翌朝……。
“サウスゴータ”の森の中、朝靄の中を裂いて1人の少女が現れた。
黒いマントに身を包んだ華奢な身体に、長い桃色の髪が纏わり付く。森の露を吸ってシットリとした髪を煩そうに掻き上げ、少女は1人の大きな木に背中を預けて寄り掛かった。上気した頬が、其の髪の色の様に薄くピンクに色付いて居る。
ルイズで在った。
大きく深呼吸をすると、ルイズは寄り掛かった木に添ってズルズルと地面にしゃがみ込み、膝を抱えた。愛らしい顔を、其の膝に埋め、何事かブツブツと呟いた。
「う~~~、恥ずかしい。どうしよう。恥ずかしいったらないわ。今になって恥ずかしさが込み上げて来たわ」
ルイズは頬を染めて、横に置いた革鞄からゴソゴソと何かを取り出した。
其れは……。
此の前作った黒猫衣装の一部で在った。
其れを頭に着けると、ルイズの頭の上に黒猫の耳が出現するので在る。
頬を染めた儘、ルイズは猫の耳を頭に着けたので在る。
「恥ずかしいわ。でも、負けるのはもっと嫌」
昨晩の才人との会話が、ルイズの頭の中に蘇った。
気になるティファニアの正体……。
ルイズは、(それって若しかして……あの胸に隠されてるのかしら?)と考えた。
ルイズを一発で爆死させる事が可能な、火薬が詰まった巨大な樽の中に……。
そして、ルイズはまた、(どんな秘密よ。其れって)とも想った。
其れが気になって仕舞って、昨晩ルイズは結ばれるどころでは無くって仕舞ったので在った。兎に角ルイズは、結ばれる瞬間くらい、自分が才人にとっての1番でありたいのである。(誰かと比べられてる?)と想った侭、そう云う事をしたくないので在る。何せ、初めての事で在る。慎重にシチュエーションを、自分の心のコンディションを選びたいので在った。
で在るのだが……あれだけのモノを見せられて仕舞っては、平静で居る事は出来る筈も無い。
そう。
ルイズのプライドを揺るがす程の武器……。
胸。
正に、恐ろしく凶悪な代物で在ると云えるだろう。ティファニアは、其れだけのモノを2つもくっつけて居るので在る。
でかい。
否、でかいなどと言葉に収められるモノでは無いだろう程のモノだ。
ルイズが持たぬ、究極とも云える武器をティファニアは装備して居るのだ。
ルイズは、(あんなモノを見て仕舞ったからサイトは、キスした時に“之が胸?”何て言ったのかもしれないわね。つい、ポロッと言って仕舞ったのかも……あんなモノを見て仕舞ったら、私の……之を見てそう想うのは無理はないのかも)などと解釈をした。
だが、そんな事、ルイズは断固として赦せないので在った。
(私だって負けてない)
そう、ルイズは自身に言い聞かせた。そして同時に、(その証明が欲しい)とも想った。
兎に角、ルイズは自信を着ける必要を感じて居るので在った。
ルイズはピョコンと立ち上がると、大きく腕を胸の前でバッテンとさせ、それから開いた。開くと同時に、息を吐き出す。気を落ち着かせるためにルイズがよく遣る深呼吸で在った。ルイズの控え目な胸が、膨らんで、萎んで、膨らんで、萎んでを繰り返す。
怒たかの様な表情を浮かべ、ルイズは辺りをキョロキョロと見回した。
「誰もいないわよね」
此の辺りには、“ウエストウッド村”に住む子供達と、ティファニア以外には人はいないと云えるだろう。現れるのは、木の実を集める栗鼠や、ヒョロヒョロと囀る小鳥位のモノだと云えるだろう。
「じゃ、行きます」
誰に言うでもなくそう呟き、ガバッとルイズは“魔法学院”の制服を脱ぎ捨てた。スカートも脱ぎ、下着姿になる。
ルイズは鞄の中から、自分に自信を着けるさせる作戦のための新兵器を取り出した。
「勝手に持って来ちゃったけど……代わりに私の着替えを置いて来たから良いわよね」
ルイズがプルプルと震え乍ら手に握って居るのは、何とシエスタのメイド服で在った。居間で寝ているシエスタの枕元から、失敬して来たので在る。エプロンは無かったために、居間の椅子に掛かって居たティファニアのを持って来たので在った。
「あの馬鹿はメイドが好き」
目を瞑り、思考を整理するかの様な口調でルイズは呟いた。
「で以て、御主人様も好き、よね。多分。きっと。いっつも言ってるし。言ってるだけかもしんないけど……」
ルイズは、うんうんと首肯いて、「其の2つを足してみました。きっと、無敵にちがいないわ。えっと、耳はおまけ」
黒猫の耳を弄り乍ら、言った。
それからルイズは、ゴソゴソとシエスタのメイド服を着込む。
「う……」
胸の部分が大きく余る事に気付き、ルイズは拳を握り締め、かはぁ、と吐息を漏らした。強力な火薬樽を持つのは、何もティファニアだけでは無かったと云う事を想い出したのだ。ティファニア程では無いのは確かだが、シエスタも割と凄いので在る。
「何之!? 大き過ぎよ! 可怪しいわよ之ッ! あの馬鹿メイド! 見栄張るんじゃないわよッ!」
別にシエスタは見栄など張ってなどないのだが、がし! げしっ! とルイズは八つ当たりと云った風に気を蹴り始めた。暫く蹴った後、俯いた儘首を横に振った。
「負けちゃ駄目。そう云う現実に負けちゃ駄目よルイズ。あ、ああ、あああ、貴女は、だって凄く可愛いじゃない」
自分に言い聞かせる様にして、ルイズは何度も呟く。
「私可愛い。凄く可愛い。“ハルケギニア”で1番可愛いわ。おまけに“虚無”の担い手じゃ成い。凄い“魔法”が使えるんだから。私凄い。凄いの。だから、気にし無くたって良いの。こん成の」
ルイズはメイド服の胸の部分を、フニフニと弄り始めた。其の何も無いのと等しい空間の体積の大きさに気付き、ルイズは再び木を蹴り始めた。
「何食べたらこんなになるのよッ!? どうにかしてんじゃないのッ!? ねえッ!?」
蹴ったショックで、木の上から虫が落ちて来て、ルイズは悲鳴を上げた。
「嫌ぁああああああ!」
親が見たら泣く様な騒ぎっ振りのルイズで在った。誰も見て居無いために、激しく地が出て居るので在る。
はぁはぁ、と荒く息を吐き、ルイズは気を取り直す様に頭を振った。
「何よ。こんな胸がブカブカする現実なんか、私の“虚無”で一発なんだから」
ルイズはシャツを丸めると、メイド服の胸に押し込んだ。其れがルイズの“虚無”で在ると云った風にだ。
何だか歪な形のバストが出来上がって仕舞う。
だがルイズは其れに満足して、木に向かって才人が来た時のための練習を始めた。
今朝、ルイズはベッドからソッと抜け出して、才人を呼び出すためにドアに手紙を挟んで来たので在る。“森で待つ”と、短く書かれた手紙で在った。
だが然し、森の何処で、誰が待つ、と云った事は書かれて居無かった。
結局の所、“貴族”が持つ傲慢さが抜け切っていないルイズは、(其れくらい理解るのが当然)だと想って仕舞って居るので在った。才人が起きたら其の場で言えば良いじゃ成いかと云う意見も在るだろうが、ルイズに言わせてみると、こう云うのは形が大事で在る、と云うモノで在った。
更に、ルイズは1つ見落としが在ったのだが、彼女は其れに気付か無いで居た。と云う選りも、忘れて居て居ると云う可きだろうか。
才人は“
「今日はね、大事な事を言おうと想うの。あのね……」
あのね? と言う時、ルイズは上目遣いに木を見詰める。
