冷えた夜が続いて居る。
永久に続くかの様に、何時迄も夜は過ぎて行く。朝方に成るとウトウトとし始め、眠る事が出来るのだ。昼頃目を覚まし、また眠る。そんな浅い眠りを1日に何度も繰り返して居ると、まるで頭が、重い霧にでも包まれて居るかの様な錯覚を覚えるのだ。
そんな事を、ルイズは続けて居た。
“サモン・サーヴァント”を唱えて、才人の死を認識してから……2週間程が過ぎて居た。其の間、ルイズは部屋から1歩も出て居無かった。時折、ベッドから出て、ドアの前に誰かが置いて呉れた料理を取り、食べるのみで在る。誰が置いて居るのか、もう其れすらも、今のルイズには気に成ら無い。気にする事が出来無い程の状態で在った。
夢の中だけだが、ルイズは才人に逢う事が出来た。だからルイズは、1日中、眠ろうとしたのだ。眠れ無い時は、自棄に成ったかの様にワインを呑み、酔いの力を借りるのだ。そんなルイズにとって、朝や夜の時間の区別はとっくに意味を失って居たと云える。部屋のカーテンは締め切られて居り、常に薄暗い状態が続いて居る。
そんな生活を続けて居ると、次第に、ルイズは夜と昼の区別を付ける事すらも出来無く成って行くのだ。
だが、其れこそが今のルイズが望んだ世界で在った。
ルイズは、何時迄もずっと、才人に逢う事の出来る夢の世界に耽溺して居たかったのだ。
誰かが扉を叩いてもそんなルイズはもう、返事すらもし無かった。誰かが呼ぶ声が聞こ得ても聞こ得ぬ様に、耳に綿の塊を詰めるので在った。厳重に鍵を掛け、部屋の中に誰も入って来られ無い様にしたので在る。そして何時も才人にそうして居た様に、代用品として枕を抱き締め……頬を乗せて目を瞑るのだ。
夢の中の才人は何時も優しく……ルイズを抱き締める。
そして何度も「好き」と繰り返すのだ。
其れは無意識の無いの、ルイズの理想の才人で在った。
心の底でこう遣って欲しいと願う、“愛”する“使い魔”の仕草で在った。
……其の日の夕方も、ルイズは才人が出て来る夢を見て居た。
何時だか赴いた、“ラグドリアンの湖畔”が舞台で在る。
「水が綺麗ね」
「そうだね」
手を繋いで、湖畔を2人で歩くのだ。
ルイズは、才人と初めてデートをした時の、クロのワンピースにベレー帽姿で在った。
美しい水面に其の姿が映る。
「何時か此処で、一緒に“水の精霊”を見たね」
「うん」
言葉が出て来無い。
ルイズは、伝えたい事が有る筈成のだが、何も言え無いのだ。言ったら、此の世界が壊れて仕舞う様な気がしたので在る。
温かい、偽りの世界を映した鏡が割れて、何処迄も深い闇に呑み込まれて仕舞う様に、ルイズは感じたので在る。
「ルイズ、ほら、此方に来て御覧。光が反射して、水がとても綺麗だ」
「わぁ、ホントに綺麗!」
「でも、君の方が綺麗だけどね。ルイズ」
「ば、馬鹿言わ無いで!」
「ホントだよ。君は、誰選りも綺麗だと想う。だから、一緒に居たいんだ。ずっと一緒に」
「じゃあ、何処にも行か無いでね」
「ああ、何処にも行か無いよ」
ルイズは、心の何処かでは既に知って居た。理解して居たのだ。此処が、夢の中で在ると云う事を。出来の悪い芝居の様に、ルイズと才人は、ぎこちない演技を繰り返す。ホントのルイズは、其れを見守る観客に過ぎ無いのだと。
「貴男に言いたい事が有るの」
「何を?」
いざ言おうとするルイズだが、照れ臭く成って、水の中へと入って行った。
「駄目だよルイズ。水が冷たいんだから。身体が冷えちゃうよ」
夢の中のルイズは、(水の中成ら言えるかも知れ無い。と言うか此処には、“水の精霊”が居るでは成いか。“誓約の精霊”。其の前で為された誓約は、違えられる事が無いと云う……)、と考え、其処で才人に伝えたい気持ちに駆られたので在る。
「……泳ぎたいの。一緒に泳が為い?」
