“王宮”の執務室で、アンリエッタは客人の到着を待ち侘びて居た。
此の時のために、今日は午後の予定を全てキャンセルしたので在る。連日激務が続いて居た事も在って枢機卿で在るマザリーニも其れを案じてだろう、小言は言わなかった。
財宝は疎か、本当に家具迄売り払って仕舞ったために、執務室の中はガランとして仕舞って居る。流石に机の1個もなければ書類に目を通す事も侭ならないために、街の古道具屋で買い求めて来た古木瓜た欅の机が置いて在る。
他には書架が1個、部屋の片隅にポツンと置かれて居るのみで在る。冠った王冠がなければ、此の部屋に訪れた者は此処が女王の執務室で在るとは想えないで在ろう。
「“ラ・ロシェール”迄、“竜籠”を回したと云うのに……」
机に物憂げな様子で肘を突き、アンリエッタは呟く。
入り口に控えた衛士に、「未だですか?」、とアンリエッタは尋ねた。
アンリエッタは先程から、同じ質問を何度も繰り返して居た。
「アニエス様は、未だ御見えになりません」
其の度に衛士は、同じ答えを繰り返すのだ。
アンリエッタは爪を噛んだ。幼い頃から続く癖で在った。母后依り咎められ矯正した筈で在るのだが、最近また其の癖が復活して仕舞って居るので在る。
其の時、やっと到着したのか……衛士が呼び出しを告げた。
「“銃士隊”隊長アニエス様、“アルビオン王国”客将セイヴァー様、御一行、御到着!」
「直ぐに通して下さい」
アンリエッタは立ち上がり、自ら俺達を迎え入れた。
「只今戻りました」
執務室に入ったアニエスは、深く一礼をする。
背後に控えたルイズと才人、そして俺を見て、アンリエッタは薔薇の様な笑顔を浮かべた。久し振りの、心からの笑顔で在る事が判る。
「御捜がしになられて居た、ミス・ヴァリエールの“使い魔”の少年。“アルビオン”の客将、ミス・エルディの“使い魔”の青年を御連れしました」
緊張した顔で、才人とルイズは一礼をする。続いて、俺もまた軽く一礼。
先に“学院”へと戻る事になったシエスタと“ラ・ロシェール”で別れ、俺達3人はアニエスと共に“竜籠”に乗って“王宮”迄遣って来たので在った。
ガランとした、何も無い寂しい部屋で在るため、不安そうにルイズは辺りを見回す。
「ああ、家具は全て売り払って仕舞ったの。ビックリした?」
「ええ……」
「仕方が無いの。あの戦争で、国庫は空っぽに成って仕舞ったから……」
アンリエッタは、ルイズの手を取った。
「ルイズ、私は貴女に、先ず御詫びをせねばなりません」
「姫様……」
「将軍達から……ええ、“アルビオン”侵攻軍の指揮を執った将軍達に査問を行ったのです。彼等はルイズ、貴女達に無茶な要求をした様ですね。何でも、“足止めのための殿軍”を命じたとか……申し訳有りません。私の所為です。貴女の“虚無”を積極的に使用するよう、私が命じたのです」
激しく心を痛めた様子で、アンリエッタはルイズの手を取った。
「申し訳有りません。私は非道い女です。同仕様も無く罪深い女です。私は貴女の力を利用しようとしたのみならず、死地へと追い遣る所だったのです」
アンリエッタの言葉を、アニエスが訂正をした。
「御言葉ですが、ラ・ヴァリエール殿の“虚無”を足止めに利用したのは将軍達で在って、陛下では在りますまい。陛下もまさか、其の様な任務に投入されるとは御想いにならなかったでしょう」
アンリエッタは首を横に振る。
「いえ……私の責任です。私は、戦争と言うモノを甘く考えて居たのです。其の様な命令が出される事も、考慮に入れねばなりませんでした。本当に、貴女達が生きていて良かった。御免なさいルイズ。何と言って詫びれば良いのか……」
感極まったと云った様子のアンリエッタは、ポロポロと泣き出した。
「赦して、いえ、之は、私が口にして良い言葉では在りませんね」
そんなアンリエッタに感じ入って仕舞ったのだろう、ルイズもまた同様に涙声になって言葉を返した。
「姫様、どうぞ御気に為さら無いで下さい。此のルイズ・フランソワーズ、陛下に一身を捧げて居ります。己の死を其処には含まれて居ます。ですから……」
