ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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フォン・ツェルプストー

 “ゲルマニア”にある、深く濃く黒い森の中に、フォン・ツェルプストーの城はある。城とはいっても、“トリステイン”や“ガリア”や“アルビオン”などの其れとはかなり趣を異にしている。

 元は石造りの、歴史ある立派な建築物であったのだろうが、無秩序に増築を重ねたためだろう、建築当初の何倍もの大きさに膨れ上がっている。その建物の様式も一定では無いといえる。旧“トリステイン”や“ガリア”の“古代カーペー朝”に見られる、高い先塔が特徴の“ヴァロン調”の建物かと思えば、壁が途中から“アルビオン式”の重厚な城壁へと変貌を遂げているのである。“ロマリア調”の繊細な煉瓦造りの塔の隣に、大きな石で組み上げられた“古ゲルマニア”の城砦が聳えている……といった具合の、見た目と格式を全く無視した、乱雑な造りであるといえるだろう。“トリステイン”や“ガリア”や“アルビオン”の“貴族”が見たら、眉を顰めるで在ろう様な造りをした城であったのだが、変化と革新を尊ぶ“火の国ゲルマニア”らしい、力強い造作ともいえなくもないであろう。

 そんな城の一室で、ポカポカとした春の陽気に当てられて、才人はグッスリと眠り込んでいた。かなりの大冒険をやらかした後であったためだろう、激しく身体が疲れていた所為もあるといえる。

 深い眠りの中、才人は夢を見ていた。

 才人にとって、懐かしい夢である。

 故郷の夢。地球の夢……。

 

 

 台所で母が料理を作っているのが見える。

 才人は、その様子を後ろから見詰めている。

「母さん、何を作って居るの?」

「あんたの好きな、“ハンバーグ”だよ」

 そんな何気無い会話が、何故か才人の胸に突き刺さった。

 母が振り返る。

 見慣れた母の顔。何処までも優しく、穏やかな母の顔……。

「才人、御前、どうして泣いてるの?」

「あれ?」

 才人は目を擦る。気付くと、涙が溢れていたのである。

「変な子だね」

 そう言って笑う母の顔が、いつしかタバサの母へと変わっていた。

 才人は驚いて、叫び声を上げた。

 

 

「――うわあ!?」

 才人は自分の叫び声で目を覚ました。

「夢か……」

 才人が母の夢を見るのは、これで2度目で在った。

 遠く離れているというのに、才人は不思議と殆ど想い出す事は無いのであった。

 才人はベッドから起き上がると、窓の外を見た。

 太陽は中天を過ぎたばかりである。

 隣のベッドには、マリコルヌとギーシュが寝ている筈であったのだが、姿が見えない。既に起き出した後であろう事が判る。

 服を着ると、才人は自分達に用意されていた部屋を出た。

「サイト」

 ドアの側に、ルイズが立っていた。

「お、ルイズ。御早う」

 才人が朝の挨拶をすると、ルイズは恥ずかしそうに目を伏せた。

「昼食の用意が出来たそうよ。皆、先に行ってるわ」

「起こして呉れたって良いじゃないかよ」

「起こしたわよ。でもあんた、起きないんだもの」

「そ、そっか。御免」

 バツが悪そうに、才人は言った。先程の夢を想い出し、恥ずかしくなったのである。深い夢の世界に、才人は旅立っていたのかもしれない。それが母の夢であるという事が、妙に照れ臭かったのであった。

 

 

 

 

 

 “ガリア”の古城からタバサの彼女の母の2人を救い出したのは、5日程前の事である。

 キュルケの実家である、この“ゲルマニア”のフォン・ツェルプストーに到着をしたのは、つい昨晩の事であった。

 ルイズと才人、シオンと俺、キュルケ、ギーシュとモンモランシー、マリコルヌ、タバサと彼女の母親、そしてシルフィード、タバサの“サーヴァント”となったイーヴァルディの計11人と1匹は、無事に国境を超える事が出来たのであった。

 街道沿いには所々検閲が敷かれており、タバサと彼女の母が奪われた事を知った“ガリア”軍が旅人を取り締まっていたのだが、そのたびに俺達は、変化の“呪文”で要人に化けたシルフィードや、キュルケの機転などで上手く立ち回り、検問を突破したので在った。

 地方の“ガリア”軍の規律が乱れている事が、俺達の脱出を容易なモノにしたといえるだろう。検問に立つ地方軍兵士達の士気は低かったのである。簡単に買収に応じた兵士もいれば、全く遣る気のない態度で馬車の中を改めようともせずに「行け」と顎をしゃくった兵もいたのである。そういった事からも、“ガリア王”政府は、直轄の軍以外からは余り良くは思われていないとう事が理解できた。

 何よりも幸いであった事といえば、“ゲルマニア”との国境に配備されていた隊で在る。“東薔薇騎士団”と名乗る、精鋭の騎士隊が、其処に詰めていたのであった。

 当然、俺とシオンを除いた皆は緊張をした。

 彼等は厳重に馬車の中を改めると、変装したタバサを見付け出したのであった。

 1人の隊員が、眠るタバサの顔から化粧を拭い、「この少女は………」と呟いた。

 それh、カステルモールと名乗る騎士団長の若い騎士で在った。

 その瞬間、キュルケは“杖”を握り、才人は剣を構えた。

 しかし、カステルモールは、馬車から出るなり大声で、「問題無し! 通って良し!」、と越境を許可したのであった。

 俺達の馬車が国境を超える時、彼は見事だとしかいえない騎士の礼を送って寄越したのであった。彼は、捕まえるべき俺達とタバサを見逃したのである……。

 目を覚ましたタバサに才人が事の次第を告げると、タバサは「そう」と言って目を瞑るだけであったのだ。

 

