ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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囚われの6人

 才人は、鉄格子の間から射し込む陽射しに気が付いた。

 隣ではルイズが才人の肩に頭を乗せ、寝息を立てて居る。

 ギーシュとマリコルヌはベッドに並んで寝転び、鼾を描いていた。

「朝か……」

 結局悶々として、遣り切れなくて、才人は一睡も出来なかったので在る。

 ルイズはふにゃふにゃと口を半開きにして、何やら呟いている。

「ざーんねーんでした。姫様は、所詮寂しいだけでした。ふにゃ……」

 才人は、(一体此奴は、何な夢を見ているんだろ?)と想った。

 今は此の様な鉄格子の嵌まった場所で、一晩過ごしている場合では無いといえた。早くタバサを救けに行く必要が在るのだから……。

「ばっかじゃないの? 姫様にフラれたからって、今更相手何かして上げないんだから……」

 才人はルイズを突いた。

「ふにゃ……」

 目を覚ましてないルイズは夢と現実の区別が付いていないのだろう、才人を見る成り怒鳴り付けた。

「姫様の代わりなんて非道い! と言うか誰でも好いんでしょー! そうよね! 誰が1番なのか、い、いい、言いなさいよ!」

「……何言ってんだ御前」

 呆れた才人がそう言うと、ルイズは此処が夢の世界では無く現実で在るという事に気付いたらしい。

 ルイズは顔を真っ赤にし、才人をポカポカと殴り始めた。

「夢見ただけよ! 夢!」

「殴るなよ!」

「夢とは言え遣ったのはあんたなんだから、責任取りなさいよね」

 顔を真っ赤にした侭、ルイズは外方を向いた。

 遣ってられないために、才人は大きく溜息を吐いた。

「御前なぁ……良く暢気に夢なんか見てられるよな」

「何よ?」

「てっきり、姫様を上手い事説得して、今頃タバサを救けに“ガリア”に向かってる頃だったのに……」

「私が悪いって言う訳?」

「御前が姫様に、報告しなきゃって言うから来たんじゃねーか!」

「当たり前じゃない」

「人救けだ! 報告なんかしてないで、直ぐに駆け付けていれば、こんな事には成らなかったんだよ!」

 するとルイズは真顔で才人を見詰めた。

「サイト。其れは違うわ。人救けだからこそ、きちんと筋を通さなければいけないわ」

「どうしてだよ?」

「若し、勝手に行って失敗したらどうするの? “ガリア”は私達を、“トリステイン”の間諜だと想うでしょう。だって、私は姫様の女官で、あんたは近衛兵の副隊長だもの。そうしたら大変だわ。“ガリア”は“トリステイン”に対し、厳重に抗議するでしょうね。戦争の口実にするかもしれない。若しかしたら其れが目的なのかもしれないわ」

「そんな……」

「無いって言い切れる? 実際そんなのどうか判らないけど、可能性が捨て切れない以上、在ると考えて行動しなきゃ駄目。私達を何度も冷酷な方法で襲った“ガリア王国”よ? 何をするか判らないわ。そうしたら、姫様のみ成らず、“トリステイン”にまで償い切れ無い迷惑が及ぶかもしれない。其の所為で、関係無い人が傷付く可能性だって在るわ。私だってタバサを救けたい。でも、誰かに迷惑が掛かる事に成ってはいけないの。其れこそ、頭に血が上っての勝手な行動と言うモノだわ。其れに、あんた。“サーヴァント”よ。“ガリア”には、“ミョズニトニルン”……“キャスター”が居る。他にも“アサシン”と“アヴェンジャー”も……“セイヴァー”は言ってなかったけど、他の“サーヴァント”、今“召喚”が確認されてる“ライダー”もいるかもしれない。きっと殺し合いに成るわ。そう成ると死ぬかもしれないのよ?」

「御免……でも俺、やっぱり遣り切れねえよ。理屈じゃ御前の言う事が正しいって理解るんだけどさ。そんでも、俺成ら出来るかもしれないって事が、こう遣って普通に出来なくって……ああくそ、やっぱ苛々する!」

