“土くれ”の“二つ名”で呼ばれ、“トリステイン”中の“貴族”たちを恐怖に陥れている“メイジ”の盗賊がいる。そう、“土くれのフーケ”である。
フーケは北の“貴族”の屋敷に宝石が鏤められたティアラがあると聞けば早速赴きそれを頂戴し、南の“貴族”の別荘に先帝から撓まりし家宝の“杖”があると聞けば別荘を破壊してそれを頂戴し、東の“貴族”の豪邸に“アルビオン”の細工師が腕に撚りをかけて作った真珠の指輪があると聞けば1も2もなく頂戴し、西の“貴族”のワイン蔵に値千金百年もののヴィンテージがあると聞けば喜び勇んで頂戴するといったふうである。
まさに神出鬼没の大怪盗。“メイジ”の大怪盗。それが“土くれのフーケ”なのである。
そしてフーケの盗み方は、繊細に屋敷へと忍び込んだかと思えば別荘を粉々に破壊して大胆に盗み出したり、白昼堂々“王立銀行”を襲ったかと思えば、夜影に乗じて邸宅に侵入するなど。行動パターンが中々読めず、“トリステイン”の治安を預かる“王立衛士隊”たちも、振り回されているのだった。
しかし、盗みの方法には共通する点がある。フーケは狙った獲物が隠された所に忍び込む時は、主に“錬金”の“魔法”を使うのだ。“錬金”の“呪文”で扉や壁を粘土や砂に変え、穴を開けて潜り込むのである。
“貴族”だって馬鹿ではないから当然対策は練っている。屋敷の壁やドアは、強力な“メイジ”に頼んでかけられた“固定化”の“魔法”で“錬金”の“魔法”から守られている。しかし、フーケの“錬金”は強力であった。大抵の場合、“固定化”の“呪文”など物ともせず、壁や扉をただの土塊に変えてしまうのである。
“土くれ”は、そんな盗みの技などから付けられた、“二つ名”である。
忍び込むばかりではなく、力任せに屋敷を破壊する時は、フーケは巨大な土“ゴーレム”を使う。その身の丈は凡そ30“メイル”はあるだろうほどの大きさだ。城でも壊せるかと思わせる巨大な“ゴーレム”である。集まった“魔法衛士”たちを蹴散らし、白昼堂々と御宝を盗み出したことさえもある。
そんな“土くれのフーケ”だが、正体を見た者はまだ誰もいない。男か、女かもわかっていない。ただわかっていることは……。
おそらく“トライアングルクラス”の“土系統”の“メイジ”であるということだけである。
そして、犯行現場の壁に「秘蔵の○○、確かに領収致しました。“土くれのフーケ”」と、ふざけているのかと思わせるサインを残して行くこと。
そして……いわゆる“マジックアイテム”……強力な“魔法”が付与された数々の高名なお宝を何より好み、盗み出すということくらいだろうか。
巨大な2つの月が、5階に宝物庫が在る“魔法学院”の本塔の外壁を照らしている。
2つの月光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせていた。
“土くれのフーケ”であった。
長い、青い髪を夜風になびかせ悠然と佇む様に、国中の“貴族”たちを恐怖に陥れている怪盗の風格が漂っている。
フーケは足から伝わって来る、壁の感触に舌打ちをした。
「流石は“魔法学院”本塔の壁ね……物理衝撃が弱点? こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!」
足の裏で、壁の厚さを測っている“土系統”のエキスパートであるフーケにとって、そんなことは造作もないのであった。
「確かに、“固定化”の“魔法”以外はかかっていないみたいだけど……これじゃ私の“ゴーレム”の力でも、壊せそうにないわね……」
フーケは腕を組み、頭を悩ませる。
強力な“固定化”の“呪文”が掛かっているために、“錬金”の“呪文”で壁に穴を開ける訳にもいかない。
「やっとここまで来たってのに……」
そんな状況などを前にして、フーケは歯噛みした。
「かと言って、“破壊の杖”を諦める訳にゃあ、いかないね……」
フーケの目がキラリと光る。そして、腕組みをしたまま、ジッと考えはじめた。
見られていることも気付かれていることなども気付くことはなく。
同時刻。
ルイズの部屋では騒動が持ち上がっていた。