 

 

 

 

「あいつにも味方がいるんだな。敵ばかりじゃないって事だ。安心したよ」

 才人は国境を超える際のその様な遣り取りを想い出し、うんうんと首肯いた。

「タバサは?」

「そこの部屋で寝ているわ」

 ルイズは、彼女達に用意された部屋の、廊下を挟んで正面の扉を指さした。

 才人は首肯くと、扉を軽く叩き、その後に軽く押した。

 鍵は掛かっていないのだろう、軽い音を立てて、扉が開いた。

 扉の隙間から、才人は部屋の中を覗いた。

 大きなベッドの上に母子が寄り添って寝息を立てているのが見える。

 才人達が救い出した、タバサと彼女の母であった。

「兎に角、やっと安心だな」

 隣に立ったルイズも、首肯く。

「そうね。一応、ここは“ゲルマニア”だし……“ガリア”も表立って好きにはできないでしょう」

 才人は首肯くと、気になっていた事をルイズに尋ねた。

「なあ、御前が昨日、出した手紙だけどさ……」

 ルイズが“トリステイン”のアンリエッタ宛に梟で手紙を出したのは、昨晩の事である。ルイズは屋敷に着くなり、長い御詫びの文をしたためたのであった。

 先ず、タバサ達を無事に救出出来た事の報告に始まり、次に無断で国境を超えた事に対する御詫びと、2~3日中に帰国するので御裁き頂きたいとの旨を記したのであった。

「ちゃんと俺も捕まえろって書いたんだろうな?」

 ルイズが手紙を書く所はジロッと見ていた才人であるのだが、いかんせんこちらの文字が判らないために、何と書いたのか判らなかったのである。

 才人は、(ルイズは、自分1人で罪を被るんじゃないだろうな?)と想ったために、一応尋ねてみたのであ在った。

「当ったり前じゃない」

 ルイズは澄ました顔で言った。

 暫く才人は、ルイズの目を覗き込んだ。

 鳶色の瞳が、強い意志の光を湛えてキラキラと光っている。

「ホントか? 御前、嘘吐いてるんじゃないだろな? 言い出したのは俺なんだからな。やっぱり俺が責任取らないとな……」

 ルイズはそんな風に、ブツブツと呟く才人を、少し怪訝な目で見詰めた。

「捕まったら、あんた帰れないでしょ」

「まあ、そうだけどさ。でも……俺は一応、騎士隊の副隊長なんだから……それに、“聖杯戦争”だってあるんだ。全てが終わってからじゃねえと帰れないだろ」

 才人は、最近こうで在る。何かと言うと「責任」や「こっちの世界で俺が出来る事」などと、言い出して、ルイズを当惑させるのであった。

「はいはい。もうその話は終わり。ほら行きましょう。皆待ってるわ」

 才人は去り際に、母に寄り添うタバサを見詰めた。

 すると……才人の心の何処かが、ずきん、と疼いた。その疼きは奇妙な違和感であるといえるだろう。

「どうしたの?」

「な、何でもねえ」

 才人とルイズは、母子が眠る部屋を離れ、皆の待つ食堂へと向かう。

「しっかし、こんな趣味の悪い御屋敷、初めて見たわ」

 そうルイズは言うのだが、“ハルケギニア”の城の調度の良し悪しなど才人には当然理解る筈もない。

「この廊下の造りは、“トリステイン”調なのに、何で東方の神像なんか飾っとくのよ。意味理解んないわ。と言うか“トリステイン”の真似をしているだけでも腹が立つのに、そこに東方の像って何よ? 馬鹿にするにも程があるわ」

 ルイズが指さしたのは、幾つか腕を持った神様の像で在る。

 才人は、修学旅行で見た千手観音像を想い出した。

 どうやらルイズには、故郷の調度であるにも関わらず、この様な飾り付けが赦せないらしい。

「見てよ。今度は“ジョバンニ・ラスコー”の宗教画(イコン)よ。色合いがなっちゃないわ。壁の色と全然合ってないじゃない。もう、これだから“ゲルマニア”の成金田舎“貴族”は……」

 ブチブチと文句を付けるルイズに、才人は困った様な声で言った。

「なあルイズ」

「あによ?」

「壁や像や絵も良いんだけどさ……その、御前の格好……」

「私の格好がどうしたのよ?」

 つん、と横を向いてルイズは言った。

「……その踊り子衣装、いいかげん脱いだらどうだ?」

 ルイズの格好はタバサを救い出す時に着用に及んだ、東方の踊り子衣装の侭であったのだ。何というのであろうか、その衣装は要所要所を隠すだけのデザインであるために、どうにも隣にいると目の遣り場に困ってしまう代物であった。