「理解った。冷えたら、俺が温めて遣れば良いだけの話だからな」
そう。此処は夢だ。
ホントの才人は、優しいが、其れでも不器用で、鈍感と云えるだろう。
でも……今のルイズにとっては其れでも良かったのだ。現実の才人にはもう2度と逢う事が出来無い、と想って居るのだから……。
パチャパチャ、と才人が水の中へと入る。
ルイズは(自分の側に来て呉れるのか)と想ったのだが、違った。
グングンと、才人は沖へと歩いて行くのだ。
「サイト……何処に行くの?」
才人は笑顔を浮かべた儘、手を振った。
「駄目よ! 其方に行ったら溺れちゃうわ!」
ユックリと……才人の身体が水の中へと消えて行く。
ルイズは追い掛けた。
「待って! 行か無いで! 御願い!」
然しルイズの叫びは届か無い。
才人は水の中へと完全に入って仕舞った。
ルイズは水を跳ね飛ばして、側に駆け寄る。
眠った様に横たわり、水の底へと沈んで行く才人の姿を見て、ルイズは半狂乱に成った。
「待って! 嫌だ! 其方に行っちゃ駄目! 駄目何だから!」
才人の姿はドンドンと小さく成って行く。
「待って! 御願い!」
「待って!」
ルイズはガバッと跳ね起きた。
部屋の中は真っ暗だ。其の事から、夜で在る事が判る。
ルイズにとって、夜に目覚める事は、絶望に直結して居ると云えた。朝でも余り変わら無いが、夜に目覚める場合は疲労が更に強く感じられるのだ。
もう、ルイズは「夢か」と呟く事も無い。彼女にとって、今はもう夢も現実も変わら無いのだ。何方も胸を抉られるかの様に、痛く、彼女を責めて来るのだから。
あの日、不可抗力では在るが、才人を行かせてしまったルイズを、何時迄も責め立てるのだ。
「何処に居るの? サイト」
ルイズは、理解して居る。
「其処は……冷たい場所成の? “ラグドリアン”の水の底の様な……冷たくて陽が射さ無い所成の?」
今の儘では行け無い場所に才人は立って居て……ルイズの声は決して届か無いのだ。其れを知って居乍らも、理解して居乍らも、ルイズはそう言わずには居られ成いのだ。
「逢いたいよ」
ルイズは目を瞑った。
そして……何かが外れて仕舞った声で呟いた。
「其方に行っても良い?」
もう、枯れ果てたのか、出し尽くしたのか、ルイズの目から涙すらも出無い。唯、鈍よりと身を包む、どう仕様も無い疲労感だけが身体を覆って居るのだ。
「もう私、耐えられそうに無いの。夢の中でも御別れする何て、耐えられ無いの。だから、貴男の居る所に行っても良い?」
ルイズは知って居る。
ルイズが、才人が居ると考えて居る場所――其処に行く方法は、たった1つ……。
だが其れは、総てを裏切る行為に等しい。
祖国に対する義務も、“虚無の担い手”としての使命も……夢も希望も信念も、“愛”する人達も……そして、死を賭して守った才人をも……裏切る行為で在った。
ルイズは其れを確りと理解して居た。
だが、今の彼女には、他にはもう何も考える事も、想い浮かべる事も出来無いので在る。
何時もルイズを救って居た、ホントは優しい“使い魔”に逢える方法は、今の彼女の中では、其れしか無いと云えた。
「どうしても言いたい言葉が有るの、夢の中でも言え無かったから……逢いに行っても良い? どうしても言いたいの。貴男に伝えたいの……だから、赦して呉れるよね?」
ルイズはムクリとベッドから身を起こし、素足の儘ドアへと向かった。
深夜だった。
ルイズは余り人の来無いだろう、“火の塔”を選んだ。
何処をどう遣って登ったのかすらも、今のルイズには理解ら無かった。気付くと、屋上に立って居た。
円形の塔の屋上は、階下に通じる階段に続く穴以外、何も無い。其れ程高く無い石塀が、屋上の円周をグルリと囲んで居るのだ。
