ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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女王の想い

 冬が其の顔を季節の流れの裏側に隠し、春がやって来た。

 暖かい陽気が、“トリスタニア”を包んでいる。

 8ヶ月に及ぶ戦が終わった反動からだろう、街にも“王宮”にも、どことなく緩やかな空気が漂って居るのが判るだろう。“王宮”の門に立った衛兵は思わず欠伸をしてしまっているし、其れを見咎めるべき将校達もまた空をボンヤリと見詰めてホツとしたような表情を浮かべているのだ。

 街行く人々は活気に溢れているといえるだろう。“トリステイン”は、“タルブ”が焼き払われてしまったとはいえ、国土の殆どは戦火を被る事がなかったのだ。むしろ戦争によって景気が回復し、街には品々が溢れ始めている。一過性のその祭りとでもいえるそれを享受すべく、通りに並んだ商人たちは声を張り上げ、客達を挙って“アルビオン”やほか諸外国から運ばれた商品を買い漁っていた。

 通り行く人々でごった返して居る“ブルドンネ街”の道を、真っ白な馬車が通り過ぎる。

 前後を護衛の黒馬車に挟まれ、堂々とした騎士の隊列を露払いにした様は、威風堂々、やんごとなき御方のそれと知る事が出来る。

 馬車の御者台の横に着いた百合の紋章に気付き、“トリスタニア”市民たちは歓呼の声を上げた。

「女王陛下! 女王陛下万歳!」

 “トリステイン”女王アンリエッタが乗る馬車で在った。

 国境の街で行われた、“ゲルマニア”皇帝との昼食会からの帰りで在る。

 車中のアンリエッタは小窓を開けて、観衆に手を振った。

 戦争に勝利したアンリエッタは、今や国民の人気を一身に集めているといえるだろう。

 やはり現金なモノで、あれだけアンリエッタの重税に対して文句を付けて居た国民達は、戦争集結に伴って税率が緩められ、自分達の生活が潤い始めると、アンリエッタを再び支持し始めたので在る。

「“清貧女王”アンリエッタ万歳!」

 観衆の1人がそう叫ぶと、其の歓呼が瞬く間に広がる。

「“清貧女王”アンリエッタ万歳! “トリステイン”万歳!」

 “清貧女王”、と呼ばれる度に、当然の事だがアンリエッタの顔は僅かに曇ってしまう。

 アンリエッタの人気には、祖国救貧のために王室の私財を投げ打った事も影響しているとえるだろう。アンリエッタはそれを国民に発表する事を嫌がったのだが……話を財務卿から聞いたマザリーニが、その噂を積極的に流してしまったのであった。

 窓から顔を離し……カーテンを閉じるとアンリエッタは隣に控えて居るマザリーニに呟いた。

「これではまるで……観客に媚びを売る三文芝居の様ではありませんか」

「よいではないですか。誰も損をしておりませぬ」

 澄ました顔でマザリーニが言った。

「私はこのような事で人気を取ろうとは想いませぬ」

 少女の潔癖さでアンリエッタは呟く。余程腹に据えかねているのだろう、僅かに唇が震えているのが判る。

「何時か申したではありませんか」

「“使えるモノは何でも使うのが政治の基本”ですわね。覚えておりますわ」

「ならば結構」

 アンリエッタは、(己の良心までも治世の道具に成るとは……私とあの娘が飛び込んだ世界は、何と汚らしい場所成なのかしら)と想い、目を瞑った。

 戦争が終わってもなお、アンリエッタは暇になる事がなかったのである。いや、むしろ各国との交流が以前と比べて盛んになった今、戦時以上の多忙に追われているといっても良いだろう。