「仕方ないじゃない。これしか服がないんだもん」

 何故か、勝ち誇った様な声と調子でルイズは言った。

「あるじゃん! それに着替える前に着てた、“魔法学院”の制服が!」

「あれ、汚れてるんだもん。着たくないわ」

「別に汚れてないだろ! あれ!」

 才人はルイズから目を逸らしながら叫んだ。見ていると、どうにかなってしまいそうな気分になるからであった。

「それに、此処はキュルケの御屋敷だろ? そんな格好、キュルケの家族や、召使の人に見られても良いのかよ?」

 ちょうどそこに、赤く派手な御仕着せに身を包んだ若い女性の使用人が通り掛かる。

 ルイズは澄ました顔で、羽織ったマントで身体を覆う。

 そうする事で、ルイズの細い肢体はスッポリと隠れてしまうのである。

「ほら、こうすれば見えないもん」

 一礼して使用人が通り過ぎた後、ルイズは挑発するかの様に、マントの箸を摘でヒラヒラと振った。

 チラチラと、ルイズの白い肌が目に飛び込んで来てしまい、才人は顔を赤くして顔を背けた。

「や、止めろよ……そういう風にマントヒラヒラさせるの……」

 するとルイズは、頬を染めて横を向いた。

「どうして?」

「どうしてって御前、み、見えるじゃん」

「何が見えるのよ?」

「肌っていうか、そういうのが……」

「ばっかじゃないの? あんたもしかして御主人様の肌を見て、興奮してるの? 信じられない! なんていう獣! 死んだ方が良いわ。森で」

 ルイズは顔を真っ赤にした侭、言い放った。

「恥ずかしがるくらいなら遣るなよ!」

「は、恥ずかくないもん! “使い魔”に見られたって平気だもん!」

 慌てて声と調子でルイズは言った。

 最初、馬車の中では才人が夢中になって見詰めるのが面白く、調子に乗って踊り子衣装の自分を見せ付けていたルイズであったのだが……見せ付けるだけでは飽き足らず、終いには挑発してみたのである。

 しかし、冷静になってみると激しく恥ずかしい行為である事を、ルイズは自覚する。(私ってば何考えてるのよ)、と皆が寝静まり返った後、毛布の中でルイズはジタバタと暴れたのであった。暴れに暴れ、悩みに悩みまくったのであった。

 ルイズは、(今の私の行為を、神様が御覧になったらどう思うのかしら? 嗚呼、神様だけじゃないわ。小姉様に見られたら?)と考え、そう想うと、顔から火が出る程に恥ずかしくなり、ルイズは自分を呪ったのである。

 そして、馬車の中で悩み抜いたあと……ルイズは閃いたのであった。

 死んじゃうくらいに恥ずかしいけど気持ち好い、という事に。

 ルイズは、(嗚呼、他の女の子じゃなく、私に視線が集中するのがこんなに気持ちが好いなんて想わなかったわ)と感じ、するとどうしても、この踊り子衣装に身を包んでいたくなってしまうのであった。恥ずかしいけど、妙に勝ち誇った気分が羞恥心を飛ばしてしまうのであろう。

「ジロジロ見ないでよね。兎に角。ホントに他意とか、深い意味とかないんだから。着たくて着てるだけなんだから」

 怒ったかの様な声で、ルイズは言った。

 ホントは凄く嬉しいと感じているのだが、それを認める事に対して無性に腹が立つためである。ルイズにとっては、何故か理解らないのだが腹が立つと云った具合であるのだ。自分の中のその様な矛盾と闘いながら、ルイズは言葉を続けた。

「あんまりジロジロ見たら、御仕置きだかんね。はぁ、なんで生まれて来てはいけない生命体なの? あんたってば」

 そんな言葉が、才人を傷付けたらしい。才人は更にグイッと首を横にズラし、完全にルイズから視線を背けた。

「誰が見るか」

 暫く2人は無言で歩いた。

 そのうちにルイズは、視線が来ない事に業を煮やし始めてしまった。つまらないのである。

 壁に掛けられた鏡を見付けたルイズは、そこの前で立ち止まった。

「なんか可愛い娘がいるわ」

「ほら、行くぞ」

「と思ったら私だったわ」

「はいはい」

 才人は相変わらず目を逸らした侭であった。

 ルイズは段々と腹が立って来てしまった。ルイズの心の中で、(“好き”と言った癖に、“好き”と言った癖に、“好き”と言った癖に、“好き”と言った癖に。どうして見ないのよ、どうして見ないのよ。と言うか見てよ見とけ見なさいよ。見たら怒って上げるから見なさいよ)と怒りの言葉が回り始める。

 いらいらが募り、ルイズはとうとう奥義に出た。ソッと指を立てて、頬の横に添えてみたりし始めたのである。

「良い感じだわ」

「ほ、ほら行くぞ」

 才人も才人で、相変わらず外方を向いてはいるのだがソワソワとしながら、ルイズを促すのであった。

 ルイズの頭に、カァーーーーッと血が上がった。(こんなに可愛い私が、こんなに可愛い事してんのにどゆ事? いかんのじゃないの。そうゆうの)、とプライドが聳え立つ山脈の様に高いルイズは、それはもう頭に血が上がってしまったのである。