フラフラと、心此処に有らずと云った足取りでルイズは石塀に近付き、胸程の高さの其処を攀じ登った。
ルイズは其の上に立って、地面を見下ろす。
真っ暗で、下は見え無い。
ルイズは、其の闇の向こうに才人が居る様に感じた。
「同じ場所に行けば……逢えるよね」
ルイズはそう呟いて、虚空へと一歩踏み出そうとした。
然し……踏み出せ無い。足が言う事を利か無いのだ。
意志とは裏腹に、生きようとして居る身体に、ルイズは苛立ちを覚えてしまう。否、奥底では才人が生きて居る事を、識って居るので在る。
「サイトは……あの真っ暗な場所に居るのに……明かりに未練が有るって言うの?」
キュッと唇を噛んだ其の時……後ろから声が響いた。
「ミス・ヴァリエール! 止めて下さいッ!」
ルイズが振り返ると、其処にはシエスタが立って居た。
どう遣らシエスタは、此処迄ルイズを追けて来たらしい。料理を運んで居たのも彼女で在ろう。
そんな彼女の顔を、ルイズはまともに見る事が出来ず、思わず顔を逸して仕舞う。
「何をしようとして居るんですかッ!?」
「ほ、放っと居て」
「そんな事したって、サイトさんは戻って来ませんよッ!」
「仕方無いじゃ成い……もう、逢え無いんだから。“サモン・サーヴァント”を唱えたら、“ゲート”が開いたのよ。こうし為くちゃ、逢え為いじゃ成い」
「“サモン・サーヴァント”が何ですかッ!」
シエスタはルイズを捕まえようとして、走った。
然し、途中で流しスカートに足が縺れ……転んで仕舞った。
「――あ!?」
其の儘シエスタは前に倒れ……ルイズを突き飛ばして仕舞う。
フワッと身体が宙に浮き、ルイズは思わず目を瞑った。
ルイズの脳裏に、(サイト、之で逢えるよ。其方に行ったら、私の事温めてね。きっと其処は、寒いんだろうから……温まったら、私、あんたに言ったげる。ずっと、ずっと言え無かった言葉……言ったげるね)、と云った言葉が瞬く。
「言うわ。言うの。言って遣るの……」
ルイズは、ブツブツとそんな言葉を呟き乍ら、地面に叩き付けられるだろう瞬間を、今か今かと待ち構えて居たが……。
其の時は遣って来無かった。
「……ん?」
ルイズは恐る恐る目を開いた。
すると……ルイズの眼の前に、月に照らされた本塔が見えた。然し、天地が逆さまに成って居る。更に見下ろすと、シエスタがルイズの足首を掴んで居るので在った。
「シエスタ?」
「あ、あううう……」
見ると、安心出来る状況では無い事が判るだろう。何とシエスタはどうにか足を石塀に引っ掛けて、辛うじてぶら下がって居る状態成ので在る。
「は、放して」
「は、はは、放しません」
「あんた迄落っこちるわよ! 良いから放し為さいよ!」
「はな、しま、せんッ!」
力強く、シエスタは言った。
「ミス・ヴァリエールが死んだら、サイトさんが悲しみます。あの人……私が渡した眠り薬……貴女を逃がす為に使ったんですよ? 其れ使って逃げろって言ったのに! だから私、放しません。サイトさんは貴女の事を、どうしても死なせたく無かったんです! だから私も死なせません。絶対ッ!」
「ほ、放っと居てよ……」
弱々しく言ったルイズを、尚もシエスタは怒鳴り付けた。
「勘違いし無いで下さい! ミス・ヴァリエールは正直どうでも良いです! でも、好きな人の涙は見たく無いんです……ぐぐぐ……」
「涙も何も、もうサイトはそん成の流せ無いのよ!」
「どうしてですか? 死んだって証拠でも在るんですか?」
「言ったじゃ成い! “サモン・サーヴァント”で……」
「私、“魔法”何か理解りませんもん! “サモン・サーヴァント”が何ですか! そんなモノ選り、好きな人の事を信じたらどうですかッ!」
そう言われた時、ルイズの心の中に、何かが確かに灯った。
ベッドの中で、いじいじと泣いて居た時には、芽生え無かった感情だ。