ルイズとキュルケの2人は互いを睨み合っている。才人は自分にあてがわれた寝床である鶏の巣の上で、キュルケが持って来た名剣に夢中になっている。タバサはベッドの上に座り、本を広げ読書をしている。そして、シオンと俺はそんな4人を前に、苦笑を浮かべるだけだ。
「どういう意味、ツェルプストー?」
腰に両手を当てて、グッと不倶戴天の敵を睨んでいるのは、ルイズである。
対するキュルケは悠然と、恋の相手の主人の視線を受け流す。
「だから、サイトが欲しがってる剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言ってるのよ」
「お生憎様。“使い魔”の使う道具なら間に合てるの。ねえ、サイト?」
しかし、才人はそんなルイズの言葉とは裏腹に、キュルケが手に入れ持って来た大剣に夢中になってしまっており、鞘から取り出し、ジッと魅入ってしまっている。
それもそのはず、その大剣は街の武器店で購入を検討したあの大剣なのである。見た目だけは確かに素晴らしいと言えるだろう。
「呼ばれているぞ、才人」
俺からの言葉もまた届いていないのだろ、剣に夢中になっており、才人は返事を返さない。
彼が剣を握ることで、案の定、彼の左手の“ルーン”が光り出す。それと同時に、彼の身体能力が上昇する。
今彼が理解できていることは、剣を握ることで“ルーン”と呼ばれる痣のようなモノが光ること、自身の身体能力が上昇するということだけである。
しかし……そんな事よりも今は、見栄えの良い剣に夢中であった。
「すげえ……やっぱこれ、すげえ……ピカピカ光ってるよ! ホントに、見た目だけなのか?」
ルイズはそんな彼を蹴飛ばす。
「なにすんだよ!?」
「返しなさい。あんたには、あの喋るのがあるじゃない」
「いや、確かに、あれは喋っておもしろいけど……」
あの剣――デルフリンガーは人語を解し喋りはするが、見た目が良くない。錆び錆びのボロボロなのである。
見た目の良い大剣の方に惹かれるのも無理のないことであろう。
「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」
キュルケは、勝ち誇った調子で言う。
「嫉妬? 誰が嫉妬してるのよ!?」
「そうじゃない。サイトが欲しがってた剣を、あたしが難なく手に入れてプレゼントしたもんだから、嫉妬してるんじゃなくって?」
「誰がよ! やめてよね! ツェルプストーの者からは豆の一粒だって恵んで貰いたくない! そんだけよ!」
キュルケとルイズの言い合いに、シオンは苦笑いを浮かべるだけだ。
そして、タバサは我関せずといった様子で読書に耽っている。
キュルケは才人を見た。才人はルイズが取り上げた大剣を名残惜しそうに見つめている。
「見てごらんなさい? サイトはこの剣に夢中じゃないの。知ってる? この剣を鍛えたのは“ゲルマニア”の“錬金魔術士シュペー卿”だそうよ?」
「ふん! でもその剣、セイヴァーが言うには見た目だけ、らしいわよ」
「あらそうなの?」
夢中になっている才人の様子と大剣をルイズへと見せ付けるキュルケだが、ルイズは想い出したかのように大剣の駄目出しを「見た目だけ」といった箇所を強調したようにして言った。
そんなルイズの言葉に、キュルケは目をパチクリとさせて俺へと確認の言葉を投げかけて来る。
「ああ、見た目は良い……見た目は、な……」
俺は彼女の質問に答えはするが、やはりシオンを除き、まだ皆信じることができていない様子だ。
それからキュルケは、俺の言葉を気にしたふうもなく、熱っぽい流し目を才人に送った。
「ねえ、貴男。良くって? 剣も女も、生まれた“ゲルマニア”に限るわよ? “トリステイン”の女と来たら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、ブライドばかり高くって、どうしようもないんだから」
ルイズはキュルケをグッと睨み付ける。
「なによ。ホントのことじゃないの」
「へ、へんだ。あんたなんかただの色惚けじゃない! なあに? “ゲルマニア”で男を漁り過ぎて相手にされなくなったから、“トリステイン”まで留学して来たんでしょ?」
ルイズは冷たい笑みを浮かべて、キュルケを挑発した。声が震えており、相当頭に来ていることがわかるだろう。
「言ってくれるわね。ヴァリエール……」
