「はふぅ」
ルイズは深い溜息を吐いた。
其の隣には、シオンがいる。
此処は、“オストラント号”の甲板で在る。
2人の眼の前では、ギーシュやマリコルヌ等を始めとする“魔法学院”の生徒達が燥いで大騒ぎしている。
其の輪の真ん中にはコルベールがいた。
以前、“学院”が“アルビオン”軍に雇われた傭兵隊に襲われた時に命を落としたとされていたのだが、実際には生きており、コッソリとキュルケが“ゲルマニア”に連れ帰っていたのである。
どうしてキュルケが其の様な事をしたのかルイズは不思議に思い、首を傾げた。
「あらルイズ、シオン。私のジャンの“フネ”はどう?」
「凄いわね」
ルイズの率直な感想を聞いて、キュルケはルイズの肩に手を回す様にしてニッコリと笑った。
ルイズは甲板から伸びた、“オストラント号”の翼を見詰めた。
本来、此処“ハルケギニア”に在る“フネ”の優に3倍は在ろうかという、長大な翼で在る。元来、“フネ”に取り付ける翼は、木材を支柱として、帆布を張るのだが、此の“フネ”は違った。強度を得るために、木材の代わりに長い鉄のパイプが使われているのである。100“メイル”にも及ぶ真っ直ぐな鉄パイプなど、今現在の“トリステイン”では造る事は出来ない。
翼の中間には巨大なプロペラが着いた機関室がでん! と載っているのだ。あれがコルベール自慢の“水蒸気機関”というモノで在る。何時ぞやの“愉快なヘビ君”を雛形にしてコルベールとツェルプストー家が造ったモノで在る。見た目は大きな煙突が2本突き出た鉄の箱で在る。石炭を燃やして熱せられた水から発生する蒸気の力で、巨大なプロペラを回転させるという機関で在るのだ。
其の2つ共が、冶金技術に優れた“ゲルマニア”の匠の技で在った。
「凄い“フネ”ね」
ルイズが短く感想を述べる。
すると。
「これ程長くて丈夫な、“フネ”の支柱に使える様な鉄剤を加工するなんて、“トリステイン”では無理! ルイズ、理解出来て? あたしのジャンの設計を、現実のモノとするためには、“ゲルマニア”の“火”の技術が必要だったのよ。“火”のツェルプストーと“炎蛇”の、まさに“運命”の出逢い! 即ち愛の結晶ね!」
得意げにキュルケは髪を掻き上げる。
教師を捕まえて、「あたしのジャン」呼ばわりをするキュルケに呆れ、ルイズは言った。
「今度は先生って訳? あんたってば、ホントのホントに見境無く惚れっぽいのね」
「素敵な殿方に惹かれるのは、本能よ。あたしは其れに忠実ってだけよ」
「何てまた、“死んだ”なんて嘘吐いて連れ帰ったのよ?」
ルイズが尋ねると、キュルケは少し寂しそうな表情を浮かべた。然し直ぐに大きな笑顔を浮かべる。
「大人に成るには色々と事情が有るのよ。ややこしい事情がね」
掌をヒラヒラと振り乍ら、キュルケはコルベールの元へと駆け寄る。
コルベールの方は、生徒達に“オストラント号”の説明をしている所で在った。
「此の大きな翼を使って浮力を得る事で、“風石”の消費を抑え、長大な航続距離を稼ぐ訳ですな……って、うわ!?」
行き成りキュルケに抱き着かれたコルベールは悲鳴を上げる。
生徒達から笑いが漏れた。其の生徒達の中には、才人がいる。何と最早、無邪気に笑っているのだ。
ルイズは、(其りゃ生きてて嬉しいのは理解るけどさ……)、と唇を尖らせた。そして、(昨日の姫様とのキス、ちゃんと説明してよね)と想った。
落下の最中、キスされて、(まぁ良っか……)などと想ったのも一瞬で在り、(やはりサイトのあの接吻は尋常の関係では無い)とルイズは想ったので在る。2人の間に、熱い空気が漂っていたのをルイズは決して見逃さなかったのだ。アンリエッタを問い詰めたら、「其の気持ち、本物かどうか判りませぬ……」などと言い放っていたので在る。(やばい。110,000を止めた御蔭で、何だか“トリステイン”の“英雄”に成りつつ在るサイトに、姫様の目を曇らせている様ね)と想った。
また、ルイズは、(そんな姫様の気持ちに対し、才人はどう何だろう? やっぱり姫様が好いのかしら?)と不安に成った。
2人のキスを、ルイズは想い出した。
アンリエッタも才人も歌劇の登場人物で在るかの様な、熱い何かを其の目に宿らせて居た様にルイズには想えたので在る。まるで、知らずに居た運命に気付いたかの様な、其の様な目で在る。
ルイズは、(あんだけ私の事“好き好き”言ってる癖に、其れってどう成のよぉ~~~~)とスッカリのぼせ上がり、ボコボコと“フネ”の舷壁を蹴り捲くった。
そんなルイズを、シオンは苦笑を浮かべて見守っている。
「御機嫌斜めですね」
見ると、御盆を持ったシエスタが立っていた。
「何であんたが此処にいるのよ?」
唸り声に近い声でルイズは言った。