 アンリエッタは、う……と口元を押さえた。

 心配そうな様子でマザリーニが覗き込む。

「陛下、どうなされました?」

「いえ……ちょっと気分が……」

「“水”の治療士をお呼びしましょうか?」

 心配そうな表情と声色でマザリーニがそう尋ねたが、アンリエッタは首を横に振った。

「大丈夫です。心配をかけてすみません」

 心が、そろそろこの多忙と重圧に耐えられず、悲鳴を上げているのだ。

 何処かで息抜きをしたい、と思っても、女王としての生活ではそれも簡単には出来ない。

 戦時は、アンリエッタを復讐の2文字が支えていたと云えるだろう。しかし終わってみれば……後にはポッカリと穴が空いた時間が残るのみで在る。重圧はただ重圧であり、時間を埋める代わりにはならないのであった。

 兎に角アンリエッタは、疲れ果てているのである。

 そんな女王の耳に、通りに並んだ市民達のとある人物に対する歓声が飛び込んで来た。

 其の名前を聞くと、僅かに胸の中のモヤモヤが晴れ……アンリエッタは軽く頬を染めた。

 

 

 

 ギーシュと才人が率いる“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”も、昼食会から帰って来た女王の警護を務めていた。

 警護とはいっても、今回のそれは儀礼的な要素を多分に含んでいるとえるだろう。要は新設と成った騎士隊のお披露目であるといえるのだから。

 “トリスタニア”の入り口で、彼等はかねてからの計画通り“アンリエッタ”の隊列に合流し、此処まで仲良く轡を並べて来たのだ。

 王宮での序列に従い、其の隊列は女王一行の最後尾であったのだが、隊員達の士気は旺盛であるといえるだろう。

 列の先頭は隊長であるギーシュ、馬の頭1個分下がって才人の馬が並んでいる。

「いや……しっかし、まあ」

 才人は、道の両側に並ぶ市民達の姿を見て呟いた。

 シュヴァリエの紋……銀の縫い付けが眩しいマントを羽織った才人は、その顔立ちも在ってだろう随分と奇妙な存在に見えているだろう。通りに並んだ人々が、“杖”の代わりに剣を背負って居る才人を見詰めて何やらこそこそと噂し合っているのだ。

 隣のギーシュが、そんな才人に顔を向けた。

「どうしたね? 副隊長殿」

「よせやい」

 才人は顔を赤らめて呟く。

 訓練の時とは打って変わり、こういった衆目の集まる場所ではやはりギーシュの方が堂々としていた。目立ちたがり、そして“貴族”としての本領発揮で在るといえるだろう。

「もっと格好をつけたまえ。ほら!」

 そう言うなりギーシュは、薔薇を振った。

 舞い落ちた花弁がヒラヒラと漂い……鳩へと変化した。

 バサバサバサ、と鳩は空中を飛び回る。

 通り沿いの観衆から歓声が沸いた。

 得意げにギーシュは、首を傾げる。

 すると観衆の1人が叫んだ。

「あの御方はグラモン家の4男、ギーシュ様じゃないか?」

 すると何人かが、その叫びに相槌を打った。

「そうだ! 何でも都市1つ攻略する大手柄を立てられて、騎士隊の隊長様に就任されたって話だぜ!」

 歓声が其処彼処から沸き、次いでギーシュの名前が連呼された。

「グラモン家万歳! ギーシュ万歳!」

 其の歓声に、ギーシュは手を振って応えた。此のために、態々桜を用意したのである。

 しかし……所詮は金を散蒔いて得た歓声、次の瞬間には別の対象に取って代わられてしまった。

 ギーシュの隣で剣を背負って居る才人に、視線が飛んだので在った。

「何だあいつ? 剣を背負ってるじゃねえか。平民か?」

「ただの平民が、どうして騎士隊に混じってるんだ?」

 其処彼処で噂が飛び交い始める。

 そのうちに、野太い女言葉が響いた。

「何言ってるの! 皆! あの子がサイト君じゃないの! 彼が110,000の敵を、“アルビオン”の客将であるイヴァー君と2人だけで喰い止めたから、連合軍は救われたのよ!」

