2週間にも及ぶ諸国会議は、然程、と云う選りも全く揉める事も無く終了をした。
結果は、目に見えて居たモノだ。“王族”で在るシオンが帰還した事も在り、“
本来で在れば、敗戦国で在る為に、土地を勝者で在る連合軍に参加して居た各国へと切り渡す可きだったのだろうが、元々彼等――“トリステイン”、“ゲルマニア”及び“ガリア”などの各国は、共同統治し、折を見て王権を復活させる積りで在ったのだから。
シオンを女王陛下として、補佐にホーキンス達。近い内に、シオンが女王陛下に成る為に、戴冠式が行われる事に成り、其の日程もまた相談される事に成った。が、諸国会議が終了した翌日に皆帰国する為に、簡素且つ質素な戴冠式が、各国の首脳達が居無い状況で行われる事に成った。
そして、会議に参加した“アルビオン”含む5ヶ国に於いて、“ハルケギニア”の王権を守り、共和制の勃興を封じ込める可く、其々5ヶ国の“王権同盟”が発表された。同盟に参加した王国内に於いて“新教徒”及び共和主義者が叛旗を翻した場合、他の4つの国の軍事介入を仰ぐ事の出来る特殊な同盟で在る。之に依り、新たに反乱を企てようとする者達は、5つの王軍を相手にする必要が在る様に成るのだ。
此の同盟の締結を以て、諸国会議は閉会と成り、簡素では在るが、戴冠式が行われた。
そして、其れも終わり、明日には其々が自国へと帰ろうと云う晩の事だ……。
“ハヴィランド宮殿”に用意された部屋で、アンリエッタは眼の前の書類に、必死に成って目を通して居た。隣には枢機卿のマザリーニの姿が見える。
「陛下、そろそろ御休みに為られては……此の所、殆ど寝て居られぬでしょう?」
諸国会議が始まってからと云うもの、アンリエッタは粗不眠不休で会議に打ち込んで居たので在る。シオンの為に、そして何選り“トリステイン”の国益の為に、貪欲に発言をしたのだ。アルブレヒト3世などは、終いには呆れて「嫁に貰わんで正解だわい」と、小声で呟く程で在った。
「国に帰っても、仕事は山積みです。出来るだけ片付けて置きたいのです」
「と言ってもですな、もう12時を回って居りますぞ」
「先に休んで下さい」
然し、女王を差し置いて臣下が床に就く訳にも行か無いのが、悲しい所だ。
「其の様な目録など、書紀官に任せれば……」
「全てに目を通して置きたいのです。そうで成ければ、こうして雲の上迄遣って来た甲斐が在りませんわ」
マザリーニは溜息を吐いた。若さ故か、アンリエッタには極端な所が有って、其れがどうにも心配成ので在る。然し……マザリーニは目を細めてアンリエッタを見詰めた。幼子の頃から見守り続けた姫の危うさと、成長を、何時迄も見届けたいと云う気持ちが有る。
遣る気を出して居る生徒に対し、マザリーニは講義を行う可く、咳払いをした。
「陛下、重ねて申し上げるが、“ガリア”の動向には注意が必要ですぞ」
「ええ」
書類から顔を離さずに、アンリエッタは首肯いた。
「此度の戦を終わらせたのは……正直申し上げて“ガリア”です。然し乍ら、彼等の要求は微々たるモノ……少しの資源だけのみです。まるで、欲しいモノは既に手に入れた、と言わんばかりの態度ですな」
マザリーニは、無欲な態度を示した“ガリア”に警戒心を抱いて居るので在る。
「そうですね」
とアンリエッタは首肯いた。
「ふぁあ」
と、マザリーニは大きく欠伸を1つ噛ました。
「眠そうですわね。御休み下さい」
「いえ……陛下を差し置いて床に就く訳には参りませぬ」
アンリエッタは微笑むと、書類を片付け始めた。
「御休みに為るのですか?」