 その結果、ルイズは暴挙に躍り出てしまう。

「む、むむむ、むむ」

「む、がどうしたよ?」

「む、むむむむむ、胸の布、ず、ずずず、ずず、ズラしたら、どど、どうなののかしら? 可愛いに、色気がプラス。無敵ね」

「はぁ!?」

「私、無敵なんだから。色気プラスで、“使い魔”イチコロなんだから」

 才人も、負けず嫌いは人一倍で在る。そんな風に言われて、ここでルイズを見てしまえば、勝ち負けていう所の負けであると、才人は判断した。よって右手で思いっ切り太腿を捻り上げ、見たい、という欲望から身を守り始めた。

「む、むむ、胸の布、ずずず、ズラしてみよっかな?」

「ズラしてみればいいだろ? だ、誰も見ないし。そんなもの」

「あったまきた」

「きてろ」

「ズラすわ」

 才人は、太腿を捻り上げる指に力を込めた。痛みで、脂汗が流れる。

 ルイズは胸を覆う布に手を掛けた。ズラす、と言った手が動かない。恥ずかしいなんてものではなく、頭が羞恥で茹だって死んでしまいそうだったからである。

 だがそれでも、ルイズはズラしてみせた。身分は女王陛下で在るアンリエッタへと返上したが、今のルイズにとって“貴族”のプライドが賭かっている、とそう感じたためである。なんとしてでも、“使い魔”である才人の視線を主人たる自分に向けさせねばならない、といった具合である。そうしないと、ルイズは気が済まないのであった。

 兎に角滅茶苦茶であるのだが、頭に血が上がってしまっているルイズにはそんな事に気付いていなかった。目先のプライドで頭が一杯で在るのだ。

「わぁ~~~!」

 ルイズは怒鳴って、胸の布をズリ下ろした。

 才人は驚いてしまった。何に驚いたのかというと、ルイズが叫んだその瞬間、意志を全く無視して頭が動いてしまったからである。クルッと、それはもう見事に頭がルイズの方を向いたのである。

 才人の目に飛び込んで来たのは、ズラされた踊り子衣装の胸布、そしてそれに掛けられたルイズの指、流石に咄嗟に思い留まったので在ろう、真ん中手前まで露わにあったルイズの……慎ましやかで平たい胸で在る。

 才人はかなりの速度で、ルイズに躍り掛ってしまう。その侭、抱き着き、「御免。やっぱ駄目だったみたい」と言った。

 我に返ったルイズは、襲い掛かって来た才人の頭を掴み、引き離そうとした。

「ちょ、ちょっとやめ……やめなさいよ! な、なな、何考えて……」

 才人の熱っぽい目が見えた。

 ルイズは、(な、何て目よ。そんなに夢中になられたら、私、私……)と意志とは裏腹と云った風に目を閉じて行く。

「お、俺達……“トリステイン”に帰ったら捕まっちゃうかもしれないんだろ?」

「……そ、そうよ」

 ぼーっとした頭の中で、(もし……今回の件で私だけ牢に入れられる事になったら?)とルイズは考えた。

 才人には、暫く逢えないかもしれないのである。

「……そしたらさ、今だけ、だよな? こうやって、2人っ切りの時間っていうかさ」

 そう言われ……才人に抱き竦められているこの時間が、掛け替えのないものであるかの様に、ルイズには感じられた。

 熱い才人の目と、そんな想いが、手から抵抗しようとする勢いをルイズから奪って行く。

「い、良いの?」

 ルイズはモジモジとしながら、唇を尖らせた。

「そ、そゆ事、き、訊かないでよ。馬鹿……」

 そんな風に恥じらうルイズが激しく“愛”おしく、また愛らしく、才人は頭が沸騰してしまい、ぎゅーっとルイズを抱き竦めた。

 ルイズは心の中で、(嗚呼、御先祖様ごめんなさい。ルイズ・フランソワーズ、仇敵フォン・ツェルプストーの屋敷で、どうやら星になりそうです。門を潜るだけでもあれなのに、まさかこんな場所で、こういう事になろうとは想いも依りませんでした。御先祖様、御母様、姉様、小姉様、皆ごめんなさい……)、と呟いた。

 そんな風に2人して激しく頭を茹だらせていると……。

 廊下の端に動く、赤い髪が見えた。

 ルイズの反応は、素早いモノであったといえるだろう、才人の股間を蹴り上げ、まるで米搗き飛蝗であるかの様に跳ね起きる。

「何時までも起きて来ないから、様子を見に来てみれば」

 ギーシュが首を横に振りながら、顎に手を置いて悩まし気なポーズを取った。

「貴方達、人の家で何をしてるの?」

 流石に呆れた声と調子で、キュルケが言った。

 ルイズは口を真一文字に結んで、冷や汗を垂らしながら震えた。それから、一同に背を向けて、「く、首に虫が付いてたから、取って貰ってました」と苦し紛れの言い訳を口にした。