シエスタは大きな声で繰り返す。
「好き何でしょッ! だったらどうして信じられ成いのッ!?」
「だ、だって……」
涸れたとばかり想って居たルイズの涙腺が……涙を溢れさせた。
逆さ吊りで在る為に、涙は額へと流れて行く。
「私だって……挫けそうです。でも、私達が信じ無かったら、誰が信じて上げるんですか? そうでしょう?」
「う、うう……」
「サイトさん、“アルビオン”で言ってました。私が、サイトさんの身に、何か悪い事が起こりそうだって言ったら……“安心して呉れ。大丈夫。学院に帰ったら、またシチュー作って呉れ”って。私、神様も、“始祖ブリミル”も、王様も、何も信じて無いけど……其の言葉だけは、サイトさんとセイヴァーさん、そして周りの人達を信じますッ!」
そんなシエスタの言葉で、ルイズは想い出す。(そうだ。シエスタの言う通りだ。シオンは“サイトは生きてる”って言ってた。サイトは自分に言ったじゃ成いか。“ルイズは俺が守る”って。そんなサイトが、守れ無い場所に勝手に行く何て、在り得無い。だってサイトは、口にした事は全部守って来た。大事な所で、何時も自分を助けて呉れた。だから……)、と考えた。
ルイズはグシグシと、手で涙を拭った。恥ずかしくて、仕方が無く成ったのだ。(どうして私は、こん何弱いんだろう? “魔法”も何も出来無いシエスタの方が、私の何倍も強いじゃ成い。幾ら“伝説の系統”が扱えたって……心が弱くては宝の持ち腐れに過ぎ成いじゃ成い)、とも想った。
泣き出したルイズを見て、シエスタはシンミリとした声で言った。
「……あの、ミス・ヴァリエール。偉そうな事言っちゃって、御免為さい」
「良いの。良いのよ。此方こそ御免ね……」
「ホントに、其の、あの、御免為さい。今の私の言葉、無駄に成りそうです」
「無駄に何かし無い。貴女は、大事な事を私に教えて呉れたわ。忘れ無いわ。安心して」
「否、其の」
「え?」
「足が限界です」
ズルっと滑って、必死に成って支えて居たシエスタの足が塀の縁から離れて仕舞った。
2人は深夜に長い絶叫を棚引かせ、地面へと直行した。
“ヴェストリの広場”……。
モンモランシーは傍らのギーシュに尋ねた。
「……こんな夜中に、見せたいモノって何?」
モンモランシーは寝ようとして居たのだが、「見せたいモノが在る」、とギーシュに呼び出されたので在る。然し……遣って来て見れば、何も見当たら無いのだ。モンモランシーは、(変な事考えてるんじゃ成いでしょうね?)、とギーシュを睨んだ。
「否、其れがだね、遣っとの事で完成したんだ。1番最初に、君に見て貰いたくって……誰も居無いこんな時間に呼び出したんだ」
「完成? 一体、何を作ったの?」
「之さ」
ギーシュはバサッと、何も無い様に見えた空間を引っ張った。
「何之……像?」
其処から現れたのは……高さ5“メイル”と10“メイル”は在ろうかと云う、巨大な2つの像で在った。
周りの景色に合わせて模様を変える“魔法”の布が掛けられて居た為に、何も無い様に見えたので在る。
其の2つの像を指指して、ギーシュは満足そうに首肯いて言った。
「サイトの像と、セイヴァーの像さ」
「へぇ……」
立派な像で在ると云えるだろう。細部迄きちんと造り込まれて居るのだ。
「何週間も掛かったんだ。見付かると怒られるから、夜に成ってから作業をした。随分苦労して、コツコツと此処迄仕上げたんだよ」
「貴男、器用成のね」
モンモランシーは感心したと云った表情を浮かべ、ギーシュを見詰めた。
「今から此奴に“錬金”を掛けて、柔らかい土から青銅に変える。そして……何時迄もあの、ちょっと抜けてた“英雄”、そしてちょっと恐いが強かった“英雄”を称えようと想う」
「後でルイズ達にも、見せて上げましょうよ。きっと、慰めに成るわ」
