元々“アーハンブラ城”は、砂漠の小高い丘の上に、“エルフ”が建築した城砦で在る。
其れを多大なる犠牲を払って、“ハルケギニア”の“聖地回復連合軍”が奪取したのは、今を遡る事1,000近く前の事で在った。
“聖地回復連合軍”は、其の先に国境線を制定し、“エルフ”に「此処は我々の土地だ」と告げたので在る。結果、其処が国境線に成ったので在った。
嘗て砂漠に暮らす“エルフ”に国境という概念は無かった。ただ、人間という生き物が、国境を決めねば何処までも貪欲に土地を切り取り我が物にする事を識った“エルフ”は、其の人間達が引いた線を、国境として渋々認める事にしただけで在るのだ。
其の城砦は、幾度と無く“エルフ”の土地に侵攻するための拠点と成ったため、何度も“エルフ”の攻撃を受ける事に成った。其の度に、取ったり取られたりを繰り返し……数百年の戦いで、“聖地回復連合軍”が其の主と成リ、現在に至るので在る。城砦の規模が小さいために、軍事上の拠点としては不適切で在り、拠点から外され廃城と成っていたのだが……其の御蔭で結果、逆に栄える事に成った。
“アーハンブラ城”が建つ丘の麓にはちょっとしたオアシスが広がっている。其のオアシスの周りには小さな宿場街が出来始め……“アーハンブラ城”周辺は軍事拠点から、砂漠を旅する旅人が立ち寄るちょっとした交易地に成ったので在った。
“エルフ”が腕を揮った“アーハンブラ城”は見事な出来栄えだといえ、幾何学模様の細かい彫刻に彩られ、夜には双月の明かりを受けて白く光り、砂漠を旅する人々に幻想的な長めを提供している。
“ハルケギニア”の人々にとって、そんな“アーハンブラ城”周辺は、異国情緒溢れる美しい場所で在るといえるだろう。
さて、其の美しい小さな宿場街の、小さな居酒屋“ヨーゼフ親父の砂漠の扉亭”は、最近“アーハンブラ城”の噂で持ち切りで在った。
王軍の一部隊が遣って来て、城に駐屯し始めたからで在る。
“
「“アーハンブラ城”に最近遣って来た兵隊だが……何で彼奴等が来たか知ってるかい? 親父」
旅から旅へと渡り歩き、此処で居酒屋を構える事に成った苦労人で在る親父は、シチューの味を見乍ら首を横に振る。
「知らんね」
「此の辺の連中は、何だ、宝物でも発掘しに来たんじゃねえか、何て噂してる様だが……本当は違うらしいぜ」
「そうかね」
親父は興味の無い仕草を崩さないでいる。余計な事に首を突っ込まないのが、長生きする秘訣で在ると知っているからこそで在った。
「なあ。一杯奢って呉れたら、其の話をして遣っても良いぜ?」
「興味無いね」
只酒に有附き損ねて、行商人の男は鼻を鳴らす。
そんな男の隣に、砂塵避けのフードが付いたローブに身を包んだ女が腰掛ける。
「素敵な御話じゃない?」
フードの隙間から覗く褐色の肌と赤い唇が、相当の美人で在ると想わせて来る。
行商人はゴクリと唾を呑み込む。
「御主人。此の方に一杯差し上げて?」
男の盃にエールが波々と注がれる。
「有り難えね。ひひ」
「じゃあ聴かせて貰いましょうか」
テーブルに戻って来たキュルケを、一同は拍手で迎えた。旅芸人衣装の上に、皆して御揃いの砂漠用のローブを羽織っている。
一行が此の“アーハンブラ”に辿り着いたのは、昨晩の事で在る。
オルレアンの屋敷から、徒歩と街道を行く駅馬車を乗り継ぎ、1週間掛かったので在る。“トリステイン”は“ガリア”へ何の警告も発しなかったらしく、旅芸人姿の一行が道行く人々に怪しまれる事は無かった。いや、途中何度か警邏の騎士には正体を怪しまれはしたものの、世間を良く知るキュルケの機転で難を逃れたので在る。
「全くあんた達ってば……あたしにばっかり聞き込みさせて、どういう積りよ?」