「ええ。貴男の健康を害する訳には行きませんから」
「私の健康ばかりでは在りませぬ。寝るのも仕事の内ですぞ」
アンリエッタは素直に、「はい」、と首肯いた。
では……と安心した様子でマザリーニは退出して行った。
アンリエッタは年相応の少女の仕草で、ベッドへと倒れ込む。そして、放心した様に呟いた。
「疲れた……」
アンリエッタは、此の儘泥の様に眠ってしまいそうで在った。だが、其の前に確かめたい事が彼女には有った。此の所毎日、寝る前の習慣に成って居る行為で在る。
アンリエッタは枕元の紐を引いた。
直ぐに……ドアの前に女官が遣って来る。
「御呼びで御座いますか? 閣下」
「アニエスは、戻りましたか?」
「“銃士隊”隊長、アニエス様は、未だ御戻りに成って居りません」
「理解りました。有り難う」
女官が去って行く足音が聞こ得た後、アンリエッタは切無気に目を細めた。まるで幼子の様に爪を噛むのだ。其れから、首を傾げ、頬を枕に埋め、アンリエッタは目を瞑った。
丁度其の頃、“ハヴィランド宮殿”の別の客間では……。
部屋の主が燃え盛る暖炉の炎を背に、肩肘をソファに置き、興味深そうに客を見詰めて居た。
「で、“ロマリア”の特命大使殿が、此の“ガリア無能王”に何の用だね?」
ジョゼフは含みの在る笑みを浮かべ乍ら、教皇依りの新書を携えて遣って来た“ロマリア”の特命大使を見下ろした。
金髪に目立つオッドアイ――“月目”……ジュリオで在った。
床に肩肘を突いた儘、彼は答えた。
「“無能王”とは……謙遜が過ぎると申すモノ」
「謙遜などでは無い。事実国民も、役人も、議会も、“貴族”も、此の私を無能と陰で嘲笑って居る。内政をさせれば国が傾き、外交をさせれば誤ると噂し合って居る。玩具を与えて置けば良いのだと、其の様に舐めて居る」
「陛下は戦争を終わらせました。偉大成る王として、歴史に名を残すで在りましょう」
「世辞は良い。歴史などに興味は無い」
ジョゼフは、テーブルに置かれたオルゴールを手に取った。
古木瓜たボロボロのオルゴールで在る。茶色くくすみ、ニスは完全に剥げてしまって居る。所々傷も見える。
然しジョゼフは其れを、愛しそうに撫でた。
「骨董品ですか?」
「ああ。“アルビオン”王家に伝わる、“始祖のオルゴール”と呼ばれる逸品だ」
「“始祖の秘宝”ですね」
ジョセフの目が光った。
「そうだ」
「“ロマリア”、“ガリア”、“トリステイン”、そして“アルビオン”……各“王家”には、其々“始祖の秘宝”と呼ばれるモノが存在します」
「其れがどうした? “ハルケギニア”の民成ら、誰もが知って居る事だ」
「そして“4系統”と呼ばれる指輪……」
「之の事か?」
ジョゼフは指に嵌まった指輪をジュリオに見せた。
「然様で御座います」
「で、其れがどうした?」
「余はそろそろ眠いのだ。何せ、連日の会議だったからな。欲の皮の突っ張った小娘と、分を弁えぬ田舎者の相手、そして新しい女王陛下の相手で疲れて居るのだ。手短に願いた」
「恐れ乍ら、陛下の御好きで無い、歴史の話で御座います。其れ等秘宝は、“始祖”の意志と血が込められて居ると、“ロマリア”では言われて居りました。そして最近に成って……と或る予言が発掘されたのです」
ジョゼフはジュリオを試すかの様に見詰めた。
ジョゼフの其れは、美しい、と云う形容が之程陳腐に想える顔立ちも少ないで在ろう。何か別の言葉を新たに作る可き、と詩人に想わせる様な顔立ち……そして其の左右色の違う瞳には、強い光が宿って居る。
