ。

「何処? 良かったら、教えて?」

「……“地球”の“日本”って国」

「何其れ?」

 ティファニアはやはり、はぁ? と目を丸くした。

「何て言うかな、セイヴァー成らもっと上手く説明出来るかも知れ無いけど……そうだな、此処じゃ無い、別の世界。此処とは違う世界。俺は其処から来た人間何だ」

「意味が理解ら無いわ」

「だろ? だから言いたく無かったんだ」

「貴男は其処から来たって言うの? どう遣って?」

「其の……どう言う訳か、“使い魔”として喚び出されちまったんだ。理由は俺にも理解ら無い」

「そんな事って在るんだ……」

「在るんだろな。セイヴァーもそうだけど、現に俺が此処にこうして居るんだから」

「人が“使い魔”だ何て、聞いた事無いわ」

「俺が成った“使い魔”には、“何な武器でも操れる”能力が有ったんだ」

 独り言の様に、才人は言った。

「もう操れ無いの?」

「そう」

「だから、“トリステイン”に帰ら無いの? 貴男の主人、で良いのかしら……?」

「良いよ」

「其の人に、逢いたく成いの?」

「違う、逢え無いんだ。俺はもう、役に立た無い。必要の無い人間だから……」

 そんな才人の様子で気付いたのだろう、ティファニアは同情する様な声で言った。

「其の人の事、好きだったのね?」

 そう言われた瞬間、才人の目から涙が溢れた。

 今迄抑えて居た感情が溢れ、才人はポロポロと、幼子の様に泣いた。

 ティファニアは咄嗟に立ち上がり、才人の頭を掻き抱いた。

「御免。御免ね。泣か無い、泣か無いで」

 

 

 

 暫く泣いた後、才人はティファニアに謝った。

「泣いて御免」

「良いの。私も偶に泣くし……」

 ティファニアは、才人が泣き止んでも、其の胸に抱いて居た。

 大きなティファニアの胸は柔らかく、才人の心を落ち着かせた。ジムの言って居た通り、其処には確かに母性が在り、才人は其れに因り落ち着きを取り戻した。

「……そっか。だから私、貴男に親近感を抱いたのね」

「俺に?」

「そう。貴男も帰れ無い故郷を持ってる。私もそうだもの。貴男が私のハーブを聞いて泣いてた時、何と無くそう感じたの。やっぱりそうだった」

 ティファニアは、自分の着て居る夜着を見詰めた。

「珍しい衣装でしょう?」

「そうだね」

 ルイズ達が着て居る服とは、全く違うデザインの衣装で在る。

「“エルフ”の服成の。母から貰ったのよ。“エルフ”は砂漠に暮らしてるから……こう云う衣装を着るの。昼は太陽から肌を……夜は冷気から体温を守って呉れる。暖かいから、寝間着にしてるの」

 懐かしむ様な声と調子で、ティファニアは言った。

「夜に成ると、母を想い出す。母はとっても綺麗で、優しかった。此の服を着て寝ると、母に抱かれて居る様に感じるわ」

「うん」

「東の土地……母の故郷……行ってみたい。でも行け無い」

「どうして?」

「“エルフ”は人間を嫌ってる。“混じりもの”の私を見たら、何をするか判ら無いもの」

 哀しい声で、ティファニアは言った。

「そして、人間は“エルフ”を恐がってる。私を恐がら無いのは、何も知ら無い子供だけ。昼は人間。夜は“妖精(エルフ)”。私ってば、何方でも無い。出来損ない」

「出来損ない何かじゃ無いよ」

 顔を上げ、才人は言った。

「どうして?」

「君はこん何綺麗じゃ成いか。初めて見た時、妖精だと想った。ホントにそう想ったんだ。もっと自信を持てよ」

 ティファニアは顔を赤らめた。

「…………」

「ご、御免……別に変な意味で言ったんじゃ無いんだ……」

「何度も言わ無いで。照れるから」

「うん」

「綺麗何て言われたの、貴男達が初めてよ。貴男達ってホントに変な人。私の事恐がら無いし、綺麗って言うし」

「だって綺麗だし……」

 才人が憮然として言うと、ティファニアは才人をソッと押し遣った。

「テファ?」

「……もう、だから何度も言わ無いで」

「なな、何で怒るんだよ? 綺麗なモノを綺麗って言って何が悪いんだよ?」

「今度綺麗って言ったら、口を利か無い。私、黙っちゃうんだから」

 ティファニアはそう言い残し、立ち上がって、退出をした。

 後に残された才人は、訳も理解ら無いのだろう、頭を掻いた。

 