才人は、(死地に赴いたのは俺達じゃんよ)と想ったが、勿論口には出さ無い。が、抱き締め合って、おいおいと泣きじゃくる2人を冷めた目で見詰めて居た。
暫し2人は抱き合って居たが、アンリエッタに報せねばならない事を想い出したルイズが、身体を離す。
「姫様……恐ろしい事実を御耳に入れねば為りません」
「まあ!? 恐ろしいですって!? どうしましょう!? いいえ、聞かねば為りませんわね。私は全てを耳に入れねば為りません。恐ろしい事も、心を潰してしまう様な悲しい出来事も……さあ、話して下さいまし」
ルイズはアンリエッタに語った。
“虚無の使い魔”と名乗る、シェフィールドと云う女に襲われたと云う事。
もう1人の“虚無の担い手”に出逢った事……。
「貴女の他にも、“虚無”の使い手が居るですって?」
ルイズは暫し躊躇った様子を見せるが、アンリエッタにティファニアの事を語った。“ハーフエルフ”で在る事。“虚無”の“呪文”を扱えると云う事……。
「何て言う事。其の者を早く保護しなければ」
ルイズは首を横に振った。
「彼女はヒッソリと暮らす事を望んで居ります。其の“呪文”は身を守るのに適して居るし……出来る得る事なら、斯の地でそっとしておいて上げたいと想います」
「そうね……此の地が安全とは限りませんわね……其れに、何か在れば、きっと」
そう言ってアンリエッタは俺へと視線を寄越し、俺は首肯く。
「当然だ。無論、“アルビオン”が全力を以て保護する。彼女達をな」
「理解ってルイズ。己の物にしたい訳では無いの。唯、私は“虚無”を誰の手も触れぬ様にしておきたいだけなのです。自分の目的を利する事はもう望んで居りません」
アンリエッタは、ルイズの“虚無”の存在が、自分に少なからず“アルビオン”進行を決意させたと云う事を理解して居た。
「理解って居て尚、力を持つと言う事は、分を超えた野望を抱き易いモノです。私は其の様な事が2度と起こらぬ様、注意する積りです。また、他人に其れをさせる積りも在りません。嗚呼、触らぬに越した事は無いわね。其の方がそう望むので在れば、そっとしておいて差し上げましょう。本当に、ええ……」
ルイズはデルフリンガーから聞いた事をアンリエッタに告げた。
「“虚無の担い手”ですが……察するに“王家”の秘宝の数だけ……詰まり4人居ると想いますわ」
「何と言う事でしょう!? “始祖”の力を担う者が4人とは!」
「其の中には、明らかに此方に敵意を抱いて居る者も居ります」
アンリエッタはルイズをジッと見詰めた。
「安心して、ルイズ。私が居る異常、貴女に指1本たりとも触れさせません……で、あるならば、尚更必要が在りそうですわね」
ルイズは首を傾げた。
「必要?」
アンリエッタは心配するな、と云う様に肩を叩いてルイズから離れると、今度は才人と俺とを見詰め、才人へと視線を固定した。
「“使い魔”さん。貴男達が、ルイズとシオンの代わりに、退却する軍を救って下さったそうね」
「え?」
「“アルビオン”の将軍とセイヴァーさんから聞いたのです。2人は全てを語って下さいました」
「まあ、其の、成り行きって言うか……セイヴァーも居て呉れたし……」
「有難う御座います。何度御礼を言っても足りません。本当に有難う御座います」
王冠を冠った頭を、アンリエッタは何度も下げた。
王冠が上下する所など、初めて見た才人は当然慌てた。
「そ、そんな……頭何か下げ無いで良いっすよ。女王様に頭なんか下げられたら緊張するし……」
「いえ……貴男方は“英雄”です。祖国を、“トリステイン”を救って下さった“英雄”です。貴男達が居無ければ、我が軍は全滅して居たでしょう」
そんな風にアンリエッタは何度も頭を下げ、才人は寄り一層恐縮した様子を見せる。同時に、才人の中で、今迄感じた事の無いだろう喜びが心の底から湧き上がった事を自覚した。
女王様に認められる、などと云う事は、“日本”に居ると先ず考えられ無い事で在るのだから。
「細やかですが、感謝の気持ちを用意しました。受け取って下さい」