ジョゼフは、(此奴……ジュリオ・チェザーレとか言う巫山戯た名前の神官……諸国会議に出して来た能無し大使とは、出来が違う。“ロマリア”にとっては、此方が本命の外交成のだろう)と考えた。
「ふむ。何な予言成のだ?」
「“始祖”の力は強大で在りました。彼は其の強大な己の力を4つに分け、秘宝と指輪に託しました。また、其れを担う可く者も、等しく4つに分けたのです。其の上で、“始祖”はこう告げました。“4の秘宝、4の指輪、4の使い魔、4の担い手……4つの4が集いし時、我の虚無は覚醒めん”と」
「何だ其れは!? 詰まり、4人の“虚無の担い手”が存在すると!? そう言う訳か!?」
ジョゼフは大声で笑った。
「馬鹿も休み休み言うんだな! 4人も“担い手”が居たら、大変では成いか! “始祖”の“虚無”を扱える者が4人だと? 之は傑作だ!」
「嘘では在りません。“ロマリア”は現実として、其れ等を集めて居ります。担い手も2人、確認して居ります」
「ほう、其れは誰だ?」
「其れは申せません。陛下の協力を仰げると確信した時のみ、御報せする事と致しましょう」
「協力と言っても、どうすれば良いのだ?」
「何、簡単です。“虚無の担い手”を見付け出し次第、我が国に報せて欲しいのです。御安心下さい。我が国には野心の欠片も有りません。唯、真の意味で“始祖”の御心に添いたい……其の一心のみで御座います。本日締結された“王権同盟”……あの同盟が、4つの王国、そして1つの皇国を正しく“始祖”の真意へと導く手助けに成る事を、祈って居ります」
ジョゼフは、「さて……」、と青い美髯を揺らし、首を横に振った。
「“虚無の担い手”も何も……余は何も知らぬ。何せ“無能王”だからな。臣下共と来たら、肝心な事は何1つ余に知らせては呉れんのだよ」
「“虚無の担い手”を見付け出す方法が御座います。之はと想った者に、“4の指輪”を嵌めさせ、其のオルゴールの蓋を御開け下さい。担い手で在れば、其の者の耳には、“始祖の調べ”が聞こ得る事でしょう」
ジョゼフは首肯いた。
「了解した。機会在らば試してみよう」
ジョゼフは、「では……」、と立ち上がった。
「待たれよ」
「何か?」
「どうせ成ら、“ロマリア”知りし真実を、全て語っては行かんかね?」
「御疲れの様ですから」
「何、長い夜の暇潰しには、持って来いの伽だ」
「申し訳有りません。先程申し上げた様に、陛下の協力が仰げる時にのみ、開陳の許可を与えられて居ります」
「御若い癖に、教皇陛下は喰えんな」
「人一倍、信仰心が厚い御方成のです。従って、他者の信仰にも相応の程度を要求するのです」
「そう言われると、何だ、“始祖”と神への信仰に目覚めそうな気分だよ」
ジュリオは、「では……」、と微笑みを浮かべた。
「陛下の興味を惹ける様な話題を1つ」
「良かろう」
「此の世の全ての物質は、小さな粒因り出来て居ります。砂選りも、水滴選りも小さな粒です。解き明かされし我等の最新の神学では、“4系統”は、其れ等に影響を与える“呪文”、と定義されて居ります」
「ふむ」
「其れ等の粒は、更成る小さき粒に依り構成されて居ます。“虚無”は其の更成る小さな粒に影響を与える、と言われて居るのです」
「其れがどうした?」
「“始祖”の御心に添い、“4の4”を集め……其れ等が完全に解放されし場合……詰まりは“始祖の虚無”が、完全に蘇った場合、“虚無魔法”は恐ろしき効果を得る事でしょう。更に小さき粒への大なる影響は、恐らくは此の世の断りをも捻じ曲げるで在りましょう。事実、其の様な“呪文”の存在が予言にかかれて居ます」
「何な“呪文”成のだ?」
ジュリオは一礼した。
