ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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ラ・ヴァリエールの家族

 女王の馬車がラ・ヴァリエールの屋敷の跳ね扉を渡ったのは、“トリスタニア”を出発して2日目の昼の事で在った。

 御忍びの訪問で在る為に、取り巻きはアニエス以下、大きなフードを冠ったコルベールと、銃士が5名のみで在る。

 一行が跳ね橋を渡り切り、城門を潜ると、集まった屋敷中の召使達が一斉に礼をした。中庭のポールに、スルスルと小さな“トリステイン王家”の“百合紋章”が掲げられる。御忍びの女王を迎える為の、細やかな礼で在ると云えるだろう。

 アニエスは馬を下りると、馬車の扉を開けた。

 城の本丸へと続く階段の真ん中に“魔法衛士隊”の制服をみつける、アニエスは目を細めた。

「どう為さいました? 隊長殿」

 アンリエッタは、階段の真ん中に立つ騎士を見付け、驚いた声を上げた。

「“マンティコア隊”の衛士では在りませんか」

 其の騎士は、“幻獣マンティコア”の大きな刺繍が縫い込まれた黒いマントを羽織っていた。

「“マンティコア隊”は、現在城勤めの筈ですが。おまけにあの羽根飾り。隊長職の帽子ですぞ」

「然し、ド・ゼッサール殿にしては、身体が細いですわね」

「と言うか此処におられる筈が在りますまい」

 ユックリと衛士は階段を下りて来た。

 銃士達が警戒をして、女王の周りを取り囲み、腰の拳銃に手を掛ける。

 アニエスは一歩進み出ると、騎士の前に立ち塞がった。

 騎士の羽根飾りの下の顔は、下半分が鉄の仮面に覆われている。

 其の鋭い眼光に一瞬気圧されそうに成り、アニエスは剣の柄を握り締めた。

「ラ・ヴァリエール公爵縁の者か? 陛下を迎えると云うのに、何とも過ぎた悪巫山戯だ。名乗れらい」

 然し、騎士はアニエスの言葉に応えず、膝を突くと深々と礼をした。

「御久し振りで御座います、陛下。とは言っても、私を覚えている筈は在りますまい。私が御城に奉公していたのは、其れはもう、30年も昔の事で御座いますから」

「まあ」

 アンリエッタはポカンと口を開けて、騎士を見詰めた。

 其のマントは良く良く見れば随分と色褪せ、年月を経たモノで在る事が判る。然し、手入れが良いのだろう、綻びや破れは1つも見当たら無い。

「先代“マンティコア隊”隊長カリーヌ・デレジで御座います。とは言っても、当時は仮の名を名乗っておりました。“王家”には変わらぬ忠誠を」

 先代の“マンティコア隊”隊長、と聞いて、アンリエッタの顔が綻んだ。

「では、貴女があの“烈風のカリン”殿!?」

「はい。其の名前を御存知とは、光栄で御座います」

「御存知も何も、有名では在りませんか! アニエス殿、此の方が伝説の“魔法衛士隊”隊長の“烈風のカリン”殿です! 彼女の数々の武勇伝を聞き乍ら、私は育ったのですわ!」

 アンリエッタは、御転婆少女で在った頃のキラキラとした様子へと戻り、カリーヌの手を取った。

「私、子供の頃大変憧れましてよ。“火竜山脈”での“竜”退治! “オーク鬼”に襲われた都市を救った一件……綺羅びやかな武功! 山の様な勲功! “貴族”が“貴族”らしかった時代の、真の騎士! 数々の騎士が、貴女を尊敬して、競って真似をしたと聞いております!」

「御恥ずかしい限りです」

「何を仰るの! で、私、そんな貴女の秘密を1つだけ知っておりますのよ! 実は女性、そうよね? 引退後は風の様に消えたと聞きましたが、ラ・ヴァリエールにおられたのですね。現在は何をしておられるのですか?」

 カリーヌは、スッとマスクを外した。

 其の下の顔を見て、アンリエッタは目を丸くした。

「公爵夫人!? 公爵夫人では在りませんか!」

 アニエスも驚いた顔に成った。

「では、此の方が……」

「ラ・ヴァリエール公爵夫人、詰まりルイズの母君だったとは……」

「結婚を機に、私は衛士の隊服を脱いだのです。其の時の話は、話せば長く成ります故、御容赦を願います」

「了解しました。でも何故……」

 何故嘗て脱ぎ捨てた服を身に纏っているのだ? とアンリエッタは尋ねているので在った。

 カリーヌは立ち上がった。

「今日の私は、公爵夫人のカリーヌ・デレジでは御座いません。鋼鉄の規律を尊ぶ、“マンティコア隊”隊長カリンで御座います。国法を破りし娘に罰を与え、以て当家の陛下への忠誠の証とさせて頂きます」

「罰ですって!? “烈風”殿が、ルイズに罰を御与えに為るですって!?」

 アンリエッタは物々しい戦支度のカリーヌを見詰め、首を振った。アンリエッタの顔から血の気が引く行く。何かルイズ達に罰を与える積りではいたアンリエッタだが、其の様な気持ちが一瞬で萎んでしまう。

 カリーヌ改め“烈風”のカリンは、アンリエッタ選りも苛烈な罰を与えるだろう事は目に見えていると云えるだろう。

「乱暴は良けません! 私は、其の、あのですね、ルイズに罰を与えに遣って来たのでは在りませぬ。私も若い故、当初は憤りも致しました。然し、良く良く考えてみたのです。確かにルイズは私の許為無く国境を超えましたが……其れも友人を案じての行為。厳しく注意はする積りですが、厳しい刑罰を与える積りは有りません」

「陛下の御優しい御言葉、痛み入ります。然し乍ら、陛下の王権は“始祖”に依り与えられた神聖不可侵のモノ。成らば其の名に於いて発布された国法もそう在らねばなりませぬ」

 カリンはサッと右手を挙げた。

 城の天守の陰から、黒く巨大な壁が飛んで来る。

 着地と同時に激しい砂埃が巻き起こる。

 老いて巨大な、“幻獣マンティコア”で在った。

「尊ぶ可き国法が御座為りにされては、陛下の王道が立ち行きませぬ。其れを破りしが、我が娘と成れば、尚更赦す訳には参りません」

 カリンは50過ぎとは想え無い軽やかな身の熟しで、“マンティコア”へと跨った。

「カ、カリン殿!」

 ぶわッ! と、“マンティコア”は鷲の其れと良く似た形をした翼を羽撃かせる。

 目を見張る様な速度で、主人を乗せた“幻獣”は大空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 ラ・ヴァリエールの城は、王都選り“ゲルマニア”の国境に近い。

 国境を超えて3時間も行くと、城の高い先塔が見えて来る。

「な、なあルイズ……御前の母さんが、其の“マンティコア隊”の“烈風”殿だとしてもだよ?」

 重苦しい沈黙を破って、才人が口を開いた。

 然し、ルイズは何も応じない。

 其の頃、ルイズは震えるのを通り越してしまい、ぽかん、と口を開けて天井を見詰めていた

「30年も経てば、人間も変わるだろ? な? 確かに昔は怖い怖い騎士様だったかも知れ無いけど、今は良い年なんだから、そんな無茶しないよ。罰って言ったって、精々納屋に閉じ込める位だよ」

「……あんたは、理解って無いわ」

 臨終の床の重病患者とでも云った具合に、ルイズは言った。

「若い頃の激しさを、維持出来る人間なんてそうそういないわよ」

 モンモランシーが、理解ったかの様な事を呟く。

「……あんた達、理解って無いわ」

「そんなに心配する無よ」

「……理解り易く言うと、私の母よ。あの人」

 其の言葉に、馬車の中の全員が緊張した。

 才人は其の空気に耐える事が出来なくなり、大声で笑った。空元気で在る。

「あっはっは! そんなに心配する無って!」

「そうそう! 幾ら伝説の“烈風”殿だって、今じゃ公爵夫人じゃ成いか! 雅な社交界で、戦場の垢や誇りもすっかり抜け落ちてしまったに違いないよ!」

「シオン、何者かが近付いて来ている。かなりの速度だ。これは……ふむ……成る程」

「此方も見えたよ、“マスター”」

 俺とイーヴァルディが、そんな空元気とでも云った様子を見せる才人とギーシュの言葉が終わったと同時に、報告する。

 其の時、窓の外を指指して、タバサがポツリと呟いた。

「“マンティコア”に跨った騎士がいる」

 ルイズは跳ね起きると、パニックに陥ったのだろう、馬車の窓を突き破って外へと逃げ出した。

「セイヴァー」

「了解した」

 シオンは俺へと一言告げると同時に、身構える。

 ゴォオオオオオオオオオッ!

