コルベール達の作戦は上手く行ったとえるだろう。
予想通り、王宮の追手は逃げ出した才人達が“オストラント号”に乗り込んだものとばかり想い込んだので在る。
“竜騎士”達が全力で飛び上がった頃には、“オストラント号”は快速を利用して“トリステイン”と“ゲルマニア”の国境を超え、フォン・ツェルプストーの領地へと逃げ込んでいた。
変装した才人達は、途中の駅で馬を換え乍ら、1日半駆け通し、国境から10“リーグ”の地点に在る宿場町まで遣って来たので在る。
タバサ救出隊のメンバーは、才人、ルイズ、キュルケにコルベール、そしてギーシュに、マリコルヌ、「治療する人が必要でしょ」と言って着いて来たモンモランシーの計7人。多過ぎても目立つ事も在るが、“
此の先は愈々国境で在る。
国境を超えるための作戦は、既になされている。
上空から着いて来ているシルフィードに跨り、夜陰に乗じて“ガリア”に空から忍び込むというモノで在る。此処まで馬に乗って遣って移動して来たのは、怪我の療えていないシルフィードが、7人の重たさに長時間は耐える事が出来ないためで在った。
「“トリステイン”より、“ガリア”の方が危険は少ないわ」
キュルケはそう言った。
確かに、“トリステイン”では今や御尋ね者で在るのだが、“ガリア”では無数に存在するで在ろう密入国者の中の7人で在るのだ。向こうが何も掴んでいなければの話では在るのだが……。
「兎に角腹拵えをしようよ。腹が減っちゃ戦は出来ないからね」
マリコルヌがそう言ったので、一行は流行っていそうな宿屋へと入った。
旅人ばかりの宿客は、テーブルに着いた才人達一行を気にも留めない様子を見せる。
“ガリア”に潜入するために、各人は旅芸人に変装をしているので在った。
手を挙げて給仕を呼んだマリコルヌは真っ赤な上衣に、半ズボン、尖った木の靴といった道化姿である。丁寧に目の下を黒く染めている。其の似合いっ振りに、才人は吹き出しそうに成ってしまった。
ギーシュは髪の毛を切って作った付け髭を鼻の下に蓄え、頬綿を口に含み、“魅惑の妖精亭”に在った商人服に身を包んでいる。そうすると立派な酒売に成るので在る。
キュルケは、東方の踊り子の服に着替えている。額に宝石の着いたサークレットを嵌めると、何処に出しても恥ずかしくない看板ダンサーの出来上がりで在る。
モンモランシーも同じ様に露出度の高い踊り子衣装を着込んでいる。モジモジと恥ずかしそうにしているために、少しばかり怪しいが、中々のモノで在るといえるだろう。
ルイズの身体に合う衣装は残念な事に無かったために、地味な村娘の格好をさせられる事に成ってしまった。草色のワンピースに身を包み、目立つ桃色の髪は茶色に染められ、頭巾を冠っている。そうすると、一座付きの下働きに見えるので在った。
コルベールは僧服を羽織っており、同行する説法師といった風で在る。
才人は羽の着いた帽子を冠り、脚絆を巻き、普段通りにデルフリンガーを背負っているのである。剣舞をする役者といった所で在ろう。
こうして旅芸人の一座が出来上がったので在る。衣装が微妙にボロいのだが、“ガリア”で一旗挙げようとする風情に見えて効果的だといえるだろう。
「何でこんな格好をしなくちゃならないのよ」
モンモランシーがワナワナと震え乍ら言った。
「いつもの格好其の侭じゃ、“貴族”って言てる様なモノじゃないか」
ギーシュが執り為す様に言った。
「他に格好はなかったの? 嫌だわ。ジロジロ見られるんだもの」
酔客達は、胸を隠す布と、大きく膨らんだ腰布を身に着けているキュルケとモンモランシーを、好色そうな目でチラチラと見詰めているので在る。
自尊心の高いモンモランシーには、やはりそんな視線に耐える事が難しいので在った。
「って言うか人前でおへそを出すなんて考えられ無いわよ。何なのよこれ? 下品も良い所じゃないのよぅ……」
「偶には良いじゃないの。似合ってるわよ」
キュルケが楽しそうな声で言った。
「ジロジロ見て貰えない可哀想な人もいるんだから……」
「何其れ。私の事言ってる訳?」
頭巾を巻いた下働き少女といった風のルイズが、キュルケを睨んだ。
「あんた、随分と暢気なモノね。あんたの親友を救けに行くってのに、其の巫山戯た態度はなんな訳?」
「じゃあ、あんたみたいに眉間に皺寄せて、難しい顔してれば成功するの? 其れで成功するんなら、あたしだってそうするわ」
2人は、ぐぎぎぎぎぎ、と睨み合った。
「喧嘩すんなって。仲良くしなきゃ、成功するもんも成功しねえよ」
才人がそう言うと、コルベールも首肯いた。
「サイト君の言う通りだ。我々はチームなんだ。些細な齟齬が、大きな亀裂に繋がる事を各自理解して、行動せねばならない」
キュルケは、「ジャンがそう言うならそうするわ!」、と笑みを浮かべて、彼へと飛び付いた。
そんな旅芸人風の一座は、今晩“ガリア”へと潜入して、旧オルレアン公邸に向かうので在る。
「其処に行けば、本当に何か手掛かりが掴めるんだな?」
才人が、厚切りのハムを挟んだパンを齧り乍らキュルケへと訊いた。
「あの娘は元“王族”よ。元“王族”を拘禁するには、其れ成りの扱いと言うモノが在るわ。必ず何らかの形で情報は入って来る。其れに御金を使えば、街で得られない情報なんて無いのよ」
こういった世事には詳しいキュルケが、ワインを呑み乍らニッコリと微笑む。行き先を調べる事には自信が有るのだろう。
取り敢えず夜迄には時間が在る為に、才人達は宿屋でユックリと休む事にした。
1日半と云うもの駆け通しで在ったために、疲れ切っていたので在る。
一行はベッドが2つ在る大部屋を借りた。
キュルケは先程ベッドに潜り込むと、コルベールを引っ張り込み、寝息を立て始めた。
御裾分けとばかりに、マリコルヌが其の脇に潜り込む。