 スカロンであった。

 スカロンは、かっぽかっぽと行進する才人に向かって手を振った。

 見ると、隣にはジェシカや、“魅惑の妖精亭”の女の子達まで並んで居る。

 酒場を営むスカロンは、恐らくその噂を、呑みに来た士官辺りから聞いたのであろう。もしかすると、シエスタが話したのかもしれない。

 兎に角スカロンのその言葉で、観衆の間にどよめきが奔った。

 撤退しようとした連合軍が、突如参戦した“ガリア”軍によって救われた事は、殆どの市民が既に知っていた。其の“ガリア”参戦の直前、怒涛の様に攻め寄せた“アルビオン”軍110,000を、何者か2人が止めたという事も……。

 傭兵の一部隊が止めた、密かに参戦していた“魔法衛士隊”がやったとか、“ゲルマニア”皇帝の親衛隊だとか、実は1人の騎士が止めたのだなど、其奴は“エルフ”だったんだ、などなど、様々な噂が飛び交って居た。

 だがまさか、あの少年がそうなのだと想える筈もなく……。喧々諤々

 観衆の間から、失笑が漏れた。

「でも、剣士風情が騎士様になるってこたぁ、余程の手柄を立てられたんだろうて!」

 その声で失笑が治まる。

 すると、の議論が始まった。

「まさか! どう考えたってただの平民が、そんな大それた事出来る訳がねえだろ!」

「こないだ“銃士隊”の隊長になられたアニエス様だって、元は平民の出じゃねえか!」

 そんな市民達の議論に、白馬車の主が決着を付けた。

 側に控えた衛士が白馬車の窓に近付き、何事か伝言を受け取り……才人の元へと駆け寄る。其れから、何事か、二言、三語、耳元で呟くと、渦中の才人は首肯いた。

 緊張した様子で、才人は白馬車へと自身の馬を近付けさせる。

 観衆や、護衛の衛士達の目が集まる中、窓から白い、嫋やかな手が差し出された。女王アンリエッタの御手で在る。

 才人は其の手を取ると、未だぎこちない仕草で口を吻けた。

 観衆から、「やはりあの噂は本当に違い無い」、と云ったどよめきが起こる。

 其の位の手柄を挙げなければ、平民上がりの衛士が女王の御手を許される事など、ありえないからだった。

 観衆の連呼が始まった。

「シュヴァリエ・サイト万歳!」

 居並ぶ市民達の連呼の声を受けて、才人は戸惑った表情を浮かべた。

 隊列に戻ると、ギーシュがそんな才人に耳打ちをする。

「おいおい、皆、君を褒めてるんだぜ? 精々、期待に応えてやれよ」

 怖ず怖ずと、才人は手を挙げた。

 すると歓声は、一段と大きく成る。

「参ったな……こんなんじゃ街も歩けねえよ」

 才人がそう心配そうに言えば、「なぁに。民衆なんて飽きっぽいものさ。明日には君の事なんて忘れてしまうよ」とギーシュが理解った様な事を呟いた。

 

 

 

 窓を閉じたアンリエッタは、先程才人に許した自身の手の甲を見詰め、切なげな溜息を吐いた。

 ハッとしてマザリーニを見ると、疲れたのだろうか、馬車の中でうつらうつらと櫂を漕いで居る様子で在る。

 アンリエッタの教師は、もう若くはないのだ。老いつつ在る宰相の丸い帽子を、アンリエッタは直してやった。

 それから、(私がもっとしっかりせねばならないわね。もっと、もっとよ)とアンリエッタはそう想った。

 またもや重圧で心が苦しくなったのだが……手の甲を見詰める事で、アンリエッタの中で微かにでは在るが勇気と意欲が湧いて出た。

 “王宮”に到着すると、護衛の騎士隊は当直の一部を除き、解散と成った。

 アンリエッタは、つい、と云った風に“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”を探してしまう。

 アンリエッタが新設した近衛隊は、王宮の隅で談笑して居た。御披露目を終えた皆は、“学院”に帰えるのだ。1年の訓練期間を経て、正式に“王宮”勤務となる予定で在ったために、未だ宮中に残る事はないのである。