シエスタは、今では才人の専属メイドで在る。今の時間は、部屋で掃除でもしている筈で在るのだが。
「集まった生徒の皆さんが、此の“フネ”の上で昼食を摂るって言うもんですから。食事を運ぶ人手が足りなくなって、私も呼ばれたんです。其れにしても凄い御船ですね。こんなに長い翼の御船、私初めて見ました」
シエスタは、昨晩ルイズが“ミョズニトニルン”に襲われたという事を知ら無い。此の“オストラント号”の事も、何故か“ゲルマニア”で生きていたコルベールが造った凄い“フネ”、くらいの認識しかしていない様子で在る。無邪気な様子で、キョロキョロと甲板やマストや翼に視線を移している。
シエスタの持っている盆の上には切ったパンにハムやら野菜やらを乗せた軽食が乗って居た。
ルイズは其れを1つ取ると、無言で頬張り始める。
シエスタは、ルイズに近付くと耳元で囁いた。
「で、ミス・ヴァリエールは舞踏会でサイトさんに見付けて貰ったんですか?」
ぐ、とルイズは食べているパンを喉に詰まらせてしまった。
そんなルイズにシエスタは目を細めて呟く。
「どぉーだったんですか? おやおやおや、其の様子を見ると、駄目だったみたいですね。と言うと、賭けは私の勝ちですね。勝ちという事は……」
シエスタは顔をパァッと輝かせた。
「1日、サイトさんを貸して頂きますからね。ミス・ヴァリエールは、“用事が出来た”と言って、御部屋を開けて下さい。だいじょぶです。そんなですね、ミス・ヴァリエールが考えている様な変な事しませんから。ただちょっと演劇の稽古をするだけですから。“メイドの午後”ってタイトルの 小説のですね。ワンシーンをですね、練習しようかなって。そういう……」
然し、ルイズは返事をしない。プルプルと震え乍ら、ただ一点を見詰めている。
「聞いてるんですか? ミス」
シエスタとシオンは、ルイズの視線を先に気付いた。そして、シエスタは目を丸くした。
「女王陛下じゃ在りませんか!」
丁度、女王アンリエッタが其の人を護衛に引き連れ、歩いて来るところで在った。
彼女は、昨晩催された“スレイプニィルの舞踏会”に出席するために、“魔法学院”に滞在していたので在る。
甲板に集まった生徒達から歓声が沸いた。
突然現れたアンリエッタを見て、コルベールが深々と頭を下げる。
「素晴らしい“フネ”ですわね。ミスタ」
「恐縮です」
そんなコルベールとアンリエッタの遣り取りを見詰め、シエスタは溜息を吐いた。
“トリステインの華”、と形容されたアンリエッタの美貌は、“貴族”の子女に混じっても、やはり異彩を放っているので在る。高貴な雰囲気がこれでもかと漂い、“平民”で在るシエスタを圧迫していた。
然し……アンリエッタはそんな中にも、何処か親しみ易さを感じさせる雰囲気を持っている。“貴族”の女性は、其の殆どが皆御高く止まっており、澄ましているかの様に見える。だが、其の頂点に君臨するアンリエッタには、余りそういったモノは感じられ無いといえるだろう。何者とも張り合う必要が無いからだといえるこそだろうか。
シオンもアンリエッタに並び立ち、其れに勝るとも劣らぬ程で在るのだが、ルイズもシエスタも、女王に成るまでの彼女のイメージが強いために、最初こそ気圧されはしたものの、直ぐにそれまで通りの態度を取る事が出来る様に成っていた。其れは、ルイズとシエスタだけでは無く、在校生と教師を含めた顔見知りの全員が、で在る。
「私、こんな御近くでアンリエッタ女王陛下を拝見するのは初めてです。故郷の家族が聞いたら、きっと羨ましがりますわ……」
然しルイズは無反応で在る。ジッと、真っ直ぐに、アンリエッタを見詰めているので在る。
シエスタは、(一体ミス・ヴァリエールはどうしたのかしら?)と首を傾げていたのだが、其の内に顔を輝かせた。想い人が、人混みを掻き分けて現れたので在る。
「サイトさん……」
果たして其れは、“
隣にはギーシュの姿も見えたのだが、シエスタの目にはもう才人しか映っていない。
ギーシュはアンリエッタの元まで来ると、優雅に一礼する。
半歩下がって後ろに立った才人もギーシュに合わせ、慣れぬ騎士の仕草で一礼した。其の“平民”上がり故の不器用さが、更にシエスタの胸をときめかせるので在った。
「陛下、馬車の支度が整いました」
ギーシュが恭しく一礼して言った。憧れの女王に直接仕える喜びからだろう、これ以上無い程に得意げな態度で在ると云えるだろう。何処と無く恥ずかしそうな才人とは対照的でるといえるだろう。
「御苦労様です」
アンリエッタは、そう言うと、労を労うかの様に右手を差し出した。
ギーシュは其の侭の姿勢で固まってしまう。
「ギーシュさん?」
「おい……」
才人が、小さくギーシュを突く。
すると、其の侭の姿勢で、ギーシュは横に倒れた。
