ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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イーヴァルディの勇者

 キュルケの踊りは見事なモノで在ったのだが、対してルイズとモンモランシーとシルフィードの其れはやはりどうにも不器用で在るといえた。

 キュルケは単純なリズムに合わせ、自らのダンスで旋律を自ら作り出して行く。

 後ろの3人はというと、其れを見て何とか真似をしようと動くのだが、どうにも様に成ら無い様子で在る。

 然し娯楽に飢えている兵隊達には、其れでも十分に満足の行くモノで在ったといえるだろう。若い娘が、胸と腰とを布で隠しただけの非れも無い格好をして、踊っているのだから。

 運ばれた来た酒も、どんどんと空に成って行く。

 ボリュームの在る肢体をクネラせて、赤髪の少女はまるで“炎”の化身で在るかの様に、妖しく、情熱的に揺らいだ。派手に揺れ動く赤い髪が。まるで燃え盛る松明の様で在る。

 桃色の髪と金髪の少女は、其れに合わせて腰を振るだけで在ったのだが、妙に其の動きには高貴さを感じさせ、宮廷で催されるダンスの様な、止事無い輝きを持っているといえるだろう。

 青い髪の女性は、最初こそ生まれたばかりの子鹿で在るかの様に不器用に身体を揺り動かしていたのだが、其のうちにコツを覚えたので在ろう、楽し気に暴れているかの様に踊って居る。暴れているという表現が当にピッタリといえ、どうにも踊りには見え辛いので在るが、満面の笑みが見る者を楽しくさせるので在る。

 兵隊達は酒をグイグイと呑み干して行く。

 奥に腰掛けたミスコールが席を立つ。彼は用意された酒を1滴も、あれから口にはしていなかったので在る。

 ミスコール御付の兵隊が、キュルケ達へと向かって来るのが見える。

 其れが合図で在るかの様に、キュルケはダンスを終了させた。

 ルイズが心配そうに、キュルケへと耳打ちをする。

「あの隊長は御酒を呑んで無いわよ。大丈夫なの?」

「あたしが何とかするから任せといて。えっとモンモランシー。貴女の仕込んだ眠り薬は、キッチリ呑んでから1時間で作用する様に調合したのよね?」

「そうよ。個人差は在ると想うけど……」

「じゃあ後、30分程ね。後はテキトウに兵隊達の相手をしていて頂戴。30分後に、あたしも戻って来るわ」

 駆け寄って来た兵隊が、キュルケに二言三言、呟いた。

 キュルケはニッコリと笑って首肯くと、消えたミスコールを追い掛けて行った。

 残されたメンバーは顔を見合わせる。

「時間を稼げって言われても……」

 酔った客達は、口々に喚き始める。

「何でぇ! もう出し物は終わりか!?」

「だったら此方に来て、俺達に酌でもしやがれ!」

「私、嫌ぁよ! 兵隊に酌をするなんて!」

 モンモランシーがワナワナと震える。恥ずかしい衣装を着せられて“平民”達の前で踊る事でさえも屈辱で在るのに、酌とも成ればもう、モンモランシーには我慢がならないので在ろう。

「お、踊るから! 黙ってて!」

 第二部が始まった。

 然し、キュルケを欠いた踊り子隊は、下手糞な音楽に合わせ、微妙なリズムで腰をフラフラと振るだけで在るために、兵隊達は直ぐに飽き始めてしまう。

 第一部のダンスの成功は、キュルケの存在に負けう所が大きかったといえるで在ろう。

「何だそりゃあ!? 金返せ!」

 ワインの瓶や、皿や骨が彼女達へと向けて投げられる。

「くそう! 生意気な兵隊共め!」

 ごいん! とワインの瓶が頭に打ち当たったギーシュとマリコルヌが爆発しそうに成る。

「ま、待てよ。此処で怒ったら作戦台無しじゃねえか」

 才人が慌ててそんな2人を諌める。

「どうした!? どうせ踊る成ら脱げ!」

「脱げば良いのね?」

 シルフィードが嬉しそうに、きゅい、と喚いて服を脱ぎそうに成ったために、今度はルイズが其の頭をばかーん! と殴った。

「どうして叩くのね!?」

「あんた慎みってモノを持ちなさいよ! 慎み!」

「そんな格好しといて慎みも何も無いのね」

 胸と腰を僅かに覆うだけのデザインで在る踊り子衣装を指さし、シルフィードが言った。

「仕方無いでしょー!」

 混乱を極めるルイズ達に、兵隊達の野次が飛ぶ。

「おいおい! どう成って遣がるんだ!?」

 才人は、こほん、と咳をすると、背負ったデルフリンガーをスラリと抜いた。

 兵隊達は一瞬で静かに成る。

 マリコルヌとギーシュが慌てて止めようとする。

「や、止め給え! 暴れてどうするんだね!?」

 然し才人は、「これより剣舞を御見せします!」、と自棄糞気味の声で怒鳴る。

 無言の兵隊達が見守る中、才人はデルフリンガーを振り回し始めた。

「えんげつけん! とやぁ!」

 ジャンプして、地面に突き立てる。

「ジャンプ斬り! てやぁ!」

 兵隊達は、才人の“サーヴァント”としての人間離れしたジャンプ力に驚き、最初こそ無反応で在ったのだが……其のうちに巨大な怒号が巻き起こり始める。

「な、な、舐めてんのかッ!?」

「俺達ゃあ、毎日剣振ってんだよ!」

「何が悲しくて手前何ぞのチャンバラごっこ見物しなきゃあ行けねぇんだよッ!」

「やっべ、外した……」

 才人の其れは、身体能力こそ人外の其れでは在るものの、動き自体が単調で在るために、兵隊達から不評を買う羽目に成ったので在る。

 兵隊達は立ち上がり、飛び掛かって来ようとしたのだが、其の時……。

 柔らかい笛の音が鳴り響く。

「ふぇ?」

 才人が振り返ると、ギーシュが真顔で笛を吹いていた。

 マリコルヌも、真面目な顔をして太鼓を叩き出す。

 随分と上品な調べで在るといえるだろう。

「うわ、これ……宮廷音楽じゃ成いの」

 どうやらギーシュ達は、基本教養として覚えさせられていたので在ろう“貴族”向けの演奏を開始したらしい。

 先程の旋律とは全く違った、緩やかな曲で在るといえる。

 モンモランシーがユックリと、曲に合わせてダンスを踊り始めた。キュルケの踊りと比べて、激しさは無いといえるのだが、気品と優雅さに満ち溢れた動きで在る。

 大胆な衣装と優雅な宮廷ダンスの組み合わせだが、兵士達の心を見事に掴んだ様子で在る。大人しく踊りを鑑賞し始めた。

 才人はホッとした様子を見せる。

 優雅なモンモランシーのダンスは、20分程も続いた。

 そうこうするうちに、眠り薬が効き始める。

 兵士達は、1人1人、船を漕ぎ出して行く。

 モンモランシーは眠りを誘う妖精の様に、ユックリと踊り続ける。

 全員が眠り放けてしまうまでに、10分程の時間を要した。

 モンモランシーの調合した“スリーピング・ポーション(眠り薬)”は、丸1日眠り放けてしまうという強力な代物で在る。

 中庭は巨大な寝室と化した。

 300人からの兵隊や“貴族”達が、突っ伏して寝転げて居る様は、ある意味壮観で在るといえる。

 才人達は顔を見合わせると、楽器の中に隠して置いた“杖”を取り出す。武装が終わると、一同は“アーハンブラ城”の天守へと向かった。

 崩れ掛けた白い城壁が、月明かりを受けて怪しく光る。

 此の後は、タバサを其の母親を此の城から捜し出し……救出する。

 其の前に、“エルフ”との対決が在るかもしれないと云えるだろう。

 才人は、“エルフ”がいない事を祈った。

 