キュルケの顔色が変わる。そんな彼女を見て、ルイズが勝ち誇ったように言う。
「なによ? ホントのことでしょう?」
2人は同時に自分の“杖”に手をかける。
それまで、ジッと本を読んでいたタバサ、そして苦笑いを浮かべていたシオンの2人が同時に、ルイズとキュルケの2人より早く自分の“杖”を振る。
「室内」
「駄目だよ2人とも」
タバサは淡々と、シオンは笑顔を浮かべながら静かに2人を言って止める。
「なにこの娘。さっきからいるけど」
ルイズが、タバサを見ながら忌々しげに呟いた。
そんなルイズに対して、キュルケが答える。
「あたしの友達よ」
「なんで、あんたの友達がわたしの部屋にいるのよ?」
「良いじゃない?」
キュルケは、グッとルイズを睨んだ。
「よ、よお」
才人は、ジッと本を読んでいるタバサに声をかけた。が、返事はない。本のページを黙々と捲っている。
「何を読んでるんだ?」
「本……」
「タイトルは?」
「“イーヴァルディの勇者”……」
「面白い?」
「うん……」
俺もまた彼女とコミュニケーションを取ろうと話しかけるのだが、淡々とした調子で返して来るタバサ。やはりまだ口数は少ない。
そんな中、ルイズとキュルケはグッと睨み合ったままである。
そして、キュルケが視線を逸して言った。
「じゃあ、サイトに決めてもらいましょうか」
「俺が? 俺?」
いきなり話を振られたということもあってか、才人は戸惑う。
「そうよ。あんたの剣で揉めてんだから」
ルイズは彼をグッと睨んだ。
才人は悩んでいる様子だ。
「どっち?」
キュルケが、そしてルイズが睨む。
どちらを選んでも、彼にとって悪い結果になってしまうだろうことは明白であった。が、逃げる訳にはいかないだろう。
「その、2本とも、って駄目?」
才人は頭を掻きながら2人へと問いかける。そんな彼をルイズとキュルケの2人は同時に蹴り、彼は床を転がってしまう。
「ねえ」
キュルケはルイズに向き直る。
「なによ?」
「そろそろ、決着を着けませんこと?」
「そうね」
「あたしね、あんたのこと、大っ嫌いなのよ」
「私もよ」
「気が合うわね」
キュルケが微笑んだ後、眼を吊り上げた。
ルイズも、負けじと胸を張った。
2人は同時に怒鳴るように宣言を、宣戦布告をする。
「決闘よ!」
「決闘よ!」
「やめとけよ」
才人は呆れて言った。
しかし、ルイズもキュルケも、お互い怒りを剥き出しにして睨み合っていることもあって、彼の制止の言葉など聞いてはいない。
シオンは「またか……」といった様子であり、タバサはまだ読書を続けている。
「もちろん、“魔法”でよ?」
キュルケが、勝ち誇ったように言った。
ルイズは唇を噛み締めたが、直ぐに首肯いた。
「ええ、臨むところよ」
「良いの? “ゼロのルイズ”。“魔法”での決闘で、大丈夫なの?」
小馬鹿にでもした調子で、キュルケが確認をする。そして、ルイズは首肯いた。
「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!」
本塔の外壁に張り付き考え事をしていたフーケは、誰かが近付いて来る気配を感じ取った。
トンッと壁を蹴り、直ぐに地面へと飛び降りる。地面に打つかる瞬間、最小限の力とコントロールで“レビテーション”を唱え、回転して勢いを殺し、羽毛のように着地を成功させる。それから直ぐに中庭の植え込みへと姿を隠した。
中庭に現れたのは、ルイズとキュルケ、タバサ、才人、シオン、そして――。
「じゃあ、始めましょうか」
キュルケが言った。
才人が心配そうに言った。
「ホントにお前ら、決闘なんかするんかよ?」
「そうよ」
ルイズもキュルケもやる気満々といった様子である。
「危ないからやめろよ……」
呆れた声で、才人は言った。
「確かに、怪我するのも馬鹿らしいわね」
才人の言葉に対し、キュルケがそう言い、ルイズもまた「そうね」と首肯く。
タバサがキュルケへと近付き、自身の考えを呟き、提案する。そして、タバサは才人を指さした。
「あ、それ良いわね!」
キュルケが微笑む。
そしてキュルケは、ルイズにもタバサから聞いたモノと同じ内容を呟いた。
「あ、それは良いわ」
ルイズも首肯いた。
そして、次にルイズはシオンへと内容を呟き伝える。
「それは、やめておいた方が……」