「だって、君が1番上手いじゃないか。適材適所ってね」
ギーシュが尤もらしく首肯いて言った。
「凄いな……次から次へと情報集めちまうんだから」
と、感心した声で才人が言った。
「ホントどうにかしなさいよね。あんた達。ったく“トリステイン”の“貴族”ってば、自尊心ばっかり高くって、噂を集める事すら出来ないんだから」
モンモランシーは、キュルケの其の言葉に恥ずかしそうに顔を伏せたものの、ルイズの目は吊り上がる。
「出来るわ。私、こないだ“トリスタニア”で酒場の給仕まで遣ったじゃない」
「あのバレバレだった奴ぅ?」
ルイズは頬を膨らます。
あの時、ルイズは、キュルケに散々な目に遭わされてしまったので在った。
が、今は其れどころでは無い状況で在るために、ルイズは仕方無くといった様子で口を閉じた。
「で、何が判った?」
キュルケから散々奢られて知ってる限りの事を吐き出させられた先程の行商人は、酔い潰れてカウンターに突っ伏して寝てしまっている。
人目が在るために、一行は作戦会議の場所を2階の部屋へと移した。
部屋に入る成り、キュルケは聴いた情報を話し始めた。
「やっぱり此処の城で間違い無い様だわ」
「と言うと?」
才人が先を促す。
「あの商人が、駐屯している兵隊から聞いたらしいの。自分達が遣って来たのは、連れて来た貴人を守るためだってね。話によると没落した“王族”らしいとか。そして肝心なのは、其の貴人が親子って事よ」
「詰まりタバサと御母さんって訳か」
「そう想って良いんじゃない?」
一同は、真剣な顔に成った。
「只今」
部屋の扉が開いて、マリコルヌが入って来る。
「“遠見”の“呪文”を使って、城を調べて来たよ」
“風系統”の“メイジ”で在るマリコルヌは、“魔法”を使って遠くから城を調べていたので在った。
目立つために、シルフィードも使う事は出来ない。
其のシルフィードは、未だ人の姿に化けた侭、疲れたので在ろうベッドで寝息を立てている。人に化けていると“精神力”を激しく消耗するので在った。
マリコルヌは丁寧にスケッチした羊皮紙をテーブルの上に広げる。
其処には“アーハンブラ城”の見取り図が描かれている。勿論建物の内部までは判らないのだが、中庭と城壁、天守や塔などが、キッチリと描かれていた。
「苦労したよ」
「大したもんだな……」
ギーシュが驚嘆の声を上げる。
「駐屯してる“ガリア”軍は一個中隊どころじゃ無いな。二個中隊はいたよ。兵隊が300人、“貴族”の将校が10人ちょいってところかな」
かなりの数で在るといえるだろう。
「成る程。有り難う。さてと、得られる限りの情報は集まったわね」
すっかりキュルケがリーダーといった風で在る。
特殊な計画では、プライドが高く正攻法しか知らないで在ろう“トリステイン貴族”に出番は無いといえるだろう。
「で、どう遣ってタバサ達をあの城から救い出すんだ?」
「僕達は殆ど“メイジ”だ。奇襲すれば300くらいだったら何とか成るんじゃないか? こっちにはシルフィードや、110,000を止めたサイトだっているし……」
ギーシュがそう言ったら、キュルケは首を横に振る。
「駄目よ。そんなドンパチ遣ったら直ぐに何処からか援軍が飛んで来るし、タバサに危害が及ぶかもしれない。タバサが別の場所に連れて行かれちゃう可能性も在るわ」
「じゃあどうするんだい? 兵隊全員に“魔法”を掛けて眠って貰うとか?」
「其の通りよ」
キュルケは悪戯っぽく微笑んだ。
「そんな事は不可能だよ! 向こうは、30人からいるんだぜ? “スリープ・クラウド”でも唱えようものなら、一発で囲まれてしまうよ!」
「眠らせるのは、“呪文”だけじゃ無いわ。モンモランシー」
「なあに?」
「“
