ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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怪鳥の対決

 才人は本塔を出ると、何処にいるのか判らない事もあって取り敢えずルイズの部屋を当たってみた。

 然し、戻ってはいない事が判る。

 今の才人の頭の中は、(兎に角ルイズを見付けなきゃ)とそれだけであった。

 あんなにも悲し気なルイズの顔は、これまで過ごして来た中で、才人は見た事が無かったのである。そして、(俺がそれをさせた……)と云う事がどうにも赦せないでいた。

 逢って謝りたい、と才人は想った。

 疾走り乍ら、才人は、(尊敬する姫様と……忠実だと想っていた“使い魔”がまるで恋人であるかの様に抱き合っているのを見て、どれだけ傷付いたんだろう?  恋人ではないとはいえ……キスまで許してしまった俺のそんな姿を見て、どんだけ傷付いたんだろうか?)とルイズの気持ちを想像した。

 想像するだけで、才人の心は痛んだ。

 部屋を飛び出し、夜の“学院”の中庭を疾走る。

 殆ど闇の中……ルイズの姿は見えない。

 “ヴァストリの広場”に向かった時……。

 雲が晴れ、月が姿を見せ、ベンチに座る人影を才人は見付けた。

「ルイズ!」

 才人は思わず叫んで駆け寄ったのだが、人違いであった。

「何だ、御前か……」

 タバサで在った。

 こんな夜中に舞踏会に出席もせずに、人の来無いベンチで本を読んで居るのは、実に彼女らしいといえるだろうか。

「なあ、ルイズを見なかったか?」

 タバサは答えない。ジッと本を見詰めた侭で在り、身動ぎ1つもし無い。

 才人は、(聞こ得なかったのか?)と想ったのだろう、もう1度声を掛けた。

「ルイズを知らないか?」

 月明かりに照らされたタバサのその横顔が、何処までも白いと感想を抱かせる。

「才人、彼女から離れろ」

「セイヴァー? セイヴァー……なのか? どういう意味だよ?」

 才人を追い掛けて居た俺とシオンは闇の中から姿を晒し、才人へと制止の声を掛ける。

 俺の姿は未だ“マハーバーラタ”の“カルナ”の姿をしている。

 それ故だろう、才人は少し戸惑ったが、隣に居るシオン、そして雰囲気からだろう理解した様子を見せる。

 が、其れでもやはり、俺の言葉の意味までは理解出来ていない様子を見せる。

 その時……月を背に……上空を旋回する影に才人は気付いた。

「何だあれ? 鳥じゃ無えし……足が有るじゃねえか」

 ヒト型の身体に羽が着いている、奇妙な生き物に見えるそれを、才人は見付けた。

「“ガーゴイル”」

 短く、タバサが言った。

「御前……」

 才人がそう言った瞬間、タバサが自身の身長以上の大きさと長さをして居る“杖”を振る。

 ぶおッ! と眼の前の空気が膨れ上がり、才人は俺達の方へと吹き飛んで来た。

「何を……!?」

 才人が叫ぶ間もなく、氷の矢が俺達へと目掛けて飛んで来た。

 

 

 

 “魔法学院”から少しばかり離れた場所で、ルイズは未だ泣き続けていた。

「非道い……非道過ぎるわ……どうして、どうして!?」

 辺りは深い闇で在る。

 世界の中でただ唯1人残されたかの様に、ルイズにそう想わせた。

 だが、今のルイズは其の闇は怖くなかった。寧ろ、自分の心の一部で在るかの様にルイズは感じられたのである。

「赦せない……非道い……絶対に赦せあnい……」

 言葉と一緒に、涙が溢れて止まる様子を見せない。

 ルイズは、(こんなにも惨めな気持ちになった事は、生まれて此の方、ないわ)と想った。

 そうして、何度も何度も呟いて居ると……。

――“何が赦せ無いの?”

 と云った声が、闇の中から聞こ得た。

 混乱してしまっているルイズは、それが己の心の奥底から響いているかの様に感じられた。

「裏切られたの。だから、赦せないの」

 またも、“誰に裏切られたの?”、と声がする。

「大事だと想ってた人達に……」

 そして、“じゃあ、復讐しなきゃ”、と声がルイズへと語り掛ける。

「復讐?」

 蠱惑的な、深淵へと誘うかの様な声が、“赦せないんでしょ? だったら復讐しなきゃ。貴女にはそれが出来る。偉大なる虚無の担い手だもの”、とルイズに対して囁き掛ける。

 ルイズは其処で我に返った。

「……誰?」

 声が、“貴女の味方の1人。ずっと昔から……貴方達に仕えて居た者の1人”、とルイズの疑問に対して答える。

「誰!? 出て来なさい!」

 ルイズは闇に向かって叫んだ。そして、此の前の“アルビオン”での事件を想い出した。

「“ミョズニトニルン”?」

 ルイズの問い掛けに、“当たり。でも外れ”、と声が答える。

 ルイズが闇に目を凝らすと……羽を生やした人影が現れる。

 そしてその横には真っ黒な、暗闇の中で在るにも関わらず、その存在を認識出来る影の様な存在がいる事に、ルイズは気付く。

「……“ガーゴイル”? 其れと……?」

 ルイズは立ち上がろうとした。

 声の主――“ミョズニトニルン”は“ガーゴイル”を介して、“安心して。危害は加え無い”と泣いている幼子をあやす様に優しい声でルイズへと語り掛ける。

 闇の中から現れた“魔法人形(ガーゴイル)”は、ルイズの足元で恭しくしゃがみ込んだ。

「何よ……? どういう積り!? “ミョズニトニルン”! 私に危害を加えようというの!? 良いから出てらっしゃい! 相手して上げるわ!」

 然し、“ミョズニトニルン”の代わりに“ガーゴイル”が口を開き、“ミョズニトニルン”の声と言葉が其処から出て来る。

 声は、「此の前の事は謝るわ。でも、あれは謂わば試験。貴女が味方に値するかどうか確かめたかったの」、とルイズに対して真摯に語り掛ける。

「良く言うわよ! そんな言葉、信じられると想ってるの?」

 警戒をするルイズに対し、“ミョズニトニルン”は、「では尋ねるわ。この世で、信じるに値する事って何?」、と揺さ振るように問い掛けた。

 ルイズは絶句してしまった。

 つい先程……彼女は其の2つに裏切られてしまった、とルイズはそう感じたばかりであるのだから。

「私の主人は、貴女にそれを教える事が出来る」

「嘘……嘘よそんなの!」

 ルイズの声が目に見えて小さくなって行く。

「貴女を真に理解出来るのは……同じ“虚無の担い手”で在り、“聖杯戦争”に参加する“マスター”……その両方の資格を持つ者だけよ。私達は貴女に力を貸して欲しいと想っている」