「そうね……姫様は理解って下さるかもと想っていたけど……甘かったみたいね」

「何とか脱出出来ねえかなあ」

 ぼんやりと、才人は鉄格子を見詰めた。

「御前の“虚無”で、何とかなんないの?」

「無理。“ディスペル”が利くかどうか判んないし、第一“杖”が無いわ。こんな事なら、“魔術”を習って置くんだったわね……」

「使えねえなあ」

「あんただって剣が無かったら、ただの人じゃないの」

「使えねえなあ」

 才人は、次に自分に向けて言った。

 其れでも才人は望みを捨ててなどいない様子で、「……兎に角脱出出来たら“ガリア”に行く積りだけど、心配すんなよ。御前の言う、“トリステイン”への迷惑は掛からないようにするから?」、と言った。

「どういう意味?」

「俺、昨日副隊長を辞めて来たじゃねーか。ただの人、唯の“サーヴァント”で通すよ」

「やっぱり甘いわねぇ……」

、と、溜息を吐き乍ら、ルイズが言った。

「どういう意味だよ!?」

「そんなの相手が信用すると想ってるの? 騎士を辞めたくらいじゃ駄目よ。せめて御尋ね者に成って、初めて関係が切れたって言えるのよ」

「御前に“貴族”が辞められるかよ。せめて俺と同じ事してからそういう生意気は……」

 才人は其処まで言って、初めてルイズの格好に気が付いた。

 気が気では無かったがために、判らなかったのだが……。

「マントとタイ留め、どうしたんだよ!?」

「女王陛下に御返しして来たわ」

「御返しして来たって、御前……」

「っさいわね! 声で私だってただのルイズよ! あんたと同じ“平民”! へ・い・み・ん! 御馳走様! 姓もプライドも捨てて来たわ! だから自分だけ格好付けた様な気に成らないでよね!」

 才人は激しく感動した。

 ルイズと出逢って以来の感動で在ったといえるだろう。

 此の桃髪美少女“魔法”使いのプライドが高い筈の才人の御主人様は……あれだけ拘っていた“貴族”という肩書をアッサリでは無いが、捨てたのでだから。

 ルイズみたいな女の子にとって、其れはかなりの勇気が必要で在るといえるだろう。

 自身が今まで築き上げて来た人生を捨てる覚悟がなければ、そういった事は出来やしないで在ろう。“貴族”という身分は、ある意味ルイズにとって総て在ったのだから。

「お、御前……」

「ざーんーねーんでしたっ! あんた、高貴な女性、大好きだもんねっ! ただの女の子の“使い魔”に成っちゃって、嘸かしがっかりしてるでしょうね!」

「そ、そんな……俺、感動してるんだよ……御前が其処までするなんて……」

「嘘ばっかり! 昨晩だってチラチラ姫様の顔見て、顔赤くしてたわ! 信じられないわ! “貴族”や王女様が大好きなんでしょ!? 犬の癖に! ちゃんちゃら可笑しいんだから!」

 そう喚き乍ら、(私に対する、“好き”、が“使い魔”としての其れだったら? サイトの気持ちは、本当は姫様に向いているんだけど……“使い魔”としての、“好き”、が、其の邪魔をしているだけだとしたら? 昨晩、サイトが姫様の願いを振り払ったのも理解出来るわ。私が与えた“使い魔”としての“契約”は、サイトの本当の気持ちを捻じ曲げてしまったのかもしれない……兎に角サイトの今の気持ちは、姫様に向いているのかもしれないわ。其れを邪魔しているのは、私が与えた偽りの気持ち……)といった具合に、ルイズはシエスタに言われた不安が胸に広がるのを感じた。