 

 

 

 

「シオン」

「何? セイヴァー」

「また少し出掛ける」

「サイト君のとこ?」

「そうだ」

 “ハヴィランド宮殿”の1番豪華な部屋――君主基王が寝る事が出来る部屋のベッドの上に、シオンは座って居る。

 そんな彼女の眼の前に、俺は立って居る。

「恐らくだが、否、之は既に行われて居る、逢って居るだろうが、アニエスが才人と接触をして居る」

「そっか。アン、捜索する様に命令したんだ」

「ああ。俺は今から其処に向かう」

「気を付けてね」

「そう言う御前こそ気を付けろ。何か在れば」

「うん。“令呪”を消費して(使って)、喚び出すから」

 

 

 

 

 

 翌朝……。

「起きろ」

 才人は、「ん?」、と頭を掻おいて起きると、外は未だ薄暗い。

「未だ夜じゃんかよ……」

 と呟いて、才人はもう一度毛布に潜り込む。

 すると、其の毛布を引剥されて仕舞う。

「何すんだよ!?」

 と才人は怒鳴るのだが、鼻先に剣を突き付けられて仕舞う。

「起きろ。3度は言わんぞ」

 暗がりに、アニエスの顔が見える。良く見ると、突き付けて居る剣はデルフリンガーで在った。

「良かったなぁ、相棒!」

「あん?」

「此の“銃士隊”の隊長が、今日から御前さんに稽古を付けて呉れるってよ! 握られてると判るんだけどよ、いやぁ、中々の腕前だぜ!」

 アニエスは、ニヤッと笑った。

「どうせ退屈だしな。暇潰しに、貴様を鍛えて遣る。喜べ」

「そ、其りゃどうも……」

 と才人は頭を掻くのだが、思いっ切りアニエスに頬を張られて仕舞う。

「な、何すんすか!?」

 才人は、グイッと耳を捕まれ、引き寄せられる。

 顔を近付け、アニエスが言った。

「良いか? 貴様の返事は今日から“はい”のみだ、理解ったか?」

 ルイズとは違う種類の迫力に呑まれたのだろう、才人は思わず首肯いて仕舞う。

 “銃士隊”隊長の真顔は、若く綺麗な女性が持つ優しさを微塵も感じさせ無い。否、優しいからこそ出せる、そして何選りも過去と経験から来るだろう迫力で在ると云えるだろう。

「は、はい……」

「声が小さい」

「はいッ!」

「1分遣る。服を着て庭へ」

 

 

 

 才人が慌てて服を着て庭に向かうと、アニエスが腕を組んで立って居た。

 才人が其の前に立つと、低い声でアニエスが告げる。

「10秒、遅刻だ」

「そんな、10秒位……」

 隙かさずアニエスに依って頬を張られ、泣きそうな声で才人は怒鳴った。

「はい! 遅刻です!」

「では腕立て、100回」

 アッサリした声でそう言われ、才人は腕立てを開始した。

 其れから、才人にとって地獄の様だと想える基礎訓練が続いた。

 森の中を延々と走らされた後は、木を利用した筋力トレーニング。才人が自分で考案し、遣って居たトレーニングが遊びに想える様な猛特訓で在る。

 

 

 

 昼に成り、流石に才人がぶっ倒れると、水を掛けられてしまう。

「どうした犬? へばったか?」

 犬と呼ばれて、才人はカチンと来て仕舞う。

「犬は勘弁して下さい。才人って名前がちゃんと有るんだ」

「名前で呼んで欲しかったら、人並みに成ってみろ」

 そして、木で出来た剣を放られる。

「次は剣だ」

 ヨロヨロと才人が立ち上がると、振り向き様に腹に突きを叩き込まれて仕舞う。

「ま、未だ構えて無いのに……何すんすか……?」

 と悶絶して呟く才人だが、対するアニエスは笑みを浮かべた。

「実践で構えてから何て在ると想うか? 街の道場成らみっちり半年ばかり、基礎体力でも付けさせ、其れから型の稽古に入る所だが……」

 アニエスは半身に成り、スッと剣を突き出した。流れるかの様な動きで在る。

「此方人等無粋な軍人だ。型も術もすっ飛ばす。貴様に剣を教えて遣る」

 

 

 