「……私の力?」

「警戒は当然。然し、過分な警戒は、真実から目を逸らす場合が在る」

 “魔法”が掛かって居るのだろう、“ガーゴイル”から発せられる“シェフィールド”の声は、今のルイズにとって魅力的なモノで在った。

 徐々に、ルイズの警戒心は解かれて行ってしまう。

 悲しみなどから混乱し切ってしまっていたルイズは、自分がその術中に嵌まりつつ在る事に気付かず、判らなかった。

「貴女、本当に私の味方なの?」

「当然」

「味方? 裏切らない?」

「絶対に裏切らない」

 “ガーゴイル”はユックリと振り向き、ルイズに背中を見せた。

「御乗り下さい。我等の偉大なる主人の1人よ」

 ルイズはもう、その声に抗う事が出来なかった。

 甘い毒の様に、混乱し切って居るルイズに染み込み、暗示が掛かった様にルイズは動く。

 “ガーゴイル”の背中に触ると……ルイズの意識が飛んだ。ユックリと眠る様にしてルイズは“ガーゴイル”の背に横たわった。

 

 

 

 ガッ!

 ガガッ!

 ガガガガガッ!

 連続して飛んで来た“氷の矢(ウインディ・アイシクル)”を、俺は“投影”した槍で其の全を捌き、側に居るシオンと才人を守る。

 ハッキリと才人とシオンを……殺す目的で狙った――殺意を込められた攻撃であった。

「何だよっ! どういう積りだよ!?」

 才人は、攻撃される理由が全く判らないために、怒鳴った。

「止せ、才人。今のタバサは――」

「――おい! タバサ! 御前、一体……いっ!?」

 俺の言葉を遮り発した才人の言葉に対する返事は、やはり“魔法”に依る攻撃であった。

 タバサは氷の矢を四方八方に散らし、包み込む様にして放って来る。

 バシュシュシュシュシュッ!

 無数と云える数の氷の矢が作り出す煙幕の様な水蒸気が晴れた後……。

 串刺しの姿で現れるかと思いきや、才人はデルフリンガーを抜いて立っていた。

 氷の矢はデルフリンガーが吸い込み、残りを才人がデルフリンガーを振って払ったのである。

「一体、どういう理由が有って、俺達を攻撃するんだ? 言えよ!」

 才人の質問に、タバサは“杖”を構え、短く答えた。

「命令だから」

「命令? 誰に命令されたんだ!?」

 やはり、返事は“魔法”で在る。

 才人はデルフリンガーを握り締めると、跳躍をした。そして、一気に距離を詰め……タバサの握った“杖”を斬り落とす積りで振るう。

 のだが、タバサは才人の其の動きにしっかりと反応し、“魔法”で跳ねて躱す。まるでその得意な“風系統”の力そのもの――“風”で在るかの様に、軽やかな身の熟しであるといえるだろう。

 才人の振り回すデルフリンガーを、タバサはまるで発条仕掛けの人形で在るかの様に、体術と“魔法”を組み合わせて躱して行くのだ。

「くっ!」

 タバサは、飛び跳ねてデルフリンガーを躱すと同時に、「“デル・ハガラース”」と“呪文”を“詠唱”し、次は“魔法”で飛んで躱す。フワリフワリと、まるで綿埃を追い掛けさせているかの様に想わせる。

 そして時折、蜂が刺すかの様にして攻撃“呪文”を放って来るのである。

 ブワッと空気が歪み、才人を襲う。

 “エア・ハンマー”。

 咄嗟にデルフリンガーを構えるのだが、不意を突かれてしまったためにデルフリンガーでも吸い込む事が出来ず、モロに喰らってしまい、才人は吹っ飛ばされてしまう。

「くっ……」

 然し、加減でもして居るのだろう、大した威力では無いと云えるだろう。

 其れと同時に、タバサ自身も決定打に欠けて居るのだろう、才人の“ガンダールヴ”としてのスピードが相手では躱すだけでも大変だと云った様子だ。

 “詠唱”の余裕が無いからか強力な“呪文”が使え無いのか。自然、氷の矢や、空気の刃が1から2本繰り出されるだけである。

 然し、タバサも速い。

 小さく、軽い分、其の動きは以前才人が戦ったワルドよりも速いと云えるだろう。

「彼奴はあれだ。暗殺者(アサシン)の動きだね」

 デルフリンガーが感想を漏らした。

暗殺者(アサシン)?」

「ああ。“サーヴァント”とは違う、言葉通りのな。真正面から戦う事を避け、相手の隙を突いて一瞬で勝負を着けて来たんだろうさ。あの娘、一発一発は大して強くねえよ。手数とスピードは並じゃねえがな」

「……の割には、強えじゃねえか!」

「相棒の心が震えてねえからだ」

「そりゃそうだよ! 何で俺があいつと……なあ、セイヴァー! 手伝って呉れ!」

 才人は、(理由が全く理解らない侭、タバサと戦う事は出来ない)といった気持ちからだろう、いつもの半分の力も出せていないのだ。

 また、“使い魔”として、“サーヴァント”としての本来の力も発揮出来ていなかった。“マスター”であるルイズは心神喪失といった体であり、上手に“魔力供給”がなされていない。そして何より、今の才人は“サーヴァント”としては未熟であり、その力は“幻霊”のそれに等しいか、それ未満といった所だからだ。

 気が付けば、才人は防戦一方に追い詰められてしまっていた。否……縦しんば“ガンダールヴ”の力がフルに発揮出来たとしても、才人はタバサを本気で攻撃する事は出来ないだろう。今だって精々、“杖”を斬り落とそうとする剣戟を繰り出すのみであり、やはり才人はそういう性格で在った。

 タバサの方に対しては、見事だと言うべきだろう。“サーヴァント”を相手にし、回避及び防戦一方とまで行く事もなく、当てる事は出来ずとも躱し乍らも攻撃を繰り出しているのだから。