「別に“貴族”や王女様が好きな訳じゃねえよ」

 才人は憮然として言った。

「どうだか理解んないわ!」

 言い知れぬ不安を振り払う様に、ルイズは声を荒らげた。

「だからそんなに怒るなって。言ってるだろ? 俺は御前の事が……」

「言わないで!」

 ルイズは耳を塞いで蹲ってしまう。

 才人はびくっ! と身を震わせると、傷付いた様に手を引っ込めた。

「理解ったよ。もう言わない」

 そんな事を言って欲しく無いのにどうにも成らないため、ルイズは泣きそうに成ってしまった。

 こほん、と咳払いが聞こえ、才人とルイズの2人は前を見詰めた。

 其処には、目を覚ましたギーシュとマリコルヌが、微妙な遣り取りをする2人をジッと見詰めて居たので在る。

「ち、違うの! 今のは違うの!」

「いや、僕は別に良いんだが。マリコルヌが……」

 ギーシュの隣にいるマリコルヌが、ワナワナと怒りで肩を震わせているのが見える。

「なぁギーシュゥ……僕、限界だよゥ……眼の前であんな焼き餅混じりのラブゲームゥ……」

 マリコルヌが飛び掛かり、ルイズは咄嗟に才人を突き出してしまった。

 2人はもんどり打って倒れてしまう。

「もうこう成ったら君で良い。抱け」

 諦め切ったマリコルヌが遠い目でそう言ったので、才人は深く切なく成ってしまう。

「抱いてよ」

「あああ、全く……こんな事してる場合じゃねえだろうが!」

 才人が溜息を吐いてそう言った瞬間……。

 窓の外から閃光と大音量が響いて来た。

「……な!?」

 ギーシュとルイズが、跳び上がって窓へと張り付く。

 其処には、驚くべき光景が広がっていた。

 “オストラント号”から派手な音楽と、“魔法”で拡大した声が響いているので在る。

「“トリスタニア”の皆様に申し上げます。“トリスタニア”の皆様に申し上げます。“ゲルマニア”のフォン・ツェルプストー家が、最新式水蒸気船“オストラント号”の御披露目に遣って参りました。街を歩く皆様も、御城に御勤めの皆様も、どうか近付いて御覧になってくださいまし」

「モンモランシーの声じゃないか!」

 果たして其れは、“オストラント号”で一行の帰りを待っている筈のモンモランシーの声で在った。

 城の中庭では、警護の騎士や兵隊達や、通り掛かった“貴族”達が、「何だ何だ?」と空を見上げている。

 “竜騎士“が何騎も近付いて、“オストラント号“の周りをグルグルと回っているのが見えた。「他所で遣れ!」、「帰れ!」、と警告をしているのだ。

 然し、“オストラント号”は気にした風も無く、旋回を続けている。

 才人達を閉じ込めている部屋の扉の前に立つ衛兵達も、外の様子が気に成る様子で在り、顔を見合わせている。

「彼奴等……どういう積りだ?」

「何考えているのかしら?」

 そんな感想を漏らしていると、扉の外から、どさっ! と衛兵が倒れる音がした。

 振り返って、才人達は息を呑んだ。

「キュルケ!?」

 果たして小窓の格子越しに見えたのは、赤い髪が眩しいキュルケと……。

「先生! コルベール先生!」

 髪の無い額が眩しい、コルベールで在った。

 扉に駆け寄った囚われの4人に、キュルケは指を立ててみせた。

「一応だけど、静かにしてて」

 コルベールは倒れた衛兵の腰から鍵の束を取り上げると、其れを扉の鍵穴に差し込んだ。中々合う鍵が見付けられずに、もたついてしまう。

 其のうちに、ガチャリ、と音がして扉が開いた。

「キュルケ、先生!」

 4人が廊下に出ると、コルベールは笑顔を浮かべた。

「喜ぶのと説明は後だ。急ぎ給え」

 

 

 

