ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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女王と騎士達

「何で1人で行くかな……」

 話を聞き終わった才人は、切ない声で呟いた。

 イルククゥが齎した情報に依り、小屋の中は深刻な空気が漂い始めているといえるだろう。

 ギーシュや騎士達は、うむむ、と眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。

 俺の隣には、念話で報せたために駆け付けたシオンがおり、彼女もまた神妙な面持ちをしている。

 才人は、(悔しい)と想った。そして、(タバサは1人で行ってしまったんだ。多分、俺達にこれ以上迷惑を掛けたくなかったんだろうな)と想い、そう想う事でより一層情けなくなるので在った。アンリエッタに止められた時に、ホッとしてしまった自分が赦せないので在る。(こっちの世界で出来る事を考えよう)などと想っていたのに、いざと成ると二の足を踏んでしまった自分が赦せないので在った。

 其れは仕方が無い事で在るといえるだろう。

 何せ“ガリア王国”は大国で在り……寄せ集めに近かったとはいえ、あれだけ強大な“アルビオン”軍を、一撃で敗北させた連中で在るのだから。

 昨日までは、才人は其の様な連中とどう遣って戦えば良いのか判らなかった。

 闇雲に剣を振り回すだけでは、ただのヒトでは、“サーヴァント”の力を手にしたばかりでは無理で在るのだ。

 アンリエッタに止めて貰えた御蔭で、どう遣って戦えば良いのか、サッパリ検討も付か無い連中を相手にしなくて済んだのだから。だから、才人はホッとしてしまったので在る。

 だが、方法が判ら無いので在れば、考えれば良いので在る。

 方法は、必ず存在しているのだから。

 今漸く、才人はやっと其の決心を付ける事が出来たので在る。考えて、行動する決心が付いたので在る。

 今までモヤモヤとしていたモノが、何処かに飛んで行くかの様に才人は感じた。

 晴れ晴れとした気分で、才人はイルククゥに言った。

「良く報せて呉れたな。安心しろ、俺達が絶対タバサを救けて遣るから。なあ皆!」

 才人がそう言うと、其の場の半数が首肯いた。

「当然だ。騎士として、見過ごす訳には行かないな」

「どんな事情が有るにしろ、女の子を拘束するなんて赦せ無い! 僕は遣るぞ! 僕はっ!」

 マリコルヌが拳を握り締めて叫ぶ。女の子というところに反応した様子だ。

 然し、そんな勇ましい意見が出る一方、当然の事だが二の足を踏む者もいるのが現実だ。

「でも……やっぱり冷静に考えれば、其奴は出来ないよ」

 そう言ったのは“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の実務を担っているレイナールで在った。彼は皆が馬鹿騒ぎをしている間も、隅っこの方でチビチビと酒を呑んでいたのだが……いざ問題が持ち上がると、自分の出番だとばかりに前に出て来たので在った。

「何だよ? 御前、怖じ気付いたのか?」

 才人が詰め寄ると、レイナールは冷静な声と調子で言った。

「怖じ気付いた訳じゃ無い。ただ、僕達はもう、女王陛下の騎士なんだぜ? 好き勝手に動ける訳無いじゃないか」

 そうだそうだ、と何人の少年達が同調する。

 “水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の生徒達は、真っ二つに意見が分かれてしまった。

 才人を筆頭とする、「クラスメイトを救けに行かないなんて、何が騎士だ」という一派。

 レイナールを筆頭とする、「相手は外国だ。僕達が首を突っ込む訳には行かない」という一派。

 喧々諤々の議論が続いた後、一同は矛先を隊長に変えた。

「なあギーシュ。御前、隊長だろ? 決めて呉れよ」

 そんな風に二派に挟まれてしまい、ギーシュは取次筋斗に成ってしまう。

「ぼ、僕が決めるのか?」

「当ったり前だろ」

「そ、そうだな……どっちも、其の、あれだ。意見としては尤もだな。女の子も、騎士隊の職務も……」

「尤もじゃ無くて、決断しなさいよ」

 モンモランシーが、苛々とした声でギーシュを促した。

 ごくん、とギーシュは唾を呑み込む。其れから、再び頭を抱えて悩み始めるのだが。

「な、なあ……シオンに、セイヴァー……君達の、い、意見を伺っても良いかな?」

 ギーシュは俺とシオンへと助け船を乞うた。

「そうね……今の侭の貴男達じゃ、行く事は出来ないわね」

 シオンはそう、ギーシュを始め、騎士隊達を見詰めて言った。

 モンモランシーが、「全くもう! あんたねぇ……」、と言い掛けた其の時……。

 ルイズが、怒った様な声で言った。

「もう、さっきから何なの? あんた達! だったら、行きたい人達だけで行けば良いじゃない! 騎士隊全員で行く必要なんか何処にも無いじゃない。救けに行きたい人は、救けに行く!」

 俺を除く其の場の全員が、呆気に取られた様にルイズを見詰めた。

「そういう訳には……仮にも騎士隊なんだからさ」

 ムッとした声で才人がそう言うと、ルイズは其の股間を蹴飛ばした。

 ぐえ……と崩れ落ちた才人の頭の上に足を乗せて、スッカリ定番と成っているポーズでルイズが喚く。

「意見1つ纏まらないで、何が騎士隊よ! と言うかあんた、ホントに救けに行きたいんだったら、今頃飛び出してるんじゃないの? こんなところでいつまでもうだうだ遣ってる場合じゃ無いでしょーがッ!」