才人は、(感謝の気持ち? 何だろう? また金貨を呉れるのか? 其れとも……)、と考え、そして何時かの安宿での出来事を想い出した。
あの夜……眼の前のアンリエッタと才人は唇を重ねたので在った。
然しアンリエッタの飛ばして来た言葉は、才人の想像を超えて居た。
「之を受け取って下さいまし」
「紙?」
果たして其れは、1枚の羊皮紙で在った。
左右に“トリステイン王家”の“百合紋”花押が鎮座して居る。何らかの公式書類で在るのだろうが、なんと書かれて居るのか、此処の文字が読め無い才人には理解出来なかった。
横から顔を出して、其の紙を覗き込んだルイズが、口と目を大きく開けた。
「“近衛騎士隊”隊長の任命状ですって!?」
「任命状?」
事の重大さが良く呑み込めて居無い才人は、キョトンとして問い返した。
「そうです。“タルブ”での戦に始まり、過去、貴男方は非公式に何度も私を助けて下さいました。其れだけで、貴男を“貴族”にする理由は十分だと云うのに……此度は“アルビオン”での撤退をも成功に導いて下さいました。貴男が我が国に齎した貢献は、古今に類を見無い程のモノです。貴男方は、歴史に残る可き“英雄”です」
“英雄”などとアンリエッタに言われ、才人は激しく照れた。
尚もアンリエッタは才人を口説いた。
「“英雄”には、其の働きに見合う名誉を与えねばなりません。之は、貴男と対峙した将軍が私に言った言葉ですが……私もそう想います。御願い申し上げます、其の力を御貸し下さい。貴男は私にとって……否、“トリステイン”にとって必要な人間成のです」
才人は漸く、VIP待遇の正体を知った。
アニエスを使って捜索したり、“フネ”も態々寄越したのは、才人の労を労うためだけでは無いのだ。才人を、“トリステイン”にとって必要な人間だと認めたからこそ、あれだけの大きな軍艦を迎えに寄越したので在った。
「姫様、でも騎士隊の隊長って事はサイトを貴族にするって事でしょう? そんなの認められませんわ!」
ルイズが慌てて捲し立てる。
「どうして彼を“貴族”にしてはいけないの? ルイズ」
「だって、サイトは平民だし、と言うか其の……」
「異世界から来た人間と言う事は知って居ます。以前、オスマン氏依り伺いましたから」
「そんな人間を“貴族”にして良いんですか?」
「彼に“貴族”の資格が無い、とすれば、王国中の“貴族”から領地と官職を取り上げ為ければいけなくなるでしょう。身分を問わず、有能な者は登用する。で無ければ、此の“トリステイン”に未来は無い。私は其の様に考えて居るのです」
アンリエッタは、諭す様な口調で言った。
「そうだな」
俺は首肯いて、そんなアンリエッタの言葉に同意の意を示す。
「でも、サイトは私の“使い魔”で……」
「ええ。勿論、其の事は変わりません。“貴族”に成れば、貴女の御手伝いも遣り易く成る筈です。違って?」
「でも、でも、私の“虚無”は秘密の筈じゃ……」
「勿論、其れは秘匿します。“使い魔”さんが、“ガンダールヴ”と云う事は、私とアニエスと学院長のオスマン氏、及び国の上層部、そして“アルビオン”の現女王で在るシオン、シオンの“使い魔”で在るセイヴァーさんしか知りません。彼は今迄通り“武器の扱いに長けた戦士”として振る舞って貰いましょう」
そう言われては、もうルイズには反論する事が出来る筈も無かった。
「でも、俺、帰る方法を見付け為くちゃならないし……」
と才人が弱々しく言ったが、アンリエッタは尚も喰い下がってみせる。
「帰る方法を探すにも、騎士隊の肩書は役に立ちますわ」
才人は、(……言われてみればそうかも知れ無いな。此方の世界での身分が上がって、困る事は何1つ無いのよな)、と悩み、同時に実感した。
「御願い出来ないでしょうか? ヒラガサイト殿」
フルネームで呼ばれ、才人は緊張した。
才人は別に、“貴族”と云う身分、また、其れ自体に興味は無いのだ。だが……偉い人間に認められる、と云う事。其れが才人を刺激して仕舞った。アンリエッタに必要とされる事は、引いては此の国全体にとって必要とされる事とも云えるだろう。其の上、帰る方法探しも楽に成るだろう事は確かなのだから。