「そうだね」
モンモランシーは軽く俯いて、珍しく頬を染めた。
「あのねギーシュ。私、貴男を誤解してたみたいだわ。ガサツでデリカシーの無い人だと想ってたの」
「そ、そうかい? まあ、そう想われても仕方が無いかもな……」
「でも、考えを改めるわ。貴男は優しくて、素晴らしい男性よ。ギーシュ」
ギーシュが顔を上げると、モンモランシーははにかんだ様に唇を指で弄って居るのが見える。堪らずにギーシュは、そんなモンモランシーに唇を近付ける。
「モ、モンモン……」
モンモランシーはされるが儘に、ギーシュに身を寄せる。
2つの唇が重なり合おうとした其の時……モンモランシーは目を瞑らずに、逆に大きく開いた。
「お、女の子が落ちて来る」
ギーシュは唇をひん曲げた。
「またかい? 君は何時もキスをしようとすると、そう言って僕を騙すね! 此の前は裸の御姫様が飛んでるとか何とか!」
「今度はホントよ! ほら! きゃ!?」
モンモランシーは目を瞑った。
背後から、グシャ! グシャグシャ! と激しい音が聞こ得て来て、ギーシュは思わず振り向いた。
「ぼ、僕の芸術がぁあああああああああああああああ!?」
ギーシュの力作は、悲惨な事に成ってしまって居た。上から落ちて来た少女達に潰されて、唯の土塊に戻って仕舞って居たので在る。
土の山の中には、グッタリと2人の少女が横たわって居た。
ルイズとシエスタで在る。
「な、何だ君達はぁ!? 僕の芸術に恨みが有るのかぁ!? 落ちる成ら場所を選び給え! 場所を!」
「……芸術?」
呆然と、土塗れに成ったルイズが言った。
「サイトとセイヴァーの像だよ! あああ、数週間と言うモノ、毎晩毎晩、少しずつ少しずつ、手作りで仕上げて来たのに……遣り直しじゃ成いか!」
「……サイトの像?」
ルイズは横を向いた。
其処に……才人の顔を模した土の塊が在った。
シエスタとルイズは、丁度像の左右の肩に打つかり、減り込む形で激突をした為に、像の頭の部分だけは無事だったので在る。
そして柔らかい内は、落下する2人のクッションに成ったので在る。
「……サイト。救けて呉れたのね」
ルイズは呟いた。
其の手を、シエスタが握る。
「ほら! サイトさんはこう遣って像に成っても救けて呉れたじゃ成いですか! だから、生きてます! 絶対です!」
ルイズは首肯いた。
鳶色の美しい瞳が、輝きを取り戻して行った。
ガバッと、ルイズは立ち上がった。
モンモランシーがそんなルイズに駆け寄った。
「ルイズ! あんた、何してるのよ!? 大丈夫? 怪我は成い?」
「平気よ。怪我何かしてられ無いわ」
「否、怪我は自分で決めるもんじゃ……」
キッ! とルイズはモンモランシーを睨み付ける。
「私が決めるの。決まってるの。さあシエスタ。行くわよ」
「はいッ!」
と嬉しそうな様子でシエスタも立ち上がる。
そんな級友とメイドのコンビに、モンモランシーは、(空から落ちて来て、死にそうに成ったと言うのに……何でこん成に元気成のかしら?)、と呆れた表情を浮かべた。
「ど、何処に行くのよ!?」
「サイトを捜しに行くの」
「え、でも……」
「生きてる」
と、自信足っ振りにルイズは呟いた。
「ルイズ?」
モンモランシーは心配そうに、級友の顔を見詰めた。ショックの余り、ルイズが可怪しく成ったと想ったのだ。
「安心して。別に可怪しく成った訳じゃ無いから」
「で、でも……現実に“ゲート”は開いて……」
「私ね。ずっと甘えて来たの。あの馬鹿“使い魔”に……其れ成のに、あの馬鹿ってば、私を守って呉れたわ」
「ルイズ、ルイズ、確りして。“サモン・サーヴァント”は絶対成の。“契約”した“使い魔”が此の世に存在する限り、“ゲート”は開か無いの!」