「出来るけど……どう遣って呑ませるのよ? 飲水なんかに仕込んでも、直ぐにバレちゃうわよ」
「作戦が有るのよ。良いから強力な奴を、出来る限り沢山調合して。ギーシュ、貴男は此の辺りで売ってる御酒を、買い占めて来て頂戴」
「酒に混ぜるのか? でも、兵隊が一斉に呑んで呉れるもんかね?」
「御託は良いから、直ぐに行って。ほら御財布よ。マリコルヌは、引き続き城砦の様子を窺って頂戴」
「理解った」
飛び出して行こうとする一同に、キュルケは言った。
「で、“エルフ”を見たら……」
3人はびくっ! と震えた。3人にとって、聞きたくない単語で在ったのだ。3人は勇気を振り絞って、頭から其の単語を追い出していたので在る。
「逃げて。絶対に戦おうなんて想わ無いで。忘れちゃいけないのは、あたし達は決して戦いに来たんじゃ無いって事。“エルフ”は勿論、“ガリア”軍ともね。あたし達は救出に来たのよ。貴方達が傷付く様な事に成ったら、本末転倒だわ。だから“エルフ”に限らず、危険を感じたら逃げて。其れは臆病でも、何でも無い事よ」
3人は、理解った、という様に首肯いた。
「あたしの親友を救い出す作戦に協力して呉れて有り難う。貴方達の勇気に感謝するわ」
キュルケは丁寧に一礼した。
そんな殊勝なキュルケを見るのは初めてだったために、3人は怯えた顔を改めて真剣な顔付きに成った。
3人が出て行った後、キュルケは才人とルイズに向き直る。
「さてと……」
「俺達はどうするんだ? 何すれば良い?」
「休んでて。貴方達は切り札よ。英気を養って頂戴」
「切り札ってどういう意味?」
アッサリとキュルケは言った。
「“エルフ”と戦って貰うわ。“ガリア”軍は騙せても、恐らく“エルフ”は騙せない」
「な!? 何よ其れ!? 私達は傷付いても良いって事? 若しかしたら死ぬかもしれないじゃない! 私達は死んでも良いって言うの? 切り札じゃ無くて、捨て駒じゃない! さっすがツェルプストーね! 私が其処まで嫌いなの!?」
キュルケは真顔で言った。
「違うわ、ルイズ。嫌ってるんじゃ無くって、認めてるのよ。多分、あたし達では“エルフ”には勝てない。可能性が在るのは、貴方達の伝説だけよ」
ルイズは、目を丸くした。
「知ってたの?」
「知らないと想ってるのは、いつだって自分だけよ。と言うかあたし達の前で唱えて於いて、其の言い方は無いんじゃない?」
ルイズは顔を赤くした。
「先祖に非礼は謹んで御詫びするわ。此の非力な私めに貴女の聖成る御力を御貸しくださいますよう」
キュルケは膝を突いた。
流石に、ルイズは慌てた。
ラ・ヴァリエールに謝罪するフォン・ツェルプストーは、其の長い抗争の歴史の中で初めてで在るといえるだろう。
「あ、頭を上げなさいよ! 何なのよもう! これで断ったら私が悪者じゃないの! と言うか、私はもう“貴族”の名前は捨てたのよ! ただの“ゼロのルイズ”よ。だから、あんたの言う事利いたって、別に構わ無いわよね」
横を向いて、恥ずかしそうな口調でルイズは言った。
「へ? あんた“貴族”捨てたの?」
「そうよ。マントも姓も、陛下に御返しして来たわ」
「あらら! じゃあタバサを助けたら、“ゲルマニア”に来なさいな! メイドとして雇って上げてよ?」
「巫山戯無いで!」
キュルケは感極まったらしく、ルイズをギュッと抱き締めた。
才人はそんな2人を、少し眩しい気持ちで見詰めた。其れから、体力を温存するために、ベッドへと向かった。
才人には、自身が“サーヴァント”で在る事を含めて考えても“エルフ”に勝てる自信は無かった。拮抗するか、負けるかの何方かで在るとしか想えないので在る。というよりも、どの様にして戦えば良いのか判らないでいるので在った。
考えれば考える程、才人の中で不安は大きく成って行く。