 騎士隊の中に、先程手を許した才人の黒髪を、アンリエッタは見付ける。其れから、不意に近寄りたいといった衝動に駆られそうになるのだが、どうにか想い直した。

 大臣や召使達が遣って来て、アンリエッタを迎えた。

 女王の威厳を損ねぬ程度に笑顔を浮かべ、アンリエッタは彼等彼女等の労を労う。

 アンリエッタは大臣達と並んで宮殿の廊下を歩き乍ら、次々に裁可を下して行く。歩く最中さえも、仕事が舞い込むのだ。何とも多忙な女王の仕事を、アンリエッタは熟さねばならなかったのである。

 女官の1人が近付いて来る。

「御客様が御待ちで御座います」

「客? 如何成る客も、ええ、例え皇帝だろうが教皇だろうが、待合室に通せと申した筈です」

 女官はアンリエッタの耳元で、何事かを囁く。

 其の名前を聞いて、アンリエッタはハッとした様な微笑を浮かべた。

 

 

 

 居室で待っていた人物を目にすると、アンリエッタの顔がパァッと華やいだ。

 最近は余り浮かべた事の無い巣の笑みを浮かべ、先程からアンリエッタを待って居た客を抱き締める。

「嗚呼ルイズ! ルイズ! 偶には其の顔を見せて頂戴!」

「そうしたいのは山々ですわ。でも、姫様が御忙しいと想って……」

「貴女には、いついかなる時でもこの部屋に来る事の出来る権利を与えている筈よ、ルイズ。当然じゃないの。貴女は私の御友達なんですもの」

 皇帝だろうが教皇だろうが待合室へで待たせる事にしているアンリエッタであったが、このルイズとシオン――2人の幼馴染だけは特別に直ぐに逢う事が出来るようにと許しているのであった。

 ルイズは何もない居室を見回し、口を開く。

「本当に、全て売り払われておしまいになられたのですね」

 と、ルイズは寂しそうに言った。

「ええそうよ。私にとっての女王の仕事なんて、寝る所と机があれば十分」

 そう言ってアンリエッタは、「流石に床で寝るというのは反対させて頂きたい」との財務卿の主張で残した、ベッドに腰掛けた。

 ルイズはアンリエッタの指に光って居た“風のルビー”がない事に気付き、眼を丸くした。

「姫様。この前、気付かなかったのですが……“風のルビー”はどうなされたんですか?」

「ああ、売り払ってしまったのよ」

「そんな!?」

「見ていると、想い出してしまうから……その指輪に込めた想いが、私を戦争に駆り立ててしまったのです。ですから戦争が終わった今、手放さねばと……」

「何という事を!」

 ルイズは驚いた声を上げた。

「どうしたの? ルイズ」

「あの指輪は……“虚無の担い手”にとって必要な指輪なんです」

「どういう事?」

「指輪を嵌めたら、私、この“始祖の祈祷書”を読めるようになったんです」

「それは、貴女だけではないの?」

 そう言い乍らも、事の重大さを理解してしまったアンリエッタは蒼白な様子を見せる。

「此の前、お報せしたでは在りませんか。“アルビオン”で、“虚無の使い魔”に襲われ、其の誰かは、清らかな心の持ち主とは限らないのです。“虚無”の力を何らかの理由があって担う者達の手にその指輪が渡ったら……」

 アンリエッタは取り乱してしまう。

「嗚呼、どうしましょう!? 私と来たら!」

「誰に御渡しに為られたのですか?」

 手渡しのは、財務卿のデムリで在った。

 アンリエッタは急いで彼を呼び付けた。

「御呼びですか? 陛下」

 アンリエッタの様子に尋常ならざるものを感じたのであろう、不安気な声を出すデムリ。

「財務卿、貴男に渡した指輪なのですが……」

 財務卿は、ニッコリと笑みを浮かべた。

「あの指輪で御座いましょう? “アルビオン”王家の形見で在る“風のルビー”で御座いますな?」

「そうです! 貴男に売り払えと命じて、渡した“風のルビー”です! 誰に売ったのか、覚えていますか?」

 財務卿は懐から小箱を取り出した。

「これで御座いますか?」

 小箱の中からでて来たのは、果たして“風のルビー”で在った。

「陛下がこれを私めに御渡しに為った時の御顔は、尋常では御座いませんでしたから。取って置いたのです。いずれ、再び御手元に戻したくなるだろうと見越した訳で御座います」