アンリエッタが驚いて後退る。
「ど、どうなさったんですか?」
「気絶してます」
才人が切なげにそう言うと、集まった生徒達は爆笑した。
どうやらギーシュは感極まって、遂には意識を失ってしまったらしい。
「では、代わりに副隊長さんに、感謝の気持ちを伝えたいと想います」
アンリエッタが軽く緊張した声で言うと、周りにサッと緊張が奔った。才人は“シュヴァリエ”とは云え、“ハルケギニア”では元“平民”で在るのだ。此の場に居る皆は、以前、“トリスタニア”で御手を許された事は知っているだろう。だが、いざ目の当たりすると嘗ては想像すら出来なかった光景に頭がクラクラするので在る。
才人はふとアンリエッタの顔を見上げ、顔を赤らめ、僅かに伏せた。
周りの“貴族”生徒達は(女王に手を差し出され、緊張しているのだろう)と考えたが、シエスタの目にはそう映らなかった。目を細め、アンリエッタと才人の顔を交互に見詰める。
「……え?」
シエスタの口から、驚きの呻きが漏れた。流石は恋する娘だといえ、一瞬、アンリエッタの目の中に光った熱い何かを見逃す事は全く無かった。
「そ、そんな、まさか……」
シエスタは、(ありえない)と想い乍らルイズの方を向いた。
此方は此方で、大変な事に成っていた。
ルイズは、拳をギュッと握り締め、俯き、直立不動で何やらブツブツと呟いているので在る。
シオンは、そんなルイズの様子、アンリエッタの様子、才人の様子を目にし、合点が行ったと云う表情を浮かべた。
「ミス? ミス?」
シエスタは慌ててルイズを揺さ振った。
ブツブツとルイズの口からは、まるで呪詛の様な言葉が漏れ続けている。
「犬の癖に犬の癖に犬の癖に何考えてんの其れ在り得無いから恐れ多いったらありゃし成いと言うか姫様も姫様だわ節操無いったらありゃし成い本気じゃ成いの巫山戯てるわ何が此の気持ちどう成のか判りませぬよ赦せ無いやっぱり赦せ無い犬の癖に犬と女王? 御嘲笑いだわよホントに」
「ミス! ミス!」
シエスタは青褪めて、ルイズを更に揺さ振った。
「あによ?」
「……あれ! あれ、どういう事ですか!?」
小声で囁き乍ら、シエスタはアンリエッタと才人を指差した。
「どういう事もこういう事もああいう事も、あんた達の見た通りよ」
シエスタはクラクラと地面にへたり込んだ。
「信じられません」
「私だて信じられないわよ」
アンリエッタはルイズとシオンに気付いたらしい。何の邪気も込もってない笑顔を浮かべ、近付いて来る。
其の後から、バツの悪そうな様子を見せる才人も遣って来る。
息を吹き返したギーシュも着いて来た。
ルイズはふんっ! と才人から顔を背け、アンリエッタにぎこちない会釈をした。
「私、これから御城に戻るのだけど……其の前に貴方達とユックリ昼食が摂りたいの。良いかしら?」
「良いも悪いも、在りませんわ。陛下の仰せの侭に」
「ええ、良いわよ。アン」
アンリエッタはニッコリと笑った。其れから才人の方を振り向く。
「貴男も入らして下さいますか?」
「そ、其りゃもう! 喜んで! はい!」
ギーシュが、直立不動で答えた。
モンモランシーが此の場にいれば、“魔法”で御仕置きされかねない程の勢いで在った。
然し才人は、申し訳無さそうに首を横に振った。
「申し訳有りませんが……ちょっと、其の、用事が有りまして。少しばかり遅れてからと成りますが……其れで宜しければ」
其の様子を見守っていた生徒達から、呆れた声が上がった。
女王の誘いを断るなど、彼等彼女等を始めとした“貴族”からすると、先ず考える事が出来ない事で在るのだから。況してや昼食の陪席など、並の“貴族”が望んでも得られぬ光栄で在ると云えるだろう。
アンリエッタは一瞬、寂しそうな表情を浮かべたが、直ぐに笑顔に切り替えた。
「良いのです。騎士とも成れば、色々忙しい事も在るでしょうから。用事が済んだ後に、問題が無いようでしたら入らしてくださいな」
女王と昼食の陪席を賜る事に成った一行は、ぞろぞろと“オストラント号”を下りて行く。ギーシュ、ルイズ、シオン、アンリエッタ……給仕の手が必要だと感じてだろう、シエスタも彼女等の後を着いて行った。
後に残された才人は顔を上げると、キュルケとコルベールの元へと向かった。
先程まで2人の周りに集まっていた生徒達は、別に陪席出来る訳でも無いのだが、女王一行に着いて行った。
御蔭で、やっとの事でコルベールは解放されたので在る。
「どうしたの? サイト。女王様の御誘いを断るなんて。貴男随分偉く成ったじゃないの」
「ちょっと訊きたい事が有るんだ」
「そうそう。あたしも訊きたい事が有るのよ。貴方達、昨日誰かに襲われてたでしょ? あれ、誰?」
「俺も良く判らなに」