「何時も救けて呉れて有り難う。私の代わりに、殿軍まで引き受けて呉れて……何て御礼を言えばいいのか判ん無い。だから、私考えたの」
ルイズは指を立てた。
「だから其の、何時までも“使い魔”扱いはあんまりよね。其れに、あんたは私の事を好きみたいだし……私も、其の、偶にあんたの事を夢に見るの。違うの。好きとか、そういうのじゃないの。何て言うの? 未満?」
頬を染めて、ルイズは呟く。
「“使い魔”以上、好き未満。そんな感じ、あんたには、上等よね。だから、あんたを私の召使に昇格して上げる。凄いじゃない! 人間扱いして上げって言うの。之って凄い事よ? 私の優しさに、精々感謝するが良いわ」
ルイズ全力の、自分に完全に惚れさせるための演技で在った。
惚れさせるために、感謝しろと言う辺りいかにもルイズで在り、此の世界、引いては此の時代の“貴族”らしさが滲み出ていると云えるだろうか。
ルイズはスカートの裾を両手で摘み、軽く唇を噛んだ後、吐き出すかの様にして呟いた。
「……そんな訳だから、良いかもって、想ったの。まぁ。大事にして呉れるから、良いかもって。好きって言うし、だから其の、御願い、兎に角其の」
ルイズはメイド服のスカートの裾を、スルスルと持ち上げて口に咥えた。華奢な足と、白いレースの下着が覗く。
そして本気度100%の声が、喉から躍り出る。
「……優しくして」
之こそが、ルイズの考えた必殺技……。
“虚無”の“呪文”さえをも上回る、彼女にとって威力絶大の伝説の奥義で在った。
恐らく、此の光景を才人が見て仕舞うと、即死して仕舞うで在ろう、そんな光景で在る。
暫く其の儘の姿勢の儘、ルイズの身体が固まる。
然し、よくよく考えてみれば此処は外で在る。こんな場所で、其の、致すなどと云うのは“貴族”では無いだろう。仮にもルイズは公爵家で在る。ルイズを始め、“貴族”からすると、せめて屋根くらいは欲しいモノだ。こんな場所で致して仕舞った日には舐めらて仕舞うだろう可能性が在る。舐められては、女が下がって仕舞うだろう。
ルイズは暫し考え込んだ後、指で身体の部分を指指した。
「で、でも、此処と、此処は、此処じゃ駄目。駄目なの。良け無いの」
そう言った後、ルイズの顔が更に真っ赤に染まる。恥ずかしくなったので在る。遂に堪え切れなくなったのか、ルイズは一人芝居を始めて仕舞うので在った。
「こ、こら! 何触ってるのよ!? 未だ駄目だって言ってるじゃない!」
シュタッ! とルイズは、手を払い除ける仕草を取った。
木を相手に何度も何度も才人の手を払い除ける練習するルイズを、森の小鳥や栗鼠達が不思議そうに見詰めていた。
自分の部屋のベッドの上で目覚めるなり、彼女は大きく伸びをした。すると、寝間着の下に在る果実が、前に突き出る格好になる。ティファニアは、其の馬鹿でかい果実を顔を赤らめて腕で隠す。
其れから切なげに、はふ、と溜息を漏らした。
「やっぱり私ってば、可怪しいのかな……」
其れは此の数日で芽生えた己の身体に関する疑問で在った。
腕を外し、ティファニアは己の胸を見詰めた。
「之、大き過ぎない?」
才人を捜しに来た女性客達と、自分の胸を比べて想い、嘘偽りの無い感想で在った。ティファニアは、年頃の女性と共に暮らした事が殆ど無いのだ。従って、自分の胸のサイズなど気にした事は無かったのだ。
だが……。
「ルイズさん、アニエスさん、シエスタさん……其の中で1番大きいシエスタさんだって、私の半分くらいしかないわ」
そうなので在る。
アニエスは其の半分位で在るし、ルイズに至っては……。
「ペッタンコだわ」
平均値を取ると、アニエスと云う事になるだろう。
然し、そうなるとティファニアの胸は……。
「可怪しいのかな……?」
ティファニアはショボンと肩を落とした。(やっぱり私は“ハーフ”の出来損ない、歪な呪いが胸に降り掛かって来るんだわ)、とティファニアは己の生まれを恨んだ。常識が有れば、「否“ハーフ”関係無いから」と想えるのだが、ヒッソリと子供達だけを相手に暮らして来たティファニアには、そう云った常識が欠て居たので在った。
朝から泣きそうになって仕舞ったが、ティファニアは首を横に振って気持ちを切り替えた。
「御客さんの前で、こんな顔は見せられないわ。キチンと御持て成ししないと……昨晩は折角運んだワインを引っ繰り返しちゃったし」
気を取り直し、ティファニアはランチのメニューを考え始めた。
「そうだわ。そろそろ“桃林檎”が熟れる頃ね。あれでパイを作って上げよう」
“桃林檎”は、此の辺りで採れる、中が桃の様に柔らかく瑞々しい果実で在る。ジャムやパイにするととても美味しいので在る。
だが、目を覚ました才人達が、居なくなっている事に気付くと心配するかも知れ無いだろう。皆、妙な敵に狙われて居るのだから……。
幼い頃に相当な危険を味わったティファニアは、そう云った出来事に耐性が着いたので在る。兎に角自分が襲われる事には無頓着成ので在る。(若し襲われても、“忘却”の“呪文”が有るから平気)、とも達観して仕舞って居るので在る。
取り敢えずティファニアは置き手紙を書く事にしたので在った。
――“森に果物を採りに行って来ます。昼御飯迄には戻ります”。
そう云った内容の手紙だ。
目覚めると隣にルイズが居無い事に気付き、才人はぷはぁと溜息を吐いた。
「居無えし……」
才人は(昨日もチャンスを失って仕舞った)と暫し絶望したのだが、(いやいや今日こそ)と顔を上げた。
人生は長いのだ。
二晩位失敗したからって、問題は無い。
そして、唯間が悪かっただけなのだ。
其れから才人は考えた。
其れは其れで大事な事で在るのだが、取り敢えずルイズに話す可き事を、今日こそは話さねばならない、と。
ティファニアの事で在る。「彼女も“虚無”で、ルイズ御前と同じなんだけど、其れってどう云う事なんだろうね? 後あれ。“ハーフエルフ”。“エルフ”は御前達にとって敵みたいだけどティファニアは全然そんなのじゃ無いから襲ったり苛めたりするなよ?」と云った風に説明する必要が在るのだ。
才人は、(ルイズもテファの正体が気になってる様だし……でも、やっぱりテファに話して良いかどうか訊いてからじゃねえと不味いよな)と考えてから、ベッドから出て、(ルイズは居間で朝食でも摂ってるのか?)と想い乍ら才人はドアを開けた。
すると、パサッと軽い音を立てて、ドアに挟まれて居たモノが落ちる。
拾い上げると、其れは1枚の紙で在った。
「何だこりゃ?」
羊皮紙に、黒いインクで何やら認めて在る。アルファベットを崩したかの様な、“ハルケギニア”の文字が書いて在るのだが、勿論才人は読む事が出来無い。
首を捻り乍ら、才人は居間に向かった。
然し、ルイズの姿は無い。
ティファニアも居無かった。
テーブルに立て掛けらえたデルフリンガーと何やら談笑するアニエスが居るだけで在る。
のっそりと顔を出した才人間に、デルフリンガーが声を掛けた。
「よお相棒。御早う」
「昨晩は、良く眠れたか?」
とアニエスが、昨日と同じ妙な笑みを浮かべ乍ら言った。
「眠れませんでした」
と才人が答えると、別の意味で取ったらしいアニエスが含み笑いをした。