 そう言われて、才人はルイズの足の下で、はっ! とした。

「そ、そうだな……」

 才人は、騎士隊という事に拘るばかりで、肝心な事を忘れてしまっていたという事に気付いた。少し前で在れば、才人はこういった場面に出会すと、兎に角飛び出していただろう。

 慎重に成った、といえば聞こえは良いだろうが……若しかすると、着いた肩書を失いたくないという想いも有るのかもしれない、などと想わせた。

 アンリエッタに止められてホッとしてしまった事よりも、才人は其の事が恥ずかしく成った。

 才人は立ち上がると、首肯いた。

「よぉし。タバサを救けたいと想う騎士は俺に着いて来い!」

 おおーっ! と歓声が上がった。

 然しルイズは、更に眉を顰めた。

「待ちなさいよ。きちんと筋は通さなきゃ駄目でしょ」

「筋?」

 ルイズの言葉にシオンと俺は首肯き、才人を始めとする騎士隊の面々は首を傾げた。

「そうよ。きちんと姫様に報告して、救援なり協力を仰いた上で、“ガリア”に乗り込むのよ。盗賊団やそんじょ其処等の怪物を相手にする訳じゃ無いの。相手は“ガリア王国”なのよ」

 才人は、手を腰に置いてそう言い放つルイズを、眩しそうに見上げた。

 足の下からウットリと見上げて来ている才人を見て、ルイズは、(タバサ。青い髪の小さな女の子……正直あの娘、何を考えて居るのか判らないけど、いつだって私達を助けて呉れたじゃない。だったら行くわ。行かなくちゃ)と想った。

 少し前までのルイズで在れば、其の様な事を考えなかっただろう。

 ルイズは其れに気付き、驚く。

 前までのルイズで在れば、祖国とアンリエッタに対する想いから、シオンやアンリエッタに関する事で在れば兎も角、直ぐに(救けに行く)などと云った判断には成らなかっただろう。

 ルイズは、(タバサと自分が、其れ程仲が良かったとは想えないわ。でも……タバサはいつも理屈抜きで私達を助けて呉れたじゃない。此奴みたいに……)と足下の才人を見詰める。

 才人も、理屈抜き――強い想いから、ルイズを助けていたのだ。

 だからこそ、いつも助けて呉れていたタバサを、ルイズもまた理屈抜きで助けに行くので在る。

 ルイズは、(嗚呼、私は変わりつつ在るのかも知れ無いわね)と想った。

 昨日までは、(アンリエッタや祖国を妄信する事が、“貴族”の名誉だ)と想って居たルイズで在る。だが、本当はそうでは無いので在る。其の事に、ルイズは気付き始めていた。だから先日は行き成りアンリエッタを叩いたりなど出来たのだろう。

 アンリエッタの祖国の代わりに、何を信じれば良いのか、ルイズは未だ良く判っていない……が、(今は心の赴く儘に行動しよう)とルイズは想った。其れが正しい事の様に、今のルイズには感じられた。

 ルイズはぐぬー、と才人を睨む。

 ルイズは、(私だって、遣る時ゃ遣るんだから。自分1人だけ、格好付けたり偉そうにして! 馬鹿! 馬鹿馬鹿!)と想った。

 そしてルイズは、「良し! 今から御城に向かうぞ!」と立ち上がる才人を見詰めて、(そんな風に理屈抜きに自分を助けて呉れたサイトの気持ちが……シエスタが言う様に“使い魔”として与えられた感情だったら?)と言い知れぬ不安を覚えるが、打ち消す様に首を横に振る。

 ルイズは才人の後を追って駆け出した。

 

 

 

 “水精霊騎士隊(オンディーヌ)”のメンバーとルイズ達は、“学院”外に停泊して居る“オストラント号”まで遣って来た。

 一行は、タラップを駆け上り、船長室を目指す。

 どんどん! 扉を叩くと、眠そうな様子を見せるコルベールが這い出て来た。

「んにゃ? 何だね?」

 隣の部屋から、欠伸をし乍らしどけない格好をしたキュルケも出て来た。

「何よー、こんな夜更けに……」

「今直ぐ御城に向かって下さい!」

「一体、何事だね?」

「タバサが“ガリア王国”に拘束されたんです!」

 才人がそう言うと、キュルケの眉が吊り上がった。

「何ですってぇ?」

 コルベールも、顔を曇らせる。

「本当かね?」

「ええ。シルフィードとタバサの義理の妹って人が報せて呉れたんです」

「其れで、今から“ガリア王国”へ向かうっていうの?」

 冷静な声で、キュルケが尋ねた。

「いや……先ず救けに行く許可と協力を貰いに、姫様の所に行くんだ」

 キュルケはジッと才人を見詰めた後、納得した様に首肯いた。

「じゃあ直ぐに出発だ。ミス・ツェルプストー。“水蒸気機関”を頼む」

了解(ヤー)!」

 キュルケは首肯くと、水蒸気機関に火を入れにすっ飛んで行った。

 コルベールが船長室備え付けの鐘を打ち鳴らすと、“フネ”全体に鐘が鳴り響く。

 ツェルプストー家御抱えの乗組員達が、“フネ”の汎ゆる部分から飛び出て来る。

「諸君! 出港ですぞ! 催合を放って下さい!!」

 地面に固定するためのロープが、素早く断ち切られ、“オストラント号”はぶわりと浮き上がった。

 

 

 

 “オストラント号”は、瞬間最高速度は遥かに劣るが、平均すれば“竜”に匹敵するで在ろう巡航速度を発揮させる事が出来る。大凡帆走船の3倍は近いで在ろう。一時間足らずで、“トリスタニア”の上浮くまで遣って来た。