 此の塔は貴人を幽閉するためのモノで在るからか、私物を別に保管する小部屋が直ぐ隣に在った。

 コルベールはまるで此の塔の構造を熟知でもしているかの様に動き、小部屋の中から才人の相棒で在るデルフリンガーと各人の“杖”を見付け出す。

 其れ等を握り締めた4人に、キュルケはローブを放って寄越した。

 4人は其れ等を纏い、一行はキュルケとコルベールに続いて階段を駆け下りる。

 途中に何人もの衛兵が倒れて居た。

「これ、御前達が遣ったのか?」

「寝てるだけよ」

 キュルケが楽しそうな声で言った。

 才人を始め囚われていた4人は、(これだけの数をどの様にすれば無力化出来るのだろうか?)と想った。

 そう不思議に想っていると、下から衛士“メイジ”を先頭とする、何人かの兵士が上って来た。塔の異変に気付いただろう一隊で在る。

「あっちゃあ……入る時は不思議な事に見付からなかったのに……」

 キュルケは御道化た風に言った。

「貴様等! 何をしている!?」

 言うが早いが、先頭に居るコルベールが逸早く反応した。短く“呪文”を唱え、“杖”を突き出す。

 空気の塊が隊長と思しき衛士を吹き飛ばした。

「なっ!?」

 もう1人お衛士の懐に飛び込んだかと思うと、コルベールは其の腹に“杖”を使って当身を叩き込んでみせた。

 下から上がって来た一隊は、先頭の2人が倒れたためにコルベールにまで届かない。

 コルベールは当身を叩き込み乍ら“呪文”を唱えており、浮足立った衛兵達の上に、緑色の雲状の霧を発生させた。

 衛兵達は、眠りの雲に巻かれてバタバタと糸が切れた操り人形で在るかの様に倒れて行く。

 其の手際の良さに才人達は驚いた。彼の事を昼行灯と思って居たルイズやギーシュは、唖然として事の成り行きを見詰めていた。

 コルベールの其れは、“杖”を使って当身を喰らわせたり、素早く口元を読まれぬ様“呪文”を唱えたり、と、まともな“貴族”の戦い方では無い事が判るだろう。

「城の警護隊も質が落ちたな……」

 と呟き、コルベールは再び駆け出す。

 中庭に出ると、其処の連中は、上空を舞う“オストラント号”に夢中で在った。

 キュルケとコルベールの此の行動は、“オストラント号”と歩調を合わせての救出作戦で在ったのだ。

 此処宮中に入って来る客は兎も角、出る客のチェックは薄い。

 コルベールが“魔法学院”の身分証を差し出すと、呆気無く門を通る事が出来たので在る。

 一行は城下町へと飛び出して行った。

「せ、先生凄いですね……」

 やっとの事で落ち着いた才人がそう言うと、コルベールは物憂気な表情を浮かべた。

 

 

 