 

 

 “アーハンブラ城”は廃城で在り、所々が崩れている。危険な場所にはロープが張られており、其の先には行けない様に成っている。

 また、内部は当に迷宮で在るといえるだろう。

 キュルケは迷った素振りをし乍ら城の内部を調べたのだが、……タバサの姿は見付からなかった。“眠り薬”が効力を発揮する時間が来てしまうと些か不味いために、キュルケは一旦捜索を諦め、兵隊に教えて貰ったミスコールの部屋へと向かう事にした。

 中庭に面したエントランスホールに入って直ぐの階段を上る。2階の通論の右に、最近に成ってから付けられたらしい鉄の扉が見える。

 キュルケがノッカーを使って叩くと、鍵を外す音がして、扉が開かれた。

「おお、待っていたぞ。ささ、入れ」

 兵隊や部下の前では其れ成りに険しい表情を浮かべて居たミスコールは、相好を崩してキュルケを迎え入れた。

「さて、では取り調べをせねばならんなあ。いや何、これも王命でな、此の城に遣って来た人物は儂が隅から隅まで調べる事に成っておるのだ。そう、隅から隅までだ」

 ミスコールは、キュルケに手を伸ばした。

 然し、キュルケは、其の手を優しく払い除けた。

「調べるのはいつだって出来るじゃ在りませんか」

 キュルケはそう言い乍ら、壁際に置かれたベッドに向かい腰掛ける。膝を組んで、笑みを浮かべた。

「ねえ、隊長さん。あたし好奇心の塊みたいな女なの。だからちょっと御訊ねしたいのだけど……宜しくて?」

「何が訊きたいのだ?」

 ミスコールは、怪訝な表情を浮かべる。

「隊長さんは此処でとんでも無い宝石を守っておられるとか」

「宝石だと? あっはっは! 残念だったな! 我々が此処で守っているのは、ただの囚人の親子だ。何だ、御前達は在りもしない宝石を盗みに来た盗賊か? では、念入りに調べねばならんなぁ……」

 肩に回された手を、キュルケは跳ね除け無い。

「其の囚人とやらを、見てみたいわ。あたし、そう言うのにすっごく興味が有るの」

「変わった女だな。そんなモノを見てどうする?」

 ミスコールは、キュルケの踊り子衣装の裾に、手を差し込んだ。

「ん?」

 ミスコールは、指先に触れたモノに気付く。

 ミスコールは、ユックリと其れを摘んで引き出した。自分が握ったモノを見て、ミスコールは呻きを漏らした。

「貴様、“メイジ”……」

 キュルケは笑顔を浮かべた侭、ミスコールの手から“杖”を取り上げて突き飛ばす。素早く“呪文”を唱えると、“杖”の先に大きな炎球が現れた。

 キュルケは其の火の玉を、倒れた男爵の鼻先に突き付ける。

 自身の頭の数倍程も在るで在ろう大きさをした炎球を突き付けられてしまった男爵は、顔を恐怖に歪ませた。

「さて、じゃあ囚人の所に案内して頂きましょうか」

「……貴様、オルレアン公派か? 現実を省みぬ亡霊め!」

「いいえ。ただの盗賊よ。言っとくけど、あたしは気が短いの。残りの髪の毛を頭毎燃やされたく無かったら、さっさと案内する事ね」

 ミスコールは震えた。

「無理だ。其れは出来ん」

「どうしてよ?」

「彼奴が居る。彼奴に殺されてしまう」

 キュルケの眉が吊り上がった。

「彼奴って、“エルフ”?」

「そ、そうだ。勘弁して呉れ。金なら払う。だから……」

 扉の向こうから、高く澄んだ声が響いた。

「金がどうした?」

 ミスコールは、ひぃいいいい!? と悲鳴を上げた。

「ビ、ビダーシャル卿!」

 扉は開いて、異国のフードを深く冠った長身の男が姿を見せた。

 男はキュルケを一瞥すると、“杖”の先の炎球を気にした風も無く、怪訝な声で問うた。

「御前は誰だ?」

 キュルケの返事は、言葉の代わりに炎球で在った。

 “杖”の先から放たれた炎球は、痩せた“エルフ”を包み込む様な大きさに膨れ上がる。

 然し、ビダーシャルは避ける素振りさえ見せない。

 炎球は“エルフ”を一瞬で燃やし尽くす……と思われた其の瞬間、其の眼の前で行き先を180度変えた。

「――なっ!?」

 キュルケの口から驚愕の呻きが漏れた。

 

 

 

 才人達が、中庭から天守のエントラスに通じる階段を駆け上がって居た時……天守の壁の一角が行き成り爆発した。

「何だぁ!?」

 ギーシュが絶叫した。

 次いで、中から1人の人間が降って来るのが見える。

「キュルケじゃないか!」

 壁の破片と一緒に、キュルケは地面に叩き付けられてしまう。

 一同は倒れたキュルケに駆け寄った。

「酷い怪我!」

 モンモランシーは慌てて“水魔法”を唱え始める。

 シルフィードも変身を解くと、一緒に成って回復の“魔法”を掛け始めた。

「“エルフ”……気を付けて……」

 そう言う成り、キュルケはガックリとし、気絶をした。かなりのダメージを受けているので在ろう。

「ギーシュ、マリコルヌ。キュルケを頼む」

「わ、理解った」

 才人は駆け出した。

 ルイズは其の後を追い掛ける。

 天守に通じる階段を上り始めた才人に、ルイズは後ろから抱き着いた。

「待って! 待ってよ!」

「何だよ!?」

 才人は怒鳴った。

「相手は“エルフ”なのよ! 慎重にいかないと……」

「そんな事してる暇ねえだろ! キュルケが遣られたんだ! 早くいかないとタバサが危険だろ!」

 ルイズも大声で怒鳴った。

「あんただって危険じゃない!」

「……ルイズ?」

 才人は呆然としてルイズを見詰めた。

 肩で息を吐き乍ら、ルイズは首を横に振った。

「私は、あんたの其の勇気が怖いの……110,000の敵に突っ込て行ったり、“エルフ”も怖がらない勇気が怖いの……」

「どういう意味だよ?」

「あんたの其の勇気……“ガンダールヴ”として与えられた偽りの勇気じゃないの? 怖がってちゃ、主人を守れ無いから、勝手に発動する勇気なんだわ」

「はぁ?」

「私、自分が赦せないわ。私が与えた“ガンダールヴ”の“契約”、そして“サーヴァント”としての“契約”は、あんたを、あんたじゃ無いモノに変えちゃったんだわ。だから御願い……そんな勇気を私に見せないで」

 ルイズは潤んだ目で才人を見上げた。

 才人は、疲れた様な声で呟いた。

「……そうだったら良いんだけどな」

「……え?」

「俺さ、勇気なんか持ってねえよ。恥ずかしいけど、ホントの事言うと、さっきから怖くて震えてる。武者震い? 冗談じゃねえ。俺は怖くて震えてるんだ」

「サイト……」

「110,000に突っ込んだ時だって、怖くて死にそうだったよ。怖くて怖くて、足が竦んで動かなかったよ。無理矢理足を地面から引っぺがす様にして、前に歩いてるんだ。デルフとセイヴァーもいて呉れたしな。そんなのが“ガンダールヴ”の勇気だって? 馬鹿言うな。んなもん有ったら、こんなに怖くて震えるかっ吐うの」