 上空に“フネ”を残し、才人達は“レピテーション”で王宮の庭へと降り立つ。

 警備に当たっていたのは、例によって“マンティコア隊”で在った。

 髭面の人の好さそうな隊長は、現れた人影を見て呆れた声を上げた。

「曲者かと思えば、貴殿達か……一体、今度は何事かね?」

「ド・セッザール殿。陛下に取り次ぎ願いたいわ」

 ルイズがそう言うと、“マンティコア隊”の隊長は、顰めっ面に成った。

「こんな夜更けに無理を申すな、と普通なら突っ撥ねる所だが……貴殿等が相手では致仕方無いので在ろうな」

 

 

 

 才人達の話を聴いたアンリエッタは、暫く黙りこくった。其れから顔を上げる……。

「貴方達が直接向かう事は許可出来ません」

 “ガリア”への通行手形を発行、其の上、国境沿いまで護衛の隊を着けましょう、くらいの協力を得られるモノと想って居た才人達は、頭から冷水を浴びせられてしまったかの様な気分に成った。

「向こうの大使を呼び付けて、詳しく事情を訊く事にいたします。ルイズを襲った一件と合わせ、厳重に抗議致しますわ」

「まあ、そうだろうな」

 俺はアリエッタの言葉に首肯く。

「そんな。じゃあ、どうするんですか? 俺達に、黙って見てろって言うんですか?」

 アリエッタは困ったといった表情を浮かべる。其れから才人を見詰めて言った。

「貴方達が向かって、どう成るというのです?」

「でも、でも!」

「タバサ殿は初め、貴男とルイズを襲った連中の一味だったというでは在りませんか。其の様な者を救けるために、どうして貴男が向かわねばならぬのです?」

「途中で裏切って呉れたから、ルイズを救ける事が出来たんです。彼女は俺達の……恩人なんです。ルイズの恩人という事は、“トリステイン”の恩人じゃ在りませんか」

 才人は必死にアリエッタへと詰め寄った。

「では、百歩譲って彼女を我等の恩人という事にいたしましょう。然し聴けば、タバサ殿は“ガリア”の“シュヴァリエ”との事。極端な事を言えば、彼女をどうしようが、其れは“ガリア”の勝手では在りませんか。私達が、其れに口出しする事は、内政干渉と取られましょう」

「行くのは俺達です。“トリステイン”政府の密使や軍じゃ無い」

「貴方達は、今では私の近衛隊なのですよ。意図はどうで在ろうと、“トリステイン王国”の行動と受け取られます。向こうで犯罪人とされている人物を救出などしたら、重大な敵対行為と取られてしまいます」

 才人達は、事の重大さに言葉を失った。

「戦争に成るかもしれません。貴男が其れでも行くと言われるの?」

 キッパリとそう言われてしまい……集まった“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の面々からも、溜息が漏れてしまう。