不安は多く成って、才人を押し潰しそうに成る。
才人は、だが……キュルケと友情? を育みつつ在る様に想えるルイズを見て居ると、そんな気持ちを抱いた事が恥ずかしく成ってしまった。
「さてと、じゃあ俺は御言葉に甘えてちょっと寝るよ」
「期待してるわよ。サイト。ジャンがいつも言ってたわ。サイト君達は、此の世界を変える人間だって。あたしも其れを信じてる。だからタバサの“運命”も、変えて上げて頂戴」
才人は勇気を奮って、無理して微笑みを浮かべた。
「任せとけ」
才人がベッドに潜り込むと、先にベッドで寝ていたシルフィードがパッチリと目を開けた。
「きゅい」
「何だ御前、起きてたのか」
シルフィードは青い髪の下の、これまた青い瞳を輝かせて、「有り難うなのね」、と才人に御礼を言った。
「御姉様を救けるた、えに、皆が頑張って呉れてるのね。すっごく感動なのね。きっと御姉様、皆が救けに来たと知ったら、凄く喜ぶのね」
「…………」
「御姉様は喋らないから、何だか冷たく見えるけど……ホントはとっても優しいのね。シルフィは御姉様の事が大好きだけど、負けないくらい御姉様もシルフィの事が好き。御姉様は何も言わないけど、其のくらいの事は伝わって来るのね」
「うん……」
シルフィードは、才人に少し元気が無いという事に気が付いた。
「どうしたのね?」
「いや……御前達がちょっと羨ましく成ってさ」
同じ“使い魔”と主人でも、才人とルイズは未だ理解り合う事が出来ていないといえるだろうか。
御互いの気持ちなど、通じ合っていないので在る。
「元気無いのね。慰めて上げのね。でも、どうすれば良いのか判んないのね」
シルフィードはきゅいきゅいと喚き乍ら、才人を抱き締めた。
柔らかいシルフィードの身体に抱き締められ乍ら、(嗚呼、いつに成ったらルイズは俺の方を向いて呉れるんだろう)と才人はボンヤリと想った。
才人は、(立派に成れば……ちょっとは自分の方を振り向いて呉れるんじゃないかって、そう想ってた。でも……そんな事は無いみたいだ。何せ“トリステイン”の御城で捕まっていた時、好き……って言おうとしたら、“言わ無いで!” 何て怒鳴られたくらいだもんな。確かに俺も悪い。シエスタにデレデレしてしまうし、姫様の顔を見ればドキドキしてまうしな。其れは其れだけの魅力を秘めている以上、仕方が無いだろ。男の性だ。でも、俺がいつだって好きと言っているのはルイズだけじゃねえか。多分……ルイズは恋する余裕なんて無いんだ)とも想った。
真面目なルイズ。
己の理想に拘るルイズ。
才人は、(“使い魔”の俺に、“御褒美よ”、と言って、キスして呉れたり、其の、御胸を触っても怒らなかったり、と言うのは……別に傲慢だからじゃ無いんだろうな。シルフィードが人間の自分をどう遣って慰めれば良いのか判らない様に……年頃の少年で在る俺に、何な御褒美を上げて良いのか判ら無いんだろな。きっと、どう遣って感謝の気持ちを伝えれば良いのか判ら無いからだだろうな。其れ成のに俺ってば。いっつも勘違いして……ルイズが俺に惚れてるなんて!)と想い直し、穴が在ったら入りたい気持ちに成ってしまった。
才人は、(俺ってば、調子に乗って見っともない。ああ、見っともねえ!)と想った。
自身の理想を貫き通すために、あれだけ心酔していたアンリエッタにマントを返してしまったルイズ。真面目で、気高いルイズ。
そんなルイズだからこそ、才人は好きに成ってしまったのかもしれないだろう。
才人は、(ルイズみたいに自分の生き方という事にトコトン拘る人間は、少なくても俺が生まれた世界で出逢った人達の中にはいなかったなあ。そして、こっちの世界にも……いつかルイズが、自己の理想とやらを成就出来たら、其の時初めて誰かを好きに成れるんじゃないか? 其の時側に居るのは俺だと良いな)と想った。