「じゃあ、じゃあどうして……?」

「情けねえ所見せられねえだろ! 一応、俺は男なんだよ! 嗚呼そうさ、何の因果か男に生まれちまったんだよ。だから無理しなきゃ、格好付かねえだろ。おまけに俺は“ガンダールヴ”だ、“シールダー”だ。普通じゃねえ、力を貰っちまった。尚更逃げられねえよ。自分なら出来るかもって事から、逃げられる訳がねえだろうが。其れによ、セイヴァーに教えて貰ったんだ。受け売りらしいけどさ、“見っとも無いが、誰かを助けたいと言う気持ちが有るなら、ギリギリ英霊(人間)だ”って」

 ルイズの目から涙が溢れた。泣き乍ら、ルイズは才人を叩いた。

「何で叩くんだよ!?」

「勘違いしちゃったでしょお~~~!」

 妙な逆ギレをされてしまい、才人は戸惑った。

 だが、今は戸惑ったり、ルイズの相手をしている場合では無いといえるだろう。

「良いから“呪文”を用意しとけ」

 こくりと、ルイズは首肯いた。

 才人は背負ったデルフリンガーの柄を右手で掴んだ。左手甲の“ルーン”が光る。其の左手で、才人はルイズの細い腰を抱いた。

「まあ、何だ」

「ん?」

「通信簿に書いて在ったんだ。流され易い性格ってね。元々俺はそう何だ。今更“魔法”だか伝説だか“虚無”だかの“ガンダールヴ”や、“聖杯戦争”やら“サーヴァント”やらに流されたって、驚かねえけどな」

 ルイズは眉間に皺を寄せた。

「……どっちなのよ? あんたの勇気。本物なの? やっぱり“ガンダールヴ”なの?」

「確かに御前の“虚無呪文”を聞いてると心が躍るし、ちょこっと恐怖が消えて行く。でもまあ、“ガンダールヴ”の効果なんてそんくらいだ。其れ以外は……流され易い、俺自身の勇気とやらなんだろう」

 涙を流し乍ら、ルイズは、(じゃあ、サイトの“好き”も……)と想い、才人の袖を掴む。

 だが、其の様な甘い感傷に浸って居る場合では無いといえるだろう。

 次の瞬間、天守のエントランスから炎の玉が何個も、才人とルイズへと向かって飛んで来た。

 才人はデルフリンガーを掲げる。

 小さな炎の球は、デルフリンガーに吸い込まれて消滅した。

 才人は弾かれた様に突進して階段を駆け上がり、エントランスの柱を斬り裂く。

 太い柱は両断され、後ろにいたミスコールが現れた。

「――ひ!?」

 “呪文”を唱えさせる暇を与えずに、才人は其の腹にデルフリンガーの柄を叩き込んだ。

 ミスコールは床に崩れ落ちた。

 才人は倒れたミスコールを足で突き乍ら、「此奴が“エルフ”?」、と尋ねた。

「違うわよ。あんたも知ってるでしょ。“エルフ”は耳が尖ってて……」

 2階に通じる階段の上に、人影が現れた。

 澄んだガラスの鐘の様な声が響く。

「御前達も、さっきの女の仲間か?」

 其のシルエットを見て、ルイズは言った。

「あんな風にスラリとしてるのよ」

 “エルフ”の男は広い階段から、ユックリと下りて来る。

 握り締められて居るデルフリンガーが、切なげな声で言った。

「“エルフ”か……相棒が、如何に“サーヴァント”で在ろうと、今の実力じゃどう仕様もねえな。此処は引いた方が無難だぜ」

「引いたらタバサを救けらんねえだろ」

 “エルフ”は一歩ずつ、階段を下りて来る。

「私は“エルフ”のビダーシャル。御前達に告ぐ」

 “エルフ”と云う単語を自己紹介の中に混じらせる事で、才人達の恐怖を促そうとしたので在ろうか。

 其れは要らぬ節介というモノで在った。

 そんな事をせずとも、2人からすると、其の穏やか声の中に無限の迫力が在ったといえるのだから。

 今まで対峙した敵とは違う、秘められた恐怖、というモノを才人は感じた。

「な、何だよ?」

「去れ。我は戦いを好まぬ」

「だったらタバサ達を返せ!」

「タバサ? ああ、あの母子か。其れは無理だ。我は其の母子を、“此処で守る”と言う約束をしてしまった。渡す訳にはいかぬ」

「じゃあしょうが無え。戦うしかねえだろ」

 ビダーシャルは強い。

 今までの戦いの経験が其れを、才人へと教えて呉れていた。生物としての本能が、自身よりも優れた生き物を前にした時の警告を発し始めた事を、才人は自覚する。

 だが、才人は“剣”を握った。

 然し、足が言う事を利かない。

 一歩ビダーシャルが歩くごとに、一歩才人は退がってしまう。

 そんな才人の頭の中で、と或言葉が蘇る。

――“隙を見付けろ”。

 

───“忘れるな、イメージするモノは常に最強の自分だ。外敵など要らぬ。御前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他なら無い”。

 

 どう見ても隙だらけだと、才人には見えた。何処から剣を打ち込んでも、攻撃は当たると想わせて来る。

「相棒、無駄だ。止めろ」

 少しばかり焦った調子でデルフリンガーが言った。

 然し……才人はデルフリンガーを構えて駆け寄った。

「お、うぉおおおおッ!」

 自棄糞に近い声で在った。

 震える足で、才人は駆け上がる。ビダーシャルの手前で跳躍し、デルフリンガーを振り下ろす……が。

 ぶわッ!

 ビダーシャルの手前の空気が歪んだ。

 ゴムの塊にでも振り下ろしたかの様に、デルフリンガーが弾き飛ばされてしまう。まるでトランポリンに跳ね上げられてしまったかの様に、次いで才人は吹っ飛んでしまった。

 中庭に張り出したエントランスホールに、才人は転がった。

 “エルフ”は階段の途中で立ち止まり、才人を見下ろした。

「立ち去れ。“蛮人”の戦士よ。御前では、決して我には勝てぬ」

 ルイズが倒れた才人へと駆け寄る。

「サイト!」

 いてててて、と才人は立ち上がった。

 石畳の上に叩き付けられてしまったために、一瞬だが身体が動かなかった。“ガンダールヴ”、そして“サーヴァント”で在れども、未だヒトよりも頑丈なだけで在り、痛みは感じる。ただ、素早く動く事が出来るだけで、受けるダメージは人並みで在るのだから。

「何だ彼奴……身体の前に空気の壁が在るみたいだ……どう成ってんだ?」

 デルフリンガーが、苦い声で呟く。

「ありゃあ“反射(カウンター)”だ。戦いが嫌いなんて吐かす“エルフ”らしい、厄介で厭らしい“魔法”だぜ……」

「“反射(カウンター)”?」

「汎ゆる攻撃、“魔法”を跳ね返す。えげつねえ“先住魔法”だ。あの“エルフ”、此の城中の“精霊の力”と“契約”しやがったな。なんて“エルフ”だ。とんでもねえ“行使手”だぜ、彼奴はよ……」

「“先住魔法”かよ。“水の精霊”のあれか」

「覚えとけ相棒。あれが“先住魔法”だ。今までの相手は謂わば仲間内の模擬試合みてえなもんさ。ブリミルが終ぞ勝てなかった“エルフ”の“先住魔法”。本番はこれからだけど、さあて、どうしたもんかね?」