「女王陛下の仰る通りだよ」

「戦争に成ったら大変だ」

 レイナールを始めとする生徒達は、口々に才人を説得に掛かった。

「理解った」

 と才人は言った。

「御前達は先に“学院”に戻れ」

「サイト。何度も言うが、僕達は別に怖がっている訳じゃ……」

 レイナールが説得する様に目を才人に向けた。

「理解ってるって。別に御前達を臆病者とか想ってる訳じゃ無いよ。女王様の言う事も尤もだし、御前達の気持ちも理解る。ただ、もうちょっと話が有るんだ」

 ホッとした様な空気が流れた。

 “水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の面々は、女王陛下の執務室を辞して行く。

 ギーシュとマリコルヌ、そしてルイズと才人、そしてシオンと俺だけに成る。

「諦めて下さいましたか?」

 訴え掛けるかの様なアリエッタの目に見詰められてしまい、才人の気持ちが一瞬揺らぎそうに成る。

 そんな風に見詰め合っていると……厳しく険しい女王の仮面が外れ、此の前キスを交わした時の様な無防備な表情が現れるのだ。

 女王としては無く……親しい人間として、行って欲しくない、というモノである。

 其の表情が、才人にそう言っているのが判った。

 アリエッタのそんな顔をジッと見ていると、やはり才人の決心は揺らぎそうに成るので在る。

 だが……才人には、そんな事を認める事は出来なかった。情に訴え掛けられても、其れでも助けて呉れた人間を見捨てるという事は才人には出来ないので在った。

 ユックリと、才人は肩に羽織ったマントを脱いだ。

「な、何をするんだ君は?」

 ギーシュが慌てた声で言った。

 才人は俺の方へと向いて口を開く。

「セイヴァーとシオンの言ってた意味が理解ったよ」

 そう言って、才人は脱いだマントを恭しくアリエッタに手渡した。

「……な?」

 アリエッタは驚いた様子で、才人を見詰めた。

「御返しします。短い間だったけど……御世話に成りました」

「あ、貴男という人は……」

 ワナワナとアリエッタは震えた。

「これで、“トリステイン”には迷惑は掛からない。そうですね?」

 暫くアリエッタは震えていたが、小さく、泣きそうな声で、「馬鹿……」と呟く。

 若き女王は備え付けの鐘を鳴らした。

「何事ですか?」

 と、おっとり刀で警護番の“マンティコア隊”が駆け付けて来る。

「此の者達の武装を解除し、拘束して下さい」

 才人を指さしてそう言ったアリエッタを見て、ギーシュが青い顔に成った。

 ルイズも同様に蒼白に成る。

「姫様!」

「いや、ですが……然し」

 と“マンティコア隊”隊長のド・セッザールは頭を掻いた。事情が良く呑み込めていないので在る。

「早く」

 女王陛下に促され、ド・セッザールは襟を正して才人に向き直った。

「命令ですからな。努々御恨みなされるなよ」

 そう言って才人の剣で在るデルフリンガーを取り上げ、後ろ手に縛った。

 ギーシュとマリコルヌは、どうしよう、と顔を見合わせたが、才人が大人しく捕縛されたために仕方無く其れに倣った。

 他の隊員達が2人の“杖”を取り上げ、同じ様に縛り上げる。

「暫く……頭を冷やして下さい」

 哀しそうな表情でアンリエッタが告げると……“魔法衛士隊”は才人達を引っ張って行く。

 後には、ルイズとアンリエッタ、シオンと俺が残された。

 4人切りに成ると、アンリエッタは椅子に身体を横たえた。

「どうして!? どうして殿方は理解って下さら無いの!? 望んで棄権に身を晒す何て! “ガリア”に向かってどう成ると言うのです! 大国に拘束された1人の騎士を捜し出す事など、まるで池に沈めた小石を見付け出す様なモノだと言うのに! 其れに、他国で自由に動ける訳が無いでは在りませんか! おまけに“ガリア”は“虚無”を狙っている! ルイズ、貴女の“虚無”を! “サーヴァント”が3体もいる! どれ程の危険が待ち受けていると想っているの!? 一体……何を……?」

 取り乱した女王を見詰め、ルイズはアンリエッタの気持ちが、かなり本気に近いという事を知った。“ガリア”との関係悪化の阻止というよりも……アンリエッタは女の本能で才人に行って欲しくは無いので在ろう。

 そんなアンリエッタを見ていると……少し前までのルイズで在れば同じ様に取り乱したで在ろう。自身の気持ちとアンリエッタの気持ちとを天秤に掛け……飽く迄譲らずに張り合うか、其れとも忠誠心から譲るのか、悩んでしまっていたで在ろう。

 だが、今のルイズは妙に冷静で在った。

 今は、其の様な事で悩んでいる場合では無いのだから。

 遣らねばならぬ事は……タバサを救ける事。

 そのために、なすべき事をせねばならない。

 其れが高貴に生まれた者の義務なので在る、とルイズは想った。

 ルイズはアンリエッタの肩に、優しく手を置いた。

「姫様の仰る事は尤もです。1人の“魔法学院”生徒と、傾国の可能性を天秤に掛けるれば、後者が勝りますわ」

「そうよね。ルイズ。私は間違っていないわよね。ああ、暫くの間、御城で頭を冷やして欲しいわ」

「ただ……正しい事が全て納得出来るとは限らないのです」

「……え?」

 アンリエッタは覆った手を退け、顔を上げた。

「私達には、私達が通すべき筋が在る様に想います」

「どうしたの? 貴女は、何を言っているの?」

 呆然として、アンリエッタはルイズを見詰めた。

「私はずっと、姫様に仕える事が其の筋だと信じて参りました。でも……このところというモノ、心の何処かが言うのです。姫様への盲信は、私の進むべき道では無いと」

「ルイズ……」

 不安気な表情でアンリエッタはルイズを見詰める。

「私は、今回、“ガリア”のシュヴァリエ・タバサ殿を救いに行こうと決心いたしました。其れが私の通すべき筋だと想いましたから。同時に、其れに姫様が反対なさるで在ろう事も知っておりました。姫様には、姫様の立場が御在りに成るのですから。女王としての御立場が……」

「貴女まで、一体何を言うの?」

「其れを知り乍ら……今回、私姫様に報告に参りました。何故で御座いましょう? 反対されると知り乍ら、どうして私は告げに参ったのでしょう? 其れもまた、同じ様に通すべき筋の様に感じられたからです。己の信じる筋を通す……見失いつつ在った、私の“貴族”としての魂の在処は、其処に在ると存じます」

 幼い頃の特別な日々を共有した2人の少女は、女王と、1人の“貴族”として対峙した。

 もう1人の少女は、女王で在るが、“貴族”の事もまた理解しており、複雑な面持ちと心境で、2人をただただ見守る。

「ルイズ、忘れたの? 貴女は私の臣下なのよ。其の私の意に背くと言うの?」

 ルイズは無言でマントを脱ぐと、アンリエッタに捧げた。

「……ルイズ。ルイズ! 貴女は何をしているのか理解っているの!? おお、マントを脱ぐという事は……」

「ええ。これで私はもう、“トリステイン”の“貴族”では御座いません。ただのルイズで御座います。陛下に於かれては、“ガリア”に向かった私達を、反逆者として御扱い下さいますよう、御願い申し上げます。私達の出発後、こう“ハルケギニア”中に布告なさって下さい。“近隣諸国政府に告ぐ。反逆者が逃亡中、国境を超える可能性在り。見付け次第貴国の法に基き処罰され足し”。さすれば、御国の大事とは成りませぬ」

 アンリエッタは暫く震えていたが……首を横に振ると、再び残りの衛士を呼んだ。

 畏まる衛士に向かって、アンリエッタは告げた。

「此の者を逮捕して下さい。私が良いと言うまで、城から出してはなりませぬ」

「は、はっ!」

 衛士は畏まると、ルイズに一礼する。

「“杖”を御渡し下さい」

 アンリエッタはルイズを見詰めて言った。

「貴女の言う事は、間違っていないわ。立派だと想います」

 暫くの間が在った。

 ペコリと礼をすると、ルイズは“杖”を衛士に渡す。

 部屋から連れ出されるルイズの背中に、哀しそうな声でアンリエッタは告げた。

「自信は無いし、上手く遣れているとは想え無い。でもね、私は女王なのよ。ルイズ」

 