「否、そう言った事は何も無かったですから」
結局の所、2人が想像して居る様な事は、未遂で終わって居るのだった。
アニエスはキョトンとした。
「2日続けて同じベッドに寝てるのにか?」
若い女性に其の様な事を言われて、才人は顔を赤らめた。
そんな2人の会話にデルフリンガーが茶々を入れる。
「いざと成ると空っきしだね。戦場での勇気が、100分の1でも有ればねえ」
「煩え」
才人は“インテリジェンスソード”を睨む。
デルフリンガーは、プルプルと震えた。どうやら笑って居る様子だ。
才人は、(嫌な剣だな)、と想い乍ら尋ねた。
「ルイズ達は?」
「一緒じゃなかったのか?」
「ルイズは朝起きたらいなかったんですけど……」
「あのメイドも、ティファニアも見てないな」
「そっすか」
才人は、(シエスタもテファもいないとなると……では此の手紙を呉れたのは誰なんだ?)、と疑問を感じ、アニエスに尋ねた。
「之何て書いて在るんですか? 俺、字が読めなくって……」
アニエスには、異世界で在る“地球”から来た人間で在る事を話していないので在る。
此方の世界では、寄り正確には此時代の平民の識字率は高く無いだろう。が、アニエスは驚いた風も無く受け取り、読み上げた。
「“森で待って居る”と書かれて居るな。他には何も書いて無い。名前すら書いて無いな」
「何でぇ、逢引の御誘いじゃねえか」
才人は、(誰なんだ? 一体誰が俺を森に呼び出したんだ?)と首を傾げた。
真っ先に浮かび上がったのはやはりルイズで在り、其れは正解で在った。が然し……(ルイズがこんな手紙何かで俺を呼び出すか? 用事が有る成ら“話が有るんだけど”と直接俺に言うだろうし。たとしたらシエスタ? 其れともテファ? 一体どっちなんだろう?)、と云った風に才人は其の答えを先入観から否定して仕舞った。
そう才人が考えて居ると、アニエスが才人の肩を叩いた。
「誰か判らぬが……早く行ってやれ。多分先に行って待ってるんだろう」
「女に恥を掻かせたら、後が怖いぜ」
アニエスとデルフリンガーにそう言われ、才人は少し緊張した面持ちで首肯いた。
女に恥を掻かせて仕舞うと、後が物凄く怖い。
才人は、ルイズとの付き合いで、其の事は身に染みて良く理解して居た。
才人は森へと向かった。
が、森と一口に言っても、才人には何方に行けば良いのか判ら無かった。何せ、此の“ウエストウッド村”とくると、森を切り開いて造った集落で在るからだ。
才人は、「何処で待ってるんだよ……」、と呟いて、取り敢えずと云った風に“サウスゴータ”の平原へと通じる小道に入って行った。
朝の森は清々しいと云えるだろう。キラキラと光る木漏れ日が射す中、10分程歩くと……才人は呼び止められた。
「サイト」
才人が振り向くと、ティファニアが木の陰から出て来た。
ティファニアは、大きな籠を持って居り、何時の草色のワンピースを身に着けて居る。
才人は、(自分を呼び出したのは……此のティファニア成のか?)、とドキッとした。
「あの……手紙書いたのってテファ?」
「うん」
アッサリと、ティファニアは首肯いた。
才人は、(な、何だって? 俺を森に呼び出したのは、テファなのか? 其れって云う意味なんだ?)と疑問を抱く。
「な、何で森に……?」
「え? きちんと御持てなしして無くって。其の……」
才人は、(御持てなし? 森で御持てなし? どんな御持てなし何だ!? 其れは!?)と疑問が浮かび上がり、また、いけない妄想がグルグルと回り始めた。
こうなって仕舞うと才人は簡単には止まら無い。次から次へと、頭の中に素敵なストーリーが生まれ始めるので在った。
「一応訊くけど、ど、どど、何な御持てなしするの?」
ティファニアは、はにかんだ様に顔を伏せた。
「美味しい果実が在るから、食べて欲しくって」
才人は、(な、なな、何てぇ比喩だ。自分の胸を、果実に喩えて遣がる。而も其れで、俺を御持てなしして呉れるって? ど、どう言うこったよぉ……其奴はよぉ……誰か此奴逮捕してよぉ……)ともう泣きたくなって仕舞った。
「……お、美味しい果実って?」
「も、林檎……」
才人は、(詰まり其れは……桃の大きさと瑞々しさと、林檎の張りが同居してるって訳か)などと解釈し、ブホッ、と素で鼻血を噴いた。
「だ、大丈夫?」
ティファニアが心配そうに才人へと駆け寄る。ユッサユッサと、草色の服に包まれたティファニアの桃林檎と遣らが揺れた。
才人は、(いや! 不味い! 俺は今、ルイズと良い関係なんだ。其れ成のにそう云う事はいけない)と慌てた。
「ちょ、やっぱ、いけなよ! そんな御持てなしはいけないよ! 俺可怪しくなるから! お願い!」
むにゅ。
突き出した才人の手が、何かに減り込んだ。
才人は、(俺……今こそ俺は俺に問おう……掌の向こうに在るモノは何だ? 何すか? 柔らかくて、張りが在って、まるで天国の果実の様だけど、之何だ?)、と云った疑問を抱く。
「若しや神様“ブリミル”様、之が桃林檎……」
まるで桃源郷にでも辿り着いたかの様な、恍惚とした表情を浮かべ、才人は掌の中に在る至福を覚えた。
いけないと想いつつも、手が離れ無いと云った様子を才人は見せる。
其れは全く、本能と云えるモノで在っただろう。
理性の指令に、手が従わ無いので在った。
才人が恐る恐ると云った様子で目を開くと、ティファニアの顔が羞恥で真っ赤に染まって居た。
「あいう」
ティファニアの顔が、泣きそうに歪んだ。
才人は其処で我に返る事に成功した。
「ご、御免! 御免なさい! 態とじゃ無いんだ! 本当なんだ!」
其の時で在る。
才人の背中から、朗々と響く呪文が響いて来た。
「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”」
才人が振り向くと……“虚無”の担い手の少女が、“杖”を片手に“呪文”を唱えて居た。
「ルイズ」
才人は、ワナワナと震えた。
ルイズの口から朗々と溢れる“呪文”は、当に“虚無”で在ると云えるだろう。ルイズの激しい怒りが目に見えぬオーラと成り、才人を圧迫する。
ティファニアが怯えて後退った。
「“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”」
「ルイズ、違うんだ。之は……」
才人は必死に成って弁解しようとした。
ルイズはシエスタのメイド服に、猫耳を着けた、一風変わった格好をして居る。
才人は、(どうして森の中えそんな格好をしてるんだ?)と疑問を抱くが、直ぐに(否、今はルイズの格好を気にして居る場合じゃ無い。と言うか何時迄“詠唱”してるんだ? “虚無”の威力は“詠唱”の時間に比例するんだよな? おいおい、そんな威力の“エクスプロージョン”を俺に撃っ放す気か!?)と想い、ひぃ、と喚いて逃げ出した。
「“ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”……」
才人は森の中へと逃げた。ガサゴソと木々の隙間を縫い、枝を掻き分け、まるで熊に出会した時の様に必死に逃げようとした。