「恍けるんな! 剣も通じない、“魔法”も駄目だったらどうすりゃ良いんだ!?」

 ビダーシャルは両手を振り上げた。

「石に潜む“精霊の力”よ。我は旧き盟約に基き命令する。礫と成りて我に仇為す敵を討て」

 ビダーシャルの左右の、階段を造る巨大な石が地響きと共に独りでに持ち上がる。

 階石は宙で爆発して、ルイズと才人へと襲い掛かる。

 撃っ放した散弾で在るかの様に無数に襲い掛かって来る石礫を、才人は剣で受け切ろうとした。然し、量が量で在るために、受け切れなかった分が身体に打ち当たってしまう。

 才人はルイズの前に立ちはだかり、其れで身体で止めた。

 額に打ち当たった1個が、才人の額を切り裂き、血が流れた。一瞬、気を失いそうに成ったが……才人はどうにか堪えてみせる。

 倒れそうに成る才人を、ルイズは支えた。

「ねえデルフ! どうすんのよ!? 一体どうすりゃ良いのよ!?」

「どうもこうもねえだろが。御前さんの“系統”だけが、彼奴をどうにかする事が出来るんだ。どうにかするのは御前だよ。ルイズ」

「でも、何な“魔法”も効かないんでしょ! 一体何を唱えりゃ良いのよ! 嗚呼、“始祖の祈祷書”は“学院”に置いて来ちゃったし、どうにも成らないじゃない! 読める時に読めるって何よ! いつでも読める様にしときなさいよ!」

「御前さんはとっくに其の“呪文”をマスターしてるぜ」

「え?」

「“解除”さ。“先住魔法”を無効化するには、“虚無”の“解除”しかねえ」

「“解除(ディスペル)”ね!」

「でもな……あの“エルフ”はどうやら此奴等の“精霊の力”全てを味方に着けてるらしい。其れを全部“解除”するのは、大事だぜ。御前さん、其れだけの“解除”を撃っ放すだけの“精神力”が溜まってるかね?」

 ルイズはハッとした。

 だが……才人がルイズの前で剣を構えているために、逃げ出す訳にはいかないといえるだろう。

 “使い魔”が負けを認めぬ以上、主人で在るルイズもまた同様に負けを認める訳にはいかないのである。

 いや……話はもっと単純で在るといえるだろう。心惹かれている少年を置いて逃げ出す事など、年頃の少女で在るルイズには出来る筈も無いので在った。

 ルイズは、(心惹かれている、かもしれない、よね)と想い直す。こんな時で在るのにも関わらず、そんな余裕が自身に在る事に、ルイズは驚いた。

 出来るかもしれない、とルイズは“杖”を構えた。

 “メイジ”と其の護衛の戦士が退散しようとしないので、“エルフ”は業を煮やしたらしい。

「“蛮人”よ。無駄な抵抗はやめろ。此の城を形造る石達と、我は既に“契約”して居る。此の城に宿る全ての“精霊の力”は我の味方だ。御前達では決して勝てぬ」

 才人は歯を剥き出しにして、唸った。

「……煩え長耳野郎。誰が“蛮人”だよ。俺は御前みたいな、偉そうに余裕を気取った奴が1番嫌いだ」

 ビダーシャルは首を横に振ると、再び両手を振り上げる。

 次は壁の石が捲れ上がり、巨大な拳へと変化した。

「な、何あれ……?」

 ルイズの口から、恐怖の声が漏れた。

 どれ程の“メイジ”で在っても、あれだけ強力な防御“呪文”を唱え乍ら、巨大な石の拳を造り上げる事は出来やしないといえるだろう。

 まるで粘土の様に変化する石を見詰め、才人は震えた。

「あれが“エルフ”の“先住”かよ……」

 巨大な石の拳が、才人とルイズ目掛けて飛んで来た。

 

 

 

 居室で本を読み上げるシャルロット耳に、巨大な爆発音が聞こ得て来た。

 其の後、暫く静寂が続いたのだが……今度は何かが破裂するかの様な炸裂音が低く響いた。

 母が怯えた様に布団に蹲る。

 シャルロットはそんな母を優しく抱き締めた。

 シャルロットは、(何が起こってるんだろう?)と思い乍らも、「大丈夫ですから」と母に呟き、ベッドから下り、ドアに近付き扉を確かめる。

 だが……“ロック”の“呪文”で固く閉じられている事が判る。

 こう成っては、“杖”を取り上げられてしまったシャルロットには為す術は無いといえるだろう。

 “北花壇騎士”として恐れられた、シュヴァリエ・タバサはもう何処にもいないので在る。此処にいるのは何処までも無力な、囚われのシャルロット・エレーヌ・オルレアンで在った。

 外で何が起こって居るのか確かめたくとも、確かめる事すらも出来ないので在る。

 シャルロットはベッドへと戻った。

 怯える母は、ジッと“イーヴァルディの勇者”を見詰めて居る。

 シャルロットは本を取り上げると、幾度と無く繰り返した朗読を再開した。

 本を読み上げ乍らシャルロットは、(若しかしたら……誰かが自分を救けに来て呉れたのだろうか?)と想った。

 シルフィードの顔が浮かぶ。

 キュルケの顔が浮かぶ。

 シャルロットは、(違って欲しい)と想った。

 最後に、1人の少年と青年の顔が浮かび上がった。

 伝説の“使い魔”との触れ込みの少年。

 タバサを負かした、剣の使い手。

 “シュヴァリエ”のタバサを剣1本で負かしたあの才人。

 謎が多くも、ヒトを超えた実力を持つ青年。

 シルフィードも、畏敬の念を抱いているで在ろう、“白の国(アルビオン)”の女王の“使い魔”。

 シャルロットは、(若しかしたら此処から自分を救い出せるかもしれない。でも……)と考え、首を横に振る。

 そんな奇跡は起こらない、とシャルロットは考えた。

 あの“エルフ”に勝てる相手など存在しない、期待は絶望に繋がっている、何時だってそうだったじゃないか、とシャルロットは想った。

 そう。シャルロットの期待が報われた事など、嘗て1度も無かった。

 明日、シャルロットは心を失う。其の“運命”は――。

 シャルロットはユックリと、再び本を読み始めた。

 

――“イーヴァルディは洞窟の奥で竜と対峙しました。何千年も生きた竜の鱗は、まるで金の延べ棒の様にキラキラと輝き、硬く強そうでした”。

 

――“竜は、震え乍ら剣を構えるイーヴァルディに言いました”。

 

――“小さき者よ。立ち去れ。此処は御前が来る場所では無い”。

 

――“ルーを返せ”。

 

――“あの娘は御前の妻なのか?”。

 

――“違う”。

 

――“御前とどの様な関係が在るのだ?”

 

――“何の関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせて呉れただけだ”。

 

――“其れで御前は命を捨てるのか?”