 其の瞬間、巨大な竜巻が現れ、逃げ出したルイズを絡め取る。

「な、何だあれ?」

 才人が唖然とした次の瞬間……竜巻は大きく膨れ上がり、馬車全体を包み込んだ。激しい勢いで、馬と馬車を繋ぐハーネスが吹き飛び、逃げる暇も与えられず馬車は地上に馬を残して空へと跳ね上がってしまう。

「――何だこりゃああああああ!?」

 才人が怒鳴る。

「ぎぃやああああああああ!」

 ギーシュが絶叫する。

「うわぁあああああああああ!」

 マリコルヌが叫ぶ。

「嫌いぁああああああああああああ!」

 モンモランシーが喚く。

「参ったわねぇ……」

 キュルケがボヤく。

「…………」

 タバサとシオンは無言で在った。

 馬車はまるで、巨人の手にでも掴まれてしまったかの様に空中で翻弄された。

 馬車の中の7人は、まるでシェーカーに入れられてしまったカクテルの様に振り回される。

「あいだッ!? でッ! ぎゃッ!」

 壁に、座席に、御互いに打つかり合い、流石に無言で居続ける事も出来ずシオンとタバサ含め、7人は悲鳴を上げ続けた。

 竜巻は唐突に止み、馬車は空中から地面へと落下する。

「落ちる! 落ちる! 落ちる!」

 ワイヤーの切れたエレベータの中にでもいれば、此の様な気持ちにでも成るのかもしれない、と才人はそう考えた。

 落下する馬車が、ふわりと浮かぶ。

 騎士が“レピュテーション”を掛けたので在る。

 ユックリと馬車は地面に着地したのだが、散々にシェイクされてしまった一行は、馬車の中でグッタリと横たわる。

 才人とシオンは必死の想いで、馬車からどうにか這い出た。

 ルイズは、フラフラと地面に落ちて来る所で在った。

「ル~~イ~ズ~!」

 叫んで駆け寄ろうとしたのだが、才人とシオンは目が回ってしまっており、上手く動く事が出来ないでいる。

 其処にユックリと、“幻獣マンティコア”に跨った黒いマントの騎士が現れた。彼女が例の公爵夫人で在る。

 其処に立っていたのは、厳しいと云う言葉を良く捏ねて、鋳型に納め、恐怖と云う炎で焼き固めたかの様な騎士人形で在ると云える女性で在った。

 倒れたルイズの横に立ち、娘へと呼び掛ける。

「起き為さい。ルイズ」

 ルイズはガバッと身を起こすと、「母様……」と呟き、ガタガタと熱病に罹ったかの様に激しく震え始めた。まるで、シェパードに凄まれる小型犬の様で在るとも云えるだろう。ルイズも怒ると怖いのだが、纏う恐怖のオーラは、熊と鼠程も違うと云える。

「貴女。何をどう破ったのか、母様に報告しなさい」

「其の……む、無断で国境を、其の」

「聞こ得ませんよ」

「む、無断で国境を」

 竜巻が飛んだ。

 ルイズは一瞬で上空200“メイル”近く放り投げられてしまい、チッポケな落ち葉で在るかの様にクルクルと回転し乍ら落ちて来る。

 俺は“実体化”し、そんなルイズを受け止め、ユックリと下ろして遣る。

「また貴男ですか……」

 カリンは俺を親の敵でも見るかの様な視線で見詰めて来る。

「今は貴男に構っている暇は有りません。ルイズ。母は貴女に、何の様な教育を施しましたか?」

 桃色の髪はボサボサに成り、スカートは何処かに吹っ飛されてしまい、下着が丸見えに成っていたが、恥じらう余裕さえ今のルイズは失ってしまっていた。

俺はそんなルイズを、優しくソッと下ろす。

「こ、国法を破った事は深く御詫び申し上げます! でも、事情が有ったのです!」

 騎士は“杖”を振った。

「多少手柄を立てたからと言って、調子に乗っては行けません。事情が有ろうが無かろうが、国法を破って良い訳が無いでしょう。結果として、其れは更に多数の人間を不幸にしてしまう可能性を秘めるのです」

 暴風が吹き荒れ、ルイズを揉み苦茶にする。

 才人は見ている事が出来なくなり、ルイズの前に飛び出した。

「や、止めて下さい!」

「貴男は?」

 黒いマントを羽織り、鉄の仮面で顔の下半分を覆ったカリンが才人へと尋ねた。

「えっと……其の、ルイズの“使い魔”です」

「ああ」

 と、カリンは首肯いた。

「貴男は此の前、ルイズの伴をしていた少年ですね。そう、貴男、確か“使い魔”だったわね」

 才人は、ボロボロに成ったルイズを抱き起こした。

「おい! 大丈夫か? 生きてるか?」

「ふにゃ……もう、駄目……ふにゃ」

 ルイズはヘロヘロで、上手く呂律も回っていない状態で在ると云える。無理も無い事で在ろう。巨大な洗濯機の中にでも打ち込まれてしまい、洗濯、濯ぎ、脱水、を喰らったかの様なモノで在るのだ。天下の美少女も、こう成ってしまっては台無しで在る。

 カリンは更に“杖”を構えた。

「ちょ、ちょっと!? もう良いじゃ成いですか! ルイズはもうボロボロですよ!」

 そんな才人に、ギーシュ達が声を掛ける。

「止めとけ、サイト。家族間の問題だ。と言うか御前、命が惜しく無いのか?」

 カリンはジッと才人を見詰めた。

「“使い魔”と言う事は、主人の盾も同然。盾を吹き飛ばすのは、これも道理。恨んでは無りませんよ?」

 巨大な竜巻がカリンの背後に現れる。先程、馬車を包み込んだモノと同じくらいの規模で在る。

 才人はデルフリンガーを握り締め、左手甲が光り出す。

「なあデルフ」

「あんだね?」

「あれ、やばい?」

 巨大な竜巻を指して、才人が呟く。

「やばいね。ただの竜巻じゃねえ。間に真空の層が挟まってて、触れると切れる。恐ろしい“スクウェア・スペル”……が、“サーヴァント”で在る相棒なら、どうにか耐え切れるかどうか……其れでも怪しいかな」

 解説を聞いている暇は、才人には無かった。

 自分目掛けて飛んで来た其れを、咄嗟に才人はデルフリンガーを使って受け切ろうとした。

「止めろ! 逃げろ!」

 デルフリンガーが叫んだが、間に合わない。

 才人の身体は無数の剃刀によって傷付けられてしまったかの様に、切り傷が走り出す。

「い、痛ぇええええええええ!」

「言っただろうが! 此奴は“カッター・トルネード”だよ! 俺が吸い込む前に、御前さんの身体が保たねえんだって!」

 才人は血塗けに成ったが、其れでも踏み留まる。

 恐怖と混乱で麻痺してしまっていたルイズの目に飛び込んで来たのは、ボロボロに成ってしまっている才人で在った。恐怖で真っ白に染まっていたルイズの心が、突然燃え上がった火の様に怒りで覆い尽くされて行く。いつものルイズで在れば、母に反応する事など在り得無い。そう云う風に躾られて、そう育って来たからで在る。が、今のルイズはそうでは無かった。

 気付くとルイズは“杖”を構え、“虚無”の“ルーン”を唱えていた。

 其の“ルーン”の調べがカリンの耳に届き、彼女は僅かに眉を顰める。聞いた事の無い“ルーン”で在るからだ。“火”でも無い、“水”でも、“風”でも無い、況してや“土”でも無い。

 ルイズは“杖”を振り下ろした。

 才人を巻き込んで荒れ狂っていた竜巻“カッター・トルネード”が光り輝く。

 カリンは、(あの娘が唱えた“呪文”は、一体何成のだ?)と想い、見慣れる光に一瞬だけでは在るが躊躇いでしまった。

 “詠唱”の時間は短かったものの、手加減された“スペル”を解除するには十分で在った。ルイズの“ディスペル”が、カリンの放った“カッター・トルネード”を消し飛ばす。

 呆気に取られたカリンが再び“呪文”を唱えようとした其の時、後ろから抱き竦められた。

「御止め下さい! もう、結構です! 御止め下さい!」

 ラ・ヴァリエールの城から、馬で駆け付けて来たアンリエッタで在る。

 後ろにはアニエスもみえる 。

「これ以上、私の前で争う事は赦しませぬ! 而も貴女方は、親子では在りませんか! 続きがしたければ、私に“杖”を御向け為さい!」

 女王の其の言葉で、漸くカリンは“杖”を収めた。

 気力体力、共に限界で在ったルイズは、どう! と地面に倒れ込んでしまう。

 アンリエッタは、倒れた才人に駆け寄った。

「酷い怪我!」

 慌てた様子でアンリエッタは“水魔法”の“呪文”を唱える。

 才人の怪我が、女王自らの“ヒーリング(治癒)”で癒やされて行く。

 血塗けの顔で、才人は呟いた。

「姫様……」

「喋っては行けません! 酷い怪我です!」

 アンリエッタは“水魔法”を続け様に唱えた。

「ルイズは……?」

 ぴくん、とアンリエッタの頬が震えた。

「大丈夫です。シオンを始め御友達が介抱していますわ」

 馬車の中から飛び出して来たモンモランシーが、シオンと一緒にルイズの傷を治療している。

「そっすか……」

 と呟くのと同時に、才人は気絶してしまった。

 介抱するアンリエッタの隣に、カリーヌが深々と膝を突く。

「女王陛下、罪深き娘には此の様に罰を与えました。これ以上の御裁きは、此の私めに御与え下さいますよう」

 アンリエッタは大きく溜息を吐くと、「もう! 何成のですか!? 貴女達は!? 母娘で“杖”を交すなど、神と“始祖ブリミル”が御嘆きに為りますよ! 最初から私は、罰を与える積りは無い、と言っているでは在りませんか!」

「“杖”を以て解決するのが、我等旧い“貴族”の遣り方と申すモノ」

「私は無駄な血が流れるのが、何選り嫌い成のです! 其処の貴方達! 早く怪我をした2人を御屋敷に運び為さい!」

 アンリエッタの言葉で、シオンを除くギーシュ達はルイズと才人に“レピュテーション”を掛け、屋敷へと運び始めた。

 其れから、カリーヌはシオンへと近付いて跪き、深々と頭を垂れた。

「先程の無礼をどうか御赦し頂きたい。そして、遅れ馳せ乍ら……戴冠、御目出度う御座います。エルディ女王陛下」

 

 

 

 

 