「でね、想ったのよ。そんな彼奴に、出来る事は何成のかって」
「ルイズ!」
モンモランシーは怒鳴った。
然し、ルイズの顔色と様子は変わら無い。目に宿る力は揺らが無い。
「信じる事よ」
「……信じる事?」
「そう。世界中の誰もが、“サイトは死んだ”って言ったって、此の目で見る迄は私信じ無い。例え“魔法”が死んだって教えて呉れたって私信じ無い」
モンモランシーは妙なルイズの迫力に息を呑んだ。
「彼奴、私に言ったもの。何が在っても私を守るって。私、其の言葉を信じるわ。だから彼奴は生きてる。絶対よ」
確りと前を見詰めて、ルイズは言った。
「其れにね、彼奴は私の“使い魔”成の。私に無断で死ぬ何て赦さ無いんだから」
ルイズが塔からぶら下がって居た頃……。
“ウエストウッド村”では、夜を徹しての激しい稽古が続いて居た。
アニエスは想い付きで在るかの様に稽古の時間を決めたので在る。
夜、朝……食事中。
行き成り木剣が才人へと放り投げられる。すると其処が、訓練の場と成るので在った。
ティファニアの家の前庭……。
木剣を構えた才人の前に、アニエスが立って居る。そして、少しばかり離れた場所で、俺はそんな2人を見守って居る
才人の息は荒いが、アニエスは息1つ乱して居無い。
才人は木剣を構えると、アニエス目掛けて振り下ろした。然し、スルリと簡単に躱されて仕舞い、強かに腕を撃たれて剣を取り落として仕舞う。
「うぐお……」
と才人は腕を押さえて膝を突いた。
「どうした?」
「う、腕が痛いです」
「当たり前だ。打たれれば痛い。斬られればもっと痛い。木剣で良かったな」
才人は、木剣で地面を叩いた。
「あう……どうして当たら無いんだ?」
「犬でも考えるか」
「だから人間ですってば」
「良いか?」
アニエスは、木剣てコツコツと才人の頭を軽く叩いて言った。
「……え?」
「良く考えてみろ。何時も先に剣を振ったのは貴様だ。私は其れに合わせて、剣を振って居ただけだ。何回も見れば、相手の太刀筋は覚える。其れに合わせるのは、多少の訓練で何とでも成る。術など、突き詰めれば其れだけの事に過ぎぬ」
「でも、俺の攻撃はアニエスさんに掠りもしません。術以前っすよ」
「間合いだ。私が見て居るのは、貴様との距離だけだ。踏み込みの足の位置で、間合いは決まる。後は其の距離を保つ様に動けば、貴様の剣は当たらぬ」
「成る程」
「私の太刀筋は見て居たな?」
才人は首肯いた。
アニエスは、もう1度木剣を構えた。
「良いか。距離だ。間合いを肌で覚えろ」
そして……アニエスは木剣を振り下ろした。
才人は慌てて大袈裟に仰け反った。
「剣を見るな。足を見ろ」
言われた通り……才人はアニエスの足を見詰めた。
アニエスは最初、ユックリと剣を振った。
アニエスの足を見乍ら、距離を身体で感じ取る様にし、才人は身体を引いた。
「剣を剣で受けようとするな。相手の攻撃は必ず躱せ」
すっ、すっ、と其の内にアニエスの振りが速く成って行く。
「攻撃に転じる時は、剣が振り下ろされた瞬間だ。其の瞬間に身体を動かせば、相手が振り下ろした時に、此方の攻撃が届く。其のタイミングを図れ」
才人はアニエスの足を見つつ、剣にも注意を向ける事に成功した。
そして……(此の瞬間成ら当たるんじゃ成えの?)、と想える瞬間が遣って来た。
其れを何度も見て居る内に、確信に想える時が遣って来る。
タイミングを見計らい……半身を逸せた瞬間、才人は攻撃に転じた。
「ぐっ!」
アニエスが呻きを上げる。
肩に、才人の剣が当たったのだった。
「あ、当たった! 当たりました!」
大袈裟に騒ぐ才人に対し、ニヤッとアニエスも笑う。
「今のタイミングだ。フェイントを掛ける場合にしても、結局は全ては此の応用だ」
「はい」
「理解ったら身体で覚えろ」
其の日は夜通し、剣の稽古が続いた。