 

――“イーヴァルディは、ブルブルと震え乍ら、言いました”。

 

――“其れで僕は命を賭けるんだ”。

 

 

 

 ルイズと才人は、石の拳で中庭の中程まで吹き飛ばされてしまった。

 キュルケを介抱していた皆が駆け寄って来る。

「サイト! ルイズ!」

 身を挺してルイズの盾と成り、石の拳をデルフリンガーで受け切った才人の右手は折れてしまっていた。

 ブランとした才人の右腕に気付き、モンモランシーが治癒の“呪文”を唱え始め、掛けて遣った。

 苦しそうな声で、才人は言った。

「逃げろ。俺達で何とかする」

「良いから、黙ってろ」

 マリコルヌが“風”の“呪文”を唱える、飛んで来る石礫を逸らす。

 ギーシュが“土”の壁“魔法”を唱え、才人始め全員の前に大きな壁を造り上げた。

 然し、“エルフ”の“魔法”は強力で在る。

 中庭に下りる階段の上に現れたビダーシャルは、難無くギーシュの造り上げた壁を粉砕し、マリコルヌの“風魔法”を物ともせずに石礫を放って来るので在った。

 才人は立ち上がり、デルフリンガーで石を弾き飛ばした。

「未だ右腕は治ってないわ!」

 モンモランシーが怒鳴る。

「そんな余裕はねえ」

「でも……」

「ルイズが“呪文”を唱えてる」

 一同は振り返る。

 其処で、立ち上がったルイズが“杖”を構え、朗々と“呪文”を唱えいた。

「“ウル・スリサーズ・アンスール・ケン”……」

 ルイズは喉の奥から“呪文(虚無)”を絞り出した。

「“ギョーフー・ニィド・ナウシズ”……」

 彼女の……己の中で畝る“精神力”が……気力が……形を変え、世の理を変えるべきスペルと成って、押し出されて来る事を、ルイズは感じ取った。

 自分の中に眠って居た“精神力”に、ルイズは驚く。

 16年もの間溜め込んだ“精神力”を“エクスプロージョン(爆発)”に変え、“トリステイン”を襲った大艦隊を吹き飛ばした時と同等の畝り、が彼女の中から生まれて来るので在った。

「“エイワズ・ヤラ”……」

 ルイズは己に、(どうして? どうして? どうして私は、こんなに“精神力”が溜まっていたのかしら? これ程長く“虚無”を唱えられる“精神力”を、何処で得たの?)と尋ねた。

 “精神力”とは心の強さで在る。

 怒りが、喜びが、“魔法”の力を倍増させる事をルイズは知っていた。“魔法”の強さは、才能だけで決まる訳では無いので在る。

 怒り、喜び、悲しみ。

 其のどれでも無い感情に、ルイズは想い当たった。

 唯一、ルイズの中で大きく畝っていた感情……。

 其れが“虚無”の源で在るのかもしれない、とルイズは感じた。

「“ユル・エオー・イース”!」

 “呪文”は完成した。

 デルフリンガーが怒鳴る。

「俺に其の“解除(ディスペル)”を掛けろ!」

 ルイズは“杖”をデルフリンガーに向けて振り下ろした。

 “虚無魔法”がデルフリンガーに纏わり付き、刀身が鈍い光を放った。

「相棒! 今だ!」

 才人は階段の上のビダーシャル目掛けて突進した。デルフリンガーを振り上げ、振り下ろす。

 “反射(カウンター)”の目に見えぬ障壁と打つかり合う。

 今度は弾き飛ばされる事は無かった。

 ルイズの唱えた“虚無”は、障壁の一点に集中し……デルフリンガーの触れた部分を“解除(ディスペル)”して行く。

 ネットリとした果実を切り分けるかの様にして、“反射”の障壁が切り分けられていく。

 時間にすれば一瞬の出来事で在っただろう。

 障壁は斬り裂かれ、ビダーシャルを守るべき“精霊の力”は四散した。

 ビダーシャルは驚愕の表情を浮かべた。

「“シャイターン”……これが世界を怪我した“悪魔”の力か!」

 ビダーシャルは、拳を強く握り締める。

 逃げるかと想われたが、ビダーシャルは四散した“精霊の力”の一部と再度即座に“契約”し、才人へと向けて攻撃をする。

「――!?」

 虚を突かれた才人は、攻撃を喰らってしまい、遠く吹き飛ばされてしまった。

「――サイト!」

 ルイズ達が叫び、吹き飛ばされた才人を追い掛ける。

 

 

 

 キュルケは目を覚ました。

 マリコルヌとシルフィードに抱き抱えられている。

 髪の毛の焼け焦げた香りが鼻を突く。

 キュルケは、(巻き毛に成っちゃったわね)とボンヤリと思った。

 肌の火傷は其れ程では無いといえ、どうやらモンモランシーの“水魔法”とシルフィードの“精霊の力”による“魔法”が効果を発揮した様で在る。

 果てさて、キュルケは自分の炎を自分で浴びる事に成るとは、当然予想する事は出来なかったので在る。

 キュルケは、(あの“エルフ”はどうしたのだろう?)と思い、何かを追い掛ける様にして疾走るルイズの姿を目にする。

 キュルケは、(あたしは、史上初めてラ・ヴァリエールに感謝を捧げたフォン・ツェルプストーに成っちゃったわね)と想い乍ら、再び意識を手放した。

 

 

 

――“イーヴァルディは竜に向けて剣を振るいましたが、硬い鱗に阻まれ、弾かれました。竜は爪や、大きな顎や、噴き出す炎で何度もイーヴァルディを苦しめました”。

 

――“竜が止めとばかりに、炎を吹き出した時、驚くべき事が起こりました。イーヴァルディが握った剣が光り輝き、竜の炎を弾き返したのです。イーヴァルディは飛び上がり、竜の喉に剣を突き立てました”。

 

――“どう! と音を立てて竜は地面に斃れました”。

 

――“イーヴァルディは、斃れた竜の奥の部屋へと向かいました”。

 

――“其処には、ルーが膝を抱えて震えていました”。

 

――“もう大丈夫だよ”。

 

――“イーヴァルディはルーに手を差し伸べました”。

 

――“竜は殺っ付けた。君は自由だ”。

 

 

 其処まで読み終え、シャルロットは視線を母に落とす。

 母は、安らかな様子で寝息を立てて居る。

 先程まで響いて居た恐ろしい音は、何時の間にか鳴り止んでいた。

 が――。

 シャルロットと彼女の母親が居る居室の、外側の壁に何かが勢い良く打つかり、大きな音を立てて崩れ去る。

 其の音と様子に、シャルロットは目を見開く。

 母は、再び目を覚まし、怯え始めた。

 シャルロットは。モウモウと立ち籠める煙と土埃などを前に、母を庇う様にして立ち上がる。

「いてぇ……」

 煙の中から、シャルロットにとって聞き覚えの有る少年の声が聞こ得て来た。

 其れから、扉の向こうから、足音が響いて来る。

 “エルフ”のモノでも、兵隊の其れとも違う事がシャルロットの、タバサである部分が教えた。

 何故か、シャルロットの胸は鳴った。

 期待が、シャルロットの胸の中で膨らんで行く。

 シャルロットは、其れを否定しようとした。

 其れはありえない事で在ると。

 ありえないのだ、と。

 タバサは、(こんな、“ガリア”と“エルフ”の国境の地まで遣って来て、自分を救い出して呉れる事などありえない。でも……)と想った。

 だが、シャルロットの耳は、“風系統”の担い手として鍛えられた耳は、其の声と足音に覚えが有る事を教えて呉れている。

 扉を開けようとする音、瓦礫の中から立ち上がろうとする音が響く。

 “ロック”が掛かっている事に気付いたのだろう、“解除(ディスペル)”で解除され、開かれる。

 “学院”を飛び出して来た時に見た、黒髪が目に入った其の瞬間……タバサの顔は崩れた。

 タバサの中で、懐かしい感情が、忘れようとして居た気持ちが心の中に広がって行く。

 其れは、安堵で在った。

 瓦礫の中から、一跳躍で、タバサと其の母の元へと、才人が後退して来る。

 次に、扉から入って来たのは、ギーシュにマリコルヌで在った。其の次に、ルイズ。モンモランシーに、ヒトに化けたシルフィードも一緒で在る。シルフィードに抱き抱えられる様にして、キュルケもいる。