「何其れ。後、タバサはどうしたの? 昨日は貴方達と一緒だったのに、今日は一向に姿を見せないし……」
「俺が訊きたいのは、其のタバサの事なんだ」
才人は、キュルケとコルベールに昨晩の事を話した。
ルイズが“ミョズニトニルン”や“キャスター”と名乗る女性に襲われ、攫われそうに成った事。救けに行こうとすると、何とタバサが攻撃を仕掛けて来たという事。
「ホント?」
キュルケは当然目を丸くした。
「ああ。でも、俺は彼奴を傷付ける事は出来なかった。気付いたら、剣の切っ先を外してたんだ。俺は腹に一発喰らったけど、彼奴も急所は狙えなかったんだろうな。致命傷じゃ無かった」
才人はシャツを捲って、昨晩タバサの“魔法”に依って抉られた傷を見せた。騎士隊の“水”の使い手に癒やして貰った事も在り、其の御蔭で傷は塞がっているのだが……“
「何な心変わりが在ったのか知らないけど……其れから彼奴は、其れまで味方だった奴を攻撃したんだ。で、一緒にシルフィードに乗って、ルイズを攫った敵を追ったら、先生に救けられたって訳だ」
キュルケは考え込む様にして居たが……直ぐに顔を上げる。そして疾走り出した。
「キュルケ、何処に行くんだ?」
才人とコルベールは顔を見合わせると、キュルケの後に着いて行った。
キュルケの行き先は、寮塔のタバサの部屋で在った。
が然し其処は蛻の殻で在る。何処にもタバサの姿が見えない。
キュルケは腕を組むと、考え事を始めた。其れから才人に真顔で尋ねた。
「あの娘が、此の“学院”に帰って来たのはいつ?」
「えっと……10日程前だったかな」
キュルケは、顰めっ面に成った。
「全く……あの娘ったら、何も言わ無いんだから。ホントに水臭いわね」
「どういう事だ?」
「あの娘ね、あたしと一緒に“ゲルマニア”に行ったんだけど……ジャンの無事を確認したら、“帰る”って言って、ホントに帰っちゃったの」
「おいおい、でも、彼奴が“学院”に戻って来たのは10日くらい前だぜ?」
「だからよ。其の間、きっと何かまた任務でも受けてたんだわ。ったく……」
「任務って何だよ!? 穏やかじゃねえな。そう言や彼奴、言ってたな……“襲った訳は後で話す”って。なぁキュルケ、教えて呉れよ!」
キュルケは、ん~~、と額に手を置いたのだが。
「ま良っか。今更貴男に隠してもしょうが無いわよね。セイヴァーは多分、既に知ってるだろうし。あの娘が“ガリア”人と言う事は知ってる?」
才人は首肯いた。
其れは、騎士団勧誘の時に、図書館でタバサから直接聞いたので在った。
「ただの“貴族”じゃ無いのよ。あの娘は、“ガリア”の“王族”なの」
「“王族”だって?」
「そうよ」
キュルケは、才人に説明をした。
タバサが此の“トリステイン魔法学院”に留学して来た哀しい経緯を……。
現国王の弟で在ったタバサの父親のオルレアン公が、現国王派に殺された事。タバサの母親は、タバサを庇って毒を呷ぎ、心を病んでしまったという事。
そしてタバサは、厄介払いの様な扱いで“トリステイン”に留学させられたという事……。
「でも、そんな“ガリア王家”の何が赦せないって……」
キュルケはギリッと唇を噛んだ。何時もは小馬鹿にしたかの様な笑みを浮かべている顔に、其の“系統”を偲ばせる火の様な怒りが浮かび上がる。
「そんな仕打ちをしておき乍ら、面倒な事件が起こると、あの娘に押し付ける事よ」
「……面倒な事件?」
「あの、“ラグドリアン”の一件を覚えてる?」
才人は、あの美しい湖での出来事を想い出した。才人の中で、哀しい記憶が蘇る。ウェールズの死……アンリエッタとシオンの涙。そして、“水の精霊”との約束……。
才人は、「そう言や、指輪の事忘れてたっけ……」と呟いた後、顔を上げた。
「ああ、覚えてるよ。御前達と遣り合ったけな」
「あれも、“ガリア王家”からの命令だったの」
「じゃあ、昨晩俺達を襲ったのも……」
「“ガリア王家”からの命令でしょうね」
才人の顔に怒りが浮かんだ。
「赦せねえ」
「其れよりミス・タバサが心配じゃないかね」
其れまで黙って話を聴いていたコルベールが、深刻そうに眉を顰めて言った。
「部屋にもいないって事は、若しかして、攫われたんじゃ……」
才人も心配そうに言うと、キュルケは首を横に振った。
「あの娘は、捕まる程間抜けじゃ無い。きっと、姿を隠したんだと想うわ。誰にも迷惑が掛からない様に。あの娘はそういう娘だから」
「でも……」
「其のうち連絡が来ると想う。動かない方が良いわ。今は信じて待ちましょう」
キュルケは、窓の外を見詰めて言った。
心底信じ切っているといった声で在るために、才人は少しばかり感動を覚えた。
「ルイズ達に話しても良いか?」
才人が尋ねると、キュルケは首肯いた。