ギーシュとモンモランシーはもう片方を使った。踊り子衣装に興奮でもしたのだろう、ギーシュは急々とモンモランシーに手を伸ばしたのだが、バシンと払い除けられてしまい、恨めしそうに反対側で丸く成った。
ルイズと才人は、壁を背にして座り込む。
窓の外を見ると、日は未だ中点に近い事が判る。夕方までは、後6時間程潰す必要が在るだろう。
「寝ないの?」
ルイズが隣に座った才人に尋ねた。
「ん? 眠く成ったら寝るよ。でも、誰か見張ってた方が良いだろ」
才人は、屈託の無い顔で言った。
ルイズは、ずっと気に成っていた事を、尋ねる積りに成った。
「どうして、あんたってそう面倒事に首を突っ込む訳? 言ったじゃない。帰る方法探して上げわよって。其れなのに、今度は外国にまで潜入する気? 言っとくけどね、ある意味戦争より危険よ。見付かったら、私達犯罪者よ。名誉も無ければ、捕虜としての権利も認められないのよ」
「そっくり其の侭御前に御返しするよ」
「あのねえ、私は良いのよ。何度も救って呉れた人を救ける。其れはどっちかと言うと、“貴族”としての私の問題なの」
「“貴族”辞めたんだろ?」
「マント脱いだだけで、心は“貴族”よ。“貴族”ってのは、心の持ち方よ」
「俺だってそうだよ」
「だから、あんたはこっちの世界の人間じゃ無いじゃない。あんたには、あんたの心の持ち方があるでしょ?」
才人は腕を組んで、壁に寄り掛かった。
「“貴族”も“平民”も心の持ち方も在るもんか。救けて呉れた奴を救ける。人間だったら当たり前だろ……」
「そうだけど……」
「其れだけじゃ無い。何て言うかさ、誰かのために戦ったり、頑張ったりする。大変だけどさ、楽しかったりするんだよね。110,000に突っ込んでからこっち、ぼやーっとしてる時なんかに、考えちゃうんだ。俺に何が出来るのか? ってね。昔……“日本”……いやこれは俺が生まれた国だけどさ、其処にいた時は、そんな事考えもしなかった」
才人はルイズを横目で見詰めた。
「だから良いんだよ。俺は遣りたくて遣ってるんだ。義務感とか、そういうんじゃ無い」
ルイズは考え込んだ。
ルイズは、何時かデルフリンガーが言っていた、「主人の“詠唱”を聞いて勇気が漲るのは、赤ん坊の笑い声を聞いて母親が顔を綻ばせるのと理屈は一緒さ。そういう風に出来てんのさ」といった言葉を想い出した。
ルイズは、(今のサイトの、“誰かのために何かしたい”、っていう気持ちも、“ガンダールヴ”として後天的に与えられたモノだとしたら? 私が与えた“左手の紋章”は、サイトをサイトじゃ無いモノに変えてしまったのかもしれないわ)と考えた。
そして、もう1つの疑念が浮かび上がった。
先立っての、「其れって“使い魔”として与えられた気持ちなんじゃないですか?」というシエスタの言葉が、ルイズの頭の中に蘇ったので在る。
御城の牢中で、ルイズは不安を覚えていた……。
ルイズは、(危険に飛び込む勇気だけで無く、サイトの言う自分に対する“好き”も、“ガンダールヴ”として与えられたモノだとしたら?)と考え込んでしまうので在る。
2つの疑問は膨らみ、ルイズは押し潰されそうに成った。
ルイズが黙って膝を抱えてしまったために、才人は心配に成った。
「どうした? 行き成り黙っちまって」
「何でも無い」
「御城でもそうだったじゃねえか。何だよ? 俺、何か気に触る事言ったか?」
「ううん……ただあんたが勇気を見せる度に、私は不安に成るんだわって」
ルイズは目を瞑ると、才人へと寄り掛かった。
才人は、其の肩を抱いて遣った。
自身の肩に掛けられた手を見乍ら、ポツリとルイズは呟いた。
「嘘と本当って、どう遣って見分けるのかしら……?」
「何か言ったか?」
ルイズは首を横に振った。
「……何でも無い。夜まで寝ましょう」
揺さ振られて才人は目を覚ました。見ると、キュルケが眼の前にいた。
「時間よ」
才人は緊張した。
愈々、今から“ガリア”へ侵入するので在る。
周りの皆も、大成り小成り才人と同じ様子で在った。
道化姿をしたマリコルヌが、顔をビチャビチャと叩いている。
「何をしてるんだ?」
「き、気合を入れてるんだ」
ギーシュはモンモランシーの肩を引き寄せると、夜空を指さした。
「若し僕が救出に失敗してあんな風に輝く星に成ってしまったら……」
「立派な御葬式を出して上げる」
其れからモンモランシーは、一同を見回して言った。
「あんた達が心配だから一応くっついて行って上げるけど、危ない事はしないでよ。絶対だからね。言っとくけど、ホントは荒っぽい事、大っ嫌いなんだから」
「大丈夫だよ! 命に代えても僕は君を守ってみせる!」
そう言って胸を叩くギーシュを、モンモランシーは疑わしそうな目で見詰めた。
「あんたが1番当てに成らないのよ。全くもう、何だか嫌な予感がするったら無いわ。人生って、兎に角何でも、其れを望まない人の元へ優先的に届けるんだから」
モンモランシーはブツクサと言い乍らも、“杖”を踊り子衣装の隙間に差し込んだ。
そんなモンモランシーの予感は、10秒で的中してしまう事に成った。
1階に降りた一行は、何だか様子が可怪しい事に気が付いた。
誰も居ないので在る。
灯りは消され、扉は閉まっている。
宿は大体、1階が酒場に成っている。此の宿屋も例外では無い。書き入れ時の時ではないだろうか。通常で在れば、閉まっているなど考えられないので在る。
一同は顔を見合わせる。
扉を指さして、キュルケがギーシュに顎をしゃくった。
ギーシュは首を横に振ると、マリコルヌを見詰める。
マリコルヌは丁重に一礼すると、才人を指さした。
「俺?」
才人が言うと、其の場の全員が首肯いた。
「すばしっこい」
自身の能力を少しばかり恨み乍ら、才人は扉を開けた。
ぎぃ~~~、と音を立てて扉が開く。
外はもう、闇に包まれていた。
が然し……やはり誰もいない。
才人は後ろを振り返って言った。
「……何だか様子が可怪しいな」
其の瞬間、一斉に大量の篝火が灯った。