 何度かの攻防が続き……。

 才人はタバサと、15“メイル”の距離を挟んで対峙した。

 今の才人の実力的に、ギリギリの間合いだといえるだろう。

 一瞬で才人が跳び込める距離よりも、少し離れてしまっているのだ。

 此の侭跳び込んでも、タバサは避ける事の出来る距離……。

 だが、それは才人にしても同じだといえるだろう。タバサはどの様な“呪文”を放って来たとしても……この距離が在れば対処出来るだろう自信が才人には有った。

「おい! そろそろ理由を言わねえと……」

 其の時……。

 頭の中で響く様な、“何を手古摺っているの?”、と云った女性の声が、上空から聞こ得て来た。

 先程目にした“ガーゴイル”が、背中に少女を背負って旋回しているのだ。

 月明かりに、桃色の髪が光る。

「――ルイズ!?」

「ルイズ!」

 才人とシオンは驚愕と戸惑いの声を上げる。

 ルイズは、“ガーゴイル”の背に、身体を預ける様にして気を失っている様子である。

 才人は思わず真下に駆け寄ろうとするのだが……その前にタバサが立ち塞がる。

「御前……退け!」

 タバサは、普段と変わら無い様な感情の窺い辛い目で才人を睨む。

「退く訳ないじゃない。この娘は、“北花壇騎士”。私達の忠実なる番犬だもの」

 空を飛び旋回する“ガーゴイル”から、“ミョズニトニルン”の声が発せられる。

「番犬?」

「見ものだねえ。シュヴァリエ対シュヴァリエ。私の主人が小躍りして喜びそうな組合わせだよ」

 律儀にも、才人の言葉に、シェフィールドは答える。その声は、やはり愉しそうに上擦って居る様に想わせる。

 タバサは中腰に成って“杖”を構えた。

 ズッシリと……。

 其の周りの空気が、急に重くなったかの様に感じさせる。

 “精神力”がオーラとなって、タバサの周りに陽炎の様に漂う。月明かりに照らされ、そのオーラは妖しく蠢いた。

 青い。

 タバサの力が、具現化したオーラだといえるだろう。

 才人は唾を呑み込んだ。

 タバサから発せられて居るそれは、伊達ではない事が肌で判る。

「おいタバサ。ルイズがいる以上、こっちも本気だ」

「…………」

「御前は強いから、手加減出来ねえ」

 タバサは“呪文”を唱え始めた。

「ねえ“ガンダールヴ”。本気を出さなきゃ、あんたが殺られるよ。理解ってるのかい? そうしたら、あんたの大事な主人を救ける事なんて出来ないよ」

「退け! 退いて呉れよ!」

 そう才人は怒鳴るのだが……タバサは“呪文”を唱え続けるだけである。

「“ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース”」

 同時にタバサは、“詠唱”に合わせて“杖”を回転させた。

 彼女の身体の周りを、大蛇の様に巨大な氷の槍が回り始める。

 “杖”に導かれる様にして……氷の槍は回転した。

 回転する内に膨らみ……太く、鋭く。青い輝きを増して行く。

 デルフリンガーが呟いた。

「“ジャベリン”だ。威力は十分だな。喰らうなよ相棒」

「おいタバサ! 俺はルイズを救けるためなら御前を殺すぞ! 理解ってんのか!?」

 “ガーゴイル”を介してのシェフィールドの言葉が響く。

「それはこの娘も同じだよ」

「遣れ! 相棒!」

 才人は諦めた様に首を横に振ると、跳躍した。

 同時に、タバサも“杖”を振り下ろす。

 “杖”を伝って、“氷の槍(ジャベリン)”が才人目掛けて飛ぶ。

 剣と、氷の槍が交差する。

 斬り裂かれ、“ジャベリン”が粉々に砕け散る。

 戦闘中で在るが、その砕けた“ジャベリン”の破片が反射する月の明かりは幻想的で在るといえるだろう。

 キラキラ光る氷の破片が、割れたガラスの様に才人を襲う。

「ちッ!」

 氷の破片の隙間、タバサがもう1本を発射すべく“杖”を振り翳すのが見えた。

「1本目は囮か!」

 デルフリンガーが叫んだ。

 タバサは同時に2本、槍を作り上げていたのである。

「うぉおおおおおおおお!」

 絶叫と共に才人の左手甲の“ルーン”が光る。

 一瞬で駆け寄り、タバサを突き飛ばした。

 其の小さな身体に馬乗りになって、才人はデルフリンガーを振り被る。

 然し、タバサは“杖”を離さない。

「“杖”を捨てろ!」

 デルフリンガーを突き立てる格好で振り上げた侭、才人は叫ぶ様に言った。

 タバサはジッと才人を見詰めた。

 其の瞳は……何処までも冷たさを感じさせる。何の感情も、窺わさせ無いための氷の壁であるだろう。

 ただ、敵を倒す。

 其処に居るから。

 それだけが、其の瞳から才人は読み取る事が出来た。

 タバサの“杖”には、大きな“氷の槍(ジャベリン)”が絡み付いて居る。

 タバサが“杖”を振り下ろすだけで……槍は解放され、才人の身体を意図も容易く貫くだろう。

 タバサは何の躊躇いもないと云った様子で“杖”を振った。

「止めろ!」

 才人は絶叫して、デルフリンガーを振り下ろした。

 “氷の槍(ジャベリン)”が発動され、才人とタバサを、バフンッ! と水蒸気が包み込んだ。

 

 

 

「で、貴男は其処で立って居るだけかしら? “オルタネーター”の“サーヴァント”さん」

「俺は“サーヴァント”だ。主の命令を受けて動く」

 才人とタバサが打つかる中、“ガーゴイル”から発せられるシェフィールドの言葉に、俺は静かに答える。

『セイヴァー』

『理解って居る。だが、未だだ。近くに“サーヴァント”が居る。“アヴェンジャー”がな……』

 

 

 