「何で胸の布をズラす必要があるの?」

 意地の悪い笑みを浮かべて、キュルケが尋ねた。

 ルイズの身体が固まった。ユックリと床に膝を突き、肩を落とした。

 才人は床でピクピクと震え続けていた。

 キュルケはルイズの横へと移動し、其の肩に手を回し、悪戯っぽく呟いた。

「色気足っ振りの仕草だったわよ? あたし、負けるかと思っちゃった」

「ち、違うもん。色気とかそういうの、関係ない仕草だもん。と言うかズレてたから、直しただけだもん」

 ピクンピクンとこめかみを震わせながら、ルイズは必死の言い訳を並べた。

「良いのよ。そんな貴女にプレゼント」

「要らないわよ」

「“トリステイン”からの手紙よ」

 

 

 

 

 

 俺とシオンを除いた一行は緊張した顔で、キュルケの部屋へと集まった。

「随分と早いわね」

「きっと、それだけ御怒りなのよ。貴女の国の女王様は」

 キュルケが、やれやれと両手を広げて言った。

 ルイズは、キュルケに渡された手紙を見詰めた。

 上等な羊皮紙で作られた封筒に、“トリステイン王国”の花押が押されている。見慣れた“百合の紋”……紛う事なきアンリエッタからの返書である事が判る。

 この手紙の中に、これからの彼女等の運命が記されているのである。

 緊張からだろう、ルイズの手が震える。

 才人も緊張した顔でルイズを見詰めている。

 ギーシュとモンモランシー、マリコルヌも息を呑んでルイズの挙動を見守っている。

 いつまでも封を破らないでいるルイズに、キュルケが言った。

「ねえルイズ。貴女、そんな手紙放っておきなさいよ。“トリステイン”に帰る必要なんかないじゃない。あたしの家で使って上げるわよ」

「あんた、コルベール先生が心配じゃないの?」

 コルベールは、国境付近の宿場街でルイズ達を逃がすために身を挺したのである。その後、どうなったのかを知っているのは、此の場では俺だけであろう。先にフォン・ツェルプストーに到着していた“オストラント号”の乗組員達も知らない事である。

「ジャンなら平気よ。きっと、何処かに隠れてるのよ。そのうち連絡がくるわ。まあ万が一捕まってたら、救けに行くだけの話だわよ」

「駄目。これ以上、他の誰にも迷惑を掛ける訳にはいかないわ」

 ルイズは深く深呼吸を擦ると、一気に封筒を破き開いた。

 中には、手紙1枚切りである。そして短く一行、記されていた。

 その文面を見たルイズは震え出した。

「な、何だよ!? 何て書いてあるんだよ!?」

 緊張に耐えられなくなった才人が詰め寄る。

「それだけしか書いてないの? というかなんて書いてあるの? 見せなさいよ」

 キュルケが、ルイズの手から手紙を取り上げた。

「何々、“ラ・ヴァリエールで待つ アンリエッタ”。あら、良かったじゃない。貴女の御実家、直ぐ隣じゃない。面倒が無くって良いわね」

 恍けた声と調子でキュルケが言った。

 その言葉にシオンは心配そうにルイズへと視線を向ける。

 ルイズの震えは、極限まで達してしまった。それから、ポツリと、ルイズは呟いた。

「実家は不味いわ」

「どうして? 御家族に弁護して貰えば良いじゃない」

「弁護どころか、私、殺されるわ」

 観念した様に、ルイズは項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “トリスタニア”の王宮の執務室で、女王は1人悩んでいた。

 先程、“ゲルマニア”にいるルイズ宛に手紙を出したばかりである。

 無事で良かった、とほっとするのと同時に、面倒な事にならなければ良いが、という不安もまた、彼女の中で広がって行く。

「今の所、“ガリア”は何も言って来ないけれど……」

 ふぅ、とアンリエッタは気怠げに溜息を吐くと、扉がノックされた。

「何方?」

「私です。陛下」

 “銃士隊”隊長のアニエスであった。

「ああ、良い所に入らしてくださいました。隊長殿」

 アンリエッタは立ち上がると、扉を開けた。

 鉄の様な、凛々しいアニエスが現れ恭しく女王へと礼をする。

「信用出来る部下を数名選んで、出掛ける支度をしてください」

「いつでも支度は出来ております。陛下は行き先だけを仰ってくだされば良いのです」

 アニエスの武人らしい物言いに、アンリエッタは僅かに微笑を浮かべた。

「では、ラ・ヴァリエールへ。非公式の訪問ですので、馬車もその様に」

「何やら、御悩み事の様ですね」

 アニエスは、アンリエッタの疲れた様子に気付き、部屋を出ずに言葉を掛けた。

「ええ。ルイズから手紙が来たの」

「という事は無事、“ガリア”の姫君を救出できた、ということですね?」

「そのようですね。謹んで御裁きを御受けします、などと書いてあったわ。あの娘、私がどれだけ心配したのか、理解っていないのね」

「御裁きを与えれば良いではありませんか」

 アンリエッタは黙ってしまった。

「“ガリア”からの、公式の抗議はあったのですか?」

 アンリエッタは首を横に振った。

「ならば、脱獄と無断越境のみ、罪を問えば、よろしいではありませんか。いえ、最近動向が不穏な“ガリア”の、元“王族”を手元においておくことは政治的に悪い話ではありませぬ。勲功と言っても差し支えはありますまい。よって、賞罰無し、というところに落ち着かれては?」