篝火の灯りに照らされて、大勢の兵士が浮かび上がる。
「動くな! 女王陛下の“銃士隊”だ! “杖”を捨てて、大人しく投降しろ!」
果たして、兵士の真ん中に立っていたのは、物々しい戦支度に身を包んでいる“銃士隊”隊長アニエス其人で在った。
どうやら宿場町の客を避難させ、包囲網をコッソリと作っていた様子で在る。
流石は裏の仕事に慣れた“銃士隊”ならではの手際の良さだといえるだろう。
「アニエスさん! 俺です! 御願いだから行かせて下さい!」
才人はそう叫んだ。
然し、篝火に照らされているアニエスの顔と様子には、“アルビオン”で見せた人懐っこい部分は何処にも無い。
鉄の様な軍人の部分を崩さずに、アニエスは冷たさを込めて言い放った。
「御前達を行かせる訳には行かぬ。陛下の命令だ」
キュルケが首を出して、暢気な声で言った。
「あらら。凄いじゃない。どうして私達が陸路で国境を超えるって判ったの?」
「あの“フネ”が頭とするならば、此方側は背中だ。御前達“メイジ”と戦ううちに、背中から殴る癖が付いてしまってね」
あんな囮には掛からぬ、と言いた気な態度で、アニエスは言った。
アニエスは両手を挙げた。
銃士達が、一斉に銃を構える。
「御願いです! 友達が困ってるんだ! アニエスさんだって、仲間が捕まってたら救けるでしょう?」
「此の前は助けて呉れたじゃない!」
ルイズも叫んだ。
然し、アニエスは首を横に振る。
「言っただろう? 私は陛下の剣に過ぎぬ。御前達の気持ちが理解らぬでは無いが、命令は命令なのでな。良いから“杖”と“剣”を捨てろ。私とて、御前達と争いたくは無い」
アニエスは、取り付く島は何処にも無いといった様子を見せる。
銃で狙いを付けられてしまっている以上、シルフィードを降ろす事は出来ない。乗っている間に、蜂の巣にされてしまうだろうからだ。
反撃もまた論外で在るといえるだろう。タバサを救けるtめとはいえ、“銃士隊”を傷付ける訳には行かず、其れをしてしま得ば、其れこそ犯罪者と成ってしまう。
万事休すといっても良いで在ろう状況だ。
「銃兵如き、全部焼き払って上げわよ」
アッサリとキュルケが言った。
才人は首を横に振る。
「駄目だ」
「僕の“風魔法”で、銃を取り落としてみせようか?」
「何なら僕の“土魔法”で、足首を掴んで動かなくさせて遣る」
ギーシュとマリコルヌが言った。
モンモランシーが、そんな2人を諌める。
「やめといた方が良いわよ。相手が何人いるか判らない。多分、見えてるだけで全部じゃ無いわ」
「ミス・モンモランシの意見に賛成だな。恐らく家々の隙間や路地の暗がりにも、兵を配置して包囲しているだろう」
コルベールが首肯き乍ら言った。
「先生……」
小さな声で、コルベールは一同へと指示をした。
「私が“炎”の“魔法”で、壁を作る。其の隙に君達は“風竜”で行きなさい」
「はい?」
「ジャンってば、何を言うの?」
然しコルベールは真剣な様子を見せている。
「アニエス殿は、私を見れば動揺する。僅かだが時間が稼げる筈だ」
キュルケの顔色が瞬時に変わった。
「ジャン! いけないわ!」
真顔に成ったキュルケに一同は驚く。
コルベールとアニエスの確執を、キュルケ以外は知ら無いので在る。
そんなキュルケを諭す様な声と調子で、コルベールは言った。
「こうするしかないんだ」
「あたしが残るわ。あの“銃士隊”の隊長さんに、よおく言い聞かせて上げる」
「ミス・タバサの御屋敷は君しか知らんのじゃないのかね? 君達は“ガリア”に向かい、何としてでも彼女を救けなさい」
そう言われてしまうと、キュルケは何も言えなく成ってしまい、苦渋の表情を浮かべて首肯いた。
「ちょっと先生! 良く理解んないけど、先生を置いて行けませんよ!」
才人も怒鳴る。
が、コルベールは首を横に振った。
「良いから此処は私に任せて行き給え」
コルベールは才人を押し退け、宿屋の扉の前に出た。
アニエスの顔が一瞬呆けたかの様に成った。
其の隙を逃さずに、コルベールは口笛を吹いた。
上空から待ってましたとばかりに、シルフィードが降りて来る。
シルフィードの着地と同時に、コルベールは“
地面から幾筋もの炎が立ち上がり、シルフィードとアニエスの間に壁を作る。
「先生!」
「ほら、行くわよ!」
怒鳴る才人の腕を、キュルケが引っ張った。
先に跨っていたマリコルヌが、才人に“風”の“魔法”を掛け、シルフィードに跨がらせる。
続いてキュルケが飛び乗った。
「行って! シルフィード!」
きゅい! と一声鳴いて、シルフィードは飛び上がる。
あっと言う間に、コルベールやアニエスを始めとする“銃士隊”の面々が小さく成った。
才人は切なげな声で言った。
「全く、アニエスさんも融通が利かねえなあ。大丈夫かな……先生」
ふとキュルケを見て、才人は息を呑んだ。
どんな時でも飄々とした態度を崩さないイメージの有るキュルケが、唇を強く噛み締めて火の様な怒りを浮かべているのだ。
「キュルケ……」
ルイズが心配そうな様子で声を掛けても、キュルケは返事すらしない。
「……あの女。あたしのジャンに結1本でも触れて御覧なさい。髪の毛1本まで灰にして遣るから」
上昇するシルフィードに気付き、アニエスは我に返った。次いで咄嗟に出たのは、射撃命令で在った。
「撃て!」
銃を構えて居た銃士達は、一斉に引き金を絞る。
夜空に、射撃音が鳴り響く。
然し……既にシルフィードは高く上昇しており、弾は届かない。
黒色火薬の発射煙がモウモウと立ち籠める中で、アニエスは、「友人を撃て」と「剣を教えた生徒を撃て」と命令した事にハッと気付いた。「捕まえろ」と、命令されてはいたのだが……勿論殺す積りなどは毛頭無い。本気で撃つ積りなど無かったのである。だが、アニエスは咄嗟の事とはいえ、確かに射撃命令を下してしまったので在る……。