「御姉様! 無事だったのね! きゅい!」

「おお、良かった良かった! 此処にいたのかね!」

 ギーシュとマリコルヌも、笑みを浮かべた。

 キュルケは傷だらけで気を失っている。

 そんなキュルケを見て、タバサは救ける為に戦って呉れた事に気付いた。

 タバサは呆然と、一同を見上げた。

 ずっと自分は独りで戦って来たと、タバサは想っていた。

 だが、タバサは独りでは無いので在る。

 独りででは無いのだ。

 ボロボロに成り乍らも、才人はタバサへの気遣いを忘れていない。

「大丈夫か? 怪我してないか?」

 頬に温かい何かが伝う事を、タバサは感じた。

 タバサは幼少期の頃の様に泣いた。

 忘れていた筈の、安堵の涙を流したので在る。

「“シャイターン”……」

 外から、月明かりに照らされ乍らビダーシャルが、今まで見せ無かった様子を見せ、中へと入って来る。

 ビダーシャルの其の視線と警戒心は、才人とルイズへと向けられている事が判る。

 ビダーシャルは両手を広げ、“精霊の力”を行使する。

 瓦礫が独りでに浮かび上がり、息も絶え絶えと云った様子の才人へと向かって飛んで来る。

 才人はデルフリンガーを構え、何とか弾き飛ばそうとするのだが、如何せん其の身体では立って居る事すらもやっとの状態で在る。

 其れに気付いた、皆が動き出そうとする。

 が、其の中で逸早く動いた者が居る。

 タバサで在る。

「――御前ッ!?」

 タバサは、母と才人を庇う様にして前に出た。

 其の瓦礫がタバサの身体に直撃する……そう思われた其の瞬間……。

 タバサの右手に在る赤い痣が一際強く光り出し、居室の床……タバサの眼の前の床に突然に描いた覚えの無い“魔法陣”が浮かび上がった。

 其の“魔法陣”に、才人とルイズには覚えが有った。

 “魔法陣”が光を発し、其処から1人の少年が姿を現した。

 突然現れた少年は、剣を握っており、其の剣で飛んで来る瓦礫の全てを見事に弾き飛ばす。

「“サーヴァント”、“ブレイバー”……“イーヴァルディ”、“召喚”に応じ、参上した。君が、僕の“マスター”かい?」

 少年は振り返り、笑顔を浮かべ、タバサへと問い掛ける。

 其の笑みは他者を安心させ、心強さを感じさせるモノで在るといえる。

 タバサは何が何のか理解出来ず、唯驚愕し、呆然として居た。

「“サーヴァント”……」

 ポツリと、呆然とした様子で、才人とルイズは呟く。

 “イーヴァルディ”。

 そう名乗った少年の姿は、RPGの勇者の初期装備といった風体をして居る。が、実力はかなりのモノで在る事が、才人には自然と理解出来た。

 イーヴァルディの風貌は、素朴で貧弱そうは在るものの、雰囲気は歴戦の其れで在る。また、人外――ヒトは勿論、“エルフ”をも超える存在で在る事を、此の場に居る皆は知らないが理解した。

 彼から放られて居る“魔力”は尋常では無く、空間其の物を歪めているかの様で在る。

 其処に、地を這う獣の様な唸り声に似た何かが遠くから聞こ得て来る事を、此の場の皆が感じ取る。

「――な、何だ、此の音はッ!?」

 ビダーシャルも同様に驚いた様子を見せている。

「獣、“竜”の鳴き声……?」

「だが、こんな声をする生き物、聞いた事なんか……」

 其の音に、此の場の皆が恐怖し、警戒する。

 だが、1人だけ違った様子を見せる少年がいた。

「此の音って……」

 才人で在る。

 才人にはとても聞き馴染みの有る音だといえるだろう其れに、顔を綻ばせる。

「まさか……」

 才人は、崩れ月明かりが入って来て居る壁の在った場所、ビダーシャルよりも向こう側へと視線を向けた。

 其処から、城壁を飛び越え、向かって来る何かが、才人達には見えた。

「――“そんじゃあカッ飛ばそうか! ベアーハウリング! 黄金疾走(ゴールデン・ドライブ)!!――――夜狼死九(グッドナイト)…!”」

 バイクで、居室へと突っ込む。

 ビダーシャルを轢き殺そうでもするかの勢いで着地し、其の彼の横を通り過ぎ、ドリフトをして停止する。

「セイヴァー!」

「其れに、シオンも!」

 俺とシオンは“ゴールデンベア―号”にタンデムし、此処“アーハンブラ城”へと乗り込んで来たので在る。

「何で……御前等、“アルビオン”の女王と其の客将なのに、どうして……?」

「友人を救けるのに、立場とか身分とか関係ある?」

 才人の怒鳴る様な質問に、シオンはただ静かに答えた。

 そんなシオンの答えに、才人達は笑顔を見せる。

「“イブリース”が2体も……“悪魔の末裔”よ! 警告する! 決して“シャイターンの門”へ近付くな! 其の時こそ、我等は御前達を討ち滅ぼすだろう!」

 流石に分が悪いと判断したのだろう、ビダーシャルは左手を右手で強く握り締める。

 指輪に封じ込められていたで在ろう“風石”が作動し、ビダーシャルは糸で引かれた人形の様にして、宙に飛び上がった。

 空へと消えて行く“エルフ”を見詰め乍ら、才人達はヘナヘナと地面に崩れ落ちる。ホッとすると同時に、気が抜けたので在ろう。

 だが――。

「“マスター”、退がって……」

 剣を構え、俺と才人に対して警戒心を向けて来ている人物が1人居た。

「御前達は、“サーヴァント”だな? 何の目的で、“マスター”に近付く」

 そんなイーヴァルディを前に、タバサの母を除く才人達一行は息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 “アーハンブラ城”に在った荷馬車を一台頂戴し、俺達は夜陰に紛れて街道を疾走った。

 シルフィードを使う事も、“ゴールデンベア―号”を始め他の移動用“宝具”を使用する訳にも行かないで在ろう。

 シルフィードが受けた傷は未だ療えておらず、其の状態で8人から10人程の人数を乗せて飛ぶ事は不可能で在る。身体がまともで在っても8人を乗せてしまうと1時間も飛ぶ事は出来ないので在る。シルフィードは未だ幼生で在るのだから。

 “宝具”での移動もまた、其の殆どが大きな音を立てるモノが多い事から却下と成った。

 此処から馬車で2日程の“ゲルマニア”へと一旦入国し、ツェルプストーの領地を通って“トリステイン”へと帰国する手筈で在る。

 御者大で手綱を握っているのは、ギーシュにマリコルヌ。2人は前を見詰め、披露と躁が混じり合った様子で会話を交わす。

「なあギーシュ」

「何だね?」

「冷静に考えてみると、僕達大変な事をしちゃったね」

「うむ。してしまったな」

「国の父上と母上は、どう想うだろうか。近衛隊に勤務するって言ったら、あんなに喜んで呉れたのに……国に帰ったら犯罪者だ。多分大変な迷惑を掛けるだろうな。いやもう、掛けてるかもしれない。参っちゃうね」

「後悔してるのかい?」

 ギーシュが尋ねた。

「正直に言えば、ちょっとね。でも、行かなかったらもっと後悔してたと想う。クラスメイトの女の子が、理不尽に捕まってる。救けに行かなかったら、僕は“貴族”じゃ無く成る」