「隊長殿は、御優しいのね」

「陛下は、ラ・ヴァリエール殿とその一行を、御裁きになりたいのですか?」

「友人だからと目溢しをしたら、皆に示しが着かないではありませんか」

 アニエスは、優しい目になって、アンリエッタを見詰めた。

「陛下は、無理をしておいでです。身内に目溢しをしない“貴族”は、この宮廷のどこを見て回っても、見付ける事は叶いませぬ」

「だからこそ私が、毅然とした態度を見せねばならないのです」

 アンリエッタは、少女の潔癖さを思わせる仕草で、唇を噛んだ。

 アニエスはスラリと剣を抜いた。

「私は陛下の剣です。御命令とあらば、此の剣で以て如何様な働きもしてみせましょう。また、剣であると同時に私は盾でもあります。いざ陛下の御身に危険が降り掛かった際には、この身体を盾となし、陛下を御守する所存で御座います。しかしいざと言う時、この宮廷にいる“貴族”の、何人かが陛下の盾となる事が出来るでしょうか? いざという時に頼りになるのは、私の様な軍人とは別の論理と理屈で、陛下に忠誠を捧げ尽くす事の出来る人物です。何があっても、己の信念を曲げない、鉄の心を持った人物です。その様な御友人を御持ちであれば、是非とも大切になされるべきです。陛下」

 アニエスのその言葉に、アンリエッタは唇を噛んだ。指で、服の裾を弄り始める。

「しかし陛下の仰る通り、ただ赦したのでは示しがつきますまい。この様な事で、陛下の鼎の軽重がわれては詰まりませぬ。では、暫くは無給で、何か雑用を与えては如何でしょうか?」

 アンリエッタは不安そうに呟いた。

「それで、皆は納得して呉れるかしら?」

「彼等に匹敵する手柄を挙げた“貴族”が、此の宮廷に何人おりますか?」

 アンリエッタは黙ってしまった。

「それが皆の答えです」

 アニエスは一礼すると、女王の馬車を用意するために執務室を出て行った。

 1人残されたアンリエッタはルイズからの手紙を見詰めた。

 それから泣き出しそうな顔になって、「誰も彼も、勝手な事ばかりして! 人の気も知らないで! 私だけでは無く、御父上や、御家族にも叱って貰いますからね!」と一頻り怒りの言葉を吐き出した後、手紙を胸に押し当てた。その上、ルイズの家族にさねばならない事が在って、かなり気が重いので在る。

 だが、先ずは友人の無事を感謝しよう、とアンリエッタは想った。

「無事で良かった。本当に良かった。“始祖ブリミル”よ、私の友人を無事、連れ戻して呉れた事に感謝いたします。セイヴァーさん、シオン……有り難う……無事で本当に良かった……」

 

 

 

 執務室の外に出たアニエスは、馬屋に赴き馬車を用意させた。屯所に向かい、そこに屯っていた銃士隊達から、連れて行く隊員を選出する。副長を呼び、留守中の指示を与える。全ての準備を終えるのに、10分も経から無い。愛馬に跨ると、城門を潜り外に出た。

 そこには深いフードを冠った男性が居て、アニエスを待っていた。

「今からラ・ヴァリエールに向かう。御前も来い」

「私を牢に入れるために、城に来たのではないのかね?」

 男はフードをズラした。

 コルベールの一見暢気な顔が、其処から現れる。

「脱獄幇助の件は有耶無耶になった」

「何故だね?」

「たった2人の手引きで脱獄が成功したなどと、公にする訳にはいかんのだそうだ」

 アニエスは詰まら無さそうに呟いた。

 コルベールは、すまぬ、といった様に頭を下げると、「では何故、ラ・ヴァリエールへ私を連れて行くのだね?」と問うた。

「教え子に逢いたくはないのか?」

 そう言われ、コルベールは大きな笑みを浮かべた。

「おお! そうなると、彼等は成功したんだな! 良かった! 嗚呼、本当に良かった!」

 アニエスは部下の銃士を呼び、コルベールの馬を用意させた。それから伴の銃士達を城門の前に整列させ、女王の馬車を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラ・ヴァリエールの城では、一家勢揃いで客の到着を待ち侘びていた。