「今、“虚無”と言われましたか?」

 其の夜……ラ・ヴァリエール家の居間では女王で在るアンリエッタを囲み、秘密の告白が行われていた。

 暖炉の側には、ラ・ヴァリエール公爵が椅子に座り、言葉少なく燃え盛る炎を見詰めていた。

 父を挟んで、2人の姉が神妙な面持ちで話に聴き入っている様子をみせる。

 先程衛士の服に身を包み、散々に暴れたとでも云えるカリーヌは、公爵夫人としての装いに戻っている。そうすると鋭い目以外は、“烈風”と恐れられた騎士の面影は何処かに消えてしまったと云えるだろう。何とも素早い変わり身で在る。

 ルイズと才人、そしてシオンと俺の4人の友人……ギーシュとマリコルヌ、キュルケ達は別室で休んでいる。「席を外して欲しい」とアンリエッタに言われたためであった。唯一例外として、タバサが此の部屋にはいる。

 さて、ルイズと才人は並んでソファへと腰掛け、気不味そうな様子で指を弄っている。

 カリーヌの“風魔法”で散々に切り裂かれてしまった才人の身体には、所々包帯が巻かれている。アンリエッタの“水魔法”でも、完全に治す事は出来なかったので在る。

 上座に腰掛けたアンリエッタは、大きく首肯いた。

「そうです。ルイズの覚醒めた“系統”は、あの“伝説の系統”……“虚無”なのです」

 ラ・ヴァリエールは、暫く口髭を弄っていたのだが、徐に立ち上がると、娘へと近付いた。其れから優しく、ルイズの頭を撫でる。

「其の様な御伽噺、どうにも信じられませぬな。“虚無”は歴史の彼方に消えた“系統”。信心深い神学者共は、存在するなどと言い張っているが……」

 カリーヌは、鋭い目を光らせて、小さく呟いた。

「私は信じますわ」

「カリーヌ?」

「先程の私の“スペル”を、打ち消したルイズの“呪文”……見た事も無い様な輝きを放っておりましたもの。あれが“虚無”なのね? ルイズ」

 ルイズは首肯いた。

「そうです。母上」

「ふむ……」

 ラ・ヴァリエール公爵は黙りこくってしまう。

 エレオノールが、額に手を遣り床へと倒れてしまった。

「“虚無”……“虚無”ですって? 信じられませんわ……」

 カトレアが立ち上がり、そんな姉を介抱し始めた。

 アンリエッタは言葉を続けた。

「信じられぬのは、私も同じでした。然し、これは事実成のです。“虚無”は蘇り、また其の担い手はルイズだけでは在りません」

 一家は、再び沈黙に包まれた。

 永遠に思われる沈黙で在る。

 ラ・ヴァリエール公爵が、其の沈黙を破った。

「陛下の訪問の意図を御聴かせ願いたい」

 意を決した様に深呼吸をすると、アンリエッタは真っ直ぐにラ・ヴァリエール公爵を見詰めた。

「私に、ルイズを御預け下さい」

「私の娘です。陛下に身も心も捧げておりまする」

「其の様な建前では在りません」

 アンリエッタはアニエスを促した。

 アニエスは首肯くと、傍らの大きな革鞄を開け、黒いマントを取り出した。

 其の紫の裏地に記された“百合紋”の形を見て、ラ・ヴァリエール公爵は目を大きく見開いた。

「其れは“王家”の紋……マリアンヌ様が御若い頃に着用に及ばれたマントでは在りませんか!」

「ルイズ、貴女に無断で国境を超えて、“ガリア”に侵入した罰を与えます」

「は、はいっ!」

「これを着用なさい」

「で、でも、これは……」

「ええ。これを着用すると言う事は、貴女は私の姉妹という事に成りますわね。詰まり、第2位の王位継承権が発生するという事」

「お、おお、恐れ多いですわ。と言うか恐れ多いと言うものでは……」

「貴女と、貴女が持つ力は大き過ぎるのです。其の肩には、常に巨大な責任と、祖国への義務が乗っている事を、2度と忘れない様にするための処置です」

 厳しい目で、アンリエッタはルイズを見詰めた。

 フラフラと、蛇に睨まれた蛙で在るかの様に、ルイズは其れを受け取った。

 とんでも無いルイズの出世を見守っていたラ・ヴァリエール公爵が、口を開いた。

「陛下、娘への分を超えた厚遇、感謝致します。いや、どれ程感謝しても、これ程の厚遇に報いる事は出来ないでしょう。然し、私は陛下に御訊ねせんばなりません」

「何なりと」

「娘の、其の伝説の力を使って、陛下は何をなさる御積りですか? 成る程、“虚無”は伝説。先程、カリーヌの“魔法”を消滅させた手際からして、其の威力はかなり強力なのでしょう。此の前の戦役の様に、他国との戦に御使いになられるのですかな?」

「其の度の事は……深く反省致しました」

「我が娘は大砲や火矢では在りませぬ。陛下が娘に対して何らかの勘違いをなさっておられるならば……」

「成らば?」

「我等は悲しい事に、長年仕えた歴史を捨て、“王政府”と“杖”を交えねばなりませぬ」

 公爵としてでは無く、娘を想い遣る父としての言葉で在った。

 そんな姿に、此の場にいる皆の胸がジーンとする。

 公爵の其の言葉に、アニエスが咄嗟に剣を引き抜こうとした。

 アンリエッタは其れを押し留めた。

「では私から、公爵に質問が御座います。此の国の品位と礼節と知性の守護者たる、旧い“貴族”の貴男に質問が御座います」

「何成りと」

「どうして戦いは起こるのでしょうか? 英知を兼ね、万物の霊長として君臨し、汎ゆる“幻獣”や“亜人”選り秀でた筈の我等は、何故(なにゆえ)、同族で争いを重ねるのでしょうか?」

 其れは、どの世界でも、どの時代で在ろうとも、変わる事の無い命題で在り、大事な疑問、問題で在った。

「…………」

「幾度と無く、戦いが起こりました。大事な人々が傷付き、死ぬ所も此の目で見て参りました。此の私も、復讐に狂い、戦いを引き起こしました。其の結果、私だけでは無く、大勢の人が、大事な人間を……親を、子を、兄弟を、友人を失いました。私は、背負い切れぬ罪を負ったので御座います」

「……戦は陛下だけの御責任では御座いますまい」

「いえ、私の名の下に、皆戦い、傷付き、命を落としました。私が背負わずに、誰が背負うというのでしょうか」

 アンリエッタの其の言葉に、シオンは俯く。

 アンリエッタは深々と頭を垂れた。

「私は……ルイズの力を……何か正しい事に使いたいのです。ならばどうすれば良いのか、今の私には未だ判りませぬ。ただ、争いに用いる積りは有りません。其れだけは信じて下さい。公爵」

「恐れ乍ら陛下、争いに用いる積りが無くとも、いずれ用いねばならぬ時も在るでしょう。いや、強い力は人を惹き付けます」

「公爵の仰る通りです……今また、他国が暗躍しています。強い力を欲して、我等に手を伸ばそうとしている輩がいるのです。手元に置いておきたい、と言うのはそう言った連中から、ルイズを守るためでもあるのです」

「私の不安は、まさに其処に在るのです。強い力を欲する敵がいる。では、陛下がそう成らぬ、と誰が言えるでしょうか? 今、陛下の御決心の御言葉を頂きましたが、其れが変わらぬと言う保証は何処にも在りますまい、何か、陛下の御決心を照明出来得るモノが御座いますかな?」

 アンリエッタは困った様に目を伏せた。暫く、何か良い方法はないかと考え倦ねた後、溜息混りに呟いた。

「ありませぬ。正直申し上げて、私は己が上手く信じられませぬ。よって、証明の仕様など、御座いませぬ」

 其れからアンリエッタは、ニッコリと微笑んだ。屈託の無い、見た者の心を打たざるを得ない、心からの笑みで在る。

「ですから私は……心から信用出来る友人を、側に置きたいのかも知れませぬ。私の間違いを糾す事の出来る、真の友人を、私が道を踏み外した時には、遠慮無く“杖”を向ける事の出来る、友人を……」

 老公爵はアンリエッタを見詰めた。暫く其の目を覗き込んだ後、ルイズに視線を戻した。

「何時か御前は、父にこう言ったね? “覚醒めた系統は火”だと。では、あれは嘘だったのだね?」

 恥ずかしそうに、ルイズは俯いた。

「申し訳御座いません。父様」

「良いかねルイズ。父に嘘を吐くのは、あれが最初で最後にしてお呉れ」

 公爵は、次にアンリエッタに向き直った。

「私は旧い“貴族”です。時代遅れの年寄りで御座います。私の若い頃は、多少、物事が単純で御座いました。名誉と誇りと忠誠、其れだけを守れば、誰にも後ろ指を指される心配は無かったのです。然し……今は時代が違うのでしょう。強い、伝説の力が蘇った今、旧い正義、旧い価値観……そう言ったモノは意味を失って行くのでしょう」

 娘を見る目で、公爵はアンリエッタを見詰めた。

「陛下は先程こう言われた。“己が信じられぬ”と。其の御疑いの心が……見ぬ未来へと漕ぎ出す、何よりの指針と成って呉れましょう」

「父様」

 ルイズが駆け寄り、父に抱き着いた。

「大きく成ったねルイズ。私のルイズ。此の父親は、何時までも甘えが抜け無い娘だと思っていたよ。だが、とっくに御前は巣立っていたのだね」

 父は優しく、娘の頭を撫でた。

「父からの餞だ。御間違いを指摘するのも忠義だ。そして……間違いを認める事が、本当の勇気だよ。ルイズ、忘れてはいけないよ。私の小さなルイズ」

「……父様」

「辛い事が在ったら、何時でも帰って御行で。此処は御前の家なのだからね」

 公爵はルイズの額に接吻をすると、ルイズの身体をソッと離した。そして、アンリエッタに深々と頭を下げた。

「不束かな娘では在りますが、御手伝いをさせて遣って下さい。貴女の歩まれる王道に、“始祖”の御加護が在ります様に」

 暫しの沈黙が流れた後……公爵夫人カリーヌが、ポンポンと手を打った。

「カリーヌ」

「難しい話は終わった様ですわね。遅く成りましたが、夕餉に致しまよう。遠路遥々行らして下さった両陛下を御持てなしするには拙い席ですが、どうか列席くださいますよう。ルイズ、貴女は御友達を呼んで入らっしゃいな。カトレア、エレオノール、ホストを宜しく御願いしますよ」