アニエスは、(自分は軍人なのだ。命令を忠実に実行する事が、存在に意義を与えて呉れるのだ)と考え、仕方無い、と首を横に振った。
其れよりも……今のアニエスには重要視する事があった。
アニエスにとって、任務より大事な事が1つだけ存在するので在る。
復讐だ。
アニエスは憎々し気にコルベールを睨んだ。
「生きていたのか。神に感謝する。貴様が死んだとばかり想っていたから、私は生きる意味を失い掛けていた。さぁ、正々堂々、決着を付けようじゃないか。“杖”を抜け」
アニエスは、スラリと剣を抜き放つ。
然し、コルベールは“杖”を構えない。ポイッと地面に捨てると、座り込んだので在る。
「どうした!? “杖”を取れ!」
「私を殺し給え。貴官には其の権利が有る」
「何だと?」
アニエスは唇を歪めた。
「貴官は私の生徒を撃ったが、私は貴官を憎まない。其れが軍人だと理解しているからだ。先程、アニエス殿は言われたな? “私は陛下の剣だ”と。私もそうだった。私も、王国の杖だったのだ。私は“焼き尽くせ”と言われたら、忠実に其れを実行した。其れが正しい“貴族”の在り方だと、ずっと想っていた」
「黙れ!」
「でも、貴官の村を……否、罪無き人々を焼き払った時、其れが間違いだと知った。私は、王国の杖で在る前に、1人の人間なのだ。どの様な理由が有ろうと、罪無き人を焼いて善い訳が無い。命令だろうと何だろうと、其れは赦される事では無いのだ」
「だから“杖”を拾えと言っている!」
「私は、研究に打ち込んだ。1人でも多くの人間を幸せにする事が、私に出来る贖罪と考えた。いや……贖罪などとは傲慢だな。これは義務なのだ。私にとって、生きて世の人々に尽くす事は義務なのだ。私には死を選ぶ事すら、赦されないのだ」
「貴様は、生きて世に尽くせば、罪が消えるとでも想っているのか? 貴様が世に尽くす事で、私の家族の、友人の無念が晴れるとでも言うのか?」
「晴れぬ。晴れる訳が無い。罪は消えぬ。何時までも消えぬ。此の身が滅んでも、罪は消えぬ。罪とは、そういったモノだ。私はだから、貴官に私の死を委ねる。私にとっては、死を選ぶ事すら傲慢だが……唯一、私の死を決定出来る人物がいる。貴官だ。あの村の唯一の生き残りで在る貴官だけが、私を彼等の慰めのために殺す権利を持っているのだ」
アニエスは目を瞑った。
其れから、かっ! と見開き、大股でコルベールへと近付く。
コルベールは、ジッと目を開いた儘、真っ直ぐ前を見詰めていた。
アニエスが剣を振り上げてもなお、コルベールは目を瞑る事は無かった。
剣が一閃された。
然し……血飛沫は舞い上がらない。
アニエスの剣が裂いたモノは、コルベールが羽織った僧服で在ったのだ。首の後が斬られ、首筋が覗いている。
其処に引き攣られた様な火傷の痕が覗いている。
アニエスの記憶が、20年前へと遡る……。
燃え盛る村の中……アニエスは誰かに背負われていた。
引き攣れた火傷の痕が目立つ醜い首筋を持った男で在った。
気付くと、アニエスは浜辺で毛布に包まれて寝ていた。
其の男は、アニエスの命を救ったので在る。
気紛れからなのか、罪の意識からなのかは、アニエスには判らなかった。
ただ理解る事は……アニエスの村を焼き、そしてアニエスを救ったのが、眼の前の男で在るという事だけで在った。
アニエスは、「皮肉なモノだ」と呟いた。
アニエスは、自身を救った理由を尋ねる気には成れなかった。
アニエスにとって、今と成ってはどうでも良い事で在ったので在る。
剣を鞘に仕舞い乍ら、アニエスは低い声で告げた。
「129人だ。覚えておけ。貴様は其の10倍、いや、10倍の人間に尽くせ」
コルベールは悲し気に首を横に振って、訂正を入れた。
「131人だ」
「何だと?」
「妊婦の方が2人いた」
アニエスは空を仰いだ。
2つの月は、雲に隠れて居り、見えない。
深い闇だけが、空を覆っていた。
「私は御前を決して赦さぬ。幾度生まれ変わっても、御前を呪う。だが……復讐は鎖だ。何処かで誰かが断ち切らねば、永遠に伸び続ける鎖だ。私が御前を殺せば、御前の生徒達は私を恨むだろう。決して私を赦さぬで在ろう。ジャン・コルベール。だから御前の生徒達に感謝しろ。私は今日此の剣で、其の鎖を断ち切ったのだから」
アニエスはコルベールに顎をしゃくった。
「来い。せめて御前を連れて帰らねば、私の立場が無い」
コルベールは立ち上がり、深々とアニエスに頭を下げた。
2人は暫く其の侭動かなかった。
“銃士隊”の隊員達も、ジッと其処に立ち尽くしていた。
暫くしてアニエスは歩き出し、コルベールも其れに続く。
「捕縛せぬのかね?」
「貴様が逃げ出すとは想っていない」
歩き乍ら、アニエスは硬い声で言った。
「私は貴様の言う事が理解出来る。良い軍人とは、そういうモノだ。命令と在らば、絡繰人形の様に身体が反応する。私は先程、剣を教えた生徒を撃った。気付いたら、射撃命令を出していた。当たる当たらないは問題では無い。私は生徒を、友人を撃ったのだ。貴様の言う事は、本当は良く理解っていた」
アニエスの目からは涙が溢れている。鉄の塊で在るかの様な、“銃士隊”の隊長は、人目を憚る事も無く涙を流していたので在る。
「私は、貴様の言葉が理解出来る自分が赦せぬ」
“銃士隊”とコルベールは、“トリスタニア”へと向かうために用意された馬車へと歩いた。
シルフィードに乗って国境を超える、旧オルレアン公邸に才人達が到着した時には、時刻は深夜零時を過ぎていた。
雲の隙間から双月が顔を覗かせる。
オルレアン公邸“ラグドリアン”の湖畔から漂う霧と、双月の明かりに照らされ、夜に妖しく浮かび上がっている。
「此処がタバサの実家か……」
才人が呟く。
ルイズは才人の背中に隠れる様にして、屋敷の様子を伺った。
ギーシュは唾を呑み込み、“杖”にして居る薔薇の造花を握り締める。