制止するシオンの言葉をなかったことにして、ルイズ、キュルケ、タバサの3人は才人の方を向く。
「おーい、本気か、お前ら?」
才人は情けない声で言ったが、返事を返す者は一部を除いて誰もいない。
「骨は拾ってやるから、安心しろ」
「なに1つ安心できないんだけど!」
俺の言葉を聞いて、才人は身体を大きく揺らす。
今の彼は、本塔の上からロープで縛られ、吊るされ、空中にぶら下がっている状態である。
遥か地面の下には、小さく俺たちの姿が見えているだろう。夜とはいえ、2つの月のおかげでかなり視界は明るい。塔の屋上には、“使い魔”の“ウィンドドラゴン”(化)に跨ったタバサの姿が見えているだろう。“ウィンドドラゴン”(化)は、2本の剣を咥えている。
2つの月だけが、優しく才人を照らしている。
キュルケとルイズは、地面に立って才人を見上げている。ロープに縛られ、上から吊るされた彼が、小さく揺れているのが地上から見える。
キュルケが腕を組んで、ルイズへと確認の言葉を口にする。
「良いこと、ヴァリエール? あのロープを切って、サイトを地面に落とした方が勝ちよ。勝った方の剣をサイトは使う。良いわね?」
キュルケからの言葉に、ルイズは「わかったわ」と硬い表情で首肯き、返す。
「使う“魔法”は自由。ただし、あたしは後攻。そのくらいはハンデよ」
「良いわ」
「じゃあ、どうぞ」
ルイズは“杖”を構えた。
屋上のタバサが、才人を吊るしたロープを振り始めた。それにより、才人が左右に揺れる。
“ファイアーボール”などの“魔法”の命中率は高く、動かない的であれば簡単にロープへと命中させることができるだろう。
しかし……命中するかしないかを気にする前に、ルイズには問題があった。“魔法”が成功するかしないか、である。いや、そもそもの話、“魔法”自体は成功してはいるのだが……。
そんな問題を抱えながらも、ルイズは短く“ルーン呪文”を呟き、完成させる。そして気合を入れて、“杖”を振った。
“呪文”が成功すれば、火の玉がその“杖”の先から飛び出すはずであった。
しかし、“杖”の先からはなにも出ない。そして、一瞬遅れて、才人の後ろの壁が爆発した。
爆風で、才人の身体が揺れる。
爆風に煽られている才人からの「殺す気か!?」といった怒鳴り声が地上にいても聞こえて来る。
彼を縛り吊るしているロープはなんともない。対して、本塔の壁には罅が入っているのが遠目から見える。
そして、キュルケは……腹を抱えて笑っていた。
「“ゼロ”! “ゼロのルイズ”! ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの!? 器用ね!」
ルイズは憮然とした。
「貴女って、どんな“魔法”を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」
ルイズは悔しそうに拳を握り締めると、膝を着いた。そんな彼女へと駆け寄るシオン。
「さて、私の番ね……」
キュルケは、狩人の目で才人を吊るしているロープを見据える。タバサがロープを揺らしているということもあって、狙いが付け辛い。
それでもキュルケは余裕の笑みを浮かべ、“ルーン呪文”を短く呟き、手慣れた仕草で“杖”を突き出す。“ファイアーボール”だ。そして、それは彼女の十八番、得意な“魔法”である。
“杖”の先から、メロンほどの大きさをした火球が現れ、才人のロープ目掛けて飛んだ。火球は狙い違わずロープに打つかり、一瞬で直撃した箇所を燃やし尽くした。
それにより、ロープは切れ、才人は地面へと向かい落ちる。屋上にいたタバサが“杖”を振り、才人に“レビテーション”を加減してかけたのだろう、彼の身体はゆっくりと地面へと降下する。
キュルケは勝ち誇って、笑い声を上げる。
「あたしの勝ちね!ヴァリエール!」
ルイズはしょんぼりとして座り込み、地面の草を毟り始めた。
フーケは、中庭の植え込みの中から一部始終を見守っていた。ルイズの“魔法”で、宝物庫の辺りの壁に罅が入ったのを見届ける。
ルイズが唱えた“呪文”は確かに“ファイアーボール”だ。だが、“杖”の先から火球は飛び出さず、代わりに、壁が爆発して破損してみせたのである。