 城を抜け出した一行は、キュルケの先導で以前働いた事の在る“魅惑の妖精亭”に向かった。

 其処には驚いた事に、馬や旅装が用意されて居た。

「御友達を救けに行くにのでしょ? 協力するわよぉ~~~」

 “魅惑の妖精亭”主のスカロンが見をクネラせ、才人達に微笑んだ。

「準備が良いな……一体誰が俺達が捕まった事を知らせたんだ?」

 才人がキュルケに尋ねると、酒場の隅から、少しばかじ恥ずかしそうにレイナールや、帰ったとばかりに想われていた騎士隊の連中が出て来た。

「御前達、“学院”に帰ったんじゃないのか?」

 眼鏡をツイツイと持ち上げ乍ら、レイナールは言った。

「どうせ反対されて諦めると想って、君達の帰りを中庭でコッソリ待ってたんだ。そしたら、君達が捕まって連れて行かれるのが見えたから……」

「“フネ”で待ってるあたし達に報せて呉れたって訳よ。で、私とジャンで計画を立てて、此の“魅惑の妖精亭”にも協力を仰いだって訳」

 得意気にキュルケが言った。

 才人は嬉しく成った。

 騎士隊は別にバラバラに成ったという訳では無かったのだ。こう遣って、いざと成れば助けて呉れる仲間達で在ったのだ。

 そんなキュルケ達に、才人は頭を下げた。

「す、すまねえ……タバサを救けるって言い乍ら、俺達が捕まっちゃしょうが無いよなあ」

 そんな才人の肩を、コルベールがポンポンと叩いた。

「謝るのは、ミス・タバサを救けてからにしよう。安心している暇は無いぞ。さてさて、本番はこれからだ」

 ガバッとコルベールは、テーブルの上に地図を広げた。

 其の場の全員が、緊張した様子で地図に見入った。

 コルベールは、1本の街道に線を引いた。

「我々は、陸路で“ガリア”へ向かう」

「“フネ”で行かないんですか?」

「君達が脱走した事が判れば、真っ先に疑われるのは、今空に浮かんで居るあの“オストラント号”だ。何せ、我々はあの“フネ”で此処“トリスタニア”に遣って来たんだからな。追っ手はあの“フネ”に我々が逃げ込んだと想うだろう。だから我々は其れを逆手に取る。“オストラント号”に十分追っ手を引き付けさせ、反対方向の“ゲルマニア”へと向かわせる。宮中の連中に、我々が“ゲルマニア”から“ガリア”へ侵入すると想わせるのだ」

「成る程」

 キュルケが残りの理由を説明した。

「其れにね、あんな大きな“フネ”で国境を超えたら、直ぐ“ガリア”軍に見付かっちゃうじゃない。で、“ガリア”で降りた後はどうするの? 上空に待機させておく? “ガリア”の“竜騎士”隊に見付かって、あっと言う間に撃沈されちゃうわよ」

「兎に角あの“フネ”は、危険な事には使いたくない。ミス・タバサを救けた後は、あの“フネ”で東に行く。そうだろう?」

 コルベールが、悪戯っぽい笑みを浮かべて才人を見詰める。

 はい、と感動し乍ら才人は首肯いた。

「よって我々は馬で国境を超え、ミス・ツェルプストーが知っているという、“ラグドリアンの湖畔”の旧オルレアン公の屋敷へと向かう。其処がミス・タバサの実家だそうだ。何か手掛かりに成るモノが在るかもしれない。さて、取り敢えずの計画は以上だ。諸君、何か質問は有るかね?」

 まるで授業の時の様にそう尋ねたコルベールに、才人は尋ねた。

「2つ程、良いですか?」

「何だね?」

「先ず、セイヴァーとシオンは――」

「2人はもう、“アルビオン”の人間だ。だから、協力を仰ぐ事は出来ない。2人も救けに行きたいだろうが、其れでも無理なのだろうな。立場がそうさせている。だからこその、あの助けだったのだろうな」

「次に、どうして、其処までして呉れるんですか? 先生には先生っていう立場が有るでしょう?」

 どうしてそんな事を訊くのだ? とコルベールは不思議そうな様子を見せた。

「ミス・タバサは私の生徒だ。教師が生徒を救ける。全く以て当然じゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバサが目を覚ますと、其処は夢の国で在った。

 広い寝室の真ん中に置かれた天蓋付きのベッドに、彼女は横たわっているので在った。

 今のタバサは、公女時代にさえ1度も袖を通した事が無い様な、豪華な寝間着に身を包んでいたのである。

 眼鏡を探すと、ベッドの隣の小机の上に、宝石を鏤められた眼鏡立てが置いて在り、其処に立て掛けられている事に、タバサは気付いた。

「…………」

 其れを掛け、タバサは自身の身体を改めた。

 何処にも異常は感じられない。

 見回すと、ベッドや小物に劣らず、周りの丁度も豪華で在る事が判る。前“カーベー時代”の丁度で在る事が判るだろう。“ガリア”が芸術的に、軍事的に、最大の栄華を極めた時代で在る。