また、テストで偶々良い点を取った時の心境にも似て居ると、才人は感じた。(日頃勉強何か……)、何て馬鹿にして居るのに、いざ良世、昇進…い点を取って褒められると嬉しいモノだ。そんな喜びが10倍にも、100倍にも、1,000倍にも成って才人を包んだ。
同時に、(でも……騎士隊長だって? そんな責任有る立場なんか無理じゃないのか?)、と不安に成る。
が、魅力は確かに有った。だが…其れは抗い難い魅力で在る。
「……ちょっと、考えさせて下さい」
ルイズが不安気な顔で才人を見詰めた。
アンリエッタはニッコリと笑った。
「理解りました。“近衛騎士隊”隊長就任は、決心が付いてから御願いする事にしましょう。でも、貴男の“シュヴァリエ”の称号授与は、既に各庁に触れを出してしまいました。断られたら、私は恥を掻いて仕舞う事に成ります」
才人は困った様にルイズの方を見た。
然しルイズもまた、何と答えれば良いのか判ら無い様子を見せて居る。
アンリエッタは更に説得を続けた。
「ルイズの“虚無”を付け狙う担い手が他にも居る成ら尚更貴男を今迄通りにしておく訳にはいきません。名実共に
そう迄言われては仕方が無い、とルイズは首肯いた。
「理解って呉れたのね。嬉しいわ、ルイズ」
続いて才人に向けて、アンリエッタは水色の水晶が配われた“杖”を掲げた。
「略式ですが……此の場で
女王としての威厳が込もったアンリエッタの其の言葉に、才人は思わずと云った様子で跪いて仕舞った。
「目を瞑って下さい」
才人は、言われた通りに目を瞑る。そして、緊張が身体を奔り、熱い高揚が身体を包んで行く事を、才人は感じた。そして、(まさか、自分が“貴族”になるなんて……そんな事、全く想像して居なかったな)と驚きなども感じた。
「頭を伏せて」
才人は頭を下げた。
才人が心の準備など全く出来ぬ侭に、儀式は淡々と進んで行く。
ズシリと、と才人の右肩に重い物が乗せられた感触を、才人は感じ取る。
“杖”で在る。
アンリエッタの“杖”が、才人の右肩に乗せられて居るので在る。
祈りの言葉の様な、騎士叙勲の詔がアンリエッタの口から零れ始めた。
「我、“トリステイン”女王アンリエッタ、此の者に祝福と騎士足る資格を与えんとす。高潔成る魂の持ち主よ、比類無き勇を誇る者よ、並ぶ者無き勲し者よ、“始祖”と我と祖国に、変わらぬ忠誠を誓うか?」
才人は当然黙って仕舞った。(参った、そんな忠誠誓えない。大事な儀式に嘘を吐いたら不味いだろう)、想ったので在ろう。
才人のそんな気持ちに気付いたのだろう、アンリエッタはニッコリと微笑んだ。
「良いのです。貴男は他所から来た人間。心に無い忠誠は誓えませんわね。譲歩する事に致します」
「姫様」
思わずルイズが口を開いた。
「良いのです。頼んで居るのは私なのですから。私は彼に請うて、騎士に成って頂くのです」
アンリエッタは再び厳粛な顔と成り、言葉を続けた。
「高潔成る魂の持ち主よ。比類無き勇を誇る者よ、並ぶ者無き勲し者よ、汝の魂の在処、其の魂が欲する所に忠誠を誓いますか?」
簡単に云えば、「自分の信じる道を行け」、と云った意味だろう。
才人は、其の様に解釈をし、(其れ成ら問題は無いよな?)と想った。
「……誓います」
「宜しい。“始祖ブリミル”の御名に於いて、汝を
アンリエッタは、才人の右肩を2度叩き、次に左肩も同様に2度叩いた。
何ともはや呆気無く、才人は騎士に叙された。
其の様にして叙勲式が終わった後、アンリエッタは才人を立ち上がらせた。
「之からも、此の弱い女王に、貴男の持つ力をほんの少しで良いから御貸し下さいますよう。シュヴァリエ・サイト殿」
「さて、少し良いだろうか?」
叙勲式が終わった事で、俺は漸く口を開く。
「セイヴァーさん。申し訳有りませんでした。貴男にも、何と御礼を言えば」
「気にする必要は無い。だが、そうだな……之からもっと、気に病む様な出来事が起こるだろう。何せ、もう1つの恐ろしい事実を今から話さ為くてはならないのだから」