 

 

 才人達は、城の西に建てられた塔の一室に纏めて監禁されていた。

 十畳程の部屋には、ベッドや机なども用意されており、恐らくは貴人用に造られた部屋で在ろう事が判る。然し、貴人用とはいっても、牢で在る事には何の変わりも無いのだが。

 窓と扉には太い鉄格子が嵌り込み、分厚い扉の外には大きな矛斧(ハルバード)を担いだ衛兵が2人立っているのが見える。

 ギーシュとマリコルヌは、ベッドに座って切なそうに窓の外を見詰めている。

 窓から射し込んで来る双月の明かりが、鉄格子の形に影を落とす。

 其れを見て、ギーシュが切なげな声で呟く。

「はぁ……参ったなぁ。父上や兄上が今の僕の状況を知ったら、悲しむだろうなぁ。近衛の隊長に成った時は、とても喜んで呉れたのになぁ。グラモン家の誇りとまで言って呉れたのになぁ」

 マリコルヌもまた深い溜息を吐いた。

「まさか陛下が此処まで御怒りに成るとはなあ」

 才人は、何も悪く無い2人の友人が気の毒に成り、思わずペコリと頭を下げた。

「すまねえ。俺に付き合わせたばかりに……」

 ギーシュは、(ま、良いか)と、ヒラヒラと手を振り乍ら、才人に言った。

「気にするな。騎士隊を纏められなかった僕も悪いよ。まあ何だ、僕は隊長なんだから、副隊長に付き合うのも仕事のうちなんだろう」

「やっぱり外国に攫われた女の子を救けに行くってのは、領地で狐を狩ったり、盗賊団を征伐したりするのとは訳が違うんだなあ。僕達、怒られちゃったね」

 スッカリ酔の覚めた顔で、マリコルヌが呟く。

「でもどうして、御前達は俺に付き合って呉れたんだ? 皆と一緒に、帰れば良かったんだ」

「楽しいからね」

 アッサリとギーシュは答えた。

「こんな風に、牢に閉じ込められたりしてるのにか?」

「ああ。女の子と付き合うのも楽しいが……やっぱり“貴族”と生まれたからには、胸躍る様な冒険に身を投じてみたいじゃないか! 城に幽閉される! 確かに父上も兄上も悲しむだろうが、こんな経験、そうそう出来ないぞ!」

 ギーシュは、あっはっは、と大声で笑った。ある意味大物で在るのかもしれない。隊長に就任したのは正解だったと云えるだろう。

「僕は勇気を身に着けたいんだ」

 ポツリと、マリコルヌは言った。

「勇気?」

「ああ。いざと言う時の勇気が欲しくってさ。戦争にも行ってみたけど……僕は震えてただけだった。怖くて、泣いちゃったしね。どんな時にも逃げ出さない、勇気が欲しいのさ」

「そっか……」

 と、才人とギーシュはしんみりとしてしまった。

 然し直後に。

「そんな勇気が有ったら、モテるかもしれないだろ?」

 と、マリコルヌが恥ずかしそうに言ったために、しんみりとした空気は台無しに成ってしまった。

 ある意味ブレ無いと云えるだろう。

「で、サイト」

「何だよ?」

 ギーシュが、真顔に成って才人を覗き込んだ。

「君には何か策が有るんだろう?」

「策?」

「ああ、自棄にアッサリ大人しく捕まったじゃ成いか。当然、此処から脱出出来る策が有っての事なんだろ?」

 キョトンとした様子で、才人は答えた。

「無いよ」

 ギーシュとマリコルヌは、目を丸くした。

「へ?」

「策なんか有る訳無いだろ。デルフも取り上げられちまったし。どーすんのさ?」

「君って奴ぁあああああ! ああああ、捕まっちゃったじゃないかよぉ……! 選りに選って敬愛する女王陛下にぃいいいい!」

 ギーシュは頭を抱えて喚き始めた。

「何言ってんだ。さっきは、“こんな経験出来て嬉しい”なんて言ってた癖に」

「其れとこれとは話が別だぁああああ!」

 マリコルヌはショボンと肩を落とした。急に心配に成って来たらしい。

「女王陛下、僕達を赦して呉れるかな……? まさか、縛り首なんかに成らないよな?」

 才人は、其処で笑顔を浮かべた。

「ルイズ達が何とかして呉れるよ。彼奴等は何せ、姫様の幼馴染だからな。きっと上手い事遣って、怒った姫様を執り為して、協力を取り付けて来るよ。其れまで此処で待ってようぜ」

 才人がそう言った瞬間、扉の前に人影が現れた。

 小窓に、桃色の髪が見える。

 ニッコリと才人は笑った。

「ほら、言った通りだろ?」

 扉が開き、ルイズが顔を見せる。ルイズは、マントを羽織っていない。

「遅かったじゃねえか。待ってたぜ」

 然しルイズは返事をしない。ムスッとした表情で、ツカツカと入ると、どすん、と才人の隣に腰を下ろした。

「え? ルイズ……俺達を出しに来て呉れたんじゃ……」

 ルイズを中に入れた衛士は再び牢の扉を閉める。

 ガチャン! と“魔法”の鍵が掛かる音で、才人とギーシュとマリコルヌは、自分達の運命を悟り、理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや! 大したモノだな! “エルフ”の“先住魔法”とやらは!」