 タバサは呆然として才人を見詰めた。

 才人が手にして居るデルフリンガーの剣先は、タバサの顔の横に突き立てられていたのである。

 タバサの“氷の槍(ジャベリン)”が青白く光り……才人の脇腹に刺さっている。赤い血が才人の口から溢れ……ポタポタとタバサの頬に当たる。

 白い、雪原の様なタバサの頬が、赤く染められて行く。

「……どうして?」

 微動だにせずに、タバサは才人へと尋ねた。

 才人はタバサを串刺しに出来たのだが……。

 然し、才人は其の剣の切っ先を態と外したのである。

「理解んねえ……思わず外してた。情けねえ……ルイズを守らなくちゃならねえのに、何で敵に情けを掛けたんだ……俺……」

 苦しそうな様子で才人は呟く。

「でもよ……俺達を何度も助けて呉れた御前を殺せる訳がねえもんなぁ……」

「…………」

「自分の大事な人を守る為だからって……そんな奴を犠牲に出来るかよ……」

 才人の其の言葉に、タバサの目が大きく見開かれた。

 俺はそんな才人の言葉に、同意し、ポツリと呟いた。

「情けなくなどあるものか。御前の言う事は尤もだ。そして……やはり、御前は守る者で在るのだな、才人」

 次いで……タバサの透明な碧眼の奥に液体が溢れた。目の縁にその液体は溢れ……頬を伝った。

「どうしたの? 泣いたりなんかして。御前の任務は終わってないわ。早く止めを刺しなさい」

「無粋だな。少しは口を閉じてみたらどうだ? シェフィールド」

「何ですって?」

 俺の言葉に、シェフィールドは怒りの込めった声で言葉を返して来る。

 タバサは跳ね起きると、転んだ才人を“ウィンド・ブレイク”で吹き飛ばした。

「いだッ!」

 転がった才人は立ち上がろうとしたが……脇腹が痛んで身体が痺れ、動くに動けない様子で在る。

「シャルロット」

 俺の呼び掛けに、タバサは驚きで目を見開き、それから首肯いた。

 そして、続け様にタバサは“杖”を振る。

 ゴウッ! と唸りを上げ、タバサの周りを激しく回転する風が包んだ。

 才人が、(あの綺麗な雪の欠片で殺られんのか……)と呆然としていると……。

 タバサは“杖”を才人にではなく、“ガーゴイル”目掛けて振った。

 雪片の混じった風が猛烈な勢いで襲い掛かり、“ガーゴイル”の羽を切り裂き、地面へと叩き落とした。

 同時にルイズが投げ出されてしまう。

 タバサは才人の方を振り向いて言った。

「止め――」

 才人は痛む脇腹を押さえ付け、飛び立とう藻掻く“ガーゴイル”にデルフリンガーを突き立てる。

「おや……“北花壇騎士”殿。飼い犬が主人に歯向かおうというの?」

 タバサは“杖”を構えた。

「……勘違いしないで。貴方達に忠誠を誓った事など1度もない」

 タバサは、“ガーゴイル”を睨み付け、毅然とした様子を見せ、小さな声で言い放った。

「貴女の裏切りは報告するわ。其れに、獲物はきちんと頂いて行くわよ」

 そうシェフィールドが言った瞬間……。

 上空から巨大な影が降って来た。

 羽の差し渡しは30“メイル”はあろうかという……巨大な“ガーゴイル”。先程のより何倍も大きい“ガーゴイル”である。

 そして……。

「“アヴェンジャー”、か……」

 “ガーゴイル”と同じ形、同じ大きさをした“アヴェンジャー”が降り立ち、俺達へと敵意や殺意を込めた視線を向けて来る。

 大きさや形は“ガーゴイル”のそれと変わらないが、黒い靄が“アヴェンジャー”の身を包んで居る。

「で、でけえ!」

 才人が驚きの声を上げるのと同時に、倒れたルイズを、“ガーゴイル”が掴み、一気に上昇する。

 其の巨大なガーゴイルが羽撃いただけで、才人とタバサとシオンは吹き飛び、地面に叩き付けられてしまう。

「セイヴァー!」

「“御前が望む成ら、それに応えるべきだろう”」

 シオンの呼び掛けに、俺は静かに応え、槍を“投影”し、“アヴェンジャー”へと向き直る。

 起き上がったタバサは口笛を吹いた。

 シルフィードが唸りを上げて飛んで来て、タバサの前に着地する。

 ヒラリと跨り、タバサは俺達を促す。

「乗って」

 才人は脇腹を押さえ乍ら、シルフィードの背に攀じ登る。

 タバサが手を差し出し、其れを手伝った。

「御前達は、“ガーゴイル”を追え」

「追って」

 俺の言葉に首肯き、短くタバサが命令をする。

 シルフィードは、きゅい! と一声鳴いて飛び上がった。

「“復讐者”の“サーヴァント”――“アヴェンジャー”……」

 “ガーゴイル”の爪に似せたそれを勢い良く振り下ろして来る“アヴェンジャー”に対し、俺は“投影”した槍で受け止め、往なす。

 其の儘、“カルナ”の“宝具”を1つ、また1つと使用し“真名解放”する。

「“武器など前座。真の英雄は眼で殺す”」

 “梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”。

 “ブラフマー神”の名を唱える事で敵を追尾して絶対に命中するが、呪いに因り実力が自分以上の相手には使用出来無い縛りのある“宝具”だ。

 その一撃は目から、 “魔力”を伴って眼力がレーザーの様に放たれ、“アヴェンジャー”の身体を撃ち貫く。

 が、諸に喰らいはしてもなお、“アヴェンジャー”は健在で在り、此方へと攻撃を仕掛けて来る。

 俺は、“アヴェンジャー”を勢い良く突き飛ばし、“魔法学院”から、シオンからすると、一瞬で俺達が点に見える場所へと移動する。

「“神々の王の慈悲を知れ。絶滅とはこれ、この一刺し。インドラよ、刮目しろ。焼き尽くせ、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!”」

 “日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)”。

 雷光で出来た必滅の槍。“黄金の鎧”と引換に顕現し、絶大な防御力の代わりに強力な"対神"性能の槍を装備する“宝具”だ。桁外れの火力で、“神獣や盾、城等の物理的なモノは無論結界等も含め、汎ゆる存在という概念を焼灼する”だろう究極の力の1つ。

 鎧と羽を消失させ出て来たその槍の先端に集めた雷を突きと共に開放。凄まじいエネルギーの奔流で敵で在る“アヴェンジャー”を貫く。

 周囲は、膨大な熱量により、マグマ化してしまう。

 その熱量にすらも耐える“アヴェンジャー”に、俺は何故か賞賛の言葉が喉元まで出て来た。

 其処で漸く、“アヴェンジャー”は“霊体化”して退いた。

 

 

 

 才人とタバサはシルフィードの背に乗って、巨大“ガーゴイル”を追い掛けた。

 “ミョズニトニルン”は何処かで“ガーゴイル”達を操って居るのだろう……その背中には当然姿は見えない。

「なあタバサ。教えて呉れ。どうして俺を襲った? あいつ等は何者なんだ?」

 タバサは真っ直ぐに前を見詰め……呟いた。

「後で話す」

「理解った」

 才人は首肯いた。

 確かに、才人にとってもタバサにとっても今は理由を聴いている場合ではないのだ。

 羽撃く“ガーゴイル”の飛行速度はそれ程速くはない。

 タバサのシルフィードは難無く追い付く事が出来た。

 月明かりに浮かぶその凶悪な姿が浮き彫りになった。

 才人は何時しか、食堂で聞いた噂を想い出す。

 “竜騎士”が“トリスタニア”上空で目撃したという、巨大な羽……。

 怪鳥と見紛えた、その姿……。

 羽の差し渡しが150“メイル”と云うのは大袈裟かもしれないが……暗闇で恐怖と共に大きさも倍化して見えたのだろう。

「もっと近付いて呉れ! あとは俺が何とかする!」

 タバサは首肯くと、シルフィードに命令をした。

「近付いて」

 きゅい、とシルフィードが一声鳴いた時……。

 空に小さな黒い点が、ポツポツと現れ始めた。

「な、何だありゃ……?」

 其れは、“ガーゴイル”で在った、

 まるで鴉の群れで在るかの様に、空を圧する数の“ガーゴイル”が押し寄せて来たのであった。

 “魔法”で動く“ガーゴイル”は、その目を黄色に光らせ、シルフィードに纏わり付き始めた。

「くそっ!」

 その数大凡数百匹。

 ルイズを運ぶ巨大な一体に近付けさせまいとして、シルフィードへと大きな爪と牙で攻撃するのだ。

「きゅいきゅい!」

 シルフィードが怯えた声を上げた。

 タバサが1度、“ウインディ・アイシクル”を唱えたのだが……1匹を落とす事に成功しただけで在った。先程の才人との戦闘に因るモノだろう、“精神力”が打ち止めの様で在る。