「其れは、一体……?」
覚悟を決めたと云った様子で、アンリエッタは俺へと視線を向けて来る。
「“聖杯戦争”が開始された」
「“聖杯戦争”……」
「そうだ。件の、“虚無の使い魔”で在る“ミョズニトニルン”を名乗った女……其奴は、“キャスター”の“クラス”の“サーヴァント”だ」
「そう言えば……“聖杯戦争”では7人の“
アンリエッタの想い出すかの様な言葉に、俺は首肯く。
「そうだ。人類存続を守る“抑止力”に依る“召喚”――霊長の世を救うための決戦魔術で在る“降霊儀式”――“英霊召喚”を型落ちさせたモノ……其れで居ても、人の身には過ぎた力……だからこその“令呪”……」
皆、俺へと視線を向けて来て居る。
「なあ、セイヴァー。7騎って、確か……」
「“
「そうだよな。でも、御前は」
「ああ、此度の“聖杯戦争”にはイレギュラーが多過ぎる」
才人の言葉に、俺は首肯く。
「イレギュラー、とは一体何成のでしょうか?」
「先ず、“エクストラクラス”が多数“召喚”されて居ると言う事だ」
「“エクストラクラス”、ですか?」
「そうだ。先程述べた7騎士の何れにも当て嵌まら無い“クラス”の“サーヴァント”……先ずは、俺、“
アンリエッタの疑問へと答え、そして才人へと視線を向ける。
「お、俺?」
「そうだ。御前もだよ。才人。“
「確かに、基本の7“クラス”とは違うわね」
「そして、もう1つのイレギュラー……7騎全員が揃う前に、“聖杯戦争”が開始と成った」
ルイズの言葉に首肯き、俺は言葉を続ける。
「まあ、“聖杯戦争”に例外は付き物だ。何も問題は無いだろう」
「現在“召喚”されて居る“サーヴァント”は6騎だと仰られましたが、何の“クラス”か判りますか?」
アンリエッタの言葉に、首肯く。
「ああ。先ず俺、“
執務室に沈黙が訪れる。
「にしても、話は変わるが、やはりブリミルは凄い奴だな」
「何だよ、藪から棒に?」
「否、“始祖の秘宝”だったか……“聖杯”を含め、其れだけのモノを生み出したんだからな。“抑止”に依る決戦術式を参考に生み出すにしても、たった1人だけで、と言う訳では無いが其れを為し遂げてみせたんだ……そして、“虚無”……」
「“虚無”が、一体どうしたのよ?」
「原子や分子について、“神代”の人間が既に気付いて居たと云う事に驚きだ。更には、其れを操作する術を持って居たと言うのだからな……否、“神代”だからこそ、か……」
旅の疲れを癒やす為に、ルイズと才人は王宮に一泊した。
疲れて居た事も在って、2人ともグッスリと眠ってしまった。
2人の去り際にアンリエッタは、残る2国――“ガリア”と“ロマリア”の“虚無”の担い手についてと、2人に対して危害を加えようとしたのは誰成のか、“召喚”された“サーヴァント”は何処に居て誰に仕えて居るのか、などの調査を開始すると告げた。何か判り次第、報告するとも。
其れで才人とルイズは取り敢えずの安心は出来た。1国がバックに付けばそうそう襲っては来無いだろう、と。おまけに、普段過ごすのは“魔法学院”。謂わば“メイジ”の巣で在り、“虚無”の担い手で在ろうとも、手に余る相手達で在るのだから。
翌朝、“トリステイン学院”に戻る為の“竜籠”の中、才人はアンリエッタから与えられたマントを、矯めつ眇めつして居た。
黒字のビロードの上、小さく百合紋が配われ、胸元に“トリステイン”での“シュヴァリエ”の称号を表す、銀色の五芒星が踊って居る。
其れを見た送迎役のアニエスが呟く。
「纏ってみろ」
才人は首肯くと、其のマントを羽織った。
着たっ切りでボロボロと成って仕舞ったパーカーとのギャップが激しいと云えるだろう。
才人は、(そろそろ新しい服が欲しい、と想って居たけど……まさか其れが“ハルケギニア”の“貴族”の象徴に成るとは想わなかったな)と云った様子を見せる。
「中々似合うじゃ成いか」
生徒の出世を喜ぶ教師の声で、アニエスが言った。
然し、隣に座ったルイズは外方を向いて才人の方を見ようともし無い。