然し、才人の全身を絶望が包む。
追い掛けて来るのは、熊選り怖い、怒ったルイズで在るのだ。
逃げ切れ無い。
そんな絶望が足に伝わったのか、才人は20“メイル”も進ま無い内にすっ転んで仕舞った。後ろからはルイズが乱暴に茂みを掻き分ける音が聞こ得て来る。才人は立とうとするのだが、恐怖からだろう立て無いで居る。腰が抜けたので在った。はひはひ、と這って逃げようとすると、眼の前に足が見えた。
才人は、其処で見上げる。
「シエスタ?」
何やらキツそうに、ルイズのシャツを着込み、手に籠を持って居るシエスタが其処には居た。
「た、救けて……」
才人が呟くと、シエスタはう~~~ん、と伸びをした。
「救けて! 今ヤバイんだ! 凄く!」
そんな才人の慌て振りを意に介さず、シエスタは言葉を続けた。
「今朝起きたら、私の服が無くってですね。代わりに此のシャツが置いて在りました」
「シエスタ! 御願い! 腰が抜けて立て無いんだってば!」
「まあ、そんなのは良いんです。で、私山菜採りに来たんです。サイトさん達に、美味しいスープ作って上げようと想って。そしたら、小道からサイトさんの声が聞こ得て来たので、嬉しくなって私飛んで行ったんです」
「今は其れどころじゃ無いんだ! ルイズが! ルイズが!」
後ろからざっしざっしと、ルイズが下生えを踏み締める音が響いて来る。
「でもびっくり。そしたらサイトさんが、ティファニアさんの胸を握り締めてるじゃ在りませんか」
シエスタはしゃがみ込むと、才人の顔を笑顔で覗き込んだ。
「大きいの触れて、良かったですね♪」
さっとシエスタは才人から跳び退き、木陰に隠れた。
才人が振り返ると、ルイズが“杖”を構えて居る。其の顔が、怒りからだろう蒼白に成って居る事が判る。
「止めて!」
足元に這い蹲って怯えた表情で自分を見詰める“使い魔”を見詰め、ルイズは想った。
(どうして此の馬鹿はこう成のかしら? せ、折角再逢出来たって言葉うのに。ご、ごご、御主人様が、良いって言ってるのに。其の忠誠心に免じて、キス以上を、ちょっと許して遣ろうしら何て想ってたのに。“貴族”の権威を振り翳すのを、ちょっと遠慮しようと想ってたのに。其の上私……ちょっと考えを改めたのに。あんたの帰る方法、之からちゃんと探そうと想ってた矢先だったのに。“之が胸?”とか言い放ったわね。まあ良いわ。私も常々疑問に想って居たし。現実を見詰める目は、必要よね。でも、何してんのかしら? 誰の何処、触ってるのかしら? メイドに舌。之はまあ良いわ。良く無いけど、百歩譲って良いわ。百歩じゃ足り無いわね。千歩譲るわ。譲りたく無いけど、シエスタは私を勇気付けて呉れたし、一昨日の晩だってあんたの横を譲って呉れたし……ま、私も同じ事したし)、と其処迄考え、一息吐く。
「でもね、あの胸は死刑」
ティファニアが持つ、大きな胸を握った。
其れは、ルイズにとって、万死に値する行為で在った。
ルイズの中を、古代の“ルーン”が畝る。
満ち満ちた“精神力”がルイズの体内を巡り、小さく分割されて血液に溶け、更成る高みを目指す触媒と成らんとする。
ルイズは才人に向かって、“杖”を振り下ろした。
「あ! ああ! あ! 痛いの嫌だ! おねが……」
巨大な爆発音が才人の絶叫を掻き消す。
モウモウと土埃が舞い上がり……才人はルイズが唱えた“エクスプロージョン”に依って、揉み苦茶にされ、ボロボロに成って地面に転がった。
「い、痛いよう……」
辛くも一命を取り留めた才人が呻く。
「御黙り。で、どうだったの? 大きかった? 誰の何選り大きかったの? 言って御覧なさい! 言って御覧なさいよッ!」
ゲシゲシとそんな才人をルイズが足で小突いて居ると、後ろからティファニアの声が聞こ得た。
「今の爆発……何?」
「何って爆発よ! 見りゃ判るでしょッ! 良いからあんたは彼処行ってなさいよ!」
ルイズが振り向くと、ティファニアが立って居た。
ルイズの目が真ん丸に見開かれる。
「貴女……」
ハッとして、ティファニアは頭を探る。
爆風で飛んでしまったのか、帽子を落として居たので在る。
「“エルフ”?」
ルイズの声が震え出した。
2人は、真っ直ぐに見詰め合った。
「……何で“エルフ”が、こんな所に居るの?」
「何てあんたは説明しないのよ」
ティファニアの家の居間。
ルイズは床に横たわってシエスタの治療を受ける才人を、見下ろして言った。
其の目には、昨晩迄才人に見せて居た、恥じらいと艶っぽさを始めとしたモノは見当たらないと云えるだろう。才人を「犬」と呼ばわって鞭で叩きまくって居た1年程前の其れに戻って仕舞って居る事が判る。胸関係の侮辱は、ルイズを其れ程に怒らせてしまって居たので在った。
「だから、テファに訊いてからって想ってたんだっ吐の! 別に黙ってた訳じゃ無えよ!」
包帯を巻かれ乍ら怒鳴る才人を、ルイズは鬼の形相で見下ろした。
「はぁーん? はぁーん? テファに訊いてから? 御主人様が第一でしょーがッ!」
ルイズは才人の背中を踏み付けた。グリグリと押し潰すかの様に、足首を撚る。
もが、もが、もがが……と苦しそうに才人は藻掻いた。
「ねえあんた。調子に乗ってるでしょ? 最近、私がちょっぴり甘い顔したもんだから、誤解してるでしょ? でもね、想い出した。あんた犬。否、犬だって芸するから、あんた選り、え、えええ、え、偉いわ」
ルイズの声が震え出す。
「あんたは犬以下ッ! 両生類ッ! ヤモリよヤモリ!」
シエスタがそんなルイズを窘める。
「ミス・ヴァリエール。ヤモリは爬虫類ですわ」
「そうだったわ。じゃあたんたは海月よ! 海月!」
ルイズはゲシゲシと才人を踏み付けた。
「流石にちょっと遣り過ぎなんじゃ……サイトさんも反省して居るみたいだし……」
「反省? 此の海月がそんな殊勝な事考える訳無いじゃない。こう言うのはね、身体に覚えさせなきゃ駄目なの」
ユラリと、才人は立ち上がった。身体の各部に包帯を巻き付けた侭の、情け無い格好では在るが毅然とした様子でルイズに指を突き付けた。
「痛えって言ってんだろうが! 悪どい“魔法”と足で散々人の事を苛め遣がって! 大体なあ、態と触った訳じゃ無いから!」
才人達のそんな遣り取りを、恐ろし気に見詰めて居たティファニアが其の一言で顔を赤らめた。
シエスタが、不安気にそんなティファニアを見詰める。強力な“先住魔法”を使い、高度な技術を扱うとされて居る“エルフ”は、人間達と仲が悪い事で有名で在る。シエスタは、初めて見る“エルフ”に怯えて居る様だった。
そんな仕草で、増々ティファニアは顔を伏せた。
「ですよね。やっぱり怖いですよね。私は“ハーフ”ですけど」
シエスタは才人とティファニアを交互に見詰めて居たが……決心した様に言った。
「た、確かに“エルフ”は怖いですけど……貴女はサイトさんを救けて呉れました。私達に危害を加える様な方じゃ無いって想います。セイヴァーさんも何も言って来無い事から、問題無いと言う事だと想いますし……怖がって御免なさい」
「有り難う」
ティファニアはニッコリと笑った。
シエスタも笑みを浮かべる。
然しルイズは、胡散臭気にティファニアを見詰めた。