「申し訳御座いません、叔母様。未だ話すべき事が御座います」

 嘗ての武人っ振りを偲ばせる、キビキビとした歩みで、カリーヌは退室しようとする。

 が、其処にシオンが言葉を掛け、退出を止めた。

「未だ何か有るのですか? シオン」

「はい。私とセイヴァーの事、タバサとイーヴァルディの事、そしてルイズとサイト君の事……“サーヴァント”、“聖杯戦争”の事……」

 其の言葉に、ルイズと才人、アンリエッタの表情は硬いモノに成る。

「“サーヴァント”……確かに其れは気に成っていたが……」

 公爵は、口髭を弄り、シオンへと目を向ける。

「私より、知識の有るセイヴァーに説明を願いたいのですが」

「了解した、“マスター”。では、軽く説明を。“聖杯戦争”……此処“ハルケギニア”に於ける“聖杯戦争”とは、7人の“メイジ”が、7騎の“サーヴァント”――過去に偉業を為し遂げた“英雄”達の霊で在る“英霊”を“使い魔”と為したモノを使役し、ブリミルが残した“聖杯”と呼ばれる万能の願望器を賭けて戦う、殺し合うモノ……“ハルケギニア”で、過去に数度、行われた戦い。これを知る者は、“王族”でも限られています」

「“英霊”、過去の“英雄”達と言ったね? 其れは、君や其処の少年もそうなのかね?」

 公爵は、俺と才人を見比べ乍ら尋ねて来る。

「そうで在ると同時に、そうでは在りません。才人は、“ガンダールヴ”としての力を持ち、其れに類似した“サーヴァント”の“クラススキル”と“神秘性”を所有し、纏っているだけ。私もまた、特例の様なモノで、全く偉業を為し遂げていない“英霊”……“神様転生”をし、其の“特典”として“英霊”の力を獲得し、シオンに“召喚”された者です。で、1番“英霊”然としているのは」

 俺は1度言葉を切り、タバサへと目を向ける。

「ブレイバー……」

 タバサの言葉に応じる様に、イーヴァルディが“霊体化”を解き“実体化”する。

 突然現れたイーヴァルディに、ラ・ヴァリエール家の面々は驚く。

「彼、“イーヴァルディの勇者”でしょう。“根源の座より来たる、死者の精霊”。“死者の記録帯”。“人類史に刻まれた影”。“虚ろの人々”。“人の世の歴史に刻まれて、現世へと降りて来た影法師”。我々はそう云った存在で在り……“英霊”を“英霊”足ら占めるのは信仰、詰まり人々の想念で在るが 故に、其の真偽は関係無く、確かな知名度と信仰心さえ集まっていれば物語の中の人物や概念、現象で在ろうが構わないのですから」

「なあ、セイヴァー……“ハルケギニアに於ける”って言ったけど、其れってどう云う意味だよ?」

「言葉通りの意味だ。“聖杯戦争”は、“地球”でも行われている。ブリミルは、“千里眼”、そして“根源”と繋がり、知識を得、再現し、此処に合ったモノへと改良したのだろう」

 俺は才人の質問に、答える。

「其の“英霊”、いえ、“サーヴァント”と“聖杯戦争”……ルイズと何の関係が在るのかしら?」

「簡単な事です。ルイズは“サーヴァント”を召喚した。其処の少年、才人がそうです」

「ちょっと待ってよ。私、あんたに言われて“サーヴァント”としてサイトと“契約”したんだけど」

 カリーヌの質問に答えて直ぐ、ルイズが疑問を提示して来る。

「才人を此処に喚んだ時点で、御前の手には“令呪”が宿っていた。“令呪”が有るという事は、“聖杯”に“マスター”として選ばれたと云う事だ。遅かれ早かれ、御前は“サーヴァント”を喚び出して“契約”するか、早々に殺されて退場するかのどちらかだっただろう」

「何で私が、シオンやタバサが選ばれたの? どうして“令呪”が……?」

 其のルイズの質問に、タバサもまた疑問に想っていたのだろう此方へと顔を向けて来る。

「基本、1回の“聖杯戦争”で計21画。聖杯戦争が近付くに連れ、“聖杯”に依って“マスター”候補7名に3画ずつ分配されて行く。“マスター”の資格は、“聖杯”自身が“相応しい”と見込んだ者に与える」

「其れでどうして、私達に?」

「相応しいと判断されたのだろうさ。そして、もう1つ条件が在る。其れは」

「其れは?」

「“聖杯”に直接的な害を与えない、なおかつ強い願いを持っていると云う事だ。心当たりが有るだろう?」

 其の俺の言葉に、ルイズとタバサは何かを想い出す様な仕草を取る。

「で、何故此の様な話をする事にしたのかと言うとだな……本来の“聖杯戦争”とは大きく掛け離れてしまっているが……最初に言った通り、基本は殺し合いだという事だ」

「其れでは、此処にいる3人は殺し合うという事かね?」

 公爵は表情を変え、俺へと詰め寄りそうな勢いで口を開く。

「基本と言いました。先ず手を組むなどの方法は在ります。そして……“聖杯”を求めて殺し合うというのにはちゃんとした理由が在るのです。其の目的を果たす事で、殺し合う必要は失くなります」

「其の理由とは、目的とは何なのですか? “始祖ブリミル”は一体……?」

 其処で、これまで黙っていたアンリエッタは口を開き、俺へと質問を投げ掛けて来る。

「“聖杯”は、“根源”と呼ばれる此の世の始まりで在ると同時に終わりで在る空間とを通じるための孔を空け、其処と繋がるために使用されるモノ……万能の願望気で在ると言うのは、其の“根源”からエネルギーを組み上げ、其れを利用する事で可能とする副次的なモノでしかないのです。“聖杯”とは、大凡汎ゆる願いを叶えられる程の魔力が満ち溢れたモノ――“小聖杯”、超抜級の魔法炉心――“脈を涸らさない様に60年と云う時間を掛けて”星の魔力(マナ) “を吸い上げ、七騎の” サーヴァント“を” 召喚“するために必要な魔力を蓄える”――“大聖杯”の2つで構成されている。そして、“小聖杯”の“魔力”とは、脱落した“サーヴァント”の魂に他成ら無いのです」

「ちょっと待って! って事は、サイトが死ななくちゃ駄目って事なの!?」

 俺の言葉を聞いて、才人が怒りを見せる。

 が、其れ以上に怒りを露わにし、ルイズが怒鳴った。

「いや、才人の場合は別だ。レアケースだからな。何が言いたいのかと言うとだな……“サーヴァント”全員が死ぬ必要は無く、其の前に“聖杯”を壊せば良いと言う事なのだが」

 俺の色々と省いた言葉に、沈黙が訪れる。

 ルイズの言葉で顔を青くしていた才人、そして言葉を発したルイズはホッとした様子を見せる。

 次いで、俺は其の沈黙の中で説明を続ける。

「現在、俺達を含め“サーヴァント”は全て“召喚”されている。そして、問題なのは其の“サーヴァント”のうち、3騎が“ガリア”に付いており、ルイズを狙っているという事なのだが……」

「其れは本当なのですか?」

 カトレアが訊いて来た。

「ええ。ですが当然、守り切ります。ですが、其の様な戦いが繰り広げられ、危険な目に遭うだろうと云う事を予め、しっかりと知っておいて欲しいと云う話です」

「…………」

「まあ、話は以上です。長々と、重い話をして申し訳無い」

 

 

 

 

 