「目覚めたか?」

 タバサが声のする方に顔を向けると、其処にはあの長身の“エルフ”がいた。部屋の入り口付近に置かれたソファに座り、本を読んでいたので在る。

 タバサは咄嗟に“杖”を探すのだが、何処にも見当たらない。こう成っては、タバサには抗う術は無いといえるだろう。

 タバサはユックリとベッドから下りた。

 此処は決して、夢の国では無い事をタバサは理解する。彼女を呆気無く倒して退けた此の“エルフ”が居る以上、あtだの現実の延長で在るのだから。

「貴男は何者?」

「“ネフテス老評議会議員”……否、今はただの“サハラ(砂漠)”のビダーシャルだな」

「此処は何処?」

「“アーハンブラ城”だ」

 博識なタバサは其の城の名を知っていた。

 “エルフ”の土地で在る“サハラ(砂漠)”との国境近くに在る、“ガリア”の古城。首都“リュティス”を挟んで、“ラグドリアン湖”とは粗正反対の場所に位置している場所――城である。

 タバサは、意識を失っている間に、此処まで連れて来られてので在った。

「母を何処に遣ったの?」

 先日と同じ質問をタバサは繰り返した。

 長身の“エルフ”は呆気無く答えた。

「隣の部屋だ」

 タバサは駆け出した。

 扉に駆け寄っても、“エルフ”の男――ビダーシャルは咎める事はしない。

 タバサが寝かされていた部屋は、どうやら貴人を泊めるために設計された部屋で在る事が判る。

 扉の向こうは、召使用の小部屋で在ったからだ。

 タバサの母は其処のベッドに横たえられていた。

「母様」

 呟いて駆け寄る。

 タバサの母は寝息を立てている。呼び掛けても目を覚まさ無い事から、深く眠っている事が判る。

 部屋の隅の鏡台に、母が娘で在ると想い込んでいる人形が置かれている。嘗て母がシャルロットに買って呉れた人形で在る。其の時のタバサは其の人形に“タバサ”と名付けたので在った。

 心を病んだ母は、其の人形を現在シャルロットと想い込み、そう呼んで居る。

 そしてシャルロットは今、“タバサ”と名乗っている。彼女の分身の様な其の人形は、無造作に鏡台の上に置かれていたので在る。

 憎々しげに、タバサはドアから顔を覗かせたビダーシャルを睨む。

 ビダーシャルは良く通る澄んだ声で、タバサに言った。

「暴れるのでな、寝て頂いている」

「私達をどうする積り?」

 ビダーシャルは捕まえられて来た実験用の“砂漠鼠”でも見るかの様な、僅かな憐れみを含んだ目で、タバサを見詰めた。

「其の答えは2つ在る」

 ビダーシャルは其の言葉で、タバサは自分と母の運命が違う事を知った。

「母をどうするの?」

 タバサは先ず、母をどう扱うのかを尋ねた。

「どうもせぬ。我はただ、“守れ”と命令されただけだ」

「私は?」

 ビダーシャルは、一瞬、どうしようか迷う素振りを見せた後、先程と同じ抑揚で続けた。

「“水の精霊”の力で、心を失って貰う。其の後は、“守れ”と命令された」

 タバサは一瞬で理解した。理解してしまった。

 此の“エルフ”は、彼女を、彼女の母親の様にすると言っているので在る。

「今?」

「特殊な薬でな。調合には10日程掛かる。其れまで残された時間を精々楽しむが良い」

「貴方達が、母を狂わせたあの薬を作ったの?」

 ビダーシャルは首肯いた。

「あれ程の持続性を持った薬は、御前達では調合出来ぬ。さて、御前には気の毒をするが、我も囚われの様なモノでな。これも“大い成る意思”の思し召しと想って、諦めるのだな」

 タバサは立ち上がると、部屋の窓に近付いた。

 眩しい太陽の下、崩れ掛けた城壁が見える。

 “アーハンブラ”は打ち捨てられた廃城で在った筈なのだが、此の整えられた貴人室を見るに、ジョゼフが改築したので在ろう事が推測出来る。

 城壁に遮られ、中庭や城の外までは目が届かないが、本丸から張り出した大きなエントランスは見下ろす事が出来る。其処には槍や銃を持った兵士が立っている。武装した兵が此の城に何人いるかまでは、タバサには判らない事が、“杖”が無い以上、何方にせよ母を連れての脱出は不可能だといえるだろう。