モンモランシーは自分達を乗せて来たシルフィードの様子を確かめた。
怪我まだ良く療えていないシルフィードは、此処まで飛ぶのがやっとの事だったのだろう、荒い息を吐いている。
モンモランシーは、そんなシルフィードに“水”の“魔法”を掛けて遣った。
「大丈夫?」
「きゅい」
門から馬車が通れる幅のアプローチが玄関へと続いているのが見える。
アプローチの左右は鬱蒼と木々が茂り、灯りの消えた屋敷を更に不気味に演出しているといえるだろう。
「じゃあ、慎重に……」
とギーシュが言ったら、キュルケがズンズンと歩き出した。
「お、おいキュルケ! 危ないじゃないか! 先ずは作戦だよ作戦!」
「敵が出て来て呉れれば、其れは其れで好都合。というか敵が罠を張っているなら、作戦なんか立てたって無駄よ」
キュルケは真っ直ぐに玄関へと向かい、大きな扉を押し開いた。
ぎぃ~~~、と重たい音を立てて、扉は開く。
しん、と冷えた静けさが、ホールに漂って居る。
「誰もいないわね」
一行は其々獲物を構え乍ら、慎重に屋敷の中を探って行った。
廊下を歩き乍ら、ギーシュが壁に付いた傷に気付く。
「此処で戦ったみたいだな」
見ると、壊れた“ガーゴイル”が転がっている。
キュルケが近づき、剣士の姿を象った“
「どうしたの?」
ルイズが尋ねると、キュルケは鼻を鳴らした。
「あの娘の“風魔法”……いつもの威力じゃ無いわね」
「どういう事?」
「此の破壊力、“トライアングル”の其れじゃ無い。“スクウェア・クラス”の威力よ」
ルイズと才人は、キュルケが指さした“ガーゴイル”を覗き込む。
すっぱりと、ガーゴイルは風の刃が何かで両断されているのが判る。
が、其れが“スクウェア・クラス”だと言われても、ルイズには判らなかった。
才人にも、切れ味が凄いのだろう程度にしか思えなかった。
が、キュルケが御墨付を与えるのだから、其の威力は“スクウェア・クラス”のモノで在ろうと、才人とルイズは判断した。
破壊された“ガーゴイル”には、足跡が残っており、皆はタバサのモノで在ろうと推測した。
奥まった所に、1つの部屋が在る事に気付き、扉を開いて一行は中に入る。
其処は惨状を呈していた。
嵐でも発生したかの様に、部屋の中は滅茶苦茶に成ってしまっているので在る。
元はベッドだっただろう家具が切り裂かれ、羽毛と木と布との細かい破片と成って、部屋の中に散らばっているので在る。
壁には無数の切り傷が付いている。
入り口の向かい側の壁が、窓ごと吹っ飛んでしまい、外が丸見えに成っている。
キュルケは慎重に床を調べ始めた。床のある一点を指さして、一同を集める。
「此処見て。床の此の地点で、タバサは竜巻状の“魔法”を唱えたみたいよ」
其の一点を中心にして、床には渦巻き型の傷が壁際まで付いているのが判る。
「うわ……若しかして此の部屋の惨状は……」
ギーシュが、荒れ果てた部屋を見詰めて言った。
「そうね。其の“魔法”で付けられた様ね。と言うか、其の“魔法”のみでね」
ゴクリと、ギーシュとマリコルヌは唾を呑み込む。其の“魔法”の威力を想像したのだろう。
キュルケが楽し気な声で呟く。
「こんだけ強力な“魔法”を撃っ放しといて、あの娘負けたの? 一体どんな相手よ? 其れって……」
壁の穴からシルフィードが顔を出している。
其の壁の穴は、シルフィードの身体の大きさなどとほぼ同じだといえた。
「其の穴、貴女が空けたの? シルフィード」
きゅい、とシルフィードは首肯く。
「タバサの相手は何だったの?」
シルフィードは、前脚を伸ばして頭の上に突き出す。
其の仕草で、とある単語に気付いたキュルケが呟いた。
「“エルフ”?」
大きく、シルフィードは首肯いた。
一同は息を呑んだ。
ギーシュは、「“エルフ”!」と叫び、目を丸くして、ワナワナと震えた。
マリコルヌも同様に、「相手が悪いよ!」と叫ぶ。
「冗談じゃ無いわよ! “エルフ”何て!」
流石のキュルケも唇を噛んだ。
ルイズも肘を抱えて、才人の方を見て考え出す。
「おいおい、“エルフ”ってそんなにヤバイのか? 御前達、いっつも“エルフ”、“エルフ”騒いでるけど……」
“エルフ”と云えば、才人は、“ハーフエルフ”で在るティファニアの事しか知らないので在る。才人には、言う程危険とは想えないのだが……。
「あんたの剣に訊いてみなさいよ。如何に“エルフ”が強力な相手だか、教えて呉れるでしょうから」
才人はデルフリンガーを抜き放つ。
「なあデルフ」
「もう。俺に話し掛けるの、こういう時だけじゃねーか」
明らかに不機嫌な声で、デルフリンガーが答えた。
「そう言うなよ。何か皆“エルフ”ってだけで怯えてるけど……ホントにそんなに怖いの?」
「怖いよ」
アッサリとデルフリンガーは答えた。
「そ、そうなんか……」
「“エルフ”が相手じゃ、“スクウェア・メイジ”でも分が悪いわね」
モンモランシーが、困った顔で呟く。
「そんなに!? マジで!?」
「強力なのは、其の扱う“魔法”なの。“先住魔法”。直接見た事は無いけれど、セイヴァーみたいに“杖”も持たずに唱えられるらいしわ。“エルフ”は其の“先住魔法”をどんな種族よりも上手く扱うと言われているのよ」
「なあデルフ。其の“先住”の“魔法”って何だ? あれだろ、“水の精霊”が使うって言ってた奴だろ? 其れに御前も、其の“先住”の何やらで動いてるとか何とか言ってなかったか?」
「まあね。“先住魔法”ってのは、“系統魔法”が生まれるずっと前から存在する“生の力”を司る“魔法”さ。御前さん達“メイジ”が唱える“系統魔法”は、個人の意志の力で大成り小成りの理を変える事で効果を発揮させるが……“先住魔法”は理に沿う」
「もっと理解り易く言って呉れよ」
「要は、何処にでも存在している自然の力を利用するんだ。生命力、風、火、水……在りと汎ゆる力をね。人の意志と、自然の力、どっちが強いのか、想像してみな」