 話は終わり、カリーヌが退出をする。

 其の後を追って、姉達2人が部屋を出て行った。

 ルイズも、ギーシュ達を呼びに部屋を出て行った。

 才人も行こうとすると、アンリエッタに呼び止められた。

「……姫様」

 アンリエッタは一瞬顔を曇らせたが、無理矢理浮かべた様な微笑を浮かべてみせた。

「御無事で何よりですわ」

 才人は頬を染めて俯いた。

「いえ……申し訳有りません。勝手な事をしてしまいまして」

「勇気有る殿方と言う者は、野生の鷹や馬の様ですわ。行くなと言っても、行ってしまうのですから」

 アンリエッタは、アニエスから受け取ったマントを、才人に手渡した。

 “シュヴァリエ”の紋が縫い込まれた、騎士用のマントで在った。

「御返しします。女王が1度渡したモノです。返却は罷り為りません」

「でも……」

 才人は口篭った。

「之は貴男を縛る鎖では無いのです。其の羽撃きを助ける翼です。羽織って損は無い筈です」

 困惑と迷いの様子を才人は見せる。

「受け取っておけ、才人。アンリエッタの言う通りだ。其れは御前の助けに成るだろうさ。返す時は、御前が“地球”に帰る時で良いだろうさ」

 アンリエッタにそうまで言われては仕方無いと云った様子を見せ、才人は俺の言葉に対しても首肯き、マントを受け取った。

 マントを羽織った才人を、嬉しそうにアンリエッタは見詰めた。

 其の目に、才人は少しばかり驚いた様子を見せる。

 最近才人に見せる、甘える様な、熱っ放い様な、其の様な色がアンリエッタから消えていたので在る。

 其の代わり、本のスコいの寂しさと……其の寂しさが裏打つ決心の様なモノが見て取れるので在る。

 アンリエッタは才人の耳元に口を寄せると、小さく首肯いた。

「御安心を。もう、女王としての顔しか、見せませぬ」

「え?」

 スッと、アンリエッタは左手を伸ばす。

 才人は軽く緊張し乍ら其の手を取ると、其の甲に口吻をした。

 満足した様にアンリエッタは微笑み、今度は俺とシオンの方へと向かって来る。

「シオン、セイヴァーさん……皆を守って呉れて……無事でいて呉れて、本当に有難う御座います」

 そう言って、アンリエッタは部屋を出て行った。

 影の様に、アニエスが其れに付き随う。

 先程のアンリエッタの言葉の意味を考えているのだろう、才人は其れを反芻している様子を見せる。

 才人は少し寂しい気分に成りはしたが、其れでも、其の様なアンリエッタを凛々しく眩しいと感じた。

 才人も退出しようとすると、未だ残っていたラ・ヴァリエール公爵に呼び止められてしまう。

「待ち給え」

 びくん! と才人は震え、足を止めた。次いで背筋に寒気が襲って来る事を、才人は感じ取った。何だか嫌な予感がしてならないので在った。

 才人の脳裏に、此の前の中庭での出来事が蘇る。小舟の中で、ルイズを押し倒している所を見られてしまい、才人は打ち首を仰せ付かってしまったので在る。

 ルイズの父親の様に、身分の高い人は基本、一々“平民”の顔など覚えてはいないモノで在る。

 が然し、事情が事情で在る。あの時の光景は脳裏に焼き付いていているで在ろう。

 ルイズの母親で在るカリーヌも、覚えていたのだから。

「そう言えば、君の名前を直接訊いていなかったな」

「サ、サイトです。サイト・シュヴァアリエ・ド・ヒラガと申します」

 才人は、爵位の付いた名前を言った。そちらの方が怪しまれ無いと判断した為で在る。

「初対面だな」

 ラ・ヴァリエール公爵の其の言葉で、(良かった。殺されないで済んだ。し、“始祖ブリミル”様、有難う御座います……)と才人は心の中で、思い切り安堵の溜息を吐いた。才人は信じてもいない“始祖”に深い感謝を捧げた。

「ああ。シュヴァリエに成ってからは、初対面だな」

 公爵の其の言葉を聞き、一瞬で才人は、天国から地獄へと突き落とされてしまった様な気分に成ってしまう。

 ラ・ヴァリエール公爵は、才人の肩に手を置いた。

「何、安心し給え。陛下の近衛騎士の君を、打ち首にする訳には行かんからな」

「あ、有難う御座います!」

「然し、夕食の前に軽く稽古を付けるくらいは構わんだろう?」

 初老の男性とは思え無い力で、公爵は才人の肩を握り締める。

「いだ!? あいだだだだ!」

「誰の娘に狼藉を働いたのか、キッチリ身体に覚えて貰わねばならんからな」

 才人は、俺とシオンへと助けを乞うかの様な視線を向けて来る。

「良かったじゃ成いか、才人。父親で在る公爵に交際の許可を貰えたな」

 俺の言葉に、才人は、まるで天から見放されたと言った様子を見せる。

「そうだ……君も、どうかな? シオンちゃんの“使い魔”の……」

「セイヴァーです」

「そう! セイヴァー君だ……あの時は世話に成ったからね。是非共借りを返したいのだが」

「構いませんよ。ですがまあ、其処の才人は兎も角、“サーヴァント”で在る私は、借り物の力とはいえ、ヒトの身では勝てませんよ。其れでも?」

「勿論だとも。さあ行こうか」

 ズルズルと才人は、公爵に引き摺られてしまう。

 俺とシオンは、其の後に続いた

 

 

 

 

 

 晩餐会室で行われた其の日の夕餉は話も弾み、楽しいモノと成ったと云えるだろう。

 アニエスに連れられて遣って来たコルベールとの再逢も果たす事が出来た。

 おまけに、アンリエッタからの御咎めは無いと云う事を聞いてギーシュ達は顔を輝かせ、大騒ぎに興じている。

 然し……晩餐会も終わり、寝る時間に成っても才人を始め俺達は、晩餐会室には姿を見せない。

「そう言えば、サイト君達はどうしたのかね?」

 コルベールが尋ねたが、部屋の全員が首を横に振る。

「何処に行ったのかしらね」

 と、キュルケが呟いた。

 皆が心配する中、才人が何処にいたのかと云うと、廊下で半死半生と云った状態で在った。

「あ、歩けねえ……」

 廊下にグッタリと横たわり、才人は溜息を吐いた。

 昼間はカリーヌ、そして夜は公爵に散々に痛め付けられてしまったためだろう、身体が悲鳴を上げているので在る。

 カリーヌの“魔法”も凄かったと云えるが、初老で在る公爵も負けず劣らず凄いと云えた。目を爛々と怒りに輝かせ、震える才人を数多の“魔法”でコテンパンにして退けたので在る。

 娘を押し倒されてしまった父の目と云うモノは、物凄く、才人は全く身動きを取る事も出来ず、一方的にボコられてしまったので在った。

 組手と云うよりは射的で在ると云った方が的確だっただろうか。勿論、才人が的の……。

 そして、才人が身動きを取れないでいたと云う事も在るのだが、“サーヴァント”で在る才人を一方的にボコる事が出来た公爵や公爵夫人の実力はかなりのモノで在ったと云えるだろう。

 実に恐ろしきは、親としての想いから来るモノで在ると云えるだろうか。

「……しっかし、何ちゅう親子だよ」

 才人はヨロヨロと立ち上がろうとするのだが、ぐでッ! と倒れてしまう。

「皆今頃、旨いもん食って楽しく遣ってんだろうなぁ……」

 壁を背にして、才人はへたり込んだ。

 窓の外には、2つの月が見える。

 然し……何駄感駄いって、ルイズは両親に“愛”されていると云えるだろう。一見、厳しい様に見えるのだが……。

 ルイズの母親で在るカリーヌも、非道い罰をルイズに与えたく無いから、酷い怪我に成ら無い程度にルイズを痛め付け、アンリエッタに「これで赦して呉れ」と言ったので在ろう。

 ルイズの父親で在る公爵も、公爵家と云う身分を捨ててでも、ルイズを守ろうとしていたので在る。

「俺は、勿論、誰にもそんな風に庇って貰え無いけどな」

 身体に付いた傷を見乍ら、才人はボヤいた。

「両親か……」

 才人は、1年以上も逢う事が出来ていない、両親の事を想い出した。

 何時だか、ルイズの両親の様に才人を庇って呉れた事が在ったので在った。あれは才人が小学生の頃の事で在る。ある日行き成り、通学路が設定されたので在る。家から学校迄の決められたルート、其処の道しか通ってはいけない、などと云う決まりが出来たので在る。詰まりは寄り道を禁止するためで在ったのだが、才人はある日違う道を通って寄り道をして帰ってしまったので在った。いつも文房具店に、何時も使っている消しゴムが売って無かったためで在る。決められた通学路を通らなかった才人を見掛けたクラスメイトがいて、先生へと告げ口をしたので在った。当然、才人は先生に怒られてしまった。才人が其の事を両親に話すと、「其れは可怪しい、御前は悪くない」と才人を肯定して呉れたので在った。「勉強しなさい」とばかり言っていた母。無口なサラリーマンで在る父。何処にでも在る様な、極々一般的と云える家庭……。

 気付くと、才人は涙を流していた。

「あれ?」

 変だな、と想って才人は目を擦る。

 今まで、両親を想って泣いた事など、才人は無かったのだが……。

 ルイズと、両親の遣り取りを見て、何かを想い出してしまったのかもしれない。

 然し、此の様な泣き顔をルイズや皆に見せる訳にはいかない、と暗い廊下で1人、才人は膝を抱えて蹲った。

「何をしてるの?」

 澄んだ、優しい声が響いて、才人は跳び上がった。

 

 

 

 ルイズは自分の部屋で、髪を梳かしていた。

 物心が付いてから“魔法学院”に入学するまで、ずっと育って来た部屋で在る。12“メイル”四方の、大きな部屋で在る。天蓋の付いた大きなベッドが、窓から少し離れた場所に置いて在る。其の上には、山の様に縫い包みが積まれている。豪華な彫刻が施された木馬に、大量の絵本。欲しい、と言ったモノは、取り敢えず買い与えられていたルイズ……。

 此の部屋に住んでいた頃は、ルイズは早く此の屋敷を出たくて堪らなかった。母は教育に厳しく、嫁ぎ先の事しか考えていない様にルイズには思え、父は近隣の付き合いと狩猟にしか興味が無い様にルイズには見えていたので在った。

 そして2人には、「“魔法”の勉強をしろ」としか言われなかった様な、ルイズにはそう想えた。「“魔法”が出来ない女の子は、きちんとした所に嫁ぐ事は出来ませんよ」と厳しく言われ、ルイズにとって毎日が牢獄の中と云った風で在ったのだ。

 だが、両親や此の屋敷は牢獄などでは無く、ルイズを守る城で在ったのだ。目に見えない“愛”情で、ルイズは深く大事に守られていたので在った。

 ルイズは、ベッドを見詰めた。

「……小さく成ったのかしら?」

 いや、そうでは無いだろう。

 幼い頃、とても大きく感じられたあのベッドが、今小さく見えるのはルイズが成長したためで在る。

 そんな小さく見える家具達を懐かしく感じるのは、ルイズが多少成りともなりとも成長したからで在ろうか。

 いや、とルイズは首を横に振る。

 ルイズは、(私、全然成長して無いわ)と髪をブラシで梳かし乍ら……深く反省をし始めた。(皆……自分の事を心配して呉れてる。御母様も御父様も、姫様も……其れなのに自分は、勝手な事ばかり繰り返しているじゃない)と考え、ふぅ、と可愛らしく溜息を吐いて、首を傾げた。