「私の“使い魔”は?」

 タバサは、シルフィードが何処にもいない事に気付き、尋ねる。

「あの“韻竜”か? 逃げた」

 一目でシルフィードの正体を見抜いてみせたビダーシャルは答えた。高位の“エルフ”には、造作も無い事なので在ろう。

 逃げた、と言われてタバサはホッとしたのだが……(シルフィードが“魔法学院”の皆に捕まった事を報せたに違いない)と想った。

 タバサは唇を噛んだ。

 其れから、タバサの頭の中に、キュルケや才人達の顔が浮かぶ。

 タバサは、(出来れば自分を救けようなどと、考えないで欲しい。迷惑を掛けぬために、自分は出発を誰にも報らせなかったのだから。でも……其の心配はしなくても大丈夫だろう。何せ自分を捕らえたのは“ガリア”で在る。自分を救けに来る、という事は一国に喧嘩を売るのと同じで在る。 そんなリスクをキュルケもサイト達も犯すとは想えない。況してやサイトは、今では“トリステイン”の近衛騎士ではないか……でも、彼等なら、そんなリスクを意に介さないかもしれない。何せあのサイトと来たら、自分との生きるか死ぬかの戦いの時に、死を顧みずに狙いを外したのだ。其れに、セイヴァー……あの謎が多い青年は、自分をシャルロットと呼んだ。若しかすると……)とそんな自身の思考の迷走に……タバサは小さく首を横に振った。

(こんな風に考えが行ったり来たりするなんて。若しかして、私は、救けに来て欲しいのだろうか? まさか。自分はずっと1人で遣って来たのだ。其れに……誰が救けに来ても無駄だろう。残された時間はあと僅か。其の後は、自分は“エルフ”の薬で心を失くす。“エルフ”の“先住魔法”は、人の手ではどうにもならない)と考えた。

 心を失う事が決定されているというのに、タバサは妙に冷静で在った。

 タバサは、此の“エルフ”にはどう足掻いても絶対に勝つ事は出来ない。“杖”を持っていてさえ、手も足も出なかったのだから、素手のタバサでは……蟻と象以上の差が在るだろう事は明白だといえる。

 “北花壇騎士”として幾多の戦いを潜り抜けて来たタバサは、戦力を分析する事に優れているので在る。其の優れた戦士としての感覚が、タバサに抵抗の愚を教えているので在った。タバサの冷えた心を、終ぞ感じた事が無いで在ろう無力感が覆って行く。其の無力感は、タバサから、怒りという名の最後の感情をも摘み取ってしまった。

 甘い、諦めの衣をも心に纏わせ、タバサは軽く唇を噛んだ。

 不思議なモノで、そんな感情に支配されてしまうと、母と同じ場所に行ける、という事が今のタバサには一種の救いにさえ感じられたので在った。

 そんなタバサに、ビダーシャルが言った。

「退屈なら、本を読め。幾つか持って来た」

 ビダーシャルの指指す先には、オルレアンの屋敷から持って来たので在ろう本が数冊並んで居る。

「此の“イーヴァルディの勇者”は実に興味深いな」

 旧オルレアン公邸でも読み耽って居た本を掲げて、ビダーシャルは呟く。

 “イーヴァルディの勇者”は、“ハルケギニア”で1番ポピュラーな英雄譚で在るといえるだろう。

 “勇者イーヴァルディ”は“始祖ブリミル”の加護を受け、“剣”と“や”槍“を用いて“竜“や悪魔、“亜人”に怪物、様々な敵を打ち倒す。これといった原典が存在しないとされているために、筋書きや登場人物のみならず、伝承、口伝、詩吟、芝居、人形劇……数限り無いバリエーションに分かれ、富んで居るといえるで在ろう。