「話した方が良いでしょ。あの娘達も、巻き込まれてるんでしょ? 参っちゃうわよえねえぇ、伝説の使い手なかに成っちゃうと……あのヴァリエールには荷が重過ぎるわ。“虚無”なんてねぇ。全くねえ」
「知ってたのかよ!?」
驚いた声で才人が叫ぶ。
「いつだか、あのハンサムな“アルビオン”の王子様が蘇って御姫様を攫った時、サイト、貴男自分で言ったじゃないの。“伝説の真似事してるだけさ”って。で以て死者に掛けられた“魔法”を解除したルイズのあの“呪文”……“4系統魔法”じゃ無いじゃない。伝説……そして“4系統”じゃ無い“魔法”。“虚無”じゃないかって想ってたけど……貴男の態度を見るに、ホントだったみたいね」
キュルケは目を細めて、ニヤッと笑みを浮かべた。だが直ぐに、考え込む仕草を取り、呟いた。
「でも、あのセイヴァーが使う“魔法”は……“先住”……? でも、“エルフ”じゃ無いわよね……一体、何かしら?」
其の頃女王の一行は、ルイズの部屋で昼食を摂っていた。
オスマンを始めとする“学院”の職員達は「食堂を御使いになっては」と言ったのだが、「私事ですので」とアンリエッタは断ったので在った。
そんな訳でルイズの部屋には急遽大きなテーブルが用意され、女王の昼餐のための席が設けられたので在る。
用意されたテーブルには、窓を背にして上座にアンリエッタ、向かって其の右隣にルイズ、そしてギーシュと続き、アンリエッタの左隣にシオンと云った風で在る。
給仕役のシエスタは、当然の事だが、後ろに立って緊張した表情を浮かべている。女王の給仕をする様な自体が自分の人生に起こるなどと、夢にも想っていなかったので在る。身近に女王は既にいはするのだが、其れはまた例外で在るといえるためだ。シエスタは、アンリエッタの横顔を時偶チラチラと盗み見て居いた。
シエスタは、先程のアンリエッタの才人への熱い視線を想い出すのだろう……目を白黒とさせている。どうやら未だに上手く信じる事が出来無い様で在った。
アンリエッタはアンリエッタで、楽しそうにギーシュの御喋りに耳を傾けていたと思えば、直ぐに窓の外へと視線を移し、切なげに溜息などを吐いている。
そんな様子を見て、(アンリエッタの想いはかなり深いのではないか?)との疑念が、ルイズとシオンの心の中に巻き起こるので在った。
昨晩は、つい、カッと成って叩いてしまったルイズで在るのだが……其れはアンリエッタの気持ちが本気がどうか判らなかったからだと云えるだろう。少し気に成って……程度で手を出されたら堪らないと想ったからこその行動で在ったといえるだろう。
ルイズは、(でも、そうじゃ無かったとしたら? 自分はどうすれば良いの?)と想った。
幼い頃より、(アンリエッタの意に添う事が絶対)と信じて来たルイズにとって、其れを考え始めると頭が真っ白に成ってしまう程の事で在った。脳が考える事を拒否してしまっているので在る。
そんな風に悩んで居ると、料理に何か混じって居る事にルイズは気付いた。
丁度パイ皮で鳥を包んだ料理を食べているところで在ったのだが、ナイフで切り分けると、ピョコンと1枚の紙が出て来たので在る。
其れには、こう書かれていた。
――“未だに信じられませんので確かめて下さい”。
ルイズが振り向くと、緊張し切った様子のシエスタが立っている。
どうやらメモを忍ばせたのは此のメイドで在るらしい。
ルイズは溜息を吐いた。
シエスタは、余程、アンリエッタは本気かどうなのかを知りたいので在ろう。
ルイズは小さく、「判らないわ」、と呟く。
呟いた後、(今の独り言、姫様に聞こえなかったかしら?)と不安に成った。そして、ソッと女王の顔を盗み見るのだが、アンリエッタは幸いにも心此処に在らずと云った様子で在る事が判る。
ギーシュはギーシュで、アンリエッタの其の憂いの顔を見詰める事に夢中で在った。
シオンは、そんなアンリエッタ、ギーシュ、ルイズ、シエスタの皆の様子をニコニコと見守っている。
シエスタはモジモジとしているルイズを急かすかの様に、ツイツイと背中を突いた。
其の度にルイズは身を捩らせた。
余りにもシエスタがしつこいために、ルイズは其の足を踏み付けた。
「痛っ!」
シエスタがピョコンと跳ね上がる。
「どうしたの?」
アンリエッタは怪訝な表情を浮かべ、ルイズとシエスタを見詰めた。
「な、何でも在りません!」
ルイズはシエスタの書いたメモを、くしゃくしゃに丸めてポケットに捩じ込んだ。
するとシエスタは、ガシャン、と御盆を取り落とした。
ルイズは(今度は何をしているのよ、このメイドは?)と思って見ていると、シエスタは御盆を拾う振りをしてテーブルの下に潜り込み、クロスを持ち上げて、ルイズの足の間に顔を出したので在る。
其の唇が、ユックリと動く。