「シュヴァリエだってよ。どうしよう?」
少し弾んだ声で才人は言うのだが、ルイズは横を向いた侭で在る。
「何だよ御前、之で色々遣り易く成ったんだろうが」
ルイズは唇を尖らせて、(全く……何でシュヴァリエ何かに成ってるのよ? 私言ったじゃない。あんたの帰る方法之から探そうと想ってたって。肩書何か着いちゃったら、此方に未練が出来ちゃうでしょ?)と心の中で呟く。
「兎に角、之でやっと対等だな。ルイズ」
ニッコリと笑ってそんな事を言われ、ルイズはカチンと来て仕舞った。
「はぁ? 誰が対等ですって? 言っときますけどね、シュヴァリエとラ・ヴァリエール家じゃ、同じ“貴族”でも蜥蜴と“ドラゴン”程も違うの。精々無視が蜥蜴に成った位で、調子に乗ら無いでよね!」
才人はムッとして横を向いた。
ルイズは、はぁ……と溜息を吐いた。抱える気持ちとは裏腹で在り、ふと湧いて出たモノを口にして仕舞ったのだから。(サイトの帰る方法を探して上げたい)、と想った筈で在るのだが……才人がシュヴァリエに成ると聞いた瞬間喜びが込み上げて来たので在る。(シュヴァリエが相手だったら、公爵足る自分の父も、多少は仲を認めて呉れるかも知れ無い)、などと想ったので在る。
ルイズはブルブルと首を横に振った。(帰る方法を探す、と決めたのに、私嬉しいってどう云う事? 自分の決心を曲げる様な気持ちは駄目でしょう)、と妙に生真面目なルイズは自分が赦せ無く成って仕舞ったので在った。
そんな風にルイズが良心と闘って居ると云うにも関わらず、才人は暢気な調子でマントを羽織って喜んで居る。
ルイズは、(人の気も知ら無いで……)、と唇を噛んだ。
また、其れとは別に、何だか上手く表現の出来無い不安な気持ちも有ったのだ。(シュヴァリエなんかに成って仕舞ったら……今選り女の子が寄って来るのでは成いかしら? あのメイド選り強力なライバルが現れるとも限ら無いわ。私はそんなライバルに勝てるの? 女の子としての魅力はゼロの自分に、“使い魔”を惹き付けておく魅力は有るのかしら?)、と云ったそんな不安や、自分を責める気持ちが重なった結果、先程のトゲトゲしい言葉が出て仕舞ったので在ったのだが……勿論才人はそんなルイズの心には気付か無い様子を見せて居る。
ルイズは、(全く少しは私の気持ちも理解ってよね)、と溜息を吐くので在った。
“竜籠”は1時間程の飛行で“トリステイン魔法学院”へと到着した。
五芒星の形に並ぶ塔を見た時、才人の中に懐かしさが込み上げて来た。
其れはルイズも同様で在り、2人は少しばかりジンワリとした目で、“魔法学院”を見詰めた。
なんとなく、故郷に帰って来た気分に似て居ると云えるだろうか。
才人は、(此処は故郷何かじゃ無く異世界成のに……)、とそんな気分を不思議に想った。
“竜籠”が“アウストリの広場”に降り立つと、何十人もの生徒が駆け寄って来た。
何だ何だと才人が身構えると、先頭に居た金髪の少年がやおら大声で叫んだ。
「サイト! 生きて居たんだな! 良かった!」
ギーシュで在る。
「――うわっぷ!? な、何々だ!?」
「昨日、“王宮”から“学院”に連絡が在ったんだよ」
ギーシュの隣で、ニコニコして居るのはマリコルヌで在った。
「“王宮”から?」
「ああ。君達が生きて居るってね」
「其れに……君達があの110,000の“アルビオン”軍を止めたって言うじゃないか!」
興奮して居るギーシュが捲し立てる。
どうやら、アンリエッタは其の様な事迄きちんと報せたらしい。
「此処に集まった奴等は、“アルビオン戦役”に学生士官として参加して、君達の御蔭で救かった連中だよ」
生徒達は、口々に才人に礼を言った。
「僕の隊は、“フネ”に乗るのにもたついてたんだ。君達が止めて呉れ無かったら、どう成って居た事か!」
「君達は命の恩人だよ! ホントの事言うと、もう駄目だと想ってた」
数十人もの“貴族”生徒達に取り囲まれ、才人は居心地が悪く成って仕舞った。こんな風に感謝される事に慣れて居らず、照れ臭いので在る。