空が白み始め、朝に成り……遣っと稽古から解放された才人は水汲み場で身体を洗って居た。
ポンプを動かし、板を鉄輪で貼り合わせたバケツに水を汲み、頭から冠る。
熱い身体に、冷たい水は心地好く感じられるだろう。
「――痛っ!?」
然し……当然の事だが、傷口に水が染みる。
才人の身体中には、至る所に痣や擦り傷が在る。
アニエスは興が乗って来ると、容赦無く才人をボコるので在った。
才人は、「あの人、絶対Sだよな……犬発言だし、何吐っても目がそうだもん」と困った顔で呟く。
然し、其の痛みが今の才人は心地好いモノに想えた。少しずつ、自分が強く成って行く証拠の様に感じられるからだ。“ガンダールヴ”として与えられたモノでは無い、才人自身が持つ地力……。
其れが日々成長して行く様に感じるのは、悪い気分では無いのだろう。
身体を拭こうとしてタオルを忘れて仕舞った事に気付き、上半身裸の儘、才人はオロオロとした。
季節は未だ冬に近い為、身体が火照って居るとは云え、やはり冷えて来るだろう。
「使って」
才人は声に驚いて振り向くと、ティファニアがタオルを持って立って居た。
上半身裸で在る才人を見るのが恥ずかしいのだろう、頬を染めて横を向いて居る。
「有り難う」
と、才人はタオルを受け取り、身体を拭き始める。
ティファニアはモジモジとして居り、何か言いたそうな様子を見せる。
「どうしたの?」
と才人が促す事で、漸くティファニアは口を開いた。
「が、頑張ってるね」
「ああ。強く成りたいからね」
「訊いても良い?」
「良いよ」
「其の……此の前の怪我。“アルビオン”軍に立ち向かったんだってね……行軍する大軍に突っ込んで行ったんでしょう?」
才人は頭を掻き乍ら、答えた。
「誰が言ったの?」
「あの剣。デルフさん」
「彼奴は、ホント御喋りだな……」
「110,000の軍勢に立ち向かうのって、何な気持ち?」
「勿論恐い。でも、100以上は全部同じだよ。もう、多いのかどうかすら判ら無い。でっかい台風に飛び込んで行く様な気分だったな」
「たいふう?」
「否……大嵐って言うか、そう言う巨大な自然災害って言うか……」
「勇気が有るのね」
才人は首を振った。
「違う。俺には力が有ったから……ほら、此の前言った力」
「“何でも武器を扱える”って言う?」
「そうだ。其れが有ったから、そして、デルフとセイヴァーが居て呉れたから、110,000に突っ込めた
。でも、今の俺はそうじゃ無い」
真っ更な左手甲を見詰めて、才人は言った。
「幾ら力が有ったって……其れでも、普通は出来る事じゃ無い。好きな人を守る為に、突っ込んで行ったんだよね。此の前言ってた、大事な人……」
「ああ」
「今も……其の好きな人を守る為に身体を鍛えてるの?」
「違うよ。言っただろ。もう、俺には其人を守れる資格が無いって」
ティファニアは黙ってしまった。
「其人の敵は、大きいんだ。其の目的は、大きいんだ。多少、剣が振れる様に成ったからってどうにか成る様なもんじゃ無いんだ」
「じゃあどうして、こんな厳しい稽古をしてるの?」
「帰える為さ」
「帰える為?」
「ああ。こないだ……テファの演奏を聞いて居たら、故郷の事を想い出して、懐かしくて仕方が無く成った。俺は、其処に帰ろうと想う、其れが俺の遣る可き事何だ。ルイズには、ルイズの遣る可き事が有って……俺にも有る。俺は、俺が遣る可き事の為に、剣の腕を磨いて居るんだ。此の世界、危険で一杯だからな。探すにしても、自分の事を自分で守れる様に成ら為いと……」
何かが吹っ切れたかの様な声と調子で、才人は言った。
「其人、ルイズって言うのね」
才人は少し照れて、横を向いて首肯いた。
「うん」
「……何な人?」
「桃色の髪してて……背が小さくって……」