「じゃあ、タバサを取っ捕まえた“エルフ”は、どんだけ強力な“先住魔法”を操ったっていうんだよ? 其の強力さ具合を教えて呉れよ」
「俺より、若しかしたら其処の“風竜”の方が詳しそうだな」
「シルフィードが?」
「なあ。いつまで恍けてるんだ? “韻竜”よ」
「いんりゅう?」
一同はキョトンとした。
真面目に勉強をしていたルイズとモンモランシーだけが、ハッ!? とした様子を見せる。
「まさか……だって、“韻竜”はずっと昔に絶滅した筈じゃ……」
「其処にいるんだから絶滅なんかしてねえんだろうさ」
「なあシルフィード。俺、良く理解んないけど、御前って其の、“韻竜”なの? 其れ何?」
シルフィードは、円な瞳で才人を見詰めた。其れから困った様に、きゅいきゅいと鳴き乍ら首を左右に振り始めた。
「違うってよ」
「なあ“韻竜”よ。恐らく主人から“正体を明かすな”とでも言われてるんだろうが……今はそんな事を言ってる場合じゃねえ様だぜ? 御前の大事な主人が取っ捕まってるんだ。謂わば非常事態って奴だよ。此奴らに、御前の1番遣り易い方法で“先住魔法”の恐ろしさを見せ付けて遣りな」
其れでもシルフィードは困った様に、首を激しく横に振る。
「きゅいきゅい! きゅいきゅい!」
其れからシルフィードは観念した様に目を瞑ると、ガバッと口を開いた。
眼の前に居た才人は慌てて後ろに飛び退いた。
「な、何だよ!? 俺を喰う気か!?」
シルフィードが自棄糞に近い様な声で、鳴き声とは違うモノを喉から絞り出した。
「食べないのね! きゅい!」
デルフリンガーを除く、其の場に居た全員が口をあんぐりと開けた。
マリコルヌが、直立不動で怒鳴った。
「“竜”が!? “竜”が喋ったぁあああああああ!」
「喋ったら悪いの? ああもう! 御姉様が喋るなって言うから我慢してたのに! 其処の剣御喋りなのね! あの方とは大違いなのね! きゅいきゅい!」
シルフィードは其れから、悲し気な声で泣き喚いた。
「嗚呼! 御姉様との約束破っちゃった! 絶対喋っちゃ駄目って約束してたのに! きゅ~~~い! きゅ~~~い!」
ギーシュとマリコルヌは散々にオロオロと喚いたが、多少成りとも“韻竜”に関する知識を持っていたルイズとモンモランシー、そしてキュルケは割と冷静で在った。才人も驚きはしたのだが、“竜”が喋るくらいで何だ、と冷ややかに対応してみせた。
水の塊で在る“水の精霊”や、“使い魔”の梟で在るトゥールカスも喋るので在る。今更、“竜”が喋るくらいでは驚かない才人で在った。
「“韻竜”って何だ?」
と才人がルイズに尋ねる。
「伝説の“古代竜”よ。知能が高く、言語感覚に優れ、“先住魔法”を操る……強力な“幻獣”よ」
「へえ、御前、そんな凄い奴だったのか」
才人はシルフィードの鼻面を撫でた。
嬉しそうに、きゅい、とシルフィードは鳴いた。
「なあ“韻竜”。“先住魔法”の凄さを、軽く此奴等に見せて遣れよ」
デルフリンガーが悪戯っぽい声で、シルフィードに告げる。
「“先住”何て言い方はしないのね。“精霊の力”と言って欲しいのね。私達は其れをちょっと借りてるだけなのね」
「じゃあ其の“精霊の力”とやらを、軽く見せて遣りな」
シルフィードは、はう、と溜息を吐くと、“呪文”を唱え始める。
“ルーン”では無く、口語の“呪文”が牙の間から漏れる。
「我を纏う風よ。我の姿を変えよ」
風がシルフィードの身体に纏わり付き、青い渦と成る。
一同は呆気に取られて、シルフィードを見詰める。
青い渦は光り輝いたかと思うと、一瞬にして消えた。
すると……其の場に在った筈のシルフィードの姿は掻き消え、代わりに20歳程の若い女性が現れた。長い青い髪の麗人で在る。
というよりも其の姿は……。
「御前、あのイルククゥじゃねえか!?」
「うっわ!? 君はシルフィードが化けた姿だったのか!」
才人とギーシュが驚いて仰け反る。
タバサの義理の妹、と名乗り、才人達の前に現れた女性其の人、いや、其の“竜”で在ったのだ。
「まあ、ざっとこんな感じなのね。“精霊の力”を借りれば、御前達の姿を真似る事も、御茶の子祭々なのね」
見事に……ヒトの姿に成っているといえるだろう。が、流石に服までは変化させる事は出来ないために、生まれた侭の姿で在る。
生まれた侭の姿。
詰まりは、裸で在る。
ルイズは才人を、きっ! と見遣った。
此の前は、小屋の天井を破って落ちて来たために、ジックリと鑑賞する心の余裕が無かったのだろう。然し今は相手がシルフィードと理解ってしまったので在る。こう成っては遠慮は要らないので在ろう。
男連中は頬を染めて、シルフィードの肢体に見入ってしまっている。
ギーシュが、胸の大きさを表すかの様に、自分の胸の前で両手を御椀型に動かした。
才人は首を振り、ギーシュの其れ選り大きい直径の御椀を描く。
会議に加わったマリコルヌが、うん、と大きく首肯いた瞬間に、ルイズのハイキックが才人の後頭部へと直撃、才人が崩れ落ちるのと同時にモンモランシーの“水魔法”が完成してギーシュを水責めしたので在る。
ルイズは野暮ったい草色のワンピースの上に羽織ったコートを、シルフィードに放った。
「これ着為さい」
「え~~~、ゴワゴワするから嫌だ。きゅい」
「きゅいじゃ無いのよ。着るの」
鬼の様な迫力を放つルイズにキツい目で睨まれ、シルフィードは渋々とコートを身に着ける。
ルイズサイズではシルフィードにとって小さいためか、ピチピチに成ってしまう。
結果、胸の形が良く判ってしまう。
床に倒れた才人が、コッソリとシルフィードを見詰めている事に気付き、ルイズは後ろから才人の股間を蹴り上げた。
ひぐ、と喚いて才人は床に転がる。
ルイズは其の背中にどすんと腰掛けた。
「“先住魔法”が如何に凄いのかって理解ったわ」
モンモランシーも首肯く。