「之以上、陛下の御休みを邪魔する訳には参りません」
「神官の苦戦い、布教に熱心では無い様だな」
其の儘退出しようとしたジュリオを、ジョゼフは再び呼び止めた。
「待ち給え」
「“始祖”と神への真の信仰に目覚められましたか?」
「其の信仰に関する質問だ。君達“ロマリア”とのあの忌々しい“レコン・キスタ”……其の思想に何の様な違いが在るのだ?」
ジョゼフは意味深気な笑みを浮かべて、神官に問うた。
「“レコン・キスタ”は、所詮烏合の衆でした。王様に成りたがった、子供の集まりに過ぎません。彼奴等は“聖地”の回復と言う題目を、己の結束に利用しただけです。誰も本気で、“エルフ”達から“聖地”を取り返そうとは、想って居りませんでした」
「…………」
「我等“ロマリア”は“聖地”を回復する。他に何も考えて居りませぬ」
同類を見る目で、ジョゼフは“ロマリア”の特命大使を見詰めた。
「“聖地”を奪いし“エルフ”の操る強力な“先住魔法”に対抗するには、“始祖の虚無”しか在りませぬ。で、在る成らば、我等は其れを使う……」
独り言で在るかの様にそう呟き、退出しようとするジュリオの背に向け、楽しそうな声でジョゼフは言った。
「狂ってる」
左右色の違う、“月目”を輝かせ、嬉しそうな様子でジュリオは答えた。
「信仰とは、そうしたモノです」
ジュリオが去って行った後、ジョゼフはテーブルから人形を取り上げた。
黒い髪の、細い女性の形をした人形で在る。
暫く其れを愛しそうに撫で回した後、ジョゼフは口を近付けた。
「聴いて居たか? 余の可愛い
ジョゼフは人形に耳を近付けた。
「そうとも! 余のミューズ! 御前の言う通りだ! あやつ等は何、情報は有っても道具は無い。はは、此の対局、余の優位は動かぬわ。“土のルビー”、“始祖の香炉”、そして“始祖のオルゴール”……余は3つ持って居る。予言に関する情報を持って居たら、アンリエッタが、”アルビオン王家”の秘宝足る“始祖のオルゴール”を気にせぬ筈は無いからな。あの小娘と来たら、金と土地にしか興味が無い様だ。はは、救えぬ愚かさよ! そして、新米女王のシオン。“魔法学院”に通って居た故、王としての教育など一切受けては居無いだろうよ。何選り、あの小娘は、無欲、保守的……自国の民を守る事、そして友人を守り助ける事が出来れば他には何も要らぬと言った様子。詰まり、情報と道具、揃えつつ在るのは余だ。他の誰でも無い、余だ」
ジョゼフは其処で口を噤んだ。
「何? そうか! “トリステイン”の担い手が此の“アルビオン”に? 而も単独だと? まるで調理を待つ鶏では成いか! 早速掛かれ。“始祖の祈祷書”、そして“水のルビー”を手に入れるのだ。“ロマリア”の狸共が、何処迄掴んで居るか判らぬからな。急ぐのだぞ」
人形を通じて“使い魔”に命令を与えると、ジョゼフはソファに深々と座った。
ジョゼフはテーブルの上に置かれて居る、“始祖のオルゴール”の蓋を開いた。
そして……目を瞑る。
暫くそうして居ると、寝室に通じる扉が開いた。
しどけない寝間着姿をしたモリエール夫人が現れた。
「陛下、御客様は御帰りに為られましたか?」
「ああ」
「こんな夜更けに無粋な方! 私、神官何て大嫌い! 彼奴等と来たら、“始祖”と神への信仰さえ在れば、恋人達の時間を邪魔しても構わ無いと想って居るのですわ!」
モリエールはジョゼフの首に腕を回した。艶めかしい手付きで、恋人の美髯を撫で上げるのだ。
「ねえ陛下。宜しくて?」
「何だね?」