「そうだな。黙って居た事に関しては謝罪しよう」
俺はそう言って、“実体化”した。
皆慣れたモノと云った様子で在り、突然姿を現した俺に対して特に之と云ったリアクションを見せる事は無い。
そして、俺の謝罪の言葉に、皆素直に受け入れて呉れた。
と云う選りも、ルイズとシエスタは才人に対しての気持ち、ティファニアは怖がらせてないかと云う不安が強い様子なために、俺にまで気が回らない様子なのだが。
「で、何で“エルフ”が、“アルビオン”に居るの?」
「其れは……」
敵意剥き出しのルイズに睨まれ、ティファニアは縮こまって仕舞った。
ルイズはティファニアにツカツカと近付くと、長い耳を摘み、そしてクイクイと引っ張った。
「あう。あうあう。あう」
耳を引っ張られたティファニアは、悲しそうな、そして切ない声を上げた。
「ふん。作り物じゃ無いみたいね」
「ほ、本物だから……」
「…………」
次にルイズは、ティファニアの馬鹿でかい胸を無言で掴んだ。
気の弱いティファニアは、自分選り背の小さい女の子に完全に呑まれて仕舞い、身を竦ませる。
「ひう」
「何之?」
「む、胸……」
「嘘」
「嘘じゃ無いわ。ホントに胸……」
「燥ぎ過ぎよ」
心底憎々し気と云った様子で、ルイズが呟く。
「別に燥いで何か……」
「どう考えたって可怪しいわよ。あんた肩とか腕とか腰とかこんなに細いのに、どうして胸だけ酔っ払ってるの? か、かか、身体と釣り合いが取れて無いんじゃ成いの。良い加減にしなさいよね。“トリステイン”でこんなにぶらさげて歩いた日にゃ、死刑よあんた」
「そんな事言われても……」
ルイズの肩が、怖い程に震え始めた。
「程度って在るじゃ成い。程度って。超えりゃ良いってもんじゃ無いのよ。私は之、胸って認め無いから。ええ、断固、認め無いから。胸っぽいなにかって定義する事にしたから」
「あう。あうあうあう。あうあう」
段々と怒りが収まら無く成って来たらしい。ルイズはティファニアを怒鳴り付けた。
「謝り為さいよッ! 謝ってよ! 私に謝ってッ! 普通こん成の着けてら御免為さいじゃ成いの!? ねえッ!」
「ひう」
理不尽に「謝れ」と連呼し乍ら、ガシガシとルイズが揉み拉いでいたために、ティファニアは泣きそうな呻きを上げた。
才人が立ち上がって、ルイズに怒鳴った。
「御前なあ! テファを苛めんなよ!」
其の声に合わせ、デルフリンガーが、ポツリと呟く。
「同じ“虚無の担い手”だけど、片っ方さんは胸迄
其れに次いでシエスタが、「足して2で割ったら丁度良いのに……」と感想を呟く。
「きぃぇぇぇええええええええええええええッ!」
ルイズは雄叫びを上げると、才人の股間目掛けて後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
「な、何で俺が……」
痛みで脂汗を流し乍ら這い蹲る才人の頭を踏み付け、ルイズは言った。
「あんたあれ、握ったじゃ成いの。一生赦さ無いから。さてさて、秘密は“エルフ”ってだけじゃ無いわね。あんたとあの娘、他に何隠してるの? 言いなさい? 一体あの胸で何したの? 何な冒険したの? 怒ら無いから言って御覧。殺すけど」
悶絶する才人を足蹴にし乍ら、ルイズは、ハッ!? と表情を変えた。其れから、デルフリンガーへと詰め寄る。
「ねえボロ剣! あんた今、何て言ったの?」
「“虚無の担い手”」
「御互いって言ったじゃない! どう云う事?」
痛む股間を押さえ乍ら、のっそりと才人が立ち上がり、ティファニアを見詰める。
すると、ティファニアは首肯いた。
才人は真面目な顔に成ると、ルイズに告げた。
「此のテファも……御前と同じ、“虚無の担い手”なんだよ」
ティファニアがルイズに全てを話し終えた頃には、御昼を過ぎて居た。
夜に成ってから話したいとティファニアは言ったのだが、ルイズがどうしてもと言うので折れたので在った。
訥々と、話し難そうな様子でティファニアは語った。
“エルフ”で在るティファニアの母親は、“アルビオン”王の弟で在る大公の妾で在った事。財務監督官でも在ったティファニアの父親は、“王家”の秘宝を管理して居た事。或る日、其の“王家”の秘宝の1つで在る指輪を嵌め、同じく秘宝で在ったオルゴールの蓋を開けると、自分の他には誰にも聞こ得無いメロディが聞こ得て来たと云う事。
“エルフ”を妾にして居た事が、“アルビオン”王にバレて仕舞い、騎士隊を差し向けられて仕舞った事。其の際に、父親と母親が命を落とした事。
其の時、頭の中に浮かんだ“呪文”を唱えたら、騎士達の頭の中から、ティファニア達を討伐するために遣って来た記憶が消え、ティファニアだけが救かった事……。
「其の“呪文”が“虚無”って訳?」
ティファニアは、困った様にデルフリンガーを見詰めた。
「そうだよ。“忘却”の“呪文”さ」
「どうして記憶を消すのが“虚無”に成るのよ?」
「想い出せ。御前さんの持ってる“始祖の祈祷書”の序文には、何て書いて在った?」
「“系統魔法は、小さな粒に影響を与える”。“虚無は更成る小さな粒に、影響を与える”……」
「そうだ。人の脳味噌は、小さな粒の集まりで出来てる。記憶ってのは、此の小さな粒の繋がりさ。“系統魔法”での“魅了”や“敵意”、特定の感情を発揮させる“呪文”は、此の粒に干渉して中の流れを変えてるだけ何だ。だが、“虚無”たる“忘却”は違う。更なる小さき粒に干渉して、 記憶の中枢たる小さな粒の繋がりの存在を消しちまうんだ」
「そんな事言われても理解ん無いわよ」
ルイズ同様に、才人もまた良く理解って居無いと云った様子を見せる。
「才人。御前に理解り易く説明するとだな……否、御前にだけしか理解出来無いだろうが……原子と分子。否、原子と素粒子が……」
などと俺がグダグダと遠回しな説明をしてみる。
「ああ、成る程」
と才人は合点が行ったと云う様子を見せる。
「兎に角、あの“ハーフエルフ”の娘っ子が唱えた“呪文”は、紛れもなく“虚無”だよ」
ルイズは考え込む仕草をして、「理解ったわ。サイト以外の“虚無”の“使い魔”が居たんだし……信じる他無さそうね」と言った。
才人が尋ねた。
「其の“虚無の担い手”と遣らは、全部で何人居るんだ?」
「恐らく4人」
才人の問いに、デルフリンガーが答える。
「恐らくって何だよ?」
「ブリミルは自分の子供達と1人の弟子に、其々“秘宝”を渡したんだ。其の力も含めてな。3人の子供達は、此の“ハルケギニア”に3つの王国を築いた。担い手は其の直系の子孫……だから4人さ」
「“トリステイン”、“アルビオン”、“ガリア”、そして“ロマリア”ね」
「此の前襲って来た奴は、誰か判ら無えのか? 皆が皆、此のティファニアみたいに大人しいって訳じゃねえだろ」
“ミョズニトニルン”の事を想い出し、才人は言った。
「判らん。直系の子孫と言たって、何千人、何万人って居るからね。損中には、乱暴者も居るだろうし、優しい奴も居る。其の辺りの塩梅は唯の人と変わりがねえ」
「兎に角、其の4人の担い手と遣らは一斉に“虚無”に覚醒めたって訳か」
「そうみてえだね」
「他人事みたいに言うなよ」
才人は、憮然として言った。