「そうね。あれだけ大きな身体が、こんなに小さな姿に成っちゃうなんて。而も、何処からどう見ても立派な人間じゃないの。大したもんだわ。こんなの、どんな強力な“水”の使い手にだって無理よ」
得意気にシルフィードはきゅいきぃと喚いた。
正体を現し、喋り始めた事でシルフィードと意思の疎通は図り易く成ったのだが……シルフィードもまた詳しい事までは知ら無かった。
「だから喋らなくても事足りると思ってたのね」
兎に角シルフィードの説明はこうで在った。
此の部屋に“エルフ”の男が1人いた。
タバサがとても凄い雪の嵐の“魔法”を唱えた(壁や床の傷は其の時のモノ)。
“エルフ”は余裕の態度を見せ、避ける素振りすら見せなかった。
驚くべき事が起こった。
“エルフ”を包みそうに成った瞬間、嵐は反転して、タバサを襲ったので在る。
タバサは自分の“魔法”で倒れてしまった。
シルフィードは起こって壁を突き破って襲い掛かったのだが、呆気無く遣られてしまった。
どうして遣られてしまったのか、シルフィードには良く判らなかった。
「なのね」
シルフィードは、どうだと言わんばかりに胸を反らした。
拙い伝聞では在るものの、何とか様子を皆は理解する事が出来た。
「と言うか“先住魔法”を使ったのかどうかすら怪しいわね」
ルイズはそう評すると、キュルケも同意し首肯く。
「貴女にしちゃ、良い分析だわ」
「どーゆー意味よ?」
ジロッと睨むルイズに、キュルケは床や壁を指さして言った。
「タバサの“魔法”以外、此処で攻撃“魔法”は使われて無いわ。一体全体、“エルフ”は何な“先住魔法”を使ったのかしら? 本当に其れは使われたのかしら?」
其の場の全員は、押し黙ってしまった。訳の理解らない恐怖に、押し潰されてしまいそうに成ったので在る。
未知の“魔法”を使う、未知の敵……。
“アルビオン”軍とはまた違う、種類や毛色の恐ろしさ。
敵が“メイジ”で在れば、未だ一行には対策の立てようも在ったといえるだろう。
相手が軍隊で在るのならば、交渉する余地も在ったで在ろう。
だが……“エルフ”は違う。
噂や伝説が独り歩きするばかりで在り、“トリステイン”人の誰もが、実際に相見えた事は、此の数百年というモノ無かったので在る。
「で、タバサは何処に連れて行かれたんだろう? 彼奴がどう遣って戦って、負けて、捕まったのかは判ったけど、行き場所の手掛かりを見付けなきゃ、話に無らんだろ。兎に角、其の手掛かりを探そうぜ」
才人がそう言って部屋を出ようとしても、ルイズとキュルケ以外は動かない。
「何だよ御前等? 怖く成ったんじゃないだろうな?」
「エ、“エルフ”は……何て言うか、其の、実際問題として凄く不味いと想うんだ」
ギーシュが、首を傾げ乍ら呟く。
「彼奴等は、捕らえた人間を食べるって言うぜ。情け容赦無く、女子供まで殺したりするって話だ。残酷なだけじゃ無く、恐ろしく強いんだ。僅か10人で小国を一晩で滅ぼした事も在るらしい」
「何だよ! もう! 此処まで来て怖じ気付く奴がいるかよ! 何のために“ガリア”まで来ったいうんだ? タバサを救けるためじゃねえか! 此処まで苦労して遣って来た甲斐がねえだろ? 先生だって、囮に成って俺達を行かせて呉れたんじゃねえか」
其れでもギーシュとマリコルヌ、そしてモンモランシーは動かない。困ったかの様に、モジモジとするばかりで在る。
其の時で在る。
廊下に通じる扉の隙間に、一瞬影が映った。
素早く才人はデルフリンガーを握り、構えた。
次にキュルケが、遠慮無しに“魔法”を撃っ放す。
大きな炎の玉が、扉に当たり、派手に燃え上がった。
「御止めくだされ! 御止めくだされ!」
廊下にいた人物の悲鳴が聞こ得て来る。
聞き覚えの有るキュルケは目を丸くした。
「ペルスラン! ペルスランじゃないの!」
「おやおや、其の御声はツェルプストー様!」
恐る恐ると、顔を覗かせたのは、オルレアン公屋敷の老執事、ペルスランで在った。
彼はキュルケを見ると、おいおいと泣き始める。
「再び御逢い出来て嬉しゅう御座います」
「一体、何が在ったの?」
キュルケが尋ねると、泣く泣くペルスランは語り始めた。
「あの碌で無しの王軍が遣って来たのは、3日前の事で御座います。嗚呼、私は臆病者で御座います。“杖”を持った将校や、恐ろし気な槍を持った兵隊を見る成り、急に怖く成り、奥様を御守りする事も忘れ、壁の向こうに在りまする隠し小部屋に隠れてしまったのです。王軍が引き上げた後も、私は怖くて小部屋から出られませんでした。部屋にはあの恐ろしい“エルフ”がいたからで御座います」
奥様とはタバサの母親の事で在ると、キュルケは一同に説明をした。
「王軍の連中は、奥様を怪し気な“魔法”で眠らせ、引っ張って行ってしまいました。私は怖くてずっと小部屋に隠れておりました。其の翌日にシャルロット様が遣って来て。“エルフ”と対決されたのです。嗚呼! あの時のシャルロット様の“魔法”と来たら! 私は此のオルレアン家に御仕えして数十年に成りますが、もう、見た事も聞いた事も無い様な威力で御座いました! 壁の向こうに隠れた私まで、冷たさで凍える様で在りました! 其の風の強さと来たら、御屋敷ごと吹き飛んでしまう様で在りましたよ! 然し乍らあの“エルフ”は、シャルロット様のそんな恐ろしい“魔法”を受け切ったばかりか……」
「理解ってるわ。で、其の“エルフ”がタバサを連れて行ったのね?」
「はい。間違い御座いません。“風竜”も倒してしまい、シャルロット様を両手に抱き抱える様にして連れて行きました。嗚呼此の老骨も“魔法”が使えたら! 否、せめて剣を握れる年で在ったなら! むざむざと奥様と御嬢様を王軍などに行き渡しはしなかったものを!」
「タバサを連れて行った先は判る?」
ペルスランは首を横に振った。
「其れは、判りませぬ……」
「そっか、残念ね」
キュルケと才人は肩を落とした。