「た し か め て く だ さ い」
ルイズは太腿でシエスタの頬を挟んだ。
「もごごごごごご……」
再びアンリエッタが、ルイズに視線を戻す。
「どうしたの?」
アンリエッタはメイドで在るシエスタが消えた事などには全く気付いていない口調で言った。
「ほ、ホントになんでも」
とルイズは太腿でシエスタの顔を押せ乍ら、冷や汗を流すので在った。
再びアンリエッタは、物憂げに窓の外を見詰めた。
見ると、料理には殆ど手が付けられていない事が判る。
アンリエッタは本当に参ってしまっている様子で在った。
ルイズは、(じゃあ、サイトはどうなのかしら?)と想い、大きく溜息を吐いた。
アンリエッタと唇を合わせていた時の、才人の表情が、ルイズの頭の中に蘇る。熱っぽい、あの視線……。
ルイズには、自分にも同じものが向けられていたのかどうか、今と成っては自信が無いので在った。そして、(若しかしたらサイトは私より、姫様の方が……)と想ってしまうのである。
怒りが沸々と湧き上がって来る事を、ルイズは感じ取った。
ルイズは、(ねえ、ルイズ・フランソワーズ。理解ってるの? あの犬、あんだけ“好き好き”言った癖に御主人様を裏切って、他所の女に尻尾を振ってるのよ。而も其の相手、姫様なのよ。選りに選って、私の1番大事なアンリエッタ女王陛下、其の人なのよ。う、ううううう、裏切りだわ。こ、こここここ、こんな裏切りってないわ。やっぱり、キスで誤魔化されてる場合じゃ無いわ!)と考えた。
どうにもこうにも、ルイズの中で苛々が募るので在った。つい、力が入ってしまい、太腿で締め付けて居たシエスタが苦しそうな呻きを上げた。
「ミ、ミス……むぐ……苦しい……」
其の時で在る。
扉が開いて、深刻な面持ちの才人が入って来た。
「サイト」
「サイト殿」
「サイトさん」
「サイト君?」
身分も立場も違う娘達は、三者三様、否、四者四様と云った呼び方と表情で、突然の客を迎え入れる。
ルイズは怒りを浮かべた目で、才人を睨み付けた。
アンリエッタは、頬を僅かに染めて俯いてしまった。
テーブルの下から這い出てシエスタは憧れと寂しさをブレンドしたかの様な1番複雑な表情で才人を迎えた。高貴な存在で在る女性の気持ちを……其れを2つも、手に入れてしまった才人の存在が誇らしくもあり、信じられなくもあり……更に遠くに行ってしまった様に感じているので在る。
シオンは、普段と何ら変わらぬ様子で迎えたので在った。
「どうした? 君は何か用事が有ったんじゃないのかい?」
此の場で1人、才人の闖入を全く歓迎していないギーシュが言った。折角の女王陛下との陪食に、水を差されてしまった気分で在ったのだ。
才人はそんなギーシュを無視して、アンリエッタに一礼した。
「姫様」
「何でしょう?」
不意を突かれてしまったアンリエッタは、未だに頬を僅かに染めている。
ルイズやシエスタ、そしてシオンを始め一部の者達以外では、気付かない程度では在るが……アンリエッタは内心の動揺を悟られまいと、唇をキュッと真一文字に結んだ。
然し、才人の次の言葉で、アンリエッタの頬の赤みが消え、一瞬で白く染まった。
「ルイズ達を襲った連中の正体が判りました」
「何ですって?」
才人は、先程キュルケから聴いた話を其の部屋に居た全員に話した。足りない分は、才人にくっ着いて来たキュルケとコルベールが補足説明をする。
「そんな、“ガリア”が……」
アンリエッタは、信じられない、といった様に首を横に振った。
「でも、間違いなく“ガリア王国”とやらの仕業らしいですよ。じゃ無きゃ……」
才人は言い難そうに、付け加えた。
「タバサが、俺を襲う訳が無いんだ」
「あのちびっ娘、随分と苦労してるんだな……」
とギーシュが首を振った。
アンリエッタの顔は蒼白で在った。そして、「ガリアの動向には注意が必要ですぞ」といった宰相で在るマザリーニの言葉が、胸中に蘇った。
どうして“ガリア”が“アルビオン”での会議の際、賠償金の支払いのみで満足したのか、其の訳をアンリエッタは理解した。
“ガリア”が狙って真に狙って居たのは、伝説の能力“虚無”で在ったのだ。
一体“ガリア”が“虚無”の力を得て何をしようとして居るのか、アンリエッタには判る筈も、そして理解る筈も無かった。ジョゼフ王の企みで在るのか、其れとも有力な“貴族”の独断で在るのか……何方にせよ、善からぬ企みで在る事だけは間違いが無いだろう、と想わせた。
才人は目に怒りを宿らせて、アンリエッタに告げた。
「姫様。俺を“ガリア”に行かせてください」
「サイト」
ルイズが窘めようとしたのだが、才人は聞かずに言葉を続ける。
「何処の誰だか知らないけど、タバサに非道い事をして、ルイズを攫って、俺達を殺そうとした連中がいるんでしょう? 捜して、2度とそんな事を考え無い様に教育してやる」