「……嗚呼、貴男は素晴らしい方です。デムリ殿」

「いえ……想い入れのある物、大事な物は決して手放してはなりませぬ。それは身体の一部成ので御座いますよ。まあ、その……此処だけの話なので、正直に申しますと、“アルビオン”現女王のシオン女王陛下に御売りしようかとも考えていたのですが」

 そう言い残して財務卿は退出して行った。

 アンリエッタは、再び手元に戻って来た“風のルビー”を見詰めた。その目から涙が一滴溢れ、頬を伝う。

 咄嗟に出たらしく、アンリエッタは呆けた顔をして居た。

 涙が溢れた事に気付いてから、アンリエッタは顔を両手で覆った。

「嫌だわ……涙が溢れてから、自分が安心して居る事に気付くなんて」

 ルイズは神妙な面持ちになると、アンリエッタの肩に手を置いた。

「姫様は、疲れておいでなのですわ。1度、ゆっくり御休みを取られた方が……」

「有り難う。この私に“安め”と言って呉れるのは貴女くらいのものよ。でも、そうする訳にはいかないの。私が1日休めば、その分だけ国の何処かが止まるのよ」

 アンリエッタは、ルイズの髪を撫で乍ら言った。

「貴女が羨ましいわ。ルイズ」

「何を仰るのです。姫様は、私が持っていないモノを全て御持ちじゃありませんか」

「持たざる方が、持っている事の何倍も幸せにちがいないわ。この指輪を見て居ると、私、本当にそう想うのよ」

 アンリエッタは手の中に在る、“風のルビー”を見詰めて言った。

 暫く指輪を眺めて居たが……。

「貴女の用件を聴いていなかったわね」

 ルイズは言い難くそうにモジモジとしていたが、意を決したのか顔を上げた。

「あの……サイトの事何です」

 アンリエッタは、一瞬、ハッとしたが、直ぐに平静さを取り戻す。

「本日も、御借りしてしまいましたね。彼は良く、努めて下さいました。立派な武者ぶりでしたわ。嗚呼、何か御礼を差し上げないと……」

「その御礼です。サイトを迎えるために、“ヴュンセンタール号”を寄越したり、シュヴァリエに叙したり……召使を着けるよう自ら御指示を飛ばされたり、それに本日は市内で御手を御許しに為られたとか」

「…………」

「こう申しては何ですが……ただのシュヴァリエに対するモノとしては厚遇が過ぎます。陛下におかれては、何か別の思惑が御有りになのではないか? そう勘繰ってしまったのです」

「……例えば?」

「何か危険な任務に御遣いに成るとか……」

 アンリエッタは、呆気に取られてルイズを見詰めた。

「私が? 彼を危険な任務に遣うですって? 嫌だわ! そんな訳ないじゃないの! 彼は貴女の大事な“使い魔”でしょう? “貴族”になっても、それは変わりません。私が、大事な貴女の大事な人に、危険な事をさせる訳がないじゃない」

「それなら、良いんですけど……」

 アンリエッタはルイズを抱き締めた。

「やっぱり、貴女は優しい娘ね。昔と変わらないわ。彼は……私と祖国に、大い成る……そう、比類無き忠誠を示して下さったのです。私は女王として、その忠誠に報いねばなりません」

「……でも、サイトは別の世界の人間です。何れは、此処を去らねばならない人間です。そんな人間に大役を与えても良いものでしょうか?」

「……其れは彼が決める事よ、ルイズ。私は彼が必要な……ええ、そうね、必要な人間だから、私に出来る事をしたまで。其れを受けるのも、捨てるのも彼の自由。騎士叙勲の時に、其れを私は口にした筈」

 ルイズは首肯いた。

 才人は騎士叙勲の際、アンリエッタと“トリステイン”に対する忠誠を誓わなかったので在る。云う成れば、才人は自由騎士……そんなモノが居ればの話で在るのだが……兎に角、才人は元来の騎士とは違う存在となっているのであった。