「ねえデルフリンガー」
ルイズは、真面目な声で言った。
「何だね?」
「どうして私達は、“虚無”に覚醒めたの?」
アッサリとデルフリンガーが答えた。
「“聖地”を取り戻す為さ。“始祖の祈祷書”にも書いて在っただろうが」
ルイズは想い出し、首肯いた。
「御前さん達“虚無”の担い手4人が、“指輪”と“秘宝”と“使い魔”を揃え、集まった時に……ブリミルの遺した力は完成する」
「……ブリミルの遺した力って、何?」
「覚えてねえ」
「デルフ」
「ホントだ。唯……俺何かの想像を超えて居た。掛け値無しにね。でっかくて訳が理解らなくって……ボンヤリと其の事をだけは覚えてる」
「どうして黙ってたんだ?」
デルフリンガーは珍しく、疲れた様な声で言った。
「御前さん達に、そんなモノ背負わせたくなかったんだよ。理想ってのは厄介だ。其奴を他の人間に変えちまう。其れが可能な力を手に入れちまえば、尚更だ。なあルイズ、セイヴァー。御前さん達だったら、其れが良く理解出来るんじゃ成えのか?」
初めてデルフリンガーに名前で呼ばれたルイズは、唇を噛んだ。
立派な“貴族”に成る、と云う理想で、ルイズは心を幾重にも覆って居た。其の御蔭で、言いたい事も言え無かったと云えるだろう。素直に成る事も出来なかったとも云えるだろう。今でさえも満足に出来ていないのだ。其れはもう、彼女の、ルイズの一部と成って仕舞っているのだから。
「過ぎたる力を持たされた理想って奴は、存在するだけで周りの人間を不幸にしちまうのさ」
才人も、ルイズも黙ってしまった。
ティファニアは怯えた様な表情を浮かべ、震えて居る。
「俺は6,000年も変わらずに遣って来た。退屈だったが、其れ成りに幸せな時間だったのかも知れ無いねえ。御前さん達の歴史と遣らも同じさ。何も無理に変えるこたぁねえ。其の儘にして置くに、越した事はねえよ」
「…………」
「なあ相棒」
「何だ?」
「御前さんと出逢って、色んな事を想い出した。楽しかった事、大変だった事……辛かったり悲しかった事。色んな事だ。感謝してるぜ。相棒だけじゃ無え、“虚無の担い手”たるルイズ、御前にもだ。勿論、セイヴァー。御前にもな」
才人は首肯いた。
ルイズも、頬を染めて首肯く。
「俺は、大好きな御前さん達に、精々平和に過ごして寿命を全うして欲しく成ったんだ。御前さん達と居ると飽きねえ。おりゃあ、退屈な時間が来るのをせめて先延ばしにしてえんだよ」
才人は、デルフリンガーに優しい声で言った。
「安心しろよ。俺は理想とか“聖地”とか、どうでも良いもんよ。大事な人達を守りたいって想うだけだ。元々無茶すんの、嫌いだし」
ルイズも、キッパリと言った。
「そんな事今更あんたに言われなくたって理解ってるわよ。私……決めたの。取り敢えず、サイトの帰る方法を見付けて上げようって」
驚いた顔で、才人はルイズの顔を見詰めた。
「熱でも有る?」
ルイズは才人の股間を無言で蹴り上げた。
才人は悶絶して、床に転がる。
ルイズは其の背に足を乗っけて、演説でもするかの様に言い放つ。
「私の此の力は其のために使うわ。誰の道具にもし無い。だから精々安心為成さいよね。剣の癖に臆病なんだから」
「そうだな。元より、俺の望みは此の時点でほぼ叶っていると言って良いだろう。後は、皆……友人や家族が幸せで在れば良いだけだ」
デルフリンガーは、安心した様に言った。
「そうか、なら俺はもう何も言う事はねえ。宜しく遣って呉れ」
「優しいのか非道いのかどっちかにして呉れ……之じゃ対処の仕様がねえ」
才人が情け無い声で抗議したが、ルイズは其の頭をガシッと踏み潰す。
「あんたあのおばけ胸触ったじゃ成いの。非道いのはしょうが無いでしょ」
ルイズは腕を組んで才人を見下ろした。
ティファニアは怯えた顔でルイズを横目で見た後、口を開く。
「私も……そんな“聖地”を取り返すだなんて、考えた事無い。と言うか考える訳も無いわ。私は半分“エルフ”だし……“始祖”の力を受け継いだって、そんな事出来無い。ううん、相手が誰でも争いは嫌。だから誰にも話さないし……若しバレたら記憶を奪う。今迄そうして来たみたいに」
ハッキリと、ティファニアは言い切った。
黙って皆の話を聞いて居たシエスタが、首肯いた。
「私は“魔法”の事はサッパリ理解りませんけど……何だか話は纏まったみたいですね。じゃあ御飯にしましょう」
デルフリンガーを除いた、其の場の全員は顔を見合わせる。
確かに俺とデルフリンガーを除いた皆は、御腹が空いて居たので在った。
「キッチン借りて良いですか?」
と明るくシエスタがティファニアに訊ねると、ドアがバタン! と開いて、其の場に居無かったアニエスがツカツカと入って来た。
彼女はドカッとソファに腰掛けると、一同に告げた。
「さて、休暇は終わりだ。帰るぞ」
「へ?」
才人達は、顔を見合わせた。
「後2~3日滞在する筈じゃ……」
「帰国命令が出た」
アニエスは手紙をルイズに差し出す。
どうやら先程梟で届いた様子だ。
「先日、御前の生存を伝える報告をしたら、急いで連れ帰って来いとの事だ」
「姫様に報せたんですか?」
「当たり前だ。私が此処に何しに来たと想ってる。再びミス・ヴァリエールの“使い魔”に成ったんだろう? 陛下に隠す理由が無いだろうが」
「でも、休みたいって……」
「もう十分に休んだ」
兎に角アンリエッタに「帰って来い」と言わて仕舞うと、ルイズもアニエスも立場上断る事が出来無い。
「5分遣る。出発の準備をしろ」
“銃士隊”の隊長の顔に成って、アニエスが告げる。
シエスタは其の迫力に呑まれて仕舞い、はいッ! と返事をすると荷物を纏める為にすっ飛んで行った。
「御別れだね。短い間だったけど、楽しかった」
ニコッと笑って、ティファニアが才人と俺へと言った。
少しばかり考え込んだ後、才人は言った。
「なあテファ」
「なあに?」
「俺達と一緒に来ないか?」
「……え?」
ルイズがそんな才人の顔を殴ろうとしたが、才人は素早く其の手を握る。
「何口説いてるのよ!?」
「別に口説いてる訳じゃねえよ」
才人はギロッとルイズを睨んで言った。
其の本気の迫力に、ルイズは圧され、ブスッと頬を膨らませて黙り込んだ。
「別の世界が見たいって言ってたよな。取り敢えず、“トリステイン”に来て見たらどうだ?」
ティファニアは、モジモジと身を竦ませた。
「来いって簡単に言うけどね、住む所とかどーすんのよ? 其れに彼女は“エルフ”の血が混ざってるのよ。怖がられて、大変よ」
「御前は怖がって無えーじゃ成えか」
「其れは、あんたを救けて呉れたし……悪い人じゃ無いんでしょ」
才人は首肯いた。
「其の通りだ。だから何か言われたら、俺が庇うよ。怖がる奴等が居たら、俺が説得する」
「サイト!」
「良いから御前は黙ってろ」
再び才人に睨まれ、ルイズは唇を尖らせて下を向いた。
「世界を見たいんだろ?」
ティファニアは、俯いて微笑を浮かべた。
「有り難う」
「じゃあ用意して呉れ。良いよ。待ってるから」
「急いで帰えって来いって、姫様の命令成のに!」
ルイズが更に抗議した。