 其れから、ルイズは鏡の中の自分を見詰めた。

「ねえルイズ。“ゼロのルイズ”。貴女、ホントに伝説って器じゃ無いわ」

 ルイズは、そう自身に話し掛けた。

 ぺたん、と鏡台に頬を乗せて、ルイズは目を瞑る。

「私……これからどうすれば善いのかしら……?」

 ルイズの脳裏に、「己の信じる筋を通す……見失いつつ在った、私の“貴族”としての魂の在処は、其処に在ると存じます」と云った“ガリア”に赴く前にアンリエッタに切った啖呵を蘇る。

 まあね、とルイズは悩んだ。

 己の信じる筋を通すのは問題無いだろう。其れは立派な事で在る。

 だが……ルイズは、(其れによって迷惑を被る人達が発生すると成ればどうでなのかしら? 其の数は少なくない筈よね。何故なら、私の持つ力“虚無”は、大き過ぎるから。私が貫いた正義の所為で、傷付く人々が出て来る。そんな可能性だって在るのよね。私がただの、普通の“4系統”の使い手だったら、こんなに悩みはしなかったのに……)と想った。

「本当に、どうすれば良いのかしら……?」

 悩まし気にルイズは呟いた。すると、ルイズの脳裏に、才人の顔が浮かび上がる。(私がこんなに悩んでるのに、あの馬鹿は何をしてるのかしら? 未だ寝てるの?)と想った。

 才人は夕餉の席にも、結局出席しなかったのである。

 ルイズが、遅れて遣って来た父に尋ねたら、「疲れたから寝るそうだ」と言った切り、黙ってしまったので在る。

 ルイズと才人は“ガリア”に向かってから、皆と一緒で在る事が多かった為に2人っ切りの時間が中々持てなかったので在る。話したい事が沢山有る様な、ルイズは其の様な気に感じていた。のだが、目粉るしく変わる状況が、2人に其の様な時間を許さ無かったので在る。

「私の事が好きなら、こんな風に放って置く何て事、しないでよね」

 詰まら無さそうにルイズは言った。

 だが、此の屋敷にいる限り、才人は此の部屋に遣って来る事は難しいと云えるだろう。何せ才人は、ルイズを押し倒そうとする所を此の屋敷の全員に見られてしまったからからで在る。

「……全く、あの馬鹿ってば、間が悪いと言うか、本当に気が利か無いんだから」

 唇を尖らせ、ルイズは呟く。

 ドアがノックされたのは、其の時で在った。

「誰?」

 一瞬、ルイズは才人かと思って胸をときめかせた。

「私よ。ルイズ」

「姫様」

 アンリエッタの声で在った。

 ルイズは慌てて駆け寄り、ドアを開いた。

 簡素な部屋着に着替え終わったアンリエッタが立って、微笑を浮かべている。

 深々とルイズは頭を下げた。

「どうしたの? ルイズ」

「いえ……姫様に於かれましては、其の、大変な御迷惑を……」

 ふぅ、とアンリエッタは溜息を吐いた。

「良いのよルイズ。もう良いの。私達は対立したけれど、皆無事だったわ。だからもう良いの。貴女は貴女の筋を通しただけ。私も、私の筋を通さねばならなかっただけ」

「……姫様」

「仲直りしましょ。ね?」

 ニッコリとアンリエッタが微笑んだ。

 ルイズは思わず涙ぐみ、アンリエッタに抱き着いた。

 

 

 

 痛みから動く事が出来ずに廊下で蹲っていた才人の前に現れたのは……。

「カ、カトレアさん」

 ルイズと同じ桃色掛かった髪が眩しい、カトレアで在った。ラ・ヴァリエール3姉妹の次女で在る彼女は、包み込む様な、ほんのりとした色気を持った美女で在る。ルイズから険しさを抜いて成長させると、此の様な感じに成るのではないだろかと想わせるスタイルと雰囲気を持つカトレアは、才人の好みに直撃するために、不意に眼の前に現れると息が詰まってしまいそうに成るので在った。

「あらあら。まあまあ」

 驚いた顔で、カトレアは才人の前にしゃがみ込んだ。

「酷い怪我ね……大丈夫?」

 そう言って、カトレアは才人の怪我を確かめ始めた。

「頭からも血が出てるじゃない」

 そう言ってカトレアは、才人の頭を覗き込む。

 すると才人の眼の前には、カトレアの……ルイズの拡大発展型のスタイルの中、唯一妹とは全く違うと云える部分……詰まり胸が現れる。淡い桃色のブラウスに包まれた其れが眼の前に現れたので、才人は更に死にそうと云った状態になりかけた。

「だ、大丈夫です!」

 才人は慌てて立ち上がろうとした。がしかし、直ぐに激痛が奔る。

「って!? いだだだだだだ!」

「無理しちゃ駄目」

 カトレアは、“杖”を取り出すと“呪文”を唱え始めた。

「“イル・ウォータル・デル”……」

 “ヒーリング(癒やし)”の“呪文”で在った。

 ラ・ヴァリエール公爵の“魔法”、そして俺の“宝具”によって付けられた打撲などによる傷が、ユックリと塞がって行く。

「あ、有難う御座います」

 才人はドギマギとしながら、カトレアに頭を下げた。立ち上がり、其の場から立ち去ろうとするのだが、腕を掴まれる。

「駄目よ。“魔法”だけじゃ完全に塞がらないモノ。おいでなさいな、ちゃんと治療して上げるから」

 カトレアはニッコリと微笑んだ。

 カトレアの微笑みは何とも慈“愛”に満ちた微笑と云え、才人は見ているだけで心が癒やされて行く様に感じられた。

 才人が激しく緊張しながらカトレアに連れて来られた先は、どう遣らカトレアの自室で在る様で在る。中に案内されると、才人は驚きを隠す事が出来なかった。

 チチチチ、と鳴いて才人の顔に目掛けて飛んで来たのは、ムササビで在った。

「――うわ!?」

 と、才人が叫んで振り払うと、大きな何かに伸し掛かられてしまった。

 子熊で在る。

「く、熊!?」

 才人が這い蹲って逃げ出そうとすると、でん! と眼の前に大きな何かが現れる。

 巨大な亀で在った。

 次々と動物達が寄って来て、才人に纏わり付き、伸し掛かり始めたので在る。

「こらこら。彼は怪我してるんだから、戯れちゃ駄目よ」

 カトレアがそう言うと、才人に群がっていた動物達がノソノソと離れて行く。

 部屋の中はさながら動物園の様で在り、才人は何時かの馬車の中を想い出した。

 此のカトレアは、動物が大好きなので在る。

「す、凄いっすね」

 才人が素直な感想を漏らすと、カトレアは楽し気に笑った。

「驚いちゃったでしょう?」

「いえ……」

 カトレアは、物入れの引き出しをゴソゴソと探り、中から包帯や薬などを取り出し、才人簡単な怪我の治療を施し始めた。

 心底すまなさそうな声で、カトレアが呟く。

「母様の次は父様とセイヴァーさんの相手だもの。身体が保た無いわよね……本当に御免なさいね。悪い人達じゃ無いのよ。ただちょっと融通が利か無いって云うか……」

「ルイズの両親ですから。仕方無いですよ」

 そう才人が言うとカトレアは、あはは、と笑った。

 其れから、一瞬、ほんの一瞬だけだが、カトレアは何かを想い出したかの様に手を止める。

「どうしたんですか?」

「大丈夫。さっき、“魔法”を使った時の事を想い出していただけよ」

「え?」

「あ、御免御免。気にしないで。何でも無いんだから」

「そ、そうですか?」

「ええ。普段“魔法”を使わ無いだけだから」

 カトレアの言葉には、慈“愛”が満ちていると云えるだろう。

 思わずと云った様子で、才人の顔が綻ぶ。

「ねえねえ、良ければ、御話して下さらない?」

 何歳も年上で在るのに、まるで少女の様子な無邪気さでカトレアは、才人へと言った。全く遠慮など無い様子で、カトレアは才人の顔を覗き込む。

「な、何をですか?」

「あれから、色々大変だったんでしょう? “アルビオン”、シオンちゃんの国では、随分と危険な目に遭われたとか。私、随分心配したのよ。貴女とルイズ達の事」

 才人はカトレアに、此の屋敷に参戦の許可を貰いに来てからの事を話した。

 戦争の事。

 行方不明に成った事。

 110,000の兵に突っ込んだ時の事を、カトレアは目を丸くしながら聴いた。

「そう……ルイズ達の代わりに、貴男達、とんでも無く危険な目に遭ったのね」

「いえそんな! 代わりって言うか、其の、やっぱり其処は俺が行かないと……」

「貴男、偉いのね。そんな凄い手柄を立てたって言うのに、全然偉ぶった所が無くって」

 カトレアにそんな風に褒められると、才人は激しく照れた。

「いやそんな、そんな、其の、そんなぁ……」

「本当に凄いわ。ルイズは幸せ者ね。貴男みたい人に巡り合えて」

 カトレアは、全く他意無く才人を褒めた。

 年上の女性に、其の様にして褒められる事で……才人は、何故か母親の事を想い出した。

 勿論、カトレアと才人の母親は微塵も似ていないで在ろう。

 だが……其の全く含みの無い褒め言葉は、才人が母から掛けられたモノと変わりが無かったと云えるので在る。其の様に、沢山褒められた事など、才人には無かったと云える。だが、褒められた記憶と云うモノは、いつまでも忘れる事が出来ない、忘れる事が難しいモノで在る。