「素敵な人?」
もう、才人は答え無い。そして、服を身に着け始めた。
其れからティファニアは、頬を染めて才人を見詰めた。
「貴男って、偉いのね」
「偉く何か無えよ。唯、帰りたいって言ってるだけだよ」
「其の為に頑張ってる。偉いわ。私ね……」
ティファニアは、言葉を選ぶ様に、ユックリと言った。
「貴男みたいに人を好きに成った事も無ければ、何かを一生懸命に頑張った事も無かった。唯……ぼんやりと、災いの無い場所で、ヒッソリと暮らしたいと想ってただけ。母さんの故郷に行きたいと想っても、想っただけで、何にも為無かった」
「良いんじゃ成いの。大変だったんだから」
「ううん。其れは何か、逃げてるって気がする」
ティファニアは才人の手を握った。
「有り難うサイト。私、もっと色んが見てみたく成った。昔棲んでた御屋敷と……此の村の事しか知ら無いから、先ずは世界を見てみたい。世界って、嫌な事ばかりじゃ無い。楽しい事も、素敵な事もきっと在るんじゃ成いかって……貴男達を見てたら、そう想う様に成ったわ」
才人は顔を赤らめた。
「ねえ、御友達に成って呉れる? 私の初めての……御友達」
「良いよ」
「貴男が村を出る時には、記憶を消そうと想って居たけど……消さ無い。御友達にはずっと覚えて居いて欲しいもの」
「そっか」
と才人は少し、顔を赤らめて言った。其の理由は、照れ臭さと、視線の向かう先に在る。
才人の視線に気付いたのだろう、ティファニアはサッと身を引いた。
「御免……」
「い、良いの。御友達だから良いの」
気不味い沈黙が流れた。
「ご、御飯が出来てるわ。食べて」
才人は首肯いた。
歩き出す。
家の中から、好い匂いが流れて来た為、才人は其処で漸く自分が空腹で在る事に気付いた。
「休ま無くても良いのか?」
「構わ無い。相手を頼む」
俺とアニエスは庭で向かい合って居る。俺の手には相変わらず木の枝が、アニエスの手には実剣が握られて居る。
「さて、始める前に、もう1度言って置くが」
「私の実力は十分だと言いたいのだろう?」
「そうだ。ヒトの身で良くぞ其処迄と褒めたい。俺は弱いからな、力を欲した。故、此の様に
「ヒトを辞めた? 貴様は人間では無いと言いたそうだな」
「其の通りだよ、アニエス。俺は人で無し、碌で無し……まあ俺の事は良いさ。余計な御世話かも知れ無いが、気は未だ晴れ無いかな?」
「何の事だ?」
「復讐」
「…………」
アニエスから発せられる空気が一瞬で変わる。
「其れを否定する気は全く無い。だが、其れを果たし切る事が出来無かった為か、今の御前達は燻ってしまって居る。残った感情などを、扱い兼ねて居る。生き甲斐を失して仕舞ったとでも言う可きか」
アニエスは言葉を発さず、実剣を振り翳し、俺へと斬り掛かって来る。
が、俺は気にする事も無く、木の枝で其れ等全ての斬撃を、枝に負担を掛ける事も無く完全に余裕を持て往なす。今手にして居る木の枝は、唯、“魔力”や“精神力”に依る“魔術”と“魔法”で“強化”した、少し頑丈な枝程度のモノだ。
「だから、新しい何かを見付ける可きだろう。其れは恐らく、身近に在るだろう」
「……そうか」
アニエスは剣を下ろす。
「さて、食事の時間らしい。丁度腹が減って来た所だろう」
ティファニアの家の中から、好い匂いが漂って来る。
“サーヴァント”で在る俺には食事を摂る必要は無いが、アニエスはヒトで在る為にエネルギーの摂取――食事が必要だ。
そう俺が口にした其の瞬間、アニエスの御腹が空腹で在る事を主張をする様に鳴る。
そして、アニエスは顔を赤くした。
「何、気にする事は無い。御腹が空くのは生き物として当然の事だ。俺が居た世界、基国では腹が減っては戦は出来ぬと言う諺が在る……腹を満たしてから、再開しようでは為いか」