 “ガリア王国”の首都――“リュティス”の“ヴェルサイユ宮殿”。

 壮麗な宮殿の中で一際異彩を誇る、青の煉瓦で造られた“グラン・トロワ”の一室で、“ガリア”王ジョゼフは異国からの客人を前に、豪快な笑い声を上げた。

 客人で在る“エルフ”のビダーシャルは、全く笑みを浮かべてなどいない。彼は本日、旧“オルレアン”屋敷で、裏切った“北花壇騎士”を捕縛して、此処まで運んで来たので在った。

 彼の獲物で在る、“7号”という符丁で呼ばれていた“北花壇騎士”は、後ろ手に縛られ、床に転がされている。“エルフ”で在るビダーシャルによって深い眠りの“魔法”を掛けられ、静かに寝息を立てていた。

「我が姪を、難無く捕らえるとは……其の“先住”の“魔法(わざ)”は本物の様だな」

 ビダーシャルは、金色に光る髪を戦がせ、口を開いた。

「御前の要求……裏切り者を捕える、という条件は満たした。これで、交渉の権利を得たと解釈して宜しいか?」

「良かろう。“エルフ”王の使者よ」

 ジョゼフは、ビダーシャルを促した。

「王、という言い方は正確では無い。我等は御前達“蛮人”の言う所の王は持たない」

 静かな声で、長身の“エルフ”は言った。

 “蛮人”と呼ばれても、ジョゼフは憤らなかった。

 “ガリア”は“エルフ”の住まう土地と東で国境を接して居る。“エルフ”との長年に亘る交流……決して友好的とはいえない交流では在るものの、其れを持っている彼は、“エルフ”達のヒトに対する蔑視には当の昔に慣れているのだから。

「首長で在ったか? いや、統領で在ったか? 兎に角お前達は入れ札で時の指導者を選出するので在ったな? 随分と面倒な事をするものだな」

「血統で指導者を固定する事の愚を、我等は早くから学んだ。王と言う呼び名で、我等が統領を呼ぶ事は、我等に対する重大な侮辱で在る」

「では、“ネフテス”のテュリューク統領の意を述べよ。ビダーシャル卿」

 ジョゼフは正式な呼び方で、“エルフ”の使者にそう告げる。

「我等が守りし、“シャイターンの門”の活動が、最近活発に成っている」

「“聖地”の事か?」

「御前達にとっては“聖地”でも、我等にとっては忌まわしき“シャイターンの門”だ。其処が此の数十年というもの、活発に動き始めている。我等はこれが御前達がいう所の“虚無”の力……“シャイターン(悪魔)”の復活と考える」

「我等にとっての聖成る力を、悪魔の力と言うか。御前達“エルフ”は、本当に傲慢だな」

「力を持つ者によって、光にも闇にも変わる。嘗て我等の世界を滅ぼし掛けた力だ。御前達にとっては神の力かもしれぬが、我等にとっては悪魔の力だ。闇の象徴だ。我等の予言にはこう在る。“4の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は覚醒めん。真の悪魔の力は、再び大災厄を齎すで在ろう”」

「揃われては困る、という事か」

「そういう事だ。6,000年前の“大災厄”以来、嘗て何度か、“悪魔の力”は揃いそうに成った。其の度に我等は恐怖した。我等は大災厄を齎した“シャイターン(悪魔)の門”をそっとしておきたいのだ。知を持つ者が触れざる場所にしておきたいのだ。其れでこそ世界の安全は保たれる」

「で、世に何をさせようというのだ? 世が望むまいが、揃う時は揃う。揃わぬ時は揃わぬ。強い力というモノはそういうモノだぞ」

「此処は我等の国は無い故、揃うのは阻止出来ぬ。其れは干渉と言うモノだ。御前は“ハルケギニア(人間世界)”で最大の集団を束ねる国王なのだろう? 御前の持つ影響力を行使し、“シャイターンの門”に近付こうとする一派を抑えて欲しい」

「あれだけ強力な“魔法”を使う御前達にしては、随分と消極的ではないか。怖ければ、打って出れば良い。其の力を以て、御前達のいう“悪魔”とやらを滅ぼしたらどうだ?」

 そう成った場合、先ず真っ先に蹂躙されるのは“ガリア”で在るというのに、余裕の態度でジョゼフは言い放ってみせた。まるで、其れを望んでいるかの様子で在る。

「我等は争いを好まぬ。我等にとっての闇が、御前達の光で在る事も承知している。御互いが共存出来れば其れに越した事は無い」

 ジョゼフは愉しげに、鼻を鳴らした。

 僅かにビダーシャルが眉を顰める。

「御前も、“シャイターン(悪魔)”を信望する狂信者の一員なのか?」

 “始祖ブリミル”を悪魔と言い放つ“エルフ”に、ジョゼフは笑い掛けた。

「余は神も“始祖”も信じてはおらぬ。余が信じているのは己だけだ」

「知っている。だから我等は、交渉相手に御前を選んだのだ。勿論、相応の見返りを用意する積りで在る」

「申してみよ」

「向こう100年の、“サハラ(砂漠)”に於ける“風石”の採掘権と、各種の技術提供」

 “風石”は、“フネ”を空に浮かべるために不可欠の物資だといえるだろう。“風”の“先住”の力の結晶で在る。“エルフの地(サハラ)”には、其れが大量に眠っているのだ。