其の声に、アンリエッタの命令に従わ無い事に対する非難以外のモノが含まれて居るのだが……才人は駄々を捏ねる子供を配う様に、其の顔を押し戻す。
然し……ティファニアは動か無かった。
「テファ?」
「やっぱり……私行けない」
「どうして? 遠慮何かすん無よ。テファは俺を救けて呉れた。今度は俺が手伝う晩だ」
ティファニアは、居間から外に通じるドアを指指した。
ドアの隙間から、“ウエストウッド村”の子供達が心配そうに此方の様子を覗き込んで居るのが見える。
「あの子達を、置いて行けないもの」
「あ」
才人は軽く自分を恥じた。夢中に成って居て、忘れて居たのだ。
此処“ウエストウッド村”には、ティファニアだけでは無く、子供達もまた住んで居り、年長で在るティファニアが彼等の親で在り姉で在るのだから。
「そうだね。無理言ったな。御免」
「ううん。誘って呉れて嬉しかった。有り難う」
ティファニアは、何の邪気も込もって居無い笑みを浮かべた。妖精の様に美しいティファニアが其の様な笑みを浮かべると、目を逸らす事が罪深い事の様に想わせる程の笑みだ。
「……じゃあ、何か俺に出来る事はないか? 其の何て言うか、せめてもの御礼って言うかさ」
「良いのよ」
「命迄救けて貰ったんだぜ」
「倒れてたら救ける。当然の事をしただけだわ。気にしないで」
そんなティファニアに才人は色々と御礼を言おうと想ったのだが……出て来たのは、「有り難う」と云う一言だけで在った。
「……何か在ったら報らせて呉れ。直ぐに飛んで来るからさ」
「あは、有り難う。私、貴男達に逢えて良かった。じゃ、元気でね」
「テファも元気で。またな」
ティファニアはハッとした様な表情を浮かべる、大きく首肯いた。
「うん。また……またね」
「さて、ティファニアよ」
「はい……」
才人との別れの言葉を済ませたティファニアに、俺は言葉を掛ける。
ティファニアは弾かれた様に、身をビクッとさせ、そして俺へと向き直る。
「驚かせたかな? 其れは、すまない」
「いえ、私の方こそすみません」
「まあ、此の侭では謝り続ける事に成るから、置いて置いて。此奴等は此処に来る事は難しいが、俺は時々御前に、御前達に逢いに来るからな」
「は、はい」
ティファニアや、ドアの隙間から見守って居る子供達の顔は綻んだ。
「先ずは、“ロンディニウム”の“ハヴィランド宮殿”に向かう」
森の中の小道を歩き乍ら、アニエスがそう皆へと言った。
「“ロンディニウム”って、“ロサイス”と逆方向じゃ成い! 姫様は、急いでって言ってたんでしょ!?」
当然、ルイズは其れに対して反応を示すのだが。
「先ずは、挨拶をしてからだ。其の次に、“ロサイス”に向かう。迎えの“フネ”を準備して貰って居るそうだ」
「誰に挨拶するんですか?」
ルイズの質問に静かに答えるアニエスだが、其処でシエスタが問うた。
俺とアニエスは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「逢ってからの御愉しみと言うモノだ」
そんな風に歩き乍ら会話をして居るのだが……才人だけは上の空と云った様子で在り、ルイズはそんな才人が気に入らず、ブツブツと文句を言った。
「どうしたの? 何ぼやーっとしてるのよ?」
「いやぁ……」
「あの“ハーフエルフの娘っ子、綺麗だったなぁ。胸もでかかったなぁ”って反芻してるんだろ?」
背負ったデルフリンガーが茶々を入れる。
ルイズの目が、キュッと窄まった。
「違うよ! 遣りたい事が出来ないって、可哀想だなって……」
然しルイズは、ふんっ! と拗ねて仕舞い、ツカツカと才人を置いて歩き出す。どうやら、完全に機嫌を損ねて仕舞った様子だ。
才人は立ち止まり、2ヶ月程の時間を過ごした“ウエストウッド村”を振り返った。
生い茂る木立の奥に、ティファニアの小ぢんまりとした家が見える。
「世界が見てみたい、かぁ……」
とポツリと才人は呟く。
其の時……才人の胸の中に想いが溢れた。
昨日、ティファニアの家の庭で、シエスタに「サイトさんの夢って何ですか?」と、訊かれた時に浮かんだ想い……。
才人は、(自分が遣りたい事は何だろう? 帰る方法を見付ける事。其れも在る。そして、其れと矛盾して居る様なもう1つの遣りたい事。ルイズを守る事。側に居るとドキドキして仕舞う女の子。帰る方法を見付ける事は、ルイズと別れる事だよな。いつかはどっちかを選ばなくてはいけないよな。そして、其の答えはもう出てるんじゃないか? 俺はルイズの側に居たい。仲が良く成った人達の側に居たい。帰りたい、と想う気持ちも嘘じゃ無いけど……別れるのはもっと辛いもんな)と想った。そして、(……夢。此方の世界で、もう少し自分が出来る事を遣ってみるって……そう云う選択肢はどうだ? アニエスさんとの特訓で、多少、自信も着いたし。ルイズを守る、其れは勿論だけど……もっともっと、自分と言うモノを試してみたい。俺には其れが出来る力が有るんだから)とも才人は想う事が出来た。
「サイトさーん! 行きますよー!」
先を歩くシエスタの声が聞こ得て……才人は歩き出した。
“ハヴィランド宮殿”前に到着すると、衛兵は俺に気付き、敬礼した。
「御苦労様です、セイヴァー殿」
「否、御前達こそ御苦労様だ。何、楽にして呉れ。俺は其れ程偉い訳では無いのだから」
「いえ、そう言う訳には……」
「そうか。では、其の侭頼む。あと之はほんの気持ちだ」
2人居る衛兵へ其々、俺は懐から金貨を取り出し、2枚ずつ手渡す。
「そんな、此の様なモノ、受け取る訳には」
「気持ち程度のモノだ。俺には必要無いからな」
「……理解りました。貴男の健康の為に、頂いて置くとします」
「では、失礼する」
俺と衛兵との遣り取りを見て、才人とルイズとシエスタの3人は呆気に取られた、そして驚愕したと云った様子を見せて居る。
「何をして居る? 待たせて居るんだ。急ぐぞ」
「久し振り、皆」
宮殿の廊下を歩き、辿り着いた待合の部屋には既に1人の金髪の少女が居た。
其の少女は、俺達にとって見慣れた人物で在ると云えるだろう。
「嘘……シオン?」
着飾り待って居たシオンを目にし、ルイズは驚愕の声を上げる。
「そうだよ。久し振り、ルイズ。そしてようこそ。“ハヴィランド宮殿”へ」
「ようこそって一体……?」
「そうだね。じゃあ自己紹介などを1つ……先日、戴冠式を終え、此処“アルビオン王国”の現実女王に即位致しました、シオン・エルディ・アフェット・アルビオンで御座います。以後御見知り置きを」
そんなシオンの自己紹介に、3人は狐に包まれた、鳩が豆鉄砲を食ったようかの様な様子を見せる。
「えっと……シオン? 本当に女王に成ったの? 本気?」
「ええ。本当よ。そして本気よ、ルイズ。さて、再逢して早速だけど、急いで“ロサイス”に向かって貰うね」
「ちょっと待って……頭が可怪しく成りそう……あの時、出て行ったのは、此のためなの?」
「ええそうよ。でも、詳しい事を話す時間は無いわ。アンが首を長くして待って居るもの。セイヴァー」
「ああ、了解した。俺の“宝具”で移動すれば良いのだな?」
「ええ、御願い出来る?」
「勿論だ。俺は御前の“