 才人は歯噛みした。

 飛び道具を持た無い“ガンダールヴ”はこの様な場合では、無力としかいえないのだから。

「畜生……何が“ガンダールヴ”だよ! 道具がなくっちゃ何にも出来ねえじゃねえかよ!」

 騎士だシュヴァリエだ、と浮かれて居た己を、才人は恥じた。

 その時……タバサが小さく才人に告げた。

「上」

 才人が見上げると……其処に広がっていたのは……巨大な影であった。

「な、何だありゃ……?」

 まさに巨大……としか形容出来ないだろう、黒い羽が飛んでいたのである。

 羽を広げた悪魔の様な其の姿……。

 シュシュシュシュシュシュ……と独特の音が響く。

 “竜騎士”の報告は間違ってなど居なかったのである。

 其の全幅は150“メイル”以上だろう。

「あんなでっかい奴……本当にいたのかよ!」

 この“ガーゴイル”の群れに、ルイズを抱えた大きな“ガーゴイル”。

 それの5倍は在るだろう、超巨大な影……。

 そんな連中を相手にするのは、どう考えても無謀であろう。

 死にたくなかったら、此処から逃げ出す他無いだろうといった状況だ。

 タバサは其れでもシルフィードを引き換えさせようとはしない。それどころか攻撃を躱すのを止め、水平飛行にシルフィードを移させたのである。

「おいタバサ! 無茶だ!」

 タバサは真っ直ぐにルイズを握った“ガーゴイル”を見詰めて居る。

 “ガーゴイル”がそんなシルフィードの翼を切り裂こうとして、正面から突っ込んで来た。

 その数は7匹。

 才人が対処出来る数を超えて居た。

「逃げろタバサ! 御前まで死ぬぞ!」

「私は貴女に救けられた」

「え?」

「この命は、貴男に捧げる」

 才人は、(俺はタバサまで犠牲にしようっていうのかよ)と己の無力さに歯噛みした。

「畜生!」

 走馬灯の様に、ルイズの顔や、シエスタの顔、そしてコルベールの顔が才人の脳裏を過った。

 才人は、(何が先生の遺思を継ぐだよ!? 何が俺に出来る事はねえか? だよ!? 俺は好きな女1人……守れてねえじゃねえか!)と唇を強く噛んだ。

「先生! 俺、先生が遣ろうとした事の、半分も……10分の1も出来ねえよ!」

 才人は空に向かって絶叫した。

 正面から近付く7体の“ガーゴイル”……。

 交差した瞬間に、タバサは、シルフィードは、才人は……あの大きな爪と牙で切り裂かれてしまうだろう。

 才人が、(一体でも叩き落として遣る)、と想ったその瞬間……。

 それは……荒れ狂う“炎”で在った。

 畝る蛇の様に伸びて、才人達に襲い掛らんとする“ガーゴイル”達に絡み付き……燃やし尽くす。

 才人とタバサは、ハッとして上を見上げる。

「どうして?」

「味方……?」

 声が響いた。

「“10分の1も出来無い”。それがどうしたね?」

 上空からその声は響いて来て居る。

 拡声器か何かを通したかの様な、妙なエコーが掛かっている声だ。

 而も、聞き覚えの有る声で在った。

 研究室で、教室で、中庭で……何度も聞いたあの声。

「先生?」

 才人は呟いた。それから、(幻聴だ。だって、先生は死んだ筈だ。切羽詰まって、在りもしない声を聞いてるだけだ)、と自身の考えを否定する様に首を横に振る。

 “ガーゴイル”の攻撃は続いており、再びシルフィードは必死になって攻撃を躱し始めた。

 こうなるとタバサも才人もしがみ付いて居るだけで精一杯と云えるだろう。反撃何て、出来やしないのだ。

「君は私じゃないだろう。恥じる事じゃない」

 再び声が響いた。

 才人は顔を上げ、絶叫した。

「先生!」

 聞き間違え様のない、コルベールの声で在った。

 歓喜と驚きが、心に広がって行く事を、才人は感じ取った。

 ぐおんぐおんぐおん……と、空が鳴った。

 シュシュシュシュシュシュ……と音が大きくなって行く。

 超巨大な影はユックリと降下して、“ガーゴイル”に襲われている才人達へと近付く。

 才人は口をあんぐりと開けた。

 悪魔の様に、怪鳥の様に見えたのは……巨大な翼で在ったのだ。

 そう。

 其れはまさに翼で在った。差し渡しは、150“メイル”は在ろうかという巨大な翼で在った。翼の後ろには、巨大なプロペラが幾つか回って居るのが見える。

 二等辺三角形の形をした翼に、推進式のプロペラが沢山付いた飛行物体……。

 大きな怪鳥と見間違えたモノの正体は其れで在ったのだ。

 其のプロペラを見た時……才人の期待は確信へと変わった。

「生きて……」

 次に、久し振りの妙に色気を含んだ女の声が響いた。

「貴方達、何をしているの? 随分と楽しそうじゃない。いつの間に“ガーゴイル”の御友達が出来た訳?」

 その声でタバサが顔を上げた。

「こっそり“学院”に到着して、この“オストラント(東方)号”を披露して驚かせようと想ってたのに。こないだ航法を間違えて、“トリスタニア”に着いちゃった時には慌てて引き返したわ」