 兎に角危険な目に遭うのでなければ、ルイズには異論はない。

 ルイズはペコリと頭を下げると、退出しようとした。

「サイト殿と、一緒に御帰えりになるの? 今なら未だ、中庭にいるかもしれないわ」

 ルイズは首を横に振る。

「いえ……サイトには話さずに参りましたから。帰りも1人で帰ります」

「そう。気を付けてね。また気軽に……いえ、“聖杯戦争”が始まった今、そうも言ってられないわね。呉々も気を付けて」

 恭しく一礼をすると、ルイズは退出して行った。

 アンリエッタは椅子に腰掛けると、肘を突いた。それから、掌の中に在る“風のルビー”を見詰め、疲れ切った若き女王は呟いた。

「……“別の(ひと)を愛して呉れ”、貴男はそう仰いました。もう2度と、誰も“愛”する事は無い、そう想いました。でも……」

 アンリエッタは溜息混じりに呟く。

「これが恋なのかどうか、私には判ら無いのです。ただ、偶に考えてしまう事があるの。すると、胸に僅かに、火が灯ったかの様になるのです」

 扉がノックされた。

「誰?」

「私です」

 アンリエッタのスケジュールを管理している、秘書官の声で在った。

 アンリエッタが「どうぞ」と促すと、ひっつめ髪に眼鏡を掛けた30過ぎの女性が入室して来た。

「陛下の今後2週間の予定を、確認させて頂きたく……」

「御願いします」

 秘書官は、次次に予定を読み上げて行く。

 下手をすると分刻みのスケジュールになるだろう程のモノであった。息も吐けぬとは、まさにこの有様であるといった具合にだ。

 アンリエッタは、(其の内に眠る時間も削られるわね)と心の中で呟いた。

「して、第1週“フレイヤ”の“ダエグ(8)”の曜日は、“ロマリア”の大使殿との会食が御座いますが……この際には御召物を“ロマリア”式の服で御願い致します。従って30分程、御着替えの時間を用意いたします」

「はい」

 アンリエッタは溜息を吐きたい気分を抑え、疲れなど微塵も感じさせぬ様に答えた。

「その翌日、虚無の曜日なのですが……どうしましょう?」

 秘書官は眼鏡を持ち上げ、悩んだ仕草を見せた。

「どうしましょう、とは?」

「ええ……予定では、“スレイプニィルの舞踏会”への出席が入っておりますが……キャンセルいたしましょうか?」

「宜しいのですか?」

 ホッとした様な口調でアンリエッタは言った。

 1日の休みは、今のアンリエッタにとって黄金以上に貴重なモノで在るのだ。

「ええ。所詮は“魔法学院”の新入生歓迎会ですから。それに陛下の来賓を仰ぐとは……オスマン氏は“学院”の行事を国事と勘違いしておられる」

 “魔法学院”の舞踏会……。

 而も“スレイプニィルの舞踏会”はただの舞踏会ではないとえる。参加者は仮装するのが慣わしで在った。而も、ただマスクを冠ったり、衣装で仮装する訳では無いのだ。

 アンリエッタは顔を持ち上げた。

「出席致します。その様に取り計らって下さい」

「確かに陛下の来賓が仰げれば、皆喜ぶでしょうが……御休みになられた方が」

 アンリエッタの激務を誰よりもと云えるくらいに知り理解している秘書官は、心配そうな様子で言った。

「有難う。でも、“魔法学院”は国の明日を担う“貴族”の子弟に教育を施す場……其の新入生ともなれば、激励の必要もありましょう」

 そうまで言われては、秘書官には否応もないといえるだろう。

 秘書官は、「ではその様に致します」、と言い残して退出して行った。

 アンリエッタは再び椅子に座り込み、肘を突いた。それから、頬に赤みが差し、切なげに、爪を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “浮遊大陸”“――白の国(アルビオン王国)”。