「参ったな。やっぱり足で捜すしかねえか」
「“リュティス”に赴いて、情報屋を片っ端から当たりましょう」
そんな相談をする2人に、ペルスランは言った。
「ですが、奥様を連行した先なら知っております」
「ふぇ?」
「奥様を連れ去った兵隊が、仲間とこう話しておりました。“アーハンブラ城まで運ぶのか。全く、反対側じゃねえか”と。」
キュルケはニッコリと満面の笑みを浮かべて、ペルスランの手を握った。
「ツェルプストー様?」
「大手柄だわ! 恥じる事は無いわ、貴男はどんな騎士にも真似出来ない、大きな戦果を齎して呉れたのよ」
「ですが……シャルロット様の居所までは……」
「同じよ。別にする理由が無いわ」
「“アーハンブラ城”って何処だ?」
「“ガリア王国”の東の橋に在る城よ。有名な古戦場じゃないの」
「昔、幾度と無く“エルフ”と遣り合った土地じゃないか。“聖地”解放軍に参加した僕の御先祖様は、其処で“エルフ”に殺られたんだ」
ギーシュが震える声で言った。
続けてマリコルヌが同じ様な声で言った。
「僕の御先祖も、最後の“聖地”回復連合軍に参加して、“エルフ”に負けて逃げ帰って来たよ。で、其の御先祖はこう僕達に言い遺した。“ハルケギニア中の貴族を敵に回しても、エルフだけは敵に回すな”とね」
モンモランシーも眉間に皺を寄せて、語り始めた。
「まぁ、“ハルケギニア”の“貴族”が、“エルフ”と戦争して勝った事は何度か在るけど……代表的成のは“トゥールの戦い”ね。“ガリア”と“トリステイン”の連合軍が、“エルフ”軍と“サハラ”西部で激突して、勝利したの。でも、其の時連合軍は7,000……」
「“エルフ”はたった2,000じゃなかったか?」
「本当は500らしい。余りにも格好が付かないんで、報告では数倍に成ったのさ」
マリコルヌの発言を、ギーシュが訂正した。
「詰まり“エルフ”に勝利するには十数倍の兵力が必要という事だ」
呆れた声で、キュルケが言った。
「別にあたし達が“エルフ”と退治するって決まった訳じゃ無いでしょう?」
「そうだ。キュルケの言う通りだ。居場所も判ったんだ。俺は行くぜ」
歩き出した才人とキュルケを、4人はジッと見詰めていたが……仕方無いといった様子で追い掛けた。
シルフィードも嬉しそうにきゅいきゅいと喚き乍ら後を追う。
ペルスランが、そんな一同に深々と頭を垂れた。
「御願いします! 皆様方! 何とぞ奥様と、御嬢様を御救い下さいますよう!」
任せといて、と、キュルケが手を振った。
ルイズは、アッサリと歩き出した才人を、(キュルケが向かうのは理解出来るわ。だって2人は親友じゃない。でも、サイトはそうじゃ無いわ。タバサは何度も危機を救って呉れた恩人ではあるけど……それなのにサイトのあの勇気……あれだけ“エルフは怖い”と言われても、怯えた様子1つ見せない。“サーヴァント”としての力を持っているからなの? 其れとも、やっぱり、あの勇気は“ガンダールヴ”として……)と不安気に見詰めた。
才人は振り返った。
「どうしたルイズ? 置いてくぞ」
ルイズは首を横に振り、不安を振り払い、才人を追い掛けた。
「ルイズとサイトさん達のあの行動は、貴方達の入れ知恵かしら?」
“トリステイン”の王宮に在る女王の執務室にて、アンリエッタは不安げに俺とシオンへと問い掛ける。
「どうしてそう想うの? アン」
「ねえ、シオン、セイヴァーさん……私の判断、行動は間違っているのかしら?」
そんなシオンの質問に対する質問に答える事なく、アンリエッタは更に疑問を口にした。
やはり此の少女は、歳相応に弱いので在る。女王という立場、そして想い人の喪失、自覚の無い才人へと募る想い、そういったモノなどが、彼女を押し潰そうとしているのだろう。
「間違い何かじゃないさ……御前は間違っちゃいない。ただ、考えや立場が違っただけの事……才人にも“アルビオン”で言ったんだが……“間が悪かった”だけの事だ」
「……“間が悪い”?」
「そうだ。才人にも言ったがな……“御前自身の選択も―――御前を取り巻く環境も―――御前が良しとして、然し手に入らなかった細やか未来の夢も。 其れ等全てが、偶々其の時だけ、噛み合わなかっただけ”。御前の“人生は其れだけの話”だ。御前も悪い、俺を含め周囲も悪い。“要は、全てが悪かったのだ。人生とはそんなモノだ。全てが悪いのだから、悲観するのは馬鹿馬鹿しい”」
「何でそんな事を……非道い……あんまりじゃないですか……」
俺の言葉が契機か、アンリエッタは遂に我慢の限界を迎え、泣き出してしまった。
大声は出さずに嗚咽の程度では在るが、其れでもやはり堪え切る事が出来なかったので在ろう。
アンリエッタが泣き出す様子を目にし、シオンは顔を伏せる。彼女もまた、アンリエッタと同じ気持ち成ので在ろう。
眼の前で泣き出す、という事は、其れだけ信用し、信頼して呉れている証でも在るといえるだろう。気持ちを吐き出し、心情を吐露し、打つけて呉れているのだから。
「そうだな。確かに非道い話だ。其の非道い話では在るが、非道いだけ、と言うモノだ。“悲しいが、悲しいだけだ”。其れとはまた別の所に喜びもまた在る。“人生とは無意味と有意味の鬩ぎ合いだ。成のでこう想うのだ若人” 。“唯間が悪かったのだと。全ての物事は大抵其れで片が付く”。“騙されたと思って口にしてみるが良い”。“気持ち、心が軽く成る”ってな」
「……シオン、セイヴァーさん……他国の女王と其の客将、“使い魔”に頼む事では無いのですが」
「大丈夫だよ、アン。理解ってる。皆、無事に帰って来る。そうさせる。だよね、セイヴァー?」
「其れが御前達の望みで在るなら、其れに応えるのが俺の仕事だ。誰の代わりにでも成れる、代わりなど幾人も存在するだろう俺では在るが、此の命と力、今だけは御前達のモノだ。此の時だけでは在るが、代わりなど利か無いという事を理解させて遣ろう」