才人は蛮勇を発揮して、大の字に成って目を瞑る。(ルイズの理想に叶うためには、怖じ気付いたところなんて、誰にも見せられない)と考えた為で在る。
「嗚呼……間違ってるかもしれないけど……こう言うのが、“間が悪い”って事だったのかもなあ……」
ベッドの上に大の字に成って笑みを浮かべる妙な才人を見詰め、(あんた“エルフと戦え”って言われてるのに、どうして怯えないのよ? どうして嫌がらないのよ。嗚呼、やっぱりサイトって“使い魔”として勇気を与えられてるんじゃないの?)とルイズは更に不安が大きく成った。
ルイズは深く切ない気持ちに成った。
翌日の夕方……。
“アーハンブラ城”の城門の前に立ち、警備を行っていた1人の“ガリア”兵が、大きな欠伸をした。
隣に立っていた兵隊が、そんな1人を窘める。
「おい」
「ん? ああ……」
「確り門番してねえと、隊長にドヤされちまうぜ?」
「ミスコール男爵か? 大丈夫だよ。彼奴はただの色惚けさ」
「違うよ。そっちじゃねえ。人間じゃ無い方さ」
欠伸をしていた兵隊は、急に眠気が吹っ飛んでしまったのだろう、首をフルフルと横に振った。
「おい、軽々しく名前を呼ぶんじゃねえ! くわばらくわばら……おお、“始祖ブリミル”よ。我が魂を守り給え……」
「俺だって喰われるのは御免だぜ。だから名前は言ってねえじゃねえか……しっかし、今日はどう成って遣がるんでぇ。昼間、街に飯を食いに行ったらよ、酒は出せねえと来たもんだ」
「はぁ? どういうこった?」
「何処ぞの誰かが、宿場街の酒を買い占めたんだと。其の御蔭で、何の酒場に行っても酒がねえ何て巫山戯た事に成っちまってる」
「此の退屈な砂漠のど真ん中で、唯一の気晴らしじゃねえか! ったく、何処のどいつがそんな碌でも無い事を……」
そんな会話を交していると、宿場街に続く坂道を一台が上がって来るのが2人には見えた。
「何だありゃ?」
荷車を引いているのは、派手な旅芸人の格好をした壇上が7人程。台車には名一杯樽が積まれているのが見える。
門の前で、荷車は止まった。
兵隊は槍を構えて一行に尋ねる。
「何だ御前達は?」
ボリュームの在る身体を露出度の高い踊り子衣装に包んだ赤毛の女が、優雅に一礼した。
「旅芸人の一座で御座いますわ。兵隊さん」
キュルケで在る。
「見れば判る。此方は街道じゃ無いぞ」
「知ってますわ」
キュルケは色っぽい流し目を送る。
兵隊達は、まるで一瞬で、“サキュバス”にでも魅入られたかの様に成ってしまった。
「私達は御楽しみを売りに来たんですの」
「御楽しみ?」
兵隊達は顔を見合わせ、其れから荷台に積んだ樽の正体に気付く。
1人が近付いて、樽の香りを嗅いだ。
「こりゃあ酒じゃねえか!」
1人が憎らし気にキュルケを睨んだ。
「買い占めたのは御前達か!?」
「そうですよわ」
キュルケは兵士に撓垂れ掛かった。
キュルケの色香で、兵士の顔が情け無い程に崩れて行く。
「怒ら無いで下さいな。格好良い兵隊さん。あたし達も、生きるのに精一杯なのよ。“
「“エルフ”に踊りが理解る訳ねえだろ!」
兵隊達は大笑いした。
「でしょ? だからあたし達は、あたし達の芸術を理解して呉れる御客さんが必要という訳。勿論、御酒と一緒にね?」
「理解ったぞ。御前達、唯、酒を売りに来た訳じゃ無えな? 何か怪しい事を企んでるな?」
荷車の周りに突っ立った一同は、びくっ! と身を硬くした。
「序に踊りも売ろうってんだ。そうだろ?」
キュルケは特大の笑顔を浮かべて言った。
「其の通りよ。あたし達の御酒に、街よりちょっと高い値段を付けて呉れたら、踊りをサービスして上げる。其れでどう?」