「何時も聞いてらっしゃる其のオルゴール……壊れて居るのでしょう? 全く何も聞こ得ませんわ。細工師を呼んで直させましょうか? 私、何時も宝石を仕立てさせて居る、良い腕の細工師を知って居りますの。さあほら、此のネックレスを御覧に為って下さいまし。其の者と来たら、実に器用で……」
モリエールの御喋りを、煩そうにジョゼフは手を振って制した。
「美しき調べの鑑賞の邪魔だ。黙って居れ」
「……でも、私には」
「余には聞こ得るのだ」
其の指に……鮮やかな茶に色付く、“土のルビー”が光って居た。
「其れで、シオン女王陛下、いえ、未だ戴冠為されて居無い為に、王女殿下、と言った所でしょうか?」
「好きな様に呼んで貰って構わ無いよ、ホーキンス将軍」
「では、女王陛下。未だ其の身分では無い訳ですが、其れでも既に山の様に仕事が御座います」
「ええ。でしょうね」
「ですが、其れはまた明日からに為されて下さい」
「有り難う、ホーキンス将軍」
「いえ……そう言えば、彼、セイヴァー殿は如何為されたのでしょうか?」
「セイヴァーは、私の従姉妹と、斯の英雄で在る少年の元に居ますよ。まあ、彼女は私の事を未だ知ら無いだろうし、其れに知ったとしても……」
「何と!? 其れでは、あの異国の少年は御存命と?」
「ええ。彼は、或る特殊な“マジックアイテム”を持って居たの。だから、瀕死の状態で、意識を失っても尚、跳ね起きたかの様に動き、森へと移動した。そして、其処で療養中です」
「其れは良かった……本当に、良かった。彼は文字通り“英雄”ですな。“トリステイン”に帰国為された後は、きっと名誉の」
「ええ。平民で在り乍ら“貴族”以上の働きを為した。民からは文字通り“英雄”、希望の象徴として映るでしょうね。そして恐らく、アンからは、爵位を」
「ほう。と成ると彼は“貴族”に成ると? “ゲルマニア”と少し似通って居りますな」
「今の“トリステイン”は、王政で在り乍ら、実力の有る者を認め、雇用する形態へと変化して行って居ります。此の時代、伝統を守り続けるだけでは、恐らく駄目成のでしょうね」
「では、陛下はどう為さる御積りですか?」
「そうですね。共和制とは違った形で、我々“王族”と“貴族”、そして民が手を取り合い、支え合い、未来へと進める国に出来れば良いですね」
ルイズとシエスタが“ロサイス”に到着したのは、“
普段選り、倍の時間が掛かって仕舞ったので在る。
“アルビオン大陸”と“ハルケギニア”の間の船便は、行き交う人々で溢れ返って居たのだ。“ラ・ロシェール”の船着場には“アルビオン”へ向かう人々で長蛇の列が出来て居た。
女王陛下の御墨付きで在ると云えども、そんな風に混雑を極めた民間船には通用する筈も無い。
そんな訳で、ルイズ達が何とか軍船の定期便に割り込む事に成功し、“ロサイス”に到着する頃には、1週間が過ぎて仕舞って居た。
“アルビオン”へと到着したルイズ達は、再び呆れ返る事に成った。
港町で在る“ロサイス”の混雑は“ラ・ロシェール”の其れとは比では無かったからだ。
戦乱で荒れた“アルビオン”に物売りに来た商人、一山当てようと目論む山師、政府の役人、戦争で逢え無かった親戚を訪ねる人々……など、“ハルケギニア”中から遣って来た人間で溢れ返り、大変な混雑を呈して居るのだから。
「此りゃ大変だわ」
鉄塔の様な船着場から降りて来たルイズは溜息混じりに呟いた。
船着場から、工廠や司令部が並ぶ市街地迄の道は、宛ら“ハルケギニア”の博覧会と云えるモノで在った。
道端には物売りが溢れ。其処かしこに名前が書かれた木の看板を持った人々が立って居る。