 たまたまテストの点数が良かった時……。

 食器洗いを手伝った時……。

 其の様に何でも無い事で在っても、母は才人を大袈裟と云った風に褒めていたので在る……。

「どうしたの?」

 心配そうに、カトレアが才人の顔を覗き込んだ。

 何時しか、才人は泣いてしまっていたので在る。

「ご、御免なさい! 何でも無いです!」

「何でも無いのに、泣く訳無いでしょう。どうしたの? 私に話して御覧なさいな」

「いえ、ホントに……ほんとに何でも無いです」

 母を想い出して涙ぐんだ、などと才人には言う事が出来なかった。其の様な事をすると弱虫に成ってしまうと考えたからで在る。

「御免ね。何か、想い出しちゃったみたいね」

 カトレアはすまなさそうな表情を浮かべ、才人の頭をソッとかき抱いた。

 微かな香水の其れが混じった、フンワリと優しいと云えるとても好い香りがして、才人は目を瞑った。

 温かい、カトレアの胸に抱かれてそうしていると、心が落ち着いて行く事に才人は気付いた。同時に、とても懐かしい何かを感じる事が出来た。

「……どうして、どうして想い出すんですかね? こっちに来てから、あんまり想い出したりしなかったのに。変だな」

 ぼんやりとした声で才人がそう言うと、カトレアは優しい声で応えた。

「御母さん?」

「ええ」

 カトレアは其れ以上、何も尋ね無かった。少し寂しい顔をして、「御免なさい」と呟いただけで在る。

 才人には、どうしてカトレアが謝るのかは理解らなかったのだが……其れでもこれ以上考え無い様にした。

 目を瞑って、カトレアの豊かな胸に抱かれていると……深い海の中に、膝を抱えて湯たっているかの様な気分に成り……才人の心は安らいだ。

 

 

 

 アンリエッタとルイズの会話は、昔の様に盛り上がった。唯一の違いは、此の場にシオンがない事だろうか。

 子供の頃の様に、キャッキャ、と笑いながら、2人は色々な事を話した。

「夏に成ると、よくこう遣ってシオンと3人で過ごしたわね」

 昔を懐かしむ様な目に成って、アンリエッタが言った。

「そうですわね」

 ふとルイズは、アンリエッタに相談したく成った。

「姫様、私、相談した事が有るんです」

「なあに?」

 ルイズは先程、悩んでいた事を素直にアンリエッタへと尋ねた。

 通したい筋を通す事で、誰かが傷付く可能性が在るので在れば、自分はどうすれば良いのか、と云う事で在る。

 ルイズの話を黙って聴いていたアンリエッタは、僅かに真剣な表情を浮かべ……ルイズに対して首肯いた。

「私は、女王よね?」

「そうで御座いますわ」

「ええ、冠らされたのかもしれませんが、冠を冠っているわ。シオン同様に未だ若輩だけど……政治の事も多少学んだ積もり。そして、理解った事が有るのよ。此の世から、争い事が失く成る事は無いと」

「…………」

「でも、少しでも、減らす事は出来る筈。言ったでしょう? 私はこれ以上、大事な人々が傷付く事に耐えられないと。其れは私だけじゃ無い。皆同じだと想うわ。だから、私の様に大事な人間を失って傷付く人々を、減らす事こそが私の使命だと想うの。其れが私の女王としての仕事だと。戦は、争いは決して失く成らない。でも、減らす事は出来る筈」

 ルイズは、小さく首肯いた。

「私、そんな姫様の御手伝いがしたいわ」

「有り難う。やっぱり貴女は私の1番の御友達。サイト殿と2人、どうか力に成ってくださいまし」

 其の言葉に、ルイズは軽く反応をした。アンリエッタの才人への気持ちがどう成ったのか気に成ったからで在る。ルイズの不安に気付いたのかどうか、と云った事で在る。

 アンリエッタは微笑んだ。

「彼の事なら平気よ。御免なさいねルイズ。私、きっとどうにかしていたの。寂しくて、頼れる人もいなくって、きっと、困らせていたんだわ」

「ひ、姫様、何を……」

「あの方は、貴女の騎士。私の騎士じゃない。だってさっき、私が治療しているのに、“ルイズは……?” 何て私に訊いたのよ。あん成に大怪我しているのに、いざとなると気に成るのは貴女の事だけみたい」

「え? ええ?」

 ルイズは耳まで真っ赤にした。

 アンリエッタは更に、悪戯っぽい笑みを浮かべ、「ねえルイズ。何時か、此処でシオンと一緒に、貴女と約束したわね。好きな人が出来たら、御互いに報告するって。私、貴女の報告を未だ聞いていないわ」

「そ、そんな。未だ好きな人なんて、い、いませんもの」

 唇を噛んで、心底恥ずかしそうにルイズは言った。

「嘘ばっかり。貴女って、本当に嘘が下手ね」

「う、嘘なんかじゃ在りません」

 ルイズはベッドに潜り込むと、布団を冠ってしまった。

 アンリエッタも其処へ飛び込み、ルイズを散々に擽り始めた。

「ほらルイズ! 仰い為さい? 誰が好きなの?」

「否……姫様! 私、別に恋なんか……ひゃん!?」

 散々に擽られてしまい、ルイズはグッタリとしてしまう。

「シオンがいないからかしら? 其れとも……そんなに恍けるのなら、カトレア殿に尋ねてみましょう」

「……小姉様?」

「ええ、そうよ。いつか、此の部屋の窓から、カトレア殿の御部屋に忍び込んだ事が在ったじゃない?」

 アンリエッタの顔は、昔のキラキラした少女の頃に戻っていた。

「そう言えば、御座いましたわ。確か、姫様の“魔法”で……」

「ええ、あの頃私、“フライ”を覚え立てて、使ってみたかったのね」

 ウキウキとした表情でアンリエッタはルイズの手を取った。

「ほら、行くわよ」

「え? でも……」

「恋の悩みは、年長の方に御訊ねするのが1番!」

 アンリエッタはルイズの手を引いて、窓を開けた。

 外には春の優しい夜風が舞っている。

 アンリエッタは、“杖”を構えると、ルイズの手を握って優しい夜空へと飛び出した。

 

 

 

 才人は、何時しかカトレアの膝に頬を埋めていた。

「先程……カトレアさんが言った勇気……ホントは俺のモノなのかどうか、良く理解んないです」

「どう云う意味?」

「ほら、俺はルイズの“使い魔”じゃないですか。彼奴の“呪文”の“詠唱”を聞いていると、心に勇気が漲って来る。デルフは……あ、これは俺の剣の名前なんですけど、其奴が言には、“主人の呪文を聞いて勇気が漲るのは、赤ん坊が母親の声を聞いて顔を綻ばすのと一緒だ”、だそうです。詰まり、俺の勇気は……」

「“使い魔”に成る事によって、漲る勇気なのかどうなのかって事?」

「はい。ルイズには、俺の勇気だ、なんて言ってますけど、考えれば考える程、自信が失くなって来るんです。俺が思うより、もっと心の深い場所で“使い魔”になっちゃってるんじゃないかって」

 カトレアは才人の頭を撫でた。

 不思議なモノで、そんな風にされていると、才人は安心するので在った。そして、ずっと想っていた事、心に引っ掛かっていた事が、自然と言葉と成って、才人の口から溢れて来るので在った。

「……不思議です。すっごく」

「何が?」

「こうしてると、母さんを想い出します。カトレアさん、全然似てないのに。でも、何だか暖かくって……」

「……そう」

「本当に不思議です。俺、こっちに来てから、あんまり自分のいた世界の事、想い出した事なかったのに」

「自分のいた世界?」

 カトレアに問われ、才人はハッとした。

 才人は、“此方の世界(ハルケギニア)”の人間では無いと云う事を未だ話してはいないので在る。

 だが……才人は、カトレアになら話しても構わないだろう、と判断した。

「俺は此の世界の人間じゃないんです」

「……そう」

「驚かないんですか?」

「なんとなく……ううん、他の世界なんて想像もした事無かったけど……貴男達が私達と違う人間って事は、其の、“平民”って意味じゃ無くてね、なんとなく感じてた」

 才人はカトレアの其の言葉で、以前逢った時に言われた「根っこから違う人間の様な気がするの。違って?」と云う言葉を想い出した。

「だから、家族に逢いたくても、逢えないんです。でも、ずっと忘れてたのに、どうして、今になって想い出すんだろう?」

「……抑えられていたんだと想うわ」

「抑えられていた?」

「ええ。人間の心って良く出来ていてね、何か辛い事や、とんでも無い事が起こると鍵が掛かっちゃうの。可怪しくならないためにね」

「…………」

「きっと、行き成り別の世界に連れて来られて、心がビックリしたんだわ。で、故郷の事をなるべく想い出さない様に鍵が掛ってしまったのね。でも、何か切っ掛けが在ったのね。心の鍵を外す切っ掛けが……」