「キュルケ!」

 果たしてそれは、“ゲルマニア”にコルベールを連れて行って以来、“学院”に姿を見せなかったキュルケの声で在った。

 次にコルベールの声が響いた。

「兎に角……何だ、“空飛ぶヘビ君”が行くから注意しなさい」

 才人はタバサに怒鳴った。

「急降下しろ!」

 タバサは首肯いた。

 シルフィードが頭を下げ、一気に下に逃げた。

 ばらっ、ばらばらららららッ! と大量の筒が、“オストラント号”の船底から散蒔かれた。

 落下しつつ在る筒の後ろから、発火炎が瞬いた。

 次いで、しゅぼッ! と何時か“アルビオン”で“竜騎士”に追い掛けられた時に聞いた音が、才人達の上空から響く。

 夜空に広がる花火の様に、コルベールの“空飛ぶヘビ君”が一斉に点火する。

 “空飛ぶヘビ君”の先端には、“ディテクトマジック”を発信する“魔法”装置が備え付けられて居る。

 “ガーゴイル”に、其の“魔法”装置は激しく反応し、鋭い勢いで迫って行く。

 “空飛ぶヘビ君”は、“ガーゴイル”の至近距離で爆発して破片を散蒔き、“ガーゴイル”を見事粉々に打ち砕いてみせたのである。

 逃れようも無く、“ガーゴイル”は1匹1匹と落とされて行く。

 タバサの魔力に反応して、1本が飛んで来てしまった。

 才人はシルフィードの上からと湯役すると、その1本を斬り裂く。

 何時しか脇腹の痛みも感じ無い様になっていた。

 コルベールが生きて居た。

 認めて呉れた人が……生きていた。

 何度も助けて呉れた人が生きていた。

 そしてまた……助けて呉れようとしている。

 其の事実が、才人に勇気を与えるので在った。

「俺は1人じゃねえ」

 左手甲の“ルーン”が輝いた。

 爆発を利用して、左手でデルフリンガーを握った侭、1本の“空飛ぶヘビ君”を才人は空中でキャッチした。

 才人の身長程もあるそれにしがみ付き、ルイズを握った“ガーゴイル”へと、強引に機首を向かせる。其の“ガーゴイル”を捉え、猛進する。

 “空飛ぶヘビ君”の上、才人はサーフボードの上にでもしゃがむ様な姿勢を取った。

 猛烈なスピードで“ガーゴイル”へと近付く。

 タイミングを計る。

 才人は、激突の1秒程前に、“空飛ぶヘビ君”の上から飛び跳ね、ルイズを握る“ガーゴイル”の腕を斬り裂いた。其の侭空中でルイズをキャッチする。

 粗同時に、後方で“空飛ぶヘビ君”が爆発して、腕を斬り落とされた“ガーゴイル”を粉々にした。

 爆風に持ち上げられたが……才人はルイズを離さなかった。

 破片が身体に食い込んだので在ろう、才人の身体に激痛が奔る。

 其れでも才人はルイズを離さない。

 爆風で頂点に達した才人は、重力と引力に引かれて落下した。

 ルイズの目には、涙の痕が残って居る。

 それを見詰めると才人は胸が締め付けられる想いがするのであった。

 “ガーゴイル”を介して掛けられて居た“魔法”の催眠が解けたのだろう……ルイズの其の目がパチクリと開く。

「よ、よぉ」

 と才人が言った。

「離して!」

 ルイズは暴れ出した。

「ば、馬鹿! 今俺達落下中なんだよ! 暴れんなよ!」

「そんなの知らない! 良いから離して! あんた何か大っ嫌い! 死んじゃえば良いんだわ! 姫様もあんたも大っ嫌い! 2人して私を騙して! 絶対に赦さないんだから!」

「だからあれは成り行きで……」

 才人が必死に宥めようとするのだが、ルイズは泣き喚くばかりであり手が付けられない。

 というよりも此の侭では離してしまいそうになる。落っこちる時にバラバラでは都合が宜しくないだろう。

 才人は、何とか宥めようと必死になった。

「嫌い! 離して! もうやだ!」

 泣き喚くルイズを見て……言葉はもう通じ無いと才人は判断した。

 悩んでいてもどう仕様も無い事もあり、才人は真っ直ぐにルイズを見詰めて言った。

「俺は御前だけだ。ルイズ」

「嘘吐き! 信じない! 大っ嫌い!」

 増々ルイズは暴れ狂う。

 才人は暴れるルイズを強く抱き締めた。

 ジタバタと藻掻くルイズの唇に、才人は自身のそれを押し当てた。

 ルイズは暫く暴れていたのだが……その内、んぐ……と呟いて大人しくなった。

 だが、この侭では落っこちてしまうと死ぬな……とやっと其処で才人とルイズの頭の回転が戻った時、ぶおん! と唸りが響いてタバサのシルフィードが2人を掬い上げる。

 だが未だ安心出来る筈も無い状況であり、残った“ガーゴイル”が滞空している。どうにか倒す事が出来たのはたかだか数十匹程度で在るのだから。

 其処に、残った全ての“ガーゴイル”を膨大な熱量を誇る熱線が呑み込み、蒸発させた。

「セイヴァー、か……」

 もう驚く事もなくなった才人は、攻撃が放たれた方向で在る後ろを見て呟いた。

 グシグシと泣き喚くルイズを抱き締め、才人が上空を見上げると……月明かりの中、堂々と空を行く、コルベールとキュルケが乗っている“オストラント号”が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝……。

 “魔法学院”から離れた草原に停泊して居る“オストラント号”を、集まった“魔法学院”の生徒や教師達が、遠巻きにして見詰めていた。

 見るからに巨大な“フネ”で在る。

 翼の差し渡しは、大凡150“メイル”。船体部分は“ハルケギニア”で今現在使われて居る“フネ”と形は同じであるのだが、後ろに取り付けられら巨大なプロペラが、巨大な翼と相まって、異様な雰囲気をその“フネ”に与えていると云えるだろう。プロペラは左右に伸びた翼に、1つずつ付けられている。

「合計3つの回転する羽が、此の“フネ”の帆走の数倍に達する推進力を与えるのです。あの回転する羽を動かす動力は……石炭によって熱せられた水により発生する水蒸気の圧力で得ています。“水蒸気機関”と私は呼んでおります。あの“竜の羽衣”に取り付けられた動力装置と、似た様な設計です」

 コルベールは隣に立ったオスマンへと説明をした。

「凄い“フネ”じゃな……どうしてあの様子に巨大な翼を取り付けたのじゃ?」

「東へ行くためです。長い航続距離を稼ぐためには……何としてでも“風石”の消費を抑えねばなりません。あの巨大な翼で“フネ”を浮かす浮力を稼ぐのです。滑空して飛翔する、“アルバトロス”や“オスカー”などと原理は同じです」

 オスマンは白くなった髭を擦り上げた。

「いや見事じゃ。軍艦に応用したら、どれだけの空軍力が編成出来るか……」

「私はこれを軍艦にする積りは有りません。飽く迄これは探検船なのです。身を守るための武装は施してありますが……“王軍”に引き渡す積りは有りません。此の“フネ”の建造費はミス・ツェルプストーの家から出て居りますし、船籍は飽く迄“ゲルマニア”に所属します。“トリステイン”政府が この“フネ”を検分する事は、外交問題になりますでしょう。まぁ、どちらにしろ……私や、サイト君とセイヴァー君以外の者にこの“フネ”を動かす事は適わぬでしょう」

 オスマンは満足気に首肯いた。

「それならば、儂が言う事は何もない。己の信じる侭に、進路を決めなさい。“炎蛇”よ」

 コルベールは笑顔を浮かべて首肯いた。

 

 

 