あんな風にモノが爆発する“呪文”を、フーケは当然聞いたことも見たこともなかった。
ルイズという少女は尽く“魔法”を失敗させ、それら全てを爆発させてしまう。そんな話を他の教師から聞いたことはあるが、実際に見たのは初めてのことであり、フーケは今目にしたのにも関わらず信じることが難しい様子である。
フーケは頭を振って、考えと意識を切り替える。「このチャンスを逃す訳にはいかない」と。
フーケは“呪文”を“詠唱”し始める。長い“詠唱”だ。
完成すると、地面へと向けて“杖”を振る。
そして、彼女は薄く笑った。
音を立て、地面が盛り上がる。
“土くれのフーケ”が、その本領を発揮したのである。
「残念ね! ヴァリエール!」
勝ち誇ったキュルケは、大声で笑った。
ルイズは勝負に負けたのが悔しいのか、膝を着いたまましょぼんと肩を落としている。
才人は複雑な気分で、ルイズを見つめた。それから、低い声で言った。
「……まずは、ロープを解いてくれ」
キッチリとロープで身体をぐるぐる巻きにされており、身動き1つ取ることができない。いや、できるとしても、転がることや跳ねることくらいしかできない状態である。
キュルケは微笑んで、彼の言葉に首肯く。
「ええ、喜んで――!? な、なにこれ!?」
その時である。
背後に巨大ななにかの気配を感じて、キュルケは振り返った。そして、口を大きく開けてしまう。
巨大な土“ゴーレム”がこちらへと向かい歩いて来るのが見える。
(来たか……)
“ゴーレム”を見て、俺は周囲を確認する。予想していた通り、いや、“原作”通りのタイミングで来たこと、そして近くに彼女がいることを感じ取る。
「――きゃああああああああ!」
キュルケは悲鳴を上げて逃げ出した。才人はその背中に向かって叫んだ。
「おい! 置いて行くなよ!」
「退くぞ、シオン!」
俺はそう言ってシオンをお姫様抱っこして後へと跳躍し、後退する。が、1歩で10“メイル”ほど離れた直後に才人を放置してしまったことに気が付いた。
迫り来る巨大な“ゴーレム”が見え、才人はパニックに陥ってしまう。
「な、なんだこりゃ!? でけえ!」
才人は逃げようともがくのだが、ロープで身体をぐるぐる巻きにされているために逃げようとしても逃げることができない。
我に返ったルイズが才人へと駆け寄る。
「な、なんで縛られてんのよ!? あんたってば!」
「お前らが縛ったんだろうが!」
そんな2人の頭上で“ゴーレム”の足が持ち上がる。
動けないこともあって、才人は観念してしまう。そして「ルイズ! 逃げろ!」と彼女へと怒鳴った。
「く、このロープ……」
だがルイズは、一生懸命にロープを外そうともがいている。
“ゴーレム”の足が落ちて来る。それを前に、才人は目を瞑った。
が、間一髪のところで、タバサの“使い魔”である“ウィンドドラゴン”(化)が滑り込み、才人とルイズを両脚でガッシリ掴み、“ゴーレム”の足と地面の間を摺り抜た。
そして、先ほどまで2人がいた場所に、ズシン! と音を立てて、“ゴーレム”の足が減り込んだ。
“ウィンドドラゴン”(化)の脚にぶら下がった状態の2人は、上空から“ゴーレム”を見下ろした。
才人が震える声で呟く。
「な、なんなんだよ、あれ……?」
「わかんないけど……巨大な土“ゴーレム”ね」
「あんなデカイの、いいのかよ!?」
「……あんな大きい土“ゴーレム”を操れるなんて、“トライアングルクラス”の“メイジ”に違いないわ」
「良いけどよ……お前、なんで逃げなかったんだよ?」
地上にいる巨大な土“ゴーレム”を見下ろしながら、才人はルイズへと先ほどのこと――自身の危険を顧みずにロープを一生懸命に外そうとしてくれたことについて尋ねる。
それに対し、ルイズはキッパリと答えて見せた。
「“使い魔”を見捨てる“メイジ”は“メイジ”じゃないわ」
フーケは、巨大な土“ゴーレム”の肩の上で、薄ら笑いを浮かべていた。
逃げ惑うキュルケや、上空を舞う“ウィンドドラゴン”(化)の姿が見えたが気にしない。
フーケは頭からスッポリと黒いローブに身を包んでいる。その下の自分の顔さえ見られなければ、なにも問題はないのだから。
そう想い、安心して土“ゴーレム”へと命令を下そうとした瞬間、大きな衝撃が奔った。
「命中……次いで、2撃目」