 マリコルヌは溜息混じりの声で言った。

「だから後悔して無いよ」

 ギーシュは、そんなマリコルヌの肩をポンポンと叩いた。

「君は好い奴だな! なぁに、其のうちに恋人だって出来るさ。セイヴァーも言ってただろ? 僕と彼が保証する」

「セイヴァーは兎も角、ギーシュに保証されても嬉しく無いよ」

 モンモランシーが、そんな2人の間に馬車の荷台から顔を突き出して溜息を吐いた。

「はぁ、何で此処まで着いて来ちゃったのかしら……気付いたら、“ハルケギニア”の果てじゃ成いの」

「参った参った! あっはっは!」

 モンモランシーは、能天気そうに笑うギーシュを睨んだ。

「何笑ってるのよ!? 国に帰ったらどうすんのって訊いてるのよ!」

「考えてない。其の時は其の時だよ」

「はぁ?」

「先ずは国に帰る事を考えようじゃないか。救けたは良いが、無事に帰れる保証は何処にも無いんだぜ? “ガリア”軍だけじゃ無い。奴等はどうやら“エルフ”も味方に着けてるみたいだしね」

「はう……」

 と大きな溜息を吐いたモンモランシーの肩に、ギーシュは腕を回した。

「安心して呉れ。僕のモンモランシー。君は僕が命に賭けても守るから」

「何だか私ってば、完全に貧乏籤を引いたみたいね」

「大丈夫だよ! 僕は何故か運が強いんだ! 今回も何とか成るよ!」

「違うわ。貴男を選んだ其の事自体が、間違いだったって言ってるの」

 ジロリとギーシュを睨んで、モンモランシーは言った。

「そ、そんな……」

 唖然としたギーシュの頬に、モンモランシーは唇をくっ付けた。

「へ?」

「何を情けない顔してるのよ。貧乏籤を引いたけど、別に後悔はしてないわよ」

「モンモン……」

 熱っぽい目で見上げるギーシュに、モンモランシーは言い放つ。

「全く。諦めないで、絶対なんとかしてよね! 牢獄なんて私嫌だからね!」

 

 

 

 幌の付いた荷馬車の荷台には、笑で包まれた親子とキュルケが寝息を立てていた。

 タバサの母は、モンモランシーの薬で眠って貰っている。起きると暴れるためで在る。

 タバサはそんな母に寄り添う様にして眠っている。余程気を張っていたで在ろう事が判る。

 キュルケも包帯に包まれて眠っている。モンモランシーの“水魔法”で、火傷は療えていたのだが……かなり体力を消耗してしまっているので在る。

 シルフィードはキュルケとタバサに挟まれる形で眠っている。

 荷台で目を覚ましているのは、才人とルイズ、俺とシオン、そして先程“召喚”されたばかりのイーヴァルディだけで在る。

 眠るタバサを見詰めて、才人は言った。

「なあルイズ」

「なぁに?」

「タバサの奴、どんな気持ちだったんだろうな? こんな風に、ずっと独りで戦って来て……俺なんか考えてみりゃ恵まれてる訳だよな。何のかんの言って、助けて呉れる仲間や、御前だっている訳だし……でも、此奴はたった独りだったんだよな」

「そうね」

「やっぱり、姫様やアニエスさんにあれだけ反対されても、行って良かったなって想うよ」

 才人は沁沁と云った様子でそう言った。

 ルイズも、シオンも首肯いた。

「“トリステイン”に帰ったらどうする? ルイズ。先ずは先生を救け出して、どっかに匿って貰うか? なあ、シオン?」

「あに言ってんのよ?」

 ルイズは、ジロリと才人を睨んだ。

「え?」

「正々堂々、宮廷に出頭して、御裁きを戴くわ。私達のした事は、悪い事じゃ無いかもしれない。でも、姫様や祖国に迷惑を掛けた事に変わりは無いの。私達は法を犯したのよ。謹んで罰を受けねばならないわ」

「そうだよな。うん」

 才人は、(いつまで牢屋に打ち込まれる事に成るんだろ? でも、後悔はしていない。遣らなきゃ、もっと後悔していたと想しう)と想い、疲れた様に首肯いた。

 そんな才人を見て、ルイズは怒った様な声で言った。

「良いわよ。牢屋に入るのは私だけで十分よ」

「ふぇ?」

「陛下の女官で在った私が、貴男達近衛隊を扇動して行った事にすれば良いわ」

「ル、ルイズ……?」

「な、何だよ!? 巫山戯んなよ! 俺が皆を連れて行ったんだ! 俺の責任だ!」

 戸惑うシオンに、自らの行動に責任を取ろうとする才人。

 だが、ルイズは才人を見ていない。真っ直ぐに前を見詰める、キリリと引き締まった口元に、硬い意志を浮かべている事が判る。

 踊り子衣装を着ていてもルイズの高貴さは欠片も損なわれていないといえた。否寧ろ、そういった下々の格好が、ルイズの“貴族”としての所作を際立たせていたといる。

 才人は、ルイズと出逢った頃の事を想い出した。

 才人がフーケの“ゴーレム”に踏み潰されそうに成った時、「“使い魔”を見捨てる“メイジ”は“メイジ”じゃ無いわ」と言ったルイズ。ルイズはあの頃と根本の所は何にも変わっていないので在る。己の中にある誇りを、決して疎かにする事の無い少女……。

 そんな想いを心の中に秘めたルイズは、神々しい程に美しいと云えた。

 才人は、(俺は、こんなルイズだから好きに成ってしまったんだろうな)と想うので在った。

「ルイズ……俺……やっぱり御前は偉いと想うよ。其の……」

 才人はルイズの左手に怖ず怖ずと手を伸ばした。

 然し、ばしっ! と其の手が撥ね退けられてしまう。

「触んないで」

「お、怒るなよ」

 オロオロとしながら、才人はルイズの肩に手を伸ばす。

「触んないでって言ってるじゃ成い」

 ルイズは頬を膨らませ、プイッと横を向いた。其の頬が赤く染まっている事が判る。

 才人が3度目に肩を抱くと、今度は払い除けられる事は無かった。

 ルイズは怒った様に唇を尖らせ、身を硬くしている。

 一言で言ってしまうと、そんなルイズは可愛らしいと此の場の皆に想わせた。

 才人はもう、いても立ってもいられないといった様子を見せ、唇を近付けた。

「嫌だ」

 ルイズは拒んだ。

「そ、そうだよな。キスは御褒美だし。俺、何も御褒美貰える様な事してないし。でも何か、こう、したいんだ。凄く」

 才人が焦った声でそう言うと、ルイズはにや~~~っ、と特大の笑みを浮かべた。最高に意地の悪い笑みで在る。

 やはり……此の情けない顔は、“ガンダールヴ”によって与えられたモノでは無く、先程才人が言った様に、勇気も“愛”も才人自身のモノで在るといえるだろう。

 そう想う事が出来た事で、(やっぱり此奴は、私の奴隷ね。何て言うの? 恋の奉仕者ね)とルイズの中で安心と同時に優越感がヒタヒタと湧いて出たので在った。が、其れで在るのにヤキモキしてしまった自分が、ルイズは情けなく感じられた。

 傷付けられたプライドが、名誉の回復をルイズへと要求する。

 ルイズは立ち上がると腕を組んだ。

 思い切り勝ち誇った声で、ルイズは才人を見下ろした。

「へぇえええええ。あんた、私の何がしたいって?」

「……キ、キス」

「聞こえないわ」

 得意気な仕草で髪を掻き上げ、ルイズは傲慢な様子で言い放つ。

「キ、キスしたいと、言いました」

 既に才人は正座をし、敬語で話している。膝の上で拳を握り締め、悔しそうにプルプルと震えている。キスしたい、と言ってしまった時点で、もう負け確定なので在った。

「凄くしたい? 一応訊いて上げるわ。どの位?」

「い、一杯」

「一杯? もっと具体的に言いなさいよ。あんた、私とキスしたいんでしょ? 烏滸がましいったらないわ。御主人様とキスしたいなんて真顔で言う獣の存在に、私は感動するわ」