 才人は想った。

 タバサや彼女の母との遣り取り、ルイズや両親との絆……其れ等を目にして、抑えられていた想いが蘇る様に溢れ出たので在ろう。

 故郷への想い。

 母への想い。

 才人は目を瞑った。

「……私、貴男の御母さんになれたら良いのに」

 カトレアは、小さく呟いた。

「あは、カトレアさんと家の母ちゃんじゃ、雲泥の差ですよ! 勿体無くて涙が出ます。涙が……」

 弱気な所を見せたくなくて、才人は戯けて言った。だが、涙がポロポロと溢れて来てしまい、どうにもならないので在った。

 カトレアは、才人を抱き締めた。

「良い子ね。貴男、強い子だわ」

 才人は暫く泣き続けた。

 こん成に泣いたのは久し振りだ、と云う位に才人は泣いた。

 そう遣って、カトレアの胸に抱かれて泣いていると……不思議と才人の心は安らいで行く。

 どうしてか、ユックリと乱れた心が落ち着いて行くので在る。

「すいません……みっともないとこ見せちゃって」

 鼻を擦りながら、才人は言った。

「みっともなくないわよ。泣きたい時は思いっ切り泣いた方が良いの」

「でも……」

「あは、貴男、負けず嫌いなのね。人に弱い所見せるのが、好きじゃない。違って?」

「男って、そういうもんじゃないですか」

「大変ね。でも、たまには甘える事も必要だと想うわ。いっつも頼られてばかりじゃ、息が詰まっちゃうでしょう?」

 才人は、はっ! とした。

 周りにいる女性は、才人に頼って来る女性ばかりだと云えるだろう。

 また、“虚無”という力を持つルイズを守る為、“サーヴァント”としてルイズと“契約”を結び、より一層頼りにされ、気張る必要があるのだ。

 そう遣って、調子に乗って強がっていた才人で在るが……本当は才人は、誰かに甘えたかったのかもしれない。

「……そうかもしれないです」

「違う世界って事は……もう、帰れないの?」

「判りません、でも、俺とセイヴァー以外にもこっちの世界に来た人はいるけど……帰えれるかもしれないし、帰れないかもしれません」

 カトレアは、真っ直ぐに才人を見詰めた。

「帰れるわ。きっと帰れる。絶対、何時か御母さんに逢える。家族の元に帰れる。私、そう想うわ」

 力強くカトレアにそう言われ、才人は首肯いた。

「有難う御座います」

「諦めないで。御免なさいね。私も、もっと身体が丈夫だったら、貴男達の帰る方法を探すのを手伝って上げたのに……いえ、もう少しすると治るのかもしれないけれど……そうだ! 私、お母さんは無理だけど、御姉さんになってあげる」

 行き成りのカトレアの言葉に、才人は慌てた

「こ、ここ、こんな美人の御姉さんがいたら、毎日、早く家に帰りたくなりますね」

「ほら、御姉さんって呼んで御覧」

 才人は頬を染めた。

「そ、そんな……もったいないですよ」

「もったいないなんて、そんな事ないわ。ほら、言って御覧なさい?」

 優しいカトレアに、其の様に言われ……才人は思わずと云った風に言ってしまった。

「お、御姉さん」

「辛かったら、いつでも此処に帰ってらっしゃいね」

 カトレアは、才人の頭を嬉しそうに撫でた。

「……はい」

 自分の心の中に何かが満ちて行く事を、才人は自覚する。家族には未だ逢う事は出来ないかもしれないのだが……才人にはこう遣って優しくして呉れる人が沢山いるのだから。

 才人はゴシゴシと、瞼を拭った。

「泣いてる暇、無いっすよね。ルイズの力を……あの“虚無”を狙っている奴がいるんです。其奴はタバサと其の御母さんにも非道い事をした。俺は其奴が赦せない」

 逢った事の無い、“ガリア”王ジョゼフを才人は想像した。

 兎にも角にもジョゼフに……2度とルイズやタバサに手を出させる訳にはいかないと、帰るのは其れが終わってからだ、と才人は想った。

「無理はしないでね」

 カトレアは、才人を再び抱き締めた。

「私、貴男やルイズ達が無事でいて呉れれば、他に何も望まないわ」

 窓が割れる音が大きく響いたのは、其の瞬間で在った。

「――な、何だ!?」

「あ痛たたたたた……」

「いけない、勢い余ってしまったわ」

 何と飛び込んで来たのは、ルイズとアンリエッタで在った。

 2人は痛そうに腰を擦りながら立ち上がると、才人を見て目を丸くした。

「あら。サイト殿」

「な!? なんであんたが此処にいるのよ!?」

「其れは俺の台詞だ! なんで窓から飛び込んで来んだよ!?」

 才人の問には答えずに、ルイズの目が吊り上がった。

「あ、あんたまさか、今度は小姉様って訳? 信じられな~~~い!」

 ルイズは顔を真っ赤にして、才人へと突進した。

「ぐおッ!」

 助走を付けて3“メイル”もの距離をジャンプしたルイズの跳び蹴りが、才人のこめかみに喰らい込んでしまう。

 倒れた才人の上に跨り、ルイズは首を締め上げた。

「選りにも選って小姉様!  選りにも選って小姉様! 赦せない! こればっかりは赦せないわ!」

 才人の上に跨って、何やら喚き散らすルイズを前にして、部屋にいた動物達が反応した。

 わふわふ。わんわん。にゃーにゃー。がおがお。ぶひぶひ。

 と云った具合に其々動物達が反応をし、「戯れてるの?」、「混ぜて?」、と言わんばかりに、数々の動物が才人の上に伸し掛かり始めた。

「むぎゅ……」

 重さによって、才人の意識が遠退いてしまった。

 

 

 

 気絶した才人を、ルイズは鬼の形相で見下ろした。

「寝てる場合じゃないわよ!」

「ルイズ、ルイズ! 殿方を蹴っ飛ばすなんて、レディのする事では無いわ!」

 ルイズが更に才人を蹴っ飛ばそうとしたため、流石にアンリエッタが止めに入る。

 カトレアが、コロコロと笑い転げた。

「嫌だわルイズ。私が貴女の恋人にちょっかい出す訳ないじゃない」

「恋人じゃないもん! 違うもん!」

 ルイズは顔を真っ赤にして、腕をブンブンと振り回した。

「……その、小姉様に危険が及んだら、大変だなーって。そう想っただけで、その」

「怪我を治してただけよ。ホントよ」

「と言うかさっきの顔、私見逃さなかったわ。此奴、小姉様の胸に顔を埋めて、ウットリしてたわ。ち、小姉様の胸に、か、かか、顔埋めてウットリだわよ。よ、慾も、小姉様の胸に、ちちちち、ちい胸に」

 自分の言葉で、ルイズは頭に血が上がってしまった様子を見せる。

 ルイズが足を大きく振り上げたため、再びアンリエッタが止めに入る。

「ルイズ、あのね? 仕方無いじゃない!」

「何が仕方無いのですか!?」

 アンリエッタは、此の場を取り繕うかの様に、思いっ切り作り笑いを浮かべながら自説を披露し始めた。

「ええとね? 其の、カトレア殿はルイズにそっくりじゃない。ほら、髪の色とか。だからサイト殿はきっと、成長したルイズの事を考えて、ウットリとされていたにちがいないわ」

「え?」

 単純なルイズはアンリエッタの言葉に、成る程、と想ってしまった。

「信じられませんわ! そんなの!」

 そうは言ったものの、ルイズの心の中には歓喜の輪が広がって行く。

「ルイズは本当に幸せ者ね。こんな素敵な殿方に想いを寄せて頂けるなんて」

 カトレアも微笑を浮かべる。

「い、良い迷惑ですわ」

 ルイズは口をモゴモゴとさせて、恥ずかしそうに呟いた。

 

 

 

 其の夜……気絶してしまった才人をソファに横たえると、高貴な3人娘達は久し振りにベッドに並んで寝転がった。カトレアを真ん中にして、左にルイズ、右にアンリエッタと云った風にで在る。

「シオンがいないから3人ですけど、こう遣って寝るの、久し振りですわね」

 ウキウキとした声と調子で、アンリエッタが言った。

「陛下は夏に成ると、我が家によくいらしてくださいましたわね」

「はい。あの頃は、本当に楽しかった。毎日、何も悩む事など無くって……」

 遠い目で、アンリエッタが言った。

「喧嘩も沢山いたしました」

「そうねルイズ。其の度に私達、何方が正しいのか、先ずシオンに尋ね、次にカトレア殿に尋ねに来たわ」

 少女の頃に戻るかの様に、3人は楽し気に笑い転げた。

 其の内に、会話はルイズと才人の事に移る。

「ねえルイズ、貴女、サイト殿にいっつもあんなに乱暴しているの?」

「い、いつもじゃ無いわ!」

 カトレアに尋ねられ、ルイズは顔を真っ赤にして否定した。

「何時もじゃ成い」

 アンリエッタに言われてしまい、ルイズは慌てた。

「た、たまたま姫様が目撃なさっているだけですわ!」

 溜息混じりにアンリエッタが言った。

「どうかしら? シオンに訊けば判るわね。そんな事じゃ貴女、嫌われてしまんじゃないかしら。でも、サイト殿はルイズに首っ丈みたいだから、大丈夫なのかしら」

「姉さんは、いけないと想うわ。そんな風にいつも意地悪をしたら、逃げられてしまうわよ。引き合いに出すのはあれだけど、エレオノール姉様を御覧なさい?」

 ルイズの脳裏に、婚約を破棄されてしまった長姉の姿が浮かび上がる。

「たまには殿方の我儘を許して上げる事も大事よ。他の女の子と話しただけで怒ったりしたら、其の内に愛想を尽かされちゃうわよ。私嫌よ。姉様だけじゃ無く、ルイズが失恋する所何て、見たく無いわ」

「そ、そんな事無いもん! 彼奴私にメロメロだもん!」

 子供の様にそう叫んだら、カトレアは首を横に振った。

「変わらない人の心なんてないわ。余裕の態度で、偶には泳がせて上げなさいな。そうやっていれば、結局1番好きな人のところに戻って来るわ」

 ルイズは黙ってしまった。

 カトレアの言う事は、ルイズにとって、また、結果的に見て、いつも正しいと云えた。

 確かに、ルイズには余裕や、そう云ったモノが足りないと云えるで在ろう。

 アンリエッタとカトレアは、次々にルイズへとアドバイスを施して行く。

 そんな3人の御喋りは、夜を徹して続いた。

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