「ちょ、ちょっと待って呉れ! シオンも一緒に行く可きだろ? 女王がどうとか良く理解出来無いけど、“魔法学院”に戻る可きだし、“聖杯戦争”も始まっちまったんだぞ!」
混乱などから戻った才人は大声を上げて言った。
「駄目だよ。私はもうアンリエッタ同様に、“アルビオン”の女王成の。今は、“魔法学院”に戻れ無い」
「じゃあ、敵“サーヴァント”とかどうするんだよ!?」
「其れに関しては問題無い。其れ選りも早く行くぞ」
俺はそう言って、空間を置き換えた。
“ロサイス”に着くと、鉄塔の様な形の桟橋に、沢山の“フネ”が停泊して居るのが見えた。“ハルケギニア”各国から集まった商船や、軍船、様々な“フネ”が舳先を並べて出港の時を待って居るので在る。
其の中に、異様な風体の巨船が在り、目を引いた。
懐かしの“ヴュンセンタール号”で在る。
“フネ”の横に伸びたマストで其れと判るだろう。
鉄塔の頂点から伸びた橋桁に吊り下げられて居り、ユラユラと小さく揺れて居る巨大な“竜母艦”を見上げ、才人は溜息を吐いた。
「俺達、こんな大きな“フネ”に乗って居たのか……」
寄木細工の様な船底は、見事な幾何学模様を描いて居る。甲板の横からタラップが降りて、鉄塔から伸びる桟橋に繋がって居た。
アニエスが、ポツリと呟いた。
「迎えに“フネ”を寄越すと言って居たが……“ヴュンセンタール号”とはな。驚いた」
才人とルイズは目を丸くした。
「へ? 今、何と仰いました?」
「“ヴュンセンタール号”が、我々を迎えに来たと言ったんだが」
「こんなデッカイ軍艦が? たかだか数人の俺達を迎えに?」
才人は呆れた様子を見せる。
「そうだ。其れだけ貴様達は重要人物と言う事だ。良かったな」
喜ぶ選り、才人は怖く成って仕舞った。
ルイズも首を傾げて居る。
「俺じゃ無くって、御前やセイヴァーが居るからだろ?」
才人はルイズを見て言った。
「違うわ。私、姫様に今回の“アルビオン”行きを伝えて無いもの。其れに、私1人のために、こんな“フネ”使う訳無いじゃない。動かすだけで、幾ら掛かると想ってるの?」
ルイズの其の言葉に才人は、(じゃあ、俺とセイヴァー2人の為に? 一体姫様は何を考えてるんだ?)と想った。
タラップを登った俺達を、艦長自らが迎えた。
「ヒリガル・サイトーン殿、とセイヴァー殿ですかな?」
伝聞に因るモノだろう、何とも滅茶苦茶な名前で呼ばれたが、才人は首肯いた。
「遠くから、御苦労。暫く世話に成る」
「いえ……」
艦長は隠す事も無く、才人を胡散臭そうな表情を浮かべて見詰めた。(セイヴァー殿の事は理解出来るが、何でこんな平民風情を運ぶために、此の“ヴュンセンタール号”が派遣されねばならんのだろう?)と云った顔付きで在る。以前、此の“フネ”に乗った事のある才人ではあるのだが、艦長とは顔を合わせていないので在った。よって才人が何者で在るのか、彼は知らないのである。そんな得体の知れない相手で在ろうとも、兎に角命令は命令で在り、才人は女王陛下の客人で在る為に、そして眼の前の俺とアニエスの手前も在り、艦長は礼を正して敬礼をした。
「本艦を代表して、歓迎申し上げる。貴方方の航海の安全を保証します」
部屋に案内する為に着いた士官は、以前俺達を案内した甲板士官で在った。
彼は艦長の目に触れ無い所迄来るとニヤッと笑みを浮かべ、「一体どんな手柄を上げたんですか? 国賓待遇じゃありませんか。驚きましたよ」と才人へと言葉を掛け、「貴男も貴男ですよ。一体、何をしたんですか?」と俺に対してもコメントをして呉れる。
其処で、才人は、ああ、と理解した。
此の厚遇は、理由の1つが110,000の敵軍を足止めした事で在るのだ。
どう遣ら士官は其れを知ら無い様で在り、軍でも其れを知って居るのは上層部連中だけなので在る。
「さぁ……何々でしょうね」
兎に角自慢する気に成れないのだろう、才人は恍けてみせた。
士官が俺達を一室に案内する。
俺達は荷物を置いて寛いだ。
“トリステイン”の港町、“ラ・ロシェール”には粗半日で到着する予定との事で在る。
「誰もあんた達が“アルビオン”軍を足止めしたなんて信じてなかったのに……」
とルイズが呟くと、アニエスが言った。
「でも、陛下は信じて居られた様だな」
「姫様が? どうして御知りになられたのかしら?」
「さあな。其処迄は知らん」
アニエスは椅子に身体を沈めると、仮眠を取るためか目を瞑った。
アニエスのが目を閉じたのと同時に、ルイズは俺の方へと目を向けた。
才人は、(森に居る時は気に成ら無かったが……姫様、いや、女王様に逢うのに之じゃあ、流石に失礼何じゃ成えのか?)、と云った風に此の前の戦いでボロボロに成って仕舞ったパーカーを見詰めた。
「なあルイズ。新しい服欲しいんだけど……」
「はぁ? 御金何か無いわよ。今回の旅で全部使っちゃったわよ。我慢しなさい」
そう言われて才人はションボリと肩を落とした。其れから、(あの晩のルイズはやっぱり嘘だったのかぁ……)と切なく成った様子を見せる。
「逢えた日はあんなに可愛かったのにな……」
思わず才人がそう呟くと、ルイズが顔を真っ赤にして睨んだ。
ルイズはクルツと振り向き、才人に背中を見せた。
「そ、そりゃ御褒美も上げなきゃいけないでしょ! 姫様じゃ無いけど、其れ成りの働きをしたんだから報いる所がなけりゃ、駄目じゃ無いの」
思いっ切り恥ずかしがって居る様子で、ルイズは言った。そんな顔を見せたく無かったのだろう、才人に背中を見せたので在った。
「舐めんな! 御褒美なんか要らねえよ!」
「へぇー、そう。あんなに、夢中に成ってがっついて来た癖に」
ルイズは振り向くと冷笑を浮かべた。
其の言い草に、才人はスッカリのぼせ上がって仕舞う。
「誰の何処が御褒美だって?」
ルイズの蟀谷が、ピキッ! と音を立てた。
「ご、御主人様の胸捕まえて、何ですって?」
其処でアニエスが、ルイズと才人の肩を叩いた。
「こらこら。客は御前達だけじゃ無いんだぞ」
此処には自分達だけでは無かったと云う事を想い出し、ルイズは顔を赤らめた。
シエスタは唇をキュッと一文字に結んで事の成り行きを見詰めて居た。
ふんっ! と、2人は顔を背け合った。
「まあ、仲が良い程喧嘩すると言うしな」
アニエスは笑い乍ら言った。
ルイズは拗ねた様に窓の外を見詰める才人の横顔を、チラチラと覗いた。其れから、(何で私が怒る事ばっかりするのよ)、と苛々した。そして、(やっぱり、才人は女の子っぽい娘の方が好いんだろうか? 私はどう見ても……魅力的とは言い難い。痩せっぽちだし、素直じゃ無いし。やっぱりシエスタみたいな素直な娘の方が好いわよね。あのティファニアみたいに、凹凸がハッキリ……あれは異常だけど、してる方が好いわよね。自分が勝ってる部分って何?)と考える。
そう考えると、ルイズの中でどうにも好かれてると云う自信が揺らいで仕舞うので在った。そして、「言葉で幾ら“好きだ”と言われても態度が逆じゃない、嘘ばっかり!」と文句を言いたいルイズで在るのだが、口には出せ無いで居た。
言ったら、其れがホントの事に……口だけで「好き」と言われて居る、と云う事が現実に成って仕舞う様な気がして……ルイズは何も言えずに唇を噛んだ。