「度胸の有る女だな。気に入った。御前達の商売の手伝いをして遣ろう」
上官に報告しに兵士の1人がすっ飛んで行く。
キュルケは振り向くと、得意気に髪を掻き上げる。
其の鮮やかな手並みに、一同は拍手した。
才人達は、此の城に駐屯する部隊を纏める10人程の“貴族”に引き合わされた。
城のホールに入って直ぐ右隣の客間を、士官室として使っている様だった。
隊長はミスコール男爵と云う40過ぎの“貴族”で在った。
彼は一目見成りキュルケを気に入ったらしく、中庭で慰問会開催を許可した。
「“ゲルマニア”の女は、商売上手だな」
キュルケが酒に付けた値段を聞いて、ミスコール男爵は笑みを浮かべた。
「其の分の踊りと芸は披露いたしますわ」
ミスコールは、ふむ……と椅子から身を乗り出し、舐め回すかの様にしてキュルケの肢体を眺めた。ミスコールの頭は禿げ上がり、如何にも好色そうな雰囲気を漂わせている。
「良かろう。金は良い値を払おう。然しだな、御前達が善からぬ事を企んでないかどうか、確かめる必要が在るな……此方人等、陛下から貴重な軍を預かっている身でな……」
「御疑いなら、個人的にあたしの踊りを披露して差し上げますわ」
キュルケが流し目を送り乍らそう言うと、ミスコールは目を細めた。
「かと言って、兵共の娯楽を取り上げては士気低下の懸念がある。芸が終わったら、私の部屋に来い。直接取り調べる」
周りの“貴族”が、不満そうな様子を見せる。
「これも隊長の職務のうちだな。あっはっは!」
大笑いする隊長に向かって、キュルケは妖艶な笑みを浮かべた。
「では、私達は早速準備をさせて頂きますわ」
部屋を出て行こうとするキュルケを、ミスコールが呼び止めた。
「其の前に、御前達が運んで来た酒を一杯貰おうかね」
モンモランシーの顔が青く成る。
既に酒樽にはモンモランシーが調合した“
然し、キュルケは動じる事も無く、樽を1個運んで来させるとグラスに注いだ。
一同は行息を呑む。
「どうぞ」
ミスコールはグラスに鼻を近付け、香りを嗅いだ。
モンモランシーは緊張の余り倒れそうに成った。
彼女が調合した“ポーション”は無味無臭で在るのだが、“
ミスコールは眉間に皺を寄せて、首を横に振った。
キュルケを除いた一同は、バレてしまったと想い、氷の様に固まった。
「安物だな。“貴族”の口には合わん。全部、兵達に呉れて遣れ」
そう言ってミスコールは、床にグラスの中のワインを捨てた。
士官室を辞してホールに出たキュルケに、ソッと才人が呟いた。
「ヤバかったな……」
「あんなの序の口よ。本番はこれから。でも、あの中に“エルフ”はいなかったわね」
「若しかしたら、此処には居無いんじゃ成いのか?」
「そうだったら良いんだけどね」
と、余り期待して居無い口調でキュルケが言った。
“アーハンブラ城”の中庭には、30人から来る兵士が集まっていた。
踊りは未だ始まら無いというのに、兵士達はかなり盛り上がっている様子を見せている。
砂漠の真ん中の此の廃城で、訳の理解らぬ警護任務を命じられてしまい、退屈仕切っていたので在る。仲間外れにでもしてしまうと暴動が起き兼ね無い程に不満が溜まってしまっていたために、ほぼ全員が集められたので在った。宰相の警備の兵だけを残し、ほぼ全員で在るといえる。
隊長のミスコールは、“エルフ”と共同で此の警護任務に、内心腹を立てていた。殆どの“ガリア貴族”がそうで在る様に、彼もまたジョゼフに対して侮りと不満の両方を抱いているので在る。ハッキリと言ってしまうと、嫌っているので在る。
副官が、兵の参加は半分ずつにしましょう、と提案したので在るが、ミスコールは首を横に振った。