 1時間後、才人は再びぶっ倒れてしまった。文字通り気絶をしたので在る。

 アニエスは再びバケツの水をぶっ掛ける。

 目を覚ました才人は、ボンヤリとアニエスを見詰めた。

 此の1時間と云うモノ……才人は当然の事だが、ボコボコに遣られたので在る。

 才人の剣は、アニエスに掠りも為無かった。振れば躱され、次いで身体の何処かに剣を叩き込まれて仕舞ったのだ。

「どうして貴様の攻撃が私に当たらぬのか、理解るか?」

「理解りません」

「太刀筋が、全く同じだからだ。其れしか知らんのか?」

 才人は首肯いた。

 “ガンダールヴ”としてのスピードで剣を振り下ろせば、避けられる敵など極一部を除いて存在し無かったからだ。

「奇襲成ら其れで良い。然し、多少剣を知って居る敵には、其れでは絶対に当たらんぞ」

「はい」

「良いか、自分の攻撃を当てるには、敵の隙を突け。目を凝らして、隙を見付け出せ」

「隙が無ければ……どうすれば良いんですか?」

「作り出せ」

 夕方迄、才人はアニエス相手に剣を振るったのだが、全く掠りもし無かった。

 グッタリと地面に横たわり、才人は譫言で在るかの様に呟いた。

「どうして……どうして掠りもし無いんだ……?」

 アニエスは、呆れた声で言った。

「おいおい。此方は剣1本で“貴族”の名を得た剣士だぞ。多少実戦を経験した位の素人に負けるか」

「……少しは行ける様に成ったと想ったんだけどな。やっぱ駄目か。付け焼き刃だもんなぁ」

 そんな風に呟く才人に、アニエスは言った。

「自嘲する暇が在るの成ら、剣を取れ。犬には、己を卑下する権利すら無い」

「見事なモノだな、アニエス“銃士隊”隊長殿」

 拍手をし乍ら、夕陽に照らされ、俺は姿を晒す。

「セイ、ヴァー……?」

「ミス・エルディの護衛はどうした?」

「何、今もして居るさ。側に居無いだけだ」

「どう云う意味だ?」

 俺の言葉に、アニエスは怪訝な表情を浮かべる。

「言葉通りの意味だ。瞬時に、空間を移動する、文字通り瞬間移動出来る術を俺は持って居る。何か在れば、即座に向かい守る、と言う事だ」

「……成る程」

 俺の言葉に、アニエスはどうにか理解したのだろう様子を見せる。

「にしても、御前、死に体だな。大丈夫か?」

「大丈夫、じゃ、無い……」

「さて、アニエス隊長殿。時間が時間では在るが、1つ手合わせ願いたい」

「ほう……私に剣で挑むと言うのか? 其れとも……私に稽古を付けて呉れるのか? 確か“魔法”も使えるんだったな。“魔法”を使っての試合か?」

「否々、俺は之だけを使う」

 俺はそう言って、直ぐ近くの木の枝を折って手に持つ。

「で、隊長殿は実剣を使う」

「貴様、舐めてるのか?」

「とんでも無い。唯、今の俺と君には其れだけの力の差が在ると言うだけだよ」

「良いだろう。其の挑発に乗って遣る」

 俺の言葉に、アニエスは口角を上げ、俺を睨み付け、自身が持つ実剣を構える。

 対する俺は、先程手にした木の枝を構える。

 

 

 

 少しばかり時間が経ち、地面にはアニエスが横たわって居る。

 彼女はとても悔しそうな様子を見せて居り、同時に今迄の自分を支えて居たモノの1つを粉々に砕かれた事も在り、呆然として居る。

 才人も同様に、何が何だか、そして何が起きたのか判ら無かったのだろう。呆然として居る。

「何故だ……何故、小枝1本しか使って居無い相手に勝つ事が出来無いんだ……?」

「俺が上回っただけだ。御前が気にする事では無い。まあ、ヒトの身では十分過ぎる力だと言えるだろう。俺は少しばかりズルをして居るから、其れを考えれば御前の力は見事なモノだ」

「ズルだと?」

「ああ、そうだとも」

 “騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”。

 手にしたモノに自身の“魔力”を注ぎ巡らせる事で、Dランク相当の“自分の宝具”として属性を与え扱う事が出来る“アーサー王伝説”に於ける“ランスロット”が持つ“宝具”だ。

“サーヴァント”としての身体能力と、其の“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”を使用して居るのだから当然の帰結だろうと云える。

「正々堂々と戦う積りは無いのか?」

 非難の意思を込めた視線と言葉を、アニエスは俺へと向けて来る。

「戦場でもそんな事を言うのか? 抑々、平等且つ公正さを持つ戦いなど無い。其の時々に従って常に動く生き物の様なモノだ。条件や状態、如何様にでも変化し続ける」

 俺の言葉に、アニエスは黙り込んで仕舞った。

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