「何でしょう、あの名前?」
“魔法学院”で働く際に着て居るメイド服からエプロンを取ってコートを羽織り、帽子を冠った、以下にも慌てて飛んで来ましたと云う格好のシエスタが、疑問を口にした。彼女は大きな頭陀袋を背負って居る。其処には旅には必要だろうモノが、之でもかと詰め込まれて居るので在った。
「戦で行方不明に成った人を捜して居るのよ」
哀しい声で、ルイズが答えた。
ルイズもまた、何時もの“魔法学院”の制服を着ては居るが、やはり大きな革のリュックを背負って居る。
「見付かるかしら……? サイトさん」
手掛かりは、ルイズに与えられた命令書の文面だけだと云えるだろう。其処にはこう記載されて居た。
――“ロサイス北東から50リーグ離れた丘で、敵を足止めせよ”。
行方不明に成ったサイトについて、ルイズは軍へと問い合わせてみたのだが、やはり何らの手掛かりも得られ無かったのだ。アンリエッタに逢おうと想ったのだが、王宮には居無かった。そして、アンリエッタは会議の為に此処“アルビオン”へと来て居るらしい事を聞いた。
「ま、結局便りに成るのは自分達だけって訳ね」
「でも、此の様子じゃ、馬も借りられませんわね」
人混みを見てシエスタが言った。
「足で行くのよ。歩け無い距離じゃ無いわ」
そう言って歩き出したルイズでは在るのだが……地面にへたり込んで仕舞う。
「あう……」
重い荷物を抱えて、どうにか此処迄遣って来た為に、遂に身体が悲鳴を上げて居るので在った。
「情け無いわ」
「船の上では立ちっ放なしでしたし、仕方在りませんわ。もう夜だし、今日は此処で一泊して明日、向かいましょう」
「貴女、体力有るのね」
ルイズはシエスタの背負った頭陀袋を見て言った。
ルイズが背負ったリュックの3倍は在るだろう大きさに膨らんで居る。そんな荷物を背負って、ケロッとして居るので在った。
「其りゃ田舎育ちですから・此の位、何て事在りませんわ」
とシエスタは屈託無く言った。
勿論、宿など借りられる訳も無かった。
ルイズとシエスタは宿にあぶれた人達が集まる空き地に向かい、其処に布を広げて眠る事に成って仕舞った。
ルイズには見覚えの在る場所で有り、其処で、“ガリア”艦隊が吹き飛ばした司令部の前庭で在った事を想い出す。
砲撃で崩れ落ちた赤煉瓦が痛々しい。
然し、人間はと云うと逞しいモノで在り、そんな恐ろしい事が在ったのにも関わらず、其処此処に天幕を設け、寝泊まりをして居るのだ。中には拾って来ただろう煉瓦を、終戦記念煉瓦と称して売って居る者迄居る始末だ。
シエスタは袋の中から布を取り出すと、テキパキとテントを作り始めた。棒を立てて、布を立てる。あっと言う間に、2人が寝られるスペースが出来上がった。
ルイズが呆気に取られて見て居ると、シエスタは次に煉瓦を集めて来て即席の釜戸を組み上げてみせた。そして、頭陀袋からゴソゴソと鍋を取り出し、底でシチューを作り始めた。
出来上がると、シエスタは木の御椀によそってルイズに手渡す。
「どうぞ」
「有り難う」
差し出されたシチューを、怪訝な顔してルイズは見詰めた。
ルイズが見た事の無い色のシチューで在る。鈍よりと、山菜やら、肉やらが澱み、独特の香りが漂って居る。
心配そうな表情を浮かべ、ルイズが中を覗き込んで居ると……。
「大丈夫ですよ。私の村の郷土料理で“ヨシェナヴェ”って言うんです」
「“ヨシェナヴェ”?」
「ええ。
「へええ」
ルイズは恐る恐ると云った様子で、一口啜ってみた。
「美味しい!」
「えへ。御口に合って良かったです」
其れからシエスタは、ポロッと呟いた。