 ダイニングルームの大きなテーブルの上には豪華な昼餐の料理が並んでいる。しかし、そこにいる誰もが料理に手を付けようとはしないい。

 上座に腰掛けたラ・ヴァリエール公爵は美髯を揺らし、気難しそうな灰色の瞳を輝かせて、テーブルを叩いた。

 ばん! と大きな音がしたが、召使も含めてダイニングルームの誰もが動じない。公爵がこの様に怒りを露わにする事は、別に珍しい事ではないのであった。

「ルイズの奴は、何処までこの儂に心配を掛ければ気が済むのだ!」

「御父様の言う通りだわ。家族の許しもなく、戦争に参加したかと思えば、勝手に国境を超えて“ガリア”に潜入しただなんて! 戦争になったらどうするの!?」

 眼鏡の奥の鋭い瞳を輝かせて、エレオノールが父の言葉に同意を示した。彼女は報せを受けて、“トリスタニア”の“アカデミー”から飛んで来たのである。

 父と姉の言葉を黙って聞いていたカトレアが、ルイズと御揃いの桃髪を揺らして、コロコロと笑った。

「凄いじゃない。“ガリア”からクラスメイトを救い出すなんて。何だか英雄譚みたいですわね。私、自分の事みたいに誇らしいわ」

 エレオノールが、ジロリとそんなカトレアを睨み付けた。

「笑ってる場合じゃないでしょう? 貴女、嫌にあの娘の肩を持つけれど、どういう事? この前跳ね橋の鎖を“錬金”で溶かしたの貴女でしょう?」

「さあ、覚えてませんわ」

 カトレアはコロコロと笑い続けた。

「良い事? 今度はあの娘、国法を破ったのよ。陛下直々御裁きを下しに、こちらにいらっしゃるんじゃないの。御家取り潰し、なんて事態になったら大変よ!」

「大袈裟ですわ」

 カトレアは笑いながら言った。

「大袈裟じゃないわ。ただでさえ、この前の戦に出兵しなかった件で、“王政府”からは快く想われていないのよ」

 ラ・ヴァリエール公爵家は、この前の“アルビオン戦役”で、一兵たりとも兵を送っていなかったのである。その結果、莫大な軍役免除税が課される事になったのだが。ラ・ヴァリエール公爵家はそれを大人しく払ったのである。だが、出征した“貴族”の中には、そんな公爵家を「不忠者」と扱き下ろす者も存在するのもまた事実であった。

「別に“王家”に反旗を翻した訳じゃ無ないでしょう。それに陛下はルイズの幼馴染じゃない。厳しい罰を御与えになるとは想えないわ」

「そんな昔の事、覚えている訳ないじゃないの。おまけにフォン・ツェルプストーから帰って来るですって? 御先祖様が聞いたら嘸かし御嘆きになるでしょうね!」

「あら、シオンちゃんは、しっかりと覚えていてくれたわ。それに、聞いた話では、フォン・ツェルプストーの娘とも悪くは無い関係らしいわよ」

 それまで黙っていた、3姉妹の母であるラ・ヴァリエール公爵夫人が口を開いた。

「陛下に御裁きを頂く前に、当家で罰を与えれば良いのです」

 その言葉に、ダイニングルームの空気が凍り付いた。

 厳しかったラ・ヴァリエール公爵の顔に、焦りの色が浮かぶ。

「だ、誰が罰を与えるのだね?」

「そう言った手前、私が与えましょう」

 一家の後ろに控えていた、それまで動じなかった召使達が、僅かに身体を震わせ始めた。

 エレオノールが珍しく作り笑いを浮かべ、「な、何も母様が自ら御与えにならなくても……ねえ、カトレア?」と言い、カトレアへと話を振る。

 カトレアもまた、少し困った様な声で、「わ、私もそう想いますわ」と言った。

 こほんと、ラ・ヴァリエール公爵が咳をした。

「なあカリーヌ。娘達の言う通りだ。何も御前が自ら……だろう? ジェローム」

 公爵は、側に控えて居る執事に同意を求めた。

「あ。いけませぬ。私、用事を想い出しました」

 老執事は、慌てて逃げ出した。

 それが合図で、召使達は一斉にダイニングルームを飛び出して行ってしまう。

 ぱたん、とドアが閉まる音と同時に、公爵夫人は立ち上がる。表情は全く変わらない。ただ、ユラリとその身体から強烈な何かが立ち上る。

「娘の不始末の責任は、教育を施した私にあります。そうですわね? 貴男」

 ラ・ヴァリエール公爵は、カチカチと震えながら口髭を弄り始めた。昔を想い出したのである。若く、美しく、そして、峻烈だった自身の妻の過去を……。

「そうだ! わ、儂がキッチリ厳しく言い含めよう! もう2度と、この様な事は……」

 その言葉が途中で轟音に掻き消されてしまう。

 パラパラとテーブルの上に誇りが舞い落ちる。

 見ると、ダイニングルームの壁が消失していた。

 何とも強力な“風”の“呪文”であった。

 “杖”を構えた公爵夫人は、参った、とでも言う様に首を横に振った。

「これ以上、弱く放つのは難しいわね……まあ、何とかなるでしょう」

「カ、カリーヌ! だから、ルイズには儂が……」

 ジロッと、公爵夫人は夫の顔を睨んだ。

「大体貴男が娘に甘いからこうなるのです! 厳しいのはいつ表面だけでは在りませんか! 長い間、黙って見ておりましたが、御蔭で随分と我儘に育ってしまった様ね!」

 妻に怒鳴られてしまい、公爵は思わず頭を押さえた。

「ご、御免なさい!」

「御家も大事、娘も大事では、通る道理も通りませぬ。この“烈風”が、娘に罰を与え、陛下に御覧になって頂きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあルイズ。御前、どうしたんだよ?」

 才人は、怪訝な顔でルイズを見詰めた。

 ラ・ヴァリエールの領地へと向かう馬車の中、ルイズはずっと震えっ放なしなのである。同時に激しく落ち着きが無い様子。

 向かい合った前の座席に腰掛けた、ギーシュとマリコルヌ、そしてモンモランシーも、そんなルイズを不思議そうに見詰めていた。

「貴女、熱病にでも罹ってるの? 寒いの?」

 呆れた様子で、才人の隣に座ったキュルケが、気怠気に髪を梳いて居た手を止めて尋ねた。

 その隣にはタバサが座っている。キュルケの屋敷に母を残しての、“トリステイン”行きで在る。キュルケは、母親と屋敷に残る様に勧めたのだが、タバサは頑なに拒んだのであった。キュルケの屋敷成ら残して行っても安心であろうということで落ち着き、俺達はタバサの同行を了承したのである。そんなタバサの母は、未だに心を病んだ侭である。ただ、前の様にタバサを見て怯えるということはなくなったのであった。