 そして砂漠を切り開いてヒトの住む土地に変える“エルフ”の技術は、ヒトの其れを遥かに上回っているといえる。

 其の2つの提供は、当に破格の申し出といえた。

「気前が良いな」

「御前達の信じる理想を曲げさせるのだ。当然だ」

 ジョゼフは、理解った、という様に首肯いた。

「良かろう。後もう1つだ」

「何だ?」

「“エルフ”の部下が欲しい」

 ビダーシャルの顔が僅かに曇る。

「……交渉してみよう。意に沿う様に善処する」

「其の必要は無い。御前で良い。余の命在る限り、余に仕えよ」

 ビダーシャルは言葉を失ってしまった。

 黙る“エルフ”に対し、ジョゼフは更に言い放ってみせる。

「“蛮人”に仕えるのはプライドが許さぬか? 御前達は世界の均衡を、平和を、守りたいのだろう? はは、余の理想と一致するでは成いか。其の余に仕えると言う事は、“エルフ”の理想を守る事に他なら無い」

「本国の意向も在る。我の一存では……」

 初めて言葉を濁してしまった“エルフ”に対し、ジョゼフは一喝した。

「馬鹿が。自分で決めろ!」

 ビダーシャルは蒼白な顔をし乍らも暫くの間ジョゼフを睨み付けていたが……其の内に一礼した。

「……良かろう。仕えよう」

「では、下がって良い。“ネフテス”には余が了解した旨、伝えて置け」

 然し、ビダーシャルは立ち上がらない。ジッとジョゼフを見詰めていた。

「何だ? 文句が有るのか?」

「1つ、御前に訊きたい」

「言え」

「御前は何を考えているのだ? 御前が、世界の均衡と平和を望んでいるとは、其の態度と顔を見るに……我には想えぬ。其の上、我等は、御前達の信じる神を……幾ら御前が信じぬとはいえ、御前が属する民族の拠り所で在ろう。神を、聖者を侮辱しているのだぞ? 正直な所を言えば、相当の 悶着を予想していた。一筋縄では行かぬと、本国では予想していた。どうしてアッサリと我々に協力するのだ?」

 つまらなさそうな声と調子で、ジョゼフは答えた。

「退屈だからだ」

「何だと?」

「良いから去れ」

 ジョゼフは尊大な態度を取って、手を振った。

 

 

 

 ビダーシャルが退出した後……ジョゼフは床に倒れたタバサ――シャルロットへと近付いた。

 其れからジョゼフは、“エルフ”で在るビダーシャルによって掛けられた“魔法”によって当分の間は目覚め無いだろうシャルロットを優しく抱き起こし、己が腰掛けて居た玉座へと横たえさせる。

 あどけないシャルロットの寝顔には、弟の面影が残っていると、ジョゼフには感じられた。

 シャルロットの頬を撫で乍ら、ジョゼフは呟いた。

「御前は本当に、将棋(チェス)が強かったな。御前程の指し手は何処にもおらぬ。だからシャルル、御前がいなくなってしまったから、俺の相手はもう、俺だけになってしまったよ。嗚呼、俺は退屈と絶望で死にそうだ。毎日が棘で出来た絨毯の上を素足で踊るダンスの様だ。なあシャルル。今度のゲーム(対局)が決まったぞ。“エルフ(亜人)”と組んで、人の理想と信仰を潰すのだ。今度のボード(将棋盤)は“ハルケギニア”を超え、“エルフの土地(サハラ)”や“聖地”を含む全世界だ。組んだと言っても、俺が考え、俺が指すのだ。“エルフ”も国も、全てが俺の駒なのだ。どうだ? 俺は凄いだろう? シャルル……」

 シャルロットの寝顔の中に、ジョゼフは弟を見た。

 ユックリと……記憶が、遠い日が記憶が、ジョゼフの中で蘇って行く。

 ジョゼフは、眠っているシャルロットに語り掛けた。

「皆、御前が王に成る事を望んだ。シャルル、御前は誰よりも“魔法”の才に優れていた。嗚呼、御前は5歳で空を飛んだ。7歳で“火”を完全に操った。10歳には銀を“錬金”した。12歳の時には“水”の根本を理解した。俺には何1つ出来ない事を、御前は容易く遣って退けた」

 ジョゼフはシャルロットの髪を撫でた。自身と同じ青い髪、シャルルと同じ、青い髪を。

「俺が何な気持ちで其れを見ていたか、御前には理解らないだろうな。否、理解っていたか? 御前は、俺にいつもこう言っていたな。“兄さんは、未だ覚醒めて居ないだけなんだ”と。家臣や父に馬鹿にされる俺を見て、御前はこうも言って呉れたな。“兄さんは、いつかもっと凄い事が出来るよ”と。俺を気遣って、態と失敗した事も在った。でも、理解っているか? 御前のそんな優しさに触れる度、俺はどう仕様も無く惨めな気持ちに成ったんだ」

 ジョゼフの目から涙が溢れた。

「俺はそんな御前が羨ましくて堪らなかった。俺が持たぬ美徳、才能を全て兼ね備える御前が羨ましくて堪らなかった。でもな、憎くはなかったんだよ。本当だ。あんな事をしてしまう程、憎くはなかった。あの時までは……」

 ジョゼフは目を瞑った。

 すると……3年前、父王が倒れた時の事が、ジョゼフの脳裏に在り在りと蘇った。

 

 