「私の曽御爺ちゃん、サイトさん達と同じ国から来たんですって」
ルイズは目を丸くした。
「そうだったの?」
「ええ。あの……“竜の羽衣”に乗って、此の世界に遣って来たんです。今から60年も前に……」
「そう」
ルイズはシエスタと才人のそんな繋がりに、少し驚いた。同時に、(だから、サイトは此のメイドに御執心だったのね。故郷を想って)、と想った。
「知ら無かったんですか?」
コクリと、ルイズは首肯いた。
するとシエスタは、ニンマリと笑った。
「何よ其の笑み?」
「1個、勝ち。えへへへへ」
「勝ちって何よ!? ねえ!?」
身を乗り出したルイズに、シエスタは妙な抑揚を付けて歌い始める。
「曽御爺ちゃんと恋人、同じ国♪ 同じ国♬ 同じ国♫」
「誰が恋人成のよッ!? ねえ!?」
ルイズが身を乗り出して怒鳴るおt,シエスタは勝ち誇った声で言った。
「キスしましたもん」
「な、ん何ですってぇ?」
「其れも一杯」
ルイズはグッと拳を握り、悔しさを噛み締めた。(此処でキレたら、敵の想う壺で在る)、と考えたからだ。思いっ切り深呼吸をすると、首を横に振った。其れからばぁーんと自分の頬を叩く。
必死に成って余裕を気取り、髪を掻き上げ、腕を組んだ。
「わ、私だって一杯したもん。と言うかね、されたの」
「へぇ何回位ですか?」
冷たい目で、シエスタが尋ねた。
「え、えっと……先ずは1回目。“使い魔”として“契約”する時、キスし為くちゃ成ら成いの」
「“契約”じゃ成いですか。数には入ら無いと想いますけど」
シエスタに難無く否定されて仕舞い、ルイズの目が吊り上がる。
「じゃあ2回目! “竜”の上だったわ! 彼奴ったら、寝て居る私に無理矢理キスしたの!」
「無理矢理ですって!? サイトさんがそんな事する訳無いわ!」
ルイズは得意に成った様子で、捲し立てた。
「彼奴ったらね、私が寝てると凄いんだから! 隣でね、いっつも御主人様の此の私の事じろじろじろじろじーろじろ、眺め回してるの。ベッドでも、テーブルでも、教室でも、何処でもよ? 其れも犬の目で! 涎を垂らさんばかりの勢いで、見詰めてるのよ? 身の程知らずにも程が在るわ! ばっかじゃ成いのって想うから、私こうだもん! ぷいっ! こんな感じよ!」
ルイズは、ぷいっ! と横を向くのを実演して見せた。
シエスタは、尾ひれを付けて言い散らかすルイズを冷ややかに見詰め、冷静に一撃を加える。
「どうして寝てらっしゃったのに、そんな細かく覚えてるんですか?」
ルイズは言葉に詰まってしまう。
「無理矢理じゃ無いじゃ成いですか。抵抗出来るのに、されるが儘に成ってたんじゃ成いですか?」
図星で在る。
だが、其れを認める様なルイズでは無い。横を向いて気不味そうに呟く。
「し、痺れて動け無かったの」
「何で痺れたの?」
「は、蜂に刺されて……良け無い蜂ね」
「テキトウな嘘吐か無いで下さい!」
誤魔化し切れ無い為に、ルイズは次に行く事にした。
「3回目!」
然し、3回目はルイズの方からしたので在った。寝て居る才人を見て居ると、ルイズは何だか堪ら無く成って仕舞い、して仕舞ったので在る。
だからルイズは、飛ばす事にした。
「4回目!」
「ちょっと待って! 3回目はどうしたんですか?」
「無し!」
「無しって何ですか!? ちゃんと説明して下さい! ズルいですよ!」
4回目は、小舟の上で在った。
あの時何故キスをしたのかと云うと……「何処でも触って良い」、などとルイズが言った為に、キスをされて仕舞ったので在る。
ルイズは悩んだ。