「あの“無能王”は、儂をこんな所に追い遣ったのだ。仮にもミスコール家は、“ガリア”有数の武門だぞ。こんな田舎で“エルフ”と元公爵夫人の御守りをさせるとは……気紛れにも程が在る。全く、誰があんな子供と老婆を今更狙うものか。構わぬ、兵全員を出席させろ」
そう言ってミスコールは、中庭に引き出した豪華な椅子にどっかりと腰掛けた。
2つの月が、雲に隠れた瞬間……。
松明を持った、痩せた少年と小太りの少年が現れた。
出て来たのが男だったので、兵隊達の間からは野次が飛ぶ。
2人は用意された篝火の櫓に松明を放り込む。
其れから2人は楽器を構えた。
小太りの少年がポンポコと太鼓を叩き出す。
痩せた容姿の整った少年は、笛を取り出すとピーヒャララ、と吹き始めた。
余りにも下手糞な演奏だったために、野次は更に激しく成る。
然し、暗闇の中から踊り子の女達が現れた瞬間、野次はピタリと止んだ。
踊り子の少女は全員で4人。
燃える様な赤い髪のグラマーな少女が先頭で在る。炎に照らされた顔に、妖艶な笑みを浮かべている。
次に金髪の髪をロールさせた少女。彼女は、恥ずかしそうに頬を染めていた。
其の次は桃色のブロンドの、未だ子供にしか見え無い感じの少女で在った。怒りに引き攣った顔を真っ赤にさせていた。
最後は長い青い髪の麗人で在る。無邪気な、満面の笑顔を浮かべて居る。
兵士達の間から、拍手や歓声や口笛が盛んに飛んだ。
宴が始まったので在る。
タバサが目覚めると……其処は、母のベッドの上で在った。
本を片手に突っ伏した形で、タバサはベッドの上に横たわっている。
隣では、母が安らかな様子で寝息を立てている。
どうやらタバサは、“イーヴァルディの勇者”を朗読しているうちに、眠く成って寝てしまったので在ろう。
母の目が、小さく開いた。
暴れるかと想われたが……母はジッとタバサを見詰めた侭動かない。
タバサは、(若しかして正気を取り戻したのだろうか?)、との喜びが胸に広がり、母に呼び掛けた。
「母様」
然し、母は何の反応も見せない。ただ、タバサをジッと見詰めるのみで在る。
だが、タバサには其れだけで十分で在った。
タバサは鏡台に置かれた人形を見詰めた後、小さく微笑んだ。
「シャルロットが、今日も御本を読んで差し上げますわ」
本のページを捲る。
タバサは朗読を開始した。
――“イーヴァルディは竜の住む洞窟まで遣って来ました。従者や仲間達は、入り口で怯え始めました。猟師の1人が、イーヴァルディに言いました”。
――“引き返そう。竜を起こしたら、俺達皆死んでしまうぞ。御前は竜の怖さを知らないのだ”。
――“イーヴァルディは言いました”。
――“僕だって怖いさ”。
――“だったら正直に成れば良い”。
――“でも、怖さに負けたら、僕は僕じゃ無く成る。其の方が、竜に噛み殺される何倍も怖いのさ”。
居室にビダーシャルが入って来た時も、タバサは本から顔を上げなかった。
母は“エルフ”が部屋に入って来ても怯えた様子見せない。此の10日間程の間、ずっと毎日、タバサは母に“イーヴァルディの勇者”を読み聞かせていた。他の本では、昔の様に取り乱すためで在る。だからタバサは、何度も同じ本を読み返していたので在る。何度も声に出して読んでいたために、ほぼ暗記してしまったくらいで在る。
ビダーシャルは、本を読むタバサを見ると、僅かに微笑を浮かべた。
「其の本が甚く気に入った様だな」
タバサは答え無い。
今では、ビダーシャルが入って来ても、特に用事の無い限り、タバサは朗読を止め無い様に成っていた。
「旅芸人の一座が慰問に来たらしい。其処の中庭で芸を披露するそうだ。我には全く興味が無いが、御前はどうだ? 見物したいのなら、此の部屋を出る事を特別に許可しよう」