「け、獣じゃ無いもん」

 才人は、キスしたい一身で、卑屈さを膨れ上がらせてしまっていた。

「獣じゃないの」

 ルイズの眉が吊り上がる。

 キュルケ、シエスタ、ジェシカ、ティファニア、アンリエッタ……色々プライドを傷付けられたで在ろう想い出が、次々と形を変える万華鏡の模様の様に、ルイズの脳裏に蘇って来る。

 其の想い出に対する怒りが遂々ルイズを目醒させてしまった。

 奇跡とでも云える小悪魔っ振りを、ルイズは纏い始めたので在る。誰にも習った訳でも無い。恐らくこれは、ルイズの何処かに眠っていたで在ろうと推測出来る。今までは、レベルが低くて表に出て来なかっただけなのだろう。嘗ては無意識の内に溢れるだけで在っただろう己の小悪魔性を、ルイズは才人の反応を見乍ら見事に操り始めたので在る。

 ルイズはニヤッと笑みを浮かべ、先ず腰に手を当てた。

 其のポーズだけで、もう才人は死にそうだといった様子を見せる。

 其れだけでは飽き足らず、ルイズは片足を持ち上げ、足の裏を壁に付けて寄り掛かった。膝で踊り子衣装の腰布が持ち上がり、ルイズの微妙且つ絶妙なラインを描く太腿を才人の目に焼き付けたので在る。

 ルイズは、同時に軽蔑を多分に含んだ流し目を、才人へと送った。

 そう成ると才人はもう、呼吸をするだけで精一杯に成ってしまうので在った。

 鼻歌でも歌うかの様な口調で、ルイズは才人に言い放った。

「で、私と何がしたいって言ったの? 何か言ったわよね? 其の面白い形した口で。ユニークとしか形容しようのない笑える動きで、気味の悪い犬の涎と一緒に、傑作単語を口にしたわよね。あんたってば」

「キ、キスッ……」

「じゃ褒めて」

 果てしなく得意げな態度で、ルイズはサラッと言った。

「……え?」

「一杯褒めて。そうね、先ずはあのメイドね。シエスタより、私が勝ってる部分を100個挙げて。じゃ無いと何もしてあげない」

 才人は取次筋斗に成り乍らも、苦しそうに答えた。

「そ、そんな御前……どっちが勝ってるとか……御前にも良い部分が有って、シエスタにも有って……一概には……」

 ルイズの目に殺気が宿る。ガシッと、ルイズは才人の股間を潰さ無い程度の絶妙な力で、確実に痛みを与える程度に踏み付けた。

「――あがごげッ!?」

「そんな良い子ちゃん、訊いてないのよ。褒めろって言ったの。あんたの主人を、あんたの支配者を、あんたの神を、褒めろって言ったの。聞こえなかった? 死んどく?」

 混乱の極みの中、才人は禁句を口にしてしまう。

「え、えっと……ルイズはぁ! 先ず胸がぁ!」

「貶してどーすんのよ」

 ルイズの唇が凶悪に歪んだ。ガシッと、ルイズは踏み付ける足に力を込める。

 こぼっ……と才人の口から妙な嗚咽が漏れる。

 其の瞬間……。

 こほん、と咳払いの音がした。

 ルイズが振り返ると、ギーシュとマリコルヌとモンモランシーが御者台の上から見詰めて来ているのが見えた。

 其れからルイズは、俺とシオン、そしてイーヴァルディの方を見た。

 ルイズは、夢中に成って、俺達の存在を忘れてしまっていたので在ろう。

 ルイズは顔を真っ赤にした。

 才人は先程の一撃によるモノだろう、何遣ら夢の世界に旅立ってしまっている。

「其の……ルイズ。其のくらいにしておかないと、君の名誉が……」

 困った様な声と調子で、ギーシュは言った。

「馬鹿ね! 退屈だから、ちょ、ちょっと芝居の稽古をしていただけど! そうよねサイト!?」

 然し才人は気絶してしまって居る為に、答える事は当然出来無い。

 ルイズは気絶した才人を急々と火事場の馬鹿力を振るい起き上がらせ、以前シエスタが遣った様に、後ろに回って操った。

「“やあ。俺サイト。今のハ芝居の稽古だったんダ”」

 ギーシュ達は首を横に振り乍ら、前を見る。

 マリコルヌが溜息を吐き乍ら、馬に鞭を入れた。

「ああ、既視感があると想えば、ルーに似ているのか……」

 イーヴァルディは、ルイズを見てボソッと呟いた。

 俺達を乗せた馬車は加速する。

 不安や喜びや希望、そして誇りに自尊心……色々な想いを満載して居るで在ろう荷馬車は“ゲルマニア”の国境を目指して、双月の明かりの下、街道を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タバサは夢を見ていた。

 懐かしい、“ラグドリアンの湖畔”近くに在るオルレアン屋敷……中庭にテーブルが用意されて、優しかった父と母が、楽し気に料理を摘み乍ら談笑をしている。

 シャルロットは2人に見守られる様にして、母が街で買って来て呉れた人形――“タバサ”と名付けた――御世辞にも造りが上等とは言えない人形相手に本を読んでいた。何度も読んだ“イーヴァルディの勇者”を明るい声で朗読している。

 今では出す事は出来ないだろう、朗らかな声が喉から溢れていた。

 時の向こうに消えた、優しい時間が其処には在った。

 夢の中で、タバサは此処が夢で在る事に気が付いた。

 何故なら、あの様に温かい笑顔を浮かべる父は、もう、何処にもいないのだから。

 執事のペルスランが現れて、「御嬢様の御客人が御出になりました」と、シャルロット達に告げた。

 母が、「御通しして」と言った。

 父が、「シャルロットの友達かい? 珍しいな」と笑顔で言った。

 中庭に、“学院”の仲間達が顔を見せる。

 ギーシュとマリコルヌが、花束を持って現れた。モンモランシーも一緒だった。

 ルイズが少し恥ずかしそうな顔で、タバサに紙包みを手渡す。中には御菓子が沢山入っている事が、匂いから判る。

 赤い髪が眩しいキュルケがいた。ニッコリと笑って、タバサを抱き締める。

 親友に抱き締められ、タバサは訳も無く感動を覚えた。友人の温もりは、何にも代え難いので在る。まるで凍て付いた心が溶けて行くかの様に、タバサには感じられた。

 もう1人の人間では無い親友が空から降りて来て、タバサの顔を舐め上げる。

「貴女が、皆に報せて呉れたのね」

 シルフィードは、嬉しそうに、きゅい、と一声鳴いた。忠実な其の“使い魔”の顎を、タバサは優しく撫でて遣った。

 シルフィードは、目を細める。

 シオンと、彼女の“使い魔”で在るセイヴァーも中庭へと顔を覗かせる。

「無事で何より。終わり良ければ全て良し、だな」

 次に現れたのは、才人で在った。

 デルフリンガーを背負った彼は、ユックリとタバサに近付き、頭を下げた。

「御免な。遅く成っちまって」

 タバサは、はにかんだ笑みを浮かべて目を逸らす。

 抱えていた“イーヴァルディの勇者”が、タバサの手から滑り落ちる。

 滑り落ちた“イーヴァルディの勇者”が、形を取り、ヒトの形へと変化する。

「指示を、“マスター”」

 何処までも優しい、温かい夢の中で、(私は仕えるべき勇者を見付けたのだろうか?)とそう想った。

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