ギーシュは、澄ました顔で言った。
「でも僕は……信じて居たけどね。君が生きて居るってね」
「死んだと想って銅像造ってたじゃ成いの」
人混みの中からモンモランシーが出て来て言った。
「無事だったのね。良かったじゃ成い。ルイズが“絶対生きてる!” って言った時は、可怪しく成ったと想ってたけど」
モンモランシーは才人の羽織ったマントに気付いた。其れから胸の紋をマジマジと見詰める。
「シュヴァリエの称号じゃ成いの!?」
「何だってぇ!?」
ギーシュも驚いて、マントに縫い付けられた銀色の五芒星を見詰めた。
「ホントだ! 凄いじゃ成いか! 皆! 見て呉れ! サイトがシュヴァリエだぞ!」
おおーッ! と歓声が湧いた。
「いやぁ、君はいつか遣ると想って居たよ。何せ僕の“ゴーレム”を、追い詰めた男だからね」
「追い詰めた? あんた負けたじゃ成いの」
モンモランシーに冷たい声で言われ、ギーシュは首を振った。
「そうかも知れ無い。あんまり良く覚えて無いんだ。あっはっは!」
騒がしい中、才人はと或る事を想い出した。
「そうだ! 先生に御礼と報告し為きゃ!」
才人は、(未だ“ヴュンセンタール号”に積みっ放しで在る“ゼロ戦”に、秘密兵器を付けてれたコルベールに御礼を言わねば為らない。あの秘密兵器と遣らの御蔭で、上陸作戦は成功したんだし。其れに、出世を報告したい。コルベール先生成ら、喜んで呉れるかも知れ無いな)、と考えたので在った。
「先生は?」
「先生?」
ギーシュがキョトンとした。
「コルベール先生だよ」
集まった生徒達は一斉にシーンと静まり返って仕舞った。
気不味そうにギーシュは、モンモランシーと顔を見合わせる。
「な、何だよ?」
其の雰囲気に妙な匂いを感じ、才人は訊ねた。
「あ、明日にし為いかね? 今日は君達も疲れてるだろう」
「そうね。そうした方が良いわね」
「何が在ったんだよ?」
「せめて明日に……」
才人はギーシュの肩を掴んで言った。
「おい!」
“火の塔”の側に建てられたコルベールの研究室で、才人はジッと椅子に座って居た。
身動ぎ1つも為無い。
……唯、時折身体を震わせるのみで在る。
其の後ろに、心配そうな顔のギーシュとモンモランシーが立って居る。マリコルヌの姿も見えた。
主が居無く成って数ヶ月が経った研究室には薄っすらと誇りが積もってしまって居る。中が雲ったビーカーを取り上げて。才人は呟いた。
「ホント何だな」
モンモランシーが沈んだ声で説明した。
「“学院”が賊に襲われて……私達を救ける為に立ち向かって……臆病って言って、私達が馬鹿にしてたのに……」
ギーシュが、ソッとモンモランシーの肩を抱いた。2人は寄り添う様子にして出て行った。
マリコルヌも静かに其の後を追った。
才人はジッとビーカーを見詰めて、呟いた。
「俺……姫様にシュヴァリエに成れって言われた時……嬉しかったんだ。何かさ、認められた気がして……昔、“日本”に居た時はそんな事無かったからさ。偉い人に褒められたり、認められたりした事何て無かったから。だから、嬉しかった。先生も、俺の事認めて呉れたよな。真面目に話 だって聞いて呉れた。俺、其れが嬉しかったよ。平民だ何だって、訳も理解らずに馬鹿にされてたから……嬉しかった。先生位だったよ。此の“学院”の“貴族”で、俺に対等に接して呉れたのは……」
才人の目から、涙が溢れ出た。
涙は頬を伝い、顎からポタポタと垂れた。
「先生、俺、騎士だってよ。シュヴァリエだってよ。笑っちゃうよな。褒めてよ先生、良く遣ったって言って呉れよ」
才人は泣き乍ら、何度も呟いた。
「……俺、先生に褒めて欲しかったよ」
ルイズは入り口から、そんな才人を見詰めて居た。
近寄ろうとしたのだが……思わず足が止まって仕舞うので在る。
(何と言って、慰めれば良いの?)
コルベールと才人が、世界とか立場などを超えて、仲良くして居た事をルイズは想い出す。
才人にとって、数少ない……心を許せる人物だった事は明白だろう。
(そんな人間を失った才人を、何と言って慰めれば良いんだろう?)