タバサは顔を上げると、首を横に振った。ビダーシャルは僅かに硬い声に成り、タバサに告げた。
「薬が明日、完成する」
ページを捲るタバサの指が止まる。
「御前が御前でいられるのは、明日までだ」
ビダーシャルが此の部屋から出る許可を与えたのは……詰まりは、刑の執行前の最後の慈悲という訳で在ろう。
「詰まらぬ余興だが、少しでも慰めに成るのではないかと考えた次第だ」
「情けは要らない」
短く、タバサは言った。
ビダーシャルは、そうか、と呟くと、部屋を出て行った。
最期の時間は、せめて母と過ごしたい。そうタバサは考えたので在る。
再びタバサは、“イーヴァルディの勇者”に目を落とす。
――“イーヴァルディは竜の洞窟の中に入って行きました。付き従う者は在りませんでした。松明の灯りの中に、苔に覆われた洞窟の壁が浮かび上がりました。沢山の蝙蝠が、松明の灯りに怯え、逃げ惑いました”。
――“イーヴァルディは怖くて泣きそうに成りました。皆さんが、暗い洞窟にたった1人で取り残されたしまった事を想像して下さい。どれ程恐ろしい事でしょう?”
――“而も此の先には、恐ろしい竜が潜んでいるのです!”
――“でもイーヴァルディは挫けませんでした”。
――“己に何度も、イーヴァルディは言い聞かせました”。
――“僕なら出来る。僕は何度も、色んな人間を助けたじゃないか。今度だって出来るさ。良いかイーヴァルディ。力が有るのに、逃げ出すのは卑怯な事なんだ”。
何度も読み返して行くうちに、タバサは此の本のタイトルに対し幼い頃に感じた矛盾が、解けて行く様な気がした。
“イーヴァルディの勇者”とは、どういう事で在ろうか? という疑問で在る。
“イーヴァルディ”という単語は地名では無く、作中の少年の名前を指す。そういった事からも、タイトルは勇者“イーヴァルディ”と表記され、伝聞される筈で在る。
幼い頃のタバサは、嘗てそんな疑問を抱いたので在った。
だが、今のタバサには、其のタイトルの理由と意味を理解する事が出来た。
“勇者”という単語は、“イーヴァルディ”自身を指してはいないので在る。
彼の心の中に在る衝動や決心など、そんな概念を、総じて“勇者”という単語で指し、意味しているので在った。
タバサは幼い頃……此の本を読み乍ら憧れたもので在った。
皆、此の本を読んで“イーヴァルディ”の様な心の中に住む“勇者”に従い、“英雄”に成る事に憧れたで在ろうが……タバサは違った。
タバサは、“竜”に囚われた少女に憧れたので在る。勇者に助けて貰う少女に成りたかったので在る。楽しい乍らも、退屈な日常から連れ出して呉れるで在ろう勇者を、タバサは待ち侘びていたので在る。
作中の少女と、自身の境遇を照らし合わせ、タバサは心の中で苦笑した。
タバサは、(何だ、自分は此の少女に成れたでは成いか。今現在、自分は囚われの身に成っている。本と違うのは、自分には救けに来て呉れる勇者など存在しないという事だ。今も、昔も……でも、其れで良い。自分はずっと1人で遣って来たのだから。誰にも頼らず、心を許さず、全てを1人で行って来たのだから……でも……此の“イーヴァルディの勇者”を読んでいると、想像してしまうのだ。自分を救い出して呉れる、勇者を。此の禍々しい“
心を失うで在ろう前の最期の時だからこそ、タバサは素直に、そう云った事を感じて居るのかもしれないといえるだろう。
明日には失く成ってしまうで在ろう心を、タバサは愛しく感じた。幾重にも冷たい雪風で覆った心を、タバサは初めて“愛”しいと感じたので在る。
タバサは、傍らの母の手を握り締める。
小さく、タバサは震え始めた。
が――。
「――あれ?」
タバサは、自身の右手の異変に気が付いた。
タバサの左手には、模様の在る赤い痣がハッキリと出来ていた。