“投影魔術”を使い、物質化させた弓矢で30“メイル”はするだろう大きさの土“ゴーレム”を射抜いたのである。
あれだけ巨大で脅威に感じられる土“ゴーレム”の身体、腹の真ん中部分には大きな穴が空いており、一時的なモノだろうが動きが止まっている。
その隙を突いて、2発目の矢を番え放つ。
それにより、土“ゴーレム”の右足に相当する部分が一瞬で抉れ、消え去り、“ゴーレム”は体勢を崩して前のめりに倒れかかる。
だが――。
「どこから!? これだけの威力の“魔法”を!?」
フーケは再び驚愕に目を見開き、動揺を隠すということがいよいよとなって難しくなる。
彼女が生み出す土“ゴーレム”は大抵の攻撃に、“ラインクラス”までの“メイジ”からの“魔法”による干渉を耐え切るだろうという自信があった。だが、まったく姿が見えない存在からの攻撃を受け、自身の土“ゴーレム”が損傷したのだ。その自信は簡単に崩れ去ろうとしていた。
「だけど、遅かったね」
驚愕を感じ、覚えならも、どうにか平静さを取り戻し、フーケは土“ゴーレム”と地面の両方へと向けて“魔法”を使用する。
1撃目で腹の部分を、2撃目で右足を持って行かれたが、それらはすぐに修復され、体勢を整える。
そして――。
罅が入った壁へと向けて、土“ゴーレム”の拳が打ち下ろされた。そして、インパクトのその瞬間、フーケは“ゴーレム”の拳を鉄へと変えた。
それにより、壁に拳が減り込む。バカッと鈍い音が鳴り、あれだけ難攻不落かつ金剛不壊かと想えた壁が崩れ去る。
それを見て、フーケは思わず黒いローブの下で微笑んだ。
そしてフーケは土“ゴーレム”の腕を伝い、壁に開いた穴から、宝物庫の中へと入り込む。
宝物庫の中には様々な宝物があった。しかし、彼女の狙いはただ1つ、“破壊の杖”だけである。
少しばかり奥へと進むと、様々な杖が壁にかかった一画に到着する。そしてその中には、どう見ても“魔法”の“杖”には見えない品があった。全長は1“メイル”ほどの長さで、見たことのない金属で出来ている。
とても奇妙な見た目をした物体だ。
フーケはその下にかけられた鉄製のプレートを見つめた。そこには「“破壊の杖”。持ち出し不可」と記載されており、彼女の笑みはますます深くなる。
フーケは迷うことなく、その“破壊の杖”を掴み取る。
そして、その軽さに驚いた。が、直ぐに“ゴーレム”の肩に戻り、“杖”を振る。
それにより、「“破壊の杖”、確かに領収いたしました。“土くれのフーケ”」という文字が壁に刻まれた。
再び黒ローブの“メイジ”を肩に乗せ、“ゴーレム”は歩き出す。そしてその“ゴーレム”は、“魔法学院”の城壁を一跨ぎで乗り越え、ズシンズシンと地響きを立てて草原を歩いて行く。
そのゴーレムの頭上である上空を、“ウィンドドラゴン”(化)が旋回する。
その背中に跨っているタバサが自身の身長よりも長い“杖”を振る。すると、“レビテーション”だろう“魔法”の効果で、才人とルイズの身体が、足から“ウィンドドラゴン”(化)の背に宙を浮かび移動する。
もう1度、タバサは自身の身長より長い“杖”を振る。
それに従うように、かまいたちのように空気が震え出し、才人の身を包んでいるロープが切れた。
「ありがとう」
才人は、タバサに対して、彼女が言い出しっぺである事を忘れ、感謝の言葉を口にする。
対して、タバサは無表情に頷いた。
才人は、巨大な“ゴーレム”を見つめながらルイズへと尋ねる。
「あいつ、壁を打ち壊してたけど……なにしたんだ?」
その疑問に対し、ルイズの代わりにタバサが端的に「宝物庫」と答える。
「あの黒ローブの“メイジ”、壁の穴から出て来た時に、何かを握っていたわ」
「泥棒か。しかし、随分派手に盗んだもんだな……」
月光に照らされたその姿と動きを視認していたのかルイズはそれを口にし、才人もまた感想を述べる。
草原の真ん中を歩いていた巨大な“ゴーレム”は、突然グシャッと崩れ落ちた。かけられていた“魔法”が解かれたのか、巨大な“ゴーレム”は大きな土の山になったのだ。
3人と1匹は地面へと降下した。
月明かりに照らされた、こんもりと小山のように盛り上がった土山以外、そこには何もない。
肩に乗っていただろう、黒ローブの“メイジ”の姿は、とうに消え失せていた。