ルイズは目を瞑った。
コルベールは死んだ事と同じ位、悲しみに浸る才人を見詰める事が、ルイズにとっては哀しい事で在るのだった。
夜も更けた頃……才人は部屋に戻って来た。
才人を見て居る事に耐えられず、先に部屋へと戻って居たルイズは、ベッドから顔を出した。
才人は無言で椅子に腰掛ける。
やはり……先程と同様に何と声を掛ければ良いのか判らず、ルイズはジッと才人の様子を見守って居た。
泣き腫らした目を擦り、才人は口を開いた。
独り言の様な呟きで在る。
「……先生、何時か言ってたな。“私は、火の力で皆を幸せにしたい”って。先生は、きっと自分の出来る事を一生懸命に遣ろうとしてたんだよな」
「…………」
「俺も……遣ってみようと想うんだ。勿論、俺と先生は違う。俺は“魔法”は使え無いし……“何な武器をも扱える”って事しか出来無いけど……そんな俺にも出来る事がきっと在ると想う。此方の世界で、何か出来る事が成いのか? って。なん吐ーかさ、俺には力が有るだろ? 其の力を何かの為に……変な言い方だけど、大きな事のために使ってみたく成った」
「…………」
「じゃ無いと、元の世界に帰った時に後悔するんじゃ成いかって。勿論御前の事は守るし、御前が大事にしてる姫様やシオン達の事も守る。其の上で、何か俺に出来る事は成いか? って。そう想うんだ……俺、騎士隊の隊長と遣らを遣ってみるよ。良いだろう?」
ルイズは、首肯いた。
ベッドの中で、ルイズの思考はグルグルと当て所無く巡って居た。
ルイズは才人のために帰る方法を見付けて上げようと想って居たのだが…才人はシュヴァリエに成って仕舞い、引いては騎士隊長に成ると言って居る。
詰まり才人は、此方の世界で居場所を見付けようとして居るのだ。
(其れはサイトにとって幸せな事成のかしら? 良く理解ら無いわ。私が変りつつ在る様に、サイトも変わりつつ在るのよね? 其れが良い事成のかどうか良く理解ら無いわ。正直サイトがシュヴァリエに成る事には反対ね。身分在る地位と言うモノは、其れ成りの義務を要求されるもの。其れにサイトが耐えられるのかしら?)
コルベールの事を想い出したのだろう、才人は再び泣き始めて仕舞った。
ルイズは、(私ってば駄目ね。こんなにもサイトが悲しんで居るのに……マトモに慰める事すら出来やしないわ)、と己の無力さを恥じた。
劣等感が、ジンワリとルイズの心を包んで行く。
(私、“虚無の担い手”の癖に……“伝説の系統”の持ち主の癖に結局肝心な事は何1つ出来無いんじゃ成いの? 若しかして、此方の世界で才人の力に成って遣れるのは、私じゃ無いんじゃ成いかしら?)
そう迄想って仕舞うので在った。
ブルンブルンと首を横に振り、ルイズは顔を上げた。
そして、(何自信失してんのよ。次は私が才人の為に何かして上げる番じゃ成い)、と自分に言い聞かせる。
……だが、どうすれば良いのか判ら無い。
ルイズは夜空を見上げた。
寄り添う2つの月が、2人を慰めるかの様に、部屋の中に優しい光を送り続けて居た。
「浮か無い顔だな、シオン」
「うん……」
“ハヴィランド宮殿”に在る執務室にて、シオンは無数とでも云える程の数――山の様に積まれた書類と格闘をして居る。
其の隣で、俺は其の補佐及び補助をして居るのだが。
「駄目だな。“王様がそんな不景気な顔をするものじゃ無い。皆を不安にさせるのは、暴君の与える恐怖以上のモノだから”な」
「だって、之程の数だよ? 明日の早朝迄には終わらせて置か為いと」
「確かにそうだ。だが、急いては事を仕損じる。急がば回れだ」
「ねえ、セイヴァー……王様って、何々だろう?」
「“王とはな、誰選りも強欲に、誰選りも豪笑し、誰選りも激怒する、清濁含めてヒトの臨界を極めた者。そう在るからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。1人1人の民革の心に、我もまた王足らん、と憧憬の灯が燈る”」
「其れって……?」
「俺と才人の居た“地球”の“英雄”、“征服王イスカンダル”の言葉だよ。“王とは、誰選りも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉”でも在る」
「そっか……」
「そうとも。“全ての勇者の羨望を束ね、其の道標として立つ者こそが、王。故に、王は孤高に非ず。其の偉志は、全ての臣民の志の総算足るが故に”、ってね」
ペラペラと紙を捲る音、呼吸音が執務室に響く。
シオンは感銘を受けた様子を見せ乍ら、尚も作業を止める事は無い。
「まあ、そう言う事だから。でも、王としての在り方何て、其人次第……自分自身で見付けて行くモノだろうね、きっと。だから、そんなに考える事も、気にする事も無いと想うがな」
「そうかな?」
「そうだとも。君は君らしく、有りの儘で居れば其れで十分過ぎる。まあ、肩の力を抜いて、難しく考えずに、適当にね。ああ、其れと……円卓の方、少しばかり貰うから。代用品は確りと用意して在るから大丈夫だ」