ギーシュが驚いた声を上げた。
「“ガリア”に乗り込むだって!? おいおい、戦争に成るぞ!」
「何だよギーシュ? 御前、隊長だろ? 副隊長が遣られてんのに、仇を取って呉れないのかよ?」
才人は不満げに言った。
「いや、仇を取るのはそりゃあ、吝かじゃ無いが……向こうは外国なんだ。騎士隊の僕達が乗り込んだら、唯喧嘩をしに来たじゃ済まなく成る」
アンリエッタも、ギーシュの言葉に首肯いた。
「サイト殿、御気持ちは理解りますが……ギーシュ殿の言う通りだわ。今では貴男は“トリステイン”の騎士。むざむざと、罠に掛かりに行く様なモノですわ」
「でも……」
才人は悔しそうに唇を噛んだ。
「怒りを理由に動くのは良いが、其れに振り回される様では未だ未だ未熟といった所だな……そうだな、確かに2人が言う通り、これはそう簡単な事では無い。政治に関係する程の問題だ。今の御前は、アンリエッタの言う通り騎士――“シュヴァリエ”だ。今の侭では、動く事は出来ないだろうな。其れに、だ。未だ動く時では無い」
俺は“霊体化”を解き、口を開く。
未だ慣れていないアンリエッタとコルベールは驚きに目を大きく見開くが、直ぐに平静さを取り戻した。
そして、アンリエッタは俺の言葉を聞いて、俯いた。
「取り敢えず、私に御任せ下さい。何か証拠に成るモノは在ったかしら……?」
「“ガーゴイル”の破片が在りますわ」
アンリエッタの其の言葉に、ルイズが助け船を出した。
昨晩、ルイズと才人達を襲った“ガーゴイル”の破片で在る。其れは“学院”の庭や、外の平原に未だ散らばっているのだ。
「そうね。其れが“ガリア”で造られたモノだと証拠を得たら、大使を呼んで厳重に抗議致します」
「そんな。折角敵の正体が掴めて来たっていうのに!」
才人はなおも喰い下がった。
そんな才人の手を、アンリエッタは握り締める。
「御願い。貴方達を危険な目に遭わせたくないのです。もう、誰か大事な人間が……傷付く事に私は堪えられないのです。そうと判ったら、国家を上げて、善からぬ事を企んでいる“ガリア”から、貴方方を守ります」
ギーシュはアンリエッタの其の言葉に胸を打たれたらしく、恭しく膝を突いた。
「陛下……私は此の一命、陛下に捧げております。陛下の幼馴染で在るルイズ嬢は、陛下の御身も同然。一命に変えても、敵に指1本足りとも触れさせません」
「有り難う御座います。ギーシュ殿」
アンリエッタはニッコリと笑った。
其れから才人の方を向いた。
「貴男も約束してくださいまし。決して、危険な事はしないと」
其の声に、真剣な何かが混じっている事が判る。
アンリエッタの目が僅かに潤んでいるという事に才人は気付いた。
才人は、(そんな目をするなよ……)と心の中で呟いた。泣き出しそうなアンリエッタの目を見て居ると……側に居て守ってやらねばいけない様な、言事を利かなければならない様な、才人は其の様な気持ちに成るので在った。
そして、(敵の正体が朧気に見えた以上、此方から出向いて、ルイズを襲った連中を取っ締めて遣ろう)と才人は想っていたのだが……。
其の様な熱い遣る気に水を差された様な気分に成ってしまい、才人はギュッと奥歯を噛み締めた。其れから、チラッと救いを求める様に、ルイズとシオン、そして俺の方を見詰める……。
が、ルイズは頬を膨らませて目を逸らす。どうやら昨晩の一件で、完全に旋毛を曲げてしまっている様子だ。敬愛するアンリエッタと、“使い魔”で在る才人が唇を重ねて居る所を目撃してしまったのだから、無理は無いと云えるだろう。
シオンは困ったかの様な笑みを浮かべる。
才人は、(でも……ルイズに怒る権利は有るか?)と考える。才人の心は全力で(無い。無いだろ)と否定した。其れは、あれだけ才人が「好き好き」と言っているのに対し、ルイズは1度も才人に「好き」などと言った試しが無いからである。これだけ「好き好き」と言って居るのだから、嘘で在ろうとも1回くらいは言うのが筋ではないのか、とと才人は想うので在った。
そして、(やっぱり“アルビオン”で言われた“御褒美よ”と言うのは本音だったのか?)と才人は切なく成った。“使い魔”として、才人を繋ぎ止めて置くための、甘い餌……。
才人は、(何処が甘い餌だよ)と才人は起伏に乏しいルイズの身体を見て心の中で呟いた。(餌って言うのはな……)と想った瞬間、才人は眼の前のアンリエッタに気付いた。
ドレスに包まれたアンリエッタの身体は、実に女性らしい起伏に富んでいるといえるだろう。ティファニア程では無いのだが、十分にボリュームのある胸元から覗く谷間が、才人の目に飛び込んで来るので在った。そして、其の谷間の感触が、才人の掌に未だ残っていた。