 病床の父は、臨終に当たって2人の王子のみを枕元に呼んだので在る。

 ジョゼフとオルレアン公――シャルルは、緊張し乍ら枕元に立つ。

 次の王が決まる瞬間で在った。

 小さく弱々しい声で、父王は2人に告げた。

「……次王はジョゼフと為す」

 信じられない言葉で在った。

 宮中の誰もが、オルレアン公シャルルこそが次王に相応しいと思っていたからで在る。妃で在る母でさえも、長男のジョゼフを暗愚と呼び、シャルルを王に推していた程にだ。

 然し……父王はジョゼフを王と決めたので在る。

 ジョゼフの中に、(自分を次王に叙すとは……父は病気で呆けたのだろう。然し、王の言葉は絶対だ。自分は王に成ったのだ)、と途轍も無い歓喜が生まれた。

 次に生まれた感情は……シャルルに対する優越感で在った。

 ジョゼフは、(あれ程、皆に王に相応しい、と言われていたシャルルの絶望は如何程のモノだろう? 自分のモノに成る筈で在った権力が、一瞬で指の間から摺り抜けた絶望は如何程のモノだろう?)とシャルルの悔しがる顔を想像した。其れが見たくて堪らなく成り……ジョゼフは弟の顔を横目で盗み見た。

 其処に在った顔を見て……ジョゼフは絶望してしまった。自分の下衆な想像が、全く外れていた事を知ったので在る。

「御目出度う」

 シャルルはニッコリと笑ってそう言ったので在った。

 其の時の一字一句を、ジョゼフはハッキリと脳裏に描き直す、想い出す事が今でも出来る。

「兄さんが王に成って呉れて、本当に良かった。僕は兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。一緒に此の国を素晴らしい国にしよう」

 何の嫉妬も無いかの様な、邪気も皮肉も込められていなかった様に、ジョゼフには見えた。本気で兄の戴冠を喜ぶ弟の顔が、其処には在ったので在る。

 ジョゼフのシャルルに対する嫉妬が、強い憎しみに変わったのは其の瞬間で在った。

 

 

 苦しそうな顔で、ジョゼフは言葉を絞り出した。

「どうして御前は、悔しがらなかったのだ? どうして御前は其処まで優しかったのだ? どうして御前は、俺が持たぬモノを全てを……手に入れていたのだ? シャルル、恨むなら、己の才と優しさを恨め。御前のあの晴れ晴れとした顔が、御前を殺したのだぞ」

 あの日……。

 猟に出掛けたオルレアン公を毒矢で射抜いたのは、ジョゼフ自身で在ったのだ。

「……御前は言ったな。“兄さんは、未だ覚醒めていないだけなんだ”と。覚醒めたぞ! “虚無”だ!! 伝説だ! 御前の言った通りだ! 嗚呼、御前はこうも言って呉れた! “兄さんは、いつかもっと凄い事が出来るよ”と! 遣っている! 俺は世界を将棋盤(チェスボード)にして、対局(ゲーム)を愉しんでいる! 全てが御前の言った通りだ! 偉い奴だ! 御前は本当に凄い奴だ! シャルル!」

 

 

 

 暫しの黙考の後……ジョゼフは眠るシャルロットの唇に触れた。

「口元が母に似ているな……シャルロット。あの様に成ってさえ、御前の母は美しい。美しい母に感謝しろ。御前が呑む筈だった“水魔法”の薬を変わりに煽いだ母を……」

 ジョゼフは、眠るシャルロットに言い聞かせるかの様に言葉を続ける。

「あの“水魔法”は、“エルフ”が調合したのだ。“先住”とやらの複雑な薬だ。ヒトの手ではどうにもならぬ。血を分けた御前に、再び試すのは流石に心が痛むが……然し、どうにもならぬ。遣らねばならぬ。何故なら御前は、飼い主で在る此の俺に楯突いたのだからな。首輪をしっかりと嵌めねばならぬ。そうだろう? シャルロット」

 何も知らぬ者が見れば、慈悲深そうに見えるで在ろう笑みを浮かべ乍ら、ジョゼフは凶悪な言葉を紡ぎ出した。

「あの“エルフ”が薬を調合するまで、残された時間を楽しめ。血を分けた御前に対する、最後の慈悲を与えよう。御前から奪った王侯の時間を与えようではないか。“エルフ”が建てし崩れ落ちた城で、王女の一時を過ごすが良い。はは、“エルフ”の薬で心を失くす御前に相応しい。叔父らしい事を何1つしなかった叔父からの贈り物だ……」

 ジョゼフはシャルロットの手を握ると、其処に己の額を押し付けた。

「嗚呼! 悲しい事だ! 若しあの日のシャルルのあの笑顔が無ければ、御前は今頃、こんな険しい寝顔では無く、眩い笑みを浮かべていただろうに! “エルフ”の“魔法”などで苦しむ事も無かったろうに!」

 額をシャルロットに押し付け乍ら、ジョゼフは涙を流した。聖職者の前で懺悔を行うかの様に、ジョゼフは苦し気な声を絞り出す。

「御前の“愛”した女性を、娘を、痛め付けても……あの日の痛みには敵わん。祖国を、“ハルケギニア”を使って人々を苦しめても……あの日の後悔には敵わん」

 ユックリとジョゼフは立ち上がる。残根の涙が消えた其の目には、深い憎しみが宿っていた。

「だからシャルル。俺はもっと大きな世界を此の掌に乗せて遊んで遣る。汎ゆる力と欲望を利用して、人の美徳と理想に唾を吐き掛けて遣る。御前を此の手に掛けた時より心が痛む日まで……俺は世界を慰み者にして、蔑んで遣る」

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