細部迄説明をして仕舞うと、メイドに舐められて仕舞う可能性が在るからだ。
従って。ルイズはまた飛ばす事にした。
「5回目!」
ルイズは言ってから記憶の底を浚ったのだが……残念な事に、5回目は存在無成かった。
誤魔化す為に、ルイズはシエスタに指を突き付けた。
「そんな訳で御座います! 私は5回もキスされたんだから! いやぁね、全然好きでも無いのに! 困っちゃうわ!」
目で殺す、と言わんばかりにルイズはシエスタを睨み付けた。
然しシエスタも然る者で在り、ハッしと其のルイズの視線を受け止めてみせる。
「私何か、7回ですわ」
「はい?」
「1晩で、ですけど」
「じゃあ1回よ! 其れは1回! 太陽が昇ってから、沈む迄が1回だかんねッ!」
シエスタは、そんなルイズを哀し気に見詰めた。
其の瞳には、勝者としての余裕が宿って居る。
「冷静に聞いて下さいね。“魔法”使っちゃ、嫌ですよ?」
「使わ無いから言い為さいよ」
「あのですね」
「うん」
「舌、入れました」
ルイズは耳迄真っ赤に成ってしまった。其れから、怒りで身体を震わせ始める。
2人は暫く睨み合って居たが、同時に溜息を吐いた。
暫くして、ボソリとシエスタが呟く。
「絶対、生きてますよね」
ルイズは俯いたが、直ぐに顔を上げた。
「あんたが信じ無いでどうすんのよ?」
「そうですよね」
そんな風にシンミリとして居ると……。
後ろから歓声が響いた。
「ん?」
振り返ると、人集りが出来て居る。
「何かしら?」
2人が近付いて見ると、見物客達の足元で、小さな人形が沢山踊って居るのが見えた。騎士、兵隊、“亜人”、“グリフォン”、そして“竜”などを模した人形……どう遣ら演舞劇の様で在った。
「“
と小さくルイズは呟いた。
「“アルヴィー”って何ですか?」
とキョトンとして、シエスタが尋ねる。
「“ガーゴイル”の一種よ」
「“ガーゴイル”?」
「そう。“ゴーレム”何かと違って、自立した意思で動く“魔法人形”。“アルヴィー”は其の中でも、小さなモノを云うの。ほら、“学院”の食堂の周りに小さな像が幾つも立って居るでしょう? あれが“アルヴィー”。夜に成ると、掛けられた“魔法”が発動して踊り出す……」
“
踊りは、戦いを模して居る様だった。
1人の剣士が、暴れて“竜”や“メイジ”を遣っ付ける度に、見物客から歓声が沸いた。平民受けが良い様に、剣士が活躍する筋書きの様で在る。
“竜王を斃した所で、剣士の”アルヴィー“は見物客達に向かって一礼した。遣られ役の”メイジ“や”竜“も立ち上がり、同じ様に観客達へと一礼する。
集まった人達は、次々にコインを投げ去って行く。
シエスタもポケットから1枚の銅貨を取り出し、投げた。
すると……2体の“アルヴィー”が、シエスタとルイズの足元に駆け寄り、ちょこんと靴の上に座り込んで仕舞った。
「あら、あらららら。之じゃあ歩けませんわ」
シエスタはソッと手を伸ばす。
「――痛ッ!?」
シエスタは小さな悲鳴を上げた。
行き成り動き出した剣士人形の構えた剣に触れて仕舞ったので在る。
シエスタの指から、血が流れる。
「“アルヴィー”何かに手を出すからよ」
と、ルイズは足を振って、人形を地面に落とした。
「行きましょ」
とルイズは、シエスタを促し、テントへと戻って行った。
ルイズとシエスタの後ろ姿を見詰め乍ら、フードの女性は笑みを浮かべた。
ソッと、フードを持ち上げる。
額には古代の“ルーン”が刻み込まれて居るのが見える。
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