 其の遣り取りを、少しばかり離れた所で見守る生徒達が居た。

 キュルケ、ギーシュ、モンモランシー、そして才人で在る。

 モンモランシーが、気の抜けた声で呟く。

「あの先生、生きてたのね……と言うかあんた、どうして“死んだ”なんて嘘吐いたのよ?」

 キュルケが、得意げに髪を掻き上げて答える。

「だって……あの怖い“銃士隊”の御姉さんを騙さなくちゃ行けなかったでしょ? あの侭じゃ、私のジャンは殺されてたわ」

「“私のジャン”ってどういう事?」

「嫌だわ。彼の名前じゃ成いの」

 恥ずかしそうに、身をクネラせてキュルケが呟いた。

「はぁ? 彼の名前?」

「そうよ、素敵な名前……」

 ウットリとした声と調子でキュルケが言った。

 その様子で、キュルケの想いに気付いたモンモランシーは、呆れた調子で尋ねた。

「あんた……まさか……」

「そのまさかなの。だって私のジャンってば、あんなに強いし、その力を衒したりしないし、物知りだし、終いにはあんな凄い“フネ”まで造っちゃうんだもの!」

 モンモランシーは、(どうやらあの“フネ”を造る金は、キュルケが出したみたいね。と言うかキュルケの家よね。“ゲルマニア”のツェルプストー御家は、金持ちで有名だし、まあ造作も無いだろうけど……全く恋とはいうのは恐ろしいものね)と想った。

「年の差なんか、あたしには何の障壁にもならないわね」

「頭薄くない?」

「太陽の様だわ。情熱の象徴ね!」

 その時、コルベールがキュルケを呼んだ。

「ミス・ツェルプストー!」

「はーい! って言うかキュルケって御呼びになって! と何度言ったらそうして呉れるの!? 嫌だわ! 私のジャン!」

 まるでスキップでも踏みかねない勢いで、キュルケはその側に飛んで行く。

 抱き着かれ、コルベールは困った様に顔を顰めた。

 モンモランシーがボソリと呟いた。

「まぁ、収まるべき所に収まったのかしらね」

 ギーシュが、そんなモンモランシーの肩に手を伸ばす。

「良く理解らんが……僕等も収まる所に収まろうかね……あいで」

 ギーシュは、モンモランシーに手の甲を抓まれ、眉を顰めた。

「痛いじゃないかね!」

「あんた、サイト達が大変な事になってた時、何してたの?」

「いやぁ、舞踏会で……」

「騎士隊作ったんなら! ちゃんと働きなさいよ! 隊長でしょ! あんた!」

 ギャンギャンと怒鳴られ、ギーシュはショボンと肩を落とした。

 

 

 

 その頃ルイズは……自分の部屋でアンリエッタと向かい合っていた。

 アンリエッタはルイズを襲った連中についての聴き込みを行っていたのである。

 然し当然の事だが、詳しい事は判らなかった。

 判明したのは、どうやら再び“ミョズニトニルン”で在り、“キャスター”でも在る女性が相手だったという事くらいだろう。

 後で才人を呼び、その後にシオンを、そのまた後にセイヴァーを呼んで、再び事情を訊く事になっていたのだが。

「私の軽挙で……貴女をまた危険に晒してしまいましたね……申し訳有りません」

「いえ……別に姫様が原因では……」

 ルイズもまた気不味そうに答えた。

 2人は顔を見合わせて、押し黙った。

 気になって頭が一杯の事を、ルイズはアンリエッタに訊ねようとした。

 然し……言葉が出て来無い。

 それをアンリエッタに訊ねるという事は……ルイズとアンリエッタの関係に罅が入る事を意味していると、ルイズは理解していたのだ。

 ルイズは悩んだ。

 訊ねる可き否か、と。

 否……答えは既に出ているといえるだろう。

 例え、幼い頃からの友情が壊れようとも、確かめなければならないと、ルイズは結論付けたのである。

 足りないのは、一歩を踏み出す勇気だけであった。

「姫様に、伺いたい事が御座います」

「な、何でしょう?」

「舞踏会での姫様の行為は、本心からのモノなのですか?」

 アンリエッタは、悲しそうに首を振った。

「もしそれが本当なら……どうなさると言うの?」

 ルイズは暫く悩んで居たが……。

「判りません」

 と、ルイズもまた正直に言った。

 アンリエッタは悩み始める。遠くを見て、切無げに爪などを噛んでいる。

 そんなアンリエッタの、此方の様子を慮る事が全くないといえる態度で、ルイズは気付いた。

 どうやらこの御姫様は……ルイズの気持ちになど全く気付いて居ない様子であるのだ。

 御友達と何とか言う割には、何も見えない人なのだろうか。それとも、今はただ、自分の事だけで精一杯なのか。

 ルイズは怒るというよりも、呆れてしまった。

 仕方がない事なのだろう。彼女は本当の御姫様なのだ。他人の気持ちを推し量る事など、全くして来なかった人なのだ。いたとしても、それは稀少な人間だろう。怒たって仕方がないと云える。

 何せ、ルイズも昔はそうだったのだから。

「どうしたの? 何が可笑しいの? ルイズ。私、また何か可笑しな事を……」

 アンリエッタはオロオロとしている。

 苦笑し乍ら、ルイズは言った。

「いえ……姫様は純粋なだけですわ。時にその純粋さが、どうにも周りの人間には納得出来ない事として見える事があるのです」

 そう……とアンリエッタはショボンと肩を落とした。

 アンリエッタも詰まりは人間なのである。

 詰まらぬ事で悩んだり……弱かったり、少しの事で傷付いたり……恋したり……そんな何処にでもいるだろうといえる女の子の1人であるのだ。

 今までルイズはアンリエッタのする事は絶対だと想って居た。正しいと頭から信じて居た。だが、そうではないのである。アンリエッタも当然間違える。恋をする。そして時には……対象を奪い合う事もあるのだろう。

 そう想う事で……初めてといった具合に、ルイズは、アンリエッタと理解り合う事が出来るような、そんな気がした。

「良いですわ。姫様の気持ちは姫様の気持ち。そっと大事に仕舞っておいて下さいませ。それを出すのも、ずっと鍵を掛けておくのも、姫様の自由ですわ。私がとやかく言う事ではありなせん」

「理解らないの。私……しれが、何なのか。ホントかどうなのか……」

 そんな風に迷うアンリエッタは、ルイズには幼い子供の様に見えた。

 ルイズはアンリエッタに一礼した。

「ルイズ?」

「失礼を御赦し下さい」

 呆気に取られるアンリエッタの左頬を、ルイズは真顔で張った。

 ぱぁーーーん! と乾いた良い音が、部屋に響く。

「あ、貴女……?」

 次いで、呆然とするアンリエッタの右頬を同じ様に引っ叩いた。

 ぱぁーーーん!