 “メイジ(貴族)”が主人公では無いために、主に“平民”に人気が在る作品群で在る。

「我等“エルフ”の伝承は、似た様な持っている。“聖者アヌビス”だ。彼は“大災厄”の危機に在った“我等の土地(サハラ)”を救ったとされる。此の本によると、光る左手を“勇者イーヴァルディ”は持っているな。我等の“アヌビス”は、やはり聖なる左手を持っていた。“エルフ”と人間の違いは在れど、興味深い共通点だ」

 “平民”向けの物語で在る“イーヴァルディの勇者”は、“ハルケギニア”ではマトモな扱いを受けていないといっても良いだろう。「研究する者は異端だの愚か者だ」のと呼ばれ、神学や文学の表舞台には決して立てぬし、焚書の憂き目に在った時代せえも存在するので在る。「所詮は“貴族”支配に不満を持つ“平民”が、テキトウに生み出した御伽噺」と言われていたので在る。光る左手にしたって、“イーヴァルディの勇者”として伝えられる物語全てに出て来る訳では無いのだから。“イーヴァルディ”は女性の事も在れば、男性の事でも在った。神様の息子だった時も在れば、妻だった事も在った。ただのヒトだった事も在る。其れだけイイ加減な物語群で在るのだ。

 ビダーシャルはタバサに“イーヴァルディの勇者”を手渡した。

 タバサは大人しく本を受け取り、母が眠るベッドに腰掛けた。

 ビダーシャルは首肯くと、部屋を出て行く。

 ベッドに腰掛けて母の寝顔を眺めていると……タバサは幼い頃を想い出した。母は憤るタバサを寝かし付けるために枕元で、頻くこう遣って本を読んで呉れたモノで在った。

 其の頃、1番多く読んで貰ったのは、確か此の“イーヴァルディの勇者”ではなかったか?

 タバサはユックリとページを捲り始めた。

 研究の対象には決してなりえないだろうが、“イーヴァルディの勇者”は面白いといえるだろう。其のた、えに人気が在って広く読まれているので在る。勧善懲悪、単純明快なストーリは読む者を選ばないので在る。

 タバサも子供の頃は夢中に成って読んだもので在る。其のうちに興味は別のモノに移り……偶にしか開か無くなったのだが、読書の楽しみを教えて呉れたのは此の“イーヴァルディの勇者”で在った。

 本のページを捲る音が、静かな小部屋に響く。

 ページを捲る内に、タバサを声を出していた。

 いつかの母の様に。

 

――“イーヴァルディは、シオメントを始めとする村の皆に止められました。村の皆を苦しめていた領主の娘を救けに、竜の洞窟へ向かうとイーヴァルディが言ったからです”。

 

 ふとタバサが母を見ると、何時の間にか目を覚ましていた。呼んでも目覚め無かったのだが……。

 タバサは鏡台に置かれている人形を取って来ようとした。あの人形がないと、母は取り乱してしまうからだ。

 然し……いつもと様子が違う事に、タバサは気付いた。

 驚いた様な顔でタバサを見詰めているので在る。普段で在れば、「私の娘を返して!」と、騒ぎ立てるのだが。然し、鏡台の人形には興味を示さず、ジッとタバサを見詰めている。

 此の“イーヴァルディの勇者”の一節で、僅かに昔を想い出したのかもしれない。

 諦め切ったタバサの心の中に、一抹の希望が湧いた。恐らくは摘み取られてしまうだろう希望だ。

 だが、其の希望は暗闇の中の1本の蝋燭の様に、優しく淡く光る。

 タバサは朗読を続けた。

 

――“シオメントは、イーヴァルディに尋ねました”。

 

――“おお、イーヴァルディよ。そなたは何故、竜の棲家に赴くのだ? あの娘は、御前をあんなにも苦しめたのだぞ”。

 

――“イーヴァルディは答えました”。

 

――“判らない。何故なのか、僕にも理解ら無い。ただ、僕の中に居る何かが、グングン僕を引っ張って行くんだ”。

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