 其処に建造された、或る工場。

 其処に、女王で在るシオン、そして彼女の“使い魔(サーヴァント)”で在り客将扱いと成っている俺は居た。

「……ほう。此処まで進んで居るとはな。流石は“メイジ”、流石は“魔法”と言った所か」

「本当に、これは飛ぶのでしょうか?」

「問題無い。確かりと飛ぶさ」

 1人の“メイジ”の不安気な様子と言動に、俺は堂々と答える。

 シオンはと云うと、眼の前に存在する或るモノを見て、圧倒された様子を見せて居る。

 此処は、秘密工場と云った様なモノで在り、他の国には気付かれる事が無いように、細心の注意を払って居る。此処“ハルケギニア”に存在する“魔法”、“地球”の“魔術”などを用いて隠蔽をして居るのだ。

 此処に務めて居る“メイジ”達には、申し訳無いが篭って貰って居る。が、精神衛生などを考慮して、衣食住に事欠く事は決して無く、娯楽施設なども此処には存在して居る。其れでも外に出たいといった者には、その要望などを了承し、外出の許可を出している。

 だが、1つだけ。彼等には不自由を強いる点――呪いが掛けられて居た。

 “自己強制証明(セルフギアス・スクロール)”。

 “権謀術数の入り乱れる魔術師の社会に於いて、決して違約不可能な取り決めをする時にのみ使用される、最も容赦の無い呪術契約”の1つで在り、“自分の魔術刻印の機能を用いて術者本人に掛ける強制の呪いは、如何成る手段用いても解除不可能”で在り、“例え命を差し出しても、次代に継承された“魔術刻印”が在る限り、死後の魂すらも束縛される”と云う代物だ。

 其れを、此処“ハルケギニア”で使える様に改良したモノを使用して居る。

 契約内容は、

 

――“自身が務めて居る仕事、国家機密に関する事を家族で在ろうと誰にも話す事能わず、他言無用で在る事”。

 

 契約書と云う体で、其れにサインして貰ったのだ。

 勿論、1~10迄確りと余す事無く説明をし、合意の上で、だ。

 但し、“魔術刻印”などは此処“ハルケギニア”に住む者達は持っていないので、意味など無いと云えるだろう。故に、いってしまうのであれば、ただの誓約書で在り、彼等はプラシーボ効果で、誰かに話すと自分含め子孫達は2度と“魔法”を使えなくなってしまうと想い込んでいるだけである。

『ねえセイヴァー』

『何だ?』

『これって、“聖杯戦争”で使うの?』

『いや、使わ無い』

『なら、どうしてこんなモノを?』

『もっと先の事を考えてな』

 工場内の所々から、“錬金”を唱える“メイジ”達の声、そしてそれによって造られた金型に流し込まれるドロドロに溶かされた高熱の金属が出す音が響く。

『セイヴァーって、過去も未来も今も色々な事を観たり、知ったりする事が出来るんだよね?』

『……ああ、まあ、そうだな』

『今こうしている事は、それが理由? そして、これから先の事やこれまでの事も?』

『……そうだ。だが、総てを観たという訳ではない』

『どういう事?』

『囚われてしまうからだ』

『……?』

『過去を見続けると言う事は、それに囚われ動けなくなってしまう危険性がある。今を見続けると言う事は、最悪の場合、停滞を招く事になる。未来を見続けると言う事は、他を蔑ろにしてしまう可能性がある。そう俺は考えてる』

『…………』

『見えると言うのもまた難儀なモノでな。未来視の話だがな、見えてしまうと先ず楽をしようとするか、否定や絶望などをして己を閉ざすか壊れる。其れが起こらない場合、次に自身の望む未来を手繰り寄せるために動くか、諦観するか。未来を知り、それが識り渡る――“秘密の露見と拡散は、事象を固定するウィークポイントに”も成り得るからな』

『そっか。考えがあっての事ならこれ以上何も言わないよ。でも――』

 シオンは満面の笑みを浮かべ、俺へと向き直る。

 其の笑み、其の目には確かな信頼と信用などが込められて居る事が判る。

 其れ等と一緒に、シオンは不満気な様子も見せて居る。

『何か在れば相談はして欲しい、かな』

『無論、するとも』

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