同時に熱いキスを想い出し、才人は頬を染めた。
いつもの毅然とした表情と……夢中に成って求めていた表情のギャップが、魅力の奔流と成って才人を包んだ。
すると……どうにも才人の心は乱れてしまうので在った。
才人は、ルイズが好きだ。其れは揺るぐ事など一切無い、筈で在るのだが……つい、才人の脳裏にアンリエッタの顔が浮かんでしまうので在った。
才人は、(愛する人を亡くして、寂しいだけなんじゃないのか?)と考えた。
冷静に考えると。そうで在ろう。
だが……若し、そうで無いとするので在れば。
才人は、其の時に心がどう変化するのか、自分事で在るにも関わらず判ら無かった。だが……1つだけ、確かな事は在った。
誰も、アンリエッタの素顔を知らないのかもしれないと云う事である。
此の毅然とした表情を崩さないでいる歳若い女王の、素顔を知る者はいないといえるのだ。
何処までも弱い、1人の少女としての素顔を知る者はいないのだろう。
ルイズさえも……恐らくは知らないだろう。
本当の、アンリエッタは、幾重にも高価なレースで覆われた何処にでもいるだろう女の子の1人で在るといえるのだ。キスをすれば頬が上気する、抱き締めれば胸に頬を埋める、胸も頬も全て柔らかい、か弱い女性で在るのだ。
才人は、(もっと……其の先に在る顔が見てみたい。キスの先に在る顔は、一体どんな顔なんだろう?)と考えた。そんな考えが脳裏を過り……才人は(何だかな……其れってとてもいけない事だよな)と思い、首を横に振った。
だが、其のいけなさこそが、アンリエッタの魅力の1つであるといえるだろう。(駄目だ)とは想っても、つい溺れてしまいそうに成る様な底無しの魅力を、此の女王は持っているので在った。見ていると、其の見る者はどうにか成りそうにしてしまう魅力。
そういった事もあって、才人は目を逸らした。
ルイズとシエスタは、少し離れた所に立って、見詰め合ったり顔を伏せたりする才人とアンリエッタを冷えた目で見詰めていた。
シエスタは嫉妬を通り越してとうとう感動までしたらしい。
「じょ、女王陛下を射止めるなんて、やっぱりサイトさんは素敵ですわ……」
ウットリとしてそんな事を言うものだから、シエスタはルイズに足を踏まれてしまう。
「ひゃん!?」
「余計な事言わないの」
「でも、あの女王陛下の御顔……恋をしてらっしゃる御顔、女の私が見ても、堪らなく魅力的ですわ。思わず見惚れちゃいます……あう!」
シエスタはルイズに頬を抓られて、悲鳴を上げる。
「姫様は、勘違いしてるだけなの」
「勘違い……ですか?」
「そうよ。生まれたばかりの家鴨の子供は、最初に見たモノを親だと想い込むらしいわ」
「興味深い御話ですわ」
「姫様も同じよ。ウェールズ様を亡くされて、沈み切った所に、偶々あの犬ッコロに出逢しただけよ。そんな訳だから、私が何としてでも、姫様をあのワンコロの魔手から御救いして差し上げなければいけないわ」
「素直じゃありませんわね……取られたくないって正直に仰ればミス・ヴァリエールも少しは可愛いのに……あう!」
シエスタはルイズに、更に頬を抓られてしまう。
「知ってる? あの犬ってば、キスの次は酷くやらしいの。いつだか小舟の上で、私の太腿を触った時なんか、こんな手付きで、な、なななななな、んなななななな撫で上げて来たの。あれを姫様にするところ想像したら、何だか世界の全てが赦せなくなって来るわ。私の姫様を、汚すなんて赦さないんだから。万一汚したら、其の日が彼奴の命日よ」
「手付きなんか、良く覚えてらっしゃいますわね……ひゃう!」
終いには、ルイズはシエスタの御尻を抓り上げた。
シエスタは、ひゃう! だの、ひう! だの呻き乍ら跳び上がったのだが、才人とアンリエッタは2人の世界に入り込んでしまっており気付かない。何時でも目出度いと云えるギーシュは、アンリエッタの照れと赤面を、自分の忠誠に対し与えられたモノだと勘違いして感極まり、既に気絶してしまっている。
キュルケはコルベールに、撓垂れ掛かって言った。
「平和だわねぇ……ジャン」
困った顔でそんな光景を見詰めていたコルベールは、頭を掻いた。
「まぁ、所詮は束の間の休息だ。良いじゃないかね。ところでミス・ツェルプストー。其の……何だ、ジャンは勘弁して呉れんかね?」
キュルケはニッコリと笑ってコルベールの頬にキスをした。
「い・や。後、何度も御願いしてるでしょ。きちんとキュルケと御呼びになって」
そんな皆の様子を見乍ら、シオンは日常を謳歌するかの様にニコニコと笑みを浮かべた。
『ねえセイヴァー』
『何だね?』
『私、此の平和を……平和とは言い難いかもしれないけど、私は此の日常を守りたい……』
『そうだな……俺もだ』