 そして、ルイズの隣にはシオン。

 俺とイーヴァルディは“霊体化”している。

「ねえタバサ、シオン、貴女達もルイズ、変だと想うでしょ?」

 話を振られ、タバサはルイズへと視線を移す。珍しく、本を広げていない。“アーハンブラ城”から逃げ出す際に、ミスコールの部屋から見付け出した愛用の“杖”を握り締め、何処か遠くに視線を合わしていた。

 タバサは、ガタガタわなわなと落ち着き無く震えるルイズを見て、「怯えてる」と呟いた。

「あはは……」

 シオンは、そんなルイズの様子を見て、キュルケの質問に対して、苦笑いで答える。

「“アーハンブラ城”に乗り込む時より、怖がってるじゃない。そんなに実家に帰るのが嫌なの? 変な娘ね」

 才人は、ルイズの実家を想い出した。

 厳格を鎧にして着込んでいるかの様な公爵。ラ・ヴァリエール公爵の鷲の様な眼光……。

 ルイズの性格を更にキツくしたかの様な長姉エレオノール……。

 才人は、(そんな家族に、責められるのが怖いか?)と想った。

「でもまあ、取って喰われる訳じゃ無いだろ。こないだ、参戦の許可を貰いに行く時だって、そんなに怖がって無かっただろ」

「事情が違うわ」

 ルイズは、震える声で呟いた。

「事情?」

「こないだは参戦の許可を貰いに行ったのよ。規則を破った訳じゃ無いでしょ」

 才人は、ルイズの肩をポンポンと叩いた。

「規則というか、法律を破って怒るのは姫様や“王政府”だろ? そりゃ、御前の父さんや姉さんも怒るだろうけど、と言うか俺、そういや打首とか言われたんだっけ……」

 ルイズの父で在る公爵の怒り顔を想い出し、才人も震えてしまう。

「それころじゃないわ。私の家には、規則(ルール)を破る事が、死ぬ程嫌いな御方がおられるの」

 ルイズは両手で自分を抱き締めと、更に酷く震え始めた。

「な、何だよ!? そん成に怖いのかよ!? 一体何方何だ? 御前の父さんか? 其れとも、あの姉さんか?」

「か、かかか」

「か?」

「母様よ」

 才人は、以前チラッと見た事の在るルイズの母親を脳裏に蘇らせた。

 高飛車オーラを放っていたのは確かではあるが、食事の際などでは大人しく座っていただけであった。

 その事からも才人には、震える程怖い人物には思えなかった。

「御尻でも叩かれんのか?」

 そう言ったら、ルイズはとうとう御腹を押さえて蹲ってしまう。

「ルイズ! ルイズ! 何々だよ!?」

「へええ、ルイズの母君って、そんなに怖いのかい?」

 マリコルヌが、恍けた声で言った。

 呪詛の言葉でも吐き出すかの様な声で、ルイズが呟く。

「あんた達……先代の“マンティコア隊”隊長、知ってる?」

「知ってるも何も有名人じゃないか! あの“烈風のカリン”殿だろ? 常に鉄のマスクで顔の半分を覆っていたという……王国始まって以来の、“風”の使い手だったらしいね。その“風魔法”は、烈風どころか、荒れ狂う嵐の様だって」

 マリコルヌの言葉で、ギーシュも想い出したらしい。

「エスターシュ殿が反乱を起こした時に、たった1人で鎮圧して退けたという、あの“烈風”殿だろ? そういや父上が言っていたよ。未だ若かった頃の父上が、一個連帯率いて前線のカルダン橋に赴いたら、カリン殿の手で既に鎮圧された後だったってね。あの“烈風”だけは相手にしたくないって、いっつも言っていたな」

 口々に、彼等は昔の“英雄”の話をし始めた。

「1人で“ドラゴン”の群れをやっつけたこともあるんだろ?」

「“ゲルマニア”軍と国境付近で小競り合いになった時、“烈風”殿が出陣した、という噂が立っただけで、敵が逃げ出したらしいよ」

「でも、とっても美しい御方だったって話ね。噂では、男装の麗人とか……」

「まさか。あんなに強い女性がいるもんか……って、男装?」

 モンモランシーの言葉で、ギーシュが判ったのであろう、青い顔になった。

「も、もしかして、あの“烈風”カリン殿って……」

 吐き出す様な声で、ルイズが言った。

「母様よ」

 馬車の中のシオンを除く一同は、顔を見合わせ、次いで困った様にルイズに尋ねた。

「嘘……?」

「ほんとよ。で、当時の“マンティコア隊”のモットー、知ってる人いる?」

 シオン以外のその場の全員が首を横に振った。流石に隊のモットーまでは知らなかったのである。

「鋼鉄の規律よ。母様は、規律違反を何より嫌っているの」

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