 アンリエッタは、一瞬、何が起こったのか理解らず……ジッとルイズを見詰めた。

 アンリエッタは、生まれて此の方、人に頬を張られた経験などないのだから。

 ルイズはアンリエッタの足元に跪いた。

「大変失礼をば致しました。然し乍ら、あれは私の“使い魔”で御座います。手を御出しになるならば、相応の御覚悟を持ってお臨み下さい」

 ルイズはアンリエッタを見上げた。その目には、ありありと、怒りと独占欲が渦巻いているのが判る。

「御承知下さいますよう。次は平手では済みませんわ」

 アンリエッタは呆然と頬を撫で……其れからユックリと笑みを浮かべた。

 しゃがんで、ルイズの肩を抱く。

「そうね。“メイジ”にとって“使い魔”は大事な存在。夜空に並ぶ2つの月の様に、切っても切れぬ関係。承知致しました。貴女に対する、相応の覚悟を持って臨む事に致しますわ」

 

 

 

 もう1人の“王族”の少女は……。

 自分の部屋で、一通の手紙を広げて居た。

 署名も花押も無い、真っ更な手紙で在った。

 然し、差出人は痛い程に、彼女は理解して居た。

 其処にはタバサの行為を非難する言葉は一切書かれていない。

 ただ……シュヴァリエの称号を剥奪する旨と、“ラグドリアンの湖畔”に蟄居して居た母の身柄を押さえられた事だけが、短く、たったの2行で述べられて居た。

 タバサは読み終えたその手紙を、細かく破り……窓から放った。

 雪の様に舞い散る紙切れを見詰め……タバサは想う。

 自分の行為に後悔はしていない。

 どうせ母親は、囚われの身だったのだ。

 住む所が変わったというだけの事。

 自分の手で母は取り返す。

 其の日は遠く無い。

 いや、遠くにする積りはない。

 舞い散る手紙が風に吹かれて見えなくなった後……タバサは窓へと向かい、口笛を吹いた。

 上空からシルフィードが降りて来る。

 其の背中に飛び乗り、短く一言、タバサは呟いた。

「“ガリア”へ」

 

 

 

 キュルケを交えて、オスマンに何か説明をした後、コルベールは初めて、久し振りに才人の方を向いた。

 才人はキュッと緊張した。

 才人は、(死んだとばかり想って居た先生に出逢えて……先ず初めに一体何を話せば良いんだ? 話す事は沢山有る。“アルビオン”での戦。沢山人が死んだ事。“竜騎士”達の空中戦。“サウスゴータ”の街を占領した事。そして敗走。俺達が殿に立って、110,000を止めた事。その功あって、シュヴァリエに叙された事……)と想った。

 だが……才人の方に向かって歩いて来るコルベールを見た時、それ等は全て言葉にならなかった。ただ才人は泣かぬように涙を堪えて、グッと唇を結んだのである。

 それ程長い時間をコルベールと過ごしたという訳ではないだろう。

 だが大事な人間というモノは、過ごした時間の長さで決まる訳ではないのだから。

 此の世界で、自分を認めて呉れた、中年の男性を、才人は見詰めた。

 或る意味ルイズより……才人を理解して呉れている存在。

 “学院”で、中庭で、研究室で、出逢った時の様に気安い声でコルベールは言った。

「やあサイト君。久し振りじゃないかね。私が居ない間に、随分と苦労した様だなあ」

 何を言おうかと、才人は迷った。

 才人は、(気の利いた事を言って、自分の成長を見せたい)と想った。

 だが、そんな言葉は出て来ない。

 代わりに、才人の口からは、涙混じりの、情け無い声が出て来た。

「先生……俺……死んだとばかり想ってて……」

「死ぬものか。否、死ねるものか。私は君達に御願いした筈だ。君達の世界を見せて呉れと」

 堪えて居た涙が、才人の内からドッと溢れた。

「何で泣くのだね? 困った生徒だな! 君は! さぁ、一緒に行こうじゃないか。“オストラント(東方)”へ!」

 コルベールは才人の肩を叩いた。

 才人は喜びの涙を流した。

 喜びの涙を流し乍らも……才人の中では、疑問が巡って居た。

 再び現れたあの“ミョズニトニルン”――“キャスター”――シェフィールドの正体。

 アンリエッタは調べて呉れると言ったのだだが……才人は待ってはいられなかった。

 才人は、(何としてでも正体を突き止め、2度とこっちに手出しをしないよう、手段を講じないとな……タバサと、あの“ミョズニトニルン”は何か関係がみたいだな。気になる事が沢山在る。タバサは今、何処にいるんだろ? 後で話すと言ってけど……)、と考えた。

 そして、才人はタバサを捜すのだが、その姿は見えなかった。

 

 

 

 “学院”の紋を潜り、外に出ると……ルイズの前には驚くべき光景が広がっていた。

 大きな翼を持った“フネ”が、草原に停泊しているのである。

 マストには“ゲルマニア”……そしてルイズを始めラ・ヴァリエール家にとって憎いフォン・ツェルプストー家の旗が翻って居る。

 それを目にして、ルイズは“ゲルマニア”のツェルプストー救けられたらしい事に気付く。

 その周りでは生徒や教師達が、その“フネ”を見上げて笑い合っているのが見える。

 その中に才人の姿を見付け……ルイズは駆け寄った。

 ルイズは、「嫌だわ」、と呟いた。そして、(目立ち始めたからかしら……あの馬鹿には注目が集まっているみたいね。何せ姫様まで、気を迷わすくらいだものね。自分は何度ヤキモキしなくくちゃいけないのかしら? それより不満な事がもう1つ有ったわね。私はこれから何度も苛々するでしょうね。きっと、怒りに身を焦がす事も何度も在るでしょうね。でも、その度に……)、と其処まで考え、一息吐き、再び口を開く。

「キスで誤魔化されるのかしら?」

 それが、ルイズには不満だった。

 キスされただけで……優しく抱き締めたれただけで、(ん……まぁ、良いか)、と想ってしまう自分が赦せ無く……目一杯ヤキモキし乍ら、怒った様な表情を浮かべ、ルイズは草原に通じる坂道を下りた。

 

 

 

「久しいな、コルベール」

「ああ、久し振りだな。セイヴァー君、ミス・エルディ。セイヴァー君、良く、ミス・エルディやミス・ヴァリエール、サイト君達を守って呉れた」

 才人を宥め、コルベールは俺とシオンの方へと向かって来て、挨拶する。

 当然それに応じ、俺とシオンは礼をする。

「“オストラント号”と言ったな……」

「東へと向かうために造った“フネ”だ。どうかね?」

「ふむ、実に素晴らしい。“風石”などが在るからだろうが、“地球”とはまた別のアプローチでの飛行機の製造……」

「“地球”ではどの様にして、飛行機械を造って居るのかね?」

「その話はまた君の研究室でしよう。今は、無事再逢出来た事を喜び、そして」

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